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New Associationist Movement(NAM)Part3

1 :考える名無しさん:2001/01/20(土) 01:01
資本と国家への対抗運動、
New Associationist Movement(NAM)
について語るスレのPart3ですよ。

・Part1
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=972471627
・Part2
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=977560283
・NAM公式Website
http://www.nam21.org/

2 :考える名無しさん:2001/01/20(土) 02:00
こっちもage

3 :考える名無しさん:2001/01/20(土) 02:01
age

4 :ひらがな:2001/01/20(土) 02:09
なむちょいおもろいかもね。おもっていたよりも
さよくせいじうんどうっぽくないし。

5 :考える名無しさん:2001/01/20(土) 09:44
くりたん長谷川慶太郎勉強中(W

6 :考える名無しさん:2001/01/20(土) 16:48
>>5
もういいじゃないか。クリたんは。
11月頃に比べれば随分おとなしくなったよ。
あの頃はpart1スレでクリたんと遊んで楽しかったけどなあ。

7 :考える名無しさん:2001/01/20(土) 18:34
クリたんは、日記を読むと、いわゆる境界例だな。
俺も似たようなものだからよく分かる。
そっとしておきましょう

8 :考える名無しさん:2001/01/20(土) 20:30
>>7
境界例ってどういう意味?

9 :考える名無しさん:2001/01/20(土) 21:05
6はくりたん決定!

10 :考える名無しさん:2001/01/20(土) 21:46
>アラー君
倫理の無根拠性を隠蔽するのに「神」がもちだされて
るのだよ。無根拠だと不安だから、弱者はそこにベール
をかぶせて、安心しようとする。
そして、閉鎖的共同体(宗教組織)をつくるのが神をもちだす人間の末路だ。
NAMがそうなってはおしまいだ。
だから、神だの宗教だの信者だのといってほしくない。
誤解する奴が出てくるからな(柄谷がそれを煽ってるふしもあるが・・)。
重要なのは、超越的な座を空位のままにし、無根拠性をそのまま肯定することだ。
それなくして「開かれた組織」はありえないし、そうしないことは「閉鎖的共同体」
への退行しか道はないだろう。
柄谷信者にはそういう傾向があるから、柄谷はまさに「くじ引き」を提案したのだよ。
くじ引きはその手の「信者対策」でもある。
信者に柄谷を相対化する能力がない(それ故信者なのだが)から、くじ引きで「代表者柄谷」
の権威をみずから「自己相対化」する必要があるわけだ。
「代表など別におれでなくてもだれでもいい」と信者に示す。
今はそうなってないが、組織が拡大すればその必要がでてくるだろう。
くじ引きとは指導者(代表者)の権威など所詮無根拠だということを
むしろ明確化し、白日のもとに晒すための技術だ。「偶然性」によって。
だからその無根拠性を隠蔽し、ベールをかぶせる神のような概念をもちだすことは
それゆえ失当なのだよ。

11 :名無しさん@1周年:2001/01/20(土) 23:34
いいえ。左翼分子のあつまりです

12 :アラ−:2001/01/20(土) 23:46
>>10

あなたは、NAM自体が宗教化してしまうことや、外部からそのように見られる
ことを懸念しているわけね。

それはわかるんだけど、私はあなたの考えとはむしろ逆だね。
つまり「倫理の無根拠性」や「くじ引きによる代表者の権威の無根拠性」を
強調する程、むしろ神秘主義的な方向に行きやすいんじゃないの?
根拠が何もないというニヒリズムが突然、超越的なものに反転してしまうって
いうのがオウムなんかの現代的カルトの傾向だと思うが。
(したがって私は「くじ引き」には若干の疑問を感じている。)

倫理の根拠について言えば、あえて東浩紀的言い方をすれば、「複数の根拠」
みたいなことを考えてもいいのではないか?
科学的デ−タに基づく環境破壊を根拠にしつつ、一方で、このまま死んだら天
国にいけないみたいなことを根拠にしてもいいし、たんにカッコいいからNAMに
参加するというのもありだと思うのだが。
(それは単に経験的主体に戻るだけっていういつもの話はあえて置いといて)

実際の話、キリスト教徒や仏教徒がNAMに参加してもいいわけだ。むしろカルト
化を防ぐ最も有効な方法は、異なる宗教の人達が参加することだと思うが。

ついでに言えばNAMの最も優れた点は鎌田も言うように、メンバ−の所属を多次
元化して権力の分散化を図ったことでしょう。
例えばアメリカでNAMをやるとすると、地域、関心、階層だけじゃなく人種や宗
教による所属も必要になるかもしれないが、多次元化により宗教だけに個人が
縛られることはないわけだ。

13 :ひらがな:2001/01/21(日) 01:12
しばらくのあいだ、NAMを思考の枠外に置こうと思う。

進むべき方向や、行き場を一時的に見失っていたから、
実体がよくわからながゆえに、なにがしかの期待を抱かせてくれ
そうなものに期待していたのかもしれない...と思った。

ここ読んでいる限りでは、柄谷行人ファンであってもなくても
OKって感じたんだが...現時点でのNAMを外からちょい
見た感じでは、やはり柄谷ファンが多そうだし、
自分は柄谷ファンでもなんでもないので、そういうのは
話が合わなくてちょっちきつい。誤解だったらスマソ。

んじゃね。

14 :考える名無しさん:2001/01/21(日) 01:29
さよなら・・・

今度会うときは,ゼネラル不買運動の旗の下で・・・

15 :考える名無しさん:2001/01/21(日) 01:44
>「倫理の無根拠性」や「くじ引きによる代表者の権威の無根拠性」を
>強調する程、むしろ神秘主義的な方向に行きやすいんじゃないの?

この辺同意。

それでちょっと思い出したのは、紀伊国屋の講演で浅田が「未来の他者
というとき、それではその未来や過去の他者の前では、我々は無条件で
ひざまずかなければならないのか」と語っていたこと。それを浅田は
「悪しき僧侶の最終形態」みたいな表現をしていたように思う(記憶違い
かもしれん、スマソ)

なるほどなーと感心したのは、やっぱりトラクリなんかを読んでいて
柄谷が「未来の他者」ということに言及したとき、ちょっと気持ちが
よかった(陶酔感?)からというのがある。それってやっぱりそこに
神学的な構造が出来上がっていたからじゃないだろうか。つまり「未来
の他者」と聞いたとき、そこに神の代理を見出していたと・・・



16 :考える名無しさん:2001/01/21(日) 02:34
>>12
>(したがって私は「くじ引き」には若干の疑問を感じている。)

その、したがって、って何?どういう意味?

17 :考える名無しさん:2001/01/21(日) 03:12
NAMがくじ引きだとしても、
後ろで糸を引いているのはやっぱり柄谷だし、
そもそも文芸・論壇系の柄谷ファンを背景としている以上、
柄谷が散々批判していたはずの
「文学者の政治」(ポルポトとか、代々木の宮本某とか)
に陥るのは自明では?

18 :名無しさん@1周年:2001/01/21(日) 10:23
>柄谷が「未来の他者」ということに言及したとき、ちょっと気持ちが
>よかった(陶酔感?)からというのがある。それってやっぱりそこに
>神学的な構造が出来上がっていたからじゃないだろうか。つまり「未来
>の他者」と聞いたとき、そこに神の代理を見出していたと・・

いやいや、「未来の他者」がある意味で倫理の根拠なんでしょ?
だからそれが、無根拠性の反転をふせぎうる、ということでは?
むろん、必ずふせぐ、とはいえないけれども。
「未来の他者」は「まごこの代まで」というようなことで見ればいい。
他者というと抽象的過ぎるよ。

19 :名無しさん@21世紀:2001/01/21(日) 11:43
NAMの根拠は結局のところ倫理にある。というよりも、倫理にしかない。
そして倫理には共感できるが、説得はされない。
しかし、これはある意味で柄谷が最も批判した図式ではないか?
たとえば、吉本隆明の議論は全共闘世代の共感を前提にしなければ、
いまや読むに耐えない。全共闘を知らない世代はそこに共感を
抱きようもない。したがって、浅田彰にいわせれば「吉本隆明って人は
元々何もないんじゃないの? 今でも読めるものってひとつでもある?」
ということになる。共感に支えられた議論は古びるのも早いのである。
NAMがその二の舞にならない保障はない。
そもそも「まごこの代まで」持続する倫理などあるのだろうか?
いつ来るともわからない、来るかどうかさえわからない破局のために、
信念をもって行動しうる人がどれだけいるのか?
そんなことが本当に必要なのか?
未来の他者を、つまり共感しない他者を念頭に置くならば、
柄谷は安易に倫理など持ち出さずに、理論的説得に徹するべきだろう。
強いていえば、それが「倫理」である。

どうでもいいから、まずは『批評空間』を総括しろ。>柄谷


20 :名無しさん@1周年:2001/01/21(日) 11:54
柄谷はフロイトの言ったという「理性のぼぞぼぞとしたつぶやき」の
最終的な説得性にかけているので、単なる心情的共感に訴えるというの
とは違うのでは。そもそもカント=柄谷的な倫理は、共感の対象になりにくいよね。

21 :13>14:2001/01/21(日) 14:40
ちゃんと読んでないのでよくわからないままいうけど、
自分は柄谷的な思考スタイルを直感的に拒絶したい
「衝動」がありますよ。ずっと自分の関心外だったし、
いまでもそれほど関心がないから。
なぜ「柄谷行人」が括弧付きで物語られるようなくらい、
そんなにすごいのかも、よーわからんのです。
アホで申し訳ないっす。

騒動の根本には、他者の思考の枠組みを
理解できないままに受け容れて、
それにそって自己や環境をコントロールすることを
試みることそのものに拒絶感があるんでしょうね。

22 :21:2001/01/21(日) 14:42
騒動→衝動
...鬱だ氏のう(藁。

23 :考える名無しさん:2001/01/21(日) 16:35
>「理性のぼぞぼぞとしたつぶやき」の最終的な説得性にかけている

ぼそぼそいっても誰も聞かないよ。
なんでそんなもんに説得性かけるんだ?

24 :考える名無しさん:2001/01/21(日) 20:04
↑おまえさんは、雄弁な奴をどう思う?

25 :考える名無しさん:2001/01/21(日) 22:53
倫理や権力の無根拠性に不安をかんじ、耐えられない人が
そこに超越者の回帰を期待する。
無根拠の強調はだから、人に超越者の回帰を夢想させる動機になる
、それゆえそれは神秘主義だという意見もあろう。
しかしだからこそ、くじ引きをやるのだ。
超越者が回帰してきたとしても、その超越者の権威もまた
「無根拠」だと白日のもとに晒すのもくじ引きだからだ。
倫理にも権力にも根拠などない。信者はそこを不安がり、
なんとか根拠を見つけ出そうとする。そして世界に根拠を与えるメシアを待望する。
だが、くじ引きがそれをさらにくじく。メシアは偶然性のまえに
運を操作できない己の無力をさらけだすほかないからだ。
「無根拠」が「根拠」へと反転するのをさらに相対化するするのがくじ引きだ。
つまり、くじ引きとは無根拠性を無根拠性のまま保持する技術であり、
かつ、根拠というベールに隠蔽された無根拠性をあばきだす(救い出す)技術でもある。
そして、無根拠性は自由の条件でもある。なぜなら、自由とはいかなる根拠(拘束)
にも規定されてない状態を意味するからだ。だから、無根拠性は自由を可能にするのであり、そして
根拠への拘泥・希求は月並みにいえば「自由からの逃走」でしかない。

26 :付け加えると・・・:2001/01/21(日) 23:42
NAMはニヒリズム(無根拠性の強調)をニヒリズムのまま保持することを
めざしている。ニヒリズムを肯定できない人が宗教(カルト)に走る。
世界がいかにしてあるかは誰にも解らない。つまり、世界の根拠は不明だ。
しかし、神が世界をつくったことにすれば、その時、神が世界の根拠になる。
そしてこの時、ニヒリズムは消えている。
だから、ニヒリズムをニヒリズムのまま保持することとは、「世界の根拠は
不明で結構」と、そこに踏みとどまることである。信者にはこの「踏みとどまり」がない。
ていうか、できない。不安に耐えられないから。あるいは、不安に慣れてないから。


27 :アラ−:2001/01/22(月) 00:14
確かに「人が自由であること」が運動をやる根拠になると思うが、ではなぜ自由
であらねばならないのか?

それについて柄谷は、

「自由であれ」という至上命令は共同体からはやって来ない。それは個人の内部
つまりフロイトの言う超自我からやって来る。だがフロイトの言う超自我とは実
は神のことである。それは共同体の神ではなく、「自由であれ」という至上命令
そのものとして存在する神である。そのことによって「自由」という次元が開か
れる。

というようなことを文学界2月号のインタビュ−(p173〜175)で言っているが
これによると、柄谷の言う「神」とは、「物自体」や「現象」ではなく「理念」
(超越論的仮象)のことなんだね。

28 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 02:32
自由の根拠を問う議論には興味をもてない。
なぜなら、根拠がないこと(無根拠性・無規定性)が自由だから。
だから根拠を追求している時点で、すでに自由は逃げてしまっている。
自由とはそういうものだろう。

29 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 03:12
そうかなぁ。
根拠がないこと(無根拠性・無規定性)が自由だとすれば、根拠があることは自由で無いってことになっちゃうよ?


30 :これならどうよ:2001/01/22(月) 03:34
(1)根拠=拘束性
(2)自由=拘束のない状態
(3)ところで、無拘束性は無根拠性のことだ((1)の仮定ゆえ)
(4)ゆえに、自由とは無根拠性のことだ

31 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 04:12
いやいやだってさー「自由とは命令・義務に従うことにおいてある」んだろ?
(2)は成立しないよな。

32 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 09:34
Associatonistの意味がうまく理解できません。
NAMを知る上でこの言葉を詳しく勉強したいと思うのですが?

33 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 10:43
議論がまじめ過ぎる。
柄谷の根底にはユーモアがあるのを忘れてないかい。

34 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 11:39


35 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 11:41
>31

「自由であれ」という命令に従うことは、「自由である」ことなのだから、
別に矛盾が起こらない。

『倫理21』 柄谷行人 62頁

36 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 12:27
むしろ自由であれという命令にも従わないのが自由だと思うけど。柄谷のいう自由はたんにNAMを発動することの自由にとどまってるかに思える。 歴史の目的は自由の実現であるという仮説は振り返ってみても正当なものに思えるが、それはNAMは倫理的であることが最重要課題であるのだから、そのために自由は制限されねばならないはずである。

37 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 20:45
いや、自由であれという命令に従わないなら不自由を実践することになるでしょ。
自由であることを拒むわけだからね。
それから、柄谷のいう倫理=自由であること、他者を自由な存在としてあつかうことだーよ。

38 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 21:03
過去ログ見よ

39 :良心といったら?:2001/01/22(月) 21:20
柄谷が「神」というのは、やはりまずいよ。まずい。とてもまずい。
ぶちこわしだよ。せめて「仏」もまぜないと、っていうと冗談みたいだが、
神というならせめて仏ともいわないと、まずい。神だけは、まずい。

いうなら「良心」というべきだよ。コンシャンス。英語などに
訳すとまぎらわしいので、柄谷なんぞはしぶるだろうが、
RYOSIN でつっぱしれ!

柄谷をはなれて言っても、良心という言葉が死語に近いのも困ったことだね。

超自我なんて、ガクがない人にはわからないが、要するに「良心」といえば
十分じゃないか。おんなじじゃないか。良心で十分。一般大衆はいつまでたっても
素朴実在論で、ろくに哲学はしてこなかったが、昔から倫理学はやってきたのだ。

ちなみに、良心は両親。しゃれのうまい柄谷がいうまえに、言っておく。
「親孝行とは親を他者として見出すことだ」といった柄谷は、やっぱなかなかのものだ。



40 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 21:22
なんで柄谷の自由論をそんなに真に受けなければならんの?
「自由とは拘束のないこと」でいいじゃん。これのほうが俗情ともマッチするし。
だから「自由であれ」とはそういう「拘束のない状態をめざせ」、と取ればいいじゃん。
ここの議論真面目過ぎというか、頭堅いよ。
柄谷を括弧にいれることも時には必要だ。
特に、柄谷信者は。

41 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 21:33
36のような意見は一種のあてこすりだな。
つーか、ヘーゲル的観点の押し売り。
しかし、ヘーゲルなんて買いたくない(w

42 :考える名無しさん:2001/01/22(月) 22:34
>>40
信者かどうかなんてカンケーないよ(藁
ただ柄谷における自由は、そんな単純なものではないってことだ。


43 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 00:26
>>40
たんにきみの頭が軟らかすぎるんじゃないの。
括弧に入れるって、読むのを省略するってことだったのかな?

44 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 00:50
うーん、哲学素人ながら倫理21読んだかぎり、
柄谷は自由を「責任」の問題として捉えていたと思うんだけど。
ここでいま言われてる自由って尾崎豊の「自由になりたくないかーい」
の「自由」じゃない?

45 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 01:40
「柄谷における自由」はこうだ。
(1)命令に従うことは自由だ。
「これはおかしい」と批判者はいう。なぜなら
 命令は自由を制限するから。だから、柄谷は
以下のように読み換えよと提案する。
(2)その命令は「自由であれ」という命令だ。
こうすれば、(1)のテーゼは以下のようになる。
(3)「自由であれ」という命令に従うことは自由だ。
この場合も、依然、命令は自由を制限するが、しかしその命令
がそもそも自由を命令しているから、その命令は自由を制限する
ものとして機能していない。だから、命令に従うことと自由で
あることとはこの場合、矛盾ではない。

という具合に柄谷の自由論はなんとか筋を通せるが、
しかし、やはりなんとも苦しい。その理由は(1)の
「命令に従うことは自由だ」という矛盾した命題を
前提として持ってきたからだろう。
しかし、カントー柄谷としては「自然法則」とは異なる
道徳的「命令」のうちに自由をみる立場から、
「命令=自由」だと始めに措定するほかなかったのだろう。
そこに躓く批判者のために、(2)のような「読解」を柄谷は提案
したのだろうと思う。


46 :カント:2001/01/23(火) 06:07
>カントー柄谷

いくらなんでも、やめてくれ!

47 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 08:19
黒い黄金バット・山城

48 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 13:48
難しい議論の中アホな話で申し訳ないが、
資本主義のどこがダメなんですか?自己中かも
しれないけど、日本にいる以上、資本主義って
僕らに有利に働きますよね。裕福だから。
少なくとも餓死なんてないし。NAMってカッコよさそう
なんだけど、あんまり資本主義に対抗したくないです。
・・・諭すのいいけどいじめないでね。

49 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 13:55
俺を勝者にしてくれないから。

50 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 18:51
「終わりなき日常を生きろ」じゃやっぱ人間やってけないってことじゃないの?

51 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 19:10
>「終わりなき日常を生きろ」じゃやっぱ人間やってけないってことじゃないの?

「やっていけない人間」もいるっていうことだな。
宮台だって、やっていけないタイプの人間なんだけどね。

52 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 19:28
実際やっていけてるやん。全然。「マタ〜リ」と。
対抗運動なんて結局ロマン主義なんじゃないすか?

53 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 19:43
http://japan.indymedia.org/
http://japan.indymedia.org/display.php3?article_id=5
http://japan.indymedia.org/display.php3?article_id=4

54 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 20:55
全部同じ画像ですね。NAMは関西発信か?

55 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 21:08
実際やっていけてるやん。って言ってる奴のやせ我慢が露呈されて来てるんだよ。
ひきこもり、とかな。
今や、それこそロマン主義だ。

56 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 21:12
ひっきーをやせ我慢の露呈と見るのがロマンティック(はぁと)

57 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 22:03
いろいろと反論する人多いけどさ、最低限『NAM 原理』を読んでからにしてほしい。
NAMってこういうもんでしょ?って勝手に考えて批判している人多すぎ。


58 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 22:13
ラジャ。『原理』にはなんで資本主義・国家に対抗せねば
ならないのか書いてるのね。だけどそれをここで簡単に
要約して提示してほしいなあ。

59 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 22:38
>『原理』にはなんで資本主義・国家に対抗せねばならないのか書いてるのね。

「対抗せねばならない理由」なんて全然書いてないよ。
「対抗する為の方法」だけだな、書いてあるのは。

対抗する「理由」や「動機」がよくわかんないから、議論になってるんだよ。

60 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 22:46
ただし、なぜ「資本主義」と「国家」の両方に対抗しなくてはならないのかは
詳しく書いてあるが、それも方法論だな。

61 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 22:51
現在の資本制経済がこのまま続けば、地球温暖化などを通して、
早晩「人類」の危機を招来することは疑いない。 『原理』より

強いて言えばこれかな。


62 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 23:00
そうだ!柄谷行人にメールしてきいてみよう!「資本主義に対抗する理由を教えてください」って。誰かメアド知ってる?


63 :考える名無しさん:2001/01/23(火) 23:13
>>56
この反応が、今やロマンティックなんだよ(ウププ

64 :その存在意義は:2001/01/24(水) 00:28
>難しい議論の中アホな話で申し訳ないが、
>資本主義のどこがダメなんですか?自己中かも
>しれないけど、日本にいる以上、資本主義って
>僕らに有利に働きますよね。裕福だから。
>少なくとも餓死なんてないし。NAMってカッコよさそう
>なんだけど、あんまり資本主義に対抗したくないです。
>・・・諭すのいいけどいじめないでね。

こういう、自分がどういうあり方をしているかうすうすわかっているだけの
人が行動するきっかけを、困難を承知で、与えること。

65 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 00:40
だから行動したくない奴はほっときゃいいの
外部注入論をどう考える?

66 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 00:52
>難しい議論の中アホな話で申し訳ないが、
>資本主義のどこがダメなんですか?自己中かも
>しれないけど、日本にいる以上、資本主義って
>僕らに有利に働きますよね。裕福だから。
>少なくとも餓死なんてないし。NAMってカッコよさそう
>なんだけど、あんまり資本主義に対抗したくないです。
>・・・諭すのいいけどいじめないでね

こういうヤツに対抗するためにNAMがある。
こういうヤツに説明してあげるためにNAMは無い。

67 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 01:11
じゃあNAMの説明はいいからさ、なんでアンタらは
俺に対抗するのか教えてよ。なんで?

68 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 01:24
逝ってよし

69 :sage:2001/01/24(水) 01:28
66=68か。喋れないならカッコつけんなよ。なさけね〜

70 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 01:41
外部注入論とかはいいって。ナマー!だれか説明しろよ。
てめーらの動機をさ。簡単に。

>こういう、自分がどういうあり方をしているか
>うすうすわかっているだけの 人が行動するきっかけを、
>困難を承知で、与えること。

こーゆーワケわからんのじゃなくて。答えるまで煽るよ。
環境問題のためだけなのか?ええっ?


71 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 01:46
なんか怒ってるよ〜↑

72 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 01:56
怒るさ!なんか誤魔化されてるみたいだもん。

73 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 02:36
動機のある運動は、長続きしない。
なぜなら、ある特定の動機に左右される運動は
その動機が消滅して時、終わるしかないからだ。
ところで、資本も剰余価値という特定の動機に動かされて
運動をするが、同じくその剰余価値という動機が消滅
すれば、資本の運動は終わる。
例えば、今、IT化の運動がネットバブルの終幕に伴い、
衰えをみせているが、それはIT分野で剰余価値が得にくく
なっていることの帰結だろう。
このように特定の動機を持つ運動は長続きしない。だから、
資本の運動もそうである以上、それはそのうち衰える。
マルクスの『資本論』はそのことを示すために書かれている。
読んだことのある人なら解ることだが、資本の有機的構成
(充当される労働量に対する充当される生産手段の比率)が高度化
すればするほど(つまり資本が「技術革新(IT化もその一つ)」をとげればとげるほど)、
そのことは、「利潤率の傾向的低下」をもたらすからだ。


74 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 02:40
つうことは理由ナシなわけだ。理由がない!
そんな馬鹿な!なんで理由もなく「マタ〜リ」と
生きる俺はナマーに「対抗」されねばならないのか?
教えて!きぼん!ぼん!

75 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 03:08
『理由なき反抗』
   byジェームス・ディーン

76 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 03:15
ちぃぃぃぃぃっ!キーッ!腹立つ。
ジェームス・ディーン?結局ロマン主義かよっ!

77 :動機がないのが動機、動機を否定することが動機:2001/01/24(水) 03:17
http://www.sex.com

78 :IT:2001/01/24(水) 03:19
浅田彰がさあ、「徹底した批評人であるはず柄谷が
こうした運動に立ち上がるという現状」にどこかで
触れてたのよ。その現状はどこが問題なの?問題だから
運動の動機があるんだろ?教えろよ。オルグできねえぞ。

79 :名無しチェケラッチョ♪:2001/01/24(水) 03:22
資本主義は差別を生み出すんだよ。
資本主義下において真っ当な競争原理が働いている
と仮定して、その競争に参加して敗れたやつはまあどうでもいい。
でもその競争過程にすら参加することできない奴がいるんだよ。
それは実力ではなくてね。
参加する権利すら与えられない人々がいる。
そういう人々を資本主義は救わない。
だからこそ資本主義に対抗しなきゃいけないんだよ。
ウォーラーステインでも読んで出直してこい。

80 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 03:49
或る日のこと。
柄谷くんはすやすやと眠っていました。
しかし、どうしたことか、突然ベットから飛びおきました。
そして、こう叫びました。
「資本主義を消す方法がひらめいたたぞー!!」
そして、そのことを雑誌や講演で発表しました。
そのあと、「アソシエ21」という左翼組織に失望していた柄谷くんは
自分で組織をつくることを決心しました。
自分のひらめきがどこまで通用するかを「実験」するために。
そこでできたのがNAMなのでした。
NAMとは純粋に柄谷くんのそういう「冒険心」のたまものでした。
おしまい。

81 :訂正:2001/01/24(水) 03:53
>80
「ひらめいたたぞ」、は「ひらめいたぞ」に訂正

82 :鎌田哲哉:2001/01/24(水) 04:21
http://www.ryomonet.co.jp/pyon/AVidol10.htm

83 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 04:55
世間では所謂「設備投資」が伸びれば、景気の良い指標とされるが、
しかしその設備投資は充当される生産手段の量を高めるから、
その結果、資本の有機的構成は高度化する。さらにその結果、
その資本の有機的構成の高度化は、利潤率を傾向的に押し下げ、
利潤率が下がれば、企業の収益は減る。結果、景気は悪くなる。
こうみると実に、景気後退とは景気上昇のバネであった「設備投資」
の結果なのである。景気上昇のあとに景気後退が来るのはこのためだ。
しかし景気上昇の原動力が、のちのち、景気後退の原動力にもなるとは、
なんという皮肉な弁証法だろうか?資本はこの弁証法のまえにたじろぐほかない。
よかれと思ってやった設備投資が、のちのち、資本の生命線である利潤率を下げる
のだから、資本家諸氏も踏んだり蹴ったりのことだろう(w

84 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 09:32
>80
つまんねえ

85 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 09:43
>74
日本が相対的に豊かであるということは当然豊かでない国が存在するということ。そこには日本を含め先進国による
第三国の搾取があることをあなたは見ようとしていない。なにが「マタ〜リ」だ。

86 :永劫回帰:2001/01/24(水) 10:14
>>85を言い換えれば、豊かな日本は、資本主義の関係性の中で、餓死する第三
世界や未来の人間の犠牲の上に成り立っているということだね。

ということは、我々日本人の「マタ〜リ」なんてものは、国家や資本主義に縛
り付けられることによって存在している、つまり、「自由」ではない。

だから、我々の「自由」の為にNAMをやる。(と、柄谷もはっきり言っている)

だけど、なんで「自由」じゃなければいけないの?「マタ〜リ」とそこそこ楽
しく生きられるのなら「自由」じゃなくてもいいじゃん。

>>27に戻る。



87 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 10:57
だからさ、みんな射精したいんだよ。
マターリとかいってもさすがに飽きるし、第三世界は悲惨だし、環境もやばいし。
浅田が以前、ナムに懐疑的だったのは、要約するとこんな構図に対する
批判だったと思うんだけど、結局ナムに入った。
っていうのはやっぱ射精したいんだよ。
福田はそこで日本でオナニーという生き方を示したんだけど、
日本はフィクションだって認識がありすぎてるから、
ヤツは射精にいたらないんだよ。
ロマン派というやつがロマン派というやつがロマン派……となってしまう
現状において、もう何々はロマン派だっていう批判は成り立たないわけで、
いかに社会文化的現状、理論をとりいれてオナニーするかってのが
ナムという運動なのだ。断固支持!

88 :考える浅田:2001/01/24(水) 11:45
♪          ♪         ♪
∧∧   ∧∧   ∧∧    ∧∧ ♪  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
( ゚Д゚) ( ゚Д゚) .( ゚Д゚)  ( ゚Д゚)  < このスレも早期是正措置 !
.⊂  つ ⊂  つ ⊂  つ ⊂  つ   \_____    
〜( つノ〜 ( つノ  ( つノ〜( つノ   .
(/   (/    (/   (/

89 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 12:03
たとえマターリと生きてても現実に資本制経済がもたらすさまざまな問題は見えてしまうわけでしょう。ひきこもって外を見ないようにしない限りね。
柄谷は具体的には環境問題くらいしか言ってないけど、普通の人なら資本主義経済が限界にきていることはなんとなく感じている。このままじゃやばいよな〜って。
しかし抜き差しならない危機感というほどじゃあない。それは「なんとかなるんじゃないの」という楽観があるからだろうけど、実際には国家と資本が存続するかぎり
決して問題は解消されないことを柄谷は強調してる。結局「なんで自由じゃなきゃいけないの?おれはマターリでいいよ」っていう人たちは現実を何も見ようとしない
ひきこもりじゃないかな?だってそのマターリもいつ終わってもおかしくないわけだし。倫理的(自由を志向)でなければいけない理由について柄谷がほとんど触れない
のは、彼にもそこが分からないからあやふやに誤魔化したり避けてるわけじゃなくて、現実や未来への抜き差しならない危機感がすでに彼自身にあるからだよ。この
危機をどう考えるか、どう対処するかってことを彼はカントを通して根本的に考えて倫理=自由を論理的に導き出した。だから超越的に倫理があるわけじゃなくて、
現実を見る実践的な目が最初にあるだけだと思う。




90 :小ボーが一人おるな:2001/01/24(水) 17:26
どうして資本主義に対抗するのか分らんって言う人は
柄谷の著書読めばいい。
彼は何十年に渡ってそういう事言い続けてきた人だから。
2ちゃんの中ボーに聞くよりいいって。

91 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 21:09
「信用制度に内在する二面的な性格、すなわち、一面では、
資本主義的生産のばねである他人の労働の搾取による
致富を最も純粋で最も巨大な賭博・詐欺制度にまで発展
させて、社会的富を搾取する少数者の数をますます制限する
という性格、しかし、他面では、新たな生産様式への過渡形態
をなすという性格、ーーこの二面性こそは、ローからイザーク・
ペレールに至るまでの信用の主要な告知者に山師と予言者との
愉快な雑種性格を与えるものである。」(『資本論』(7)、大月書店)

これってまさに今の資本主義のことでしょう。だからまた今は
「新たな生産様式(これはNAM協同組合のことか?)」への過渡期だ
ともここからいえる。NAMが生まれた背景はこういうことかも
しれない。柄谷が「『資本論』は古くない」というゆえんだろう。


92 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 22:16
マルクス読んだ人いるの。すげぇ。

俺なんて経済は長谷川慶太郎だけよ。

あと、そうゆうことだったのか会議とかなんとか、あと、村上龍だなあ。

93 :IT:2001/01/24(水) 22:59
記号の羅列(お勉強ごっこ)はいいんだよ!
なーにがうおらーすていんだ。誰だそれ?
知るかよ。そんなの読まなきゃNAMについて
考えてはいけないわけ?アホかおまえらっ!
内輪向けのオタク議論して「すげー、俺は○○しか
しらねー」とかいってろ!大笑い。まあしかし、やっと
本題に入れるな。ふふ。要は資本主義の問題点は
環境問題だけじゃなくて、第三世界との貧富の差って
ことだろ。先進国・第三世界つう二項対立は古いかもしれんが
まあ良しとしろ。確かに大量生産・大量消費・大量廃棄では
やっていけんわ。長い目でみりゃ。正論正論。だから俺も
NAMには興味がある。しかしだ!問題は第三世界でなく俺達なのだ!
つづく!



