5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

日本人の自然観を問う

1 :天之御名無主:01/09/03 16:47 ID:N1dPYP5U
日本人は古来自然を愛してきたはずなのに、どうして自然を破壊
するようになったのでしょうか?

2 :天之御名無主:01/09/03 17:34 ID:dDqrel5I
>日本人は古来自然を愛してきたはずなのに

上記の文章ですと破壊してないような印象を受けるけど、本当に自然を破壊してないの?

3 :天之御名無主:01/09/03 18:44 ID:WP3kjVXo
>>1
「愛して」きたのではありません。
「愛でて」きたのです。

そして、今でも自然を「愛でる」風潮は残っています。
ただ、「愛でる」ためにしばしば自然を傷つけることが
あるのが残念です。

4 :土建の御名主:01/09/03 20:54 ID:W2Z1qYWc
海であれ、山であってもわしら「土建の神」の

思いのままじゃ アレー。

5 :天之御名無主:01/09/04 09:14 ID:X9h31M6c
日本人の態度は今も昔もそんなには変わってないよ。
昔は自然が豊かだったからいくら破壊活動をしても表面には現れて来なかっただけ
だよ。

6 :天之御名無主:01/09/05 00:41 ID:cKTy3axs
江戸時代やそのもっと前にも、大規模な焼き畑してはげ山になったり山崩れや洪水が
多発したために幕府などが焼き畑を禁止するといった命令を出したり、戦国時代には
武具で使う鹿皮を確保する為に鹿の乱獲が行われ、西日本で急速に鹿が減ったために、鹿皮を
現在の東南アジア地域から大量に輸入したりといった事例があります。
 実際に自然保護や資源保護の思想は民俗世界ではあるのですが、人の欲深さは
今も昔も変わらないかも知れないですね。

7 :天之御名無主:01/09/05 03:26 ID:iX5bAyaw
畏怖の対象が科学の発達で急激に力を失ったからではないでしょうか。
夜の闇→電灯、深い森→林道森林開発、狼→鉄砲、伝染病→ワクチン等。
特に石油の登場から急速に破壊のスピードが加速した。石炭までなら
なんとか自然の浄化作用に依存できたかもしれない、と言う話を聞きましが
これらは遙か昔の先祖の亡骸です。地球のお守りとしてそっと埋めておく
べきだったのではないだしょうか。

8 :JTF谷:01/09/05 06:02 ID:fUd3u1QQ
自然を破壊する事が目的で破壊している人間なんてそういない。
みんな「生きている」だけ。昔も今も関係無く一生懸命に、
または無気力に、生を謳歌しているだけ。

その過程で人間が自然を破壊しているということは、
また今も昔も変わりが無い。
人間という単語が既に自然の対極を象徴する様に。

そうただ生きているだけ。
しかし、人は強大な力を日常にしてしまった。
いつでも自分自身を滅ぼせる力を日常にしてしまった。

彼らはいつも生きているだけ。
振り回す鉈が諸刃になり自らを傷つけたとしても、
彼らを支える自然を滅していたとしても、
生きるのに夢中な彼らが気づくわけがないから。

9 :天之御名無主:01/09/05 07:59 ID:6Ig0acd2
>特に石油の登場から急速に破壊のスピードが加速した。石炭までなら
>なんとか自然の浄化作用に依存できたかもしれない、と言う話

嘘うそ。
まず農耕の開始で田園というヒトの手で改変された環境が広がり始めた。

第二に家畜と鉄器の利用で開墾の速度が上がった。

決定的なのは火薬と銃の発明だね。
これで天敵をも圧倒でき山の神を畏怖することがなくなった。

石炭と石油の差は、動力源として使用できるまでの技術レベル
社会レベルの差と混同しているものと思われ。
一般的に石炭のほうが不純物が多く、燃焼時や燃焼後に廃棄物を多く出す。
熱量あたりで換算すると環境への打撃も石炭のほうが大きい。

石炭の利用で熱源や動力を得た社会が急速に拡大を始め、
やがてより高効率な石油の利用に変化していっただけだ。
石炭のまま拡大を続けていたら、今ごろ地球上に青空は無かったかもね。

いずれにしろ問題は版図の拡大であって、燃料の種類や効率の問題じゃないよ。

10 :天之御名無主:01/09/05 23:48 ID:DggVPXP.
↑全くそういうこと。

11 :天之御名無主:01/09/06 08:25 ID:x0mmSse.
>石炭までならなんとか自然の浄化作用に依存できたかもしれない

って話もさ、だったら人間は自然の浄化作用の限界や
地球上の資源や環境的な限界なんてものに思い至る事もなく
拡大の道を突っ走って、やがて限界にぶち当たって絶滅してたかもよ?
世界中がサハラ砂漠みたいになってね。

