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科学とは何か?

1 :名無しさん@1周年:2000/07/03(月) 15:00
経験に基づいた知の体系が科学だとしたら、易は科学ですか?

2 :名無しさん@1周年:2000/07/03(月) 15:45
易は科学ではなく技術です。

3 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 00:06
じゃあ技術と科学の違いって何?

4 :>1:2000/07/04(火) 00:41
易って占いですよね?経験に基づいてるんですか?とてもそうは思えないんですけど...。易が当たることが経験的に検証されてなければ駄目でしょ。



5 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 00:43
科学=自然言語をなるべく専門用語に変換して現象を説明する
   ゲーム。

技術=はじめから技術用語をもちいて、現象を所期の目標にそって
   改造するゲーム。

6 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 00:45
>易が当たることが経験的に検証されてなければ駄目

中国人はそんな検証なんか「歴史」で代替してしまうんだよ。

7 :>6:2000/07/04(火) 00:52
あらら。そりゃ駄目だ。ワラ
歴史なんて都合よく改変されちゃうものだからね。


8 :6>7:2000/07/04(火) 01:12
もちろん「中国人」に肯定的な気分をもって
ああ書いたわけじゃない。
「改変」されたことを知っている人間を消してしまえば
歴史は立派な事実。これ、中国式。

9 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 01:24
易は当たることもあるし外れることもある。
気象予報は当たることもあるし外れることもある。
現象的に違いはないのでは?

10 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 01:36
どれくらい当ったか、外れたかは考慮しないの?>9
しなけりゃ、まあ言ってることに間違いはないと思うけどね。

11 :詳しくはシランが:2000/07/04(火) 01:46
最初期の天気予報よりは
「よく当たる」占い師の方が確率高そうだ。

12 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 06:31
形式化された理論?

13 :代理いぬ:2000/07/04(火) 06:52
>>12
それじゃあダメだろ。
易だって形式化されている。
しかし興味深い主題だな。
もし、蛙の鳴き方と明日の天気に、
8割方正しいと思われる形式的な整合関係があったとしたら、
どうだろう?
この蛙予報は科学的だろうか?

うーむ。

14 :>13:2000/07/04(火) 09:49
例えば、気圧降下を察知するということはあるかもしれない。
風向きや、気温変化から予測するということもありうるだろうね。
蛙予報がそうやって高い確率で当たるというのが確かなら、科学の道具立てとして十分だろうね。(なぜ当たるのか、科学の基本法則から導かれることが体系化して示せれば科学。わけわかんないけど、とにかく当たるというのなら技術。)
したがって、易でも、偶然ではなく、ほんとうに当たることが定量的に示されれば、科学に内包される可能性はある(少なくとも、技術としては認められよう。)

15 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 10:40
社会認識論ってどうよ?

16 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 12:18
易はどうだか知らないけど、「ツボ」ってのは確かに効果あるでしょ。
しかし経絡(ツボ)って生理学的には説明不能らしい。
西洋の知の体系からは説明不能だからと言って、
実際に効果あるものを非科学的として退けるわけにはいくまい。

17 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 12:25
細かいところだけど、天気予報は疑似科学だぞ。
台風予報ならはっきり科学とみなせるけど。
同様に、蛙予報は「蛙」「天気」以外に、もうひとつ
蛙予報の論理系のなかに定常する言葉を持ってこれないと
けっして科学にはなれないぞ。確率が高いだけじゃ
科学としては認められない。

18 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 12:29
>16
いや、非科学的なんだよ。
ただしかし、そのことに負い目を抱く必要が無い
ということ。ここの区別が大切。
経絡が生理学から説明できなければ、それは社会的に
信頼された習慣ということであって、
習慣と科学は、まったく別のことなのだから
とくに上下のレベルがあるわけではない。

19 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 12:43
反証可能性の有無

20 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 12:59
反証可能性理論の反証可能性は?>>19

21 :代理いぬ:2000/07/04(火) 13:24
>14
>科学の基本法則から導かれることが体系化して示せれば科学。
では、「科学の基本法則ってなんだろう?」ってことになるね。
なんだろう?

>16
>18
経絡の発想は、たとえ西洋の知の体系に含まれていなくても、
東洋の知の体系に含まれている。
科学は西洋のものでなくてはならないのだろうか?
東洋的な科学ってのもありだと思うが。
易や陰陽五行(よく知らんが)だって、
見方によっては十分論理的体系だと言えなくもない。
論理的だ整合的だと安易に形容しても、
よく考えると全く区別がついていないことに気付く。
概して、体系的だと形容されるすべての学問は、
その内部で論理的な整合性を持つものだ。

22 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 18:56
>>21
なんでそう東西を分けたがるのか、わからない。
インドから優秀な脳化学者やコンピューター理論家が
アメリカで多く成功しているという話は聞くし、
香港かシンガポールか忘れたが、優秀な工科大がある。

東洋的な科学なんてない。
もちろん西洋的な科学だってない。
たまたま、18・9世紀に世界を席巻した
科学技術が西洋発のものだったからといって
科学を西洋のものと決め付ける理由などない。

たとえ、「科学は西洋由来」とほざいて
自己の有意を示す西洋人がいたとして、
そんなやつは、たんなる
夜郎自大のバカに過ぎない。
ニュートンは当時の中国からの技術情報を
敬意を持って摂取していた。

>論理的だ整合的だと安易に形容しても

論理的であることは学問にとって
必要なことだが、それが科学のすべて
でもない。
説明したい現象を、誰もが受け入れられる
概念で説明することが科学なのであって
個々の理論が整合しているかどうかは
前者に比べたら2の次にくるべき関心だ。

23 :名無しさん@:2000/07/05(水) 07:13
科学はscience 東洋は説得力がない

24 :代理いぬ:2000/07/05(水) 08:27
>22
もう少しよく読んでほしいな。
私は東西を分けることや、論理的、整合的ということだけでは、
科学を定義することは出来ないというニュアンスで書いたつもりだが。

ちなみに君の、
>説明したい現象を、誰もが受け入れられる
>概念で説明することが科学なのであって
では、宗教だろうがなんだろうが、
共感を呼ぶものすべてが科学となってしまうぞ。
五行説は中国で受け入れられていた理論だったのではないのか?
しかし、今日では五行説を科学とはなかなか呼ぶまい。


やはり、科学自体は曖昧な言説に過ぎず、
過去の科学との体系全体の整合性によって、
次の科学の枠組が規定されていくということだけが正しいのだろうか?
しかしそれでは、科学の定義について、
なにも取り決めないのと同じではないのか…。

はー。
誰かこの辺詳しい人が語ってくれないかなあ。
それとも、語れるような人は一人も見ていないのだろうか。

25 :無職:2000/07/05(水) 11:22
「科学」と「それ以外」をわける意味ってあるのかねぇ。
「錬金術」って「科学」だったっけ。
ごめんなさいね。ちょっと通りすがったもんだから。

26 :名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 11:24
>>24
あんまり「科学」「科学」と連呼されても話がはっきり
しないので確認したいんだが、
科学と呼ばれているものの中にも、その厳密性に
レベルの違いがあることは、わかっていってる?

たとえば、古典力学と生物学でははるかに
厳密性に違いがあるし、生物学の部門内
でも、分子遺伝学と進化論では、後者が
よっぽど雑な研究枠組みにとどまっていること
などなど、を踏まえて科学といってるの?

あと、
>では、宗教だろうがなんだろうが、
>共感を呼ぶものすべてが科学となってしまうぞ。
>五行説は中国で受け入れられていた理論だったのではないのか?
は完全な詭弁。
ニュートンは量子力学を知らなかったけど
彼の科学はでたらめだったのかな?

27 :無職:2000/07/05(水) 11:25
「科学技術」って、科学?技術?

28 :名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 11:37
>>26
最後の段落は舌足らずだったので
ちょっと補足。

どんな人間社会でも最初から、現象の説明が
完璧に成される訳では、当然ない。
中国が5行説でもってた期間があったとして、
それは現に、いまの中国では公式には棄却
されて、習慣・文化の領域に移っている。

それを、ある一時期公認されていたとして
宗教を科学と等置するのはいただけない。

そして、公認されていればいいわけではなく
現象を厳密に説明しなければならないのだから
いつまでも5行説で持ちこたえられるわけではない。

その意味で、
>では、宗教だろうがなんだろうが、
>共感を呼ぶものすべてが科学となってしまうぞ。
>五行説は中国で受け入れられていた理論だったのではないのか?
は完全な詭弁。
共感を呼ぶことが科学の必要十分条件では
ないのだから。
そして、過去の一時期に足りなかった知識体系
をあげつらうのもまた愚かしい。
ニュートンは量子力学を知らなかったし
また、宇宙が完全に静止したものだという
観念を持っていたけれど
彼の科学はでたらめだったのかな?

29 :代理いぬ:2000/07/05(水) 13:46
>25
>「科学」と「それ以外」をわける意味ってあるのかねぇ。
科学者にとって、擬似科学者の存在がむかつくからです。(゚Д゚)

>26
はじめに言っておくが、私はものの良し悪しを言っているのではない。
少なくともここでの議論においては、科学と非科学の境界に興味があるだけだ。
私は五行説の悪口を言った覚えはないし、むしろ、ある時代の中国においては、
五行説は科学だったのではないだろうかという見解を述べたつもりだが。
君はなにか勘違いしてはいないかね?

>科学と呼ばれているものの中にも、その厳密性に
>レベルの違いがあることは、わかっていってる?
分子生物学と進化論の違いは、研究領域の違いだ。
どっちが厳密なんて言ってたら怒られるぞ。

30 :代理いぬ:2000/07/05(水) 13:46
>26
>ニュートンは量子力学を知らなかったけど
>彼の科学はでたらめだったのかな?
五行説と近代科学に共通項は薄いが、
古典力学と量子力学には包括関係が見うけられる。
詭弁は君だろう。

>28
>それを、ある一時期公認されていたとして
>宗教を科学と等置するのはいただけない。
それは確かにその通りなのだが、
結局、"宗教"と"科学"という言葉を無定義に使い分けてしまっている。

>公認されていればいいわけではなく
>現象を厳密に説明しなければならないのだから
その言い方ではダメだと言っただろう?
「現象を厳密に」なんて言い方で解決できるのだとしたら、
誰も苦労はしないし、科学哲学も必要ない。

一体、「現象を厳密に」とはどういう意味なのだ?
現象をよく説明するという視点で見るのなら、量子力学は非科学だ。
量力力学が支持を得た理由は、技術的側面が強い。
アインシュタインが抵抗したように、
量子力学は、我々に現象を説明しないのだぞ。

31 :代理いぬ:2000/07/05(水) 13:53
おっと!
29の
「科学者にとって、擬似科学者の存在がむかつくからです」
は、
「科学者にとって、擬似科学者が科学者面するのがむかつくからです」
に訂正。
この構図って、ソーカル事件にもまんま当てはまるんだよねえ。

32 :名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 15:36
>むしろ、ある時代の中国においては、
>五行説は科学だったのではないだろうかという見解を述べたつもりだが

違います。
万物の根源は、木・火・土・金・水である(5行説)と考えるのは
結構。ただし、では、これらの根源はなんなのだろう?
つまり、5行説は、万物の根源というものを、当時の人にとって
ナイーブに関知されるいくつかの諸現象に、なんの根拠もなく関連させた
だけの思想にすぎない。

原子説と5行説の論理構成の違いがまったく理解できないのかな?

