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則天武后をなぜ語らない!

1 :桃の天然水:2001/02/11(日) 22:19
一応、過去ログ探したけど。

2 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 22:41
同じテーマでスレたてようと思っていたので、ありがとう>1
大いに語りましょう。
といっても、歴史上最も嫌いな人物なんですが。

3 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 22:51
武則天(則天武后)は残酷だったが、
有能な人間を引き上げたり政治的業績が多いと弁護する人がいるけど、
実際のところ彼女の業績がそれほど大きいとは思えない。
長孫無忌など有能な人間を沢山殺しているし、むやみに寺を作って浪費している。
彼女の治世でこれが良かったといえるものが見当たらないしね。

4 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 22:56
というか、野心のために大量殺人をして孤立していたため、
何とか味方を作ろうとして使い物になりそうな人材を漁った
結果として「有能な人間を引き上げた」ことになったのでは?
国のためでもなんでもない。ただ保身のために。

5 :歴史趣味:2001/02/11(日) 23:00
先駆的女性と捉える向きもあるけど
彼女が当時の女性の地位を果たしてどれだけ
向上させたのか疑問。

囚人の妻子を「官妓」にしたりする法律が
改正されたとも聞かない。
これは要するに「事実上の強制売春」だと思うのだが。

6 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 01:01
武照(則天の名)は皇后になった後、後宮の女性に男装を強制
したという。ライバルを事前に排除するための一種の「去勢」
といっていい。
こうした後宮の女性が子無しの場合、皇帝死去の後、感業寺という
専門の尼寺に幽閉される。武照本人もそこで苦しんだはずなのに、
廃止はおろか、一切手をつけていない。
考えてみると、武照ほど女性を迫害した女は他にいない。

7 :名無しさん:2001/02/12(月) 04:55
則天武后には子がいます。
しかも彼女は皇后です。

8 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 07:23
>>7
だからどうした?と言うか、何が言いたいのか判らん?

9 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 08:22
則天武后の成り上がり方を見ていると、いかに中国が男尊女卑の国
か、よくわかる。女に要求されたのは子を産む能力とセックス技術。
この二つがそろっていて知恵があれば、いくらでも出世できる。
女性の地位が高く、自分の財産や官位を持てる日本の場合、則天
のようなタイプはまずいない。

10 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 12:06
>>9
見当外れ。あったまわるー。

11 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 12:11
>>6
ちゃんと則天文字で書いてやれよ。

彼女が文字を作らせなかったら、
天下の副将軍、水戸光圀は水戸光國だった。
どーでもいい話だけど。

12 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 12:25
>>10
1行レスしか書けない上に「あったまわるー」だってさ。
そんなバカからレスがついた・・・・

鬱だ・・氏のう・・

13 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 12:29
>>10が、もうちょっと頭のいい人間のレスなら、「その根拠は?説明してくれ」
ってレスして、それなりに盛り上がるチャンスもあるが、これだけ
バカなら1行以上は無理だろう。
反論にさえなっていない・・・・

ますます鬱だ・・・

14 :【^▽^】ジョーカー:2001/02/12(月) 12:30
淫乱女帝。私が学生の頃、香港ポルノ映画で
『淫乱女帝』という則天武后を淫獣ぶりを描いた作品を見た。
確か1988年頃だったと思うが。

15 :【^▽^】ジョーカー:2001/02/12(月) 12:32
訂正:則天武后を⇒則天武后の

16 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 12:58
一応9の解説をすると、日本の場合、皇后になれるのは律令時代は
皇族か蘇我氏のみ。光明皇后以降は藤原系か、橘系に限定。
とうてい天皇の意志一つでは変えられるものではなかったし、成り上がり
の側室が権勢をふるったところで、決して皇后にはなれなかった。
なぜなら、皇后の地位には妻の役割以外に祭祀を司る任務が存在
したからだ。それは藤原道長が、娘・彰子を中宮にするさい、もとの
中宮・定子が「落飾したので、春日大社の祭祀ができない」とこじつけ
たことからも理解できる。
美智子さんが史上初めての「平民出身の皇后」
中国の場合は、皇帝がその気になれば、皇后の首などいつでもすげ替え
られる。皇后の地位は、あくまでも妻妾のトップの地位に過ぎなかった
と見ることができるだろう。
日本の場合、小無しの皇后は存在できたが、中国の場合、たいがい失脚している。
(清朝の東太后のように、子無しでも無事だったケースもあるが、
最終的に幼帝の実母・西太后に実権を奪われ謎の死を遂げた)
武照のケースでも、皇后・王氏の失脚のきっかけは子が無いことだった。
逆に武照が不妊だったら、あそこまで権勢を極めたかどうか、疑わしい。
武照が最も活発だったのは、皇太后の時代だったからである。

17 :セミオン@ペトログラード:2001/02/12(月) 13:01
巨根狂いの淫乱女帝晒し上げ!

18 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 13:02
偉大なる中華

19 :セミオン@ペトログラード:2001/02/12(月) 13:02
淫乱婆武照を輪姦せよ!

20 :天之御名無主:2001/02/12(月) 13:45
喜ぶんじゃん?

