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文化大革命について誰か詳しく教えて!

1 :世界@名無史さん:01/08/31 23:29 ID:02S7PiYA
色々な見方が交差していて
文革がなんだったのかよくわかりません。
権力闘争?真の社会主義革命?内乱?粛清?
誰か詳しく教えてください!

2 :世界@名無史さん:01/08/31 23:33 ID:IibTqCfc
産経新聞連載「毛沢東秘録」よめ

3 :( ´D`)ノ:01/08/31 23:38 ID:3UMMMp56
コピペなのれす。

3 名前:世界@名無史さん 投稿日:2001/08/16(木) 20:13

スターリンの死後、ソ連のフルシチョフがアメリカと歩み寄りを始めたため
それを共産主義の背信行為だと毛沢東が批判した、中ソ論争が背景にある。
いっぽう劉少奇とケ小平の二人は、共産党一党支配などの現状では
経済的に中国の未来はないと考え、資本主義経済のとり入れをしようとした。
20年前に俺が苦労して作った中国をお前らに渡すか、と怒った毛沢東が
彼らを走資派とよんで殺そうとした一連の内紛を、文革という。
結果的に中国は現在も眠れる獅子のままでいる。

毛沢東は孫文やレーニンなどのように改革者としてその役目を終えていれば
いまも偉人として名を連ねていただろうに、文革前後の彼については
毛沢東老いたりといわざるをえない。

4 :1:01/08/31 23:50 ID:02S7PiYA
>>3
どうも、ですがそこらへんはだいたい理解しています。
文革の間にどんな混乱があったのかがよくわかりません。
4人組はどのようにして権力を掌握したのか、林彪の謎の死について
など詳しく教えて欲しいです。

5 :世界@名無史さん:01/09/01 00:13 ID:Tiub6PKM
ネット場で検索されるのがよろしいかと>1
質問が幅広く、説明するにはかなりの量カキコしなくては成らない。
ネットで調べきれなかった事などを、ここで聞かれるのがよろしいかと。

6 :1:01/09/01 17:55 ID:z.VGpLXo
それではひとつずつ質問していきます。
4人組について教えてください。
彼女らはどのようにして権力を握ったのでしょうか?

7 :世界@名無史さん:01/09/01 20:57 ID:pO8o668w
毛沢東と一心同体だったから
毛沢東が生きている限り安泰だっただけ。

8 :世界@名無史さん:01/09/01 21:40 ID:sr5zAZkA
>4人組について教えてください。
>彼女らはどのようにして権力を握ったのでしょうか?

図らずも、「彼女」と言うところを見ると、むしろ
4人組と言うより江清について聞いているわけですね。

文化大革命を毛沢東の権力掌握のための闘争と捕らえ
かつ、党機関の破壊と考えるならば、毛沢東は、自分の
味方を党組織からではなくいわば身内に見出したのは
当然でしょう。

でも結局は、
ちゃんとした文献を読んだ方が早いと思いますよ。
で、日本の変な本よりアメリカの研究書などが
よろしいかと思います。

9 :1:01/09/01 22:17 ID:ohKOHeH2
>>8
それでは他の三人は毛とどういった間柄だったのですか?

10 :世界@名無史さん:01/09/01 22:27 ID:Y4cnVAE6
日本人の中国残留孤児に対し「小日本鬼子」と罵り
様々な迫害を加える日本人排斥運動及び
民衆が毛沢東に対して毛沢東語録をかざしてるようで
実は「レッドカード」で毛沢東政治を批判してるってやつ。

11 :世界@名無史さん:01/09/01 22:33 ID:sr5zAZkA
中央文化大革命小組とか上海グループとかをキーワードにして
調べたらどうですか。多分見つかりますよ。

中国革命は僕の趣味ではないのであまり手間隙をかけたくない
ので、あしからず。

12 :世界@名無史さん:01/09/01 22:33 ID:sr5zAZkA
11は9への回答です。

13 :ガージー:01/09/01 22:40 ID:4qxVW9j.
>9
簡単にいえば、他の三人は江青のパシリみんな馬鹿ばっかだもん
ようは江青の命令道理動く馬鹿が欲しかっただけ
その後みな文革のときの罪で死刑判決を受けているが、江青以外は、みんな
釈放されています、江青は、自伝を書いてる途中に
自殺という事になっていますがほんとのことはわかりません
ちなみに江青の演説を流す事は中国政府が禁じています

14 :革命無罪!:01/09/01 23:13 ID:vN12qvR2
「私が毛主席のことを誰よりも理解しているのよ」
って法廷で江青が言ったら、みんな哄笑してたな。

判事の一人がおそろしく太って、部厚い二重あごだった。「

15 :世界@名無史さん:01/09/04 18:06 ID:3g5.UitQ
age

16 :@名無しさん:01/09/04 20:11 ID:keh4LCs.
現在の指導者たちも考えていることだろうけれど、
中国を開放、いわゆる民主化、資本主義化した時、
多くの中国人民が幸せになれるだろうかという問い
に、毛沢東はNoと考え、かなりの幹部もそう
考えたのであんな馬鹿な行動をとったのでないかな?
その考えと文革の失敗の妥協の結果が今日の中国の
政策でないか?

17 :世界@名無史さん:01/09/04 20:59 ID:4DjCYlMw
江青はかなり劉少奇の奥さんをライバル&敵視していたらしい…
英語ペラペラの上に社交的でおしゃれ、かなり残酷な殺され方だったらしい
また、ある意味で毛沢東の推進した原始共産主義に対してケ小平は白猫黒猫
論(この考えは無茶苦茶正しいと思う)は市場経済を基礎としたため自己が
否定されるのを恐れたのでは?

18 :世界@名無史さん:01/09/04 21:18 ID:8ipJJZIg
文化大革命をもっと支援して、中国を丸ごと崩壊に導いてやれば良かった。
これからも第二次毛沢東主義が復活して、中国の産業経済を再び叩き
壊してやれば台湾もチベットも解放されるに違いない。

19 :YP:01/09/04 21:42 ID:4nOORodU
>>18
内モンゴルもわすれちゃイケないよ。

ああ、最近すっかり親モンゴル派になってます。 モンゴル人で中国語を専攻しようものな
ら、友達がいなくなるそうです。 大陸の人達にしてみれば、歴史ってお遊びじゃないよね。
日本人が右だろうが左だろうが、どの切り口でアイデンティティを唱えても、所詮はお気楽
な島国なんだな、って思った。
この前、試しに久し振りに毛沢東Tシャツに袖を通したらすんごく気分が重くなったよ。

20 :1:01/09/04 23:06 ID:XFCklE8Q
いろいろな情報ありがとうございます。他に知りたい事は:
林彪のクーデター未遂事件とはなんだったのか?
失脚したケ小平はなぜ劉少奇のように迫害されなかったのか?
また文革終焉後にどのようにして権力を掌握したのか?
批林批孔運動とはなんだったのか?
文革中の中国人民の生活の実態について。
他にも色々あると思いますが思い浮かびません。
わかる人はよろしくお願いします!

21 :世界@名無史さん:01/09/04 23:39 ID:a7IQN1gU
林彪は、毛沢東が軍の実験を握るのに利用されて
利用価値がなくなったら捨てられた、ってとこで
しょう。で、切り捨てられた自分の運命を察知し
た林彪が逃亡あるいはクーデタを企てたと。

22 :本多勝一に学べ!:01/09/05 00:40 ID:j//QxHI.
本多勝一『殺す側の論理』(朝日文庫)209〜210ページから。
<私は毛沢東のいわゆる「盲従分子」では全くないけれど、学生時代から彼の著作を
読んだり行動を伝聞して感心するのは、あのイデオロギーとしてのマルクス・レーニン
を、完全に「中国の論理」の中へ組み込んで生かしている点です。彼の真の強さは、
ここにあると思っています。>
『朝日キーワード別冊・国際(新版)』186ページから。
<文革は、一般に62年9月の中国共産党第8期10中全会における毛沢東の「絶対に階級と
階級闘争を忘れてはならない」との指示から出発したとされる。>
<文革には共産党内部の権力闘争と、その大衆運動という二重の性格があり、悲劇は
拡大した。文革中の奪権闘争や武闘では、約2000万人の死者が出たともされている。>
本多勝一『ルポルタージュの方法』(朝日文庫)221ページから。
<毛沢東には最近中国でも批判が出ているようですが、あれだけの巨大な仕事をした
人には、何といっても学ぶべきところが多いし、『実践論』は古典になるでしょう。>
『岩波現代中国事典』「文化大革命」の項(1106〜1108ページ)から。
<66年、毛沢東の主導により発動された文革は理論面、情勢判断などについて大きな
問題があり、理想の社会主義国家建設の目的も実現せぬまま、76年毛沢東の死をもって
終結した。>
<10年にわたった文革は、中国の政治、経済、社会、文化のすべてにわたって重大な
打撃を与えた。>
<おそらくその正確な数を捕捉することは不可能であろうが、一般には死者1000万人、
被害者1億人といわれている。>
本多勝一『中国の旅』(朝日文庫)の「あとがき」から。
<学生時代からその著書を愛読した毛沢東主席も、どちらかといえば不遇な晩年のうち
に亡くなりました>
本多勝一『殺す側の論理』(朝日文庫)283ページから。
<「殺す側の......」といっても、視点はもちろん「殺される側」にありますから、>
本多勝一『殺される側の論理』(朝日文庫)291ページから。
<美しい理想を原則とし、かつ実行する政権>
ナヤン・チャンダ『ブラザー・エネミー』(めこん)46ページから。
<六月二一日、ポル・ポトは、そのイデオロギー面での教師である毛沢東から、英雄
としての歓迎を受けた.「われわれが中国の大衆を全部動員しても成しえなかったこと
を、君たちは一息にやりとげた」と、毛沢東は顔を輝かせて聞き入る彼の弟子に言った。>

23 :世界@名無史さん:01/09/05 01:07 ID:n6cDQERM
>>20
>失脚したケ小平はなぜ劉少奇のように迫害されなかったのか?

