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ドゥルーズ再考

1 :Rage Against The Philosophy:2001/08/08(水) 04:09


2 :考える名無しさん:2001/08/08(水) 04:11
らげ最高じゃなかった、、らげ再興でもなかった、、
らげ再考でもする?
地に墜ちた評判をどうやって回復するか。

3 :ギブ:2001/08/08(水) 04:14
最近ジジェクあたり言ってる(ガタリの連合していない)ドゥルーズは
現象学者だと言う主張に頷くところがある。
実は後期フッサールの超越論的経験論に近いノリなのではないか?

4 :Rage Against The Philosophy:2001/08/08(水) 04:17
俺が今アンチエディプスを読みながら頭から離れないのは
ドゥルーズではない。それはレヴィ・ストロースであり
文化人類学という発想である。それは哲学そのもののパラダイム変換に関係しているように思うのだ。
すなわち哲学、伝統的な意味における哲学は、せいぜいのところハイデガーで終わったのだ。
が、超越的次元が「無」であることにより、哲学のモチベーションは消え失せたであろうか。
俺はそうは思わない。新たな次元が、言わば擬似超越的な地平として浮上してきたのではないか。
それは社会、しかも、言わば約束された家族的親和性の象徴としての原始共産社会である。
神というハイ・ステージから、父性や母性、世代の問題が等身大的な仕方で主題化されてきた。
言うまでも無くこれらはヘーゲルやマルクス、或いはフロイトによって用意されてきたテーマであったが
それを実証的な成果へともたらしたのは、やはりレヴィ・ストロースの功績である。
ストロースまんせ〜である。

5 :Rage Against The Philosophy:2001/08/08(水) 04:22
文化人類学がもたらしたのは、こうした社会的、歴史的次元の構造を
擬似超越的な哲学の主題へと引き上げることだけではない(もっともこれは
功罪でもあったと思うが)。それは、哲学と諸学との橋渡しを促したのだ。
哲学に、再び諸学を統括する希望の光が見えたような錯覚、だがそれはまさしく
錯覚に過ぎなかったのかもしれない。ポストモダンの総括は、レヴィ・ストロース的なるものの
総括でもあろう――というわけで今夜俺は『悲しき熱帯』を注文した。

え、ドゥルーズ?今読んでるけどたいしたものか?

6 :Rage Against The Philosophy:2001/08/08(水) 04:26
ところでアンチ〜の共著形態ってどうなてるの?
ガタリの部分、ドゥルーズの部分ってあるわけ?
今日はもう寝ますが。。

7 :考える名無しさん:2001/08/08(水) 11:23
ドゥルーズってもひとつだな。
ホワイトヘッドとか超えてないし。
ネットワーク社会の写像でしかないんじゃないの

8 :Rage Against The Philosophy:2001/08/09(木) 02:19
それにしても河出書房のアンチ〜の市倉の解説パっとせんな。
やるきなしなし・なし・なし☆

9 :考える名無しさん:2001/08/09(木) 04:03
メチエの本は糞。

10 :Rage Against The Philosophy:2001/08/11(土) 03:16
意外と人気ないのねん。。

11 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 03:18
おまえがな〜

12 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 06:04
カントとヘーゲルで哲学史的に圧殺された後で「差異と反復」を読むと
ドゥルーズの凄さがわかると思う。

13 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 06:06
確かに凄いね。天才かも。

14 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 09:42
宇野の本、そんなに悪くないぢゃン。」

15 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 09:48
財津の翻訳は?柄谷はぼろくそにけなしてたけど。

16 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 14:17
>>15 最近NAMのForumにアップされた文で財津の訳を使って参照してたじゃん

17 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 14:58
>>15
柄谷は財津の翻訳そのものにケチつけたわけではないのでは?
それにしても、財津の翻訳『差異と反復』の後書きはかなり恥かしい。
このひと、あっちこっちで恥かしいこと言ったり書いたりしているような気がする。

