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心脳問題

1 :考える名無しさん:2001/07/16(月) 21:59
ナンダカンダいって、脳がなけりゃ、心もないんですよ。

2 :考える名無しさん:2001/07/16(月) 22:04
脳は心(川の流れ)にとっての川床のようなもの。
脳の働きが心なんじゃなくて、心の実現の形態学的表現が脳に過ぎない。
心。エランヴィタールって呼んでもいい?

3 :考える名無しさん:2001/07/16(月) 22:07
↑ ごめん、いまいち良くわからない

4 :考える名無しさん:2001/07/16(月) 22:09
>>2に同意です。

5 :4:2001/07/16(月) 22:10
>>2の説明は、よくわかりませんね。確かに。

6 :考える名無しさん:2001/07/16(月) 22:51
4面白い。

7 :4:2001/07/16(月) 22:57
説明が良く分からんのに、同意しているからですか?

>形態学的表現が脳に過ぎない
ここに結論として同意しただけですよ。たぶん考えている
ことは似通っていると思ったので。

8 :考える名無しさん:2001/07/21(土) 17:07
>1
心が脳から生まれたということと、
心の状態がぜんぶ脳の状態で説明できるということとは別。

9 :めーすけ:2001/07/21(土) 17:33
ああ、分かるよ。
「痛み」にしたって同じ。
神経線維の刺激が痛みの原因だから、当然麻酔などでコントロールはできる。
でも、神経線維の刺激をいくら詳しく調べたって
人間が感じる「痛み」なんか理解できない。
脳のドーパミン回路に電流を流す仕組みのスイッチを人間や猿に持たせると、
何度も繰り返しスイッチを押したらしい。
主体を自己刺激への行動に駆り立てる刺激を「快感」と定義したって
それがどんな感覚かは本人にしか分からない。
例えば、光の刺激を受けて電灯に群がる蛾はどんな快感を感じてるのか、
なんてことは、全く人間には知る余地がない。
ある物質の配列とエネルギーの流が感覚する主体を生み出すなら、
原子以下のミクロなレベルや、宇宙以上のマクロなレベルに「心」が無いとも言い切れない。
たとえエネルギーの伝達速度が人間の神経のそれよりもはるかに遅く、
一つの刺激が生起するのに100億年ぐらいかかるようなネットワーク構造でも、
そういう時間スケールで生きる「心」を持った存在がいないとも言えないことになる。

10 :考える名無しさん:2001/07/21(土) 18:47
>>9
激しく同意!!

11 :考える名無しさん:2001/07/21(土) 19:28
だいたい、「心脳問題」って言い方がまずいんじゃない?
ここはやはり昔ながらの「心身問題」の方がいいと思う。

12 :考える名無しさん:2001/07/21(土) 23:26
>>9
脳=心だよ
馬鹿

13 :考える名無しさん:2001/07/21(土) 23:36
>>12
どうもよくわからんのだけど、
哲学板には、ハードウェアとソフトウェアという概念を理解している人はいないのかな。

あなたの言っていることは、
パソコン = Windows
といってるのと変らないよ。

14 :考える名無しさん:2001/07/21(土) 23:41
脳=心か・・・
「以脳伝脳」
「脳が広い」
「脳ゆくまで」
「脳変わり」
「脳のこもったおもてなし」
「一脳太助」
「脳ボリルドルフ」
・・・

15 :わはは:2001/07/21(土) 23:46
>>14>>>>>>>>>>>>>>>>>12

16 :考える名無しさん:2001/07/21(土) 23:47
>>13
つまりあなたは
windowsがハードとしてのパソコンに依存するように
心は脳に依存すると言いたいわけだね?
つまり脳が壊れれば当然心も機能しないと。

17 :名無しさん@1周年:2001/07/21(土) 23:49
>>12
そう思うだけなら馬鹿でも出来る。
なんでそうなのか、理由を言ってくれよ。
それこそが聞きたいんじゃないか!

18 :考える名無しさん:2001/07/21(土) 23:50
そうだそうだ〜〜〜〜〜いいこといった!

19 :考える名無しさん:2001/07/21(土) 23:50
脳と心はイコールという感じではないよね。
でもやっぱり心は脳に依存はしてそうだね。

20 :名無しさん@1周年:2001/07/21(土) 23:59
「この新書がすごい!」って本をパラパラめくってたら、
下条信輔『<意識>とは何だろうか』(講談社現代新書)
って本の書評に、

>精神、心、意識は脳作用に還元できない!

って文章がありました。誰か、この本を読んだ人いますか?

21 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 00:07
>>16
まあ、そうです。

22 :めーすけ:2001/07/22(日) 00:48
物分りが悪いな。
>>9で言ったように、全ての心的現象はその主体のものでしかなくて、
主体の外部からは確認不可能なんだから、
客観的に「脳=心」なんてイコールで結べるはずないの。

23 :どきゅ〜ん:2001/07/22(日) 00:53
「脳=心(1)」を認識した「脳=心(2)」。
「脳=心(1)」=「脳=心(2)」が成り立たないこと。

24 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:00
>>22
(>>9)
話が後半拡散しているので、どうつっこんだらいいかわからないけど、
心の内容が観測不能であるということと、
その存在が何に依拠しているのかという問題は、
直接には関係ないのではないですか?

25 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:01
脳は脳みその部位的な機能を表す概念で
心は脳みその機能と身体の機能を統御する概念だとかいう説明は?

26 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:08
>>25
脳みそって言葉に無理があるような・・・
脳は臓器を指す言葉で、機能とは関係ないのでは。
胃、って言葉は消化機能を指してるわけじゃないでしょ。

27 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:10
とりあえず、ここを読んどけ。
http://www.qualia-manifesto.com/index.j.html

28 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:12
キミたちは作用心理学(ブレンターノ)vs内容心理学(ブント)の古い対立を知らんのかな。
心を「作用」として見るか「内容」として見るかによって違ってくる。
「心」という言葉は両者を共に指せるので混乱が生じる。
心は、脳を含めた身体全体(すなわち個体)と環境の双方に依存していると考えるのが妥当。
いや、個体の身体そのものが環境側の要因として機能するという面もあるので、問題は複雑。

まず、「心的作用」を生じさせる身体条件の中心部位として脳がある。
脳の損傷というのは、この部位が損傷して異常をきたすか、一切機能しなくなる(死)ということである。
この部位が損傷または機能停止すれば、「心的作用」も異常化または停止する。
一方、「心的内容」の方は、個体と環境との相互作用に決定的に依存している。
脳を含めた身体条件側の部位に損傷があっても、相互作用が可能であれば、「心的内容」も形成可能だろう。

要するに、脳は、この相互作用によって「心的内容」を決定するために働く「心的作用」を司る個体側の身体条件の中心部位である(日本語が分かりにくいが)。
などと考えてみれば良いのではないか。
脳の研究は重要。それがなければ心的作用も心的内容も生じないのだから。
しかしそれだけが「心」の研究ではない。
同じ様な理屈で、環境要因の研究も重要だということになるわけだから。

どっちにしろ、脳=心と言うやつは馬鹿。

29 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:13
>>25
脳は臓器の一種。心はそれらを統括するシステム。
脳が機能するのは心というシステムによって。

30 :どきゅ〜ん:2001/07/22(日) 01:16
「脳=心」を脳側から見ると科学的っぽくって
クールにみえるけど
逆に心側から見るとあら不思議
電波っぽく見える
「=」とはなんでしょう?

31 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:17
遺伝子=人間か?
脳=心か?

32 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:27
>>28
なるほど、すでにそういう議論があるのですね。
浅学のため、幼稚な議論をしてすいません。

私は、そっち方面の仕事をしているので、
どうしても、ハード、ソフト
という解釈をしてしまいますが、心理学の解釈ではそうなるのですね。
大筋で、そのとおりだと思います。

33 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:49
>>32
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psycho&key=974569037
>>28みたいな議論に興味があるなら、これを読んでみるといいよ。
議論白熱した心理板の名スレッド。超おすすめ。第3部まであります。
第1部の前半の内容と論旨がよく似ているので、>>28さんはこれの参加者かもしれない。
違ってたらごめんなさい。

34 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 01:58
>>33
ありがとうございます。
読んでみます。

心理学はなんか難しそうなのでついていけるか心配。
(昔フロイトを読もうとしてくじけた)
まあ、哲学が簡単ってわけじゃないです。(勉強中)
単にその時期のノリの問題です。

35 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 02:17
「フロイト理論=心理学」
と、
「脳=心」
とは、
共に偽であるので、
注意が必要である。

36 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 02:19
フロイトを読んでくじけたのなら、別にいいんじゃないですか?
精神分析は心理学じゃないんだから。

37 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 02:20
あは。
かぶった。

38 :CAT:2001/07/22(日) 05:55
あは、>>28はどっかで読みかじった知識を適当につなげてるな。

心が「心的作用」と「心的内容」の2通りに解釈できるのは分かるけど
それぞれが「何か」が説明されてないね。
「心的作用」は脳に依存して、
「心的内容」は個体と環境の「相互作用」に依存するんでしょ?
「相互作用」→「心的内容」は分かるけど
「心的作用」→(「相互作用」→「心的内容」)
なんていきなりつなげられてもねぇ

それに、これだけじゃ脳=心を否定する根拠にもなってないし。

39 :桃子:2001/07/22(日) 07:13
脳は臓器、それはそうだよね。だって血管があるものね。
では心とはなにか・・。

40 :桃子:2001/07/22(日) 07:18
心には血管は走ってない。だから臓器ではない。
ただ、比喩として血の通った、という言い方はある。
心は目には見えない。でも心は確かに存在する。

それはどこに・・?脳に・・?・・

41 :??:2001/07/22(日) 07:41
抽象的概念として人間の頭のなかに?
行動の間に?