たしか西崗山時代にケ小平は「毛沢東派」ということで、
李立三(だったと思うけど・・・・)らに粛清されかかっていたはずです。
(ちなみに、ようやく出獄した後、かみさんは他の男とくっついてしまっていた・・・・
 というちょっといい(?)話がこの時のケ小平には残っています。)

で、この時のことを毛沢東は忘れなかったらしいんですな。
「あいつはちょっと思い違いしてるだけだ、本当はいい奴だ・・・・」と。

あとは、フランス時代に交流のあった周恩来の庇護だとか、
内戦時代に指揮をとっていた第二野戦軍(だったっけ?)を中心に軍部の同情があったとか。

劉少奇は、内戦期には主に都市の労働者の組織に携わっていて、
ケ小平に比べて人脈が弱かったのが響いたのでしょう。

24 :世界@名無史さん:01/09/05 21:10 ID:B.xZ80ZQ
もともと毛沢東は「大躍進」で、アメリカやイギリスを豊かさで追い抜くつもり
だった。
ところがそれが無残にも失敗し、1500万から4000万といわれる餓死者が出た。
約束していた豊かさを与えられなかった毛沢東には、
「貧しいことは憂うべきことではない。不平等こそ憂うべきことだ」
と言うより他はなかった。
つまり階級闘争を前面に出す「継続革命論」だ。
それこそが文化大革命の悲劇の根源であり、またポル=ポト時代のカンボジアの
悲劇の根源である。
後に中国とは敵対関係となったベトナムですら、「ドイモイ」以前には、
「貧しさを分かち合う社会主義」なんて言っていた。
東アジアの社会主義の、もっともだめな忌まわしい部分には違いない。

25 :ど〜でもいいけど:01/09/05 21:25 ID:MfyvDwvo
>>24
別に反論というほどのことでもないのですが、大躍進の時の具体目標は、
鉄鋼生産量でイギリスを追い抜くという程度のことで、アメリカやイギリス
の豊かさを追い抜くなんて、そんな無謀な目標はいくら毛沢東でも示して
いなかったと思いますけど。

26 :アマノウヅメ:01/09/06 00:07 ID:QO5O44.Q
文化大革命は、子供ながらリアルタイムで覚えていますが
なんだか訳分からんという感じでした。
毛沢東がボケて、女房が天下取ったってとこか。
四人組といっても、あとの三人は雑魚。

しかし、江青って最期まで威張っててかっこよかった。

27 :回線で?:01/09/06 00:15 ID:JW3mv/aY
最後は首を括ったけどね。。。

28 :アマノウヅメ:01/09/06 00:39 ID:CYCEFZRk
自殺説には疑問が残りますねえ。

29 :世界@名無史さん:01/09/06 00:46 ID:wRXYz2RY
>>17
>江青はかなり劉少奇の奥さんをライバル&敵視していたらしい…
>英語ペラペラの上に社交的でおしゃれ、かなり残酷な殺され方だったらしい

王光美女史は死んでないよ。いじめられたけど。
四人組失脚後、今度は逆に江青をつるし上げたらしい。
う〜ん人間ドラマや。

30 :世界@名無史さん:01/09/06 01:26 ID:yASIiVHA
>>29
中国の女が権力をもつと怖いな・・・

31 :世界@名無史さん:01/09/06 03:46 ID:cZt7k9FI
毛沢東の最初の奥さんはたしか軍閥に殺されてたな
ちなみに晩年は若い女をたくさん呼び込んでたらしい

まさに毛沢東老いたり

32 :よたろう:01/09/06 12:29 ID:GWB8NE7.
当時の資料イロイロ読むと
江青たんの上海時代はタブーだったらしいね

で、林彪の嫁やら劉の愛妻やらがそこら辺つつきまわしたもんだから
えっらい険悪になったらしい

33 :名無的発言者:01/09/06 16:27 ID:sn7Qytbs
中国発の日本語ラジオ聞いて情報を仕入れていた人も
わけがわからなかったそうです。まあ、当時中学生だったそうですが..

34 :アマノウヅメ:01/09/06 16:56 ID:u2HXhEP.
>>33
「こちらは北京放送局です」ってのですか。
私も聞きましたよ。
なんか、やたら景気のいい話ばかりしていた。
毛沢東の名前の前に偉大なるとかなんとか一杯飾り文句がついたのが
印象に残ってます。

35 :世界@名無史さん:01/09/06 17:01 ID:PpSTulhc
その後「日本の同志の皆さん友人の皆さん」ってつずきましたね。
小学生ながら、胡散臭い嘘八百だとおもって聞いてました。
割合、年長の中学生とか高校生の知人がコロっとだまされてて痛いいた
しかったです。

36 :アマノウヅメ:01/09/06 17:17 ID:kJUhBAJw
>>35
おとなも騙されてましたね。
日本文学者のドナルド・キーン氏が司馬遼太郎との対談で
かの国に行った日本人はしきりに青年達の目が澄み切っていると
感激するが、澄んだ目というのは危険なのです。
何も考えていないということだから。ナチの若い将校達の目は
きれいに澄み切っていました。
という趣旨の発言をしたのは新鮮でした。中公新書にあります。

その時の「澄んだ目をした青少年」が無茶して中国に歴史的な損害を
与えた、紅衛兵やなんかだったんですね。

37 :あやめ:01/09/06 17:44 ID:VZT9OCXM
>36
そう言えば松川事件の公判の時に文学者の宇野浩二が「被告人はみんな
目が澄んでいた、彼らが殺人など絶対やっているわけがない」とか言って
たそうです。いくら人間を見つめる仕事をし続けていても感性だけに頼り
きっていては、真実に到達するのは困難で理性による検証が必須でしょう。
その点では粘り強い追求を重ねた広津和郎の業績は、結論に対する賛否は
ともかく評価さるべきものでした。

文革時期かまたはその前か新聞などは「新中国では蝿や蚊は撲滅された」
とかまことしやかに喧伝したため、ある農業関係の訪中団はたまたまある
施設で蝿を見つけ、「中国に蝿がいるわけがない、これはてっきり我々が
日本から持ち込んだものに相違ない、申し訳ないことだ」と汗だくで蝿を
先方の人に見られないように捕まえようとしたとか。

38 :あやめ:01/09/06 17:57 ID:VZT9OCXM
>>34
「人民日報」なんかにも「偉大的…」というのが最初のとこに掲げられ
てたような。「偉大的領袖・偉大的舵手」とか確か4個あったような記憶
です。だれか知ってる人おしえて。
これって何か昔の天子に生前に奉られる長たらしい「尊號」みたい。
毛沢東を讃える場合は「万歳」で林彪は「九千歳」とかいうのもあった
ようです。太平天国の末路そっくりだわね。

「不滅的太陽」というのもあったんじゃなかったかな?

39 :酔鯨ジョーカー:01/09/06 20:10 ID:K/nYmM1M
私は中学生の時、東方紅に凝っていたよ。

40 :世界@名無史さん:01/09/07 00:57
あげ

41 :名無しさん:01/09/07 01:12
大躍進で土法高炉をはじめるとき、毛沢東自身、
「こんな簡単なやり方で製鉄できるなら先進国はなぜこの方法を用いないのか」
と疑問を述べたらしい。
常識のかけらはあったわけだが、結局は革命の興奮に押し流された。

42 :世界@名無史さん:01/09/07 01:23
江青の死刑判決言い渡しのときの映像がいまでも鮮明に思い出されます
江青が判決直後に法廷ですごい剣幕で叫んでいましたね
何を言っていたのかはわかりませんが・・・

43 :世界@名無史さん:01/09/07 01:29
なぜ、老いていた毛沢東の死後、かくももろく4人組が失脚したんでしょうか?
彼らの「実権」の基盤はどのように変質していたのでしょうか?

44 :名無しにして頂戴:01/09/07 01:41
文化大革命と大躍進を混同してません?>41

45 :世界@名無史さん:01/09/07 01:48
>>43

行政とか経済の運営という地味な仕事の部分に食い込
むこともあるいは取って代わることもできなかったか
らと考えるべきでしょう。

46 :吾輩は名無しである :01/09/07 01:54
「ワイルド・スワン」はどう?
読み物としてはすごく面白かったけど。

中国残留日本人の人は、文革では相当辛い目にあってる人が多いね。
文革時に日本人だという証拠を残さないために自分の生まれなどの手がかりと
なるものを全て捨ててしまって、日中国交回復後肉親探しが始まった時に
苦労してる人が多い。

47 :名無氏物語:01/09/07 02:02
>46
自己弁護ばかりしているのが嫌だった。張戎
所詮は小説なんだね。。。現実はもっと冷酷。

48 :41:01/09/07 02:12
>44

49 :41:01/09/07 02:15
間違えた。。。
>44
24、25あたりで文化大革命の背景には大躍進がある、
という議論が出ていたので。。。

50 :真実:01/09/07 04:36
20年位前カシュガル、ウルムチやその近辺
旅してたけど、新聞は全国紙、地方紙含めて,四人組の影響で犯罪犯したウヌン
の自己批判記事で毎日、市場に行けば山と有る,卵,干し葡萄,タバコが文革の時は、
闇でしか買えなかったと言われた。昔だから親しくなると未だに下放されて帰れ
ない奴と云うか部落,村が辺境の地に沢山有る事お教えてもらった。
バスで移動する時土の団子投げる村が有るので其処かなと思った。すべて犠牲にして
稲作バッカリしたので慢性的な飢餓は無くなったが其処までいくのに2銭満以上殺された。
今は凶悪犯罪が増えてるので,都会では判決TVで流し死刑、辺境は公開処刑
体質は古から変わらない。

51 :世界@名無史さん:01/09/07 05:07
張承志「紅衛兵の時代」(岩波新書)
陳凱歌「私の紅衛兵時代」(講談社現代新書)
は名著だよ。
被害者ではなく、加害者(自らも被害者になりつつ)の記録だが。

「独裁者・毛沢東による権力闘争」として
文革を単にやりすごしてしまうのには、オレは反対。

52 :世界@名無史さん:01/09/07 09:52
東方紅〜太陽昇!

って国歌だった時期あったてホント?