むしろ、滅びを見る手前でその危うさに気づくことができたという
幸運を喜ぶべきじゃないかと思うけどね。(かなり瀬戸際っぽいが)

いまは石炭火力も(先進国では)かなりクリーンなものになっているよ。
排煙の中の煤煙や硫化物の多くを回収する技術ができているからね。
けど、そういう技術にも石油化学製品を必要としているし、
石油化学製品を使って科学や社会が維持発展を続けたから
手に入れることができた技術だよ。

念のために自分は科学万能主義などではないと前置きした上で
言わせて貰えば、こういう安易な自然回帰願望を
なんとなくイメージで語ってしまえる危うさに気づいてないでしょ?
自分の偏向ぶりを自覚できないうちに人はこうあるべきだったなんて
おいそれと語るようなものではないと思うのだけど。

12 : :01/09/06 08:50 ID:DMkcGRRY
埼玉県のとある町で、自然を壊したら、壊した分の面積森を再生しなければならないという条例ができました。

13 :天之御名無主:01/09/06 15:42 ID:YG9xJgFc
技術の発達に伴って自然破壊が加速したという事ははよくわかりました。
ただこれからもどんどん技術が発達していくと思うんですが、人の認識は
このまま変わらなくてもいいのでしょうか?かなり瀬戸際なんですよねえ。

14 :日本の底辺的観点からですが:01/09/06 16:11 ID:exkDt/So
とりあえず木を1本切ったら、1本植えるくらいしないと。

15 :ひでよし:01/09/07 13:19
>>9
「火薬と銃の発明」により「山の神を畏怖することがなくなった」というのは
「もののけ姫」そのもの、という感じですね
劇中でも「神殺し」という武器が出てきますし

道具の発明が自然破壊を加速させたという意見には同意します

16 :天之御名無主:01/09/07 21:42
自然破壊は、ゆゆしきことだ。
だから植林などにより、自然を恢復させる運動は歓迎できる。
しかし、木や草花であれば、何でもかんでも植えていいんだろうか。

「瀬戸内オリーブ基金」なる運動がある。
ゴミ廃棄で汚れきった瀬戸内の島々にオリーブを百万本植え、
瀬戸内に自然を蘇らせる計画らしい。
なぜ、地中海に自生するオリーブを瀬戸内に植えるのか。
オリーブは明らかに日本の植物ではない。
自然は蘇るが、民族の情緒はグチャグチャに破壊されてしまう。
書店の児童書コーナーから日本の昔話が追いやられ、
ピーターラビットなんかが幅をきかせているのと同じだ。
もっと、その地域のコンテクストに沿った植物を
植えられないモノか。

17 :天之御名無主:01/09/08 23:30
え〜飛び入りです。

>>3
「愛して」きたのではなく、「愛でて」きた。というのは、重要だと思います。
それも、自らの好みで”自然”を作り変えたものを「愛でて」きたわけですよね。

日本人の自然との付き合い方がそういったものであったと考えたほうが、スト
レートだと思います。

>>6
江戸期の山林の荒廃を指摘してらっしゃいますが、その通りだと思います。
実際、明治初期の写真を見るとほとんどの里山が裸同然になっていますよね。
>人の欲深さは変わらない
というか悪化してますね。って夜中にPCから書き込みしてる時点で僕も十分欲深い
ですが・・・

>>7
畏怖の対象が、技術革新によってとのことですが、そもそも自然をコントロールしよう
とする意思が自然の破壊をもたらす。と考えていいんでしょうか?

>>8
確かに、自然を破壊しようとする意思よりも、生きるために必要だから手を加える。という指摘は
もっともです。ただ、日本人の自然観を考える上で重要だと思うのは、手を加え、生態系を作り
変えるが、生態系自体が破綻するような手の加え方をしなかった。という点でしょう。

日本人にとって自然は対立するものというよりも、付き合っていくものだったと思います。
稲作は典型的で、確かに自然を加工してはいるんですが、常に自然に手を加えることで、一定の
状態を保つことを可能にしています。(機械化以前の話ですが)

それに対し、自然を人間と対極に置くのはキリスト教的、一神教的な思考だと思います。
現代科学は、キリスト教社会で成立したことを思えば、科学技術が自然と対立している現代の構図は
非常にわかりやすい気がします。





