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人柱について

1 ::2001/08/06(月) 01:07
 僕の近所の溜池には人柱の伝説があって、
犠牲になった乙女をマツっている神社まであります。
これってほんとなんでしょうか?
人柱なんてほんとにあったのか疑問です。
溜池にはそういったなんらかの伝説がくっついてる場合が
よくあると聞いたこともありますが。
誰か人柱について詳しい人教えてください。

2 :天之御名無主:2001/08/06(月) 01:20
ロンドン橋・・・

3 :非決定性名無しさん:2001/08/06(月) 05:12
ここが参考になるかな。
http://www.bekkoame.ne.jp/~allan/fes320.html

本当は、この前の319番がオモシロイんだが非公開となっている。
公開してもらうよう頼んでみては?

4 ::2001/08/06(月) 07:18
>>3
ありがとうございます。
319番興味津々です。さっそく頼んでみます。
320番の南方熊楠の人柱についての見解、気になる。
図書館行ってきます。

5 :非決定性名無しさん:2001/08/06(月) 08:03
たぶん、公開してくれないと思われ。
ここはヒッソリとしてたが、やばい所にまで話を広げたので自主規制の
形で非公開となりました。
俺の壊れたPCのディスクにほとんどの記事が入ってるんだが、その内
何とかしたい。

6 :非決定性名無しさん:2001/08/06(月) 08:11
記憶は曖昧だが、関東大震災で皇居のどっかが壊れて、それを修復する為
基礎を掘り返したら人骨が数体出てきた、ちゅう内容だったような。

で、問題になったのは、天皇家も人柱立てたのかどうか、だったと思う。
こういう事、あんまり書くとマズイかしらん。

7 :天之御名無主:2001/08/06(月) 08:57
民話には沢山あるよね
有名なのは
「雉子も鳴かずば撃たれまい」っていうのがありますね。

8 :nanashi:2001/08/06(月) 09:47
>>7
長柄の人柱伝説だね。
「物いわじ 父は長柄の人柱 鳴かずば雉も 射られざらまし」

>>6
大正時代、皇居二重櫓下から、人骨が出てきて人柱か否かの論争が起きた
らしいね。
そのとき、南方熊楠が「人柱の話」と言う随筆を書いて、実際に近世まで
人柱が行われていたこと説いた。

9 :スネーカー教徒:2001/08/06(月) 10:43
人柱の伝説、習俗は世界中にあるそうです。ボルネオのミラナウ族は柱穴を
堀り奴隷娘を落として殺しました。朝鮮では1528年に成同という人物の
隣家の子供達が突然失踪しました。実はこの成同という人物が家を建てるときに
埋めていた事が発覚しました。ソロモン諸島ブーゲンビル島のブイン族
人狩りをし、その奴隷を殴り殺して頭、手、足に解体、柱壁に縛り、これらに
槍と矢を投げる。3日後それらを埋め、10日後に掘り出して骸骨を中心の柱
の隣に置く。ヨーロッパでも人の血を注いだとか少女を生きたまま壁に
取り込んでしまったと言う伝承。また人の変わりに人形や動物とかを使う
ケースもあります。
日本もたくさんの人柱伝承はありますね。自分の隣町にも橋の建設の為の
人柱の伝承があります。柳田國男の主張、水神に仕える巫女が物語として語り歩いた、
と南方熊楠の主張、どっちなんでしょ。伝承のある場所から人骨が
出たと言う考古学的証拠は見つかっていないのでしょうか?
http://203.174.72.114/muguyumi/ethnolo2001.html

10 :nanashi:2001/08/06(月) 12:21
日本の場合、人柱伝説は多いけど、習俗として実際に存在したかについては
否定的な立場の人が多いし、そこら辺をつっこんで研究している人も少ないね。
仮に伝承のある場所から人骨が出てきたとしても、>>9のリンク先にあるように
あっさり否定されるだけのような気がする。
人柱は呪術であるから、その事実を直接文献に残す訳もなく、その事実は
口伝として残るだろうから、考古学的に実証することは無理ではないかな。

11 :天之御名無主:2001/08/06(月) 13:35
北海道の常紋トンネルは囚人を人柱にして作ったトンネルなので
幽霊が出ると言う話は有名です。今は閉鎖してますが。