18 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 15:57
>>17 柄谷も財津を馬鹿と呼んでいた

19 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 19:33
財津は授業で柄谷等の嫌味を言ってたらしいよ

20 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 20:25
おいおい、ドゥルーズの話に戻れよゴルァ

21 :考える名無しさん:2001/08/13(月) 21:56
>>14
そうだよね
具体的にどこらへんが糞?>>9

22 :考える名無しさん:2001/08/15(水) 17:46
差異と反復について徹底的に解説している本かサイトをどなたか知りませんか

23 :考える名無しさん:2001/08/15(水) 19:39
柄谷はドゥルーズをめぐるシンポジウムで財津を指す時、
必ず「このバカ」と逝っていたらしい。
さすが柄谷! 逝ってるよな。

24 :考える名無しさん:2001/08/15(水) 23:42
>>22
徹底的に書いてある本を徹底的に解説したら
2000or3000ページぐらいになるのでは(藁
ところでドゥルーズがスピノザを特権的に扱っているのが、
イマイチ合点が行かないのですが、誰か解説してくれませんかね

25 :考える名無しさん:2001/08/15(水) 23:50
>>23
マジ?笑ったよ。

浅田彰は財津の訳は相対的に良いほうだといってたような記憶があるよ

26 :考える名無しさん:2001/08/16(木) 10:36
http://www2.saganet.ne.jp/gatalym/
ガタリ好きに贈るサイト

27 :考える名無しさん:2001/08/17(金) 23:18
『襞』はどうですか?

28 :考える名無しさん:2001/08/18(土) 03:09
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
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29 :Rage Against The“fucking”Philosophy:2001/08/18(土) 06:45
アンチ・オイディプス読了。
で、オイディプススレ他にあるようですが
いちおーアドバイス。この本四章と補遺とで構成されてますが
まず2章「精神分析と家庭主義。神聖家族←精神分析について
  3章「野生人。野蛮人。文明人」←資本主義の生成の歴史
を先に読んだほうが分かりやすいと思います。で
内容は『啓蒙の弁証法』的な話ですね、一見すると。
ヘーゲルからニーチェへという観点のみならもろハイデガーでしたが
仏哲伝統の生物学主義ももれなく入ってましたね。

30 :考える名無しさん:2001/08/18(土) 07:16
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね                  

31 :考える名無しさん:2001/08/20(月) 01:42
差異と反復、難しくてよくわからん。
>29
なんかアドバイスおくれ。

32 :考える名無しさん:2001/08/20(月) 22:37
プロレタリアートからキリストへ

33 :考える名無しさん:2001/08/20(月) 23:35
柄谷と財津はなか悪いからね。ぼくは財津に一票。

34 :考える名無しさん:2001/08/21(火) 01:20
ドゥルーズ最高

35 :age:2001/08/22(水) 01:28
  

36 :アホ:2001/08/22(水) 01:34
ガタリってなあに?

37 :考える名無しさん:01/09/06 21:58
あげます

38 :心脳問題(13) ◆2s0nB8So :01/09/06 22:11
俺が今アンチエディプスを読みながら頭から離れないのは
ドゥルーズではない。それはレヴィ・ストロースであり
文化人類学という発想である。それは哲学そのもののパラダイム変換に関係しているように思うのだ。
すなわち哲学、伝統的な意味における哲学は、せいぜいのところハイデガーで終わったのだ。
が、超越的次元が「無」であることにより、哲学のモチベーションは消え失せたであろうか。
俺はそうは思わない。新たな次元が、言わば擬似超越的な地平として浮上してきたのではないか。
それは社会、しかも、言わば約束された家族的親和性の象徴としての原始共産社会である。
神というハイ・ステージから、父性や母性、世代の問題が等身大的な仕方で主題化されてきた。
言うまでも無くこれらはヘーゲルやマルクス、或いはフロイトによって用意されてきたテーマであったが
それを実証的な成果へともたらしたのは、やはりレヴィ・ストロースの功績である。
ストロースまんせ〜である。

39 :考える名無しさん:01/09/08 22:11


40 :考える名無しさん:01/09/26 23:48
構造主義は何故そう呼ばれるかだっけ

41 :考える名無しさん:01/10/04 19:14
あげ

42 ::01/10/13 05:02
 だれか「千のプラトー」好きな人おる?
「アンチオィディプス」はなんか中身見えそうなんで、買わなかった。
 今時「千のプラトー」、読んだ事、おもしろいって思えるの、俺だけ?