53 :世界@名無史さん:01/09/07 20:57
1930年代後半から1945年にかけて毛沢東は、同志たちが日本軍と闘ってる間に、
自分の独裁体制を中国共産党内に確立させた。その間、最もそれに協力したのは劉少奇
だった。だから劉少奇はナンバー2になれた。
しかし、大躍進の失敗後、劉少奇は国家主席として毛沢東の存在を無視して、自分の
独断で動き始めた。
自分を押し立ててナンバー2になった人間がやがて自分をないがしろにすることを、
毛沢東は何より許せなかった。
だから劉少奇は悲惨な最期を遂げた。林彪もいつの間にか同じ道をたどっていた。
王洪文は毛沢東をないがしろにしなかったにせよ、江青と近付き過ぎた。
華国鋒が最終的に後継者になれたのは、一番野心がなかったから。

54 :世界@名無史さん:01/09/09 02:15
紅衛兵が暴れ回ったのって昔の日本の全学連やら全共闘やらが政府公認の支持を受けちゃった
ようなもんですか?だとしたら、大混乱に陥るのも納得がいきますが・・・。
日本でもヘルメット集団が大学関係者の首に札を付けて取り囲んで吊し上げている写真を見た
ことがある。やってることは一緒なのに、人民服でなくゲバスタイル。なるほど制服と言う
意味では同じなのかと、少し新鮮さを覚えた。

55 :世界@名無史さん:01/09/09 08:08
age

56 :アマノウヅメ:01/09/09 08:58
>>53
華国鋒は、毛沢東の前の奥さんが処刑される前に知人に預けていった
息子の一人だという噂が当時ありました。

57 :えっ!:01/09/09 14:05
死人の人肉を喰ってたって本当ですか?
大躍進ではなく文革で。
教えて下さい。

58 :世界@名無史さん:01/09/09 14:49
中国では食人はタブーじゃない。

59 :世界@名無史さん:01/09/10 22:15
大飢饉が当たり前の国だから人食は普通。

60 :  :01/09/10 22:21
      ∩
      //
     //
     |:| Λ_Λ  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     |:|(´Α`)<毛主席、餓死者が1億人を突破しました
     |:|_):∵:(  \_____
     \:∵:∴:\
       |∴:∵ l::|
       |∵:∴ |::|
      /∴:∵/|::|
      |ii;∵;i/ |:|
      |llll||lll|  U
      |llll||lll|
      /ll/ |ll|
     /l/  |ll|
     /l/  |ll|
    /l/   |ll|
   ν    ν

61 :毛沢東:01/09/10 22:35
         ∫
   ∧,,∧ ∬ 太好、太好!
   ミ,,゜Д゜ノ,っ━~ 
_と~,,,  ~,,,ノ_.∀ 
  .ミ,,,/~),  .| ┷┳━
 ̄ ̄ .し'J ̄ ̄|.. ┃
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ┻

62 :世界@名無史さん:01/09/10 23:33
当時は天律みたいな都会でも、郊外まで蛇取りに
行って食べたって知り合いの中国人研究者が言ってたな。
実際もっと田舎だと死人の肉も食べてたとは聞いた事あるよ
都会でも,貧乏人の家にま紅衛兵が乱入してきたんだからな。

63 :ジョーカー:01/09/10 23:50
文革派同士でも労働者と紅衛兵との武闘が起きたよね。

64 :ドルゴン:01/09/11 21:33
文革は現在の中国でタブーなの?

65 :世界@名無史さん:01/09/11 22:13
文革趣味のレストランなんかはあるらしいけど。

66 :ドルゴン:01/09/11 22:37
どうゆうこと?馬糞を食べさせるとか?

67 :世界@名無史さん:01/09/12 01:20
美しい理想を原則とし、かつ実行する政権。
そう本多勝一が言ってた。
本多勝一最高!

68 :世界@名無史さん:01/09/13 16:44
文革期の異民族・少数民族・宗教は
どのような扱いをされたのでしょうか?

69 :世界@名無史さん:01/09/13 16:54
>>62
 もともと、漢人は人を食うじゃんよ。
「城内餓人相食」て、よく出てくるよ。
(じゃうないううひとあひくらふ = 都市で飢餓か起こる、人は共食いをする)

70 :世界@名無史さん:01/09/13 17:17
>>69
チャンネイウーレンシャンシー

71 :世界@名無史さん:01/09/13 17:48
changnai eren xiangshi

72 :世界昔名無し:01/09/13 19:15
文革の原因が「長崎国旗事件」だったのって本当?
長谷川慶太郎と中島嶺雄の本にそう書いてあった。

73 :世界@名無史さん:01/09/13 20:04
詳細キボン

74 :名無し:01/09/13 20:49
参考書を読みましょう。

1.上海の長い夜:支那の上流家庭の夫人が文化大革命で拷問に耐えた話。
  立派な人だ。

2.ワイルドスワン:共産党幹部が文化大革命で迫害された話 娘が書いている 波乱万丈だ。

3.毛沢東の私生活(文春):毛沢東の侍医の記録 暗殺覚悟で書き、米国で暗殺されたようだ。
  毛沢東の暴力,驕り,好色が描かれている。

これを読んでから話したい。

75 :世界@名無史さん:01/09/17 20:20
bump

76 :世界@名無史さん:01/09/17 21:17
毛沢東時代がもっと永く続いて中国が国の崩壊に向かうよう、
日本人も総力をあげて文化大革命を支援するべきだった。
特に「タタラ製鉄所」はいい、もっとじゃんじゃんやらせて、
中国の産業経済を徹底的に破壊させておくべきだった。
そうすれば今ごろ台湾問題も戦争責任も無かったはず。

77 :世界@名無史さん:01/09/17 21:22
当時の中国の公安部長の謝富治が、1966年8月下旬に、
「私は人を殺すことには賛成しないが、階級の敵を憎む熱情の余りの行動なら、
私はあえてそれを止めはしない」と通達を出した。
それで北京近郊では、生後1か月の乳児までもが「階級の敵」とされて、虐殺された。
ちなみに、中国の「十大元帥」の一人で国防部長の葉剣英は、
「文化大革命で2千万人が死に、1億人が攻撃を受けた」と後に語っている。

78 :世界@名無史さん:01/09/18 02:32
古代から中国では誰かが罪を犯したら「罪は九族にのぼる」
といわれてその両親,妻子、兄弟姉妹,叔父伯母従兄弟など
何の罪も犯していないものまで殺された。
もちろん、孫文が辛亥革命を起こした時にそんな制度は
なくなったのだが,これをまた復活したのが毛沢東。
母型の祖父が何十年も前にアメリカやヨーロッパ,日本に
留学したというだけで一族全て収容所送り、なんてことが
しょっちゅうあった。

79 :世界@名無史さん:01/09/18 07:59
大陸反攻!

80 :世界@名無史さん:01/09/18 14:27
毛沢東だとこれが面白いね。
http://www.geocities.co.jp/Milkyway/2738/sh_tou00.htm

江青はサチヨみたいなもんだ。

81 :世界@名無史さん:01/09/18 16:14
しかし文化大革命で成果がゼロ打というのは胡散臭い
「庶民が語る文化大革命」という本に
紅衛兵が下放されて満州で
開拓をしたということを語っていた記事がある。

しかし返ってこなかったものが多い。結局損かもしれない

82 :世界@名無史さん:01/09/18 16:16
魂にうったえる革命

83 :m:01/09/18 16:22
モロ見え!
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hole/

84 :世界@名無史さん:01/09/18 17:35
>>57
ピューリッツァー賞を獲ったNYタイムズのクリストフ著「中国が動く」では文革時の
凄まじいカニバリズムの実態が記述されている。二千万人が殺された文革の実態は中
国人同士の凄惨な共食いだったんだ。俺は週刊新潮で読んだ。日本で独占出版してい
る朝日新聞社が読者に無断で問題のシーンをカットしていて、新潮に攻撃されていた。
だから全部読みたければ英語版を買うしかない。週刊新潮では、訳者の東大教授の中
国史専門家が言い訳してたんだけど、「中国では古代からカニバリズムの伝統があった
んです。中国人は豚肉や鶏肉を食べるような感覚で、一般家庭でも人肉を食べていた
んです。あの本で書かれているようなカニバリズムは文革当時中国全土至るところで
行われていたんです。しかしあの本の問題のシーンはあまりにも恐ろしくて確信を持
てなかったんです。だから削除したんです。」というような事を言ってた。
中国カニバリズムについては中国板で過去にやったんじゃないか。ハングル板とか、
日本の戦争責任が話題になるような所でよく書かれてるよ。孔子は人肉の塩漬けが
大好物だったとか。大躍進時代については、「餓鬼―ハングリーゴースト」っていう
本がある。

85 :アマノウヅメ:01/09/18 17:43
>>84
その訳者は現代中国人のカニバリズムを肯定してるわけですか。
古代にあったのなら疑問の余地はありませんが。

86 :世界@名無史さん:01/09/18 23:19
>>85
中国近代文学の父とされる魯迅の「狂人日記」の狂人とは食人種、すなわち中国人の
こと。魯迅は、人間を食べる中国文化をどうして近代文明と呼べるのかと生涯中国文化
を忌み嫌いつづけた。俺の記憶が正しければ、確か魯迅は日本留学中に人間を食べるの
は中国人だけであることを知って、ショックを受けたようだ。
週刊新潮で、先の東大教授は「このようなカニバリズムは清朝末から中国革命を経て、
中国が近代化していく過程で一旦は消滅したはずだったんです。しかし、文革という
異常な精神状態の中で、一気に復活してしまったんです。」と言ってた。
つまり、訳者は肯定している。
「餓鬼」も西洋人の著作で、中国の歴史書や文学作品にはカニバリズム・シーンが頻繁
に登場することを例を挙げながら説明している。日清戦争時には清軍は台湾の先住民を
虐殺し、その肉を食べて士気を高めてから日本軍との戦いに向かった事を記している。

87 :某板住民:01/09/18 23:48
>>84
>ハングル板とか、 日本の戦争責任が話題になるような所でよく書かれてるよ。

いえいえ、ハングル板ではそのような話題はめったに出ませんですよ。
従軍慰安婦の証言で、人肉のスープを食べさせられたというのがあって、それ
は日本人じゃなくて、中国人か朝鮮人あたりの習慣だよなっていう程度です。

むしろ、世界史板のほうが中国のカニバリズムについての蘊蓄が展開されてい
るのでは?