42 :桃子:2001/07/22(日) 08:21
なるほど・・。抽象的概念というなら分かりやすいかもです。
でも心は実際痛んだりしますし・・。

43 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 10:38
>>38
多分、心というものが現象であって、具象物でない、
という発想がないから理解できんじゃないかな。

44 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 11:03
心的内容?
笑わせてくれる。
そんなもの私の心にとっては何の意味ももたない。

45 :考える名無しさん :2001/07/22(日) 13:07
>>9みたいな議論は興味ありますが、
それを人に話すとデンパな人みたいにバカにされてしまいます。

46 :めーすけ:2001/07/22(日) 13:33
>>45
それは哲学考える人間の特権。

47 :めーすけ:2001/07/22(日) 13:38
あと、↓の議論も心脳問題に関係ある。
ちょうどまとめたところだから考えてみ。

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=995216490&st=100&to=100&nofirst=true

48 :??:2001/07/22(日) 15:34
心は実際痛んだりしますし、というときの心は、
人間は心をもっている、というときの心と異なるのでは>>42

脳と心は違う概念として人間が定めただけと思います。

49 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 16:14
今の時代、
一般的な教育を受けてきた人で
脳と心に相関関係がないと思える人が
本当にいるでしょうか?

50 :??:2001/07/22(日) 16:51
心がある場所の1つに臓器がある (『唯脳論』)

51 :??:2001/07/22(日) 16:52
臓器の調子が心を左右する。

52 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 17:05
臓器に関わらず
体の状態が心と関係があるのは
誰でも認めるところだろう。
ゆえに
「脳」=「心」ではないと言えるだろう。
しかし
>>49
の言うことも最もだ。
脳は心の活動に不可欠な器官というのは常識だろう。

53 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 17:17
心脳問題は、実は一人称と三人称の問題なんだが・・・

すなわち自分という一人称が、ある三人称的なものと同じであるとして
それをいかにして知り得るかということなのだが・・・

54 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 17:23
>>53
それは理屈を述べるまでもなく無理

55 :めーすけ:2001/07/22(日) 20:45
宵の明星と明けの明星、どっちも客観的に確認できる具体物だから、
「宵の明星=明けの明星」と言える。
しかし、脳が具体物なのに対し、心や痛みは客観的な確認が不可能。
なぜなら、「心や痛みを観測した」という命題がすでに
「それは観測者の主観である」ということを含意しているから。
よって、関連性だけなら限りなく言えても、原理的に「脳=心」とは言えない。

56 :a:2001/07/22(日) 20:52
脳はなんでもええが意思がココにあるんだよなー
この空間に。

57 :少し話は変わりますが。:2001/07/22(日) 21:28
別のスレッドにも同じようなことを書いたんですけど、
脳って人の命そのものだと思いませんか?
特に人の意思が詰まっている(?)大脳皮質などは。

そこの脳が活動停止してしまったのに、小脳、脳幹などの
思考に関係ないところが生きていて、心臓が動いているから、
植物状態で生きているというのはおかしいと思うんです。

思考を司る脳の死=死だと思うんです。

脳=心の話題から脱線したカキコで申し訳ないんですが、
皆さんの意見を聞かせください。お願いします。

58 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 21:40
>>57
なんで植物状態で生きているというのはおかしいと思うんですか?
そんなのどの時点で生きていると言えるのか、という定義できまって
来る問題で、おかしいかどうかの問題ではないでしょう。
どの時点で生きていると言えるのか、の部分の基準として、思考能力を
条件とするなら、それは結構危険な考え方のように思いますが。
というのは、知能が足りない人間は、生きている価値がないという
価値判断につながっていく面があるからです。

59 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 21:52
心 = 物
という前提がよくわからない。

そう考えるから、
心という「物」はどこにあるのか、
とか、
心は脳だ、
といった発想が出てくる。

心というのは、脳という臓器で起きている「現象」だ、
と解釈すれば、
心は脳に依存しているが、脳そのものは心ではない、
ということはそれほど無理なく理解できるとおもうのだが。
「心的内容」というのはそのような現象としての心を指しているのだと思う。

60 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 22:03
>>58
>>57さんは、脳死=自己(意識)の不可逆的な消滅は、
主観の消滅であって、その人の意識から考えれば、
死と同等ということを言いたいんじゃないの?
あくまで「私から私の死を見れば・・」の前提で。

61 :57:2001/07/22(日) 22:14
>58
レスありがとうございます。植物状態でも、その人を特徴づける脳機能が
大きく損なわれているのであれば、死亡と判定して臓器を提供する側に
回るべきだと思うんです。もしも仮にそんな状態から意識を取り戻したとしても
自分が誰だかわからず身体が動かせないのでは、かえって不幸だと思うんです。
元に戻る可能性はあるといっても一般に低いものだしその間の医療費も考えると
経済的にも厳しい。そんな状況で残された人たちが、その人を最後まで
愛し続けるのは難しいと思うんです。

>知能が足りない人間は、生きている価値がないという
>価値判断につながっていく面がある
確かにおっしゃるとおりで、危険な考え方です。しかし私は、
知能が足りない人間=死と論じているわけではありません。

たとえですが、無脳児をどうお考えでしょうか?私は無脳児を
とても生きた人間とは思えないのですが…。

皆さんの意見を聞かせてください。お願いします。」

62 :57:2001/07/22(日) 22:17
>60
ほぼ同意見です。

63 :考える名無しさん:2001/07/22(日) 22:26
実際、感情などをつかさどる大脳皮質の機能が、
不可逆的に失われた場合、これを当人の死と見なすことに、
論理的に反論する人は少ないと思います。

以下は、立花隆の「脳死」を読んだうえでの私の意見ですが、

脳死判定で重要なのは、
あたかもそのような、
「大脳皮質の機能が不可逆的に失われることを、人の死とみなすかどうか」
という点が論点であるかのように考えられてしまっている点にあると思います。
このような論点では、多くの人は、「脳死は人の死だ」と答えざるを得ません。

実際には、
「大脳皮質の機能が不可逆的に失われたこと」
を判定する方法が確立されていないところに脳死判定の難しさがあります。

64 :名無しさん@1周年:2001/07/22(日) 22:34
>>61
>もしも仮にそんな状態から意識を取り戻したとしても
>自分が誰だかわからず身体が動かせないのでは、かえって不幸だと思うんです。

表面的には脳死で脳の活動が止まっていても、
現段階では測定できないレベルの脳の活動があるとしたら?
こちら側からはわからないだけで、脳の活動が止まっていても心が働いていたら?
こういった考えは「健常者」の傲慢では? って俺は思う。
もしかしたら、そんな状況でも不幸じゃないかもしれないじゃないか。

そりゃあ確かに経済的なものを負担する人は不幸であるかもしれないけど、

65 :名無しさん@1周年:2001/07/22(日) 22:35
こういった考え=>>61のような考え  です。補足。

66 :60:2001/07/22(日) 22:40
>>62
60は「あなたが57ではこう考えているんじゃないかなぁ」ということを、
勝手に推測して書いただけだよ。必ずしも私の意見ではないので、あしからず。

67 :57:2001/07/22(日) 23:09
皆さん意見ありがとうございます。

>64=65?
>現段階では測定できないレベルの脳の活動があるとしたら?
>こちら側からはわからないだけで、脳の活動が止まっていても心が働いていたら?
仮にそうだとしても、脳死、植物状態の問題はこれからも当分続くと思うので、
そろそろ生と死の境目を決定しておかなければならないと思うんです。
確かに健常者の傲慢かもしれませんが。
こういう場合に安楽死は有効だと思います。

皆さんの意見を聞かせてください。お願いします。



68 :57:2001/07/22(日) 23:19
>66=60
失礼しました。62のカキコは
×ほぼ同意見です。
○そのとおりです。

訂正しておきます。

69 :57:2001/07/23(月) 10:03
補足のカキコです。
思考、知能の足りる足りないで、生きる価値が決まるわけではなくて、
大脳皮質(その人を特徴づける脳機能)が大きく損なわれているのであれば、
足りる足りないではなく、思考、知能がまったく無いということになります。

脳死・植物状態=その人を特徴づける思考、知能の無=死

つまり、脳(特に大脳皮質)=命そのものだと思うんです。

>表面的には脳死で脳の活動が止まっていても、
>現段階では測定できないレベルの脳の活動があるとしたら?
仮にそうだとしても、脳死、植物状態の問題はこれからも当分続くと思うので、
そろそろ生と死の境目を決定しておかなければならないと思うんです。
確かに健常者の傲慢かもしれませんが。
こういう場合に安楽死は有効だと思います。

>こちら側からはわからないだけで、
>脳の活動が止まっていても心が働いていたら?
心というのは人がつくった思考、感情みたいなものだから、
脳が死ねば自我(思考、感情)が消滅するから、心は消滅して働きません。

※日本の場合
全脳死、脳幹死→脳死

生命維持のための基本的な機能は残存
大脳の機能が停止し、意思や感情の機能が失われた状態→植物状態
           ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
皆さんの意見を聞かせてください。お願いします。


70 :考える名無しさん:2001/07/25(水) 07:58
age

71 :考える名無しさん:2001/07/26(木) 16:14
つまり、脳≠心ってことですね。

72 :考える名無しさん:2001/07/27(金) 04:08
age

73 :考える名無しさん:2001/07/27(金) 04:58
レスが続かないのは、
心脳問題が脳死問題にすり替わったせいだな。>57

74 :Rmj:2001/07/27(金) 08:48
>> 57 様
>元に戻る可能性はあるといっても一般に低いものだしその間の医療費も考えると
>経済的にも厳しい。そんな状況で残された人たちが、その人を最後まで
>愛し続けるのは難しいと思うんです。

ある状態が死かどうかということは、生命とは何かということですよね?
でもそれは、人間には勝手にそう見えているだけで厳密には定義出来ないと思います。
なぜなら、専門家が何と言ってるのか知りませんが結局のところ生命のその定義は、
恐らくは”生きているように見えるから生命”、”そう見えないから非生命”という
ということしか言っていないと思うからです。
物質がただ激しく反応しているだけなら、太陽も同じです。しかし、生物学的に
太陽が人間と同じ意味で”命を持っている”という理解にはなかなかならないと思います。
それは振る舞いが違いすぎるので、”生命”とは別の名称がついていると思います。

植物人間であっても復活する可能性があるなら、死と厳密に断定することは出来ないのでは?
愛情や経済的な問題は切り離して考えないと。世の中には情の厚い人や金持ちもいるんですから。

生命について僕が一言で言うとこうなります。

”生命とは、人間から見て不思議に感じる特定の現象に付いたカオスの名前であり、
宇宙的物理的事実としてはこの宇宙には生命は一切存在しない”

75 :Rmj:2001/07/27(金) 11:44
脳=名前(心)をつけたくなるような不思議な現象を発生する装置

という僕の理解は間違っているでしょうか?