43 :考える名無しさん:01/10/13 05:08
>>42
君だけであるはず無いだろ。
なに人の少ない哲板で深夜に吠えているんだ。

そんなに好きなら君が下のスレを受け継ぎ完成させるのだ。
アンチ・オイディプスを一文づつ読むスレ
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/philo/987995645/

44 ::01/10/13 05:18
いや、おれ「千のプラトー」の話がしたかったんやけど・・・

45 :考える名無しさん:01/10/13 05:18
>>42
こんなんもあるで〜

ドゥルーズ君のチャット
http://mentai.2ch.net/philo/kako/971/971631573.html
ドゥルーズ「ニーチェ」読書会ver1.01
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/philo/989727006/

過去ログはみみずんとこで見〜や。

46 :考える名無しさん:01/10/13 05:24
>>44
千のプラトーは確かスレが昔あった様な。

みみずんで検索しいや。
http://www1.odn.ne.jp/mimizun/
「ドゥールズ」か「千のプラトー」で検索すると吉。
過去ログも見れるで。

47 ::01/10/13 20:10
>>45
>>46
どーも、おおきに。

48 ::01/10/13 21:35
  ログの新しいとこ見てみたけど、
「千のプラトー」内容については、あまり議論が無いなぁ・・・

おれ、浅田は「構造と力」買ったけど、わからんと言うか、
おれには関係無いというか、ツマラン、と思って、古本屋に売った。

 「千のプラトー」<遊牧論あるいは戦争機械>とか、
<強度になること、動物になること、知覚し得ぬものになること>
以降は、今時タイムリーで、思い出してもメチャメチャ面白い。

 ただ、ベルクソンがワカランので、結論だけは未だに読んでない。(藁

49 :考える名無しさん:01/10/23 00:22
age

50 :考える名無しさん:01/10/23 02:01
彩ちゃんは今どうしてるのよ

51 :∴・・・。:01/10/28 01:41
今日、T2見てたら、また面白かった。「千のプラトー」
やっぱ、SFなんかいな。

52 :mimesis:01/10/28 07:07
『差異と反復』の序文に、この本には、SFのような弱さがあって、
この本で科学について言及してるけど、それは科学的じゃない。
書くってことは、知ってることと知らないことの境界線で書くこと
なんであって知らないことを埋めるのを待ってたらなんも書けなくなる。
およそ、こんなことが書いてある。

53 :考える名無しさん:01/10/29 11:58
ドゥルーズ・柄谷=電波

54 :考える名無しさん:01/11/06 22:31
まともに再考してる本ないですか?

55 :考える名無しさん:01/11/06 22:49
本人が対談本で自分の著作について振りかえってる。

56 :科学戦争ウォッチャー:01/11/07 20:57
>>52
んで、それを無視する奴等が知の欺瞞みたいな本を書く…
何世紀経っても大部分の科学者の逝ってる事のイタさは変わらんな。

57 :考える名無しさん:01/11/07 21:00
何世紀経っても大部分の哲学者の逝ってる事のイタさは変わらんな。

58 :考える名無しさん:01/11/07 21:11
科学者は最悪の哲学を選ぶ、と誰かがいっていたが、ほんとうの
ことだったのだよ。

59 :考える名無しさん:01/11/17 00:32
ドルゥーズの思想って禅思想と一緒なの?
違いはあるの?

