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南京虐殺で実際に殺された数は?

1 :日本@名無史さん :2001/01/05(金) 16:50
今どういうことになってるんでしょう。

2 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 17:01
5人ぐらいとちゃうの?

3 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 17:11
秦郁雄でも読めば.

4 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 17:41
秦なんて読んでるのはウヨのドキュン


5 :実習生さん:2001/01/05(金) 17:45
70万でしょ。

6 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 18:04
6人でいいじゃん

7 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 18:04
5は中共

8 :日本@名無史さん :2001/01/05(金) 18:08
中京は100万です。

9 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 18:27
そんな事件は無かったんだからゼロ。

10 :実習生さん:2001/01/05(金) 18:33
中国人による日本兵虐殺があったはず。
中国は補償しろ!

11 :光源氏@京都:2001/01/05(金) 18:54
おいおい。 困ったな。君たちは馬鹿だな。
そして田舎ものだな。
僕は天下の大谷大にいってるんだぞ。 関西一の私立大学だぞ。
ルックスはバッチグー。
ロン毛。後ろで縛っている。
ゴムも赤。
サングラスはエレッセのやつ。
サングラスといえばエレッセ。
ジャケットはいつも渋く茶色。
泣かせるぜ。
シャツはラコステ、ポロ、ラルフローのほかに
アードルノパーマとかも着てる。
アラミスも着こなす。そして釣りバンド。ホストっぽいかな。 鞄は革。
靴はひも靴。ヤングにいえばスニーカー。
喧嘩は本当に強い。
小学生くらいなら何人でもかかってこい。
キックも空手も得意。
フェミニズムだから女に甘い。
さん付けだしノートも貸す。
お話しする子は15人。
女に不自由なし。
パパは社長。 薬局をやっている。 金持ち。だから外車(セドリック 中古だけど)。
中学時代は生徒会の書記。花のキャリヤ。
パスタやグラタン、ビフテキ(高級フレンチ)が好物。
全てがそろった男前。
朝日新聞を読みこなす。
漱石好き(マニアックだが)。
ビンチ好き(みんな知ってるモナリザの作者)。
ディスコでブレークダンスを踊るよ。
ナウいだろ。バッチグーだろ。
高校時代は偏差値55を取ったよ。
ははははは。
凡人が。




12 :名無しさん:2001/01/05(金) 19:09
小林信者がいっぱい。
愚行を21世紀に再現したいのか?


13 :名無しくん:2001/01/05(金) 19:10
http://www.mmjp.or.jp/nankin1937/chin.html

14 :名無しくん:2001/01/05(金) 19:16
日本は中国に宣戦布告してないんです。
国民政府を相手にせず。なんて声明出したぐらいですから。
よって相手が共産ゲリラであっても戦争行為じゃなくて
組織的殺人になるんです。

15 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 19:49
4万以上(秦郁彦)


16 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 19:51
「敗残兵虐殺」を加えると10数万以上(笠原)。
中国人の仕業という妄説は、板倉が論破。

17 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 19:58
笠原はサヨ。岩波新書本はインチキの見本。

18 :日本@名無史さん:2001/01/05(金) 20:05
ゴキブリホイホイに捕まって死んだ、ゴキブリを数えることと同じぐらいナンセンスだ

19 :yamada:2001/01/05(金) 23:30
30万以上!



20 :yamada:2001/01/05(金) 23:35
本当にこの問題を知りたいですか?
goto:http://www.china1937.com

21 :>15:2001/01/05(金) 23:41
 秦教授は4万「以上」って言ってないだろう。




22 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 00:00
0人です。すべて作り話。

23 :名無しさん:2001/01/06(土) 00:21
陸軍将校の親睦団体「偕行社」は約1万5〜6千人の
虐殺があったことを80年代に公式見解として出している。

24 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 01:31
藤岡信勝の説は一万ぐらいだっけ?

25 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 01:55
南京城内だけで30万人の民間人が虐殺されました。
この事実を認めない日本人は、全員南京大屠殺の矮小化を図る軍国主義者です。

26 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 02:02
↑このシナ畜は、中狂の悪逆非道を覆い隠そうとする軍国主義者です。

27 :氏名トルアキ:2001/01/06(土) 02:02
阪神大震災での死者は6438人。
それを思えば1万人だって大変な数。

28 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 02:33
30万と1万じゃえらい差だな。。。

29 :>24:2001/01/06(土) 04:51
 藤岡教授は虐殺はないと言ってる。独協大の中村教授が1万人説。
軍事史家の故・板倉由明氏は1万〜2万人説。

 「諸君!」2月号見てみ。南京事件特集が組まれている。

30 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 04:55
偕行社の『南京戦史』でも虐殺数は定まってないんだけどね。
編集委員の板倉さんや畝本さんはそれぞれ別々の数を挙げている。

31 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 05:06
26はコヴァに決定!!

32 :ザ感:2001/01/06(土) 06:03
10万人くらいと見た!

33 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 06:04
クーリーなんか何万死のうがどうでもいいじゃん
何、騒いでんの?
馬鹿みたい

34 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 06:10
↑コヴァに決定!!




35 :藤岡とは:2001/01/06(土) 06:25
新しい教科書をつくる会のあれと同一人物か?

濤川栄太が「国民の歴史」受注に際して
リベートを受け取る
         ↓
藤岡信勝を中心とする自由主義史観グループが
濤川に対して不信感を抱き、批判する
         ↓
西尾幹二が、小林よしのりと結託して日頃から
気に入らなかった藤岡の失脚を画策
         ↓
小林、濤川に接待を受けていた負い目から
「ゴー宣」で藤岡を誹謗中傷し、濤川らの
リベート問題を揉み消す
         ↓
教育現場への教科書の売り込みのノウハウを持つ
藤岡がキレて、「つくる会」から事実上脱会状態になる
         ↓
つくる会は運営費(約4000万円)を使用して
「国民の歴史」を各学校等にバラまくが、
本来つくる会に還流するべき印税を金に汚い西尾が
フトコロに入れて、事実上の横領を行なう。
         ↓
小林が「ゴー宣」上で「つくる会から手を引く宣言」
を行なうが、実際には高森明勅を利用して院政を敷く。
         ↓
小林、反福田和也と言うことで筑波大のドキュソ教授、
中川八洋と親しくなり、つくる会の幹部にねじ込む。
         ↓
小林、公民の教科書執筆者として西部邁をつくる会に
ねじ込む。




36 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 06:36
だからあ、コヴァでもウヨでもなんでもいいよ
クーリーが何万、何十万、何百万死のうが
どうでもいいよってこと!
騒ぐコトじゃないだろうに

37 : 日本@名無史さん :2001/01/06(土) 06:41
>>36
仮に中国人として生まれてきたら
そんな台詞吐けないくせに。


38 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 06:48
30万人なら、南京全部無くなっちゃうのでそれはないでしょう。

39 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 06:53
>37
アホ?
仮の話しても仕方ないだろ
実際、日本人として生まれてきたカラヌァ

40 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 07:28
じゃあ原爆落とされて戦争早く終わって万歳ですか
俺は、とてもそんなセリフは言えんな

41 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 08:12
36はコヴァ(藁。

42 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 11:08
C:\WINDOWS\デスクトップ\ponnta゙\paper13.files\paper13.htm

43 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 11:34
↑読めないよ?

44 :日本@名無史さん:2001/01/06(土) 11:37
>42
そのhtmファイルはなんだ?

45 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 05:14
「二十万人いると思ったらその五倍はいるのは中国」
という素晴らしい理屈で百万人虐殺説を唱えている人間がアメリカにはいるそうだね。

46 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 05:24
>>45
ゴキブリ並みの扱いだな・・・・・・。

47 :もっこす:2001/01/07(日) 07:42
南京大虐殺なら、ここを読んでみて。

http://www.china1937.com/

48 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 07:53
中共はチベット人を何人虐殺したのだ。
こいつらのダブルスタンダードはお話にならないな。
中共の手先のサヨクは人間のクズ。

49 :もっこす:2001/01/07(日) 08:04
中国がチベットで虐殺したら、日本も虐殺しても許されるったか?

50 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 09:25
>49
許されるわけ無いですね、その通りです。

でも中国公式30万のは何とかしてほしい。
ナチ我やったのとか、ヒロシマ、ナガサキで死んだ数とかと、全然信憑度が違うよ…。

51 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 10:05
広島・長崎の原爆投下はでっち上げです。
アメリカがそんなことをする筈がありません。
本当はやや破壊力の強い普通の爆弾だったのです。

52 :名無しさん@1周年:2001/01/07(日) 11:11
>>51
その言葉原爆被害者の前で言ってみろ!!

53 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 11:45
51番は電波か?
嗚呼、電波人傑の宝庫2チャンネル…。

54 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 11:49
>52及び原爆被害者
広島・長崎の原爆投下はでっち上げです。
アメリカがそんなことをする筈がありません。
本当はやや破壊力の強い普通の爆弾だったのです。



55 :もっこす:2001/01/07(日) 12:16
>54
それって、アメリカあたりの掲示板の翻訳コピーじゃない?

56 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 13:08
そうか…凄い無力感を感じるなあ。

57 :ヒロヒトラー:2001/01/07(日) 13:25
中国人も上海で日本人を大虐殺しているんだぞ アメリカのCNNの
ニュースで特集くんで放送していた 日本兵の頭を切った頭で子供達が
サッカーをやっている写真や日本軍の首なし痛いなどの写真がニュース
で流していたんだよ 

58 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 14:26
51・54は、原子力発電所に勤務していますが。
計測器もつかえないし、臭いも色も無い放射線を理解できないので、一番危険な所に
配置されています。
すぐ逝ってしまうので、同情だけしてあげましょう。

59 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 15:09
>57
こういう応酬になってくると、
原爆被害者が、単なる被害者を越えて、人類の罪として訴えるとこまでいったことは
真実、尊敬に値するな。

60 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 15:21
>57
アメリカ国内の、親中国勢力牽制の意図が明らかですね。
民主党から共和党に政権が移った影響が出たということでしょうか。
民主党政権下では絶対に放映されなかったでしょう。

あの国は、民主党も共和党も、政治工作のためなら嘘も本当も利用するから。




61 :57:2001/01/07(日) 15:25
ヒロヒト、ヒロヒトラーは一体何人いるんだろう。
荒らしか左翼ばかりだと思っていたのに、最近では57のような右派の
ヒロヒトラーも現れるし。


62 :名無しさん@1周年:2001/01/07(日) 15:40
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63 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 15:50
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64 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 16:43
終わらせない・・・・。

65 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 17:03
国民好感度
ヒトラー>>>>>>>>>>>>>>ヒロヒトラー
は常識。

66 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 18:39
中国全体でどれだけ非道に殺したのだろうかーなんて言ったらだめ?


67 :在日韓国人:2001/01/07(日) 18:49
広島長崎への原爆投下なんて創作だ。
日本は歴史を改竄するな。

68 :大河好き:2001/01/07(日) 19:20
南京については証拠うんぬんはおいといて謝ったほうがいいだろう

死者の数についてかなり違うとはおもうが なにせ当時の日本軍は食料や女を現地調達してたわけだから 南京で何がおこっても不思議ではない

一部の暴走した部隊が中国人を欲望のおもむくままに殺しまくることもあったと思う

自供は子供の頃はイジメられっ子であったが その体験からすれば人間はいくらでも非情になりうるものなのてす イジメっ子にすれば僕などただの犬っころかそれ以下の存在でしかなかったようです 集団であればその非情さもエスカレートする

だから当時の日本軍からすれば中国人はみな犬以下であり殺してもかまわない物言わぬ民という意識であったのかもしれない

69 :もっこす:2001/01/07(日) 19:30
日本軍の暴行略奪は上官の命令だったそうです。昨年、南京虐殺に関する集会があり、元日本兵のおじいさんたちが証言してます。来月かそのあたりの歴史学関係の機関誌か研究誌に内容は掲載されると思います。

70 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 19:54
>>69
>日本軍の暴行略奪は上官の命令だったそうです。昨年、南京虐殺に関する集会があり、元日本兵のおじいさんたちが証言してます。
60年以上前の話でしょ。人間の習性として、
「過去を美化する」
「責任を他人に押し付ける」
「記憶は曖昧になる」
ってのがあるから今となっては信用性うすい。
死の恐怖と隣り合わせで皆そろって「野獣」になっただけとも考えられます。

71 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 19:58
そういうのは中国がわの意向に合わせて言ってんの。
何にもしらんえ。

72 :名も無き冒険者:2001/01/07(日) 21:59
……そりゃ、洗脳されたからだよ。


73 :日本@名無史さん:2001/01/07(日) 23:55
つうか、糧食が現地調達だろ。当時の日本人は。
略奪以外の方法でどうやって食料を確保するんだ?

74 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 01:21
中国での抑留経験者の経験談読んだことがあるんだけど、

もしかしてこの人は洗脳された振りをして、
中国がどうやって日本兵を洗脳していたかを伝える為に
こんなことを話しているんじゃないのか?

なんて疑問が浮かんでくるほど、無茶な内容だったな。

75 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 01:42
チベット人を大量虐殺し、チベットの社会を破壊し尽くした挙げ句、
チベットを占領し続けている、ダブスタの中共は相手にするな

76 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 02:17
俺の父親は戦犯として罰を受けたんだ
どんなに悔しかったか分かるかい

中国なんて国はあの田原でさえ3流国家だっていってるんだ
しかし中国の首脳は日本の都市に向けてミサイルをいつでも打ち込めるなんて言ってるのにそれの
いいなりの日本っていったい?
おばかさんですか?特に河野洋平と社民共産の皆さん

77 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 02:33
>>76
ドキュソの子はドキュソ
親のドキュソが子に報い
ドキュソの魂100まで

78 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 02:35
そんなん言ったら、日本人に非道な殺され方した中国人もいっぱい
いるだろうに。彼らの怨念はどうなるのよ。
あと、中国べったりに見えても、全肯定というようなおめでたい人も
少ないんじゃないの?

79 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 02:35
4流以下の国家だから3流国家の言いなりは当然だろ

80 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 02:38
ちなみに岩波の『世界』の今月号には、少しだけど、チベットに関し
て中国政府を非難するコラムがあったよ。

81 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 03:35
>76
心から同情するよ。
親族の死に対して、酷い言われ方だよ。
当時の法を守り入営して、法を守る事に
よって無くなった人にも、この程度の
感情しか湧かないだよね。
そんな人間は、何故か日本人以外の死には
同情出来たりしてるのも不思議だろ。
自分が歪んでる事に気づかないんだよ。
扇動されている事にも気づかないんだよ。
有る一定の条件でないと、優しさという感情が
出てこないように、教育されてしまったんだよ。
おめでたくて、泣けてくるよね。
レッテル貼られる生き方しようぜ。
左にはウヨ。右にはサヨ。
平和主義者には好戦家。戦争肯定者には平和主義者。
思った事を言って、両方からそう言われる人間になろうぜ。
あいつらにはバランス感覚が無いんだか。

82 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 04:42
81のレスの分裂具合にも、心から同情。

83 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 05:03
それより>>76の年齢が知りたい
親父が戦犯って事は76は結構な年齢なはず

普通に考えれば40代後半〜50代、どう若く考えても30代後半
そんな奴が76みたいな内容の事しか言えんかったら
マジで日本の未来は鬱だ...

84 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 05:44
82のような人は、多分人間的にも単純。
普段からここに書き込むような言動をする嫌われ者?

85 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 05:59
たいへんお気の毒ではあるが,天皇のため・お国のために死んでいったひとたちは,結局「犬死に」だったのだよ.
つらいだろうがそのことを直視せずして明日ははじまらない.

86 :日本@名無史さん:2001/01/08(月) 06:08
>85
君も早く犬死にしてくれ。

87 :世界@名無史さん:2001/01/08(月) 19:11
虐殺なんてとんでもない!!
親愛なる中国の人口増加対策として協力したまでです!


88 :江沢民:2001/01/08(月) 19:22
じゃもう一回お願いします。

89 :日本@名無史さん:2001/01/18(木) 21:24
三万以下。そして殺されたものの大多数は兵士で、戦闘によるもの(私服便衣含む)。

「大虐殺」だなんて抗日戦争(日本から事変)で日本軍に連戦連敗の弱虫中国軍の言い訳。

90 :日本@名無史さん:2001/01/18(木) 21:29
南京城内だけで30万人の民間人が虐殺されました。
この事実を認めない日本人は、全員南京大屠殺の矮小化を図る軍国主義者です。
これこそが中国政府の公式見解です(事実)
「南京大虐殺肯定」とは、南京城内だけで30万人の民間人が殺されたのだと認めることです。
右とか左とかの話はやめませんか?
あるのは国際政治のリアリズムだけです。

91 :日本軍に連戦連敗の弱虫中国人へ:2001/01/18(木) 21:40
≪児島襄「参謀(下)」のジョゼフ・スチルウェル編より引用≫

だが、ものの一年間もしないうちに、スチルウェル参謀長は、
その日誌に、自分の予期かった感想を記述することになった。
「“ピーナッツ”は偏屈で恩知らずの小さなガラガラヘビだ・・・・
(中国政府は)自分たちだけのことしか考えないならず者の集団だ。
指導者たちの興味は、ただ金、権力、そして地位だけだ・・・・。
 手に入るものには何でも頭を下げ、自分は戦わないように心がける・・・・。
“インテリ”と金持ちは子どもを米国に送り、農民の子どもが戦争に
かりだされる。しかも注意も訓練も指示も与えられずに死んでいる。
 われわれは、この腐敗した政府を支持し、その偉大なる愛国者兼戦士
“ピーナッツ”に栄光を与えるために、戦おうとしているのだ―おお神よ!!
≪中略≫
当時の米軍は、日本軍と同じく、行軍距離単位は四キロであったが、
その米式訓練をうけたはずの、いやボートナー准将自身がその訓練
をした孫部隊は、一キロ歩いては休み、次に一キロ進んでは
ごろりと道端に寝転がる。
 しかも、頭上に英軍機が飛来して補給物資を投下すると、隊列を
乱してむらがり、悲鳴をあげつつ、下着に利用するパラシュートを奪い合う。
≪中略≫
孫部隊は狂喜した。中国大陸で負けつづけ、日本軍といえば
かなわないものと信じていたのに、その日本軍がひきあげたのである。
勝った、勝ったと小銃を空に乱射しておどりあがった。
 ところが、勝ちに乗じた勢いで快進撃するものと期待していた孫部隊は、
たしかに前進は開始したものの、そのスピードは以前にもおとる低速であった。
そして、昭和十九年一月二十九日、孫部隊はついに完全停止した。
 ボートナー准将の急報によってかけつけたスチルウェル参謀長は、
にこやかに迎える孫少将の顔をぼう然と眺めながら、考えこんだ・・・・
なぜ、前進しないのか?
≪中略≫
スチルウェル参謀長は、孫少将にかみついた。
「明らかに命令違反である。よろしいか。貴下の第三十八師団は、
全中国軍のなかでとびぬけて優良な兵器、弾薬、糧食の補給を受けている。
足りないというのなら、迎撃砲も、火炎放射器も、米兵だってさしあげる。
だが、命令に従うのが条件だ・・・・もし自分の使命が達せられないようなら、
辞職してワシントンに報告せざるをえない」


92 :クルッテル:2001/01/18(木) 22:42
>90
では南京の市民は、ほとんど殺されてしまったのですか?
他国(アメリカも含む)のジャーナリストの目に止まらずに?
常識的に考えても普通の人間ならわかるでしょう。
私も三万人以下説を支持します。
中国ですら三十万人は政治的な数字と認めています。

93 :日本@名無史さん:2001/01/18(木) 23:04
旧ソ連でもそうだが、ああゆう国は一度国が崩壊して内部資料が公開されんとどうしようもない。
だから中国も共産主義と毛沢東時代がもっと長く続いて全国人民公社化で中国を国の崩壊に導いていけばよかった。

94 :日本@名無史さん:2001/01/18(木) 23:25
共産主義国の公式発表を事実と信じるなんて、究極のバカ。

95 :日本@名無史さん:2001/01/19(金) 00:41
>>90
じゃあ俺は「第2次南京事件」肯定派でいいや(笑)

96 :日本@名無史さん:2001/01/19(金) 07:04
戦争で人が死ぬのは当たり前!
それを大虐殺と言う中国はドキュソ国家。
こんな国に援助する必要なし!!
即刻シナ・チョンと国交断絶しましょう!!

97 :日本@名無史さん:2001/01/19(金) 07:32
戦争で人が死ぬのは当たり前!
それを原爆反対とか言う日本はドキュソ国家。
こんな国と貿易する必要なし!!
世界中の国々は即刻日本と国交断絶しましょう!!


98 :クルッテル:2001/01/19(金) 10:43
同意見です。
今世紀最強の殺人国家ですから。

99 :日本@名無史さん:2001/01/19(金) 13:43
第二次、第三次文化大革命を引き起こさせて、今度は国を丸ごと叩きつぶしてやりませんか。
これなら「日本軍に虐殺」でなくて中国人同士の殺し合いだから誰も悪いことにはならないんだからさ。

100 :日本@名無史さん:2001/01/19(金) 15:27
この件って民事だよね。
刑事としては 昔に済んでるよね。


101 :クルッテル:2001/01/19(金) 17:20
>100
済んでます。
でもまだなんか言ってます。
ついでに関係ない奴まで手を出してます。
中国は敗戦国だということに気がついていないのでしょうか?

102 :日本@名無史さん:2001/01/20(土) 11:46
>中国は敗戦国だということに気がついていないのでしょうか?

1944年1月から翌年3月まで3回にわたって「大陸打通作戦」が行われ、
結果はいずれも日本陸軍の圧勝。更にこれに参加した62師団は沖縄へ転属。
中国軍隊のデタラメさと後進性と愚鈍さと脆弱さと無能ぶりがこれで徹底的に暴露された。


103 :日本@名無史さん:2001/01/20(土) 12:09
意味のない作戦だった大陸打通作戦を誉めるヤツ・・嘆息
近代戦争ってのをわかってない・・嘆息
その中国に勝てないままの日本って・・短足
こういう輩のせいで、日本は泥沼にはまっていったんだろうな。
おっと、マジレスするシチュエーションじゃなかったか、ここ


104 :日本@名無史さん:2001/01/20(土) 12:24
朝鮮人もいっぱい殺されたニダ

105 :日本@名無史さん:2001/01/20(土) 14:14
>>103
同意。
ウヨのいけないところは先の大戦での官僚主義的負け戦システムについての
国民的反省(南京の反省よりこっちのほうが大事)をせず、ひたすら
先の大戦はすばらしいといいつづけるところ。


106 :日本@名無史さん:2001/01/20(土) 15:46
このテの内容は中国擁護・日本悪玉派には触れられたくない急所やて。

>意味のない作戦だった大陸打通作戦

まあもともと当時の中国の戦力的価値は低かったからね。
でも内戦に破れた国民党はこの作戦を指揮した岡村寧次を軍事顧問にしてるよ。



107 :日本@名無史さん:2001/01/20(土) 15:50
過去の栄光にしがみつく老人ほど見ていて哀れなものはないね。
ミッドウェーやガダルカナル、ノモンハンこそ忘れずいたほうが将来
の成功につながると思う。
アメリカが「リメンバー・パールハーバー」を合い言葉にしていた
点はおおいに見習うべき。

108 :日本@名無史さん:2001/01/20(土) 16:00
>中国軍隊のデタラメさと後進性と愚鈍さと脆弱さと無能ぶりがこれで徹底的に暴露された。

1944年の帝国陸海軍ちゅうたらインパール・マリアナ・レイテでボロ負けしてたからな。
なのに中国戦だけは連戦連勝だもんな。刃物持ったならず者チンピラ集団が大勢かかろうと、
鍛えられた素手の格闘家一人にはかなわないってことなんだろうな。


109 :世界@名無史さん:2001/01/20(土) 16:01
15@`000人

110 :日本@名無史さん:2001/01/20(土) 16:07
だからさ、「虐殺された」だなんて負け惜しみの逆恨みほざくだけのあんなならず者集団なんて
マトモに相手にする必要ないんだ。文化大革命が再発して今度こそ国の崩壊に導いてやりゃあいい。


111 :名無しさん@1周年:2001/01/20(土) 17:02
アメリカの景気が一気に萎めば中国は崩壊するね。

112 :クルッテル:2001/01/20(土) 18:38
>110
同意します。
中国は日本に対して、敗戦国なのですから。
以上

113 :名無しさん:2001/01/20(土) 18:50
戦死者を虐殺されたというのなら,日本人の虐殺はどうなっている.
日本軍死者は50万人をくだらない.
通州事件は真性の世界歴史に残る大虐殺だ.
幼児から女性まで中国正規軍に虐殺された。
南京では、そんなことはない.
虐殺はゼロだ.
日本軍が,大軍の中国軍に包囲されて戦闘中に支邦人
非戦闘員を殺してどうする.暇もなければ,弾丸が無駄だ.

114 :日本@名無史さん:2001/01/20(土) 23:50
>>90
当時の南京の人口は20万人・・・

115 :名無しさん@1周年:2001/01/21(日) 00:06
>>113
素人の俺でも分かるレベルの言い逃れだね。
というか、デタラメも過ぎるとしか言いようが無いね。

通州事件の犯人が「中国正規軍」か(笑)。
南京で「日本軍が,大軍の中国軍に包囲され」ていたのか(笑)。
東中野でもそんな馬鹿は言ってないだろ(激笑)。

116 :日本@名無史さん :2001/01/21(日) 00:25
>114
それは城内の中にある、「安全区」だけの人口ね!

117 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 00:40
>>116
当時の南京城内全体の人口って何人だったの?

118 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 05:09
終戦の大詔を聞いても、
「どうして、降伏するんだ! 我々は負けていない!」
という、直接的な感情で反応するのが、支那派遣軍の兵士の90%だった。
これ、史実。

日本が負けたのは、太平洋戦域での対米戦。
支那戦線は不敗。1敗は戦術目標を達成出来なかったシコー作戦のみ。

南京事件は、その一過程で起きた、日本軍の勇み足。不法殺害、概数1万。

119 :118:2001/01/21(日) 05:11
ないし、4万。

120 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 05:37
日本人がポツダム宣言受諾の理由を聞かれれば、
恐らく原爆、戦略爆撃、ソ連参戦、シーレーン封鎖あたりが挙がるだろうけど、
中国では全く違うことが理由として教えられているそうだね。

なんでも毛沢東が、
「日本に原子爆弾が投下されたが、それだけが日本を降伏させたのではない。
8月9日に私が総攻撃命令をだし、日本軍への大反撃を始めたからである。
この中国人民軍の反撃がなかったら、原爆といえども空弾にすぎなかったのだ。」
と語っていたそうで、これがあちらでの降伏の理由らしいよ。

121 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 05:40
台湾の歴史教科書『認識台湾』と比較すると、
中共や鮮人の歪曲振りが良く分かる

1) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1890/110.html
2) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1891/113.html
3) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1892/113.html
4) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1893/113.html
5) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1894/113.html
6) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1895/113.html

これの解説−評論家の黄文雄氏による
http://www.geocities.co.jp/Berkeley/5931/t_rekisi.html

122 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 05:44
黄文雄って信用していいのか?

123 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 05:47
黄文雄はどうでもいい。教科書の方を読むべし

124 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 06:30
そんなもんあったかどうかなんて知らん。
あったところで、あっそう?
なかっても、あっそう?

どっちみち中国人嫌いなのは変わらんよ。

125 :クルッテル:2001/01/21(日) 09:39
>1
三万人弱です。(戦闘員、非戦闘員を含む)
今の世の中、右も左もありません。
右や左に分けないと、物事を語れない人は時代遅れのカタワです。
正しい歴史認識ができる目を養いましょう。

126 :名無しさん@1周年:2001/01/21(日) 12:14
幕府山付近で、山田支隊が行った捕虜大量殺害の例。これは南京事件のほんの一例に過ぎませんが、参考までに。現在では綿密な研究の結果、計画的な殺害であったことが明らかになっています。
兵士の日記にも、
「午後零時三十分捕虜収容所火災の為出動を命ぜられ同三時帰宅す、…捕虜総数一万七千二十五名。夕刻より軍命令により捕虜の三分の一を江岸に引き出しT(第一大隊=引用者)に於いて射殺す」(第二大隊第八中隊の遠藤少尉の日記)
と、はっきりと軍の命令による射殺を行ったことが示されています。
この殺害は、二日に及び、以下は、その二日目の日記です。
「夕方漸く帰り直ちに捕虜兵の処分に加はり出発す、二万人以上の事」



127 :平和主義者:2001/01/21(日) 19:45
我らが毛沢東主席は、
オリンピック記録を越える速さで泳ぐのです。
そのような方が嘘つくはずないでしょう。
よって30万人。
さっさと認めて謝らないと。

あと、自衛隊も日米安保もなくすべき。
平和のためには仕方がないでしょ。


128 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 21:03
要するに、ウヨが言いたいのは、
今の中国政府に弱みを見せたら損って考え方なんだろ?
そりゃそういう面もあるかもしれんよ。
だけど、あのドキュソのアイリス・チャンが、「今の日本はなんの
反省もしていない」と騒いだ時に、「いや、ちゃんと反省してる」と
弁護してくれたまともなアメリカ人もいたよ。
もし、軍国主義的な主張を続けていたら、誰もこんな弁護をして
くれず、日本は完全に孤立していたかもしれん。


129 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 22:46
103>意味のない作戦だった大陸打通作戦

米・英・独・ソに媚び売って日本の足を引っ張ってきただけの「抗日」、
あるいはインドやチベットなどに対する弱いものいじめしか能がない中国のクソ集団を、
一網打尽に叩きのめして力の差を見せ付けてやった本作戦は大変意義のあるものだった。


130 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 23:23
126は、日にちの記述さえ不正確な捏造日記からの抜粋。
彼らの得意な「有る兵士」は、自作自演。
防衛庁の部隊別戦史資料の存在を知らない、反日サヨ。


131 :日本@名無史さん:2001/01/22(月) 03:37
>>128
理解力のあるように振る舞いながら、
なにげに右側の主張は為にする嘘という前提で語っているあたり、上手いな(藁

132 :日本@名無史さん:2001/01/22(月) 03:41
台湾の歴史教科書『認識台湾』の日本時代の記述

1) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1890/110.html
2) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1891/113.html
3) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1892/113.html
4) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1893/113.html
5) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1894/113.html
6) http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1895/113.html

黄文雄氏による解説
http://www.geocities.co.jp/Berkeley/5931/t_rekisi.html

133 :名前なし:2001/01/23(火) 04:30
南京攻略の日本兵って何人くらいいたの?

134 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 06:38
>130
自分に都合の悪い史料は捏造と決め付ける人間のクズ。
根拠を示せ。
部隊別史料を見せてみろよ。

135 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 06:53
>134
戦史資料は公開されています。
自分の目で確認してくるように。
君が信じる日記も、自分の目で確認しなさい。
私は見てきました。
他の人の文書(著書)を読んだだけでは、得られない
発見があります。
自分の足さえ上手く使えない人が、頭を使えるとも
思えませんがね(藁

136 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 07:09
反日プロパガンダ・スレ認定

137 :日本@名無史さん :2001/01/23(火) 07:56
>133
南京攻略戦に参加した総兵力は約20万人です。

138 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 18:54
3人
30万人とか明らかに三国人が流したデマ

139 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 19:29
自分らが抗日戦で百戦百敗だったのを「虐殺」だなんて逆恨みだ!

140 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 21:56
>135
日記が「自作自演」というのはどういう意味なんでしょうか。
文意が分からんのですけど。

141 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 22:03
南京周辺でほとんどが殺されて無人地帯同様になり、
数十万の死体が転がっていたなら、日本人だろうと
外国人だろうと直ぐにでもばれて、ニュースになっていただろう。

142 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 22:45
>135
なんだ。説得力ゼロじゃん。

143 :小林 よしのり:2001/01/23(火) 22:47
すいません、私が命令しました。本当に申し訳ありませんでした。

144 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 22:56
結構すぐ、ニュースとして海外に発信されただろ。
日本に対しては伏せられたのは有名な話だけど。

145 :日本@名無史さん:2001/01/23(火) 23:03
>>144
30万人虐殺でかい?

146 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 00:04
≪≪≪通州事件なければ“南京事件”なし!!!!≫≫≫

通州事件の報が伝はるや、我が国民の憤慨は頂点に達し、轟々たる世論が日
本全土に沸騰した。この民族の痛憤が、四カ月後の南京攻略に於て若干の報復
行為となつて爆発したとしても、あながち不思議ではない。
南京で何がしかの事件が発生したとしても、それは、それ以前に済南や通州で
日本人虐殺を演じてきた支那人の責任なのである。原因を作つた方こそ責めら
れるべきなのであり、この点についての認識を誤つてはならない。


147 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 01:05
30万という数字が出たのって東京裁判だっけ?

通州事件? ワンパターンだなあ。殺ったのは日本傀儡政権の軍隊だってね。

148 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 01:16
>144
されてないよ。
記憶違いか捏造。


149 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 01:20
144は重慶爆撃と混同してるんだろ。
多分、記憶違い。


150 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 01:24
南京での惨状が報道された、なんて基本じゃないか。
148と149は自作自演であって欲しいぞ。2人もヘンなのがいるなんて嫌だよ。

151 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 01:31
>>150
だから、都市から人影が消えるほど殺されたのかよ! ボケ。

152 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 01:34
何言ってるんだ、こいつ? 話がつながってないぞ。

153 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 01:36
>>152
意味が分からんのはおまえだよ。

154 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 02:07
報道のあるなしと「都市から人影が消えるほど」の関連について解説をきぼーん。

155 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 03:00
30万も殺される→都市から人影が消える→そのことが報道される
                   ▲▲▲▲

つまり当時から南京市民全員が虐殺された、などという報道がなされたはず。
わかったかね、バカサヨ。    

156 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 03:48
報道はされたな。
ただ、具体的な話はいつまで立っても届かないので、風化したんだけど。

157 :クルッテル:2001/01/24(水) 23:28
>146
全く同意!
>147
あの殺し方は中国人独特の殺し方。何が起きたのかもっと勉強しろ。
>150
ボケ!
>151
前にも私は3万人前後と言いましたが、意見を求む。
>155
そのとうり。
>156
アメリカ、ドイツ、イギリスの記者達が見ていない→報道されない→30万人死んでいない。
→具体的な話は事実起きてない。

以上

158 :baka:2001/01/24(水) 23:30
a

159 :日本@名無史さん:2001/01/24(水) 23:38
中国の万人坑を猿真似した、猿真似ニッポン。

160 :日本@名無史さん:2001/01/25(木) 00:19
独立心が強いわりには、アメリカには属国根性丸出しの日本。

朝鮮にしか強気に出られないとは情けない。

161 :160:2001/01/25(木) 00:21
スレ間違い。

162 :日本@名無史さん:2001/01/25(木) 09:37
30万のうち、には当然 督戦隊が殺した数が含まれてるはずだが、がいしゅつ
でしたらスマンが教示を乞う。

163 :日本@名無史さん:2001/01/25(木) 11:42
南京大虐殺ナシ派がウヨウヨいるスレがこちらにあるよ。

http://natto.2ch.net/test/read.cgi?bbs=mass&key=980155257

164 :殺されたカズ:2001/01/25(木) 12:25
推定12億人

165 :名無しは無慈悲な夜の女王:2001/01/25(木) 14:45
きっと、我が軍の兵士は一騎当千のつわものだの理論で、
一人=1000人として計算してたりして・・・・・

166 :日本@名無史さん:2001/01/26(金) 15:38
当時、うちの母が、南京帰りの軍人に写真を見せてもらったらしい。>南京大虐殺
怖かったそうだ。
1〜5万の説を支持。

167 :世界@名無史さん:2001/01/26(金) 18:52
今夜はこれだ!

朝まで生テレビ! 『激論!日本の戦争』 (ニュース速報板)
http://saki.2ch.net/test/read.cgi?bbs=news&key=980452064&ls=5

168 :日本@名無史さん:2001/01/26(金) 19:10
ブサヨクTVアカ匪

169 :名無しさん@1周年:2001/01/26(金) 21:48
推定45億人くらいと見た

170 :クルッテル:2001/01/27(土) 10:04
当時の南京の人口が30万人前後で、日本軍入城後南京の治安が良くなった事もあり、
南京の人口は35万人に増えています。中国軍よりも日本軍の統治下のほうが治安がよい。
と当時の南京市民は認めているわけで、その噂を知って人たちが南京を目指してきたのだと思います。
レイプや虐殺が行われている所に好んで中国人が集まって来る訳も無く、虐殺も無かったわけです。
戦闘による死者は、巻き添えの民間人や逃げる際に中国軍が殺した民間人の数を入れて3万人前後だと思われます。
中国軍は敗走する際に私服欲しさに同胞を殺して奪ったとのことです。このことは外国の記者にも目撃されています。
日本軍の虐殺は、目撃されず、逆に中国軍の同胞殺しは目撃されていたと言うのが事実です。
この事は私の息子達にもきちんと教えていますし、教科書の間違いも息子達は知っています。
小学校の先生に歴史の教科書の内容が事実と違うと先日授業中に指摘してあげたそうです。
以上

171 :名無しさんの主張:2001/01/27(土) 10:18

えらい

172 :名無しさん@1周年:2001/01/27(土) 11:32
3人くらいじゃないのか?

173 :日本@名無史さん:2001/01/27(土) 13:30
>>170
アタタ。どれもこれも見たことのあるネタばかりだ。

キチガイ親を持った子供は可哀想だね。
思春期になったら、反発でアナーキストにでもなるんじゃないかな。

174 :名無しさんの主張:2001/01/27(土) 13:59

吉外なのはお前

175 :kin:2001/01/27(土) 15:29
http://plaza18.mbn.or.jp/~modernH/paper13.htm
おお

176 :日本@名無史さん:2001/01/27(土) 15:41
中国側の主張をしばらくほっといて一億くらいいった
ところでみんなで笑うってのはどうかな?

177 :日本@名無史さん:2001/01/27(土) 16:12
本当にほっとけば何も起きないさ。

178 :ウンコ:2001/01/27(土) 20:38
あの・・・ウンコにも意見言わせてもらえます?
だめですか・・臭いですね・・すいません・・
ジャ〜〜!・・・ごぼごぼごぼ・・

179 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 05:25
南京100万人大虐殺アゲ

180 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 07:41
イルボンサラムは南京で八十二億三千万人も殺しているのに
まだまだ反省の色がありませんね。
この地球のクソ蟲どもめ。

181 :日本@名無史さん :2001/01/28(日) 07:43
たぶん、大人15人、子供5人、くらいじゃないかなぁ。

182 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 07:51
日本兵1人あたりか?(藁

183 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 07:56
>>182
日本兵一人あたりで二十人殺したというのか?
おまえバカ?
どう低く見積もっても日本兵一人につき三千人は殺ってるだろうが。
とっとと賠償しろよ日本人。身の回りのもの全て今すぐ売ってな。

この恨みは絶対に忘れないからな。

184 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 08:46
帝軍は南京に強制捕虜収容所を作り
そこで楽しむように中国人を殺しました。
婦女子は何人もの兵士に輪姦された上に、皮を剥され、
生きたまま烏のエサとされました。
男は、実験と称された拷問の末、死に到りました。
このような日本の蛮行を決して許していいはずがありません。

185 :正しい歴史:2001/01/28(日) 09:40
当時の南京の人口が30万人前後で、日本軍入城後南京の治安が良くなった事もあり、
南京の人口は35万人に増えています。中国軍よりも日本軍の統治下のほうが治安がよい。
と当時の南京市民は認めているわけで、その噂を知って人たちが南京を目指してきたのだと思います。
レイプや虐殺が行われている所に好んで中国人が集まって来る訳も無く、虐殺も無かったわけです。
戦闘による死者は、巻き添えの民間人や逃げる際に中国軍が殺した民間人の数を入れて3万人前後だと思われます。
中国軍は敗走する際に私服欲しさに同胞を殺して奪ったとのことです。このことは外国の記者にも目撃されています。
日本軍の虐殺は、目撃されず、逆に中国軍の同胞殺しは目撃されていたと言うのが事実です。


186 :正しい歴史:2001/01/28(日) 09:40
当時の南京の人口が30万人前後で、日本軍入城後南京の治安が良くなった事もあり、
南京の人口は35万人に増えています。中国軍よりも日本軍の統治下のほうが治安がよい。
と当時の南京市民は認めているわけで、その噂を知って人たちが南京を目指してきたのだと思います。
レイプや虐殺が行われている所に好んで中国人が集まって来る訳も無く、虐殺も無かったわけです。
戦闘による死者は、巻き添えの民間人や逃げる際に中国軍が殺した民間人の数を入れて3万人前後だと思われます。
中国軍は敗走する際に私服欲しさに同胞を殺して奪ったとのことです。このことは外国の記者にも目撃されています。
日本軍の虐殺は、目撃されず、逆に中国軍の同胞殺しは目撃されていたと言うのが事実です。
@`

187 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 11:25
たった60年前のことが、もうわからなくなっている。
本当の所はどうだったのだ。
まず、虐殺あるいは、非戦闘員を意味なく殺したかどうか。
人数については大きな開きがあるけれど、1万人以上は確実なのか。
10万人以上は確実なのか。
最低限の線をはっきりできないものか。

188 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 11:31
ていうか本当にあったの?
妙に信憑性が無いんだけど

189 :【^▽^】ジョーカー:2001/01/28(日) 11:32
コヴァ曰く”蒋介石の犯行”らしい。

190 :HG名無しさん:2001/01/28(日) 11:57
>>188
マスコミ板行ってこい。似たスレがある。

191 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 12:19
しなじへん ころころまける ちゃんころ兵!

テメエラの負け戦を「虐殺された」だなんて、くだらん言い訳すんな!

192 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 12:31
>187
とっくに確定してると思うが。
3万だったか4万だったかが最低ラインだったよな。
ここらは日本兵の手記などから計算できるそうだ。

193 :視点を切り替えないとね:2001/01/28(日) 12:45
>>4-5
真上からみたらそうかもしれんが
昔は地上からしか見なかったので
その場合は方側からみるからざんすね。

手前が方形でその後ろに円形があるから前方後円墳なんです。

194 :193:2001/01/28(日) 12:46
しまった、間違った。
スマソ。

195 :何処かの誰かたちみたいっすね:2001/01/28(日) 13:12
シベリア抑留で死んだ人も実際は桁が1つ多いらしいね>数万→数十万人

196 :非公開@個人情報保護のため:2001/01/28(日) 15:12
うむ、僕のチンコもじつは桁が多く測定されてます
僕のチンコの大きさは実は・・言えねぇ言えねぇもう言えねぇ。

197 ::2001/01/28(日) 15:17
中国があんなに怒るんだから
きっと5千万人くらい殺しちゃったんじゃないですかね?
ちがう?・・・・じゃあ500人で良いや。

198 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 15:22
南京でのゲリラへの不当処断で間違えて民間人を
処刑した数も含めて3万〜4万と言われている。
これは一部保守派も認めてる。

199 :名無しさん:2001/01/28(日) 17:13
>>195
厨房サヨではないけど、それは認識違い。
ロシアが許せんとは思っちょるけどね。

200 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 17:21
南京スレ、今までの全部拝見したんですが、やっぱり30万説は分が悪そうですね。
10万でもツラそう<処刑する日本人兵士の体力が尽きる(爆)
戦死者含め多くて3〜4万程度の話な気がする・・・

184>>
それって日本人の殺し方じゃなくて中国人の殺し方じゃん(笑)

183>>
日本人が一人3000人殺せるくらいの殺傷能力なるんだったら、インパールもレイテもみんな日本の圧勝だって。
あ、沖縄も楽勝で日本の勝利だべ(笑)

201 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 18:01
南京攻略戦に参加した日本兵は約20万。
よって単純計算で日本兵1人あたり1.5人殺したことになる。

202 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 18:15
日本軍は10万人の中国人を生き埋めにしました
そしてこの作業に携わった日本兵も埋められたとさ。
もちろん戦死扱いでね。

203 :>200.201:2001/01/28(日) 19:13
判ってないな。
日本兵は一人あたり三千人殺したんだよ。
二十万の兵がいたから
二十万掛ける三千で
六億人の中国人を殺してるんだよ!このイモ!

204 :日本@名無史さん:2001/01/28(日) 23:09
>日本兵は一人あたり三千人殺したんだよ。

 三千人、、、、そこまで殺しまくった日本兵の強さに逆に尊敬してしまう、、
 

205 :日本@名無史さん:2001/01/29(月) 04:45
ところで日清戦争時の旅順虐殺事件って知ってる?

206 :日本@名無史さん:2001/01/29(月) 05:59
>205
1894年11月21〜24日にかけて旅順で婦女子、敗残兵合わせて
約6万人を日本軍は虐殺しました。
当時欧米で大々的に報道されました。

207 :日本@名無史さん:2001/01/29(月) 07:00
捏造漫才。

208 :日本@名無史さん:2001/01/29(月) 10:32
仕事の先輩の家に行ったら,昔の米軍の活躍を編集したビデオがあった。
池袋の大きい本屋で買ったとか言ってたけど見て驚愕した。
日本の漁村で、砂浜で仕事をしている一般市民を戦闘機で撃ち殺しているんだ。
逃げ惑う村民が弾がヒットするたびにバタバタと倒れていくんだ。

信用に足る資料が出てこない南京や従軍慰安婦を追及する前に、日本で完全に信用できる資料を売り出しちゃってる米軍に対し何か言って欲しいのだが。
アメリカは非戦闘民を虐殺した。原爆も落とした。東京はどうなった?



209 :日本@名無史さん:2001/01/29(月) 10:43
国家総動員法があるんで、「あれも戦闘員の内だ」という言い訳が可能らしい。
あと、「先にやったのは日本だ」という言い訳もできてしまうそうな。

210 :おちゃら:2001/01/29(月) 11:51
私の祖母も田舎で畑仕事してたら米軍の戦闘機に撃たれて逃げまくったと行ってた。


211 :名無しさん:2001/01/29(月) 22:25
南京では非戦闘員を処刑するという虐殺はない。ゼロだ。
首都が占領された腹いせ、欧米への支援要請、そして通州事件などの
本当の日本人虐殺をごまかすための,擬装工作だ。
大体科学的に不可能だ。軍事的にも不可能だ.
いまどき南京虐殺なんて言ったら,馬鹿にされるよ。
詳しく調査されてしまった。日本軍の生存者もまだいる。

南京での戦闘で、投降戦術を取ってきた敵兵は処刑されたろう。
敵に囲まれた少数の日本軍が大量の投降兵を抱えたら,隙を見て殺されるから,
正当防衛だ。
中国軍はゲリラ戦で攻撃してきたので,ジュネーブ協定は適用されない。

212 :日本@名無史さん :2001/01/29(月) 22:34
>210
どうせアメリカ人のノリでやってたんだろーな


213 :日本@名無史さん:2001/01/29(月) 23:16
ゲリラの大量処刑が合法かどうかはまだ議論されている
問題なんだから決め付けるのはまだ早いよ。
ろくな裁判もやらずに大量に処断してしまったんだし。

214 :日本@名無史さん :2001/01/29(月) 23:47
南京の便衣兵は逃げるために武器を放棄して、民間服に着替えた
便衣兵。
第二次上海事変当時の武器を隠し持った「戦闘を意図した」
便衣兵とは違う。南京では総崩れになった中国軍が城内
に武器を放棄して逃げたことが、当時のダーディン記者の記事
にあるし、小林よしのりも「戦争論」の中で、中国軍が武器を
放棄して逃げたことが描いている。
よって、単に民間服を着ているというだけで、ゲリラとは違う。
彼らを捕らえて、裁判無しに処刑したことが問題になっている。

また、民間人と便衣兵を選り分ける方法が杜撰で、無実の民間人
もたくさん処刑された。


215 :日本@名無史さん :2001/01/29(月) 23:48
南京の便衣兵は逃げるために武器を放棄して、民間服に着替えた
便衣兵。
第二次上海事変当時の武器を隠し持った「戦闘を意図した」
便衣兵とは違う。南京では総崩れになった中国軍が城内
に武器を放棄して逃げたことが、当時のダーディン記者の記事
にあるし、小林よしのりも「戦争論」の中で、中国軍が武器を
放棄して逃げたことが描いている。
よって、単に民間服を着ているというだけで、ゲリラとは違う。
彼らを捕らえて、裁判無しに処刑したことが問題になっている。

また、民間人と便衣兵を選り分ける方法が杜撰で、無実の民間人
もたくさん処刑された。


216 :日本@名無史さん:2001/01/29(月) 23:57
>213
中国擁護派の意見はどんどん無理が出てくるね

217 :日本@名無史さん:2001/01/30(火) 00:47
ウヨは小林よしのり「戦争論」なんか引き合いに出してる時点でかなり痛い

218 :さあ、コヴァの皆さんごいっしょに:2001/01/30(火) 01:51
                    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
                    |/⌒ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ||
 「神の国」のおかげです!   ||          ||   日の丸・君が代!!
                    ||  ' ̄   ̄ヽ   ||
                    ‖-  三  三   -‖
財政赤字は、将来への投資   ‖~    |    ~‖  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                    |  _/- -\_   |< 我が党が、国民を指導する!!
                 ○ ||   ――へ   )|  \___________
  教育勅語の精神を!   \\\   ー―    /             
                    \〃―  ―〃フミ
 保守永久政権バンザイ!     ̄| ≧||≦ ||    青少年に真の歴史を教えよう!
                       \Τ /||
                        |=ж=| ||
  個人主義圧殺!  __/| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|\____
              |  ||    自 民 党   | |      |
              |  ||             | |
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    コヴァ    コヴァ           コヴァ         コヴァ      コヴァ



219 :政治思想板有志 :2001/01/30(火) 03:05
日本史板のみなさま、大変申し訳有りません。
隔離板である政治思想板の一常連として、漏れ出た厨房共が他の板で
傍若無人に暴れ回っている現状に対し、住人を代表してお詫び申し上げます。

政治思想板は事実上のゴミ箱であり、これまではウヨサヨ仲良く不毛にトムと
ジェリーをしていたのですが、最近では上位の板から
やや堅めの内容を持ち込む者が増えており、この風潮を反映して
インテリ気取りのサヨクが支配的となっております。
これに対し旧来のウヨ坊にはアスキーアートのコピペぐらいしか有用な対抗策がな
く、
次第に居場所を追われ、次々に他の板へと流出していったと思われます。
最下層に位置する政治思想板から上位の板への進出には相当な覚悟と能力が必要であ
り、
ここのように進出先の住人とうまくなじめず迷惑をかけてしまう場合も多くあると思
います。
定着できなかった場合は、きっと元のすみかに戻ってくると思いますので、住人の
方々には
大変迷惑だとは思いますが、今しばらく暖かい目で見守っていただければと思いま
す。


220 :名無しさん:2001/01/30(火) 22:58
ゲリラは即決処刑と決まっている.
裁判とはあきれた.戦場に裁判制度はないよ.
ゲリラは武装していようと、武器を捨てようと処刑するのが戦場の掟だ。
ゲリラも当然知っている.

それに日本兵が多数殺されている戦闘中に,投降戦術でだまそうとするのは
ちょっと問題だ.日本軍を余ほど馬鹿だと思っていたのだろう.
戦術の失敗だ.

221 :日本@名無史さん:2001/01/30(火) 23:08
学習能力がないのか??

>それに日本兵が多数殺されている戦闘中に,投降戦術でだまそうとするのは

戦闘中だったそうです。やれやれ。

222 :日本@名無史さん:2001/01/31(水) 02:13
>220
武装していたら処刑はあたりまえだが、武器を持っていない場合
処刑してはいけない、という学者の意見が多数。(ハーグ条約の解釈)
なぜなら一つの理由に、もし民間人だったら?という問題がある。

藤岡信勝の自由主義史観が催した南京シンポジウムで発言した
色麻力夫教授も捕虜にせずに処刑したことは違法だったと述べている。

223 :ただの殺しじゃん。:2001/01/31(水) 05:46
日本人が南京で大虐殺したのは間違いない。
何十万人も殺したのだ。
ん?そんなに殺してないって?
人数はかんけいないのだ。数人だったら殺してもいいってのか?ん?

224 :日本@名無史さん:2001/01/31(水) 10:27
「殺した」だけなら「戦争だから」で言い訳が立つ。

ただし、この件は戦闘行為とも混乱によるものとも認められないので言い訳不能。

225 :名無しさん:2001/01/31(水) 22:43
中国兵は勝手に投降して良かったのか。敵前投降は,中国軍の軍法会議で
即時死刑のはずだ。投降者を射殺する中国軍の督戦隊はどうしていたのか。

南京城内に潜入したゲリラの識別は,支邦人がやったのだ。
日本軍に分かるわけがないからだ。

中国兵は,城内敗走の混乱の中で,同じ支邦人を襲って衣類を奪ったり,
抵抗するものは殺したり,娘を強姦したりしていたから嫌われていたのだろう。
支邦では兵隊は昔から人間のクズと見られていた。日本とは大違いだ。

226 :日本@名無史さん:2001/01/31(水) 23:05
おいおい責任転嫁はよそうぜ、この問題は
戦闘が終わった後に無抵抗の武装してない
中国兵を全て便衣兵としてかたずけたんだろ
ゲリラの識別は中国人でも、処断したのは日本軍
何だぜ。

227 :名無しさん:2001/01/31(水) 23:06
いわゆる南京事件と通州事件の内容が奇妙に似ている。
「レイプオブ南京」と比べてみる必要があると思う。

極東軍事裁判記録,桜井少佐 証言抜粋
典拠:「南京虐殺の徹底検証」展転社

「某飲食店内には一家ことごとく皆,首と両手を切断惨殺されて居るのを
目撃しました.婦人という婦人は14、5歳以上は皆強姦されておりまして
見るに耐えませんでした。
旭軒という飲食店に入ると,そこにおりました7、8名の女は全部裸体
にされ、強姦射殺,刺殺されていました。陰部に箒を差し込んであるもの,
、口中に土砂を填めてあるもの、腹部を縦に断ち割ってあるもの等,
まったく見るに耐えませんでした」

以下略

まさに悪魔の飽食であり、世界の誤解を解くために,「レイプオブ通州」
を英文で出すべきだ。

228 :日本@名無史さん:2001/01/31(水) 23:08
226は世間知らずですな
詐欺師の良いかもです。
世間知らずの学者さんか何かの専門職の方ですか。?

229 :日本@名無史さん:2001/01/31(水) 23:50
似ている事例ばかり出しても説得力ないよん

230 :【^▽^】ジョーカー:2001/01/31(水) 23:52
南京で強姦・略奪・殺戮を行ったのは国府軍のゲリラであり、
日本軍ではない。

231 :正しい歴史:2001/02/01(木) 00:06
>229
貴方、日本人じゃないでしょ?南京も通州事件と似てますね.
やはり説得力は無いですかね.
>226
自分が死ぬよりは良い.
>223
良いんです.

以上


232 :日本@名無史さん:2001/02/01(木) 00:29
そんなに通州事件を問題にしたいのなら、ひとつそれで死んだ人数を教えてくれや。
それと、加害者たちは何者で、その後どうなったのかも教えてくれ。

233 :日本@名無史さん :2001/02/01(木) 01:38
「てきしゅつ」という便衣か民間人かの識別は日本軍が主体で
行った。これを主に担当したのが佐々木到一城内粛清委員長が率いた
第16師団。
そのやりかたは杜撰の一言。手のひらにタコがあれば全て銃ダコとさ
れ処刑場へ連行。自転車に乗って仕事をしても、天秤棒を担いでも
タコができるが、全て銃ダコ=便衣兵にされてしまった。
また帽子を被っていただけなのに、額に筋が付いていれば、ヘルメット
の跡とされ、全員処刑場行き。
さらに腹が減っているかを中国人達に日本兵が呼びかけ、手を挙げた
者には、食事を出すと言って全員処刑場へ連行。
これだから罪の無き民間人がおおぜいしょっ引かれて殺された。
もちろん、便衣であっても、「兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段尽キテ
降ヲ乞ヘル敵ヲ殺傷スルコト」(ハーグ陸戦規則23条禁止項)
を無視して、処刑した日本軍は違法。


234 :日本@名無史さん:2001/02/01(木) 02:51
ちょっと来ないうちに、話をそらしてきたな。
今度は投稿兵の扱いについてか・・・・。
こいつらの常套手段だな。
ちなみに223みたいな、〜〜委員長のような名称の好きな
人たちは、見てきたような物言いでしょ。
逝っちゃってます。

235 :匿名希望さん:2001/02/01(木) 10:32
問・十五年戦争当時、南京で殺された中国人の数は?

答・(先生が『週刊金曜日』の愛読者だった場合)→30万人
(先生が『SAPIO』の愛読者だった場合)→数千人

236 :ショービニズム:2001/02/01(木) 15:20
ahoka?omaeraha?

237 :日本@名無史さん:2001/02/01(木) 16:13
別に話はそれてないだろ。むしろ南京で実際に
殺した数を検証しようとしてんだから

238 :日本@名無史さん:2001/02/01(木) 18:02
http://geocities.com/TheTropics/Paradise/8783
「南京虐殺は嘘だった」ホームページ

239 :日本@名無史さん:2001/02/01(木) 18:24
事件当時「南京」の人口は「20万人」

12/8の避難命令以降、市民は安全区に殺到し12/13日の日本軍入城時
「市民は安全区」にしかいなかった。
国際委員会公文書T−6 T−9などに記載。

また「笹原十九司」一派が主張している
「安全区」に20万、その他の地区に10〜20万「合計40万」
を証明する資料はない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
南京市街における「砲撃」「爆撃」は12/10以降激しくなり
城門の外側では戦闘も始まっていた。この状況で「安全区」以外
の場所に多数の市民(10万人以上)がいるとは思えない。

南京城は「世田谷区」のほぼ80%の面積をもち周囲は「城壁」で
囲まれている。「城門」は早くから閉鎖され(一部は厳重に警備)
12/6日以降「避難民の流出、流入」はほとんどない。

つまり12/6〜12/13の南京人口はやはり20万人。
年があけた一月には南京市民は25万に増加。

市民は安全区に避難している。「婦女子」の虐殺は不可能である。

240 :日本@名無史さん:2001/02/01(木) 19:05
>>199
ソースって程のもんでもないけど書き込んだ日の朝日新聞朝刊の書評。
ロシア人ジャーナリストが書いた近衛文麿の子供の本に寄せた東大教授だかの書評
ロシアの極秘文書が公開されるようになってそうゆう話が出てきたみたいよ
詳しく書評をアプしようと思ったんだけど今朝みたらトイレットペーパーに化けてました

241 :名無しさん:2001/02/01(木) 21:57
南京事件の宣伝は,中国人犯罪者の日本人攻撃の正当化になる。
報復だ。それがもし嘘だったらたいへんだ。

242 :日本@名無史さん:2001/02/01(木) 23:48
南京市は戦前、城区だけで100万人の人口がいた。そして城区を除く近郊6県
(南京行政区全体*城区の数百倍の面積)には約120万人が住んでいた。
つまり南京全体ではおよそ200万人が住んでいたことになる。
(これは金陵大学のスマイス教授が戦前に調べた総人口調査)
近郊県におかれた中国軍の外囲防衛陣地の全てで戦闘が行われ、農民は畑、
家畜を守るため避難せずに残った。そのため日本軍の徴発の被害に遭い、
略奪、強姦、殺害が相次いだ。
一方、城区にいた貧困層の多くが田舎が安全という判断で、徒歩で近郊県
に避難して、進軍途上の日本軍の徴発行為を受け、多くが殺された。
(このことは女性宣教師ミニー・ヴォートリンの日記にも記されている)
城区に残った者でも全てが安全区に避難したわけではなく、多くが、空き屋
になった家屋に潜んでいた。そこを見つかった者は殺された。
運良く隠れ通した者が市内が落ち着いてから、安全区に入った。


243 :正しい歴史:2001/02/02(金) 01:01
自分で調べろ!
きっと中国式に数えると30万人になるんだろ.