例えば野球のピッチャーが投げたボールがカーブしたとします。
バッターはカーブが来たと考えるとします。
カーブ=ボールという理解はバッターの視点からは正しいと思います。
カーブがボールでないなら何がカーブするのだ、という意味ならその通りだからです。
しかし、机の上のボールを指してこれはカーブだというのは間違いですよね?
その視点、その意味からはボール≠カーブなのだと思います。

脳と心も似たような関係なのではないでしょうか。
ある瞬間ある視点で=が成立したとしてもそれは別名のことではないと思うんです。
心って体の物理的な器官に対する名前なのですか?
じゃあその器官はどこにあるのですか?どうして脳を解剖してもそれは電子顕微鏡で見えないの?
心=霊魂=エクトプラズムのような物体みたいに考えている人は、違うと言うかもしれないけど。

心は物理的にはこの世のどこにも存在しないんだと思っています(だから解剖しても見えない)。
存在しないがそこにはっきりと存在を感じる、ある種の現象についた名前が心なのでは?
心なんて本当は存在しないのだ、と寂しいことを言っているのではありません。
心がないわけではなくて、ほらここに見つけたよでもなくて、技術的な問題で検出出来ないでもなくて
ないがあると言ってるんです。どこにもないがそこにあると言ってるんです。

虹が見えた時、それはそこにありますか?そこにないのなら虹は存在しないのですか。
物理的には虹は存在しなくとも、ちゃんとはっきりと虹はそこにあるのではないでしょうか。

76 :考える名無しさん:2001/07/28(土) 14:35
スレの中身を飛ばし読みしただけなので間違っているかもしれませんが
どのレスも(脳=人間の脳)という前提で書かれているように思います。
でも他の生物の脳は人間と同等では無いわけです。(必ずしも劣っているとは限りませんね)

そこで、(脳=心)という意見の人へ質問なのですが、
例えばプラナリア(体を切断するとそれぞれから個体が再生するというおなじみの生き物です)
は最も原始的な脳をもつと言われていますが
プラナリアにも心があるのでしょうか?

もし(ない)というのであれば、プラナリアの後のいつから心が生まれたのでしょうか?
また
もし(ある)というのであれば、プラナリアの前のいつから心が生まれたのでしょうか

77 :76:2001/07/28(土) 14:39
>>76 訂正します
>もし(ある)というのであれば、プラナリアの前のいつから心が生まれたのでしょうか
→プラナリアの直前の生物にも心があるのでしょうか?
 もし(ある)とうのであれば、いつから心が生まれたのでしょうか?

78 :めーすけ:2001/07/28(土) 15:05
>>76
脳=心という意見ばかりでもないよ。
少なくとも俺は君と同意見。
>>9 >>55にレスしてる。

79 :76:2001/07/28(土) 15:12
>>78
レスありがとうございます。
予想通り(脳≠心)の意見の人からの書き込みが先でしたね。
私が(脳=心)の意見だったら即答する自信がありません。

80 :考える名無しさん:2001/07/28(土) 15:19
とりあえず、唯脳論のおかしさを大森先生が色んなとこで、
徹底的に批判してますよ。
誰か読んだ人いないかな?

81 :考える名無しさん:2001/07/28(土) 15:21
>>79 訂正
いや、完全に無視される可能性が一番だと思っていましたけど。
レス、うれしかったです。

82 :13:2001/07/28(土) 15:31
>>76
私の意見も「脳=心」ではありませんが(詳細は >>13 を見てください。)
レスします。

あなたの質問では、それ以前に、「プラナリアには心があるか」「心とは何か」
という問題があるのではないでしょうか。

「プラナリアには心は無い」
では議論が終わってしまうので、問題の前提条件を少し変えて、
人間にプラナリアのような自己再生能力があったと仮定して見ます。
(プラナリアに人間のような心があると仮定するでもいいと思います。)

私は、次のようになるのではないかと思います。
上下に分断された場合、上半身部分に、直前までの心が残り、
下半身部分の脳は臓器としては再生されるが、真っ白な赤ん坊の状態であり、
その後の生活により、徐々に成長して精神が形成される。

83 :76:2001/07/28(土) 15:37
>>82
プラナリアは体を縦に分割しても(脳を真っ二つにしても)
再生するように記憶していますが。
人間の場合も縦に切断したら、どちらに元の心が残るのでしょうか?

84 :考える名無しさん:2001/07/28(土) 15:44
>>83
縦に切断したら死ぬじゃん。プラナリアと同じようには考えられないよ。

85 :76:2001/07/28(土) 15:55
>>84
84さんは13さんではないようですね。
>人間にプラナリアのような自己再生能力があったと仮定して見ます。
このような仮定ですから、生死は問われていないのです。

どうしても生死にこだわるのでしたら
脳梁を切断しただけでは死ななかったのではないかと思いますので
頭頂部から脳梁まで切断して止めてしまって再生したら(想像はしたくないものですね)
どうなるかでも
>どちらに元の心が残るのでしょうか?
の問が成り立つのではないでしょうか?

86 :13:2001/07/28(土) 16:20
>>83
この問題は、考えれば考えるほど、
「高等生物(体のつくりが複雑な生物)が自己再生能力を
持たないのはなぜか?」
ということの理由がよくわかってくるのですが、
この点について考えることは、ここでの目的ではないので、
矛盾は無視して、
(実際には、脳幹が真っ二つになったら、絶対死ぬと思いますが、
再生中の生命維持については、
我々の知らない特殊な機能によってささえられているものとして)
考えてみましょう。

以下、私の推測です。

真っ二つにされた場合、
その時点で脳の機能の大半は失われ、白痴状態になる。
脳の機能の回復、および、残存部位の補償活動によって、
以下の現象が並列して起きる。
・活動可能な神経細胞が、失われた部位の活動を補おうとして、
 対応する機能を持つ部位が出現する。
・切断部位において、再生不可能な損傷を受けた脳細胞が破棄される。
・再生機能によって、失われた脳の部位が形成され、再生した部分は、残存した部分と
 新たな結合を形成する。
・当初精神活動には大きな混乱がみられるが、以上の活動により、
 徐々に秩序だった活動を取り戻す。

そして、結果的には、

・残存部位に存在した記憶のみが残り、
 欠損部位の記憶は失われる。
 両者にまたがっていた記憶については混乱が残る。

脳を半分失った場合、人間の精神活動がどうなるかは、
失った部位その他の条件によっていろいろなケースがあるので、
いちがいにはいえません。

サヴァンというのをご存知でしょうか?
サヴァンと呼ばれる人々は、
脳の半分近くを失っていながら、
特定の分野で突出した才能を発揮します。

87 :13:2001/07/28(土) 16:31
えっと、
>>86
では、
>どちらに元の心が残るのでしょうか?
の答えを明言していませんね。

>>86
の現象をどう解釈するかは人によって変ってくると思いますが、
私は、
「文字通り引き裂かれ、元の心は残らない」
と解釈します。

88 :76:2001/07/28(土) 16:41
>>83
かつて実際に脳梁が切れてしまった人に関する話を聞いたことがあります。
その人の場合は白痴状態ではなかったものの色々な障害があり
その人についての研究から脳の左右では機能が異なることが
確認されたとか(ここの記憶はかなり怪しい)。

私がプラナリアを持ち出したことで
人を切断するとうい物騒な話になってしまいましたが
脳の専門家でもない限りこれ以上は推測になってしまいますので
切断関係はこれでお開きにしませんか?

76のレスは脳がどの程度発達したら、あるいは神経がどれだけ集積したら
心ができると考えるのかという(脳=心)の人たちへの問いかけでした。
※そういえば返答がありませんね

89 :考える名無しさん:2001/07/28(土) 16:42
脳がなければこころはない
空気がなければこころはない
五感の遮断
命の鼓動
まわっていくだけ
まわっていくだけの
孤独な存在の波

90 :13:2001/07/28(土) 16:56
>>88
>かつて実際に脳梁が切れてしまった人に関する話を聞いたことがあります。
その辺の話は NHKの「脳と心」で思いっきりやったので、
見た人はみんな知ってると思いますよ。

>切断関係はこれでお開きにしませんか?
異存ないです。

>76のレスは脳がどの程度発達したら、あるいは神経がどれだけ集積したら
>心ができると考えるのかという(脳=心)の人たちへの問いかけでした。
>※そういえば返答がありませんね
そういう主張をする人に直接レスしたほうがいいでしょうね。

というか、レスを漁っても、
「脳=心」を筋道立てて主張している人っていないように思います。
むしろ、大勢は、

「脳≠心」だけど、脳と心は無関係ではない、じゃあどういう関係なの?