94 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 23:00
巨大な賭博・詐欺制度=今のカジノ資本主義
グリーンスパーン議長曰く「ギャンブルやりたい奴はラスベガスで
やれ。」だって。
経済を賭博のネタにしてしまう資本主義はやっぱ危うい。
だから、資本主義への対抗運動は経済生活の防衛のためにも必要。
しかし、だからといって、ギャンブルそのものが悪なのではなく、
ギャンブルをやる場所をまちがえてはいけないだけ。
資本主義とはそのまちがえを犯したシステムである。

95 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 23:33
>93
>確かに大量生産・大量消費・大量廃棄では やっていけんわ。長い目で
>みりゃ。正論正論。だから俺も NAMには興味がある。

そう、これこれ。これでいいじゃん。ITさんは利己主義を強調するけど
(問題は第三世界でなく俺達なのだ!)、上にあげた部分では他者
を見てる。「やっていけんわ」→「だからオレもNAMには興味ある」。
この「だから」という飛躍のうちにITさんの倫理が見てとれる。
あなたじゅうぶん倫理的です。

96 :過去レス読みましょうよ:2001/01/24(水) 23:35
>問題は第三世界でなく俺達なのだ!
あえて、自分の問題だけに引き付けて考えるのは悪いことではないんだけどね。

「第三世界」と「日本の私」は世界資本主義の中では無関係ではありえないん
だよ。(山の中で自給自足を目指せば別だが)

したがって、>>86

97 :考える名無しさん:2001/01/24(水) 23:51
信用とは商品を売れたことにすること。
だから、信用の崩壊とは実際には商品が売れなかった
ことが暴露されてしまうことだ。
ところで、商品が売れないとはまさに消費者が商品を買わなかった
ことの結果だ。商品を買わないことは「不買」だ。
だから、信用の崩壊はつまるところ、消費者の不買(運動)の結果だ。
資本家は信用取引で強引に商品を流通させようとし、実際にその商品が
売れてもいないのに、その対価として貨幣を取得し、さらにその貨幣を
使って、その売れるかどうか解らない商品の再生産に着手する。
そして、また、信用取引をし、また再生産する。
しかし、そのような自作自演的生産もいつかは本当の「試練」に立たされる。
それが「消費の現場」だ。
いままで、散々、信用で売ってきた商品も実際に生の消費者が
買わなければ意味がない。そこに「命懸けの飛躍」がある。
そして、もし消費者が商品を買わないならば、いままでの信用取引は
所詮、なかったに等しくなる。そして、資本家は大量の在庫をかかえ、
赤字の前に途方にくれることになる。
だから、こうみると、不買運動とはそういう信用崩壊を意図的におこそうとする
運動であり、信用取引という資本制商品の売買の自作自演的性格を白日のもとに晒す
運動なのだろう。資本制は世間でいわれているような開かれたシステムではないどころか、
信用という擬制に頼った自閉的システムであることを明るみにだすことが、不買運動
のもう一つの意義なのだろう。

98 :考える名無しさん:2001/01/25(木) 00:04
>>97

小難しいこと言うと、ITさんに怒られるぞ。

99 :考える名無しさん:2001/01/25(木) 00:33
ソ連にも賭博場があったという。
だから、人間には賭博を好む傾向性があるのだろう。
その事実をたてにして、カジノ資本主義を正当化する議論もあるが、
それには説得力がない。
なぜなら、資本主義を肯定することは賭博を肯定することだが、
しかし、賭博を肯定することは必ずしも、資本主義を肯定することとは
限らないからだ。つまり、賭博肯定と資本主義肯定とのあいだには
必要十分条件が成立していない。
だから、人間の賭博愛好から資本主義の正当性を導出することは
不当である。賭博を認めたからといって、別に資本主義を認める
必然性はどこにもないのである。

100 :補足:2001/01/25(木) 02:07
>>97
不買+協同(自己)生産=NAM

101 :考える名無しさん:2001/01/25(木) 17:48
今後数百年にわたる変動の始まりにすぎません。<NAM

102 :考える名無しさん:2001/01/25(木) 18:05

なんかゴタク並べてるけど
カワイソーに、君らは社会で無力な市民だよ。
自己満足でしょ。わかってると思うけど

103 :考える名無しさん:2001/01/25(木) 19:06
102は鈴木宗男だな。

宗男をやれ。

104 :考える名無しさん:2001/01/25(木) 19:40
鈴木むさお?

105 :考える名無しさん:2001/01/25(木) 23:31
消費者(市民)は資本制商品を買うことによって、
資本に利益を与える。そういう点で、消費者の購買行為
資本の運動の一環をなしている。
しかし、消費者が資本の再生産の一翼を担う存在だからといって、
消費者が資本に従属する無力な存在であるというわけではない。
なぜなら、消費者が資本制商品を買うか否かは根本的には消費者の「任意」
だからだ。つまり、消費者は資本制商品を買うか否かは消費者の「選択の自由」
にゆだれられている。資本家は消費者に自分の商品を無理矢理、買わすことは
不可能である。だから、無力なのはむしろ、消費者を前にした資本家のほうのである。
資本家は消費者を意のままに操ることは根本的にできないからだ。
その力関係が不買運動の威力(例えばガンジーの運動の成功)を可能にしているのである。


106 :どうぞ:2001/01/26(金) 02:04
http://www.kame.tadaima.com/associationk/karatanikojin-interview1.htm

107 :農民ゲリラ:2001/01/26(金) 02:33
他の板の住人だけど
http://mentai.2ch.net/part/index2.html#7
不買と共同生産で国家と資本の止揚をめざすなら、社会全体への広がりが必要だよね。
別スレでも書いたけど、この理論は資本の側へ取り込まれそうだよ。
結局なにがやりたいのか教えてくれないかなあ。君らは社会と和解する気はあるのかな?

108 :IT:2001/01/26(金) 03:01
主と奴の弁証法か。俺はそこまでは思わん。
「マタ〜リ」消費者はやはり搾取されるし無力だろ。
がしかし!だからこそ対抗する・・・か・・・。正論には
勝てんな。だんだん動機が見えてきた。釈然としない
部分もあるが、それはつまり俺のエゴか。まあでも、
いまなんとなく食えてるからさ、資本主義の危険性・
ギャンブル性とか無視したいんだな。分かった。
去るよ。んじゃ方法論討議続けてください。

109 :>106:2001/01/26(金) 03:09
NAMの原理よりわかりやすいね。

110 :農民ゲリラ:2001/01/26(金) 03:11
=107
ちょっと間違い
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=part&key=978634888&ls=50


111 :NAMのHPが更新されたぞ:2001/01/26(金) 03:16
関心系理論部門の副代表に山城むつみが就任した模様。



112 :農民ゲリラ:2001/01/26(金) 03:29
誰か答えてくれんかね?消費者であって、生産者じゃない人なんて存在
しないんじゃないの?資本主義の外に企業組合なんてつくっても、結局
ソ連同様資本家の替わりに官僚支配が進むんじゃないの?また個々人の
良識を信じて失敗するつもりなの?

113 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 05:23
>112
上記二つの質問(消費者、官僚制云々)については『NAM原理』に
回答がすでに載ってある。
あと、最後の質問(個人の良識云々)については少し答えると
農民ゲリラ氏のいう「良識を信じる」とはNAMが「倫理」の強調
しているということを目して言われてるのだろう。
倫理=道徳心=良識という具合に。
しかし、NAMのいう倫理は「自由」との関係で言われている。
例えば、ある人が自由に振る舞えば、その行為の結果は当然、その人の
責任に着せられる。もし、その行為の結果が他人に危害を与えるものならば、
その行為は悪であるが、しかし、その行為が自由な行為としておこなわれて
いない時、その行為は当人に責任はないことになり、その当人は悪しき行為を
した当事者として扱われなくなる。だから、自由がない時、悪しき行為は
悪として通用せず、結果、善悪(倫理)はなくなってしまう。そこで、NAMは
「自由であれ」と説く。なぜなら、自由がないと責任はないし、責任がないと善悪(倫理)
を問えないからだ。だから、NAMのいう倫理は個々人に「自由の刑」を下すことであり、
そして、そのことを通じて責任と善悪(倫理)を再導入することであって、
およそ、「個人の良識を信じる」こととは関係ない。


114 :農民ゲリラ:2001/01/26(金) 07:47
>「消費者としての労働者」
ほとんど意味不明。実践こそ難しい。ロマンティックといわれてもしかたがないように思える。コミュニティとして広がりをもってきた時、当初の理念を維持できるの?
>「自由な独立生産者」のために開かれた市場経済
ヒッピーやヤマギシ会とどう違うの?市場経済に対抗して、価格競争やサービス競争するつもり?官僚制は進行しないって言ってるけど、システム上どうするの?良識を信じるわけではないんでしょ?
>113
110のリンク読んでもらえればわかると思うが、自由・・・のくだりは全くその通りで、俺も強調している。113には真摯に答えてもらってて悪いんだけど、なんだか一番答えやすい問題だけ答えてくれたような気がする。その先こそが難しい。俺は個人が自由であるためには、システムの変換ではなく、意志のありようだと思っている。またテレホタイムに来ます。決して煽りではありません。真剣に考えてます。


115 :名無しさん@21世紀:2001/01/26(金) 08:20
>>112

よくわかんないけど、もしかして法哲学を念頭に置いてるのか。
他律の自然法と実定法、自律のカント的倫理(自由)ということか。
(『自然法と国際法』ルドルフ・ラウン参照)
しかしそうすると、完全な無政府状態になるぞ。
社会秩序との関連においてNAMの倫理はどうなるのか?



116 :んじゃ、答えるか・・・:2001/01/26(金) 09:18
>114
「消費者としての労働者」について。
まず当たり前のことの確認として、「消費をしない労働者」はいない。
だからその意味で、「消費者としての労働者」という言い方は意味不明でないどころか、
余りに当たり前のことの表現である。しかし、NAMはそこに独特の意味をもたせる。
かつての資本への対抗運動は「生産過程」を起点に据えてきた。しかし、そのような
運動方式は成功しなかった。なぜなら、労働者として資本家に対抗しても、労働者に対し種々の権利を
握っているのは資本家のほうだからであり、「資本ー賃労働」という力関係に仕切られた
「生産過程(労働過程)」での対抗運動は成功しなかった。それは資本家が労働者を雇う側
にいる、つまり、労働力商品の購買者(消費者)の側にいるからだ。つまり資本家は労働力商品を
買えも(労働者を雇えも)すれば、買わないこと(不買、労働者を雇わないこと)もできる。
要は「オレに反抗するなら、解雇だ」と言って、資本家は労働者を威嚇(牽制)できるのである。
これでは労働者に勝ち目はない。だから、NAMは運動の起点を「生産過程」から
「消費過程」に移す。なぜなら、資本家の労働者への力の秘密はまさに資本家が
労働力商品を購買(消費)できる「消費者」の立場にいたからだ。だから、消費者の立場に
立つことが力を持つことなので、資本への対抗運動も「消費者」の立場から行えば
有効ということになる。そこで、「消費者としての労働者」という考え方が出てきたのである。
「消費者としての労働者」による資本制商品の不買(不購買、不消費)運動とはこうして
編み出されたのである。資本家は労働者に対して、消費者(貨幣所有者、労働力商品の購買者、
雇用者)の立場に立つから強いというだけで、労働者も資本家に対して、
消費者(資本制商品の購買者)の立場に立てば、同じく力を行使できるのである。
よって、NAMは「消費者としての労働者」の運動を行う。




117 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 10:04
>だから、NAMのいう倫理は個々人に「自由の刑」を下すことであり、

誰が「自由の刑」を下すのか?
共同体(システム)なら、アメリカ合衆国とたいして変わらない。
(共同体に忠誠を誓うことによって与えられる「自由」)
「個人の良識を信じる」ことなしに「自由」などと言っても、たんにメチャクチャ
になるだけだな。

>俺は個人が自由であるためには、システムの変換ではなく、意志のありようだ
と思っている。

この方がよほどまともな意見だ。


>「消費者としての労働者」 ほとんど意味不明。実践こそ難しい。

俺もそう思う。理屈では当たり前(116は正しい)だが、だからこそ「実践」
が難しい。NAMの理論はそういうのが多すぎる。

118 :そんで、次・・・:2001/01/26(金) 10:07
>114
ヒッピーやヤマギシ会とどう違うか、について。
まず、NAMはヒッピーとは違う。ヒッピーは文字どおり働かないが、
しかし、資本への対抗運動は資本制企業で働かなければ十分なのであって、
非資本制企業で働けば良いだけの話である。
NAMはヒッピーのように労働一般を否定したりはしていない。
次に、NAMはヤマギシ会とは違う。
ヤマギシ会には代表を「選挙+くじ」で選ぶ制度はない。
ヤマギシ会にはLETSの使用はない。
よって、ヤマギシ会にはNAM(の原理)と同等の条件を満たす
用意・要素はないと思われる。
よって、NAMはヤマギシ会とは違う(つまり同一視する条件が乏しい)。
しかし、ヤマギシ会が既成資本に依存しない独自の流通を持っていることは
認めざるを得ない。このことが農民ゲリラ氏をしてNAMとヤマギシ会を
同一視せしめたのだろう。しかし、ヤマギシ会がLETSを使用していないことは
致命的欠陥である。つまりヤマギシ会は日本国通貨を用いていて生産物交換している点で、
同会は国家には依存しているのである。この点、ヤマギシはNAM的ではない。


119 :やっぱ、こういう展開になるのな。:2001/01/26(金) 10:20
実践が困難だから、消費の現場に対抗の場を移したのであって、
その逆ではない。不買運動の成功例はガンジーの運動が現にある。

120 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 10:25
自由は意志においてある。
システム(国家、共同体)においてあるのではない。
たしかにまともな意見だ(w

121 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 10:33
>117
誰が自由の刑を下すのか?
「自分で」だろ。
自分が自分に対して「自由であれ」と下す。
自分が自分に命令を下すことを「自律」という。

122 :あとは、勝手に想像して。NAMはダメということでいいから。:2001/01/26(金) 10:47
>農民ゲリラ氏
君は自分は煽りじゃないというが、
どうも君の質問は他の煽りを招くらしい。

123 :名無しさん@1周年:2001/01/26(金) 10:51
>120
「自由と感じる≠自由である」


124 :この柄谷を批判せよ:2001/01/26(金) 11:01
http://www.kame.tadaima.com/associationk/karatanikojin-interview1.htm

125 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 11:20
>農民ゴリ
まったくの誤解の上に理論を展開しないでくれ
君の言うことはありふれてるし、君の発言に反して頭でっかちであるように思える。

126 :しかし、最後に・・・:2001/01/26(金) 11:39
>114
NAMは資本と競争するか、について。
するだろうね。しかし勝算はやってみなければわからない。
もっとも、やって負けたとしても、再度仕切り直せば良いだけだ。
一度や二度の敗退は絶対的失敗を意味しないからだ。
(しかし厨房はそこに付け込んで煽り散らすだろうが)
あと、官僚制について。
資本主義にも官僚制はある。日本にもある。
しかし、現行の官僚制における官僚(行政官)達は「選挙+くじ」の洗礼受けていない。
何故官僚制は批判されるかというと、そこにそういう「民主主義」が
ないからだろう。政治家は選挙を受けて実務にあたるが、官僚はそうではない。
つまり、NAMは(NAM的)民主主義(選挙+くじ)を官僚制にまで押し進める。
民主主義に異論がないなら、それを官僚制にまで適用するのが望ましい。
そして、NAMはそれをただやるだけだ。古代アテネの民主制やパリ・コミューン
がそうしたように。
なお、NAMは「官僚そのものが嫌だ!」みたいな意見に対する回答は
持ちあわせていないことは言うまでもない。

127 :>119->121:2001/01/26(金) 11:48
いや、だから俺の言いたいのは、一企業を潰すくらいならともかく世界資本主義
を終焉させる程の不買運動の実践は困難だろうということなんだ。

ただ、困難ではあるが、あきらめるべきではないと思う。


>自分が自分に対して「自由であれ」と下す。

うん、それならわかる、と言いたいが、「自分が自分に対して「自由であれ
と命令された自分」は自由なのか?
これは「私は嘘をついている」と言う私は嘘つきなのか?と似ている。


上の自由論を形式的に言えば

「自由とは義務に従うことである」      ・・・A
「義務とは<自由>であれ、ということである」・・・B
AとBが同時に成立するとき、
Bの<自由>は、Aの自由に対してメタレベルに存在する。

というラッセル−ヒルベルト−ゲ−デルの問題になる。

そこでメタレベルの自分、つまり超自我について考えざるをえないが、
「自由の決定不能性に踏みとどまることが倫理なのだ」とかいう寝ぼけたこと
を言う人がいないともかぎらないのでやめておこう。



128 :名無しさん@1周年:2001/01/26(金) 14:13
>>125
君こそ誤解してるよ
農民ゴリラじゃなくゲリラだよ!(わら

129 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 17:39
農民ゴリラの方がいい感じだ。

130 :農民ゲリラ:2001/01/26(金) 18:46
>115
僕は何ら念頭に置いてません。何かしら置いてるんでしょうが、理論間の論争にはウンザリです。
>116
反転して、「労働をしない消費者」もいないだろ。実践するなら理念だけじゃダメだよ。運動は、成功させてこそ意味がある。坊主の修行になってしまうよ。
>118
「選挙+くじ」日本の政治家をみても、ワイマール憲法下のドイツをみても選ばれた人たちは強力に支配をおしすすめるよ。ただし、人の選定の仕方としては最良とは僕も思う(くじは反対)。その後の永続的な民主的運営をどう担保するかが難しい。外側には資本制の消費社会が横たわってるんだよ。
>125
批判するのは歓迎だが、しっぱなしはやめてくれ。
>127
言葉に拘泥すると、つねにいくらかがすりかえられる。(110のリンクの過去ログ)

131 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 20:48
柄谷のNAMとミーシャのファンクラブMSAと、どっちに入るか迷ってます。

両方入っている人がいたら、どちらがいいか教えて下さい。


132 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 21:12
>130
「(資本制の下で)労働をしない消費者」ために
超出的な非資本制的な生産と消費のアソシエーションを組織するんだよ。

もう少し人の意見に聞く耳を持とう。議論になってないぞ。
言葉に囚われてるのは君の方だ。

>自由
「個人は主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、社会的にはやはり諸関係の所産なのである」


133 :農民ゲリラ:2001/01/26(金) 22:19
>132
言葉にとらわれてるのは君のほうだといってるけど、
「超出的な非資本制的な生産と消費」てなに?
答えになっていないし、君自身が理解できてるのかもあやしい。
僕は決して土俵の東と西にわかれて論理相撲がしたいわけではない。
僕が言いたいのは、理念だけでもだめだし、実践だけでもだめだということ。
成功させないと、古い檻からのがれて新しい檻に入ることになるよ。
>社会的にはやはり諸関係の所産なのである
そこから逃れなければならない動機について聞きたい。
否定的に使っているように感じるが、そこに踏みとどまってはだめなの?


134 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 22:29
>133
頼むからちゃんとHP読んでくれよ。
書いてあるからさ。

135 :132ではないが:2001/01/26(金) 22:40
>「超出的な非資本制的な生産と消費」てなに?

NAMでは非資本制的な生産と消費の形態を作ることを超出的闘争と言ってるんだ。
あまり良い言い方とは思わないけどね。
ちなみに不買運動とかは内在的闘争と言うんだけど、あなた本当に「原理」とか
読んだの?

>>社会的にはやはり諸関係の所産なのである
そこから逃れなければならない動機について聞きたい。

その話は、このスレだけで既に4回ぐらいやってるからもういいよ。

ついでに言えば、「個人は主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、社会的
にはやはり諸関係の所産なのである」というテーゼからは「人が自由であるか否か
は決定不可能」という結論が導かれる。しかし、これはトラクリ以前の柄谷だと
思うんだが・・・



136 :132:2001/01/26(金) 22:44
>133
「原理」読んだ?
読んでたら、その言葉で通じるはずなんだが・・・。
具体的は、LETS(地域通貨)や消費-生産者協同組合など。実際に世界各地で行われてる。

自由を目指すなら、主観だけでなく社会的関係からも逃れる必要があるだろ。
君の精神は、常に既に社会的関係によって規制されてるんだから。

137 :ありがとう、そして、さようなら、農民ゲリラくん:2001/01/26(金) 23:04
>農民ゲリラ氏
確かに、君のいうように運動は成功させてこそ意味がある。
ガンジーの運動が成功したように、NAMも
それを目指すことは当たり前。
よって、君は当たり前のことを確認してくれたわけだ。

138 :>130:2001/01/26(金) 23:21
労働しない消費者はいない、なんて
当たり前じゃん。
それと同様、消費しない労働者もいないのだよ(これはコインの裏表だ)。
ただ、NAMは「不買運動」という「戦術」上、
「消費者としての労働者」に定位するだけだ。
これは労働、消費のどっちが重要という問題ではなく、純粋に
「戦術上の問題」に過ぎない。そこを勘違いしてほしくない。


139 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 23:26
俺もNUMのHP読んだけど、農民ゲリラの聞いてることは書いてないと思った。
書いてあると思えるのは、柄谷信者だから?

140 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 23:31
>139
ゲリラの自作自演か?
君が貼ったリンク先のスレでも、君はNUMって書いてたな。
New Associationist Movement(NAM)だぞ。



141 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 23:36
農民ゲリラ君はアルバイト板のフリータースレで、
馬鹿な文学部ならこういうだろう君(だったかな?)と論争
してんだ。それで、その文学部君が「NAMはどうよ?」
みたいなことをゲリラ君に聞いて、「NAMは飲み込まれるだろう」
みたいなことをゲリラ君は言ってしまった。それで、ゲリラ君が
NAMスレに御登場とあいなったわけだな。


142 :考える名無しさん:2001/01/26(金) 23:42
>140
確かに、農民ゲリラはアルバイト板でNAMをNUMと間違えてたね。
自作自演とはいよいよ農民ゲリラの断末魔が聞こえてきたな(w


143 :聞いてることってこれか?:2001/01/26(金) 23:53
NAMは「社会的な諸関係の所産としての個人」を全然否定してないんだよ。
言い換えれば、分業による「交換」及びそれに基づく「市場」は否定していな
いんだ。
ただ、それらが資本制のもとで行われていることを否定していく運動なんだ。

「原理」に詳しく書いてあるんで読みましょう。そして考えよう。

144 :>農ゲリ:2001/01/27(土) 00:02
http://www.kame.tadaima.com/associationk/karatanikojin-interview1.htm
ここの柄谷に対して反論してくれ そのほうが有効的だ(こっちとしても都合がいい)

過去ログ読んで、無駄な論議ぶり返さないでくれ


145 :吾輩は名無しである:2001/01/27(土) 00:22
なんでNAM内の議論よりUチャンのNAM板のほうが盛り上がるのか。あのシラケ
ぶりはただ事じゃないな


146 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 00:35
NAM内の議論では、具体的に何かしようみたいなことが話し合われてるんです
かね?

そろそろ具体的な話が聞きたいが、NAMに入らなきゃダメか。

まさかNAMのMLでも、ここみたいに運動する動機がどうとかのレベルじゃない
よね?


147 :農民ゲリラ:2001/01/27(土) 01:42
失望したよ。閉鎖的だね。なんのために運動なんてやってんだか。

148 :農民ゲリラ(本物):2001/01/27(土) 02:15
NUMって何?
あっ、NAMのことNUMって言っちゃったよ。(藁

149 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 02:15
>147
何が閉鎖的なの?
ちゃんとテクストを読んでない、君が悪い。
あと別にこのスレの人間は、NAMの会員じゃないからね、運動してないかもな。

150 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 02:42
139=農民ゲリラ


151 :農民ゲリラ:2001/01/27(土) 02:52
あの「原理」とかいうやつ読んで「ああ、そういうことか、なるほどわかった」と思えるほうが不思議でならんよ。具体的に聞いたつもりだよ。およそ哲学書の類で「全部良くわかった、疑問の余地なし」なんてことは経験がないね。君らは入会希望者があった時にも「書いてるでしょ。当然わかるでしょ。」というつもりなのか?街金の受け付けですらもっとちゃんとした回答が帰ってくるよ。ヤマギシ会とその点ではなんらかわりがないよ。
自作自演については反論する気にもなれんね。なんか名前を騙る奴まででてきたようだから、もう書き込まないよ。言いっぱなしは嫌なんだけどね。君らを応援する立場にあるはずなんだが、君らのほうから僕を遠ざけるんだね。哲学科の人間は話し掛けるといつも身を堅くする。そのくせそっちから話し掛ける時は申し訳なさそうオーラ満開なのにね。その特徴がよくでてるよ。もう少し前向きなことを議論できるかと思ったけどね。

152 :くすくす・・・:2001/01/27(土) 02:56
農民ゲリラ曰く「真剣に考えてます。」だって。
どこが?

153 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 02:57
>151
意味不明。
まず何がわからないのかをはっきりしてくれ。
LETSとかの説明も過去ログにある。

154 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 03:30
逃げたか
農民ゲリラとはよく言ったものだ
七人の侍の農民みたいだな

155 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 03:35
農民ゲリラにはそもそも「引き出し」がないんだよな。
もともと、不勉強で知識のストックがないのは彼のレスみれば解る
(するのはありきたりのレスばかりだから)。
説明してもちゃんと聞かないわりに、乏しい知識を使って反例ばかり探すから苦しくなる。
それで結局「NAMはヤマギシだ!」みたいなレッテル貼りをするほかなくなる。
自分の不勉強への反省が微塵もないところが、農民ゲリラの特徴だな。
そのように自分のことを棚にあげてるうちは、結局進歩はないだろうね。


156 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 04:16
↑みなさん、こいつのレスどう思いますか? なんてありきたりなんでしょうね。
誰もが皆、一瞬つけてみたくなる発想のレスです。 しかし、賢明な人はそのみずからの
短絡的思考を野放しにする ことを嫌がり、こういうレスは控えます。 しかし、この人はし
てしまったのです。 「誰もが思い付くような事」を堂々と!
この人にとってこのレスはなんなのでしょうか。 このレスをしているあいだにも時間は刻々と
過ぎ去っているのです。 まさにこの人のした事は「無意味」「無駄」でしかありません。

ああ・・・なんていうことでしょう。

157 :>151:2001/01/27(土) 04:17
NAMを街金の受け付けと比較してるよ。
バカだねえ、街金の受け付けはマニュアル通りに
やってるだけなんだよ。教育うけて。
受け付けなんてマニュアル通りだから、「ムジンくん」
みたいな機械でも金の融資の受け付けはできんだよ(w
ましてや街金融なんて「商人資本」の典型みたいなものだ。
なんで、資本へ対抗すべきNAMはそんな「商人資本」を見ならわなきゃならんの(w
それに君のようなNAMに反対の人はそもそもNAMに入る必要ないから、
NAMが君を説得する筋合はどこにあるの?
反対者とは棲み分けをするのに限るのだよ。


158 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 04:20
156=農民ゲリラ

159 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 04:41
農民ゲリラ失踪記念age

160 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 05:24
↑典型的なルサンチマン君。

161 :さようなら、農民ゲリラ:2001/01/27(土) 06:02
http://yamato32-99.hoops.ne.jp

162 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 13:28
http://ww3.enjoy.ne.jp/~kurihara.k/mainanan.htm
>これからはニュー・クリたんとして頑張っていきたい。

クリたんナイス!!



163 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 14:10
だからいったろ
クリたんは我らのクリたんだって!

164 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 14:57
ナムは壊滅状況にある日本の左の受け皿という面もある、
という浅田発言にはみなさんどのような感想をもたれましたか?

165 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 15:15
( ´D`)<ののたんNAMに入れる?

166 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 16:01
ナムでなんか作ることができるなら入りたいけど
政治運動だけは、マジパス。それ以前に、
議論ばかりで手を動かさないサヨは信用できんな。

167 :柄さわぎ:2001/01/27(土) 16:28
NAMという新興勢力が、現行の国家、資本を駆逐し、
いずれ世界がNAMのような組織に内包されるようになる、
というアニメのようなイメージで反論している人がいたら、
過去ログ読めや、と言いたくなってくる。

何度も繰り返されてるようにNAMとは、あくまで「個人的」なものであるはずです。
つまり現在の資本−国家が生み出す矛盾に対して(個人が)異議を唱える
左翼的オルタナティブの1つであると思うのです。
(実際、マイノリティ・女性・環境問題、その他の市民運動をする人間を見よ。)
したがって、NAMはそのような矛盾に気づいてるにもかかわらず、
(自分は)指をくわえて見てるだけでいいのか?ということが参加の同機に
先ずあるはずのものではないのか?(それこそ倫理的!?)

もちろんそのようなオルタナティブは、現在のNAMという組織だけにとどまる必要はない。(もちろん)



168 :名無しさん@1周年:2001/01/27(土) 17:35
↑思想のみを声高に叫んで悦にひたるのはいつものこと。

169 :名無しさん@1周年:2001/01/27(土) 18:00
>167
おまえこそ過去ログ読めや。
自己満足な議論と、反対意見に対する煽りばかりだぞ。

170 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 18:19
1 名前:考える名無しさん投稿日:2000/10/25(水) 20:00
独自にスレを立ててみたりちて。。。
http://www.nam21.org/


2 名前:わらた投稿日:2000/10/25(水) 20:06
これまでセンター評議会は暫定的なものでしたが、
このたび、正式なものとして 出発します。しかし、これも別の意味
で、「暫定的」であることに注意してほしい。なぜなら、これは、
互選とくじ引きという「NAMの原理」にもとづいていない
からです。と同時に、現在の段階で、これがNAM的でない
というような批判もまた的はずれです。通常の(直接民主主
義的)小組織は、大きくなれば、ピラミッド型に固定されるか、または、
分裂してしまいます。NAMは、けっしてそうなら
ない。大きくなったときにこそ、この原理は有効に働くのです。むしろ、
拡大するほど、NAM的になると考えてください。
 今後に、大勢の人たちが参加してきます。その場合、先に入った人や代表者、
連絡責任者は、先輩風を吹かしては
いけない。NAMのシステムにおいては、
「先の者は後になり、後の者は先になる」(マタイ伝)からです。
しかし、組織 原理にかんしてだけは、先輩面をしてよい。あとから入った人に、
これを丁寧に説明してほしい、と思います。
http://www.nam21.org/info/Inauguration.html


3 名前:わらたー投稿日:2000/10/25(水) 20:13
↑↓柄谷行人のかいたやつよ。
非会員はいうまでもなく、会員にも、この組織原理をわかっていない人が多い。
彼らは、同好会や、市民運動的ネットワ ークのように、NAMを見なしている。そのため、
代表者やセンター評議会のようなものがあることを理解できない。また
は、党中央委員会のようなものだと思っている。だから、この点を、あらためて、
強調しておきたいと思います。これまで アナーキストは集権主義を否定するあまり、
自ら、離散的で、多様な運動体を統合できず、したがって、有効な対抗運 動を組織できなかった。
それは、現在の、さまざまな市民運動についてもいえます。その結果、それらは最も集権的で
ある国家と資本に対抗することができないし、事実上、社民的な議会政党に利用されてしまいます。
しかるに、われわ れはすこしも「中心化」を恐れる必要はない。選挙とくじ引きというシステムこそ、
「超越論的な統覚」を可能にするのです。


4 名前:考える名無しさん投稿日:2000/10/25(水) 20:14
NAMは、あくまで個人によって成立しています。しかし、個人が単独ではできないことを
分業と協業によってやってい く運動です。一人でNAM的であることは 不可能です。
したがって、NAMに入らないが、単独で、NAM的であるという人 がいるとしたら、
まちがっている。
また、「われわれはNAMに入らないが、NAM的だから、連帯したい」というような人 がいますが、
それも誤解です。


5 名前:考える名無しさん投稿日:2000/10/25(水) 20:25
要約すれば、次のような条件を満たしている場合のみ、「NAM的」です。
そも そも、君たちは主観的な「気分」でなく、 資本と国家に対抗する理論的根拠と方法を
もとうとしているのか。第二に、君たちの組織に、今は小規模だから別だと しても、
将来、互選とくじ引きで代表者を決めていく意志があるのか。第三に、複数次元が交差し、
それらの間での諸 個人の分業と協業によって、資本と国家に対抗するというような方法を
もっているのか。そう問うならば、NAM的なもの はまったく実在しない、ということがわかります。
だから、「NAMには入らないが、――」という言い方は、欺瞞的です。
「別の原理でやっているから、NAMには入らない」と言うべきです。われわれは
そのような人たちを特に非難しない(問 題にもしない)が、彼らが自らNAM的であるというならば、
否定します。本当に、NAM的になろうとしているのなら、話 は別ですが、
まずそんなことはないでしょう。




171 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 19:29
結局、生協のやってるようなことか?
紙幣発行、ヴォランティアの派遣、新規事業立ち上げ
議員のローテーション化、環境・福祉への配慮
色々共通するものもあるからなあ。


172 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 22:03
NAMのいう組織原理を理解するということ=NAM信者になること
NAMのいう質問するということ=NAM用語で質問すること

173 :ぷちぶる青二才:2001/01/27(土) 23:00
なんか同じところをグルグル回ってる感じ。
誰かこれまでの話の要点をチャート式にまとめてくれ。
過去ログ読めだと? 千も二千もレス読んでられるかっ!

174 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 23:19
NAM=AUM

175 :考える名無しさん:2001/01/27(土) 23:30
172=174=農民ゴリラを捕まえろ!

176 :農民ゲリラ:2001/01/28(日) 03:51
ほんとうに最後の書き込み
147・151あたりはほんとに悪かった。煽りが多いもんでつい頭にきて書いたが、ちゃんと答えてくれている人もいるのに申し訳ない(読み返してみて反省した)。勉強不足といわれるとそうなんだが、それはある程度仕方が無いことだろ。君らと立場が違うんだし。
最後に、君らはニヒリズムに踏みとどまると言ってるが、それではつまらんだろう。社会と和解することは本当にできないのか?ニヒリズムというのは、人間の生は目指すべき目標も意味もないものだということだよ。それでもNAMの運動は意味があるといえるのか?(NAMだって社会だよ)それとも一般的な意味でのニヒリズムとは違う使い方をしているのか?概念を貼り付けて違う意味にするのなら、別の言葉を持ってきたほうがいいと思うが・・・(もう書き込まないので、答えてくれなくてもいいよ)

177 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 04:11
馬鹿だな、こいつ。
もう書き込まないこと、はできないんだよ。意味わかる?