そもそも、かなり高名な日本の歴史学者が支那の人肉食について研究されて
いたのではないでしょうか。

88 :アマノウヅメ:01/09/18 23:51
>>86
通説を述べてるだけだから突っ込まないでくださいね。
『狂人日記』の人食いと言うのは搾取の象徴であっって、狂人とは象徴を
現実と思い込んで、皆人を食いたがっている、子供達も人を食うよう
教え込まれてるんだ、だけど食いたくない振りをしているんだと思い込んでいる
友人の弟のはずですが。

89 :世界@名無史さん:01/09/19 00:03
>>86
俺は「狂人日記」を実際には読んだ事はない。そういう説明を読んだ。
魯迅がカニバリズムを理由に中国文化を嫌っていたのは本当。
孔子の論語には「親の仇は殺して、その肉を食え」というようなことが
書かれてあって、それは精神的な意味に解釈されていたが、本当に食え
という意味だ、っていうような事が「餓鬼」に書いてあった。

90 :世界@名無史さん:01/09/19 00:24
以前どっかのスレで

大躍進 後ろに向かって 大躍進

てのがあった。ワラタ。

91 :世界@名無史さん:01/09/19 01:24
カンボジアで百万単位の人々を死なせたポル=ポトは、毛沢東に学んだ。
北京を秘密訪問したポル=ポトに毛沢東は、こう言った。
「君達は、我々を中国の人民を大量に動員しても成し得なかったことを、一息で
やり遂げた。実にめでたい!」

92 :世界@名無史さん:01/09/19 02:51
>>91
つまり毛沢東は皮肉のつもりで言ったってこと?

93 :世界@名無史さん:01/09/20 19:00
毛沢東もポル=ポトも、もちろん大マジでしょうね。

94 :世界@名無史さん:01/09/21 02:05
>>57 >>84 >>86
文化大革命時のカニバリズムは死肉を食っていたのではない。共産主義運動の一環だった。
学校では生徒が校長を襲って食べ、労働者は資本家を、農民は地主を殺してその肉を食った。
まさに中国人同士の凄惨な友食いだった。

95 :世界@名無史さん:01/09/21 02:52
あの頃俺はまだ子供だったが、家じゃ朝日取ってたんで、
結構文革の報道は読んだ。当時、共産国の幹部の序列を
考察するのが新聞の役割のひとつで、中国の場合は天安門
上に並ぶ順番で割り出してた。1966年の春頃だと思うが
大変動があって文革が権力闘争であることがはっきりした。
1.毛沢東
2.林彪・・・・・人民解放軍の5つの野戦軍のうち、華東野戦軍は第四野戦軍の分かれ。
          第四野戦軍はそれ単独でも全軍の師団数の4割に近く、華東を併せれば
          6割に達する。林彪は十大元帥の中では最年少だが、第四野戦軍を
          を握っていたので軍内の影響力は抜群で、当時国防相でもあった。
          林彪事件で死亡。
3.周恩来
4.陶鋳・・・・・地方幹部からの抜擢。半年で反革命分子扱いされ失脚。
5.陳伯達・・・党内きっての理論家。毛沢東のゴーストライターだった可能性もある。
          林彪派として失脚。
6.康生・・・・・文革10年を通しての黒幕。延安時代から毛沢東の懐刀として特務機関
          を率いたスパイの元締。権力の座にあるまま死去した。
7.トウ小平
8.劉少奇・・・第2位からの降格で世界を驚かせた。迫害死。
四人組がのさばるのは林彪事件の後だね。

96 :世界@名無史さん:01/09/21 02:56
追加。俺が思うには、四人組が逮捕されたのは
康生が死んでいたのと、葉剣英が生きていたのが大きい。

97 :世界@名無史さん:01/09/21 16:31
中国の人肉食文化ならここでやってるぞ。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=min&key=963544411&st=1&to=100

98 :世界@名無史さん:01/09/21 19:24
もしマルクスがタイムマシンに乗って1966年の中国に来て、毛沢東を見て、
この男が自分の思想の正統を自負してるって知ったら、卒倒したと思う。

99 :世界@名無しさん:01/09/22 07:41
カイ大富という文革の学生リーダーも今は実業家、文革30年の記事にでていた。
極端から極端に動くのが現在の中国の体質かと思う。

100 :世界@名無しさん:01/09/22 07:42
100get
毛沢東の文革期に増やした人口が今流出している。

101 :世界@名無史さん:01/09/23 16:42
たぶん、1935年頃、周恩来が毛沢東の風下に立つのを甘受した時点で、
共産中国のその後の歴史は決定してしまったと思う。

102 :世界@名無史さん:01/09/24 22:39
中国では文化大革命がいかに壮大な愚挙であることをみんな身をもって思い知ったけど、
行き着くところまで行った中国と違って、どこかの国ではいまだに文革に未練ある人
多いかも。

103 :世界@名無史さん:01/09/24 23:04
俺は文化大革命がいかに壮大な快挙であったかを今も感じている。
毛沢東時代がもっと長く続いて、中国経済を完全に破壊しておけば
良かったのだ。そうすれば台湾だ戦争責任だで揉めずに済んだ。

104 :世界@名無史さん:01/09/25 00:05
>>66
亀レスだけど、店内には毛語録の
看板だらけでウエイターは紅衛兵
の格好、BGMは東方紅や毛語録の
絶叫というレストランらしいです。
料理はさすがに文革時代
の料理そのまま出すわけには
いかないでしょうが。

105 :突然ですが・・・。:01/09/25 20:56
中国の歴史の流れについて
オススメの文献はないでしょうか・・・。
探しています。お願いします。

106 :世界@名無史さん:01/09/25 21:12
>105
どのくらいのレベルのものを欲しているか判らないけど、宮崎市定の本は
わりとイイと思うよ。
「中国史」上下、岩波全書刊…絶版だろうけど…

107 :名無しさん@1周年:01/09/25 23:08
岩波と朝日の本は常識が出来てから読むべき。

108 :世界@名無史さん:01/09/25 23:16
>107
学術系のヤツはそれほど偏向してないYO!(特に岩波)
朝日や岩波って聞いた時点ですぐに色眼鏡で見る癖直そうYO!
ただ岩波の本(特に昔のヤツ)は訳し方がオカシイ(というかエライ
読みづらい訳な)ので、確かに初心者には注意が必要だYO!

109 :世界@名無史さん:01/09/27 11:24
a ge

110 :世界@名無史さん:01/10/01 00:46
ラデゥンたん

111 :世界@名無史さん:01/10/01 00:53
ハアハアが抜けてるぞ

112 :世界@名無史さん:01/10/01 01:00
岩波現代中国事典がいい。近現代史ならこれがお勧め。少し高いけど。

113 :世界@名無史さん:01/10/01 01:05
みんな三国志や史記が好きなはずなのに、
どうして文革の話になると急に道学者風になる?
例えば毛沢東とホウ徳懐は同じ湖南人で、井崗山の頃から戦ってきた同志だが、
文革で前者は後者を死に追いやる。
劉邦−韓信や曹操−ジュンイクの話より面白いぞ。

114 :世界@名無史さん:01/10/01 02:00
文革は単なる権力闘争じゃない。それに大昔の話でもない。
死に追いやられたって言っても、殺し方があまりに陰惨過ぎる。
葉剣英が「文革の死者は二千万人」って言ってる。
三国志や史記と同じ次元では論じられない重さがある。

115 :中国@一眠り:01/10/01 02:02
毛沢東の偉いとこは、世襲にしなかったこと。

116 :世界@名無史さん:01/10/01 02:35
>>114
>>113にやや同意。
>三国志や史記と同じ次元では論じられない重さがある。
それにしてはこの板似たようなレスばかりで退屈だもん。

117 :世界@名無史さん:01/10/02 23:19
数百年後には文革の解釈も変わってる・・・はず・・・

118 :世界@名無史さん:01/10/02 23:27
>>115
甘いな。華国鋒が、毛沢東の隠し子であるという説も根強い。
嫡子の毛岸英は朝鮮戦争で戦死しているし、次男は病弱だったそうだ。
ということで、本人は世襲にしようとして失敗した可能性も高いぞ。

119 :世界@名無史さん:01/10/03 02:47
>>113
つい最近の話だし、関係者もいっぱい生きてるから生々しすぎて語れないんでしょう。
少なくとも興味本位で面白がる気にはなれない。
三国志も実際にあったことだがもう1000年以上前の話だから多少茶化してもなんとも思わんけどね。

120 :世界@名無史さん:01/10/04 18:09
age

121 :世界@名無史さん:01/10/04 18:19
中国コワイヨ

122 :世界@名無史さん:01/10/04 22:38
中国の近現代史を三国志みたいな感じで捉えるのは可能だけど、
それにしても話が大きくなり過ぎる。
それこそ「岩波現代中国事典」あたりが手許にないと難しいかも。

123 :世界@名無史さん:01/10/05 01:52
文革の時には東北の方の街で4人組系の紅衛兵と
対立派の紅衛兵が銃撃戦をやっていたと中国人の友人が
言っていた。
上で僻地や農村に下放された学生達が開拓して
成果を揚げたなんてバカ言ってるやつが
いたが、あんた中国人と中国語で自由に話したことが
あるのか?!!!!!
あの頃は農村でも食料が足りないのに都会から
働き方もロクに知らない厄介物の学生を
押し付けられて難儀してたんだぞ!
都会の労働もしたことのない学生がすぐに
成果をあげられるとでも思ってんの?