60 :考える名無しさん:01/11/17 00:45
科学者=大衆の代表。

61 :考える名無しさん :01/11/17 23:29
千のプラトーはいつ読んでもすごい。
自分の思考を拡張してくれる起爆剤。

62 :考える名無しさん:01/11/19 21:12
>>59
ドゥルーズのどこが禅思想なのよ。
道元はちょっと引用しているけど。
ラカンの方が禅じゃない?  ようするに、すべてが無だと。

63 :考える名無しさん:01/11/20 02:39
ドゥルーズと禅思想もうちょい詳しくage

64 :考える名無しさん :01/11/20 03:03
>>62

ドゥルーズは全てが実在だって話だよね。
構造はその要素を0記号の写像にしてしまうって事で、構造主義を批判したぐらいだから。

65 :考える名無しさん:01/11/20 03:20
『千のプラトー』では「器官なき身体」はゼロ=過剰っていうニュアンスで書いてたけど、それが禅思想との違いなのかな。

66 :考える名無しさん:01/11/20 04:38
晩年はホワイトヘッドを参照するようになったしな。
ソーカルの極端さは、
ホワイトヘッド的なメタフィジックまでもサイエンス・ウオーズ化してしまうと思われ。

67 :考える名無しさん:01/12/01 22:50
Age

68 :久々上がったのでカキコ:01/12/01 22:54
禅と言えば、有でも無でもなく空。
ラカンは無のニュアンスが強く、ジジェクなどはどうやっても
うまくいかない、という感じの無の骨頂。
ドゥルーズは有の思想なのか、空の思想なのか、
漏れにはわからない。

69 :考える名無しさん:01/12/01 22:56
>>66
そこまでやると逆にカッコ悪い文章になるよな

70 :考える名無しさん:01/12/02 03:23
「狂った経験主義」が相応しい。

71 ::01/12/02 07:44
詳しい説明ぎぼんぬ

72 :オイディプス=エクスペンシヴ:01/12/05 03:19
ドゥルーズ再興age

73 :考える名無しさん:01/12/06 22:29
あげときます

74 : :01/12/07 03:27
ドゥルーズはポストモダンの何とかとかそんな感じだけど、
ほんとはものすごく純粋な哲学者な感じかなと。
だいたい、ヒュームとかベルグゾンとかちゃんと読んでないと、
何を問題にしてるのか分からないでしょ。逆に、ちゃんと読めば、
たぶん、そんなに大胆なオリジナルの発想ではないということが
分かる気がする。ドゥルーズはちゃんと勉強してるかどうかの
試金石になるんじゃないの。

75 :考える名無しさん:01/12/09 14:29
ソーカルは英訳の誤訳をあげつらってるところがある。
「サイエンス」って言葉の含意が狭すぎるよな。
あと、
理系と文系が共に学ぶエコール・ノルマルの雰囲気をわかっていない。
これは日本でもそうだな。

例えばプリゴジンの『混沌からの秩序』って、
原書では『差異と反復』誉めてて、
英訳でカットされた。
日本語訳は英語からの重訳。
みたいな話も聞くし。

76 :考える名無しさん:01/12/10 07:01
 ドゥルーズを本格的に読んだことはないけど(いずれは読みたいと思っている)
彼について述べている解説でイマイチ良く理解できない部分があります。
それは、以前にデリダの「外部のないテクスト」「相互テクスト性」なる概念に妙に
共感してしまった私にとって、ドゥルーズの言う「新しい概念の想像」が外部侵犯に
相当するのではないかという疑問です。つまり、ドゥルーズがどのように「オリジナル」を
規定しているか分からないのです。
ゼロからの概念創出は不可能だし… うーん…
今のところ私は、彼の言う「新しい概念」を「別のメタファーを生産する」とか「差延
と言う概念に翻訳していますが、おおむねこれでいいんでしょうか?

