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冠婚葬祭の習慣について

1 :天之御名無主:2001/08/25(土) 01:34
博物館で地元の伝統的な冠婚葬祭展みたいなの見てきました。
非常に興味深かったです。
母親(50代)と一緒に行ったのですが
私は全く聞いたこともないような習慣を
母は当然のごとく知ってるんで驚きました。
独特の習慣とかあれば、教えてください。

2 :1:2001/08/25(土) 01:40
面白かったのが
・婚家に向かう途中で引き返したらだめ。
っていうルールがあったそうで、
(葬列の場合でもそっくりなルールがあるようですが)
母によると祝儀袋を大量に持っていき、
対向車が来ると渡してバックしてもらってたそうです。

3 :天之御名無主:2001/08/25(土) 01:50
[冠婚葬祭の習慣]と言えば民俗学等で言う「通過儀礼」や「人生儀礼」と
いう範疇になり非常に範囲が広くなってしまうような気がしますので
婚姻習俗や葬送儀礼と言ったようにもう少し絞ったほうが良いのでは
ないでしょうか?
しかし花嫁行列と葬送儀礼が似ているという点は非常に面白いですね。
どちらも家を出る前に使っていた茶碗を割ったりしますもんね。
自分も前から気になっていました。

4 :1:2001/08/25(土) 02:02
そうですね。
じゃあどっちかというと葬送儀礼の方が面白かったのでそっちに絞ります。
面白かったというか、
婚礼習俗は今でもやってることが多いのに
葬式は全然知らないことばっかりだったんで。

結婚式と葬式が似てるのは面白いですよね。
結婚式に着てきた白い着物が死装束になるとこもあるようです。

5 :天之御名無主:2001/08/25(土) 03:48
荷台が透明なトラックに家具を満載して見せびらかす(名古屋)

6 :1:2001/08/25(土) 16:11
嫁入り道具っていうのは昔からあったんですか?

7 :天之御名無主:2001/08/25(土) 16:36
私は無かったと思います。
昔は通い婚?もしくは婿取りが主流だったと聞いたことがあります。

8 :1:2001/08/25(土) 16:46
家具屋の陰謀か・・?
結納のとき渡すのは別扱いなのでしょうか。
うちの地方(徳島)は魚と酒を担ぎ桶に入れて嫁ぎ先に持っていったそうです。

9 :天之御名無主:2001/08/25(土) 19:55
3番です。絞ったほうがと言いましたが、一般的に冠婚葬祭と言えば結婚と葬式
を指すようなので大きなお世話だったかも知れないです。ちなみに冠は元服、
祭は先祖供養か年期法要を指すと思うのですけども。
>>7
嫁入り道具は時代はわかりませんが古くからあったと思いますよ。全国的なことは
専門でないのでわかりませんが、嫁入りの際に嫁入り道具に長持を持っていくのですが、
その際に「長持唄」を歌うと言う習俗を良く聞きます。大阪の南部が私の母の出身地
なのですが、嫁入り道具を持っていくときにおじいちゃんが長持唄を歌ってくれたそう
です(母は52歳)。婚姻形態は時代や地方によって変わるので画一的ではないですが。

10 :天之御名無主:2001/08/26(日) 02:20
百姓の葬式は晴れ着を着てやってたって本当ですか?

11 :天之御名無主:2001/08/26(日) 02:53
>>4>>10
晴れ着かどうかはわからないですが、葬式の時にいわゆる黒い「喪服」ではなく、
白い装束で葬式や葬送に参加したという話は今でも聞き取りできるようです。
詳しく思い出せないので、思い出すが本ででも見つけたらまた書きます。
直接自分が聞き取りをして覚えているのは滋賀県湖東地方などで葬送の時、
棺桶を担ぐ人の装束が白帷子に白袴だったと思います。そのほかの役割の
人(喪主や奥さん)でも白い装束を着る地域があったはずです。

12 :天之御名無主:2001/08/26(日) 04:51
戦前までは喪服は白だったそうです。
少なくとも死者の身内の女性は白い着物で参列したようです。
近所の人とか男の人はいろいろ動かなきゃいけないから
働きやすいよう必ずしも白とは限らなかったみたい。