>242
しかし南京に200万人住んでいたとは、恐れ多いね.
きっと中国も知らないだろうから教えてあげなさい.

244 :名無しさん:2001/02/02(金) 20:34
南京事件のデマは実害が出ている。
海外の日本の子供が、攻撃を受け始めている。
冗談ではない。

245 :名無しさん:2001/02/02(金) 20:51
南京攻略戦は容易なものではなかったようだ。
日本軍は10倍以上の敵に包囲され、大きな犠牲を出しながら
南京へ向かった。
中国の大部隊に殲滅された日本軍小部隊もある。
戦死した日本兵は腹を切り裂かれて殺されていたという。

南京攻略中も,占領後も南京周辺では激しい戦闘は続いている。
民間人はとうの昔に,日本軍の進路や戦闘予測地域から立ち退いている。
支邦では内戦が続いたから,庶民は戦場での生きる知恵が身について
いる。だから南京市内は安全区を除きもぬけのからだった。
田舎の建物は,中国軍が日本軍の宿舎や陣地にさせないように,
破壊焼却してから退却していった。これを焦土作戦という。
ロシアでもおなじみの作戦だ。
こんな危険な状態で,少数の日本軍がどこから30万人の民間人を
つれてきて拘留し、食事や水を与え,糞尿を処理することができるのか。
子供が考えても分かる嘘だ。欧米人も中国の嘘に気がつき始めている。

246 :日本@名無史さん:2001/02/02(金) 23:10
うわー、信じられねえ。
“占領後も戦闘が激しかった”だってさ。
どこにそんな記録があるってんだ?

247 :日本@名無史さん:2001/02/03(土) 00:25
>245
日本軍の総兵力は20万だぞ。中国軍が日本の10倍じゃ200万に
なるぞ。 第二次上海事変初期の国民党軍の総兵力が約75万位だ。
第二次上海事変で45万に減り、それが南京市外囲防衛陣地まで退却
した頃には南京城市防衛軍約5万と合わせて15万足らずにまで減って
いた。
民間人で早くに避難出来たのは富裕層だけだ。南京渡洋爆撃が始まった
夏に既に、車や船、汽車で揚子江上流の漢口などに避難している。
貧困層や貧しい農民は居残った。よって徴発の被害にあった。
(日本軍は同時に多方面から進行を開始したため、少数の兵站部隊では
 日本軍20万の食料を賄えなかった)実際、偕行社の兵士の日記関係
には徴発や殺害のことが書かれているし、毎日新聞の不許可写真には
進撃途上の日本軍が民間人を苦力(クーリー)に徴発して、物資を運ばせ
ている写真もある。日本軍は多方面から同時進行したため、住民とかち合う
ケースが非常に多かったということだ。
南京城市内は南部は貧困層が多く、アパート雑居ビルなどがひしめき合う
迷路のような場所で、地下室や屋根裏部屋などが多いため、そういった
場所に隠れ住んだ貧困層が多かった。けっして安全区に初めから全員が入った
わけではなかった。
また近郊県の田舎に向け避難をした貧困層は避難時期が南京陥落の数日前に
なって避難を開始するなど遅すぎたし、揚子江上流に向けて逃げても、日本軍
は南部まわり(上流側)から国崎支隊、第6師団、第114師団などが大挙し
て押し寄せてきたので、逃げ切ることは極めて難しいことだった。
また中国軍の焦土作戦というのは、城壁上から観て、敵の隠れ場所になる大きな
建物など、城壁の周囲数キロを焼こうとしただけで、実際に焼くことが出来た
のはわずかだった。
毎日新聞の「一億人の昭和史・日中戦争」シリーズを見れば、南京城門の戦闘
写真が載っているが、周りの民家が焼けていないのが判る。
焦土作戦は「無かった派」が大げさに宣伝しているだけだ。
督戦隊も大げさ。

248 :日本@名無史さん:2001/02/03(土) 02:49
結論! 虐殺の被害者は逃げ遅れた貧民層と徴発された住民だったぁ!

249 :日本@名無史さん:2001/02/03(土) 03:53
俺の友人が北京大学の英語の先生(教授とかではない)けど
「南京大虐殺は政府のガス抜き、プロパガンダ」と言っていたけど。
インテリ層と庶民はかなりズレがある。

中国も江沢民がカンボジアに訪問したけど、ポルポト支援にたいし
謝罪しなかったのはどうなんでしょうか?

250 :日本@名無史さん:2001/02/03(土) 04:55
カンボジア人が卑屈だから
あえて謝罪を要求しなかったんだろ!

251 :日本@名無史さん:2001/02/03(土) 07:08
>>249
「反中中国人」だったんだろう(藁

252 :日本@名無史さん:2001/02/03(土) 19:26
やっぱ、中国の経済支援を欲してたからじゃない?

253 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 20:18
アメリカ→ベトナム
中国→カンボジアのときもそうだけど
関係改善のときに被害を受けた側が
支援を欲しているのでいままでのことは水に流そうと言う
ようになるのだが
日本だけは逆みたいですね

254 :日本@名無史さん:2001/02/03(土) 22:13
日本側で妙なことを言い出すから中国がクレームつけてるだけじゃん。
何も言わなければ向こうも蒸し返さないって。

255 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 22:34
日中戦争なら児島襄「日中戦争 1〜5 文春文庫」を勧めたいな。
中国シンパにはとても読まれたくない内容がてんこもり。

256 :日本@名無史さん:2001/02/03(土) 22:49
南京大虐殺はあった!!

257 :日本@名無史さん:2001/02/04(日) 00:50
首切り競争が新聞に載ったりしたんだから、当時の日本人も虐殺があったの
知ってるんじゃないの?

258 :日本@名無史さん:2001/02/04(日) 00:57
30万人

259 :名無しさん@1周年:2001/02/04(日) 17:57
このスレ支那の南京大虐殺煽りHPに紹介しとこう。
彼奴等がどういう反応に出るか楽しみだ。

260 :日本@名無史さん:2001/02/04(日) 18:00
5〜6万人は殺してるね、最低でも。

261 :日本@名無史さん:2001/02/05(月) 11:06
>257
それは戦闘中の武勇伝として。

262 :日本@名無史さん:2001/02/05(月) 11:39
兵士は当然除外だがゲリラは殺した数に入るのか?


263 :日本@名無史さん:2001/02/07(水) 13:25
そもそもゲリラの存在が確認されていないからな。

264 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 04:34
少なくとも南京虐殺が30万人もいるのなら他でも犯ってそうなもんだ。
もっともこんな事言うと、
いろんな所で10万とか20万とかの虐殺の「事実」が出てきそうで怖い。

虐殺が無かった…かどうかはしらんが、
文革で自国民百万単位で虐殺できる連中だってことは考えた方がいいと思うぞ。
水増し程度なら平気でするだろ。少なくとも。

265 :グース:2001/02/14(水) 06:00
>>242
典型的だましの手口なのねん。
@戦前の「南京城区」の人口は100万←これは正しい。

@11/27日
アチソン氏によるワシントン公務省宛公電によれば
「馬市長は30万から40万の市民が残っていると話している」
これらの市民(中間層)は揚子江ルートで脱出。
博物館の文化財も残らず南京を脱出したのよねぇ。

@国際委員会委員長ラーベの日記より
11/28日警察庁「長王固磐」は(南京には中国人が20万人いる)
と、言っている(つまり、市長は人口を大目に伝え外国の世論
を味方につけようとしたものと推測)

12/8「なぜ、金持ちを!約80万という恵まれた市民を逃がした」
と、怒っているラーベ。100-80=20万

それと国際委員会公文書T−6
「13日の日本軍入場のさい、安全区には市民のほとんど全部
が集まっており、その数20万」と記載。

それと詳細は >>239 を参照してね(w
他にも当時南京にいた人の証言もあるけど「一級資料」
だけをレスってみましたぁ。
20万以上いたと主張するなら、公文書を否定するだけの
「根拠」がないと「電波君」と変わらないのねん。

266 :グース:2001/02/14(水) 06:18
電波その2 >>242
「南京大虐殺」って「南京城区」(世田谷の80%程の面積)
で起こった事件って知ってる?
だって「中国共産党」がそう主張してるんだもん(笑)

「南京行政区とか南京特別市」って東京、神奈川、千葉、埼玉
併せた面積やん。南京大虐殺がこんな広範囲って@`そんなこと
「誰がいったの?」(笑)

そこまで範囲を広げ「さらに戦前の資料」とくれば
人口200万位はいたろうが「南京大虐殺」とは全く無関係(笑)

中国の主張している「南京大屠殺」(日本名 南京大虐殺)は
場所 「南京城」とその周辺
日時 12/13日から6週間
犠牲者 30万人(市民皆殺し、婦女子斬殺)

以上なんですけど。
勝手に電波ださないでね >>242

267 :グース:2001/02/14(水) 07:04
電波3 >>247
引用
>焦土作戦は「無かった派」が大げさに宣伝しているだけだ。

あのね「焦土作戦」を広めたのは日本軍じゃないのよ(笑)

@ニューヨーク特電7日
戸数2万を有する鎮江は全市火災に覆われている。
これは支那軍により放火されたもので、日本軍の猛爆撃から免れた
ビル街からも不気味な黒煙が〜略

@ニューヨーク7日発同盟 AP南京電
南京城外数百の村落は敗退する支那軍の手によって悉く焼き払われ
〜中略〜焼き払われた各村落の住民は着の身着のまま市内の避難所
(安全区)へ、城内の危険区住民も雪崩を打って非難区〜略〜
市内では早くも暴徒が略奪破壊をはじめた〜略〜

まだあるけどこんなもんで十分やろ。
「ラーベの日記」にも「ミニーボリトンの日記」にも
中国軍による組織的な焼き討ち「焦土作戦」の惨さは書いて
あるで。しっかり読みいな(笑)

こんだけ報道されてるのに「おおげさ」っていうなら根拠を
示してもらわんとなぁ。

>>247っていうか君「焦土作戦」の意味しらんやろ(笑)

268 :グース:2001/02/14(水) 07:15
>>246 から引用
>うわー、信じられねえ。
>“占領後も戦闘が激しかった”だってさ。
>どこにそんな記録があるってんだ
 
正確にいうと13日に日本軍は南京城へ入場したが
14日も戦闘は続いていた。


269 :グース:2001/02/14(水) 07:34
焦土作戦とは >>247
「敵の補給を妨害する作戦なのねん」

「家屋」を焼く。
「食料」を奪っていく。
「家畜」の類も奪っていく。
これくらいは基本でやんす。
そうでないと「焦土作戦」の意味がないから(笑)

当時の報道もそれを裏づけているし、ミニーの日記にも
中国軍が強制的に住民を避難区に送り「焦土作戦」を
遂行している様子がかかれてるよ。

ちなみに、家屋を焼くのは「砲撃」の邪魔になるから(笑)
っていうよりも「兵士に休息を与えない」ためなのねん。
だから鎮江でビル街も「焼いた」のよ。

270 :証言者A:2001/02/14(水) 07:38
三十万の死体は全部私が食いました。

271 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 08:34
虐殺でないなら、南京攻略の目的が不明。単なる復讐?

272 :転載君:2001/02/14(水) 09:32
国際情勢板 何故問わぬ?韓国の戦争責任より
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=kokusai&key=969824450


84 名前:なあり投稿日:2001/02/12(月) 23:31
中国でさえ南京大虐殺の首謀者は朝鮮人だと民間では思ってること
知らないかな、これだけでも本当の戦争犯罪者だろう。
もっとも何人死んだかこれは無茶苦茶だけど。
被害者面だけはするな、寧ろやりたい放題やったのは朝鮮民族特に
在日の連中で怖くて帰国さえ出来なかったくせに。86 名前:なあり投稿日:2001/02/13(火) 01:21
>85
ソースは申し訳ないけど勘弁してくれ、言った本人の命が危なくなる。
ネット上や文献では無いけど私が個人的に親しくしてる人が言ってた
よ。
それだけじゃ申し訳ないのでもう少し具体的に書こうか。
当時、南京に駐在してた日本軍に当然だけど朝鮮人(当時日本人)も
沢山参加してたよな。
こいつらが有史以来の恨みだかなんだか判らないけど、略奪、強姦、
殺人とやりたい放題やった、軍人として当然軍法会議ものだけど余り
に頻発してしかもやったら裁ききれない。

で、見て見ぬ振りをしてたのが日本軍人。
と言ってた、考えてみなよ虐殺を行うのは統治としては絶対に行わな
い事だろう、やるのは恨みだよ。
恨みを持ってるのは当然朝鮮人だよな、そう考えて昔の軍人さんにも
裏をとったら当たってた。
で何故反論しないのかと聞いたんだけど管理した自分らのミスだし、
当時は奴らも日本人だろう中国人に言い訳にならないと言ってた。
もっとも数についてはものすごく違うと言ってたけどなあ。

真相は如何?



273 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 09:57
>>272
これはー、さすがに違うかなー。
朝鮮半島での徴兵は43年か44年からだったはずです。
(あいまいな記憶なので断定は出来ません。)
特に在日の連中っていう記述から、半島で徴兵された兵士もいたという
前提の書きこみだと思いますので、やっぱり眉唾かな。

274 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 10:12
南京は加害者である日本軍の証言・史料でも大規模な殺害があったこと
が認識されるもの。今さら否定したって放置されるだけだよん。
もう放置されてるか。


275 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 10:15
徴兵は大戦末期だけども、志願兵はけっこういたよ。でも、後方支援のみだけどもね。


276 :273:2001/02/14(水) 10:19
御指摘ありがとうございます。

277 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 11:29
≫274
だから全くなかったという主張は相手にされないが@`
中共のいうところの大虐殺は左派の一部からも誇大だと指摘されてる。

278 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 20:32
殺されたのは殆ど便衣も含んだ兵士であった。「大陸打通作戦」をはじめ、
日本陸軍に終始一貫して百戦百敗だった弱虫中国軍の自己弁護にすぎない。

279 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 20:36
連戦連勝の割には44万もの戦死者を出してる弱小日本軍

280 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 20:50
やっぱ日本陸軍最大の名将は岡村寧次だな、中国人すら認めて国民党軍事顧問にしてる。

281 :名無しさん@1周年:2001/02/14(水) 20:51
俺の爺さんも死にかけた。中国語ができたんで、その才能を買われて
所属部隊から司令部の方に回されたらしいが、その数日後所属部隊は
全滅。爺さんだけが生き残った。
結局爺さんは、徴兵された中では出世して大尉までいったんだけど、
指揮部隊もなんどか危ない橋を渡ったって言ってた。
どういう状況かわからんけど、自軍よりも火力、兵数とも多い相手と
戦うこともあって、その時はわざと退却せず、後方に味方がいるかのように
粘り強く抵抗。結果、相手側は日本軍の挙動に不信を感じて退却。
爺さんの指揮部隊は難を逃れた。でもギリギリ。
この話を思い出すたびに、日本軍の無謀さを感じてしまう。後少しで
おれ生まれ損ないそうだったんだぞ。ゴルァ!

282 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 20:59
日中戦争は長いこと続いて合計した日本側の損害も決して少なくは無いが、
これで中国軍隊の脆弱ぶりとデタラメさと愚鈍さが徹底的に暴露された。

283 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 21:05
>>281おまえの祖父さんすげ−よ普通の軍隊ならまず退却するからね
   日本軍人はヴァカなのか勇敢なのか分からん。 

284 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 21:17
どうでもよいが、誰が1の答えを書いてくれ

285 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 21:40
>1
30万人。

286 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 21:51
おれも同じようなことを実際シナにいったひとから直に聞いたことがある。
どんぱちどんぱちやられて大変だったらしい。その人も10にん程度で敵の大部隊に遭遇、
退却せずに、援軍がくるかのように(つまり自分たちは斥候であるかのように)
みせかけてなんとかなったとか。


287 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 22:39
結局、引き釣り困れただけなんでは・・・>日本軍

288 :日本@名無史さん:2001/02/14(水) 23:47
>>287
それが、焦土作戦。

289 :日本@名無史さん:2001/02/15(木) 00:24
3.5人

290 :日本@名無史さん :2001/02/15(木) 00:49
1への答え。
安全区から連行されて殺された便衣兵と、間違われて連行され
殺された民間人、合わせて5〜6万
南京城外で捕獲された捕虜と難民(幕府山周辺その他)が
しばらく後、揚子江岸で処刑された数2〜3万。
近郊県南京行政区内で徴発に抵抗した住民への殺害
10万以上。
しめて20数万が虐殺された。


291 :名無しさん@1周年:2001/02/15(木) 00:57
>>290
ソースきぼん。

292 :グース:2001/02/15(木) 02:15
上のほうのわしのレスね、
細かい人名が間違ってるので勘弁してねん(謎)

>>209
あきらかに間違い。

中国が主張している「南京大虐殺」の定義である
12/13以降の6週間で「南京城区」での殺害人数は
最大限拡大解釈しても「5万」を超えることはない。

捕虜、ゲリラ、敗残兵を中心に1〜3万人。
ってとこかな。(ゲリラ討伐を違法殺害として計算)
1万5千前後(説)もかなり真実味がある。

兵隊個人の犯罪、なかでも殺人は49件確認されている。
婦女子の大規模な虐殺はなかったが、兵隊個人の犯罪による
犠牲者がいた可能性は否定できない。

当時の南京であった事件とは「捕虜、敗残兵の処刑」であり、
ゲリラ掃討の際に「民間人」を謝って殺害した可能性もあったが、
中国の主張するような「屠殺」はなかったし「婦女子の大規模」
な虐殺もなかった。

結論「南京大虐殺」はなかった。

293 :日本@名無史さん:2001/02/15(木) 02:26
つーかどっちもキチンとソースを提示してくれ
290も292も端から見て信用できん

つか戦争当事国以外の中立的立場からの調査結果ってないの?

294 :グース:2001/02/15(木) 02:27
>>290
南京大虐殺を南京城区(世田谷の80%の面積)から
南京行政区(東京、神奈川、千葉、埼玉)まで拡大した
のは「笹原十九司」であると思われる。

これは中国の主張する南京大虐殺では「どう計算しても」
5万程度の数字しか出てこないから(笑)
面積を拡大することで「犠牲者の水増し」を図ったのさ。
(当然だが、中国共産党は認めてない)

すなわち「虐殺派」の中心人物である「笹原十九司」ですら
インチキをしなければ「10万を超える虐殺」を生み出す
ことができなかった。

そういうことだ。

追伸 アホ左翼の「長田」のHPは参考にならんど(w
   あいつ「笹原」のコピーやけど「間違ってコピー」
   しとるからな(笑)

295 :グース:2001/02/15(木) 02:28
>>290
南京大虐殺を南京城区(世田谷の80%の面積)から
南京行政区(東京、神奈川、千葉、埼玉)まで拡大した
のは「笹原十九司」であると思われる。

これは中国の主張する南京大虐殺では「どう計算しても」
5万程度の数字しか出てこないから(笑)
面積を拡大することで「犠牲者の水増し」を図ったのさ。
(当然だが、中国共産党は認めてない)

すなわち「虐殺派」の中心人物である「笹原十九司」ですら
インチキをしなければ「10万を超える虐殺」を生み出す
ことができなかった。

そういうことだ。

追伸 アホ左翼の「長田」のHPは参考にならんど(w
   あいつ「笹原」のコピーやけど「間違ってコピー」
   しとるからな(笑

296 :グース:2001/02/15(木) 02:33
209ではなく >>290でした。
多重下記コごめん。よってSAGE

297 :日本@名無史さん:2001/02/15(木) 03:23
詳しくは >>239 >>265
(第3国人の証言、報道および公文書が根拠)

12/13日の南京の人口は約20万。
一月後「約25万」に増加。以後順調に人口は増えてる。

日本軍の入城時、民間人は「安全区」に非難してたので
「大虐殺」は不可能。また「10万人単位の市民虐殺」を
裏付ける証拠はなにもない。
したがって「民間人大虐殺はなかった」

南京防衛軍の兵力について
@ NYタイムズ1938/1/9では 「南京の兵力は5万」
@東京裁判検察側文書1906 証拠物件328号
アメリカ大使館「エスピー副領事」の報告書
「街は5万を越えない兵力に守られている」
@日本軍が戦場で入手した「張郡思」少佐メモ「5万」
@台湾公刊戦史「当初10万、落城時5万」

以上から南京防衛軍は5万〜最大10万と推定する。
15万(説)を裏付ける資料はない。
わしは「正規軍5万及び雑兵(民兵)3万程度」計8万(説)
(板倉説)が真実に近いと思う。

「虐殺派」の笹原十九司によると「5万は蒋介石の元に戻った」
らしいので(笑)戦死を差し引くと「捕虜1万」ぐらいか(w

笹原は電波なので(笑)まともに考えると8万中、
戦死2〜3万 脱出、安全区に潜伏2〜3万 捕虜2〜3万
捕虜のうち収容が1万あるので
「捕虜、敗残兵の殺害は1〜2万」ってとこ。

つまり「南京大虐殺はなかった」

298 :グース:2001/02/15(木) 03:34
質問 1万人だっったら虐殺じゃないのか?

「南京大虐殺」の「大虐殺」は被害者の人数を表す言葉では
なく「市民、婦女子を30万人皆殺し」と言う意味が含まれて
いる。(教科書により10〜30万と幅はある)

「南京大虐殺」はすでに「固有名詞」となっているので
犠牲者1〜3万人で、しかも「捕虜、敗残兵」の処刑では
「南京大虐殺」とは呼べない。

これは「中国共産党」の意思であり、教科書にもそのように
記述してあるはず。

よって質問の答えは
「1〜3万人の捕虜殺害では南京大虐殺とは呼べない」

299 :グース:2001/02/15(木) 03:40
質問「数の議論はともかく、1万人は殺したのだから
   中国に謝罪するべきでは?」

>>298 で説明した通り「南京大虐殺」はすでに固有名詞
となっているので「日本が謝罪」したとたんに
「30万市民、婦女子を皆殺し!」
「ナチスのホロコーストに匹敵する大罪!」
という中国の主張を認めることになる。

@答え
「中国が30万という数字を取り消さない限り
 謝罪してはいけない」

300 :293:2001/02/15(木) 04:22
なるほどね
だけど南京に100万人もいたのか、正確な数字がわかんないし
100万人以上かもしれないしなぁ
民兵が3万程度って言うのも、当時の南京の人口、日本に対する感情等から
少なすぎると思うけど

それと捕虜・ゲリラ・敗残兵を中心に1〜3万人って言ってるけど
それは日本側の主張なの?

大じゃないけど1〜3万人も捕虜を殺したら虐殺だろうね
日本は捕虜を養うほど余力がなかったとは思うけどねぇ
でも>>299には同意だな

301 :日本@名無史さん :2001/02/15(木) 07:29
おいおい、南京市にある大虐殺の記念館には説明として

「軍民30万」としてあるそうだぞ!

けっして、民間人のみで30万とはしていないそうだ。
また、日本の肯定派学者(洞富雄とか)も70年代の
論争時から軍民を被虐殺者数に入れている。
勝手に、捕虜、敗残兵の不法殺害を外さないでほしいな。
これについては、否定派内でも議論中だろ。
色麻力夫教授や、中村粲なども不法殺害を認めているはずだ。

302 :日本@名無史さん:2001/02/15(木) 07:30
>後方に味方がいるかのように
>粘り強く抵抗。結果、相手側は日本軍の挙動に不信を感じて退却。
>爺さんの指揮部隊は難を逃れた。でもギリギリ。
>この話を思い出すたびに、日本軍の無謀さを感じてしまう。

お前はまず日本語から勉強しなおせ。
「無謀」とは謀のないこと。
謀で成功したとおまえ自身書いているじゃないか。
言葉をしっかりとらまえよ。
つまらぬ本に騙されるタチだな、これじゃ。

303 :日本@名無史さん:2001/02/15(木) 10:09
>302
小さな瑕疵でも迷わず糾弾。ちょっとかっこ悪いよ。

304 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 11:03
>>302

日本軍の戦略のまずさを言っていると解釈して。
ちなみに、どういう任務でそうなったかは知らいが、爺さんは馬に
乗ってたみたいなので、斥候ではない気がする。

305 :グース:2001/02/15(木) 19:15
>>301
軍民30万のうち「問題になってる」もは民間のほう。
わしは「軍人」をはずしてとは書いてないのねん。
>>297 >>292 参照
軍人の違法殺害を含めても1〜3万。
南京防衛軍が10万と最大限多く見積もっても4〜5万
を超えることはない。

軍民のうち「軍人は8万」残り「民間人が22万」ってのが
中国の主張に近い数字であり、重点は「民間人虐殺」にある。
これは「あきらかに嘘」ってこと。


306 :グース:2001/02/15(木) 19:33
>>300
1936年「南京市政府」の公式統計で
南京の人口は「100万と6968人」と記載されている。

引用
>民兵が3万程度って言うのも、当時の南京の人口、日本に対する感情等から
>少なすぎると思うけど

民兵という表現にはもんだいがあったかも。
雑兵は後方支援の部隊で「通常、武器の携帯」はなく
戦闘にも参加しない。また少年がいる場合もある。
彼らの多くは「強制的に徴用」されたので、士気は低い。

中国軍の編成上、正規軍の30%程度が雑兵。
よって正規軍5万なら雑兵は3万程度。

これでいいかのう?

307 :日本@名無史さん:2001/02/16(金) 00:29
>306
100万・・というのはあくまで城区の戦前人口。

中国の南京防衛軍(第二次上海事変当時から南京に駐留していた)
が5万。
ただし、第二次上海事変によって退却してきた中国軍が南京行政区
(近郊県)にある外囲防衛陣地(龍潭、湯水、句容、湖熟、江寧鎮、り水、など)
で従来の南京防衛軍に合流して、およそ15万の規模になった。
第二次上海事変が終了したころには、当初75万を誇った国民党軍も45万
に減っていた。戦死と戦線放棄(逃亡)によって減ったのです。
それがさらに上海戦区から南京戦区に退却する過程で戦死と大量逃亡により
10万程度に激減して、南京防衛軍と合流したということです。
雑兵の大部分は退却の過程で逃亡したため、南京戦区においては比較的
良質の兵士が残ったといえる。ただしそれでも陥落間近の指揮系統不在
の状況では大パニックに陥ったが・・・

南京を脱出して蒋介石の下に再結集出来た兵士が約5万であるから、
南京戦だけで約10万の兵士が減ったことになる。
この10万の内、6千〜1万が戦闘行為により戦死し(蒋介石秘録に
在るとおり)、約1万が逃亡、残り8万が日本軍に捕獲された後、処断
されたというのが肯定派による日中共同研究による結論です。

308 :グース:2001/02/16(金) 02:45
>>307 引用
>南京を脱出して蒋介石の下に再結集出来た兵士が約5万であるから、

南京から脱出は「5万」でいいのね(笑)

文脈から察するに「南京防衛軍」の戦力を「15万」と考えて
いるようだが「どこにそんな記録」があるの?
当時の記録において「15万」という証言はないんですけど(笑)

戦後になってから、犠牲者の数を水増しする目的で「でっちあげ」
と数字が「15万」なんだよなぁ。

っていうか「南京防衛軍」の内訳しらんやろ?
電波を受信するのは勝手やけど、少しは自分で資料を調べ
ようね(笑)

309 :関光:2001/02/16(金) 03:50
>グース

他はいいから、まずは中共が南京城内だけで30万人殺害と主張してることの
ソースを出してくれ。
中国政府の正式の発表は南京城を含む地域一帯で軍民30万にだぞ。


310 :日本@名無史さん:2001/02/16(金) 04:34
ひとり当たり幾ら欲しいのかな?

311 :グース:2001/02/16(金) 04:42
>>307
一応根拠を示しておくか。
正規兵と(雑兵) 補充兵力の順番に記載

第2軍  12000 (6000) 内補充14000
第66軍  4500 (2500)
第83軍  4000 (1500)
第36師  4000 (3000) 内補充2000
第51師  4000 (2000) 内補充2000 
第58師  4000 (3000) 内補充2000
第87師  3500 (3000) 内補充2000
第88師  4000 (3000) 内補充3000
教導総隊 7000 (4000) 内補充5000
直属部隊 2000 (4000)

以上合計 正規兵49000 雑兵32000
南京防衛兵力総計「約81000人」
この資料は、当時「南京衛戌司令長官部参謀処第一科長」
であった「評道平」氏の推計である(1946年に発表)

この推計でも「ちょっと大目」だが、当時中国軍の要職
にいた人物の計算であり、戦後まもなく発表された数字
なので、わしは「南京軍約8万」でいいと思う。

@簡単に説明すると「第2軍」はもともと南京にいた。
上海方面には出撃していない「無傷」の部隊であるが
他の部隊への補充へ士官を含む大量の兵士を回した為
新兵を中心とした妙な編成となった。
(41師と48師の二つの部隊で構成)

@第66軍は上海戦で2ヶ月も苦戦し、その上撤退の援護
などに酷使された為、南京戦当時はかなり弱体化していた。
(159師、160師で構成)

@第83軍は11/13日に漢口を出発し転戦をかさねる。
武進、蘇州、江陰、無錫と激戦し兵力を消耗。
12月初旬には鎮江まで下がり、その後は第66軍と連携
し行動。南京到着は12/8頃。

@第36師(第78軍)は上海戦参加後、11/22に南京到着
兵力3000、補充4000 計7000との記録あり。
まず間違いないと思われる。

312 :グース:2001/02/16(金) 04:48
>>309
「中国の主張」は南京城区とその周辺部で30万。
南京城内部だけではない。

ただ、実際には南京城の周辺部は「中国軍」の手により
破壊され焼かれていた。避難民の多くが南京城に逃げ込
んだ。

と、いうことだが? どこか問題か?

313 :グース:2001/02/16(金) 05:12
ちょっとわかり難いかもしれんが、用語解説。

「南京城」=城壁で囲まれた「都市」
「南京城区」=南京城を含むその周辺(戦前人口100万)
「南京行政区」=東京、神奈川、千葉、埼玉ぐらいの面積。


314 :グース:2001/02/16(金) 05:25
一応、説明と補足。
平成9年12/13にひらかれた
「南京1937年」シンポジウムでの出来事ねん。

結構有名な「虐殺派 藤原彰」が質問した。
「笹原(説)が、南京の周囲の県を含め(南京行政区)
 を含めたことに対してどう思うか」

南京防衛軍「15万」説を発表した「孫宅魏」氏は
「私たちが言ってる30万とは、まわりの6県
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 その他地域を考慮に入れてない」
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
と答えました。


315 :グース:2001/02/16(金) 05:46
>>314
補足の補足
1997/11に発売された 「南京事件」笹原十九司 著
では「南京事件」の範囲を「南京 行 政 区」
とすると定義してあるが、これは >>314 の
シンポジウュムの前なので(笑)辛うじてセーフなのねん。

つまり「平成10年以降」南京大虐殺の範囲を
「南京行政区」と主張している研究家は不勉強
であり「研究家失格」なのよ。

316 :グース:2001/02/16(金) 05:54
一応「南京の人口」については理解してもらえた
ようなので、次は「南京防衛軍」兵力について
「反論」があれば「どの部隊が何名」なのか
数字を出して質問してねん。

漠然と「5万」と「10万」で15万では議論にならん(笑)
>>307 よろしくねん(はぁと)


317 :中国の:2001/02/16(金) 06:37
南京の記念館のオネーサンは30万って逝ってたよ。

318 :日本@名無史さん:2001/02/16(金) 08:03
>グース
おい! 笹原って誰だ!? ・・ 笠原なら知ってるがな(爆

おい、よく読めや、南京防衛軍(当初)は約5万人であると
肯定派(本多勝一ら)も認めてるんですけど。

ただ、その後、上海戦区から敗走してきた国民党軍およそ10万
が合流して15万規模になったの。

アンタの論だと、上海戦前の国民党軍総兵力75万は全滅したこと
になるがな(藁

319 :日本@名無史さん:2001/02/16(金) 11:15
まあ「ネタ」提供にはなってんじゃねえのか。

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/02/16(金) 15:49
南京で虐殺された人数は100万人を優に超えます(藁
中国人が言っていたので間違いありません
詳しくは国際情勢板を参照のこと

321 :関光:2001/02/16(金) 19:59
>グース
>ただ、実際には南京城の周辺部は「中国軍」の手により
破壊され焼かれていた。避難民の多くが南京城に逃げ込
んだ。

他はとりあえず置いといて、あんたは基本的なところでごまかしてるジャン。
焼き払われたのは南京城に隣接するごく一部の地域であって、
殆どの村はそのままであった。
常識的に考えて、あんなに広い南京行政区の農村を全部焼き払う必要もないし、
出来るわけもない。

322 :グース:2001/02/16(金) 21:14
>>318
指摘の通り 笹原=笠原十九司に訂正。

関光>相変わらず「電波」まるだしだな(笑)

「南京大虐殺」が「南京行政区」という東京、神奈川、千葉、埼玉
という広範囲と定義したのは誰?
当事者である中国共産党だって「そんなことは主張してない」
「南京大虐殺」とは「南京城、及びその周辺部」である
「南京城区」で行われたと中国は主張してるのねん。
>>314 参照

もしも中国が「虐殺は南京行政区で行われた」と主張してるなら
ソースを開示するべきだな(笑)
ソースがなけりゃ「ただの妄想」やろ?

南京城の周辺(城区)は「中国軍」の手によって焼かれた。
これは「ご指摘」の通り。
1都3県に匹敵する(行政区)を焼いたとは「一言もいってない」

電波もほどほどに(デンコ)

323 :酔鯨ジョーカー:2001/02/16(金) 21:18
所謂”南京事件”は国府が日本軍の犯行に見せかけて行ったものだ。
”三光作戦”とやらは中共の自演自作であろう。

324 :酔鯨ジョーカー:2001/02/16(金) 21:29
因みに、日清戦争での”旅順の虐殺”とやらも、
満洲八旗が日本軍の犯行に見せかけて行ったという事
は立証済み。

325 :グース:2001/02/16(金) 21:48
>>318
「虐殺があった」と主張する人って無知なんだよなぁ。

「南京軍が当初5万」ってのは「いつの事」かはっきり
ないと議論にならんな。10月の話なのか、12月かなのか
によっても違うしねぇ。
あと「その内訳」もね(笑)

10万の大群が(笑)南京まで撤退してきたと主張するなら
「その内訳は?」(笑)

中国軍でいう「師」という単位は「最大でも9000」
「通常は5000〜7000」の編成なのだよ(雑兵込み)

それが「敗走」してきた訳だから「1師あたり2000〜4000」
ってとこだろう。
「兵力10万=25師〜30師」という莫大な部隊数になるな(笑)
なおかつ「7師〜10師」の防衛軍と合流したとすると
合計部隊数が「32師〜40師」ということになるなぁ。

現実(史実)によれば「南京防衛に参加した兵力」は
>>311 の編成だった。

ちなみに「わしの主張」は12/10頃の南京防衛軍は編成上
「約8万」程度でしかありえない。ってことよん。
(ちなみに日本軍は20師、10万と見積もってた)

15万もの兵員がいたとしたら
@部隊数が >>311よりも多い。
@1師の兵数が「1万人以上」である。
以上のどちらかを「証明」しなければならんのと違うか?

あと >>297の外国人の証言などを「無視」する理由。
も聞きたいねぇ。
彼らは「事件当日」南京にいたんだけどね(笑)

あとのレスは夜中になるのでよろしくねん(笑)


326 :日本@名無史さん:2001/02/16(金) 21:49
>>323
南京事件は中共の主張は誇大宣伝だが@`3万〜4万程度の規模はあった。
国府軍の撤退に際しての略奪は衣類@`食料品などが対象だったが@`
日本軍は自動車@`家具類まで略奪していった。
外国大使館などにも乱入して国際問題にもなった。(これも国府の偽装か?)
>>324
6万は誇大だが@`2000人規模ではあった。

327 :日本@名無史さん:2001/02/16(金) 23:38
━━━━━南京大虐殺は笑えた!
死者十万人ごとにカウントしてたのってオレだけ?
(よっしゃー二十万人突破!よーし次は三十万人突破しろーって)
でも結局は百万人しか死んでねえんだよね。全然、騒ぐほどじゃないし。
南京大虐殺は笑えた。まじで
ニュースで知って、手を叩いてわらったなぁ。
チャンコロが大虐殺にあってる間、家でみかん食ってた
アホだなーこいつらって思いながら
わざわざ南京まで行って記念撮影しようかと思ったよ。
でも南京大虐殺のおかげで何かしらの利益を得た人だっている訳だし
結果的には良かったんじゃないかな。戦後五十五年たっても中国が外交カードとして使えるし。
日本兵による強姦事件が多発しているのに憲兵が動かなかったけれど、
慰安所の不足を兵士の自発的な強姦で補わせるつもりだったんだよね。
今でも文句を言うチャンコロが多いけど、
せこいんだよ!俺らの税金からODAもらってるくせに。むかつく。
ところで同じ女を何十人もの日本兵で強姦してみんな穴兄弟?当然生で中だし?
そりゃ性病も広がるよ。汚ねぇなぁー。
どちらにしろ揚子江に浮かぶチャンコロの死体は精霊流しのようで壮観だった!
気持ちの良い夕刻でした

328 :さすらいの名無しさん:2001/02/16(金) 23:43
あのさ、>326
>南京事件は中共の主張は誇大宣伝だが@`3万〜4万程度の規模はあった。

根拠と、市民と兵士の内訳を希望。

>国府軍の撤退に際しての略奪は衣類@`食料品などが対象だったが@`

軍服脱いで、市民の服を奪ったんでしょ?その時、国府軍が市民を多数殺した
のは有名だよね、何人くらいかわからんけど。その人数もあなたの言う「3万〜4万程度」
に含まれテンじゃないの?

>日本軍は自動車@`家具類まで略奪していった。

基本的に、日本軍は他の土地に転戦していった。「南京入城」した兵はすぐ他の土地に
言った訳よ。家具を担いで行進していったのかね?
それと、ガソリンが入った自動車が有れば南京を逃げ出す国府軍が先ず使うだろ?
「全てが」とは言わないが、所有者不明の自動車等を徴用・摂取した場合には、
「日本軍は金払うから取りに来い」と文書を残したと思ったが?

>外国大使館などにも乱入して国際問題にもなった。

焼けてもいないソ連大使館が「日本兵に焼かれた」と言う話は知っているが、
具体的に「外国大使館」ってどの国のことだ?「外国大使館など」の「など」とは
何の話かね?意味不明だが、俺自身勉強不足は認める処なのでsageにしとくよ。

329 :日本@名無史さん:2001/02/17(土) 00:18
なるほど、これがリビジョニズムというものか。

330 :日本@名無史さん:2001/02/17(土) 01:02
>グース

311の参加部隊だが、まずグースの書いたものには112師と103師が
抜けている。
さらに一個師あたりの人数が少なすぎる。当時の中国軍一個師はおよそ1万
以上の兵員から成っていた。それを裏付けるものとして、87師配下の第264
旅の旅長の証言が南京事件調査研究会の現地調査で得られているが
旅長の陳氏によると南京戦参加時の第261旅の兵力が4000人だったという
ことである。(自分が長の旅なので信用できるものである)
ところがグースが書いた311では261旅が所属した87師が3500しか
いないとはまったくもっておかしい。
さらに第二次上海事変開始当時、蒋介石が投入した師は70余個師で70〜75
万人とされていることからもやはり一個師は1万人から(多少の幅はある)編成
されていたといえる。



331 :関光:2001/02/17(土) 01:12
>グース

そもそも「孫宅魏」を中国政府の公式発表とみなすのが度キュん。
孫宅魏はただの一人の研究者であり、ほかの中国研究者とも違う意見を持っていた。
(防衛軍の数など彼は独自の説を主張していた)
彼は民間人だけで30万人と言っている、これは明らかに中国政府の発表と違う。
中国政府の公式発表は軍民含めて30万人であり、区域は南京城周円100キロの一帯である。
この周辺100キロとはどれだけ広い地域なのか、分かるだろ。

ツーか、南京論争はもうとっくに日本は負けているじゃん。
日本の右翼は堂堂と中国などと勝負したのか?国内にこもってるだけじゃん。
何で海外に出て行かないの?50年も経ってるのに。
元日本兵一杯居るはずなのに、マスコミに出て堂堂と証言した人何人居た?
中国側の「うそつき」じいさん、ばあさんと対決させれば一発で解決じゃん。

332 :日本@名無史さん:2001/02/17(土) 01:17
中国に日本のように自由な言論が保障されてるかい?
政府に都合の悪い事を隠したりしてないとでも?

333 :日本@名無史さん:2001/02/17(土) 01:25
>グース
311のおかしなところをさらに指摘。

直属部隊の正規兵が2000で雑兵が4000だって(爆

蒋介石の直属部隊は教導総隊、71軍、72軍、74軍、78軍だぞ。
これらは上海戦にも投入されたが、いくらなんでも数千規模に減ることは
ありえないぜよ(藁
ちなみに330で書いた261旅の所属する87師は71軍の配下。
311はかなり変ですな。
あと、憲兵部隊四個団も投入されたんですけど、311には出ていないな。


334 :グース:2001/02/17(土) 01:48
>>330
ええかんじや(笑)
論争とはこうあるべきやね。

103師と112師は表の最下部である直属部隊に
含まれると解釈してくれ。
ちなみに「憲兵隊」もここに含まれる。
総員で6000ってことや。理由は次のレスを待ってねん。

335 :グース:2001/02/17(土) 02:12
>>330
103師、112師は、江陰で壊滅的な打撃を受けてるねん。
火車も失って「徒歩」での退却やった。

103師の行動は先発隊が10日と後発隊が12日に南京到着。
教導総隊の指揮下に入って「中山門」を守った。
(つまり、師とよべるほどの兵力はなかった)
112師は鎮江で対岸に渡り浦口に行ったと思われる。

で、憲兵隊だが「主力は清涼山」に位置して城内の
治安維持にあたった。12日夜から下関に撤退。
約半数以上が損失。

合計で5000〜6000と推測される。
(なんなら2000人位増やしてもいい)(笑)


336 :王翦:2001/02/17(土) 02:19
>331

 昨年の「正論」と「諸君!」の5月号によると中村粲教授は入国を
拒否されています。
 それにより彼らの企画した「南京事件 対話と検証の旅」は中止。

 中国共産党政府は堂々と受けて立つべきでしょうね。

337 :日本@名無史さん :2001/02/17(土) 02:37
>グース
おかしいんちゃうか?
第二次上海事変のとき、日本軍を遙かに凌ぐ数の
中国軍と対峙したわけよ。
中支那方面軍、第十軍、陸戦隊その他合わせて
日本軍はおよそ20万。
中国軍は70万以上。
グースの説明だと、中国軍は日本軍以下の小兵力
ってことになっちゃうね(笑)
70万以上の中国軍はどこ行っちゃったのかね?
全滅?(笑)

話を創るのだけは長けているね(プ

338 :日本@名無史さん:2001/02/17(土) 02:45


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        ■■健一■■■■健一健一■■■■■■■健一■■■健一健一健■死■死■
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        ■■健一健一■健一健一健一■■健一■■健一■■■■■■健一■■■■■
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        ■■健一■■■■■■■健一■■健一健一健一■■■■■■健一■■■■■
        ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


339 :グース:2001/02/17(土) 02:45
>>330
87師は8/11に常熟を出発。以後、8/13日より戦闘に入り
直系軍として、11月までの3ケ月間「連戦を重ねた」
適時2000@`3000と補充を受けたが「傷亡16000」を数えた。

その後、鎮江で補充。3旅6団編成となる。
259旅@`261旅、260(補充旅が昇格)
12月上旬「鎮江」戦、同6日「命令」により南京へ。

「陳旅長」手記には「全旅3000」と記されている。

261旅については7日早朝から夕方までかかって火車(汽車)
で3往復の輸送。これは「輸送の限界」であると思われ、
一往復あたり「1000人」として3000人と推測。

259、260旅の2部隊は「1日」で同じように輸送されたので
2旅で「3000人」(こっちが先発で12/6日)

3旅の合計は6000程度と推測される。


340 :グース:2001/02/17(土) 02:50
>>330
表が見にくかったかも。
中国軍は編成上、正規軍と雑兵(後方支援)がいっしょに行動
してるので、正規軍プラス雑兵で計算してねん。

>>311 ←南京防衛軍の表



341 :グース:2001/02/17(土) 03:02
>>331
>中国政府の公式発表は軍民含めて30万人であり、
>区域は南京城周円100キロの一帯

初耳なのねん。ソース希望。

ちなみに「東京裁判」でも半径100キロなんて出てないよ。
その後も公式発表で「100キロ」っていうのは聞いたことがない。
っていうか「世田谷」の周辺って聞いて千葉のデズニーランドを
思い浮かべる奴はおらんと思うが?

孫氏がドキュンなら「その15万説」もドキュンだとは言えないのか?

342 :グース:2001/02/17(土) 03:11
>>333 引用
>蒋介石の直属部隊は教導総隊、71軍、72軍、74軍、78軍だぞ。

>>311 はあくまでも「南京防衛戦」に参加した兵力なのねん。

引用
>直属部隊の正規兵が2000で雑兵が4000だって(爆
   ↑
おかしい? 雑兵ってのは「後方支援」だからね。
まぁ、史実とあきらかに違うなら訂正するので教えてねん。
書き方が悪かったかもしらんが「憲兵隊」が主ってこと。

343 :日本@名無史さん :2001/02/17(土) 03:22
>グース
まあ、南京事件調査研の聞き取りによる陳発言との差が
1000人差ではなんとも言えんなぁ。
どちらにしても、>311の87師が3500人っていうのは
少なすぎるということや。
339の推測も、先発便で無理して兵員を詰め込んで運び、
翌日、余裕が出来たかもしれないし、客車の数が変わった
かもしれないし、あくまで推測の域を出ない。

それに南京事件調査研に対して、陳氏は当時の一旅は
「7000人」が一般であり、その内訳は、戦闘兵が
「5000」で後勤部隊が「2000」の比率であった
と語っていて陳が長を務めた261は旅としては少ない部隊
であることを認めてるんだよね。
よってグースの推測(3旅で6000)は信じ難いね!

344 :グース:2001/02/17(土) 03:22
>>337 引用
>おかしいんちゃうか?
>第二次上海事変のとき、日本軍を遙かに凌ぐ数の
>中国軍と対峙したわけよ。

おかしくないよ(笑)
兵力とは常に補充されるものだから。
しかも中国軍は地元だからねん。いくらでも補充効くし(笑)

あくまでも「南京戦」に参加したのは上海方面から
「敗走してきた部隊」だから1部隊あたりの人数が少ない。

>>311 の表、第2軍団は戦闘に参加してないので
「18000人」編成になってるやろ?
1師あたり9000人が定員だが、戦争中「部隊の定員割れ」は
めずらしくはない。

現実に日本軍は「1師あたり5000」と見積もっている。
現場で戦争している当事者がそう感じたってことさ。


345 :グース:2001/02/17(土) 03:29
>>343
引用>87師が3500人
これについては先に説明したが「87師は6500」と見積もり。

「評道平、参謀」の見積もり6500と研究会の7000は
「かなり近い」とわしは思うのだがどうやろ?

346 :グース:2001/02/17(土) 03:38
勘違いのないように再度言うけど(笑)
>>311 の表は、当時「南京衛戌司令長官部参謀処第一科長」
であった「評道平」氏の推計である(1946年に発表)

「南京衛戌戦史話」東南文化社(中国)
これがネタ元なのねん。

板倉氏の研究では南京軍「65000〜71000」
「評道平」参謀( >>311 )は南京軍「81000」

わしは「評参謀」の見積もりでいいと思うってこと。

347 :日本@名無史さん :2001/02/17(土) 03:39
>344
やっぱ変だよ(笑)南京防衛軍が上海からの敗走兵をかき集めて、
さらに補充しても5〜8万とは、日本軍の半分以下かい(笑)
70万以上を誇った国民党軍がそれだけ減る(補充しても)という
のは自然じゃないよねぇ。(プ
かなり日本軍も苦しめられたんで(上海戦では)そんなに戦死する
とは思えないねぇ(笑)


348 :グース:2001/02/17(土) 03:50
>>347 電波だすなや(w

っていうか、ちっとは自分で調べい(笑)
南京防衛に回った部隊数はほぼ確定しているのねん。
「あとは1部隊あたり何名」だったのかが問題。


349 :グース:2001/02/17(土) 04:10
南京防衛軍に関する当時の証言
@アメリカ大使館員「エスピー副領事の報告」
「街は5万を超えない兵力に守られている」
@NYタイムス「ダーデイン記者」「防衛軍5万」
@台湾公戦史「当初10万、落城時5万」
@東京裁判判決文
「中国軍はこの街を防衛するために約5万の兵を残して撤退」
「〜残留軍5万の大部分は〜」と兵力5万としている。

これらを否定するのが「南京軍15万」説なのねん。
少なくとも「国民党の公刊戦史」を否定できるだけの
根拠はしめしてもらわんとなぁ。

350 :関光:2001/02/17(土) 05:34
>グース

www.china1937.com/big5/wzk/njdts-jp/009.htm 
http://library.muzi.com/ar/fanti/101847.shtml
http://military.china.com/zh_tw/history/wx/j025.html

ほら見ろよ。他にも一杯あるけど、どこも「南京周辺66英里」って言ってるぞ。
66マイルは約100キロだろ。


>336 名前:王翦投稿日:2001/02/17(土) 02:19


ジャあ、ネオナチがイスラエルに「ガス質あったか事情聴取」を申し込んだら、
イスラエル政府がOKすると思う?
中村がどんな態度で話しに行ったのかも知らんし、一方的な言い分じゃどうなのか分からんぞ。
わざと相手が憤慨するような言い方をしたかも知れなし。
ずっと重要なのは相手は中国だけじゃないってことだ。
中国が堂堂としてるのかしてないのか関係ねえだろ。
相手がちゃんとやらんから俺もだなんてガキじゃあるまい。
日本の方でやれるだけやればいいだろ、元兵士を全部集めて記者会見やれるか?
ウヨの単純な頭じゃ分からんのか。大事なのは世界の世論に訴えることだよ。
やってるのか、馬鹿ウヨが。
堂堂としてない中国の方が世界に向けてずっと積極的に発信してるぞ。

351 :〉〉350:2001/02/17(土) 08:04
〉堂々としてない中国の方が世界に向けてずっと積極的に発信してるぞ。
そのまま中国の主張が鵜呑みにされている様には見えませんが?
〉大事なのは世界の世論に訴えることだよ。
それには議論できるだけの知識@`反論する為の根拠をまず身につける必要があります。
その為にも近代史の教育を充実させることが大事です.

352 :日本@名無史さん :2001/02/17(土) 13:06
>グース(349)
相変わらず、第二次上海事変に投入された70余個師70数万に
ついては触れようとしないな。
南京戦では13個師、17個団が投入された。
陳氏の発言から(一旅の一般的編成数は7000人)から一個師
が(2〜3旅で編成)1万以上いることは確実である。

南京防衛軍に関する当時の証言と言ったって、エスピーがいた所
は城内に設けられた「安全区」での所感であって、城内に限れば
5万くらいになってしまうだろう。
肯定派はあくまで、南京外囲防衛陣地(近郊県にあった)での
中国軍まで含めている。(南京戦開始当初から)
台湾公戦史だって10万と、エスピーとは大きく違うやろ。
ただ公戦史は国民党が編纂したわけで、政治的思惑も入るシロモノ
(御用戦史)よ。10万が5万に減るならまあやむを得ない、となっても
15万が5万に減ったと書いてしまったら、国民党軍のメンツに関わるやろ。
実際、南京大虐殺について国民党は政治的思惑から、戦後長く隠していて
台湾に移ってしばらくたってから、初めて大虐殺の事実を公表している。
東京裁判だって、「5万を残して撤退」と書いてあるように、初めは5万以上
の防衛軍が存在したことを示唆している。(この記述自体がいつからいつなのか
ハッキリしない)また撤退しようとした兵士も全てが揚子江を渡れたわけではない
(船が無くなっていたため)実際に10万位が南京に取り残されたというのが
正解だろう。そして揚子江を渡ることに成功した兵士が(約5万)が蒋介石の
下に再集結出来たといえる。

グースの拠り所にする中国軍の数も、「評道平」氏の推計、だけだからねぇ。
陳旅長の発言との矛盾もようわからんしね。
私は陳旅長の発言を信じるというだけだよ。上海戦の70余個師70数万
から一師の相対数を割り出しても一師あたり1万くらいになるからねぇ。

353 :日本@名無史さん:2001/02/17(土) 13:55
戦死は数には入らんのでは。

354 :グース:2001/02/17(土) 17:22
>>352
引用>70余個師70数万について。
@答え 「別に否定はせんよ」
っていうか「常識」なので反論しなかっただけなのだが。

正確にいうと「戦時前、1師あたり11000人編成」という記録が
中国にはあるが「すべての部隊」が定数を満たしていたという
確証はない。(日本軍とて1師団が常に2万だったわけではない)

しかしながら「反論する証拠」もないので
戦争初期の中国軍「70余個師70数万」でいいと思う。
〜〜〜〜〜
だが、戦争が進むにつれ「定員割れ」が日常的となり
南京戦のとき日本軍は「1師あたり5000程度」と見積もっていた。

@わしからの質問
最初の編成時に1師あたり約10000人の編成としよう。
では「上海戦で敗北し、敗走した軍団が」10000人程の定数を
保っていたという根拠は?(笑)

上海戦での日本軍の消耗は、戦死1万を含む「約4万」
中国軍の消耗は「25万前後」とされている。
上海戦が8/25日に一段落して、中国軍は「焦土作戦」
を実行しながら「南京」まで撤退。

南京戦は12/8ぐらいから始まっている。
部隊によっては「南京到着後」すぐに戦闘に参加するはめになった。
とても「十分な補給」が受けられたとは思えない。

それでも「南京軍」が定数割れを起こさなかったという
「根拠」をぜひ聞かせてほしい。

355 :グース:2001/02/17(土) 17:48
>>352 軍の編成について
「中日戦争史略」(上)によれば
日本軍(師団)21945人  中国軍(師)10923人
となっている。他にも銃器や車両の装備も記されているが
略させてもらう。
ちなみにこれは「戦争前」の資料である。
       〜〜〜〜〜〜〜
また、これも常識だが「すべての部隊が、同一の人員ではない」
ことも覚えておくべき。
つまり「1師=11000人」というのは「最大で11000人」というこ
とであり「常にすべての部隊が11000人」ということではない。

日本軍において「師団」とは15000人〜20000人とされている。
これは「部隊により編成」がことなるからで、人員にも幅がある。

中国軍において「師」とは5000人〜10000人というのが
標準的な見解である。また「師」=1万足らずという記述が多く
「1師」=1万以上と記載された「戦史」はない。
               〜〜〜〜〜〜〜
南京問題だけを取り上げた「本」では「知識がかたよる」ので
ぜひ「戦史」などにも目を通していただきたい。

356 :グース:2001/02/17(土) 18:20
算数の時間(上海戦)
「中国軍の総員70万」「消耗25万」とすれば
「消耗率は何%」でしょう。

また「別の資料」黄仁宇「蒋介石」によると
@兵員の損傷を補うために、毎日、1師から2師の増援
が必要だった。10週間のうちに我が軍の消耗は(85ケ師)
に達した。負傷、あるいは戦死した士官と兵士は
「33万3500余人」であった。
(参謀長格だった何応欽の談話)

中国軍、70万中「消耗33万」とすれば「消耗率」は?

また「消耗333000人」として「85師」で割ると
「1師あたり約4000人」という結論にもなる(笑)

つまり「南京防衛軍」8万(説)はこれらの「事実」を
ふまえた上での推論である。

357 :グース:2001/02/17(土) 19:06
>>356 解説
南京防衛戦に参加した中国軍は「15ケ師〜16ケ師」
と同規模である(異論はないよね?)

1師あたり定員10000人として「最大でも16万」である。
南京戦に参加した中核は「上海戦で「敗走」してきた軍なので
>>356 で計算した消耗率(35%)を適用すると
16×0.35=5.6万人消耗となり「10万4千人」規模となる。

「蒋介石」の33万消耗説を採用すると
「7万5千規模」となる。

現実には「上海戦」以降も中国軍は後退しながら戦っていたので
            〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
消耗率はさらに大きい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
また「1師」の規模が「1万足らず」とするとさらに少なくなる。

もちろん「補充も考慮」せねばならないが「全部隊」が
十分な補充を受けてないのは時間的に「あきらか」であり
南京防衛軍「15万」説はかなり無理がある。
>>352
わしの主張は「南京軍は最大でも10万」ってこと。
ただ「10万」の明細がなかったので「評道平の推計」を支持した。

台湾の公刊戦史の「当初10万、落城時5万」ってのは尊重する。
落城時5万中「戦死2〜3万」「捕虜2〜3万」
内、違法殺害「1〜2万」っていうなら「まぁ納得できる」


358 :【^▽^】酔鯨ジョーカー:2001/02/17(土) 21:55
いや、中華民国(台湾)の主張も信用出来ない。
なんせ南京事件の真犯人が蒋介石なのだからな。
国民党は、国共内戦敗北後(台湾移転後)、アメリカと日本の
協力が不可欠だったから嘘を自制しているだけで、
これとて日本犯行説という虚偽である事に変わりは無い。
台湾が「親日」だという言葉に何もかも騙されては
駄目ですよ。中華民国(それが非国民党・非外省人の「台湾共和国」
になろうが)も中華人民共和国(中共が倒れ、「中華共和国」に
なろうが)、中華民族(漢民族)は朝鮮民族と並んで信用出来ない。

359 :日本@名無史さん:2001/02/17(土) 23:50
>358
今、731の裁判やってんですけど、あれも嘘?それとも?
今度アメリカで、占領下の日米関係についての重要資料が
公開されるそうですが、それによって現代史の解釈も
かなり変わるのかな?