>分子生物学と進化論の違いは、研究領域の違いだ。
>どっちが厳密なんて言ってたら怒られるぞ。

おや驚いた。
当事者が怒るかどうかが君の判断基準なのかい。
研究領域の違いであつかっている論理構成の厳密さ
に差があるのは当然だ。

>>ニュートンは量子力学を知らなかったけど
>>彼の科学はでたらめだったのかな?
>五行説と近代科学に共通項は薄いが、
>古典力学と量子力学には包括関係が見うけられる。
>詭弁は君だろう。

話の前提をネグって突っ込みやすい記述だけを
抜いてくるなよ(笑)。
ところで、その包括関係(包含関係?)をちょっと
教えてもらえないか?

>量子力学は、我々に現象を説明しないのだぞ。

統計を理解できない人の典型的言い分。
君自身が、何らかの事情で、量子力学の説明が理解できなくとも、
パソコンをつかってこの掲示板に意見を投稿することで
「量子力学が、我々に現象を説明し」ていることを理解している
人間(技術者)の恩恵を受けている。このことは忘れないでくれ

33 :通りすがりのぢぢぃ:2000/07/05(水) 19:46
科学は経験に基づく知の「体系」、すなわち点が線で
結ばれている「システム」ですが、
易は点が切れている部分もあるのでは。

34 :通りすがりのぢぢぃ:2000/07/05(水) 19:48
>点が切れている部分もあるのでは。
「点」ではなく「線」ですな。
ステージ5。

35 :名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 20:09
>>23
scienceには特別な語源があるのですか?

36 :代理いぬ:2000/07/05(水) 20:47
>32
>つまり、5行説は、万物の根源というものを、当時の人にとって
>ナイーブに関知されるいくつかの諸現象に、
>なんの根拠もなく関連させただけの思想にすぎない。
相変わらずわからんやつだな。
今問題にしているのは「科学とは何か?」と言うことであって、
諸分野に対する君の見解を聞いているのではない。
君が上で述べるようなことは、あくまで五行説に対する君個人の見解であって、
科学哲学に関連する意見ではない。
現に、過去の中国おいて五行説は"有効な"科学理論だったのかもしれないぞ。
それを君の見解で勝手に、「科学ではない」と宣言しても、それはなんの意味も為さないのだよ。
重要なのは、「なぜ五行説は科学とは言えないのか」というその根拠であって、
常識的見解ではない。
もう少し、問題の困難さを認識したまえ。

>研究領域の違いであつかっている論理構成の厳密さに差があるのは当然だ。
「論理構成の厳密さ」なんて、素人の意見だな。
内部に矛盾のない限り、厳密に"差"などあるはずはないのだよ。
分子生物学の方が事細かに見えるのは、見かけ上の話だ。
恐らく、君は、算術より代数学の方が厳密だと勘違いするのだろう。
しかし、公理に対して矛盾のない以上、両者に「厳密さの違い」などあろうはずもない。

さらに問題なのは、「厳密さの違い」なる概念を持ち出しても、
いっこうに科学と非科学の境界線を引くことは出来ないことだ。
議論の中心に挙がっている問題を忘れないでほしい。
君は浅はかだな。

37 :代理いぬ:2000/07/05(水) 20:47
>ところで、その包括関係(包含関係?)をちょっと
>教えてもらえないか?
五行説が反証を許さない万能の理論であるのに対して、
古典力学は反証され、次の相対論、
量子力学へとパラダイムをシフトさせることが出来た。
それに、量子力学もマクロな視点においては、
古典力学に近似な振る舞いを見せるそうだから、
これらには、ある種の包括関係があると"口が滑った"のだよ。
確かに、安易に包括関係などと言うべきではなかったね。

>統計を理解できない人の典型的言い分。
その通りだ。
私は確率を理論だと認めない。(決定論者だからな)
あくまで量子力学は不完全であり、その不完全さは、
人間の認識の限界から来るものだという考え方に賛成だ。
技術の恩恵を忘れるなだって?(何をいまさら)
これらの意見が信念の問題であることは、
量子力学を認めつつ否定したアインシュタインに同じだ。

もう一度言っておこう。
問題の本質を理解しないものと対話をしても、いっこうに議論は進まない。
私は君個人の科学観を聞きたいのではなく、"科学哲学的科学観"について興味があるのだ。
君が、それについての意見を持たないのなら、君とは話すだけ無駄だ。

38 :名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 21:07
>37
こいつ何なんだ。おまえ友達おらんやろ。
なんか、くその役に立つことでもせえや。

39 :名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 21:27
>今問題にしているのは「科学とは何か?」と言うことであって、
>諸分野に対する君の見解を聞いているのではない。

いや、見解ではないよ。これは事実だ。
それとも、5行説には>>32のような記述を
「事実に反する個性的見解として棄却するさらなる
論述のレベルが存在する」と言いたいのかな?
ならばそれを提示したらどうだろう? 代理君?

>現に、過去の中国おいて五行説は"有効な"科学理論
>だったのかもしれないぞ。
>それを君の見解で勝手に、「科学ではない」と宣言しても、
>それはなんの意味も為さないのだよ。

まず、「有効である」ということはどんなことかを
メタレベルで記述しよう。君はその努力をする
義務がある。さもなければ、一般に通用する
議論ができないで、いつまでも秘教的な存在で
いつづけることだろう。

>重要なのは、「なぜ五行説は科学とは言えないのか」
>というその根拠

何度も言ったぞ(笑)。
端的にトートロジーだからです。
「万物」という概念を「火木土金水」に「対応」させただけであって、
けっして「還元」したわけではないからだ。
そして、その対応規則もまた明示されていない。

>もう少し、問題の困難さを認識したまえ

認識しえた問題は絶対に(いいか、絶対にだ!)
困難であろう筈がない。
そんなことも判らずに馬齢を重ねてきたのかね。

40 :名無しさん@1周年:2000/07/05(水) 21:27
>しかし、公理に対して矛盾のない以上、
>両者に「厳密さの違い」などあろうはずもない

また前提をネグったね(笑)。
よろしい、では生物学の公理とやらを是非教えてもらおう。
それが正しいものであったら、君を尊敬するよ。
ぼくにはまったく考えもつかない概念であるからね!

(付言。ぼくは>>26において「分子生物学」とは言ってない
「分子遺伝学」といったのだ。どうやら代理君は>>29において
両者の区別がついてないことを暴露したようだね)

>いっこうに科学と非科学の境界線を引くことは出来ないことだ

確かに、科学は特定個人のカルトな信念を改変させえないことは
認めるよ(笑)。

>古典力学は反証され、次の相対論、
>量子力学へとパラダイムをシフトさせることが出来た

ここでも君には「古典力学は反証され」とい記述の真意を
メタレベルで記述してもらう義務がありそうだね。
先に釘を打っておくが、日常生活で古典力学は
いまでもりっぱに通用するが、そういう現状をもってしても
君は「古典力学は反証され」た、というのだね?

>量子力学を認めつつ否定したアインシュタインに同じだ。

まるで君がアインシュタインと同じ価値をもっているかのような
言い分だね(笑)。
では、アインシュタインがボーアの理論の何を認め、何を
承服し得なかったか、簡単に記述して見たまえ。

最後に言っておこう。
問題の本質を理解し、一般的に記述できない人間に
議論をする資格はない。
わたしは特定個人のカルトな信念に興味があるのではなく
その特定個人がいかに論理的な手続きをおこたって
妄言を成立せしめているかに興味があるのだ。
君がその用件を十全に具えていることを開示してくれたから
君との対話は個人的には有意義だったよ。
(同僚からは、また如何物食いをからかわれるのだろうがね)

41 :旅がらす:2000/07/05(水) 21:56
おーい ここにも、もう一匹おるぞ。

42 :代理いぬ:2000/07/06(木) 01:45
>39
>40
あまりにくだらないな。

だいたい、もののわかってない奴に限って直ぐに、
「科学的に示せ!」とか、「論理的に説明しろ!」とかほざくものだ。
「論理的」だの、「科学的」だの安易に口に出すわりには、
一体、当人にどうしてほしいのかが全く伝わってこない。
他人に求めるなら、まず君がやってみせてくれ給えよ。
その、メタレベルの記述って奴をな。
私には意味がわからんよ。
一体、君は私に何を望んでいるのだ?
(論理式で会話しろとでも言うのか、ははは!)

ついでに言えば、
自然言語の言明に「トートロジーだ」という根拠を持ち出したり、
「生物学の公理を教えてくれ」と言ってみたり、
君が論理に対して素人だという事はバレバレなのだよ。

私は、科学と非科学の境界に対する前向きな意見を求めているのだ。
君のように、知ったかぶりを続けるだけのくだらん奴には興味がない。
素朴な意見には罪がないが、知ったかぶりをする奴は偽証罪で死刑だな。
反省したまえ。

43 :名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 02:07
確かに、結局のところ40が科学をどう定義しているのかよく分からないな。
俺も科学の条件なんてわからんよ。分からないから謙虚に聞くことにするよ。

44 :名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 02:15
>>42
本当に救いようがないねえ。そんなことはもう前に
示している。(>>5)よく読みたまえ。


45 :名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 02:18
>>5を敷衍すれば
以前に示した区分からすれば、
宗教や非科学的思想は、技術原則に則った
説明原則であるから、科学ではない、と
こう説明できるのだな。わかったかい、いぬ君。

46 :名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 02:23
>44
どの名無しさんが君なのか分からないよ。
偉そうに言うなら固定ハンにするか、発言番号を教えてくれ。

47 :代理いぬ:2000/07/06(木) 02:42
>46
>偉そうに言うなら固定ハンにするか、発言番号を教えてくれ。
その通りだな。
議論に参加するなら、暫定でもよいから固定ハンにするか、
初出のナンバーを名乗ってほしい。
匿名ゆえに発言に対する責任が薄いことは、
敷居が低いという利点もあるのだが。

48 :剣豪:2000/07/06(木) 02:50
科学にとって技術は二義的な存在ではない。
科学的な知見はそれを用いた技術体系に正確に反映されねばならないが、
この正確さとは、科学的説明および技術体系の普遍妥当性である。
フッサールによれば、幾何学とは、測量において得られた経験の抽象化が起源であるが、
現象を万人に説明し、大地を正確に測るという技術的要求に対して、
幾何学における論理体系の正確さ、その普遍妥当性が対応せねばならない。

さて、これに対して宗教や形而上学における論理体系は、対応すべき対象それ自体がはっきり
と定まっているわけではなく(例:神さま)、或いはその論理体系は必ずしも外的対象を
志向してるともいえない。宗教が問うのは人間自身でありうるからだ。
従って宗教や形而上学における論理体系の特徴とは、あくまでその論理体系内部での「厳密さ」
ということになる。

古典力学、或いは古代の星辰術に見られるように、論理体系の説明能力と、その体系内部における
厳密性とは必ずしも対応しない。技術のための科学に求められるのは前者であって、後者ではない。


49 :剣豪:2000/07/06(木) 03:11
むぁとめ。
量子力学:よく分からんが、知覚不可能な事象の確率的確定であっても、
     非経験的な論理記号を用いている限り、万人への普遍妥当的
     説明という必要条件はクリアしている・・はず?
五行説:擬似科学、というより、科学に必要な抽象化を満たしていない
    経験科学なのでは?江戸時代のつるかめ算みたいに。
正確さと厳密さ:正確さとは、要するにアホでも利用可能な技術体系。
        1+1=2を使ってミカン数えるみたいに・・
        論理体系内での厳密性、これが難しい。神は存在する
        てのは、対応する外的対象がないから説明不可能。
        結局、宗教的な論理体系の厳密性を支えているのは
        信念である、ということしか言いようがない・・カナ。
要するに・・
 科学←万人に納得可能な技術体系による裏打ち(正確性)
  │
 哲学←?
  │
 宗教←個人の信念に基づく論理体系

 ムリヤリなのであげあしとらんといて(笑)。ただし、科学も信念を要するし、
宗教もコトバを用いている以上、単なる主観的問題ではすなまいだろう。
では哲学は・・?ふむむむ。
        