178 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 04:56
>177
そう。
現に、はもう書き込まないと言った後も農民ゲリラは名無しで
書き込んでたのバレバレだし(w



179 :長文発射しま〜す!:2001/01/28(日) 06:02
ニヒリズムにも二種類ある。
一つは「受動的ニヒリズム」。
これは、人生には意味も目標もないことにたじろぐ態度。
それで人生の目標を見つけようと徘徊することになる。
無いものねだりをする態度。
もう一つは「能動的ニヒリズム」
これは、人生に意味や目標がないことにたじろがずそれを肯定する態度。
目標がないことを肯定してしまえば、目標を見つけようと徘徊しなくてすむ。
無いものねだりをしない態度。
ちなみに後者のニヒリズムはNAMと親和的だ。なぜなら、資本こそが利潤という目標を
求めさまよい歩く受動的ニヒリストだからだ。資本は利潤という目標がないと、動けない存在。
しかしそうであるからこそ、利潤率の低下などによって、利潤という目標の獲得が不安定化
すると、たちまち資本は受動的ニヒリストとしての本性をさらけ出し、取り乱す。
そして「目標がない。欝だ。」となる。経済的にはそれは「不景気」として現象する。
ところで目標がないことが否定的敗北感として現れるのは「本来、目標があって当たり前だ」
という確信が前提としてあり、その前提との「落差」(つまりその前提の達成不能)が
その否定的敗北感(欝状態)の原因となる。
しかし、能動的ニヒリストはそのような前提的確信をそもそも否定する。
そしてそのことは経済的には利潤という目標の否定として現れる。
だから、利潤を含む目標一般をそもそも否定する能動的ニヒリストは、それゆえ資本も否定する。
能動的ニヒリズムが資本に対抗するNAMと親和的なのはこのためだ。
ちなみに、欝病への治療法として「義務感をもつな」というのがあるが、しかし、NAMは
「べき思考(〜すべし)」を多用し、欝を再生産をしている感があるようにみえるが、それは誤解だ。
なぜなら、NAMの言う義務は「義務感をもつな」ということを義務にしている義務だからだ。
自由であることは義務の否定だ。だから、NAMの言う「自由であれ」という義務はそれゆえ
義務の否定(自由)の義務化なのである。義務の否定の義務化はもはや否定された義務なのであって、
だから、それは欝病の再生産でないどころか、義務感に由来する欝病の根底的否定である。
だから、NAMの倫理は欝病に犯された現代人(現代社会)にとって福音となるものでもあろう。
そして現代人に欝病を強いるのは、むしろ人に目標の所持を強いる資本のほうなのである。

180 :だから・・・:2001/01/28(日) 06:50
分析医マルクスの『資本論』は資本という患者を精神分析にかけて、
その診断結果を書き記した書物であるともいえる。
そしてその結果出した処方せんが「資本主義のコミュニズムへの移行」という
治療法だったわけだ。


181 :診断結果:2001/01/28(日) 07:25
好景気=そう病
不景気=欝病
恐慌=パニック障害
ハイパーインフレーション=分裂病
戦争=行為障害

182 :柄さわぎ:2001/01/28(日) 13:16
>>180
個人的にはそう、今の世の中、退屈ですよ。

183 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 13:29
>君らはニヒリズムに踏みとどまると言ってるが、

「君ら」全てではないが、確かにそういう人もいる。
例えば、

>人生に意味や目標がないことにたじろがずそれを肯定する態度。 〜(この)
 ニヒリズムはNAMと親和的だ。

確かに親和的だが、意味や目標なしに様々な闘争を統合するようなNAMがや
れるかと言えば難しい。

ただニヒリズムがだめだから、農民ゲリラの言う「社会と和解すること」を目
指すという新カント派的なものは、NAMは完全に否定している。


「人生に意味や目標がないことにたじろがずそれを肯定する態度」というのは
マクベス的と言えるが、最近のインタビュ−(文学界2月号)で柄谷はそれを
切断し、そこからNAMを始めたと言っている。
ただ、鎌田には「かつてのマクベス論こそ真の批判だ」みたいな反論をされて
いるが・・・まあ難しいな、この問題は。


184 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 15:09
>「人生に意味や目標がないことにたじろがずそれを肯定する態度」

すでに還暦を迎えた柄谷の場合はそれでもいいんだよ。物理的にいって、
せいぜいあと10〜20年もちこたえればいいのだから。
しかし、まだ20代前半の俺の場合はどうなる?
この先50年も60年も、ただニヒリズムに耐え忍ぶ毎日か?
一生、NAMのために生きるのか? そんな覚悟ある奴いるのか?
ばかばかしい。人間は理屈や信念だけじゃ生きていけないんだよ。
ここでNAM倫理もちあげてるやつの、10年後が見てみたいぜ。ぷ。



185 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 15:16
だから人生論なんか関係ない
システムを考えよ

186 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 16:54
>>「人生に意味や目標がないことにたじろがずそれを肯定する態度」
>すでに還暦を迎えた柄谷の場合はそれでもいいんだよ。

いや、だから、その種のニヒリズムを切断して始めたのがNAMだと柄谷は言っ
てるわけで・・


>人間は理屈や信念だけじゃ生きていけないんだよ。

いや、だから、そういう風に理念を否定する態度がニヒリズムなわけで・・・


>ここでNAM倫理もちあげてるやつの、10年後が見てみたいぜ。

いや、だから、10年後の生活を守ることを考えて、具体的に自分達の仕事や
消費を考えていくのがNAMなわけで・・・

187 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 17:41
>だから人生論なんか関係ないシステムを考えよ

ということは、179は全部間違いか。ぷ。

188 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 17:45
まあ、意味を克服して強度に至れ、なんて宮台でも
いいそうな陳腐な考えだ。NAMはそうじゃない、
システムおよびその分析に由来する、というならば、
他人にもわかるように説明してくれよ。わかんないから
仲間内でさえ誤解が生じるんだろうーが。

189 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 18:17
ま〜だ、ウロチョロしてるんじゃないか?ゴリラが。

184みたいに支離滅裂なこと言ってみたり、NAM支持者はみんな同じ考えを持って
ると思い込んだり、すぐに他人に説明を求めたりするやつは哲学板にはあんまり
いないぞ。



190 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 22:03
↑ だから説明せえや。
柄谷の受け売りしかできないくせに。
批判する能力もないくせに。経済学のケの字も知らないくせに。
哲学オタは氏ね。ボケ。

191 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 22:52
↑だから反論にもなっとらんやないか。
ヲタ以下め。

192 :>190:2001/01/28(日) 23:12
哲学板に書いてる人だから哲学オタとは、これまた短絡的な。
君の思考パタ−ンは全部これだな。
本当の哲学オタは柄谷の独断改釈哲学など馬鹿にして読まないよ。

君の知識能力じゃ、いくら説明しても無駄だな。
難しいことは考えなくていいから、定職を探せ。
そして、功利主義マンセ−で生きろ。
君がこれ以上頭使うと、夜中に「ろっぽんぞ〜」と叫びだすよ。

193 :考える名無しさん:2001/01/28(日) 23:40
だきゃら『原理』『可能なるコミュニズム』『倫理21』
読んで納得できないなら無視してりゃーいいんじゃない?

194 :考える名無しさん:2001/01/29(月) 03:39
受動的ニヒリズムは欝の原因になるが、能動的ニヒリズムは欝との決別だ。
だから、能動的ニヒリズムは精神衛生上よい。例えば、終生、欝病に悩まされたマックス・
ウェーバーが能動的ニヒリズムを説くニーチェに傾倒していた
のはそのためだ。ウェーバーのいう「価値中立」とはだから
人に義務感を呼び起こす超越的理念(究極目的)の否定のことでもある。
しかし別に、能動的ニヒリズムの哲学的含意を知らなくても、
その精神衛生上の効能は厳として存在する。
だから精神科医は欝病患者に「義務感をすてよ」「べき思考をすてよ」
(つまり「自由であれ」)と患者に諭すが、しかしその時彼は「能動的ニヒリズム」
を意図せずして勧めているのである。ニーチェが自分の思索(能動的ニヒリズム)はすべて
自分の「健康」のために捧げたものだというのはそのためである。
だから、「精神の健康のため」にという動機も、NAMの倫理(自由であれ)を
実践する有力な動機になるであろうと思われる。




195 :なんでこのスレはとびやすいのか?:2001/01/29(月) 04:58
でも能動的ニヒリズムとNAMは違うような気がするけど。
どちらかというとニーチェ的なものではもうやっていけない(環境問題
などの実際的な面で)危機感から来てるのでは?



196 :悩める名無しさん:2001/01/29(月) 05:56
>195
同意。
「義務感をすてよ」「べき思考をすてよ」
なにも意味などない する必要がない 何ら確かなことはない
これで生活していけるの?



197 :考える名無しさん:2001/01/29(月) 08:09
だから人生論とは関係ない、システムを考えよ。ボケ。

198 :考える名無しさん:2001/01/29(月) 08:10
194は最悪の実存主義である。バカはお前じゃ。

199 :考える名無しさん:2001/01/29(月) 09:39
批判したーい、その欲望はあるんだけど
脳みその量が足りてないので批判ができない
具体的に、かつ論理的に文章を組み立てられない
よって文句だけ言う
これを俗に煽りといいます
NAMは198がそうだというでしょう
反NAMは197がそうだというでしょう
どっちでしょうね?(w

200 :考える名無しさん:2001/01/29(月) 10:30
やっぱゴリラじゃねーか、煽ってんの。
あいつが来たスレ。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=part&key=978634888
「考える名無しさん」だってよ。
書き込まないんじゃないの(プププ


201 :考える名無しさん:2001/01/29(月) 20:24
うほ うほ うほ うほ

202 :考える名無しさん:2001/01/29(月) 20:33
うぉっほ、ほ、ほ、ほ

203 :ゴリラ発見!:2001/01/29(月) 22:49
314 名前:農民ゲリラ投稿日:2001/01/09(火) 02:50
竹田の著作の中で「もし君が世界と争ったら、世界の方を支援せよ」ってく
だりがあったのですが、いまいち意味がわかりません。
解る方、教えてください。

315 名前:名無しさん@1周年投稿日:2001/01/09(火) 04:02
>314
それは加藤典洋でしょ。
『君と世界の戦いは、世界に支援せよ』

316 名前:農民ゲリラ投稿日:2001/01/09(火) 07:58
>315
ありがとう。そしてすいません。知らなんだ・・・


どうも怪しいと思ったら加藤典洋&竹田青嗣がNAM潰しに送り込んだ刺客だった
ようだ。
典洋のやつ、柄谷に散々バカにされたからって!

204 :匿名希望さん:2001/01/30(火) 00:49
>195
全くそのとおりだと思う。
ニーチェ的というのが正しい言い方だとは思わないけど。

205 :農民ゲリラ:2001/01/30(火) 01:21
お前らええかげんにせえ。延々と欠席裁判しやがって。
俺のおかげでこんなに盛り上がってんだから、感謝こそすれ、非難される筋合いはないぞ。
>200
言うと思ったよ。やっぱり見に来てたのか。気になるんだねぇ、ぼくのこと。
(むこうのスレで何でわざわざ名無しにしたか考えてみろよ、ケケケ)
>203
ハズレ〜。加藤典洋&竹田青嗣に詳しかったら、そんな質問するかっ!
(そんなとこまで捜して来るとは、よっぽど気になるんだねぇ、ぼくのこと。)

あっ、また書き込んじゃったよ。おまえら俺にもう構うな。
(構ってるのは俺の方ではないことは、君らの行動より明らか)
NAMの品位が疑われるぞよ。
それよかおまえら自由人だろ。批判にちゃんと答えてやれや。
(200−203以外の人は関係ないからね。念のため)


206 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 03:03
「構造主義(システム論)か実存主義か」という議論は重要ではない。
人間はシステムに規定されているのは自明だが、しかしNAMの着想は
そのことを認めた上で、そのシステムの中で「主体的(能動的)になれる場」に
定位することを説くからだ。
その場こそが貨幣所有者(消費者)の立場である。
構造性(システム性)と主体性(能動性)はこの場合両立するのであり、それゆえ、
構造主義か実存主義かという二者択一は無意味(不毛)である。

207 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 03:17
>ゴリラ
自作自演をフォローするため余裕あるとこ見せちゃって(w
痛いとこつかれたから、黙ってられなかったくせに(ww
お前こそもう書き込まないんじゃないの?
ずっとこのスレチェックしてんだね(w



208 :名無しさん@21世紀:2001/01/30(火) 05:48
>構造主義か実存主義かという二者択一は無意味(不毛)である。

だから両者を明確に区別しないで混同してる点が問題なんじゃないか。
資本主義システムの分析はあくまで経験科学に属している。
その経験科学の問いに、いきなり主体的契機を導入して
道徳哲学を接合するから、わけわかんなくなるんだよ。
存在から当為を導き出すことはできない。そんなの当たり前だと思うけど。
NAMは違うというなら、その理由を説明しなければならないのだが、
柄谷の説明はほとんど説得力ないだろ。もちろんここにいる奴のも。
無根拠な倫理とか、オウムじみた破局の予言とかさ。
それを柄谷信者以外の人たちにもわかるように説明してくれ、
つうのが何度も繰り返されてきた議論だと思うのだが。
もしかして、ここは信者以外は出入り禁止なのか?



209 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 05:54
>>205
農民ゲリラくん。君オモロイな。
伝統あるこのスレの、オモロキャラ2号に認定してあげよう。
ちなみに1号は、クリたんでしゅ(藁

210 :農民ゴリラ:2001/01/30(火) 05:59
うほ うほ うほ うほ


211 :農民ゲリラ:2001/01/30(火) 06:12
>207
懐疑論者発見!
>210
偽者発見!
>過去ログ
言語ゲーム発見!

212 :わかるかな?:2001/01/30(火) 06:51
まず、208が言うように経験(存在)と倫理(当為)との断絶を認め、それゆえ、
経験科学と倫理学(道徳哲学)の分離を要求するならば、倫理は
経験科学的な根拠によって基礎付けることは出来なくなる。
それゆえ、そうならば、倫理は経験科学的には無根拠になる。
だから、208が言うように存在から当為(倫理)を導出することが不可能ならば、
余計、倫理には存在的根拠はなく、それ故倫理は無根拠であるほかないということになる。
だから、存在から倫理を導きだすことが不可能だということを「当然のことだ」と
解っている208が、にも関わらず他方で「無根拠な倫理」を非難するのは支離滅裂である。
よって208の疑問には説得力がなく、回答不能である。
208が言う「存在から当為(倫理)を導き出せないこと」こそが、
まさに「倫理の無根拠性の原因」なのである。

213 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 07:09
農民ゲリラ、まだいたの?

214 :無知って悲惨:2001/01/30(火) 07:13
環境学者で人類の危機を訴えている人多いよね。


215 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 07:23
構造主義と経験科学を同一視はできないな。
なぜなら構造主義はもともと数学から出て来たのであり、
そして数学は経験科学ではないからだ。
構造主義のレヴィ=ストロースの構造人類学は親族の「代数的構造」
の分析にあてられているのである。


216 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 09:25
↑ 人類学は経験科学じゃないの。ぷ。

217 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 09:34
しつも―ん。相対性理論は非ユークリッド幾何学を使用します。
だから物理学は経験科学ではないのですか?
同じように、レヴィストロースは婚姻規則の解明のために、
ブール代数とニ値論理を使用します。
だから人類学は経験科学ではないのですか?

218 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 10:39
>そして数学は経験科学ではないからだ。

経験科学の定義がよくわからんな。
>レヴィ=ストロースの構造人類学は親族の「代数的構造」

当時は「準同型」、「群」 なんて用語が新鮮だったんだろうな。
使ってる数学が幼稚なんだよな。今の大学低学年程度のレベル。




219 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 10:56
数学を社会学に導入するのが新鮮だっただけで、試みとしては失敗したといっていいのでは?

220 :考える名無しさん:2001/01/30(火) 11:27
>>206

>人間はシステムに規定されているのは自明だが、しかしNAMの着想は
>そのことを認めた上で、そのシステムの中で「主体的(能動的)になれる場」に
>定位することを説くからだ。 その場こそが貨幣所有者(消費者)の立場である。
>構造性(システム性)と主体性(能動性)はこの場合両立する

言いたいことはわかるが、貨幣所有者(消費者)の立場が、システムの中で「主体
的(能動的)になれる場」であるならば、それを目指す為に、人は貨幣を所有しよ
うとする。つまり交換可能性の権利(貨幣)の蓄積を目指すという資本主義シス
テムそのものに陥ってしまう。これは貨幣をLETSに置き換えても本質的には変わ
らない。
ようするに、主体性(能動性)を目指すと構造性(システム性)に陥るということに
なるが、反対に構造性(システム性)が主体性(能動性)を導き出すともいえる。
したがって、「構造主義か実存主義かという二者択一は無意味(不毛)である」の
は確かだが、「両立」もしないだろう。
(「両立」はヘ−ゲルの方向に行きやすい)
むしろ、一人の人間がこの二つの間で絶えず入れ代わることを常に意識すべきな
のだ。
これが「超越論的態度」ということだろう。

221 :吾輩は名無しである:2001/01/31(水) 01:09
http://www.editor-shop.co.jp/
久本福子(柄谷行人ストーカーおよび重度の電波子)のHP

222 :吾輩は名無しである:2001/01/31(水) 01:12
>179・194
 あんまり誰も誉めてないけど、すごく面白いです。もっと書いてください。

223 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 01:19
>つまり交換可能性の権利(貨幣)の蓄積を目指すという資本主義シス
>テムそのものに陥ってしまう。これは貨幣をLETSに置き換えても本質的には変わ
>らない。

いやそれを変えるのがLETSでしょ。
簡単に言えば、世の中、金次第ってのに、構造的にカウンターする。
ホント月々いくら稼いで、その金を何に振り分けるかしか興味のない人間は
資本主義の一番の排出汚物ですな。洗脳されきってますな。(紙に)

224 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 03:23
人類学は経験科学か?

225 :考える七誌:2001/01/31(水) 03:47
経験科学が方法的に依拠する帰納法への批判は、
経験論を擁護する英米哲学の側からもなされていなかったっけ?。


226 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 04:32
貨幣が主体性を可能にする場というのは、
貨幣が主体に「選択の自由」を与えるということだ。
選択が自由ならば、資本制商品を買わない自由だって
保証されているはずだ。(すべて買わないことは勿論不可能だが)
それに当たり前のことだが、NAMは資本制企業で働くことを
全面的に否定してはいるわけではない。
だから、貨幣所有者になってもかまわないし、さらに重要なことは
220氏がいう貨幣を使わず蓄積することこそが、「不況(所謂消費不況)」を呼ぶ原因の一つなのだから、
資本制への攻撃として、むしろ消費者による貨幣蓄蔵は推奨されるべき手段でさえある。
貨幣退蔵はだから資本制への貢献でないどころが、逆に不景気を巻き起こすという点で、
全く資本にとって望ましくない行為でさえある。
(だからこそ、資本は「消費せよ(買え、貨幣を使え)」と広告媒体などを駆使して散々煽りちらす。)
だから、貨幣を使わず蓄積することは資本制システムへ陥ることでは無論ないし、
むしろその逆なのである。貨幣蓄積は資本への不信の表現なのである。
(その意味で、最も貨幣蓄積をしたがる資本家こそ、資本制を一番信じてない存在なのである。
疑う者は投資家ジョージ・ソロスの矛盾した性格を想起せよ。彼こそ、現在の資本制の危機を
つくりあげた張本人の一人にほかならないではないか(w))

227 :ななっしー:2001/01/31(水) 04:50
資本家が不買運動を「イタイ」と思わなければ、
商品郡と貨幣から疎外された消費者だけが「イタイ」のでは?
一般市民を巻き込んだ大きな運動としてなされるのでなければ、
あまりにもみじめな結果に終わると思えるがな。

228 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 04:58
ちなみに貨幣蓄積は不買運動とコインの裏表の関係にある。
なぜなら、不買とは商品を買わないことだが、商品を
買わないこととは貨幣を使わないことだ。
そして、貨幣を使わないこととは貨幣を蓄積することだからだ。
(つまり、貨幣を資本制商品と交換すること(つまり買うこと)は
資本に収益を与えるので、それは資本への貢献だが、貨幣を所有すること自体は
資本に収益をまだ与えているわけではないので、それは資本への貢献になっていない。
貨幣を使わずやたら貯めこむ資本家が資本制への貢献を拒否しているというのはこのためである。
そして資本家とは概してこういう連中なのである(w))

229 :>227:2001/01/31(水) 05:19
不買運動が資本家にとって「イタイ」のは当たり前じゃん。
だって商品が消費者によって買われなければ、経営は赤字になるから。
そして、赤字は資本家にとって「イタイ」のは当たり前。

230 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 05:26
福子たんは確かに電波だけどさあ、
柄谷が批評空間社でやろうとしてることって、
こういうことなの?
http://www.editor-shop.co.jp/newpage12.htm
だとしたら、福子たんも一応正しいこともやってるってこと?
出版事情に詳しい人いる?


231 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 05:36
久しぶりに見たけどすごいね。
http://www.editor-shop.co.jp/newpage11report.htm
ほとんど日記化してるよ。

232 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 05:54
交換可能性(貨幣)の蓄積ヘの欲動が「不買運動」のドライヴ
にもなる。この洞察以下の意味で重要だ。
なぜなら、交換可能性の蓄積への欲動は所謂「守銭奴の欲」だが、
しかし日本人こそ「守銭奴」的傾向をよく持っている国民だからだ。
(日本人の貯蓄率は世界一だ。)
商品を買わず貨幣を貯めこむ守銭奴は意図せずして「不買運動」を行っている。
だから、交換可能性の蓄積への欲動を深く持つ日本人はすでに「可能なるNAMシンパ」
なのである(w
だから、日本人よ、ますます「貯金(交換可能性の蓄積)」に励みたまえ(w
さすれば、ますます、資本制商品は売れないことだろうから(ww


233 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 06:23
不買運動の動機=交換可能性(貨幣)の蓄積への欲動+倫理
これなら、倫理を胡散臭いと言っている輩にも解りやすいだろう。
なぜなら、倫理に動機を見いだす人は例外的だが、しかし
交換可能性(貨幣)を蓄積したいという欲望は多くの人に共通だからだ。
そしてそのことが結果として資本制商品の不買になっているのである。
マルクスは「人間は歴史を作るが、作っていることを自覚していない」
という趣旨のことを言うが、守銭奴はまさに自分の行為の結果がそうなるとは知らず、
不買運動をしてしまっているのである。

234 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 06:27
貯蓄(日本人)→投資(ソロス等)→生産(企業群)→消費(アメリカ)
資本主義は加速する

235 :訂正。すまん。:2001/01/31(水) 06:32
>233
「守銭奴はまさに自分の行為の結果がそうなるとは知らず、
不買運動をしてしまっているのである。」を
「守銭奴はまさに自分の行為が結果として商品の不買になるのに、
そうとは知らず自らの欲動に従い、貨幣を使わずにそれを貯めこむのである。」に訂正。


236 :>234:2001/01/31(水) 06:37
アメリカの消費は減速してきただろ。
だから、資本主義も減速してきたんだよ。
オプティミストはこれだから・・・

237 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 06:44
>>234
絵に書いたような予定調和だな

238 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 07:03
貯蓄好きの日本人がやはり買ってないのに変わりなし。
アメリカ人は借金してまで消費しているが、そのつけは
かならず後からやってくる。
日本の場合も赤字国債600兆円ある。
どちらにしても、先行き不透明。
その不安感が日本人をさらなる貯蓄へと走らせることだろう。



239 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 07:06
批評空間社はいりてぇ〜

240 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 07:06
ソロスってもう投資から足洗ったはずだね

241 :暴走トラック:2001/01/31(水) 07:10
資本主義は加速したあとクラッシュした。
これがこれから起こるオチでしょ(w

242 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 10:04
貧富の差が拡大すると当然低所得者は「消費制限」を強いられる。
消費制限も(強制的)不買を呼ぶ。
なぜなら、所得が低いと商品を買いたくても「買えない」からだ。
なら、高額所得者がそれを補うように商品を大量に買うかというと
そうはならない。なぜなら、高額所得者の高所得なるゆえんは
まさに交換可能性(貨幣)の蓄積への衝動が強いからであり、人一倍貨幣への
欲が強い高額所得者が、そうやすやすと貨幣を商品には投じない(つまり買わない)からだ。
しかし、高額所得者は所謂「金融商品」には貨幣を支払うかもしれない。
それで「不買の状況」は改善されるかといえば、そうはならない。
なぜなら、金融商品を買うことはいわば「貨幣を貨幣で買うこと」であり、
結局それは交換可能性(貨幣)の蓄積への欲動(不買の欲動)の拡大再生産でしかない。
(つまり、マネーゲームは不買の状況を改善しないどころか、それを促進する。)
よって貧富の差の拡大も商品(使用価値)が買われににくい状況(不買の状況)
を社会全体的に(つまり社会階層を問わず)用意するといえる。

243 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 10:35
まあ、「全ての人」が、交換可能性の権利(貨幣)の蓄積すなわち不買に走れば
資本主義が終焉するのは当然なんだけどね。

果たしてそんなことが起き得るのか?という問題に帰着するな、やっぱり。
「日本人は貯蓄好き」とかそういう問題じゃないと思うが・・・

ただ、<交換可能性の権利(貨幣)の蓄積を目指す人=資本家 VS 交換可能性
の権利を行使する人=消費者>の補完関係を破壊せよっていう運動は、試して
みる価値があると思うが。


244 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 13:13
黒い黄金バット・山城

245 :考える名無しさん:2001/01/31(水) 23:54
資本主義は自動調節機能を持っている。
打倒資本主義的論調には、俺はもう懲りたね。
一部日本人がいくら貯蓄しても、それを補完する消費市場が出現するよ。
現に日本も若年層は消費している。

246 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 00:44
>資本主義は自動調節機能を持っている。

これが強力なんだよな。

単純に言えば、物が売れなくなると値段が下がる。そうすると買っちゃう人が出
てくる。
この90年代の傾向(デフレ)により大手の生協でも、安売りに対抗する為に第3
世界から安く買い上げざろう得なくなってきた。つまり短期的に見て日本の消費
者には良いことだが、第3世界の連中からすれば、より搾取されるっていう状況
になる。

だから、NAM的不買運動には「安くなっても搾取過剰な商品は買わない」という強
い倫理が必要とされるし、個々の商品に関して、生産過程についての情報を集めて
検討しなくてはならない。

そう考えると、受動的だろうが能動的だろうがニヒリズムではこの運動は難しい
んじゃないか?

247 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 07:35
資本家の交換可能性の蓄積への欲動は強力だ。
例えばマルクスの『資本論』のなかで、「資本の完成形態」
とされる「利子生み資本」を見てみると、
そこでは資本の一般的定式とされる「G−W−G’」という運動が
「G−G’」という運動形態を取るとされている。
つまり、利子生み資本においては「G−W−G’」という運動から
W(つまり使用価値としての商品)という契機が欠落しているのであるが、
このことは何を意味するかというと、資本の運動とはその完成形態においては、
使用価値(物)への徹底した無関心を呼び、貨幣(交換可能性)そのものへの関心からしか
資本は運動しないという資本の本性が、利子生み資本において初めてその実現形態を
得るということである。
ところで、使用価値への無関心とは商品への無関心であり、
そして商品への無関心は商品を買わないことを帰結する。
よって貨幣にしか関心がない利子生み資本(G−G’)は、商品の不買の状況を作り出す。
勿論資本家が何も使用価値を買わないというわけではない。
しかし資本家にとっての消費財とは生産手段のことであって、彼はそういう生産手段
への「設備投資」に貨幣を支出するだけだ。
が、しかし、なんのために設備投資をするかというとやはりより多くの貨幣を
手に入れるためだ。だから、資本家が貨幣を支出するのはより多くの貨幣を手に入れる
ためであって、だから資本家は本質的に「物(使用価値)」に無関心なのだ。
つまり本質的に使用価値に無関心な資本家は、本当のところは使用価値を不買したいのである。
だから、消費者の不買行動とはそういう資本家の本性を「擬態」することであり、
そのアイロニカルなパロディでもある。
だから「全ての」消費者が資本家のように振る舞うことが、
「資本家的」生産様式を崩壊させるのだ。
そして銀行に貨幣を預け、微少ながらそこから利子の恩恵を受けている預金者=消費者は
もうすでに立派な「プチ利子生み資本家」なのである(w
銀行制度と貨幣経済が発達している先進国では資本家(投資家)でない消費者など
いないのである。
現に日本において消費への関心(物への関心)は高度経済成長の頃に比べれば、明らかに落ちているし、
むしろ「金融商品」といった「貨幣を生む商品」への関心が景気の牽引役になっているにすぎない。
こういう社会全体がブルジョワ臭くなっている時こそ、その危機(死)もやってくる。
なぜなら、交換可能性の権利の蓄積への欲動とは「快感原則の彼岸」にあるという
意味で、それはフロイトのいう「死の欲動」に対応するものだからだ(『可能なるコミュニズム』P.53、54
そしてコミュニズムとはその「快感原則」への再転回にほかならない。




248 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 08:27
資本に自動調節機能という"健康的な"機能があるなんて
むしろプロレタリア的妄想だ。
ブルジョワの壊れっぷりをもっと知ったほうがいい。
例えば、鉄鋼王の息子であるヴィットゲンシュタインの兄弟は
そのうち確か三人も自殺している。
だから、交換可能性の権利の蓄積への欲動(死の欲動)に付き動かされている
資本を否定することは、ブルジョワ自身の「死の欲動」からの自己解放でもある。
そしてその先にあるのが「生の力強い肯定」(ニーチェ)であるのはいうまでもない。

249 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 10:07
>248
ちょっと面白いかも。
交換可能性の権利の蓄積=「死の欲動」かどうかは?だけど、
NAMに「死の欲動」を持ち込んで考えてみるのってアリかも。
「NAM的風景にはなぜ死への欲動が一切欠けてるのか?」って思いました。

250 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 10:41
柄谷の言う「資本主義の真のドライブは良い暮らしをしたいということではなく
交換可能性の権利の蓄積への欲動にあり、それはフロイトの言う死の欲動である」
という説をストレ−トに捉えれば、>>247>>248のような考えになるだろう。

だが、私は柄谷のこの説に対し疑問を持っている。疑問というか、基本的には正
しいと思うのだが、これだけでは、資本主義が自動的に終わらないことを説明で
きないのだ。

私の考えでは「交換可能性の権利」は貨幣から商品に「転移」する場合がある。
「交換可能性の権利」は蓄積するだけで行使しないことが資本のドライブの前提
になっているのだから、それが貨幣である必然性はない。

具体的には、ブランド品を明らかに必要以上に買い漁ったり、いい大人がオモチ
ャみたいなものを集めたりする傾向が80年代後半以降の日本において急速に広が
り(昔も”マニア”と呼ばれる人がいたが極一部であった)今も続いているが、
この場合の商品は使用価値の全くない商品であり、蓄積することにのみ意味を見
出す商品、すなわち「交換可能性の権利」である貨幣が転移したものであると言
えるのではないか?(交換ではなく転移)

つまり、「交換可能性の権利としての貨幣」から「交換可能性の権利としての商
品」への転移が、株式、債権などの金融商品だけでなく、一般商品にまで広がっ
てきたことが、高度経済成長以降の資本主義を支えていると言えると思う。

ただし、この場合も柄谷が言うように「死の欲動」が根底にあることは変わらな
い。ブランド品のバッグなど実際には貨幣のようには交換できないので、経済学
的根拠からは、この状況は説明できない。



251 :呪われたブルジョワ一家:2001/02/01(木) 11:11
壊れているといえば、ケネディ一家も壊れていたな。
自ら運転する飛行機で事故死したロバート・ケネディの死は
一種の自殺だといわれているし。
「死の欲動」はここにも現れていたわけだ。

252 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 11:51
金持ちだから「死の欲動」にとりつかれてるって言われてもなぁ。
「死の欲動」って死にたいっていう願望じゃないからね。

柄谷説ではカントがいう理性を駆り立てる「不死」への欲動=フロイ
トの「死の欲動」みたいなもんだな。

金を使わずに溜め込むのも理性的行為と言えるが、だからこそ、「死
の欲動」に基づいていると言える。
「理性」が戦争を引き起こすのもそういうことだな。

253 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 11:54
「死の衝動」ってのは生命が原始的なレベルでは自分の利益と他の個体の利益を区別できないから
個体である自分の利益を損なってまで行動してしまうという衝動を言っているのだと思ってたけどな。

254 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 12:20
ブランド品のバックは質屋にもってけば、
高値で貨幣と交換できるし、
コレクターズアイテムもオークションに出せば、
高値で貨幣と交換できる。
だから、ブランド品やコレクターズアイテムを買うことは
「貨幣を買うこと」に近接していると俺も思う。
だからブランドやアイテムを買うことある種「いずれ貨幣になるもの」を買っているという点で、
それらを買うことはやっぱ使用価値(物)への無関心の帰結だと思う。

255 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 12:22
>>254
仰る通り。援助交際少女がブランド物のバッグを買って、
それで安心すると言っている談話を聞いた事がある。
プレゼントにブランド品をもらって質屋にいれるのも同様かな?