360 :日本@名無史さん :2001/02/18(日) 00:18
>グース
最初の編成時に1師あたり約10000人の編成としよう。
では「上海戦で敗北し、敗走した軍団が」10000人程の定数を
保っていたという根拠は?(笑)

陳旅長によると、陳氏が所属した蒋介石直系の精鋭部隊第87師
は確かに上海戦では多大な損耗を被ったが、南京戦区へ入る直前
にある鎮江にて新兵補充を実施し南京戦開始までに3000人ずつ
四度にわたり補充し、計12000人を補充したと述べ、幹部クラス
を除く総入れ替えに近い補充だったと述べているのだ。
その結果、陳氏の261旅には南京戦開始時は4000人いたとい
いうのだ。



361 :グース:2001/02/18(日) 01:53
>>360
ナイスや。よく調べてる。

87師は直系軍であるからこそ「優先的」に「補充」
を受けられた。
それでも「消耗16000」に対し「補充12000」である。
当初「11000」としても南京戦時には兵力「6000〜7000」
程度である。

「地方軍」である66軍、83軍、103師、112師などは
撤退時の捨て駒として扱われ「南京到着後すぐに」
「外郭陣地」に配置され日本軍と戦闘になっている。

もちろん「補充などない」(笑)

例外として「74軍」は直系軍だが「補充も無し」で
「外郭陣地」に配置になったのは、蘇州から無断撤退
した「おしおき」らしい(笑)

結論として「補充は不十分」であったため「南京戦」に
おいて「1師=10000人以下」であることは確実であり
「1師=5000〜6000人程度」と推測される。

362 :グース:2001/02/18(日) 04:38
南京防衛軍の総数についてはこんなものかな。
1師あたり5000人×16師=80000人
1師あたり6000人×16師=96000人

まぁ南京防衛軍は「最大でも10万」程度。
うち5万が脱出、蒋介石の元へ(で、いいんでしょ?)
戦死2万 安全区に逃亡1万 捕虜2万 合計10万

便衣兵狩での「処刑」1万(誤認逮捕の民間人を含む)
捕虜の「処刑」1万
捕虜の「収容及び開放」1万

捕虜、便衣兵の処刑はすべて違法としても「違法殺害2万」
周辺6県での違法殺害「9000人」
(スマイス調査による近郊ほぼ6県の戦時犠牲者27000人中
 3割が日本軍の暴行、6割が戦闘の巻き添え、1割が中国軍
 と推定した)

結論として「南京大虐殺」での犠牲者は「約3万人」

363 :日本@名無史さん:2001/02/18(日) 05:37
無学消防の俺は、このスレ非常に勉強になります
願わくば煽り合いにならずに、マトモに論じ合ってくれれば幸いです

364 :日本@名無史さん :2001/02/18(日) 08:12
>グース
>「地方軍」である66軍、83軍、103師、112師などは
>撤退時の捨て駒として扱われ「南京到着後すぐに」
>「外郭陣地」に配置され日本軍と戦闘になっている。

私の調べたところでは11月後半の段階で66軍は
真っ先に78軍、教導総隊、憲兵部隊とともに外囲
防衛陣地に着いていて、その段階ですでに5、6万
の陣容とある。
その後、唐生智の増派要求によって蒋介石は部隊の増派
をし、戦闘開始時には15万程に達してしたとある。

どの部隊もほぼ強制的に民間人の兵隊徴発を行っていたので
あり、一師あたり1万は確保(質は著しく低いが)していた。




365 :日本@名無史さん :2001/02/18(日) 08:51
>グース
>87師は直系軍であるからこそ「優先的」に「補充」
を受けられた。
それでも「消耗16000」に対し「補充12000」である。

311ではグースは
87師は正規兵3500、雑兵3000、内補充3000
としてたんだがなぁ〜(笑)
こうやってグースは少しずつ訂正して行くのだな(笑)

366 :グース:2001/02/18(日) 14:42
>>364
さて歴史を追いかけるとするか。(66軍=159師、160師)
第66軍は「上海戦」で2ケ月苦戦。11/11からの総退却の「援護」
に回された(すて石とも言う)
第66軍が11/18江陰無錫戦にさがったときには
「160師の兵員不足3000、補充なく兵力激減」
11/28「丹陽に1団」11/29句溶「1団を句容に残し」
本部と残りは12/1日麒麟門へ到着。

12/2日「残してきた2つの団は戦闘突入」
本部掌握の956団も12/6湯水鎮で戦闘開始。「補充はない」

燕子磯に撤退した時点で
「159師、160師、両師あわせて(1師)に足らず」とある。
10日に市街戦にそなえ「城内」へ。
南京戦を脱出して12/31日徴州(漢字違う)についたときには
「官兵420余名」というから「文字通り全滅」なのねん。

「結論第66軍に補充の機会なし」
      〜〜〜〜〜〜〜〜
第78軍(36師)については、11/18無錫で待機、11/22麒麟門へ
集合。この時点で「宋希漣の手記」によれば兵力3000、補充4000
合計7000とあるので「まず異論は出ないだろう」

第66軍と第78軍(36師)「3ケ師規模」合計で15000人前後。
これには「補充4000を含む」んである(笑)


367 :グース:2001/02/18(日) 15:01
さてそうすると「教導総隊」「憲兵部隊」上記の第66軍、第78軍
の規模で「5万〜6万」というのは「どうなのだろう?」

今一度「検証」してみる(実は、ここが最重要なのねん)
第66軍「1師に足らず」を好意的に解釈して「9000」としよう。
第78軍(36師)は「7000」なので、両軍合計16000人

憲兵隊は「南京司令部抗戦交戦部隊戦闘詳報」によれば
「5490人」まぁ「憲兵隊」の仕事内容を考えれば「若干多い」
ような気持ちもするが「6000人」としよう。

第66軍、第78軍、憲兵隊の合計で「22000人」である。
>>364 の主張によれば教導総隊を併せて「5万〜6万」
であるから「教導総隊は28000〜38000」という「大部隊」
ということになる(笑)

「南京防衛軍」を「15万以上」とする場合には「教導総隊の水増し」
は避けては通れない道なのだぁ(w


368 :グース:2001/02/18(日) 17:08
>>364 教導総隊の水増しについて。

教導総隊=歩兵3ケ旅6ケ団、直属7ケ団(総兵力3万以上)
まぁ一応こういう(説)もある。

中国軍の「旅」とは日本軍でいう「旅団」であり「師」よりは
小さい規模。本来ならば定員5000〜7000規模だが「実際には3000前後」
で活動していた(1ケ師でさえ5000〜9000だからねん)

中国軍でいう「団」とは日本軍の「連隊」に相当し
1団=「1000〜2000規模」と考えてよい。

「1ケ旅=7000×3=21000 1ケ団=2000×7=14000」
好意的に解釈して最大でも教導総隊は「合計35000人」である。
当時の常識で普通に推定すると
「3ケ旅で9000、7ケ団で10500.合計約20000」となる。

ところが >>311の推定では「11000規模」となってるよね?
「教導総隊が1万程度なのには(理由)があるのよ」(笑)


369 :グース:2001/02/18(日) 17:54
>>368 の続きねん。

教導総隊の「上海戦」時の編成は「3ケ団=6000規模」
だったのねん(笑)
11/23日「南京防衛軍」に編入され「団から旅に昇格」(笑)
つまり「名称を変更しただけ」なのよ。
もちろん「補充」も受けたけど、わずか2週間で
「6000人から20000人以上」に膨れあがるわけはない(笑)

実際の戦闘を検証
教導総隊の本体がいた紫金山は「東西に長い稜線をもち」
しかも「北側は急斜面」なので「大軍の投入は無理」
簡単に言うと「橋の上」を想像してもらうと分かりやすい。

実際、日本軍は「長く狭い戦場」に備えられた「陣地」を
一ケ所ずつ「白兵戦」で占領していかなければならなかった。
日本軍は2ケ大隊の戦力をもちながら、正面に展開できたのは
「1ケ中隊」(約200人)のみだったのねん。

「結論、このような陣地に数万の防衛兵力はいらない」
 また「物理的に無理がある」以上

疑い深そうなので「もうひとつ」
盆路口近く「楊坊山」という「防衛の要所」があり
「本来は教導総隊の守備範囲だった」のだが
第2軍(80%が新兵)が大苦戦してるにも係わらず「無視」

兵力が不足していたため「手がまわらなかった」とみるのが自然。

その他「淳化鎮」での教導総隊
日本軍の攻撃 「51師」は崩れそうになった。
      救援の「87師」は「まだ到着しない!」

出番だぜいぃ!「教導総隊の精鋭35000人!!」
             〜〜〜〜〜〜
教導総隊の攻撃 (1ケ営)数百人を派遣した!(笑)
         〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
当然「数百の援軍」(笑) では戦線を支えることはできず
「51師は全滅」した。なぜ「援軍を数百しか出さなかった」かは
「不明」である。まぁ「人員が不足」していたのかもしれない。

以上をもって「教導総隊の人員」は「1万程度」であり
2万、3万説は「ちょっと無理」であると認定する。

結論 「南京防衛軍」の戦力は「最大でも10万」以上


370 :グース:2001/02/18(日) 18:15
>>365 引用
>311ではグースは
>87師は正規兵3500、雑兵3000、内補充3000
>としてたんだがなぁ〜(笑)
>こうやってグースは少しずつ訂正して行くのだな(笑)
   ↑
>>339で説明はしているねん。

  一応「339のコピペ」↓
 87師は8/11に常熟を出発。以後、8/13日より戦闘に入り
 直系軍として、11月までの3ケ月間「連戦を重ねた」
 適時2000@`3000と補充を受けたが「傷亡16000」を数えた。

>>311 の表は「一番新しい補充を3000」としたものなのねん。
消耗16000なのに「補充3000」じゃ「部隊が消滅」しちまうやん。

87師の見積もりは「当初1万」「消耗1.6万」「補充1.2万」
合計で6000程度( >>311 では6500と記載)

結論 南京戦当時「1ケ師」=1万以下であることは確実。
   「南京防衛兵力は、最大でも10万」
よって「捕虜殺害は、1〜2万程度」である。

371 :資料ね:2001/02/18(日) 18:29
http://plaza25.mbn.or.jp/~hinode_kogei/DATA.html#nanking1

372 :至急求む:2001/02/18(日) 19:15
新井君について詳しいことを知りたいので
具体的な情報を募集しています。
今までで分かっている彼の履歴は
・31才
・フリーター(一説)
・彼女なし
・包茎手術を受けたことがある
・帰化している(一説)
・もとは総連系のサヨクである
・同じ陣営であるはずの保守、左翼か人たちからも迷惑がられている
・ただの田舎の単細胞右翼である(これは偏見じゃないかな)
・証拠を見せろが、口癖だが彼の資料改竄は有名らしい
・カラオケに行くと長渕と新井英二(だったかな?)の歌を必ず歌う(後者はガセっぽいな〜)
・ラムちゃんが好き
・愛読書は小林よしのり
・嫌いな保守系知識人は福田和也

特に知りたいのは以下の項目です。
・フルネームは?
・血液型
・生年月日
・出身地
・出身高校
・出身大学
・父親の職業
・兄弟構成・・・などなど

特に顔見知りの方の情報お待ちしています。

373 :日本@名無史さん:2001/02/18(日) 19:51
>>372
マルチポストウゼェよ。

374 :正確な資料:2001/02/18(日) 20:48
http://www.geocities.com/TheTropics/Paradise/8783/index.html

375 :日本@名無史さん:2001/02/18(日) 21:01
グース
   うぜーアゲ

376 :日本@名無史さん:2001/02/18(日) 23:13
>374
371の資料を全然否定できてないじゃん。


377 :日本@名無史さん:2001/02/19(月) 00:30
>グース
あんたはよっぽど暇人なんだな(笑)オタクか?誰かに頼まれて
やってんのか? 俺はテレホタイムしかネットを見る暇はないよ(笑)

あんた、もっともらしくトリック使うのには関心するわ(笑)
こんな専門的な話を全く予備知識もない人間にするのは罪なこっちゃ。

私も専門家ではないが、反論させてもらうよ。
まず、国民党軍の高級指揮官の回想録が多数、中国ででているのだが
そのいずれもが、南京戦第4期(中国では南京戦を1期から5期までに
分類している)すなわち外囲防衛陣地からの戦い(中国ではこれが
狭義の南京大虐殺の範囲とされている)開始当時の南京防衛軍の総数
を10〜11余万人としているのよ。
これだと、確かに15万人ではない。・・だがここにトリックが隠されて
いて、孫宅巍氏や南京事件調査研に語った陳旅長が指摘してるんだ。

日本では正規兵と後勤部隊を一緒に数えるが、中国では書物に部隊編成を
書き入れる場合、雑兵、軍夫、民夫、民工などの後方(勤務)部隊の兵員
はカウントしないそうだ。
また南京戦第4期開始前、新兵訓練をする暇が無く、農民や難民から強制
的に徴発した即席の雑兵(銃の撃ち方を教えただけ)が膨大で、それらの大部分
が補充記録に残されなかったというのだ。

よってそれらを考慮すると中国軍の南京戦第4期での10〜11万プラス3〜4
万となり、15万になるのだそうだ。

これは中国の軍人、専門家が揃って認めていることなのよ。(笑)

78軍の宗軍長の回想録にも3個軍で実戦兵力(正規兵)を南京戦
(4期)開始前に計4万人補充して総兵力11万余人になったと
しているよ。
66軍みたいに正規兵の補充がなかった部隊もあろうよ(笑)

そしてカウントされない雑兵が多数いるということさ。


378 :グース:2001/02/19(月) 01:40
>>377
わし会社からアクセスできるから(笑)
暇であるというとこは否定しないけどねん。

「調査研」のレトリックにはまらないでね(笑)
たとえば >>311 の8万推計は「当時の南京衛戌軍、参謀」
「評道平」氏の計算なんですけど(笑)

現場にいた「参謀」って「専門家」でしょ?
あとね、やはり当時南京の南京で(揚子江)を守った
「宋希漣」(漢字は違う)の推計では「11万」
もちろん「雑兵」込み。

つまり「8〜10万」説は「当時の南京で戦った専門家」も
認めているうえ「外国人の証言」「台湾の公刊戦史」
とも矛盾しないということ。

現在「中国共産党」は犠牲者の数を増やすべく奮戦中。
中国って「言論の自由あるの?」

なぜ「最近になって15万」って言い始めたのか謎。
評道平推計は1946年「戦後まもなく」発表されたのねん。


379 :日本@名無史さん:2001/02/19(月) 01:59
>>372
マルチポストってどういう意味?

380 :音速の名無しさん:2001/02/19(月) 02:36
非戦闘員への殺害は、どの国のどんな歴史とってみても発生しております。
身内の話からいきましょうか?
ソ連参戦からシベリア抑留の間に満州人民って何人虐殺されたんでしたっけ?

それ考えると、同様の数くらいは、日本もやっちゃってても不思議ではないと思うが。

不思議でないと思う理由は、
侵攻する側の軍隊が自給自足でやっていかなければならない状況ではつねに
「軍隊の人数×α=殺された非戦闘員」のαが1よりきわめて大きいこと。

さらっと見た限りだと、確からしいニュースソースはなさそうだよね、ここには。
だとすると、こういう適当な類推もなりたつよね。

日本以外の国で、こういう風に見られていても不思議ではないんだよ。
その辺り、ここの人達はわかってんのかな?

381 :グース:2001/02/19(月) 02:56
>>380 引用
>さらっと見た限りだと、確からしいニュースソースはなさそうだよね
    ↑
「虐殺があった」という主張についてはそうだな。

わしの主張は「当時の公文書」や「当時現場にいた第3国人」
の証言(多くは新聞として、一部は東京裁判で記録あり)
「中国で発行された戦史」を中心に議論を展開している。
あやしげで「検証」されていない「証言」は採用してない。

歴史を語る上でこれ以上公平な「ニュースソース」は
ないと思うが?


382 :日本@名無史さん:2001/02/19(月) 03:03
南京でいくらか中国人が死んだ。当時も今も騒がれた。
これくらいの認識でいいのでは〜って思う俺は厨房ですか?

383 :日本@名無史さん:2001/02/19(月) 03:20
>>382
厨房ですな。相手がそれで済ますと思うか?

しかしちょっと見ない間になんだが理性的な議論が繰り広げられているじゃないか。
ちゃんと根拠を明白にしないと感情論、つーかデンパーになるからなあ。
横レス失礼。続けてください。

384 :音速の名無しさん:2001/02/19(月) 03:34
>>381
仮に超ど級の非戦闘員の殺害がなかったとしても、なかなか立証するのは難しい。
記録をもとに、2次元+時間変化を書いてみて、それを第三者に評価してもらうのが確実、
という理解でいいですか?



385 :日本@名無史さん :2001/02/19(月) 06:41
東京大空襲で死んだのって何人だっけか?

これこそ非戦闘員の大虐殺だよな。

386 :音速の名無しさん:2001/02/19(月) 07:25
おこずかい帳みたいに、あれはあれ、これはこれ、なんて言っても意味がないのでは?
簿記で現金出納を仕訳るみたいに、集計してみるとよいと思います。

が、いずれにせよ、勝てば官軍なので東京大空襲の話はあんまり意味ないと思うけど。
賊軍のやることはつぶさに精査される、そういうもんでしょ?


387 :日本@名無史さん :2001/02/19(月) 07:37
>グース
>「調査研」のレトリックにはまらないでね(笑)
たとえば >>311 の8万推計は「当時の南京衛戌軍、参謀」
「評道平」氏の計算なんですけど(笑)

都合の悪いことはレトリックかよ。孫氏や陳氏の発言はあくまで
中国の流儀(人数の数えかた)が日本軍流とは違うということだけ
なんですけど。
だいたい、南京戦(4期)開始前の混乱期、片っ端から農民、難民を
強制徴発してた中国軍が数をきちんと数えてるというほうが、おかしい
し厨房である。
「評道平」氏の8万なんて、他の指揮官クラスが皆10〜10数万を
あげていることから、かなりの差があるわけで、おそらく南京戦の
「第1期」(広義の南京戦開始時)当時のものでしょう。
否定派は最も少ない数字をあげてる史料に飛びついたわけだ(笑)
なお、広義の南京戦、で考えると、蒋介石の指揮下に入らなかった
第23集団軍(総勢6万程)を入れなければならなくなるよ。(笑)
いやがうえでも15万を突破しちゃう(笑)


388 :グース:2001/02/19(月) 14:30
>>387 引用
>中国の流儀(人数の数えかた)が日本軍流とは違うということだけ
これが「すでにレトリック」(笑)以下その説明
                 ↓
@まず「勘違い1」南京防衛軍の「詳細な明細」は「台湾政府」の手に
 あり「公表されていない」
 台湾政府(当時の南京軍)の発表は「当初10万、落城時5万」のみ。
つまり「中国の帳簿にどう記載されていようとも」まったく無関係。
帳簿をもとに戦力推計したわけではないのねん(笑)
(数え方は無関係なのねん)

 すでに長々と(笑)計算してるけど「当初の戦力=1ケ師10000万」
と(虐殺派の意見)を取りいれ、「上海戦から推測される」消耗を計算
し「補充」を含めても「10万」程度ということ。
 これは中国の戦史である「南京保衛戦」「抗日戦争正面戦場 上下」
などに記載された資料をもとに計算した数字である。

ちなみに「日本軍の戦闘記録」との大きな矛盾もない(笑)

 「勘違い2」前にも説明したが「12/8日前後の南京軍」が
「8〜10万」ってこと。「広義の南京戦」なら10万以上に
なってもおかしくはない。但し「落城時である12/13日」
には南京軍が5万程度ということ。

@逆に聞きたいが「南京軍15万」ってのは「何日の戦力?」(笑)


389 :グース:2001/02/19(月) 15:23
>>377 略して引用
>新兵訓練をする暇が無く、農民や難民から強制的に徴発した
>即席の雑兵(銃の撃ち方を教えただけ)が膨大で、それらの大部分
>が補充記録に残されなかったというのだ。
    ↑
これも「レトリック」記録されてない分もあるかもしれんが(笑)
(っていうか資料は公表されてないのでわからんが)
第2軍団「41師、48師」は「80%」が「即席の雑兵」だったという
記録は残っている(笑)その数は「1万数千人」

他の部隊でも「補充を受けれた」分については「2000〜3000」
という記録がある。もちろん「即席兵」
その他「調査研」で聞き取りした「陳さん」も「3000×4=12000」
の補充があったって「認めてるんでしょ?」

>>387 引用
>中国軍が数をきちんと数えてるというほうが、おかしい。
     ↑
記録に残ってないだけで「数は数えてた」と思うよ。
輸送の関係もあるし「メシ」も食わせなきゃならん。
給料は踏み倒したのかなぁ(笑)

>>387 引用
否定派は最も少ない数字をあげてる史料に飛びついたわけだ(笑)
     ↑
@もっとも「少ない説」は35000人。
@各種証言及び東京裁判では「50000人」
これに「雑兵」が含まれないとすれば「8万前後」

@台湾の公刊戦史では「当初10万、落城時5万」
これは「雑兵を含むと考えるのが自然である」
雑兵を含まないとすれば、上海戦当初の「70余師、70万人」
と矛盾する。また「実践において」雑兵も含めた中国軍の
「1ケ師」は「1万たらず」であるという「日本軍の資料」とも
矛盾する。
「結論、台湾の公式資料でも5万〜10万」

@「宋希漣(漢字ちがい)推定は11万」
但し「大筋において8万説の評参謀と同じ」相違点は
救援6師団「103.112.154.156.159.160師」を「6師=4万」
とやや過大に見積もった。         〜〜〜〜〜〜
宋氏は36師の指揮官だったので「全軍に渡る知識はなかった」
だが自分の部隊「36師」が(4000+即席兵3000=7000人)
だったので「他の部隊も同程度」と推測した模様。
ちなみに「評道平」は当時の南京軍「司令長官部参謀処第一科長」
ある程度、全軍を見渡せる立場にあった。(8万説)

上のいずれもが12/8以降の狭義の南京における証言である。
@結論 狭義の南京戦における南京軍は5〜10万(雑兵込み)

390 :グース:2001/02/19(月) 15:33
>>384
結論は「人それぞれ」でいいと思う。
すでに南京問題は「宗教」となっているから(笑)
「宗教」ってのは「理屈」じゃないいだよね。
ただ「捏造された歴史」を信じる人が増えるのは「嫌だな」と
わしはそう思う。

「虐殺があった」という主張が捏造か、「なかった」というのが
捏造かは「各自で判断してもらう以外にない」


391 :日本@名無史さん:2001/02/19(月) 16:46
グース
うぜーage

392 :日本@名無史さん:2001/02/19(月) 22:50
>グース
>ちなみに「日本軍の戦闘記録」との大きな矛盾もない(笑)

あのさ、その日本軍司令部は公式発表として1937年12月18日
「敵の遺棄死体は8ないし9万を下らず」って発表してるよ(笑)
そして12月30日の朝日新聞が上海派遣軍の発表として84000
(敵死体)と載せてるよ。
グースの説だと、中国軍の殆どが死んだことになっちゃうね(笑)
蒋介石の下に再集結出来た兵員が5万だから、15万近くいないと
辻褄が合わないねぇ(笑)

それに埋葬記録の崇善堂(東京裁判で証拠採用)は城外で4月に11万
遺体を埋葬してる。(東京裁判は城外まで認定している)
グースの説だと、11万の殆どが民間人の死体ということになる(笑)
中国軍の死者が1〜3万人では。

中国軍の数を低く見積もることで民間人の虐殺が相対的に上がってしまう
とは(苦笑)




393 :名無しさん:2001/02/19(月) 22:52
日本軍の死者は?

394 :日本@名無史さん:2001/02/19(月) 23:49
>393
12月3日〜18日で戦死約2300名
戦傷6400名

395 :グース:2001/02/20(火) 02:05
>>392
「南京軍はおよそ10万」ということで話をすすめる。
あとから「蒸し返さない」ようにたのむのねん(笑)

南京市民の人口については >>239 >>265 参照
さりげなく訂正=警察庁長「王固盤」

「市民数約20万」でそのほとんどが「安全区」にいたことは
すでに239.265で説明してある。「つまり民間人」の虐殺は不可能。

そして「南京防衛軍」10万とするなら「捕虜は1〜3万」
そのうち「違法殺害は1〜2万」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この「算数」は間違ってはいない。

だが「遺棄死体8万」そして「埋葬死体11万」とすれば
「矛盾」がでてくる。「どこかがおかしい」
          〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
死体の数、あるいは「埋葬した数」が正しければ「虐殺はあった」
あるいは、それらの証拠が「嘘」なんらば「虐殺はなかった」
と、言うことなのねん。

ここからが「歴史」の検証や。
ついに「南京大虐殺」の核心にせまった!!

396 :グース:2001/02/20(火) 02:23
>>392
まず「軍事的常識」について語ろうか。

日本軍の「死者」約2300人としよう。>>394 (感謝)
これは12/3からの類計であり「南京城」だけのものでは
ないが参考にはなるだろう。

日本軍死者「2300人」に対して中国軍「80000人」死亡!?
ってのは「どうなんでしょう?」(笑)
南京城攻防戦は12/10〜12/13(一部分では14日)という
短い期間である。核兵器でも使わないかぎり「8万人」も
殺せない(笑)

つまり、当時の武器では「3日間の戦闘で8万人を殺す」
のは「不可能」なのねん(笑)

あの3ヶ月続いた上海戦でも「中国軍の死者は10万以下」
とすれば「陸軍の公式発表」は嘘かぁ!?

この点については「あえて」説明をしない。
まぎれもない「大本営発表」であるから(笑)

397 :グース:2001/02/20(火) 03:25
>>392 引用
>埋葬記録の崇善堂(東京裁判で証拠採用)は城外で4月に11万
>遺体を埋葬してる。(東京裁判は城外まで認定している)
    ↑
崇善堂の埋葬記録によると
「12月=1011体」「1月=1556体」「2月=2507体」
「3月 2475体」で「4月が10万4718体」(笑)

10万5000の遺体を30日で埋葬するとなると「1日で3500体」
12時間で割ると「毎時=300体」
これを40人、4班に分かれて「埋葬した」という(笑)

結論 「無理でしょう」(笑)

それ以前に「崇善堂」って存在したの?
南京特務機関など「日本軍側文献」には影も形もないし
安全区の「国際委員会」の文献にも「出てこない」(笑)
「虐殺派の南京事件調査会」でもそのことは認めてるんだよね。

結論2 崇善堂の存在を証明する資料なし(笑)

まぁ「紅卍会」が4万体の埋葬で「各資料」に名前が出ているのに
「10万体も埋葬して、記録無し」ではお話にならんのう(笑)
また「10万体の埋葬」には結構な金がかかったはずだが
「どっからその予算が出た」のかなぁ(笑)

結論 「死体の数」は紅卍会埋葬の4万程度(プラス個人埋葬)
   ただし「戦死者」を含むので「虐殺数」ではない。

398 :日本@名無史さん:2001/02/20(火) 03:31
http://www2.justnet.ne.jp/~huujin/asean2.htm
政治家の外交音痴は今も続いている

399 :日本@名無史さん:2001/02/20(火) 07:34
>グース
>この点については「あえて」説明をしない。
まぎれもない「大本営発表」であるから(笑)

アハハ、笑わせてくれるなぁ! こういう都合悪い話になると
急に大本営発表とはな(爆 ・・予想通りの反応!
ちなみに大本営というより上海派遣軍発表と言った方が正しい。
私は勿論、民間人が含まれた数だと思うが、こう発表せざるを得ない
ほど、南京周辺には死体があったということ。また海外の批判をそらす
意味で虐殺遺体を戦死中国兵として切り抜けたい、思惑があったと思うよ。

崇善堂に対する反応も予想通り(笑)・・いまだ阿羅健一以来、否定派は
崇善堂の存在を闇に葬るのに躍起だね!(笑)

>これを40人、4班に分かれて「埋葬した」という(笑)

これも大嘘!じっさいには40人ではありません(笑)
まあ、詳しくは
南京事件調査会編「南京大虐殺否定論、13のウソ」柏書房
でも読んでください。井上久士氏が詳しく書いていますので。

東京裁判では南京城外まで認定して20数万だが、中国側の
認識は「狭義の南京大虐殺」の範囲が、南京戦第4期からの
戦いで虐殺された者を指しており、近郊6県、住民100万
以上の中で殺された者が入ってる。よって東京裁判の数字より
大きくなって当然だ。
中国側の南京大虐殺の定義とは、南京攻略戦における虐殺の
「総称」です。



400 :グース:2001/02/20(火) 13:25
>>399 引用
>崇善堂の存在を闇に葬るのに躍起だね!(笑)
    ↑
あいかわらず「レトリック」(笑)
「南京大虐殺否定論13のウソ」南京事件調査会 137P
(崇善堂埋葬隊が)「日本側文書や安全区国際委員会の文献に
出てこないことも事実」

と、しっかり「書いてある」
つまり「崇善堂が存在」した証拠はどこにもない(笑)
もしも存在したなら「どれそれの文献」に残っていると
記せばよい。

虐殺派で構成した「南京事件調査会」の編集による(笑)
「南京事件資料集」という本がある。「@、Aの2冊」
A140P 紅卍字会が労働者を集めて埋葬。
A243P 腕に紅卍字会の記号をつけた中国人〜(死体処理)
A102P 数日前紅卍会が埋葬をはじめた。〜略〜記録した
    ところ12万体(笑)ぉぃぉぃ

>>399 の依存している「調査会」の資料にすら「崇善堂」の
名前が出てこないのはなぜ?
4万体埋葬の「紅卍会」は「どの資料にも」記載がある。
10万体埋葬の「崇善堂」は「どの資料にも」まったく記載なし!

国際安全区委員長ラーベの日記より(南京の真実 文庫版)
「福田氏は紅卍字会に埋葬許可を出すよう、もう一度かけあって
 みると約束してくれた」1/6の日記 P193
「紅卍字会は〜略〜遺体を埋葬する許可をへて〜」
2/11の日記 P276

以上の記録から「遺体の埋葬」には「日本軍」の許可が必要
だったことがわかる。もちろん「崇善堂」の名前などない(笑)

10万を超える遺体の埋葬を「無許可」で埋葬できるわけがない。
「4万人程度」の埋葬をしたとされる「紅卍字会」でさえ
「日本軍」の許可なしでは埋葬作業をできなかったのねん。

結論 「崇善堂」が埋葬した記録は「ウソ」


401 :グース:2001/02/20(火) 13:43
君たちは「騙されているんだよ」(笑)

>>399 引用
>井上久士氏が詳しく書いていますので
    ↑
まぁ「井上」がどう主張してるか見てみるか(笑)
「南京事件を考える」これは「本カツ、洞富雄、藤原彰」編集
のなかで「井上」が記載した部分や。

@「紅卍字会の埋葬記録と比較して「崇善堂」のそれは疑問の
多いことは否定できない」P102
@「崇善堂」の埋葬記録を裏付けるような(当時の一次資料)
を筆者(井上)は目にしてない」P100
@「戦後になって作られ、東京裁判に提出された埋葬記録が
当時のそれと同じものであるかどうか、そして、どのような
資料と証言によって作成されたものであるかは、残念ながら
(判断材料)がない」P100〜P101

結論 「井上久士」自身も「崇善堂埋葬記録」は「あやしい」
   と思ってる(笑)少なくとも証明はできてない。

402 :グース:2001/02/20(火) 15:50
>>399 引用
>近郊6県、住民100万以上の中で殺された者が入ってる。
    ↑
またもとの議論に戻ったね(笑)
これについては「ソースを開示」してね。
あ、「日本語」に訳してからね(笑)

まぁ常識だけど「大規模的集体屠札殺期12/12〜12/18」
「普遍的屠殺期12/19〜1/10」これが「中国の主張」
期間は「12/12(深夜)〜1/10前後」だから「勘違い」しない事。

一応、近郊6県農村部の被害ね。

近郊6県の被害については、1937/12月(事件後すぐ)調査された。
「スマイス博士」の報告によると「近郊ほぼ6県」の戦争被害者は
「26870人」となる。
スマイス博士は当時「金陵大学」社会学の教授であり、調査には
助手と学生があたった。調査方法は二人一組で「現地での聞き取り」
であり「被害が誇大」になっても少なく申告することはない。
なお206世帯に「1件」の抽出調査である。
(統計学上、考えられる誤差は数パーセント)

「26870人」とは「戦争の被害者」でありその中には
中国軍の手による略奪、暴行、殺人も含まれているし
純粋な戦闘行為の巻き添えも含まれている。
まぁかなり多く見積もって「30%=9000人」が日本軍の
手によるものかもしれない。
「沖縄」でも「米軍による民間人殺害」はあったのだから
否定をすることは難しい。

結論 南京城区の捕虜違法殺害1〜2万 近郊6県で1万
   総計約3万。中国の主張は「でっちあげ」である。

403 :日本@名無史さん:2001/02/20(火) 17:43
グース
うぜーage

404 :日本@名無史さん:2001/02/20(火) 19:03
崇善堂の埋葬記録数の記録が厳密であるかどうか、伝えられている記録が
当時のそれを性格に反映している物かどうかは、判断材料がない。
が正しいものかは確実ではない。
絶対的に正しいものであるという証明はできない。
というだけのことであって、
大規模な埋葬を行ったことは当時やりとりされた書簡などの史料を見ても
疑いようがないと書かれているようですが。

先にグース氏が書かれた崇善堂が架空の物であるなんてことや
40人で埋葬作業をしたというのは、東中野氏など大間違いだということは
きちんと書かれていますね。

405 :グース:2001/02/20(火) 21:46
>>404 引用
>絶対的に正しいものであるという証明はできない
    ↑
あいかわらず「詭弁」だな。問題になってるのは「数の正確さ」
ではなく「崇善堂」が埋葬行為を行ったか?
ということなのだが(笑)

そもそも「存在しない」埋葬を「何人で行った」かは問題で
すらない(笑) まぁ「主張」をすれば検証はするよ。

>>404 引用
>先にグース氏が書かれた崇善堂が架空の物であるなんてことや
    ↑
この点については「誤解」されるような書き方をした。
正確に言うなら「崇善堂」は自体は存在したかもしれない。
ただし崇善堂単独での「埋葬行為」はなかった。

日本軍の許可なくして「埋葬行為」をするのは不可能で
あり、仮に強行したとしても「ガソリン」は日本軍の手に
しかない。つまり「トラック」は使えない。

また「労働者」を多数やとった。という「根拠のない説」も
あるが「日本軍の許可なく、数百人の人間」を集めたら
「反乱の恐れあり」と弾圧される可能性もある(笑)

まぁいいや(笑)
@質問 「紅卍字会の4万埋葬」は日本と外国人の両方に記録
があるのに「10万も埋葬した崇善堂」が記録にない理由を
おしえてねん(笑)珍説まってるよん。

406 :日本@名無史さん:2001/02/20(火) 21:47

わが国のクソババーを虐殺してほしー



407 :404:2001/02/20(火) 22:38
それ以前に書かれている人とは異なりますのでお間違えなきよう。

>「10万も埋葬した崇善堂」が記録にない理由をおしえてねん
これは、以前政治思想で書かれた書き込み一つを抜き書きしてみましょう。

史料が残りやすい性質の物とそうでない物の判断です。
いうまでもなく、為政者側の史料が残りやすく、勝者の史料も残りやす
い。記録も同じです。為政者側の記録が残りやすい。
そうすると、為政者に関わりある事柄が記録として残りやすい。
このへんはわかります?歴史やる上の大前提。

紅卍字会は中国国内で三百余万の信徒を有していたといわれる宗教団体
であり、会長は南京陥落後に自治委員会会長にも就任した。
自治委員会が成立した後、紅卍字会は日本の寺院との共同作業で遺体の
埋葬処理をしたんだよね?
政治の場面にも登場する(ついでに日本側との関わりも持った)宗教団体。
崇善堂については、善堂自体が多くは地域の有力者が資金を出して設立
されたものであるとされ、崇善堂も主たる財源を先に記されたような不
動産収入である等のことを考えると、地域有力者的性格の強い慈善団体
であるのでは。としたら、紅卍字会よりは断然為政者側(特に日本側)
の史料に残りにくい性質の団体だということが思われない?

あくまでこれは見解の一つではありますがね。活動したことを示す史料は
いくつかあるのに、それらを全て否定して「不明である」=「なかった!」
などと言い出せば歴史上どれだけの事実がなかったことになってしまうのか。

>日本軍の許可なくして「埋葬行為」をするのは不可能で

なぜ?根拠は?

>仮に強行したとしても「ガソリン」は日本軍の手に
>しかない。

なぜ?根拠は?
そうすると南京は日本軍しかおらず、他に現地人がいたとしても日本軍が
ガソリン等々を全て接収するような、しかも「どこどこにガソリンを渡しました」
等々細かいことまで全て文献として記録されるという、いわば過酷な支配が徹底
されていたことになりますが。そういうことを主張されているので?

408 :日本@名無史さん:2001/02/20(火) 22:53
左翼が30万人説を普及させようと必死。
しかし、その行為が反中派をうむ。

409 :日本@名無史さん:2001/02/20(火) 23:23
>>407
10万って言う具体的な数を示す根拠としては弱いよね

410 :日本@名無史さん:2001/02/20(火) 23:38
>それらを全て否定して「不明である」=「なかった!」
>などと言い出せば歴史上どれだけの事実がなかったことになってしまうのか。

一般論としてはそうなんでしょうけど、
確かな証拠もないのにあった!と決め付けてきた前科(慰安婦問題など)
がある、あなたがた左翼陣営の方が言っても説得力がありませんよ。
一般の国民はもうあなた方の知的誠実さの無さにうんざりしてます。



411 :日本@名無史さん:2001/02/20(火) 23:59
紅卍会と崇善堂の性格の違いについて、パンピーのジャッジにも
もっと確信の持てる解説きぼん


412 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 00:02
>>409
407では10万ていう具体的な数を示す根拠など上げていないが。

413 :404:2001/02/21(水) 00:10
>>410
慰安婦でも同じような「一般論」も成り立ちますが、
ここでは関係ないので言及しません。
「あなたに」信用されなくとも別に不利益はありません。

>>411
何が知りたいかわからないので、私にはこれ以上書きようが
ありませんが。
407も所詮素人なりに片手間に調べた上での見解です。

414 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 00:18
>「不明である」=「なかった!」
>などと言い出せば歴史上どれだけの事実がなかったことになってしまうのか

まあ、金は不明じゃ払えんがな。疑わしきは被告人の利益。

415 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 00:21
>そうすると、為政者に関わりある事柄が記録として残りやすい。
>このへんはわかります?歴史やる上の大前提。

残りやすかろうと、残りにくかろうと、残存している確実な記録
に頼るのが歴史やる上での大前提。それは単なる「思いこみ」

416 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 00:30
>グース
あんたのいう中国軍の兵力、死者数では説明出来ないものは
まだまだあるよ。
ラーベの日記の2月15日には、
下関(シャーカン)に紅卍字会が埋葬してない死体があと3万もある、
・・・それは、揚子江を渡れなかった最後の中国軍部隊が全滅したと
いうことだ。というように言ってるんだけど。
グース説の中国軍の死者1〜3万では下関にある死体だけでリミット
を越えちゃう(笑)
中国軍は下関だけで全員死んだのかい?(笑)

やっぱ中国軍はカウントされない雑兵が数万いたとみるのが自然!


417 :グース:2001/02/21(水) 00:39
>>407 引用
>史料に残りにくい性質の団体だということが思われない?
    ↑
これも「一つの見解」ではあるが「国際案全員会」の文書に
に残されなかった理由にはならないな。

安全委員会ラーベの日記は「日本軍による検閲」はされてない。
10万もの埋葬をした団体があれば「中国ひいき」のラーベの事
である。なんらかの記載はあってしかるべき。
現に「紅卍字会」の名前は「幾度も出ている」

遺体埋葬に日本軍の許可が必要だった根拠。
ラーベの日記によれば12/26日(南京の真実 P167)
「誰も死体に近寄ろうとしない。紅卍字会さえ手を出さない。
 中国兵の死体だからだ」
と、記載されている。

つまり「勝手な埋葬」はできなかった。
「勝手に埋葬」すれば何らかの「罰則」があった。
だから「紅卍字会」ですら手を出さなかった。

「ガソリン」について。
日本軍の徴発がなかったとするなら(笑)あっても不思議
ではない。(トラックもねん)
「史実」はどうだった?


418 :グース:2001/02/21(水) 00:52
>>416 引用
>紅卍字会が埋葬してない死体があと3万もある
  ↑
(笑)この証言持ち出していいの?
ラーベの日記(南京の真実)P306
「遺体の埋葬をした紅卍字会によりますと、1日200体
 以上は無理だったそうですが、私が南京を去った2/22
 は3万の死体が埋葬できないまま下関に放置されていた
 と い い ま す」
   〜〜〜〜〜〜〜〜
「まずラーベは3万の死体を確認してはいない」
つまりは「伝聞」噂話ていどのことねん。

第2にわしの主張は「戦死2〜3万」「捕虜殺害1〜2万」
だから「紅卍字会」の埋葬記録との矛盾はない。

それより「1日200体の埋葬が無理」ってとこに
「なかった派」は注目してるんだけど(笑)

419 :グース:2001/02/21(水) 01:07
>>416
一応補足しとくか。
下関での「紅卍字会」の埋葬記録は「約1万」
「船がなくて河を渡れなかった」部隊が全滅したところ
 が下関なのねん。

つまり「死体3万」はちょっとおおげさだが「1万」
もの死体があった。数えなきゃ判断できないぐらい
死体がころがっていた。
実際埋葬したら「1万」だったということ。

>>416 引用
>グース
>あんたのいう中国軍の兵力、死者数では説明出来ない
>ものはまだまだあるよ
    ↑
わしの知る限り「同時代に記載された資料」との
矛盾はほとんどないよ(笑)
むしろ「虐殺があった」という主張のほうが多く
の矛盾を抱えてるんですけど(w


420 :404:2001/02/21(水) 01:35
私はしばらくここへ来れないかも知れないので今のうち書いておきます。

>>415
>残りやすかろうと、残りにくかろうと、残存している確実な記録
>に頼るのが歴史やる上での大前提。それは単なる「思いこみ」

「残存している確実な記録」て何ですか?
少なくとも崇善堂が活動したということを示す史料はありますよ。
「大前提」はきちんと踏まえられていますが。

>グース氏
>安全委員会ラーベの日記は「日本軍による検閲」はされてない。
>10万もの埋葬をした団体があれば「中国ひいき」のラーベの事
>である。なんらかの記載はあってしかるべき。
>現に「紅卍字会」の名前は「幾度も出ている」

「中国ひいき」なので慈善団体は全て書かれてしかるべきですか。
そもそもラーベの上申書や日記は彼が体験した範囲内でのことを述べている
ものです。南京でおこったことの全てが記録されているわけではありません。
先に見解を書きましたが、それは国際安全委員会が「認識できなかった」
ことも視野に入れての見解ですよ。

先ほども書きましたが「不明である=なかった!」などと言えません。
ですので、活動したことを示す史料を全て偽物だと否定できる根拠がなければ
「活動を行っていない」とする根拠は示されていないことになります。
崇善堂の埋葬記録の「数値」を正確で疑いようもないなどと井上氏だって
言ってはいないのです。
言ってもいないことに対して疑義を唱えることはおかしいですね。

>「誰も死体に近寄ろうとしない。紅卍字会さえ手を出さない。
> 中国兵の死体だからだ」

「中国兵の死体だから」と書いてあるではありませんか。
そうでなければ死体に近寄ったし紅卍字会も手を出したということを示しています。

しかもその部分だけ読めば慈善団体が埋葬したのは「中国兵の死体ではない」
「中国兵の死体は埋葬しにくかった」という証左にも成り得てしまう!

>「史実」はどうだった?
教えて下さいよ。ガソリンがどうこう言い出したのはそちらです。
少なくとも車の修理部品については、崇善堂が南京市自治委員会とやりとりをした
書簡があるようですね。


421 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 01:40
>下関での「紅卍字会」の埋葬記録は「約1万」
「船がなくて河を渡れなかった」部隊が全滅したところ
 が下関なのねん。
>つまり「死体3万」はちょっとおおげさだが「1万」
もの死体があった。数えなきゃ判断できないぐらい
死体がころがっていた。
実際埋葬したら「1万」だったということ。

日本軍も揚子江にかなりの死体を流していたでしょう。?
卍字会の埋葬数が全てじゃないでしょう。
それに正確に卍字会の下関だけの埋葬記録を数えると1万6千です。

>「まずラーベは3万の死体を確認してはいない」

なら、ラーベが戦闘で死んだという判断もいいかげんだね(w
不法殺害の死体の可能性も高いわけね。




422 :とりあえず:2001/02/21(水) 01:52
全く無かったという説も@`5週間で30万人を殺害(中国の教科書)説
も説得力が無い.

423 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 01:54
>グース
「紅卍字会」の記録なら信用するというなら
例えばラーベの2月7日の日記には
針金で手を縛られ機関銃で撃たれた民間人の死体が(124体)
沼から引き上げられた場所に紅卍字会の使用人に案内
されて行った(ラーベが)話とか、酷い話が出てくるが
それも認めるということだな!?
卍字会の埋葬記録は正しいが、日本軍の蛮行の具体的話
になると嘘だというのはご都合主義だぞ。

424 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 02:02
酷い蛮行があったから@`中国の主張を鵜呑みにするべきだ@`というのは感情論。


425 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 02:07
行った。
人物と
〜の場所だと説明をした。
人物は別だな。


426 :グース:2001/02/21(水) 02:09
>>420 激しく引用
>少なくとも崇善堂が活動したということを示す史料はありますよ

少なくとも「1938年」に確実に記載された資料はない(w

>国際安全委員会が「認識できなかった」
    ↑
死体の処遇については「案全員会」も困ってた。
当然「日本軍」にも相談している。
「4万」の埋葬をした「紅卍字会」の認識はできて
「10万以上」という倍の規模の「大埋葬」を認識
できなかったとは「おかしい」(笑)

>慈善団体が埋葬したのは「中国兵の死体ではない」
 ほうほう11万の埋葬が「市民」という見解か?(笑)
 どうやって「市民と軍人」を分別したの?
 日本軍は「分別を許可」したのかなぁ?

>教えて下さいよ。ガソリンがどうこう言い出したのはそちらです
    ↑
「トラック」や「ガソリン」は重要な戦略物資なので優先的に
徴用された(まぁ常識だが)
ガソリンの例で言うと「紅卍字会」1938/4/4
「いまや、だんだん暖かくなりつつあり、街の内外に死体が
 なお多い。ガソリンは尽き死体の運搬は停止〜略」
これは自治委員会宛の書簡だ。(南京事件資料集2 P273)

つまり「4万程度」の埋葬をしていた「紅卍字会」でさえ
「ガソリン」は不足していたということ。
「10万以上」も埋葬した「崇善堂」ならなおさら不足していた。

>「不明である=なかった!」などと言えません。
   ↑
困った「レトリック」だのう(笑)
「不明である」なら「あった」とはなおさら言えないよねぇ?



427 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 02:11
>グース
前に読んだが、埋葬初期には日本軍が南京を直接統治していて
埋葬団体を紅卍字会一つに定めていたことは確か。
ただし、卍字会から旗や腕章を借りることで、卍字会以外の
団体も埋葬活動が可能だったそうだ。
崇善堂をラーベが知らないのも、崇善堂が紅卍字会の旗や腕章を
借りて埋葬活動をしていたからと思われる。ラーベは2月に去る。

ところが4月には、日本軍が新作戦のため、南京を去り、代わりに
傀儡の南京自治委員会が統治するようになり、日本軍直接統治時より
埋葬活動がし易くなった。
それが、崇善堂が4月から城外で自主的に埋葬活動を行えるように
なった真相だよ。村の農民が大勢協力したのなら11万も可能で
しょう。


428 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 02:17
>グース
トラックがなけりゃ埋葬活動が出来ないと、枠をはめるのは
おかしいぞ!
NHKスペシャルの卍字会の埋葬風景もトラックなんて使って
ないし、天秤棒を二人で担いで運んでるじゃんか。
決めつけはいかんよ(w

429 :グース:2001/02/21(水) 02:20
>>421 引用
>不法殺害の死体の可能性も高いわけね。
  ↑
ラーベの判断も含め「死体」の数だけでは「死因」
の判断つかないから、処刑された捕虜の可能性も
当然ありうる。
 >>421 引用
>日本軍も揚子江にかなりの死体を流していたでしょう。?
>卍字会の埋葬数が全てじゃないでしょう。
   ↑
日本軍が揚子江に死体を流したかどうかは「わからん」
ただ流したとしても万単位ではないだろう。
理由は「手間がかかる」から。

当時、確実に埋葬を行った記録があるのは「紅卍字会」
のみ。日本、中国、外国人という「当時の南京」に存在した
すべての勢力が認知していた。

430 :グース:2001/02/21(水) 02:21
>>423



431 :グース:2001/02/21(水) 02:25
>>423 引用
>卍字会の埋葬記録は正しいが、日本軍の蛮行の具体的話
>になると嘘だというのはご都合主義だぞ。
  ↑
これは「その通り」
ただし「検証」は行うべきだな。ラーベ自身が目撃談
したことと「伝聞」は分けて考えるべき。
「ラーベ日記」の検証で「本1冊」かける量になるが(w

432 :グース:2001/02/21(水) 02:29
>>428 引用
>トラックがなけりゃ埋葬活動が出来ないと、枠をはめるのは
   ↑
4万埋葬の「紅卍字会」はトラックを使用していた。
10万埋葬がすべて「手作業」であるなら「トラック」
は必要ないな(w

ただし「人員はかなり必要」になるだろう。
それだけ「外国人」や「日本軍」に認知される機会
は増えるわけだが(笑)


433 :グース:2001/02/21(水) 02:44
>>427 引用
>ただし、卍字会から旗や腕章を借りることで、卍字会以外の
>団体も埋葬活動が可能だったそうだ。
   ↑
ナイスや! ただし「結論」は違うがな。
「紅卍字会」の腕章を借りて「いくつかの団体」が
埋葬を手伝ったのは「事実」だろうと思う。
崇善堂もそのなかに「いたかも」しれない(笑)

だからこそ「紅卍字会」の記録が正しい。

わしはそう考える。
じつは紅卍字会の「埋葬記録」を考えると
「他の団体」の手を借りたと考えるのが自然なのだ。

434 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 02:47
>グース
スマイスは抽出調査により2万以上の民間人の犠牲をあげたわけだが
スマイスは戦前と戦後の近郊県の人口推移も調べていて
戦前は120万程であったのが戦後は75万程にとどまっている
(避難したなら戻るはずだが戻らない)ことも明らかにしている
わけ。
そうすると、先の抽出調査結果が全てではないとみるのが自然。
やはり、45万の内10万以上が殺害されたという推測が
なされる理由の一つ。

ただ、どんな史料を使っても、100%正確な数字は出ない以上
小虐殺説も推論でしかないわけだ。
推論対推論の争いが南京論争の本質。

たとえ少数虐殺でも中虐殺で落ち着いても、許される問題では
ないだろう。
田原総一朗は秦説に説得力を感じるそうだが、大虐殺の事実は
変わらないと述べている。


435 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 02:53
正当化できるとは思はないがホロコースト@`ナチス犯罪と同列に論じようとするのはおかしい.
極めて悪質な戦争犯罪といった方が妥当。

436 :グース:2001/02/21(水) 03:02
>>434
わしはこの板で「政治的」な話はしない。

事実として「どの程度の事件」だったかを検証している。
>>434 引用
>(避難したなら戻るはずだが戻らない)
かなり上のレスで「中国軍」の補充の話をした。
もどらない「男」は中国軍に徴用されたと考えるの
が自然なのねん。

>>434 引用
>推論対推論の争いが南京論争の本質。
   ↑
これはあきらかに「違う」(笑)
同時代の資料を見る限り5万を超える虐殺は不可能。
ここまでのレスを見れば明白だが「虐殺があった」とする
には「記録に無い」ものを含めないと不可能ということ。

南京の人口20万、南京軍約10万。埋葬記録約4万。
これが「1937〜1938」に書かれた記録。

「想像で人口40万」「想像で南京軍15万」
同時代に記録のない「埋葬15万」
想像と捏造された「歴史」を押し付けられるのは
「かなり嫌」なのねん。
   

437 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 03:03
>429
>ラーベの判断も含め「死体」の数だけでは「死因」
の判断つかないから、処刑された捕虜の可能性も
当然ありうる。

ちなみに小林よしのりは、これについて、ラーベが「戦死」
とみていることをもって、「日本軍の不法殺害など無かった。
通常の戦闘行為による死者である証拠」というふうに
鬼の首を取ったように何度も取り上げていたのには笑った。


438 :グース:2001/02/21(水) 03:08
大体において「南京城」で虐殺ってはなしが
「農村部」にまで及ぶのはおかしいと思わない?

日本軍が占領した都市は南京だけじゃないよ。
日本軍が戦争したのは南京だけじゃないよ。

このままだと「中国本土」全てで「虐殺」したこと
になるねん(笑)
また、そう思いたい日本人も多いらしいがな・・・
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

439 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 03:55
>436
>もどらない「男」は中国軍に徴用されたと考えるの
が自然なのねん。

それも当然あるだろうが、45万の人口減は徴用だけ
では説明出来んよ(笑)

>同時代の資料を見る限り5万を超える虐殺は不可能。

グースは秦に近い説なんだな?では自由主義史観関係者
は「全く無かった」説だから、反論するのかね?(笑)

肯定派は必ずしも当時の史料だけで判断しているとは
言ってないし、史料の裏側を推論を交えて考察している
ことも認めてるよ。特に、近郊県の民間人の犠牲者や
雑兵の徴用数を調べるのは大変難しい。
でも、東京裁判だって、数は一応算定したものの、
20数万も殺した軍の指揮官だから死刑とはしてないのよ。
「人道に対する罪」の責任者だからという理由なんだよね。
もし東京裁判が5万以下の数を認定してたとしても
指揮官はやはり死刑になったでしょう。
それは、数の多い少ないで裁いているわけじゃないから。
それだから、肯定派は基本的に「数の問題ではない」と
言ってる人物が殆どです。
だからこそ数の算定は推論も交えて行うということです。
(史料の盲点を推論で補う)

否定派だって偕行社が虐殺の事実を1万5〜6千名認める
前までは、数論争はしてなくて、「有ったか無かったか」
の二者択一の論争に終始していた。
偕行社の認定から、数論争にシフトしてきた純然たる事実
がある。(笑)
それが分かってるから、肯定派は否定派がどんなにセコイ
論争を挑んできても余裕でいられる。




440 :世界@名無史さん:2001/02/21(水) 04:11
>それだから、肯定派は基本的に「数の問題ではない」と
>言ってる人物が殆どです。

そんなこと言っている人間で「30万人という数に拘泥する中国政府は
おかしい」と主張する人間がいないのはなぜ?(笑)

441 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 04:15
>グース
>大体において「南京城」で虐殺ってはなしが
「農村部」にまで及ぶのはおかしいと思わない?

あのさ、日本における南京論争の原点って何かを
考えれば、それは本多勝一の「南京への道」でしょ。
本多は南京大虐殺というものを、上海派遣軍の抗州湾
上陸から南京攻略までの連続的な流れ、という観点で
書いてます。
つまり論争の原点(肯定派の主張の原点)は広義も広義
な本多の南京大虐殺論から巻き起こったんだよ。
それを否定派が「城内で虐殺が有ったか無かったか」論に
スリカエたんだよ。
本多は今でも自分の原点を捨ててないから、それで言ったら
(抗州湾上陸以降なら)50万以上と言うよ。
ただ狭義の範囲では中国の論調と一緒だよ。

442 :世界@名無史さん:2001/02/21(水) 04:21
>あのさ、日本における南京論争の原点って何かを
>考えれば、それは本多勝一の「南京への道」でしょ。

あの本の初版を今読むと笑える。
当時は文化大革命の真っ最中だったので証言者がことごとく文革を褒め称え
「毛沢東同士のおかげで・・・」云々と言っている。
もちろん、本多勝一お得意の「改竄」により、今ではそういう証言の信憑性
を疑われるような部分はカットされている(笑)

443 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 04:34
>440
>そんなこと言っている人間で「30万人という数に拘泥する中国政府は
おかしい」と主張する人間がいないのはなぜ?(笑)

中国が30万を言い始めたのは別に論争をスリカエるとかの
目的があったからじゃない。東京裁判の20数万から導き出した
のが30万という数。論争以前からある説明の事柄。
一方日本の否定派は数論争へのスリカエで相手を負かし、
「無かった」に持って行こうという明確な意図を持っているので、
それには防衛のため戦うよ(本意ではないが)ということ。




444 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 04:39
>442
内容がイデオロギーがかっているか否かはそんな問題じゃない。
南京論争のはじめの頃が、城内だけの虐殺論だったのかと
いうと、それは違うということがこのスレでは大事な部分。

445 :>443:2001/02/21(水) 04:41
>中国が30万を言い始めたのは別に論争をスリカエるとかの目的があったからじゃない。

そりゃそうだ。中国は論争そのものを否定してるんだから。無意味な発言だね。

>一方日本の否定派は数論争へのスリカエで相手を負かし、
>「無かった」に持って行こうという明確な意図を持っている。

「無かった」派というので「民間人は死ななかった」とか「捕虜の処刑
はいっさい無かった」とか真面目に言ってる人間なんているの?
そりゃまあゼロではないよね。

>それには防衛のため戦うよ(本意ではないが)ということ。

何を「防衛」するの?「30万人説」?

446 :>444:2001/02/21(水) 04:45
>南京論争のはじめの頃が、城内だけの虐殺論だったのかと
>いうと、それは違う

中国政府は「場内だけの虐殺論」だよ。それとも「はじめの頃」は違うの?
なぜ中国政府より本多勝一ごときの主張を先に論じる必要があるの?

447 :名無しさん@1周年:2001/02/21(水) 04:46

     川端川三三
   彡川川川三三三ミ〜
   川|川/  \|〜 プゥ〜ン    ________________
  ‖|‖ 、 ---@` |〜 ルーシー〜  /
  川川‖    3  ヽ〜     < チョンに生まれてきちまったぁ〜!
  端川   \ д   /〜       \____
  薫川    | 0 | く選挙いきてぇ〜オラ〜
  盗川‖ クサ〜 /
 川聴川川\__/‖
奇化端/       \__
  /| キ|  差サ   __ ニンニク
SM| |ム |   別ヨ 新井
朝 / |チ |_ ロリ 三国人
鮮| \__⊃ 自称アズマ
ウリナリマンセ〜マンセ〜マンセ〜マンセ〜


448 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 04:57
>そりゃまあゼロではないよね。
藤岡とかね。。。油断するわけにはいかないよ。

>何を「防衛」するの?「30万人説」?

べつに30万人説を守るのが真の目的ではない。
否定派が30万人説を崩すことで、南京では大虐殺は
無かった。ということ皮切りに、大東亜戦争肯定論など
を勢いづかせようという意図が見えるから。
歴史修正主義者から現状を防衛するため。

449 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 05:08
>448
歴史って、修正が有っちゃいけないの?
たとえ過去の出来事でも、検証によって
見方が変化したりする物じゃないの?
なんだか、あなたの意図の方がキモイよ。

450 :>448:2001/02/21(水) 05:08
そりゃかえってマイナスだ。
そもそも「大東亜戦争肯定論」と「南京虐殺否定論」はイコールでも
表裏でもない。全く無関係な話だ。
にも関わらず両者を並べて論じるから、中国政府の「30万人説」まで
結果として肯定せねばならなくなるんだ。
(繰り返すが残虐行為がゼロとは言わない。ただ特別多かったとも思わない)
「大東亜戦争肯定論も認めないが、同じように中国政府の虐殺主張も認めない」
という是々非々の態度をとらないと墓穴を掘るよ。

451 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 05:14
>中国政府は「場内だけの虐殺論」だよ。それとも「はじめの頃」は違うの?
なぜ中国政府より本多勝一ごときの主張を先に論じる必要があるの?