12 :nanashi:2001/08/06(月) 16:48
>>11
常紋トンネルは、囚人労働が廃止された大正元年から三年がかりで建設
されたトンネルだから「人柱」の噂になっているのは、タコと呼ばれる
労務者のことだよ。
常紋トンネル付近には、苛酷な労働によって死亡したタコの死体が埋められている
らしく、その数は百数十人と言われている。
「常紋トンネル」という本の中に、トンネルの補修中、壁面から人骨が発見され
たとの話が載っているね(ただし、その著者が確認した訳ではない)。
これが、人柱なのか、単なる死体遺棄なのか、タコを暴力でまとめるための
見せしめなのかは、人骨発見だけではわからないよね。

13 :天之御名無主:2001/08/07(火) 01:02
遥か昔に、土偶やその類が発明されている訳だし、
近世まで残っているとは考えにくい。

14 :天之御名無主:2001/08/07(火) 01:29
>>12
常紋トンネルの壁面から人骨発見というのは事実だよ。
まず昭和12年から周辺の発掘作業が始まり、昭和34年6月24日の地蔵建立
までに、常紋トンネルの周辺から49体の白骨が発見された。それらは全て、トン
ネルに至る線路の土台に寝かせられる形で発見されたそうだ。
その後昭和45年9月10日、トンネル内の待避所の壁が崩れ、中から立ったまま
埋められた人骨が発見された。現地の民間団体が中心となって47年にトンネル内
部の発掘作業が行われ、55年までに計10体の人骨が発見された。
トンネルのある留辺蘂町には、常紋トンネル殉難者追悼碑も建てられてるよ。

15 ::2001/08/07(火) 01:59
近所の神社が柳田国男の「松王健児の物語」で紹介されてた。
チギリの宮(ちきり神社)がそうです。
もちろん実際に人柱になった乙女がいることを前提に
神様としてまつっているのだろうから、
もし伝承が事実無根の昔話であるなら
いったいあの神社の存在って?そもそも乙女を供された
水神さまは今どこに。
柳田国男の、どっかに元ネタがあって伝わってきた説は
説得力あるけど。。。ああわからん。
>>5
ぜひ何とかしてください。おねがいします。

ちょっと話はかわるけど戦中用語の国家の御柱っていうのは
素直に人柱からきていると理解していいんでしょうか?

16 ::2001/08/07(火) 02:11
それともやっぱりあの有名な御柱祭の御柱?

17 :天之御名無主:2001/08/07(火) 02:58
>>15
ちょっとその論理は飛躍しすぎ。てゆーか、それじゃ「柱」と名の
付く物はすべて「人柱」から来てる、と本末転倒なことを
言ってるようなもん(^^;

18 :17:2001/08/07(火) 03:02
あ・・・ごめん。15の言う国家の御柱ってのは、戦死者に対して
使われた用語の方か。
逝ってきまーす・・・

19 :スネーカー教徒:2001/08/07(火) 09:23
http://www.sousai.com/hp/institut/rekisi/hist11.htm
より:
オランダ人カロンが、すすんで人柱になる日本人のことを記している。
「日本の諸侯が城壁を築くとき、多少の臣民が礎として壁下に敷かれんと願い出ることがある。
自ら志願して敷き殺された人の上に建てた壁は壊れないと信じられているからである。
許可を得て礎の下に掘った穴のなかに横たわって重い石に潰される。
ただしかかる志願者は、平素苦役に疲れた奴隷だから、望みのない
世に永らえるより、死ぬほうがましと考えているのかも知れない」(4)
この記述が本当なら皇居の人骨も人柱のように思えてきます。

20 :天之御名無主:2001/08/07(火) 09:36
日本各地の人柱伝説は「長柄の人柱伝説」のパターンが多いね。
人柱を立てようと提案した本人が人柱になるってケース。
物語として面白いから、そのパターンの伝説が全国各地に広まったんだろうか?

21 :天之御名無主:2001/08/07(火) 10:01
>>20

ひねくれて考えると、人柱にしちゃった連中らが「あいつが誰かを人柱に
しようぜ!」って言い出したんだってことにしちゃってるなんてね。

あまりの根性の悪さに我ながら鬱になりそうだ・・・。

22 :nanashi:2001/08/07(火) 10:51
>>19
築城にまつわる人柱伝説って、多いよね。
二重櫓下から出てきた人骨に関する伝説や由来などは、不明みたいだけどそれが
人柱であった可能性は否定できないと、おれも思う。