256 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 12:30
「死の欲動」が援交少女に与える安心感…
それって自傷行為そのものだってことですよね。
精神分析系でも柄谷さんの理論は超使える、と。

257 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 12:35
柄谷説とは交換可能性の権利への蓄積が
「快感原則の彼岸」にあるという意味で、
それは「死の欲動」に対応するという説。
つまり快感原則の彼岸に死がある。
貨幣を使わず、それを蓄積することは使用価値への無関心である。
ところで使用価値は肉体的(感覚的)快感を与える。
だから使用価値の無関心的否定は快感原則の否定だ(快感原則の彼岸にある)。
だから、交換可能性の権利の蓄積への欲動(使用価値への無関心)は
「死の欲動(=快感原則の彼岸)」だ、となる。

258 :250:2001/02/01(木) 12:50
いや、私の言いたいのはブランド品やコレクターズアイテムを買う
人は、使うことや交換することを前提にして買うのではなく、ただ
集めたい、溜め込みたいっていうことで買っている。そして、この
場合の「買う」は交換可能性の権利を行使していると同時に、その
権利を、貨幣から商品に移し変えているだけである。
行為としては交換なのだが、「溜め込みたい」という欲望は変わら
ずに、その対象だけが移動しているという状態。

このような傾向が90年代の日本の若者の消費傾向を形成しているの
ではないか?
さらに言えば「溜め込みたい」という欲望を人間関係や情報にまで
広げれば、様々な領域(携帯電話やネットメディア)で「死の欲動」
に基づく行為が確認できるし、それが現代の資本主義を動かしてい
ると言える。


259 :訂正。すまん。:2001/02/01(木) 13:01
>>257
「交換可能性の権利への蓄積」を
「交換可能性の権利の蓄積への欲動」に訂正

260 :250:2001/02/01(木) 13:21
結論的にまとめれば、

資本による生産は、本質的には「交換可能性の権利の蓄積への欲動」
すなわち「死の欲動」に基づくものであるが、あるレベル以上の資本
主義の消費においても「死の欲動」が根本に存在する。

そして、「死の欲動」は「本能」や「自然」として存在せずに、理性
(形而上)的欲動として存在する以上、それを理性によって抑えるこ
とができる(だから不買運動は可能である)。
言い換えれば、「後期フロイトの考えでは、死の欲動を抑えるのは死
の欲動である」(柄谷)ということではないか。

261 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 13:36
>>255
彼氏からブランド品をタダでプレゼントしてもらって、
それを質屋で売れば、元手ゼロでお金をゲットできる。
これはまさに「安く買って高く売る」という「商人」の行動
そのまんまですな。


262 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 13:47
>>261
健全な資本主義です。このスレにはふさわしくない内容でしたね。
それに、本命の彼からのプレゼントはやはりブランド品ですが
自分で使うんですってね。

263 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 15:19
>>250
違うよ。
ブランド品に価値を与えてるのは
それが貨幣と言うモノサシに等価されるからで
商品の蓄積=貨幣の蓄積
になってるだけの話。

この場合に商品は「快感原則の彼岸にある」と言える。

264 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 16:04
死の欲動に付き動かされている資本はいずれどのみち
クラッシュすることになる。
なぜなら、クラッシュすることが、死の欲動を「充足(満足)」させることに
なるから。死の欲動が欲である以上、それは充足されるまでおさまらない。
その死の欲動を満たす資本の自滅的行動が使用価値の不買行動なのだろう。
このように交換可能性の権利の蓄積への欲動(資本のドライヴ)を死の欲動と読み変えると、
実に簡単に資本を眠らせる不買運動の動機付けの謎が解明できてしまう。
つまり、資本を滅ぼす不買行動とは資本自身の死の欲動の単なるあらわれ(発現)にすぎないのだ。
だから、NAMとはその資本の死の欲動を「安楽死」の方向へもっていく
「自殺ほう助医師」みたいなものなのだろう。
しかし、資本が死んでも資本家まで死ぬ必要はない。資本家とは資本のカテゴリーの
人格的担い手にすぎず、資本というカテゴリーの消滅は資本家の資本カテゴリーからの
「脱皮(あるいは解放)」を意味するにすぎないからだ。

265 :250:2001/02/01(木) 16:10
>ブランド品に価値を与えてるのは
>それが貨幣と言うモノサシに等価されるからで
>商品の蓄積=貨幣の蓄積
>になってるだけの話。

だから、それが言いたいんだよ。

「交換可能性の権利の蓄積への欲動とは「快感原則の彼岸」にあるという意味
で、それはフロイトのいう「死の欲動」に対応するものだからだ」とすれば、
「生産→貨幣の蓄積」も「消費→商品の蓄積」も共に「快感原則の彼岸→死の
欲動」にあるってことでしょう?

だから、>>260




266 :250:2001/02/01(木) 16:35
>>264

う〜ん、まだ分からないかね?

生産して金を溜め込むだけが「死の欲動」じゃなくて、(あるレベル
以上の)消費にも「死の欲動」が内在されている以上、「死の欲動」
をドライブとする生産と消費の関係、つまり資本主義は物理的に破綻
するまで続くんだよ。

君の考えは、「本来的に生産者も消費者も金を溜め込む傾向があるか
ら、ほっておけば資本主義は自動的に自滅する」と読めるよ。
それだったら、確かに「NAMとはその資本の死の欲動を「安楽死」
の方向へもっていく「自殺ほう助医師」みたいなもの」かもしれない
が、だったら資本主義が破綻したときに弱者を守るためのセ−フティ
ネットの構築でもやった方がいいんじゃない?(っていうかそれが
NAMだと思っているのか?)

多分学生だと思うが、資本主義を甘く見すぎていると思うよ。

267 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 16:41
勝手なバイアスかけてああでもないこうでもないっていってないで
NAMに入れ!

268 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 18:07
倫理もまた死の欲望と近接している。
なぜなら、不買を説く倫理もまた「快感原則の彼岸」にあるという意味で、
それは死の欲望に対応するものだからだ。不買は明らかに快感原則の否定である。
だから、不買を説く倫理もまた快楽原則の彼岸(死の欲動)にあるのである。
だから、倫理で不買行動を説くことも、
交換可能性の権利の蓄積への欲動で不買行動を説くことも、
おなじ「死の欲動(=快感原則の彼岸)」というファクターに依拠している
という点で、両者に動機的な差異はない。
倫理の強調とはその実、死の欲動の強調なのである。
ただ、倫理による不買は不買が直接説かれているという点で、それは
貨幣の蓄積による結果的(事後的)不買より、より積極的でラディカルに映るだけである。



269 :250:2001/02/01(木) 19:12
>>268

うん、これには同意する。
死の欲動を抑えるのも、また死の欲動であるってことだね。

270 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 19:16
>>268.269
違うんで?
たとえば創価と小室哲哉に代表される「買う運動」と比すれば…

271 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 23:41
>>268
ちょっとちがうな
不買は「快感原則の彼岸」にあってもいいが
倫理は彼岸にあっては逝けないな。
だって倫理の実現により此方に世界を取り戻すんだろ?

272 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 23:48
>>268
ちょっと違うな
不買は「快感原則の彼岸」にあるものだが
倫理は「死への欲動」をとくものじゃない、むしろ手段。
だって倫理の実現は世界を此方に引き寄せるということでしょ。

273 :考える名無しさん:2001/02/01(木) 23:49
?

274 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 01:34
「死の欲動」で生産、消費を説明するには無理があるように思うが・・・
現代の資本主義は、必要(使用価値)の限界を突破したところにその特質がある。
消費者の感情と動機に敏感な生産者の手による「情報」が次の「消費」を創出する。
「古典的な資本制システムの矛盾(需要の有限性と供給能力の無限拡大する運動との間の矛盾)を、資本のシステム自体による需要の無限の自己創出という仕方で解決し、のりこえてしまう形式が<情報化/消費化社会>にほかならなかった。」(見田宗介)

275 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 02:52
死への欲動は、資本主義が本質的に孕む矛盾でしょう
国家や資本は、むしろその事実がもたらすジレンマを
規制や再分配によって解消しようとするでしょう。(社会民主主義)

NAMはむしろ、死への欲動を白日のもとにさらすでしょう。

一つの死は、新たな生を意味しなければ、意味がない。

276 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 08:39
必要(使用価値)の限界を突破した所=快感原則の彼岸。
そして、快感原則の彼岸=死の欲動。
だから、必要(使用価値)の限界を突破したところその特質をもつ
現代の資本主義は死の欲動(快感原則の彼岸)に付き動かされている。

277 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 09:15
>>275
>死への欲動は資本主義が本質的に孕む矛盾
これ超アタリ。
>>276
快楽原則の彼岸が死の欲動、じゃなくて、快楽原則=死の欲動では?
柄谷さんはなんて言ってたんだっけ? 混乱してきてる。

278 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 10:02
>>277
柄谷は、交換可能性の権利の蓄積への欲動(資本蓄積の欲動)が
「快感原理の彼岸」にあるという意味で、
それはフロイトのいう死の欲動に対応するものだ、といっている。
『(可能なるコミュニズム』P.53.54を参照)
だから、快感原則の彼岸=死の欲動。快感原則=死の欲動ではない。
あと『倫理21』のP.48でも同様のことをいっている。

279 :訂正。すまん:2001/02/02(金) 10:07
>>278
「快感原理」を「快感原則」に訂正

280 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 10:10
貨幣=金=タナトス
商品=快感=エロス
でいいですか?

281 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 11:04
>>280
ほぼOKだと思いますが、
貨幣(+使用価値ゼロの商品)=無使用価値=身体快楽ゼロ(快感原則の彼岸)=タナトス
使用価値(+使用価値ありの商品)=身体快楽あり(快感原則)=エロス
のほうが適切かも。

282 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 11:09
>>280

資本主義の段階によっては違うと思うよ。

基本的に278の「快感原則=死の欲動ではない」というのが正しい。
柄谷のフロイト解釈では死の欲動とは理性(形而上)的欲動であり、ランナ−ズ
ハイ的な生理的快感を伴うマゾヒズムを越えるものだから。
(だから、ここで、いろいろ書いてる私こそ死の欲動に動かされてるといえる)

したがって、金を溜めるドライブとしての死の欲動は資本主義の初期段階からあ
り得るが、商品を蓄蔵(価格的であれ数量的であれ)するドライブとしての死の
欲動が一般化するのは、発展した資本主義段階(日本の文脈では80年代的差異化
の資本主義が飽和した90年代以降)において現れると思う。むろんそこには身体
快楽などはない。

だからこそ、>>268が言う意味で、今こそ不買運動ができると言える。

283 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 12:14
私は「死の欲動」は人間の根源的なあり方だと思う。
それは資本主義であるか否かに左右されない。
したがって死の欲動をもって資本主義を批判するのは見当外れである。
仮にNAMが死の欲動を克服できるというならば、それはむしろわれわれが
人間とは異なるものに変わることを意味する。
同様に「自由であれ」という命題もわれわれが命令されるべきことではない。
自由はわれわれの根源的な欲動だから。
たとえば、われわれは他人に息をしろと命令し、その人が息をしてるから
といって自分の命令に従ったといえるだろうか。
柄谷はその持ち前の性急さによって自分が唯物論から逃げていることを知れ。

284 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 12:43
>私は「死の欲動」は人間の根源的なあり方だと思う。
>それは資本主義であるか否かに左右されない。

もちろん、そう思うよ。
だから、資本主義を動かすのも死の欲動なら、それを止めるのも死の欲動だよ。
NAMだって死の欲動に動かされた運動だよ。


>同様に「自由であれ」という命題もわれわれが命令されるべきことではない。
>自由はわれわれの根源的な欲動だから。

これも、そう思うよ。だけど「根源的」の意味がちょっと違うな。
呼吸とかの生理(自然)のレベルよりも、理性のレベルの方が「根源的」なんだ
よ。柄谷的には。
その意味で「自分が唯物論から逃げていることを知れ」と言いたいのも分かるが
「唯物論」っていうのがダメなんじゃないか?

285 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 12:45
死の欲動を「根源的在り方」とする考え・態度こそ
不買運動の前提を用意する。
なぜなら、不買とは快感原則の彼岸にある
という意味で、それはフロイトのいう死の欲動に
対応するものだから。
死の欲動の強調とは、快感原則の否定であり、
快感原則の否定は、使用価値の不買(不消費)をよびおこすから。
だから、NAMがおこなうことは死の欲動の克服ではなく、
むしろそれを白日のもとに晒し、克明化することだ。

286 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 13:52
快楽原則の彼岸=死の欲動、なんでしょ?
行使されざる交換可能性の権利の過剰な蓄積が「死の欲動」なのよね。
正確に言えば「死の欲動の否定=不買」、なんじゃないの?

287 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 14:29
もっと正確に言えば「生産者の死の欲動の否定=消費者の不買」でしょ。

ただ、死の欲動による消費もあり得るので、
「消費者の死の欲動の否定=消費者の不買=生産者の死の欲動の否定」
の場合もある。

288 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 15:37
>私は「死の欲動」は人間の根源的なあり方だと思う。
>それは資本主義であるか否かに左右されない。
ぜんぜん違う。
「死の欲動」の死とは、資本主義から見た死であるから。

>「生産者の死の欲動の否定=消費者の不買」
違う。
死の欲動=消費者の不買。


289 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 16:18
黒い黄金バット・山城(萌

290 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 18:15
288のように書いてあることを「文字通り」に理解してしまう人には「死の欲動」
は理解できないと思うよ。

「死の欲動」の死とは、理性のことだから、「死ぬこと(終わること)」とは違
うんだよ。問題は「理性」が戦争を引き起こしたり、破壊的な資本の運動を進め
ることにあるんだ。
そして、「理性」を否定できるのは「理性」だけという意味で
「死の欲動の否定」=「死の欲動」だから287も288も同じことだだよ。


念の為に言っておくが資本家の「交換可能性の権利の蓄蔵」と消費者の「物を買
わない」っていうことは、金を使わないという行為は同じだが、意味は全然違う
よ。今の日本の消費が冷え込んでるのは国家の将来に不安を感じている人が多い
からだよ。常識でしょう、こんなことは。
それをいっしょにして、資本家も消費者も不買の傾向にある、だから資本主義は
終焉に向かっているなどと考えるのは、勘違いも甚だしいよ。
むろん結果的に物が売れなくなり資本主義が危機的状況に陥ることもありえるが
そうなれば、「国家財政を立て直せ、強い国家を作れ!」っていう方向に進むに
決まってる、というか現実にそうなっている。
だからこそ資本と国家の結合関係に注目し、その両方に対抗する必要があるんで
しょう。

291 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 18:43
>>290
>「死の欲動」の死とは、理性のことだから
ホントにそうか?欲動だぞ。理性じゃないぞ。
ここらへんは文字通りに読むしかないんとちゃうか?
理性うんぬん言うのだったら、「死の欲動」に対するものとして「理性」があり
その理性は戦争を引き起こすこともある、言うなら話はわかるが。

292 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 18:46
>念の為に言っておくが資本家の「交換可能性の権利の蓄蔵」と消費者の「物を買
>わない」っていうことは、金を使わないという行為は同じだが、意味は全然違う
>よ。今の日本の消費が冷え込んでるのは国家の将来に不安を感じている人が多い
>からだよ。常識でしょう、こんなことは。

ちょっと間違ってますよねミナさん



293 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 19:30
>>291

>「死の欲動」に対するものとして「理性」があり
全く違う。普通の言葉の使い方ではそうなんだが。

柄谷のフロイト解釈だからね、普通に考えてくれても困るね。


>>292
資本家の「交換可能性の権利の蓄蔵」は死の欲動に基づくが、(今の日本の消
費者の)「物を買わない」って行為は将来不安に起因するものであり、快感原
測(生理的な欲動)に基づくってことよ。

「ちょっと間違ってますよねミナさん 」などと言わず自分で考えてもらいたい
ものだが、まあ、「死の欲動」が分からなければ理解するのは無理だな。




294 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 19:33
290が一番当たりなんじゃないかな。
カント的な意味合いっていうかその必要性が出てくるよね。

295 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 19:43
柄谷の「死の欲動」の解釈について、混乱が生じるのは分かる。
カント解釈同様、非常に逆説的でトリッキ−な「改釈(BY浅田)」だから。

さらに柄谷自身もかなり混乱してる。
例えば、内に向かう攻撃性がなぜ外に向かうのかも、上手く説明できないと言っ
ていた。
しかも、重要な論文(死とナショナリズムとか)が単行本になってないので。

296 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 19:55
とりあえず290が妥当でしょ

297 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 20:01
>倫理もまた死の欲望と近接している。
>なぜなら、不買を説く倫理もまた「快感原則の彼岸」にある

ここが違うんだろうな
「快感原則」にある倫理は不買を説き、
その倫理の彼岸にある資本主義を否定するのがNAMだろ
NAMの倫理が「死への欲動」を逆手に取るからって
「倫理」=「死への欲動」って短絡過ぎないかね?
欲動というものは資本主義の中にあってこそ欲動なので
LETSなんかの擬似貨幣には、欲動なんて存在しないのではないかね。

298 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 20:44
いや、290が死の欲動が理性だって言ってるのが妥当だと。
さらに295が詳細であるとすれば…言わずもがな。
だから要は…そもそも「倫理」ってスペックは柄谷は強調してんの?

299 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 20:56
理性とか倫理とかの言葉のイメージだけで
(倫理)(理性)は「快感原則の彼岸」にあるっていう人間が一人だけいる
と思うのは、俺だけか?ほれはけは?

300 :nanasix:2001/02/02(金) 21:09
いま一度、死の欲動について。
貨幣の蓄蔵が資本主義を死に至らしめるにもかかわらず、資本主義内部
の人間はそれを止めることができない。
これを死の欲動と定義するのが一番理解しやすいのではないか。
そして、不買運動はその死の欲動を意識的に加速化させる運動だといって
いいのではないか。

301 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 21:11
「快感原則」と言う場合、肉体的快感のみならず、「幸福主義」や「功利主義」
のベ−スにあるものと捉えて欲しいんですね。
このとき倫理が、「幸福主義」や「功利主義」を導くものと考えれば、確かに
「倫理は快感原則にある」と言えるが、それでは問題がある。
それは、「幸福主義」や「功利主義」では自分や家族の将来のことは考えてい
ても、未来の人間のことは考えられない。
したがって、未来の人間のことも考慮した倫理を想定すると、それは「快感原
則の彼岸」にあると言える訳です。
そして、「未来の人間のことも考慮する」のは死後の世界を考えるようなもの
であり、かつ「理性」的でもある訳です。


302 :nanasix:2001/02/02(金) 21:24
「倫理」についてはよくわからんというのが率直なところだ。
それはいわば運動を「世界的」に意味づけようという目的からいってるように
思われる。原理面での説明だけでは世間一般には受け入れられにくいから。
内在的と超出的な運動もそうだが、柄谷は両極を抑えながらの戦略が有効だと
思っているふしがある。


303 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 21:40
質問です。「死の欲動」というものは、「死にたくない」という動機
からの、かなり単純な防衛機制だとしか思えないのですが、そうでも
ないのでしょうか?
死にたくない→しかしこれは無理な希望らしい→死んでも平気という
ようになれれば安心できる→死を受け入れられることが不死だ
→死の欲動=不死の欲動

このような流れには、死ぬしかない以上、考え方を変えようという
思考、要するに理性が絡んでいるわけで、「理性の欲動」という
ことも当然だ、と思えるのですが・・・・

304 :柄谷@批評空間ll−15:2001/02/02(金) 22:02
>>303

不死という問題も、「この私」が在るということを実現することだと思うんです
よ。「この私」が不死でなかったら、輪廻とか言ったって意味がないですからね
。主体が在るということが形而上学的欲動なんですよ。

305 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 22:46
「死の欲動」は
1.資本主義自体の死を欲動すること
2.資本主義の孕む欲動はいずれ自らを死に至らしめる
のどちらでしょうか?

306 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 23:01
>303さま
それは木村、新宮をまじえての討論でのKKの発言だったような気が。
「主体がある」とは「私は何かではある」「単に、しばらく
すれば死んでしまうだけのものではない」と思いたいということ?


307 :>301:2001/02/02(金) 23:05
>したがって、未来の人間のことも考慮した倫理を想定すると、それは「快感原
>則の彼岸」にあると言える訳です。
ここの論理的断絶(こじつけ)を説明してください。

それに「快感原則の彼岸」にあるのは資本主義で、だから問題なわけで、
NAMが「倫理」という言葉を持ち出して資本主義に対抗しようとするなら
世界を(彼岸)から(此方)に引き寄せるための運動がNAMなわけで、

そもそも死の欲動の否定って何?って思うわけで、ほたる、、、

308 :質問:2001/02/02(金) 23:09
「死の欲動」とは
1.資本主義自体の死を欲動すること
2.資本主義の孕む欲動はいずれ自らを死に至らしめるということ
のどちらでしょうか?


309 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 23:20
>>305

この場合の「死」は「終焉」を意味する訳じゃないので1は違う。

2も違う。

「資本主義の孕む欲動」が「金を溜める欲望」だけなら、消費者も余計な物を
買わなくなり、いずれ自らを死に至らしめる結果になるが、「死の欲動」は消
費を発動する場合もあるので(>>282)、金を溜めたい生産者と物を買いたい消
費者双方が「死の欲動」に基づく行動により、資本主義を存続させてしまう。

簡単に言えば、「資本主義の孕む欲動」は「金を溜めたい欲望」(生産)と
「物を買いたい欲望」(消費)の2つを発動させるので、ほっておけばいつ
までも終わらない。当たり前ですね。


310 :考える名無しさん:2001/02/02(金) 23:22
過去ログ読めg

311 :301:2001/02/02(金) 23:51
>>307

私の書き方が下手だったので読み間違いでは?

(環境破壊で悲惨なことになる)未来の人間のことを憂慮するのは
倫理的でしょ?
そして、この倫理は明らかに「快感原則」に拠らないでしょう。
だって、我々の生きていない未来のことだし、未来の人間は別に感
謝しないだろうし。
だから、この倫理は「快感原則の彼岸にある」(快感原則を越えた
ものである)って言っても不思議はないだろう。


「快感原則の彼岸」にあるのは資本主義、って言い方はおかしいよ。
資本主義の運動を支えているのが「快感原則の彼岸」=死の欲動って
ことでしょう。

そして、死の欲動の否定は、生の欲動みたいなものじゃなく、それも
また死の欲動であるって何度も言っているが。
これは重要なポイントで、ここを間違うと反資本主義=生の欲動=フ
ァシズム(今ここだけを肯定せよ)みたいな方向に行く。

312 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 02:03
>(環境破壊で悲惨なことになる)未来の人間のことを憂慮するのは
>倫理的でしょ?
>そして、この倫理は明らかに「快感原則」に拠らないでしょう。
一般的には倫理ってそういうもんだと思うよ
でもNAMにとってはそうではないと思うね。
資本主義に反論するすべてが倫理なんだろうよ。
なぜ柄谷が「倫理」という誤解を招きやすい言葉を使うかは
まぁ簡単に人がNAMに飛びつかないように仕掛けたもんだろうよ
そこらへんは、「革命」という言葉しかり、「コミュニズム」という言葉しかり。
このスレでも、その言葉の突飛さにひっかかってる連中がなんと多いことか!

313 :>311:2001/02/03(土) 02:50
あるレベル以上の資本主義の消費においては、
「交換可能性の権利としての商品」の蓄積が見られ、それが、
「交換可能性の権利としての貨幣」の蓄積の移転した(形而上つながった)ものであることは
わかるのだけど、だからと言って、
「死の欲動」=「交換可能性の権利としての貨幣」の蓄積=「交換可能性の権利としての商品」の蓄積
とすることは、あまりにも表面的すぎないですか?字面にとらわれ杉ではないですか?

「交換可能性の権利としての貨幣」の蓄積=「死の欲動」と
「交換可能性の権利としての商品」の蓄積はお互いに補完関係にあってこそ資本主義が存続するのだろうけど
それなら後者は、「死の欲動の否定」と言った方がいいのではないのですか?


314 :313の補足:2001/02/03(土) 03:01
「交換可能性の権利としての貨幣」の蓄積と「交換可能性の権利としての商品」の蓄積は
両者を「死を回避する欲動」と言えるなら、NAMは「死を喚起する欲動」と言えないですか?

315 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 05:47
>>300
あんたが正解。


316 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 05:54
.
.
快感原則というのは、状態が変化することを恐れることなのれす。
.
.

317 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 06:13
不買が快楽原則の彼岸にあるという意味で、
それがフロイトの言う死の欲動に対応するもの
であることを疑いようがない。
だから、不買を強調する倫理もまた死の欲動に依拠している
こともまた自明である。
しかし、NAMのいう倫理とはそれに尽きるものではない。
なぜなら、西部忠のいう「LETSにコミットする倫理」もNAMには
あるからだ。
ところで、LETSとは「資本蓄積」をしない新通貨だ。
そして、資本の蓄積は死の欲動の結果だ。
だから、資本の蓄積をしないLETSとは死の欲動(資本の蓄積)への
カウンター・メディアとしてあるのである。
だから、資本蓄積をしないLTESにコミットする倫理とは死の欲動へのカウンターを動機にしている。
このように「NAMの倫理」とは死の欲動を加速させる倫理(不買の倫理)と、
死の欲動へのカウンターとしての倫理(LETSへの倫理)の二形態あることを
知ることが肝要である。

318 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 06:33

今までの議論を一言でまとめると、
要するに、早起きは三文の得、であると。

319 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 06:36
みんな寝てないか、海外じゃないのか?

320 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 07:01
資本はいつかは危機(死)に直面するだろう。
なぜなら、それに反するかにみえる「資本(の蓄積)は永遠だ!」
という楽観視(左翼の側からすると諦観)こそ
資本の蓄積を加速させ、そしてその意図せざる結果として
資本の蓄積が依拠する死の欲動をも加速させてしまうから。
が、しかし、死への直面が死そのものを意味するとはかぎらないが、
しかし、死への直面が死そのものに限りなく近接していること
にはかわりがない。
だから、この「死への直面」を「死そのもの」へと到達せしめるためには
やはり「不買の倫理」という契機が不可欠である。


321 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 07:09
ある意味、人工無能が自動書き込みしているようでもある。

322 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 07:30
>>321
君の書き込みのことね

323 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 09:18
300番代に顕著なんですが、
「死の欲動」って概念がフロイトを経由してないよー。
それって単純に「死にたい衝動」ってわけじゃなくてさ…

324 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 09:54
>>323
フロイトを経由した柄谷は経由している。
だめ?

325 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 10:21
「死の欲動の高揚」から「実際の死そのもの」へという推移関係
は全く存在しないのか?
「食欲の高揚」から「実際の食事行為」へという推移関係はあるのに。
そして、「死の欲動」も「食欲」も「欲」であることには変わりない。

326 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 10:46
「死の欲動」からは「実際に死にたい」という衝動と
「いや、やはり死にたくない」という衝動という
相反する両極端の衝動が派生するのかもしれない。
しかし、そうならかえって解りやすい。
なぜなら、前者の衝動(死にたい衝動)を「資本蓄積への欲動(死の欲動)」を実際に
実現させることで本当に死滅させる「不買の倫理への衝動」に、
そして、後者の衝動(死にたくない衝動)を「資本蓄積への欲動(死の欲動)」を拒否する
「LETSの倫理への衝動」にそれぞれ対応させて、読解すればいいから。

327 :訂正。すまない。:2001/02/03(土) 10:56
>>326
「LETSの倫理への衝動」を
「LETSにコミットする倫理への衝動」に訂正。

328 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 10:58
>>326

うん、良いと思いますよ、それで。

329 :honntouni :2001/02/03(土) 11:04
質問です。「死の欲動」というものは、「死にたくない」という動機
からの、かなり単純な防衛機制だとしか思えないのですが、そうでも
ないのでしょうか?


330 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 11:04
黒い黄金バット・山城

331 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 11:05
朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ
非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ
茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ
其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
抑ゝ帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ
皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ
亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主権ヲ排シ
領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス
然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ
朕カ陸海將兵ノ勇戰 朕カ百僚有司ノ勵精 朕カ一億衆庶ノ奉公
各ゝ最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス
世界ノ大勢亦我ニ利アラス
加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ
頻ニ無幸ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル
而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス
延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ
是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ
遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス
帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及
其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク
且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ
朕ノ深ク軫念スル所ナリ
惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス
爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル
然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所
堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ
以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民
赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ
若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ
爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム
宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ
任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ
道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ
世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ
爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ


332 :ogawa:2001/02/03(土) 11:21
柄谷が外部を信じ込んでいる、その動機って何だろう?西欧で行き詰まった「主観-客観問題」を、復活させようとする、彼の意図はいったい何だろうか?彼は単に独裁者願望をもった宣教師に過ぎない。

333 :328:2001/02/03(土) 11:23
「死の欲動」って構造主義的な「働き」みたいなことだから、この
場合の「死」とはゼロ記号みたいなもんなんだな。
だからそこに、「死にたい」を代入しても、「死にたくない」を代
入しても、「働き」として成立してしまうと。
ただ、ゼロ記号(超越論的統覚X)そのものを否定して「生の欲動」
などと言ってしまうと、LETSは共同体的な交換体系に陥ってしまう。
この点は、注意が必要だ。

まあ、生とか死とか言葉にこだわってはいけないが、大事なのは、や
はり、カントが言った意味での超越論的態度だということで、結論。

334 :>317:2001/02/03(土) 12:25
>不買が快楽原則の彼岸にあるという
どうしてよ?どうして断言できんの?物を買わないから快感原則の彼岸じゃないよね?
「交換可能性の権利としての貨幣」の蓄積+「交換可能性の権利としての商品」の蓄積が
資本主義を永続させてるもの(これこそ快感原則の彼岸にある)であるなら、
不買はそれにカウンターするもんでしょ?違う?
だから不買も快感原則の彼岸にあるって言うの?そんなの「理性」つながりでしかないでしょ。言葉遊びだよ。

335 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 12:51
>>334
「不買も快感原則に従っている。」というテーゼの
不自然さを認識すれば(なぜなら、消費=快感だから)、おのずと、
その逆をとって、「不買は快感原則の彼岸にある。」と結論するのが妥当である
ことが解るでしょう。




336 :nanasix:2001/02/03(土) 13:04
倫理なんて言っちゃうと、ある意味凡庸さは免れないよな。
原理オンリーでゴリゴリいった方が柄谷らしいと思うんだが。
キリスト教などの宗教も、倫理的で「正しい」ものだが、正しいからと
いって受け入れられるものではない。倫理なんて本来押し付けるものではないんだ。
しいて言えば、その押し付けないということに倫理性がある。
また、倫理ということで誰かを排除しようとするならば、それこそ普遍的とは
いえない。それこそその人間にとっては単なる忌み嫌うべきガンでしかないな。
とにかく凡庸さの誘惑は怖いよ。柄谷お前もか、って感じだね。


337 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 13:12
あんたええことを言う。>nanasix

338 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 13:20
nanasixは倫理を凡庸といいながら、
「倫理とは・・」と講釈たれるんだね。
君も十分凡庸な人だな(w

339 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 13:25
快感原則の彼岸という言い方に問題がある。彼岸という言葉はなにかしら
現実の問題を超えて揚棄させた場所というような印象をあたえる。
それはたんに快感原則とはちがう、とか、快感原則に対立すると言うべきだ。
我々は生きたまま彼岸になんて逝けないのだから。逝ったと思いこむ
ことはできたとしても。ただ、超越論的なものとなると別問題だが。

340 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 13:33
「彼岸」と「外部」の関係は?

341 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 14:49
彼岸=外部=不在(ゼロ記号)
かな?


342 :ogawa:2001/02/03(土) 15:21
LETSは、崩壊した社会主義の亡霊のようなものだという感じがする。資本主義を悪とみなし、自分たちは善だとする。こうした2項対立的な思考パターンを抜け出せない柄谷は、哀れだとしか言いようがない。

343 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 15:26
248さんはいいこと言っている。
>だから、交換可能性の権利の蓄積への欲動(死の欲動)に付き動かされている
>資本を否定することは、ブルジョワ自身の「死の欲動」からの自己解放でもある。
>そしてその先にあるのが「生の力強い肯定」(ニーチェ)であるのはいうまでもない。

死の欲動(=不死の欲動)はやはり防衛機制であり、反動であり、ルサンティマンだ。
資本主義への対抗は生の力強い肯定、と言うべきだよ。ただしそれは「悲劇的なもの」
(ドゥルーズ)だが。

344 :>342は:2001/02/03(土) 15:34
過去ログ読んでから来ること
流れってもんが編んだろ!
2・3ヶ月は送れてる


345 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 15:40
>>335
消費=「交換可能性の権利としての商品」の蓄積だろ、高度資本主義社会においては。
ならこの段階の消費こそ彼岸にあるものだよな
あんた言ってる事グルグルくるくるだよ。

346 :>342:2001/02/03(土) 15:44
LETS(地域交換取引制度)を考案したのはマイケル・リントンというイギリス人
なんだけどね。
そして、実際にそのLETSはカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、そして
特にイギリスなどの先進国にむしろ普及している。
(『可能なるコミュニズム』の西部論文を参照のこと。)

347 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 16:04
>>345
はあ?
なら、不買=快感原則といえんのか?
それに交換可能性の権利としての商品なんて厳密には成立しない。
なぜなら、交換可能性の権利をもつのはあくまで貨幣だけだし、
もし交換可能性の権利を商品ももつなら、柄谷の強調する貨幣と商品の「非対称関係」
もなくなってしまう。両方とも交換可能性の権利をもつと、商品と貨幣は「対称的関係」
にたつことになってしまうだろ。
それとも高度資本主義社会はマルクスの価値形態論(商品と貨幣との非対称関係を説く)
を乗り越えたとでもいいたいのか?