21 :セミオン@ペトログラード:2001/02/12(月) 13:48
>20
そうか・・・。心臓麻痺で氏ぬタマでもなさそうだし。

22 :来俊臣:2001/02/12(月) 14:00
ここのスレにいる者
悉く其の九族を誅滅し
以て人心を快ならしむべし

23 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 15:49
>20−21
そうでも無いだろ。現代では武照のような性格の奴に限って
惨殺死体の被害者として発見されることも多い。
マーフィーの法則って奴か

24 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 17:58
今でも中国娘のセックスは日本人より激しいそうな、、、

25 :名無しさん:2001/02/12(月) 18:44
>>16
橘氏出身の皇后は1人しかいないだろ!

26 :16:2001/02/12(月) 20:18
>>25
「橘系に限定」は誤解を呼ぶ書き方だった。
橘嘉智子の場合は、藤原冬嗣がバックにいたから
「橘氏出身の『藤原氏の』皇后」といった方が正確かもしれない。
でも本人の嘉智子は、藤原氏の傀儡に甘んじることなく、
橘氏を復興させようとしていたらしい。
夢はかなわなかったが・・・。
とりあえず橘氏も政治のパワーバランスによって皇后になりうる
家系の一つだったと解釈できるだろう。それ以下では無理。




27 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 20:36
ん?なんで則天武后の話が、日本史にすりかわったんだ?

28 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 21:13
『如意君伝』、面白いからいっぺん読んでみ。

29 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 21:22
>>27
それは>>17を見ればよくわかる。

30 : 29の訂正:2001/02/12(月) 21:23
>>27
間違えた!>>16でした。

31 :桃の天然水:2001/02/12(月) 22:12
中国の皇后ってラストエンペラーの溥儀の手記の中にもあるが、
なんか簡単に決めている。
普通の妃なんかはさらにいい加減に決めている。
素性のよくない妃なんか古来からたくさんいたと思う。
皇帝を育て日常生活を共にする宦官なんかはもっと素性がよくないでしょう。
食べるのに困って宦官になるくらいなんだから。
中国の王朝って日本人からみると、スケール大きいけど杜撰な感じがする。
だから武后みたいのがスルッと入り込んで、権勢を振るう事も可能だったのか。

32 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 22:44
確か溥儀の場合は写真を見せて決めたんだよね。
漢代の話もけっこういい加減だったな。
皇太子妃を決めるのに、ずらーーっと女を並べて見せたら、
恋人を失って鬱だった皇太子はどうでもいいや、と思って
たまたま青い服を着ている女がいて目に付いたから、その女を
選んだら、一回の夜伽で男の子が産まれたので、後に皇后に
立てられたって話。
なんかパンダの交配みたいな印象があった。

33 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 23:03
>なんかパンダの交配みたいな印象があった。

ワラタ。

34 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 23:44
そういえば武照の出自についても曖昧だね。

母親の楊氏は「隋王室の楊雄の姪」って説明されてる本も
あるが、姪ってのはなんだ?
楊雄の姉妹の子か?兄弟の子か?もし兄弟の子なら、父親も当然
隋王室の人間なんだから、「〜の姪」じゃなく「〜の娘」って
書くだろう。
他人への罵声だらけの伝記「武則天(原百代・著)」の作者は
武照フェチだから、そのあたりの系図がはっきりしていたら
鬼の首とったように書くだろうが、「武則天」ではやっぱり
「楊雄の姪」の一言で済ませているんだから、かなり怪しい。
後世のでっちあげか、武照本人のウソかもしれない。

35 :名無しさん:2001/02/13(火) 05:30
武韋の禍

36 :世界@名無史さん:2001/02/13(火) 08:10
生まれて間もない時のエピソードもかなり怪しい。
父親の武士カクが、高名な占い師に武照を男の子の服を着せて
見せたところ、てっきり男児だと思った占い師が「女であれば
天下を取るでしょう」と予言したという。

武照は自分が即位したいから、いろんなでっちあげをして
強引に正当性を認めようとした形跡がある。
武周という国号だって、「自分は周の武王の子孫である」が理由だから
いい加減なものだと思う。

37 :名無しさん@1周年:2001/02/13(火) 10:53
あえて反論>>3
有能な人間を沢山殺しているし、
むやみに寺を作って浪費しているというけど、
武則天が実権を握っていた半世紀近くの時代は
農民反乱はほとんどなかったというから
悪い時代とは思えないよ。
唐の最大版図を維持しているし。
本人の業績かどうかは別だが。


38 :世界@名無史さん:2001/02/13(火) 11:02
>>37
確かにその通りで、武則天が有能な支配者だった可能性はあるけど、逆の可能性も有りうると思う。宮廷内で権勢を振るうことにしか関心がなく、政治的には何もしてないという可能性だ。
反乱が少なかったのも、版図を維持できてたのも当時は唐の盛時だったからというだけ。繁栄の時代であれば「何もしない」のが最良の政策ということも有りうると思う。