日本人の自然観は、あくまで”人間からみた自然”です。

18 :天之御名無主:01/09/09 12:24
環境保護運動はキリスト教社会の方が過激だよね(笑

19 :ひでよし:01/09/09 16:22
日本で松茸が採れなくなったのはなぜか?というのを読んだことがあります

その本によると松茸が採れなくなった最大の原因は山林の荒廃にあるとの
ことでした
松茸は雑木林の地表に生えるのですが、他の草によって日差しを遮られると
成長することができなくなるんだそうです
炭や薪にするために木を切り、家畜の餌にするために草を刈るなど適度に
人の手が入った状態に保たれた状態が松茸にとっては最も生育に適して
いたようなのです

今では電気やガスなどが普及し、農業の機械化が進み、人の手が
入らなくなった山林はどんどん荒廃していったのです

>>17さんの言うように「日本人にとって自然は・・・・付き合っていくもの」で
あり、「常に自然に手を加えることで、一定の状態を保」ってきたのです
それが生活様式の変化や人口の流失、そして決定的だったのが自然には
手を加えてはならないという誤った認識を持ったことにより現在のような
環境保護運動になtったのだと思います

適度に自然に手を加えるという易しいようで難しいことを昔の日本人は
日々の生活の中で実践してきたのです
そこに学ぶべきことは多いと思いますが、皆さんはどうお考えでしょうか
ご意見をお待ちしております

20 :訂正です:01/09/09 16:27
>>19
「環境保護運動になtった」 → 「環境保護運動になった」

こういう細かい所まで気になる性格なんですよ

21 :17:01/09/09 18:01
>>19
松茸が採れなくなったの最大の原因が山林の荒廃〜
というくだりが文中にあったようですが、これは日本人が考える山林の姿をよく現していますね。
人の手が入らないことを”自然”とするならば、「山林は”回復”している」と書かれるでしょう。
この辺りが、アメリカやヨーロッパのの”自然保護”との違いであるような気がします。

あと、学ぶところが多いとのことですが、この意見に同意します。
私は、農村が住宅化しつつある地域で育ちました。環境社会学を勉強している絡みもあり、地元の
古老に話を聞くことがあるんですが、本当につい最近まで自然と関わりながら暮らしてきたようです。

山や川での遊び(稼ぎではない様々な行為、とでもとらえてください)を通じて、様々なことを自ずか
ら学んでいたんでしょう。実際、40cm弱のアユを釣った話しや、松茸山の権利の配分などの話を聞
いて、羨ましさを感じたものです。

現代の辛いところは、それらをわざわざ学ばなければならないことでしょう。
話をしていても、「勝手に覚えるんもんだろ、ゴルァ!」という感じがしてジレンマを感じます。

11>>
>念のために自分は科学万能主義などではないと前置きした上で
>言わせて貰えば、こういう安易な自然回帰願望を
>なんとなくイメージで語ってしまえる危うさに気づいてないでしょ?

うーむ、鋭い指摘ですねぇ。
安易なイメージで語れる危うさですか。おっしゃる通りです。
環境保護=善である。という命題を信奉する方々なんかが典型かと。

常に、イメージの安易さに依ってしまう危険性を自覚することは重要ですね。
特に私なんかは、子どもの遊びなどを通じて、地域の歴史を紐解く。といったアプローチで
切り込んでいるので、気を付けたいと思います。

22 :天之御名無主:01/09/10 07:13
うーむ、鋭い指摘ですねぇ。
安易なイメージで語れる危うさですか。おっしゃる通りです。
環境保護=善である。という命題を信奉する方々なんかが典型かと。

ホントすか?
>こういう安易な自然回帰願望をなんとなくイメージで語ってしまえる危うさ
に気づいてないでしょ?
それは何にも考えずに流される事よりもヤバイすか?全く気づいてないので
厨房にもわかるようなレベルで教えて下さい。

23 :天之御名無主:01/09/10 08:43
宮脇昭氏の「日本本来の植生に沿った森づくり」という手法に興味あるんですけど。
あ、でも私は某流通企業の回し者じゃないですよ。

24 :愚痴なのでsageとくよ:01/09/10 10:35
うちの実家は山の中。春になると遠くの町からたくさんの人が車でやってくる。
目的は山菜とり。行楽を兼ねた家族連れが一番多い。ゴミは捨てるし、山菜は
根こそぎとっちゃうし、ついでに畑のものまでもってっちゃう。地元の人間に
とっちゃえらい迷惑だが、本人たちは自然愛好家きどりなので二度ビックリ。
一度、文句をいったら逆ギレされて大変だった。作業小屋に火をつけられた人
もいる。だから、今はみんな諦めて何も言わないようにしている。山菜がとれ
なくなったら、たぶん、みんな来なくなるだろうって。(鬱)