348 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 16:29
ちなみに利子生み資本(G−G’)においては、
貨幣が貨幣と直接交換される。
ここにおいては使用価値の購買(消費)という契機は存在しない。
消費がないところ快感はない。
だから、貨幣と貨幣との交換(利子生み資本)は文字通り「快感原則の彼岸」にある。
利子生み資本という「資本の完成形態」においては、消費(快感)という契機が一切消滅する。
だからこの段階(つまり貨幣が貨幣と交換される”マネーゲーム”の段階)こそ、
死の欲動(快感原則の彼岸)がもっとも先鋭化される段階なのだ。


349 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 17:29
>>347
はぁ?
過去ログ読めや!!!

350 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 17:45
>>349
価値形態論すら知らないということね。
よって論外。

351 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 17:47
345=349は違う人のカキコを同一人物だと思っているんでは?



352 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 18:12
どちらにしても、
「交換可能性の権利としての貨幣」と共に「交換可能性の権利としての商品」という把握
をすることは価値形態論的には全くの誤り。
交換可能性の権利が商品にもあるなら、その商品は別の商品と
交換可能ということになる。
そうなら、ブランド品のバックは米と交換可能かどうかを考えてみよ。
しかし、円(貨幣)と米はすんなり交換可能だ。
これを交換可能性の権利という。
だから、交換可能性の権利をもつのは厳密には貨幣だけだ。
ブランド品のバックと米の交換なんて価値形態論における「単純な価値形態」のことだろ。
交換可能性の権利とは「一般的価値形態」において、等価形態にある商品
に与えられる権利のことだよ。
その地位にない商品に交換可能性の権利などない。
ブランド品やコレクターズアイテムがその地位にあるわけないのは言うまでもない。


353 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 18:32
ちなみに、ブランド品やコレクターズアイテムといった
「贅沢品(しゃし消費手段)」が資本の回転に及ぼす影響
はマルクスの『資本論』第2巻ですでに分析済み。
だから、贅沢品が資本の運動を補完するなんて論点は、
いまさら言うまでもない自明のことでしょう。
柄谷が「『資本論』は古くない」というゆえんであります。

354 :ogawa:2001/02/03(土) 20:01
>345
たいした流れじゃないじゃない。LETSを誰が作ろうと柄谷と同じようなもんだよ。

355 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 20:03
煽らないで

356 :円楽@痴呆症:2001/02/03(土) 20:13
小川っていうだけあって、「たいした流れじゃないじゃない」

うまいね。

山田君、ザブトン300枚。

357 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 20:19
LETSの理論家の西部であって
柄谷ではないぞ。




358 :柄さわぎ:2001/02/03(土) 21:56
資本主義において、消費者である人は必ず、ある地点で生産者という立場に
立たなければならない。
そして、資本主義の生産が、本来「死の欲動」という矛盾を孕むことは、
消費が拡大する以外に抜け道がないものであることは間違いない。

しかし現在、資本主義は本来隠すべき、その自己の矛盾を露呈しつつあるように見える。
が、ここで資本主義の自己消滅を楽観するべきではないと思う。(なぜ今消滅しないのか?)
なぜなら、快感原則の彼岸に立つ生産者は、必ず
ある地点で消費者という立場に立たなければいけないからだ。
つまり生産者である消費者は、自己の矛盾を覆い隠すために消費をしつづける必要があるのだ。
たとえそれが快感原則の彼岸に立つこと(行為)になろうとも。

そして、その動機は、むろん、理性的(形而上的)であるということを押さえておかねばならないとだろう。
さらに、これが重要なのだが、この消費者の行動は、無自覚(当然と思ってる)なのである。
このような生産者と消費者の肯定は、したがって絶え間ない自己の肯定であり、
さらに言えば、戯れであろう。(=受動的ニヒリズム)

ということを僕はバブル華やかなりしころ(十代の多感な時期)に感じ、
その延長にNAMのようなものに共感を覚える下地があるのだが。(あくまで個人的に)

359 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 22:22
理性とか形而上的とか…
とにかくマルクス、フロイト、カントと順次押さえて行かないと、と、
柄谷愛好家は思うわけですが、LETSはNAM以前にあったしな。

360 :考える名無しさん:2001/02/03(土) 22:37
「信用取引」っていう仕組みが資本制にはある。
まだ実際に売れてもいない商品を「売ったことにする」という擬制。
生の消費者まだ買ってなくても、売れたことにできるその信用という仕組み
が資本制にはあって、それが実際売れていない現実(つまり消費者の不買の現実)を
みごとに隠蔽するのに一役買っているんだな、これが。
この信用が資本の死滅を隠蔽するクセ者なのさ。


361 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 02:13
資本の蓄積=快感原則の彼岸=死の欲動
うーん・・・
快感を、他者の達成した欲望との差異と考えた場合、放蕩的消費も禁欲的蓄積も同じ
ベクトルにあるように思えるが・・・
現代資本主義社会とは、まさしく自らの欲望の有り様を他者との差異の中にしか見出
すことができない社会であり、資本の蓄積が他者との差異化のアクセラレイターであ
るとすれば、「資本の蓄積=死の欲動」には齟齬を感じるが・・・



362 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 05:50
快感原則=興奮により生じた緊張状態を限りなくゼロに近づけておこうとする動き。
死の欲動=そういう快感原則がうまく受け止められずに失敗した残滓のようなもの。

・・・と把握してたんですけど。
で、そう把握すると柄谷の比喩は極めて妥当だと言える。もともとは不快を避ける
(食いっぱぐれない)ために交換可能性を保持する貨幣を貯蔵していたのが、
いつのまにかそれが目的化(貨幣自体が愛しい)してくる。もともとは快感原則を
開放する機能を果たした夢なのに、それが失敗して何度も繰り返して悪夢と見てしまう
ということでしょう。そして柄谷はそれは単純に否定すべきだという意味で使ったんだ
と思う(精神状態を安定させておくためには悪夢なんか見ないほうがいい)。

で、このスレで混乱しているのは、そういう貨幣貯蔵の欲望をそのまま不買運動へと
つなげてしまったことでしょう。確かにどちらも商品を買わないってことだから同じ
ように見えるんだけど、柄谷はまるで別のものとして捉えてると思う。というか
似ているということにすら気づいていないんじゃないか。不買運動というのは戦略であって
貨幣を貯蔵しておきたいという欲望のことではない。だから言葉の厳密な意味で
不買運動=倫理は死の欲動ではない。・・・と思うんだけど。


     

363 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 06:08
もう精神分析を持ち出すのはやめたほうがよい。
基本的な理解にも問題があるし、
一部のアホな臨床屋以外はこんなものを持ち出す心理屋などおらんのだが。



364 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 08:27
今一度スレの流れを確認すると、
まず、不買運動や倫理を動機つけるものはないか?
という問いが提起され、議論になった。
しかし、ここが重要なことだが、不買運動を提唱している柄谷本人
もその動機付けへの決定的回答をもっていないということだ(だからこそ議論にもなるのだが)。
柄谷の回答といえばひたすら「倫理」の一点張り。
じゃあ、人を倫理に向かわせる動機はなに?と問われれば、おそらく答えに窮すだろう。
むしろそこにこそ「混乱(あるいはアポリア)」があるのではないか?
だから、柄谷がまさにそうである以上、「柄谷としては・・」とはもう言えない。
もっとも、死の欲動を不買運動のドライヴにすることは柄谷からの
逸脱(よくいえば応用)かもしれないが、しかし、その逸脱は柄谷の倫理論の
アポリアにむしろ由来しているのかもしれない。
「混乱」はむしろそこから発しているのかもしれない。
死の欲動が不買運動のドライヴではないか、という回答はその混乱への
「対処」としてむしろ提起されたとのだと思うが・・・。

365 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 09:23
柄谷は貨幣蓄積が不買運動と似ているということにすら
そもそも気づいていないのではないか、と362さんは言っていますが、
それはおそらくその通りでしょう。
この論点も気づけば、「なんだ。そういえば、そうだよな。」ということですね。
不買運動で剰余価値をゼロにすれば、資本は死滅するという
柄谷の考え(ひらめき)も解ってしまえば、「そういえば、そうだよな」ってのと
同じことでしょう。


366 :364を叩き台として:2001/02/04(日) 09:31
↑ これを踏まえて
これ以上同じ堂々めぐりを繰り返すのはやめよう。
もう少し議論を発展させよう。


367 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 10:42
柄谷の「行動」が、柄さわぎさん的「ポストモダン系消費経済学」のニヒリズムを
乗り越えようとするところにあるって捕らえ方をするのは、
ニューアカ残党柄谷寄り派だけなんでしょうか。

368 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 11:44
商品の消費より貨幣蓄積(マネーゲーム)を最優先にする
資本の運動が、ソ連の崩壊以降顕著になった。
これが今重視すべき資本の新たな転回だと思います。
「モノから情報へ」という転回はその実、「商品の消費から貨幣蓄積への力点の移動」
という転回において、その完全な実現形態をみることになるだろうということです。
そして貨幣の蓄積がその反面として商品の不買を起こすことはいうまでもありません。

369 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 11:45
ただの景気循環。

370 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 12:20
貨幣蓄積(消費の禁欲)は快感原則の彼岸にあるという意味で、
それはフロイトのいう死の欲動に対応するものである。
よって貨幣の蓄積は「景気循環」などという近代経済学的合理化とは
無縁に「死の欲動」を加速させる。
しかし、「信用取引」が商品を「売ったことにする」ことによって、死の欲動は
からくも先送りにされ隠蔽されるが、死の欲動(貨幣蓄積の欲動)はその信用の保護のなかで、
さらに増幅されてしまい、そして信用の限界を食い破り、かえって信用を崩壊に導く。
そしてその先には死の欲動の完全な露呈(開示)=不買運動が巻き起こることはいうまでもない。


371 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 12:26
ここをノートにしているな…

372 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 12:33
不買運動は、資本を死滅させるという以前にまず経済の循環を断ち切ってしまう。
経済の流れが断たれるということは、人間にとって血液の流れがとまるのと
同じだから、経済は当然死に至る。
しかしここで問題にしたいのは、それならば不買運動は、特に資本主義のみに
妥当するのではなく、経済全般に当てはまることではないか。
もちろんNAM経済もまた然り。


373 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 12:48
むしろ資本蓄積をしないLETSを用いたほうが景気循環はうまく行く。
なぜならLETSにおいては資本が蓄積されないから、貨幣の流れが
一部に集中したり、あるいは蓄積的に滞ったりしないから。
貨幣の流れがどこかに蓄積(堆積)することなく、スムーズに
流れることが即ち「好循環」の証だから。
だから、その逆に貨幣蓄積とはむしろ貨幣の悪循環を呼び起こすものなのである。


374 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 12:51
LETSでなぜ資本が可能なのか、わけわからん。

375 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 12:53
利潤無しの資本?
矛盾しとるがな。

376 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 12:55
>372
そう考えると、NAMは疲れきった資本主義の体を脱ぎ捨て、新しい体に
血液を移し変えようという運動といえるか。
いや、というより、むしろ超越論的な自己を実現化しようという運動だな。
いかにも柄谷的だな。

377 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 12:55
死の欲動については290が決定的な事言ったと思ったので見てなかったが
まだやってるのね

>372

不買運動は資本制によって生産されたものを買うなということ
ちょっとはNAM関係の勉強してから書き込もう

378 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:06
貨幣=資本とはかぎらない。
利潤のない資本はたんなる貨幣。
だから、LETSにおいては資本はない。
あるのは資本に転化しない貨幣だけ。

379 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:13
とにかく最初に「Xを集めたい」という欲望があったのではないか?

一方で「Xは自由に決められなければならない」という命令が存在すると。

このとき、資本制経済の中で「いかなる商品とも交換できる商品=貨幣」が
Xとして最も強力に機能しているのではないか?

だからこそ、貨幣を集めたいという欲望が資本主義のドライブになっていると。

ただし、最初に「Xを集めたい」という欲望と「Xは自由に決められなければ
ならない」という命令が存在する以上、その対象を貨幣以外の商品(ブランド
物でもレコ−ドでも携帯電話の会話でも)に変換するような情報操作が絶えず
行われていて、それにより、資本家の「貨幣を集めたい」という欲望を満たし
ている。

というような構造が資本主義を動かしているのでは?

380 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:14
>>374
君は貨幣の循環=資本と考えているな。
それは間違え。
すべての貨幣の循環が資本とは限らない。
LETSも循環するが、それは資本ではない。
なぜなら、利子を生まないから。
それとも、LETSは循環しない貨幣と考えているのかな?

381 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:18
379はケインズくらいからやりなおしなんでは?

382 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:18
経済学を知らない人が、足を下手につっこむと
寒くなる典型だな。

383 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:19
ケインズというより、せめてマルクスからだな。

384 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:21
蓄積しない資本は資本ではない。
だから、「資本が蓄積しない」とは資本の否定を表示している。


385 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:24
<ほえない犬は犬ではない。
だから「犬がほえない」とは犬の否定を表示している。>
ってなりたつのか?

386 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:31
世の中には資本主義的生産様式を
消費社会と勘違いしているひとがいるな。

387 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:33
>>385
論外。
「蓄積」という経済用語の意味しらないんだね。
合掌。

388 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 13:39
資本を吠えない犬のように扱ってはならない。(藁

389 :379:2001/02/04(日) 14:22
ええ、私はケインズもマルクスも一行たりとも読んだことないです。
経済学については全くの無知です。
読むなら、少なくともアダム・スミスからでしょう。

ところで、>>379を次のように修正します。

「Xを集めなければならない」という義務が存在する。
一方で「Xは自由に決められなければならない」という命令が存在する。

この二つの義務と命令は
「自由とは命令に従うことである」という義務が存在する。
一方で「自由であれ」という命令が存在する。
と構造的に全く同じです。

なぜなら、本来「集めるもの」は「一定のカテゴリ−に属するもの」でなけれ
ばならないので自由には決められないし、「自由」は「命令に従わないこと」
だからです。


私は今まで、柄谷のカント論が何故、資本主義の理論に結び付くのか全く理解
できなかったのですが、これで分かりました。これを読んでる人は、「訳わか
らんこといいやがって」と思われるでしょうが、私が分かったのでもういいで
す。

個人的ノ−トっぽくてスマソ。これで終わりにします。

390 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 14:33
(薄められた)ヘーゲル(主義)に逆戻りしないでね

391 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 16:26
黒い黄金バット・山城

392 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 16:49
379=389の言いたいことは、「Xは自由に決められなければならない」
という命令の「自由」をシステムの内部の「自由」とすれば、貨幣の
蓄蔵(「Xを集めなければならない」)により、義務と命令の矛盾が解消
される。つまり資本主義でOKである。

しかし、「自由」がシステムの外部からやって来るとすれば、貨幣じゃ
ダメで超越論的統覚Xみたいなものが必要になってくる。

これを可能にするのがLETSっていうことか?

393 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 17:48
空理空論


394 :アラ−:2001/02/04(日) 18:17
>>379 >>389 >>392

ようするに、「自由」のロジカルタイプ(ラッセル)を考えろってことでしょ
う。

つまり、メタレベルの「自由」を考えないと、柄谷のカント論は「人が自由で
あるか否かは決定不能である」というゲ−デル的問題に帰着するし、資本主義
の理論においても「究極的には人は貨幣を集める他ないので、最終的には資本
主義の全ての参加者が貨幣を蓄蔵し、やがて終焉する」という結論になってし
まう。これこそが空理空論なんだな。

だから、やはり「自由」は外部からやって来る。

神の命令として。

395 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 18:31
外部・神=不在・名無し

396 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 18:35
ロジカルタイプだって。
自己言及の禁止?
不可能。

397 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 18:41
>394
その場合、自由はあくまでも内部の軋轢から生じるんだと思うよ。
外部というのを実体的にとらえるべきではない。いわば外部とは、内部と
内部の間にあるものだろう。実体的に措定される外部は、その実、内部者
による表象にすぎない。


398 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 18:45
狂信者アラーになにを言っても無駄です。

399 :考える名無しさん:2001/02/04(日) 18:56
ゲーデル問題は解消不能。
だから自由と不自由のアンチノミーは依然決定不能にとどまるしかない。
自由と不自由との間を横断するのが超越論的態度。可能なのはこれだけ。
メタレベルの自由を設定して自由を不自由からの決定不能性から
救いだそうとすることはメタレベルの不可能性からして、そもそも
挫折を余儀なくされるだろう。

400 :アラ−:2001/02/04(日) 21:32
柄谷のカント解釈
「主体の自由とは、<自由であれ>という命令に従うことである」
が正しいとすると、主体の自由と、命令の<自由>はロジカルタイプ(論理的
階型)が違うと考えざろう得ない(さもなくば、ただの同語反復でしかない)。

そう考えれば、>>379(後半は駄目だ)、>>389により、資本家の貨幣の蓄蔵と
消費者の不買も行為としては同じだが、ロジカルタイプが違うと考えられるの
では?

401 :アラ−:2001/02/04(日) 22:09
ロジカルタイプは分かりにくいな。

言い換えれば、システム(共同体)内部から出てくる「自由」か、システム
の外部(あるいは主体の内部)から出てくる「自由」か、ということだが。

402 :cherry:2001/02/04(日) 23:08
その自由であれっていう命令が内発的に出てくるか、
不自由な規制がありきで出てくるかっていう、それだけなんで?
オーダーの先行性云々はラカン・ドゥルーズ筋を経由せねばわかんないのかな。

403 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 03:41
簡単ですよ。
命令し続けることが自由であり
その停止が不自由なんですよ
だから自由であれとは義務ですよ

無限とは有限なりですよ。

404 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 08:26
? >>403 義務っつうか、それじゃ「独裁者の権利」なんでは?

405 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 10:15
ロジカルタイプを出すのはまずいね。
だってロジカルタイプが維持できないということを
示したのが、ゲーデル的証明にほかならいから。
ゲーデル問題を乗り越えるために、ロジカルタイプを
採用しても、まさにその当のゲーデル的証明によって
逆に打ち破られてしまうのがオチ。
だから、ゲーデル問題に対してロジカルタイプを持ち出すことは本末転倒だよ。
それに超越論性とは超越性(メタレベル)の不在(不可能性)をむしろ表示する概念だな。
だから、メタレベルの自由とは端的に不在だが、しかし、それは「超越論的仮象」
としてはある。
しかし、超越論性とはメタの不在を表示する概念だから、
超越論的仮象としてのメタ自由はメタ自由の不在(不可能性)を
表示していることには変わりない。
しかし、超越論的仮象としてのメタレベルの自由はそのようなメタ自由の不可能性を
積極的に表示することで、オブジェクトレベルの自由と不自由の二律背反における
自由の優位を仮象としてかえって映し出し、人に不自由より自由を選好させる傾向性
生み出す「働き」があるということなのだろう。
つまり不可能なメタの自由を設定しようとする所作は、どのみち挫折を強いられるが、
その所作は再びオブジェクトレベルにおける自由への選好として「再現」されるということだな。
それが超越論的仮象としてのメタ的自由の「働き」ということだろう。

406 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 10:57
アラー氏のいうことには疑問がある。
例えば、柄谷は「消費者としての労働者」ということを言うが、
しかし、同じ意味で、「消費者としての資本家」だっている。
「消費の場においては労働者と資本家の区別が消える」(マルクス)
以上のような意味においてだ。
労働者も資本家も消費者になれる。当たり前である。
しかし、事態はそこで終わらない。
なぜなら銀行制度が存在するところでは、消費者は同時に預金者だから。
「預金者としての消費者」は利子の配当を享受しているという点で、
彼らは多かれ少なかれ「利子生み資本家」である。
だから、「消費者としての労働者」も「消費者としての資本家」も
「預金者としての消費者」である点で、「利子生み資本家」である。
この事実を捨象することは、銀行制度の存在を無視することであり、
それは資本制の現実認識としては著しく妥当性を欠いているのである。
だから、資本家の貨幣蓄積と消費者の不買を区別することは「不可能」である。
なぜなら、消費者もまた「利子生み資本家」として「資本家」の範疇のうちにあるからだ。
銀行制度が発達している現代資本制において、資本家(利子生み資本家)でない消費者
などいない。
「資本家でない消費者」など不当な「抽象」にすぎないのである。


407 :ogawa:2001/02/05(月) 11:09
>406さん
だから、LETSは、銀行という信用制度を置かないのだと思う。

408 :406補足:2001/02/05(月) 11:32
つまり、「消費者(預金者)としての労働者」は、「利子生み資本家」として
資本家同様、「交換可能性の権利の蓄積への欲動」に付き動かされ、
貨幣の蓄積(その反面としての「商品の不買」)を行うということだ。
「消費者としての労働者」の不買運動とはこうして行われる。
消費者の「不買の倫理」とはそういう意味で、利子生み資本家(預金者=消費者)の
敬虔な「貨幣蓄積欲」の産物なのである。
そしてそのことに柄谷が気づいているか否かはこの際関係ないのである。

409 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 12:01
>404
自分への命令ですナ

410 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 12:30
柄谷は「環境破壊」等の「人類の未来の危機」を訴えているが、
いうまでもなく、未来の危機を煽ることは未来への不安を呼び起こす。
そして未来への不安は消費者(預金者)に未来への「備え」の必要性を喚起するだろう。
つまり、未来への不安は「貨幣蓄積という未来への備え」をますます加速させる。
そして貨幣蓄積の加速がその反面として商品の不買をも加速させる
ことはいうまでもない。そういう意味で、
柄谷がそのことに気づいていなくとも、未来への不安を喚起することは
消費者(預金者)の不買行動(貨幣蓄積)を加速させる効果があるといえると思う。

411 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 12:38
はぁ未来への危機を煽ってだから資本制ままじゃヤバイって焚き付けてんだよ

412 :>410:2001/02/05(月) 12:50
逆じゃない? 未来へ不安はむしろ人々を貨幣の蓄積に走らせるんじゃなくて、貨幣の信用を落としてインフレを引き起こすんじゃないの?

413 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:08
>>412
どのみち貨幣の信用が落ちれば、貨幣と商品の交換は滞る。
それが昂じてハイパーインフレにでもなり、
貨幣が使いものにならなくなれば、その反面として、
商品は買われなくなる(つーか、買えなくなる)。
だから、どちらにしても不買が起こる。


414 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:10
413はヴァカですな

415 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:12
経済の話はしたいけど経済学には触れたくないっていうあたりで
論点をもうすこし絞り込んで議論したほうがいいんじゃない?

416 :ogawa:2001/02/05(月) 13:14
>410
「環境破壊」などの未来への不安を、お金を貯めることで回避しようなんて、意味が通じないと思う。

417 :>413:2001/02/05(月) 13:22
あのねえ、未来への不安を抱いた人々は、失業問題だとかそういう蓄積された問題をある程度長期的に解決する(つまり資本主義的な解決ね)んじゃなくて、「いまここ」での問題解決を望むわけね。未来なんて信用できないから。そんでもってそういった人々に指示されて極めて民主的に権力を握ったのがナチスドイツで、ナチスはまさしく「最終戦争」とかいって、未来の不安を煽ったわけ。未来への問題解決の先延ばし、つまり自由主義者たちが唱えたような進歩主義を否定するのはファシズムの賞投手団なんだよ。

418 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:22
消費は、国家と資本がつくり出しますよ。(社会民主主義)
今でも十分に見てとれますよ。
規制だらけの世の中にならないと、資本主義は残っていけないですよ。

419 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:26
>>411
資本制が原因で、環境危機が起こっていることを
証明することは難しいな。
工業文明がその原因かもしれないが、たとえ資本制が工業文明でも、
すべての工業文明が資本制でないのは、むしろ
柄谷が強調していること。
だから、全ての工業文明=資本制と言い切れない以上、
環境危機の原因を全て資本制に帰すことはむしろできない。
だから、工業文明そのものの体質改善が必要ということだな。
そのためには資本が邪魔というだけだろう。

420 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:29
それで、ナチスは結局、資本制を否定して権力を握ったにも関わらず、
その権力を維持する国力の強化のために、国家資本主義に落ち込んで
いかざるをえなかった、という訳ですね。
それで、当初ナチスを指示していたハイデガーは、いわばナチが非ナチ
化したために、徐々にナチスと疎遠になっていった、と。
安直に資本制を否定することが、逆に最悪な形での資本制を呼び゜込む
という歴史の教訓ですね。

421 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:33
>>416
未来への不安を喚起するものなら
なんでもよし。
そこにたまたま環境危機があるだけ。
老後の不安も人を貯蓄に走らせるしね。
>>414
お前もな。

422 :ogawa:2001/02/05(月) 13:36
老後への不安とすれば、よく分かる。だけど、老人のマーケットと彼らを雇用する企業社会を作り出していけば、この超資本制社会でも展開していけるのではないか。NAMは、羊の皮を被ったオオカミの印象を拭えない。

423 :>421:2001/02/05(月) 13:37
こーゆー奴がファシストを支持するんだろーな(藁

424 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:40
ちう房よ
世界経済がゼロ成長続けても
このまま行けば危機は訪れるんだよ確実に
(ちっとは調べろよな。これは柄谷とは関係ないぞ)

そんで、マイナス成長ってなんだか知ってるか?
それは不況失業の混乱だよ。(アメアラレ

過去ログ読めや!!!!!


425 :>422:2001/02/05(月) 13:42
うーん、でもそれって社会民主主義じゃない?
基本的に対症療法なんで、無駄とは言わないし、むしろ必要だけど、
原理的には資本制を超出してないから、常にソヴィエトとかナチスドイツ
みたいになっちゃう可能性が残るわけよ。
社会民主主義はレス・バイオレンスだけど、非暴力ではない、と。
むしろ僕はNAMはオオカミの皮を被った羊、という印象を受けるけど(笑。

426 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:42
超資本制っってお前は吉本か(和良

427 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:45
柄谷はいわゆる「社民」を否定してるだよ

結局ソフト統制経済になるってことでしょ

428 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:45
ひょっとして424って、昔このスレでアンチ柄谷の人にいいように
手玉に取られてたひとじゃないですか? どう、あたりかな?

429 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:46
ヴァカだなー
地球の環境危機や弱者や道徳やらを利用するのは
国家と資本なんだなー
ホントだまされやすい羊たちだなー、オマエラ!

430 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:47
>>428
WHO?

431 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:50
>>417
未来への不安が貨幣蓄積への誘因になるという
人の経済行動のことを言っただけだよ。
それは不買がいかにして起こるかという論点からの話だけど、
不買による資本の否定が、NAMの課題の一つにすぎない。
環境危機の解決は「超出的闘争」というNAMのもう一つの側面からアプローチ
すべき問題。
不買運動(内在的闘争)はあくまでNAMの一側面で、413では
その側面から資本制について発言しただけ。

432 :>429:2001/02/05(月) 13:51
だから一部のヴァカを除いて話はそういう方向で進んでるじゃんよ。

433 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 13:57
煽り君が来ているみたいね。
煽り注意報発令だな(ww

434 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:00
環境危機を煽っている柄谷はファシスト
目を覚ませ、オマエラ

435 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:04
未来への不安が貨幣蓄積への誘因になる、って、それはちょっと表層的すぎない?
それは取りあえず未来はあると暗黙のうちに前提した上での不安なんで、環境問題
なんかはその貨幣蓄積を根本で支えてる信用そのものを脅かしてる訳でしょ。
つまりここで皆が議論してるのはむしろ、未来がないかもしれないっていう不安
でしょ。その根源的不安を取りあえず棚上げした上ではじめて未来への不安が問題に
になるんであって、その意味ではあまり重要じゃないんじゃない?
つまり、明日のおまんまが食えなくなるとまずいから、今日の晩飯は千円じゃなくて
五百円にしとこう、とかそういうレヴェルの話でしかないじゃない?

436 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:07
煽り君注意報発令中〜

437 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:10
どっかでみたことあるぞ、このパターン(笑。

438 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:11
江戸時代の人に、代表制議会民主主義が可能ですか?
と問えば、不可能だと答えるに決まってる。

439 :428:2001/02/05(月) 14:13
>430

あなたこそWHO?

440 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:15
議会制と民主主義は分けて考えろとシュミットを引きながら、
柄谷は言っていますね。

441 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:19
>>435
2chに"深層的"議論は似合わない。
それは「教えて君」を呼ぶだけ(w


442 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:26
いやいや、深層的じゃないよ。表層的なものを深層的だと勘違いしたまま展開されるロジックを指摘しただけだ。あんま深くやるとそれこそオカルトに・・・(笑。

443 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:44
かくして表層的であることの重要性が今一度確認されたのであった。



444 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 14:53
信用の崩壊が資本の危機であることに変わりないな。
信用が崩壊したら、「売れたこと」にできなくなるから。

445 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 15:04
↑どうやって崩壊さすのよ
資本の危機は消費者の危機なんだよ、このままじゃ(w

446 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 15:12
「未来への不安」と「未来そのものがないという根源的不安」
は違うのか?
未来があることが自明でもその未来が暗いのなら、それは
「存在しない未来」に等しいのではないか?

447 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 15:13
わっかんないかな、だから問題なのはその種の資本の揚棄の試みは一時的に成功したとしても、結局より高次の水準で資本制を強化するっていう事態に落ち込むことは原理的に必至なわけね。信用が崩壊する、一度に決済を迫られる、そんでもってその危機的状況を即座に打破してくれる超越的な指導者を民衆は要求する、そんでもってその指導者が一時的にドラスティックに事態の解決を図るものの、それを永続させることは原理的に不可能なので、その体制を維持するためには結局強引な国家による資本制経済に対する介入がなされる、結果、反資本主義のはずが、最悪の資本主義に逆戻り、ってのが理の必然なわけよ。その種の危機は結局資本制を強化する結果にしかならないの。雨降って地固まるっていうでしょ。

448 :農民ゴリラ:2001/02/05(月) 15:17
消費者の危機はLETSへの参加や組合運動といった「超出的闘争」
へのモチーフをむしろ提供するだろう。

449 :>446:2001/02/05(月) 15:17
メタレヴェルとオブ゜ジェクトレヴェルの峻別ってことでしょ。
極限まで突き詰めると峻別不能だが、だからといっていっしょくた
にしてしまったらぐだぐだになって建設的な議論ができない、と。

450 :>447:2001/02/05(月) 15:23
なにいってんの、それに対抗するためにNAMが唱えられてるんじゃない

451 :447:2001/02/05(月) 15:23
つまり、環境問題で破滅を煽るのと、環境問題が深刻であるからこそ、
我々は未来の他者に対して開かれていなければならない、って倫理的
な側面を強調するのはむしろ正反対だってことだよ。
前者は生の哲学風の「いまここ」での享楽を要請するのに対して、
後者はむしろある程度の「主体的な」(とあえてこの言葉を使うけど)
忍耐を要請する、と。
NAMは明らかに後者を志向してる・・・筈でしょ。

452 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 15:27
つまり、資本への抵抗と、資本制の強化は常にきわどい関係にあるので、
かなり厳密にやらないと悪しき歴史の縮小再生産になりかねない、と、
そういうことですか?

453 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 15:29
>451
当たり前じゃ?今の自由も(忍耐をもって)勝ち取られたものでしょ?

454 :浅田彰:2001/02/05(月) 15:33
やっぱばかだな、柄谷信者は。

455 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 15:33
>>453
独立戦争でだよ。戦争!

456 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 15:33
それは単に違うんじゃない?

457 :456:2001/02/05(月) 15:34
>453ね。

458 :柄谷行人:2001/02/05(月) 15:37
俺のこと呼んだ?

459 :451:2001/02/05(月) 15:38
そもそも環境問題が貨幣蓄積を引き起こして、結果資本は揚棄されてめでたしめでたし、とかいう、アホなロジックに付き合ってたからこんな講義のような議論になった訳であってね・・・。ハァ・・・。

460 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 15:43
忍耐ってのはつまり、自発的なものじゃなくて、
徹頭徹尾他者によって強要されたものだってことでしょ。
自発的に忍耐してるつもりの奴は実は全然耐えてない。
理不尽な去勢をシニカルに受け入れることによって、
主体は形成される、と。そんでもってじきにその去勢の痕跡は
消去されてしまう、と。

461 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 15:57
>>459
バカだな。
NAMのテクストを自明とした上での議論だよ。
教科書通りのことなど真顔で披露するなんて、
アホまるだしのドグマティストだな。



462 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 16:00
だれかどうにかしてあげなよ、全然にほんご通じてないみたい。

463 :柄谷行人:2001/02/05(月) 16:03
説明しよう。461は単に私のテクストを読めていないのである。
我々は資本同様、このような現代思想オタクが静かに死滅してくれることを
願うのみである。

464 :459:2001/02/05(月) 16:05
>463

静かに同意(笑

465 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 16:07
関係ないけどAAってまだ理論セクションの代表なの?
結構、というか露骨に嫌がってなかった?