中国では個人的には「城内で30万」なんてのもいるのは確か。
でも学会は狭義の範囲が南京行政区内。政府は学会に従っている。

本多の本を議論するとかじゃなく、本多のいう「広義の範囲」も
有りだっていうこと。肯定派が近年、急に「範囲の拡大」を行った
という否定派の意見にたいして、反論する意味で本多の本を揚げた
のです。



452 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 05:16
>>448
キモイんだよ。
中国とか北朝鮮とかのお前の好きな共産主義国家にいっちまえ(藁)

453 :>439:2001/02/21(水) 05:20
>肯定派は基本的に「数の問題ではない」と
>言ってる人物が殆どです。

ならば1万や3万に反論するのはおかしい。
肯定は議論すると負けるから問題をすりかえてるだけ。

454 :>448:2001/02/21(水) 05:28
城内での虐殺はほんの少しで、大多数がその他農村での虐殺なら埋葬記録はやっぱり捏造だな(藁

455 ::2001/02/21(水) 05:37
またレベルが下がってきたようだ(藁

456 :日本@名無史さん :2001/02/21(水) 05:42
東京裁判の認定は城外も含めて軍民20数万だけど
南京行政区全域は入ってない。
中国では全域まで入れてる。それが東京裁判との
差でしょう。

457 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 05:43
修正主義者、修正主義者うるさいやつは歴史は時代によって
見直されちゃいけないと思ってるのかな?

458 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 06:13
>>451
中国国定教科書は南京占領後@`5週間で30万人を虐殺したとかいてある。

459 :>457:2001/02/21(水) 06:37
いけません。石器を自分で埋めて捏造しても
一度決定したら変えてはいけません

460 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 06:40
歴史に修正不要だったら歴史学者って何のためにいるんだろう・・・

それに修正って「正しく修める」という意味だから、元が間違ってると
自分たちで認めてるようなもんだな(笑)

461 :>448:2001/02/21(水) 09:00
>歴史修正主義者から現状を防衛するため。

「米英の帝国主義から日本を防衛するため」
「米帝国主義から社会主義革命を防衛するため」
「修正主義から以下同文」
同じだね(笑)

462 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 12:50
>>448
要するにそちらさんの考えは昔
「社会主義の問題点を挙げるのは資本主義を利することになる」
と言って問題に目をつぶっていた「進歩的文化人」の焼き直しなわけだね。

463 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 18:07
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  \__ ||     .|  |    "''=='''           @`/;;i: .@`@`;;;i||i@`   /     |  ヽ@`@`  @`@`@`/
    〒     .|  |   i ; .@`             /'' .;i|||l;;;;/.|i- /'  イ   /    ~"~
     ||      .|  |    ' ''           i|:::::l|||l':;;/ il= /|  ./'|  /
    l||      |  |               @`;:  iI;;:::::::;;;'' '' / |  | |  /
    .|.|      .|   |                 ':@`@` ''''''''  /  | i. |└ゞ
    |.| @`..==--==:ii@`@`@` .|    ∪      __       "'''=  /'    | | |
   |;;:=''       "'':;|@`         "'     i i   ./     | | |       え?
   .|;'          ''|@`                   /'     | | |
   |        U   '@`@`@`               _/      | | |           なになに?
  |'             '||ii'=-;@`@`__       @`@`@`@`。=''~        l | |
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464 :日本@名無史さん:2001/02/21(水) 18:15
またも「歴史修正主義」の意味をすりかえる連中が現れているな。
どっから来たんだかねえ。

465 :グース:2001/02/22(木) 01:06
>>439 引用
>45万の人口減は徴用だけでは説明出来んよ(笑)

これも「あやしい」な。近郊県で人口が減少したのは
「日本軍」の責任ではなく「他ならぬ中国軍」が
焼き払ったから。住むとこがなくては戻れないし
第一、スマイス調査は3月までの数字。
「調査後戻った分もある」と考えるのが自然では?

そのなかでも「中国軍による徴用」を言い出したのは
「虐殺派」だったのだが(w

結論 人口減少分をもって「虐殺の証拠」とは言えない。
なぜなら「他の地区」では避難民により人口が増加してる
かもしれないから。

466 :グース:2001/02/22(木) 01:25
>>439 引用
>グースは秦に近い説なんだな?では自由主義史観関係者
>は「全く無かった」説だから、反論するのかね?(笑)
     ↑
「秦教授」の説(約4万)とわしの見立て(約3万)説
「数が近い」のは確かだが結論に至るプロセスは違う。
っていうか「当時確実に存在した資料」をもとに計算すると
3〜4万にしかならないということ。
(捕虜処刑は全て違法とみなした場合)

「虐殺0人説」は見たことがないので不明。
ただし「同じ資料」を使っても結論が異なる場合はある。
便衣兵の解釈の問題や「合法的な処刑」についての
見解の相違が原因。これは「わしのでる幕ではない」

「証言による南京戦史」の中では二つの結論が出た。
「畝本氏」(元防衛大学教授)の説は「3000〜6000」だが
「板倉氏」は1〜2万としていた。
個人的には「畝元氏」の3000人が下限だと思う。

467 :グース:2001/02/22(木) 01:37
>>439 引用
>肯定派は必ずしも当時の史料だけで判断しているとは
>言ってないし、史料の裏側を推論を交えて考察
  ↑
完全に「レトリック」(笑)
虐殺派が「当時の資料」を無視してるのは事実だな(w
なんせ「国際委員会の公文書」も「台湾の公刊戦史」も
さしたる根拠もなく「無視」して「裏づけのない推論」
で「虐殺があった」としている。

「虐殺しましたぁぁ」っていう「捏造証言」は
「がんがん採用」して教科書にすら掲載してしまう(笑)

「自分に都合の悪い資料」を見なかったことにするのは
「虐殺派」の得意技なのねん(笑)

>史料の裏側を推論を交えて考察
   ↑
ここが特に問題(笑)
当時存在した資料では「10万以上の虐殺」が証明でき
ないから「推論」が必要なんだよなぁ。
「語るに落ちたね」(w

468 :グース:2001/02/22(木) 01:50
>>439
>「人道に対する罪」の責任者だからという理由

「おいおい」数万の民間人虐殺っていう「主張が通った」から
「松井大将」は死刑になった。「1〜2万の捕虜殺害」なら
「死刑」にはならなかった。っていうか「東京裁判」のこと
よく知らんやろ?
>>439 引用
>肯定派は基本的に「数の問題ではない」と
>言ってる人物が殆どです。
   ↑
これは真っ赤な「ウソ」(笑)
具体的に名前出してみそ(笑)
みんな「南京城」とその周辺で最低10万以上の虐殺があった
って書いてるぞい(笑)
「虐殺派」で「インチキ15万埋葬説」を否定してる奴は
いないやろ? 「嘘ついたらあかんよ」
「数に一番こだわってるのは(虐殺派)」

469 :グース:2001/02/22(木) 02:19
虐殺派(肯定派)の論理展開。

南京城とその周辺で「民間人10万以上」「捕虜8万」
と主張。その際「わかっているだけでも」と付け加える
のが特徴。つまり(本当はもっと多いけど)という印象操作。
そして「中国は30万と言ってる」と追加(笑)
  ↓
「南京の人口30〜40万説」と「南京軍15万説」が
「根拠のないこと」が指摘され「虐殺10万以上」が崩れる。
つまり「南京城とその周辺での虐殺」は1〜3万程度ということ。
  ↓
すると「範囲」を広げ「虐殺は行政区全体であった」
といい始める。もちろん虐殺の「根拠はしめさない」
出たくるのは「怪しげな証言」のみ(笑)
この時点で「南京城」周辺のことは「忘れてる」らしい。
  ↓
「で、南京城はどないやねん!」と、突っ込まれる(笑)
  ↓
「数の問題ではない。たとえ一人でも虐殺」と逃げる。
  ↓
>肯定派は基本的に「数の問題ではない」と
>言ってる人物が殆どです。
>だからこそ数の算定は推論も交えて行うということです。
>(史料の盲点を推論で補う)
  ↓
これは「数の議論」をすると「3万」ぐらいになっちゃうから
「なるべく止めといて」「資料を捏造」してなんとか「20万」
ぐらいにしちゃおうか(肯定派の脳内)
  ↓
>>441 引用
>それを否定派が「城内で虐殺が有ったか無かったか」論に
スリカエたんだよ。
  ↓
すっかり「南京城」その周辺で10万以上虐殺があった
という主張を「忘れてる」のは都合がよすぎ(笑)
15万埋葬説も「信じてはいない」らしい(笑)
  ↓
>>443 引用
>日本の否定派は数論争へのスリカエで相手を負かし
  ↓
中国が言うような「虐殺がなかった」ことは理解したらしい。

結論 中国の主張する「南京大虐殺はなかった」
   中国は「南京城とその周辺だけでも」虐殺20万
   としている。

470 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 08:28
グース
うぜーage

471 :名無しさん@1周年:2001/02/22(木) 11:58
サヨクがいいたいのは修正じゃなくて改竄だろ。
サヨクの偉い人は正しい日本語も出来ないんだね。

472 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 13:10
>>471
「修正主義」てなんでそういうのか知らんの?
単なる和訳なのに。

473 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 13:53
パンピージャッジ:ここまではグースの勝ち

474 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 15:09
>>473
「勝つ」つもりでやってる側はその点では有利だよねえ。

475 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 15:18
>>474
じゃ、グースの方が、「説得力」があった。

476 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 20:40
  彡川川川三三三ミ〜
   川|川/  \|〜 プゥ〜ン
  ‖|‖ ◎---◎|〜        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  川川‖    3  ヽ〜      <俺がグースだよ
  川川   ∴)д(∴)〜       \________
  川川      〜 /〜 カタカタカタ
  川川‖    〜 /‖ _____
 川川川川___/‖  |  | ̄ ̄\ \
   /       \__|  |    | ̄ ̄|
  /  \___      |  |    |__|
  | \      |つ   |__|__/ /
  /     ̄ ̄  | ̄ ̄ ̄ ̄|  〔 ̄ ̄〕
 |       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


477 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 22:35
困ったときのAA頼み

478 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 23:21
「パンピーから見て」とか言って、自分が中立だと思ってる人が一番ウザイ

479 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 23:25
「あなた」はサヨ、ウヨ、中立、左翼、右翼のいずれに属する
と「自分で」思ってんの?

480 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 23:28
>>479
なんでそんなこと関係あんの?
そもそも全く中立の立場だなんてあると思ってるの?


481 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 23:55
>>479
わりかし左です。でもグースさんは好きです。
長文コピペばかりのウヨ(サヨ)厨房さんとは違って、自分の説を開陳しているので
説得力があるし、知的好奇心の観点からも有益に感じます。
(自分自身が勉強不足なので是非については断じられませんが)
あと南京虐殺と日本の戦争責任とごっちゃにして論じてた人はなんか違うと
思いました。あくまで個別の事象として論じるべきですよね。

482 :日本@名無史さん:2001/02/22(木) 23:59
グースよ、それだけ数論争に自信があるなら、国際司法裁判所など
に東京裁判判決を取り消し、日本の名誉回復をする試みをなぜ、右派や
否定派はしないんだ!?

・・そういう外国に対するアプローチが全然無いところが、むなしい
し嗤えるところよ。肯定派に足元見られてるよ。
まず、東京裁判の名誉回復をやってみ!(藁

483 :>グース氏:2001/02/23(金) 00:07
>少なくとも「1938年」に確実に記載された資料はない(w
だから南京市自治委員会とやりとりした書簡等があるではないか。

そもそも君は崇善堂の存在自体を云々言ってたの、忘れたの?

誰も崇善堂が10万以上埋葬したという数を絶対的に正しい物だなどと言ってない。
そのへんは井上氏の論を読み、さらにここで説明もされた君ならわかることだろうに。

それから、一つ一つの論を切り離して考えないでね。
車を使った活動もしていたし、人足を使う活動もしていた。
日本軍の許可が必要な時期もあったし、そうでない時期もあった。
君が紅卍字会以外の活動を否定するなら、全てを併せ、まとめた上で
否定しなければならないはずですが?

記録として
>南京の人口20万、南京軍約10万。埋葬記録約4万。
ならば、陣中日記等日本側の記録はどうするの?
そこには農村部での行為も

484 :483続き:2001/02/23(金) 00:10
そこには農村部での行為も書かれているよ。と書こうとしました。

それから、歴史修正主義について。
言い出したのが誰だかしらんから詳しく知らないから書きませんが
欧米では「ガス室は嘘だった」「ヒトラーがユダヤ人殺害を支持した
わけではない」等々を主張するネオナチがrevisionist(修正主義)と言われて
いたから。方法論が似ている人達に対して同じ称号を使っているだけでしょう。
歴史に修正があっちゃいけないの?とかそういう次元の話ではありません。

485 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 00:43
>まず、東京裁判の名誉回復をやってみ!(藁)

それは中国に「アヘン戦争を不当というなら南京条約の無効を訴えろ!」と言う
のと同様の無理難題。


486 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 00:50
http://www.bekkoame.ne.jp/~ymasaki/kanso.htm

南京大虐殺なんて信じてるのはこう言うヤツラだけだ↑
思考能力のないヤツラがプロパガンダ教育を受けると
こうなるのだ。覚えとけ

487 :日本@名無史さん :2001/02/23(金) 00:53
崇善堂は3月までは日本軍が指定埋葬団体を紅卍字会だけに
指定してた関係で、卍字会の旗、腕章を付けて活動していた。

4月になると、日本軍がいなくなり、南京自治委員会が統治
を開始し、それまでの不効率な埋葬作業を改め、作業を早める
ため、あらゆる埋葬団体の自主的活動を許可した。
それにより崇善堂は卍字会の旗、腕章を付けずとも自由に活動
することが出来るようになった。その結果、崇善堂の正隊員の
ほかに、村人(農民)人夫を大量動員して、11万の城外での埋葬
を実現した。

488 : :2001/02/23(金) 01:29
>まず、東京裁判の名誉回復をやってみ!(藁

東京裁判って仮に間違いだと分かっても反故にできないって条約をむすんでんだよね


489 :グース:2001/02/23(金) 02:51
さて、どこからいこうかなっと(w
>>476 なかなか味わい深いAAだな(笑)

>>483
>だから南京市自治委員会とやりとりした書簡等があるではないか。
>そもそも君は崇善堂の存在自体を云々言ってたの、忘れたの?

まず「崇善堂」は公的に登録された「慈善団体」ではない。
と、いうこと。「10万も埋葬」した割りには
「日本、外国人、中国(1938当時)」に崇善堂が「埋葬に参加」
した記録がないということである。

確かに「崇善堂って存在したの?」というわしの表現は
正確ではなかったな。正しくは「崇善堂って埋葬に参加したの?」
と、いうことだ。

だが「崇善堂」が存在したからといって「10万を埋葬」した
証拠にはならない。ということは理解できるよね?

南京自治委員会とのやりとりの書簡って「1938年の日付」
ではあるが「1938年に作成されたものではない」よ(笑)
ちなみに「井上久士」はそのことを知ってるはず。

だから「君たちは騙されてる」っていったのねん(w



490 :グース:2001/02/23(金) 03:29
>>483 引用
>ならば、陣中日記等日本側の記録はどうするの?
    ↑
ここが重要な「ポイント」やねん(笑)

まず「戦闘詳報」と「陣中日記」は分けて考えてね(笑)
虐殺派(肯定派)が「勘違い」してるとこなんだけど

@「虐殺しましたぁあ!」「レイプもしましたぁぁ!」
っていう「日記」はむしろ少数なのねん。

@「虐殺はなかった。南京はそれなりに平和だった」(笑)
このような「なかった」という日記が大多数ってこと。

笠原十九司とか「虐殺派」の本ばっかり読んでると
「現場の兵士」はみんな虐殺を認めてるように思えるけど
現実は「虐殺はなかった」という証言が多いのねん。

2番目に「陣中日記」とは何か?
ようは「個人の日記」なのねん(笑)だから「公的記録」
とは呼べないし「いつ作成された」のか「わからない」
        ^^^^^^^^
ものがあるってこと。
「戦後になって」偽造された物もあるから「資料価値は低い」
少なくとも検証はしなければならない。

「曽根一夫」は「有名な懺悔屋」で
「虐殺しましたぁぁ、ごめんなさい」っていう「体験記」
を何冊も出版して「陣中日記」も発表したが「全部虚構」
だったことが判明している。つまり「嘘」ついたのねん。

あと有名なのは、「東日記」ってのがある。
これは「歴史の教科書」にも引用された「インチキ日記」
ちなみに、著者である「東史郎」は「南京のプラトーン」
という「大嘘の手記」を発表したが、当時の上官に訴えられ
「最高裁」まで戦ったが(笑)敗訴が確定した。

わしはこの一例をもって「南京虐殺はなかった」とか
「最高裁は常に正しい」などと言うつもりは無い。
ただ「個人の日記」は検証しなければ「価値は」無い。
これは言えると思う。

結論 「嘘つきが多いので」陣中日記のみで「南京大虐殺」
    が「あった」とはいえない。

491 :グース:2001/02/23(金) 04:52
>>487 引用
>その結果、崇善堂の正隊員の ほかに、村人(農民)人夫を
>大量動員して、11万の城外での埋葬 を実現した。

「これは推論」なのねん(笑)根拠ないやろ?
農民や村民を大量動員するのはいいけど「お金」は誰が出したの?
自治委員会(傀儡政府)の資料に残ってないのよ。
だからこそ「虚構」といわれるのねん(w

1938/4/13大阪朝日新聞によると
紅卍字会、南京自治政府、日本山妙法寺の3団体が約11000円の
経費で城内外の遺棄死体32104体を埋葬し「のべ5〜6万」の
苦力(労働者)が従事した。(井上氏も認めてる記事)

ここでも「10万体埋葬中」の「崇善堂」は出てこない(笑)
少なくとも「紅卍字会」の「2〜3倍」の規模でないと
「30日で11万体埋葬」は無理なはずでは?

ちなみに「当時安全区に残留した外国人」の記録
     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ミニーボートリン」の日記ってのがある。
4/2 紅卍会だけで〜略〜32104体の死体を埋葬し〜
4/6 200人の人間が紅卍字会の死体埋葬作業に雇われ〜略
  農村地域においてはまだ死体が埋葬されない〜
4/15 紅卍会の本部を訪ねると〜彼らは以下のデーター略

などと4月に入っても「崇善堂」の存在には触れていない。
彼女は「死体の処理」を心配していた。何度か「紅卍字会」
に出向いているほどにね。

また「紅卍字会」が「労働者」を雇っていることは聞いてる
が、「崇善堂」が人を雇ったという話は出ていない(w
この時期「崇善堂」は「紅卍字会」を遥かに凌ぐ(笑)活躍
をしていたのだろうが「11万埋葬中の崇善堂」の存在は
「風の便り」にも届いていないということだ。

また4月中旬までの埋葬において「民間人の死体が約1万」
(紅卍字会 談)と言うことである(軍服ではない死体)
これが「便衣兵」として処刑された人物とすれば(笑)
わしの「推計」と一致したりするのねん。

結論 「崇善堂」が「1938年当時埋葬に参加したという記録はない」

また「存在しなかった」という証明は「悪魔の証明」と言われ
理論上不可能であるが、1938年当時の記録を集め、そこに
「崇善堂」の活動がなかったことは「証明された」

結論2 「崇善堂」の埋葬活動したという「根拠」を示して
    もらいたい。でなければ「どうどう巡り」の議論
    にしかならない。

492 :グース:2001/02/23(金) 06:15
そして仮説を立ててみる。

ラーベの日記によれば、紅卍字会の埋葬力は「1日200体以下」
だったと言う事だ。一日200体×活動日数52日=10400体
「約1万」にしかならない。(活動日数は東京裁判資料による)
だが紅卍字会の記録は4万3千体である。

しかも「日本軍が埋葬許可」を出したのは1938/2/1とラーベ
は言っている。だが「紅卍字会」の明細では「12/22」から
埋葬をはじめたことになっている。

つまり「紅卍字会」の数字も「あやしい」ってことねん。

だが「日本、中国、外国人」の3者に記録が残ってるので
「とりあえず採用」しましょう。というのがわしの見解。
(3者に記録の無い崇善堂は論外ってこと)

ちなみに「紅卍字会」の埋葬隊の規模はというと
トラック5台、人員約600名(3月上旬 特務機関報告)
だったらしい。

その他証言を重ねるとこういう推論がなりたつ。
      ↓
@「埋葬を日本軍が正式に許可したのは2/1前後」
@「しかし12/22頃には一部城外での埋葬を(一部の軍人)
が自分の責任で認めた(黙認していた)ことはありえる」
      ↓
@「1日200体の埋葬は無理だった」というラーベの証言を
「紅卍字会」単独の力では「200体が限界」と解釈すれば
史実との矛盾もない。
      ↓
@つまり「紅卍字会」の埋葬記録4万3千体とは
当時南京にいた「複数の慈善団体」の協力で得られた
記録なのではないだろうか?

数万の埋葬っていうのはかなり大変な作業である。
これを「いくつかの団体」が勝手に(バラバラに)作業
したと判断するよりは「共同で作業」したと考えるのが
自然なのねん。

493 :グース:2001/02/23(金) 07:19
>>492 の検証作業。
「南京事件の日々」=ミニーボートリンの日記
1999/11/19初版 大月書店 2400円(笠原十九司 発掘)
これは当時の南京にいたアメリカ人
「金陵女子大学の実質責任者」であった「ミニー女史」
の日記である。この日記はわりと新しいので「まだ検証」は
されていないが「非常に参考になる」(w

@「ミニーの日記」によると1938/1/29 紅卍字会、会長と直接
話した情報として「同会は2000体を埋葬した」としている。
ところが2/2の日記では本部で聞いた話として
「南京占領以来、紅卍字会は1000を超える死体を棺に納めた」
と「数が減少した」報告を記載している(笑)
     ↓
悩んだ結果「1/29までに2000体を適当に埋葬」
それ以降「棺に入れて埋葬したのが1000体」
2/2までの合計で「約3000体」と解釈した(笑)
     ↓
ところが「東京裁判」に提出された「紅卍字会」の明細
によると2/2までに「8818体」埋葬したことになってる。
     ↓
「約9000体」か。嘘くせえ(笑)
ミニーの日記では「卍の会長」と直接話したことになってる。
つまり「1000〜3000埋葬」ってのも信憑性がある。
    ↓
ここで「紅卍字の記録は捏造」としてもいいが
好意的に解釈すると以下のようになる。
     ↓
「紅卍字会」本部単独の埋葬は2/2までに「約3000体」
「紅十字会南京分会」その他「慈善団体」(崇善堂?)
などが共同で「6000体」を2/2まで埋葬したと解釈。
     ↓
「証言、南京大虐殺」(虐殺派 洞富雄 著P166)
虐殺派が崇善堂11万埋葬の証拠として引用した証言。要約。
「埋葬は主として当時の慈善機関の「崇善堂」と「紅卍字会」
などによって行われた〜略〜
最初は死体を池や塹壕に埋めたり押し込んだりするだけ
だったが、1938年、よそから遺体収容、埋葬の要員を雇って
くるようになってから、ちゃんとした収容、埋葬ができる
ようになった〜略〜収容された死体は15万5千〜略」
     ↓
「最初は適当に埋葬」あとから「棺に入れて埋葬」
という部分は「ミニーの日記」と符号する(笑)
あと「4月の大量埋葬」も「棺に納めて」とされている
ことを忘れないように。
    ↓
@中国政府としては「崇善堂」の埋葬数で「11万」ほど
でっちあげたので「紅卍字会」については「捏造の必要」
なしと判断したとものと推測する。
    ↓
また「紅卍字会」単独では「4万3千」埋葬は不可能だった
ことから、埋葬には「複数の団体」が「紅卍字会」の名称で
参加した。当然、最終的な埋葬数は「紅卍字会」の名称で報告
されたと考えるのが自然である。
    ↓
以上の検証により
「紅卍字会の埋葬記録4万3千はおおむね正しい」
また、当時の記録との矛盾は全く無い。

結論 「南京での死体埋葬は 約4万3千である」    

494 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 07:50
なんだかねぇ、長文を書けばいいってもんじゃないよ。
まず、いくら証拠が無いっていっても、南京の死体埋葬4万3千って
城内だけでしょ。
城外から近郊県には死体は殆ど無いってのは、信じられないな。


495 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 08:13
グースは近郊県の45万人減は、3月までの調査であるからそれ以降
「戻ったかもしれない」と推論を述べるわけだ。

互いにどこかで推論を言って、補うことはしてるんだよね。

肯定派は45万人減の3月までの記録があった以上、やはり
かなりの数が殺されたと見ざるを得ないわけよ。

文書で残ってることだけが真実とは限らない。その場合推論
もやむなしだ。

496 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 08:18
中共によるチベット人の虐殺人数はどのくらいだ?
中共の文化大革命で何人が殺されたのだ?

497 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 08:19
ダブスタの中共は逝ってよし

498 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 08:28
>南京の死体埋葬4万3千って城内だけでしょ。

当然、その死者は普通の戦死者が多数含まれているわけで、仮に40万人
だったとしても、それ自体は「虐殺の証拠」でもなんでもない。

499 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 09:50
でも、南京の調査を一番嫌がってんのは中国なんだよな(ワラ

500 :名無しさん@1周年:2001/02/23(金) 12:25
結局流民を全部死んだことにして30万人をでっち上げようとしてるのね(笑)

501 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 14:18
自分の家の近くで戦争が始まりそうになったら普通移動するだろ 45万人減しても不思議じゃないね

502 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 14:49
グース必死だな(藁

503 :グース:2001/02/23(金) 15:13
>>502 趣味でやってるから(w
歴史でメシが食えたらいいなぁ〜って思ってる。


504 :502:2001/02/23(金) 15:19
下がっていたから 煽ってみただけだよ

煽りは無視してね(w

505 :火力考察:2001/02/23(金) 20:59
1944年ルソン島リンガエン湾に上陸したアメリカ陸軍は無尽蔵な砲弾を
使用して日本軍が立てこもるマニラ市内に向けて390門以上の榴弾砲など
で徹底した絨毯砲撃を加えました、マニラ市内には堅固な建築物は殆ど無く
殆どの市民が残留していたのにもかかわらず市民の死者は4万人程度でした。
91万発の榴弾をまともに撃ち込まれてその程度なのです!
日本陸軍がそれだけの火力を持って南京市に向かったのでしょうかね。
単純過ぎる疑問です。




506 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 23:42
>グース氏
>だが「崇善堂」が存在したからといって「10万を埋葬」した
>証拠にはならない。

だからそんなこと誰も言ってません。井上さんの読んだって言ってたのは嘘ですか?
そもそもグース氏は存在自体を云々言ってたのだよ。忘れました?

>南京自治委員会とのやりとりの書簡って「1938年の日付」
>ではあるが「1938年に作成されたものではない」よ(笑)

ちなみにそちらも自治委員会との書簡を出していましたが。あれとはどう違うので?

>「現場の兵士」はみんな虐殺を認めてるように思えるけど
>現実は「虐殺はなかった」という証言が多いのねん。

証言は日記じゃないですよ。
わかってて言ってると思いますがね、
例えば
「私は多くの民間人が捕虜として殺されるのを見ました。
でも南京で虐殺があったかどうかわかりません。」
君はこれをどうとりますか?
個人の体験はあくまで個人の体験と見識の範囲内によるものであって、
学者はそれらをまとめて、総合的に判断して「虐殺はあった」と判断
しているということなのですよ。

>「戦後になって」偽造された物もあるから「資料価値は低い」
>少なくとも検証はしなければならない。

では検証して下さい。笠原十九治等々が使っている防衛庁防衛研究所
所蔵の数々の戦闘詳報・陣中日記を。
それでも南京戦に参加した部隊の3分の1だということですが。
虐殺否定をする人達は、戦闘詳報も陣中日記も無いものかのように全く
触れられていないもので、いったいどういう検証をしてそれらを全て
否定しているのかちっともわからないのですよ。

公的な記録しか信用しないと言うなら、歴史上のどれだけの史料が使えないかね。
公家や武家その他人々の日記、書簡、等々使われている史料はたくさんある。
現代史も同じでしょう。どれだけの個人の「日記」「書簡」が使われているか。
本当に「歴史でメシを食おうと思っている」者の言うことでしょうか?

崇善堂が認識されなかったであろうという根拠としての見解自体はもうすでに
示されている。しかも先に言ったように、10万人を確実だと言うものなどここに
はいない。井上氏だって言ってない。

507 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 23:42
そもそも、「南京市概況」(督弁南京市政公署秘書処編)では民間の各種慈善団体
が資金難に陥り、事業を再開するように補助金を与えているのでしょ?昭和13年
9月のことだっけ。補助金を受けたのは26団体。崇善堂も入っている。
これ、右派の人が使っている史料ですよ。これを根拠に「埋葬活動の規模は小さい」
などと言ってましたがね。
4月から9月までの南京は夏期。南京の夏、わかる人にはわかると思いますが地獄です。
死体も腐るね。伝染病も心配。がんばって死体処理するでしょうね。そりゃ資金難にも
なりましょう。

508 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 23:56
>498
>当然、その死者は普通の戦死者が多数含まれているわけで、

ところがグースによると中国軍兵力は最大でも10万程度といってる
し、そのうち戦死、捕虜殺害を含めても4万程度と言ってるんだから
45万減の中の「10分の1以下」を占めるに過ぎないし中国兵が全員
近郊県で死んだわけもないから、戦死では説明出来ない。

509 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 00:42
グースによる推論をさらにピックアップ。
>429
>日本軍が揚子江に死体を流したかどうかは「わからん」
>ただ流したとしても万単位ではないだろう。
>理由は「手間がかかる」から。

ここでグースは「万単位ではないだろう」と希望的推論で
お茶を濁しているわけだ。その理由が「手間がかかるから」
だ(w

>468
>「おいおい」数万の民間人虐殺っていう「主張が通った」から
>「松井大将」は死刑になった。「1〜2万の捕虜殺害」なら
>「死刑」にはならなかった。っていうか「東京裁判」のこと

「1〜2万の捕虜殺害」では「死刑」にならなかったと推論を
述べている。
そんなの判らないではないか!東京裁判判決では民間人殺害の
認定があったから、そちらがメインで判決主文に述べられただけ
で、けっして「捕虜殺害は問題無し」なんてことは言ってないのだ。

「バターン死の行進」におけるマニラ軍事法廷では1万6千以上を
死に至らしめたことで、本間司令官以下が死刑になっている。

グースも史料オンリーでは弁証出来ないのだよ。(w

510 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 00:51
左翼ってなんで30万にこだわるわけ?
より正しそうな説をとるのが普通だろ。
やっぱなんか政治的な意図があって、
30万じゃないと意味が無い、のか?

なんか答えてみな、バカさよ!
まさか革命なんか目指してんじゃねえだろうな。

511 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 00:53
>510
無駄な煽りはやめて、グースにまかせんしゃい。

512 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 01:02
>>510
>左翼ってなんで30万にこだわるわけ?

「30万」!(大笑)

513 :日本@名無史さん :2001/02/24(土) 01:09
東京裁判ではいろんな証人が参加しているが、張鴻儒、楊広才、他1名
が証言台に立った際、疎開から帰って来た人々を30数人集めて
埋葬団体を作ったことを証言している。
そして、埋葬団体を組織するには紅卍字会から旗と証明書をもらって
埋葬活動が出来たと述べている。
埋葬初期は卍字会以外の埋葬団体が卍字会を装うことで、埋葬活動
が可能であった証拠である。ラーベの目には卍字会員しか映らなかった
のはそのためである。
彼らは1月7日から40数日埋葬活動を行い、中華門から花神廟に
かけて5000余体、兵工廠宿舎2階、3階で中国兵士2000余
体を収容したと証言。


514 :日本@名無史さん :2001/02/24(土) 01:30
またやはり埋葬活動に携わった回教(イスラム教)埋葬隊も
「南京回教公会掩埋隊」と「南京市紅卍字会掩埋隊」の2本
の旗を立てて埋葬作業を行ったとある。

他に紅十字会、同善堂、盛世徴・昌開運(個人団体)
劉連祥(個人団体)南京市自治委員会、市衛生局
などの埋葬活動が知られている。
勿論、日本軍による埋葬もあった。

515 :グース:2001/02/24(土) 03:16
>>506 引用
>では検証して下さい。笠原十九治等々が使っている
>防衛庁防衛研究所 所蔵の数々の戦闘詳報・陣中日記を。

>公的な記録しか信用しないと言うなら、歴史上のどれ
>だけの史料が使えないかね
    ↑
基本的に学問的に対する考え方が違うようだね。

@「自己の主張」を通すためになら「怪しい資料」でも
引用するのが「虐殺があった派」(肯定派)
最初に「10万以上の虐殺」という答えがあるから。

@わしの立場は「一応は検証された資料」を積み重ね
「その結果」中国の主張は「過大である」と結論を出した。

わしは「資料の検証」を行ってから
(正しく言うと検証された資料)を元に結論を導いたと
いうことなのねん。

君たち「虐殺があった」と主張する人(肯定派)は、
「虐殺しましたぁ」っていう証言や日記は検証しないのかな?
基本的に「資料を引用」する人が「検証」するべきではないの?
      ↑
この辺りの「考え方」が違うということだ。

基本的に「戦闘詳報」は公文書的正確が強いが
「数値」については「必ずしも正確ではない」
だが「尊重するべき」資料といえる。

それに対して「陣中日記」は「個人の日記」であり
公文書などに比べると「信頼性は落ちる」というのは
「常識」だと思ってたが、君たち「虐殺派」の見解は
違うようだね(笑)

「南京問題」については数多くの公文書が残されている
のは事実だよね? 公文書の記載事項を否定するなら
それなりの根拠が必要だは思わないのか?

南京の人口については「当時南京にいた」中立国の
外国人の記録があり「20万」としている。
そのほとんどが「安全区」にいたことも記されている。
   ↓
これを否定し「30〜40万」とする資料はない。
    ↓   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
南京防衛軍に関して言うと「当初10万、落城時5万」
という当時国の公刊戦史があり、外国人の証言も
日本側の見立ても「それを裏付けている」
南京戦に参加した部隊の足取りからも「10万」程度
と証明されている。

どこに「学問的な問題」があるのか指摘してもらいたい。



516 :グース:2001/02/24(土) 03:40
>>506
>公的な記録しか信用しないと言うなら

検証されていれば「私的」な記録だって信用する(笑)
ラーベの日記、ミニー女史の日記、ともに採用している。
これは(現在の所)「1937〜1938」年という「当時」書かれた
記録であるとされているから。「時代」と「書いた人」が
はっきりしていれば「十分な証拠」となる。

証拠にならない例
「いつ書かれたものかはっきりしない」
「書いた人がはっきりしない」
「陣中日記」なのに「当時の部隊移動」の記録と
合致しないもの(つまり戦後の偽造)
「陣中日記」なのに「日時」や天候などが「著しく違う」
(これも戦後の偽造と言える)
また「経歴詐称」は論外である。
   ↓
結局「検証」しないで「これらの記録」を採用すると
「偽造がばれた」ときに「採用した側」例えば(虐殺肯定派)全体の
印象が悪くなるでしょ?

わしは「それが嫌」だから「固定ハン」を使用し、あやしげ
な資料は引用しないようにしている。

517 :グース:2001/02/24(土) 03:45
>>506 引用
>10万人を確実だと言うものなどここに
>はいない。井上氏だって言ってない。
    ↑
そう(笑)では「崇善堂」はどのくらい「埋葬」したの?
そして「埋葬数」の根拠は?

これ位は答えれるよな(笑)

518 :グース:2001/02/24(土) 03:58
>>508 これは論外だな。
スマイスの調査では「戦争犠牲者」の数を約27000と
している(農村部である近郊6県)
これは「戦闘に巻き込まれた」「日本軍、中国軍」による
殺害を全部含んだ数字である。

これ以外に「減少した人口」が殺されたという記録はない。

減少分には「他の地区への疎開」「中国軍に徴用」
などが含まれるが「明細は不明」である(笑)

理由は「長期間の調査」ではないから。
「一度限りの聞き取り調査」では「人口の推移」が判断
できないのは常識。

519 :グース:2001/02/24(土) 04:16
>>509 引用
>「万単位ではないだろう」と希望的推論
   ↑
日本軍が河に流した死体の数の話だが
「どこが希望的推論」なの?(笑)

第一、河ぞいには「死体がごろごろ」してたんでしょ?
でもって「インチキ埋葬隊」が何万体も埋めたんでしょ?
「虐殺肯定派」のいう事はわからんなぁ(笑)

「死体」が大量にあるとこで日本軍が「中途半端に」
死体を河に流したところで意味ないよなぁ(笑)

一応「日本軍」の証言として12/中旬「下関」の川岸において
すでに河の中にあった死体を流したという記録あり。
これは船舶の航行に差し支えるので「掃除」したらしい。
約1000体という目撃証言だが「確証」はない。

ちなみに「わざわざ陸地にある死体を河まで運ぶ」意味はない(笑)

520 :グース:2001/02/24(土) 04:34
>>509
>東京裁判判決では民間人殺害の認定があったから、
>そちらがメインで判決主文に述べられただけ

その通り。君の指摘するとおり「民間人殺害認定」
がなかったら「どうなったかは、わからない」

「死刑」だったかもしれないし、「無期」だったかもしれない。
あるいは「無罪」だったかも。これは歴史の「IF」である。
「IF」もしも=の部分については「推測」する以外にない
よなぁ(笑)
しかも南京問題での虐殺人数とは「無縁」の推測だし。

公的資料を「確証も無く」否定して「推論」だけで
「南京城区で20万以上虐殺」っていう「暴論」と一緒に
しないでねん(笑)

@わしが聞きたいのは「公式記録」を否定する理由。
@そして「公式記録」より「虐殺派の推論」が正確である
という根拠。

@それと「公式な記録」を集めると「虐殺は3万規模」ってこと
は「認めてる」わけですかい?=虐殺肯定派、答えてねん。

521 :グース:2001/02/24(土) 05:26
>>513-514
「東京裁判」では「15万埋葬」が採用されたのは事実。

だが「それはおかしい」ってのが「なかった派」の主張。
紅卍字会単独では「公式記録」の43000体埋葬は「難しい」
だから「各団体」が共同で埋葬した= >>492-493
この「仮説」はどうよ?(笑)

でね「虐殺肯定派」15万埋葬支持者に質問
    ↓
「南京大虐殺否定論13の嘘」南京事件調査会
P124「大阪朝日新聞」の記事。引用したのは「井上久士」
1938/4/16 要約
紅卍字会と自治政府、日本山妙法寺の3団体が
「最近まで城内部で1793体、城外で30311体埋葬。
約1万1千円の入金。苦力(労働者)ものべ5〜6万は
働いている。しかし城外の山影などに相当残っているので
さらに8千円ほど金を出して夏までに処理する予定」
    ↑
この記事って当然「おかしい」と思うよね?
だって「死体」の数が「少ないもの」(笑)

11000円で「約32000体」埋葬
単価「約30銭」(でいいや。計算面倒だから)

残りの死体埋葬に「8000円」との見積もり。
ということは「4月中旬の段階で」残り「27000体」
と見積もってたわけだ(笑)
実際には「見積もりは過大」で「約4万3千」しか埋葬
しなかったわけだが(笑)

さて「普通に資料」を読むと「南京にあった死体」は
5万程度(戦死を含む)という風に読めるが、15万埋葬説
支持者はどのような「推論」を聞かせてくれるのかなぁ(笑)

楽しみだなぁ(笑)

522 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 11:20
>>506-514
なんだかねぇ、長文を書けばいいってもんじゃないよ。(w

523 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 13:59
>>522

とうとう書き方くらいしか突っ込めなくなったか(w

524 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 14:34
>>523
ワラタ
あいかわらずサヨは読解力ゼロ

525 :わざわざ下げて長文書くのはどういうこと?:2001/02/24(土) 14:42
>グース氏

>わしは「資料の検証」を行ってから
>(正しく言うと検証された資料)を元に結論を導いたと
>いうことなのねん。

それは君だけの前提ではないのだから、それを踏まえているはずの学者達
が使用している戦闘詳報・陣中日記を一つ一つ検証して下さい、と言ってるの。
その全てを使えないと思ってるから、一切資料として使わないのでしょう。
まさか検証もしないで「使えない」と思っているわけではありませんね?
ラーベの日記も検証したのでしょう?でしたらどうして他の資料を一つ一つ
検証しないので?
515、516のような長文を書かずとも、検証して全ての陣中日記・戦闘詳報を
使うに値しないものであると判断したその過程を書いてくれればすむこと。
さらに、陣中日記だけで虐殺があったなどと誰も言ってはいませんが、史料の
一つとして重要なものことには変わりがないはずなのに、グース氏はそれらを
全て否定されているのですから。

>公文書の記載事項を否定するなら

誰がどういう公文書の記載事項を否定しているのですか?

>南京の人口については「当時南京にいた」中立国の
>外国人の記録があり「20万」としている。

これこそ「個人」の記述ではないですか。しかも安全区以外には人間が
一人も存在しないということを前提にしなければ、主張できない話です。
そもそも関連する事項では他にも資料があるはずですが?


526 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 14:42
それから、自分が先に行ったことを忘れないように。
君が井上氏の論旨を出し、それに対して反論されたとき
>あいかわらず「詭弁」だな。問題になってるのは「数の正確さ」
>ではなく「崇善堂」が埋葬行為を行ったか?
>ということなのだが(笑)
と言ったのは君の方ですよ?
今になって相手を15万証明派とか言い出すのはどういった了見で?

さらに、グース氏は最初から最後まで紅卍字会が全ての遺体埋葬を行い
民間の団体を使ってそれらの成果も全て紅卍字会のものとして記されていると
いう前提で数々の推定を交えて長文を書かれているようですが、
日本軍から許可をもらわずとも遺体を処理できるようになった時期をどう考える
ので?紅卍字会以外の民間人も慈善団体も指をくわえて見ているだけだったと?
それらも全て紅卍字会の人間として活動していたというならば、9月になって
いくつもの民間の慈善団体に補助金を与えているという公文書が存在するのは
どのようにお考えなさるので?
紅卍字会がそれらの団体全てに資金を与え、処理した死体も全て紅卍字会の成果
として記録していたという程に埋葬を統括していたのならば、資金は紅卍字会に
与えればすむことですし、わざわざ民間の諸団体の状況を書き記す必要もない
でしょう。

527 :グース:2001/02/24(土) 15:03
>>525 引用
>戦闘詳報・陣中日記を一つ一つ検証して下さい、
   ↑
「全ての陣中日記」を検証するには「莫大な時間」が
必要だろう(笑) だから「引用する側」が「引用したい日記」
を検証して「ほれ、こんな虐殺日記があるんじゃぁ!」ってやる
のが「議論」のルールなのだがなぁ。

理解できるか?

もちろん「嘘」の引用をした時点で「肯定派」にしろ「否定派」
にしろ印象は悪くなるよね?

だから「不確実な日記」「証言」はなるべく引用しない
のが「わしのスタイル」
陣中日記でも「虐殺は無かった」「南京は平和だった」という
ものも「数は多い」だがわしは「なるべく引用しない」
   ↓
引用するための「検証」が面倒くさいから(笑)

また「全ての陣中日記」を否定した事実は無い。
「戦闘詳報」は同時資料として「価値」はある。
但し「敵の数、戦果報告」に関して言うと「戦闘後」
の公式資料のほうが「信頼度」は高い。

528 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 15:10
>>526

瑣末なことにこだわるね
>この点については「誤解」されるような書き方をした。
>正確に言うなら「崇善堂」は自体は存在したかもしれない。
>ただし崇善堂単独での「埋葬行為」はなかった。

同じレスでグースはこうも言ってるんだから
君が崇善堂の具体的な行動について資料を交えて推論しろよ


529 :グース:2001/02/24(土) 15:22
>>525
>「個人」の記述ではないですか

意味がわからん(笑) 公的な立場で「公的に公開」
される目的で書かれたら「公文書」なのでは?
「国際委員会、公文書」として「虐殺肯定派」も引用
してるけどなぁ(笑)

>>525 引用
>安全区以外には人間 一人も存在しないということを
前提にしなければ、主張できない話です。

とりあえず「南京城の周囲」は中国軍が「焼き尽くした」
ので「市民はいない」=ここはいいか?

2番目に「南京城内部の人口」は12/13日には「ほとんど」
の市民が「安全区」に集まったと「公文書T-6」に記載さ
れている。(安全区=全長3キロ、横2キロの地区)

3番目に「安全区」以外の場所に、
「多くの市民が残留」したという記録がない。
    ↑
つまり「ここが問題」なのねん。
安全区以外に「多くの市民が残留」したという記録
や証言が「あれば」その信憑性について「議論」する
べきだが「虐殺派はその資料」をなぜか引用しないん
だよね(笑)

記録も証言もないのに(引用してないのに)
安全区以外の地区に「10〜20万」も市民がいたと
いう主張は「公文書T-6」を否定してるのでは(笑)

530 :グース:2001/02/24(土) 15:41
>>526
@基本的な質問(笑)
「崇善堂」はどのくらい「埋葬」したと思ってるの?
     ↑
ここに「答えてもらわんと」話が平行線。

虐殺派の学者、井上(説)は「11万埋葬」という前提で話を進めてる
し「11万埋葬以外の仮説」は披露されてない。
つまり井上(説)を引き合いに出す限り「合計15万埋葬」
を信じてるということになるのだが(笑)

>>526 引用
>今になって相手を15万証明派とか言い出すのはどういった
     ↑
君が「自説」を披露しないからだろ(笑)
自説を披露しないで「崇善堂11万埋葬」説を引用してる
から「合計15万説」と受け取られるのでは?

混乱を避けたいなら「捨てハン」という手もあるど(笑)

531 :グース:2001/02/24(土) 16:20
>>526 引用
>民間の慈善団体に補助金を与えているという公文書が存在するのは
>どのようにお考えなさるので?
   ↑
その「公文書」とやらを「引用」してねん。
内容がわからないので反論はさし控えさてもらいます。

ここまでの「レス」を読んでもらえばわかると思うが
南京城とその周辺には「埋葬すべき死体」の数が「4〜5万」
しかなかったというのがわしの見解。

これは「当時の新聞」そして「残留外国人記録」に基ずく。
>>521 の朝日新聞参照)
1938/2/14付け「南京における政済情報」ベイツ書簡
(南京事件資料集1 P174)によると、
「紅卍字会とは二つの大きな無料食堂の活動と死体埋葬活動
において協力を行ってきた〜略〜彼らが一日に「200体」埋葬
しても、まだ埋葬すべき3万体があることがわかっている」
(ほとんどが下関)
〜〜〜〜〜〜〜〜
この時点で「埋葬されてない死体」が「3万」であると
記載されている(笑)

「ラーベ」も2/22のこととして同様のことを言っている。
「ミニー女史」も4/15日「紅卍字会本部での談話」として
埋葬記録「約4万体」残りは「下関、三沙河」(漢字違う)
と記している。

同時代(1938年)の記録では「南京の死体総数」は約5万体
ということなのだが「虐殺肯定派」これらの資料も「否定」
するのだろうなぁ(笑)

虐殺派のかた崇善堂大量埋葬派の方「反論をどうぞ}

あ、あと「公文書」については「筆がすべった」
「公的な人間が職務を行う上で記載された文書=公文書」
まぁ本題とは関係ないけど(笑)

532 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 17:40
>528
引用されたところでは
「崇善堂という組織自体が存在していない」ということに対する訂正でしかない。
同じレスで「数ではなく活動の有無が問題」と言っていることをわかっているのに
何を言ってるの?

533 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 17:44
グース、すげー。
ただ、会社でちゃんと仕事してるのかどうか、ちょっと心配(笑)

534 :グース:2001/02/24(土) 17:45
>>532
1938年に「崇善堂が埋葬活動」したという根拠は?
結局「推論」だけでしょ?


535 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 18:56
そちらも史料として出していた「南京市自治委員会」とのやりとりはどうしたの?

536 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 19:02
グースさんへ
久しぶりに日本史板へ来たのですが、煽りや荒らしで
荒れやすいテーマにも関わらずこれほどのレベルの
高さ、驚嘆し一気に読み通しました。
グースさんのあくまで冷静かつ実証的・論理的なレス
のたまものだと思います。
これからも頑張って下さい。応援しています。

537 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 19:05
グ〜ス萌え〜

538 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 20:02
虐殺派もファイト!! あきらめちゃいかん!!

539 :グース:2001/02/24(土) 21:48
>>535
>「いまや、だんだん暖かくなりつつあり、街の内外に死体が
> なお多い。ガソリンは尽き死体の運搬は停止〜略」
>これは自治委員会宛の書簡だ。(南京事件資料集2 P273)

これのことかなぁ(笑)
結論から言うとこれも「戦後に発掘された資料」っぽいな(笑)
これは「虐殺肯定派」が引用する資料で「紅卍字会」は
「がんばって埋葬しました!」という証拠らしいが
なにか問題があるか?

「なかった派」のなかには「紅卍字会」の「約4万体埋葬」
を「過大である」と考える人もいるから(笑)
紅卍字会が活躍した資料も必要なのねん。

本筋には関係ない引用だから「取り下げても」いいよ(笑)

参考までに
http://www.geocities.com/TheTropics/Paradise/8783/15a.html#02
   ↑
ここの7番、8番あたりに「11万埋葬」に対する
「なかった派」の主張が書いてある(笑)
わしの主張とは「違う部分」もあるが参考にはなるだろう。


540 :日本@名無史さん:2001/02/24(土) 22:28
60万はまちがいなし

541 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 00:35
>「全ての陣中日記」を検証するには「莫大な時間」が
>必要だろう(笑) だから「引用する側」が「引用したい日記」
>を検証して「ほれ、こんな虐殺日記があるんじゃぁ!」ってやる

歴史でメシを食えたら良いなあ、という人であることが本当であることを
祈って書きますが。
先行研究を踏まえるというのは研究上ではごくごく初歩的なことです。
すでに陣中日記等を使用して発表されている研究者の業績を無視することは、
その研究者の使用している史料や論理等々を否定できる人がすることです。

ですから、先行研究でありここで議論をする上で出している「資料」である、
陣中日記等々を使用した研究者の説を、どうぞ論理的に否定して見せてください。

>「国際委員会、公文書」として「虐殺肯定派」も引用
>してるけどなぁ(笑)

安全区国際委員会の文書のことですか?
でしたら『南京大虐殺否定論13のウソ』や『南京事件』での笠原十九治の論には
どう反論されるので?

542 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 00:37
>虐殺派の学者、井上(説)は「11万埋葬」という前提で話を進めてる
>し「11万埋葬以外の仮説」は披露されてない。

井上氏は埋葬記録の数は証明できるものでないと書いていると、先に書いたのに。
その際そちらも「数でなく活動が問題」と書いているではないですか。

ここでは紅卍字会以外にも活動を行っていたとしか考えられない、ということを
グース氏は否定しているから反論をしているだけですよ。
崇善堂が埋葬した数は何千でも何万でもそれ以上でも以下でも構いませんよ。
君も先に下関での埋葬に関して「万単位ではない」としたことと同じです。

>その「公文書」とやらを「引用」してねん。
先行研究の成果を踏まえましたので(笑
松尾一郎さんのホームページにありました。

>「虐殺肯定派」これらの資料も「否定」
>するのだろうなぁ(笑)
誰が否定しているのですか?
そもそも他には誰が何を否定しているのですか?

ところで、グース氏は最初から最後まで紅卍字会が全ての遺体埋葬を行い
民間の団体を使ってそれらの成果も全て紅卍字会のものとして記されている
とされているようですが、それらについては史料による裏付けはあるのでしょうか?
日本軍から許可をもらわずとも遺体を処理できるようになった時期や、先々で
言われている「紅卍字会以外も活動していたとしか思えない」根拠を(そりゃ
史料ではありませんがね)一蹴するだけの根拠は何でしょうか?
推論がとてもお嫌いなようなので立派な根拠がおありでしょう。

それから、539のような史料を紅卍字会が活躍した根拠とするのに、
なぜほとんど同じ種類の崇善堂に関する史料は否定するのですか?

543 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 00:58
史上かつて無い程の連戦連敗だった中国人の言い訳・逆恨み。

544 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 01:19
>>541の要約
笠原十九治はえらい。

いってることは、これだけ。前の「虐殺派」の人は、自分で具体的に
資料を引用して、反論してたんけど。このひとも、自分で利用した
「先行資料」のうち、信頼がおけると判断した部分を、簡潔に
ギャラリーに披露できるくらいの芸がないと。前の人に較べて
立論が漠然としてるよ。

545 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 01:32
笠原十九治は偉いなどと言ってませんよ。立論などしていませんし。
グース氏の叙述の方法、研究姿勢を尋ねているのです。
どうして先行研究を無視するのか、それを尋ねているのです。
「自らその著書が利用している資料を検証していないから」などという
のは無視する理由になりません。基本的な事柄であるはずの「先行研究を
踏まえる」ことをしない理由を明らかにしてください、と言っているのです。

まさかその先行研究にあたる当該の著書や陣中日記を使用している部分
を全て引用しろと?無理言わないで下さい。

546 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 01:39
結局、陣中日記の資料価値にしぼられたようですな。
グースはどの程度、陣中日記について研究してるのかな?



547 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 01:42
陣中日記も含めた資料でしたら
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/8596/index.html
http://plaza25.mbn.or.jp/~hinode_kogei/DATA.html#nanking1
などにありますよ




548 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 01:50
別に陣中日記のみで虐殺あったと言う人もいないのですから、
陣中日記ばかり問題にするのもなんですけどね。

549 :関東軍:2001/02/25(日) 02:26
戦後の人口爆発を見越して支那人を間引いたんだから良しとしよう。



550 :グース:2001/02/25(日) 05:11
>>547
なにがやりたいのか「よくわからん」が(笑)
その「リンク先」の資料を全部「わしが検証」せねば
ならんのか?(笑)

南京事件での数の説明は「十分にした」つもりだが(笑)

>>545
>どうして先行研究を無視するのか

意味がよくわからんが「笠原十九司」の「南京事件」
は持ってるよん(笑)
ただ「あまりに史実を無視」して「推論」だけで
大規模な「虐殺があった」としてるから「尊敬」できない
し「信用もできない」
    ↑
と、いうことだよ(笑)

南京でどの程度の規模の「捕虜処刑」があったか。
また「民間人殺害」があったのか。
    ↑
これらを検証する為には「陣中日記」を検証するより
当時の「南京の人口」そして「南京軍の数」この二つ
をより深く掘り下げるべきだと思う。
(埋葬記録はその後だな)
南京の人口が「概ね20万」程度なら、大規模な「市民虐殺」
は不可能であるし「南京軍」の数が「10万程度」なら
捕虜の殺害は「1〜2万」ということになる。
また「安全区」で「虐殺がなかった」ことは事実。

「数の議論」において「陣中日記」は必要ない(笑)

君も言っているように「日記とは個人の感じた範囲」での
ことしか書かれてないから「南京事件」における
「虐殺の規模」は「判断できない」だろ?(笑)

ただ「捕虜の殺害」が「違法かどうか」の判断には
「陣中日記」などが必要になるだろう。
誰がどのような「命令」を出し「捕虜」を殺害したのか
を調べるのには大量の「陣中日記」が必要だろうな。

わしは「捕虜の殺害」は全部違法と計算しているし
「便衣兵」狩りの処刑も違法として計上している。
    ↑
この態度のどこが「問題」なの(笑)

わし「なかった派」では割と「虐殺肯定派」に近い見解
なんだけどね(笑)
それでも「約3万」ってことなのねん。

551 :グース:2001/02/25(日) 05:42
>>542 引用  謎やねん。
>紅卍字会以外にも活動を行っていたとしか考えられない、ということを
>グース氏は否定しているから反論をしているだけですよ。
       ↑  ↓(深まる謎)
>紅卍字会が全ての遺体埋葬を行い
>民間の団体を使ってそれらの成果も全て紅卍字会のものとして
 〜〜〜〜〜〜   〜〜〜〜〜〜〜  〜〜〜〜〜〜
同じレスの中でわしが「紅卍字会以外を全部否定」と言ってたり
「紅卍字会以外の、民間団体の活動を認めて」(笑)
と「相反する見解」が並んでるんですけど(笑)

どう反論するべきか悩んだ結果、こう反論(笑)
    ↓
「記録に残っているのは紅卍字会しかない」(これは事実)
(埋葬記録は約43000体)
    ↓
「だが、紅卍字会の埋葬力は一日200体以下だった」
(活動日数×200体=約10000体にしかならない)
   ↓
「ならば紅卍字会の記録は(でっちあげ)であるか、
 埋葬力が一日200体以上であったことを証明する以外に無い」
    ↓
すでに「虐殺肯定派」からの資料により「紅卍字会」以外
の団体でも「腕章」を借りることにより「埋葬が可能」
とのレスをいただいた。
    ↓
ならば「紅卍字会」以外の、例えば「崇善堂」も埋葬に
参加することが可能であるし「紅卍字会」の埋葬記録
の不自然さも解消できる。
    ↓
また「朝日新聞」「外国人の記録」などにより
南京に残ってた死体は「5万程度」であると証明されて
いる。 >>531 を参考までに(笑)
    ↓
すべての「同時資料」が一致する(笑)
もちろん「これは仮説である」 >>492-493
よく見たら492で「仮説」って書いてあるやん(笑)



552 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 06:24
ここは「グース師の説法を聞くスレ」かね

553 :グース:2001/02/25(日) 06:54
>>542 引用
>539のような史料を紅卍字会が活躍した根拠とするのに、
>なぜほとんど同じ種類の崇善堂に関する史料は否定するのですか?
↑          ↑
事後資料だからね(笑) 否定するよ(笑)
説明のしかたが悪かったが「紅卍の活躍した根拠」
として利用しているのは「虐殺派」と言う意味だよ <<539

まぁ「ガソリンが不足」している状況を、<<426 参照
一番説明しやすい引用をしたわけで「戦後に作られた資料」
を使って君のことを「騙そうとしたわけではない」(笑)
    ↓
結果的に「気に障った」のなら「>>539を取り下げて」
「ガソリンはじゃぶじゃぶあった」ことにしてもいいよ(笑)

>推論がとてもお嫌いなようなので
     ↑
そうでもないよ。根拠のある「推論」は大好き!
歴史の一番面白いところは「史実の隙間」を埋める
「推論」なのねん(笑)

例えば >>551 の推論は「結構できがいい」とわしは
思ってる。ミニー女史の日記を検証していて思いついた
のだが(当時1938/2/2までに紅卍が3000体しか埋葬してないのに、
戦後記録では2/2までに9000体埋葬となっていた)
この時点で3倍の開きがある。

最終的な埋葬記録約43000体と「可能埋葬力10000体」
との開きは「約4倍」この差(3〜4倍)を「他の団体」
とすれば「きれいに説明がつく」
>>542 引用
>崇善堂が埋葬した数は何千でも何万でもそれ以上でも以下でも
    ↑
「数千から〜2万でもいいなら「仮説」としてありうる」
但し「埋葬記録は紅卍字に計上」という条件でな(笑)
数々の事実を整合させる「推論」はおもしろいと思う。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ただ「史実」を無視した「推論」はいただけないな(笑)
あくまでも「史実の隙間を埋める」のが推論。
また「わしの説」もそうだが「推論は証拠」にはならんよ。

推論だけでは「人口20万」も「兵力10万」も「埋葬4万」
も否定することはできない。

結論 中国の主張するような「南京大虐殺はなかった」

554 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 07:28
これが捨てゼリフだとすると、「虐殺派」の論拠はもう尽きたのかな?