柳田国男の「水神に仕える巫女が物語として語り歩いた」ってのは、治水にまつわる
人柱伝説を、歴史的事実としてではなく物語として説明するのには有効かもしれないけど、
治山や築城にまつわる人柱伝説に関しては、無効だよね。
これに関して、柳田国男は、どういう見解をしめしていたのだろう。

23 :天之御名無主:2001/08/07(火) 19:53
皇居って江戸城跡n

24 :スネーカー教徒:2001/08/08(水) 02:43
>>23
この二重櫓って家康が建てたんでしたっけ?後の代だっけ?頭に載せられていた古銭
もいつの時代のものだったのかな?詳細がわからない。

結局、柳田、南方、共に結論が出なかったんですよね。南方熊楠の説にしても
伝承がある場所で人柱と思われる人骨の発見の事例は聞いた事が無いですね。
あと人柱という思想は柱を重要視する神道からきてるのでしょうか?陰陽道かな?

25 :天之御名無主:2001/08/08(水) 13:04
>>24
寛永六年(1629)に京都伏見陵の櫓を移築したもので、安政三年(1856)の大地震で
損傷した際に大修理を加えたのみで、それ以来一度も手を付けていなかったらしい。
しかし、二重櫓に関する正確な記録が残っているわけではないので、ホントのところ、
いつ誰が二重櫓を造ったのかは、わからないのではないかな。
江戸城も、家康が入る前からあった訳だし・・・。

26 :_:2001/08/08(水) 23:12
江戸城のあったところが、もともと墓地のあったところだという話で、なんか
決着してなかったか?

27 :天之御名無主:2001/08/09(木) 01:54
人柱とか人身御供っていうのは
遡ればハイヌウェレまで行き着くのかもしれない。

28 :『皇后陛下のお四国遍路』製作委員会:2001/08/09(木) 02:05
 おのおのがたがたはいちどその体で当該験しをどうぞ・・・親こころ大神さまの恩目からふりそそかれる青涙のある色をかんずることがかなふそうです。

29 :天之御名無主:2001/08/09(木) 10:22
>>26
二重櫓下の人骨は、当初十六体発見され、工事中にも発見
が相次ぎ、最終的に合計二十一体が確認されたそうだ。
これに関して、墓地説、工事関係者埋葬説、人柱説等、様
々な意見が出て、論争に発展したようだけど、結論は出ぬ
まま立ち消えになった。
墓地説については、副葬品が一文銭以外ほとんど無いこと、
木棺や甕棺などの形跡がないこと、埋葬する際の穴の深さ
はそれほど深くないだろうから築城工事の際に気がつかぬ
訳はないこと、気がついたにもかかわらずそれを取り除か
ずに神聖な城郭を建築する訳がないことなど、否定的な意
見があったようだ。

30 ::2001/08/10(金) 22:33
>>18
テレビで広島のニュースやっててふと思っただけなんで
気にせんでください。大戦での国家の御柱ってのは
欺瞞やけど、実際に人柱になったひとは
>>19
さんがいうように望んでなった人もおったんかな。
でも物語的に悲痛なものばかりなのはどう
説明すればいいんやろ?
>>27
ハイヌウェレって?
>>29
工事関係者埋葬説はやはり人柱的な思想つまり
なにかしらの効果ありとして二重櫓下に埋めたのかな?

31 :っっ:2001/08/16(木) 17:09
福井市足羽大橋のたもとにある(いまはわからない。10年前はあった)薬屋の先祖が橋を造るときに人柱にされたという伝説がある。
お三の宮のようにそこの娘が人柱にされたと伝わっている。

32 :大根オナニーズ:2001/08/16(木) 20:49
>>30
インドネシア・ウェマーレ族の神話に出てくる女。
彼女の死体を埋めると、そこから沢山食べ物が出てきた。
これを連想させる奇習がポリネシア地域に存在。
縄文時代途中まで、日本にもあったといわれている。
女の人形(土偶)を壊して埋めることでそれの代用とした。

33 :天之御名無主:2001/08/16(木) 22:56
どこの昔ばなしか忘れたが、何度築いても壊れる川の改修工事で
「人柱を・・」って話が出た時に、殿様が「一意専心」と書いて
「これを石に彫って使え。人柱なぞまかりならん」と言って今度は
しっかり完成させたそうな。