13 :天之御名無主:01/08/26 19:24 ID:aC9IJ7fI
民俗学の伝統的な解釈だと、婚姻、葬送だけでなく出産も似ているという話ですよ。
それから、明治天皇の崩御の際の参列に東北の人が派手な晴着を着ていて、
警察かなにかに注意されたが、その地方ではそうするというのを聞いて納得したらしい。
要するに、冠婚葬祭時というのは、いわゆるハレの日であるので、普段とは違った服を着るということらしい。

14 :天之御名無主:01/08/26 23:45 ID:LitbC.GY
葬送儀式というのは意識的に非日常感を高めて
死という出来事の到来を象徴的に知らしめる役目を持っている。
一方、婚姻は実家から婚家の人間への生まれ変わり=「小さな死」扱い
という意味で葬式と似た点が多い。
のだそうです。
出産もある意味、死を連想しますし。
(というか昔は死に直結することも多かっただろうし)

15 :天之御名無主:01/08/29 00:34 ID:MzzwSi1Y
やっぱり人生儀礼って「生まれ変わり」なんですね〜。全体的に似てくるのも当たり前か。
葬送に付随する儀礼で有名なものを1つあげます。それは「霊呼び」(タマヨビ)
等と呼ばれる儀礼で、死にそうになった人の名前を屋根の上に上がって叫んだり、
井戸をのぞいて叫んだりして魂が戻ってくるようにする儀礼です。同系統では死にそうな人の
耳元でお米の入った竹筒を振るというのもあります。全国的にどれくらい分布しているかは
民俗地図でも見ないとわからないのですが、結構メジャーな儀礼です。まだやってる
地域があれば面白いですね。死ぬまでは呼んだりするのに、死んでからは茶碗を割ったりして
戻ってこないようにするという所が面白いですね。
変に観念的にならないこの様なスレッドが盛り上がらないのは少し悲しいのですが、
まだまだ全国には色々な儀礼があるので、「アオタン」や「わらべうた」みたいに
盛り上がったら良いな〜って思ってます。
実は明日からこの夏最後のフィールドに出ます。それでは!

16 :天之御名無主:01/08/29 01:08 ID:6JlMFTew
新潟出身ですが、葬儀の時にも赤飯でした。
ヤッパリ普段とは違う日だからって事かな?

17 :3・9・11・15:01/09/04 00:11 ID:vLI6Gk12
 滋賀県湖東地方では、けっこう葬式の時に白装束を来ていました。「白張」という
タイプみたいなのですが、自分は衣服に関しては本当にうといのでまたゆっくりと調べて
確認したいです。
 葬送から少しはずれるかも知れませんが、湖東は典型的な両墓制地帯でした。
昔から民俗学では大きな問題となっていますが、墓制の問題も面白いですね。
サンマイ(埋め墓)を4つほど回ってきましたが凄かったです!
 家の本棚を何気なく眺めていると宮田登さんの『冠婚葬祭』岩波新書
という本が出てきました。かなり昔に買ったので自分でも忘れていたのですが、
>>1さんもしよかったら読んでみてください。宮田さんの新書のなかでもまあ
面白く読める方だと思うのですが。

(注)両墓制
遺体を埋める墓と、普段参る墓が別れているタイプの墓制。

18 :天之御名無主:01/09/04 01:14 ID:kSB6bBZk
葬儀の際の服装については、たしか地方によっては今でも子供には
七五三に着るような晴れ着の着物を着せると聞いたような?
東北方面だったと思いますが・・・
いずれにしても、誰でも真っ黒の喪服を着るようになったのは
かなり最近の習慣のようです。

19 :天之御名無主:01/09/06 00:08 ID:RiQkpzEQ
>>1
ありがとうございます。是非読んでみます。

両墓制を今検索したら瀬戸内の佐柳島も有名みたいですね。
先週両親が遊びに行ったところだ・・・(塩飽水軍の模型見に)
付いて行けばよかった・・・残念。

20 :1=19:01/09/06 00:10 ID:RiQkpzEQ
>>17の間違いです。
自分にレスしてどーすんだ・・・失礼しました

21 :17:01/09/09 02:43
>>19
あまり気軽に見に行くようなモノではないと思うのですけども・・・埋め墓。
やっぱり怖いという気持ちもありますし、実際に今でも墓として機能している
地域もあるので、見ず知らずの人の眠る墓地に足を踏み入れるのはなんとなく
倫理的にも悪いような気もしますしね。だから勉強のためにと地元の人に言ってから
見に行く方がいいと思います。
でもさっきネットで見ると本当に観光案内みたいな感じで両墓制を取り上げている
町もありますね。