25 :天之御名無主:01/09/10 14:13
片っ端から木を切り倒して杉なんか植えやがって、
なにが自然と共生だい。

この世で何を恨むって、杉の木ほど恨めしいものはないやい。

26 :天之御名無主:01/09/10 15:48
>>25
おなかに虫を飼うことをオススメする(w

27 :ひでよし:01/09/10 16:16
>>25
江戸時代初期の城下町建設ラッシュを支えたのは、安定して供給された
スギ材です
つまりスギがなければ現在の日本はなかったということです

スギ花粉ではなく排気ガスが悪いんだ

28 :天之御名無主:01/09/10 17:00
>>24
戦え。訴え続けるのだ。方法はいくらでもある。
見ないふりや泣き寝入りはいかん。

29 :天之御名無主:01/09/10 18:33
>>27
悪いのは杉花粉。としか言わないマスコミ、素直に排気ガスって言えよゴルァ!
なんで真面目に林業に取り組んでる人間が苦しまなきゃいけねぇんだ!

DriveYourDream じゃねぇぞゴルァ!

30 :ひでよし:01/09/10 21:28
>>21
松茸の話に興味を持たれたようなので、出典を 書いておきます

ものと人間の文化誌84「松茸」(有岡利幸、法政大学出版局、1997)

「子供の遊びなどを通じて、地域の歴史を紐解く」環境社会学とは
なかなか面白そうですね
機会があれば、それについて聞かせてもらえれば嬉しいです

31 :このまえ:01/09/10 23:50
ラジオで話してたのをなにげなーく聞いてたんですが
東北のほうでは木を伐ったあと木の魂を慰めるために
「木魂碑」とかいうのを建てて供養されてるとか。
屋久島では木を伐っていいかどうか森の神様におたずね
してたとか。(これはずいぶんまえのTVの話)
森林関係の方ってそういう考えかもなあって思ったんです
けど、どうなんでしょう。

32 :天之御名無主:01/09/16 07:08
>>29
禿しく同意!

33 :>:01/09/16 23:33
日本人(のみならず東アジア人たいてい)にとって
自然とは「自分の脳内自然」だから。
だから自分の目の前の「自然な自然」が破壊されても
こころがちょっと痛むだけなのさ。

頭の中の自然、イメージとしての自然は傷つかない。
いつまでも幻想の中に息づいている。
「美しい日本の私の、美しい日本の自然」・・・
奇妙な話に聞こえるかもしれないが、そうとしか言い様がない。

34 :考える名無しさん:01/09/17 05:22
植林もちゃんと手入れさえすればいい森を維持することができる。
基本的には物事が循環していたのが昔の日本人の生活。
でも、今は人口増えすぎてるし、そういう自然の循環システムを
知らない生活を送っている人がほとんど。
そりゃ気にしなくなるでしょう。

35 :天之御名無主:01/09/27 16:52
age

36 :天之御名無主:01/09/27 20:07
神教自体はシャーマニズムに近いような気がする。
自然崇拝は原始的で初歩なのかな

37 :天之御名無主:01/09/27 21:48
神教って何?

38 :天之御名無主:01/10/01 12:44
日本人は神(自然)と共存してきたのです。
また日本人の言う神とは近寄りがたい物ではなく
そこかしこに存在し、親しみやすい神だと思います。

39 :天之御名無主:01/10/01 16:46
>>38
例えは良くないが
「もののけ姫」見てみ、神を狩り立ててるぞ。

神(≒自然)ってのは「かろうじて共存可能な敵」と言えるんじゃないか?
恵を与えてくれる、っちゅーのも
「胎児は母体を騙して栄養を強奪している」というのと同じに思える。
親しんで共存なんかしてない。
双方の闘争の中でバランスがとれていた
ヒトの勢力が強くなれば、当然カミは滅びるさ。

40 :天之御名無主:01/10/01 17:00
>>39
「触らぬ神に祟りなし」ってのも日本的な神観念ですしね。
ただ、敵だとか味方だとかいうのはちょっと違う気もする。

41 :天之御名無主:01/10/02 08:28
(負荷がかかるからこれでね>39
神が滅びると人も滅びるさ。

42 :天之御名無主:01/10/16 09:22
利用のみでなく、感謝する感性もあったのでは?
世界の砂漠地帯は、はじめからでなく人間が
資源を利用した結果だったはず。

43 :ひでよし:01/10/16 10:58
白神山地が世界遺産に登録されて、それまで利用していた入会地で
伐採などができなくなったと聞いたことがあります
「いい森」を維持するためには、人間が自然に適度に手を入れることが
必要になってくるのに、このままで白神の森を守れるのか、個人的には
疑問を感じています

44 :天之御名無主:01/10/19 02:57
>>43
「人間にとって都合がいい森」の間違いでしょ?