といったような状態だと思います。

91 :76:2001/07/28(土) 17:03
>>90
>「脳≠心」だけど、脳と心は無関係ではない、じゃあどういう関係なの?
「現時点で誰もが納得できる答えは見つかっていない」
ということなのでしょうね。

ではなぜこのスレが立ち、みんながレスを付けるかというと
やっぱり「楽しいから」だと思いますよ。

私は↓の17です。ご参考までに。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=996256471

92 :考える名無しさん:2001/07/28(土) 17:08
脳と心を等号で結ぶなんて、
口=声って言ってるようなもんだぞ。
すぐおかしいって気づけよ。

93 :13:2001/07/28(土) 17:11
>>91
>やっぱり「楽しいから」だと思いますよ。
「脳と心」が話題になったのもそういう理由でしょうね、
私もそう感じます。

ただ、今のところこのスレに関しては私的には、
>>13
で言ったように、

学識も知能もある人間が、
「ソフトウェア、ハードウェア」
といった概念を理解できないのはなぜか?

という疑問のほうが実は大きいです。
(職業柄説明の必要がある状況があるので・・・)
この動機は不純かもしれません。

94 :76:2001/07/28(土) 17:16
>>93 13さん
実は私もコンピュータ関係です(藁
プログラム板やプログラマー板でもまたお話が出来るといいですね。
(ただし、あくまでも匿名で)

それでは、逝かせていただきます。

95 :92:2001/07/28(土) 17:34
ああ、13で既出でしたか。

96 :考える名無しさん:2001/07/28(土) 20:52
「口=声」ってたとえ、なかなか良いね。

97 :めーすけ:2001/07/29(日) 01:42
ただ、「口」と「声」なら、双方とも客観的な観測が可能な点で、その関連性も十分に説明できるが、
「心」というものが客観的に観測不可能である以上、
「脳」と「心」の関連性は決して明晰に説明できない。

98 :阿修羅無限大落とし:2001/07/29(日) 02:22
このスレの見所。

第一位>>28

第二位>>9

第三位>>82

99 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 02:35
>>98
ああ、あんたね。

100 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 03:00
遺伝子=ROMにあるプログラムってとこか

101 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 03:27
>>98の「見所」はけっこう当たってると思う。
順位も妥当。
ただ、この程度では全然物足りないなあ。
もっと議論してちょ。

102 :名無しさん:2001/07/29(日) 03:28
じゃあキミが何か論点を呈示してちょ。

103 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 04:19
めんどくさいなあ。
全部電子機器に置き換えて説明しちゃってよ、それ関係の人。

104 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 04:24
>>103
つうか、もうしてるけど誰も反論しないので議論が続かないんだよ。

105 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 04:29
何これ?

心=脳であるかどうかなら考え方によるんでしょ。

PCに例えれば、脳=ハードで心=ソフト。
でも今のところこのソフトを動かせるのは脳だけだから、
結果的に心=脳に見えてこれが切り離せないように思えるだけ。

106 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 04:39
>>105
だから、そこまではガイシュツなんだって。
議論を続けるには、
それへの反対意見か、
それを超える意見、
または、新しい観点が
ないと始まらない。
このままだとそれが結論で終了だよ。

107 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 04:43
じゃ終了ってことでいーじゃん

108 :日本@名無史さん:2001/07/29(日) 05:50
えーもう終わり?

109 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 06:01

ナンダカンダいって、脳がなけりゃ、心もないんですよ。

−−−−−−−−−−終了−−−−−−−−−−

110 :考える名無しさん :2001/07/29(日) 11:20
このスレは内容はいいけど立てた奴が馬鹿だな

>>98
きみ、何度も自演してるね
>>28なんて読みにくいだけで大したこと言ってないじゃん
>>38にも答えてないし

111 :名無し:2001/07/29(日) 11:31
つーか終了馬鹿が一番うざい

112 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 13:13
じゃあ再開ってことでw

−−−−−−−−−−再開−−−−−−−−−−

113 :13:2001/07/29(日) 14:48
>>110
私は、
>>28


脳=ハードウェア
心=ソフトウェア

の心理学的表現と解釈したのですが、
これも

脳≠心

の説明になっていないのでしょうか?

というか、ハードウェアとソフトウェアの違いってわかりますか?
これが分からないとすると、単に概念のバリエーションの不足に
よって理解できていないだけだと思いますが?

114 :101:2001/07/29(日) 15:16
>>110
心的作用:例えば「思考」
心的内容:例えば「思考の内容」
ってことなんじゃないの?

(1)「思考」(心的作用)を司る身体条件の中心部位が脳。
すなわち、脳=心的作用ではない。
脳はあくまで心的作用を司る中心部位。
ただし、脳の作用=心的作用という主張ならなら、考える余地はあるかも。
でも、すくなくとも、脳=心じゃないよね。

(2)その「思考」(心的作用)の働きによって生まれるのが「思考内容」(心的内容)だが、
どのような「思考内容」(心的内容)になるかは個体と環境との相互作用によって決定される。
すなわち、脳=心的内容でもない。これは当たり前。

どっちにしろ、脳=心は否定される。
だから、>>38に対する答えは>>28のままでも別にいいんじゃないの?

たしかに「大したこと言ってない」とも言えるけど、
こんなことすらも考えずに、脳=心だ、いやそうじゃない、って言ってたわけなんだろう?
俺は、昔(いつごろ?)の人は心的作用と心的内容を区別したらしい、ふーんナルホドね、と単純に思ったんだけどな。
詳しいことはともかくさ。

115 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 18:40
>>114
じゃあ、「思考」と「思考の内容」の違いは何?
それぞれの定義も差異も規定しないうちに、
端的に両者を関係づけても意味ないよ。

「思考の内容」が相互作用から生まれるというときの、「環境」とは具体的にどんなもの?
「心的作用」は物理的な実体?「心的内容」は?

それに、「心的作用」→(「相互作用」→「心的内容」)なのか、
「心的作用」→「相互作用」→「心的内容」なのかが曖昧。

あと、「脳」と「心」をハードウェアとソフトウェアの違いって言う人多いけど、
ソフトウェアという概念をきちんと説明できる人いるの?
「心」をソフトウェアと言うからには、
ソフトウェアという概念を規定する何らかの性質があって、
その性質が「心」というものに認められることを示す必要がある。
つまり、
@ソフトウェアという概念の本質とは何か?
Aその性質が「心」というものに含まれていると言える根拠は何か?
きちんとこれに答えられるの?

116 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 19:00
>>115
話とズレるけど「端的」の使い方おかしくない? そこは「短絡的」でしょ。

117 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 19:56
>>116
辞書引け

118 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 21:37
引いたぞ。やっぱ変だろが。

119 :13:2001/07/29(日) 21:54
>>115
>あと、「脳」と「心」をハードウェアとソフトウェアの違いって言う人多いけど、
>ソフトウェアという概念をきちんと説明できる人いるの?

パソコンを例にとると、パソコン本体がハードウェアで、
Windows や、その上で動作するアプリケーションがソフトウェアです。
その名前が示すとおり、物理的に存在しする装置や物のことをハードウェアと呼び、
これに対して、プログラムやデータなどの、情報としてのみ存在するものを
ソフトウェアと呼びます。

パソコンは、それ単体では、
人間の役に立つ動作をすることは出来ません。

プログラムを
(ハードディスク、あるいはCD-ROMなどから)メモリに読みこみ、
それらを解釈実行することにより、
ウィンドウの表示をはじめ、ワープロや表計算、そして2chへのアクセスといった
機能を実現しています。
だから、Windows とパソコンの関係を考えた場合、
Windows はパソコンがないと動作しませんが、
パソコンは Windows ではないわけです。

これは、音楽とCDプレーヤーの場合にもいえます。
宇多田ヒカルの歌をCDプレーヤーで聞く場合、
宇多田ヒカルの歌がソフトウェアで(「音楽ソフト」って呼び方しますよね?)
CDプレーヤーがハードウェアです。
CDプレーヤーがないと歌は聴けませんが、CDプレーヤーは
宇多田ヒカルの歌ではありません。

脳と心の場合、記憶、思考という「機能」は脳という
臓器(ハードウェア)の機能ですが、
その内容(記憶されているもの自体、考えたこと自体)は、
情報(ソフトウェア)であって、臓器ではないということです。

120 :76:2001/07/29(日) 22:10
>>119 13さん (やってますね)
とても理解しやすい内容で、私には異議を唱えるところがありませんが
今度は以下の疑問が湧いてきました。

脳をパソコンに例えた場合、「パソコンを使っている人」に相当するのは何でしょう?
脳をCDプレーヤーに例えた場合、「音楽を聞いている人」に相当するのは何でしょう?

121 :115:2001/07/29(日) 22:35
>>116
こういうことをいちいち説明するのもどうかと思うけど・・・

別にね、その両者が全く関係ないと頭から否定してるんじゃないんだよ。
用語の定義という、肝心な最初のステップを忘れてるって忠告してるわけ。
(本当にそのステップを単に忘れてるだけかどうかは疑わしいけど)
だから、「短絡的」とは言わずに「端的」と言った後に、
そういう関係づけは「意味ない」と言ったの。
「短絡的」と言うと、すでに否定的なニュアンスがあって、
後からさらに「意味ない」と否定するのは無駄でしょ。
要するに、何の意味も規定されてない言葉同士を結び付けてるんだから、
関係の真偽や論理展開の是非を言う以前の、根本的な無意味さを指摘したということ。

122 :115:2001/07/29(日) 22:44
>>119
だから、そういう説明は何度も聞いてるよ。
でもそれは、パソコンとかCDとか、
何となく身近な例をイメージして分かった気になってるだけかも知れないでしょ。
だから、厳密な議論をするために明確にしておくべきことを質問をしたの。

繰り返すと、この質問ね。
>@ソフトウェアという概念の本質とは何か?
>Aその性質が「心」というものに含まれていると言える根拠は何か?