124 :世界@名無史さん:01/10/05 01:57
それと紅衛兵の拷問の凄さは凄い。
耳を切ったり目を抉り取ったりは日常茶飯事。
まあ,元々中国人は血や凄惨な死体を見るのには
なれてるということもあるが、そういう拷問が
政治家でもなんでもない一般市民に対して行われたと
いう所が文革の恐ろしいところだ。
何しろ幼稚園の保母や看護婦までが「知識人」という
グループにひとくくりされて収容所に送られ
あとは医学的知識など学んだことのない学生が
何の知識もなく医療活動していたのだ。
「裸足の医者」というカッコつけた英雄的な
名前でな。

125 :世界@名無史さん:01/10/05 02:00
それとその時地方の僻地に下放された若い人達は
戸籍(日本のものとは違うが)が農村に移ってしまって2度と
産まれ故郷の都会に帰れなくなってしまった人達も
大勢いるんだよ。
文革が終わって20年以上経た今はやっと帰れるように
なった人達もでてきたけど。

126 :世界@名無史さん:01/10/05 02:03
文革を扱った文学・映画とかみてると、
「自分達は被害者だった」式の観点から
「文革を生み出したのは中国社会の抱える闇」という観点への変遷が見られるとか。

127 :世界@名無史さん:01/10/05 02:21
『毛沢東秘録』上下(産経新聞社)どうぞ

128 :世界@名無史さん:01/10/08 22:51
age

129 :世界@名無史さん:01/10/09 00:13
こんなところで「教えてクン」してるより
中国語やってさっさと大陸にいったら?
いやっと言うほど経験者が話してくれる。
うちの留学先の助教授は文革時にさんざん批判された
らしく,その当時自分を批判した助手をいつも
いびって遠くの地方に左遷させちゃったよ。肉体的に
拷問されたんだからムリもないか。

130 :たりばん:01/10/09 00:57
イスラム教が怖いというよりも、一神教の宗教はすべて怖くなる、
ということではないですかね。
今は、資本主義世界経済に着いて行けぬが故の貧困があり、「原理主義」
の一部がこの世の過激派となっていのす。この世が地獄ならあの世で
メシアの救済が将に救いでしょう。それと「民族」の気質もあるでしょう。
ヤダヤ教徒も商才や頭脳がいまいちで貧困難民だったら世界テロをやったでしょう。
キリスト教も同じです。
その点、仏教はメシアのいる宗教ではなく「哲学」ですから狂的にはなりずらい。
インドもとんでもない貧困ですが、この世を潰してしまう発想はにい。
(オウムもグルを戴くかぎり仏教ではなくなっています)
最近は「荒涼たる砂漠の民の宗教」という和辻の風土論は偏見ということに
なっていのすが、たおやかな自然の恵みという感覚には遠いところで
形成された「文明」の怖さだと思います。
おーっと、「文明の衝突」も偏見が強いということになっていたっけ。
でも、やっぱり、怖い民族、怖い宗教だと思います。こういうことを
言ってはいけないとい「開かれた、寛容」の「民主主義」がテロ活動
を企てる「自由」を与えてしまいました。
ゲルマンに浸食されたローマ帝国のように、アメリカ帝国はイスラーム
の興隆にやられてしまうのではないでしょうか。

131 :世界@名無史さん:01/10/09 01:08
大陸に留学する奴はドキュソばっか

132 :世界@名無史さん:01/10/09 23:56
>>131
日本語以外の外国語をロクにしゃべれない
ドキュンよりは中国語がペラペラのヤツのほうが
マシ。
って言うかお前らもっと言葉うまくなれよな。(藁

133 :ななし:01/10/10 09:14
中国語なる言葉は存在しません。

134 :世界@名無史さん:01/10/11 23:25
最近のゴルゴで、失脚した第一世代の軍人が
毛沢東のDNAでクローンを生成し彼のカリスマを利用して
政府転覆をもくろむ話をやっていたが、案外実話だったりして。
てなわけで上げです。

135 :中国留学経験者:01/10/11 23:30
>>131 DQNは多かったな。でもやることなくて深夜にコンビニにたむろ
してる奴らよりかは生き生きしてるし、芯はあったぞ。
同じDQNなら中国留学してるDQNの方がいい。

136 :世界@名無史さん:01/10/12 09:20
俺は中国は毛沢東政権がイチバンだと確信している。毛沢東の功績は、
大躍進運動と文化大革命で中国経済を破壊してくれたことだ。
人によってはあれで近代化が30年遅れたとも言う。毛沢東主席が
あと10年くらい長生きしていれば中国経済が完全に崩壊して、
今ごろ台湾問題だ日本の戦争責任だで揉めることは無くなってたろう。

共産主義に反対するのは間違っている。寧ろ中国には毛沢東が必要なのだ。
これが一番いい。中国の産業経済はこうやってブチ壊しにしておくに限る。

137 :名無し:01/10/13 20:17
3大参考書:

1.「上海の長い夜」原書房 文春文庫にもあるおもう。
上流階級の女性の苦難。クリスチャンで実にえらい人だ。
自分も拷問されるが、娘は拷問で殺される。必読。

2.「ワイルドスワン」講談社
共産党幹部の娘が書いたもの。幹部や家族も受難した。
生き生きとした筆致で読み出したら止められない。

3.「毛沢東の私生活」文芸春秋?
これは侍医が書いたものだ。米国へ移住したが恐らく中共に暗殺された。
暗殺を予想して遺書として書いたもの。
毛沢東の身辺から見ているので上記の本と対照すると興味深い。
毛が回春のために、身辺に若い女を多数はべらせていたと言う記録は
人間みな同じという、感じを確認する。
報復の暗殺を恐れて神経症になっているところはスターリンと類似。

138 :hage:01/10/16 23:33
age

139 :世界@名無史さん:01/10/16 23:59
たしかに工場は閉鎖されるわ、小学校から大学にいたるまでの
教師は収容所か僻地に行かされされるわで,学校に行っても
ロクに教育は受けられないわ、農村はロクでもない事業に
駆り出されて農業生産ができないわで殆ど国内は崩壊
してたもんな。

140 :世界@名無史さん:01/10/17 01:23
矢吹晋「文化大革命」(講談社現代新書)が入門用にはよろしいかと。

141 :名無しさん@1周年:01/10/17 15:54
しかし、不思議なことに考古学的発見は文革期に多いし、
トンネルと鉄橋だらけの成昆鉄路など奥地の新規開業路線も多い。

142 :世界@名無史さん:01/10/17 19:32
>>1
過去レス全部読んでないからかぶってるかもしれないけど、
ユン=チアン著「ワイルドスワン」を読んでみるといいと思うよ。
文化大革命の中で生きてきた家族の自伝っぽいのだけど、
小説風になってるし、オススメだよ。

143 :世界@名無史さん:01/10/17 23:20
>>141
考古学の発見があっても収容所の人間が鉄道開発に
従事して開発しても,皆がウンザリしていたのは事実。
実際に文革の時に生きていた中国人と中国語で話した事あんの?
当時のエセ文化人みたいな発言だな。(藁

144 :名無し:01/10/20 00:06
>141 考古学の発見=発掘
何故掘ったのか>埋めるため>何を=虐殺死体?
という推察も出来る。

あるいは治安が悪化したので、遺跡管理が出来なくなり、盗掘が盛んになった。
これもある。

奥地の開発<強制労働<都市青年の強制移住<革命青年層の隔離

悲しい理由があるのでしょう。

145 ::01/10/20 00:24
ワイルドスワン読んだけど、その当時の世相がよくわかっておもしろ
かったけど、筆者の自慢が萎え−。纏足とかの慣習を否定しながらも
婆さんだかが纏足の足が特別に小さくって、漢詩の教養もあったので
妾として有力者のところに嫁ぐことができたとか、自分がガキの頃
にテストで満点を取れたのは自分だけだったとかっつー、カビが生えた
話や、とにかく文革の時代や中国古来の慣習を否定する一方で、
本っていう媒体を使って、自分とその一族の自慢と持ち上げを計って
いるのが、中国古来の悪しき儒教の影響って感じでウザイ。

146 :世界@名無史さん:01/10/23 23:56
http://members.tripod.co.uk/jcia/

147 :世界@名無史さん:01/10/24 00:12
海瑞は中国で有名な人なんですか?
日本史で例えると誰に近いのですか?

148 :世界@名無史さん:01/10/25 21:16
age

149 :世界@名無史さん:01/10/26 00:07
>147
田中真紀子

150 :名無しさん@HOME:01/10/26 00:51
海南島の海瑞の墓に行った事ある。
観光ついでにいっただけでお墓目当てにいったんじゃないけど。
日本のっていうより中国戦国の楚の屈原に似てると思った。

ちなみに海瑞は(1514〜1587)
明中期の政治家で広東出身。
1566年,当時の士風の退廃を嘉靖帝に諌めたところ
帝の怒りを買い下獄、隆慶帝の替わってから許されて
大官に任ぜられる。
硬骨の人で一般庶民にも人気があった。
海南島の海瑞の墓も文革中はあらされて見る影もなかった
そうだが80年代に修復されたそうだ。
自分が行った時はもうちゃんと修復されてたね。

151 :世界@名無史さん:01/11/11 21:39
age

152 :世界@名無史さん:01/12/11 02:23
何ぞ斯様に似たるや。

http://www.plapic.com/lib/00004/images/136283.jpg
http://www.town.kakunodate.akita.jp/PO/SISETU/JOHO/bungakukan/kikaku/kawa.yama.misi/bungak3.gif

153 :世界@名無史さん:01/12/12 12:55
>たしかに工場は閉鎖されるわ、小学校から大学にいたるまでの
>教師は収容所か僻地に行かされされるわで,学校に行っても
>ロクに教育は受けられないわ、農村はロクでもない事業に
>駆り出されて農業生産ができないわで殆ど国内は崩壊してたもんな。

俺に言わせれば、中国人にはこういう人生こそがふさわしい。
中国人はゴキブリであり、共食いで絶滅させるのが一番だ。
文化大革命や共産主義を日本人が批判するのは大変間違っている。
毛沢東主席がもっと長生きして暴れまわっていれば、中国の産業
をどんどん破壊してくれて、今ごろ台湾だ戦争責任だで日中関係
がややこしく揉めることは無かったはずである。こういう時こそ
毛沢東政権を積極的に支援して、中国をもっと貧しくしてやるべきだった。

154 :がっくり。こんなんばかりか:01/12/12 13:07
・・・なんか毛沢東はね、もう・・・と突っ込む気にもなれないくらい

155 :世界@名無史さん:01/12/12 13:18
毛沢東と四人組が全国人民公社化で中国経済をバリバリ叩き壊して、
中国人は生まれたらすぐに餓死、さらに中ソ全面核戦争で中国を
丸ごと死の灰にしてしまえば完璧だ。

156 :世界@名無史さん:01/12/14 12:46
>72
ヤツラの妄想(w 文革開始は66年5月の「5・16通告」、同月末の中央文革小組設置から
と見るのが通説。長崎国旗事件は58年。59年には劉少奇が国家主席に就任している。
59年8月の彭徳懐国防部長解任、林彪国防部長就任に代表される反右傾化闘争を文革の
前段階と捉えれば、反右傾化闘争の外部的な要因になった可能性はないではないが、
反右派闘争自体は57年から始まっていた。
むしろ対外的な要素として同年代では58年のフルシチョフ訪中で大躍進政策・人民公社
路線を批判されたことのほうが要素としては大きいと思われる。

157 :世界@名無史さん:01/12/18 16:08
>フルシチョフ訪中
泳げないフルシチョフへのいやがらせに
プールで会談したとかいうあれですかい?