34 :天之御名無主:2001/08/16(木) 23:45
人柱とは少し違いますが、「入定(にゅうじょう)」といって、
坊さんが穴を掘って生き埋めになり、息をするための竹筒だけ
地上に出して、死ぬまで鉦を鳴らす、という話は各地にありま
す。
私もある地方寺院境内で、近世後期に入定した僧の墓を見たこ
とがありますが、入定はかなり詳細な伝えがあって、実際に行
われたものが多いのではないかと思っています。とくに、出羽
の鉄門海上人などの即身仏(ミイラ)は現存するので確実です
が、これらも土中入定したのをあとで掘り出してミイラにした
ものらしい。
私が見た墓とは違いますが、入定伝説はたとえば
http://www.vill.seta-azuma.gunma.jp/htm/azm21000.htm
http://www.town.sashima.ibaraki.jp/jiten/densetsu/5.htm
鉄門海上人を安置する湯殿山注連寺
http://www2.mwnet.or.jp/~ques/yudono/

内藤正敏「焼身・火定と土中入定」(『仏教民俗学大系』2)に
は入定の伝説が多く集められていますが、興味深いのは、入定す
る人が「○○の病を治す」などの願をかけ、そのため後世その病
の治癒神として信仰されたという話が多く、その中には病ではな
く「水害を止める」「地滑りを止める」など、人柱的な願もみら
れることです。
事実を伝えているとすれば「自発的な人柱」ということになるで
しょうが、証明は難しいでしょうね。

35 :天之御名無主:2001/08/17(金) 08:34
>>34
新潟県中頚城郡板倉町大字猿供養寺の人柱供養堂は、地滑りを止めるため
旅の僧侶が自発的に人柱になったという伝説が昔からあり、実際それらし
き人骨が発見されたので、建立されたものらしい。
即身仏型の人柱伝説だといえる。

http://www.yamato.moc.go.jp/YKNET/landslide/book/minwa/minwa04.html

36 :天之御名無主:2001/08/17(金) 08:47
>>33
毛利元就の「百万一心」の類話だね。
元就が郡山城築城の際、人柱のかわりに「百万一心」と書いた石を埋めたと言う話。

http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9703/paper/0316/book.html#3

しかしこの話、裏を返すと、当時は築城の際に人柱をたてる風習があったということにもなるな。

37 :スネーカー教徒:2001/08/17(金) 11:37
女性の代わりに僧侶やお遍路さんが人柱になるパターンも確かに多いですね。

38 :34:2001/08/17(金) 13:36
>>35
内藤論文に出ていた一つもこれです。ありがとうございます。
こっちも検索してみると、板倉町の地滑り資料館に人柱供養堂
があるそうです。
http://www.ojas.co.jp/minami-echigo/minamiechigo/data/itakura/hitobashirai.html

39 :天之御名無主:2001/08/17(金) 14:46
>>19
郡上八幡城(だったかな?)にも人柱について説明書きがあったけど
奴隷じゃなくて町娘(だったかな?)が自ら志願したとあった(ような気がする)。

まーほんとは嫌がる娘を父親が無理やり・・・とか妄想。

40 :天之御名無主:2001/08/17(金) 17:16
>>39
郡上八幡城「人柱 およし」

http://village.infoweb.ne.jp/~naochan/jo-gujohatiman.htm

これを読む限り、自発的に人柱にたったという伝説になっているね。

41 :ひでよし:01/09/10 09:55
平清盛が大輪田泊を築いた際には、人柱を捧げる代わりに築石に経文を
書いてといわれています

また、人柱ではありませんが水の神に生贄を捧げる風習は世界各地に
あったようです
「三国志演義」には蜀の軍師諸克亮が小麦粉をこねてで人の頭の形を
模して作らせたものを、生贄の代わりに川に流したと言う逸話があり、
それが饅頭の由来といわれています

42 :訂正です:01/09/10 11:45
>>41
「書いてといわれています」 → 「書いたといわれています」

43 :天之御名無主:01/09/19 10:54
お遍路さんが人柱になったのは、その後の身元確認が困難で
都合がよかったからでは?