39 :名無しさん@1周年:2001/02/13(火) 12:49
>>38
確かに「何もしない」のが最良の政策である場合もあるかもしれないね。
前漢呂太后の時代の宰相の曹参は,
前任の宰相、蕭何の定めた法を遵守して、
自身は何もせず,毎日,酒を飲んですごしたと言うね。
当時も国力の充実期であったと思う。


40 :世界@名無史さん:2001/02/13(火) 15:39
確か過去スレの「世界で最も残忍な君主は?」で>>37のような
質問に対して、うまい解答が寄せられていたっけ。
過去スレ置き場にいけば見つかると思うが・・・・
そこでは武照が農民叛乱の兆しを事前に粛清した史実があげられて
いたと思う。詳しいことはわからないが、たまたま一般大衆が
武照の利害を損なわなかっただけで、民衆に慈悲深い君主だった
わけではなかろう。


41 :桃の天然水:2001/02/13(火) 22:02
NHK・BSでやってたテレビドラマ「則天武后」見ていた?
毎回ビデオにとって繰り返し繰り返し見ていたので、家人から変人扱いでした。
主役の中国の大女優はうまかった。
少女から老婆まで演じていたが、女盛りから中年にかけては大してメイクも変えて
ないのにうまく演じ分けていたと思う。
でも他のほとんどの役者はなんだか安っぽく感じた。


42 :3:2001/02/13(火) 22:34
>>37
時代の良し悪しではなく、統治能力の問題。
彼女を弁護する人も、彼女のこの政策が良かったという例は挙げない。
(より正確に言うと、挙げられない)
また仮に何もしないことが良い状況でも出来ることは多い。
例えば、漢の文帝は老荘的なレッセフェールの人だったけど、
刑の連座制を廃止したりとか、肉刑を廃止したりと人民のためになる政策を採っている。



43 :世界@名無史さん:2001/02/13(火) 23:05
ま、普通になるべくしてなった天子とは比較にならんでしょ。
女主が権力をほしいままにした時代は数あれど、
女性が皇帝になって王朝を立てた例は中華5000年の歴史のなかでも彼女ひとりなわけで。

そーいう偉業を成し遂げたってことだけでも評価できるんじゃないの?

44 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 00:34
>>43
殺される立場を無視すれば、そういう評価もできるが・・・。
歴史上能力ある女性は多かったが、あそこまで徹底的に政敵を殺し尽くした
女がいなかったので、結果として即位できなかっただけかもしれない。
あの王朝を建てるためだけに、のべ一万人の虐殺は必要だったのか?
武周王朝が後世に与えた影響はほとんどないし・・・。

>>41
BSで放送しているのを三回ほど見たよ。あの猫顔の主演女優が政治=粛清みたいな
演説ぶるのを聞いて、いかにも「中国共産党公認」のドラマだと感じた。
テーマは共存を排除した弱肉強食。「強いんだから殺してもいいでしょ。」
「弱者は殺されてもいいのよ。」の連発。
中国共産党が過去にやってきたことの言い訳か?と思った。
だいたい後宮内の権力争いは珍しくないが、失脚ならともかく妃達を虐殺
したケースは珍しい。武照にさしせまった命の危険があったとはずもない。
ドラマでは、いかにもライバルの皇后が武照の命を狙ったかのような描写
があったが、高宗の寵愛を独占した女を寵愛を失った皇后が手出しなど
できるはずがない。その辺がご都合主義としか見えなかった。


45 :名無しさん@1周年:2001/02/14(水) 13:05
無理に弁護すると
1万人殺しても、はっきりした業績がなくとも、
大きな内乱もなく半世紀近くを統治したのは
それだけで業績といえないかな。
その間、人口は1.7倍になっている(高宗初期を含め)。
#「100年の暴政は1日の内乱に勝る」だったか?
少なくとも最後に安史の乱を引き起こした玄宗より上
といえなくもない。文化開花の点では比較にならないが。

>>44
文化大革命末期には、江青の「女帝登極」のための
世論作りとして、武則天はずいぶん賞賛された
とのことだね。

46 :名無し→しりとり:2001/02/14(水) 13:29
>>44
中華人民共和国で歴史上の事件や人物が大きく取り上げられる場合、それは単なる歴史の話しではなく必ず現代の政治的意図があるといわれています。
文革中の「批林批孔運動」は単に孔子とすでに失脚して「事故死」した林彪を批判しただけでなく、「周」王朝を崇めた孔子を批判することによって「周」恩来の権威を引きずり降ろそうとする「四人組」の陰謀だったと言われてます。
則天武后のTVドラマも何らかの政治的意図があって制作されたものである可能性はありますね。

47 :あやめ:2001/02/14(水) 15:42
現在オポチュニストの評価が定まっている郭沫若の戯曲「則天武后」も
江青が台頭する以前の作品とはいえ、文革当時は彼女の権力の正当性を
支持するものとして作用していたのではないか、想像に過ぎませんが支
那の文学が政治性を帯びやすいものであるとの認識は常に念頭におく必
要があります。
>40
http://www5.tkcity.net/~mtantuki/whis/index.html
にアクセスして次のカキコを読んでください
世界史上最も残酷な人物は誰
レス3
好きな女王(帝)・王妃(皇后・公妃)は?
レス30
のいずれかだと思います


48 :40(^0^)/~:2001/02/14(水) 19:08
うわ〜、ありがとうございます。さすがに、あやめさんです。
な、なんと、>>40でわたしが書いていたのはあやめさんのレス
だったんです!。コピーしておきますね!