158 :世界@名無史さん:01/12/18 19:41
>115
息子がいたけど朝鮮戦争で戦死した。しかし甥がいて、四人組の裁判の際彼も被告席に座らされた。
四人組は毛遠新(甥)を後継にしようとした可能性がある。

>157
毛沢東もフルシチョフもお互い双方を嫌っていた可能性が高い。
特にフルシチョフは海外留学経験のない毛沢東をバカにしていたと思われ。

159 :名無し:01/12/18 22:52
文化大革命という内乱で死者は少なくとも2000万人という。
大変な数だ。負傷者はその数倍だから、一億はくだらない。
ト小平の息子は拷問で脊椎を損傷し、半身不随のはずだ。
殺された人は大穴に投げ込んだという。だから掘るといっぱい白骨が
出てくる国だ。ポルポトなんか幼稚園だ。

最後の状況では、毛沢東に地方に体よく追放された青年紅衛兵が田舎の人々の
リンチにあい、多数生きながら穴に投げ込まれた虐殺されたという。

それから人肉食が見られたこともいくつか報告されている。
シナ人の本能の世界だ。紅衛兵が校長を殺して食べたとか報道された。

160 :世界@名無史さん:01/12/27 07:08
age

161 :世界@名無史さん:01/12/27 07:39
しな人は残酷って話が大好きなのは日本人の本能の世界だ

162 :世界@名無史さん:01/12/27 16:12
三国志の時代の総人口よりも多い死者数。
それが文化大革命と大躍進運動

163 :世界@名無史さん:01/12/27 23:00
中国共産党にとっての「原罪」=毛沢東

164 :世界@名無史さん:02/01/06 22:31
二千万という死亡者はどういう内訳なのでしょう?
ほとんどが吊るし上げによる虐殺だったのでしょうか?
それとも内戦とよべるような戦闘が起る対抗勢力が存在したのでしょうか?

165 :世界@名無史さん:02/01/06 22:51
中国人は統計が下手…

166 :世界@名無史さん:02/01/06 23:14
内戦と呼ぶほどの戦闘はなく、
ほとんどが吊るし上げによるものだったと思われます。
1978年末か79年かどちらか忘れましたが、胡耀邦は、
「文革の死者は40万人で連座した者が1億人」と言ってました。
その後、1981年10月には「中国高官筋」から、
死者2000万人説が伝えられました(「読売」電)。
この時には、「被害者6億人」説も出ていました。
確か岩波新書の「中国近現代史」には、
「あまりにもケタ外れのためこれは政治的数字と思われる」
という意味のことが書かれています。
ちょうど1981年には文革批判がピークに達していた頃だからでしょう。
人民日報の記者たちが書いた「交鋒」という本によれば、
この「中国高官筋」の「高官」とは、
葉剣英(「四人組」打倒の中心人物)であると分かります。
現代中国では、政治的理由から、
「文化大革命こそ、建国以来の最大の惨事」
ということになっています。
「大躍進の失敗こそ、最大の惨事」ということを認めてしまうと、
改めてその責任を問われかねない幹部も、少なくなかったからでしょう。
大躍進での犠牲者が一千万の単位にのぼることは、
1982年の人口センサスの結果から推測されています。
(学者によって1000万から4000万とかなりばらつきはありますが)
そこで、ここからは私の推測ですが、
大躍進を超える惨劇だったという意味で、
2000万という数字が、政治的に用意されたのではないでしょうか。
ちなみに、岩波系の出版物では、1000万という数字が示されています。
朝日系では、中嶋嶺雄さんの文章では、2000万とされています。
いすれにしろ、厳密な統計によるものではないでしょう。
混乱の時代でしたし、不完全な(部分的な)統計しか残ってないようです。
食糧配給の必要上、一応の人口調査は文革中も行なわれてたようですが。

167 :世界@名無史さん:02/01/06 23:37
つうことは、それだけの死者を出しながらこれといった対抗勢力は地方にさえ
出現しなかったってことか。変なときだけ国中が団結するんだなあの国は。
そんなに当時の統制体制ってのはしっかりしてたんですか?

168 :世界@名無史さん:02/01/07 00:06
>>167
毛沢東への個人崇拝だけはしっかりしてた、というか揺るぎなかった。
しかし毛沢東以外の誰もが「敵」とされる可能性があった。
党大会で「後継者」とされた林彪ですら、そうだったくらいだから。
とりあえず矢吹晋さんの「文化大革命」(講談社現代新書)くらい読んでみて。
一口に文革と言ってもいろいろな局面あったので、一概に言えないの分かると思う。

169 :世界@名無しさん:02/01/07 00:33
当時の日本では、「紅衛兵の眼は澄んでいる」みたいな調子の記事が氾濫してたらしい。
「〇〇地方の子供たちの眼は澄んでいる」とかいった表現は、要注意だな。
(この表現、先日も小宮悦子が使ってたな。)
と、眼のにごった俺は思う。

170 : :02/01/07 00:53
ハァ?
小宮悦子が?
どこで??

171 :世界@名無しさん:02/01/07 01:04
>>170
ぼんやり見てたんで番組名は覚えてないが、アフガニスタンの子供たちを
特集したもの。
キャスターは小宮悦子だったと思うが、思い違いだったらスマソ。

172 :YP:02/01/07 01:19
>>169
どでもいいんだけど・・
最近モッズ帽冠ってるんですが『紅衛兵みたいだな』って云われた。
それに、昔から眼が綺麗だとよく云われる。
俺ってば要注意ですか・・

173 :世界@名無史さん:02/01/08 11:30
中学の時、社会科で人民公社のことを眼を輝かせながら
教えていた社会科教師はどうなったのだろう…

174 :世界@名無史さん:02/01/08 11:43
がいしゅつかな?
http://members.tripod.co.uk/jcia/

175 : :02/01/08 12:33
ケ小平以降の開発独裁制で中国が資本主義的急成長を遂げた現在、もう大躍進や文革の轍は踏まないと考えて良いのか。
それとも外資で作られた上海の超高層ビル群は戦前と同じ「租界」に過ぎないのかとか。
中国経済が失速した時、大躍進、文革に続く悲劇が起こるのかとか考えると恐い。
とにかく日本は経済的にも軍事的にも、大陸のゴタゴタには巻き込まれない方がいいね。
世界警察アメリカに任せよう。
難民の受け入れも最小限に止めるべきだ。

176 :世界@名無史さん:02/01/14 01:50
ワイルドスワン読む限りじゃ、それほど食人という話は出てこないね。
肉屋が子どもさらってうさぎの肉として売ってた話はあったけど。
むしろ階級敵人とした人間に対する追い込み方があまりに陰湿だと思ったよ。
読み物としては抜群におもしろいね。古本屋で百円で売ってるし。

177 :世界@名無史さん:02/01/14 02:06
>175
現在の中国の人々(一般国民も指導者層も含めて)は、
文革は二度と踏んではならない轍という共通認識を抱いているのは確かです。
もちろん、今後動乱が起こる可能性がゼロではありませんが、
現在の保守派も含めて、それだけは避けようとして動くのは間違いありません。

178 :獰猛くん:02/01/16 19:42
「戦争は政治の継続である」この点から言えば、戦争は政治である。戦争は、
それ自体政治的性質の行動であり、古来、政治性をもたない戦争は存在しなか
った。…
だが、戦争には戦争の特殊性があるという点から言えば、戦争を一般の政治と
同一視はできない。「戦争は政治の特殊な主段による継続である。」政治が一
定の段階まで達すると、今まで通りに進めなくなる。そこで、政治という道路
を横たわる障害を取り除くために、戦争が勃発するのだ。…障害が取り除かれ、
政治が目指していた目的が達せられると戦争は終結する。障害がきれいに取り
除かれぬ内は、戦争は目的を求めて、続けられねばならない。…したがって、
次のように言うことができる。政治は血を流さぬ戦争であり、戦争は血を流す
政治である。

 毛沢東「持久戦論」より 1938年5月

179 : :02/01/16 20:09
>>169
あまりその二つは関連性ないと思うが。
君が言っている下のは、子供が純粋ってことをいいたいわけで、
紅衛兵のは思想的に純粋!って意味が言外に含まれていると思うが。
多少リンクする部分もあるかもしれんけど、重点は全然違う。

180 :世界@名無史さん:02/01/19 22:09
毛沢東は「文化大革命は国民党と共産党との間の闘争である」とか言っていた。
こんな見当外れの発言した時点で、毛沢東をどっかに幽閉して隔離すればよかった。



181 :世界@名無史さん:02/01/19 23:05
毛沢東は「建国者」ではあっても「建設者」ではなかった、
ということなんでしょうね・・・。


182 :矛盾論:02/01/21 12:35
「歴史上の戦争は二種類に分けられる。一つは正義の戦争であり、もう一つは不正義の戦争である。
進歩のための戦争がすべて正義の戦争であり、進歩を阻む戦争がすべて不正義の戦争である。
われわれ共産党員は、すべての、進歩を阻む不正義の戦争に反対するが、進歩のための戦争には反
対しない。…」毛沢東「持久戦論」(1937.5)より
実に自己中な…。毛沢山


183 :世界@名無史さん:02/01/21 13:39
いやぁ、時が経てば経つほど、文化大革命のありがたさが身にしみてきますなあ

毛沢東があと五年長生きして、中国経済を完全に崩壊させてやればよかった。
中ソ全面核戦争で中国を死の灰にしてやればよかった。

184 :世界@名無史さん:02/01/21 19:34
>>166
ん。うわー、という話を読みながらも、そんな感じがしていた。
死者の数が膨大になりそうなことではないんだよな。期間限定だし。
あやふやな数字が、触れ回る人の都合で一人歩きしているようだ。
文革当時の日本人を笑えないな。ま、感想ってことで。


185 :世界@名無史さん:02/01/22 08:23
>>182
毛沢東って真性なのでは・・・・

186 :世界@名無史さん:02/01/22 11:03
>>175
それは俺も考えないことはないが、中国経済の失速は
最早、中国の国内問題に留まらないからね。
それはないんじゃないかな。