45 ::01/10/19 03:30
シャーマニズムはかろうじて現存しているけれども、
アニミズムはほとんどなさそう。

46 :ひでよし:01/10/19 06:58
>>44
その表現はあまり適切ではないと思います

僕は手入れをされなくなったスギの人工林を見たことがあります
下草は伸び放題、枝は横へと広がっているが、葉はほとんど落ち、
木は上へと伸びてはいるが、その幹は細く、力強さのかけらもない
それと同じような姿は、人工林、自然林を問わず、日本のどこにでも
見ることができるでしょう
そんな森を増やすことが自然保護なのでしょうか?
あなたのご意見をお聞きしたいです

47 :天之御名無主:01/10/19 11:45
>>46
>そんな森を増やすことが自然保護なのでしょうか?

まったくそのとおりですが何か?
だいたいあんたの例に出している針葉樹林なんてもともと日本には殆ど存在しなかったもの。
それが潰れて、本来の極相である照葉樹林や夏緑樹林に戻ろうとしているのはしごく当然で
それこそ環境保全の一歩先をいく環境復元だと思いますが?

48 :ひでよし:01/10/19 15:52
「針葉樹林なんてもともと日本には殆ど存在しなかった」というのが
いつの時代のことを指しているのかはよくわかりませんが、現在の
日本に存在する針葉樹林がすべて人工林だというわけではありません

古代から自生していた森もあったでしょうし、近世になって急増した
需要に応えるために植林された森もあったでしょうし、戦後になって
減反政策の一環として棚田を潰して作られた森もあるでしょう
しかし、全体の比率で言えば、山林における人工林が占める割合は
それほど高くはないと思います

奈良県の吉野地方は良質のスギの産地として知られていますが、
現在も行われている育成的な林業を確立したことでも有名です
その吉野地方においても北部には人工林が90%を超える村も
ありますが、南部においては30%ほどの村も多くあります
吉野地方ですらこのような状況なのに、全国ではその数字がもっと
低くなることは明らかです

環境を保全するのではなく、復元しようという発想自体を否定する
つもりはありませんが、山に生きる人々に目を向けない保護政策が
最善の方法だとは到底思えないのです

49 :天之御名無主:01/10/19 15:58
http://www.f2.dion.ne.jp/~goldman/

50 :天之御名無主:01/10/19 16:02
本来の極相に戻れるのか?それも問題でないか?
復元の前に土壌が流れて山が死ぬぞ。
極相に戻すにしても、適切な管理が必要と思われる。

51 :天之御名無主:01/10/19 18:27
そもそも人間が自然を管理しようというのがオコガマシイ。

52 :田中洸人:01/10/19 22:14
http://nara.cool.ne.jp/mituto
「酸」と関係ないのになぜ「酸素」?

53 :天之御名無主:01/11/06 09:11
ヒグマと地元住民の戦いは昔から続いていた。
今では絶滅危惧種だから殺すな!とか言われてるけど。
安易な共生論は悲劇しか生まないね。

54 :天之御名無主:01/11/06 09:48
人間が自然を管理しようというのがオコガマシイという発想が、
似非エコロジストめいていてむしろオコガマシイ。

人間は自然を切り開き、支配することでしか生きていけません。
西洋人は自然を支配し、東洋人(日本人)は自然と共生してきたなど
とは戯言程度にしか思えない。
産業革命に立ち後れた東洋人がかろうじて自分を慰めるために言い出
したことなのではなかろうか。

55 :通りすがり:01/11/07 03:17
>>53
賛成。ただ、森を住処として放置してきたのも事実。
戦いを続けるためにもクマには絶滅せず残ってもら
わなくては。

56 :16:01/11/08 19:56
     【緑化運動が、日本の情緒を破壊してる!!!!】

◎瀬戸内オリーブ基金趣意書
〓〓〓前文略〓〓〓
私たちはこの考えのもと、かつての緑あふれる自然の再生を目的とし、
豊島及び直島から瀬戸内海周辺一帯を対象にオリーブの木をはじめと
した緑化活動を行うため、内外の多くの方々に志を募ることを決意し
ました。この運動は、そこで生活する人々と共に植樹し、育てつづけ
ることによって、一人一人が環境を守り、自然と共に生きてきた人類
の原点を見直す意識を促そうをするものです。そして、大きな打撃を
受けた豊島をはじめとする瀬戸内海の島々を結び、次の世代へ美しい
ふるさとを託すことを目的としています。多くの方々にこの趣旨をご
理解いただき、ご協力いただけることを心から願っています。