で、>>37>>45への反論

30 名前:あやめ投稿日:2000/07/27(木) 16:26
>29
則天は民族全体を抹殺する計画を実行したことはないからヒトラーは
当たらないかもしれないけれど、スターリンぐらいのことはあったと
言ってよい人物で、最近みょうに評判が良いのは不思議です。
特権階級なら殺戮しても問題ないみたいな評価もおかしなものですが、
彼女の殺戮は自身の飽くなき権力欲と残忍な性格のなせるところで、
弁護できるような事情はありません。稀代の暴君といってよいでしょ
う。その毒牙に罹ったのが唐の宗室や旧臣だったのは、権力の保持に
とって最も邪魔だったからで、人民の憂いを除くといった観点は皆無
です。そればかりではなく人民も殺戮しています。越王貞の反では縁
坐するもの700人、籍没するもの5000口、貝州の里人が村祭で集まっ
たのを謀反と誣告したものがあり、無辜の人民200人を殺すなど権力
の脅威となるものは見境なく抹殺しているのです。密告制度など陰険
な手段でこうした「罪人」を掻き集めた点も身震いに値します。
そのほか彼女の人材登用が優れていたとか、その治世が天下泰平だっ
たなどという、流布されている評判も眉唾が多いのです。

わたしも同意見です。今後も活躍を期待しています>あやめさん。


49 :桃の天然水:2001/02/14(水) 21:46
ドラマであったように、皇后を失脚させるために生まれたばかりの我が子
も手をかけたというのも本当なんだろうか。
こんなドラマ見て則天武后を賞賛する人がいるんだろうか。
ましては、女帝江青を望むだろうか?
ちなみに私がこのドラマに魅せられた理由は
「わっる〜い女だなぁ〜。けけけけけ・・・私もこんな事してみたいなぁ〜」
だったと思う。

50 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 22:25
>>48
そういうの読むとあやめ氏はやはりアマチュアに過ぎないのかと落胆せざるを得ない。

 彼女の殺戮は自身の飽くなき権力欲と残忍な性格のなせるところ

今日的な評価基準で主観的に判断したんだろう?
稀代の暴君とは笑わせてくれるじゃないか。
彼女の悪行・残忍行為とやらも、中国歴代皇帝のなかに並べれば、
埋もれてしまうほど些細なことで、特筆に値するほどのもんじゃない。
なにを興奮して妄言を吐いてんだか。
呆れたもんだね、あやめ氏もそれを支持する輩も。

51 :名無しさん@:2001/02/14(水) 22:37
45です。
>>48
私も偉大なるあやめさんに異を唱えたくありませんが、
スターリンに比肩するほどではないではありませんか。
前レスのように武則天が殺したのはおそらく
延べ1万人程度で、半世紀近くの統治(高宗初期を含め)
の間に人口は1.7倍になっているのに対し、
スターリンは1967のソ連の公式発表でも80万人、
おそらく実際には数百万人を粛清していると思われます。
このため粛清のピークの数年は第二次戦争の
前にもかかわらずソ連の人口は減少しているとのことです。

52 ::2001/02/14(水) 22:38
>>50
いるんだよ、いるんだよ、こういう則天武后オタがさ(笑
原百代がその代表なんだけど、>>50もその口。
こういう連中って虐殺おもしろがってるアンチ・ヒーローなんだよね。

みんな歴史上の人物について論評してるんだけど?
あんただけだよ、コテハンや名無しに喰ってかかって興奮してるのは。

あんた、殺人や虐殺に相対評価が通じるとでも思ってるのかい?
「一人殺す方が、三人殺すより悪くない」ってか?
殺人は数じゃないでしょ。

ところであんたのようにスレッドのテーマにそって話せない人間は
ここに来てもらっちゃ困るんだ。
反論は大歓迎だし、またまた反論レスとかついて盛り上がるんだけどね。
自分勝手なコテハン叩きを持ち込むなよ。口惜しかったら
>貝州の里人が村祭で集まっ
>たのを謀反と誣告したものがあり、無辜の人民200人を殺すなど
この考察について、客観的な反論してみろよ。
ありがたく読ませてもらうから。


53 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 22:50
>>51
問題は数ではないでしょう。というのは、スターリンに較べ
武照の時代は大量殺戮可能な火器がなかったし、通信も発達して
いなかったので、スターリンほど合理的に殺せなかったわけだから。
仮に武照の時代に「それほど虐殺が起きなかった」としても、
それは武照が慈悲深かったわけでもないし、農民思いだったわけ
でもないという点に注目して欲しい。
貝州の農民の例のように、武照は逆らう者は地位に関係なく殺して
いった。それ以外には興味がなかったのだろう。つまり農民たち
の大部分は武照と利害がぶつからなかっただけなのではないか?