22 :3=17:01/09/09 02:56
そうそう。埋め墓を見る一つのポイントは、埋めた場所に卒塔婆などを
立てるのですが、その周りに木や竹などで囲いを作る地域があります。
関西などではよく見かけるのですけども、なぜ囲うかについて現在二つの
代表的な説があります。
(1)埋めた遺体を山犬などに荒らされなくするため。
(2)霊魂が出てこないようにするため。

(2)は確か五来重さんが言っていたように思います。囲う形も色々あるので
面白いと思います。でも1人で行くと本当に怖いですよ!!

23 :天之御名無主:01/09/29 18:50
沈んでたな〜
葬式の衣装=黒の喪服というイメージが、みんなの事例報告により
最近創られてモノであるという事が、判明したなかなか
有意義なスレッドなんですが・・・専門的になりすぎると
倦厭されるのかな〜?気軽に書き込みできなくて?
それとも冠婚葬祭という重要な民俗に関心が薄いのか?

24 :天之御名無主:01/10/24 00:34
母方の祖母の葬式の時、
喪主やった叔父が、白の裃を着ました。ビクーリ。
近所持ち回りらしく、クリーニングのタグついてたのが印象的。
えっと、それほど田舎ではないと思います。
愛知県、三河地方のこと。

冠婚葬祭、特に葬送儀礼には、私も興味あります。
死に関する事だから、あまり公には語りにくいのでしょうか?
こうした情報の積み重ねで、何かが見えてくるといいですね。

冠婚葬祭板でも、探すと興味深いレスありますよ。

25 :天之御名無主:01/10/24 09:34
座棺から寝棺への移行に関して調べたとき感じたのだが、案外最近変わった習俗を
相当昔からのことと考えられていることが多いようだ。
たとえば、神前結婚式もそうだし、喪服が黒になったこともそうだ。この喪服は、
遺体(遺骨)を「土に返す」という言い回しとともに明治以降のキリスト教の影響
が強いような気がする。

26 :天之御名無主:01/10/24 12:52
中国文化圏(華僑)では、今でも喪服は白です。
白いチャイナドレスは葬式用とか。

25さんの言うように、明治以降の西洋文化移入で、
冠婚葬祭にも大転換があったのでしょうか。
廃仏毀釈に伴う、神道と仏教の役割分担(?)も関係している?
詳しい方解説願います。

ところで、座棺から寝棺に移行したというのは、いつ頃ですか?

27 :天之御名無主:01/10/24 14:52
江戸時代は神主も仏教葬を強いられ、有髪である神主がなくなったとき
無理やり剃髪され、随分遺族がつらい思いをしたことなどが記録にのこっていま
す。維新後には、仏教僧が神道の布教を義務付けられるようなことが一時あ
りました。役割分担というより、国家神道となった神道が冠婚葬祭すべてに
介入してきたというのが実態のようです。
 棺については、結論を言えば民俗の転換期であった1950年代を中心に、
自治体が公的な火葬場を設置したことによるようです。燃料の消費効率から
寝棺になったわけです。もちろん土葬から火葬への増加もからみます。

28 :天之御名無主:02/01/01 14:58
昨日テレビでやってた
ムカサリ絵馬について教えて。
死後結婚の慣習?ってよくあんの?