50 :代理いぬ:2000/07/06(木) 04:49
>48
>普遍妥当性
いや、その普遍妥当性なるものはとっくに疑われている。
安易なる相対主義の横行がそれだ。
しかし、科学が普遍性を失ったからといって、
科学でなくなったわけではない。
相対主義を盾に取った"知の欺瞞"に灸を据えるためにも、
新たなる科学の基礎付けが必要なのだ。

>49
>量子力学:よく分からんが、知覚不可能な事象の確率的確定であっても、
>     非経験的な論理記号を用いている限り、万人への普遍妥当的
>     説明という必要条件はクリアしている・・はず?
>五行説:擬似科学、というより、科学に必要な抽象化を満たしていない
>    経験科学なのでは?江戸時代のつるかめ算みたいに。
しかし、五行説は量子力学と同じく、
万人への普遍妥当的説明という条件はクリアしている訳だよね?
五行説だって体系的な論説である以上、
その内部は論理的厳密さを備えているわけだ。(異存ないね?)
とすると、量子力学と五行説の違いとはなんだろう。
経験の抽象化?
いやいや、それは五行説とて行っている。
経験科学?
量子力学のどこが経験科学でないと言えるのだろうか。

剣豪さんは、五行説と現代科学をどのようにして区別しますか?
ご意見拝聴。

51 :代理いぬ:2000/07/06(木) 04:52
あ、五行説については、ここのページを参考することにしましょう。
http://www.jah.ne.jp/~aki-sato/intro.htm
http://www.jah.ne.jp/~aki-sato/body.htm
http://www.jah.ne.jp/~aki-sato/human.htm

この議論においては、五行説の本当の姿などはどうでもよいのですが、
互いに別のものを想像しているとうまくありません。
そこで仮に、五行説とはこのページにあるようなものだということにします。
(Yahoo!から適当に拾いました)

52 :剣豪:2000/07/06(木) 05:11
>50
 むしろ技術の普遍妥当性を問題にしたいのだ。ひょっとするとこれが
 科学を科学たらしめているかもしれないのだから。それは例えば
>1+1=2を使ってミカン数える・・
 これは知覚レベルにおいては疑いようがない。古典力学の適用面がこういう現象面に
 限定されていたからこそ(→カント)、古典力学は当時、そして現在においてもなお、
 基本的に正しいのだ。(基本的に、つまり知覚レベルでの現象面に限ってみれば・・)
 では相対主義は何を意味しているのか?疑われているのは現象面の定義なのだ。
 ミカンの数は万人にも分かる。だが素粒子は?
 ハードディスクのメモリを我々は「直接」読めるだろうか?
 科学が普遍妥当性を失ったのではない。その適用範囲の広がりとともに、従来の論理的枠組み
 が持ちこたえられなくなったに過ぎない。
 では何が適用範囲の広がりを促進したのか?おそらく技術だ。
 電気や火の使用は必ずしも基礎づけを必要としない。が、
 電灯が生まれ、真空管が生まれ、コンピューター部品が生まれ(このへん全く自身なぁし!)・・
 要するに、科学が技術を基礎づけ、技術が科学を基礎づける、等々と、
 科学と技術が相互補完的に互いを強化し、拡大してきたと考えられないか?
 

53 :代理いぬ:2000/07/06(木) 05:17
誰が誰やら、どの名無しさんが同一なのかさっぱりわからないが、
5の見解へのレスをしておこう。

>5
>科学=自然言語をなるべく専門用語に変換して現象を説明する
>   ゲーム。
>技術=はじめから技術用語をもちいて、現象を所期の目標にそって
>   改造するゲーム。
この科学の定義では、形而上学は科学と呼べる。
この技術の定義では、カードゲームは技術と呼べる。
よって、これらの定義が科学に対する一般的見解に合致するとは思われない。
以上。

54 :剣豪:2000/07/06(木) 05:27
ちゅじゅき。
不思議なのは、知覚不可能な局面に科学が立ち入っているのに、
その所産を万人が共有できるということだ。
いかなる嘘、無意味な主張、宗教的なたわごととでさえ、
0と1からなるデジタル信号によって再構成され、僕らの目にふれることになる。
だが、デジタル信号そのものを僕らは見ることが出来ない!

どのように整合的に整備された論理体系であろうと、それらが実際に適用されねば
宗教家のたわごとと同値である。逆に、産業や技術に反映された論理体系は、
例えその因果関係が不明瞭であろうとも、普遍妥当性を主張できる。
かくして、五行説はともかく、例えば天動説と地動説はともに科学であり、
両者の相違は相対的なものでしかない。地動説が絶対的に確実であるという保証がない限り。
ねむ・・続きはまた。

55 :剣豪:2000/07/06(木) 05:42
 寝る前に・・
>剣豪さんは、五行説と現代科学をどのようにして区別しますか?
 その@
 説明の正確さと適用範囲の違い。正確さはそれそれが適用された結果
 の内容によって判断されるから、必ずしもその論理体系内部の厳密さの
 度合いと一致しない。
 そのA
 五行説は場合によっては、事柄を解釈するだけで、事柄そのものの変革
 という技術的側面に関わらない。論理体系の適用が(事柄の解釈という)
 意味論的次元にのみ関係するとすれば、それは、世界は神が造ったとする
 宗教的説話と変わりがない。

 とりあえずこんなところ。


56 :固定ハン:2000/07/06(木) 06:24
>>5@`>>6@`>>8@`>>17@`>>18@`>>20@`
>>22@`>>26@`>>28@`>>32@`>>39@`>>40@`
>>44@`>>45
が、オレだな。
ではこれからは「固定ハン」ということで。

57 :>56:2000/07/06(木) 06:28
「固定ハン」という固定ハン。
いいねぇ〜、哲学板っぽくて。(笑)

58 :固定ハン:2000/07/06(木) 06:38
>>53への反論。
>>5
>>科学=自然言語をなるべく専門用語に変換して現象を説明する
>>   ゲーム。
>>技術=はじめから技術用語をもちいて、現象を所期の目標にそって
>>   改造するゲーム。
>この科学の定義では、形而上学は科学と呼べる。
>この技術の定義では、カードゲームは技術と呼べる。
>よって、これらの定義が科学に対する一般的見解に合致するとは思われない。
>以上。

なんにもわかってないねえ。
あのさ、現象は、連続しているだろ?
でさ、言説は、単語とか、文章とかの単位で
分節化=非連続化しているだろ?
論理的にいえば、すべての言説は
現象と等価でありえないの!
この理解は大丈夫?

でさ、形而上学ってなんなの?
それがさ、オレの書いた科学の定義と
どう関連するのかな?
ちゃんと用語は定義して使おうね、いぬ君。
オレはちゃんと「専門用語に変換して」
っていってるぜ。
なんでオレの科学の定義が、辞書から引くと
「形がなく、感覚ではその存在を知ることが
できないもの」(集英社国語)についての学問
と呼べるのかな?

59 :固定ハン:2000/07/06(木) 06:39
>>53への反論のつづき
カードゲームがどんな現象を改造してるんだよ!?

60 :名無しさん@一周年:2000/07/06(木) 07:06
科学は説明するプロセスがはっきりしている。しかし易は説明して説得することができない。
33に似てるかな  (謎

61 :名乗れぬ!:2000/07/06(木) 07:27
 >60
 不明瞭!
 科学も易も説明可能な体系である。が、論理内部でのプロセスの
 明瞭性の違いは相対的なものに過ぎず、科学と易との本質的差異
 の説明とはなってない。説得についても同様。易の説得する内容を
 受け入れている者も少なくない。
 

62 :名無しさん@一周年:2000/07/06(木) 08:07
>60、は科学の概念そのものが間違っている。

63 :名無しさん@一周年:2000/07/06(木) 08:10
>27、科学を用いた技術が科学技術である。

64 :60:2000/07/06(木) 08:11
60=62です。

65 :固定ハン:2000/07/06(木) 08:13
>>58の中盤からの続き

非科学や迷信、宗教は、現象を中途半端に説明対象
に記述(用語変換)している。具体的にどういうことかというと
>>17に示したように、「天気」と「台風」との違い
のように、説明対象を説明以前に厳密化する必要がある。

「天気」では「天気」という言葉が指示する現象が茫漠と
しすぎている。それに比べて、「台風」という言葉は
「天気」という言葉が指し示す現象より、厳密であると
いえる。

よって、天気予報よりも台風予報のほうがより科学的
=説明対象を厳格化(専門用語に転換する、という見方から)
している、といえるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>が、論理内部でのプロセスの
>明瞭性の違いは相対的なものに過ぎず

これってどういうことか全然わからないなあ。
科学って具体的にどの科学のことを指していってるのかな?
プロセスの明瞭性の違い(?)を、相対的と断じる審級は
どこ(orだれ)にあるわけ?


66 :ゲーデルの教え:2000/07/06(木) 08:14
1、 世界は合理的である。
2、 人間の理性は、原則的に、(あるテクニックを介して)より高度に進歩する。
3、 すべての(芸術も含めた)問題に答えを見出すために、形式的な方法がある。
4、 「人間と」異なり、より高度な理性的存在と、他の世界がある。
5、 人間世界は、人間が過去に生き、未来にも生きるであろう唯一の世界ではない。
6、 現在知られているよりも、比較にならない多くの知識が、ア・プリオリに存在する。
7、 ルネサンス以降の人類の知的発展は、完全に理性的なものである。
8、 人類の理性は、あらゆる方向へ発展する。
9、 正義は、真の科学によって構成される。
10、唯物論は偽である。
11、より高度な存在は、他者と、言語ではなく、アナロジーによって結びつく。
12、概念は、客観的実在である。
13、科学的(厳密な学としての)哲学と神学がある。これらの学問は、最も高度な抽象化概念を扱う。これらが、科学において、最も有益な研究である。
14、既成宗教の大部分は、悪である。しかし、宗教そのものは、悪ではない。

参考までに・・

67 :名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 08:19
体系的に形式化された理論か・・・

68 :名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 08:34
真を論じるのが科学(science)よ

69 :固定ハン:2000/07/06(木) 08:45
自然言語「水」は物理化学用語で「H2O」に変換できる。
しかし、生物学(発生学・行動学)では自然言語「ヒヨケザル」
は、物理化学用語に変換できない。せいぜい学名に変換できるだけ。
その学名というのも、しばしば発見者の名前をラテン語化しただけのもの。
いぬ君が分子生物学と区別できないことを>>40の(付言。)で暴露された
「分子遺伝学」は、研究対象をディオキシリボ核酸に限定したため
物理化学と同等の厳密性を確保した。

70 :旅がらす:2000/07/06(木) 09:23
ここの人たち正常なんですか?
教えて下さい。

71 :固定ハン:2000/07/06(木) 16:06
>>70
どういう基準による、正常か異常かの区分を
知りたいわけ?
たとえ、何らかの基準で、オレ達が異常だったところで
おまえにはなんの迷惑もかからないんだからさ、
ほっといてくれないかな?

72 :名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 18:40
71に賛成!

73 :旅がらす:2000/07/06(木) 19:55
>71
そういや、そうだなぁ。
ここの議論って世の中と何の関係ねぇもんな。
いやぁ、悪かった。もうチョッカイ出さねぇから、勝手にやってくれ。


74 :19:2000/07/06(木) 20:41
反証可能性の有無でどこが悪いのですか?

75 :名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 21:17
数学は科学か?

76 :固定ハン:2000/07/06(木) 21:19
>>74(19)
>反証可能性の有無でどこが悪いのですか?