44 :ひでよし:01/10/03 16:14
糸魚川沿いにある、新潟県中頚城郡板倉町の猿供養という集落には
人柱堂と言うお堂があるそうです

この地域は、古来より地滑りが多く、村人が困っているのを見かねた
旅の僧が人柱になったという伝承が、地元には伝わっています
昭和12年、田の仕事をしていた村人が、人骨と宋銭の入った大甕を
掘り出し、調査の結果、鎌倉時代のものだと判明したそうです
その人骨を祀っているのが人柱堂だと言うことです

>>43
お遍路さんが人柱になったのは、何らかの宗教的理由によって、
自ら志願したと考えた方がいいのではないでしょうか
(人柱になることで、極楽浄土に行けると考えられていた、とか)

45 :天之御名無主:01/10/03 19:20
>>44
新潟の人柱供養堂については
>>34
>>35
に詳しく書かれているよ。

 それと、お遍路さんが人柱になったという伝説は、必ずしも自発的なものばかり
ではないですよ。
 むしろ、お遍路さんが「犠牲」になったという伝説には、血なまぐさい
ものの方が多いのでは?

46 :ひでよし:01/10/03 19:53
>>45
人柱堂は既出でしたか、これは失礼をしました

「血なまぐさい話」というのは、小松和彦氏の「異人殺し」のような話のことですか?
それならば、それと一緒に呪いなどの伝承があってもよさそうですが・・・・

47 :ひでよし:01/10/03 20:20
>>46
補足です

宗教的漂泊者である遍路は、「異人」としての性質を持っているとは
思いますが、それを殺して埋めたというだけでは、伝承としては
弱い(適切な表現ではありませんが・・・・)ような気がします

「異人」を殺し、それによって災厄を抑えたとしても、周囲の村や
村の内部から、あの村(家)は呪われているというような伝承を
伴うことも多く、これだけでは断定できません

48 :天之御名無主:02/03/13 23:50
 

49 :天之御名無主:02/03/14 00:11
あの、1さん遅レスで済まないけどあなたの家の側の池って
香川県の「平池」?
たしか平安時代に造られたんだよね。池の堤幾ら固めてもぐに崩れるから、
占ってみたら「機織り道具持った娘が通るから捕まえて人柱にせよ」と
でて、その通りにしたら完成したってやつ。

50 :天之御名無主:02/03/15 22:27
いわざらこざらですね。たしか人柱を提案した人の娘が人柱に選ばれてしま
って言わなければ良かった、来なければよかった、と言う話だったと思われ。
細部忘失。

51 :天之御名無主:02/03/16 18:11
北海道の明治時代にできたトンネル、鉄道、街道って囚人や他雇(タコ)
労働者を牛馬のごとくコキつかって作ったらしくて
トンネルが崩れたら人骨が出た・・・とか幽霊が出る・・・とか
鎖つけたまま埋葬されちゃった人の鎖塚があったりする

52 :天之御名無主:02/03/16 21:49
うちの近所の川(結構大きく有名)は昔(江戸時代くらい)よく氾濫して
付近は洪水になって死人もいっぱい出てたらしい。
それで土手みたいなものを作ったらしいのだが
やっぱり水で押し流されてしまう。仕方がないので人柱をしたら
土手も押し流されなくなり洪水もなくなった。
川の近くにはその人柱になった人たちを供養する神社があります。


53 :天之御名無主:02/03/17 10:55
北海道で人柱伝説のある鉄橋やダム
目撃者の証言のある人柱はここくらいではないでしょうか

常呂(トロロ)川、湧別(ユウベツ)川、斜里町越川(シャリチョウコシカワ)
の鉄橋(オホーツク地域)

石狩川第1鉄橋(旭川)
白川鉄橋(道南今金町(いまかね))

朱鞠内ダム(シュマリナイ)(道北)
※タコ労働者から人柱を4名募集したところ、悲惨な生活に
※絶望した労働者が倍以上(!)応募した(目撃者証言

因みに労働者を路傍に葬った(鎖つき)の鎖塚は
網走、旭川間の国道建設での労働者でした

Source: 北海道の夜明け −常紋のトンネルを掘る−
    小池喜孝著 国土社 1982
第29回青少年読書感想文全国コンクール課題図書
   <中学の部>

参考文献 私は読んでないです
     小池喜孝著
    ・鎖塚 自由民権と囚人労働の記録
     (現代史出版会)
    ・常紋トンネル−北辺に斃れたタコ労働者の碑
     (朝日新聞社)

          - 以上 -

     