123 :13:2001/07/29(日) 23:02
>>120
>脳をパソコンに例えた場合、「パソコンを使っている人」に相当するのは何でしょう?
>脳をCDプレーヤーに例えた場合、「音楽を聞いている人」に相当するのは何でしょう?

私の暫定的な考えを書きます。

脳をパソコンに例えた場合、
「使っている人」はいない。
「心」は脳という臓器の機能によって自動的に形成される
自立型のプログラムであり、「使っている人」がいなくても
機能する。

脳をCDプレーヤーに例えた場合、
「使っている人」は、
その脳を持つその人自身である。
「音楽」は情報であるので、それを脳で再生する行為は、
「記憶を思い出す」ことに相当する。

これら二つには、「その人と対話している人」
「その人が歌ったり演奏したりするのを聞く人」
という視点を加えると別の解釈もで可能かもしれませんが、
以上の解釈とそれらは共存しえると考えます。

124 :13:2001/07/29(日) 23:09
>>122
ううむ。
そうですか。

難しくなりそうなので一づつ話ましょう。
まず
>@ソフトウェアという概念の本質とは何か?
ソフトウェアの本質は、
物理的な実体を持たない情報であるということです。
そして、ハードウェアと組み合わせることにより、なんらかの働きをするもの、
ということになると思います。

125 :115:2001/07/29(日) 23:24
>>124
やっぱりそう言うのね。
「情報」というのは、「情」と「報」でしょ。
「情」というのは「心」と変わらない。
だから、
「心はソフトウェアである」と言った後に、
「ソフトウェアは情報(心的要素を含むもの)である」というのはトートロジーだよ。

また、
>ハードウェアと組み合わせることにより、なんらかの働きをするもの
といったところで、「組み合わせる」、「働きをする」という意味が不明。
なら、数字の「3」や「神」という概念も、人間というハードウェアと組み合わされたソフトウェアなの?

126 :76:2001/07/29(日) 23:30
>>123 13さん
>脳をCDプレーヤーに例えた場合、
以降の行については、まだ理解しきれないので保留します。

で、「脳をパソコンに例えた場合」ですが
(こちらの方がイメージしやすいですね)
脳とは基本的に神経(と血管)の集まりでしかないわけで
そこにあるのはあくまでも信号の流れです。
従って、その機能として納得できるのは
1.情報の入力
2.入力された情報の演算
3.入力された情報および演算結果 の記憶
4.入力された情報、演算結果および記憶 の出力
です。

私にはこの中に「心(あるいは意識)」と確信できるものを
見出すことができません。
そこで 4. の出力を受け取っている何かがあるのではないかと
疑ってみたわけです。

ごめんなさい。今日はもう逝かなければなりません。
続きは後日、お願いしたいと思いますが
どなたかが引き続きこの話題を掘り下げてくださるのなら
とても嬉しいと思います。

127 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 23:57
>>115
>じゃあ、「思考」と「思考の内容」の違いは何?
そんなに難しく考える必要はないんじゃないの?
「思考の内容」:例えば、「小泉首相が主張する構造改革は何ら具体性がない」
「思考」:上のような「内容」を生み出す作用・働き(たぶん主に脳の)。

いま>>33のリンク先(面白い)を読んでる最中だけど、
この↓マルシンドという人は「心的内容・心的作用」ではなく「意識内容・意識過程」という言葉を使っている。

128 :13:2001/07/29(日) 23:57
>>125
>「情報」というのは、「情」と「報」でしょ。
情という漢字には、「感情」といった意味がありますが、
熟語としての「情報」にそういう意味があるとは
聞いたことがありません。
熟語は、かならずしも、それを形成する漢字の意味を含んでいるとは
限らないと思います。
---
じょう‐ほう【情報】ジヤウ‥
(information)
@あることがらについてのしらせ。「極秘―」
A判断を下したり行動を起したりするために必要な、種々の媒体を介しての知識。「―が不足している」
広辞苑第5版より
---
従ってトートロジーではないと思います。

>といったところで、「組み合わせる」、「働きをする」という意味が不明。

「ある働きをする」ものを分析(あるいは設計)する場合に、
構成する要素のうち、物理的な実体を持つものをハードウェア、
物理的な実体を持たない情報をソフトウェアと分類するわけです。
もともと「ある働きをする」ものの要素であったわけですから、組み合わさって働くのはあたりまえで、
その組み合わさり方というのは、個々の「ある働きをする」ものによって違っているはずです。
ソフトウェアとハードウェアは、もともと対応する「組み合わせ」、「働き」がある言葉ではなく、
なんらかの「働き」をするものの要素を分類するための言葉です。

従って、>>124で書いた、
>そして、ハードウェアと組み合わせることにより、なんらかの働きをするもの、
の、「組み合わせる」、「働きをする」は、
「(なんらかかの)組み合わせ」、「(なんらかの)働き」以上の意味はありません。
「本質」を示そうとすれば、一般化せざるをえないのでこのような表現になっています。

129 :考える名無しさん:2001/07/29(日) 23:58

29 名前:マルシンド投稿日:2000/11/27(月) 12:44
混乱してるぞ.

われわれが素朴に「心」だと思っているもの=意識内容は脳によって
決定はされない.むしろ環境からどのような刺激が脳に入ってくるか
という環境の構造に依存する.つまり「意識内容」を心だと考えるなら
心脳一元論は成立しない.また,27がまったく理解できず(区別できず)
にいるような「他人の心の知覚(心の理論)」の問題でも心脳一元論なんか
成立のしようがない.これは臨床心理学や社会構成主義的な「心の研究」が
広く共有する立場.

いっぽう認知科学や認知心理学は意識の内容ではなく意識を作り出す
過程(環境と意識内容を媒介するもの)を「心」と考える.そうであれば
それは生理的,機械的な過程であるから心脳一元論も成立する.

問題は,どちらがより「心の本質」に迫っているのか,ということだ.
意識の内容,つまりわれわれの意識にはっきりと現れている「自分の心
そのもの」を直接分析することが心の科学であるなら,環境刺激や
環境の構造を無視して脳だけにこだわるのは,それこそ「2チャンネルの
心理を分析しようとしてコンピュータを調べる」ということに
なるだろう.

いっぽう「媒介過程」が心であるのなら,2チャンの心理を分析するために
コンピュータを調べるのも一興,ということになるだろう.

このレベルの話を前提にした上で議論しなければ厨房と専門家の
区別がつかない不毛な議論にしかならない,って前にも言ったか?

130 :13:2001/07/30(月) 00:05
>>129
そういう話をしたいのはやまやまだけど、
そのレベルで議論を振ってくれるひとがいないと始まらないっす。
いまのところは、ハード・ソフト論で手一杯。

131 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 00:05
どうでもいいが、「情報」という言葉は、もともと「諜報」とほぼ同義
だったそうだ。

132 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 00:41
人体に作用する外界からの情報を入力としたときの
出力が心ってだけだろ?

コンピュータのモデルで置き換えて説明を試みる時も、
なるべく単純化したものから徐々に複雑化してとらえたほうがいいと思うよ

133 :115:2001/07/30(月) 00:47
>>128
辞書的な定義を持ち出しても仕方ないんだけど・・・
厳密に定義すれば、「情報」は「情的情報」+「報的情報」だったと思うけど。
むしろ、「心」を辞書的な「報的情報」に還元できると考える方が危険だよ。

134 :13:2001/07/30(月) 00:51
>>126
>私にはこの中に「心(あるいは意識)」と確信できるものを
>見出すことができません。
これを真面目に話そうとすると大変です。
段階的に進めたいです。

>そこで 4. の出力を受け取っている何かがあるのではないかと
>疑ってみたわけです
記憶、演算、というのは、非常に末端の現象だと思います。
一般のプログラムでも、最小限の命令か構築された、
複数の構成要素(サブシステム、サブルーチンなど)
が互いに入出力によってつながり、巨大なシステムを構築しています。
心というものも、そのように、入出力を交換しあう小要素が大量に集まって、
全体として協調して動作している状況のなかで発生する現象では
ないかと思います。

135 :13:2001/07/30(月) 00:56
>>133
「情的情報」、「報的情報」というのは初耳ですが、どういう意味ですか?

136 :115:2001/07/30(月) 01:25
>>135
その漢字の意味通り、物質・エネルギー以外の実体のないもののうち、
辞書的な「報」的な性格を持つものと、
創作活動などを通じて表現される「情」的、心的な性格のもの。

137 :13:2001/07/30(月) 02:04
>>136
>その漢字の意味通り、物質・エネルギー以外の実体のないもののうち、
>辞書的な「報」的な性格を持つものと、
>創作活動などを通じて表現される「情」的、心的な性格のもの。
つまり、
報的情報 = 辞書的な「報」的な性格を持つもの
情的情報 = 創作活動などを通じて表現される「情」的、心的な性格のもの。
ということですね。

ちょっと、具体的なイメージが湧かないのですが、
心的情報としては、どのようなものが例として挙げられるのでしょう?

138 :13:2001/07/30(月) 02:05
>>137
失礼
×心的情報としては、どのようなものが例として挙げられるのでしょう?
○情的情報としては、どのようなものが例として挙げられるのでしょう?