                    呼びかけ人 中坊公平(弁護士)

                          安藤忠雄(建築家)











57 :16:01/11/08 20:06
      【緑化運動が、日本の情緒を破壊してる!!!!弐】

瀬戸内オリーブ基金
http:www.teshima.ne.jp/olive-kikin.htm

瀬戸内海を地中海化させてはならない!!!
瀬戸内海、豊島の風土に合った植物を植えろ!!!!
これじゃ汐留のチッタ・イタリア計画と同じだ!!!

58 :天之御名無主:01/11/08 21:30
>>54
そうだね。自然を破壊せずして人は生きていけない。
しかし人類の文明が発展しすぎて、無制限に破壊すると、
逆に自身を滅ぼすことが分かった。
だから自然保護が叫ばれるようになったんだな。
自然保護は感傷やロマンではない。
人類が生き延びるための新しい形の「自然との戦い」なのだ!
だからなんでもかんでも自然状態に戻せばいいというもんじゃない。
だったら究極的には人類は全員自殺するか退化するかしかないもんね。
ロマンと感傷だけの無意味な自然保護って結構横行してるよな。

ただその「真の自然保護」を展開する上で、
「人間も自然の一部でしかない」という東洋的視点に、
学ぶべきものがあるというのは事実。

59 :54:01/11/08 21:54
いやー、言ってることは俺もおおむね賛成。>>58

ただ、「人間も自然の一部でしかない」=東洋的視点という「通説」が
はたして本当にそうなのかな、という疑問が常々あるのですよ。

例えば中国はかつて豊かな森林地帯を抱えていたのに、陶器や兵馬ヨウ
を作るのに片っ端から木々を燃料として伐採し、今は見る影もない禿げ山
になっている、

自然の草木を神として崇める日本人は自然と調和の精神を持っているとい
われるのに、高速道路をバンバン山間部に通して、その醜悪さは欧米の比
ではない・・・

と言った例を見るにつけ、何が東洋精神なんだろう、と思うのです。

そこから見いだされるのは、人間が発達した文明や便利な生活を営む
時は、どこの国であろうと、必ず自然は征服されていくものだということ。

そもそもエコロジーなんて概念も西洋発でしょう。
前に東洋人の自己への慰めではと書いたけど、産業革命に食傷した一部の
西洋人が、自国と比較してまだ自然が残っていて、自分たちのちょっと前
と同じような「貧しいけれど、自然を壊さない」生活をしているのを見て
ノスタルジーのあまり、作り出した幻想、という可能性もあるな、と
思いなおしています。

60 :通行人:01/11/10 01:17
飛び入りです。
>>17さんの↓が集約意見かとおもいます。
>日本人にとって自然は対立するものというよりも、付き合っていくものだったと思います。
>稲作は典型的で、確かに自然を加工してはいるんですが、常に自然に手を加えることで、一定の
>状態を保つことを可能にしています。(機械化以前の話ですが)

ほぼ同意なんですが、1点追加。
自然を加工し一定の状態を保つ、という所からは拡大再生産の考えは生まれないのでは。
それが、江戸時代までの間引き・姥捨てという形で人口増加を防いでいたのだと思います。
機械化したから人が増えたのか、人を増やす為に機械化したのか、どっちかは判りませんが、
自然環境維持(生産力一定)と人口増との相剋について誰かレス下され。

61 :天之御名無主:01/11/10 05:12
生産力が一定?
人口増えたら新田開発してるじゃない。
もう有史以前から脈々と。

62 :天之御名無主:01/11/10 11:08
生産力が低くても、交易すればいいんじゃない?
山の中の村だったら、無理して棚田で米作るよりも山の幸を
麓の町まで持って行って米と変えるほうがいいって

63 :天之御名無主:01/11/10 11:16
62の言ってることはわけわかめ。

64 :ひでよし:01/12/28 17:16
泉南地方で調査をしたときに聞いた溜池に関する話です

その地方には農業用水を蓄えておく溜池が多かったのですが、水を
利用する以外にもいろいろな利用がされていたそうです
例えば、溜池の水を抜いた際にはフナやコイを捕まえたり、土手に
生えている草を家畜の餌にしたり、ジュンサイを摘んで食用にしたり
していたそうです