555 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 12:56
グースも近郊県の45万減の内訳を全く、史料に基づいて検証は
出来ていないからな。
こればかりは、「史実の隙間を埋める」にもなってねえな(笑)

スマイスの抽出調査だけが近郊県の死者の全てと見ているようじゃ
ねぇ。

この45万減があるからこそ、肯定派も推論で数をはじき出さざる
を得ないんだよ。 まあ、こればかりよい史料が無いんで判らんの
だがな。否定派も推論で「全て難民で3月以降帰った」という推論
でお茶を濁す(笑)

否定派、肯定派がたがいに推論を言い合って数を決めればいいのよ。
元々、東京裁判判決にしたって「20万以上虐殺したから責任者は
死刑」なんては言って無いんだから。

1万説があってもいいし、30万説があってもいいの(笑)
大虐殺の定義なんて、主観に左右される問題だから、
1万でも大虐殺だと思う人には大虐殺なの。
東京裁判が大虐殺の言葉の厳密な定義でもしてれば別だがね。

>553の
推論だけでは「人口20万」も「兵力10万」も「埋葬4万」

上は「人口20万」=安全区初期の人口。
「兵力10万」=指揮官クラスが述べている、臨時徴用の雑兵
がカウントされていない中国正規兵力。
「埋葬4万」=紅卍字会のみの城内埋葬数。

以上の認識で否定はしません(笑)


556 :有田が嫌いな投稿者:2001/02/25(日) 13:23
グースさん、すごい。
肯定者は、資料の垂れ流し。
グースさんは、どんな資料も的確に判断する。

肯定者はすぐに感情的になる。
有田と滝本と同類。
ttp://www80.tcup.com/8008/yoshifuarita.html

557 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 13:37
>>556
こういう感情的な投稿を見ちゃうとなあ……(笑)

558 :1行レス収集:2001/02/25(日) 13:51
>なんだかねぇ、長文を書けばいいってもんじゃないよ。(w

>ここは「グース師の説法を聞くスレ」かね

>こういう感情的な投稿を見ちゃうとなあ……(笑)

書き方への文句を言い、スレッド自体の存在が気に食わなくなり
しまいには読んでいる人間にまで文句を言い出している。(w


559 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 13:59
下2つは私が書いたものだが、1つ目は違います。事実誤認ですね。
しかし1行レスなんぞにまで一々文句つけるのもどうかと思うよ(笑)

560 :558:2001/02/25(日) 14:02
とうとう俺にまで文句言われちゃった(w

561 :グース:2001/02/25(日) 16:51
「人口20万」=安全区初期の人口=南京城区の人口
    ↑
南京城は「世田谷」の約80%の面積で周囲は城壁で囲まれてる。
国際安全区はその中央にあり「全長3キロ、横2キロ」程度の
ひし形の区域。明確な仕切りなどはなく「道路」で区切った。
 
安全区の設定は1937/12の初旬(日本軍との交渉中)
12/7 蒋介石、南京から逃走(笑)
同日 すでに城門付近の住民は「警察もしくは軍」に
立ち退きを命じられていた。従わなければ銃殺。
12/8 安全区正式発表、避難命令(避難民殺到)
以降、日本軍の空襲、砲撃は激しくなる。
12/11日水道、電気は止まり「安全区」にも弾着。
「砲撃による犠牲」が出た。
また「福昌ホテル、首都劇場、新町口広場」において
多くの死体があったとのマギー牧師情報あり。
12/12 中国軍により「城内のほとんどの場所」で
略奪が行われているとの「記者会見あり」
12/13 日本軍入場「虐殺の始まり」(笑)

とまぁ「12/13」の段階で安全区内部だけで「20万」
というのが「定説」となっている。
そして「安全区の人口」は翌年まで増加し続ける。
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
で、問題なのが「安全区」以外に住民はいたか?
というとこなのねん(笑)

いまの所「安全区以外に万単位の住民がいた」という
文献資料はみつかっていない。

また「すでに激しい砲撃、爆撃が市内には加えられ」
「避難命令」や「強制退去」も行われていたという現実
もある。もちろん中国軍による「略奪」も行われていた。

ちなみに「ラーベ」はこう言っている。
「中国人がおおぜい安全区の外に隠れてるという話で
したが、これは確かめることができませんでした」
     ↑
これは「どいうことか」考えてみよう。
安全区委員長である「ラーベ」氏は「南京市民の安全確保」
の為に粉骨砕身の活動をしていた。
その彼のもとには「市民大量虐殺の情報」は届かなかった。

「わたしは安全区の外にいました。そこで日本軍は多量の市民
を虐殺してまして、私はなんとか逃げ延びました」
     ↑
こういう「証言」や「噂」すら聞かなかったという事
だろう。ご承知のとうり「安全区」は狭い地区である。
ラーベの元に「レイプされそうですうぅ」という救援要請は
「ばんばん届く」が「虐殺された市民」の情報は届かない。

レイプされましたぁ(泣)という「重要証言」は届いても
安全区外での「大量虐殺」は届かない。
また「捕虜の処刑」の光景などは「極めて詳細」に届く
のに「市民の大量虐殺」は届かない。

「ミニー女史」の日記も同様である。
また「南京に残留した外国人」は20名ほどいたが、
ある程度互いの交流はあった。そこでも「市民大量虐殺」
は「話題にもならなかった」

結論 南京城の人口は20万が定説である。
   また「市民大量虐殺」を伝える者はいなかった。

562 :グース:2001/02/25(日) 17:09
>>555 引用
>「兵力10万」=指揮官クラスが述べている、臨時徴用の雑兵
>がカウントされていない中国正規兵力。
    ↑
あきらかな「勘違い」で「笠原十九司」の捏造(笑)

この「珍説」が真実だとすれば
@中国軍の指揮官は自分の指揮下にある兵力を把握せずに戦闘していた。
@「臨時兵」には「武器の支給」もしなかった。
@「臨時兵」には「軍服の支給」もしなかった。
@「臨時兵」には「食料の支給」もしなかった。
もちろん「給料」は踏み倒した(笑)と、いうことになる。

あんまり「中国軍」を馬鹿にしてると「江沢民」が怒るで(笑)  

「数を数える」のは「軍隊の基本」
軍の勢力を把握してないと「補給」ができないし「輸送」も
できない(笑)

しかも「南京戦以外の戦闘記録」は「臨時兵も含めた」発表
をしているんだけどなぁ(笑)

結論 指揮官クラスの「戦力推定10万」には確実に「雑兵」
   が含まれている。また「雑兵」を含んで「10万」という
   記録は「数多く残っている」
よって「南京防衛隊は総計10万程度」である。

563 :グース:2001/02/25(日) 17:09
>>555 引用
>「兵力10万」=指揮官クラスが述べている、臨時徴用の雑兵
>がカウントされていない中国正規兵力。
    ↑
あきらかな「勘違い」で「笠原十九司」の捏造(笑)

この「珍説」が真実だとすれば
@中国軍の指揮官は自分の指揮下にある兵力を把握せずに戦闘していた。
@「臨時兵」には「武器の支給」もしなかった。
@「臨時兵」には「軍服の支給」もしなかった。
@「臨時兵」には「食料の支給」もしなかった。
もちろん「給料」は踏み倒した(笑)と、いうことになる。

あんまり「中国軍」を馬鹿にしてると「江沢民」が怒るで(笑)  

「数を数える」のは「軍隊の基本」
軍の勢力を把握してないと「補給」ができないし「輸送」も
できない(笑)

しかも「南京戦以外の戦闘記録」は「臨時兵も含めた」発表
をしているんだけどなぁ(笑)

結論 指揮官クラスの「戦力推定10万」には確実に「雑兵」
   が含まれている。また「雑兵」を含んで「10万」という
   記録は「数多く残っている」
よって「南京防衛隊は総計10万程度」である。

564 :名無しさん:2001/02/25(日) 22:02
南京城内の安全区域には、崩壊した中国軍の兵士が逃げ込み、非戦闘員市民を襲って
衣服を強奪し、擬装し、抵抗するものは殺し、若い女性は強姦したようだ。
西洋人は、日本兵と支邦兵の区別がつかないので、支邦人を襲うのは日本兵
と誤解した。しかし支邦では軍閥同士の戦闘が続き、軍閥の支邦兵が市民を襲うのは
日常茶飯事だったのだ。
当時中国軍はナチスの軍事顧問団を雇っており、ヒットラーとはよい関係に
あった。ラーべもそんなわけで雇い主の中国軍の肩を持っているわけだ。


565 :日本@名無史さん:2001/02/25(日) 23:14
30万人。

566 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 00:16
>561
>ちなみに「ラーベ」はこう言っている。
「中国人がおおぜい安全区の外に隠れてるという話で
したが、これは確かめることができませんでした」

ラーベは「ヒトラーへの報告書」で、ラーベが赴任した1937年
7月当時の南京城区の人口を135万人と書いてる。
そこから、80万人が避難すれば、南京城区に残った人口は約55万
人になるぜよ。つまりラーベさえもが安全区以外にも隠れている市民
がいることを認識していたということだ。

>これは「どいうことか」考えてみよう。
安全区委員長である「ラーベ」氏は「南京市民の安全確保」
の為に粉骨砕身の活動をしていた。
その彼のもとには「市民大量虐殺の情報」は届かなかった。

城外には貧民窟が密集していて、地下室もあれば屋根裏部屋
もある。日本軍は民家に隠れている民間人も便衣兵として
その場で殺していれば、「市民大量虐殺」とはならないだろう。
「市民大量虐殺」=町中でおおっぴらに大量処刑。
そんな先入観を植え付けるやりかたが否定派の典型的やりかただ(プ

>563
>この「珍説」が真実だとすれば
@中国軍の指揮官は自分の指揮下にある兵力を把握せずに戦闘していた。
@「臨時兵」には「武器の支給」もしなかった。
@「臨時兵」には「軍服の支給」もしなかった。
@「臨時兵」には「食料の支給」もしなかった。
もちろん「給料」は踏み倒した(笑)と、いうことになる。

これも例外は一つも無い、という前提に立った推論ですな。
近郊県が包囲された頃は中国軍もかなり指揮系統がいい加減
になっていたことが記録されている。切羽詰まっている状況
で悠長に一兵一兵厳密に把握出来る状況ではないだろう。
まだ切羽詰まっていなかった9月に唐生智が蒋介石に防衛陣地
工事のための工兵を農民から徴用する旨の電報の記録が残って
いるが、それは「秘密扱い」だそうである。
編成表の人数に含めないケースはあって当然だろう。日本軍だって
編成表に載っている部隊、人数が全てではないそうである。

私は陳旅長や、孫氏の発言を信じる。それだけだ。



567 :566:2001/02/26(月) 00:22
「秘密電報」で要請された工兵の強制徴用人数は約2万だったそうです。

568 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 01:37
>その「リンク先」の資料を全部「わしが検証」せねば
>ならんのか?(笑)

出典を見ればおわかりになるように、グース氏にとって目新しい資料はほとんど
ないかと思いますが。
直接関連する「先行研究の成果」を検証しなければならないのは当然のことです。
グース氏は「知らないので保留しておきます」(=その時点においては一応認める)
ではなく「否定」を表明されているのですから。

史料そのものを使用価値がないとして否定するのは難儀な作業です。
以前某氏の史料の捏造が明らかになったのも、研究者達がきちんと原本を探し
実見した上で「捏造だ」ということが明らかにされ、初めてその史料を使った
部分の鈴木氏の論が否定されたのです。不審を感じながらも当該の史料を見つ
けだし確認するまでは、その史料を使った鈴木氏の論の否定などできなかった
のですよ。

もちろん、防衛研究所に行って陣中日誌を全て調べて来いなどということは申し
ません。ですが「笠原十九治は史実を無視して推論だけ」で「陣中日記の内容を
一切使用しない」とのことであれば、せめて数々の先行研究の検証によったご自分
見解がおありでしょう。無視するとの結論に達した過程を教えて下さいと言って
いるのに。
別に笠原十九治の論全てに対してのあなたの見解を聞きたいとは言っておりません。

>これらを検証する為には「陣中日記」を検証するより
>当時の「南京の人口」そして「南京軍の数」この二つ
>をより深く掘り下げるべきだと思う。

検証するならば、当時のものと思われる史料は全て検証されてしかるべきでしょう。

>君も言っているように「日記とは個人の感じた範囲」での
>ことしか書かれてないから「南京事件」における
>「虐殺の規模」は「判断できない」だろ?(笑)

公文書も日記も書簡も個人の感じた範囲でさえ全て寄せ集めて総合的に判断する
ということは検証においては基本でしょう。

>同じレスの中でわしが「紅卍字会以外を全部否定」と言ってたり
>「紅卍字会以外の、民間団体の活動を認めて」(笑)
>と「相反する見解」が並んでるんですけど(笑)

下の部分はどの部分の文ですか?そもそもそちらのおっしゃっていることもよく
わかりませんので。
井上氏のことを出した時点では、グース氏は紅卍字会以外は活動していないということ
をおっしゃっていましたし、その後民間の活動を認められるようになっても全て紅卍字
会の成果に包含されていたとされている。

グース氏は「紅卍字会の記録が他の埋葬団体の成果も含まれている根拠」
「日本軍から許可をもらわずとも埋葬をすることが出来るようになった時期でも
民間の団体が紅卍字会の傘下で埋葬をしていたという根拠」
が全くなく、仮説をたてる際にこの根拠を全て推定で補っていらっしゃるわけですね。
松尾一郎さんとこの史料も、陣中日記をシカトするのと同じように扱われた上で。
承知いたしました。

569 :568:2001/02/26(月) 01:39
ありゃ、某氏としたのに次の部分を訂正し忘れました。
某氏=鈴木氏です。

570 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 01:51
あった派の人もコテハンにしてくれないかな〜、グース氏みたいに。
そっちの方が分かりやすいしね、見てる方としても。
それにお互いやりやすいだろうし。
どうですか>>568-569

571 :日本@名無史さん :2001/02/26(月) 02:10
>570
それは難しいんじゃないか?・・グースみたいに暇人じゃない
んで(他は。)一度にドッサリ「物量作戦(藁)」で相手のレスを封
じようとするグースには、全てに一つ一つレスを付ける暇が無い
し、ちょっと多忙で離れている間に凄い進からな。
結局、忙しい肯定派が、数人でレスを付けてちょうどイイ感じだ(笑)

572 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 02:12
>>571
あった派は何人もいて、グース氏は一人コテハンでやっている、と。
それであった派は明らかに旗色が悪い。
これは何を意味するんだろう・・・・・・・・・・・

573 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 02:22
グース氏は否定派ではなく最大5万人規模だと推測してるので@`
肯定派の30万規模論が苦しくなるのは当然。




574 :グース:2001/02/26(月) 02:34
>>566 引用
>7月当時の南京城区の人口を135万人と書いてる。
>そこから、80万人が避難すれば、南京城区に残った人口は約55万
>人になるぜよ。つまりラーベさえもが安全区以外にも隠れている市民
>がいることを認識していたということだ。
    ↑
相変わらず「捏造」おおいな。
っていうか「ラーベの日記」読んでないだろ?(笑)
笠原十九司あたりの捏造病が広がってるらしいな。

 正確に引用するとこうなる。  
「7月に発ったときには南京の人口はおよそ135万人でした。
その後、8月半ばの爆撃の後に、何十万もの市民が避難しました」
    (非常に長いので略)   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「安全区はすこしずつふさがっていった」
「私たちは全ての通りに難民誘導員を置きました」
「ついに安全区が一杯になったとき、私たちはなんと25万の難民
   ↓(ここでの25万とは事件後1938/1月の事)〜〜〜〜
「総統閣下〜略〜20万以上の生命が危険にさらされる」11/25
   ↓    〜〜〜〜
南京市は人気がなくなり〜略〜
中国側によれば、中国人がおおぜい安全区の外に隠れてるという話で
したが、これは確かめることができませんでした〜略〜

以上のように「一つの報告」で人口の推移を指摘している。
つまり12/13日の段階では「南京の人口」は「20万」と考え
実際に「安全区に20万」収容した。
その上で「安全区以外市民がいたとは確認してない」
ということだよ。(南京の真実 講談社文庫P337〜P334)

虐殺派は「こういう」インチキな引用をするから信じられん。

ちなみにこのインチキ説は「笠原十九司」が
「南京大虐殺否定論13の嘘」という「インチキ本」で披露
したいた。「だから笠原十九司は信用できない」のだよ。

575 :グース:2001/02/26(月) 02:59
>>568 引用
>笠原十九治は史実を無視して推論だけ」で「陣中日記の内容を一切使用しない」とのことであれば、せめて数々の先行研究の検証によったご自分
見解がおありでしょう。無視するとの結論に達した過程を教えて下さい

さて相変わらず「読解力」が低いな(笑)
まず「どのレスで」わしが「全ての陣中日記否定」したのか
示すべきだろうな。
「陣中日記」を引用しない理由は前に書いてある。
>>527 >>550 参照

また君自身が「笠原説」を証明したいなら
「君自身が笠原説を引用して論証するべき」ではないか?
わしは「常にそうしている」

>松尾一郎さんとこの史料も
    ↑
どこのレスで「引用」したの?
必要な資料は「コピペ」するなり「要約」するなりしてから
参考としてURLを張ってくれ(常識)

そうしないと「あの有名な」サピオのHPをリンクして
「では虐殺派のみなさん、検証してください」
ってのもアリってことになるぞ(笑

あの有名なHP「南京大虐殺は嘘」
http://www.geocities.com/TheTropics/Paradise/8783/index.html

576 :日本@名無史さん :2001/02/26(月) 07:37
>574
以上のように「一つの報告」で人口の推移を指摘している。
つまり12/13日の段階では「南京の人口」は「20万」と考え
実際に「安全区に20万」収容した。
その上で「安全区以外市民がいたとは確認してない」
ということだよ。(南京の真実 講談社文庫P337〜P334)

「確認してない」から居なかった、というのも推論。
隠れている者達をラーベら少数でどうやって確認すんのかねぇ。
ラーベは金持ちが80万先に逃げたというんだから、残り50万以上
は金持ちでない、逃げられなかった者達がいたという認識で言ってる
じゃん。
グースはスレの中で、南京人口は戦前100万で80万の金持ちが逃げた
ため、20万しか残らなかった。
ということをラーベの言葉を引用して言ってるんだがねぇ。


577 :グース:2001/02/26(月) 08:43
>>576  (笑)
何度も言うが「ラーベの日記」を読んでれば分かること。
読んでないのに「あやしげ」な引用するから恥をかく(笑)
「笠原十九司」の引用は気をつけないとヤバイって(笑)

ラーベが「南京の人口135万」と言ったのは1937/7月
のことでしかも「ヒットラーへの上申書」の中でのこと。
「日記の中ではない」(同じ本に掲載されてはいるが)
その上申書の中で「11/25日の電報」の件も書かれている。

「総統閣下、〜略〜目前に迫った南京での戦闘で20万以上の
生命が危険にさらされることになります」

11/25日に「20万以上」って「ラーベは言ってる」んですけど。
     〜〜〜〜〜〜
>>576 引用
>残り50万以上 は金持ちでない、逃げられなかった者達が
>いたという認識で言ってる
     ↑
認識は正しいが「50万」ではないな(笑)
「はっきり20万って言ってる」
しかも君自身が引用した「ヒットラーへの上申書」の中でな(笑)

そして12/13日に「南京は陥落」する。

>>576 引用
>隠れている者達をラーベら少数でどうやって確認すんのかねぇ
      ↑
隠れてる、あるいは残留したものが少数(100人ぐらい)なら
「確認はできないだろう」し戦闘に巻き込まれて死亡しても
しょうがない(避難命令出てたし)

だが「10万人以上」が安全区の外の「地下室」やら「屋根裏」
に隠れていたとは思えない(笑)また資料もない。
「屋根裏」には水道もトイレもないだろうから「そんなに長期」
間はいられない。とすれば、いずれ安全区に行くしかない。

ここで問題。
安全区以外の場所に「10万人以上」残留市民がいたとして
「目撃者」を残さず全員「虐殺」するのは不可能だろう?
虐殺から逃げた人物は「安全区」に行くしかない。
で >>561 に戻るのよ(笑)

「安全区」の人口は「12/13=20万人」以降減ることは無かった。
翌年1月には「25万人」程に増加している。
虐殺派の見解では「虐殺から逃れた残留市民」が安全区に入った
ため「人口が増加」したと説明しているが(あくまで一般的にね)
「10万規模の市民虐殺があった」という「噂」ですら
安全区にはながれていない。と、言うことねん。
       
暇な時でいいから(遅レス)でもいいから「この辺」の見解を
聞きたいなぁ(笑)

578 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 08:52
先にグース氏は

>だから「不確実な日記」「証言」はなるべく引用しない
>のが「わしのスタイル」

>引用するための「検証」が面倒くさいから(笑)

日記は不確実だとしています。
引用するための「検証がめんどくさい」とされています。

日記を「不確実」だとする検証の過程を教えて下さいとしています。
「引用するための検証がめんどくさい」から使わないというのは、先行研究を
踏まえないという意味で研究の基礎的部分を省いているということです。
陣中日記等を使用した論が「信用ならないから使わない」と言うならば、
「信用ならない」という検証結果を導いた過程を教えて下さいと言っています。

史料としての陣中日記、それを用いた論をを全く自分の論に反映させないということは
その史料・論を否定できる人でなければできないのです。
鈴木氏の捏造の件をひいて説明しましたね。

とりあえず笠原氏の説をひいたページは紹介しております。
陣中日誌の部分について

>また君自身が「笠原説」を証明したいなら
>「君自身が笠原説を引用して論証するべき」ではないか?

別の人と同じ事書いてますね。私は笠原説の証明などしていませんよ。
それを踏まえないという結論を出した理由(検証の過程)を尋ねているのです。
545で書きました。

>>松尾一郎さんとこの史料も
>    ↑
>どこのレスで「引用」したの?

サイトがわかっているのですからてっきり確認されているものかと思っておりました。
崇善堂についての部分にありますよ。
>「中華民国27年度南京市概況」(督弁南京市政公署秘書処編・中華民国28年3月出版)である。
>国民政府は、日本占領後、民間の各種慈善団体が資金難におちいり、一時停頓した事業を再開
>するよう補助金を与えている(昭和13年9月)。本著はその補助金を受けた26団体の一覧表である。
>その中に崇善堂もある。
(間省略)
>しかも崇善堂の項目には、「工作進行範囲狭小」(活動は続いているが、規模は小さい)と特
>に注記してある。
松尾さん所は、崇善堂の活動が存在したという史料を出しておきながら
慈善団体たるものが緊急時でも通常の活動以外のことをしない、と解釈せねばならない
理論を持ち出して崇善堂が埋葬活動をしていなかったとされていて、意味がよくわかり
ませんが。

579 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 09:06
「20万人以上」というのを「20万人」としか捉えないのですね。
しかし、その20万人は非戦闘民であると。

『ラーベからジーメンス中国本社(上海)へ電報』
(ドイツ大使館経由)37年11月25日
〜二十万人をこす非戦闘員の保護のため、国際委員会の代表を引く受けました。

ラーベの日記38年 1月17日
南京の三分の一が焼き払われたと書いたが、あれはひどい思い違いだったのではないだろうか。
まだ十分調べていない東部も同じような状態だとすると、三分の一どころか半分が廃墟と化した
といってよいだろう。
 日本軍は安全区から出るようにとくりかえしていっているが、私は逆にどんどん人が増えて
いるような気がする。上海路の混雑ときたら、まさに殺人的だ。いまは道の両側にそこそこ
しっかりした作りの屋台ができているのでなおさらだ。・・・
難民の数は今や二十五万人と見積もられている。増えた五万人は廃墟になったところに住んで
いた人たちだ。

580 :tosi:2001/02/26(月) 09:43
   何人死んだかなんてさあ、はっきりいって
関係ないじゃん。
   戦争なんだから人は死ぬに決まってんだろ
アホか

581 :tosi:2001/02/26(月) 09:51
   だいたいさあ、日本軍の90%は、
歩兵なんだぞ、武器は三八式てただのライフルだし、
  さらに三等兵とかにはまともに弾がはいってないし。
数打ちの刀は2,3人切ったら駄目になることぐらい
常識だよ。
   つまりさあ、30万人も殺そうとしても無理なの不可能なの
わかった?グースさん
  

582 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 10:48
>>580-581
オマエ、何も考えんまま惰性で書き込むからそんなことになるんだよ。
>わかった?グースさん
おいおい、グースはいわゆる「南京大虐殺」否定派の主力だって(藁
このスレある程度読んだら分かるだろ。グース一人であった派を撃破してるだろ。
それともこれ、新手の嫌がらせか(藁


583 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 13:16
明治以来、支那人による日本人虐殺は無数に行はれてきたが、その逆、即ち
日本人による支那人虐殺の例は、昭和十二年支那事変発生までは皆無に近いか
らだ。南京に於て日本軍に多少の軍規違反があつたのは事実であらう。便衣に
変装して難民区に導入した支那兵に対して銃剣などの方法による処分が一部で
行はれたこともまた事実であらう。しかしそれは、“無辜の市民に対する虐殺
”では決してない。だが、中国側が、それをしも“虐殺”と呼ぶのであれば、
それ以前に済南や通州で日本人を大量虐殺したのは中国人であつたといふ事実
を、どうしても指摘しておかねばならない。“南京事件”を論ずるには、それ
に先行する済南事件や通州事件を看過する訳にはゆかないのだ。率直に云へば、
南京で何がしかの事件が発生したとしても、それは、それ以前に済南や通州で
日本人虐殺を演じてきた支那人の責任なのである。原因を作つた方こそ責めら
れるべきなのであり、この点についての認識を誤つてはならない。

584 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 15:10
>>578
「史料としての陣中日記、それを用いた論」
全部引用するなといわんから、せめて、サンプルとして、「先行研究」
の書名、論文名くらいあげるべきじゃない?


585 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 15:15
蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ

586 :日本@名無史さん:2001/02/26(月) 21:27
またか。
バカが。

同じ土俵で戦えよ。
なさけない。

それが中共仕込みの戦術か?
それとも本国からやってきてるとか(笑

587 :tosi:2001/02/27(火) 00:31
<582
言葉がたりなかったかな
僕は別に否定派じゃないよ、小林よしのり
なんかは、ただのアホだと思っている。
理性たもって戦争できるわけがないんだよ。
悪いのは戦争であって日本軍でわない。
いいたいのはそれだけ

588 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 00:39
100円盗もうが一億盗もうが泥棒は泥棒だよ

589 :>588:2001/02/27(火) 00:53
百円盗んでも、ごめんで済むでしょ

590 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 01:22
すまねーよ。おめーみてーな野郎がいるから警察は忙しいんだよ。
人様の者に手だしたら泥棒だって親から言われなかったのか?
幼稚園逝ってこい

591 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 02:26
>グース
265で
>12/8「なぜ、金持ちを!約80万という恵まれた市民を逃がした」
と、怒っているラーベ。100-80=20万

以上のように言ってるよな。100万ってなんだ?それはスマイスの
城区人口推定だろ。スマイス説とラーベ説をブレンドしてるやん(藁
ラーベが日記の中で戦前人口100万って言ってるなら教えてくれ。
グースは城区人口100万のうち、金持ちが80万で、残り20万が
貧困層って言ってるわけよ。それは違うと言いたいの。

ラーベは20万(以上)って言ってるでしょ。135ー80=55万
は単純計算だけど、私は、50万以上の人口が11月後半の段階で残ってた
と思うよ。(別史料後述)ただし行政区での戦闘が始まった頃から
50万の内、大半は徒歩で近郊県に向け避難したと思ってる。
ヴォートリン文書にも多くの貧困層が近郊県に向け避難したことを案じる
文がある。
では「城内戦時(5期)の」城内の安全区以外にはどのくらい潜伏していたか、
私は5万前後がスラムその他の無数の空き屋に潜んでいたとみる。
「20万以上」には25万だって30万だって含むと思わない!?
1月に安全区人口が25万に増えるというのは、一文無しで交通機関
を使えない(公共交通機関でさえ正常化されていない時期)貧困層が
徒歩で戻れる距離の場所(過密地域)といったら城内しか考えられないけどね。
城外に避難する場合は、城壁周辺では家屋密集率が低いので見つかりやすく
かえって危険だ。
揚子江対岸の山間部まで避難しなくては安全は確保出来ない。
そうなると1月年明けの5万増はやはり近場で隠れやすい密集地帯、つまり
城区ということになる。ラーベの20万以上と25万前後は矛盾しないと
おもうがね。
1937年11月23日付けの南京市政府が国民政府軍事委員会後方
勤務部に送付した書簡(公文書)というのには
「調査によれば本市(南京城区)の現在の人口は約50余万である。・・・」
とあるそうじゃないか。
安全区設定前に50余万である。その大半が近郊県での戦闘開始前後にあわてて
逃げ、数万が城区の空き屋に隠れたのなら、ラーベ説とも矛盾しないと思うがな。



592 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 03:27
>>584
すでにグース氏とのやりとりの中でいくつもの著書・著者が記されています。
足りないならば、547で示されているリンク先に、研究で使用されている資料が
まとめられており、出典も示されているのでご覧になってみては如何でしょうか。

593 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 03:50
1938年1月14日
南京日本大使館 福田篤泰殿

(略)
 貴下が登記した市民は16万人と思いますが、それは十歳以下の子供
は含まれていないし、いくつかの地区では、年とった婦人も含まれてい
ません。ですから、当市の総人口はたぶん25万から30万だと思います。
(略)

南京安全区委員会委員長 ジョン・H・D・ラーベ


594 :グース:2001/02/27(火) 04:13
>>591  
つまり「ラーベのいう135万」とは7月にラーベが南京を旅立った
ときの人口であり、そ時点で「何十万もの市民」が脱出したと
「同じ文章の中」で記している。
で、9月に南京に戻った時には「100万程度」に減少していた。

確かに「日記には100万」という数字は出てこない。
しかし「1937/12」ごろの南京の人口は「およそ100万」である
ことは当時の常識であり「当然ラーベも知っていた」
(っていうかスマイス博士とも付き合いあるし)

ラーベが「80万市民の脱出」と書いたのは12/6日である。
結論として「ラーベ」は12/6日の人口を「20万程度」と見ていた。
そして12/8より安全区で避難民を受け入れ、12/13の落城時には
「約20万人」を安全区に収容した。

結論 12/6日 55万説は「笠原十九司」のミス。

>>591 引用
>「20万以上」には25万だって30万だって含むと思わない!?
     ↑
当時の状況を考えると、概ね「30万」までは「含む」と考える。

また、11月27の南京の人口が20万以上であり「アチソン報告」に
よれば市長(談)として30〜40万人の市民がいたとの記録が
ある。(この点は否定しない)

>1937年11月23日付けの南京市政府が国民政府軍事委員会後方
>勤務部に送付した書簡(公文書)というのには
>「調査によれば本市(南京城区)の現在の人口は約50余万である
     ↑
この記録も恐らく正しいだろう。

11/23「約50万」 11/27「30〜40万」
これはの記録はいずれも「南京市」から出た数字である。
まさにこの時期「博物館の財宝」も「揚子江ルート」で
南京を脱出していた。

上の「避難ペース」だと4日間で「10〜20万」が避難できたと考えられる。
つまり、最小でも「1日=25000人」の輸送力があったと推測できる。
南京城の城門が閉じられるのは
概ね12/5日(ラーベの日記)とすれば、11/27日のアチソン報告
(30〜40万)から12/5までに「20万人以上が南京から脱出」できた
計算だ。もちろん「徒歩による避難」もあっただろう。

結論として「12/13」の南京城の人口は20万程度と考えるのが
自然である。

@「25万説」も否定するわけではない。
「積極的な市民虐殺」がなければ「その辺に隠れてた市民」が
1月になって食料がつき「安全区」に行ったとしても不思議はない。
(根拠は無いが仮説としてはありうる)

「大規模な市民虐殺」はなかった。と考えるほうが自然なのねん。




595 :グース:2001/02/27(火) 05:00
>594 「1937/12」ごろの南京の人口=「1937/9に訂正」

>>578 引用
民間の各種慈善団体が資金難におちいり、一時停頓した事業を再開
>するよう補助金を与えている(昭和13年9月)
    ↑
この文章を読む限りでは「死体埋葬の代金」としての
支給とは考え難い。「死体埋葬」は「3〜4月」で概ね終了して
いるから、9月になって支給というのは無理がある。

結論 「この資料をもって」紅卍字会以外の団体が
埋葬作業をした証拠になるとは言えない。

@何かと話題の「東中野教授」著「南京大虐殺の徹底検証」
によると「警官の給料が3〜5円」だった当時「一つの死体」
を埋葬して「30銭」ってのは、なかなか魅力な仕事であった
らしい。 参考 >>521

今でいう「公共事業」ってやつだな。

まぁ実際には「紅卍字会」に対して「1体=30銭」の計算
で支払われていたので「労働者」が受け取る給料は30銭よりは
少なかったと思われるが「高給」であったことに変わりはない。
すでに「虐殺派」の方からのレスにより「埋葬作業の窓口」
は「紅卍字会」だったと証明されている。 >>487 参照

結論として「紅卍字会」以外の団体が埋葬に参加したとしても
その埋葬作業量は「紅卍字会」のものとして計上された。

よって南京城及びその周辺で「埋葬された死体」は「約43000体」
「この埋葬体には戦死(2〜3万)が含まれる。


596 :グース:2001/02/27(火) 05:22
>>579 引用
>「20万人以上」というのを「20万人」としか捉えないのですね
   ↑
単なる記入ミス。20万以上=20万以上(当然のことですな)

>>578 本題の引用
>日記を「不確実」だとする検証の過程を教えて下さいとしています。
>陣中日記等を使用した論が「信用ならないから使わない」と言うならば、
「信用ならない」という検証結果を導いた過程を教えて下さい
    ↑
まず「常識」として「日時が確定した公文書」が一番信頼度が高い 
(信頼度AAA)最高である。
これは「理解しろ」(笑)

個人の日記は「いつか書かれたものかはっきりしない」
場合が多い。戦後になって書かれた「回想記」の信頼度は
(信頼度C)最低  これも「理解しろ」(笑)

当時書かれた(1937〜1938)事が確かな「陣中日記」なら
司令官クラス(信頼度 AA)〜一般兵(信頼度 B)

また「戦闘詳報」は(信頼度 AAA)であるが
「戦果報告などについては当てにならない」ってのが常識。


597 :グース:2001/02/27(火) 05:47
わしが「陣中日記、戦闘詳報を使用しない理由」
わしは「南京問題」において「数」を問題としているから(笑)
(このスレの1を読んでね)理解してねん。

まず「日露戦争」から行ってみっか。
明治38年3月10日 奉天会戦は日本軍の勝利で幕を閉じた。
司令部「野津大将」の元には「捕獲兵器」の報告や「捕虜確保」
の「報告が殺到」した(笑)
最終的には「捕虜確保9万」まで膨れ上がり司令部は対応するべく
「臨時委員会」を作り食料や管理などをどうするか悩んでいた。

大本営に対し司令部は「捕虜確保10万」と水増し報告。

翌日3/11日
正午までの「捕虜」の総数はたった「29000人」(笑)
司令部は困ったらしい。

この原因は白旗を振って出てきたロシア軍を「各部隊が別個」
に「戦果として報告」したためである(笑)

つまり「戦闘詳報」とは「がんばりましたぁ!」という報告
であり、まちがいなく「数は過大」になる。
2〜3倍になることは「珍しくはない」
また「隣接する部隊」との「重複報告」の問題もある。
   〜〜〜〜〜〜    〜〜〜〜〜
この場合は、実際の戦果の「5〜10倍」になることもある。


598 :グース:2001/02/27(火) 06:42
わしが「陣中日記、戦闘詳報を使用しない理由」 2
わしは「南京問題」において「数」を問題としているから(笑

では「南京において」はどうだったか?実際の報告から見てみよう。

12/13早朝歩45第11中隊 揚子江東岸(上河鎮、新河鎮付近)
優勢な中国軍(兵力4万と目算)と遭遇戦を演じ、中隊長以下
戦死16、負傷36の損害を受けながら、これを撃退した。
(遺棄死体約6000と目算)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
とまぁ「戦闘詳報」はこんな感じ。
高橋中尉は「死体は枕木を敷き詰めたよう」と表現し
第6師団長「谷中将」は「川岸一面死体をもって覆われたる」
と表現している。
谷中将は「死体の数は過少申告の可能性」ありと再調査を命じる。
          〜〜〜〜
ところが、12/20に調査した結果「遺棄死体は2377体」しかなかった。

「戦果は過大に報告される」これは先行研究を踏まえてれば
「当然のこと」だから「戦闘詳報を積み上げて」戦果を研究
するのは難しいのねん。

また、「現在確認中」なのだが(資料を探してるとこ)
当時第11軍司令官だった「阿南日記」には
「戦果に関する数字は慣例に従って3倍に計上した」
という意味の記述があるという。

また、「2000体」程度の死体でも「枕木を敷き詰めた」
ように見えるのだから「死体の数」を数えるのは難しい。
ということがわかる。

公式資料である「戦闘詳報」ですら「戦果」については
この程度である。「陣中日記」の精度は「個人の感覚」
で記載されるので「戦闘詳報」以上ということはない。

結論 「数の研究」には「陣中日記」「戦闘詳報」は不向きである。

ただし「陣中日記」「戦闘詳報」においてしか「わからない」
事実もたくさんある。「捕虜殺害」の違法性や
「誰が命令を下したか」については「重要な資料」といえる。    

599 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 08:36
なんで下げて書いてるの?

600 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 09:18
>>596
なぜに9月の時点で資金難に陥っているのでしょうか?
慈善団体が埋葬作業のみを行うとか、逆に埋葬作業は行わないとか
非常時でも非常時でなくとも行う活動の種類を変えなかったと考えるのは
自然なことでしょうか?私にはとても自然と思われませんが。

>すでに「虐殺派」の方からのレスにより「埋葬作業の窓口」
>は「紅卍字会」だったと証明されている。

「埋葬作業が日本軍から許可がいる時期には」腕章等を借りることで
埋葬作業に従事することが出来た、というだけの話ですのでここから
>結論として「紅卍字会」以外の団体が埋葬に参加したとしても
>その埋葬作業量は「紅卍字会」のものとして計上された。
と断定する根拠には全くならないはずですが。

ちなみに、崇善堂はラーベが「よく調べていなかった」という東側で埋葬作業を行っていた
と言われているようですね。


601 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 09:19
>>597・598
どこからそのようなめちゃくちゃな「信頼度」のランク付けなどを教わったのか。
日時の確定作業に於いては日時の記された資料が「使いやすい」というだけの話です。
偉い人(司令官クラス)の書いた物ほど信頼できるなどといった暴論についても
司令官クラスの出来事は司令官クラスの記録によって解明できることが多い、
末端のことは末端の人の記録によって解明できることが多い、
という情報の質が違うだけで信頼度の違いなどではないことは常識です。
公文書と私文書の違いも同じです。

数を問題にしているならばなおさら陣中日誌等は使用せねばならないはず。
そもそもグース氏があげた戦闘詳報の例では、再調査の結果までわかっているではないですか。
戦果は3倍にする慣例があったとされるならば3分の1にすればいいことです。

602 :グース:2001/02/27(火) 15:44
>>600
>なぜに9月の時点で資金難に陥っているのでしょうか?

「これは各団体の帳簿」がないので不明(笑)
ただし「一般的に」考えると慈善団体の活動は「埋葬」
作業だけではないよね?
南京では多くの避難民が「餓死」したという記録はない。
もちろん「軍の援助」もあったが、多くの慈善団体が
「生きている人」の為になんらかの活動(食料の配布)などの
活動を行った結果「資金難」に陥ったかもしれない。

資料の無い部分は「推論」するしかないけどねん。
>>600 引用
>行う活動の種類を変えなかったと考えるのは
>自然なことでしょうか?
   ↑
これは君が引用したHPの見解だから「そっちで聞いてねん」
>>600 引用
>その埋葬作業量は「紅卍字会」のものとして計上された。
>と断定する根拠には全くならないはずですが
     ↑
この部分も「明快な資料」はないのよねん。
>>551-553 参照 してもらえば分かるが
「紅卍字会」の埋葬量43000体は「紅卍字会」の能力を超えている。

とすれば「埋葬記録は捏造」か「能力以上の埋葬をした根拠」
を示さなければならない。=理解できるか?

つまり「各団体」が埋葬を手伝い、その作業は「紅卍字会」に
計上した。その理由は「紅卍字会」だけが自治政府から「埋葬料金」
をもらっていたから(笑)

ここからは「仮説」になる。「無許可で埋葬」しても1円にも
ならないが、「紅卍字会」の作業として計上すれば「1埋葬30銭」
になる。だとしたら「紅卍字会」が下請けを使ったとしても
また、他の団体が「下請けを望んだ」としても無理は無い。

これがわしの見解だな。

603 :グース:2001/02/27(火) 16:11
>>601 引用
>(司令官クラス)の書いた物ほど信頼できるなどといった暴論
   ↑
こんなこと「どこで習った」(笑)
ちなみに「軍隊における階級」で信頼度がかわるのは常識。
秦郁彦教授も同様のことを言っている。
少なくとも「日時」はわりと正確であるし「捏造」の可能性も低い。

>情報の質が違うだけで信頼度の違いなどではないことは常識です
    ↑
これも「嘘」だな。(下級兵士の日記について)
下級兵士の日記は「後日になって捏造」されたものがある。
また「最高裁判所までで争って」インチキが判明したものもある。
しかも「当時の戦友」が「この日記は間違っています」といっても
「虐殺派=笠原十九司」は「内容を検証」しないし訂正もしない。

結局「虐殺派の学者」がインチキばっかりやってるから
虐殺派推薦の「下級兵士の日記」は「検証」しないと使えない。

でさ、本来「検証」は「著者なり出版社」が行うべきものだよな?
ところが「笠原十九司」は検証しないから「インチキ」なのねん。
「捏造写真」の件もしってるよなぁ(笑)

君が言うように「下級兵士の日記」が事実を明かすこともある。
しかしその前提条件として「検証」がなされていなければ「価値」
はない。これは「著者」の仕事だろ?

それを「なかった派」の仕事とするのは「フェアじゃない」

で、君自身は「先行研究」を踏まえた結果(笑)
どういう「結論」にたどり着いたの?
南京城とその周辺での犠牲者の数は?
陣中日記を検証した結果どのような結論がでたの?
     ↑
はい「お答え待ってます」(笑)

604 :名無しさん:2001/02/27(火) 21:37
南京陥落時、支邦人無差別処刑なら、南京から人はいなくなっている。
埋葬する支邦人がいること自体、無差別処刑ではないことが分かる。
違うかね。
偽造される資料、写真、証言より、常識が一番だ。

南京事件デマは通州日本人大虐殺をごまかす宣伝用の大嘘だ。
支邦人戦闘員の射殺処刑は戦場の常識。
日本人も支邦人に52万人も殺されている。
怒れ日本人。

605 :酔鯨ジョーカー武蔵之守:2001/02/27(火) 21:43
蒋と毛の謀略だよ。

606 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 23:15
だから国共内戦や文化大革命がもっともっと徹底的に成し遂げられときゃ良かった。
中国人同士の殺し合いなら、日本の責任なんて追及できへんやろ、ざまみろ。

607 :日本@名無史さん:2001/02/27(火) 23:39
なんか電波が入ってきたな・・・

608 :日本@名無史さん:2001/02/28(水) 00:01
>グース(594)
>つまり「ラーベのいう135万」とは7月にラーベが南京を旅立った
>ときの人口であり、そ時点で「何十万もの市民」が脱出したと
>「同じ文章の中」で記している。
>で、9月に南京に戻った時には「100万程度」に減少していた。

これはグースによるトリックだな(笑)8月半ばの爆撃後に避難を始めた
富裕層数十万は12月6日の日記に書いてある「約80万の恵まれた市民」
の中に入ってるよ。この80万は南京の渡洋爆撃以来、避難した富裕層と
いう意味でラーベは述べている。
グースは南京爆撃後の富裕層避難民、数十万と、ラーベが南京に戻って以降の
富裕層避難民約80万を分けて考えていることになるな(笑)これじゃ
戦前の南京城区には富裕層が80万+数十万で、100万以上の富裕層がいた、
ということになるがな(笑)
よって100万ー80万(9月以降に80万の富裕層が避難したというグース
のこじつけ)は成り立たない。あくまで135ー80万である。

>結論 12/6日 55万説は「笠原十九司」のミス。

これは笠原の本をグースが読んでいない証拠になる。
笠原は(広義の)南京攻略戦開始当時の人口が40万
〜50万といってるのだよ。笠原は南京攻略戦の開始
は、1937年11月19日に日本軍が進出制令線を
突破したときに始まる。と書いているよ。
笠原がいう40万〜50万は11月19日当時を指している
のである。南京市の公文書11/23「約50万」 11/27「30〜40万」
とも矛盾はないのだよ(笑)

そして安全区と城内に隠れていた民間人が合わせて25万〜30万の間。
残り20万以上の内、若干の船賃を持っていた貧困層は揚子江を対岸に
渡れただろうが、一文無しの貧困層の内、安全区以外へ逃げた者達が
近郊県へ向けて徒歩で避難したと考えられる。
徒歩で避難した者は、侵攻速度が速い日本軍に包囲される形になったと言える。



609 :日本@名無史さん:2001/02/28(水) 01:54
>>602
結局、松尾さんところの史料についてのグース氏の見解は「不明」「推論」で
あるということなのですね。

>この部分も「明快な資料」はないのよねん。

でしたら「証明されている」というのは「単なる記入ミス」ということでしょうか?
見解はわかりましたが、それでは逆の説の否定もできませんね。
「紅卍字会の記録が他の埋葬団体の成果も含まれている根拠」 には資料的根拠は
ないわけで、 さらにグース氏の推論は、南京市自治委員会とのやりとりした書簡の
存在を否定した上でないと成り立たないわけですから。
ついでに602だけでは「日本軍から許可をもらわずとも埋葬をすることが出来るよう
になった時期にも民間の団体が紅卍字会の傘下で埋葬をしていた」という根拠も示さ
れていないようですね。


610 :日本@名無史さん:2001/02/28(水) 01:55
>>603
笠原氏の写真の件は、資料として引用したものではありませんでしたから論への影響
はありませんでした。実際に岩波書店と連名で謝罪をした上で写真は差し替えられた
はずですし、その点笠原氏は現在でも自ら表明しています。東日記は、引用されてま
したっけ?

>ちなみに「軍隊における階級」で信頼度がかわるのは常識。
>秦郁彦教授も同様のことを言っている。

「概して信頼度は落ちる」が「末端の実状を捉えた第1級のものもある」と
秦氏は書かれているはずですが。しかもこれも第1次史料の範疇に入れている。
グース氏は秦氏の信頼度ランキングを援用しながら同人が「第一次史料」と
判断されたものを何の検証もなく切り捨てているというわけですか。

中公新書で書かれている信頼度の格付けにしても、何についての信頼度なのか
秦氏は明らかにされていませんが、これが一般的な史料論だとするならば少な
くとも「常識」ではありません。
解明する事項によって「使える」「使えない」史料の判断はありますが(それに
よって公文書が使える場合は多いですが)それは記述の正確さ・信頼度という意味
での振り分けではない。秦氏がそのようなことまで範疇に入れてのランク付けなの
かはわかりませんが。

>結局「虐殺派の学者」がインチキばっかりやってるから
>虐殺派推薦の「下級兵士の日記」は「検証」しないと使えない。

鈴木氏の改竄が指摘されたのに未だに著作を持ち上げている人達の書いた物は、頭
から「使えない」と判断してもよろしいのでしょうか?
秦郁彦の論も某氏の回想録などを引用しているので検証しなくとも全て「使えない」
と判断しますか?

>しかしその前提条件として「検証」がなされていなければ「価値」
>はない。これは「著者」の仕事だろ?
>それを「なかった派」の仕事とするのは「フェアじゃない」

検証をした上で史料を使うことは当然のこと。ですから「なかった派」が著者に求め
るべき仕事は史料の検証などという当たり前のことではありません。無かった派の仕
事は「お前の使っている史料はこういう理由でおかしい」「お前の論はこれこれこう
間違っている」などという指摘(誤読の上での指摘では意味がありませんが)を行っ
た上での反論です。その為には相手の使用している資料も検証しなければならない時
もあります。
何度も書きましたが、実際吉田裕氏などは鈴木氏の論に対して不審を持ちながらも
原本の史料を確認しその文が違うと判断され、初めて鈴木氏の当該の文は否定された
のです。逆に言えばそれまでは「否定できなかった」のです。

否定するには、その場その場の検証による否定できるだけの根拠が必要となります。
ある先行研究を否定できるのは、否定できるだけの検証を積み重ねた上での判断を
下すことのできる人です。でなければ研究成果を一般に知らしめ積み重ねられていく
意味がありません。

611 :忘れてた:2001/02/28(水) 02:13
>南京城とその周辺での犠牲者の数は?
私は、秦氏の3.8〜4.2万程度で最低ラインと思います。
ちなみに笠原氏の概算の内訳は↓で記されていますが
http://plaza25.mbn.or.jp/~hinode_kogei/DATA.html#nanking1
合計数及び合計方法はサイト管理人氏の計算ですが、これによれば笠原氏が明らかに
した戦闘詳報等の記述からの概算は最低で8万程度になっています。これはかっこ内
の数(=後の行方が記述されていない捕虜の人数及び他部隊の記述との重なりも想定
される死体目撃の記述)を全てゼロとし、「数千」の記述を2000とした上での数です。
これを半分にすれば秦氏の推定と一致します。
「半分にする」のは「戦果」は一般に大目の見積もりをする傾向があるというこ
とを鑑みた一応の概算です。
(ちなみに、先にグース氏が例を出した12/13の歩45第11中隊の記述はないですね。
純粋に「戦闘」によっての死傷者数と判明しているからでしょう。このような戦闘に
よる成果ならともかく、ハーグ陸戦条約批准以後のこの戦争において捕虜の殺害まで
「戦果」として何倍も過大に報告するとは思えないのですが)

しかし、私が4万を「最低ライン」とするのは、これらの概数を計上した以外の部隊
(=記録が公開されていない南京攻略軍の半分以上の部隊)が、同じような行為を
していないとは考えにくいことからです。

以上のようなことから最低ライン4万で上限は10万以上でも不可能ではないと思い
ますし、中国のいう「軍民」30万をあげつらう気もありません。

612 :グース:2001/02/28(水) 03:00
>>608
いいかげに「みっともない」から「止めろ」(笑)
あくまでも「ラーベの日記」には12/6の記述で「80万避難」
となっている。

>>608 引用
>笠原は南京攻略戦の開始
>は、1937年11月19日に日本軍が進出制令線を
>突破したときに始まる。と書いているよ。
    ↑
笠原がどう言ってるかは関係ないだろう(笑)
しかも日付けが「11/19」てなに?
「虐殺派」はこういう明らかなミスですら認めないから
困るのねん(笑)

「笠原」の主張は「135-80=55万残留」なんだろ?
で「ラーベが80万脱出」って書いたのは12/6日。
つまり「笠原」は「ラーベが12/6の段階で南京市民を55万」
と考えていたと主張している。
   ↑
「これは明らかな捏造」

ラーベの日記
11/25 (南京の真実 講談社文庫)
「20万以上の生命が危機に〜」P69
「20万をこす非戦闘員がいるというけど」P70
「20万を越す非戦闘員の保護の為」P71
11/28
「警察庁長、王固盤は、南京には中国人がまだ20万人」P77

12/6「約80万人という恵まれた市民を逃がしたんだ」P96
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ゴラァ

12/10「20万人の人の命」=(20万と断定してる)P107
 
結論「ラーベは11月末以降の南京の人口」をおよそ20万と見ていた。

613 :グース:2001/02/28(水) 03:38
>>609-610
君は「読解力」が不足しすぎだな(笑)
他人のレスを「一部分だけ」恣意的に取り出して論評するんだよな。
やりすぎると「議論」がつまらなくなるど。
(別人だろうがラーベの件もしつこいし)

>松尾さんところの史料についてのグース氏の見解は「不明」「推論」
    ↑
そんなこと言ったか? レス番示してくれ。

全般的に >>609 の意味がよく分からん。
「紅卍字会が下請けを使ったという文献」はないよ(笑)
あったら「論争」にならないだろ? 参考 >>602

>「日本軍から許可をもらわずとも埋葬をすることが出来るよう
になった時期にも民間の団体が紅卍字会の傘下で埋葬をしていた」
    ↑
ああ。4月以降も「紅卍字会以外の団体が埋葬活動をした」
という資料が無いからね(笑)
すでに >>531 で「死体」の総数について「4〜5万」と
考察しているからここに「反論」しないと話が進まないよ。

存在しない「死体」は埋めれないだろ?

>グース氏の推論は、南京市自治委員会とのやりとりした書簡の
>存在を否定した上でないと成り立たないわけですから。

例の「バッテリー」がどうこうって奴ね。
戦後資料ということで信頼度は低いよね。
井上久士のように「戦後資料」であることを隠して「読者を騙す」
奴がいるからなぁ(笑)
「紅卍字会」の活動は「同時資料」として「日、中、外人」
の記録に残っている。それと比べると「証拠として弱い」のでは?


614 :グース:2001/02/28(水) 04:13
>>610
わかってないな(笑)
問題なのは「ろくな検証をしない笠原の態度」なんだけどね。
研究者として「恥」をしらないいだよなぁ(笑)
「13の嘘」でも反省してないしねぇ。

>>610 引用
>信頼度ランキングを援用しながら同人が「第一次史料」と
>判断されたものを何の検証もなく切り捨てているというわけですか
    ↑
はいこれも「恣意的」な引用。
どこでこんな事を言ったのかレス番示してね(笑)
いやぁ「反撃」も印象操作だけになってきたなぁ。

>鈴木氏の改竄が指摘されたのに未だに著作を持ち上げている人達の書いた物は、頭
>から「使えない」と判断してもよろしいのでしょうか?
     ↑
根本的に考え方が幼稚だな(笑)
「検証された資料」なら誰が引用しても問題ないよ(当然)
検証されてない資料は、誰が引用しようとも「あやしい」ので
参考にしかならないってこと。

>「お前の使っている史料はこういう理由でおかしい」「お前の論はこれこれこう
>間違っている」などという指摘
    ↑
「さんざんやってるんですけど」(笑)
@南京の人口は「20万程度」でそのほとんどが「安全区」にいた。
公的な資料もあり、同時代の多方面からの証言もある。
それを覆す資料はないのに「南京市民30〜40万」っていうのは
「あきらかにおかしい」

@南京防衛軍は「当初10万、落城時5万」という公式記録があるのに
「最近になって15万」ってのは「間違っている」

@当時の記録によると「南京城」とその周辺にあった死体は
約4万と推定されるのに「15万以上埋葬」ってのは妙である。

@当時の記録は「全くなく」戦後10年以上経ってから
「実は11万体埋葬しました」っていう「崇善堂」が出てくるとは
不思議な事だ。さらに「戦後になって続々と」崇善堂が埋葬した
という「記録」がでてくるとは(笑)

>>610 引用
>検証をした上で史料を使うことは当然のこと
「その通り!! 笠原はまず(資料の検証)をするべき!」

>否定できるだけの根拠が必要
「まさに! 公的資料を否定するだけの根拠は必要」

全部「虐殺肯定派」にあてはまるんですけど(w

615 :グース:2001/02/28(水) 04:21
>>611
このレスはいいど。
論旨が明確だし、資料もある。君自身の見解もわかりやすい。

最初から「こういう引用」をしていれば
無駄なレスを使う必要もなかったのだがな。

結局「長田」のインチキHPと「笠原の嘘」を指摘
すれば納得するんだろ?(笑)



616 :グース:2001/02/28(水) 04:59
http://plaza25.mbn.or.jp/~hinode_kogei/DATA.html#nanking1
インチキ左翼「長田」の恥ずかしいHPです(はぁと)

>>611 の希望により特別に「リンク先」の検証をする。
まず「問題」なのが日本人が殺害した「軍民の数」
である。これらの資料には「民間人」は含まれない。

@「民間人がいた」というのは「笠原の妄想」である。

2番目にデーターの「引用先が記載されてない」
これは「管理人である長田」の仕業である。
どこから「引用してきたデーター」なのかはっきりしないと
「検証のしようがない」(笑)
@(だから長田はインチキなんだよなぁ)

でもまぁ「笠原」の著書があったから「可能な限り」
やってみる(笑)

@16師団の「歩38連隊」「歩33連隊」で6〜8千の計上
これは「戦闘詳報」と「南京戦史」からの引用なので
とりあえず「問題はない」

だが「戦果は過大」である。
というのも「現場は河」である。渡河する敵兵を数える
のは難しい。しかも流れで移動するし(笑)
歩38連隊と歩33連隊が「並んで射撃」したら「どっちの弾」
があたったのか「判断できない」

しかも「渡河してる中国軍」は「1万強」が生還している。
(第2軍が中心)

このことから「歩33」「歩38」の戦果は「合計で1000〜2000」
程度と思われる(多めに考えても)

っていうか「これは戦闘行為」なので「捕虜殺害」とは
ちがうよなぁ(笑) だから「長田」も「笠原」もインチキ
なのよねん(笑)

結論 この部分は戦闘行為なので(捏造)

@海軍第11戦隊(約10000)=下のほうね(笑)
これも上の「長江渡江中殺戮」の続きでこれも「戦闘行為」
まぁ実際に海軍が現場についたのは中国軍が渡河を始めてから
「22時間後」(笑)
「中国兵」はポツポツと流れている程度で、大部分の中国兵
はすでに渡河に成功していた。

結論 この部分も戦闘行為なので「0」計上。

@合計で笠原理論より18000人マイナス。

617 :グース:2001/02/28(水) 05:16
第16師団 12/13日分
佐々木支隊  一万数千
    〃    数千
   1中隊  1300 〃
重砲兵第2大隊 7000〜8000 (藤原 南京の日本軍)

見にくいが、がまんせい(笑)
まず「大問題」なのが=「重砲兵第2大隊 7000〜8000」
である。なんてたって「引用先が 他人の著書」(笑)

研究者失格だよなぁ(笑)
原本とは言わないがせめてデーターの引用は「資料集」
からにしようね笠原十九司君(笑)

結論から言うと「7000〜8000」人は「生きてます」
「東日記」がインチキであると最高裁で判明したため
これらの捕虜は「殺されなかった」と結論がでている。

あれ? 笠原君はしらなかったのかな?