端的に、反証可能性がない理論は科学ではない、という
議論それ自体に、反証可能性がないから、なんですね。

たとえば、水はH2Oである、という理論は
水分子が観察可能になるまで、反証不能の理論で
あったわけです。これ、わかるよね?

しかし、分子や原子が観察可能になった現在、
それらも、単なる現象であることが、はっきり
しました。(更に細かい素粒子に分解できるということ)

でも、それによって、水がH2Oでなくなった訳ではない
でしょう? (反証可能性とはそういうこと)
ポパーの立場からすれば、現時点で
「水はH2Oでなくてもいい」という立場を導出できる
のだけれど、そんな考えが、あやまりであることは
はっきりしてますよね?

77 :剣豪:2000/07/07(金) 01:02
>22
>論理的であることは学問にとって
>必要なことだが、それが科学のすべて
>でもない。
>説明したい現象を、誰もが受け入れられる
>概念で説明することが科学なのであって
>個々の理論が整合しているかどうかは
>前者に比べたら2の次にくるべき関心だ。
 この点では僕は固定ハンに賛成する。加えて補足説明したい。
「科学」を、例えば或る現象を万人に、かつ正確に説明するための論理体系と考えるなら、
「科学」とは言わば理念であって、他方で現にある科学は押しなべて「擬似科学」である、
 と考えるべきであろう。
 この点で、宗教であろうと五行説であると、或いは天動説であろうと量子力学であろうと
 科学の理念から言えば全て「擬似科学」であって、相互の間には程度の差しかない。
 我々とは違う星の生物が、我々よりも進んだ科学を持っており、それが我々の科学を包摂
 しうるとすれば、彼らの科学と我々の科学とは、天動説と地動説との関係に対応するといえるだろう。
 結局、科学と非科学との線引きは不明瞭で、あらゆる学問は「擬似科学だ」と考えるべきではないか?
 追伸
 固定ハン君、熱くなりすぎよ(はあと)

78 :名無しさん@1周年:2000/07/07(金) 01:12
あれほど言ったのに、まだそんなカキコするですか!もう許さんです!
あんたを許すわけにはいかんです!こんなカキコでレスたくさん付くとでも
思ってるなんて頭おかしーよです!あんたみたいなバカ初めて見たです!
あんたみたいなバカ、ゴキブリ以下です!あんたみたいなバカ、ウジ虫以下です!
死んでほしーです!つーか、死ぬべきです!あんたは絶対に許されないです!
勘違いしたバカを許すわけにはいかんのです!面白半分にいい加減なカキコ
するヤツなど許さんです!キャラメルコーンのピーナッツをケツの穴に詰めて
死ねよです!!!
今まであんたがどんな生き方してきたか知らんけど、どーせひどい生き様
だったと想像出来るです!あんたのカキコから読みとれるです!バカ特有の
匂いがするです!あんたのことが全く理解出来んです!あんたは絶対許さんです!
死んでも許さんです!地獄で苦しめよです!それでも足らんくらいです!
豆腐の角に頭ぶつけて死ねよです!!!
あんたもっと現実を知れよです!いつまでも引きこもってネクラなことしてる
場合じゃないよです!でも、もー手遅れです!あんたは何をやってもダメです!
この世に生まれてきたことを後悔してもダメです!あんたは生まれ変わっても
どうせダメ人間に決まってるです!絞め殺したいけどあんたに触るのが嫌なので
やめるです!でも、あんたみたいなカスは死ねよです!風呂の排水溝に吸い込まれて
死ねよです!!!
絶対許さんです!絶対許さんです!絶対許さんです!あんたみたいなヤツは
絶対許さんです!早く消えろです!さっさとこの世からいなくなれよです!!!
いつまでも勘違いしたまま生きていけると思ったら大間違いだよです!この
まま生きててもお前にはいーことなんにもねーよです!何でもいいからさっさと
死ねよです!!!

79 :名無しさん@1周年:2000/07/07(金) 05:42
>75、数学は科学に属します。

80 :固定ハン:2000/07/07(金) 06:36
>>77(剣豪)
ちょっと違うんですよ。やっぱり科学は理念ではないです。
科学に従事する人が理念をもってやる場合もあるけれど
科学に従事することに理念が必須なわけではない。

剣豪のいう「或る現象」だけれど、説明者が知覚しえた
現象を「完全」に記述できるわけではないんですよ。
これは、絶対に。

説明する対象の現象を「これこれの現象」と記述した
時点で、もう、その書かれた「現象」は、知覚された「現象」
と等価ではないわけ。

で、そのレベルのほかに、人間には政治的なレベルに
知覚からの表象を振り分ける機能もそなわっている。

だから、天動説は400年前ならば、疑似科学に数えても良かった。
しかし、いまは、天体望遠鏡でさえ天の川が天体の集積
であることが知覚できるので、疑似科学でさえない。
(地球の周辺外に、より、天体が集積している事実を
天動説は説明できないから)

宗教や5行説は、当初から、科学ではない。
なぜなら、さきほど言ったように、宗教やらが説明する
対象としての現象記述が、「生物として人間が不可避にする
知覚変換のレベル」と「政治的存在として、統治対象として(技術原則にそって)
現象を変換するレベル」の双方を通して、現象を「ねじまげた上で」
説明しているから。

81 :剣豪:2000/07/07(金) 07:09
「理念」という言葉に誤解があるのかな。
>説明する対象の現象を「これこれの現象」と記述した
>時点で、もう、その書かれた「現象」は、知覚された「現象」
>と等価ではないわけ
 現象と、その現象の無意識レベルでの知覚、およびその知覚の言語化とは(下にそんなんあったな)
 互いにズレがある。だから、現象とその記述が一致することはない、という主張でしょ?
 科学がコトバを用いて現象を説明しようとする限り、科学もまた、こういうアポリアを
 免れ得ない。だから、「現象とその記述とが等価であるべきだ」という主張を仮に理想的な「科学」像だとすれば、
 今ある科学は、言わば擬似科学、つまりその理想に限りなく近づくことができるだけだ、といいたかったのです。




82 :剣豪:2000/07/07(金) 07:23
 追加。
>宗教はその政治的目的に基づき、現象を「ねじまげた上で」説明する。
 君の意見では、これは宗教の論理体系内部というより、それの適用としての
 現象の変換という技術レベルの話なわけだな。
 だが科学に人間の政治的意図が反映されないとは言いきれないだろう。とりわけ技術
 レベルの話だとなおさらだ。マウスを実験に使うのだって、人間中心主義の現れ
 と見なすこともできるだろう。
 ということは、技術に還元されない科学こそが「真の」科学ということになる・・・?

83 :ヤマビコ2号:2000/07/07(金) 08:37
>>76
>端的に、反証可能性がない理論は科学ではない、という
>議論それ自体に、反証可能性がないから、なんですね。

この主張とそのあと「例えば」以降の具体例がどう結びついてるのか
わかんないです。

>たとえば、水はH2Oである、という理論は
>水分子が観察可能になるまで、反証不能の理論で
>あったわけです。これ、わかるよね?

観察可能になったんなら反証可能だということでしょう?
「反証不能の理論」というのは「予め言い抜けを許す理論」の
ことであって技術的に観察できるかどうかというのとは別のレベルの
話です。まだ誰も実験してないから反証不能だとかそんな理屈はないです。

>しかし、分子や原子が観察可能になった現在、
>それらも、単なる現象であることが、はっきり
>しました。(更に細かい素粒子に分解できるということ)
>でも、それによって、水がH2Oでなくなった訳ではない
>でしょう? (反証可能性とはそういうこと)

古い理論が分子+原子だけだったのが新しい理論では
分子+原子+素粒子…になってるんならそれは最初の理論とは
ちがうではないですか。


84 :名無しさん@1周年:2000/07/07(金) 08:43
http://www.info.human.nagoya-u.ac.jp/~iseda/works/demarcation2.pdf

85 :固定ハン:2000/07/07(金) 12:34
>>81
たしかに>>5で書いた科学の定義は
不完全だったかもしれない。
より正しくは、現象そのもの、ではなく
「現象記述を専門用語に変換して
説明するゲーム」
といい直した方がよさそうだ。

>「現象とその記述とが等価であるべきだ」
>という主張を仮に理想的な「科学」像だとすれば
>今ある科学は、言わば擬似科学、つまりその理想
>に限りなく近づくことができるだけだ、

これは確かにそのとおりだと思う。
しかし同時に、そんな現象を知覚できるか
どうかという問題自体が無意味なものに
なりはしないか?
つまり「これこれの条件をクリアしたときにのみ
現象を直接知覚している」というお墨付きを
だれが与えるのか、ということ。

>>77に出てくる「違う星の生物」は、端的に
「神」の言い直しにすぎないんじゃないかな?

というわけで、前述したように科学の定義を
訂正します。

86 :固定ハン:2000/07/07(金) 12:41
>>83
>「反証不能の理論」というのは
>「予め言い抜けを許す理論」の
>ことであって
>技術的に観察できるかどうか
>というのとは別のレベルの
>話です。

こちらが誤解してたみたいですね。
すみません。

では、こっちの例の方が適切かな。
「すべてのカラスは黒い」
さて、この理論は、「予め言い抜けを許す理論」
であるか否か? …ということですよね>ヤマビコ2号

このパターンで言えば
「明日の天気は雨が降るか降らないかのどちらかだ」
というのは、明白に反証不能の理論。
「明日の天気は、雨か晴か曇だ」
というのは、反証可能の理論。(霧や雹かもしれないから)

87 :固定ハン:2000/07/07(金) 12:51
>>82
マウスを実験に使うのは
人間中心主義(人命尊重主義のことかな?)
というより、

マウスの代謝サイクルが早くて
実験結果をわりあいすぐに確認できるから
というのと、大量に繁殖する点が
大きいのではないかしら。

88 :固定ハン:2000/07/07(金) 12:56
反証主義って、ポパーがマルクス主義や進化論(ダーウィン主義)
を攻撃するために使ったのではなかったっけ?

これを、歴史を介した現象論を超えて、科学全体に適用するのは
どうかなあ、と思うんですが、まあおいおい考えて
いきましょうか…。

89 :>:2000/07/07(金) 13:17
科学とは森羅万象をほぼ確実と思われるある種の型にはめ込もうとする行為。


90 :名無しさん@1周年:2000/07/07(金) 14:04
>「すべてのカラスは黒い」
>さて、この理論は、「予め言い抜けを許す理論」
>であるか否か?

あの極素朴に考えて、黒くないカラス一匹提示すれば、その命題の
誤まりを指摘できますよね。だからそれは反証されうる
命題ですよね。

 

91 :剣豪:2000/07/07(金) 14:58
 皆さんおはよう!
>90
 ポパーの例ね。ただし科学の定義と分析哲学で言われる反証可能性の
 議論とはあまり関係がないと見るべきだ。
>85
>つまり「これこれの条件をクリアしたときにのみ
>現象を直接知覚している」というお墨付きを
>だれが与えるのか、ということ。
 科学は現象の直接的記述は出来ない、が、現象を直接捉えているという
 「幻想」を我々に与えてくれるもの、それこそ技術だ。
>32の・・
>君自身が、何らかの事情で、量子力学の説明が理解できなくとも、
>パソコンをつかってこの掲示板に意見を投稿することで
>「量子力学が、我々に現象を説明し」ていることを理解している
>人間(技術者)の恩恵を受けている。このことは忘れないでくれ
 という君の意見と・・
>54の
>不思議なのは、知覚不可能な局面に科学が立ち入っているのに、
>その所産を万人が共有できるということだ。
>いかなる嘘、無意味な主張、宗教的なたわごととでさえ、
>0と1からなるデジタル信号によって再構成され、僕らの目にふれることになる。
>だが、デジタル信号そのものを僕らは見ることが出来ない
 という僕の意見は、技術についてほぼ同じことを述べているのでは?