187 :世界@名無史さん:02/01/22 11:38
>>186
共産党がもし窮地に立ったときに経済と権力維持とどちらを優先するか
答えはわかりきってるだろ


188 :世界@名無史さん:02/01/22 17:05
日本人は、死ぬことがかっこいいって思ってる民族
中国人は、生き残ったやつが、かっこいいと思ってる民族
最後に残るのは・・・

189 :世界@名無史さん:02/01/22 17:06
ヴェトナム人

190 :世界@名無史さん:02/01/22 21:39
>>188
ゴキブリ。

191 :世界@名無史さん:02/01/24 02:00
>>184
確かに1000万とか2000万って数字は厳密な統計によるものではない。
ただ文革当時の中国では人命軽視としか思えない発想が蔓延していたのは歴然たる事実。
何せ中国の公安部長(公安相)の謝富治が、その指揮下の警察組織に、
「私は群衆が人を殺すことに賛成ではないが、それが階級の敵を憎む熱情のあまりの行為ならば、あえて止めはしない」
とか通達を出していたくらいだから(1966年8月下旬)。ちょうど中国全土での毛沢東の個人崇拝が燃え上がって行った時期と一致する。
この通達のおかげで、北京近郊では生後38日の乳児まで虐殺されてしまった悲惨な話が伝えられている。
ある意味で、人命がわけのわからない理由で(戦争でもないのに)こんなにも簡単に奪われた時代は、非常に珍しい。

192 :世界@名無史さん:02/01/25 01:56
どうせなら半減してくれれば良かったのにね


193 : :02/01/25 03:36
神風特攻や玉砕戦をやる日本人。
文革や大躍進で自滅する中国人。
我が国は世界一を呼称する韓国人。

白人から見たら東洋人はわけがわからんわけだ。

194 :世界@名無史さん:02/01/25 03:50
>>193
君は東洋人じゃないのか。東洋人が白人のようにして東洋人を笑うのか。



195 :世界@名無史さん:02/01/25 20:19
毛沢東同志万歳!

196 :世界@名無史さん:02/01/25 21:22
>>195
一時期毛沢東の後継者とされた林彪に対しては「九千歳!」と歓呼が送られた。


197 :世界@名無史さん:02/01/25 23:50
>>196
つーことは、毛沢東は皇帝として扱われていたんだな。

198 :世界@名無史さん:02/01/26 00:14
九千歳の初出は宦官だっけ?

199 :世界@名無史さん:02/01/26 02:16
ちょっと前に岡田英弘の本を読んでいたら、
文革以後、人民解放軍の力が強くなった、
なぜなら人民解放軍だけは文革の被害をほとんど受けなかった
からだと書かれていたけど、本当なの?

200 :世界@名無史さん:02/01/26 02:27
>>199
そりゃあ紅衛兵は丸腰の一般人にとっては脅威だけど、
ありあわせの武器でロクな訓練も無しのにわか武装じゃ
正規に武装した軍隊を襲うことなんかできるわけないから当然でしょ


201 :世界@名無史さん:02/01/26 02:31
文化大革命時、人民解放軍はどういう対応をしていたんですか?


202 :世界@名無史さん:02/01/26 03:26
文革推進派の学生が人民解放軍から武器を奪って内ゲバしたりしてたみたいだけど、
そもそも民間の人間にどーしてそんなことができたの?

203 :世界@名無史さん:02/01/26 07:53
毛沢東同志が神格化されてたのが1番の問題だな

204 :世界@名無史さん:02/01/26 08:04
>>202
妄想だが、徴兵制で解放軍にはいり、義務を終えたあと大学に入った人ならば
武器を保管してある場所とか知っていてもおかしくない。
あとは、人民解放軍の中に文革推進派の学生に同調する軍幹部がいたという
可能性があります。

205 :世界@名無史さん:02/02/02 11:27
age

206 :世界@名無史さん:02/02/05 21:21
>>197
毛沢東自身、1958年に、
「共産党第一書記はマルクスと秦の始皇帝を合わせたような人間であるべきだ」と
発言している。

207 :>>174:02/02/05 23:03
移転しています

http://go.to/maoist/

208 :世界@名無史さん:02/02/05 23:10
文化大革命って
殺伐としたエンガチョゲームだったんだろ、、
「人民の敵」って言われた人間が負け、、

209 :世界@名無史さん:02/02/05 23:34
>>208
ただの政争

210 :ガージー:02/02/05 23:42
手元に本がないから詳しくはわからんけど
1966年になると、紅衛兵が、人民軍を襲い出して
将校を連れ出したり武器庫に押し入ったりすることが
多発したはずそれに対抗する形で葉剣英などが、
2月逆流をしたけど失敗した、


211 :世界@名無史さん:02/02/06 05:31
>199
葉剣英って二月逆流の主導者だったっけ?主導者として逮捕されたのは徐向前や譚震林
じゃなかった?
葉剣英は、毛沢東死後、最終的に上海閥押さえを4人組を逮捕した英雄だけど
多分それができたって事は、二月逆流のときは何とか追及されながらも
首謀者じゃなかったって言い逃れできたってことじゃないのかな

212 :ガージー:02/02/06 11:46
葉剣英は主導者の一人だよ、追及されなかったのは、
毛沢東がしたくなかったから、この時代は毛沢東の気分によって
すべてが決まるからね

213 :世界@名無史さん:02/02/06 18:37
>212

そうじゃなくってどうして葉剣英の名前がトップで出てくるのかということを言いたいんですけど

214 :世界@名無史さん:02/02/06 21:52
ゴルゴ13のサイトに面白いことが書いてあったよ。
1944年夏、日本軍を殲滅した葉剣英がわが身を守るために銃を撃ちまくる3歳児を発見。
するとゴルゴ13は1941年生まれ。もう還暦を過ぎたお爺さんだ。

215 :世界@名無史さん:02/02/09 03:59
>214
今のゴルゴは3代目

216 :世界@名無史さん:02/02/13 22:33
ゴルフ13って何?

217 :山野野衾:02/02/13 23:13
>214
他に日本人右翼青年とロシア皇女の息子とか暗殺集団の末裔とか諸説ありま
したね。定期的に出て来るネタ。
確か文革時の設定では父が東郷平八郎の息子、母がチンギス・ハーンの子孫。

218 :世界@名無史さん:02/03/24 19:00
もちょい教えて

219 :世界@名無史さん:02/04/08 12:50
 朝鮮戦争は、中国にいっそう悪い結果をもたらした。中国は国際的にきびしい
孤立状態に置かれ、何十もの国家が承認を拒否し、国連にも加盟できなかった。
中国は米国の基地に取り囲まれ、ワシントンは台湾という中国領土を、中華人民
共和国をねらう「不沈空母」へと変えた。北京にはソ連に頼るしか選択が無くなり、
「弟分」の役割に甘んじざるをえなかった。この不釣り合いな同盟こそ、中ソ対立
を呼び起こし、ひいては中国共産党の内政外交を急進的方向へと追いやった。

朝鮮戦争の謎と真実 A・V・トルクノフ 草進社 

220 :世界@名無史さん:02/04/12 22:53
共産主義を否定するのは間違っている。中国には断固毛沢東が必要。
大躍進運動と文化大革命こそ、中国の産業経済を衰退させた英断であった。
毛沢東主席があと五年長生きしていれば、台湾問題も戦争責任も無くなって
いたはずだ。中国はその存在自体が犯罪なのであって、中国の内部動乱は
日本人として喜ぶべきことだ。天安門に集まった中国学生らも、台湾や
チベットの独立を認めることは絶対しない。だから天安門事件で中国人
が殺されたのも彼らの自業自得であって、こういう時こそ弾圧支持声明
を発するべきであった。中国人は存在自体が悪であり、全員死ねばいい。

221 :世界@名無史さん:02/04/12 23:04
おいおい。
ケ小平の登用で1970年代以降修正が行なわれてるジャン。
改革開放が1979年よりずれ込むことになるだけで、
大して5年程度じゃ変わるわけがないけど、ネタか?

222 :世界@名無史さん:02/04/16 02:46
>>95
>1966年の春頃...文革が権力闘争であることがはっきりした...
1965年の党内序列とこれとを比較すると、権力争いだった事が明らかだね。
劉少奇勢力は、「実権派」と表現されてた。2001年の日本の抵抗勢力と似た呼び方だ。
>>95には名がないが、当時の北京市党第1書記は誰だったかな?



223 :世界@名無史さん:02/04/16 11:53
 朝鮮戦争は、中国にいっそう悪い結果をもたらした。中国は国際的にきびしい
孤立状態に置かれ、何十もの国家が承認を拒否し、国連にも加盟できなかった。
中国は米国の基地に取り囲まれ、ワシントンは台湾という中国領土を、中華人民
共和国をねらう「不沈空母」へと変えた。北京にはソ連に頼るしか選択が無くなり、
「弟分」の役割に甘んじざるをえなかった。この不釣り合いな同盟こそ、中ソ対立
を呼び起こし、ひいては中国共産党の内政外交を急進的方向へと追いやった。

朝鮮戦争の謎と真実 A・V・トルクノフ 草進社 

224 :世界@名無史さん:02/04/21 19:29
底辺DQNがインテリを迫害したのさ。

225 :世界@名無史さん:02/04/21 19:55
最近俺が興味を持ってるのは董必武。
党創立大会の出席者で革命後まで生き残ったのは毛沢東と董必武の2人。
長征にも参加しているし、最高人民法院長、国家副主席など歴任。
名誉職にはいくらでも就いたが権力を求めず、毛沢東の疑心を免れた。
文化大革命では迫害もされず、文革側に立って他を迫害もぜず。
高位を保ったまま90年の生涯を閉じた。
処世の天才だったかもしれない。

226 :世界@名無史さん:02/04/21 19:59
>草進社
って民明書房みたいなもの?

227 :世界@名無史さん:02/04/21 20:17
>>226
ワラタ

228 :世界@名無史さん:02/04/23 18:07
当時は子供だったので全然分かってなかったのですが
朝日新聞は文革マンセーって論調だったって本当ですか?