29 :>28:02/01/02 02:07
『東アジアの死霊結婚』(松崎憲三編 1993年 岩田書院)に詳しくあるぞ。

30 :天之御名無主:02/01/11 13:42
白の喪服
儒教から来ているのではないでしょうか。儒教では、喪に服す期間は、質素を旨とする考え方があるようです。
ですので、儒教では、昔は、服喪の間わざとボロの服を来て、食事もほとんど取らない様にすることもあったとか。
その後、簡略化が進み、飾りけの無い白い着物を着るという形で残ったのが、中国から仏教とともに流入したと考えることはできそうです。

死者の着物を左前にする理由は、「さかさまの理論」が働くからだそうです。
つまり、黄泉の国はこちらとはさかさまである。という考え方があったそうです。
だから、無作法とされることをわざとすることがあるのだそうです。
左前に着せれば、あの世では普通になる。 というわけですね。

あと、郷里では、「一人でお墓に行くとご先祖様に連れて行かれる。」と祖母に言われたことがあります。
近隣ではそういう考え方はあまり無いようでした。

31 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

32 :天之御名無主:02/01/16 22:47
>>12
>戦前までは喪服は白だったそうです。少なくとも死者の身内の女性は...
とは、どの地方の話でしょうか。戦前の農村部では、白無垢の和服を各自あつらえ持っていたとは
想像し難いのですが。貧困と多産からして、冠婚葬祭の婚祭両用の黒紋付和服だけで精一杯では。

33 :山野野衾:02/01/17 13:06
>32
4の方の様な例も多かったのでは無いでしょうか。

34 :天之御名無主:02/01/20 10:53
>>32
貧乏な場合、隣近所や一族で貸し合ったりしたのではないでしょうか?
今でも、特に和服の喪服はレンタルを利用する人が多いようです。

葬列で、五色の旗や四門、頭にかけるさらしなどは、隣組で持っていて、使ったら洗って返すようです。
葬儀用品なども、昔は隣組などでもっていることが多かったそうです。
維持管理の手間や隣組自体の消滅などによって、個人の貸し出し業者→葬儀屋から借りる形に変わっていったと葬儀屋さんに聞いたことがあります。

35 :34:02/01/20 10:56
もちろん、個人が着る死に装束は別に用意すると思いますが。
自己レススマソ

36 :天之御名無主:02/01/22 01:17
以前、中央線で山梨を通過した時の話ですが、車窓から外を眺めていると
線路沿いの墓地が眼に入ったのですが、おそらく新墓と思われる墓の前に
赤・青・緑(だったはず)の3色が一組になった幟が立てられていたのを
2〜3件ほど目にしたのですが、これは山梨特有の習俗なんでしょうか?
それとも他府県にも同様の習俗があるのでしょうか?ご存知のお方ご教示下さい。

37 :天之御名無主:02/01/22 10:08
>>36
>赤・青・緑
これに黒と黄色を足すと、仏教で広く使われる五色の旗の色使いですね。
曹洞宗のお寺の内陣にはこの五色の布が張られていることがあります。
宮城県の仙台周辺の田舎では、葬列を組む場合、五色の旗(それぞれの色
の五本の幟)を持つことがあります。お墓には立てませんが…。


38 :天之御名無主:02/04/29 23:17
近所で葬式あったとき小さな女の子が全身真っ赤な衣装(靴等も)だったのが印象的だったなあ・・・
うちは引越してきたよそ者なんで地元のことあんまりわかんないんだけどね。
すごい気になる・・・

39 :天之御名無主:02/04/29 23:41
どこの地方??気になる。

40 :38:02/04/30 17:47
>39
近畿と東海の狭間で揺れ動いている県です。
あんまり言うとバレるので(ワラ

41 :天之御名無主:02/04/30 18:02
三重?
違うかな。笙野頼子の「二百回忌」という小説で
真っ赤な喪服という描写があったけど、
彼女も三重県出身のはず。

42 :39:02/04/30 20:34
>>40
いやいや、このスレでは「喪服は白か黒か」ってことで地味に盛り上がって
たので、そこの「赤」が出てきたってのは凄いことだと思います。
ゼンゼン知らなかった!

43 :38:02/04/30 22:29
>41
大当たり!(w
バレバレでしたか・・・
そんな小説があったとは…興味深いですなぁ

44 :天之御名無主:02/05/01 20:11
喪服の色や形状なんか面白いですね。ちなみに遅レスですが、
>>36さんの幡は葬列の時の持ち物である「野道具」の中の幡
じゃないでしょうか。幡や提灯など色んな物を持って墓まで行列し、
それを墓において来るというか飾って帰るというのはそこそこ一般的
なんじゃないのかな〜?>>37さんの所は墓に立てないないみたいだけど。
野道具は基本的に派手なような気がするし。


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