54 :桃の天然水:2001/02/14(水) 22:53
1なのに、
なんか、誰からも相手にされてないような気がする、、。

55 :まあまあ:2001/02/15(木) 00:14
>>54
そう嘆くなよ。これだけレスがつけば、スレを立てた甲斐ももあった
ということで、とりあえずは満足しなさい。

1は、アンリ・トロワイエの「エカテリーナ」を池田理代子が作品
化したときの惹句のように「女ならだれも則天武后を目指す!」の
ノリで語りたいのかもしれんが、なかなかスレの流れはコントロー
ルできるものではない。

しばし、流れに身をゆだね、また〜りと構えなされ。

56 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 09:02
>>52
救えないあやめヲタだな。

 殺人は数じゃないでしょ。

南京大虐殺があったことを主張してやまない連中も同じことを言ってるよ(稾
こーいうおバカに援護されると、あやめ氏自身もさぞ迷惑してることだろう。
農民反乱の誣告を受けれりゃ武后でなくとも鎮圧するっての。
むしろ2百人程度で済んだことを貝州の人民は僥倖に思うべきだね。
殺人は数じゃないってことを言い出せば、李世民だって暴君になり得るし、
殺人マニアの張献忠ですら武后と同じレベルに成り下がっちまう。

ま、一次史料も読めないで、あやめ氏の言うことそのまま妄信してる奴に
反論もへったくれもないけどね。

57 ::2001/02/15(木) 09:26
>>56
何が一次史料だよ・・・だったら史料をあげて反論してみ。
「200人で済んで有り難く思え?」そのノリで南京大虐殺を擁護
してるんだろうね。んなこたーどうでもいいけど、スレッドの流れ
と関係ない話しないでくれる?コテハンや名無しに喧嘩売りたい
だけなんだろ?オタク。
え〜〜っと、次回からこいつ「だけ」は放置。


>>54
それは申し訳ありませんでした。たまたま>>49の前後で一人で騒いでいる
方がいらっしゃったので、桃の天然水さんにレスできなかったです。
でも、ちゃんと他のレスにはレス返してるよ〜〜〜。
>>49
昨今は悪でもなんでも目立てばいいという風潮があって(例・高松市の成人式騒動)
アンチ・ヒーロー主義が流行しています。酒鬼薔薇でさえ「かっこいい」とのたまう輩もいる
ぐらい。そのノリで二十年ぐらい前から日本でも則天オタが棲息してます。

>>55
2で書きましたが、わたしがスレ立てようと思って入力しようと
思ったとたんに、このスレ発見!あやうく被ることろでした。
気づいてよかった。で、こっちに合流させていただきました。


58 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 10:33
>>57
則天オタなんて言葉が成立すると思ってるだけでもキモイ。厨房は自決して死ね。

59 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 10:37
>>57
アンチ・ヒーロー主義(ぷ
頭悪過ぎるよね。
三国志でいえば劉備がええもんで曹操が悪もんと本気で信じてるタイプやね。


60 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 10:41
>57
>ちゃんと他のレスにはレス返してるよ〜〜〜。

このスレはお前がホストか?知らなかったよ。
いるよね、こういう勘違いしてるっぽい仕切り屋(w

61 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 10:42
>>57
スレッドの流れと関係ない話しないでくれる?

自分もしてるくせに・・・(わら

62 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 11:49
ドラマ「武則天」、おもしろいかった>>49
確かに中国政府のプロバガンダでいっぱいだったが、それがまた
中国のお家事情らしい感じで。
武則天好きが四人組の一人・江青の影響だったというのはうなずける。

63 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 11:57
>>62
あれ?そのドラマって江青が追放されてずっと後に作られたもんじゃないの?

64 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 12:00
>>63
ドラマはいくら何でも後世でしょう(駄洒落)
歴史的解釈の話じゃないの?

65 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 12:03
殺された淑妃役の女優が工藤由貴似で一番きれいだった気がする。
武后役は悪役顔つーか、三白眼がコワかった。

66 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 12:11
>>63 >>65

では江青を非難するために制作されたドラマということになるな。

67 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 12:18
>>66
だよね。四人組といえば政府にとっても、人民にとっても永遠に悪者でしょ。
毛沢東がやはり英雄でありつづけるのと同じ理由で。

68 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 12:40
江青と武后をかぶらせるのはムリがあるんじゃないかねー。
江青はぶっさいくなおばさんで毛沢東の死後とっとと追放されたけど、
武后は高宗が死んでも後ろ盾がなくなるどころか、
結局実力行使で天子にまで成りあがったわけで。

武周王朝は彼女が死ぬ年までついに倒れんかったし、
よくもまあ八十数才で病死するまで生き延びたもんだと思うよ。
高宗の陵墓にちゃんと倍葬されてるし、
彼女は人生の勝利者といっていいんじゃない。
後世の人間が自分をどう評価するかってことぐらいは自覚してたらしいけどね。

69 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 14:30
>>67

>毛沢東がやはり英雄でありつづけるのと同じ理由で。

最近、政府に対する不満の意思表示として毛沢東を利用する人々が居るそうな。
人民服を着て毛沢東バッヂを付け毛主席語録を持ち歩くらしい。
実態はともかくまがりなりにも「共産主義」を目指していた文革時代と、拝金主義、汚職、腐敗が蔓延した現代とを対比して現状への不満を表現してるというわけだ。
共産党もこれを弾圧するわけには行かないので苦々しく思ってることだろうな。
これを弾圧したら共産党は自己否定することになってしまう。