466 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 16:08
462=463ね。



467 :>466:2001/02/05(月) 16:11
その指摘にいかなる意味が(藁。。。

468 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 16:11
459=462=463=464ね。
寒すぎる・・・

469 :459:2001/02/05(月) 16:13
単に昔自分がそうやっておちょくられたから、腹いせにおんなじふうにやろうとしてるだけじゃない? それにしても芸が無いけど・・・。どいつだか一発で分かる(笑。

470 :またひっかかってるし(笑:2001/02/05(月) 16:15
知ってた? 最近のスレのほとんど、君以外全部僕なんだよぉ。

471 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 16:19
???

472 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 16:26
>>469=470
煽られた柄谷信者が妄想に走っている・・・




473 :ogawa:2001/02/05(月) 16:32
他者との関係性の中で、ルールを決めて、資本制を刷新していけばいいだろう?確かに大量生産や大量消費、大量廃棄物を生み出したのは、資本主義だ。だが、国民全体を中流意識にまで持ち上げたのも資本主義だし、人間の欲望をうまく満たしてくれているという実感もある。世の中不景気だったいうくせに、やたらと物は多いし、何不自由なく日々を暮らして行けているのが、ほんとうの実感だ。それをなぜ、そうした恩恵を捨ててまで、得体の知れないNAMを受け入れなければならないのか、その必然性が見えない。

474 :ogawa:2001/02/05(月) 16:37
NAMを社会と経済で混乱しているロシアで、試してみるってのはどうだろうか?

475 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 16:46
ばか

476 :アラ−:2001/02/05(月) 17:05
すごい盛り上がりだなぁ・・・

私は>>451>>459に全面的に同意っつうか、同意するまでもない当然のことな
んだよな。

>>461さんに聞きたいが、あなたは、資本主義の終焉は歴史的必然であると思っ
てるのいるのか?あなたの理論だとそうなるんじゃないの?

しかし、柄谷は資本主義の終焉は歴史的必然ではない。だからこそ倫理的義務
からNAMをやるんだと言っている。これについてどう考えるのか?

まあ、あなたが「NAMのテクストを自明とした上での議論だよ」というのも
分かる。確かに柄谷の言うことを文字通り受け取るとあなたのような考えにな
るから。だが、問題はやはり「自由」の範囲というか起源というか・・・上手
く言えないが、そこを考えないとおかしなことになるんじゃないの?

477 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 17:32
資本が自滅しないなら、資本は生き残って良いということだよ。
お前ら、マジで資本をNAMだけで潰せるとでも思ってんの?
信者の信仰はたいしたものだ。
俺は資本を倫理的に非難するつもりはないから、資本が自滅しない存在なら、
資本は大いに生き残ればいいと思うね。
それに<他者>を説得する言語など不在なのだということは
むしろ<他者>とうるさい柄谷本人の主張なのだよ。
(つまりNAMを知らない<他者>をオルグすることの不可能性)
まあ、ここにNAMの全てのアポリアがあるんだよな。
さあ、どうするのかな?

478 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 18:01
><他者>を説得する言語など不在なのだということは むしろ<他者>とうるさい柄谷本人の主張なのだよ。 (つまりNAMを知らない<他者>をオルグすることの不可能性)
>まあ、ここにNAMの全のアポリアがあるんだよな。

これはそのとうりだね

だけど
>資本が自滅しないなら、資本は生き残って良いということだよ。

これは?です


479 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 18:04
しかし、柄谷は資本主義の終焉は歴史的必然ではない。だからこそ倫理的義務
からNAMをやるんだと言っている。

↑誤読だな
言ってないし、煽ってもない、変な誤解の上に持論ひけらかさないでね

480 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 18:07
柄谷理論からむしろNAMの失敗の予測が説けてしまうという皮肉・・


481 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 18:10
まぁ、環境危機を持ち出して煽ってるってことはないわな
まぁ、統計的事実なんだし危機から反論(ナムに)するのは無理があるよな

482 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 18:13
>480
だから過去ログ読んだら、誰も説得しないんだってNAMは

自発的にみんなが行動して行ってこそ見えてくるものがあるでしょ
人間としての共通認識とか、倫理とか、神とか

483 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 18:18
NAMは<他者>を説得して不買を意図的にさせようとしているのだろ。
資本は自滅しないなら、なおさら<他者>を不買へと説得する
言語が不可欠。
しかし、その言語が不在(それが柄谷の<他者>論)。
だから、説得によっては不買運動は起きない。
よって、NAM的不買が起きずかつ資本が自滅しないなら、資本は永続する、となる。

484 :>482:2001/02/05(月) 18:25
バカだよな。
なら、NAMはいらないだろ。
個々人が勝手にやるなら。
不買の必要性を自己認識できるんだ、世の消費者たちは。
たいしたものだ。
なら、NAMが口を挟まなくても、消費者は勝手に不買するんだ。


485 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 18:44
大多数の人の共通認識=資本主義はすばらしい(笑。

486 :アラ−:2001/02/05(月) 18:45
>>479

一つだけ念を押しておきたいのは、資本制段階からコミュニズムへの発展は
けっして歴史的必然ではないということです。それはただ、「自由でれ」、
「他者を手段としてのみならず、同時に目的として扱え」という、倫理的な
義務からのみ生じます。
                        「倫理21」P190より

私はこの「倫理21」の最後の一文を
「資本主義の終焉は歴史的必然ではない。だからこそ倫理的義務からNAMを
 やるんだ。」
と受け取ったが、それは私の誤読だったんだね。

いや〜難しいなぁ。本を読むって。
深く深く裏に潜む意味を考えないとだめなんだねぇ。
大変だなぁ。

487 :>484:2001/02/05(月) 18:57
過去ログとか読んだ?
キミ、おっくれてるー

488 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 18:59
>>486
その倫理的義務とは、歴史的必然と違うのかね?

489 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 19:04
>>484
自発的に行動する個人を横につなげるのがNAMなんだよね
初めっから、そう言われてんだよね。誤解なきように。

490 :アラ−:2001/02/05(月) 19:10
>>488

そうか!倫理的義務=歴史的必然(歴史的必然から倫理的義務が生じる?)だっ
たのか!

そんなこと考えもつかなかったよ。マジで。
凄いな君は!
もしかして天才?それとも多くの人もそう解釈してるのか?

もう、私のような凡人もしくはバカはカキコする資格がないね、これは。

491 :柄谷奈保子:2001/02/05(月) 19:17
けんかをやめて〜

みんなをとめて〜

わたし〜の〜ため〜に〜

あらそ〜わない〜で〜

もおこ〜れ〜い〜じょ〜お〜



492 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 19:18
>>490
皮肉なんだろうけど案外あたってるかもよ。
だから不可避的に環境問題が出てきちゃうんじゃないかな。

493 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 20:48
sage

494 :考えない信者さん:2001/02/05(月) 20:50
つまりは、人々が倫理的義務感に目覚める為の歴史的必然の一つの試練として
環境問題が出てきちゃったと?

このまま環境がどんどん悪化してくると、人々は「このままじゃいけない!将
来も不安だし消費なんかせずに貯金しよう。そして倫理的に振る舞おう。」な
どと考えるようになって、その結果、資本主義は静かに終焉を迎えると。

そして、資本主義終焉後の世界に備え、NAMは「くじ引き」やLETSなど様々な新
しい社会の仕組みを用意して待っている。


素晴らしい未来じゃないですか!
もう何の不安もいらないね!
NAMに入るとこんなハッピ−な気分になれるんだね!
さあ!みんなも、2ちゃんなんか見てないで今すぐ入ろうNAMに!

495 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 20:51
>492
唯物論的な考えでいくと、全面的にそうね。主体的であることも倫理的であろうとすることも
物理性に規定されてるわけだから。
ただNAMの存在が歴史的必然かどうかはまだわからない。ありきたりだが歴史の審判を
待つしかない。
だが、その反対に、NAMが歴史から超出できると思い込むのなら、それは単に内面的なだけである。
ちなみに柄谷は自分のことを唯物論者であり、マルクス者である、と明言している。



496 :素朴な質問:2001/02/05(月) 20:51
2ちゃんねる@柄谷オタにさえよく理解できない議論が
ほんとにアメリカで通用するのですか?

497 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 20:53
492だけど、ここでの蓄財云々の流れはほっといてのことよ。

498 :>496:2001/02/05(月) 21:15
>>495とか基地外だから。

理解できないの当然。

499 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 21:16
だからさ反資本主義はずっと柄谷が何十年も言ってんだけど


500 :的確な回答:2001/02/05(月) 21:22
>ほんとにアメリカで通用するのですか?
あのヴァカどもに分かるはずないじゃん

501 :>>494:2001/02/05(月) 21:24
一人、ヴァカがいるだけなのに、つまらない皮肉はいりません。

厨房が本気にしちゃいます。

502 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 21:32
歴史の審判?

>>495はどこの宗教の方ですか?

503 :>502:2001/02/05(月) 21:48
唯物論教。

セラピ−を受けることをお勧めします。

504 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 21:56
理解のセンスネエー

505 :厨房達へ:2001/02/05(月) 22:05
『原理』
『可能なるコミュニズム』
『倫理21』
を熟読せよ


書き込むのはそれから


それと過去ログも読め

506 :考える名無しさん:2001/02/05(月) 22:20
熟読っていうか普通に読んで理解してもらいたいよ
柄谷ってレトリカルな文章書くタイプじゃないだろ
「AはBである。そしてBでない」みたいなことは思想として提示すること
はあるが、文章では書かないだろ、特に一般向けの『倫理21』なんかでは

507 :坂本金八21:2001/02/05(月) 22:54
どうした、495!スネてないで出てこい!先生な、お前が名無しで書き込んでも
過去ログ読んだら、誰だかす−ぐわかるんだぞ
お前、言うこといっつも同じパタ−ンだからさ
な−んで、そんなにニヒリズムにしがみつく?過去に何かあったんか?
ニヒリズムに能動も受動もないぞ。しょせんは負け犬の思想じゃないか?
な−んで人々が何かを信じて倫理的になろうとするのを、希望できない?
希望を持ったっていいじゃないか
さあ、もう一人で斜に構えて、「このまま冷笑して見てれば、資本主義はもうじき
死滅さぁ」なんて考えを捨てて、みんなで、いっしょに運動しよう、なっ

508 :ご苦労さん:2001/02/05(月) 23:54
御褒美だよ。
http://www.sex.com

509 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 00:17
倫理的義務=歴史的必然?
んなわけねえだろ。宗教以外は

510 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 00:25
必死だな(w

511 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 00:43
クリたん=資本家は皆悪いやつだ的旧左翼型バカ
そしてここには
資本主義は自動的に終焉に向かうというポストモダン的左翼バカがいる。

しかも、こういうのに限って会員だったりする。

柄谷も大変だよ・・・

512 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 01:17
ポストモダン型左翼バカよ。
どうでもいい書き込みのときは、mail欄に sage って入れような。
一応、板のマナ−だからな。覚えような。

513 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 02:24
ヨーロッパなんかでさ、「環境だ倫理だいって人を煽るな」って
言ったら、みんなから総スカンくらうよ。
まぁ向こうでは社会民主主義者が幅を利かせてるんだけどな。

でも、そのうち日本でも社民の規制は強まるばかりだろな。
だって得意じゃん、あちらの思想の受け売り。

目に浮かぶぜ、環境だ人類愛だって言って煽るやつらの増えるのが。


514 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 04:32
ポストモダン型左翼バカよ。
環境だ人類愛だって言って煽るやつらが増えたら、何か困ったことがおきるの
かね?
そもそも議会における社会民主主義者は自国の利益を優先させるので、いざと
なったら環境や人類愛など2の次になるんだよ。
だからこそ、柄谷は社民主義を否定するんだよ。『原理』 読もうね。

とにかく、君の言うことは、「ニヒルな俺ってかっこいい」っていう程度の
幼稚な自意識むき出しの戯言にすぎないんだよ。
書けば書くほどバカが露呈してくるから、このへんで逃げとけって。

515 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 09:09
ポストモダン系左翼でバカでないのが浅田彰だったりするから、
この手の煽りも素人臭いぞ。
あと、柄谷がレトリカルだったら浅田・蓮実は何なんだ!
なんか、普通の新左翼の文脈からきてる人、案外多いのね、びっくり。

516 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 10:15
ともかく、自分の弱い頭で必死に考えた「理論体系」が壊されるのが怖いから
その「理論体系」を覆すような具体的ソ−スを引用されても、「AはBでない
そしてBである」みたいなことを言い出して、辻褄を合せようとするんだろう。

典型的な「理論にやられちゃった人」だよ。

物を考えるには、次から次へと自分の到達した理論を廃棄できるような、余裕
がなきゃダメなんだよ。必死に自分の考えを守り抜いたあげく外から見ると、
バカとしか言い様のない言説を繰り返す。
ポストモダンだろうが新旧左翼だろうが何でもいいが、こういうバカにだけは
ならないようにしましょうっていうのが歴史の教訓だよ。

517 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 11:18
まあ、ハイエクの自由主義と、柄谷ーNAMの違いが理解できない人が結構
いるっていうことだね。

ハイエクの極端な自由主義は、それを押し進めると必然的にアナーキズム
とコミュニズムの両義性に至るみたいな話だけど、それとNAMを混同し
て理解しちゃったんだね。

確かに似てるけどね。でも『原理』読めば、違いが分かるはずだがなあ。
(資本と国家とネーションの三位一体構造におけるネーションの問題)

518 :吾輩は名無しである:2001/02/06(火) 11:41
まあ、2チャンのレベルはこの程度ということで。

519 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 13:31
>>516
こいつさ、自分の意見ってのがないのかねえ(タダの煽りか。ウン)
こういう発言をヲタってる言うんだけどな(オレモナー)

520 :516:2001/02/06(火) 14:07
>>519

自分の意見?
名無しに自分の意見も何もないだろう。

まあ、>>517が俺の意見だけど。

ネーションとアソシエーションの違いは難しいな。
『原理』のP43の図を見てもらえばわかるけど、bとdの違いね。
「贈与の互酬制」が「LETS」に、「農業共同体」が「個人の多次元系の所属
とくじ引き」に対応するとして、じゃあ「友愛」に対応するのは何か?って
いうのが、俺のNAMに対する当面の疑問だな。
柄谷も、ここが上手く言えないから、あの図で全部アソシエーションで護摩
化したと思うんだけど。

ともかく、519は頭悪いだけじゃなくて卑怯だから「自分の意見」を言うと
「変な誤解の上に持論ひけらかさないでね」なんて言い出すから、これ以上
相手にしないけどね。

ヲタにもレベルっていうものがあるから、いっしょにされてもなー。

521 :>520:2001/02/06(火) 15:16
友愛に対応するのが倫理なんでは?

522 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 15:21
過剰防衛の嵐だな、こりゃ。
カワイソウニ・・・
まあ、まさにこの手の病的な「投資家」が資本を
破綻に導く主体だ、というのが俺のアイロニーだから、
この病的な投資家のいかれぶりを見ると、俺のアイロニー
もまんざらではない、ということがむしろ証示されたな(ww

523 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 17:01
自作自演=複数の自我=ヒューム=アナーキズム
よって自作自演=超越論的統覚なきアナーキズム(w

524 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 17:26
そもそも何の話だっけ(笑

525 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 17:30
蒸し返すなっつうの

526 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 18:16
NAM=Neta Atteno Monodane

527 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 18:23
みんなもうNAMに厭きたのか。早いよ。

528 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 19:56
黒い黄金バット・山城

529 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 21:36
NAMの人たちが人間的な魅力に欠けるというのはわかった。頭固いし、理解センスがないし、
面白みがない、まさに「価値なき人」。とっとと、この世界から出ていってくれ。



530 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 22:54
>529
んーなことわざわざ書き込むパーの方が要らない人間だー。

531 :考える名無しさん:2001/02/06(火) 23:33
えっと、しばらく黙って眺めてたんだけど
気になることがひとつだけあったので。
まさかそんなことないだろうけど、「恐慌=資本の死滅」と
考えてる人はいないよね?

532 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 08:49
恐慌は資本をめぐる制度がある種の「裸体」を晒す契機で、
そこから始めると考えればNAMほど簡単で正しい処方はあるまい、
と、考えるのが正しい柄谷読者。

533 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 15:16
NAMよりやっぱ近代化がさきでしょ。
政治経済レヴェルでは素朴な啓蒙主義でいいんじゃない?
現段階の日本では。
このスレ見てる限り日本人の精神年齢/学力の低下は
著しいみたいだしさ。

534 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 16:22
>>533言えてる。

535 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 18:00
なんか、ボコボコにされて半泣きしてるやつらばっかだな(藁
悔しかったのね(藁

536 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 18:24
>>533
それじゃあ哲学者が威張れない(藁

537 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 18:59
柄谷の『探究1』の第7章「蓄積と信用−他者からの逃走」と
『原理』の不買運動論を接続することを試みる。
柄谷はそこで次のようなことを言う。
(1)資本の運動の動機とは使用価値への無関心(禁欲=プロテスタンティズム)であり、
 その反面としての貨幣蓄積衝動である。
(2)信用とは商品を「売ったこと」ことにすることで、資本の回転運動を無限化する
 制度であるが、それは「決済」を未来へと不断に先送りにすることであり、恐慌とはその信用
 の崩壊のことであり、その崩壊の結果決済が一挙に押し寄せてきて、貨幣への需要が
 最高度に高まる事態のことである。
柄谷が「蓄積と信用」という論文で示したことは、いかに資本制が「貨幣」中心で動いているか、
ということであるが、しかし古典経済学では貨幣はたかだか「媒介」にすぎず、そこでは
その貨幣へのフェティシズムで資本が運動しているという事実が消去されているということである。
つまり貨幣蓄積欲で動く資本家とは、本質的に使用価値に無関心であり(つまり貨幣にしか関心がない)、
それはウェーバーのいうプロテスタンティズムの「世俗内禁欲」を背景にもつものである。
プロテスタントは世俗内禁欲をするがゆえに、もの(使用価値)を買わない。その反面として貨幣蓄積を行う。
これが資本の隠れたドライヴだと柄谷はいう。
だから、端的にプロテスタンティズムの倫理とは「不買(=禁欲)の倫理」なのである。
よって不買運動とは「プロテスタンティズムの倫理」の必然的な帰結なのではないか、ということである。


538 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 19:27
不買運動とは「貨幣の場」を利用して行われる
という『原理』における認識を想起して欲しい。
そうすれば、そこにプロテスタンティズムの禁欲の倫理(使用価値への禁欲=貨幣蓄積)が
潜んでいることに気づくであろう。

539 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 19:36
>>537
???
柄谷への嫌味だったらこれ以上はないねって感じの、
いわゆる「引用レイプ」だね。
引用して捻じ曲げちゃうっていう…

540 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 19:44
ウェーバーがいうようにプロテスタンティズムの倫理は資本主義の精神である。
だからウェーバーはプロテスタンティズムの倫理が資本主義のドライヴだとするが、対して
柄谷は資本主義を終わらせるのもまたプロテスタンティズムの倫理によってである、
という皮肉な指摘をしているのではないだろうか?
プロテスタンティズムの倫理は資本の精神だが、その精神によって資本はかえって滅ぶ。
資本の生成条件が同時に死滅の条件でもあるという弁証法を柄谷は言いたいのではないか?
「資本制経済の深化は、同時に、自らを滅ぼすための諸条件をつくりだすから」(『原理』P.71)である。

541 :考える名無しさん:2001/02/07(水) 20:12
所謂「逆接論理」。
その対義語が「順接論理」である。



542 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 00:46
貨幣の蓄積衝動と不買運動はぜんぜん違うってバー
前者は「買わない、将来に備えてお金を貯めておく」だけど
後者は「資本からは買わない。それに代わる別のところで買う」
でしょう?


543 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 08:11
プロテスタンティズム云々は柄谷さんが言ってんの?
だったらウィトゲンシュタイン経由じゃなきゃ話通じないよなー。
柄谷さんて「浅い読者」に不親切だからさー、ったく。

544 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 10:53
537=538=540=541馬鹿。
そういうことすると書き込み減るからやめろってバー。

545 :コサノオヴァ:2001/02/08(木) 11:58
あのね、分かりやすく説明するとですね。
インフレだろうが恐慌だろうが、確かに資本制経済を一時的に
危機に陥れることは事実なんですがね、結局はその一時的な
危機は資本主義をより高次で強化することにしかならない、と。
例えば形而上学批判によって見出された絶対的な欠如が
そのまま否定神学システムの安定化に寄与するみたいなことが
あるでしょう、厳密にはこのメタファーは適切じゃないけど、
まあ大体の感じとして。
つまり剰余価値発生をがんがん加速してやって、
システムそのものを自己解体に導くというスタンスは原理的
に見ても歴史的に考えても適切ではないだろう、
ということですね。
だからこそ、既に発生してしまった剰余価値をどう扱うか
ということじゃなくて、剰余価値発生のまさにその瞬間である
交換に介入してやるのが適切な資本に対する抵抗の手段である
のだ、と。これが柄谷おやびんの転回でしょう。
既に存在する単一体系を突き詰めて内破、というプロセスから
システムが単一体系に纏め上げられるその瞬間のメカニズム
の分析への移行。この流れくらいは一応、頭入れといて
くださいネー。オバ、オカイサンたべたいわさ(破綻。

546 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 13:55
「ブルジョワはブルジョワを否定できる」と柄谷はいう。
(『可能なるコミュニズム』P.76)
だから、ブルジョワ(プロテスタント)を否定するのはブルジョワ(プロテスタント)である。
だから、ブルジョワを否定するのもプロテスタンティズムの倫理である。
柄谷はこう言いつつ恐るべきことを考えている。
それがブルジョワがブルジョワを否定するという徹底した自己否定(自壊)の戦略である。
前者のブルジョワがガン細胞だとすると、後者のブルジョワが正常な細胞だろう。
ところで、正常な細胞とガン細胞とは識別不能。
だから、両者はともにブルジョワだ。しかし、片方はやはり「ガン」であることに変わりない。
そして、ガン細胞が正常な細胞を喰い、そして殺す。
これがブルジョワ自身の「自己捕食」の運動であり、柄谷はそれを
「ブルジョワがブルジョワを否定する」と表現したのである。
このブルジョワの自己廃棄の運動は自分の尾を自ら食らう「ウロボロス」の悲劇
を想起させるものがあるだろう。


547 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 14:22
「守銭奴は、皮肉なことに、物質的に無欲なのである。
ちょうど「天国に宝を積む」ために、この世において
無欲な信仰者のように。守銭奴には、宗教的倒錯に似た
ものがある。」(柄谷行人『探究1』P.135)

倫理=神の命令=宗教的倒錯。

548 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 15:20
>546

心からあなたに同意します。全くそのとおりですよね。
これからも理論的に貧しいけれど、切実な知的欲求、
実践的危機感を持ちあわせているわたしたちをリードして
どんどんNAMについて啓蒙してください。
期待しています。
そうすれば自然とこのスレも沈むでしょう。
まさにウロボロス的自己解体。
クエになったアル中のシャモのトモキも
おっかなびっくりです。

549 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 15:45
「自滅」とは自分の身体に自ら打撃を与えることにほかならない。
ウロボロスは現に自分の尾を喰って、自分に打撃を与え自滅の道を歩む。
自滅とはウロボロスの姿態そのままだ。



550 :549さんへ:2001/02/08(木) 16:10
本当になんでも知ってるんですね。
頼りになるなぁ。
それで質問なんですけど、柄谷理論は80年代前半に大きく切断線が入ってるってよく言われますけど(いわゆるてんかいってやつですね)、
その柄谷理論のてんかいとの関連なんですけど、
アインシュタイン以降の宇宙論っていうと、初期設定(いわゆるアインシュタイン方程式ってやつです。蛇足でしたね、あなたがこんなこと知らないはずないですもの)にしたがって公理系を構築していくと、最後にその公理系の規則に従わない「始まりの特異点」というのが最終的に出てきちゃうわけなんです。
当然ご存知だと思いますけどゲーデル数みたいなものです。質量とエネルギーの値が矛盾しちゃうんです。
で、そうやって「始まりの特異点」の処理の仕方でみんなうんうん悩んでたんですけど、ホーキングっていうちょっと身体障害者(まるであなたのようです)だけど天才的なひらめきをもった科学者が、その特異点の処理に画期的な革命をもたらして、新たな宇宙論のモデルを構築したわけです。
ベストセラーになりましたよね、「ブラックホールハそんなに黒くない」とかいうようなことが書いてある本。
で、宇宙物理にホーキングがもたらした画期的な切断と、柄谷理論のてんかいのあいだに、ある種の相関性が見出せるんじゃないかって、わたし思ったんですね。
でもあんまり頭よくなくて、詳しくはわからないんです・・・。
よかったら、というか聡明な貴方にぜひ、そこの所を超詳しく御教授願いたいんです。
あと、できれば関数に虚数を組み込んでる例のあの画期的なフラクタル幾何学も絡めて論じていただけると
超助かりなんですけど。
と、いうわけで、よろしくお願いしまーす。ちょっと簡単すぎる質問で恐縮なんですけれども。

551 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 17:00
どうでもいいが、哲学版ってこんなにドキュンだらけだったっけ?
真性ドキュンと、それを煽って面白がってる確信犯的ドキュン。
どれが誰とはいわんが、程々にしとけよ・・・。

552 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 17:18
自らの尾を噛むウロボロスはいわば、自己に自己が関与するという
「自己関係」を構成しているといえる。
その自己関係には、いうまでもなく<他者>は不在である。
ところで、自己関係がウロボロス的運命(自滅)を内在せしめているのなら、
自己関係の破綻はいずれ必至である。
そして自己関係が<他者>を排斥したうえで、構成されているなら、
ウロボロス的自己関係の自壊の果てに直面するのはまさに<他者>である。
資本とはウロボロス的自己関係態であり、その運命はウロボロスとともにある。
(まさに資本の構成契機たる蓄積と信用が「<他者>からの逃走だ」と柄谷が言うゆえんだ。)
そして、その<他者>との出会いが、コミュニズムの端緒を提供する。
なぜなら、<他者>からの逃走であるウロボロス的な自己関係態たる資本の自壊の果てに発見される
のもまた<他者>にほかならないからである。
だから、コミュニズムとは<他者>からの逃走の不可能性の表現であり、月並みにいえば、
<他者>を排斥しない<他者>との共存の方法なのである。
一言でいえば、コミュニズムとは「非自己関係態」なのである。

553 :552補足:2001/02/08(木) 17:40
資本(蓄積と信用)が「<他者>からの逃走」を契機としている以上、
資本は「<他者>からの逃走」である「自己関係(ウロボロス的関係)」
を構成しているといえるのである。
だから、資本は「ウロボロス的自己関係態」なのである。

554 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 17:53
>>550
超単純な煽りだが答えておこう。
『知の欺瞞』読め(藁

555 :考える名無しさん:2001/02/08(木) 20:25
贈与かNAMかの選択しか残ってない、はずなんだけどね。

556 :柄谷行人:2001/02/09(金) 00:29
最近レベルが落ちてきたな。

557 :>556:2001/02/09(金) 00:35
NAMのレベル?そうなの?

558 :考える名無しさん :2001/02/09(金) 00:41
>>556
閉鎖的な考え方ですねぇ(W


559 :考える名無しさん:2001/02/09(金) 01:39
なるほど。落ちてんな。

560 :考える名無しさん:2001/02/09(金) 08:09
資本主義側からの反撃が多いんだけど、それってソ連が存在してた頃の話って感じ。
NAMのミソは「国家」って装置の解体が、資本主義の破綻の救済になるってことにあって、
主には国家間の経済格差の解消に対する処方のひとつ、って考えるべきでさ。
左翼アレルギーの自称インテリ・リーマンのパーな主張はどっか行け(って煽り丸出し)。
とにかく最貧国をどうするか、ってとこに「倫理」って側面は出てくるでしょ。
そこをNAMじゃない人々は「贈与」で行こうとしてるわけよ。

561 :>560:2001/02/09(金) 11:10
ううん、いまいちばかですねえ・・・。

562 :名無しさん:2001/02/09(金) 12:14
http://search.auctions.yahoo.co.jp/search/auc?p=%CA%C1%C3%AB%B9%D4%BF%CD&alocale=0jp&acc=jp

563 :自称インテリ・リーマンの主張:2001/02/09(金) 12:21
>>560
で、あなたはたとえば人口問題とかどう考えるんですか?
国家や資本主義を解体して共産主義やら贈与主義の世の中になっても
問題は残りますよ。この問題はパイを均等に分けてもしょうがない、
というより均等に分ければ分けるほど人口は増えて問題は深刻化する
でしょう。

564 :考える名無しさん:2001/02/09(金) 13:04
戦争をバネにしてさえ成長するのが資本主義。

565 :560:2001/02/09(金) 14:20
それはそれで別件で考えるべきでしょうね。
ちなみに私、女子なんで、アボーション認可とバースコントロールの徹底
なんかもそこそこ有効かもって思いますが。

566 :せんせえしつもんっっ!:2001/02/09(金) 16:51
アボーション認可とバーカコントロールの徹底ってなんですかっ!

567 :考える名無しさん:2001/02/09(金) 17:47
人工妊娠中絶への宗教的規制を外すことと、
避妊教育の徹底です!

568 :考える名無しさん:2001/02/09(金) 17:55
妊娠時に病院にいくことを法律化!
してそのときに、精子バンクから、その父に似た
優秀な精子と取り替える。

569 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 00:47
ウロボロス野郎は気が済んだのか?

資本主義の比喩なら、もっとマシなのがあるぞ。
変な形の壺な。
でも、ここで壺の話はやめてくれよな。


570 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 06:16
にチャンネルNY特派員、柄谷こうじん氏の近況を報告してください。
ということでage

571 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 12:17
なぜNAM以外の「おこちゃま哲学」関係スレは元気なの?
現代思想はクラインかNAM以外しかないんかしら?

572 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 12:44
人気ないね、ここ。
終わりだな。



573 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 12:46
瞬間的に現在厨房工房率が90%まで上がりました。
誰かが誘導した様です。
飽きて本板に帰れば論客も戻ってくるでしょう。
(と言うか文学版や心理学版に出張しに行ってるってだけかも。
荒廃もそんな原因かもしれません)
暫し、ご辛抱を。

574 :風紀委員柄谷行人:2001/02/10(土) 12:53
さっさと「倫理!倫理!」と空騒ぎしろよ。
倫理マンセ〜!
倫理マンセ〜!
倫理マンセ〜!


575 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 13:05
やっぱ、東ヒロキだよな。
柄谷、浅田なんてもうお払い箱なんだっつーの。


576 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 13:37
「せんせいしつもんっっ!」だって。

ぷぷ

577 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 14:24
「ぷぷ」って言う人って、年齢低いかIQ低いかヒッキーか、
そのどれかに該当するよね。必ず。

578 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 16:35
ふくこ

579 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 20:23
NAM東京の土曜日にやってる勉強会に参加してる人います?

今日は遺伝子組み替え食品の問題だとか。

580 :考える名無しさん:2001/02/10(土) 23:08
荒らし厨房、逝ってよし→http://www.toshioffice.co.jp/top.html

581 :考える名無しさん:2001/02/11(日) 01:44
プッチブル・ちょこっとNAM

582 :考える名無しさん:2001/02/11(日) 02:06
誰か柄谷のアスキーアート描いて。

583 :考える名無しさん:2001/02/11(日) 02:08
NAM阿弥陀仏

584 :考える名無しさん:2001/02/11(日) 07:14
しかしなー1941年か、真珠湾。見事に60年周期だな。

585 :考える名無しさん:2001/02/11(日) 11:51
なんかお子様ばっかになってるからあげとく。

586 :南無侮れず:2001/02/11(日) 14:24
今年富士山が爆発して世界恐慌と言わないまでも日本金融恐慌が起こったら、状況的後押しとしては十分過ぎるな。
そうすると森も必然的に現れたと言われるのかな?オブチの死も必然なのか?


587 :考える名無しさん:2001/02/11(日) 17:46
>>575
東スレがどういうことになってるか見てからモノを言え!!