229 :世界@名無史さん:02/04/23 18:26
>>228
本当。

日本ジャーナリズム史の汚点と言われ、世界的にも嘲笑の的となった朝日新聞の
恥ずべき所業はここに詳しい。

「朝日新聞報道年表」
http://www9.big.or.jp/~cumy/sayoku/si_1_1.shtml

他新聞も、営業上、北京支局がある朝日新聞と比べて不利とならないように
中国批判をやりにくくなってしまった。
産経新聞は台湾支局を維持し続けたため、北京支局開設を認められなかったが、
最近、中国政府は許可した。日本の保守勢力に大きな影響力を持ちつつある
産経を敵に回したくないからだろう。同時に他の日本の新聞にも台湾支局開設
を許可。欧米の新聞は台湾支局を保持しているが、北京支局を閉鎖させられる
ことはなく、日本だけを対象にしていた。それが可能だったのは、朝日新聞が
抜け駆けすることへの他新聞の警戒だった。
このような事実を知れば、朝日と産経のどちらがまっとうな新聞かが判る。

230 :世界@名無史さん:02/04/23 19:05
>>229
いってみたけどさ。
実際の記事の抜粋とかないの?

231 :228:02/04/24 10:42
>>229
詳しくありがとうございます。あとでゆっくり見てみます。
実際の記事は、縮刷版でも眺めてみます。

232 :世界@名無史さん:02/04/28 18:48
>>211,
>主導者として逮捕されたのは徐向前や譚震林じゃなかった?
1966.8月の十一中全会で、政治局員に徐向前と葉剣英は昇格、譚震林は留任しているから
違うでしょう。二月逆流の首謀者は、彭真じゃなかったかな。人民解放軍十大元帥の
朱徳、彭徳懐、林彪、劉伯承、賀竜、陳毅、羅栄桓、徐向前、聶栄秦、葉剣英
のうち林彪以外は、この文革収束措置に暗黙同調だったろうが。

>>222
>1966年の春頃...の北京市党第1書記は...
これも彭真。彼は、党政治局員でも中央委書記でもあり、中央委総書記のケ小平の副官のような
立場にあった。つまり党務の要の一人だったわけで、現体制打破運動に敏感に反応したろうし、
また文革推進派の優先的標的だったろう。実際1966.4月に、いち早く失脚。

233 :世界@名無史さん:02/04/28 20:47
>>232
文革発動の成否を左右する、1966年初頭の首都北京市の政治的権力掌握者の彭真を、打倒
したのは判ったが、首都の武力掌握者の北京軍区(司令官楊勇、政治委員廖漢生)の方は
どちらを支援したの?

234 :世界@名無史さん:02/04/28 21:30
3kは南ベトナムまんせーだったっけか。
韓国と南ベトナムの違いは、独立後の独裁者の質と、
相手が金親子よりか遙かにましなおっさんだったことに
よるのかねえ。

235 :世界@名無史さん:02/04/29 20:27
>>222
1966年以前の党内最高幹部(政治局常務委員)序列は、
毛沢東、劉少奇、周恩来、朱徳、陳雲、林彪、ケ小平
だったのが、1966年夏には、
毛沢東、林彪、周恩来、陶鋳、陳伯達、ケ小平、康生、劉少奇、朱徳、李富春、陳雲
この中で1976年の毛沢東死亡時点までの間、失脚の憂き目を遁れたのは、周恩来、朱徳の2人だけ。
もっともこの2人は、毛沢東より先に病死だったが。まさに毛沢東=専制皇帝さもありなん。

236 :世界@名無史さん:02/04/29 21:13
文革の時代を、日本の全共闘運動みたいに懐かしむ中国人っているの?
日本の学生運動はフォ−クソングがテ-マ曲みたいになって、それ聞くとあの時代の
空気がよみがえるって感じだが、中国にはそういう文革期の歌ってあるのかな?
(まあ歌謡曲や、はやり歌自体が資本主義的産物だろうから流行る訳ないか)

237 :世界@名無史さん:02/04/29 21:15
小島朋之著「中国共産党の選択」中公新書によると
文革10年でデモ参加述べ人数120億人
闘争集会・批判集会は全国で8千万回以上
経済損失1兆2000億元(貨幣価値を現レ−トに換算して200兆円くらいかな)
林彪・四人組に迫害された人、約1億人だそうだ
その他の資料では、この時期に印刷された毛語録・毛選集・毛詩集あわせて
100億部。毛バッジ85億個が生産され金属が相当無駄に浪費された。



238 :世界@名無史さん:02/04/29 21:21
ようするにモ−主席は革命フェチが一生直らなかったってことか
当時はモ−ヲタもたくさんいたしな

239 :世界@名無史さん:02/04/29 21:33
最近の中国ではあんましデモやらんね。天安門事件以降当局が厳しいんだろうが
日本が70年代以降そうだったように、中国も政治の季節が去り経済の季節に成
ったことは確かなようだ。文革は操られた部分が多いけどね。
日本も、60年安保当時ブントが指揮し煽ったとはいえ、国会を十数万のデモ隊
が取り囲んだなんて今じゃ想像もつかないしね。

この前の中国の学生の靖国抗議デモは、北京の日本大使館前まで行進して何か渡
したらしいが、デモに参加したのは たったの10人! 時代は変わったね


240 :世界@名無史さん:02/04/29 21:50
>>239
ユーゴ爆撃の際の中国大使館誤爆に対するデモは凄まじかったが。

241 :世界@名無史さん:02/04/29 21:57
中国では6.70年代の日本の反体制運動なんかどう報道してんだろうか?
日共と中共は一時仲悪かったけど、新左翼が引き起こした一連の事件は
反日共で毛沢東主義を謳ってた集団もいたんだけどなあ。

242 :世界@名無史さん:02/05/02 16:58
>>235
周恩来も紅衛兵=4人組の策動で、何度か失脚しかかった。江青一派との権力闘争に
打勝つために、ケ小平の復権を実現させたのが周恩来じゃなかったっけ。

243 :世界@名無史さん:02/05/02 21:30
>>240
あれは官製デモ。

244 :世界@名無史さん:02/05/02 21:48
>>243
官製としても参加者は相当本気でやってたんじゃないかな。
個人的には日本の動員されたメーデーデモなんかのほうが
官製的だという印象があったりする。

245 :世界@名無史さん:02/05/05 00:42
>>239
当局に迫害されているとかいう法輪功は、どうなんだろ。体制打破活動なのかな?

246 :世界@名無史さん:02/05/09 11:20
>236
いない。ほとんどの人間にとって文革は悪夢。
中国最高執行部のメンバーは文革時代冷遇・迫害された経験が多いし、
庶民は暴動の被害者だったり、家族や親戚が投獄されたというケースが
多い。
加害者になることが多かった紅衛兵運動の参加者も文革終了・四人組
逮捕後には投獄されたり、大衆集会レベルで「分裂主義者・反革命分子」と
レッテルを貼られ、逆に吊し上げ・自己批判を迫られたので語りたがらない
ケースが多い。

もっとも文革を再評価しようとすると共産党的にも社会的にも歴史的にも
困るのでタブー視されているとも言えるけど。

247 :世界@名無史さん:02/05/09 16:33
>>237
まさに現代の皇帝だな。
始皇帝の頃と本質的に「も」変わっていない。

248 :世界@名無史さん:02/05/09 17:18
>>247
全然違う
始皇帝はそんな絶大な力は持ってなかった

全体主義は近代に特有の現象であり、
マスメディアや近代的な通信、交通システム
近代的武力などを利用することによって初めて実現する

文革時代、いくら貧しかったとはいえ、
毛沢東の指示を即時社会の末端まで伝達できる程度の文明の利器は利用できたはずだ


249 :世界@名無史さん:02/05/09 17:19
毛主席語録を何億部も印刷してばらまくことも始皇帝にはできなかったことだ


250 :世界@名無史さん:02/05/09 17:22
あの有名な焚書坑儒で坑められた儒者の数を考えてみよう
たったの400人だ
始皇帝といえども当時の権力者のできたことなんてその程度


251 :世界@名無史さん:02/05/09 17:25
まあ、そういうことなんで、始皇帝などの前近代の専制君主を
毛沢東、ヒトラー、スターリンなどの現代の全体主義社会の独裁者と同一視するのは間違い


252 :世界@名無史さん:02/05/09 17:51
始皇帝は匈奴をオルドスから駆逐したが毛沢東は沿海州からロシアを追い出せなかった。

253 :世界@名無史さん:02/05/09 19:16
>250
始皇帝の時代の400人てすごくない?
今の中国は13億人だが始皇帝の頃は1億もいなかったんじゃないか?


254 :世界@名無史さん:02/05/09 19:52
そういや「毛沢東の私生活」
と言う本を書いた著者が、暗殺されたと聞いたけど
どうゆう風に暗殺されたの?アメリカにいたんでしょ

255 :   :02/05/09 19:57
フルシチョフのスターリン批判がソ連にとって致命的だったように、
今後、中共が毛批判をすればシナはくたばる。

256 :世界@名無史さん:02/05/12 01:34
>>254
暗殺されたって、初耳だけど新聞か雑誌記事?。
「毛沢東の私生活 上・下 文芸春秋社 1994」の原著者で元主治医の李志綏の
事だと思われるが。

257 :世界@名無史さん:02/05/12 01:55
毛沢東の私生活(上)、(下)  著者:李志綏  出版社:文春文庫
  本書が発売されて3ヶ月後に、著者が自宅浴室で遺体となって発見。
北京政府は「事実無根の書」とし発禁扱いに。本の内容より著者の死因がミステリー。
http://www04.u-page.so-net.ne.jp/ra2/cn-gv50y/Infomation.htm

258 :世界@名無史さん:02/05/13 00:38
>>254
有り得ることだなあ

259 :西国のアズマ帰依者:02/05/13 01:10
>>248
壁新聞と新聞いうメディアしかない中国で全体主義という議論はちょっとなあ。
むしろ全体主義理論にしてもなんだけど、理論は中国の存在を説明できるか?
ということで試されてる気がしてるんだがね。

260 ::02/05/13 10:12
国際派日本人養成講座の既刊検索でしらべられる。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm

261 :世界@名無史さん:02/05/13 10:30
「文化大革命」とは、共産主義の矛盾に気づき自由化しよう
とする流れを、むりやり原理主義で押さえ込もうとした
共産主義のあがきだろう。

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