70 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 15:56
則天武后を語るなら来俊臣も語らねばな。
御用達の拷問官だったらしい。



71 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 16:35
>>70
拷問官なんて生易しいもんじゃないけどねー。

武后御用達というか、彼を重用したのは武后だけど、
彼女の利益に半ば関係なく次々と無辜の良善を罪に陥れて
手柄を立てて出世していったっつーか。
典型的な酷吏の一人ともいえるが、
なかなか殺し方もいっとうえげつなかったみたいだね。
『旧唐書』刑法志に彼がとった殺しのマニュアルみたいなのが載ってるよ。


72 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 19:59
毛沢東は中国独立のシンボルであるのと同時に、文化大革命の
首謀者でもあるので、今の政府の人間にとっては複雑な感情を
抱く相手らしいね。あのトウ小平でさえ、危なかったらしい。
しかし毛を否定することは中国共産党を否定してしまうことになる
ので、やりたくてもできないのが現状。
だから>>69のいう通り、毛東沢バッチをつけている反政府主義者は
弾圧できない。いっそ「法輪功」もバッチつければよかったんだが・・。

ところで古典大好きだった毛は、明らかに武照のやり方に学んだ
形跡がある。自分の敵対者を幽閉してジワジワ殺していく「迫害致死」
がそれ。そういう意味で、武照は後世の「すばらしい」お手本だった。

これは推測に過ぎないが。おそらく『旧唐書』の来俊臣の拷問法も
手本にしたんだろうね。


73 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 20:00
日本のように皇后に巫女の役割を求めた国では、武照のような独裁者は
出る幕がないし、また英国のように法律がすべてに優先し、
法律を厳守するための枢密院も存在する国では武照タイプは排除され
てしまう。
中国のように権力者の意志がすべてを凌駕するようなお国柄だから
こそ、存在しえた特殊な人物だと思う。
いくら武照が高宗のお気に入りだったにせよ、王皇后がかくもあっさり
殺害されてしまうあたりは、いかに女性の地位が低かったかがわかる。
王皇后追放直後、武照は皇太子・忠付きの近衛兵を皆殺しにした。
おびえた忠は「新皇后には男児があるので、そちらこそ皇太子に相応しい」
として地位を下りている。王妃の産んだ子であっても、結婚前に産まれた
子は庶子として継承権のないヨーロッパとは大違いだ。
法律の弱さと男尊女卑、それがなければ武則天は誕生しなかった。


74 :73の続き:2001/02/15(木) 20:07
だから武照が男尊女卑への挑戦みたいに考えるのはトンデモネエ間違い。
男尊女卑の産物なんだから・・・。

75 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 20:09
>>73
それは唐律を軽んじすぎだよ。よく知りもしないくせに。

76 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 20:19
>>74
男尊女卑の産物?冗談は寝てから言え。
皇后や皇太后まで卑しまれる存在なら、
中国歴代王朝が外戚の専横に苦しめられることもなかっただろうよ。

歴史を動かすのは男だが、男を動かすのは女だ。
しかし男を動かしながら自ら歴史を動かした女は武則天ただ一人と言ってよい。

77 :エカテリーナ:2001/02/15(木) 20:26
>>76
>男を動かしながら自ら歴史を動かした女は武則天ただ一人と言ってよい。

わたしモナ〜


78 :世界@名無史さん:2001/02/17(土) 16:08
>>75
比較文明としていってるんだが?
じゃあ、唐律の中から、日本のように皇后を規定する法があるなら上げてみ。
そして、それが厳格に施行された例を書いてみ。
たいがい皇帝がその気になれば、ひっくり返されているはずだから。

>>76
よく過去レスを読んで下さい。たとえば>>16など。
中国史において女性が「子を産む存在」抜きで単独には権力は掌握できない
ってことを、繰り返し書いたはず。
日本や英国のように、子供や妻という立場抜き(つまり男のセックス相手抜き)
で、女性本人として権力は決して手に入らない。
武照も同じ事。つまり最終的には皇帝を僭称したものの、結局夫や息子を通して
権力を手に入れた方法の延長線上に過ぎないということ。
>皇后や皇太后まで卑しまれる存在なら、
>中国歴代王朝が外戚の専横に苦しめられることもなかっただろうよ。
上にも書いたし、過去レスにも何度も書いたように、中国では子を産んで
初めて尊しとされる。
子を産まなければ女はどんな血統がよくても意味がない、という点では平等といえる。
だから子を産めば能力次第でいくらでも出世できる可能性があるし、他国のように
それを規制して女性を保護するようなルールもなかった。
女性本人の権利が強い国では、子供を産まなかっただけで廃后になったり、
皇帝のお気に入りだけで皇后になれる可能性は低かった。
逆に言うなら、そういう世界だからこそ、武照のような女性が出現可能だった。
高宗は気が弱かっただけで、その気にさえなれば、いつでも武照を正当に
倒すことができた。高宗は錦の御旗だったので、武照の側では決して手出し
できなかった。そのあたりが対等に実力で王位を奪ったエカテリーナ1世
とは異なる点である。
そしてわが子を殺し、他人を殺しに殺し尽くしてまでも王位を欲しがったのが
歴史上武照一人だったにせよ、それが本当に偉大なことかどうか、疑問が残る。