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=972580475&ls=50



588 :考える名無しさん:2001/02/11(日) 22:14
BSデジタル始まったけど、あれも39年のテレビ放映開始から60年だよな。




589 :戦略系統の話:2001/02/12(月) 05:37
いかにもおれたちは正しいことをやってるとばかりに大上段に構えるのは、本人たちの
精神的態度としてどうあれ、いまの時代にマッチしない。
あくまでマイノリティがマジョリティが攻撃するといったスタンスでいったほうが
若者には共感もたれると思う。
もともと逆説好きで、反骨心旺盛な柄谷は、裏をさらにひっくり返して正攻法にした
のかもしれないが、ウラの裏は結局、オモテにしか過ぎない。誰も他人の内面的プロセス
まではみようとしないから。
しかし、どっちにしても長い目で、地道にやるつもりでいた方がいいみたいだね。

590 :鎌田哲哉:2001/02/12(月) 19:52
きみは柄谷さんのやってきたことを完全に誤解してますね、、、
ひっくりかえす、とか、ジグザグ、とか軽々しく言ったのがマズかったのかな。

591 :考える名無しさん:2001/02/12(月) 19:55
ナムの土曜の勉強会参加したことあるけど、なんかいまいち。
別に、柄谷行人がどういおうと、関係ない人がほとんどじゃんか、この世の中。
柄谷行人が、こういった、それについて、自分はこのように考えている、
というのを聞きたいわけよ。あなたはあなたで自立した存在だから。

柄谷行人なんかどうでもいい。でも、ナムに関心を持っている人はいる。

592 :考える名無しさん:2001/02/12(月) 20:27
>591
同意。
柄谷は早めに引退しろ。


593 :元オウム@リハビリ中:2001/02/12(月) 20:39
「倫理」という言葉を10万回唱えれば、
「絶対の自由」の境地に到達できるって
本当ですか?
柄谷さんの言う「倫理」とは麻原尊師の「マントラ」のようなもの
と考えて良いのでしょうか?


594 :591>592:2001/02/12(月) 20:45
いや、別に柄谷行人は引退しなくてもいいんだけど。
実績ある人だし、年長者だし、立てるべきだと思う。

たださぁ、おれ30代なんだけどさ、
<記号としての柄谷さん>に何の薫陶も受けていないから、
同年代の柄谷信者はマジうざい。
おまえら、自分の頭で考えてんの?って張り飛ばしたくなるよ。

595 :考える名無しさん:2001/02/12(月) 20:52
何か一人「倫理アレルギー」みたいなのがいるな。
このスレの人もNAMの人も、それほど倫理、倫理と主張していないが。
「倫理なんて糞くらえ」的幼稚な自意識は、中学校のトイレで煙草でも吸って
卒業して欲しい。


596 :>594:2001/02/12(月) 21:07
「同年代(30代)の柄谷信者」なんているの?NAMの中に?
俺は見たことないが。
そもそも、柄谷みたいに、しょっちゅう意見を変える人の信者なんて無理
じゃない?
このスレにもいるが、今の柄谷と10年前の柄谷をいっしょにするのは無理だよ。



597 :非公開@個人情報保護のため:2001/02/12(月) 21:08
噂の真相によるとNAMの学生会員、全国で十数人らしいが本当か?
それなのにここはなぜこんなに人がいる?
ここは時代遅れの巣窟か?

598 :591:2001/02/12(月) 21:13
うーんでんもさ、柄谷はこういってる、で
止まってる人いるじゃんか。年代はみまちがえたのかな>596

599 :考える名無しさん:2001/02/12(月) 21:17
柄谷に対しては山城むつみ的態度がいいね。
山城にはちゃんとした「根」があるな。



600 :吾輩は名無しである:2001/02/12(月) 21:18
論文っぽい文章書いてる人、もしまた書かれるなら、
コテハンつけてもらえませんか?その他の馬鹿げたイチャモンを読むのが
面倒なので。
非常に興味深く読ませてもらっております。是非もっと書いてください。

601 :NAMスレの真相:2001/02/12(月) 21:27
自作自演で盛り上がってるふうに
みせかけているだけ。

602 :>600:2001/02/12(月) 21:31
ウロボロス野郎のこと言ってんの?
もし本気なら、あんたバカ。
煽りなら、もういい。飽きた。

603 :考える名無しさん:2001/02/12(月) 21:49
創価学会とNAMの協力は不可なのか?
創価のあの組織力は魅力だよ。
信者数も数千万単位らしいし(嘘臭いけど)。


604 :戦略系統の話:2001/02/12(月) 22:00
602は煽りというより潰しだな。何か嫌なことあったんか?

605 :考える名無しさん:2001/02/12(月) 22:41
やっぱり戦略系統の話=ウロボロス野郎だったか・・・
安心したよ。
本気ヴァカが多いと不安になるからな。

>もともと逆説好きで、反骨心旺盛な柄谷は、裏をさらにひっくり返して正攻
>法にしたのかもしれないが、

だから、この発想がそもそもねぇ・・・

君、通信簿に「視野が狭いです。思い込みが激しいです」って書かれてたろう。




606 :考える名無しさん:2001/02/12(月) 23:04
恐慌とは金(貨幣)の超越性の否定である。
だから、超越性の否定である恐慌後には超越性の不在(穴)が出現する。
そしてさらにその後、その超越性穴を埋めるべく颯爽と「国家主権者(ファシスト)」が
登場するだろう。
ところで、恐慌とは本質的に資本の挫折である。しかし、恐慌は今見たように、
国家主権者の到来を招くし、彼のもと再度の資本の循環(再生)も準備されるだろう。
だから、恐慌が資本の挫折であるにも関わらず、国家主権者のもと資本は再生してしまう。
(だから、資本は一般に言われるような「自己蘇生能力」を持っているというわけではなく、
国家の力で外部から資本の蘇生手術が計られ、資本は蘇生するのである。)
恐慌は金(貨幣)の超越性を否定し、資本に瀕死の重傷を負わせる。が、しかし、資本は
国家の力で蘇生手術を施され、あろうことか復活してしまう。
そして、その復活劇は「資本は永遠だ」という表象を不可避に作り出すが、
しかしその裏では国家による瀕死の資本への大手術が行われているのは忘却されがちなのである。
しかし、恐慌下で国家の手による資本の蘇生手術が行われる一方、
資本を本当に死にいたらしめようとする運動も不可避に発生する。
例えば、地域貨幣の一つである「イサカアワー」は1929年の世界恐慌下に
その広まりをみせたのであるからである。

607 :tetu:2001/02/12(月) 23:21
http://nendo.hypermart.net/bbs03/img-box/img20001120063410.jpg
この人、ナムだってさ。

608 :考える名無しさん:2001/02/12(月) 23:22
なんか一人疑心暗鬼になっている奴がいるな(笑。


609 :考える名無しさん:2001/02/12(月) 23:43
宗教信者は超越性の否定を最も恐れる。
だから、信者は超越性の否定である恐慌の到来を望まない。
だが、信者よ、安心したまえ。
資本がなくなれば、恐慌もそもそもなくなる。
(なぜなら、恐慌を引き起こすのは資本そのものだから。)
だから、超越性の否定を恐れる信者は資本を葬るために尽力することだ。

610 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 00:34
>恐慌とは金(貨幣)の超越性の否定である。

具体例をあげて説明せよ。


611 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 01:34
606=609
うわっまた始まったよ(藁
挑発すると、すぐ始まっちゃうっていう。
でも、ここまで徹底されると、俺の負けだ。
モロに「構造と力」以前の話だが、もう何も言わない。
思う存分書きまくれ(藁


612 :鎌田哲哉:2001/02/13(火) 05:49
具体例とかすぐ言い出すやつは、まず考えてないんだよね。

613 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 06:04
>>612

は?なんで?言ってることが理解できないから説明求めてるだけだが?
なんで恐慌が金(貨幣)の超越性の否定なの?なんで?なんで?

614 :経済人涙学:2001/02/13(火) 07:49
モノの信仰がなければ貨幣も資本も市場もない?

615 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 08:03
だから人はパンのみに生きるにあらず。
2000年前に戻った(ワラ

616 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 12:04
「東ヒロキ的なもの」はよい。

617 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 13:08
周知のように1929年の世界恐慌時には金と紙幣との交換が停止された。
つまり、世界恐慌によって所謂金本位制が停止された。
つまり、金が貨幣としての超越的な地位から退位させられたのである。
だから、世界恐慌とは金の超越性の否定だったのである。
金本位制が停止されてしまえば、もはや金は商品に対する一般的等価物として
君臨できなくなってしまうのである。つまり金は「単なる金属」になってしまったのである。
単なる金属としての金には一般的等価物としての何の超越性もない。
その時金を商店に持っていって何かの商品と交換することはもはやできない。
なぜなら、その時金は貨幣(一般的等価物)ではないから。
これが即ち金の超越性(一般的等価性)の否定(失墜)という事態である。
世界恐慌はまさにそれを実現してしまったのである。



618 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 13:11
そんでもって、その恐慌の反動で国家資本主義が強化されたんだよねー♪

619 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 13:39
恐慌下で資本(増殖する貨幣)の再建を計った国家資本主義には
救世主的偉大さがある。だから、世人は国家を礼賛する。
しかし、恐慌から地域貨幣への移行のほうがより積極的だ。
なぜなら、資本の再建はいずれつぎなる恐慌を準備するだけだから。
だから資本の再建は恐慌への対処としては場当たり的過ぎである。
恐慌は国家の強化へのステップでもあるが、同時にそれは地域貨幣システムへの移行を
動機つける。「イサカアワー」がまさにその例である。
我々が選びうる道はその二つに一つでしかないのはいうまでもない。

620 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 14:00
国家資本主義を批判することは不可能である。
それは資本に内在する困難を解消するかのような
外観(仮象)を不可避に作り出すから。
しかし、その国家主義的な資本制への不可能な批判
は最もラディカルなブルジョワイデオロギーである所謂自由主義イデオロギー
の側からしばしばなされるというのはまことに皮肉というほかない。
資本の困難を国家が解消してくれるというのに、あろうことか
当の資本家(ブルジョワ)はその国家を自由主義の名のもとに批判するのである。
「自縄自縛」とはまさにこのことである。
この国家と資本との愛憎こもごもの関係から離脱する景気を
地域貨幣は提供してくれるであろう。


621 :訂正:2001/02/13(火) 14:03
>620
景気を契機に訂正

622 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 14:50
恐慌は国家資本主義への移行しか動機つけないとする
見方は一面的である。
ところで、恐慌もつまるところ貨幣の問題である。
なぜなら、恐慌発生の前段階ではむしろ好景気が起こるが、
好景気とは投資活動が活発で、「未来はすばらしい」という楽観視が
その活発さを支えている。しかし、投資はしたものの、それが利子とともに
回収されないのではないか?という不安がいずれ不可避にやってくる。
なぜなら、未来とは所謂「不確定性」をその不可避の本質としているからだ。
その未来の不確定性が顕著になってくると、投資家は不安にかられリスクを避ける
べく、早急に「売り」に転ずるだろう。そうすると、株価は当然暴落する。
それが株価暴落としての恐慌である。その恐慌は他面では、いままで稼いだ利益の手元への確保のための
回収として、金融機関への取付騒ぎを引き起こす。1929年の世界恐慌の時は金への取付騒ぎとして
それは起こり、金の準備量を越える金への需要が起こり、結果金の交換停止が皮肉にも起こってしまった。
(だから、金の超越生を失墜させたのはむしろ皮肉にも金への課題な期待(需要)だったのだ。)
このようなパニック的騒動のそもそもの原因は利子を生む貨幣(つまり資本)である。
なぜなら、恐慌の前段階の好景気(バブル)を牽引する投資熱の根源はまさに回収されるべき利子(利潤)への
過剰な期待だからである。だから、恐慌とは貨幣の利子生み機能の問題へと遡及されるべきである。
まさに恐慌への真の対策として貨幣そのものの改造、つまり地域貨幣システムへの移行が必当然的で
あるゆえんである。
だから、根本的に貨幣問題である恐慌は「貨幣制度はそもそもどうあるべきか?」という反省をも
人に強いる瞬間なのである。



623 :度々訂正>622:2001/02/13(火) 14:55
「課題」を「過大」に訂正

624 :澄田:2001/02/13(火) 15:11
そうか!利子がなきゃいいのか!
ゼロ金利政策はやはり正しかったのか。
亀井に読ませてやろう。

625 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 15:32
亀井はケイジアンで資本主義懐疑派だからな。
『朝まで生テレビ』で亀井のケイジアンとしての本質がわかったよ。
ところで、国家資本主義は内在的には批判不能。
だから、今度の選挙でも自民党は勝つだろうね。
NAMがなんと言おうと、世間の人は国家の存在に異論ないし。
地域貨幣にも無関心だしね。
自民はマジしぶといゾ。


626 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 16:29
かくして恐慌によって重傷を負った資本は国家による治療を経て、
またしても蘇生してしまう。
恐るべし、「資本−ネーション−ステート」の三位一体構成!!



627 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 16:47
なんかPart1からぐるぐる同じ話してないか?

628 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 16:50
>>627
スレを全部は読んでないんだけど、
資本主義には自動修復作用がある…って所でループする前までの
話の脈絡を纏めてみてよ。

629 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 17:09
結論は明確だ。
「資本−ネーション−ステート」の無限円環を破砕するカギはLETSにあり!
ただLETSがまだ普及していないことが悩みの中心だな。



630 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 17:23
最近マトモじゃーん。

631 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 17:34
不買運動で資本を死滅させたとしても、
国家が資本をまた蘇生さけてしまい、そうなれば再び
「資本−ネーション−ステート」の円環が再生してしまう。
だから、不買運動の有効性は資本そのものに対してはあるが、
「資本−ネーション−ステート」の三位一体構成の前では無力だろう。
まさに「LETS」こそが「資本−ネーション−ステート」を最終的に葬りさる
カウンターメディアとして要請されるゆえんだ。


632 :(゚∀゚):2001/02/13(火) 18:30
鵺 って感じ。
それは良いのか悪いのか
ただ、アメリカ見てると、ああはなりたくないって、隅々まで思うね。
政治的にも
文化的にも
哲学的にも

633 :本日のポイント:2001/02/13(火) 18:36
恐慌とは貨幣の利子生み機能の問題へと遡及されるべきである
恐慌とは貨幣の利子生み機能の問題へと遡及されるべきである
恐慌とは貨幣の利子生み機能の問題へと遡及されるべきである
恐慌とは貨幣の利子生み機能の問題へと遡及されるべきである
恐慌とは貨幣の利子生み機能の問題へと遡及されるべきである
恐慌とは貨幣の利子生み機能の問題へと遡及されるべきである
恐慌とは貨幣の利子生み機能の問題へと遡及されるべきである
恐慌とは貨幣の利子生み機能の問題へと遡及されるべきである

分かりましたね?


634 :本日の結論:2001/02/13(火) 18:43
だから利子を生まない地域貨幣システムへの移行が必当然的である
だから利子を生まない地域貨幣システムへの移行が必当然的である
だから利子を生まない地域貨幣システムへの移行が必当然的である
だから利子を生まない地域貨幣システムへの移行が必当然的である
だから利子を生まない地域貨幣システムへの移行が必当然的である
だから利子を生まない地域貨幣システムへの移行が必当然的である
だから利子を生まない地域貨幣システムへの移行が必当然的である
だから利子を生まない地域貨幣システムへの移行が必当然的である

分かりやすいですね。


635 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 18:52
本日のポイント
(1)高金利(2)投資ブーム(3)バブル(4)バブル崩壊(5)金融恐慌(6)国家の強化
このように、「国家の強化」への道のりの端緒には「高金利」があるのです。



636 :(゚∀゚):2001/02/13(火) 18:58
うっさい

637 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 19:14
鵺(ぬえ)

638 :このスレをご覧の皆様へ:2001/02/13(火) 19:28
当スレはNAMの関心系の一つである福祉部門によって運営されております
知的障害者リハビリスレッドでございます。
カキコミは重度の知的障害者による懸命のリハビリの成果でございますので
誹謗中傷や批判の類はくれぐれも御遠慮下さい。
どうか温かい目で見守ってやって下さい。
御協力よろしくお願いいたします。




639 :ナム関連スレだす:2001/02/13(火) 20:42
★煽る方はナム批判スレに行って上げて下さい。
@NAMによらない資本主義研究スレッド@
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=977460242&ls=50
NAMは人気ないから終わり。やっぱ資本主義。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=980358132&ls=50
NAMの実情!!!
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=981111010&ls=50

★ナム関連の方、こんなのもあります。1に入れといて下さい。
基本が肝心@NAM入門編
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=981503387&ls=50

640 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 22:34
単純なNAM信者には少し刺激が強すぎたかな?
しかし、信者の信念を翻弄し、破壊することって快感だな。
このような逆説による攻撃はむしろ柄谷のオハコだし。
柄谷もこの同じ快楽を貪っていたに違いないな(笑。
やめられんわ、これ!



641 :鎌田哲哉:2001/02/13(火) 22:59
僕も病み付きになりました。

642 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 23:01
↑信者じゃないわ!メール欄を見れ!

643 :考える名無しさん:2001/02/13(火) 23:02
>>642>>640に対して

644 :本日の軽口:2001/02/13(火) 23:44
単純なNAM信者には少し刺激が強すぎたかな?
単純なNAM信者には少し刺激が強すぎたかな?
単純なNAM信者には少し刺激が強すぎたかな?
単純なNAM信者には少し刺激が強すぎたかな?
単純なNAM信者には少し刺激が強すぎたかな?
単純なNAM信者には少し刺激が強すぎたかな?
単純なNAM信者には少し刺激が強すぎたかな?
単純なNAM信者には少し刺激が強すぎたかな?

先生、また逆説っすか?翻弄されちゃいましたよ〜
あっはっは〜

645 :糞板達へ:2001/02/14(水) 00:33
             &#9604;&#9604;&#9604;&#9604;&#9604;
            &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9604;
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              &#9600;    &#9604;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9600;&#9600;
     &#9608;&#9600;&#9600;&#9600;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9604;&#9604;&#9604;&#9604;&#9608;&#9608;&#9600;&#9600;&#9600;&#9600;
          &#9600;&#9600;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;
             &#9600;&#9600;&#9600;&#9600;&#9600;    &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9604;&#9604;
           &#9604;          &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;
&#9600;&#9604;       &#9600;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9604;&#9604;     &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9600;&#9600;
 &#9608;&#9604;       &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9604;   &#9604;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9600;&#9600;
 &#9608;&#9600;      &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608; &#9604;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;
 &#9608;       &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9604;&#9608;&#9600;&#9608;&#9608;&#9608;&#9604;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;
&#9608;&#9608;&#9608;       &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608; &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;
 &#9608;&#9608;&#9608;&#9604;&#9604;&#9604;       &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9604;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;
  &#9600;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9604;   &#9604;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608; &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;
   &#9600;&#9600;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;  &#9600;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;
      &#9600;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9600;     &#9608;&#9608;&#9608;&#9608;&#9608;
          &#9600;&#9600;&#9600;&#9600;         &#9600;&#9608;&#9608;&#9608;
                         &#9600;&#9600;&#9600;




646 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 00:54
>625
亀井がケインジアンって笑わせんなよ
知ったような口きーてんなよ
自民党のやつらはケインズをなんもわかってない
おまえもなー

647 ::2001/02/14(水) 00:55
>625
亀井がケインジアンって笑わせんなよ
知ったような口きーてんなよ
自民党のやつらはケインズをなんもわかってない
おまえもなー

648 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 01:30
>知ったような口きーてんなよ
それ、今、禁句なんですぅ

649 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 12:25
終わったな、NAMスレも。
2500レスも、よく続いた方だよ。

650 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 13:10
うへ

651 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 13:11
もへ


652 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 13:12
まるでNAMそのものの未来を暗示するかのようですねあげ

653 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 19:36
ブラジルへ亡命します.

654 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 22:06
サブマリン化

655 :クラピカ@民族主義者:2001/02/14(水) 22:26
NAMスレ、破壊完了。

656 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 22:37
やはり工作員がね....

657 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 22:38
ああ...

658 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 23:15
NAM阿弥陀仏

659 :考える名無しさん:2001/02/14(水) 23:35
そうですか。

660 :考える名無しさん:2001/02/15(木) 00:00
俺の正体、石原慎太郎先生のブレーンの一人だよ。
ははははは・・・


661 :考える名無しさん:2001/02/15(木) 00:46
慎太郎と柄谷は実は結構仲良し(ピュア

662 :考える名無しさん:2001/02/15(木) 01:22
次期国家主権者石原慎太郎先生マンセ〜

663 :考える名無しさん:2001/02/16(金) 05:00
NAMスレもとうとう止ったか。

664 :考える名無しさん:2001/02/16(金) 10:06
いままではドキュソ会員のサイトや、ここでの断片的な情報しか内部の様子
が分からなかったが、NAM東京のサイトの勉強会の詳細に、何が話合われいる
かが詳しく記録されているからね。
このスレでまともな人が言っていたことも全部、話合われているので、
もう終了していいね。

NAM東京
http://plaza3.mbn.or.jp/~namtokyo/

665 :柄谷行人:2001/02/22(木) 01:32
age

666 :考える名無しさん:2001/02/22(木) 03:37
株が上昇する仕組みって知ってる?
株の買い手は当然値上がりしそうな銘柄を先読みするんだが
なんで、値上がりするかがポイント。
そのポイントはずばり他人が欲しがっている銘柄だってこと。
他人が欲しがっている銘柄は欲しがっている人がいる以上、その銘柄には需要がある。
需要があり、ましてやそれが増えれば、当然その銘柄の希少価値が高くなる。
だから、需要が高い銘柄は値が高騰する。
当然、株の買い手は後々高騰するであろう銘柄を事前に安く買って、
高騰したら高く売り、差額を利益として取得する。
こうして、株の買い手は利益を得るわけだが、そのポイントは他人が買いそうな
銘柄を買うということだな。
だから、不思議なことに、株の買い手は自分の選好で株を買うんじゃなくて、
他人が選好しそうな株銘柄を買うということだな。
だから、株の買い手は他人の選好(欲望)を文字通り「模倣」しているわけだ。
株の買い手とは他人の意志を先読みし、それに同調しようと必死な連中ってこと。
しかし、ひょっとしたら株を欲している他人がいないのではないか?という不安もそこにはある。
自分は確かに株を買おうとしているが、自分はその人でない以上、他人の動向など結局、闇の中だから。
だから、他人の動向を予期しながらでしか株の買い手は株を買えないから、(なぜなら他人の欲している
銘柄でないと値が高騰しないから)株を欲しがる他人の不在への憶測的不安は株の売買を停滞させるわけだ。それが高じれば、株の買い手は売り手に回って、株式市場から撤収しはじめる。
そして、株式市場には誰もいなくなった−−−崩壊・THE END
ってなるかもしれんな。・・・・GAME OVER。


667 :考える名無しさん:2001/02/22(木) 05:52
もうちょっと引っ張ろうよー。
また荒らしが来ちゃうぞ。

668 :>666:2001/02/22(木) 15:13
すげえ馬鹿

>株が上昇する仕組みって知ってる?
ははは。。。

669 :考える名無しさん:2001/02/22(木) 21:36
経済知ってる人に見られたら、恥ずかしいから上げるな

670 :666:2001/02/22(木) 23:25
「株」でなく「株価」が上昇する、ならいいのか?
意味的には同じことだが・・・。
あと、間違いがあるというなら、指摘すればいいじゃん。
NAMの先生方、ぜひ無知な私に御教示ください。


671 :>666:2001/02/23(金) 10:46
ご要望どおり指摘します(笑
どこの部分どう違うとか、細部を指摘する以前の問題。
学部の一般教養・・・というか「サルでもわかる」レヴェル
の話からしっかりお勉強して、それからきてくだちゃい。


672 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 10:58
要するに指摘できないのね。

673 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 11:11
>「株」でなく「株価」が上昇する、ならいいのか?
煽るのも申し訳なくなってきたよ...

産業史を考えず、「仕組み」なんて言われてもね。
美人投票的な投資心理なんて、一つの局面の末期症状に過ぎんよ。
「経済に実態はないんだ、他人の欲しがるものを欲しがる欲望だけが
 存在するんだ」とかいうバカは80年代にいっぱいいたが、バブルと
共に消えたよ。そして忘れた頃に復活してカモになってくれる。


674 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 11:25
>>>666
この人、株が何なのか解って無い様ね。
671の指摘、キツイようだけど親切よ。普通、逝って良しだから。
サルでも解る経済学なんて本もあったっけな〜

675 :671:2001/02/23(金) 11:42
というか、貨幣だろうが株式だろうが、そういう実体のない紙切れがあたかもそれ自体価値を持つもののごとく振る舞っているけれども、その実それらの価値は相対的に決定されているに過ぎないんで、本当は無根拠なんだ、皆だまされるなァァァァァ!
っていうような、実にポストモダーンな(笑、中森明夫より引用)ことを超回りくどくいっているだけでしょ。そんなのは最早常識であって、問題はそれらが最終的に無根拠であるにもかかわらずあたかも根拠を持っているかのごとく振る舞う、あるいは人々がそれが無根拠であることを熟知しているにもかかわらず、しかし社会全体として見た場合にはあたかも皆がその根拠を信じて疑わないかのごとくそれらが流通してしまう、そういったメカニズムの正攻法での詳細な分析が現在においては必要なんだよ。
いまや貨幣うが株式だろうが、そういったものの無根拠性を説くこと自体、極めて保守的な身振りなんであって・・・と、止めよう、弱い者苛めは(笑.
まあとにかく、一言だけ666欠点を指摘するとすれば・・・そうだね。文章がヘタクソだってことかな(笑。

676 :666ぢゃないよ:2001/02/23(金) 12:22
>671=675
ようやく真意が理解でけたけど
それぢゃあんたの意見をぜひ聞いてみたいなあ。
(お前のいうことはもう常識だ、とか時代遅れだという言い方も
何だかほんとうに凡庸にしか聞こえない)

677 :まだ続くのか?:2001/02/23(金) 13:29
げげっ、またこのスレの円環への誘いだったりして・・・

678 :いまはここがおもしろい:2001/02/23(金) 14:25
http://saki.2ch.net/test/read.cgi?bbs=news&key=982903869&ls=100
http://saki.2ch.net/test/read.cgi?bbs=news&key=982678487&ls=50
http://www.shugiintv.go.jp/wmp.asx?deli_id=12721&live=yes

679 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 15:47
お前ら今出てる雑誌「広告」の
柄谷行人−マイケル・リントン対談は
ちゃんと読んだんだろうな?
雑誌あげてのLETS特集だぞ。

680 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 16:55
しかし広告って博報堂がだしてる雑誌だろ。
ものの見事に資本にとりこまれてんじゃん。
なんだよそれ。



681 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 17:30
日経新聞とってるやつは手をアゲな。

682 :>681:2001/02/23(金) 20:11
おれ、まずひとりね

683 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 20:56
去年の『広告』が雑誌あげて特集したのは東浩紀。
今年はNAM? なんと変わり身が早い。藁)
広告業界の雄たる博報堂は
いわば資本主義の牙城みたいなもんだから、いささか心配。

684 :666:2001/02/23(金) 23:01
NAMの先生方、御教示ありがとうございます。
結局、間違いの指摘はできず、私の文章が下手なだけ
という御回答のようですね。
大変、理論水準の高い御教示ですね。
さすが、NAMの先生方の知的水準は素晴らしいですね。
感心しました。
柄谷行人先生の経済学理論もきっと経済学会とかでも大変
評判がよいのでしょうね。
さすがです!

685 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 23:19
>>684
馬鹿発見!
柄谷の経済理論なんて、学会では相手にされてないよ。
ましてや、国家と資本を廃止するなんて、学会的には爆笑ものだよ。
ほとんど、電波扱いだっつーの。


686 :欲望史試論:2001/02/23(金) 23:27
貨幣に対する我々の欲望の歴についてざっと考えてみましょう。
そもそも、貨幣は商品を買うための交換手段として存在し、我々は欲しい商品を
手に入れたいがために貨幣を必要としていました。
次に、我々は貨幣は何でも手に入れることのできるオールマイティーカードで
あることに気づいた我々は貨幣そのものに欲望をむけるようになった。
この2つの段階ですでに現在の状況まで入ってきてるわけです。またそれは
世界史であると同時に私たちの個人史でもあります。
さて、本来の目的だったはずの商品を差し置いて貨幣そのものを欲するように
なった我々は、その次にどのような形の欲望をどこに向けるでしょう?
考えられるのは、以前に商品を差し置いたように、貨幣をもまた差し置いて、
純粋に交換可能性だけを欲しがるようになる可能性です。いわば我々はどんどん具体性から離れて
抽象的なものを志向するわけです。
そこでNAMについてですが、コミュニズムもまた同じですが、それらはこのような欲望形態にもとづいた
史観のなかで見ることも可能だといえます。
つまり、それらは資本主義における欲望の発展形態としてとらえられる。
むしろ、その方が歴史的な流れにおいて自然なのではないか。
もちろん、それらが新たな欲望形態に十全にこたえうるものかどうかはまた
別の話です。


687 :686による蛇足的補足:2001/02/23(金) 23:40
要するに何も媒介する必要なしに好きなものを好きなときに好きなだけ
手に入れられたら最高なわけでしょう。あまりに身勝手な考えなようです
が、それが欲望の本質なのですからしようがないわけです。


688 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 23:45
>>685
お前が馬鹿だよ
>>684は煽りだよ

689 :さらに686による蛇足的補足:2001/02/23(金) 23:48
また、NAMが発展した形の欲望を受け皿として生じたといいたいのでは
もちろんありません。それは単に間違いです。
言いたいのは、NAMの可能性の中心があるとしたらそこなのじゃないかと
いうことです。

690 :考える名無しさん:2001/02/23(金) 23:59
もういちどバブルになれば、
他人の欲に従う欲なき主体があらわれるってことだな。
なら、666は別に間違ったことは言っていないことになるな。
ただ、不況局面の投資家心理を言っていないというだけか。
まあ、NAMは不況の欝心理から派生したようなものだからな(笑。
だから、NAMは負け組のルサンチマンのはけ口ってところかな。

691 :666:2001/02/24(土) 00:05
>>688
ははははは。。。
真性馬鹿はお前だよ。
666=684=685なんだよぉ。

692 :考える名無しさん:2001/02/24(土) 01:28
666とか686とか本当にもう恥ずかしいんで勘弁して下さい。
いいかげん治療に専念して下さい。

693 :考える名無しさん:2001/02/24(土) 19:57
>真性馬鹿はお前だよ。
>666=684=685なんだよぉ。

ひまなのね。NAMスレが唯一の生きがいなのね。ここしか行くとこないのね。
週末だというのに。かわいそうに。あたしが抱きしめてあげるっ。




694 :考える名無しさん:2001/02/24(土) 20:32
誰かジンメルあたりについて言及できる奴いないかな?
近代貨幣の特質というか...

695 :考える名無しさん:2001/02/25(日) 00:33
NAMシンパはもはや投げやりモードだね。
『噂の真相』によれば、会員は70人たらず(?)だとか。
生気のなさに納得だね(笑。
左翼運動って成功したためしないね、しかし。
そのうちNAMに挫折した元メンバーの悲哀をテーマにした青春挫折文学が
てできて、ボスの柄谷氏がそれを批評したりして(笑。


696 :考える名無しさん:2001/02/25(日) 00:42
学生が10人未満だっけ?なんでだ・・・

697 :考える名無しさん:2001/02/25(日) 00:57
実はもっと少ないんだけど・・・(毎日退会していくから・・・)

698 :カウンセラー:2001/02/25(日) 00:58
>>692
NAMの存在そのものがそもそも恥ずかしいってことに
早く気付いて下さい。
そして社会復帰が手遅れにならないうちに、早く目を覚まして下さい。
皆はあなたのことを暖かく迎えてくれるはずです。
さあ、勇気を出して、心を開いてみよう!!




699 :考える名無しさん:2001/02/25(日) 00:59
理念の新しさを気取っているだけでは、行き詰まるのは当たり前。
生活に根差さない運動は、うまくいった試しはありません。

700 :考える名無しさん:2001/02/25(日) 01:13
ごめん、NAMて具体的には何をする団体なの?