54 :天之御名無主:02/03/17 21:11
まだ出ていないのでカキコします。「遠野物語」に載っていた話。

松崎村の矢崎に母也堂という祠がある。
かつてここに年老いた巫女が娘と共に住んでいた。婿を取ったが
どうも巫女の気に入らない。しかし娘との夫婦仲は良いので何か良い
方法はない物かと思案していた。
その頃、猿が森川の用水の取り入れ口と堤がいつも崩れて、村の衆は
困り抜いた挙げ句に巫女に相談した。巫女が占ってみると、
「明後日の夜明け頃白装束で白馬に乗った男が通るから、その者を
人柱にせよ」とのこと。
その占いを受けた巫女は「良い機会が来た」とばかりに婿に白装束を
着せ、白馬に乗せて夜明けの時間に隣村に使いに出した。
事情を知らない婿が通りかかると待ちかまえていた村の衆が彼を
捕まえる。話を聞いた婿は
「神の思し召しとあらば喜んで人柱になろう。しかし人身御供には
男蝶女蝶が揃うのが良いとされている。私の妻も連れてくる。」
と、妻、つまり巫女の最愛の娘を呼びだした。妻も人柱に為ることを
承知し、二人で白装束になって馬ごと川に飛び込んだ。
そのとたんに大嵐が起こり、三日三晩荒れ狂った挙げ句4日後に
おさまった。村の衆が川にいってみると大岩が現れていた。それを
土台にして立派な堤が完成した。
巫女は計略が食い違い、大切な娘まで死なせたことを嘆いて入水自殺した。
その霊を祀ったのが母也堂である。


55 :山野野衾:02/03/17 21:47
うちの祖母に昔聞いた田舎の人柱伝説です。
昔人柱が必要になったので、誰をその役にあてるかで村の顔役達が悩んでい
た。盆踊りに来た娘の中から選ぼうという事になったが、自分達の娘は人柱
に取られたく無いし、行かせぬ訳にも行かなかった。
そこで誰かが「袖に継ぎあてのある(貧乏人の)娘を人柱にしよう」と言い、
他の者達もそれに賛同した。
普通ならここで偶然庄屋辺りの娘がひっかかるところだが、この場合は狙い
通りになったという。
やばいので場所はとりあえず伏せさせて戴きます。

56 :天之御名無主 :02/03/28 21:39
メジャーなお城じゃないけれども、

福島県白河市:小峰城本丸跡に「人柱 乙女桜の碑文」あり
http://shiro39.hoops.ne.jp/touhoku/shirakawajyo.htm


57 :天之御名無主:02/03/28 22:40
福井県丸岡城のお静さん伝説も。片目であるがゆえに選ばれたというあたりが、いかにも柳田。

ttp://village.infoweb.ne.jp/~naochan/jo-maruoka.htm

58 :天之御名無主:02/03/29 00:18

人柱の話って、実はほとんど実話で
伝説ぢゃないような気が・・・(゚Д゚)


59 :天之御名無主 :02/04/11 23:44
民俗学プロパーは絶対に取り上げないけど、近世の人柱は単なる伝承なのかねえ。
柳田の言説は苦し紛れのような気がする。
決定的な史料や遺物の発見は難しいだろうから、それこそ民俗学の出番だと思うが。
ドイツではライン河畔の城の遺構から伝承通りにペアになった白骨が出たそうだけど。

60 :天之御名無主:02/04/12 03:00
>35
俺もその話聞いた
伝説では昔、地すべりを止めるため、ある僧侶が龍に秘儀を
伝授してもらったという話で実際その秘儀とは地中に座禅して
人柱になると言うものだったらしい、その後、地すべりはなくなり
その話は伝説と化していたが昭和のはじめ道路工事か何かで
地中を掘り返したとき、座禅したままの人骨が出てきたという話だった。




61 :天之御名無主:02/04/12 08:16
古くなった橋を壊す時はかなり慎重になる。
特に戦前の鉄橋は橋げたから人骨がわんさか出てくることが珍しくないから。
ほとんどが工事中に死んだ朝鮮人だそうだが。
葬るのもめんどくさくて「人柱」ってことで橋げたの空洞部分に放り込んで
蓋をしたってことでしょうか。

62 :天之御名無主:02/04/12 16:40
しかし、人柱に女性が多いのは女性にはなにか特別な力(子供を生むとか)
がある、と思っていたからでしょうか?

63 :天之御名無主:02/04/12 17:02
水の神様はむさくるしい野郎がお嫌いなのです

64 :天之御名無主 :02/04/12 17:55
>>61
近代の奴は人柱じゃないでしょ。
日本の支配下や占領下にあった場所には「あそこには労務者が埋めてある」
ってな話どこにもあるよ。大陸だと掘り返して展示してある。




65 :天之御名無主:02/05/02 23:05
養海上人は土の中に入ってから逃げ出したらしいね。

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