92 :代理いぬ:2000/07/07(金) 16:07
>52
技術の進歩によって知覚レベルが変わり、
そのたびに理論が限界を迎えるのだとしたら、
一体どうして、その理論の普遍妥当性など言えよう?
知覚レベルなるものを限定してよいのなら、五行説とて、
「ある知覚レベルでは普遍妥当性を持つ」と言えてしまうと思うのだが。

>54
>逆に、産業や技術に反映された論理体系は、
>例えその因果関係が不明瞭であろうとも、普遍妥当性を主張できる。
件のページによれば、五行説は東洋医学において立派に還元されるようだ。
それどころか、確かに因果関係は不明瞭(ただしそれは西洋医学の視点において)とも思えるが、
その効果は確かなものらしい。
とすれば、五行説は技術に反映された論理体系だと言えるのではないだろうか。

93 :代理いぬ:2000/07/07(金) 16:08
>55
>その1
"説明の正確さ"というのはいただけないな。
特に適用範囲の違うものに対して、
同一の"正確さ"なんて言えるのだろうか?

>その2
解釈学を解釈学として断罪するアイディアに関しては、
ポパーの反証不可能性のアイディアが優れていると思われる。
私はこれを有用なアイディアとして採用すべきだと思う。

(ここで反証不可能性について、74と76にレスをしておきます)
上で書いたように、私は反証不可能性を悪いものだとは思っていません。(>19さん)
固定ハンさんが、反証不可能性には反証不可能性がない云々と述べていますが、
反証不可能性は別に科学の理論ではありません。
ですから、反証不可能性の反証不可能性を論じるなどトンだお門違いです。
理論と、理論を保証するメタ理論の区別がきちんとついていれば、
こんな間違いは犯さないでしょう。
メタ理論の導入については、これを一つの主張であるとして承認すれば良いのです。
私は反証不可能性の有用性を認め、
これを科学に必要な要件として採用すべきだと思います。
ただし、反証不可能性はあくまで科学の必要条件であるに過ぎません。

94 :代理いぬ:2000/07/07(金) 16:08
>58
>なんでオレの科学の定義が・・・。
専門用語を使って現象を説明するというだけでは、
五行説も科学ということになってしまうでしょう。

>カードゲームがどんな現象を改造してるんだよ!?
というか、君の定義がどんなつもりなのか、私は全く理解できなかったのだよ。
カードゲームは、「現象を所期の目標にそって改造する」
という表現にぴったりだと思ったのだが。(笑う
だいたい、突然"技術用語"なんていわれても、意味がわかる訳ないだろう。
私には、専門用語とどう違うのかさっぱりわからんよ。
ちなみに、形而上学という言葉はそんなに特種なつもりではなかったがね。
ま、知らない言葉を辞書で引いたのは偉かったけど。
形而上学:現象を超越し、物事の本質を解き明かそうとする(うそくさい)学問。

ちなみに君の技術用語なる言葉は、広辞苑にも載っていなかったぞ。

>65
>「天気」では「天気」という言葉が指示する現象が茫漠としすぎている。
>それに比べて、「台風」という言葉は「天気」という言葉が指し示す現象より、
>厳密であるといえる。
なんてひどい言い草だ、科学的には程遠いぞ!
一体、どのように「天気」より「台風」が"厳密"なのだ?
まさか"常識的に"なんて言い出すんじゃあるまいな。
この議論の目標が、我々の感性に寄らずに科学を規定する事であることは、
既に何度も指摘しておろう?

(ついでに言えば、名乗れぬ!さんの61の60への指摘は実に的確だ)

95 :代理いぬ:2000/07/07(金) 16:09
>66
>ゲーデルの教え
ゲーデルがプラトニストであったことが良く見て取れるね。
けれど参考にはならないな。

>67
>体系的に形式化された理論か・・・
それは科学の要件と言える。
理論内部の論理的整合性が保たれているならば、
理論への反証は部分ではなく全体を破壊する。
これこそが反証不可能性の本質と言えよう。

>68
>真を論じるのが科学(science)よ
これが一番うそくさい。

>69
もはや君の言いたい事がさっぱりわからない。

そんなにも専門用語への変換が重要であるならば、算数はどうなのだ?
算数は科学じゃないのか?

>75
>数学は科学か?
数学は科学であると思われるが、詳しくは保留。

96 :代理いぬ:2000/07/07(金) 16:09
>77
>結局、科学と非科学との線引きは不明瞭で、
>あらゆる学問は「擬似科学だ」と考えるべきではないか?
それはマズイ。
"相対論的あきらめ"は愚かだ。

理想的な科学理論を求めるならば、
固定ハンさんが「どの言説も現象と等価ではあり得ない」
と言ったように、それは初めからあきらめざるを得ない。
しかし、世のScientist達は、たとえ暫定的であるにせよ、
"有用である"という価値観の元に理論の構成を続けてきた。
それと同じように我々も、たとえ完全な非科学の峻別は不可能だとしても、
"有用"と評価できるような境界の構成を目指さなくてはならない。

思うに、有用であること以上に明確な評価基準は存在しないね。

>80
>人間には政治的なレベルに知覚からの表象を振り分ける機能もそなわっている。
意味がわからない。
説明求む。

97 :代理いぬ:2000/07/07(金) 16:13
本当は、自分の考えも書かねばならないのだけれど、
とりあえずレスで精一杯。
そしてレスを書いている間に、またスレッドが進んでいるようなので、
新しいレス、その他はまたあとで。

じゃ。

98 :代理いぬ:2000/07/07(金) 16:57
>85
つーかね。
君、どっかの本かWebページから、考えや文章をパクってるだろ。
実は、前々(>>58)から気になっていたんだけど。

それ自体はまともな文章だが、全く文脈に合致しない文章が多々見うけられるのだよ。
例えばこれ↓
>58
>あのさ、現象は、連続しているだろ?
>でさ、言説は、単語とか、文章とかの単位で分節化=非連続化しているだろ?
>論理的にいえば、すべての言説は現象と等価でありえないの!

君が突然まともなことを言うので驚いたが、
これ自体は文脈や話の流れに全く合致しない。
それ以後も気になる部分がけっこうあったのだが、
言いがかりをつけるのも何なので黙っていた。

しかし、86を見て確信したよ。
君が>>86で書いたような、黒いカラスや明日の天気の命題文は、
論理学の議論上でよく使われる文だ。
しかし、この文自体は、ポパーの反証不可能性と何ら関係しない。
つまり、反証不可能性の議論に使うには全く不適当な例だ。
これを見て、君が自ら十分に咀嚼しないものを、
知ったかぶりして語っているのを確信したよ。
私は何も、引用や、他人の考えを取り込むことを悪いと言っているのではない。
ただ、自分がよく理解しないものを、さも知った風な顔をして相手を騙そうとするのは、
偽証罪で死刑(>>42)だと言っているのだよ。

善良2ちゃんねらーは騙せても、私の目はごまかせないぞ。
いい加減観念したまえ。

99 :代理いぬ:2000/07/07(金) 17:38
それにしても!

早稲田だの、東大だの、京大だのって相当学歴にはうるさいくせに、
科学哲学を語れる奴の一人もおらんのか。
哲学版の底力はどうしたー?(そんなもん無いか?)
私は詳しい人間が出てくるだろうと思いながら、ここで議論しているのに。

自身は素人甚だしいしから、誰かにご教授願いたいのだ!

100 :>99:2000/07/07(金) 17:57
そういう人がここには集まってるんです.(決めつけ)

101 :広辞苑の定義はこの議論に役立ちそうにないですな:2000/07/07(金) 19:41
か‐がく【科学】
(scienceフランス・イギリス・Wissenschaftドイツ)
#体系的であり、経験的に実証可能な知識。物理学・化学・生物学などの自然科学が科学の典型であるとされるが、経済学・法学などの社会科学、心理学・言語学などの人間科学もある。
#狭義では自然科学と同義。

しぜん‐かがく【自然科学】
(natural sciences) 自然に属する諸対象を取り扱い、その法則性を明らかにする学問。ふつう天文学・物理学・化学・地学・生物学などに分ける。また、応用を主眼とするか否かによって、基礎科学と応用科学にも分ける。

ぎ‐じゅつ【技術】
#[史記貨殖伝]物事をたくみに行うわざ。技巧。技芸。「―を磨く」
#(technique) 科学を実地に応用して自然の事物を改変・加工し、人間生活に役立てるわざ。「先端―」

102 :固定ハン:2000/07/07(金) 21:29
>>98
>君が突然まともなことを言うので驚いたが、
>これ自体は文脈や話の流れに全く合致しない。

…引用された>>58が、文章の途中で文脈が途切れちゃってる
のは認めるけれど、でもこの話題は>>65でもういちど取り上げてるんだよね。
理路整然とハナシを進めないのは悪いと思うけれどさ。けっして
思いつきや耳に心地いいレトリックで煙に巻くつもりはないんだよね。

あと、>>98の後半。
「君が>>86で書いたような…」という部分だけど、これは
論理学の教科書(読んだことない)から拾った知識ではないんだな。
ポパーの反証主義に関する議論をしている別の科学論の本から
拾ってきたんだよね。それも、書き写したのではなくて、頭に
残っていたから、そのまま書いちゃった。

>>86の投稿文はだから「おかしくない」ないのだけれど、
>>76の投稿はあきらかにおかしかった。だから>>83によって指摘
されたわけですね。

というわけで、
>この文自体は、ポパーの反証不可能性と何ら関係しない。
とのことだけど、関係するんだよ。残念でした。
世界の文脈の全てを、君が把握しているわけではない。
まあ、どう関係するのかは、おいおい書くつもりだけれど。

あと、>>93
>反証不可能性は別に科学の理論ではありません。
>ですから、反証不可能性の反証不可能性を論じるなどトンだお門違いです
でも、ポパー自身は反証不可能性理論の反証不可能性を指摘されて、
自説を取り下げたんだよね(笑)
別に科学の理論でなければ、信念の表明にとどまるのではないかな。


103 :固定ハン:2000/07/07(金) 21:55
>>94より、
>>65
>>「天気」では「天気」という言葉が指示する現象が茫漠としすぎている。
>>それに比べて、「台風」という言葉は「天気」という言葉が指し示す現象より、
>>厳密であるといえる。
>なんてひどい言い草だ、科学的には程遠いぞ!
>一体、どのように「天気」より「台風」が"厳密"なのだ?

なぜこういぬ君はつっこみどころがヘンテコなところに向かっているのだろう。

台風の国語辞典レベルの定義「西太平洋や南シナ海に発生する熱帯低気圧
のうち、最大風速が毎秒17M以上のもの。暴風雨をともない、わが国や中国
などを襲う」
天気「晴雨・気温・湿度・風の状態などによる大気の状態。天候。空模様」
どっちが具体的つまり厳密かな〜。

…というのは、なかば冗談だけれど。
気象衛星からでも観察可能なほど巨大ではっきりした、特定の
熱帯低気圧という、速度・進路・風圧・降雨量などを測定&予測できる
気象対象のほうが、現象(記述)として、厳密でしょ?