77 :考える名無しさん:01/12/10 07:04
それと、
ドゥルーズ関係のスレってイマイチ盛りあがらないのは私の錯覚かな?(w

78 :考える名無しさん:01/12/10 07:36
誰もちゃんと読んでないからだよ

79 :考える名無しさん:01/12/14 23:47
『シネマT,U』の英語訳ってどうなの?ダメ?

80 :考える名無しさん:01/12/15 00:32
>>76
>ドゥルーズがどのように「オリジナル」を規定しているか分からな
>いのです。
『差異と反復』でドゥルーズは「個別的なものに関する一般性である
限りの一般性と、特異なものに関する普遍性としての反復とを対立し
たものとみなす」といっています(p20)
これからして、オリジナルとは前者の一般性を前提とした個別性とい
うことになると思います。
ドゥルーズ哲学にはオリジナルの規定はないように思えます。
概念創出は後者にあたるのではないでしょうか?

81 :考える名無しさん:01/12/15 01:51
ねえねえねえ。
『ヒューム』のさあ、クレソンの担当した場所ってどこなんですか。

82 :考える名無しさん:01/12/15 08:17
ついさっきAOを読み始めたばかりなんだけど、のっけから分かんねえ(汗)
「シュレーバー控訴院長は、尻の中に太陽光線をもっている」のくだりは
分からないをとっこし、爆笑してしまった。スゲエおっさんがいたもんだ…
まあ、これはいいとして、気になるのはp15ないし17にある<過程>についての説明。
資本家を固定したマルクスの誤りを指摘し、登録と消費とを生産とみなす<過程>の定義
は分かる。また、<人間-自然>という二項対立をなし崩していく<過程>も分かる。
唯一分からんのはp17にある<過程>の第三の意味。
「<過程>というもは、目標や目的であると考えてはならない。また<過程>は、<過程>
自身を無間に継続することと混同されてもならない」と書いてあるんだけど、イマイチ
良く分からんです。誰かここらへんを分かりやすく説明してくれますう?

83 :通りすがり:01/12/15 09:02
>>82
そこはドゥルーズのスピノザ解釈の部分ですね。スピノザの『エチカ』に
おいて、実体は様態を無限に産出するけれども、その<過程>は目標でも
目的でもないし、重要なのはどのようにしてどのような様態が産出されるか、
AOで言えば、流れにどのような切断が加えられるか、であって、
無限に続く様態の産出<過程>それ自体ではない、ということでしょう。
ただ、そこは大学のレポートとか、試験でどうこう、ということでないなら、
直後のロレンスの引用で、感覚的に、別の言い方をすれば、なんとなく(笑)、
わかっていればいいんじゃないでしょうか。AOはあれを読まなければ、
わからない、といった積分的な書物ではない、はずですから。

84 :考える名無しさん:01/12/15 13:45
>>76
デリダの論文「差延」の注を見た?
デリダの差延概念って実はドゥルーズから来てるんだよ。
もちろんさらに変形加えているけど、論理的にはほぼ同一の事態。

85 :(・∀・)オンチ・アイディプス!!:01/12/17 13:55
>>82
シュレーバーに興味があるならば、手記が邦訳されています。
シュレーバー「シュレーバー回想録 ある神経病患者の手記」平凡社

<過程>ですが、AOには愛と分裂症というふたつの例があがっています。
うんと平たく言えば、女の子を好きになって思い悩んだり口説いたりデートしたり
という過程がまるで目的のようになって、ストーカーになったり心中したりしては
いけませんよ。また分裂症は既存の決めごとや境界をどんどん越えていくという点で、
ドゥルーズ=ガタリの考えではポストモダン的な人間のあり方の典型なのですが、
そればっかり極限まで追求していくと、幻覚や妄想によって現実の判断がつかないような、
ホントの「分裂病患者」になってしまうよ・・という感じでしょうか。

86 :考える名無しさん:01/12/17 14:16
ドゥルーズはどっかで、理性は批判するが非論理的であっては
ならない的なこといってなかったっけ。

87 :考える名無しさん:02/01/03 23:09
最高

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