@「知ってるから引用先が藤原彰の著書なんだよなぁ」(笑)

結論 とりあえず「8000人」マイナスしてねん。

618 :グース:2001/02/28(水) 06:29
>>617 の続き
佐々木支隊の「1万数千人」とその下の「数千人」

とりあえず「笠原の本」には「数千人」殺害の記述がないんですけど(笑)
っていうか引用先が「本書153P」って「手ぇ抜くなよ」

中島日記によると「15000と1300と7000〜8000」の3ケ所なので
笠原の「数千人は捏造」と判定

@結論「2000人マイナスしてねん」

そして「1万数千」について
「中島日記」がネタ元なんだろうけど
「佐々木部隊にて(処理)せしもの」っていう表現がね
「笠原十九司」の手にかかるとこうなる(笑)

@「処理=処刑」(ぉぃぉぃ)

ここでも「捏造」してるのねん(笑)
で「佐々木日記」を読んでみると
「作戦地域内に遺棄された敵屍は1万数千、装甲車が江上にて撃滅した
ものならび、各部隊の俘虜を合計すれば我が支隊のみにて2万以上の敵
は解決されているはずである」
〜〜〜〜〜

つまり「敵屍」(戦死と捕虜殺害)合計で1万数千。
そして「生きている捕虜」が存在したことがわかる。

しかも「解決=処理」としているようなので
「処理=殺害」ではないということが理解できる(笑)

「生きている捕虜」がいるということは「皆殺し」
ではなかったということ。反抗的な捕虜を殺害したと考える
のが自然なのねん。

@ちなみに「1万数千人」のなかで捕虜が何人いたかは不明。
(とりあえず半分にすっか? 7500人マイナス)

ラスト の1300人
これも「あやしい」っていうのは「堀曹長」の手記によれば
「捕虜500人以上」となっているから。
これは通信隊の人なんだけど1ケ分隊7人で「500人の捕虜」
を確保したらしい。
本体に連絡しても「救援」はなく、やむ終えず7人で連行
したら「捕虜があばれだし」やむなく射撃。
「200人程は逃亡」ということだから「残りは300人」

結論 「これを捕虜殺害としても1000人マイナス」

ここまでの合計で18000+8000+2000+7500+1000
「笠原理論より合計-36500」

とりあえず「検証はこんなもんで」いいだろ?
他の部分も検証したいが資料が無い。
ただ「戦闘詳報」や「陣中日記」の数値が「過大である」こと
は理解できただろう。

戦闘詳報や陣中日記を単純に合計しただけでは「全体図」は
見えないのねん(笑)

>>611 引用
>これらの概数を計上した以外の部隊
(=記録が公開されていない南京攻略軍の半分以上の部隊)が、
同じような行為を していないとは考えにくいことからです。
    ↑
細かい捕虜殺害はわからないが「大きなものは」全部計上
されてるよ。あと「殺害の記述」がないものは「解放」
されたと考えるのが自然なんだけどね。

あと「捕虜の処理」ってのは「解放」も含むのよ。

約8万から「わしの推計3.6万」を引くと「残り5.4万」
これを1/3にすると、約18000人(笑)

偶然だが「捕虜殺害1〜2万」という「わしの推計」とも
一致したりするのねん(笑)


619 :日本@名無史さん:2001/02/28(水) 07:31
>グース(612)
>いいかげに「みっともない」から「止めろ」(笑)
あくまでも「ラーベの日記」には12/6の記述で「80万避難」
となっている。

おいおい、富裕層80万の避難は早くに終わっているんじゃ
ない? 12月6日の日記では「家族を連れて逃げたくても金が
なかった」貧困層が残っていることへの対比として、これまでに
(渡洋爆撃開始後から)80万の富裕層が先に避難している、ということを
書いただけだろ。ちゃうか?
渡洋爆撃前の南京人口(7月当時)が135万だろ!?
よって
135ー80=55万とは、あくまで11月半ば頃まで続いた富裕層
の避難後の人口ということになる。
それをラーベは、12月6日の日記の成り行き上、80万の富裕層が
(過去に)避難したといってるのだ。恣意的に解釈してるんだよアンタは(藁
20万以上というラーベの推測は、11月後半から12月初めにかけて
その残った50万以上の人口から、貧困層が避難した後の人口推測を指して
いるんだよ。

>笠原がどう言ってるかは関係ないだろう(笑)
しかも日付けが「11/19」てなに?
「虐殺派」はこういう明らかなミスですら認めないから
困るのねん(笑)

どう言ってるかは関係あるよ(藁
笠原は12月6日時点で55万なんて言ってないって!
南京攻略戦開始のころ、の南京人口が50万くらいと述べてるよ。
グースは南京攻略戦を12月5日前後に開始される、近郊県での
戦いからだけだと思ってるのか?
残念だが、笠原ら肯定派は南京攻略戦を広義〜狭義と分けて考えている。
私のあたった本では、南京人口約50万とは広義(11月18、19日頃から)
の南京攻略戦が始まった当時の人口として笠原は述べている。
広義とは「進出制令線」(大本営が設定した上海戦区と南京戦区を分ける線)
を上海派遣軍が突破した時期である。
笠原や中国が言う「南京大虐殺の範囲」とは「狭義の」南京戦が始まった時期
以降を指す。それが12月5日前後の近郊県での戦いだ。
その時点での笠原の南京人口推測は25〜30万である。ラーベの言う20万
以上とも矛盾しない。

アンタの言ってることのが訳わからんよ(藁



620 :日本@名無史さん :2001/02/28(水) 07:40
>>619
見苦しい、あんたの負け

621 :日本@名無史さん:2001/02/28(水) 09:17
>>611 戦闘詳報って日本軍の記録じゃないの?そんなの信用できるの?どうせ戦果を水増ししてんじゃないの?

622 :日本@名無史さん:2001/02/28(水) 12:16
>>619
「広義」と「狭義」の定義が、いまひとつ不明瞭な気が・・


623 :日本@名無史さん:2001/02/28(水) 21:15
>>619

拡散して行くなあ。いつか見た風景だ。

624 :tosi:2001/02/28(水) 22:40
   そもそも
何万人も死んだという事件にしちゃあ、
物的証拠が無さすぎだと思わないんですか?
肯定派の人


625 :日本@名無史さん :2001/02/28(水) 22:59
一番うさんくさいのは中国側が南京への日本の調査団を
拒否してることだな。

626 :日本@名無史さん:2001/02/28(水) 23:17
一番うんこくさいのは中国側の便所だな

627 :日本@名無史さん:2001/03/01(木) 00:14
戦は殺せば殺すほど功が有ります。ですから南京での戦いは日本の誉れです♪

628 :日本@名無史さん:2001/03/01(木) 00:14
>1

2人です。

629 :日本@名無史さん:2001/03/01(木) 00:15
文化大革命が最高!

630 :619補足:2001/03/01(木) 01:11
たぶん勘違いしている人が多いと思うので補足すると、
619での南京人口とは南京城区のみの人口の話です。
広義とか狭義とか述べたので、50万人が南京城区から
近郊県その他も含めた11月半ば頃の人口と勘違いされたかた
がいると思います。
笠原は南京攻略戦(広義の)が始まった頃の、「南京城区」の
人口であると、「時期説明」として言ったのであり、広義の南京
攻略戦がはじまった頃の、全ての作戦地域に住んだ総人口という
意味では言ってませんので勘違いしないでください。
もし南京戦区の全ての11月半ばの人口だったら、数百万規模に
なってしまうでしょう。


631 :名無しウナギは鼻が象だ!:2001/03/01(木) 01:15
>628
 なんという歴史認識の甘さだ。
 5人は死んでるぞ。

632 :日本@名無史さん:2001/03/01(木) 02:26
>631
なに! それはヒドイ大虐殺じゃないか! 日帝の侵略ゆるすまじ!

633 :日本@名無史さん:2001/03/01(木) 02:43
>>631-632
漫才をしてる場合か(藁

634 :グース:2001/03/01(木) 04:30
あと人口減少について説明しておくか(笑)

再度用語説明
「南京城」=城壁で囲まれた都市。(面は世田谷の80%)
「南京城区」=南京城とその周辺。
「南京行政区」=南京城と近郊6県(東京、神奈川、埼玉ぐらい)

戦後すぐ「スマイス博士」によって戦争の被害が調査された。

その調査によると「近郊ほぼ6県」の「戦争による死亡者」
は「約27000人」である。
これには「日本軍、中国軍」双方によるものが含まれ
(戦闘に巻き込まれた)等の詳しい原因は解明されていない。

つまり「中国が主張」する南京大虐殺の期間
(12/13以降の6週間)の近郊農村での被害は「ほぼ確定」
されているのねん。

ここで「日本軍」の責任比率をどう見るかは「異論」が
あろうが、わしは多めに見積もって30%「9000人」を
日本軍の責任と計上した。

そして「人口調査」において >>434 が指摘した通り
近郊ほぼ6県では「120万→75万」と「45万人減少」している。
そして「南京城区」では「100万→25万」と「75万人減少」
してるのよ(笑)

南京城区という「狭い面積」で「75万人減少」
農村部の「東京、神奈川、埼玉」に匹敵する面積で「45万減少」

南京城区「100万」から「25万」=減少率75%
近郊農村「120万」から「75万」=減少率62.5%

南京城区で「人口が減少」したのは「住民が避難」したから。
近郊農村では「どうだったのだろうか?」

635 :日本@名無史さん:2001/03/01(木) 04:38
グースさん、いつも早起きだな〜。
俺は朝方寝るというのに。

636 :日本@名無史さん:2001/03/01(木) 04:40
間違えてあげちゃった。スマソ。

637 :日本@名無史さん:2001/03/01(木) 08:50
中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ中蛮人の悪しき遺伝子は駆逐せよ

638 :名無しさん:2001/03/01(木) 23:57
支邦大陸の真相 K.カワカミ 展転社 (1938年 ロンドン刊行)
戦前の中国政府の工作が色々出ている。面白そう。
外国人特派員を金で使っていた。
ラーベなんかいくら貰っていたか分からない。
「支邦人は力には必ず従うが、理屈には従わない」エルギン卿談。
日本人は,忍耐と我慢の民族である。


639 :日本@名無史さん:2001/03/02(金) 01:05
>>602
>「これは各団体の帳簿」がないので不明(笑)

>資料の無い部分は「推論」するしかないけどねん。

と、言われたことを指したのですが。
松尾さんの所の資料は「崇善堂が活動していた」証左には成り得ているはずです。
その先は推論でしかないわけですから、グース氏と逆の説も断定的に否定すること
はできないはずです。(当人の使われた資料を無視するならば話は別ですが)
ですから>>595のような
>結論として「紅卍字会」以外の団体が埋葬に参加したとしても
>その埋葬作業量は「紅卍字会」のものとして計上された。
これは断定できませんよね?
ということです。

>>531に関しては、否定しませんよ。
慈善団体財政難の為休止した活動の為に9月に補助金を出した資料も、非常時でも
非常時でなくとも行う活動の種類を変えなかったという不自然な(と思える)考え
方については不明としながら、それは埋葬活動に対してのものではないと推定され、
紅卍字会が他団体の埋葬する分も含めて全て正確な数を把握し、日本軍の許可をも
らわずとも埋葬することが出来た時期にも他の団体が紅卍字会の下で働いており、
それらの埋葬分を計上していたというグース氏の推定であるということで認めます。


640 :日本@名無史さん:2001/03/02(金) 01:05
>>614
そもそも当該の部分は常識でないことを「常識」などと断定されるような姿勢に
対して異論を唱えているだけです。

>はいこれも「恣意的」な引用。
>どこでこんな事を言ったのかレス番示してね(笑)

引用など行っておりませんが。
秦氏が信頼度を表すと共に一次史料と分類している史料に対して
>>520
>「全ての陣中日記」を検証するには「莫大な時間」が
>必要だろう(笑)
>引用するための「検証」が面倒くさいから(笑)
検証がめんどくさいから使わない=検討せずに使わないと判断している
と捉えましたが違うのでしょうか。グース氏は階層問わず陣中日記・戦闘詳報を
全く使用されておりません。

641 :日本@名無史さん:2001/03/02(金) 01:06
人数議論にはそれほど興味はないので(そもそも確定できるわけない)
史料解釈等検証方法について主にコメントします。

>@「民間人がいた」というのは「笠原の妄想」である。
そのように断定する根拠は何ですか?

藤原氏の分については書かれると思ってました(笑)
笠原氏の『南京事件』発行日が1997年11月ですので、この時東京高裁の判決は出てお
りません。そもそも東裁判で検証されたのは橋本氏の名誉毀損にあたるかどうかの文、
つまり歩兵第二〇連隊第一大隊第三中隊第三小隊第一分隊で特に郵便袋の分で、それ
以外のいくつかの事実は元中隊長も認めているようですが。
しかし私自身も専門の学者であれば出来れば史料に当たっていただきたいと思います
から、これについて何も思わないわけではありませんが、『南京の日本軍』は現在
確認できずどのような記述なのかわからないので何とも言えません。
参照としてあげるなら長田氏のサイトだけでは当然不十分です。ですから、陣中日記
等の資料を多量にあげてくれているサイトも既にこのスレッドで紹介されていますが。

>@16師団の「歩38連隊」「歩33連隊」で

>しかも「渡河してる中国軍」は「1万強」が生還している。
まさかその何時間も後に渡航する者をさして「生還」などと表現するとは思えませんが
これは後にあげる海軍第11戦隊の「戦果」として報告されたものではないのですよね?

>「歩33」「歩38」の戦果は「合計で1000〜2000」
>程度と思われる(多めに考えても)
33連隊だけで速射砲2時間、さらに38連隊も加わっています。報告は過大でしょうが
最後に3分の1に減らす前にこれほど少なく見積もるのは如何なものでしょうか。

便宜上海軍のほうも一緒に。
>@海軍第11戦隊(約10000)=下のほうね(笑)
>まぁ実際に海軍が現場についたのは中国軍が渡河を始めてから
>「22時間後」(笑)

渡河がはじまったのは12日の深夜ではないですか?
佐々木支隊長の私記では13日の午後2時頃に第11戦隊が下関に到着しています。
第一掃海隊の概要でも15時30分頃下関付近の陸軍部隊に協力して江岸の残兵を銃
砲撃しつつ梅子州付近まで進んだとあります。13日の夜にも掃射は行われている
ようです。
そもそも全ての人間がいっぺんに同じ時間に渡河を開始するなど、統率のとれた
部隊でもないと考えにくいと思いますが。

642 :日本@名無史さん:2001/03/02(金) 01:07
>結論 この部分は戦闘行為なので(捏造)
>結論 この部分も戦闘行為なので「0」計上。

泰山弘道海軍軍医大佐の従軍日記より
  下関に追いつめられ、武器を捨てて身一つとなり、筏に乗りて逃げんとする敵を、
  第十一戦隊の砲艦により撃滅したる者約一万人に達せりという

見聞ですが、伝えた方つまり撃滅した方の認識としてはこういうことだったと思います。
相手も武器を携帯し応酬できるような戦闘行為だったとは思えませんが。
そもそも、避難する一般市民も河を渡ることが全くなかったと?

>笠原の「数千人は捏造」と判定
後に投降してきた捕虜数千人を片端より殺戮という記述がありますが。

>「佐々木部隊にて(処理)せしもの」っていう表現がね
>「笠原十九司」の手にかかるとこうなる(笑)
>@「処理=処刑」(ぉぃぉぃ)

16師団の師団長中島の日記
 一、大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたるも
  (中略)
 一、後に至りて知る処に拠りて佐々木部隊丈にて処理せしもの約一万五千、太平門に
   於ける守備の一中隊長が処理せしもの約一三〇〇其仙鶴門附近に集結したるもの
   約七八千人あり尚続々投降し来る
 一、此七八千人、之を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当らず一案としては百
   二百二分割したる後適当のカ処に誘きて処理する予定なり
 一、此敗残兵の後始末が概して第十六師団方面に多く
処理=片づけると解釈できると思いますが、壕を要する片づけを殺害する以外にどう解釈
できるのでしょうか?

>しかも「解決=処理」としているようなので
>「処理=殺害」ではないということが理解できる

最初にあげたように佐々木支隊長の私記では「敵屍」「撃滅した=殺した敵」と同列で
「俘虜」が記され、これらが全て「解決」したとされている。その師団長である中島の
「処理」については先に書きました。「解決」された「捕虜」が生きているという理解
をするのは難しいかと思いますが。


643 :日本@名無史さん:2001/03/02(金) 01:07
>ラスト の1300人

1300人は太平門守備の中隊としての報告です。報告が過大で最後に減らすとしても
そもそも中隊7人で確保した分だけが報告されたのですか?

>戦闘詳報や陣中日記を単純に合計しただけでは「全体図」は
>見えないのねん(笑)

誰もこれだけで全体図が見えるなどと述べておりません。
しかし、グース氏のようにこれらの史料だけを考察の外としても全体図は
見えないはずです。

>細かい捕虜殺害はわからないが「大きなものは」全部計上
>されてるよ。

3分の2もの記録が公開されていないというのによくご存じですね。

>約8万から「わしの推計3.6万」を引くと「残り5.4万」
>これを1/3にすると、約18000人(笑)

先のような検証ではとてもそんな数になりえません。

644 :秦郁彦氏によれば:2001/03/02(金) 01:27
上海戦から南京戦までの軍人を含めた中国側の死傷者:約30万人
南京攻略後の捕虜@`市民の殺害:約4万人
いずれも推定

645 :仕事人:2001/03/02(金) 01:48
虐殺したと言う確かな証拠も、虐殺は無いと言う確かな証拠も無い。
戦争で有る以上、虐殺は当然あったと考えるのが当然だと考えるが、
そんな??万人も殺す時間的余裕が日本軍には無いし、もし十万単位で
虐殺があったらそれ相応の人骨の発見があって然るべき。
実際は多くても2万人が殺害されたぐらいが妥当。
その中には、便衣兵も含まれると考えられる。
第一、中国も今まで、自国、他国関わらずどのくらいの民間人を
殺害した?それを棚に上げて騒ぐのはおかしい。
中国にとって南京大虐殺と従軍慰安婦は日本からカネを取る道具。

646 :日本@名無史さん:2001/03/02(金) 02:13
人骨が発見されているニュースはある。
でもでっちあげとして信じない人達がいるけどね。

647 :グース:2001/03/02(金) 02:53
>>641
>この時東京高裁の判決は出ておりません。
    ↑
一審の判決は「無視」してもいいのね(笑)

>@「民間人がいた」というのは「笠原の妄想」である。
>そのように断定する根拠は何ですか?
    ↑
さてねぇ(笑)
「安全区」があって「そこに難民がつめかけた」=史実
「正式な避難命令も発令されていた」=史実
「軍人も安全区」に逃げ込んだ=事実
「ラーベは南京城の人口を20万程度と考え、そのほとんどが
安全区にいたとしている」

にもかかわらず難民が「軍隊」と一緒に「渡河作戦」
に加わったという当時の資料がないからなぁ(笑)
    
軍隊の「撤退作戦」だからね(笑)無秩序な敗走ではないのねん。
勘違いしないでね。

>まさかその何時間も後に渡航する者をさして「生還」
   ↑
困ったねどうも(笑)
渡河作戦を敢行したのは「第2軍団」を中心とする北部守備隊
であり「ほぼ全員」(1万強)が揚子江北岸に「生還」してい
るってのは「常識」だと思うが(笑)

>渡河がはじまったのは12日の深夜ではないですか?
   ↑
わしの資料によると「12日の17時頃」となってるが(笑)

>最後に3分の1に減らす前にこれほど少なく見積もるのは
   ↑
撤退成功が「1万強」いるからね。そこから逆算すると
「1000〜3000」が減少ということ。但し「下流に流れた」
部隊もあるんだろ?(笑)
だから「1000〜2000人」撃破で「1000人が下流の三角州」
で取り残されたと計上。

648 :グース:2001/03/02(金) 03:54
>泰山弘道海軍軍医大佐の従軍日記より
     ↑
お医者さんか(笑)軍人とは感覚が違うだろうな。
前にも説明したが中国軍の「渡河撤退作戦」は「この分」
については「大成功」だった。

13日朝10時すぎには「河面一杯」に中国兵を満載した「小船」
が「撤退中」だった。

海軍11戦隊が到着した頃には「ものにつかまって流れてくる」
中国兵に対し「射撃をした」程度(笑)
「どう考えても1万人の存在すら不可能」
つまり「1万撃滅」は「でっちあげ」
まぁ「嘘ついても」死体が残るわけではないしね(笑)

>二百二分割したる後適当のカ処に誘きて処理する予定なり
    ↑
はぁ「ちゃんと読もうね」(笑)
(予定なり)って書いてあるでしょ(笑)
実際に「200分割」して銃殺したという記録はない。

それ以前に「15000人」の捕虜っていうのが「勘違い」
つまり「誤報」だったってことが「佐々木私記」を読めば
理解できる。

>「解決」された「捕虜」が生きているという理解
>をするのは難しいかと思いますが。
    ↑
言葉のセンスの問題だな。
他の記録によると「銃殺」「刺殺」っていう表現もよく見るよね?
「処理」「解決」ってのは「殺害も含む」が「逃亡、解放」
も含むってのがわしの見解。
「逃げられましたぁ」とは報告できまい(笑)

>1300人は太平門守備の中隊としての報告です。
   ↑
さてねぇ(笑)
第16師団通信隊「堀曹長」の手記によると「捕虜は500人程度」
で苦労の末「中隊本部」に引き渡した。
そこに他の捕虜がいたとは書かれはいない。

>やむ終えず7人で連行
>したら「捕虜があばれだし」やむなく射撃。
    ↑
これは「訂正」ね。正確には「第六中隊本部」に引渡し
たあと「敗残兵が手りゅう弾」を投げ警備兵に損害を与え
約200名は遁走した。と、記している。

まぁ「逃げられましたぁ」とは報告できんわな(笑)

>3分の2もの記録が公開されていないというのによくご存じですね
   ↑
おいおい(笑)
基本的にさぁ「自分の頭」で考えようね。
「笠原の主張」は「南京軍15万」で「捕虜8万」だよなぁ?
「表の数字」はすでに「8万」を突破してるねん(笑)

これ「ほとんど計上」されてるって事だろう(爆笑)
「虐殺数を増やそうとするからつまずくのよ」

いやね「殺害確定 8万人」っていう「笠原理論」を半分に考えた
のは正しい思考法だった(笑)

(笠原推定)捕虜8万に対し「目撃情報」が約15万
       ↓
これは「あきらかに過大」だよなぁ?
ってことは「捕虜8万」とすると「約2倍」の過大報告
ということになる。
だから「笠原推定、殺害約8万」を半分にして「約4万」
という推定は「いいかんじ」(笑)

わしの推計によると「捕虜は2〜3万」
つまり笠原表は「5倍」程は過大である。
「笠原推計殺害8万の 1/5」=16000人前後が「実際に殺害」
ってのが「かねてからの結論」

649 :グース:2001/03/02(金) 04:23
>グース氏のようにこれらの史料だけを考察の外としても全体図は
>見えないはずです。

わしには「ほぼ見えてる」けどね(笑)
「南京城区の人口は20万程度」
「そのほとんどは安全区にいたため(大量虐殺)はない」
「南京防衛軍は落城時5万」
「戦死2〜3万、捕虜2〜3万」

@「その内、違法殺害は2万程度」(まぁ4万までは誤差を考えてる)
 つまり「中国の主張」は「でっちあげ」

「南京城」とその周辺に散乱した遺体は4〜5万。
であるという当時の記録とも矛盾はない。

@以上は1937〜1938年に記録された一級資料のみで判断した。
(これらを「覆す」あるいは「否定する」当時の資料はない)

「日本軍の戦闘詳報」「陣中日記」の数値が過大であるのは
常識である(笠原だって認めてる)あとは「どの程度過大」
なのかを判断するべき。すでに見解は示してある。

本来は「表を作成した」笠原がやるべきなのだがね。
(まぁ無理だろうが)
>人数議論にはそれほど興味はないので
    ↑
このスレは「数について」議論する場所だと思うが(笑)


650 :日本@名無史さん:2001/03/02(金) 09:04
ラーベの日記
12月26日
「・・・安全区の他の区域から、何百人かずつ、追い立てられるようにして登録所へ
連れてこられた。今までにすでに2万人が連行されたという。」
38年 1月17日
「・・・難民の数は今や二十五万人と見積もられている。増えた五万人は廃墟になった
ところに住んでいた人たちだ。かれらは、どこに行ったらいいのかわからない。」

ニューヨーク・タイムズ宛無線 1937年12月18日
「・・・一方、安全区という聖域を見いだせずに自宅に待機していた民間人は5万人
以上数えるものと思われるが、」

『南京における戦争被害』
L・C・S・スミス
「市の陥落当時(12月12〜13日)の人口は20万から25万であった。我々が
3月に行った抽出調査で報告された人員を50倍すれば、すぐさま市部調査で表示さ
れている22万1150人という人口数が得られる。この数は当時の住民総数のおそ
らく80ないし90パーセントを表したものであろうし、住民の中には調査員の手の
届かぬ ところに暮らしていたものもあった。」

651 :日本@名無史さん:2001/03/02(金) 10:12
『第十六師団参謀長・中沢三夫大佐の手記』
“敵の兵力、敵に与へたる打撃” (基本部隊は)計八−九師、当時の一師は五千位 のもの
なるへきも是等は首都防衛なる故かく甚しき損害を受けぬ前に充たしたと見るへく一万あり
しものとすれは、八−九万。以前(上海派遣軍)軍第二課の調査によれは、以上の師団等を
併せ20師に上がりるも、是等は各所より敗退し来たりて以上の基本部隊中に入りしものな
るへし、之か10師分ある故二−三千と見て二,三万、総計十−十二(三−原文)万の守備
兵力なるへし。
(「第16師団関係綴」(防衛庁防衛研究所戦史部所蔵)の第16師団参謀長中沢三夫大佐の手記)

『上海派遣軍参謀長・飯沼守少将の陣中日誌』
〔十二月十七日〕
今日迄判明せるところに寄れば南京付近に在りし敵は約二十コ師十万人にして
派遣軍各師団の撃滅したる数は約五万、海軍及び第十軍の撃滅したる数約三万、約二万は
散乱したるもの今後尚撃滅数増加の見込。鹵獲品は相当多数の見込みなるも未だ調査完了せす。

『第16師団佐々木支隊隊長・佐々木到一少将私記』
〔1月5日〕  査問会打ち切り、此日迄に城内より摘出せし敗残兵約二千、旧外交部に収容、
外国宣教師の手中に在りし支那傷病兵を捕虜として収容。
城外近郊に在って不逞行為を続けつつある敗残兵も逐次捕縛、下関に於いて処分するもの
数千に達す。
南京攻略戦に於ける敵の損害は推定約7万にして、落城当日迄に守備に任ぜし敵兵力は
約十万と推算せらる。

652 :日本@名無史さん:2001/03/02(金) 10:12
395 名前:グース投稿日:2001/02/20(火) 02:05
>>392
「南京軍はおよそ10万」ということで話をすすめる。
あとから「蒸し返さない」ようにたのむのねん(笑)

653 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 00:34
肯定派(南京事件調査会)はこれまで何度も否定派に公開討論会
の開催を提案したが、全て否定派が逃げたと、笠原や吉田が述べて
いる。
肯定派は論争に自信があるが、否定派は素人相手に専門用語で
それらしく否定論を展開(殆どトリック)し、国内のみでの否定派
を増やすことにしか能が無いのだ。
奴らは都合の良い史料があると、「ココにこう書いてあるじゃないか!」
と、杓子定規な解釈をし、それ以外の例外の可能性を除外する。
例えば、ラーベがいた安全区委員会の報告書の殺人49件を引用して
「南京事件の犠牲者はたった49人である。大虐殺などなかった」
などとのたまう。実はこの数字は数ある報告の中から選択抜粋したに
過ぎないことがラーベの日記を読めば判るのだが、素人で日記を読む者
は少ないので、騙されてしまうのだ。
同様に、近郊県で殺された人数をスマイス教授が「抽出して」調査した
2万数千という結果を、近郊県で殺された全人数とすり替える。
近郊県では実は45万人も戦前戦後で減っていることをスマイスは明か
にしているのに、否定派はこちらの事実は隠す。勿論、45万がどうなった
かを示す、資料は無いが、推論としては大虐殺があった可能性の成立する余地
はあるということである。
さらに、中国軍の数を史料偏重主義で「10〜11万」などと言うわけだが
臨時の強制徴用した雑兵も含まれた数字であると強弁する。
ところが、唐生智が蒋介石に「2万人の工兵を強制徴用する旨の」秘密電報
記録が現存し、なお当時の指揮官軍人他も、強制徴用の雑兵(やましい徴兵者)
はカウントしないと言ってるのだ。
肯定派は、そういう可能性も当然考慮して数の考察をする。史料偏重主義の
落とし穴にはまらぬためにも重要なことである。
歴史を論ずるには「もしも・・・ひょっとして?」と、あらゆる可能性
を考慮することが重要でだが、否定派にはそれが殆ど無い。・・・

因みに南京論争の本質は本来は数論争ではないし、近郊県における状況を示す
史料にも乏しいため、推論で論じても良いのである。限られた史料のみが全て
というような議論はかえってマズイのである。初めから枠を掛けると、全体像
が見えなくなる。


654 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 01:09
否定派ではないが@`秦郁彦氏はアメリカまでいってディベートした。
「責任は唐司令官にもある。」といったら中国系アメリカ人のすさまじい
ブーイングがおこり@`議論にならなかったらしい。
司会者がここは議論する場所だとたしなめて@`ようやく収まった。


655 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 01:22
ルイス・S・C・スミス博士「南京地区における戦争被害」
1937年12月−1938年3月

2 戦争行為による死傷
 死傷者数および原因

死傷者数および原因ここに報告されている数字は一般市民についてのもので、
敗残兵がまぎれこんでいる可能性はほとんどないといってよい。調査によっ
てえた報告によれば、死者三二五〇人は、情況のあきらかな軍事行為によっ
て死亡したものである。これらの死者のうち二四○○人(七四パーセント)
は軍事行動(1)とは別に[日日本軍]兵士の暴行によって殺されたもので
ある。占領軍の報復を恐れて日本軍にる死傷の報告が実際より少ないと考え
られる理由がある。実際に、報告された数が少ないことは暴行による幼児の
死亡の例が少なからずあったことが知られているのに、それが一例も記録さ
れていないことによっても強調される。
(中略)
日本兵の暴行による死者の八九パーセントおよび負傷者の九○パーセント十二
月十三日以後、すなわち市の占領の完了後におきている。以上に報告された死
傷者に和えて、四二○○人が日本軍に拉致された。臨時の荷役あるいはその他
の日本軍の労役のために徴発されたものについては、ほとんどの事実を報告し
ていない。六月にいたるまでこのようにして拉致されたものについては、消息
のあったものはほとんどない。これらの人びとの運命については、大半がこの
時期の初期に穀されたものと考えられる理由がある。(1)

656 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 01:24
(1)「拉致」がいかに深刻なものであるかということは、拉致された者として
リストされた全員が、男子だったということからもはっざりしている。実際には、
多くの婦人が短期または長期の給仕婦・洗濯婦・売春婦として連行された。
しかし、彼女らのうちだれ一人としてリストされてはいない。

拉致された者の数字が不完全なものであることは疑いない。実際に、最初の調査
表には、これらの人びとは死傷者のうちの一項目「事情により」というところに
書きこまれており、調査の計画過程では必要とされもせず、予想もされなかった
のである。こうして、これらの人びとは並なみならぬ重要性をもつものとなり、
単にその数字が示す以上に重要なものとなっている。こうして、拉致された四二
○○人は、日本兵によって殺された者の数をかなり増加させるに違いないのであ
る(1)。
(1)市内および城郭附近の地域における埋葬者の入念な集計によれば、一万二
○○○人の一般市民が暴行によって死亡した。これらのなかには、武器をもたな
いか武装解除された何万人もの中国兵は合まれていない。三月中に国際委員会の
復興委員会によって調査をうけた一万三五三○家族のうち、拉致された男子は、
十六歳から五十歳にいたる男子全部の二○パーセントにも達するものであった。
これは全市人口からすれば一万八六○人となる。救済をもとめてやってきた家族
の言によるのであるから、誇張されているところもあろう。しかし、この数字と
当調査で報告された四二○○人という数字の差の大部分は、おそらく男子が拉致
されても、拘留あるいは強制労働をさせられて、生存した場合を含むことによる
ものであろう。

657 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 01:44
オレも以前は肯定派だったけど、653は「肯定派」と「否定派」をそのまま入れ替えても文脈が通るよ.
否定派の連中も「肯定派は議論に応じない」って言ってるぞ.

ちなみにオレが肯定派だった頃は、「そんなひどいことをしておいて否定するとは何事だ!」って
義憤に駆られてるところがあったんだよなぁ〜
いまは正直、肯定でも否定でもない.
とりあえず落ち着いて、一切の予断を排除して、両者の言い分に耳を傾けようと思ってる.
でも「予断を排除して落ち着いて考える姿勢」が肯定派の方々にはないように思える.
ま、オレも妙な義憤に駆られてた頃は、そんな余裕はなかったけどね.

槍玉に挙げられてるのが『個人』の場合は冤罪の可能性を考えて、人一倍慎重に冷静に判断する人でも、
相手が「国家」「体制」だと妙に反発したくなる人が多いもんなぁ〜

肯定派の人に意見.
>因みに南京論争の本質は本来は数論争ではないし、近郊県における状況を示す
史料にも乏しいため、推論で論じても良いのである。
この理屈で言うのなら、永遠に解決はないように思うのですが…
「乏しい資料の結果、否定する余地もある」と認めてるようなものだし、これが個人相手なら冤罪になってしまうよ.
とりあえず予断を排除して、冷静に分析しましょうよ.

658 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 01:58
>とりあえず予断を排除して、冷静に分析しましょうよ.
653は冷静に議論を分析していると思いますが。

そもそも、数の確定なんて無理。南京に比べれば難民や防衛軍の
流出入などを考える余地のない、原爆や東京大空襲で死んだ人の
数を寸分違わず確定などできるわけないし。

659 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 01:59
>>653
おいおい、否定派が逃げたって?
笑わすなよ。
同じ事を否定派も言ってるぞ(藁

660 :軍の数に関しては:2001/03/03(土) 02:01
否定派は基本的に南京陥落時5万と言っておりますな。
グース氏もそうだが。

661 :16師団「処置」:2001/03/03(土) 03:22
第16師団 歩兵第30旅団歩兵第38連隊副官 児玉義雄氏証言
証言による南京戦史(5)
連隊の第一線が、南京城一、二キロ近くまで近接して、彼我入り乱れ
て混戦していた頃、師団副官の声で、師団命令として「支那兵の降伏
を受け入れるな。処置せよ」と電話で伝えられた。私はこれはとんで
もないことだと、大きなショックを受けた。
師団長・中島今朝吾将軍は豪快な将軍で好ましい御人柄と思っており
ますが、この命令だけは何としても納得できないと思っております。
参謀長以下参謀にも幾度か意見具申しましたが、採用するところとな
らず、その責任は私にもあると存じます。

662 :グース:2001/03/03(土) 03:40
>>653 引用
>否定論を展開(殆どトリック)し

トリッキーなのは「虐殺肯定派」だろ(笑)
公式資料を「なかった」ことにしてるんだからさ(笑)

>>649 のどこが「トリック」か説明してから批判せいよ。

「国際安全区」委員会の公文書。「台湾の公刊戦史」
「虐殺肯定派の学者(井上久士、洞富雄)が引用した
 大阪朝日新聞の記事」
「虐殺派、笠原十九司が発掘したミニー女史の日記」
「国際委員会委員長ラーベの日記」
     ↑
これらの「公平な資料」を検討すると
@「南京で中国の主張するような大虐殺」はなかった。
@「殺害人数は捕虜、敗残兵を中心に約2万人」
@「民間人の大規模虐殺は不可能」
    ↑
こういう風にしか考えれんってこと(笑)


663 :グース:2001/03/03(土) 03:53
>>653 引用 (電波もほどほどに)
>>何度も否定派に公開討論会 の開催を提案したが、
全て否定派が逃げたと、笠原や吉田が述べている。

事実は「笠原逃亡事件について」

94年10月下旬、藤岡より笠原に電話があり、95年の4月8日に南京事件の
勉強会をしたいのでそこで話して欲しいと電話があった。そのときの内容は「私
どもの教師仲間が集まってやっている勉強会で、先生の話を聞いて南京事件につ
いてもっと詳しく勉強したい」とのことだった。笠原はこれを了解する。

95年の3月になって、笠原の公務の都合が着かず、「勉強会」への出席は無理
で、出来れば延期してもらいたいと、藤岡に連絡をした。ところが、藤岡は「田
中正明氏にも頼んであるので困った」という。

笠原にしてみれば、田中正明のような改竄までする否定論者と話をするのは時間
の無駄であり、すでに論破済みなので徒労でしかない。藤岡にたいして単なる勉
強会とは話が違うじゃないかという印象を持った。

藤岡はしつこく食い下がり「勉強会」ならぬ、「パネル・ディスカッション」へ
の参加を要望する。笠原はそれを拒否し、断りの手紙を藤岡に送った。

しかも、藤岡はその私信をなんの断りもなく「社会科教育」に全文掲載し、笠原
が敵前逃亡したかの印象を、事情を知らない人に与えた。
     ↑
どう考えても「笠原に論破」される「アホ」はおらん。
第一「笠原の読者」が「わしごときを論破」できんじゃないか(笑)

虐殺肯定派の「トリック」には騙されんのねん(笑)

664 :グース:2001/03/03(土) 03:59
>>653 引用 (都合の悪いレスは見ない虐殺派)
>近郊県では実は45万人も戦前戦後で減っていることをスマイス
は明かにしているのに、否定派はこちらの事実は隠す。
    ↑
>>634 で説明してるのねん(笑) 念のためコピペ

そして「人口調査」において >>434 が指摘した通り
近郊ほぼ6県では「120万→75万」と「45万人減少」している。
そして「南京城区」では「100万→25万」と「75万人減少」
してるのよ(笑)

南京城区という「狭い面積」で「75万人減少」
農村部の「東京、神奈川、埼玉」に匹敵する面積で「45万減少」

南京城区「100万」から「25万」=減少率75%
近郊農村「120万」から「75万」=減少率62.5%

南京城区で「人口が減少」したのは「住民が避難」したから。
近郊農村では「どうだったのだろうか?」
    ↑
「虐殺派の人さぁ「嘘」はいかんと思うよ」 

665 :グース:2001/03/03(土) 04:11
>>653 引用
>中国軍の数を史料偏重主義で「10〜11万」
    ↑
困ったね(笑)
さんざん「説明」してるねんけどね。
「当時、南京防衛にあたった部隊の戦闘記録(中国側資料)
を分析すると10万以下」
その他「東京裁判判決文では5万」
当時の外国人の証言でも「5万」

@台湾の公刊戦史「当初10万、落城時5万」
    ↑
当時の中国軍(蒋介石)の資料やど(笑)

なんで「戦後、最近になって15万」説が登場(笑)
虐殺人数を増やしたい、中国共産党の「意向」でしょ?

666 :史料だけまとめ:2001/03/03(土) 04:12
南京市の人口・安全区以外の住民の有無
>>650
>>593
>>579

民間人の戦争被害について
>>655
>>656

667 :武装解除した兵・民間人:2001/03/03(土) 04:13
『ニューヨーク・タイムズ』38年12月9日 T・ダーディン
南京の男性は子供以外の誰もが、日本軍に兵隊の嫌疑をかけられた。背中に背嚢や銃の痕
があるかを調べられ、無実の男性の中から、兵隊を選びだすのである。しかし、多くの場
合、もちろん軍とは関わり合いのない男性が処刑集団に入れられた。また、元兵隊であっ
た者が見逃され、命びろいする場合もあった。
南京掃蕩を始めてから三日間で、一万五千人の兵隊を逮捕したと日本軍が自ら発表している。
そのとき、さらに二万五千人がまだ市内に潜んでいると強調した。(中略)
日本軍が市内の支配を固めつつある時期に、外国人が市内をまわると、民間人の死骸を毎日
のように目にした。老人の死体は路上にうつ伏せになっていることが多く、兵隊の気まぐれ
で、背後から撃たれたことは明らかであった。

『ラーベの報告書』
武装解除された部隊の各人、またこの日(12月13日)のうちに武器をもたずに安全区
に庇護を求めたこの他の数千の人々は、日本人によって難民の群のなかから分けだされた
のでした。手が調べられました。銃の台尻を手で支えたことのある人ならば、手にたこが
できることを知っているでしょう。背嚢を背負った結果 、背中に背負った跡が残ってい
ないか、足に行軍による靴ずれができていないか、あるいはまた、毛髪が兵士らしく短く
刈られていないか、なども調べられました。何千人もの人がこうして機関銃射撃または手
榴弾で殺されたのです。恐るべき光景が展開されました。とりわけ、見つけだされた元兵
士の数が日本人にとってまだ少なすぎると思われたので、まったく無実である数千の民間
人も同時に射殺されたのでした。

668 :中国側資料:2001/03/03(土) 04:23
『国民党第三戦区作戦経過概要・南京会戦』
12月初、南京守備軍約十五師強

『憲兵司令部在京抗戦部隊之戦闘詳報』
(撤退時に)10余万の大軍が長江岸に雲集・・・・悒江門から10余万の大軍が退出した。

『劉斐・国民政府軍事委員会・軍令部第一庁(作戦)庁長「抗戦初期的南京保衛戦」』
 蒋介石は可能な限りの兵力を南京防衛に動員し,合計10余万人に達した

『宗希濂・第78軍軍長兼第36師師長「南守城戦」』
(当初の七万人前後に加えて)3個軍の実戦兵力計約4万人前後を新たに増加し、南京防衛
の総兵力は約11万余人になった。


669 :グース:2001/03/03(土) 04:36
>>658 引用
>そもそも、数の確定なんて無理。
    ↑
これは「そうでもない」(笑)
当時の南京城の周囲1〜2キロは「中国軍が焼き払った」
そして「半径16キロ以内」にある道路沿いの村落と民家を
「強制的に焼き払った」=笠原十九司 南京事件 P120

つまり「城の周りの住民」は避難民となって「南京城」へ
と「強制的に」追いやられた=ミニー女史の日記等

南京城の城門は「12/8」には閉じられた=東京朝日新聞

つまり「南京城」は閉じられた空間だった。
「人口は約20人」そのほとんどが安全区にいた。
=公文書T-6 T−9 ラーベの日記、他多数

なぜなら「南京市内」には「避難命令」が出ていたから。
(全ての非戦闘員は国際管理下の安全地帯に集結しなければならない)
=NYタイムス、ダーディン記者の特電。

これだけ「証拠」がそろえば「南京城」の人口は「ほぼ20万」
と考えていいはず。

12/13日「日本軍、南京入城」それ以降南京の人口は増加
することはあっても「減少することはなかった」

結論 「大規模な市民虐殺はなかった」としか考えられん。
    ↑
ご意見、ご感想、お待ちしてるのねん(笑)

670 :グース:2001/03/03(土) 04:44
南京市の人口・安全区以外の住民の有無
>>650
>>593
>>579
さて「これらの人口」は「12/13日」以降の数字
であることは理解できると思う(笑)

日本軍が入城したのは12/13だから「これらの資料」
は「市民虐殺がなかった証拠」になる(笑


671 :>669:2001/03/03(土) 04:48
666・667の史料に対しては?

672 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 04:58
「30万」は物理的に不可能だが@`655@`656を見ると一万ぐらいは殺ったのでは?


673 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 13:03
>>672

それは通常の戦闘ではあたりまえのことです。

674 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 14:04
>>673
武装解除した兵を殺したり、適当に選んで民間人まで兵だとしたりすることが、
戦闘だって?

675 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 14:06
1日や2日だけこんなことしていたのではないのだよ。

676 :日本@名無史さん :2001/03/03(土) 14:09
>>674
交戦中に捕虜になれば適当な裁判で殺すのはよくあることです。

677 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 14:39
>>676
交戦中に捕虜になったという根拠は?
適当な裁判を行ったという根拠は?

678 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 14:44
「交戦中に捕虜になれば適当な裁判で殺す」という実例が
普遍的にあったから、この場合もそうだったと推定するのは自然と
いうことじゃないの?

679 :どうよ?:2001/03/03(土) 15:12
死者1万、内ゲリラでない民間人0人。

680 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 15:14
南京虐殺で戦慄するのは、その数の多さもさることながら、それ以上に
殺し方の残虐さです。日本人兵士の告白を読んだことがありますか?
もしそれらの真実の告白を読めば、数をうんぬんすることの無意味
さが分かります。
母親を殺されて泣き叫ぶ赤ん坊を銃剣で突き刺したり、両手両足
を切断して吊り下げたり、これでもかという残虐な話が、兵士自身
の口で語られています。
私たち日本人は、祖父の世代が犯した罪を正視して、永遠をかけてでも
償っていかなければならないのです。

681 :tosi:2001/03/03(土) 15:22
  >680
あなたは中国の歴史書を読んだことがありませんね?
すごいよ、自分の妻料理したり、子供くったり。


682 :ななし:2001/03/03(土) 15:28
>680
そりゃ、戦慄するよ。中国人の行動だからね。
中国人の行動の主語を日本人に変えただけ。

(680自身が中国人ではないか?)

683 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 15:32
>>681
どの国の過去も、野蛮な歴史を持ってます。
だけど、それを持ち出して、祖父達が行ったことを正当化できないでしょ?
野蛮な過去を持つ国は、そんなことをされて当然という発想自体が、野蛮だと
思う。
中国は、戦後、日本人捕虜を寛大に扱ったことを忘れてはいけない。
あ、俺は中国人じゃないよ。


684 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 15:37
>>682
何故、人は自分の国の犯した罪をまっとうに、認められないのか?
過去を直視できない国に未来はないぞ。森をたたいてる場合じゃないぞ。
(俺の国籍は日本だと思ったけどな。そう言われると不安になってきたな。
お母さん@63才に聞いてみよっと)

685 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 15:44
自分自身の行いの問題ならともかく、
自分の国の行為なんて言われても、自分が居合わせたわけじゃないんだから、
結局証拠や根拠に基づいて判断するしかないよね。

686 :ななし:2001/03/03(土) 15:44
本当に「反省」したいのか、日本人を蔑視することに快感を持っているのか、前者だと仮定しておく。

そんなに過去を「直視」したいか?。
それなら、せめて「悪魔払いの戦後史(稲垣武)」くらいは読め。
一部の情報だけで、「真実」と決め付けるな!。

それから反日教師が叫ぶ「反省」は、実質的にほとんど奴隷化だぞ。



687 :680:2001/03/03(土) 15:53
>>686
反省というより、真実に目をつぶろうとする人々の醜さに
絶望するんですよ。
そりゃ、残酷なことをしたのは日本人だけじゃないし、いつまでも
中国人に頭を下げつづけなければならないなんて、思ってない。
過去を捏造すれば、また我々は同じ道をたどるだろう。
ここにいる一人でも、そのことをわかって欲しい。


688 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 15:57
南京大虐殺は真実だろう。でも、この件に関して、俺は
何の責任も感じないよ。

689 ::2001/03/03(土) 16:03
>688
どの程度の真実か、によるね。
1.「捕虜の虐殺」
2.「市民の虐殺」
3.「1万人の虐殺」
4.「30万人の虐殺」
5.「百万人の虐殺」
6.「一億人の虐殺」


690 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 16:06
688>689
いや、俺の場合は数の問題じゃなくて、「祖父の世代」とか
いわれても二人の祖父は戦争に行ってないし、戦争に参画した
という気分を共有できないだけなんだけど・・・。


691 :ななし:2001/03/03(土) 16:07
>687
目を瞑るも何も、その「真実」なるものが疑わしいのだよ。

それから、「真実」ということばはプロパガンダ用語だよ。

692 :ななし:2001/03/03(土) 16:10
「真実」と言う言葉は、宗教団体や左翼系政治団体が好んで使うけど、論文などでは恥ずかしくて使えない言葉だと思うけどね。


693 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 16:55
え! 女の子の名前じゃなかったの?

694 :ななし:2001/03/03(土) 16:57
>693
「真理」という言葉も、宗教・政治団体が好きなことばだね。

どちらも、ほとんど同じ意味をもつ言葉だし、暗に思考停止を要求する言葉でもある。


695 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 17:03
>>677
日本軍の捕虜も激戦のフィリピン戦で結構殺されたよ。
今週の週刊朝日の山内会長の記事読んでごらん。

こうでもしなきゃ、近代戦において損耗率80%以上なんて
なりません。


696 :>>677:2001/03/03(土) 17:07
南京に関しては
「交戦中に捕虜になった者でない者が多く」
「適当な裁判で殺したらしい形跡がない」
という実例が史料を見れば普遍的にあることがわかります。


697 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 17:11
>>695
南京での日本軍の同じような事例を非としないのであれば、
その事例も糾弾できませんね。

さらに、南京では兵として摘出されたの一般人も多々いたことが
あげられた史料でもわかります。

698 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 17:25
結局、30万人という数字に裏づけが無いので今度は日本軍の
残虐行為という話に摩り替えようとしてますね。
また不思議なことに日本軍の残虐行為が、日本では聞いたことも
無い残虐行為、つまり現地人が思いつく一番残虐な行為であって、
日本人には思いつかないことを日本軍がしたことになってしまう。

もう、飽き飽きだよ。こんな馬鹿馬鹿しい話。付き合ってられんよ。


699 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 17:50
30万人もの死体の処理をどうしたかという最初に思いつく疑問に対して
ろくな説明も出来ないんだから、どうしようもないね。

700 :グース:2001/03/03(土) 17:59
さて「虐殺肯定派」の「トリック攻撃」開始(笑)

中国の主張(30万人)が「嘘」だと指摘される。
    ↓
「一人でも虐殺だぁ!」と開き直る。
    ↓
「日本人の書いた残酷手記でも読め」
「赤ん坊も斬殺してるぞ!」
と「検証されてない」日記を持ち出す。
    ↓
しかし「最高裁判所」で「嘘」が判明した日記には
「一言も触れない」(笑)
http://www2k.biglobe.ne.jp/~kanayama/hyousi/kizi/k201301a.html
(参考資料)
     ↓
「議論に負ける」と「論理をすりかえる」のが
「虐殺肯定派」の特徴(笑)




701 :世界@名無史さん:2001/03/03(土) 18:01
>697
日本人の告白とやらを具体的に列挙してみ。
もちろんそれは、検証した史料だよね。
例えば、
アイリス・チャン著『ザ・レイプ・オブ・南京』59頁より

永富博道は「兵士たちが赤子を銃剣で刺し殺し、
生きたまま熱湯のなかに投じたりしたのを知る
人は少ない。兵士たちは12歳から80歳まで
の女性を集団強姦し、----殺した。私は首を斬
り、餓死させ----。私がやったことを説明する
言葉もない。まことに私は鬼だった」と語った。

とかね(w

702 :野次馬:2001/03/03(土) 18:07
ああ、またも「30万」……。
ここで誰か30万説を主張しているものがいるのか?

703 :グース:2001/03/03(土) 18:10
「虐殺肯定派」の特徴2

日本人の書いた残酷手記は「真実」と言い張る。
    ↓
「一人の兵士」の犯罪が「日本軍全体の犯罪」
と「論理をすりかえる」
    ↓
「日本軍の犯罪行為が(0)ではないから」
「30万人虐殺は事実! 中国に謝罪しろ!」
と論理が飛躍する(笑)

冷静な議論ができないのは「虐殺肯定派」の特徴(笑)
  
 

704 :ななし:2001/03/03(土) 18:17
>703
「虐殺肯定派」は冷静だと思いますよ。ただ、かれらは効果的に日本人を侮辱する方法を考えているだけです。
それで平気で嘘をついたり、強引に理論を進めたりする。


705 :680:2001/03/03(土) 18:18
>701
そんな、又聞きの資料じゃなくて、南京から帰還した兵士達の
証言集があるよ。
ところで、検証ってどういうことかな?わざわざ自分が人殺しをしたと嘘を
ついていないか検証するってことなの?証言した人が本当に当時南京にいた
ことを証明するのは、簡単だよ。

706 :グース:2001/03/03(土) 18:25
わしの予想=虐殺肯定派の今後の展開
     ↓
いわゆる「虐殺肯定派」HPからの「コピペ」攻撃(笑)
     ↓
冷静な議論ができない「虐殺肯定派」は
「検証のされてない」日本軍の残虐行為の記述を
コピペする事により「議論の封殺」を試みるのねん(笑)
     ↓
「これだけ残酷なことしたんだから、人数は関係ない!」
というのが「虐殺派の主張」
     ↓
数が無関係なら「南京大虐殺記念館」(中国)
の正面壁の「30万」を削除しろやゴラァ!
ってのが「わしの主張」
     ↓
そして「冷静に当時の資料」を検証すれば「大虐殺はなかった」
ことが明らかなのだから「そこの所は認めろ」ってこと。
(南京城区においては捕虜、敗残兵の処刑2万前後)
(市民の大規模な虐殺は不可能)
      ↓
数の問題ではないのなら「中国の主張」と食い違っても
「かまわない」でしょ?(笑)

ねぇ「虐殺肯定派」のみなさま(笑)

707 :グース:2001/03/03(土) 18:30
>>705
>南京から帰還した兵士達の証言集があるよ。
    ↑
そのなかに「嘘」が混ざっているのが問題。

>わざわざ自分が人殺しをしたと嘘を
>ついていないか検証するってことなの?
    ↑
「自分だけががやりました」って証言は問題ない(笑)
大抵は「命令されました」とか「ほかの人もやってました」
と言う「他人を貶めるような証言」を平気でするから問題
なのねん(笑)



708 :グース:2001/03/03(土) 18:45
例えば「東史郎」という人物の手記
「我が南京プラトーン」っていう捏造本は
当時の戦友から「これは事実ではない!」という抗議が
殺到した。

残虐行為、レイプなど「虐殺肯定派」推薦の図書で(笑)
その一部は「皇軍のみた南京大虐殺」(うろ覚え)にも
「収録されている」

しかし「著者」も「出版社」も「虐殺派の学者」も
「無実の戦友」の声を無視したのさ・・・・

戦友からの訴えがあった時点で「絶版」にするなり「回収」
するなりすればよかったのにね・・・

結局「裁判」になったのだが「1審」で「虐殺肯定派は敗訴」
つまり「裁判所」は「この手記はインチキくさい」と認定
した。

しかし「虐殺肯定派」は「認めない」(笑)
わしは裁判所が判断した時点で「虐殺肯定派は引くべき」だった
と思っている。
無実の罪を着せられた「戦友」たちのためにもね。

結局、無駄な論争は「最高裁」まで続いた。
そういうことだ。
(参考資料)
http://www2k.biglobe.ne.jp/~kanayama/hyousi/kizi/k201301a.html

709 :680:2001/03/03(土) 19:46
>>「虐殺肯定派」は冷静だと思いますよ。ただ、かれらは効果的に日本人を侮辱する方法を考えているだけです。
侮辱どころか、おれは日本人であることに誇りを持ちたいから、嘘を
つくことを許せない。
その点では否定する人と同じだと思う。
心底から、南京虐殺を否定するならまだ救いがある。
だがもし、確信犯として否定するなら、許しがたい犯罪だ。

710 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 20:25
南京大虐殺を事実だと思っているが、日本人であることに
誇りなんか持ちたくないな。そういう誇りとやらと
覇権主義は隣り合わせているような気がする。

711 :680:2001/03/03(土) 20:37
>>710
あなたの話をもうちょっと聞きたい。
続きをお願いします。

712 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 20:48
>>710

あと、パスポートの色を教えてちょ(藁

713 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 21:11
中国の覇権主義は肯定するわけだ(笑)>>710


714 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 21:14
>711
何を話せばいいのでしょう?
>712
パスポートは期限が切れてます。
>713
肯定しません。

715 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 21:20
>>710

自分の国に誇りを持っていない人たちのいる国を具体的に
教えてください。私の知る限りでは殆どの国が覇権主義と
隣り合わせていることになりますが。


716 :マサカド:2001/03/03(土) 21:31
近郊県における状況を把握するのは、日中双方の「宣伝戦」の有り様を検討する
のが、近道だとおもうけどね。「75万」の人間を動かす一番手っ取り早い方法は
マス・プロパガンダの手法を駆使すること。宣伝の技術の発達だって当時にしても
日進月歩だしね。近郊の中国人はどういう情報源に頼ってたんかいな?

717 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 21:40
710>715
>自分の国に誇りを持っていない人たちのいる国を具体的に
教えてください。

具体的にはないでしょう。強いていえば日本がそれに一番近いかも。

>私の知る限りでは殆どの国が覇権主義と
隣り合わせていることになりますが。

そのとおりだと思います。



718 :日本@名無史さん:2001/03/03(土) 23:52
南京大虐殺も、(昔は定説だったけど)今では30万人殺した、と主張すれば電波系のトンデモな世界になっちまうんだなあ…(しみじみ)
任那が日本領だった定説も、今ではすっかりくつがえされ、独立した小国、って考えがずいぶん主流になってきたし。
そういえば、従軍慰安婦も強制連行なんて語るやつはもはや電波系のトンデモ本的扱いですな(笑)

歴史に対する考え、ってのはその時その時の学説の違いでずいぶん変わってくるのねえ…(しみじみ)

719 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 00:24
>グース(664)
近郊県の45万減少は全部避難だと、推論で言ってるのか?
3月時点で戻っていない理由は?

・・・推論ならば、100%正しいことにはならんぞ。
肯定派は近郊県では10万以上殺害されている可能性がある
と可能性をいってるのだよ。しっかりした史料もないのに
「全員避難した」(4月以降戻った?)などと断言出来るアンタ
は超能力者だよ(藁)
ラーベの日記でも1月15日や2月11日の部分とか読むと、ラーベ
が田舎では大勢の住民が殺されているということを認識していたことが
判るのだがね。(ふぅ・・)

ところでさ、「新しい歴史教科書を作る会」が検定意見を受け容れて
南京事件で多数の犠牲者がでたこと追加記入したそうだよ(笑)
By「ニュースステーション」

・・否定派がいくら詭弁、屁理屈を翻そうと現実は覆らないんだがねぇ。




720 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 00:35
無限ループですなあ。BASICで出来の悪いスパゲチプログラムでも
組んだみたいだ。(藁悲


721 :名無しさん@1周年:2001/03/04(日) 01:05
虐殺肯定派の人、30万人の死体をどうやって処理したか教えてよ。
その処理方法と1体の処理に掛かる時間もキボーン。

722 :日本@名無史さん :2001/03/04(日) 01:16
>721
名の上がってる埋葬団体が城区と周辺部で埋葬した人数が
計14万位(軍人、民間人ごちゃ混ぜ)で
近郊県では、村の住民達が独自に埋葬したと言われている。

723 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 01:17
>独自に埋葬したと言われている。

誰が調査して誰が言っているんでしょうか?

724 :名無しさん@1周年:2001/03/04(日) 01:27
>>722
14万人もの遺体を処理するのにそんなに曖昧じゃしゃーないね。

だ、か、ら、処理方法は?土葬?火葬?その処理方法だと一体にどれだけ時間が掛かるの?
その処理に使われた資材はどっから引っ張ってきたの?資材を引っ張る方法は?金?徴収?
処理するための人件費はどうなってるの?どこに埋葬したの?
おせーて、おせーて


725 :マサカド:2001/03/04(日) 01:30
なんだか、今度は、虐殺派の旗色がいいな。
グースも>>666@`>>667に、有効な反撃ができてないし。

唯一の抜け道は、ティンバーリー、ラーべの政治的態度を問題にすることだけど、
これは、グースが話をしないという「政治」に関わる問題だしねぇ・・



726 :すり替えはどっちなんだか:2001/03/04(日) 01:36
偕行社は「誠に申し訳ない」と記したよ。
秦郁彦だって10年前の中公新書にて以下のようなことを言っている。
中国は第二次大戦終結後、百万を越える敗戦の日本兵と在留邦人に故国への引き上
げを許した。日中国交回復に際し、日本側が予期していた賠償も要求しなかった。
当時を知る日本人ならこの負い目を決して忘れていないはず、と述べた上で
「それを失念してか、第一次史料を改竄してまで「南京『大虐殺』はなかった」
と言い張り、中国政府が堅持する「30万人」や「40万人」をあげつらう
心ない人々がいる。もしアメリカの反日団体が日本の原爆の死者数(実際は
今でも不明確だが)が「多すぎる」とか「まぼろし」だとキャンペーンを始
めたら、被害者はどう感じるだろうか。
 数字の幅に諸論があるとはいえ、南京で日本軍による大量の「虐殺」と各種
の非行事件が起きたことは動かせぬ事実であり、筆者も同じ日本人の一人とし
て、中国国民に心からお詫びしたい。そして、この認識なしに、今後の日中友
好はありえない、と確信する。」

どちらも「中国側」だなんてレッテルはとても貼れない人達だ。数え上げた死者数
で言えば中国側の「軍民30万」とはほど遠い。それでいて何故上のような言動に
なるのだろうね?
要するに10年以上前からまともな人には「数の問題」ではないの。

727 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 01:41
アイリスチャンが南京事件をホロコーストと同列に論じているのもまともとはいえないな。

728 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 01:42
「虐殺」だなんて抗日戦で惨敗を繰り返してきた中国人のくだらない言い訳。

729 :電波:2001/03/04(日) 01:46
>>724
実は南京攻撃の際@`日本軍は80センチ砲「ドーラ」及び@`60センチ臼砲「カール」をドイツ政府より供与され@`
破壊効果実験を行なった。6週間にわたる砲撃で@`南京の町の90パーセントが破壊され@`
死者は20万〜30万に達したという。(死体が吹き飛んでしまったので算定不能)
この結果に満足したヒトラーは開戦を決意した。
この実験に立ち会ったラ−べは南京市の残骸を見て「ここはアジアだ」とつぶやいた。

730 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 01:55
>>729

ドイツと日本は南京攻撃の際は仲悪かったはす。ラーベは中国軍に兵器を売っていたからね。


731 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 02:01
>>667を読むと

>『ラーベの報告書』
>まったく無実である数千の民間人も同時に射殺されたのでした。

これを素直に読むと30万人は嘘では?