この話を聞くまでは溜池というのはただ単に水を蓄えておくだけの
ものなのだと思ってましたので、初めて聞いたときには目から鱗が
落ちるような感動をしました

65 :通行人:01/12/29 01:47
人間は自然に対して、もっと畏れを抱くべきだと思う。
ぺトンチッドを芳香させ有益だから緑を植えようとか、
護ろうというのは、一方的な人間サイドの欲でしかな
いと思う。人間と自然との関係は、もっと深いものだ
ろう。日本古来の宗教である修験道が、懐深く外来の
仏教や道教、陰陽道を絶妙に習合させることが出来た
のは何故だろうか?西洋の思想〜対立、征服の視点で
自然や考えを捉える限り、それは不可能だったろう。
産業革命以来、目の前の便利さと引き換えに人類が失
ったものは、あまりにも大きい。今こそ、人類は古に
回帰すべきだ。

66 :天之御名無主:01/12/29 01:55
バカなこと言ってら。まず、お前が回線を切って、パソコンを壊せ。

67 :天之御名無主:02/01/04 18:57
まあ今年も自然と仲良くしまひょ。
おごってはいかん。

68 :ひでよし:02/01/04 19:58
>>19
マツタケに関して少し訂正と補足をしておきます

マツタケ菌は他の菌との競争に弱く、鉱物質ばかりの痩せた土地でない
と生育しない「きれいずきの」キノコなのだそうです
マツタケが主として発生するアカマツも、他の樹木が生育しにくい痩せた
土地でも問題にしないそうです

人間が下草を刈り、落ち葉を拾い、木を切るなどの手を入れることにより、
マツタケの生育に適した痩せた土地が維持されていたそうで、それらが
されなくなったために山の富栄養化が進み、マツタケが生育しにくい森に
なってしまったそうです

69 :蒙子:02/01/06 00:10
西洋では人間も自然の一部であるという理念の下、当たり前のように自然を支配しようとしてきた。
東洋では人間と自然は別物であるという理念の下、当たり前のように自然と融合しようとしてきた。
西洋人の生み出した化学はやがて東洋人の生み出した自然的な力を否定するようになった。

70 :天之御名無主:02/01/12 17:11
>西洋では人間も自然の一部であるという理念の下
>東洋では人間と自然は別物であるという理念の下

どうでもいいんだけど、逆だと思ってましたが?

71 :天之御名無主:02/01/12 19:34
西洋東洋なんてどうでもいいんだけどね。

とりあえず、人間は昔から生きるために自然を利用してきた。
「自然を支配」「自然と融合」なんて言葉を換えただけ。
どちらも末永く自然を利用できるよう手を加えてきた歴史に違いはない。

現在の環境問題は人類の加速度的な発展により、これまでギリギリのところで
とっていたバランスが崩れてしまったこと。
つまり環境保護とはその崩れたバランスを新しいところでとり直そうという運動である筈。
ところが勘違いした輩が「ありのままの自然」やら「自然と融合」やらわけのわからんことを
言って混乱させている。
今考えるべき事は、今後も利用し続けて逝くには環境にどう手をくわえていくか、ということ。
自然なんて知ったこっちゃない。人類に都合が良いようにやっていかないと。
人類と自然は切り離せないものだから、結果としてそれが自然のためにもなる。

瀬戸内海にオリーブ? その方が都合がいいならそれもアリだろ?
問題は本当にその方が我々の利益となるか?
そして自然とは全てが連鎖している点を十分に留意しているのか?
それだけ。日本の原風景?そんなもの都合が悪くなれば忘れ去られるだけ。

72 :天之御名無主:02/01/13 02:15
そもそも杉林も日本の原風景ではない。本当の植生は広葉樹林。
が、俺の想像する原風景は針葉樹林なのでそれでいい。
オリーブは俺の想像する原風景じゃないから問題なのだよ。

73 :天之御名無主:02/01/13 17:39
>72
百年たてばそれが日本の原風景になる。
問題はオリーブ植えて何をしたいのかということと
オリーブを植える事によるリスクをきちんと考えているかと言う事。

どうも何も考えてない気がするね。
「地中海みたいな風景になれば観光客がいっぱいやってくる」
なんて現実の見えてないお役所や50年前のセンスを振りかざす
じじいレベルの発送でしかないように思われる。

せめてオリーブ植えたら今後10年単位で植生がどう変わるかぐらいの
予測はたててほしいもんだ。

74 :天之御名無主:02/01/14 15:01
>「自然を支配」「自然と融合」なんて言葉を換えただけ。
>どちらも末永く自然を利用できるよう手を加えてきた歴史に違いはない。