レスの中から、自分の都合のいいことしか見ないし、相手がいわんとしている
ことも理解できないんだろうか?
というか、最初っから自分の思いこみから出した結論という色眼鏡でしか
人の発言を見れないんだろうな。
つまり最初に「男を動かしながら自ら歴史を動かした女は武則天ただ一人」と
思い込んだら、もう他の解釈なんか耳に入らないのだろうね。



79 :世界@名無史さん:2001/02/17(土) 19:18
>>78
武后の件だけしか見てへんから、そー思いこんどるんやとちゃうか?
武后かて子供産んだだけで、やすやすと皇后の地位を得たわけやない。
皇后ちゅうたら万民の母や、そない簡単に立てたり廃したりできるかいな。
せやから、武后は自分の娘殺してまで王皇后を罠にかけんとあかんかったんやろ?

>中国では子を産んで初めて尊しとされる

ほな、呂后は夫の高祖を亡くし、自分の子の恵帝を亡くしても
なんで政治を独占することができたんや?言うてみ。
前漢昭帝の母は何で死ななあかんかったんや?
李夫人や趙姉妹はなんでついに子を生むことがなかったのに、
皇后やそれに準ずる扱いを受けたんや?
楊貴妃はどやねん?子を産んでもないのに本人は贅沢放題、
その親戚は高位高官を得てるやないか?
これをどない説明するねん?
日本や英国は逆に中華皇帝に比して天皇や国王の権力が圧倒的に弱かっただけのことやろ?

>高宗は錦の御旗だったので、武照の側では決して手出しできなかった。

手出しできないもなにも、実権もぎとって朝政をとってるやん。
これ以上、何の手出しするっちゅうねん。
高宗が死んでも武后の権力が弱まるどころか、
のちの中宗、粛宗を廢立しとるし、それに反発した乱も難なく平定。
武周革命は「子供や妻という立場抜き」で断行されてるとるしな。
あんさんの言う、武后が子供を産めたちゅうのは革命にいたる
ステップアップのごく最初の段階に過ぎへん。
あとは武后自身の才覚と魅力でのし上がったようなもんやな。
残忍で権力欲が強かったことは確かだが、傑物には違いない。
それは始皇帝や曹操や煬帝にだっていえること。
嫌いやからって事実を枉げてまで貶めることもないと思いまっせ。

80 :名無しさん@:2001/03/03(土) 21:13
吊るしage


81 :世界@名無史さん:2001/03/03(土) 22:05
>>79
最初のステップが大事なんだよ。
「子供を産めなかった」ら、最初の関門で淘汰されてしまうんだから。
呂后も武照も同じ事。
楊貴妃や飛燕が贅沢な暮らしをしたところで、それはしょせん一代限り
のこと。「母親」にならなければ、権力は握れない。
確かに武照は才覚があったんだろう。しかし皇太后=母親として権力を
握ることができたのだ。もし中宗、粛宗が別の后の産んだ子なら、
こう上手くはいかなかったはず。
残酷な行為はカッコイイ、悪はヒーローという昨今の風潮は困ったものだ。

>日本や英国は逆に中華皇帝に比して天皇や国王の権力が圧倒的に
>弱かっただけのことやろ?
だから何だ?そのかわり、市民の力が強かった。19世紀以降ヨーロッパが
世界の中心になりえたのは、市民の力が強く、民主主義が発達した
からだろう?
中国など、未だに皇帝がいた頃の絶対権力を中国共産党が握っていて
民主主義など望むべきもない。

82 :世界@名無史さん:2001/03/03(土) 22:07
人の文章読みもしないし理解もできないならレスなんて書くな。

83 :桃の天然水:2001/03/03(土) 22:58
BS.NHKのドラマ「則天武后」に出てくる男優たちがどれもこれも
日本女性の感覚からすると許せないものがあるのです。
特に、老女帝の愛人になる白塗りの兄弟。
ずっと、このことを言いたかったんだけど、何か言いにくい雰囲気・・・。

ちょっと、息抜きしません?