732 :名無しさん@1周年:2001/03/04(日) 02:01
>>730
宮崎アニメネタだよ・・・

733 :電波:2001/03/04(日) 02:02
ドイツ商法は表では中国に武器を売りながら@`裏では日本にも抜かりなく売り込む。
これは日清戦争以来の伝統です。
日露戦争のときも表では黄渦論を叫びながら@`一方でクルップが日本へ売り込み運動をしていました。

734 :グース:2001/03/04(日) 02:18
>>725
おいおい(笑)
では >>666の 検証からいくか(アホくさいけど)
引用ねん。
>12月26日
>「・・・安全区の他の区域から、何百人かずつ、追い立てられるように
して登録所へ 連れてこられた。今までにすでに2万人が連行されたという。」
    ↑
日本軍の南京入城は「12/13日」(笑)
つまり12/26日に「安全区以外」の場所に人がいても不思議
ではなく、むしろ当然(笑)
虐殺がなければ「家に戻るでしょ?」

38年 1月17日
「・・・難民の数は今や二十五万人と見積もられている。増えた五万人
は廃墟になった ところに住んでいた人たちだ。かれらは、どこに行った
らいいのかわからない。」
      ↑
これも日付けに注意。翌年の1/17日(笑)
(廃墟になったところに住んでいた)=ということは
流民が「廃墟」に住んでいたが、「食料の配給」がある
安全区のほうがいごこちがいいってこと。

ニューヨーク・タイムズ宛無線 1937年12月18日
「・・・一方、安全区という聖域を見いだせずに自宅に待機
していた民間人は5万人 以上数えるものと思われるが、」
     ↑
これは「一見重要な記事」(笑)
しかし残念なことに「重要なとこ」が抜けている(笑)
まず「安全区」に何名避難して、「自宅待機」が何名だったのか。
住民総数が「20万」程度なら問題はない。
(つまり虐殺はなかった)と言える(笑)

この記事については「略さずに全文」を希望(笑)
あるいは「どの本」の何ページか「ソースを開示」してね。

「ラーベ」は一貫してこう記している。
日本軍の入城時点で、南京城の人口は20万。そのほとんどが
「安全区」にいた。
ラーベの日記(南京の真実 P344)
中国側によれば、中国人が大勢安全区の外に隠れていると
言う話でしたが「これは確かめることができません」でした。
    ↑
安全区の委員長だった「ラーベ」はこう言っている。
そして「安全区」の人口は20万ともねん(笑)
 

735 :名無しさん@1周年:2001/03/04(日) 02:19
サヨクの30万は現実感がないな。
だから簡単に何百万人虐殺しちゃうんだろうな。

736 :グース:2001/03/04(日) 02:28
>>666 検証中 引用
>3月に行った抽出調査で報告された人員を50倍すれば、
    ↑
スマイス博士の人口調査は「3月」って書いてあるよん(笑)
問題なのは12/13日の人口。
スマイスは20〜25万と見積もった。それだけのこと(笑)
安全区以外に人がいた「証拠」にはならないのねん。

>1938年1月14日
>南京日本大使館 福田篤泰
>貴下が登記した市民は16万人と思いますが、それは十歳以下の子供
>は含まれていないし、いくつかの地区では、年とった婦人も含まれてい
>ません。ですから、当市の総人口はたぶん25万から30万だと思います
     ↑
はい「これも翌年の調査」(笑)
難民区(安全区)の人口はちゃくちゃくと「増加」している
様子が理解できる(笑)
「大規模な市民虐殺」があったら「戻ってくる?」

あと>>579 も翌年の調査(笑)人口増えてるよ(笑)

737 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 02:32
安全区以外に住民はいなかったのではなかったの?

738 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 02:35
>>731
普通に読めば、ラーベの身近で起きたこの日の出来事でしか
ないと思いますが。

739 :名無しさん@1周年:2001/03/04(日) 02:48
>>667
>>738
機関銃とか手榴弾とか出せば何千人を一瞬で殺すことが肯定されると
思ってるんでしょうか?
馬鹿ですか?あんた?

そんな火力が日本軍にあれば戦争に負けてません(笑)
http://members.tripod.co.jp/rukahiko/mil_kojin.htm

http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/heiki5/nankin/nankin.html
>「全く無防備、無抵抗、しかも全然予期しない人々に向かって一方的に発射しても、
>その致死命中率は6%である。この異常に高い率で逆算しても、10万人殺す発射弾数は、
>約17万発・輜重車約200台分ということになる。
>日本製機関銃の銃身はすぐ過熱するので、長時間連続発射はできない。到底不可能だが、
>1秒1発発射できたとして、10挺の機関銃で10時間撃ち続けて17万発の5分の1である。
>チェコのシュコダ製を用いても不可能である。第一日本の銃器では撃針で撃茎発条(ばね)も
>もつまい。」

740 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 02:51
      @`一-、
     / ̄ l |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ■■-っ < いったんCM入りま〜す
    ´∀`/    \__________
   __/|Y/\
 Ё|__ | /  |
     | У  |

741 :739:2001/03/04(日) 02:53
>>738
機関銃といってもあなたの考えてるような軽機関銃ではありません。
数百人が後ろで撃たれている間、他の人間は走って逃げることが可能です。
数千人の群衆がパニック状態に陥り死にものぐるいで逃げ回る力というものは
スゴイものです。
日本軍が数千人取り囲んでいても抑えられるものではありません。

当時の日本軍の中国方面正式採用機関銃
http://member.nifty.ne.jp/chikuzen/gun/m_gun/11lmg.htm

742 :>>739:2001/03/04(日) 02:55
>機関銃とか手榴弾とか出せば何千人を一瞬で殺すことが

誰が「一瞬で殺した」などと言っているのでしょうか?


743 :739:2001/03/04(日) 02:57
>>742
機関銃や手榴弾などの軽火器で1日に1万人近く殺せれば一瞬じゃボケ(藁)


744 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 02:57
      @`一-、
     / ̄ l |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ■■-っ < いったんCM入りま〜す
    ´∀`/    \__________
   __/|Y/\
 Ё|__ | /  |
     | У  |


745 :739:2001/03/04(日) 02:58
>>742
近代戦では損耗率が20%越えれば全滅に近いぞ。
数千人並べて損耗率100%なんて無理だ(藁)

746 :グース:2001/03/04(日) 02:58
>>737
>安全区以外に住民はいなかったのではなかったの?

12/8に「南京城」も門が閉じられ「人口の流入はない」
避難命令が出され「城内の住民」は安全区に避難した。
この時点で「ラーベの日記」によると「人口20万程度」

12/13 南京陥落

国際委員会の公文書によると「安全区にほとんどの市民が避難」
していたと記している。ラーベも「20万人収容」と言っている。

安全区内部では「大規模な虐殺はなかった」ことが確認されているので(笑)
12/13日段階での南京城の人口が「20万程度」なら
「市民虐殺は不可能」ということになる。

そこで「虐殺派」は12/13の段階で「安全区以外に10〜20万」
安全区20万+10〜20万=30〜40万と主張してるのねん。



747 :739:2001/03/04(日) 03:00
とりあえず、サヨは近代兵器の特性と近代戦の定義について
書いてある本を読もう。

748 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:00
>>667
>>738
機関銃とか手榴弾とか出せば何千人を一瞬で殺すことが肯定されると
思ってるんでしょうか?
馬鹿ですか?あんた?

そんな火力が日本軍にあれば戦争に負けてません(笑)
http://members.tripod.co.jp/rukahiko/mil_kojin.htm

http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/heiki5/nankin/nankin.html
>「全く無防備、無抵抗、しかも全然予期しない人々に向かって一方的に発射しても、
>その致死命中率は6%である。この異常に高い率で逆算しても、10万人殺す発射弾数は、
>約17万発・輜重車約200台分ということになる。
>日本製機関銃の銃身はすぐ過熱するので、長時間連続発射はできない。到底不可能だが、
>1秒1発発射できたとして、10挺の機関銃で10時間撃ち続けて17万発の5分の1である。
>チェコのシュコダ製を用いても不可能である。第一日本の銃器では撃針で撃茎発条(ばね)も
>もつまい。」


749 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:01
>>741
この時記されてはいませんが、このような殺害は後ろ手に縛られて
射撃されている等の目撃談も多々ありますが。

難民区から大量に人を分けだしておいて、逃げないようにする工夫も
無しに連れていったというわけですか?

750 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:02
日本人の告白とやらを具体的に列挙してみ。
もちろんそれは、検証した史料だよね。
例えば、
アイリス・チャン著『ザ・レイプ・オブ・南京』59頁より

永富博道は「兵士たちが赤子を銃剣で刺し殺し、
生きたまま熱湯のなかに投じたりしたのを知る
人は少ない。兵士たちは12歳から80歳まで
の女性を集団強姦し、----殺した。私は首を斬
り、餓死させ----。私がやったことを説明する
言葉もない。まことに私は鬼だった」と語った。

とかね(w


751 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:03
5〜6週間で30万人以上を殺害したことの証明にはならない。
中共としては@`南京大屠殺=ナチのホロコーストという図式を普及させたいのが目的。

752 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:05
ああ、またも「30万」……。
ここで誰か30万説を主張しているものがいるのか?




753 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:06
「虐殺肯定派」は冷静だと思いますよ。ただ、かれらは効果的に日本人を侮辱する方法を考えているだけです。
それで平気で嘘をついたり、強引に理論を進めたりする。



754 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:08
>750
そんな、又聞きの資料じゃなくて、南京から帰還した兵士達の
証言集があるよ。
ところで、検証ってどういうことかな?わざわざ自分が人殺しをしたと嘘を
ついていないか検証するってことなの?証言した人が本当に当時南京にいた
ことを証明するのは、簡単だよ。

755 :グース:2001/03/04(日) 03:08
>>666 検証の続き
http://www.geocities.com/TheTropics/Paradise/8783/15a.html#10
スマイス博士の戦争被害調査(参考資料)

まぁ「簡単に言うと」南京城内部での日本軍入城以降の被害者
@「死亡と拉致合計で=6600人」(笑)
と言う事だ(笑)
10万人には程遠いなぁ(笑)


756 :739:2001/03/04(日) 03:09
>>749
数千人の人を追っかけて後ろ手に縛って目隠しするのに何人必要なの?
それならそれこそ銃剣で後ろから刺した方が確実に殺せるよ(笑)

屈強な兵士なら1対1の状況なら相手の不意を打てばかなりの可能性で
銃を奪って日本兵を逆に殺せるよ。
後ろ手に縛られそうになったら普通は殺されると思うよな。
反抗はしなかったの?
じゃあ、日本兵3人で1人を見つけだしてみんなで縛るとするよな。
で、処刑場への遂行人が2人必要だとするとこれに従事する日本兵は
何人必要?
当時の日本兵は何人南京にいた?
この何分の1が中国人狩りに参加してた?
そうすると南京周辺の警備に何人さける?
この処刑中に中国兵の反抗にあって殺された日本兵は何人?

757 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:09
幼稚な言いようだな。
歴史的事項の批判的検証が「過去を裁いてやろう。」なのですか・・・
末期的なアホですな、まあ、見事な発想です。
ついでに義満か綱吉あたりを裁かれてはいかがかでしょう(笑?
PS
もし、貴殿が村山元首相の事を言っているならゴメンね、
村山あたりなら、まだ「歴史」になってない「過去」だ、裁くのも可能だろう。

758 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:11
そしてユダヤとチャイは、いま虐殺を続けてる。
いまホロコーストは、パレスチナとチベットで行われているね。
たいした被害者振りだよ。

759 :グース:2001/03/04(日) 03:11
虐殺肯定派の「コピペ攻撃」が始まったぞ(笑)

議論に負けると荒らすのはよくないど(笑)

760 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:11
『国民党第三戦区作戦経過概要・南京会戦』
12月初、南京守備軍約十五師強

『憲兵司令部在京抗戦部隊之戦闘詳報』
(撤退時に)10余万の大軍が長江岸に雲集・・・・悒江門から10余万の大軍が退出した。

『劉斐・国民政府軍事委員会・軍令部第一庁(作戦)庁長「抗戦初期的南京保衛戦」』
 蒋介石は可能な限りの兵力を南京防衛に動員し,合計10余万人に達した

『宗希濂・第78軍軍長兼第36師師長「南守城戦」』
(当初の七万人前後に加えて)3個軍の実戦兵力計約4万人前後を新たに増加し、南京防衛
の総兵力は約11万余人になった。

761 :静岡県『浅羽町史』掲載の兵の手紙:2001/03/04(日) 03:11
自分等のいるところは此の城外である。城外でも揚子江の沿岸で中国
銀行。・・・
揚子江を船で来る全全部の荷物が自分等の所に来るのです。沢山な荷
物を五十人足で歩哨に立つのでなかなか苦労は多いよ。去年の三十一日
まで支那兵の捕まえたのを、毎日揚子江で二百人ずつ殺したよ。川に、
手を縛って落としておいて、上から銃で撃ったり刀で首を切ったりして
殺すが、亡国の民は実に哀れだね。まるで鶏でも殺すような気がするよ。十二月二十七日の夜は、兵站部に食糧を盗みにきたので七人捕まえて銃剣で突き殺したが面白いものだったよ。全く内地にては見られない惨状だよ。]

俺達の居る南京地方は、此の頃は暖かになりました。一週間前は雪が降
っていたが、此の頃は毎日春だよ。襦袢一枚で毎日暮らしているよ。も
う支那兵の死人が暖かになって腐るので、悪臭が鼻を切るように匂って
くるよ。全く戦地だね。揚子江の隅には死人の山で□の如くだよ。一寸
内地の人が見たら驚くね。腐ってどろどろになって居るよ。

詳細は『静岡県近代史研究』第24号、1998年

762 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:13
>>759
肯定派?

763 :739:2001/03/04(日) 03:14
>>761
日本刀を持っているということは将校様なのですか?

764 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:14
だ、か、ら、処理方法は?土葬?火葬?その処理方法だと一体にどれだけ時間が掛かるの?
その処理に使われた資材はどっから引っ張ってきたの?資材を引っ張る方法は?金?徴収?
処理するための人件費はどうなってるの?どこに埋葬したの?
おせーて、おせーて

765 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:16
>>755
調査に対する著者の見解、でなく翻訳した資料そのものがのってます。
http://www5.tok2.com/home/JOHNVOID/doc_smyth.htm

766 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:20
日本軍はみんな剣の達人だった!!!

http://milk-rock.hoops.ne.jp/tawa-4.htm
>話は元にもどりますが、人が両断できるほど日本刀は切れないそうですね。
>両断できる可能性があるとしたら薩摩示限流の使い手しかないでしょう。

767 :グース:2001/03/04(日) 03:23
>>667 検証の続き
結論から言うと「便衣兵」掃蕩はやったよ(笑)
中国人通訳立会いの上でね(笑)

大抵は「ズボン」が兵隊服だったりするので「見分けるのは簡単」
だったらしい。また「近所の人」や「家族の証言」があれば
無理には連れて行かなかった。

ただ「民間人を誤認」した可能性は否定できない。

ミニー女史の日記によると「避難民からの報告で行方不明」
な人数は「723人」これらの人は「誤認処刑」された可能性
が強い。

つまり「誤認処刑」は多めに見積もっても「1000人」程度。



768 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 03:26
結局サヨは何一つ言い返せず、枕を涙でぬらしてるのかな・・・

769 :グース:2001/03/04(日) 03:32
>>786
いや、コピペする資料を探してるとこだろう(笑)

770 :秦信者:2001/03/04(日) 03:34
しかし@`報告されただけの数で全体数は見えないのでは?
いくらなんでも1000人程度は少ない。
秦氏は民間人殺害を1万〜1万2千としているが・・・・

771 :名無しさん@1周年:2001/03/04(日) 03:37
>>770
戦闘に巻き込まれて死んだ数をあわせればそれくらいだろ。

772 :名無しさん@1周年:2001/03/04(日) 03:40
もうサヨサヨの妄想は終わりかな?
つまらないから寝ようっと。

773 :グース:2001/03/04(日) 03:51
>>770
秦教授の推計「約1万」は近郊農村を含むのねん。



774 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 04:00
>>767
あれほど取り上げていたスマイス報告は無視するの?

775 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 04:06
コピペであろうと、参照資料には変わりない。
実際それらが根拠になっているのだから。
検証できなければ資料無視=怠慢ととられてもしかたないし
相手に検証を頼ってばかりでは反論など出来ないよ。
反論は、相手の説をその根拠含めて検証することから
はじまるはずなのだから。

776 :グース:2001/03/04(日) 04:10
>>774
わしの主張は「南京城区における違法殺害=約2万」
(4万まで余裕を見てる)
これのほとんどが「敗残兵、捕虜」で民間人も含む。

近郊農村の被害はスマイス調査の約3割9000人。
合計で「南京での違法殺害は焼く3万」
最大でも5万程度(笑)

どこが「スマイス調査」を無視してるの(笑)

777 :グース:2001/03/04(日) 04:14
>>775
正論ですな(笑)

わしの指摘する「悪いコピペ」とは=資料のたれ流し。

「コピペ」するなら、その資料を「どのように読み取って」
「どのような結論」を導いたのかを記すべき(笑)

それをしないから「虐殺派」は困るのねん(笑)

778 :グース:2001/03/04(日) 04:18
あとねぇ(笑)
このスレでは数を議論してるのねん
     ↓
[1:777] 南京虐殺で実際に殺された数は? ■▲▼
1 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/01/05(金) 16:50

今どういうことになってるんでしょう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
関係ない資料(子供食ったとか)のコピペをするのも
「虐殺派」の特徴(笑)



779 :秦信者:2001/03/04(日) 04:18
事件の性格としては@`ナチのホロコーストというのは大げさだが@`
一部の兵による暴走にすぎない@`といったレベルでもないと思う。
前線指揮官の独断が招いた結果というのが一番事実に近いのでは?

780 :名無しさん@1周年:2001/03/04(日) 04:23
>>775
無いものをあるとでっち上げる容易さに比べ
無いものを無いと実証するのは非常に困難である。

例えばUFOを見たと突拍子のない嘘をつかれた場合
無い理由をいくつかあげられるがそれで無いことを
証明出来たことにならないのと一緒。
サヨサヨはこういうことを利用してるだけだろ。
もしあったと納得して欲しかったらもっとリアルに味付けしてみろ(藁)

とりあえず南京陥落後に日本軍が携帯してた弾数、
30万人がどういう内訳で殺されていたか、
30万人を殺す間に何人の日本人が犠牲になったか、
30万人を埋葬するのにどういう手段をとったか、
そのためにどんな資材をどれだけ使ったか。
これくらいは実数値を出してもらわないと話しにならん。
検証も出来ん。
大勢が虐殺された割にはリアルな数値がなさすぎなんだよ。
検証して欲しかったら具体的な数値を出せ(藁)

781 :780:2001/03/04(日) 04:26
>>778
リアルな数値が全く出てこない以上検証すら出来ませんよねぇ。

782 :グース:2001/03/04(日) 04:30
>>779
いい感じの結論。

だが「中国」は「ホロコースト」と同列としているし
そのように「宣伝工作」もしている。
つまり「中国共産党」の態度が問題なのねん。

だから「30万」という数に中国はこだわっている。

「南京事件」について「謝罪したとたん」
「30万人虐殺、20万市民の無差別殺害」
を認めることになる。

それは「できない」し「冤罪ははらすべき」
とわしは考える。

783 :はあ:2001/03/04(日) 04:34
では秦も、偕行社も中国の主張を認めているということか。


784 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 04:36
スマイス自身も、死傷者数の調査について

「一般市民についてのもので、敗残兵がまぎれこんでいる可能性はほと
んどないといってよい。」

「占領軍の報復を恐れて日本軍にる死傷の報告が実際より少ないと考え
られる理由がある。」

「拉致された者の数字が不完全なものであることは疑いない。」

「実際には、多くの婦人が短期または長期の給仕婦・洗濯婦・売春婦として
連行された。しかし、彼女らのうちだれ一人としてリストされてはいない。」

「*市内および城郭附近*の地域における埋葬者の入念な集計によれば、一万
二○○○人の一般市民が暴行によって死亡した。 これらのなかには、武器を
もたないか武装解除された何万人もの中国兵は合まれていない。」

さらに、調査方法についてはこう述べている
「家族調査・建物調査の双方とも城内全域をカバーし、城門のすぐ外側にある
若干の地域をも含めた。しかし浦口その他の周辺小都市を含む旧南京地区全体を
調査したわけではない。旧日本軍人および一般日本人の住む特定の小地域と点在
する個人住宅のみが調査の対象外とされた。」

785 :グース:2001/03/04(日) 04:36
>>780-781
虐殺派はリアルな数値がだせないから「虐殺コピペ」に頼る
しかない(笑)

「虐殺コピペ」が出た時点で「結論」は出ているのねん。

786 :グース:2001/03/04(日) 04:38
>>784
相変わらず「結論がないな」(笑)
その結果「被害者がどれだけ増加」するの?

787 :780:2001/03/04(日) 04:40
絶対サヨサヨって文系だと思う。
理系でこんな報告書出したら舐めてんのかって
突っ返されるよ。

788 :秦郁彦も言っている:2001/03/04(日) 04:40
「第一次史料を改竄してまで「南京『大虐殺』はなかった」と言い張り、
中国政府が堅持する「30万人」や「40万人」をあげつらう心ない人々
がいる。もしアメリカの反日団体が日本の原爆の死者数(実際は今でも
不明確だが)が「多すぎる」とか「まぼろし」だとキャンペーンを始め
たら、被害者はどう感じるだろうか。
 数字の幅に諸論があるとはいえ、南京で日本軍による大量の「虐殺」
と各種の非行事件が起きたことは動かせぬ事実であり、筆者も同じ日本
人の一人として、中国国民に心からお詫びしたい。」

789 :秦信者:2001/03/04(日) 04:41
秦氏は「南京事件」において@`アウシュビッツと南京は本質的に別物と書いている。
また@`本田勝一氏の「南京への道」を@`中国の一方的な聞き書き帳と評している。

790 :780:2001/03/04(日) 04:42
>>788
ぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃぉぃ
なんで検証もしないで事実なのよ。
日本の調査団が南京で調査するのも中共は突っぱねてんじゃん。

791 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 04:43
>>786
被害者が増加するとかそんな問題ではない。
これらのスマイスの見解を無視しないと、君のような結論にはならないだろう?


792 :780:2001/03/04(日) 04:46
>>788
あんたいきなり見たこともない女が刑事と一緒にお前んち現れて
彼女がお前にレイプされたと言ってるからこれから網走刑務所に
行ってもらうと言われて、この通り第3者がお前の行動と素行調査を
でっち上げたものを証拠として提示されたからって
彼女がレイプされたことは事実であり、男の一人として
心からお詫びしたいと思うのか?

793 :グース:2001/03/04(日) 04:46
>>784  さて「ソース開示」してね(笑)

「一般市民についてのもので、敗残兵が」
「占領軍の報復を恐れて日本軍にる死傷の報告が」
「拉致された者の数字が不完全なものであることは疑いない。」
「実際には、多くの婦人が短期または長期の給仕婦」
「*市内および城郭附近*の地域における埋葬者の」
      ↑
「スマイス博士」の言葉?(笑)

他人のHPを引用すると怪我するど(笑)

@ヒント「参考資料」の欄をよく見ようね。

794 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 04:47
>789
秦氏の『南京事件』では「南京の道」からひいている部分もあるよ。
アウシュビッツと同じと言う人は、日本でもいないと思いますが?
否定派の論法がネオナチのアウシュビッツ否定論と同じとは言われるけれど。


795 :780:2001/03/04(日) 04:47
>>793
それぞれに具体的な数値が欲しいね。

796 :グース:2001/03/04(日) 04:52
>>791
でた「論理のすり替え」(笑)

わしは「スマイス調査」の数字を信用している(笑)
だから「若干の誤差」は認めてるよ。

797 :秦信者:2001/03/04(日) 04:53
>794
中国及び中国系ジャーナリストは国際社会でホロコーストと主張していますが?
ナチス犯罪=日本の戦争犯罪という論法です。


798 :グース:2001/03/04(日) 05:00
>>791
統計調査は完璧ではない(常識)

実際のところ「誤差」がでるのはしょうがない。
それを理解したうえで「スマイス博士」は「表を作成」
したはずなのねん(笑)

だから「誤差10%」位はしかたないし「誤差20%」
と考えても「3000〜6000人」増加だろ?

だから、わしの見積もりは「約3万で、最大でも5万」
と余裕を見てるのねん(笑)


799 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 05:03
>>797
こういう写真を本気で信じちゃうやつだろ?(笑)
こんなに手が曲がってて、足を開いてて腰が引けてて
距離が離れてたらまともに切れんよ(笑)

http://www.centurychina.com/wiihist/behead-us-pilot.jpg

800 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 05:18
>>793
全部がスマイスの言葉ではない。わかってる。
しかしスマイスの言葉や他の報告等々を鑑みても、
誤差はあくまで根拠無くそう推定かい。

801 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 05:21
>>797
日本ではいるかい?

802 :秦信者:2001/03/04(日) 05:24
>>801
「今は」いない。

803 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 05:25
ミニー・ヴォートリンは女子大で女性難民の保護に務めていた。
ラーベなどの方が、まだ被害の把握等はしていただろうに。
(それでも1月の時点で「おもいちがい」だったと感じているのだけど)
ミニー女史談
「いったい何千人の人が銃で撃たれたり銃剣で刺し殺されたのか、
私たちには知るすべはない。」

804 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 05:26
>>802
んじゃあんたの敵はだいぶ前から日本にいないってことだね。

805 :800:2001/03/04(日) 05:35
根拠無く、というのは多々ある他の史料等を鑑みても、という意味ね。

806 :秦信者:2001/03/04(日) 05:40
しかし相変わらず@`ドイツは反省したが@`日本はしていないと主張する連中はいる。

807 :グース:2001/03/04(日) 05:43
>>805
根拠なく=という表現の意味がわからんが(笑)

スマイス博士の調査は「事件後すぐ」1938年に行われた。
しかも「中立的」で(っていうか中国よりだけど)
正当な調査だと思ってる。

もちろん「誤差」がでるのはしかたがないが
「調査の数字」が5倍〜10倍になるとは思えない(笑)

当時の状況を考えて10%〜20%の誤差はしょうがない。

808 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 05:45
>>761
刀については日本刀であるとは書いてないし、自分の隊について書いているから
まわりの者のことも含めて書いているのだろう。
敵兵の死体が腐ってきて悪臭がしてくるとか、揚子江の隅には死人の山と
も書いている。
ちなみにこれは軍事郵便だから偽証などの可能性は非常に薄いよ。



809 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 05:51
>>808
>刀については日本刀であるとは書いてないし
こういう欺瞞はやめよう。

>ちなみにこれは軍事郵便だから偽証などの可能性は非常に薄いよ。
なんで戦時中の手紙なのに現代調なんだ?
原文をソースも含めて出せ。

810 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 05:58
>>806
それは話が別だ。スレッド変えた方がいい。

>>807
>「調査の数字」が5倍〜10倍になるとは思えない(笑)
極端だなあ。君の見解3万を5倍にしたら15万、10倍にしたら
30万になるよ。中国の見解でさえ「軍民30万」であって、
一般人だけで30万ではないよ?

811 :グース:2001/03/04(日) 06:02
>>803
殺された捕虜などについては「何千人という認識」だろう(笑)

ミニー女史の日記
1/21日 12月16日だけで「422人」が連行。

2/7日 合計723人 12月16日に拉致され帰宅してない。

3/26日 700人以上の男性=12月16日に拉致された

以上の記述がある。
これは「便衣兵」掃蕩のさいに「誤認逮捕」された人数と推測できる。
正確に言うと「家族から捜索願」(笑)が出た人数である。
もちろん「家族がいない男性」も「誤認逮捕」されただろうから
おおむね「1000人の市民」が「誤認逮捕」されたと考える。

この部分については「ラーベ」より女史のほうが詳しい。
なぜなら「避難民女性の神様」だったから(笑)

812 :グース:2001/03/04(日) 06:14
>>810
つまり「スマイス調査」を信用するかぎり「中国の主張」する数字
軍民30万(市民20万以上)には到底及ばないのねん(笑)

近郊農村(東京、神奈川、埼玉と同程度の面積)まで含めても
民間人の「戦争による死亡」は3万人程度(戦闘の巻き添え含む)
と「はっきりしている」=スマイス調査
(秦教授の民間人1万(説)もここから出てる)

調査方法を見るかぎり多少の誤差があっても「2倍〜3倍」
にはならないというのがわしの見解。


813 : :2001/03/04(日) 06:20
否定できない真実は以下の通り。
[1] 2万か3万程度の兵士の死体が目前にあった。しかしこれは通常
  の戦闘によるものである。
[2] 千か2千の安全地帯に潜り込んだゲリラの処刑を公然と行った。
  日本刀・銃剣に依るものが多く残忍な印象を外国人に与えた。
  (これはゲリラの処刑としては国際法には違反しておらず、大量
  の武器を持って潜んでいるのだから、日本軍の自衛上必要なこと
  だが、外国人特に教会関係者には感情としては虐殺だった)

[3] 日本兵の強姦・殺人も多少はあったかも知れない。しかし、そ
  れ以外に安全区域に潜り込んだシナ兵が数百か千人程度、計画的
  にデマを流し放火・強姦をして日本兵を装った。
   これも確かなことである。実際よりデマの方が多かった可能
  性がある。

[4] 南京・上海には敵性の米英の国際安全委員会や新聞記者が多数
  おり、この人達はゲリラの処刑が国際法上は許されることを知っ
  ていた。しかし感情的には虐殺だと思っていた。
  従って国際安全委員会の公式書類には虐殺との指摘は何も書かない。

「噂の拡大」
[5] 従って外国人達は自分の書く記事・本・日記には虐殺として書いた。
 またシナ人(督戦隊)がシナ人を殺した場合も多いのだが、日本兵
 が殺したように書き内容は段々エスカレートしていった。
   南京にいなかった外国人まで、その尻馬に乗って伝聞だけで、
 書き出した。

[6] 彼らの書く虐殺の数はシナ人の噂を元にして最初は最大2万人、
 後には紅卍会の埋葬データを元にして4万人だった。

[7] 民間人の虐殺の割合は同じくシナ人の噂からベーツが勝手に3
  割とした。
   こうして2万か4万の虐殺でその3割が民間人と言う説が
  アジアに無知な欧米に流れていった。

「しかし真実は残る」
[8] しかし、シナの公式書類は外人の残虐行為の描写は借用しても、
 虐殺の数は全て削除していた。他の外国からの公式の虐殺の非難
 は全くなかった。

  かくして戦争の始まるまでは、ゲリラの処理で国際法を違反し
 たと日本を非難する国・人は一国・一人もいなかった。

「第2次世界大戦開始から終わりまで」
[9] エドガー・スノウは「アジアのための戦争」で1941年に
 「南京国際安全委員会によると最低4万2千人を殺した。その殆
  どは民間人だった。」と書いた。しかし、南京国際委員会は
  公式には虐殺はゼロだった。彼は又殺した兵隊と民間人の割合
  を逆転させた。
[10] アメリカの女流作家アグネス・スメドレーは「日本兵は20
  万人虐殺した」と数を5倍にした。

814 : :2001/03/04(日) 06:21

「終戦後」
[11] 終戦の年の12月にGHQは「太平洋戦争の歴史、真実のな
 い日本軍国主義の崩壊」と言う記事を提供し、主要新聞に10日
 間連載させた。その後も1冊の本にまとめた。その中では
   「日本軍は現代史の中で最悪の恐るべき虐殺を行った。証言
   によると2万人の婦女子・子供を殺した事は確実である」と
   書いた。

[12] 1946年5月3日東京裁判が始まった。ベーツ教授は「3
  万人の兵と1万2千人の民間人を虐殺したと証言した。以前か
  らの彼の説どおりの証言である。

[13] 主席検事のキーナンは数万人の捕虜と民間人を殺したと言った。

[14] 1946年2月シナは以下のような報告書を法廷に提出した。
 その内容は「我々が最初に南京市民に会い調査の目的を話したとこ
 ろ、彼らは唖然としていた。そして冬の蝉のように黙った。虐殺
 を主張する者は少なく、ある者は虐殺を否定さえした。
 それで調査担当は数回に渡り1軒1軒訪問して調べた。」
 ところが、かくして提出された数は以下の通りだった。
 「確定した虐殺数は32万人、はっきりしないのが20万人である。」

 その証拠書類は死体埋葬記録であったが、最近の調査によると大き
 なでっち上げがあり本当は4万人程度である。この埋葬作業自身が
 日本の指導と費用でで行われていたのである。

 シナはこの作業を日本が行ったことを無視している。

[15] 従って刑の宣告の時の虐殺数もバラバラで戦犯によって、26
 から30万人、数万人、20万人以上、10万人以上、とされた。
 彼らにとっては死刑さえ宣告すれば良かったのである。

[16] 1958年に上海教育出版会社により出版された「中学歴史教
 師のための参考書」というものがある。
  その年表の1937年を見ると南京大虐殺と言う言葉はなくただ
 「日本軍は上海を占領し、国府軍は政府を重慶に移した」としかない。
   この書き方は「1927年に蒋介石は南京にいて、反革命政府
 を作った。彼らは共産党員と革命的な人民を虐殺した」と比べてみ
 ると、簡単すぎる。南京虐殺という考えがあったか疑わしい。

[17] 「新編、中国歴史」と言う本がある。香港の齢記出版公司から
 1972年に初版が出た。1975年からから1975年に新版が出た。
   その主文を見ると「南京は12月13日に落ちた。この時同時
  に北支那は惨虐な敗北にしばしば会った」とあり、年表には「国
  府軍政府は重慶に移った。南京防衛に失敗した」としかない。
   シナ人は南京大虐殺と言う観念を持っていたのだろうか?
   もし持っていれば書いたはずだ。

[18] 南京大虐殺が現れるのはトウショウヘイの出現からである。彼
  は1977年に副主席に返り咲き1978年に主席になった。
  そして1979年6月の「シナ歴史」教科書に南京大虐殺が現れた。
   1985年から南京大虐殺記念館が建設された。

 以上のことは何を示すか?そう、南京大虐殺はでっち上げだったのだ。



815 :>808:2001/03/04(日) 07:49
ぐ・・軍事郵便で所在地秘匿の検閲無しだって?
駐屯地の地名は、原則不許可だぞ!知らないのか?
特に兵隊は、内地に帰る人に預けたりして
居場所を連絡してたんだぞ。
私信の話だと思って読んでいたが、そりゃ確度の低い
手紙だな。
家族で暗号を作ってまで苦労して連絡し合って居たというのに。
間抜けなネタになったもんだ。


816 :680:2001/03/04(日) 08:32
>>726
>>偕行社は「誠に申し訳ない」と記したよ。
>>秦郁彦だって10年前の中公新書にて以下のようなことを言っている。
  (略)
>>どちらも「中国側」だなんてレッテルはとても貼れない人達だ。数え上げた死者数
>>で言えば中国側の「軍民30万」とはほど遠い。それでいて何故上のような言動に
>>なるのだろうね?
>>要するに10年以上前からまともな人には「数の問題」ではないの。

よかった。ここにもまともな人がいた。偕行社って、陸軍軍人の団体だよね。
否定派は、これに反論できるの?

817 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 08:42
>>816 何故上のような言動になるのか。は大体以下の通りだろう。

54 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/03/04(日) 08:22

>>51
それだと日教組が無能ってことだろ。(確かにそう思うけど)
その割にはなんで、あんなに叩かれてんだ?

55 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/03/04(日) 08:24

>>54
私怨が義憤に変わるから。

57 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/03/04(日) 08:35

>>55
つまりあれか。政治的な理由と文学的な理由半々と言うわけね。

818 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 09:00
>680
あのね。
他の人はどうだか知らないけど。
支那や朝鮮が、「日本人だから残虐」と言うような
論調を続ける事が嫌いなんだよ。
歴史?反省?
今それを彼らが声高に唱える欺瞞に屈服したくないの。
非人道的?
今の日本に、それらの国が人権についてなにか言うことが出来るの?
この国の年寄り共はそいつらに、貢いで貢いでリタイアしただろ。
この先自分の子供らには、そんな事をさせたくないんだよ。
数の問題は、こちらから言い出した訳じゃないだろ。
数の多さで、日本人だから責任を感じながら生きて行けって
言ってるのはこちらの方か?
産まれながらしての罪人ってなんだ?
差別主義者はどちらの方なのかよく考えてみな。
あいつらの性根は、此処二三年で分かって無いのか?
日本で犯罪を犯す連中は、口を揃えて言うだろ。
「日帝は、昔悪いことをしたから。自分たちが仕返ししてるんだ。」
そんなやつらの肩を持つなら、どうぞ日本から出ていってくれ。
それとも、個人でせっせと稼ぎを貢いでやれ。
他の人間を巻き込むな。
俺自身は、差別主義者とは、もう一回戦争してでも断るし御免だ。

819 :680:2001/03/04(日) 10:12
>>818
>>産まれながらしての罪人ってなんだ?
そんなこと、誰も言ってないだろ。
本人(兵士)が認めているのに、子孫の我々が否定することこそが
罪なんだよ。

>>「日帝は、昔悪いことをしたから。自分たちが仕返ししてるんだ。」
>>そんなやつらの肩を持つなら、どうぞ日本から出ていってくれ。
差別意識まるだしだな。


820 :ななし:2001/03/04(日) 11:19
>819

>>>産まれながらしての罪人ってなんだ?
>そんなこと、誰も言ってないだろ。

言いまくっているよ。反日教師も中国も。南京を使用して、日本人は「生まれながらの罪人」だというキャンペーンを張っている。

あきらかに何かおかしいと思ったよ。本当のことだとしても、あまりにひどい利用の仕方だとね。日本人奴隷化キャンペーンそのものだから。

どうも南京大虐殺がでっち上げではないかという疑念をもったのも、それが理由だ。




821 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 13:37
「反日教師」が言ってるんだな?
では、具体的にどう言っているのか、それがどうして「生まれながらの罪人」ということになるのか、説明してくれ。

822 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 13:42
>>813
>(これはゲリラの処刑としては国際法には違反しておらず、大量
>の武器を持って潜んでいるのだから、日本軍の自衛上必要なこと
>だが、外国人特に教会関係者には感情としては虐殺だった)

否定できない真実? もう2番目でダメじゃん。
裁判をせずに処刑を行った、って件はどこへ……(笑)

そういや、投降兵に対する大量処刑の件がどこにも書いてないのは何故だ。

823 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 15:00
予想通りに、数の問題ではどうにもならないから国際法違反とか周辺の議題に拡散が
始まった。結局、30万人なんてマボロシ!!


824 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 15:56
>>815
この兵士の手紙には所属部隊は記されていない。日付も書いていない。
検閲が厳しくなったのは南京戦以降といわれている。
それは当時の新聞にも残虐行為等が報道されていたのが(百人切りの報道など)
1938年以降現れなくなったことを鑑みると、南京事件が国際的に報道され非難を
浴びるようになったことから、検閲が厳しくなっていったものと考えられている。
現に戦局が厳しくなるに従って検閲が厳しくなり内容が形式化していったことは
知られているはず。
そもそも小さな町の町史を編纂するために集積された文書で、誰がどうして偽物
を作る必要があるの。
それほど不審ならば当該の書簡が掲載されている町史か『静岡県近代史研究』
でも読んでみたら。他の者が書いた軍事郵便等も掲載されている。

参照として、
この町史の書簡とは全く関係ないが同じ時代の手紙が掲載されているページ。
http://www5.plala.or.jp/free-man/no1-001.html
軍事郵便かどうか記されていないが、通信が止められたとか軍規を気にして
いる部分等を鑑みれば同じような郵便だと思うけどね。
ニュースのキャッシュだけど、も一つ参照
http://www.google.com/search?q=cache:www.chunichi.co.jp/news2/local/newlocal/199808/l19980810_mie1.htm+%8Fo%90%AA%95%BA%82%CC%8E%E8%8E%86&hl=ja&lr=lang_ja


825 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 16:23
>>824

>検閲が厳しくなったのは南京戦以降といわれている。

ソース希望。

>南京事件が国際的に報道され非難を浴びるようになったことから、

具体的な記事の掲載を希望。

826 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 16:39
>>825
南京戦以降云々は、当人の史料の考察からだよ。
そもそも参照としてあげたリンク先見たの?

827 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 16:54
>残虐行為等が報道されていたのが(百人切りの報道など)

百人切りの報道などと書いているけど百人切り以外の残虐行為って
どんなことが報道されているの?



828 :グース:2001/03/04(日) 17:08
そろそろ「締める」とするか(笑)

当時の公式記録を検証した結果以下のような結論が導かれた。

1 南京城区の人口(避難民)は「約20万」(12/8日)
2 12/8日「避難命令」が発令された。
3「避難民20万」はほぼ全員が「安全区」に集結。
4 12/13日「南京陥落」日本軍の入城。
5 安全区での「大量虐殺はなかった」ことが証明されている。
6 12/13日以降「南京城区」の人口は増加し続けた。

以上をもって「市民の無差別虐殺はなかった」と認定する。

参考文献
「国際委員会公文書」「当時の新聞記録」「ラーベの日記」
「ミニー女史の日記」

829 :グース:2001/03/04(日) 17:21
南京防衛軍=捕虜、敗残兵の処刑について。

@南京防衛軍の総数は「当初10万、落城時5万」

これは蒋介石の資料である「台湾の公刊戦史」を採用。
なぜなら「当時者の記録であり、一番公平だから」(笑)
また「実際に従軍した師団長クラス」の推計は「10余万」
でありこれは「10〜11万程度」というこである。

落城時の5万のうち「戦死2〜3万」「捕虜2〜3万」
捕虜のなかで「処刑されなかったもの約1万」
処刑された捕虜の総数は「約2万」

結論 南京で処刑された捕虜の総数は「約2万」
これを「すべて違法としても、違法殺害2万」
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  

830 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 17:28
お後がよろしいようで。。。(笑


831 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 17:38
>>829
内訳の根拠は?
幅もたせてとか何とかいってるけど、結局最低限の数でしか
考えてないじゃん・・・

832 :グース:2001/03/04(日) 17:39
@民間人の被害ついて。
http://www.geocities.com/TheTropics/Paradise/8783/15a.html#10
(参考資料 スマイス博士の戦争被害調査)

1937/12/13「南京陥落」直後の1938年3月に行われた。

@南京城区での被害
「日本軍による殺害 2400人」「拉致 4200人」合計6600人

@近郊農村(東京、埼玉、神奈川程度の面積)での被害
「原因を問わず 約 26870人」
近郊農村での被害には「戦闘に巻き込まれた」ものも含む
ので多めに推計して「約30%」が日本軍の責任とする。
(約9000人)

南京城区での「拉致」には「便衣兵狩」が含まれるので
「捕虜殺害のほうに計上」した。

結論 南京城区と広大な近郊農村での民間人被害は「約1万」

833 :グース:2001/03/04(日) 17:49
>>828-829 >>832
以上の合計でも「約3万」

中国は「南京城区」だけでも「20万以上」としてるので
「中国の主張する南京大虐殺は(おお嘘)と言える」

虐殺の範囲を「近郊農村部〜東京、埼玉、神奈川」まで拡大
しても「被害者3〜4万」(笑)

結論 「中国の主張する南京大虐殺はなかった」
(被害者数は農村部含めても3〜4万人)
日本軍



834 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 17:51
>グース
おめえ頭悪いなあ。くだらないレスをいくつも垂れ流すなよヴォケ!

835 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 18:30
毛沢東時代がもっと長く続いて、大躍進運動・文化大革命で
中国を国の崩壊に導いてやれば後腐れが無くてきれいさっぱりだ。
台湾だ戦争責任だなんて揉め事も無かったろう、毛主席バンザイ!

836 :tosi:2001/03/04(日) 18:34
世界史のほうで
三光作戦がどうのこうの言ってる
ひとがいた。
三光て中国語だぞ。中国人が
かってになずけてでっちあげたの!!

837 :>グース:2001/03/04(日) 18:41
>>以上の合計でも「約3万」
30万が3万だとしたら、虐殺はなかったことになるのか?
3万は虐殺ではないのか?
俺は、そもそもそういう数の議論がばかばかしいと思うが。

838 :tosi:2001/03/04(日) 18:47
>12ななしさん
この話をするとなぜ、右だの、小林だのいう人
がいるのだろうか、ちなみに僕は右じゃないし
小林より詳しいと思っている。
>837グースさん
数がでかすぎて、ぴんとこないかもしれんが
3万と30万て相当な違いだよ。

839 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 18:48
>>837

もういいよ。そういう話の展開百万回見たよ。飽き飽きだ。


840 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 18:52
>>837
30万って数よりかはましだよね
ま3万でも虐殺だけどさ

841 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 19:09
私怨が義憤に変わるから。

842 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 19:25
グースさんにお尋ねしたい事が有ります。

それは「便衣兵」に就いてですが、
「ゲリラ」兵(または部隊)の意味で
使われておられます様に推察致します。

そもそも「便衣兵」なる軍事用語は
「支那」側の用語なのでしょうか?

それとも、「帝国陸軍」の用語なの
でしょうか?

なにか、資料が在るならば御教示、
下さい。

私は、「帝国陸軍」が斥侯や敵陣
後方撹乱の為に用いた要員(兵)
の例しか存じておらぬ為です。


843 :既出なのでコピペ:2001/03/04(日) 21:11
298 名前:グース投稿日:2001/02/15(木) 03:34
質問 1万人だっったら虐殺じゃないのか?

「南京大虐殺」の「大虐殺」は被害者の人数を表す言葉では
なく「市民、婦女子を30万人皆殺し」と言う意味が含まれて
いる。(教科書により10〜30万と幅はある)

「南京大虐殺」はすでに「固有名詞」となっているので
犠牲者1〜3万人で、しかも「捕虜、敗残兵」の処刑では
「南京大虐殺」とは呼べない。

これは「中国共産党」の意思であり、教科書にもそのように
記述してあるはず。

よって質問の答えは
「1〜3万人の捕虜殺害では南京大虐殺とは呼べない」


844 :既出なのでコピペ:2001/03/04(日) 21:13
299 名前:グース投稿日:2001/02/15(木) 03:40
質問「数の議論はともかく、1万人は殺したのだから
   中国に謝罪するべきでは?」

>>298 で説明した通り「南京大虐殺」はすでに固有名詞
となっているので「日本が謝罪」したとたんに
「30万市民、婦女子を皆殺し!」
「ナチスのホロコーストに匹敵する大罪!」
という中国の主張を認めることになる。

@答え
「中国が30万という数字を取り消さない限り
 謝罪してはいけない」


845 :名無しさん:2001/03/04(日) 21:45
>842 鋭い。 便衣という言葉は日本人は使っては行けない。
ゲリラを意味する汚い言葉だ。ゲリラでよい。民間人擬装兵だ。

中国共産党は張子の虎だ。法輪功位でガタガタだ。
政権が崩れると,憎まれている共産党幹部と家族はチャウセウスク
ように中共国民にギトギトニ虐殺される。

そのときは南京大虐殺?あれは皆嘘となる。
第一科学的に不可能じゃないか。支邦人だって馬鹿じゃない。
日本人だけだよ,そんなこと真面目に議論しているのは。

それを避けるために、日本を仮想敵国にしたてて,国民の敵意を
かわそうとしている。闘牛だと日本は赤い布切れだ。
よたよたで腐った闘牛士が中国共産党,怒りの黒牛が中共の国民だ。
中国共産党は日中人民共同の敵である。


846 :教えて君:2001/03/04(日) 21:51
よく「支那」のことを「支邦」ってかいてる人いるよね?
でも誰もマチガイだって指摘しないけど、
もしかして、これって「2ちゃん用語」として認定されてんの?

847 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 22:00
>>837
戦闘による死傷兵、それに巻き込まれた一般人、ゲリラ狩りによる死者
ゲリラに間違われた犠牲者で3万人と
一般住民をおのれの楽しみのために30万人殺したんじゃ大きな違いだボケ(藁)

848 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 22:08
なんだ。あれだけ書いて、要するに「30万じゃないから虐殺じゃない」だったのか。

849 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 22:26
>>848
キチガイ発見(藁)
さっさと中共に移民シナ。

850 :日本@名無史さん:2001/03/04(日) 23:29
>>848

馬鹿市ね。

851 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 00:07
この件は数だけが問題というなら、なぜ1万でも4万でも詫びを
記すような事態になるのか、それが陣中日記や日本兵の証言、外
国人の記録・報道などから知られる日本軍の方針・行動の中身ゆ
えのはず。

しかし数の議論に絞れば、それらに目を向けなくてもすむもんね。
良いところを無視している。

こんな話は見飽きたとかいうけど、それは当たり前。
否定派に異を唱えるのは数の議論というレベルではないのだから。
不法殺害4万でも軍民30万でも同じなんだよ。公的な史料に書かれ
にくい事実(明らかに不法である「民間人」の殺害等)は全く鑑みな
いいわば実証主義の限界を知らないふり。
適当に捕らえてきて正当な手続きを踏まずにやたら処刑してしまった
ことも日本軍には全く言い訳はできないよ。その内訳は、と言ったっ
て結局推定でしかない。
投降してきた兵、武装解除した兵に対しての仕打ちも同じ。国際法を
知っていた外国人がそれらの日本軍の仕打ちを非難していたことを無
視して数のことだけを取り出すのは大変都合がよろしいでしょうが、
それでは日本軍の名誉挽回正当化には全くならないことに気づきまし
ょうよ。中国への対抗意識だけ持って子供の喧嘩やってるなら別だけど。

852 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 00:10
右翼で軍と関係が深かった児玉誉士夫は、「『適当に処置せよ』とは『殺せ』
を意味しない」という戦犯裁判での将校の弁明を批判して、当時の陸軍用語
では「適当に処置せよ」ということは「片づけてしまえ」とか「仕末せよ」と
かいうことになり軍隊生活をした者なら誰でも知っている事実、と言っている
そうだな。

853 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 00:17
>>851
「ホロコースト」と「戦争犯罪」はえらい違いだと思うが?


854 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 01:00
>>851
国際法国際法っていうけどね、戦争の最前線でそんなものを
遵守していた軍隊なんてものはないんだよ。
アメリカでさえ、激戦だったフィリピン上陸戦では日本人捕虜を
ろくな裁判さえ行わないまま殺してたわけ。
日本軍だって安全に武装解除を行える場所では捕虜収容所を作って
管理をしていたが、出来ない場合はやむなく殺したことはあるだろうな。
ましてや、中国国民党が国際法を遵守してたなんていうことは聞いたことないし
中共もそういう処置をしたのは終戦後だろ。

855 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 01:25
>>853


>>854
日本軍は、投降してきた兵も殺してる。投降を呼びかけて応じた兵も
殺してる。既に武装解除して安全区などにいた兵も捕らえて殺してる。
兵でないものも捕らえて殺してる。
「武装解除できなくて」殺した例は証言や史料からはほとんど出てこ
ない。逆ならたくさんあるけど。

そもそも、その殺害を正当化することはアメリカなどの連合軍が
日本軍の捕虜殺害をしたことまで正当化することになる。
君たちがそれも考えた上で言ってるのなら構わないけど。

856 :世界@名無史さん:2001/03/05(月) 01:26
30万が3万だろうと虐殺に変わりないことは分かってる。
南京での虐殺行為が無かったと言うつもりもない。
ただ、世間一般でいわれる「南京大虐殺」というものが、イコール
「日本軍による史上例を見ない、30万の一般市民に対する人非人的な大虐殺」
といういまだに疑問の残るイメージをまずは払拭したい。
罪を否認するんじゃなくて、罪状に異議を申し立てたいだけ。
それだけで私も日帝の亡霊とされるのだろうか?
どちら側に拠ることもなく、公正な目を。
それが消極的否定派の大部分の人間が望んでることだと思う。

857 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 01:28
だからどっちもやってたってこと。客観的に見ればそれだけのことだろ。

858 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 01:28
結局、数の問題は無かったことか。(笑

859 :おたく、名無しさん?:2001/03/05(月) 01:35
>>856
>南京での虐殺行為が無かったと言うつもりもない。

残念ながら、そこを否定しようとする人たちがいるのですね。
グースさんの場合も“これは「南京大虐殺」と呼ぶべきでない”としていますし。

また、日本の「肯定派」研究者は30万説を否定しないけれど支持することもないそうです。
実際には公正な研究が行われていると見てもよいのでは。

860 :ヽ(´ー`)ノ :2001/03/05(月) 01:41
かくして、教科書には(少数だろうが多数だろうが数は問われず)
永久に載り続けるわけだねぇ。(笑)

肯定派はそれが解ってるから余裕でいられる。
否定派(または数を問題にしてる奴ら)はそんなことも
判らないなら、掲示板上で精神的勝利を得ることしか出来ない
のだ。例>グース(苦笑)

で、否定派は「新しい歴史教科書を作る会」が南京事件(この
言葉は肯定派の洞富雄が30年前位前に初めて使ったんだったっけな)
で犠牲者多数と書くことを受け入れたことにはどう思うのかねぇい?

861 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 01:44
>>859
日本政府による実地調査を中共が拒否してるんだよ。

862 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 01:50
>>861
骨が出てきたってでっち上げたとか文化大革命のものだという人達が何を言うって感じだが。
都市化した南京を建物壊し掘り起こしてくれる代金を負担してくれるならもしかしたら応じる
かも知れないよ。


863 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 01:52
>>861
政府?日本政府が申し入れたの?いつ?

864 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 01:52
>>862
国による調査団がそんなことやるかい(藁)
マジで頭が逝っちゃってるな。

865 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 01:52
「南京大虐殺」ではなく「南京安楽死」ですよ、実態は。

866 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 03:04
グース氏は中国の主張を受け入れることには反対だ@`といっていると理解します。

867 :世界@名無史さん:2001/03/05(月) 03:15
http://www.history.gr.jp/nanking/15a.html
http://www.history.gr.jp/nanking/video.html

868 :グース:2001/03/05(月) 03:55
都合悪くなると逃げを打つ虐殺派(笑)

>また、日本の「肯定派」研究者は30万説を否定しないけ
>れど支持することもないそうです。 実際には公正な研究が
>行われていると見てもよいのでは。

「またまた大嘘」(笑)
たしかに「30万」とは言ってないが「20万」クラス
はゴロゴロしてる(笑)

日本の「肯定派」の学者はインチキ「埋葬記録15万」
を支持しているし当時の「南京市民は30万以上」と史実
を無視して「がんばってる」(笑)
南京防衛軍15万説もそう(笑)

まともに「資料を検討」してるのは「なかった派」なんだけど。
普通に公的資料を検証すれば「5万以上にはならん」

あやまちを認めないのが「虐殺派」の特徴なんだよなぁ(笑)

869 :グース:2001/03/05(月) 04:13
>>860 引用
>教科書には(少数だろうが多数だろうが数は問われず)
>永久に載り続けるわけだねぇ。(笑)

虐殺派は「これが嬉しい」らしい(笑)
どうも幼稚で困ったね。

わしは「30万とか10万以上」とか「インチキな数字」が
教科書に載ってるのはいけないと思ってる(笑)

@まぁ「学問に興味がない」虐殺派には理解できんだろうが(笑)
普通に歴史を学ぶ知識があれば「虐殺派」にはならないのねん。

>>860 引用
>掲示板上で精神的勝利を得ることしか出来ない
>のだ。例>グース(苦笑)
    ↑
あら、めずらしい(笑)
虐殺派が敗北宣言したのは初めてなのねん(感動・・
「書き逃げ君」が多い中、なかなか「見どころがある」(笑)

まぁ「掲示板での積み重ね」も大切よ。
少なくとも「掲示板」でわしごときを納得させれんような
理論(虐殺15万以上説)が「世間的に排除」される日は
そう遠くないだろうねん(笑)

>>860 引用
>新しい歴史教科書を作る会が〜略〜
>犠牲者多数と書くことを受け入れたことには
     ↑
いいんでない(笑)
1万人も多数だし30万人も多数だから。
少なくとも「嘘」の数字ではないよなぁ?