139 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 02:50
>13
こんな関係ないこと言ってるやつは無視しろって。
スレが潰れるぞ。

140 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 03:42
脳の内容がコンピューターに移せるとか、
脳のコピーが作れるのなら論じることにも意味があるが、
今はできないんだから人間の心というソフトウェアは
脳というハードウェアから切り離すことは出来ないってことで
脳=心でいいじゃん。終わり。

141 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 05:23
脳⇒心

142 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 05:45
脳⇔心

143 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 13:38
> 今はできないんだから人間の心というソフトウェアは
> 脳というハードウェアから切り離すことは出来ないってことで

が、どうして

> 脳=心でいいじゃん。終わり。

って結論になるんだよw

144 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 15:30
心についての機能主義はとっくに破綻してます。
ちょっと考えれば分かります。

145 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 22:28
いや、だから、「心についての機能主義はとっくに破綻して」るなら、
それを論理的に説明しろって。根拠を示すのが議論だろうが。
「ちょっと考えればわかりますにゃ〜」じゃあ馬鹿な俺にはわかりません。

146 :76:2001/07/30(月) 22:49
>>134 13さん
>心というものも、そのように、入出力を交換しあう小要素が大量に集まって、
>全体として協調して動作している状況のなかで発生する現象では
>ないかと思います。
実は私もそう考えるのが妥当ではないかと思っています。
理論的な説明というよりは「そう信じる」というのに
近いかもしれませんけどね。

なお、東洋哲学では別の答えを用意していますが
ここでは触れないことに致しましょう。

147 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 23:48
>>124
> ソフトウェアの本質は、
> 物理的な実体を持たない情報であるということです。
> そして、ハードウェアと組み合わせることにより、
> なんらかの働きをするもの、ということになると思います。

物理的な実体を持たないものを名詞で表現してしまうことが
問題の一端でありましょう。
「ハードディスクA上にソフトウェアBがある」というのは
ハードディスクAの磁化の分布状態を表現しているのにすぎない。
ソフトウェアBを削除してもディスクの質量はほとんど変化しない。

「この脳に心がある」という言明についても同様。
「心がある」は脳の状態を形容している修飾語である。

148 :考える名無しさん:2001/07/30(月) 23:57
ソフト/ハードの話はいいかげん飽きちゃったよ。
そうでなくてさえ粗雑な比喩なんだからさー

149 :13:2001/07/31(火) 00:58
>>147
>物理的な実体を持たないものを名詞で表現してしまうことが
>問題の一端でありましょう。
物理的な実体を持たないものを示す名詞は他にもいくらでもありますよ.。

>ソフトウェアBを削除してもディスクの質量はほとんど変化しない。
質量が変化しないことに、何の意味があるのかよくわからないのですが?

>「この脳に心がある」という言明についても同様。
>「心がある」は脳の状態を形容している修飾語である。
「形容している修飾語」とか、ちょっと意味を掴みづらいのですが、
「脳に心がある」という文が「脳の状態を示している」というのは
間違ってはいないと思います。

>>148
私もです。
ここで、情報工学基礎講座をやるつもりはまったく無かったです。
「ソフトウェア、ハードウェアといわれてもさっぱり理解できない」
といわれれば、哲学板とはそういうものかと思って、
消えようと思っていたのですが、妙なことになってしまいました。
(っていうかどうすりゃいいの?教えて。)

私としては、
ソフト・ハードの例えで説明し切れていない部分の議論に
移りたいです。
飽きたのなら、黙ってROMってないで、
なんか議論を振ってもらえませんか?

150 :147:2001/07/31(火) 18:41
>>149
> >>147
> >物理的な実体を持たないものを名詞で表現してしまうことが
> >問題の一端でありましょう。
> 物理的な実体を持たないものを示す名詞は他にもいくらでもありますよ.。
たくさんありますが、その多くは混乱の元になっていると思います。
「共産主義というものは存在しない。共産主義者がいるだけだ」とか。
「心」という名詞の場合はなんかこう、形容詞にしてしまえば
問題が解消するような。

> >ソフトウェアBを削除してもディスクの質量はほとんど変化しない。
> 質量が変化しないことに、何の意味があるのかよくわからないのですが?
ソフトウェアは「もの」ではないということを強調したかった
だけです。あまりよい表現ではなかったかも。

151 :148:2001/07/31(火) 18:54
本能の座が脳だって言うときっと反論も少ないものを、
心ってのは本能みたいにピッタリしたところがなくて、
何らかの過剰って感じがするよね。しなきゃ別にいいよ。
その過剰がヒトの脳を、こんな変な格好に捻じ曲げちゃった。
脳は心を生むものじゃなくて、可能的な心を心に実現させる手段。
過剰を生む何らかのポジティブフィードバックがあるのよ。
宇宙がヤバイのと同様。
ああ知ってるよ。曖昧な議論だよ。でも粗雑じゃないよ。

152 :13:2001/07/31(火) 22:21
>>150
えっと、もしかすると、「「心がある」は脳の状態を形容している修飾語である。 」は、
「脳≠心」ということでいいんでしょうか?
表現方法の問題ということですよね。
そういうことであれば、大体基本的には私と同じ事を考えていらっしゃるような・・・。

「心を形容詞とみなす」というのは面白い発想かもしれません。
しかし・・・
うーん、私にはそれで最後まで議論を維持する自信はないです。

あと、「脳≠心」ということであれば、
>> >ソフトウェアBを削除してもディスクの質量はほとんど変化しない。
>> 質量が変化しないことに、何の意味があるのかよくわからないのですが?
>ソフトウェアは「もの」ではないということを強調したかった
>だけです。あまりよい表現ではなかったかも。
これは全然意味が「通じます」。
OKです、こちらのほうがちゃんと理解できなくてすいません。
確かに、ソフトウェアは「もの」ではないですから質量は無いです。

153 :13:2001/07/31(火) 22:49
>>151
>ああ知ってるよ。曖昧な議論だよ。でも粗雑じゃないよ。
えらくなげやりですね。(笑
すいません、曖昧というか、
私には結論が見えないのですが・・・。

154 :151:2001/08/01(水) 04:01
>>153君は心についてよく喋るが、
心をして自ずから語らしめる契機が欠けてるよ

155 :考える名無しさん:2001/08/01(水) 17:23
>>9はいいね。

13の方は自分で話を進めてもいいと思いますよ。これはもう前提として皆さん
解りきってることだと思いますので。これにつっこみを入れるなら全く別の展開
になり路頭に迷いますから。

156 :13:2001/08/01(水) 22:56
>>154
もう少し具体的に説明して頂かないとさっぱりわからないのですが・・・?

>>155
ありがとうございます。
そういっていただけると助かります。

では、例の
>>129について考えたことがあるので、次に書きます。

157 :13:2001/08/01(水) 23:10
>>129
について少し考えました。

で、結論から先にいうと、やはり、ある瞬間瞬間を持って語ることには
無理があるのではないか、というようなことを考えました。

心というのは、入力によってその内容を変化させますが、
変化した内容自体が、次の入力に対する反応に影響を与えます。
つまり、

「環境からの刺激」によって自らを変化させ、
次の段階ではそれを踏まえた動作をする。

ということ自体が、心の働きなのではないでしょうか。

そう考えれば、「環境からの刺激」は自らの複雑度を増して
「心」が成長していくためのえさのようなものであって、
「心」自体の本質とはある程度独立している
(パンを食べた人間が、そのパンでないという程度には)
と考えられないでしょうか?

ちょっとまだ、十分検討しきれてないです。
ご批判歓迎します。

158 :考える名無しさん:2001/08/02(木) 16:55
>「環境からの刺激」は自らの複雑度を増して「心」が成長していくためのえさのようなもの
人間に関して言えば、思考はある程度の材料(環境からの刺激)があれば脳内だけでも
複雑化していくからね。単純にえさの量と複雑さとは関係ないと思う。
>「心」自体の本質とはある程度独立している
その区別を与えてるのは脳だからね。

唯物論が信じられない人達の議論のような気がします。個人的には心が
プラナリアの延長線上にあることはかなりしっくりくるんですが。

159 :考える名無しさん:2001/08/02(木) 18:04
未来技術板:「脳移植」は可能か
http://salad.2ch.net/test/read.cgi?bbs=future&key=974088123

部分的には参考になるかもね。最後まで読むのはやめたほうがいい。

160 :考える名無しさん:2001/08/02(木) 18:24
恐らく唯物論を信じるか否かは問題では無いような、、、

161 :考える名無しさん:2001/08/02(木) 23:27
>>160
それが問題では無いんだけど、それが根底にあると話が噛み合わなくなるってこと。

162 :13:2001/08/03(金) 00:30
>>158
>人間に関して言えば、思考はある程度の材料(環境からの刺激)があれば脳内だけでも
>複雑化していくからね。単純にえさの量と複雑さとは関係ないと思う。
私も単純に量的な比例関係があるとは私も思いません。

>>157
は、
>>129

「心は外的要因によってその内容を変化させるので、外的要因を除いて考えることはできない」
というような説について、心の外的要因に対する独立性(の可能性)を述べようとしています。

ここでは、
「外部からの刺激を受けて内容を変化させるという機能が心の性質である」
ということによって、外的刺激によって心の内容が変化するということについての、
違った解釈を示し、心の外的要因に対する独立性を述べたつもりです。

ですから、
心が複雑度を増すために外的要因が必ず必要であるといったつもりはありません。

>その区別を与えてるのは脳だからね。
ここでいう、区別を与える「脳」というのは、
このような考察を行っている私の「脳」のことでしょうか?
それとも、外的刺激を受けて、その内容を変化させるという動作を行っていると
私が説明したところの「心」を支えているところの「脳」でしょうか?

>>157
で、「本質的に違う」と私が言ったのは、一連の心の働きにおける、
外的刺激という要素の扱われ方を客観的に観察した場合の解釈であって、
当の脳をもつ人間の認識とは関係の無いことです。
ですから、後者の意味の「脳」の意味でおっしゃられたなら、
それは当たらないと思います。
前者の意味で言われているなら、意味が通じないのでもう少し
説明をお願いします。

>唯物論が信じられない人達の議論のような気がします。
唯物論は勉強していないので、どういった事柄を指摘なされようとしているのかよくわかりません。

憶測でしゃべりますが、
私は霊的な存在は前提にしていません。
なるべく科学的に確認されたことがらを元に、
考えを組み立てようとしています。

>個人的には心が
>プラナリアの延長線上にあることはかなりしっくりくるんですが。
ちょっと、よくわかりません。
プラナリアの延長にあるってどういったことでしょう?
もう少し詳しく説明していただけませんか?