84 :世界@名無史さん:2001/03/03(土) 23:26
2人もだるまにして酒瓶につけたえらい人

85 :男尊女卑?:2001/03/04(日) 00:35
>中国のように権力者の意志がすべてを凌駕するようなお国柄だから
>こそ、存在しえた特殊な人物だと思う。
>いくら武照が高宗のお気に入りだったにせよ、王皇后がかくもあっさり
>殺害されてしまうあたりは、いかに女性の地位が低かったかがわかる。
つまり、男では同様のことはありえないってこと?
男尊女卑って言ってるんだから、そうだとは思うけど。

結局、子なし皇后が簒奪する例がない(知らない)から、結論が出ない気が…
女は単独で権力を維持できるか、否か?ってことなのかな。
男尊女卑理論では、恵帝死亡後の呂后の専横が説明できない…

86 :世界@名無史さん:2001/03/04(日) 13:13
則天武后ってちょっとフェミニストのところがあったんじゃない?
確か女性を進士に登用しようとしたし(実施できなかった)。
側近に上官椀児(こんな名前だった毛?)とかいうオンナもいた。
罪人の娘で、権力闘争にもうまくたちまわっていたけれど、
次の皇帝の代に殺されちゃう。
まぁこれだけではフェミとはいえんか。

87 :桃の天然水:2001/03/04(日) 21:12
あまりにも身近な例で何なんだけど、すっげ〜気の強い女の亭主ってたいていおとなしい人。
ついでに息子もたいてい影が薄い。
そういう女って生来の勘で御しやすい男が一瞬で分かるようだ。
ものにするのが早いこと。
創業社長のような先帝には気に入られなかったのも納得がいく話。


88 :桃の天然水:2001/03/05(月) 22:14
あっ。そう。
この手の話じゃ盛り上がらないのね。

89 :世界@名無史さん:2001/03/06(火) 01:47
>>83
わかるわかる・・・えれえ不細工でした。
ちなみに高宗やっていたオジサン、映画の「項羽と劉邦」で劉邦役やってました。

まったくもって嫌な女だよ、武照って。


90 :桃の天然水:2001/03/06(火) 23:28
中国の男優ってどうしてあんなにショボイの?
歴史劇見るたびに引く思いです。
武照の周りの男たちはビビリが多いからあんなんでも良いとしても、
ヒーロー役でショボイの出てくるともう我慢できない。
女優はきれい。でも判を押したような没個性な美女が多い。
ハンサムな役はハンサムが演じなければ。コントじゃないんだから。
でもハリウッドとの合作映画に出ている中国男優はものすごく素敵。
結局、中国人のハンサムの趣味がちょっと変なだけ?

91 :世界@名無史さん:2001/03/12(月) 18:30
>>90
ていうっか、中国人って「定番」が好きなんじゃない?
でも同じ中国でもホンコンとなると、レスリー・チャンとかトニー・レオンとか
けっこうイケてますよ=−−−。

話は変わるけど、中国史で出世して権勢ふるう女は、セックス抜きでは
語れない。セックス抜きでは出世もしない。
中国の女傑は、人間である前にまず「メス」なの。武則天がその代表。
だからドロドロしていてウンザリ。
武則天なんか、男に媚びてセックスで出世したくせに、「革命」なんて大笑い。
武則天がセックスしなかったら、ただの侍女でした。

英国史のエリザベス女王や日本史の女帝たちは、男に媚びないし、媚びる必要も
もなかった。「女」である前に「人間」であり、王者だった。
メアリ二世(英国)やエカテリーナ二世なんかは、男の支配者がいたのに、それを
駆逐して王位についた。爽やかな気さえする。

92 :世界@名無史さん:2001/03/12(月) 18:48
武則天=武照は高宗を性の虜にして出世したので、高宗とセックスをする
可能性のある「メス」を大量に粛清した。
その代表が王皇后と淑妃だった。二人は高宗の子を産む可能性のある女達に
対する見せしめとして、手足を切断して殺害された。
恐怖のあまり、高宗の妃達は高宗との同衾におびえたという。
その後、武則天以外に、高宗の子を産む女はいなかった。
あくまでも武則天はメスであった。

「メス」である前に「王者」であったエリザベス女王の場合。
自分の命を狙う、最大のライバルであったメアリ・スチュワートの処刑に
最後まで渋り、サインをしなかったのは有名な話である。
エリザベスは無意味な血が流れることを避けたかったのだ。
革命は、血を流す数が少ないほど高級であるという。
一万人を虐殺して権力をえた武則天と、一人しか被害者のでなかったエカテリーナ二世。
どっちが上かは言うまでもない。

93 :世界@名無史さん:2001/03/12(月) 23:28
まぁ、これらを見てると女性が政権を執れば戦争がなくなると言うのは明らかに嘘だな。既出であろうスマソ

94 :世界@名無史さん:2001/03/12(月) 23:32
日本から見ると彼女の政策の影響はあまりにも大きいのではないだろうか。各地に
立っている大仏を日本人留学生はみているわけだし、彼女の親新羅による朝鮮分断
政策は東アジアを2つに分ける争いを起こし、日本もそれに巻き込まれた。壬申の
乱もその影響を受けてる可能性があるし。



95 :世界@名無史さん:2001/03/12(月) 23:37
>93
太宗のできなかった高句麗併呑に成功したしね。

96 :シックルグルーバー:2001/03/14(水) 22:23
>>94
同意
武后から半世紀後の持統天皇は四文字年号を模倣しているし、大和〜奈良時代における
日本の仏教文化の発展も、武后の仏先道後政策(唐朝の祖先とされる老子の道教より異国
より伝来した仏教を優先した物。当時では革新的な事と言える)の影響が大きい。

97 :世界@名無史さん:2001/03/16(金) 00:08
>94
それって天智、天武兄弟他人説のこと?
考えすぎじゃないの


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