701 :考える名無しさん:2001/02/25(日) 01:15
そのうち「NAMは発展的に解消した」との
声明が出るのも時間の問題かな?
そして、その失敗は週刊誌の物笑いのタネに・・・


702 :考える名無しさん:2001/02/25(日) 08:34
>会員は70人たらず
>実はもっと少ないんだけど・・・(毎日退会していくから・・・)

これが真実だとすると、柄谷はピエロだね。もっと詳しい話きぼーん。



703 :カリスマ警備員の主張:2001/02/25(日) 14:00
まあ、今日の『マルクスの現在』で結構、自分が参加し
ている運動がどういう文脈にあるのかといったことが分
かって来たと思う。ネグリは労働者が主体としてたち現
れてくるのは工場から出た後、つまり仕事が終わった後
であるとして、そこでの連帯の重要性を解いていたとい
う。それがアンチノミー(自律)運動の根幹となる要素
ということのようだ。僕なんかでも、警備員の仕事が終
わって、会社の待合室にでむいてゴミなんかを棄ててい
るとき、仕事から帰ってきた仲間を見て、あれこれ思う
ところがある。実は警備員には、労働組合が存在しな
い。

警備員が労働組合を持ったら、現在、工事をするときに
は警備員をつけなければならないという決まりが出来て
いるのだけれど、業者の仕事にならないということで、
組合が出来ていないのだそうだけれど、僕が思うには組
合でなければいい、つまり一つの企業の中で組合を作っ
て、そこで賃上げ闘争をしたりして、組合員に拘束をし
たりしなければいい、と思ったりする。つまり警備員が
連帯を組めばいい。警備員をしている若者はそれから
様々な仕事についていくわけで、警備員の世界にこのよ
うな運動が広がったら、それは凄いことになるだろうと
思う。だけれども僕は警備員をこれからもしていくつも
りはないので、誰かやってくれ。

ケインズの蓄積、イコール、投資という数式がどうして
も理解できずに来たわけだけれど、なんとなく分かって
来た。ケインズの経済学は、イギリス資本がアメリカに
入り込んで、そこでフロンティアを開拓していく過程に
おいて、恐慌とかに直面してきたときに新たな経済学と
して出てきたようで、現在もアメリカ人は、収入のほと
んどを消費にまわすようで、蓄積率というのが数パーセ
ントしかないようだけれど、一方において日本の場合、
蓄積率が十パーセント近くにも至っている。これまでの
日本が護送団指揮の銀行経営をしてきた事情は、そのよ
うに蓄積率の高い民間の資本を市場に投資する為に生み
出されてきた体質であって、たとえばここでペイ・オフ
を実行するということの意味が問われてくることとな
る。

704 :おいしい:2001/02/25(日) 18:32
しかし、しばらく前に柄谷の運動には関わらないみたいなこと散々言ってた浅田が
コロりと態度変えてポストについてるってのもおもろいな。
ほんと、鼻だけは良いブラッドハウンド見たいなやつだな。

705 :月間ほら貝:2001/02/26(月) 01:02
◆ 柄谷行人 『倫理21』
 犯罪少年の親が「世間」から責められるのは不当だという話からはじまって
いるが、そういう立場の人が本書を読んでも、うるところはないだろう。
 題名に「倫理」をかかげ、カントを押し立ててはいるが、中味はマルクス主
義の護教文書である。カントの形式主義にのっとり、「倫理」は実践的立場を
選ぶという態度変更から生まれるとしているが、本書の「倫理的であれ」は
「マルクス主義者であれ」というに等しい。将来の世代のことを考えれば、マ
ルクス主義者になるしかないというのだから、おそれいる。
 唯物史観がお伽話であることが知れわたった今日、マルクス主義を守るため
に倫理の線まで後退し、陣地を再構築しようという選択は賢明だが、カントの
倫理説は鉄人28号のようなもので、リモコンをだれが握るかで左にもなれば、
右にもなる。ナチスの正当化にだって使えないことはないのである。まあ、ナ
チズムもマルクス主義も似たようなものだが。


706 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 01:25
>>701
>そして、その失敗は週刊誌の物笑いのタネに・・・

 君は妄想狂だね?週刊誌になんか取り上げられるわけないじゃん。
噂の真相が限界だな(藁

707 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 01:40
>>706
君は妄想狂だね?
噂の真相さえ取り上げるわけないじゃん(笑。

708 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 01:48
  うえ〜ん、NAMが終わったよ〜
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           ∩_∩
          ( ´Д⊂ヽ
         ⊂    ノ
           人  Y
          し (_)

709 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 01:49
今週の『週刊新潮』にはたしか革マル派の記事がのってたけどな。
出版業界ではNAMの認知度は革マル派以下なのか?

710 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 06:50
>しかし、しばらく前に柄谷の運動には関わらないみたいなこと散々言ってた浅田が

そーなの? なぜかしらん。。



711 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 10:11
>出版業界ではNAMの認知度は革マル派以下なのか?

普通に考えて当たり前じゃないか

712 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 14:14
クリたんの師匠が大手スーパーを恐喝未遂で逮捕されたモナー
http://www.asahi.com/0226/news/national26009.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           ∩_∩
          ( ´Д⊂ヽ
         ⊂    ノ
           人  Y
          し (_)

713 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 14:16
    次はNAMが潰れるモナー
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           ∩_∩
          ( ´Д⊂ヽ
         ⊂    ノ
           人  Y
          し (_)

714 :マジでぇ???:2001/02/26(月) 15:04
ああぁぁぁ〜師匠〜
クリたん東京進出の野望はどうなるんだ!

715 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 15:21
714のメール欄に激しく同意。
クリたん、どうするの!?

716 :日比谷公園の鳩:2001/02/26(月) 15:54
そういえば、一時期仲がよさそうで、対談本まで出した岩井克人とは決別
したのか?
岩井は柄谷・西部の言うLETSには否定的なようだったから・・結局西部に
乗り換えたってことかしら・・

717 :中野忠良:2001/02/26(月) 16:38
『原理』片手に、

「出すもの出さねえと俺の舎弟の所属してる政治団体に、お前の店の
 不買運動させるぞ、ゴラァ! グズグズしてっと街宣車で乗り付けて
 店の前で『ENERGY FLOW』流すぞ、ゴラァ!」

718 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 16:45
クリたんHPの読書メモを皆どーおもう

719 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 16:54
あどれすぎぼんぬ

720 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 17:29
http://ww3.enjoy.ne.jp/~kurihara.k/

NAMスレ住人なら常識だろが!

721 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 17:56
ただの自意識過剰

722 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 18:00
クリたんの師匠が大手スーパーを恐喝未遂で逮捕されたモナー
http://www.asahi.com/0226/news/national26009.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           ∩_∩
          ( ´Д⊂ヽ
         ⊂    ノ
           人  Y
          し (_)

723 :「オリンピック」恐喝の疑いで3人逮捕 警視庁 :2001/02/26(月) 18:13
 東証1部上場のスーパー「オリンピック」(本社・東京都立川市)を「ブランド品の偽物を売った」と脅して2億円を要求したとして警視庁捜査四課と立川署は26日、横浜市南区新川町5丁目、自称経済ジャーナリスト中野忠良容疑者(63)ら3人を恐喝未遂の疑いで逮捕したと発表した。
 調べでは、中野容疑者らは昨年6月28日から9月にかけて、オリンピックが輸入販売したイタリアのブランド「アルマーニ」のTシャツの領収書10万円分を持って同社を訪れ、「このTシャツはコピー品だと言われた」「2億円を4回に分けて支払ってほしい。支払わなければ、にせブランド品を売りつけたと執筆して掲載する」などと脅し、こうした文面のビラをJR立川駅前などで配布した疑い。

 捜査四課によると、オリンピックが仕入れたTシャツの一部に偽物が紛れ込んでおり、同社は仕入れ先に返品したという。(13:37)

724 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 19:05
なんかこのオッサン絶対不当逮捕だ!!とか騒ぎそうだなあ。
HP見たけど胡散臭い。

725 :CK@活動休止中:2001/02/26(月) 20:05
雑誌「広告」買ってちょっとめくってたらNAM入ろうかと思えてきた。
東クンの首しめるためにだけ。

726 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 20:30
あのね
こう考えてみて
学費年間1万円の学校(校舎なし、ネットでのMLのみ)
カリキュラムなし。カリキュラムをはじめ、必要な設備から
学生は作成はじめねばならない、自費で。
教師もいないし、職員もいず、すべて学生が学生の役割も含め
それらの役割を必要に応じて演じねばならない。
MLでの議論も、会員が退屈しきっているふりから
メールを出さないふり、退屈しのぎに話題提供するふり、
話題についていけないふり、教えてクンのふり、教えるさんのふり、
こうしたごっこ的なやり取りへの批判のふり、など
いろいろ演じて、会員を勧誘するふりをしていく。
会員はいつも退屈しているか、やることがないといってはぼやき、
やることがみつからないつくりだせないといっては叱られ、
叱られてはなにもいいかえせずだんまりし、だんまりに対してまたお叱りを受け、
いよよ退会するかと思いきや、会合の知らせが届き、いってみたら
何か刺激があった気もしてきて退会を延期したものの、やはり退屈であり、
退会するのもなんだし、これはダブルスクールだろな、他の会員にもなろうっと
てな感じでいくつもの会員になり、きづいてみたら、今までもこうした
道のりを歩んできたわけで、またかよ!と思えてきて、
ようするに自分を治療してくれる医者はどこにもいなかったわけで、
そういう医者探し/ドラゴン退治の旅にはもう飽きて、
・・・・といったようなことをML上にて指摘されたり自分で気づいたり
したかと思うと、そのこと自体を忘れてしまってたりして
なんだかぼんやりとではあるものの、いたって自分はまぬけで健康なのだと
思いやるに至った、夕刻であった。

727 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 20:40
なんかウンコしたくなってきた(藁

728 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 21:09
ちょび うけ。

729 :NAMその可能性の中心:2001/02/26(月) 21:29
「倫理」はいかにも拙い。それならむしろ「有限性の問題」とするがよい。
環境問題にしろ人口問題にしろ、それは結局、この地球の有限性とそこに属する我々とが
どう折り合いをつけていくかだし、他者というのもかけがえのない個人性=有限性のこと
だといえるだろうから。

730 :中野忠良大先生:2001/02/26(月) 22:00
お前ら、舎弟の政治団体ナメてっと、おいしい水飲ますぞ!ゴラァ!
俺は岡本太郎じゃねぇぞ、ゴラァ!

731 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 22:03
NAMも総会屋も似たようなものということですか。

終了、だね。

732 :NAM機動隊:2001/02/26(月) 22:18
ヴァカかおまえら!資本制でどうせおまえらみたいなのは
いいおもいできないいんだよ。そのくせにNAMの悪口いうのは懸命にやって
ほんとうにくだらないやつらだ

733 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 22:49
中野忠良っていうのは、クリたんが師と仰ぐ自称経済ジャーナリスト。
NAMとは何の関係もなし。
とはいえ昔、クリたんが日記でNAMに勧誘してたような(藁

734 :考える名無しさん:2001/02/26(月) 22:59
NAMのHP大幅更新でございます


735 :考える名無しさん:2001/02/27(火) 00:27
申し上げにくいですけどURL貼ってください。

736 :考える名無しさん:2001/02/27(火) 00:35
http://www.nam21.org/forum/essay/karatani1.htm
『マトリックス』を見てこういうこと考えるのか、あの人は。

737 :考える名無しさん:2001/02/27(火) 00:55
エネルギーが充電されましたっ!

738 :考える名無しさん:2001/02/27(火) 01:03
>736
俺から見れば損なお人だわ、柄谷は。

739 :考える名無しさん:2001/02/27(火) 01:04
中野忠良(恐喝未遂)たんのサイト

ttp://www.mail-journal.com/nak.htm

735が何のURLを求めているか知らないが検索エンジンくらい使おう。

740 :CK@活動休止中:2001/02/27(火) 08:34
すいません。柄谷で検索かけたらすごい数でてきて吃驚でした。

741 :考える名無しさん:2001/02/27(火) 13:22
マトリクスを見て「これはまるでNAMの運動ではないか」

すげえ。

742 :つぶやき五郎:2001/02/27(火) 13:36
去年NAMを震撼させた、「クリたんNAM広島本部立ち上げ未遂事件」も
総会屋系ジャーナリスト中野忠良のグループが背後にいたのか・・・

そもそも10万のニセブランド販売で2億要求するなんて不自然な話で、
オリンピック社長と仕手集団の関係は以前から噂されていたので、株
がらみのトラブルと見た方が良さそうだな・・・

投資事業有限責任組合か・・・



743 :驚愕の日々:2001/02/27(火) 14:06
NAM広島は総会屋によって運営されたかもしれないのか。
NAMに入ると何に巻き込まれるか分かったもんじゃないな・・・

744 :考える名無しさん:2001/02/27(火) 18:50
Marx関連スレ集めてみました
http://members.tripod.co.jp/aardvark/maru/marukei.htm

745 :>736:2001/03/01(木) 17:16
か、柄谷おやびん、そ、それは・・・。
マトリックス観て、いちばんやっちゃあいけない批評なんじゃあ・・・。
誰もが観終わった後、ちょっびりそういうこと考えるけど、
でもいくらなんでもマトリックスで政治経済語っちゃうのは痛いよね、
やっぱマトリックスはテクノロジーで攻めなきゃ、とか思うはずなのに、
そこをへーぜんと「これはまるでNAMのうんどうではないか」(爆。
すげえぜ、いままでちょっと俺、おやびんをなめてたぜ・・・。
二十歳過ぎて遅まきながらようやく柄谷の偉大さが分かってきた・・・。
この圧倒的なまでの時代錯誤感は素敵すぎる。決めた、NAMろう!



746 :考える名無しさん:2001/03/01(木) 17:30
「闘争のエチカ」の前書きでも柄谷は「ベルリン天使の歌」でやっちゃってます。「マトリックス」の方がさらにすごいけど。



747 :考える名無しさん:2001/03/01(木) 17:38
ヴェンダースとマトリックスではフェイズが違うよう。
「ベルリン」はそういう映画じゃんか。
AAだってちょっとセンチなテクスト書いてんじゃんか。
ヴェンダースだって明らかにそういうレス期待して撮ってるし。
でもまとりっくすは、まとりっくすは・・・ふえ、ぐすん、
うえええん、ままぁー、ぱぱがぁぁ、ぱぱがぁぁぁぁっ!

まあ、東浩紀くんがみたら、それみたことかとほくそえみそうな批評ではありますね。

748 :考える名無しさん:2001/03/01(木) 18:41
>745〜>747
柄谷は、意識して主題中心的な見方をしてんのよ。
村上とかの対談読めば分かるでしょ。
だから、蓮見的な批評を批判しているでしょう。

749 :考える名無しさん:2001/03/01(木) 18:46
雑誌『広告』では、その柄谷さんと東クンがコラボってます。
東クンは載ってないんだが、
東クンは「博報堂と仕事してる」とよく言うてました。

Q;私のハンドルネームは何でしょう?

750 :考える名無しさん:2001/03/01(木) 18:47
それは知ってるが、主題中心にした批評をすべき映画とそうでないのとがあるでしょう? 根本的なことで申し訳ないけど、マトリックスは果たして真剣に主題に取り組むのに適した映画なのかな、と思ったわけ。なんでもかんでも真剣に取り組んじゃうと、あんまり吉本と変わらなくなっちゃう気が・・・。吉本ー大塚対談みたいに(笑

751 :考える名無しさん:2001/03/01(木) 20:31
日本の映画が駄目なのは、主題が無いからだ、とか言ってたしな(藁

752 :考える名無しさん:2001/03/01(木) 21:08
つまらないものを面白く読める力は、必要だよ。
つまらないものを見てつまらないってつっこんで、
自分の方がまだましじゃい、と安心するのは、人を
利用することではないか。

753 :考える名無しさん:2001/03/02(金) 00:18
てかananでもなんでもいいんだが、柄谷の読者なんてほとんどいない雑誌で、
あの調子で映画批評を連載してほしい。みんなどういう反応するか見てみたい。

754 :考える名無しさん:2001/03/02(金) 00:24
anan程度の場なら、案外普通に受け取られるじゃないの?
結構受けるかもよ。

755 :考える名無しさん:2001/03/02(金) 00:44
「何観ても同じことしか言わないね、この人」とか言われそう。

756 :考える名無しさん:2001/03/02(金) 01:32
林真理子と同列に扱うのはいくらなんでもどうかと思うが

757 :考える名無しさん:2001/03/02(金) 03:17
柄谷って、洒落は分かる人なの?

758 :>752:2001/03/02(金) 11:09
そんなこといったらなんでもありじゃんか


759 :名無しさん@1周年:2001/03/02(金) 21:41
>758

そんなことはない。
>753
あのバだからああ書いているのは当然。

760 :考える名無しさん:2001/03/02(金) 22:47
広告はLETSにいれこんでます。
http://www.j-lets.net/
http://www.kohkoku.org/index_j.html


761 :考える名無しさん:2001/03/03(土) 03:44
>>760
ネタだけどね。ポーズだけ。

そろそろ目を覚ませ!

762 :くりたん名言集:2001/03/04(日) 15:21
本屋で柄谷さんの『マルクスの可能性の中心』を立ち読み。これまで正直に言うとこの本が何を言いたいのかよく分からなかったし、訳のわからないこと言ってるや、くらいしか思わなかった。だけれどそれが、マルクスの『資本論』の構造と重要な関係があるということを今日、読み取ることが出来た。



763 :考える名無しさん:2001/03/04(日) 15:40
クリたんは佐藤武男にはまったようだが、『世界十五大経済学』などの
経済学史の入門書などより、彼の理論的主著である『資本蓄積の空間及
び時間的発生過程』を読まなければ全く話にならない。
あれを読まずに佐藤武男を語るなど、恥ずかしいことこの上ない。

764 :考える名無しさん:2001/03/04(日) 17:55
クリたんって柄谷のこと?


765 :>764:2001/03/04(日) 19:41
クリたん=NAM会員にして総会屋の舎弟または謎の警備員

766 :考える名無しさん:2001/03/04(日) 20:29
>>764
おいおい>>762とか読めば分かるだろう

767 :考える名無しさん:2001/03/04(日) 22:07
お前らNAMの宣伝とかちゃんとやってる?
やってないの?ダメじゃん。
俺なんか例えば、
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=MU&action=m&board=1835289&tid=a5aa5ea1bca5a4a5aa50a5ca5baa4ka4da4a4a4fa1y8ep&sid=1835289&mid=1&type=date&first=1

768 :考える名無しさん:2001/03/05(月) 04:02
>NAM会員にして総会屋の舎弟または謎の警備員

むちゃくちゃかっこいいなあ。

769 :考える名無しさん:2001/03/06(火) 05:29
福子たんの新作が3月末に刊行?

http://www.editor-shop.co.jp/newpage11report.htm

770 :考える名無しさん:2001/03/06(火) 05:32
クリたんと福子たんが組めばNAMも蘇る。

771 :考える名無しさん:2001/03/07(水) 01:12
クリたん師匠(=総会屋)のページが閉じてるよ!

772 :考える名無しさん:2001/03/07(水) 01:45
クリたんは逮捕されないのか?どうなるんだよ!!
どうでもいいが

773 :考える名無しさん:2001/03/08(木) 15:49
クリたんと福子たんが結婚すればNAMも蘇る。

774 :考える名無しさん:2001/03/08(木) 16:29
福子たんは今年で57才だよ。
1944年生まれだから。
もうはばあだね。

775 :考える名無しさん:2001/03/09(金) 00:26
NAMってロゴがAUMに似ているのは、単なる偶然?
『歴史は繰り返す、一度めは悲劇として、二度目はファルスとして』

イタ飯屋で注文もできないような生活不適応者が、昔の夢をもう一度か・・・。
柄谷さんも昔は凄かったんだよ・・・。
レベルの低い連中あつめて、「美しき村」作るような老いぼれに成り下がったわけ。
『闘争のエチカ』の冒頭も、『マトリックス』をバーチャルしちゃうのも、歳のせいだろうな。
どっかの対談で、厄年は本当にあって、大変だったって言ってたけど・・・。
もう熟年なんだから・・・。


776 :考える名無しさん:2001/03/09(金) 00:40
NAMはもともと国木田独歩が考えたもの。

777 :考える名無しさん:2001/03/09(金) 00:42
実篤だろうが(笑)

778 :ななし:2001/03/09(金) 02:37
しかも正しくは「新しき村」(by武者小路実篤)です。

779 :参加考慮中:2001/03/09(金) 07:43
おれはNAMのメンバーぢゃないけど
ここでレベルが低いとNAMを冷笑している人間って
それなりに自らレベルが「高い」ことを実践してるんだろうなあ?
傍観してるのと一歩踏み出すことには大きな差があると思うけどね

780 :うわしん:2001/03/09(金) 09:35
>>775
イタ飯屋で注文もできないような生活不適応者って
柄谷のこと?
そこんところの詳細きぼ〜ん。

781 :考える名無しさん:2001/03/09(金) 10:23
>>780
うわしんって分かってるじゃん
みんなもネタはその程度

782 :名無しさん:2001/03/09(金) 12:30
>>779
>>傍観してるのと一歩踏み出すことには大きな差があると思うけどね
↑こういうことを言うようなヤツしか集まってこないように見えるから
ダメなんだよ。
それにこのテのどこに出しても立派なコトをおっしゃるようなかたはそも
そも2chに向きませんよ。なんでこんなトコに来てるの?(笑

783 :考える名無しさん:2001/03/09(金) 13:19
>782
そういう正統な反論を言うあなたも十分立派です。
故に、逝ってよし。

784 :参加考慮中:2001/03/09(金) 13:29
>>782
おれはあめぞうの時代から2chにいるぜ
なんだか自虐的なニュアンスは伝わってくるけど
なにをいいたいのかぜ〜んぜん理解できん
匿名だと「立派なこと」は意味ないのかねえ

785 :名無しさん:2001/03/09(金) 13:41
>匿名だと「立派なこと」は意味ないのかねえ
いややっぱそりゃ意味ないんじゃないか(笑

786 :考える名無しさん:2001/03/09(金) 13:43
まあ、確かに匿名の陰口と同じ位の意味しかなさそうだ。

787 :名無しさん:2001/03/09(金) 13:43
>>783
ヒトに「死ね」(→「逝ってよし」)とか言いなさんな。
そんなことくらい自分でよく解かってます(苦笑

788 :名無しさん:2001/03/09(金) 13:51
僕、自己言及しちゃったでしゅ(苦笑

789 :考える名無しさん:2001/03/09(金) 22:12
>780
そう、柄谷。福田和也談


790 :からったに:2001/03/09(金) 22:42
らーめん屋やすし屋ではちゃんと注文できるよ。
イタリア語は苦手なんだ。

791 :考える村上龍:2001/03/09(金) 23:06
柄谷はアメリカでどうやって生活してんだろ
当然イタ飯屋には行かないだろうが(w

792 :考える名無しさん:2001/03/10(土) 00:04
クリたんの師匠情報
http://www.mail-journal.com/20010307.htm


793 :考える名無しさん:2001/03/10(土) 02:17

 「週刊メールジャーナル」では今後、中野氏の原稿を一切掲載しないことと
決定しました。同時に、二度と絶対にこのような不祥事が起きないよう、全力
でつとめて参る所存でございます。何卒、ご理解を賜りますよう、お願い申し
上げます。


 代わりにクリたんが連載!?

794 :考える名無しさん:2001/03/10(土) 12:10
ネットで活躍するNAM会員はクリたんだけじゃない。

あみを救うために命懸けの闘争を展開中のエリート会員がここに!!
http://homepage2.nifty.com/situation/

795 :考える名無しさん:2001/03/10(土) 17:43
そいつか、ぷっちブルちょこっとNAMって書いてたやつ

796 :考える名無しさん:2001/03/12(月) 14:08
あげよう

797 :考える名無しさん:2001/03/13(火) 23:54
意味なしあげ

798 :考える名無しさん:2001/03/14(水) 03:33
もうNAMは厭きたね。

799 :遅れて来た中年:2001/03/14(水) 06:07
NAMのこと初めて知って、一気に読んだ。けっこう面白かった。
続きはどこでやってるの?


800 :考える名無しさん:2001/03/14(水) 10:18
「ついて来れない奴は置き去れ。」

どこへ逝くんだ、クリたん・・・・

801 :吾輩は名無しである:2001/03/14(水) 10:50
>800

クリヲタ発見

802 :クリたん:2001/03/14(水) 14:21
呼んだ?

803 :ジョパンツ:2001/03/14(水) 16:06
あみ・・・

804 :考える名無しさん:2001/03/14(水) 19:58
わーい、広末さんが加入うううううううううん!!

805 :考える名無しさん:2001/03/14(水) 23:40
NAMではロゴのデザインを募集してます。
採用された方には何も出しません。

柄ちゃんバッヂぐらい出せ、ゴルァ!

806 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 02:46
>>801
人にすぐ頼ることは愚民のすることだ。
しかも悲しいことに君の発言は笑えない。
同じ事を2度言わすな。
煽るならおもしろく煽れ。
そして少しづつでも良いから俺に近づいて来い
たった一つのことでも良い。全てとは言わないから

807 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 04:32
そろそろ新しいスレッド立てなきゃだけど、
次スレはNAMの実情スレでいいのかな?

808 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 09:15
NAM万歳!

809 :経済板から来ました。:2001/03/15(木) 11:03
 ところで、私も「NAM」の発達した可能性、に期待してはいるんですが、
どうして経済板も共産党板も数十のレスで沈んでしまっているのか?
 やはり新古典派+アホ共産ギャラリーには理解不能、という事なんでしょうかね。
 なんか、哲学板で異様に盛り上がっている、というのはやはり不自然!?

810 :哲学板傍観者ですが:2001/03/15(木) 11:34
>>809
世間からみればとういことだと思うんですが、経済学は思想的には反共産主義で、結局アンチ巨人は巨人の内という様な状況になってるんですよ。
NAMさんの議論はマネーサプライに関するまっとうな見解(直観?)に乗っ取って基礎付けされている様に思えるのですが、
組織というか人材面で、経済学出身者と共産党関連の出身者のこれまでの考え方を踏まえた上で相手を説得する方法論に欠けているように思えます。

議論のための議論という批判は哲学板にあるスレにはあてはまらないと思いますし、盛り上がるだけの内容はあると思って続けていいのではないですかね。

811 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 11:52
>>809

Part1から俺が一人で盛り上げたんだよ。
最近の東スレの盛り上がりも俺のおかげだ。
最近停滞気味なのはネタ切れと俺が飽きたからだ。

812 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 13:01
>>811

やっぱり石井ちゃんだったか。
行の揃え方からして石井ちゃんだと思っていたが

813 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 15:04
>>810
クリたん?

814 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 15:05
>>813
いやぜんぜん。

815 :クリおた:2001/03/15(木) 15:59
クリたんは師匠の逮捕により、経済ジャーナリスト志望から小説家志望
に転向よ。
文学賞三度落選もコネがないからに決まってるだろうゴルァ!

816 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 19:33
>881
べつにやらなくていいよ

817 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 19:36
>>815
いや才能ないだけ(w

818 :KuriKuri:2001/03/15(木) 20:55
くりたんよくあんなつまらない文章を毎日たれながせる
もんだ、うんこかよ

819 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 22:11
いやホント凄いよ、しかも長い
変に自意識過剰なんだけど、肝心の羞恥心がない(藁

820 :考える名無しさん:2001/03/15(木) 22:14
そこはほら、典型的な症例だから何を言っても・・・

821 :考える名無しさん:2001/03/16(金) 00:10
>>820
そんな大人な対応できないよみんなもっと言うべきことは言うべきだよ

822 :考える名無しさん:2001/03/16(金) 02:01
>>821
掲示板がなくなった今、どうやって言うんだよ?

823 :考える名無しさん:2001/03/16(金) 03:50
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜閉鎖〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

824 :考える名無しさん:2001/03/16(金) 04:15
>>822
   官製はがき

825 :考える名無しさん:2001/03/16(金) 05:31
おまえらネットウォッチ板にでも、クリたんスレ立てやがれ。
削除依頼出すぞ。

826 :考える名無しさん:2001/03/16(金) 06:05
http://WWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW

827 :考える名無しさん:2001/03/17(土) 11:07
age

828 :考える名無しさん:2001/03/19(月) 00:00
批評空間社を立ち上げそこから新批評空間を出すっていうのはどうなったんですか?

829 :考える名無しさん:2001/03/19(月) 02:14
>>822
面倒なんでやめました。

830 :クリヲタ:2001/03/19(月) 11:39
クリたん最新情報

先日、広島のサギ島で浅田彰も交え、クリたんの質問地獄が繰り広げ
られたそうだ。
そして、サギ島だけに帰りに詐欺にあったらしい(笑)

831 :考える名無しさん:2001/03/19(月) 12:48
http://www.nam21.org/forum/essay/karatani1.htm

君らはバカだった。
そして、俺もバカだった。
柄谷総裁のマトリックス論に込められたメッセージを理解できなかった
とはね!
「マトリックス」という概念こそが、98年の転回を理解する最大のキー
ワードだったのに・・・
マトリックスの更なる細分化でもなく、その解体でもない戦略。
これこそがNAMだったのか・・・

832 :考える名無しさん:2001/03/19(月) 14:30
NAMのホームページがリニューアルしました。
読みごたえありの内容になりましたね。
ちょっと、難しすぎる傾向があるのは仕方ないといえなくもないが・・・
理論的な考察を重視しすぎるのが欠点ともいえそうだわ。
斬新な発想ができない奴はおよびじゃないってことだす(わらわら


833 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 03:39
>831
そこで言われてるマトリックスというのは、いわば唯物論的思考のことでなにも
目新しいものではない。
唯物論にしたがっていえば、現状を支配するマトリックスを潰すことは、
新たなるマトリックスに支配されることである。
我々はマトリックスを相対化できるのか。たとえば映画マトリックスを見ている観客は
それを相対視していると言ってよいが、と同時に現実のマトリックスの属している。

834 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 04:43
>>830
かっこいいなあ。

835 :クリヲタ:2001/03/20(火) 09:29
クリたん最新発言

「僕を見下しているとすぐに僕に追い抜かれてしまいますからね」

皆さんも、がんばってクリたんに近づこう。



836 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 16:15
>>835
下げるな。上げるべし。

837 :吾輩は名無しである:2001/03/20(火) 16:36
今月の「サイゾー」で宮台さんと宮崎さんがNAMについて
少し語っていましたね。宮台さんはNAMを否定して、
「参加しない学生は民度が高い(笑)」
「浅田さんはなぜ柄谷行人に忠告してあげないの?」
といってました。それに答えて宮崎さんが、
「浅田さんは距離を置いて眺めてるだけ」と言ってました。


838 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 18:15
http://www.nam21.org/にある「資本と国家に対抗する闘争・ボイコット」
の山城むつみのレポートは分かりやすくていいね。

>奢侈品に限定する方向でのボイコットにはストイックなモラルが要求
>されてしまう。とくに「一斉に」ボイコットしようというときに、こ
>のストイシズムを受け入れる人は少ないのではないか。同じ倫理でも
>環境や安全や健康の観点からのボイコット、反核や反戦のような政治
>的な観点からのボイコットのほうが、まだ説得力を持つと思われる。
>(もっともその場合にはボイコットアイテムが別の意味で限定されるが)

なんて言うあたりは、やはりそうなのかという感じだ。

それにしても柄谷が「ある日突然、資本と国家に対抗する方法を思い付いた
のですっ!」などと、さも大発見をしたかのごとく言ったことが、10年前に
吉本隆明によって既に指摘されていたとは・・・
どっちがボケているのかわからないな(笑)

839 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 20:44
まだ続けるなら新スレたてろやボケェ!
Part2と3は俺が立てたから次は誰かほかの人やってね

840 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 21:51
>どっちがボケているのかわからないな

これを柄谷のヨシモト化現象と呼ぼう。




841 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 22:28
ちょっと立ちよっただけだけどさぁ。
このNAMの到達点ってどこなの?
資本主義の対抗ってとこはわかるんだけど、とって変わる主義ってなに?


842 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 22:30
間違い

とって変わる主義はあるの?


843 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 23:08
>>838
文脈が違うよ



844 :考える名無しさん:2001/03/20(火) 23:41
一応はnamは戦術論的なところにも踏み込んでるからね

845 :考える名無しさん:2001/03/21(水) 06:30
新スレ、きぼんね


846 :考える名無しさん:2001/03/21(水) 23:46
age

847 :>NAM会員:2001/03/22(木) 00:16
具体的に普段どんな活動をしているの?
シンポジウムや勉強会だけってことはないですよね。
あと、LETSを実際に使っているところってあるの?
(従来からある地域通貨を除く)


848 :考える名無しさん:2001/03/22(木) 01:07
岡崎乾二郎がガイアックスについて書いてるね。
岡崎にしては珍しく無批判にガイアックスを持ち上げてる
けれど、低公害、低価格といった売り文句も
結構情報操作されてたりして眉唾もんなのにね。

> したがって、この窮地から抜け出し、なおボイコットが有効な戦略たりうるために
> は、その商品が生み出される生産過程そのものだけではなく、その消費者の判断が
> 生み出されたところの情報の生産過程そのものへの批判も同時に行われなければな
> りません。

といいながらガイアックスの情報生産の過程には立ち入ってないよね。
もちろんガイアックスを選択することで、既得権益を守ろうとする
石油業界団体に対する抵抗にはなるんだろうけどさ。

849 :考える名無しさん:2001/03/22(木) 01:49
>>847
いいから黙っとけ!

850 :クリヲタ:2001/03/22(木) 09:46
クリたん最新情報

>さて、文学について。慣れないことをするものだからすっかり頭の
>感じがおかしくなって、新聞配達で不配を繰り返す。

これもちょっとしたボイコット。

851 :考える名無しさん:2001/03/22(木) 23:31
爆笑。
というか資本主義の先駆たる新聞社の片棒を担ぐとは嘆かわしい。

852 :考える名無しさん:2001/03/23(金) 00:04
>851
それを言うなら、資本主義の「走狗」でしょ。

853 :考える名無しさん:2001/03/23(金) 00:09
クリたん急死?

854 :考える名無しさん:2001/03/23(金) 00:17
>>853
休止。
お前らのせいだぞ。

855 ::2001/03/23(金) 00:28
みんなで応援メールを出そう!!!

856 :考える名無しさん:2001/03/23(金) 03:19
残念(T-T)

857 :考える名無しさん:2001/03/24(土) 04:20
誰もやってくれないから新スレ立てたよ。

New Associationist Movement(NAM)Part4
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=985374880&ls=50

ちょっとドキドキした。

858 :857:2001/03/24(土) 04:21
新スレ立ててホッとして、sageるの忘れてた。

859 :考える名無しさん:2001/03/25(日) 01:29
クリたん早くも復活したみたい。さすが。

>855
応援メール出したから?

860 :考える名無しさん:2001/03/31(土) 11:42
栗原はインチキ野郎じゃないか?

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