163 :考える名無しさん:2001/08/10(金) 02:16
あげ〜

164 :考える名無しさん:2001/08/10(金) 09:50
   / ̄ ̄⌒ヽ
   ( イノノノノ ノノ))    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ` ヽ ´     < 不公平じゃない?
    ゝ ∀ ノ        \ ________

http://saki.2ch.net/test/read.cgi?bbs=geino&key=994265570&ls=50

165 :考える名無しさん:2001/08/11(土) 22:39
>>144-145

機能主義の難点は、やはり「逆転スペクトル」の問題に集約されるんじゃないかな。
青のスペクトルが赤のスペクトルに変換される眼鏡を出生後ずっと掛けて生活
している人の青と赤の感覚に関する機能的状態は、その眼鏡を掛けない人のそれ
と同一であるはず。しかし、それらの感覚の質(クオリア)は同一といえるのか。
その疑問を突き詰めていくと、どうしても心脳同一説(ないしは随伴説)にならざるを
得ないと思う。

166 :13:2001/08/12(日) 15:06
>>165
「逆転スペクトルの問題」は面白いと思います。
私も似たようなことを考えたことがあります。
しかし、それをどう突き詰めれば「心脳同一説」になるのかが、よくわかりません。

167 :考える名無しさん:2001/08/25(土) 18:09
>>165
“qualia”の問題はむしろ同一説では説明できない部分だと思いますが。

168 :考える名無しさん:2001/08/25(土) 18:29
臨死体験で幽体離脱した時に普通に知覚できる。
脳はフィルターでしかなく、クオリア説は間違い。

169 :考える名無しさん:2001/08/26(日) 02:59
脳の実物を調べてない人たちが何を言っても無駄。

170 :13:2001/08/26(日) 03:14
>>169
現在知られている事実をどう解釈するのか、
という問題だと私は理解していますが・・・。

171 :考える名無しさん:2001/08/26(日) 04:00
今回の騒動が実感させてくれたやうに
鯖がなけりゃここもない(脳擁護)

でも>>168やベルクソンのいふやうに
脳だけあってもだめ(結納批判)

さて

172 :168:2001/08/26 08:34
ロボットやミサイルの画像識別の応用技術として
重要な研究だと認識していますが、
このことと人間の知覚、認識は次元が異なると思います。

173 :168:01/08/26 08:50
人間が他人の声の識別を行う場合、
テープレコーダにそのまま記憶している波形を
そっくり記憶し、これをデータベース化しているのでは?と思います。
音声を分析し、得られた細かいパラメータに分類して
記憶しているようには思えないのです。
最上位の意思を司るところ(例えば霊魂説ではそのものずばり霊魂)
に送るさいに、コード化する処理は行っていると思いますが、
そのコード化は極めて単純なものでは?と思います。

174 :考える名無しさん:01/08/26 10:05
「屈服」、あるいは「信服」させて隷属させる場合と、
「騙して」、隷属させているとは気づかせずに、実際には隷属させている場合と、
どちらが優れた主人と言えるだろうか?

私には、「騙す」のは、「屈服させる」よりも、劣った主人であると思う。
なぜならば、「騙す」ということは、自分を偽ることであって、
どのように偽るかといえば、隷属させようとする相手にとって、
都合よく見えるように偽るわけだが、これは言い換えるならば、
いいなりになっているに等しい。
隷属させようとする相手に、自ら言いなりになる主人が、
そうでない主人より劣っているのは自明のことだろう。

だから、「騙して隷属させる主人」について語ることは、つまり、
より劣った主人について語ることではないだろうか。

175 :考える名無しさん:01/08/26 10:06
>>173
ああ、分かるよ。
「痛み」にしたって同じ。
神経線維の刺激が痛みの原因だから、当然麻酔などでコントロールはできる。
でも、神経線維の刺激をいくら詳しく調べたって
人間が感じる「痛み」なんか理解できない。
脳のドーパミン回路に電流を流す仕組みのスイッチを人間や猿に持たせると、
何度も繰り返しスイッチを押したらしい。
主体を自己刺激への行動に駆り立てる刺激を「快感」と定義したって
それがどんな感覚かは本人にしか分からない。
例えば、光の刺激を受けて電灯に群がる蛾はどんな快感を感じてるのか、
なんてことは、全く人間には知る余地がない。
ある物質の配列とエネルギーの流が感覚する主体を生み出すなら、
原子以下のミクロなレベルや、宇宙以上のマクロなレベルに「心」が無いとも言い切れない。
たとえエネルギーの伝達速度が人間の神経のそれよりもはるかに遅く、
一つの刺激が生起するのに100億年ぐらいかかるようなネットワーク構造でも、
そういう時間スケールで生きる「心」を持った存在がいないとも言えないことになる。

176 :考える名無しさん:01/08/26 11:32
例えばHEYHEYHEYに出演した「ファナティック・クライシス」という名前の
バンドに対して「プロレスの大技みたいな名前やなあ」とボケることに
よって、それまで立っていたビジュアル系バンドのかっこいいイメージを
すぐさま汗臭い男たちのぶつかり合いのイメージへとずらす。
      
笑いってのはこのように固定化しようとする社会のコンテクスト(この場合
ビジュアル系バンド=澄ました恰好いいにいちゃんたち)を絶えず
ずらしていく運動のことだと思うのです。

177 :168:01/08/26 15:04
>>174
最上位の意識から見れば、
脳は身体、環境の情報を収集、濾過して受け取る、
あるいは逆に意思を身体に伝達するための装置であって、
それ以上でもそれ以下でもないと思います。

>>175
賛成です。

もし脳から心が生じるのであれば、トランジスタと金属は緯線で出来たCPU
に電流を流すことで意識が生じてもおかしくない。
現時点で、コンピュータと脳とでは、
物質の配列とエネルギーの流れ方が違うから
、あるいは集積度の次元が違うので
意識が生じないと反論する人はいるのでしょうか?

宇宙で意識、心を持つ何か(例えば霊)を前提にした
モデルを導入することで、現象をすんなり説明できることは事実です。
その何かの構造、仕組みは当面ブラックボックスとせざるを得ませんが、
少なくともこのモデルを頭の片隅に置いておかないと、
すぐに行き詰まると思います。

178 :考える名無しさん:01/08/26 15:15
>宇宙で意識、心を持つ何か(例えば霊)を前提にした
>モデルを導入することで、現象をすんなり説明できることは事実です。

そんな事実は知りません。
脳内の妄想でないことを祈り、信用できる文献など紹介よろしく

179 :168:01/08/26 15:58
>>178
心脳問題でいえば、ペンローズ。
宗教関係もろもろ。特にアニミズム。

いまざっとこのスレを見たのですが、
>>76さんの問題提起は非常に重要ですね。

180 :めーすけ:01/08/26 16:01
>>177
賛成してもらえたのはいいけど、>>175>>9ののコピペなんだよな。
誰だよ…

181 :めーすけ:01/08/26 17:22
久しぶりにこのスレがあがってるから、心脳問題について意見を追加しとく。

そもそも、心や感覚といった心的現象は語り得ぬものの領域、
ラカンの言う現実界に属すものであって、
そうなると、心というものの可算性から疑う必要がある。
例えばここに2個の脳があれば、即ち「2個」の心があることになるのか。
心は脳内の物質やエネルギーの伝達という現象が生み出すと言われる。
それなら、一つの現象に複数の意識が宿り、互いに干渉せず共存している、
あるいは、複数の現象が全体として一つの意識を構成する、と言うことを否定する根拠はないし、
考えてみれば、現象を「数える」こと自体、恣意的な営みと言える。
一人の人間の心が存在する時、その脳内では複合的な現象が起こっていることは確かで、
なら、その複合度をどこまで単純化すれば心は心でなくなるか、という問題が生じる。
さらに、「互いに影響を及ぼしあう関係にある現象の複合」が心を生み出すなら、
1つの心をもたらす現象の範囲が1個体の頭蓋骨の内部に限定される必然性はなく、
コミュニケーションをとる1共同体における、脳の複合が一つの心を形成するとも言えることになる。
結局、心というものは人間のような高等な生物1個体のみが特権的に有する、というのは一つのドグマかもね。

182 :考える名無しさん:01/08/26 19:33 ID:RigELJPg
現在、容易に確認できるのは高麗版だけです。その他は文脈文意から妥当性
を推測して信用する以外ありません。

私の言う神秘学的傾向とは道教などが根付いてしまう中国の土壌そのものです。
仏教が伝来され、学問的傾向とは別な秘儀参入的な神秘主義的な密教は大いに
受け入れられ、道教の形成にも大きな影響を与え、そして相互に関連しあって
います。(この密教というのは真言宗と同義語ではありません)頓悟もその文
脈で現れたのでしょう。インド仏教の本質(偶有的属性を排除して構成要件の
性質を抽象するという意味での本質)からは頓悟は導き出せません。これには
カマラシーラ(インド、チベット)と大乘和尚(中国の禅僧)との大論争が残っ
ています。

玄奘は純粋な学問仏教でインド仏教からの逸脱を阻止しようと言うのが自身に課
せた大使命でしたが、時の流れと中国の土壌には勝てませんでした。

「我的中文是太幼稚」と言ってるぐらいだから是があっても、的がぬけていても
許してあげましょうや。

>原点当たったそうだが、解説なしで漢文の仏典がよめる
>のかい?そんな人間は日本でも何人もいやしないぜ。

こんな馬鹿なこと言ってるやつよりよっぽどマシだと思いますよ。
われわれの水準では、返り点付き高校生読みでは学問的精度が出せない
ばかりか時間の無駄です。こいつはそれさえ出来ないみたいですけど。