砂漠は、手さえ加えなかった支配(利用のみ)だった結果。
利用と活用は違うぞなもし。

宗教的観点もあるようで。

あと、台風や地震も自然だ。
人間に都合良く、自然は働きません。

75 :ひでよし:02/01/16 12:51
人間と自然の関係を考えてみる際には、「環境」と「資源」は分けて
考える必要があるのではないか、と思います

例えば、この前テレビで見たカニ漁では小さいカニは海へと逃がして
いましたが、これは「環境」保護のためではなく、「資源」保護のため
に行っていることは明らかです
これを漁師が自然保護に取り組んでいると考えることはできません

「資源」としての価値が見出されなくなり、人の手が入らなくなった
ことによって、「環境」が大きく姿を変えてしまったという例はいろいろ
と挙げることができます
「環境」を保全・復元するだけではなく、「資源」としての利用方法も
考えていく必要があるのではないでしょうか

76 :天之御名無主:02/01/16 17:49
鯨の減少は、西欧諸国の油の確保が原因らしいですね。

食べられるだけ、感謝して頂く日本の精神は残したいものです。

77 :山野野衾:02/01/16 18:47
20世紀初期になるまで、ヒゲクジラはその髯でコルセットを作る為に
ハクジラはその油を工場の照明に使う為に乱獲されたそうです。
代替品が登場したころにはすっかり減少していました。
日本では余す所なく利用された鯨ですが欧米の捕鯨船はひげと油を獲っ
たら残りは捨てて食事にはわざわざ積んで来た豚肉等を食べたとか。

78 :天之御名無主:02/01/17 04:14
ちなみに、ペリーの来航も捕鯨船への補給を求めてのもの。
メリケンの大型捕鯨船に荒らされて、日本の沿岸捕鯨は
なす術もなく疲弊していきました。
えびす様を待っていても沿岸に来る前にかなり取られてしまうので。

79 :天之御名無主:02/01/23 16:58
鹿児島にエビスサマがたくさん来られているのに、
見ているだけなんて…

今はそういうクジラも捕っちゃダメなんですか?

80 :山野野衾:02/01/23 17:23
駄目だったのが今度法改正されるとか聞きましたが、まだ駄目なんでしょう
か。それにしても感傷的なマスコミの報道はどんなものでしょうかね。
一定以上の世代が給食に出てきた鯨で育ったというのに、これではまるで親
達が悪い事した様な印象を受けます。

81 :天之御名無主:02/01/23 22:04
なぜ食わぬ。また毛唐らに苛められるのが怖いのか。

82 :天之御名無主:02/01/24 20:03
結局1頭しか助かりませんでしたね
残りの13頭は「ゴミ」ということで、焼却か埋立かして
処分しなくてはならないそうです
海の恵みを無駄にするのが自然保護というわけでは
ないんだし、なんとかならなかったんですかね?

83 :天之御名無主:02/01/24 22:14
しかも残りは海洋投棄の予定だそうだ。
もったいない。それでも黒潮文化圏の裔かと。
世界中の博物館に連絡して、骨格標本いらんか
どうか掛けあうくらいやったらどうかと。
ここでうまく立ち回れば株が上がるのに、可惜機会を
逃す田舎者の悲しさよ。

84 :天之御名無主:02/01/24 22:43
>>83
法律上、浜辺にうちあがったものは、生体だろうがなんだろうが
人間以外は一般ごみです。ですので、海洋投棄は法律上、違
反行為に相当します。

さて、どうするんだろう。皆で食っちまうてのがダメなら、犬や
猫のエサにするってのはダメなのかなぁ。

85 :天之御名無主:02/01/25 15:57
でも、普通に処理すると1頭につき数百万円かかるらしいじゃん
それなら「海に帰す」のがいいんじゃない?

86 :天之御名無主:02/01/26 02:31
けっきょく、埋めて骨だけにして標本にするんだってさ

87 :天之御名無主:02/01/26 04:23
それでは鯨も成仏できまいなあ。
調査捕鯨で獲った鯨の肉が「副産物」になるんだから、
うち上がって死んだ鯨の命も、無駄にしてはバチがあたる。
ロクにものを考えないマスコミどもはシャットアウトして、
「この先のことは地元の当事者だけでしかるべく処置する」
とでもできなかったんだろうか。

88 :しろーと:02/04/19 12:14
神仏習合や八百万の神というアニミズム的なものが失われたから
エビスサマを捨てたり自然を破壊したりしてるんでしょ?

89 :天之御名無主:02/05/06 21:22
>>52
文字の無駄な大きさが香ばしい…

34 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)