>>65で言っているように
(…「天気」と「台風」との違いのように、説明対象を説明以前に厳密化…)
>>17の「天気予報より台風予報のほうが厳密」という話を受けての
セリフなんだから、そのことは斟酌してもらわないと。

104 :固定ハン:2000/07/07(金) 22:01
>>99
なんといっても、自分で本読んで、考えるのが一番だよ。

105 :19:2000/07/07(金) 23:29
固定ハンさん

>でも、ポパー自身は反証不可能性理論の反証不可能性を指摘されて、
>自説を取り下げたんだよね(笑)

これは知りませんでした。ソースというか、文献をどうかお願いいたします。

106 :剣豪:2000/07/07(金) 23:47
>92、代理いぬ
>技術の進歩によって知覚レベルが変わり、
>そのたびに理論が限界を迎えるのだとしたら、
>一体どうして、その理論の普遍妥当性など言えよう?
>知覚レベルなるものを限定してよいのなら、五行説とて、
>「ある知覚レベルでは普遍妥当性を持つ」と言えてしまうと思うのだが。
その通り。理論にせよ技術にせよ、その普遍妥当性は、或る時代の制約を受けた
有限なものに過ぎない。ただし問題は、有限であると割り切ることと、
普遍妥当性を主張しつつも、振り返って見れば有限であったと判明することとは
あくまで別問題である、ということを認識することではないか。
科学は全て相対的価値しか持たないことと、科学が相対主義を標榜することは異なるのだ。
>代理いぬ様
有用であるかないかの線引きの要請は、人間中心主義に陥るのではないでせうか?

107 :固定ハン:2000/07/07(金) 23:59
>>105
あ、ソースですか。どの本を読んで見つけた情報だった
か、もううろおぼえなんですけど、ちょっと探してみますね。

108 :固定ハン:2000/07/08(土) 00:03
いま、クーンがパラダイム理論を後になって取り下げた
という記述を発見したけれど、これと混同していたのでは
ないと信じたい……(笑)

109 :名無しさん@1周年:2000/07/08(土) 00:22
クーンって結構弱気だったらしいねえ。

110 :名無しさん@1周年:2000/07/08(土) 00:36
怒るとすぐ泣いてたな。
クゥーン、クゥーンって。


111 :固定ハン:2000/07/08(土) 00:48
ところで、剣豪さんはなんで人間中心主義を忌避するのですか?
科学は人間しか出来ないのだから、人間中心主義どころか
唯人間主義ですらないかと思えるんだけれども。

112 :哲学者なんかくそったれ!:2000/07/08(土) 00:58
易も経験じゃないの。

113 :剣豪:2000/07/08(土) 01:33
>111
>科学は人間しか出来ないのだから
 確かにそうだ。もっともこれは科学だけでなく哲学や文学にも妥当するが。
 知的活動そのものの否定は不可能だ。けれども、このことと、
 特定の知的活動をイデオロギー化することとは区別されるべきだろう。
 科学は否定しない。ただ、科学ばかりが全てではない。
 要するに僕は、科学から「・・主義」という政治的なイデオロギーの匂いを払拭したいだけだ。
 自然科学を中途半端に咀嚼する哲学者や思想家は、こういうイデオロギーの陥穽に陥りやすい。


114 :固定ハン:2000/07/08(土) 01:44
>>83の指摘を一度は受け入れた(>>86)のだけれど、
H2Oという元素記号の合成による、現象記述方法が
反証不能なようにできている、ということは、83に指摘された
「技術的に観察できるか」のレベルを超えて、「あらかじめ
言い逃れできる」という意味においても、反証不能なように
できています。今気がついた。

つまり、83の、
>古い理論が分子+原子だけだったのが新しい理論では
>分子+原子+素粒子…になってるんならそれは最初の理論とは
>ちがうではないですか。
を受け入れてしまったのが、私のあやまりだった。

なぜなら、「分子+原子」とか「分子+原子+素粒子…」
というのは、当然、別個の理論ではないから。そして
それ以前に、分子と原子を「+」でつなぐ83の発想のおかしさ
に気がつかなければならなかった。分子と原子と素粒子は
階層の差なのだから。

もちろん、観察レベルの精密化を反証可能性と同値した
>>76における私の論法は、依然誤り。それとは、別個に、
H2Oという表現法は、反証不可能なようにできている。
(元素の周期表を否定しないかぎり)


115 :固定ハン:2000/07/08(土) 01:50
>>113
そういうことは、ぼくは>>18において既に言っています。
ひとは、他人に迷惑をかけない程度に、迷信を信じる自由がある。

116 :剣豪:2000/07/08(土) 02:18
>115
>ひとは、他人に迷惑をかけない程度に、迷信を信じる自由がある
 僕なりに翻訳すると・・
 人間は、他の生物や環境に迷惑をかけない程度に、科学主義の迷信を信じる自由がある
 とでもなるか。
「迷惑をかけない程度に」というスローガンがもはや通用しないのは、技術の(科学のではない!)
信じられないほどの発展の軌跡が示すところだ。では「程度」を越えた技術の向上こそが、人間が
無意識に持つ政治的イデオロギーの最後の現れなのだろうか?
恐らくそうではない。進歩を遂げた技術は、人間がこれを必要とするにせよ、もはや
人間を必要とはしない(比喩)。技術そのもののオートマティズムか・・
コンピューターによる人間支配は、フィクションの描く絵空事ではないような気がしてくる。
コンピューターとは、言わば主体なき技術体系の象徴だ。コンピューターや他の技術体系が不可欠である現在
にあって、ここから帰結される結論を推量することほど恐ろしいことはない。

117 :固定ハン:2000/07/08(土) 02:20
>>86で僕が提案した問いは、>>90によってあっさり「反証可能だ」と
いわれてしまったけれど、じつは反対に操作できる。

90のいうとおり、黒くないカラスを提示すればいいのだけれど
そのように反証して(「黒くないカラスを見た!」)おいてから、
「いや、やはり、あのカラスは黒かった」
とか「あれは、カラスではなかった」とか言い逃れることが出来る。

そのような言い逃れを許さない、反証主義の立場からは
「カラス」と「黒い」に関して、全日本語使用者の認識を一致
させなければならない。しかし、こんな条件設定は、そして
このような条件設定をみちびきだす仮定は、反証不能な
仮定(言葉自体の同型性によって)か、間違った仮定(以下の「カラス」
「黒い」に関する、それぞれの例を参照)であることになってしまう。

たとえば、アラスカに生まれた、両親が日本人、生活圏で接する
人間の半分が日本人、という人物がいたとする。かれは、まずまちがいなく
日本語ネイティブになるだろうが、カラスという言葉を知っていることは
あっても、まず、朝の渋谷を知っている人とは同等には
カラスという言葉にたいする認識をもちえない。

「黒い」に関しては、なお端的に、健常者と視覚障害者とでは
認識を共有し得ない。しかし、後者が「黒い」ということばを知らない&使えない
わけでは決してない。

よって、この問題に関して、反証主義者の考え「「全てのカラスが黒い」という命題は
反証可能である」は、正しくないか、反証不能=非科学理論ということになってしまうのだ。

118 :固定ハン:2000/07/08(土) 02:34
反証可能性理論が示す、もっと簡単で、可笑しな例。

ある理論が、反証可能であることが認定された。この理論は
科学理論である。

ところで、この理論が反証可能であることは、この理論自体が
内部に矛盾を持つ体系である、ということでもある。

これは、簡単に言えば、この理論は成立した時点で誤っている
理論である、ということ(!)である。

というわけで、明白に誤っている理論だけが、科学理論で
それ以外のすべての理論が、非科学理論であることが
反証主義から導かれる……。

119 :名無しさん@1周年:2000/07/08(土) 02:34
>怒るとすぐ泣いてたな。
>クゥーン、クゥーンって。

くだらないけど(笑)
クーンを研究のタネにしてる人には
それなりに深みがある言葉に聞こえる
から不思議。
でも不可読みしすぎはイカンよ(笑)

120 :名無しさん@1周年:2000/07/08(土) 04:35
クーンのパラダイム論ってダメなの?読もうと思ってるんだけど・・。

121 :固定ハン:2000/07/08(土) 11:43
>>116
あ、その「科学主義」というの、よくわからなかったんだ。
ちょっとおしえて。

122 :固定ハン:2000/07/08(土) 11:53
>>116

あと人類絶滅ということを忌避する必要ってあるのかな
すべての人間の人間たる条件には、必ず死ぬこと、というのが
あるのだから、核兵器や飢餓、隕石衝突等によらずとも、
どのみちかならず、人類は絶滅するわけ。116みたいな恐怖は
杞憂じゃないのかしら。

123 :>122:2000/07/08(土) 17:06
>どのみちかならず、人類は絶滅するわけ。116みたいな恐怖は

その可能性は高いけど絶対じゃない。

124 :名無しさん@1周年:2000/07/08(土) 17:27
http://2ch.server.ne.jp/2ch/test/read.cgi?bbs=rikei&key=962796668
理系全般板の方でも聞いてみたものの、あんまり盛り上がらない。
理系の人ってこういうことに関心薄いのかな?

125 :固定ハン:2000/07/08(土) 17:29
>>123
いや、「絶対に」絶滅するんですよ。
その理由。「人類の絶対数は有限である」
その2。「人類の個体は、かならず死ぬ」
その3。「絶滅とは、ある種の個体の総数が死ぬことである」
結論「人類は、かならず絶滅する」

126 :剣豪:2000/07/08(土) 17:35
>122
  科学主義はひとまずおいといて、
>どのみちかならず、人類は絶滅するわけ。
  こういう割り切り方が好きじゃないんだな、僕は。
 「どのみちかならず、生物ってのは絶滅するわけ」ではすまないのが、環境問題や絶滅危惧種の
 問題ではないのか?科学技術がここまで進歩してしまった現在にあっては、
 無理やりにでも、科学に対して相対的見方を持つべきではないのか?
 

127 :固定ハン:2000/07/08(土) 17:53
私は科学に対して相対的な認識をもっているような気がするけど
多分、「科学に対して相対的見方」を持ったところで、環境破壊
や、絶滅に瀕している種を再び繁殖させることは、不可能だと
思うよ。

この100年で、資本主義(他人を仲間はずれにして、自前集団の
権益を増大させる考え方)が、人間社会に一番フィットしてる
ことが、はっきりしたのだから、「環境保全は金になる」という
ことを、科学でも、経済理論でも、実業でも、どのレベルでも
良いから、証明するほうが、「科学を相対的に見る」ことより
有効だと思う。

科学にしろ、哲学にしろ、たんなる言説なんだから、社会に
対する影響力なんて、それ自体では、無に等しい。

原爆だって、量子力学だけ理解していれば十分なわけではなくて、
強力な勢力・資金力をもった、狂信的な国家意思がなければ、
つくることはできなかったのだから。

128 :名無しさん@1周年:2000/07/08(土) 17:59
>その理由。「人類の絶対数は有限である」
>その2。「人類の個体は、かならず死ぬ」
>その3。「絶滅とは、ある種の個体の総数が死ぬことである」
>結論「人類は、かならず絶滅する」

理由1〜3からなぜ結論が導出されるのかまったくわからん。
だれか解説してくれ。



129 :固定ハン:2000/07/08(土) 20:21
>>128
同時一斉絶滅のことだけを、「絶滅」だと思い込んでいるのでは
ないかな?
論理的にはすべての生物種は絶滅するのだよ。

130 :名無しさん@1周年:2000/07/08(土) 20:32
>>129
>論理的にはすべての生物種は絶滅するのだよ。

これは嘘だ〜。
「論理的に」考えると、永久に続くことが考えられるから、
128氏の方が絶対に正しい。

まぁ、「自分にとっては自然に思えること」を「論理的」と称する
アホはいままで何人か見たことがあるけし、珍しいケースではないね。

131 :固定ハン:2000/07/08(土) 22:42
>>130
>「論理的に」考えると、永久に続くことが考えられるから

あ〜、なるほど太陽が赤色巨星になったあと、宇宙船に
乗って、他に居住可能な天体を探すわけですか。
がんばってください(笑)

>あるけし

マラケシュ。いや、ただなんとなく(笑)


132 :うわー:2000/07/08(土) 23:01
>その理由。「人類の絶対数は有限である」
>その2。「人類の個体は、かならず死ぬ」
>その3。「絶滅とは、ある種の個体の総数が死ぬことである」



>結論「人類は、かならず絶滅する」

の理由になっていると考えるところがスゴイ。
太陽の寿命が本当の理由ならそう書くべきでしょう。
固定ハン氏の言う「論理的」って何なんだろうね。


133 :固定ハン:2000/07/08(土) 23:05
だって、第1理由の中に包含されてんじゃん。
それに、
太陽の寿命が「本当の理由」では別にないよ。
全世界規模の、核戦争・細菌戦・飢餓・氷河期…
いろいろ「論理的に」考え付きますわね。

134 :固定ハン:2000/07/08(土) 23:08
細かいことですが、太陽は赤色巨星となった後でも
すっげえ長い期間(人間にとって)、天体として存在するであろう、と
考えられています。
よって、「太陽の寿命」という言い方は可笑しい。

135 :電波か?:2000/07/08(土) 23:21
>だって、第1理由の中に包含されてんじゃん。

何が包含されてるの? 念のため確認しとくけど、
一行目で有限だと言ってる「人類の絶対数」ってのは
(1) 現在生きてる人類の総数
(2) (1)+「死んだ人間の総数」+「今後生まれる人間の総数」
(3) その他
のどっち?