漢訳仏典は非常に読みやすいですね。サンスクリットの助辞(正確には
格変化)からの影響があり、純漢文での読み取りにくい格関係で悩む必
要がないから、どんどん読めます。

183 :考える名無しさん:01/08/26 19:39 ID:RigELJPg
2ちゃん記念にここまでの議論まとめておいたよ。

<前提>
コピー能力は完全、データの劣化はないとする。

脳の構造を完全な精度でスキャンし、それを復元・複製する技術(またはそれに等価な技術)が、
原理的に不可能であるという主張ならあり。

<自分が生き続けていると思うのはどこまでか>
T)
夜眠って朝目覚めた。

U)
事故で昏睡状態に陥った後、目覚めた。

V)
頭蓋骨を銃で打ち抜かれた患者がいたとする。
それを超高度な技術で、脳の欠片全てを使って元通りに修復。
患者が意識を取り戻した。

W)
人間の全構造のデータを記録して、一旦肉体を量子レベルに分解。
それを超高速で遠くに送った後、データに基づいて復元。

X)
完全なコピー機能を持つ装置で隣の部屋へ移動する実験をする。
実験のパターンは4種類(ただし本人には何も知らされないか、質問したた場合は@だと説明される)
被験者の完全なデータを装置が記録した後、
@被験者を消滅させると同時に、コピーを隣の部屋に復元
A先にコピーを隣の部屋に復元、元の被験者がマジックミラー越しにコピーを確認後、被験者消滅。
B先にコピーを隣の部屋に復元、コピーがマジックミラー越しに元の被験者を確認後、被験者消滅。
C先にコピーを隣の部屋に復元、互いにもう一人の自分の存在に気付かず、その後、被験者消滅。

184 :168:01/08/26 21:09 ID:lmgsbDcA
脳は感興適応能力向上のための機能強化で
後から出来てきた器官に過ぎない。
厳しく過酷な環境を生き抜く強い意思、欲望の主体がなければ
進化もせず滅びるのみと思います。
なので、脳ができる前から欲望の主体意識は存在した。
ただし、自意識は脳の構造が複雑化した段階で発生した。
意識(霊)の発達と宿る生物の複雑さは相互にポジティブフィードバックを
形成し、互いの進化を促進してきた。

そう考えています。

185 :168:01/08/26 21:12 ID:lmgsbDcA
>感興
環境

186 :168:01/08/26 22:54 ID:ah/zD0UQ
>>183
コピーした後に、自分が二体に宿っているという知覚
をしないと(一度に二ケ所に同時に居るという認識)、
コピーした時点で、
すでにコピーは自分とは他人になっていると思います。
あなたが死んだ瞬間にコピーした体に宿っているという
現象が起きれば別ですが。

187 :考える名無しさん:01/08/27 01:38 ID:MSZvSGe6
>>186
つまり、身体を二つ持っている状態を通過する必要があると?
その状態では二つの脳にまたがって一つ(?)の心があることになるが、
それってありえるんでしょうか?

188 :かおりん、大好き:01/08/27 02:12 ID:uRb58bxw
>>179
>>76は重要なのでしょうか?
心脳問題は、要は、脳の機能を「心」と呼ぶことに端を発している
と思います。
それは、生命機能の停止を「死」と呼ぶことによって
「死」一般が問題となるのと同じだと思います。
そういう意味では、76さんの問題提起は重要かもしれません。

189 :考える名無しさん:01/08/27 02:49 ID:T1lAMorY
彼はきっと悩んでいたのだろう。
詩を作れば作るほど出来る、自分と観衆の間の溝に。
自分で認識している「私」と、他人が認識している「私」の間にある、ズレ。
普通に、平凡に、毎日生活していく上では気にならない、ズレ。
そんな些細なズレも、一度社会から注目を浴びると、無視できなくなるくらいに、自分を押し潰し出す。

自分が自分で認識している能力以上のものを、求められたり、期待されたり、その瞬間から、
「私」の一部は、「私」でありながら、「私」ではなくなる。

音楽、絵画、文章、様々なメディアが、固定的な「私」という偶像を作り出す。

社会に流れる直前までは、確かに自分の意志で存在したそれらが、社会に流れ出したとたんに、自分なのに自分でなくなる。
社会からかけられる期待に応えようと、頑張れば頑張るほど、二つの「私」は離れていく。

そして、一人歩きしだした「私」に、認識している「私」が追従する。
「私」が「私」の奴隷になる。
それは、自分の主義主張思想を社会に流通させると、自我が独立してしまうという事。
つまり、自分が自と他に分かれてしまう。
自己自他性。
独立した自我を、再び自身で制御する事の難しさ。
尾崎豊は、その困難に一人挑んでいたのだろうか。

学校、先生、友達、親、社会、自由、恋愛、プロテストする対象がある内は良かったのだろう、それは自分を映す鏡だから。
プロテストすべき対象が無くなっても、歌い続けなければならなかった悲劇。
自分自身を探すあまりに、ひとりになってしまった・・・。
尾崎豊のラストアルバムの最後の曲、“Mama,say good−by”。
それは、母だけでなく自分に向けた、レクイエムなのかもしれない。

190 :考える名無しさん:01/08/27 15:25 ID:hVFhdtCo
ピント外れが多いね。

191 :168:01/08/27 20:43 ID:ZP5c/Npk
自意識と言った場合、通常の体験では一つの肉体に宿って
持続されるものです。自分をそっくりコピーできる技術が仮にできた
といっても、コピーしても自分の認識、知覚はなんらかわらないようであれば、
自意識までもを含めて自分全部を再生できたとは言えないのでは?
つまり、自意識の定義とは、極めて宇宙の限定領域で生息をゆるされている
存在であって、時間的、空間的局所性をともなったものだと思います。
この定義に従えば、自意識のコピーは肉体、物質のコピーでは
永遠に達成できない、逆に自意識といった段階で、
それは唯一無二な絶対的存在と考えます。

192 :考える名無しさん:01/08/27 21:54 ID:UsyC15Q.
>>168
ちょっと興味が沸いたので質問。

>自意識と言った場合、通常の体験では一つの肉体に宿って
>持続されるものです。

と、

>コピーしても自分の認識、知覚はなんらかわらないようであれば、
>自意識までもを含めて自分全部を再生できたとは言えないのでは?

がどうもつながりません。というか逆では?
認識に変化がなければコピー成功、なら素直に理解できるんですが。

193 :168:01/08/28 22:27 ID:wTnyW0dE
分かりにくくてすみませんでした。>>191は無視して下さい。

「自意識のコピーは肉体、物質のコピーだけでは永遠に達成できない.
しかし、肉体と一緒に霊魂までコピーできれば、自意識のコピーに成功し、
一度に二体に宿った知覚が可能になるのかもしれない。
しかし、霊魂は物質と同等にコピーできるしろものかどうか不明で、
おそらく出来ないのでは?つまり、霊魂=自意識はコピーできない
絶対無二な存在なのかもしれない。」

というのが言いたかったことです。
話が飛んでました。

194 :考える名無しさん:01/09/16 01:10
a

195 :考える名無しさん:01/09/16 03:52
コテハンの人はわざとわかりにくく書く法則

196 :考える名無しさん:01/09/18 13:12
人間の脳が我々に理解できるほど単純だったら
我々は愚かなままでそのことを理解しないだろう

197 :考える名無しさん:01/10/10 14:40
age   

198 :考える名無しさん:01/10/15 19:32
仮に心の原因のすべてが脳にあるとしても、
心の記述は複数可能なので、
脳の測定技術がいくら進歩しても、
心の状態を脳の状態によって一意に説明するのは不可能でしょう。

199 :考える名無しさん:01/10/16 23:15
↑心は脳の産物だって事がどうしてわからないのか不思議。
脳移植が可能であれば、脳のドナーの心も同時に移植される。
脳には、記憶という可塑的変化があるため、一見物質のみでは説明が困難
であるかの様に考えられやすいが、あんたらの「心」は単なる化学反
応の産物に過ぎないと言うことを認識して生きてくれ。生命と非生命では
その複雑さが異なるが、本質的には大して違いは無い。違いがあるのは、
生命・非生命ではなく、自己と非自己という視点からのみである。
ハードとソフトの例えも、あんまり意味無し。

200 :考える名無しさん:01/10/20 17:00
>>199
あなたは脳についてどれくらいわかっているのですか?
脳の活動を測定したことがありますか?

脳研究の現場では、198のような意見がかなり支配的ですよ。
機能局在の究極を問い詰めながらも、晩年になって心身二元論に戻ってしまった
神経解剖学者・ペンフィールドのような例もあります。

201 :200:01/10/20 20:42
あげます。

202 :考える名無しさん:01/10/21 00:33
>「心」は単なる化学反応の産物

よく聞く話なんだが、どういう風に生み出されているものなのか、
どのような「産物」なのか、詳しく教えてくれる人はいるだろうか?

203 :考える名無しさん:01/10/21 00:36
というか、「化学反応」の「産物」なんだから、化学反応=心
ではないということなんだろうなぁ。化学反応があった上でどこかに
心が出現しているということか。じゃぁそれはどこにあるんだろう。

204 :考える名無しさん:01/10/21 07:43
心は機能全体をさすわけで、どこにもありません。

205 :考える名無しさん:01/10/23 07:43
で、機能とは何を指すんでしょう?
どこからどこまでですか?

206 :めーすけ:01/10/27 15:12
>>203
心とは今ここにある「これ」のこと。

207 :考える名無しさん:01/10/27 17:35
ところで、こんな議論して何になるの?
絶対的な答えなんて「永遠に」出ないのに。
>>1は自分の考え=絶対の真理とでも思っているのだろうか?
だとしたら、相当なセクト主義者だな(w

208 :考える名無しさん:01/10/27 18:02
絶対的な答えがでる議論なんて特殊だよ。
「絶対的な」答えなんて「永遠」に出ない議論のほうが多いんじゃないの。

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