870 :グース:2001/03/05(月) 04:54
>>842 引用
>そもそも「便衣兵」なる軍事用語は 「支那」側の用語なのでしょうか?
   ↑
なかなか「味わい深い質問」だな(笑)
困ったなぁ(笑)適当な資料がないのねん。

>>859 引用
>グースさんの場合も“これは「南京大虐殺」と呼ぶべきでない
     ↑
こうは言ってないよ(笑)
ただ「南京大虐殺」は固有名詞として定着しているってこと。
南京大虐殺=「女、子供も皆殺し数十万。ついでに軍人」
こういう意味で使われているってこと。

むしろ「南京事件」よりは「南京大虐殺」と呼ぶべきで
「しっかりと否定するべき」だと思ってる。

@「1万人でも虐殺だから認めなきゃ!」
@「数の問題ではないよぉ!」
@「日本軍はひどいことしたんだぁ。誤らなきゃ!」
    ↑
まぁ「虐殺派」の主張どおり政府が対応したとしよう(笑)

@「4万人は不法殺害したので南京大虐殺を認めます。ごめん」
    ↓
こう謝罪したとたんに
「日本、南京大虐殺を認める!」という報道が世界中に流れる。
    ↓
「南京大虐殺とは日本が(南京城という狭い場所で)女性十数万人
をレイプして腹を割いて殺害し、性器に異物を挿入し、子供も皆殺し
その肉を喰らい、手足を切断し、止めに入った中国軍を斬殺したあげ
くその肉を売りさばき、中華民族を根絶やしにしようとした」
    ↓
以上のような「中国の主張」を肯定したと「世界は受け取る」
中国は一貫して「ホロコーストに匹敵する大罪」と宣伝してる。
    ↓
もはや「4万人」という数字は意味をなさない。
ここまでくると、確かに「数の問題」ではないだろうな(笑)

例え1000人でもレイプした挙句に腹を割いて殺したら
「世界中から避難をあびる」
たとえ100人でも「子供を殺し、肉を食ったら」
許される事はないだろう。

@やってないことを「認める」ってのはそういうことだ。

中国の「虐殺記念館」の正面には「30万人虐殺」と
でっかく書かれた「壁」がある。

この壁の数字が消えない限り「数の論争」を避けるのは
卑怯なのねん(笑)    

871 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 04:58
虐殺派があったと論陣を張るなら少なくとも数値をちゃんと出して
明確に証拠を見せなければならない。
その日のうちに機関銃、手榴弾で1万人近くが殺されましたとか
1ヶ月やそこらで30万人殺されたとか言われたってそんなもん
明らかに不可能だしアホらしくて話しにならんよ。

サヨサヨはサラエボ犠牲者数とそれに掛かった期間を知ってるか?
サラエボ市を取り囲む山地に陣取ったセルビア軍が約四百の戦車や大砲と
大小数千の機関銃を使ってサラエボのムスリム人を20万人殺すのに3年半
掛かってるんだぜ?
http://www.pluto.dti.ne.jp/~z-chida/exile.html
↑サラエボ

当時の日本軍の欠陥品に近い11年式軽機関銃と手榴弾と38式歩兵銃で
そんなにたくさん殺せる訳ねーじゃん。
http://member.nifty.ne.jp/chikuzen/gun/m_gun/11lmg.htm
↑11年式軽機関銃

サヨサヨには自分の頭で常識的に考えることを勧めるよ。

872 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 06:58
>871
サヨサヨには常識的に考えられるアタマはありません。


873 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 07:23
虐殺派って面白いことに殺された人数が減る方向には絶対、妄想しないね。
あやふやな部分があればプラスマイナスに数を見積もるものだが、
必ずプラス方向でしか考えない。けったいな人たちである。


874 :日本@名無史さん :2001/03/05(月) 07:26
肯定派だけど、グース氏の近郊県での人口減も推論で言ってる
のは明かだし、(スマイスがわずかな人数で抽出調査した結果
はあくまで抽出結果でしかない)
崇善堂も埋葬隊の存在を認めながら、希望的推論で活動していな
かった、という。
雑兵の極秘徴収を要請する秘密電報記録も残ってるが、中国軍兵力
は記録に現れている数字が全てだと言い張る。
虐殺証言の日本兵は全て嘘つき呼ばわりする。。。
すべての箇所において、根本的に考え方の違いがあるため、
グース氏がいくら勝利宣言をしたところで、こちらは
「ハァ、そうですか」って感じに危機感も負けたとも
思っていないんですけどね。

まあ、精神的勝利ぐらい譲って差し上げてもイイですよ!

つくる会の教科書に「南京事件、犠牲者多数」と載ること
をグース氏は容認されされされましね!
それなら、これまでの教科書にも、具体的数字なんて載って
やしませんでしたよ。(「何万〜何万まで数の議論はある・・」
という風には載ったことはありますが)

つまり、教科書に関しては殆ど変わらないってことです。
否定派は南京事件そのもの(日本軍を貶めるもの)を教科書
から抹殺したかったんじゃないですか?
「南京事件」の名前が載ることを容認してくださるなら、
肯定派はまさに実を取ったといえるので、充分ですよ!
グースさん、おめでとう!!精神的勝利の美酒に思う存分
酔いしれてください!



875 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 07:40
874のいうところの否定派=中国の主張に反論する者。


876 :日本@名無史さん :2001/03/05(月) 07:40
教科書から南京事件記述が完全に消えるには
中国と国交断絶出来る位の日本の政府、首相が出ない
限り不可能です。
石原が首相にでもなって、それでダメなら永久にダメでしょう。

877 :874:2001/03/05(月) 07:47
>容認されされされましね!
容認なされましたね! と書いたつもりですが、なんだこりゃ。

878 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 07:48
南京事件は「戦争犯罪」として教科書に記述すべき。
もちろんアメリカの日本軍捕虜殺害@`無差別爆撃@`原爆投下@`
ソビエト軍の強姦@`略奪も「戦争犯罪」として載せる。

879 :日本@名無史さん :2001/03/05(月) 08:02
ところで中国政府はなぜ自国軍の惨めな敗北を世界に宣伝しているのですか?
数年前に高校で歴史の時間に習った時には、日本軍ってすごく強かったんだ
と感心した憶えがあります。日本人の能力を過大評価しないためにも教科書
には殺害された人数についてあまり大きな数を載せない方がいいと思います。

880 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 09:21
>>879
ウソおっしゃい。高校でそこまで行くことは滅多に無いでしょうに。
あっても、中国軍の規模なんかまで習わないだろ。

881 :tosi:2001/03/05(月) 10:19
>878
だーかーらー、原爆は、当時の広島からとられた
ガイガーカウンターぶっちぎりの土が保存されてるし
東京大空襲にいたっては、映像がしっかりあるんだよ。
物的証拠がないかぎり載せる必要はないの!
そもそも教科書にのってんぞ!!!


>880
たしかに、俺は歴史がすきだったから全部読んだけど、
ここらはほとんど素通りだった。

882 :tosi:2001/03/05(月) 10:52
  日本兵が残虐なやりかたで民間人を
殺したとか、50m砲でふっとばしたとか言う人は
あなたが脳に直接受けた情報でなく、
物的証拠を示せ!

883 :tosi:2001/03/05(月) 11:00
  いまあらためて1〜880までよんだが・・・
洗脳はなかなか解けないというが本当だな
肯定派の人は、オウム信者を思い出せ!
そして素直な気持ちでもう一度1〜882
まで読みなおしてくれ!

884 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 13:29
不正規兵の処刑は虐殺になるのですか?

885 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 14:51
オウムね。これは我々を陥れる陰謀です、我々はやってません、って?

886 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 15:03
我々はデタラメのでっち上げなどやってません。

887 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 15:28
>>874
勝ち負けの問題なのか?
くだらないこと言ってる暇があったら、殺害に使った銃弾数、機関銃数
30万人殺害するまでの日本人の被害数、一日の埋葬可能数、それに掛かった人員
火葬場数、墓の場所、規模を答えなさい。

888 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 15:43
 オウム信者は洗脳されて金取られてるの。
 日本も洗脳されて金取られてるの。
 もう対中国ODAなんて南京虐殺をネタにして6兆円超してるの。
 しかも中国政府は日本が6兆円も援助してるってことを自国民に隠してるの。
 ロシアも中国もアメリカも、日本から金とるためなら何でもやるの。
 日本人はお人好しで親切だから他の国の人もそうだと思ってるのかもしれな
いけど、外人はハイエナみたいなやつばっかなの。
 日本人は日本人にだけ親切にしてなさい。外人を見たら泥棒と思いなさい。
 泥棒は嘘を吐くの。中国もロシアもアメリカも、日本人が金を出すならいく
らでも嘘を吐いて平気な奴らなの。
 奴らから見たら日本人なんて気の弱い金持ち以外の何でもないの。
 ここまで馬鹿にされてもまだ自虐してるような奴らだと、心の底から馬鹿に
されてるの。自虐してても何にも良いことないよ。
 いじめられっこが自分を責めても何にも良いことないでしょ? いじめっこ
を益々つけあがらせるだけでしょ? いい加減解れって。


889 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 15:54
そうそう。
国際政治なんて国同士の打算で成り立ってるの。
心情で他国に謝罪をしてお金を払わなきゃなんて馬鹿なことを
やる国は無いの。
そこをバカサヨは意図的か勘違いか工作員かでわけのわからちんな
ことを言っている。
まあ、国際政治だけじゃなくて一般社会はそうだけどね。
サヨサヨは一般社会に暮らしてないの?

890 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 15:57
>>887
否定派肯定派双方そういうことは全部推定でしか言えない。
なのにそれを聞いてどうするの?

891 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 16:00
しかし中国の公的な数字として軍民30万を譲らないのは、逆に日本国内で
「絶対に30万はありえない!絶対もっと少ない!○万だ!」と言って1万3万
4万(でも推定でしかない数字)固持して中国をあげつらう人達と同じ。
しかし中国はそういう「似た人達」が権威であり、多数でもあるからその主張が
「公」の認識となっているのだろう。
同じような人達が多数になれば日本もそういう国になるということ。

892 :891:2001/03/05(月) 16:03
補足。中国の「似た人達」てのは、中国をあげつらう人達と似た人達、てことです。


893 :ずっと昔にあった書き込みコピペ:2001/03/05(月) 16:08
72 名前: hikaru 投稿日: 2000/02/08(火) 13:43

笠原氏の著書では、結びの章に以下のように書いています。
 「まもなく、人類は二一世紀を迎える。人類史における二〇世紀は、世界戦争
の世紀でもあった。南京事件にかぎらず、世界各地で戦争の度に虐殺・残虐事
件が繰り返されてきた。日本軍はなぜ南京大虐殺を行ったのか、その歴史的社会的
諸要因を分析し、それと同質ないし共通する要因が現在のわれわれの社会や意識構
造のなかに残存あるいは再生していないか、南京事件をひきおこした日本兵の意識
の奥にあった中国人差別・蔑視観を現在の日本人はどこまで克服してきたか、それ
らを歴史的に問いなおし、自覚的に認識することで、われわれは「戦争の歴史の教
訓」を世界の人びとに問いかけることができよう。それが、二一世紀に向けて人類
がこのような愚行を繰り返さないために、日本国民として世界史の進歩に貢献でき
る道ではないかと思っている。」

政治思想の方で書きましたが、
日本の歴史を正当に理解することは、やがて現在の日本を正当に理解する
ことを意味する。現在の社会を正当に理解する意味はどこにあるのか。
それは我々がより幸せな暮らしを立てようがためである。今日の暮らしが
成り立っている諸条件をよく見極めて、それを土台として、より良き未来
の暮らしを設計することである。
というようなことを書いた歴史学者がいました。先に挙げた笠原氏の文は
これに通じるでしょう。上のような文は南京事件だけでなく、歴史、特に
戦争に関する研究一般に言えることですし、現にそうなっていると思います。

894 :887:2001/03/05(月) 16:31
>>890
だからリアリティーがねぇっつってんだろ(藁)
サヨサヨの出してくる陣中日記には「中国人を機関銃で数千人殺しました。」とか
豆腐でも握りつぶすようなことのように書かれてるが、リアリティーのある
日記なら、「チャンコロを殺して楽しもうとしたら逆襲を受けて銃を奪われて
戦友の佐藤(仮名)が殺された。チャンコロ野郎みんなぶっ殺してやる。」とか
いうことがあってもいいだろってことよ。

で、中国人の人民を数万人(max30万人?)を殺すのに中国人からの逆襲は無かったの?

895 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 16:49
>>894
中国人兵が往々にして戦意がなかったことは、日本軍・外国人の証言や
記録を見ても明らかです。

896 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 17:01
>>895
戦意が無くたって殺されそうになったら必死に反撃するだろ。
突っ立って殺されるのを待ってたのか?(藁)
だから現実離れしてるっつーの、キチガイ。

897 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 17:16
16師団司令部副官 宮本四郎の遺稿 証言による南京戦史(5)より

暫くすると、紺色の服をきた捕虜が、四列縦隊でゾロゾロやってきた。司令部は少し
高いところにあったので、その縦隊の長がわかった。二キロぐらい後方の森から続い
ている。森の背後のことは判らないが、続々と森からで出てくる。一万という報告は
嘘でなかったと思った。これらはみんな報告に来た中隊が護送して、とにかく城内に
向かった。戦意を失い、指揮系統をなくした軍隊は情けないものである。僅か百五十
名ぐらいの一コ中隊に降伏したのである。この降って湧いたような捕虜は、どこから
来たのであろうか。揚子江南岸に鎮江という市街(南京東方約六十キロ)があるが、
街の近くの高地には恰好の陣地が構築されていた。第十三師団がこの敵を攻撃して
いたが、その時機にはわが師団は既に南京を包囲していた。鎮江の敵は退却して南京
に入るつもりであったのが、南京は既に日本軍に包囲され、硝煙天を覆う情景を見て、
帰るところがない浮き草となったのであろう。


898 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 17:17
『中島今朝吾日記』
一、大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたるも千五千一万の
群衆となれば之が武装を解除することすら出来ず唯彼等が全く戦意を失いゾロゾロつ
いて来るから安全なるものの・・・

野戦郵便局長 佐々木元勝 陣中日記 証言による南京戦史(9)
夕靄に烟る頃、中山門を入る前、また武装解除された支那兵の大群に遇ふ。乞食の
大行列である。誰一人可憐なのは居ない。七千二百名とかで、一挙に殺す名案を考究中
だと、引率の将校がトラックの端に立乗りした時に話した。船に乗せ片付けようと思ふ
のだが、船がない。暫らく警察署に留置し、餓死さすのだとか・・・・

899 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 17:52
>>894のようなことを、上に提出する戦闘詳報や日記に書くはずはないし
こういうことを実際に行ったら悪くないのかというとそれも違う。

900 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 17:54
銃殺にしたって、縛られた上まわりを囲まれていたら抵抗したって殺される。

901 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 18:20
サヨサヨの思い描く中国人は人畜無害で受動的で屠殺される豚のように
従順なのね(藁)
素晴らしいわーん。

ところで、日本軍は南京攻略前にあちこちで悪さしてなかったのかしらーん?

902 :グース:2001/03/05(月) 20:22
>否定派肯定派双方そういうことは全部推定でしか言えない。
>なのにそれを聞いてどうするの?
    ↑
このスレ読んでないだろ?
「なかった派」の推定は1〜4万これは「資料にもとづく数字」

@「虐殺派」の10万以上、20万、30万は「完全な妄想」

だから「虐殺派」は具体的な資料をだしてね=と887は
言ってるのねん(笑)
印象操作だけで「意見をごり押し」するのは「虐殺派」の悪癖。

結局「虐殺派」は「10万人以上〜」虐殺説は「あきらめた」
と理解していいのねん?


903 :グース氏がこの調子では:2001/03/05(月) 20:50
終わったな。このスレッド。

904 :グース:2001/03/05(月) 20:50
>>901
>日本軍は南京攻略前にあちこちで悪さしてなかったのかしらーん?

なかなか「目のつけ所」がええど(笑)
まず「客観的」考えると「南京が特別だった」と考えて
いいでしょうな。

テインパリーとベイツがやり取りした「書簡」3/28付け
(テインパリー)
なぜ私が上海、松江、嘉興をほうっておくのかとお尋ねですが
7章を読んでいただければ分かると思います。
この点を調べていくと、上海付近の民衆に対する日本軍の暴行
については、確実な証拠がほとんどみつかりません。
      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

これは「外国人が見た日本軍」の暴行という1938年
出版の「反日宣伝本」作成の打ち合わせ文書である。

ベイツは「南京が特別」ではない証拠として、これまで
日本軍が進駐してきた地域での「日本軍による残虐行為」
を集めようとした。
その返事が「確実な証拠がほとんどみつかりません」
ということだったのねん。

さて「南京が特別」だったのか「事件が捏造」だったのか・・・

905 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 20:53
>902
とりあえず、あんたはちょっとウザ過ぎ。
少し黙っててくんない?

906 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 21:01
俺の父親は戦犯として罰を受けたんだ
どんなに悔しかったか分かるかい

中国なんて国はあの田原でさえ3流国家だっていってるんだ
しかし中国の首脳は日本の都市に向けてミサイルをいつでも打ち込めるなんて言ってるのにそれの
いいなりの日本っていったい?
おばかさんですか?特に河野洋平と社民共産の皆さん



907 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 21:04
>906
だからなんだつーんだおよよ

908 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 21:09
>899
思いつきでものを言うなよ!


909 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 21:10
南京では何故ひどい状態になったのか、その辺りを研究者達がどう書いて
いるかを、数にしか目がいかない人はろくすっぽ読んでいないのだろうな。

910 :グース:2001/03/05(月) 21:27
>>909  引用
>南京では何故ひどい状態になったのか、その辺りを研究者達がどう書いて
>いるかを、数にしか目がいかない人はろくすっぽ読んでいないのだろうな。
    ↑
その理屈が「どのように否定」されているかを「909」は読んで
いないのだろうな(笑)

911 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 21:59
ほお、上海派遣軍の軍規の乱れや南京戦への過酷な戦線を強いられた経緯
はどう否定されてるのだね?

912 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 23:15
グースさんお疲れ様です。相手は脳内書庫から無尽蔵に資料が出てくるゾンビのような
人たちです。無間地獄のような状態は見ていて何と言って良いやら・・・


913 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 23:47
>>870
南京の虐殺記念館に行ったことがあります。
確かに「VICTIM 300@`000」の文字があちこちに。

あの建物は日本社会党の肝いりで建てられたとのことで、
なにをか言わんやって感じです。

914 :日本@名無史さん:2001/03/05(月) 23:56
>>911
軍規の乱れの結果、虐殺が発生したとお考えで?
軍規の乱れ⇒組織的行動不可 となると思うんですが、
軍規が乱れた状態で300@`000人を短期間で殺害し、死体を
処理することができるんでしょうか。


915 :いそっと:2001/03/06(火) 00:09

肯定派の人ってやっぱ
親がそういう人で
ちいさいころから
そういう教育うけたもんだから
洗脳されちゃったんだろうな
かわいそうに

916 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 00:32
>>914
阿呆。興味あるならちっとは何か読んで考えろ。
ちなみに南京戦に参加した日本軍の人数は20万ほどだ。


917 :世界@名無史さん:2001/03/06(火) 00:48
>>916
20万の根拠物件は?
http://www.history.gr.jp/nanking/nanking.html#12
>総兵力は約10万と号していたが、上海戦での消耗はげしく、
>実際に南京戦に参加した兵力は7〜8万程度とみられている。

918 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 00:53
>グース
何度でも言うが、グースのいう近郊県45万減=全て避難民、説は
完璧な推論だ(藁

あと、工兵の極秘徴用2万の秘密電報記録の存在を無視する理由は?



919 :いそっと:2001/03/06(火) 01:07
30万肯定派の人人は
http://www.history.gr.jp/nankingへGO

920 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 01:07
南京、南京と長い日中戦争の歴史から切り離すのはどうかと思う。
南京で乱戦中の日本兵の非行については全くの否定ではないが、
日本軍の南京侵攻には通州事件を初めとするそれまでの時代背景がある。
中華民国は上海戦に伴い、「此次抗戦、実迫於日本侵略而不得不実行自衛」
(このたびの抗日戦は、日本の侵略が現実に迫り自衛戦を実行せざるをえず)
という声明をだしましたが、同時期の帝国日本の政府声明は、
「最早陰陰其の限度に達し、支那軍の暴戻を膺懲し以て南京政府の
反省を促す為、今や断乎たる措置をとるの已むなきに至れり。
・・・・然れども、帝国の庶幾する所は、日支の提携に在り・・・・
日満支三国間の融和提携の実を挙げんとするの外他意なく、
固より毫末も領土的意図を有するものにあらず・・・・」

921 :秦信者:2001/03/06(火) 01:49
肯定派の人達にとって@`秦氏は否定派のカテゴリーに入るのだろうか?


922 :グース:2001/03/06(火) 03:36
>>916 引用。最後の反撃か?
>何度でも言うが、グースのいう近郊県45万減=全て避難民、説は
>完璧な推論だ(藁
    ↑
南京城区という「狭い面積」で「75万人減少」
農村部の「東京、神奈川、埼玉」に匹敵する面積で「45万減少」

南京城区「100万」から「25万」=減少率75%
近郊農村「120万」から「75万」=減少率37.5%

南京城区で「人口が減少」したのは「住民が避難」したから。
近郊農村では「どうだったのだろうか?」(笑)

まぁ「中国全土」の人口調査の結果「45万人」減少なら
「殺された可能性」もあるわな(笑)
だが「一部地域の人口が減少」したからと言って「虐殺」
の証拠にはならないだろ?(笑)

まぁ統計調査の「基本が理解できていない」ってこと。

>>918 最後の反撃2 引用
>工兵の極秘徴用2万の秘密電報記録の存在を無視する理由は?
     ↑
とっくに「終わった議論」だから「無視しました」(笑)

@虐殺派の主張=「南京軍15万で捕虜8万」で「捕虜虐殺8万」
このなかに「秘密電報」も含むんだよなぁ?(笑)
「捕虜殺害8万」説=「南京軍15万」説なんだろ?(笠原理論)

わしの反論として
1 当時南京には「死体が4〜5万」しかなかった。
(ラーベ、ベイツ、ミニー女史、南京特務機関、大阪朝日新聞)
などの資料をもとに証明した(忘れたか?)
つまり「8万殺害」は不可能。

2 日本軍の戦闘詳報は「戦果が2〜3倍になるのは常識」
「笠原の集計した資料」の「確定した捕虜殺害」表には
捕虜殺害「約8万」との数字がある。
ここから「戦闘行動=渡河中の戦果18000人をマイナス」
した「約6万を1/3にすると」=「捕虜殺害、約20000人」
(この辺も忘れたか?)

@以上の2点をもって「南京で殺害された捕虜」は「約2万人」
つまり「捕虜8万殺害」説は「成り立たない」と証明した。

そう結論がでているから「いまさら反論」しなかっただけ。
秘密徴収があろうがなかろうが(笑) 被害者人数に変化はないよ。

だから反論するなら「死体が10万以上存在した証拠」もしくは
「日本軍の戦闘詳報、陣中日記が正確である」事の論証をするべき。

>>597-598 わしの戦闘詳報の「検証」
ちなみに「戦闘詳報」「陣中日記」の戦果が過大になるのは常識。
秦教授も著書のなかで(南京事件 P210=中公新書)
「公表戦果が、実数の2〜3倍に膨らむのは当時でも常識とされていた」
と記している。

もちろん「笠原」も「戦果を多く報告する傾向がある」と
(南京事件 P223=岩波新書)で認めている。
(問題なのはどの程度、過大なのかは明言してない事)

つまり、当時存在した資料を分析すると
@「中国の主張する南京大虐殺は(大嘘)」という結論になる。

923 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 03:39
>グース
おまえしつこい。クソして寝ろ。

924 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 03:42
南京では非戦闘員を処刑するという虐殺はない。ゼロだ。
首都が占領された腹いせ、欧米への支援要請、そして通州事件などの
本当の日本人虐殺をごまかすための,擬装工作だ。
大体科学的に不可能だ。軍事的にも不可能だ.
いまどき南京虐殺なんて言ったら,馬鹿にされるよ。
詳しく調査されてしまった。日本軍の生存者もまだいる。

南京での戦闘で、投降戦術を取ってきた敵兵は処刑されたろう。
敵に囲まれた少数の日本軍が大量の投降兵を抱えたら,隙を見て殺されるから,
正当防衛だ。
中国軍はゲリラ戦で攻撃してきたので,ジュネーブ協定は適用されない。



925 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 03:51
いくらせら

926 :グース:2001/03/06(火) 04:04
>>921
結論から言うと「秦教授も否定派」(笑)

虐殺肯定派の主力「南京事件調査会」は
「南京の人口30万以上」=資料なし
「南京防衛軍15万」=最近の研究
「死体埋葬、15万以上」=戦後10年後の資料
「南京城において、10万以上の市民殺害」=上記を元に

以上の4点を主張している。

秦教授や「わし」。その他「なかった派」は
「南京の人口20万」=国際委員会公文書
「南京防衛軍5〜10万」=東京裁判判決文、台湾の公式資料
「死体埋葬2〜4万」当時の記録と「検証の結果」
「南京城において大規模な市民殺害はなかった」

と主張している。

ちなみに「中国共産党」は
「20万以上」説の「洞富雄」の著書は認めた模様。
「証言による南京戦史」の「1〜2万」説には
     ↓(昭和60年)
「30万大虐殺の事実を頑として否定している」
北京日報に抗議の記事を掲載した。

だから「虐殺派」が「数の問題ではない」というのは
「世間をしらなすぎ」

数の問題ではなく「まず謝罪を」=中国共産党(笑)および
虐殺派の手口なのだが、これに乗っかると >>870 こうなる。

わしの主張は「数もさることながら」、笠原を中心とした
「虐殺派」が主張するような
「日本軍が南京城に侵入して、女、子供を斬殺し、合計で
 10万なり20万なりを殺害した」ことを否定している。

市民殺害が「あったのか」「なかったのか」を
「数の議論」とすりかえるのは「卑怯」だと思うのねん(笑)

927 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 04:17
しかし、秦氏は小林よしのりなんかからは非難されていますが?
それに@`東中野教授などとも意見を異にしています。
肯定派は秦氏まで「自由主義史観」派と同列に論じているのでしょうか?

928 :グース:2001/03/06(火) 06:33
>>927
その辺りが難しいとこ(笑)
結論から言うと「どっちからも叩かれてる」=秦教授(笑)

つまり「1937−1938当時存在した資料」をそのまま検討
すれば「南京での殺害=3〜4万」という「わし」や「秦教授」
の数字がでる。

なかった派の筆頭「東中野教授」や「畝元氏」は
「埋葬記録の詳細な検討」のけっか「埋葬遺体、約2万」
と考え、さらに「捕虜殺害は殆どが合法」と主張してる。
(違法殺害3000〜6000人 畝元説)

 畝元正巳氏は「元防衛大学校」教授で、当時は「独立軽装甲車隊」
の小隊長をつとめ「南京戦にも参加」しているのねん。
「現場にいた軍人」の感覚では「投降した中国兵=無抵抗の捕虜」
という認識はできなかったようだ(場所にもよるけど)

>>898 引用
>一万の 群衆となれば之が武装を解除することすら出来ず

つまり「捕虜も団体になると武装解除もできない」ということ。
それ以前に「指揮官である唐生智が逃亡」したため中国軍は
「正式な降伏」ができない状況だった。(撤退命令は出ていた)

結局は「各集団ごとの投降」ということになるのだが
一方では「がんばって戦闘」してる中国兵もいた。

12/13日早朝には「仙鶴門鎮」で約2万の中国軍との戦闘があり、
同日の夕方6時に終了した。もちろん「激戦」
12/13日の午後には「湯水鎮」で「上海派遣軍の司令部」が襲われ
一度は撃退したが、夕方5時には再度「猛攻撃」を受けて乱戦となった。
(第十九連隊と山砲一大隊が救援に向かった)

つまり日本軍の南京入城をもって「戦闘が終了したわけではない」
他の場所でも「散発的な戦闘」はあったのねん。

ところが「派遣軍の司令部」が襲われてる最中にも「敗残兵が白旗」
振って出てきたリする(笑)

さて「司令部の救援」に行く途中に「白旗振った敵兵」が
出てきたらどうする?(笑) 「やっちまえ!」って言いた
くなる気持ちも理解できるよね?
こんな「嘘みたいな状況」が南京では頻繁に起ったのねん。
(同時刻に敗残兵と敵兵が存在したので判断が難しい)

だから「東中野教授」は「捕虜の合法殺害」を認めてる。
    ↓
当然「捕虜殺害は違法と計上」した秦教授は許せない(笑)

まぁ「国際法」云々の議論は「殺害人数が4万程度」を肯定した
後の問題で、「どの位が違法だったのか」を戦闘詳報や陣中日記
をつき合わせるときに必要な話であって、「数の議論」が確定
する前に、「虐殺派」が「国際法」などを持ち出すのは議論の
すり替えでしかないのだが(笑)

929 :日本@名無史さん :2001/03/06(火) 07:56
仕事前にちょこっと反論しとくよ。
>グース
>南京城区「100万」から「25万」=減少率75%
近郊農村「120万」から「75万」=減少率37.5%

減少率なんて、なんの意味もないよ(笑)
城区と郊外では人口密度も全然違うし、
いったいこれによって、なんで45万が全員避難したと
証明出来るの?????
3月時点で戻らない住民が45万はどう考えたって
ただならぬ理由があると推測するのが肯定派。
安全区人口が1月に5万人増加したのなら、3月時点
で45万が戻らないのはおかしい。

結論:グースの45万=全員避難して無事、説もまた完璧
   な推論である。(笑)


930 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 08:04
>>929
その45万のうち日本軍により殺害された者がいたとして@`
日本軍はその処刑任務にどの部隊をどれだけの規模で投入し@`
どのくらいの期間で完了させたのか。

931 :世界@名無史さん:2001/03/06(火) 10:12
>>929
反論になってない。
虐殺の証拠として人口の減少を問題にしているんだろ。
だったら「人口の減少=虐殺の結果」を証明しないと。
もしくは「人口の減少≠避難」を証明するとかね。
「全員避難説=推論」だから「人口の減少=虐殺の結果」になるのか?
結局「人口の減少=虐殺の結果」も推論だよな(w

>結論:グースの45万=全員避難して無事、説もまた完璧
   な推論である。(笑)

「もまた」ってことは 「人口の減少=虐殺の結果」が推論だと認めている(w
図らずも否定派の正しさを認めてしまったわけだ。
つまり論争に勝てないから揚げ足取って喜んでるだけ。
これ以上つまらんレスつけるなよ。

932 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 11:04
>>921
秦氏がどっちからも「攻撃」されるという論理は、双方の質が違うのだ。
例えばyahooで秦氏の論理と見解に同意しているとある人は、徹底的に
「否定派」を攻撃する。笠原氏などの著作も参照しながらね。
秦氏や、その論理も含めて秦氏に納得する者が攻撃し根本的に対立する
のは「否定派」の方だ。
しかし細かい部分で秦氏とは見解を異にする者がいる。そういう部分で
秦氏は「肯定派」から異論が出る部分もある。しかしその異論は「否定派」
に対するそれと同質ではない。

で、グース氏は、秦氏の数字だけにあわせてその論理とは反対のことを言っている。
数字しか見ていないと、こういうへんてこなことになる。

933 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 11:56
>だから「東中野教授」は「捕虜の合法殺害」を認めてる。

東中野氏への反論に対してはどういうご見解で?

グース氏はおかしいね。まずどういうことが不法か、の認識なくして
不法殺害の数を算出できるわけないやん。秦氏が言うのだって「不法
殺害」4万程度だよ。

934 :世界@名無史さん:2001/03/06(火) 13:44
>>922
中国にはもともと土地に執着しない流民の文化があるからね。
今の時代でいう盲流か。

サヨサヨの人はそゆこと知ってる?

935 :世界@名無史さん:2001/03/06(火) 13:46
>>924
0ということはないと思うよ。
いつの時代にもサヨサヨみたいな頭のおかしいやつはいるから(笑)

936 :世界@名無史さん:2001/03/06(火) 13:49
>>929
>3月時点で戻らない住民が45万はどう考えたって
>ただならぬ理由があると推測するのが肯定派。
お前は春秋戦国時代から中国の歴史を勉強しなおせ(笑)

937 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 14:14
結局はこういう事になるのね(藁

う〜ん、無限ループだ

938 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 14:38
る、流民……さすがにこの論理は初めて見た(汗)。

939 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 15:04
http://www.tetsusenkai.net/


940 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 15:50
>>938
中国の歴史を勉強すれば常識だろ。
政治が乱れて乱世になると流民が生まれて流民の長が次期皇帝になる。
漢の劉邦の時代からの伝統だ。
だからこそ中共は人民の移動を厳しく制限してるし、世界各国に
中国人が散り中華街が生まれるのだが。
実はサヨサヨは歴史をよく知らない?


941 :tosi:2001/03/06(火) 16:37
30万人肯定派=オウム信者の根拠
写真、南京事件の証拠といわれる写真は
あからさまにおかしい。日本兵がTシャツ一枚で刀を
構えている写真がよくだされるが、南京事件が
おこったとされているのは、冬のはずなんでTシャツなんだ
こんないいかげんな写真をみせられ、南京事件
があった主張するのは、麻原が宙に浮いてる写真を
疑いもせず信じオウムはいった人に等しい。
また、そんなおかしい写真を証拠としてだすってことは、
それだけ証拠がないという証拠である。

まあ、極論ですけどね。

942 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 16:50
>941
えっ、南京の緯度って鹿児島、宮崎と変らないけど。

943 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 17:12
>>941
確かにtシャツ1枚じゃ寒いね。

http://searchina.ne.jp/weather/info.html
>南京2 3.8 8.4 14.8 19.9 24.5 28 27.8 22.7 16.9 10.5 4.4

>>942
しかし、この、宮崎、鹿児島が黒潮のお陰で冬もそれほど寒くないという
日本の地理の基礎の基礎もわからないサヨサヨが笑える(苦笑)

944 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 18:18
確かに事件当時の南京の冬は寒かったと言われるから気候が温暖だった
ということはないでしょうが・・・

しかしねえ、どこの研究者が「この写真が証拠!」などと言っているのか・・・
学者間での事実関係の検証では裏付け史料として使うことなどないものもちだして、
何か否定できると思ってるの?

945 :グース:2001/03/06(火) 18:38
>>932 引用
>秦氏や、その論理も含めて秦氏に納得する者が攻撃し根本的に対立する
>のは「否定派」の方だ。

これは「思い違い」(笑)
ある特定の「秦教授」の支持者が「なかった派」を攻撃
していると言う現象を「全体」に拡散するのはどうかな?

>>926 の「虐殺派」「なかった派」双方の見解を見れば
秦教授が「否定派」のカテゴリーにいるのは「一目瞭然」

採用している証拠が「ほぼいっしょ」(笑)
第一に南京城での「市民大量虐殺」は認めてないよ=秦教授

>>933 引用
>まずどういうことが不法か、の認識なくして
>不法殺害の数を算出できるわけないやん
    ↑
困ったね(笑)
「最初に犠牲者の総数」を確定してから「違法殺害」
の認定を行うべきじゃないの?(笑)
ちなみに「わし」は「捕虜処刑は全て違法」として計上してる
から「まったく問題ない」はずだろ?(笑)

引用
>東中野氏への反論に対してはどういうご見解で?
     ↑
議論するべきだろうね(笑)
個人的には東中野教授(説)も「理解できる」
もちろん「畝元」説もね(笑)
この議論も「市民大量虐殺=婦女子を含む」を否定したあとの
議論なんだよね(笑)

ただ「わし」が一貫して否定してるのは「中国の主張」
である「南京大屠殺」であり「市民婦女子を皆殺し」っていう
部分なのねん。
「南京事件調査会」を構成する「虐殺派の学者」も全員が
「市民婦女子の殺害、数万人〜20万人」を支持してる(笑)

まさに「市民虐殺派」と「論争」しているのであって
敗残兵の処刑に対する「見解の相違」は対した問題ではない。

このスレ読めば「なかった派」と「市民虐殺派」の論争であることが
理解できるはず(笑)

946 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 18:43
>945
はいはい、あんたが一番エライよ。もう充分発言しただろ。
あんたのレス長すぎて読みにくいんだよ。文章も下手だし。
もうわかったから、ご苦労さん。

947 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 18:49
>>946
罵倒は他でやってくダサイ。

948 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 20:05
>>946
おれはよく分かる(つもり)だよ。
自分の読み取りチカラのなさに思いが及ばないようでは・・・フッ


949 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 20:28
グースの自作自演援護レスか?

950 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 20:35
この件は数だけが問題というなら、なぜ1万でも4万でも詫びを
記すような事態になるのか、それが陣中日記や日本兵の証言、外
国人の記録・報道などから知られる日本軍の方針・行動の中身ゆ
えのはず。

しかし数の議論に絞れば、それらに目を向けなくてもすむもんね。
良いところを無視している。

こんな話は見飽きたとかいうけど、それは当たり前。
否定派に異を唱えるのは数の議論というレベルではないのだから。
不法殺害4万でも軍民30万でも同じなんだよ。公的な史料に書かれ
にくい事実(明らかに不法である「民間人」の殺害等)は全く鑑みな
いいわば実証主義の限界を知らないふり。
適当に捕らえてきて正当な手続きを踏まずにやたら処刑してしまった
ことも日本軍には全く言い訳はできないよ。その内訳は、と言ったっ
て結局推定でしかない。
投降してきた兵、武装解除した兵に対しての仕打ちも同じ。国際法を
知っていた外国人がそれらの日本軍の仕打ちを非難していたことを無
視して数のことだけを取り出すのは大変都合がよろしいでしょうが、
それでは日本軍の名誉挽回正当化には全くならないことに気づきまし
ょうよ。中国への対抗意識だけ持って子供の喧嘩やってるなら別だけど。



951 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 20:36
「南京大虐殺」ではなく「南京安楽死」ですよ、実態は。

952 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 20:41
南京虫

953 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 20:42
南京玉すだれ

954 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 20:45
30万が3万だろうと虐殺に変わりないことは分かってる。
南京での虐殺行為が無かったと言うつもりもない。
ただ、世間一般でいわれる「南京大虐殺」というものが、イコール
「日本軍による史上例を見ない、30万の一般市民に対する人非人的な大虐殺」
といういまだに疑問の残るイメージをまずは払拭したい。
罪を否認するんじゃなくて、罪状に異議を申し立てたいだけ。
それだけで私も日帝の亡霊とされるのだろうか?
どちら側に拠ることもなく、公正な目を。
それが消極的否定派の大部分の人間が望んでることだと思う。



955 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 20:46
>>907
禿しく同意!!

956 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 20:53
南京小虐殺があった、という結論でよろしいですか?>ALL

957 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 21:01
>>954(コピペくん)
そういう意図「のみ」ならば、日本の研究者に言ったって仕方がない。
中国の熱烈な愛国者達に言ってきて下さい。
中国の公式数字だって軍民30万で、ましてや日本ではその数字を
主張している者はいないのだ。君の敵は非常に少ないよ。

958 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 21:04
>>956
どこまでが小でどこからが大なのだ?
3万でも4万でも大量虐殺には変わりないと言われているのに。

959 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 21:08
一般的には一万より上なら大虐殺だよ

960 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 21:28
>>950
公的な史料に民間の犠牲者が書かれてないのは実際に不合理な死者がいなかったからとは
考えられないの?

あのなー、サヨサヨは国際法、国際法と誇ったように言うけど、
とても捕虜が管理出来ないような最前線や兵の数が均衡している
激戦地では捉えた捕虜をそのまま殺すことはアメリカでも中共でも
国民党でも日本でもどこの軍隊でもあったの。
君たちが好きな朝日系の雑誌にもよくそういう記事が載ってるだろ?
結局国際法の適用をするのは完全に最初から戦場を支配してた場合だけなの。

もしかして、日本兵は太平洋諸島で本当に全員玉砕したからほとんど
帰ってこなかったって信じてた?(笑)

961 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 21:43
>>960
つまり、あれだな。中国が誇る人海戦術に見事にはまったというわけだな
関東軍は。勝っても勝っても負けていくという感覚がよくわかる。
そんじゃ勝ち目なんかないわな。

962 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 22:33
>>960
政治家が「これだけ収入がありました。うちこれだけ賄賂をもらいました」
と上に報告するとでも思って?

>結局国際法の適用をするのは完全に最初から戦場を支配してた場合だけなの。
などといったら国際法の意味はなくなるね。
それ故「どこでもあったの」などということを言い出したら
連合軍の日本人捕虜に対する仕打ちなども正当化し国際法などを
持ち出して糾弾するに及ばないということになるが、君はそれでも
いいのね。私は嫌だ。だから

963 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 22:48
>国際法などを持ち出して糾弾するに及ばない

どこにこの話を持ち出すの?国連は連合軍の仲良しクラブだよね。取り合ってはくれないよ。


964 :日本@名無史さん:2001/03/06(火) 22:58
>>950
100万人殺そうと相手が兵士であれば普通だろ、戦争なら
南京大虐殺は女・子供を含めて30万ってのたまうから否定している
たぶん兵士が30万人〜ってことならこれほど強くは否定しない
958=959?
それならどこの国でも大虐殺してるってことになるが?
兵士を大量に殺しても虐殺にはならんと思うが?


965 :960:2001/03/06(火) 22:58
>>962
最初の意味不明。

日本軍捕虜は虐待されて殺されたとか、東京大空襲や広島、長崎の原爆は
国際法違反の市民ジェノサイドだとかそんな古傷をお互いほじりあってたら
今のせっかく保たれてる良好な国際秩序がめちゃくちゃになるだろ。
だから、今更持ち出さないんだよ。
戦後日本はアメリカにいろいろお世話になったし。
中国とだって、韓国とだって、その他もろもろ日本軍が侵略していった国々とは
もう金銭授受を基本にした謝罪は終わってるわけ。
民間人が言うならまだしも今更ながら政府が謝罪しろとか言い出す韓国や中国は
条約違反なんだよ。

966 :毛沢豚:2001/03/06(火) 23:03
どいつだってどれすでんのだいくうしゅうでいっぱいしんでるぞ

967 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 00:15
形式的には謝罪したのに、「本当はなかったんだ」とか「謝罪はまちがいだ」
とか言い出す輩がいるから問題なんだよ。


968 :そろそろスレッド要保存:2001/03/07(水) 00:21
意味無しレスが増えてスレッド消滅を狙う輩がいるからね〜

秦氏の細かい部分での見解は笠原達に近いのだねえ。

人口は、ラーベが安全区の人口を20万から25万と見積もったが、南京市全体
の数字については述べていないと。事件当時の12月頃の人口を表す公式な数字
は出ていないし、流入流出が激しかったから正確な数は出しえないと。

兵の数は10万だが、とりあえず笠原らの説(15万の兵のうち8万から10万の死者)
も受け入れて話をしてる。その10万の死者のうち5万は戦死で5万は国際法違反の
殺害だったということになると。

で、不法殺害4万から6万と。
http://www.japanecho.co.jp/docs/html/250413.html

969 :世界@名無史さん:2001/03/07(水) 00:23
文化大革命が最後まで成し遂げられ無かったのが問題残りたんだ。
毛沢東主席があと五年長生きして中国を完全に破壊しときゃきれいさっぱり。

970 :肯定派:2001/03/07(水) 00:30
>931、及びグース
「もまた」ってことは 「人口の減少=虐殺の結果」が推論だと認めている(w
図らずも否定派の正しさを認めてしまったわけだ。
つまり論争に勝てないから揚げ足取って喜んでるだけ。
これ以上つまらんレスつけるなよ。

そのとうり!肯定派も近郊県の45万行方不明者がどうなったか
判らない。 ただ判らないから、無視、というわけにも行かないのよ。
3月にもなって戻らない、安全区では1月の段階で約5万人増。
これは何かある!と推測が立つわけだ。
ただ証拠が無いから、「近郊県では10万以上殺害された可能性も
否定出来ない」と肯定派は言ってるわけ。・・・そう思うのは勝手だろ!?
ところが、グースときたら、根拠にもなってない「減少率」などという
珍説を持ち出して「全員避難していて無事」(4月以降戻った?)と
断言しているから恐れ入ったのよ。オマエは超能力者か?って(笑)
〜〜
あのさ、否定派ってやたら厳密な数に拘るけど、肯定派は初めから史料
不足を認めてるし、(なぜなら事件から約10年近く、戦争中のため
近隣県の充分な検証が出来なかったのと、南京傀儡政府により日本軍に
都合の悪い埋葬団体の正式史料が没収処分されたことなどによる)
それを推論で補うことは公言してるんだよ。
東京裁判も資料だけでなく証人(崇善堂のメンバーなど)尋問を行った
結果、複数の埋葬団体から埋葬資料が提出されたにも拘わらず、
「紅卍字会」及び「崇善堂」の2団体が証言の信憑性を認められて証拠採用
されたの。
裁判における事件の有無っていうのは、絶対的物的証拠のみで決まるわけじゃ
ない。資料や物的証拠は乏しくとも、複数の証人発言が一致し、裁判所側が
「信用に足る」と判断すれば有罪になることはあるの。
今日の日本における裁判でも、物的証拠は乏しいが複数の目撃証言によって
有罪になった者はこれまでに大勢いる。

肯定派が数の問題じゃないというのも、事件の物的検証には、南京占領後スグ
に、近郊県を含め、全面的に多くの時間をかけて、(スマイスの抽出調査は
部下、学生数人で短期しか行わず全然不十分。45万行方不明者全員の動向
を調べるくらいでないとダメ)行わなくては、確かな数字など出せっこない
のに、それをやってないから。
ただ、南京周辺で兵員の違法殺害や民間人の殺害が少なからずあったことは
たしかであり、それが許されることなのか、否か?で考えれば、明らかに数
に関わりなく許されざる(謝罪に値する)ことであるということ。

肯定派にも10万以上と推測する者や20万以上と推測する者、はたまた
30万以上と推測する者もいるが、決して数の確定で言ってるのではない。
それぞれの研究結果からの所感で言ってるの。否定派が数に拘るからつきあ
ってあげてるようなもの。(笑)
で、東京裁判の結果はおおよそ信じるよ、肯定派は。そうすると最低でも城外
の軍民合わせて10数万以上にはなると見る。(数議論では無いぞ、念のため)
笠原だって近郊県含めると10数万〜20数万まで幅広い可能性を述べているし、
中国の軍民30万説もけっして否定はしていない。
厳密な大規模調査が南京戦後に行われなかったことからこうなる。
それをなんか勘違いして、否定派は出来っこない数の厳密な確定を
「コレガ答えだ!」よろしく吠えてきて(笑)あげくに、
「肯定派は正確な数も出せないでやんの・・結論、大虐殺は無かった」
などといった、勘違いも甚だしい結論を吠えてくる(苦笑)

こんなんで、勝手に否定派が(精神的)勝利宣言をぶっても、肯定派に
とっては「ハァ!?」なのよ。
肯定派は数の厳密な確定のために研究してるんではない。
(理由、史料不足だから、どのみち正確な数字は出せない)
日本軍がどのような蛮行を行ったかを残された(限られた)史料、証言から
導き出し大まかな全体像をあぶり出す作業をしてきたのだ。

否定派とは研究のベクトルがそもそも違うので、噛み合うわけないのだ!



971 :大雑把に見ても:2001/03/07(水) 00:42
>>970
日本軍が大規模な中国人狩りを展開したと見られる行動記録があるんですか。
10万以上の殺害を実行する為にどれだけの人員@`資材が投入されたのかを
示せるような資料があれば知りたいです。




972 :日本@名無史さん :2001/03/07(水) 00:49
グースは秦氏が近郊県も含めていると言うが、
今から3年ほど前、「南京大虐殺60年国際シンポジウム」
に笠原氏と秦氏が同席し、ラーベ日記の話になったとき
笠原氏がラーベの5〜6万説には近郊県の人数が入っていない
と述べたことを、批判してたぞ。
中国側代表の孫宅巍氏の異議申し立て「30万は南京城内だけの
数字である・・」を支持して。

いったいいつから秦氏は近郊県も含めるようになったんだ??

973 :「中国人狩り」てなんかなあ・・・:2001/03/07(水) 00:53
>>971
その資料の一部が、南京戦参加した部隊の3割ほどしか公開されて
いない陣中日記や戦闘詳報などなどではないの
参照
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/8596/index.html

974 :世界@名無史さん:2001/03/07(水) 00:57
>971
数の論争で反論できないから「ちゃぶ台返し」をしただけのレスに、
そんなこと聞いても無駄だろうね。
せめて史料を駆使しての反論なら傾聴に値するかもしれんのに。
出典一つも明記せずに妄想垂れ流されてもね・・・。

こんなんで、勝手に肯定派が(精神的)勝利宣言をぶっても、否定派に
とっては「ハァ!?」なのよ(藁


975 :tosi:2001/03/07(水) 00:58

>942
そもそも軍隊のような、規律の厳しいところで
半袖のTシャツっておかしいとは思いません?
それとどういった人達がそういう写真を証拠としているかって?
とうの中国人だよ
そういう現実的、常識的観点でみても南京事件は
否定できるはず。
          ps
「真実を語るのは、フィクションを語るより難しい。」

   


976 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 01:06
>>史料が残りやすい性質の物とそうでない物の判断です。
>>いうまでもなく、為政者側の史料が残りやすく、勝者の史料も残りやすい。
>>記録も同じです。為政者側の記録が残りやすい。

地層の奥深く埋もれたレスを引用。この命題も、ある意味正しい。(命題I)
文中の「史料・記録」という言葉を「解釈」とおきかえればね。 (命題II)
命題IIが正しいとすると、ある行為の性質の判断は、大抵の場合
「権力者=勝者」によって、その解釈が規定されるということになる。
どういう結論が出るかは、いわずもがなでしょう。

もっとも、南京占領の「意味」、一国の首都を戦争によって征服したという事実
のもつ道義的意義については、「なかった派」から、未だ嘗て納得のいく説明を
聞いたことがない。その点では、「虐殺派」の解釈は確かに首尾一貫している。

977 :世界@名無史さん:2001/03/07(水) 01:16
終始一貫して抗日戦に百戦百敗だった中国人のくだらない言い訳だ!

978 :世界@名無史さん:2001/03/07(水) 01:28
だーかーらー話ずらすの止めようね。
ずらさなければ都合の悪いことでもあるの>肯定派
ROMの印象を悪くするだけとなぜ気づかない?


979 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 01:29
捕虜の虐殺は司令官命令で組織的に行われた可能性が高い。
しかし民間人の虐殺は悪質な兵隊が勝手にやったのでは?
組織的捕虜殺害と@`悪質軍人の民間人を暴行@`殺害した結果が「南京事件」になったのでは?


980 :日本@名無史さん :2001/03/07(水) 01:34
南京事件は東京裁判において決着してる。

裁判記録を図書館で見たことがあるが、思ったより
個別の事象について「城外のどこそこで・・・」とか
細かく記されているのでちょっと意外だった。

少なくともこのスレより、はるかに良く検証してるよ(笑)
証人尋問なども含めて。
そして「人道に対する罪」で関係者が死刑になった。

捕虜殺害も対象になってる。

・・ってなわけで、東京裁判で決着してるのよ。

981 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 01:35
>いったいいつから秦氏は近郊県も含めるようになったんだ??

私も初耳だ。
詳しく説明して欲しいな。

982 :日本@名無史さん :2001/03/07(水) 01:39
さらに、「新しい歴史教科書を作る会」も検定で

南京事件を容認した。

つまり、南京事件はあった、ということでメデタシメデタシ!!


983 :名無しさん@1周年:2001/03/07(水) 01:41
>>980
・・・・

984 :tosi:2001/03/07(水) 01:42

もっとも、南京占領の「意味」、一国の首都を戦争によって征服したという事実
のもつ道義的意義については、「なかった派」から、未だ嘗て納得のいく説明を
聞いたことがない。


俺の分野じゃないかもしれんが、同じ首都でも
東京と南京じゃぜんぜん違う。
首都を落としたってことで、日本では
お祭り騒ぎだったが、中国側からすれば
数ある都市の一部を占領されたにすぎない。

占領といってもグースさんが何回もいってるように
南京は世田谷区の80%程度の城壁に囲まれた部分だけを
占領したにすぎなかった。
中国の広大な土地を全部占領できるわけがない、
日本軍は、駅などの要所をおさえただけ。
「未だ嘗て納得のいく説明を
聞いたことがない。」
とのことだが、そういったある程度の知識は
当然もっているものとして、いままでずっと
話していたんだが・・・




985 :東京裁判での判決では:2001/03/07(水) 01:50
確か(捕虜と便衣兵が逆かもしれないが)
捕虜3万人、便衣兵2万人、民間人1万2千人、計20万人以上。

986 :グース:2001/03/07(水) 02:51
そろそろ「スレッドストッパー」の出番だな(笑)

>いったいいつから秦氏は近郊県も含めるようになったんだ??
       ↑
まず「秦教授」の件だが「南京事件 P212〜P214」(中公新書)
のなかで「スマイス調査」の「近郊農村の部分」も採用している。

「南京事件=秦教授」P214引用
スマイス調査(修正)による「一般の死者2.3万」、捕らわれてから
殺害された「兵士3.0万」を基数としたい。しかし不法殺害としての
割引は、一般人に対してのみ適用。

そして「3.8万〜4.2万」という数字が導き出された。

たしかに「南京大虐殺」に近郊農村まで含めるのは
「市民虐殺派」の悪質なトリックだが、「スマイス調査」により
近郊農村での「大規模虐殺」は否定されたといってもよい。

>>980
東京裁判の記録を「見た」だけでは「なにも理解できん」(笑)
バル判事が「検察側提出」の証拠(被害者の証言)にたいして
興味深い分析をしていることは「当然、知ってるよな?」(笑)

かなりの「偽証」が頻発した裁判でもあった。
そして「偽証罪のない」偏向裁判でもあった。
まぁ「常識」だと思うが(笑)

>少なくともこのスレより、はるかに良く検証してるよ

思想版あたりで「スレ」立ててみな(笑)
検察側の証拠(証言)は「ほとんどインチキ」って論破される。
知ったかぶりしてると「怪我」するど(笑)


987 :素人統計マニア:2001/03/07(水) 02:59
何人殺したかという数字がそんなに重要なのかな・・・。
要は虐殺という悪いことをしたことが問題なのでは?
30万人ではなく、30人でも虐殺は虐殺。

988 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 03:26
>>987
そう!だから騒ぐ程の事件じゃないってこと。

989 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 03:32
確かに日本軍の蛮行は恒常的だったのだから
南京に限って騒ぐ必要は無いわな

990 :こんな夜中にだれが:2001/03/07(水) 03:34
安全区の20万が25万に増えた。
もし郊外の中国人を集めて一度でも処刑したうわさ、を聞いたら
5万人あつまるか?うわさを聞き逃した人々が集まったってこと?
当時の中国には通信機器がととのってなかったのかな?
それとも日本軍がのちのちの(五十年後をみこして)隠蔽策の為にわざわざ呼んできたのかな?

この時点で一般市民への組織的な虐殺はないね。一部のサイコ帝国軍人がやった以外は、
まあそういうのはみつかりしだい当時は軍法で処罰されてたし(人道的見地からではなく
いたずらに人民の反感を煽らない戦略上。)
985の計六万六千人の中国人の死者が正確だと仮定すれば、捕虜への処遇が国家犯罪か
どうかをこれから賠償の問題で論じてほしい。

実際のところ共産党政府が隠し持ってる資料を公表しない限り正確な数字はわからない。
これが結論でしょう。




991 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 03:38
>>989
痛いレスやなあ(藁

992 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 03:51
>>990共産党が持ってる資料には価値は無いだろ。

993 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 03:56
このスレ消してもいいですか?

994 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:03
しっかし、ホントにあったかどうか解からないモン同士でよくここまで
スレ続いたねーーー。尊敬するよ(藁)
なんだかんだ言っても、結局解からないことだろ?
>>992が言うように中国共産党が資料公開しても、
もう世界の誰も(チョン&奇形左翼を除く)信じないだろうし。
日本が無かったと言っても問題の三国人達は信じないだろう。
だからさー、もうこのネタでスレ立てるのは辞めようぜ。
キリがねーから。

995 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:06
それを言っちゃ〜ぁおしめーよ!!>>994

996 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:08
age

997 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:09
あげんなヴォケ!!

998 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:10
hage

999 :こんな夜中にだれが:2001/03/07(水) 04:11
>992そうね 李登輝さんには長生きしてもらおう。


1000 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:24
さて、南京事件が存在したのかどうかはこれからも調査が続けられることでしょう。
しかし、数々の捏造事件により、何が真実で、何が嘘なのかを
見抜くことはもはや不可能になりつつあります。
いつか全ての資料・証言が出尽くし、「事件の真相を知ることはできない」と断定されたとき、
貴方はどう考えますか?
「いや、きっとあった筈だ」でしょうか?
「いや、無かったはずだ」でしょうか?


少なくとも日本国民としては後者を選びたいですね。
それではこの辺で

1001 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:36
天皇を公衆の面前でギロチン使って首刎ねたい
靖国神社に爆弾仕掛けて爆破したい
皇居の堀に大量の糞ばら蒔きたい
全国の右翼を一箇所に集めてトラックで踏み潰したい
日本の統治権を韓国に譲りたい



1002 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:47
>1001
嫌韓派の日本人の方。自作自演はお止めください。

1003 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:54
>>1001-1002
自作自演はお止めください。

1004 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 06:52
南京事件そのものはあった、ということで大団円!

1005 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 07:06
>グース
まず「秦教授」の件だが「南京事件 P212〜P214」(中公新書)
のなかで「スマイス調査」の「近郊農村の部分」も採用している。

その秦の本はいつ出た? ここ2年以内か? それなら秦が軌道修正
したということになる。

1006 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 07:41
>980
そうなんだ。まあ、あった派、無かった派、の本を読むだけじゃなくて
そう言う資料も最低限読まないとダメだね。
でも東京裁判の弁護側って有能だったんだろうか・・・・

ところで何人って書いてあったの?

1007 :1000こえました。注意:2001/03/07(水) 08:26
もし次にレスつける人、新たにスレッド作って下さい。
板のトラブルを併発するおそれがあります。

1008 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 08:28
28億7千万人殺されたよ

1009 :移動して下さい:2001/03/07(水) 08:58
スレッド作りました。まだやりたい人は移動して下さい。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=history&key=983922847

1010 :tosi:2001/03/07(水) 10:24
30万人肯定派の人々に問う、

     もしあなたが、海外旅行に
いったとしよう、町外れを散歩していると変わった作りの
建物があり、ついあなたは興味本位でその建物にはいってしまいました。
はいったとたん、なにかをふんずけてしまった。
よくみるとそれは鶏のヒナであった。
気持ち悪いのであなたはその場所を離れました。

  その後帰国し、一年が経ちそんな事も忘れていた時、
あなたはある噂を耳にする。
  それはあなたが海外で30万匹もの鶏のヒナを
虐殺したという、とんでもないものであった。
 話はそれだけにとどまらず、そのヒナを
殺されたという海外のヒナ業者から、正式な謝罪
および、ヒナ一匹200円、六千万もの損害請求を
うけた。   その業者がいうにはその建物には
当時30匹のヒナを飼っていたといい、その全部が
いなくなったという、そしてあなたが、その建物で
ヒナ一匹ふんずけてしまったのを目撃した人がいるとの
ことだった。
  週刊誌などは、おもしろがり、あなたが
残虐なやりかたで殺したと書いた。 あなたは
近所の人からも気持ち悪がられ、石をなげられたりした。
 そこで聞きたい、あなたがこの状況になったとき
30万匹ヒナを殺したことを認め、六千万払い、
一生、石を投げられ暮らしますか?


   これが極端な例えであるこいとはわかっている。
その例えは間違っているというのであれば、どこが
どう違うのか聞きたい。
   

1011 :日本@名無史さん:2001/03/07(水) 10:41
>>970
970はこう言っている
>肯定派は数の厳密な確定のために研究してるんではない。
>(理由、史料不足だから、どのみち正確な数字は出せない)
>日本軍がどのような蛮行を行ったかを残された(限られた)史料、証言から
>導き出し大まかな全体像をあぶり出す作業をしてきたのだ。

語るに落ちた、って奴だろ、これ(藁
もう最初から限定されてるじゃん、目的が。
最初から日本軍の蛮行を証明したいわけね。

結局こうか。最初からグース氏はこうなることは分かってたんだろうけど。
数の問題に決まってるだろう(藁



1012 :日本@名無史さん:2001/03/08(木) 18:34
しかし、12億もいるんだし、少しくらい。。。ってやばい考えかたか。。

1013 :日本@名無史さん:2001/03/08(木) 19:10
>>1011
なんで決っているのだ?

1014 :日本@名無史さん:2001/03/09(金) 06:21
なんで続いてんだ? パート2に移行しろ。

1015 :嘉穂:2001/03/09(金) 13:13
3万も殺されたらうちの町は人がいなくなります。

1016 :日本@名無史さん:2001/03/09(金) 14:04
こっちをあげるな。日本史板壊れてもいいの?
移動はこちらへ↓
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=history&key=983922847


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