>全世界規模の、核戦争・細菌戦・飢餓・氷河期…
>いろいろ「論理的に」考え付きますわね。

このヒトの言う「論理的」の意味がマジでわからんな・・・
それらが確実に起きるという保証がなければ

>結論「人類は、かならず絶滅する」

なんて結論は導かれないだろ?


136 :名無しさん@1周年:2000/07/08(土) 23:55
あらゆる種は必ず絶滅する。
人間は種である。
故に人間は絶滅する。

ならわかるんだよ。
でも、あんたがいってるのは、

>@「人類の絶対数は有限である」
>A「人類の個体は、かならず死ぬ」
>B「絶滅とは、ある種の個体の総数が死ぬことである」
だろ。
まず、Bは絶滅という言葉の定義だよね。
ある種の固体の総数が死ぬということというのは、
ようするに、題目になっている人間に限定すれば、
人間という種の総数(全体)が死ぬことが絶滅であるということだね。
で@は人間という種の総数は常に有限個であると言っていて、
Aが人間はかならず死ぬということを言っている。
人間はかならず死ぬということと、人間の総数(全体数)が常に有限個
であるという2点から、どうして、人間という種の総体が必ず
死に絶えるという結論を導けるわけ。
とりあえず、思い付きで言っても、
C未来のある時点で人間の生殖活動が完全に停止する。
D未来のある時点で人間が生存できる環境が消滅する。
のいずれかの条件を先の@、A、Bに加えないと
人間は必ず絶滅するという結論は導出できないでしょう。


137 :剣豪:2000/07/09(日) 00:44
>127固定ハン
>科学にしろ、哲学にしろ、たんなる言説なんだから、社会に
>対する影響力なんて、それ自体では、無に等しい。

>原爆だって、量子力学だけ理解していれば十分なわけではなくて、
>強力な勢力・資金力をもった、狂信的な国家意思がなければ、
>つくることはできなかったのだから。
 君は何もわかってない、とは言わない。僕は科学サイドの人間を説得させることの
 困難さを改めて感じているだけだ。
 科学や哲学が単なる言説にとどまっていたことが、かつてこの地上にあっただろうか?
 技術と結びついた科学は、それ自体が宗教的なまでの影響力を持ちつづけてきたのではないか?
 原爆を造ったのは国家意思ではない。技術者だ。が、僕は技術者に責任を押し付けるつもりはない。
 技術は用いられるためにあるのだから。そして、用いられた結果、何が起ころうが、技術には関係ないのだ。
 恐ろしきは技術の発達、これのみだ。哀れなのはこれに依拠せざるを得ない人間だが。
 数世紀前、火薬しか知らない人間が「人類はいずれ滅ぶ」と言うのと、
 地球の環境自体の変革能力まで身につけた人間が「人類はいずれ滅ぶ」と言うのは違うとは思わない?
 いや、結論が出る問題じゃないけど。技術に対して、哲学は無力だねぇ。

138 :ヤマビコ2号:2000/07/09(日) 01:21
>>98
>君が>>86で書いたような、黒いカラスや明日の天気の命題文は、
>論理学の議論上でよく使われる文だ。
>しかし、この文自体は、ポパーの反証不可能性と何ら関係しない。
この例はそもそもポパーの本に喩えとしてでてくるので(原文では白鳥?)
まぁ、関係ないということはないです。

>>118
>ところで、この理論が反証可能であることは、この理論自体が
>内部に矛盾を持つ体系である、ということでもある。
この論理の流れは理解できないです。
反証可能性と無矛盾性は関係ないのでは?
ちなみにポパー自身は無矛盾性は経験的/非経験的なすべての論理体系が持つべきものであり
その上で経験的体系には反証可能性が求められるといっていますが。

>>117で言ってることは一種の認識的相対主義にもとづく批判でしょうか
>たとえば、アラスカに生まれた、両親が日本人、生活圏で接する
>人間の半分が日本人、という人物がいたとする。かれは、まずまちがいなく
>日本語ネイティブになるだろうが、カラスという言葉を知っていることは
>あっても、まず、朝の渋谷を知っている人とは同等には
>カラスという言葉にたいする認識をもちえない。
カラスの喩えがどこまで適切に使用できるかわかりませんが
すくなくとも科学的に定義された用語について適切な教育を受けた上でなお
文化や言語の違いのせいで認識をもちえないとは考えにくいです。

絶滅云々の話はちょっとついていけないのでノーコメント。


139 :固定ハン:2000/07/09(日) 01:23
>>135
最初の質問の答えは、(2)。
>確実に起きるという保証
核戦争うんぬんは、「人類の絶対数は有限」ということを
保証する事象は、太陽の赤色巨星化以外にもある、ということ
を言おうとして、持ち出したのだけれど、人為災害・犯罪には
たしかに「確実に起きる保証」はできないね。必ず値上がりする
株がないのと同じ理屈で。

>>136
まず、CはDのバリエーションだよね。
そして、反Dは、そのまま@になることが判らないのかな?

135、136両方に言えることだけれど、>>131で認めたように
宇宙船かなんかで、地球から逃げ出せば、とりあえず
「人類の総数は有限ではない」可能性を得て、人類絶滅の危機は
救われるんじゃない?

>>137
まず、ぼくの立場は「科学者サイド」ではない(主観的には)。
あと、国家意思に反する意志をもつ技術者は、その全てが
そうするわけではないまでも、亡命なりなんなりをするわけです。
つまり、結果的には「原爆を作ったのは国家意思」である。

140 :名無しさん@1周年:2000/07/09(日) 01:26
極端な話、エントロピー増大の法則により、宇宙は熱的死の状態に向かっている。
人類は絶滅しないって主張する人はこれをどうやってくい止めるの?

141 :固定ハン:2000/07/09(日) 01:29
>>138の「>>118」に対する感想へのレス。

つまり118で言いたかったことは、ポパー的にOKな科学理論は
当の科学の業界では、まったく信用されない理論になってしまう
という皮肉なのです。

142 :固定ハン:2000/07/09(日) 01:34
しまった。
「そして、反Dは、そのまま@になることが判らないのかな」(>>139
これ間違いです。「反」って文字は、もちろん、不必要です。


143 :135>139:2000/07/09(日) 01:41
>最初の質問の答えは、(2)。

ああ、なるほど。それならとりあえず意味は通じる。その代わり

>「人類の絶対数は有限である」

という言明の根拠は? という新たな疑問が出てくるけど。
(もちろんここで「絶滅するから有限」なんて言わないよね。循環論法になるから)


144 :固定ハン:2000/07/09(日) 01:44
>>138の「>>117」に対する感想へのレス。
>すくなくとも科学的に定義された用語について
>適切な教育を受けた上でなお 文化や言語の違いのせいで
>認識をもちえないとは考えにくいです

これはまったくそのとおり。
ただ、このカラスの例は、多く(カラスなどの)自然言語を
使わざるを得ない、生物学などの自然科学や、社会科学への
批判に対する議論としての例だったわけです。

カラスではなくH2Oであれば、個人差は、前者よりはるかに
小さいでしょうね。

145 :固定ハン:2000/07/09(日) 02:03
>>143
>>139」の「135、136両方に言えることだけれど…」で
勝負はついてると思ったんだけれど。

で、その上で>>140を論駁してください(笑)。ぼくも140の理屈
をすっかり忘れていた。

146 :あのねー:2000/07/09(日) 02:23
>140@`145
宇宙膨張が継続していれば、熱的死を迎える必然性はないのだよ。
エントロピー密度が下がる(宇宙空間の温度が下がる)から、熱的死(均一な温度)とは正反対の状況になるです。宇宙空間がいくらでもエントロピーを喰ってくれるというか...。
中途半端な科学知識をひけらかすのはやめようね。ポストモダンの二の舞いになるよ。


147 :固定ハン:2000/07/09(日) 02:31
>>146
>宇宙膨張が継続していれば
今の宇宙論による宇宙のモデリングって、
泡状の宇宙の表面に星雲が存在している、
というのではなかったっけ?
まだ、ビッグバン理論のままの認識でもOKなのかな?

いや、これ↑はもう完全に半可通のひけらかしなので
詳しい方、いくらでも攻撃してください。

>中途半端な科学知識をひけらかすのはやめようね。

とりあえず、ぼくはこういう考え方に反対する立場。
半可通は、すすんで自分の知っていることをひけらかして
他人から、論駁されていったほうが健全だと思う。

148 :132=135=143>145:2000/07/09(日) 02:34
なんだかなー。他の人はどうか知らんけど、俺は

>その理由。「人類の絶対数は有限である」
>その2。「人類の個体は、かならず死ぬ」
>その3。「絶滅とは、ある種の個体の総数が死ぬことである」

の三つを根拠に

>結論「人類は、かならず絶滅する」

と結論づけるのがとてつもなくオカシイと言ってるだけなのだが。132でも135でも
「人類は、かならず絶滅する」という言明自体には賛成も反対もしてないよ。
だから139の「宇宙船〜」とか140の「熱的死」のように別の要因を持ち出して
絶滅するか否かを論じられても「だからなに?」というしかない。


149 :固定ハン:2000/07/09(日) 02:43
>>146
146の前提を踏まえた上でも、ちょっと良く呑み込めない。
>エントロピー密度が下がる(宇宙空間の温度が下がる)から
この部分。
宇宙空間の初期と末期の熱量の総和は等価なわけでしょう?
なんで、宇宙空間の温度(これ表現も「?」。真空なのに)が
「下がる」?
宇宙空間が膨張しつづけても、熱的死にいたる時間が長くなる
だけじゃないの?

150 :146:2000/07/09(日) 02:48
>固定ハン
ビッグバン理論がスタンダードだよ。泡状の宇宙とかいう話は、銀河の大域分布の話と特定のインフレーション宇宙モデルの話とがゴッチャになってるんでないの?だいたい、星雲なんていわずに、銀河と呼びましょうよ。

知ってることをひけらかすのは結構だが、内容があんまり出鱈目だと人格まで疑われるよ。嘘つきと紙一重だかんね。
間違いはだれにもあることだから少々は目をつむるけど、程度がひどけりゃ犯罪的でしょ。自分の理解があやふやだと思えば、今回のように疑問文にするなりして、表現を工夫すれば済むこと。断定口調で大嘘こくのはやめてね。



151 :146:2000/07/09(日) 02:56
>固定ハン

質問に答える前に、言葉の用法を確認しておこう。宇宙の熱的死とは、宇宙全体が
熱平衡(等温、一様)になった状態を指すのではないの?
君はどういう意味で「熱的死」という言葉を使っておるのかね?


152 :固定ハン:2000/07/09(日) 02:59
こっちが間違ってました。
>>148
148が思った疑問が、以下のような物かどうかわからないけれど、
「人類の絶対数は有限である」というのは、結論の
「人類は、かならず絶滅する」というのと同じなので
>>143で禁止されてた、これはまさに、循環論法だね、確かに。
書いた時に何を思ってたんだろう…。

153 :固定ハン:2000/07/09(日) 03:02
>>151
>宇宙の熱的死とは、宇宙全体が
>熱平衡(等温、一様)になった状態
これでいいと思います。

154 :固定ハン:2000/07/09(日) 03:34
宇宙膨張によって熱源がどんどん移動していくわけだから
そのことが、熱平衡を阻害しているというのは理解できる。
そしてそのうち、熱源が燃えかすになったとしても、燃えかす
の移動がやむわけでもないから、燃えかす周辺が熱平衡を
むかえても、さらにその外側へ熱は拡散していくわけか…。
たしかに熱平衡した宇宙のほうもイメージしづらいものがある。

155 :名無しさん@1周年:2000/07/09(日) 03:49

いい電波出してるね!


156 :答えましょう:2000/07/09(日) 07:25
皆さんの疑問に答えるために理系全般板に科学と宗教に関するスレッドを
立てました。ぜひお越しください。

157 :146:2000/07/09(日) 15:10
>固定ハン
ビッグバン当初は熱平衡状態にあったと考えられるのだよ。いわば、現在の宇宙は熱的死から蘇ったようなものか。ワラ
そのなごりが宇宙背景放射だ。放射場の温度が晴れ上がり前には数千度だったものが、3Kにまでどんどん下がってきたわけ。いくら熱を放射しても、放射場の温度は際限なく下がり続けていって、エントロピーの捨て場には困らんわけ。

158 :マルクス・イキマクリクス:2000/07/10(月) 23:19
 結局「科学とは何か」という問いはどうした?
私としては、むしろ「科学的である」とはどういうことか、という具合に
カテゴリーの在り方の問題として議論すべきだと思う。
なぜなら、これは科学である、とか、これはそうではない、という言い方は、
それ自体に「科学とはかくあるべし」という先入見が含まれているからだ。
問うべきなのはこの先入見そのもの、すなわち
「科学的である」という判断内容そのものだと思うのだが、いかが?

159 :代理いぬ:2000/07/11(火) 01:04
皆さんお久しぶり。

しかし、まあ、ここのスレッドの主題はどこへいったのやら。
レスの数は増えているものの、1歩も話が進んでないではないか。
HNを"哲学版に失望"に変えようかしら。(へへぇ)

160 :代理いぬ:2000/07/11(火) 01:40
ええと、まずは反証不可能性と黒いカラスについて書いてあるページを見つけました。
http://www.big.or.jp/~wed/kuru/PHILOFIGHT/card15987.html
黒いカラスの命題は、検証と反証の非対称性を示す例として使われているようですね。

それでは、固定ハンさんの書き込みのうちでも特にひどいものにレスをしておきます。
>118
>反証可能性理論が示す、もっと簡単で、可笑しな例。
>この理論が反証可能であることは、
>この理論自体が内部に矛盾を持つ体系である、ということでもある。
>これは、簡単に言えば、この理論は成立した時点で誤っている理論である、
>ということ(!)である。
反証可能であることと、体系内部に矛盾があることは同値でありません。
なんか、もう、反論する気も失せるほどなので、詳細なレスは割愛しますが。

>141
>つまり118で言いたかったことは、ポパー的にOKな科学理論は
>当の科学の業界では、まったく信用されない理論になってしまうという皮肉なのです。
なんか、もう……(脱力〜)

もー、いいや。
これらにレスを付けたところでテーマが進むわけではないですし、
以上でレス終了ということで。
特にレスしてほしい部分があったら、そのときは要求して下さい。

161 :もっか:2000/07/11(火) 01:50
>>158
>「科学とはかくあるべし」という先入見
科学に期待するのは、
普遍的、客観的、実証的な知識といったところですかねー。

162 :代理いぬ:2000/07/11(火) 02:26
ところでワタクシ、哲学版から身を引こうと思いまして。
こうやってテーマを絞ってみても、なかなか建設的な議論は難しいし、
レスに終われて議論の本質はどこかへ行ってしまう。
ま、最初から暇つぶしだという割り切りはあったけど。(飽きたのか?)
とはいっても、ここを見なくなるわけではないし、書き込みすることもあると思います。
ただ、代理いぬがアクティブでなくなるだけです。

ちなみにここの議論では、158がようやく話を前に進めたと言えます。
我々は科学に分類されるもののリストを知りたいのではなく、
そこにリストされるものの一般性を知りたいわけですから。
つまり、「科学とは何か?」ではなく、「科学的方法とは何か?」ですね。
それでは皆さんがんばって。


/⌒▲_▲  ┌───────────────
U ( ’ρ’) <  引退するのかどうかはっきりしなさいよ!
  ∪ ̄∪  └──―────────────

/⌒▲_▲  ┌────────
U ( ゚ρ゚ ) <  にょーん。
  ∪ ̄∪  └──―─────

163 :マルクス・イキマクリクス:2000/07/11(火) 02:53
>162代理いぬ
 まぁまぁ、そう結論めいた物言いをしないで。

 流れ流れるネットな世界
 匿名な記号が織り成すコトバの洪水に たまに現れる知性と主体性の痕跡
 一生会わぬであろう相手と しばしの共感 意志疎通
 数え消えれぬ戯言の奔流に どれだけうんざりしようとも
 君とボクが分かり合えた瞬間があるということ 無機質な機械にしばし刻まれる デジタル化された一期一会の記憶
 だが これでよしとしよう それがネットの可能性であり 限界なのだから。うふふ。

 では再開〜!
 どうでもいいが、ほかにお勧めの哲学板ってある?(ドカドカドカドカ〜ン!!!!)

164 :名無しさん@1周年:2000/07/11(火) 23:41
>マルクス・イキマクリクス氏
普通の感覚で言うと、「○○的である」ということは、
「○○」とは何かという定義が明示されていないと
難しいのではないかと思えます。
あえて「○○的である××」という使い方を
カテゴリーとして捉えるのであれば、「○○」と
「××」の関係性を射程に入れた話として展開される
と考えて良いでしょうか?

165 :マルクス・イキマクリクス:2000/07/12(水) 00:30
>164
>普通の感覚で言うと、「○○的である」ということは、
>「○○」とは何かという定義が明示されていないと
>難しいのではないかと思えます。
 うんにゃ、そうとは言えないぞ。
 例えばディルタイ・ハイデガー・ガダマーの解釈学の系譜では、
 無意識レベルでなされる「○○的だ」という判断と、
 定義として言語化される「○○的だ」という判断とを区別する。
 我々にとって問題なのは、後者を前者から区別し、際立たせること、つまり、
 「○○的だ」とはどういうことなのか、ということを、無意識レベルでなされる、
 先入見の混じった判断から純化して取り出すことなのだ。
 すなわち・・
 「これは科学的で、これは科学的でない」という区別を外から押し付けるのではなくて、
 我々が何を科学的で、何をそうでないと考えているのか」という先入見を摘出する。
 その上で、その先入見そのものを検討し、「我々が科学的と考えているのは○○のことだ」
 ということを意識化する。
 結局こういう方法でもたらされるのは、我々にとって科学的であることの内容、要するに、
 科学的方法の人間的意味、ということになる。
 まあ、代理いぬ君は気に食わないかもしれないが、こういう方法で導出されるのは、
 「我々が」科学的であるととらえてきた認識論的カテゴリーであって、科学の客観的意味そのものではない、
 ということになろうが。
 この辺りの議論はクーンのバラダイム論とも(少しばかり)関係するはず・・だ。
 追伸
 固定ハン〜

166 :名無しさん@1周年:2000/07/15(土) 02:49
科学は知りたいという欲求から
技術は何かに応用したいという欲求から
成るものだ

というのはだめ??

167 :うきゃ?おサルの脳?:2000/07/15(土) 04:17
科学について簡単に答えろと言われたら、こう答えとけばいいですか?
1、科学=人間の主観的偏見からの解放+没価値性
2、科学は事実そのものに即して、その真実性を引き出しているか?
・事実から真実を読み取るためにはあらかじめ何らかの「プリズム」がなければ事実を読み取れない。
・プリズムが変われば事実の意味も変わる。
・科学が事実から理論を掻き出す事ができるのは、そこにプリズムが働いているから。
3、科学科学はどのようなプリズムがあるのか?
・科学は全ての人々に妥当する心理を主張する限り、全ての人々に共通するプリズムを持っていなくてはならない。
・全ての人々に共通のプリズムとはそこで共通に生活しているところの意味のネットワークである。
・科学は実験、観察から理論が引き出されるのではなく、意味や仮説は既にプリズムとして働いている。

168 :剣豪:2000/07/15(土) 04:36
>167
 クーンのパラダイム論だな。
 結局科学とは、或る研究者集団における意味のネットワークの暫定的合意内容である、か・・・
 プリズムの概念の外延とその意味内容が曖昧ではないか?
 意味のネットワークを支える「全ての人間」とは何だろう?科学より迷信や慣習を信じている者は
 そこに含まれないのかな?
 或いは意味のネットワークの「意味」とは何だろう。
 僕にはこれこそが、万人への応用可能性の主張を含意している、技術の本質そのもののように思えるのだが。
 ああもう眠くなった。

169 :うきゃ?おサルかな?:2000/07/15(土) 05:15
なるほど。確かに。
「全ての人間」ってなんでしょう?あくまで「全て」だったら意味のネットワークが支えられないと思う。
ん?あーもう眠いですぅ。よくわかんないやぁ。


170 :剣豪:2000/07/16(日) 00:06
万人への応用可能性というのは、技術がその本質として持っている権利要請のようなものの気がする。
一般化、普遍化、均一化傾向というか、代替可能性というか・・
デジタル記号や二次元化された貨幣の特性でもあるな、こりゃ。

171 :剣豪:2000/07/16(日) 00:08
万人への応用可能性というのは、技術がその本質として持っている権利要請のようなものの気がする。
一般化、普遍化、均一化傾向というか、代替可能性というか・・
デジタル記号や二次元化された貨幣の特性でもあるな、こりゃ。

172 :剣豪:2000/07/16(日) 00:21
ふぎゃ!2重カキコしちまった・・
何か自作自演ぎみ。ま、いいや。固定ハンも消えちまったし。
・・・・・・・
そういえばデリダはパロールよりディスクールにプライオリティを置いてるみたいだが、
結局母語や言語の自己言及性を記号の流通可能性から捉えることによって、
哲学の科学化を模索しているのだろうか・・う〜ん。

173 :哲学者:2000/07/17(月) 06:03
>1
論理的分野からじゃなくて民主主義的価値からの模索ってのはダメ?
民主主義は時間に恒久の価値を持たせるから・・・
それとか絶滅したら観察者の知識観も消滅するので世界も消滅・・・
絶滅を確認不能とか・・


174 :剣豪:2000/07/21(金) 03:47
下がってたのでage
オラァ!固定ハン!出て来いや。

175 :考える名無しさん:2000/10/24(火) 16:43
aeg

176 :考える名無しさん:2000/10/28(土) 21:35
オラァ!剣豪!帰って来いや。

177 :名無しさん:2000/10/28(土) 22:27
バシュラール読め。

178 :考える名無しさん:2000/10/28(土) 23:07
自分の言葉で語れ。

179 :考える名無しさん:2000/11/15(水) 21:39
..

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