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中世ヨーロッパ人の暮らし

1 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 01:03
中世ヨーロッパを舞台にした歴史物小説が好きで、あの時代に生まれて暮らしたいなと昔から思ってました。
だけど、登場するのは王族や貴族の話が多くて、一般庶民の生活ってどんなものだったかわかんないんですよ。
どなたか詳しい方いらっしゃいませんか?



2 ::2001/02/03(土) 01:44
中世かどうかはわからんが「大聖堂」なんてのはどうだ?

3 :ぽん:2001/02/03(土) 02:02
>>2
ケン・フォレットですね。
教区教会と修道院が張り合うはなしで、日本の感覚からは、へ?
っていうシチュエーションだけど、あれはおもしろかった。
「ビロードの悪魔」なんて、軽くていいと思いますけど、どうですか。
でも、あれって、時代背景は中世になるのかな?

4 :ど〜でもいいけど:2001/02/03(土) 02:06
>>3
「ビロードの悪魔」みたいなSFでいいなら、「タイム・ライン」
もいいと思うよ。

5 :淡水釣りマニア:2001/02/03(土) 03:23
>1 「中世ヨーロッパ生活誌」っていう本が、白水社から
出版されてるよ♪

6 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 03:43
中世ヨーロッパは、ほとんど最悪の時代だと思う…
自由は無いし、坊主はうるさいし、戦争多いし、治安悪いし、不衛生で病気多いし、
生産率低いから餓死もありうるし、領主は横暴だし。
「初夜権を行使する」とか言われて花嫁を奪われたら、反乱したくもなるわなあ。

7 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 04:32
傭兵が通った村や町はそれは酷いありさまだったそうな

8 :名無し→しりとり:2001/02/03(土) 05:03
庶民の生活がひどかっただけでなく、支配階級ですらひどい生活してたからね。中世の支配階級が住んでた城より庶民のボロ家のほうがよほど快適かもしれん。後世の豪華な宮殿とは全く別物。しかし、支配階級はいつ敵に襲われるかわからないので仕方なく城に住んでたのだ。

中世の西欧でいくらかでも快適な生活をしてたのはベネチアとかの都市の富裕市民くらいではないか?


9 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 05:07
え〜ん 暗いよ〜

10 :名無しさん@1周年:2001/02/03(土) 05:51
メシまずそう。

11 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 06:09
桶に溜まったウンコは道端に捨ててたらしい、くせー

12 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 10:15
パジャマというものが存在していなかったのか、全裸で寝ていた。
たまに寒いので下着を着て寝ている人がいると、「具合でも悪いんですか?」
と聞かれたらしい。
もっとも日本でも、新潟のような北国の武士はすっぽんぽんで寝て
いたらしい。司馬遼太郎の「峠」にそういう記述があった。

13 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 10:52
街で歩いてると頭の上からウンコが降ってくることもしょっちゅうだったんだぞ。しかも人がやっと歩けるくらいの狭い道だから避けることもできん。


14 ::2001/02/03(土) 11:04
ひどい・・・・・。そうだったんだ。
ドラクエのような牧歌的なイメエジは全然ないんですね。
「ビロードの悪魔」ですか。今度読んでみます。
「中世ヨーロッパ生活誌」・・・・こっちの書店じゃみかけないなー。

15 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 11:15
ただし、労働時間は短くて余暇はたっぷりあった時代らしい。

16 :究極の名無し:2001/02/03(土) 11:24
うんこは道に捨ててました。
>>1
そんな時代そんな所に暮らしたいというのは、
頭の空っぽなオタ娘のたわごとです。

17 :日本@名無史さん:2001/02/03(土) 11:47
ドラクエの世界は
「ヨーロッパ中世〜近世」+「ゲルマン神話」+「アメリカ人の妄想」+「日本人の妄想」でしょう・・。



18 ::2001/02/03(土) 12:18
>>17
「ぱふぱふ」の語源をおしえてください。


19 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 12:45
白水社のは、
「中世ヨーロッパの生活」 文庫クセジュ
G・ドークール著 大島誠訳

20 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 12:50
文庫癖授は翻訳がドキュソで読みにくいからなあ(;´Д`)


21 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 13:04
中世ヨーロッパなんてモラルも糞もない世界なので絶対にいやだ!
1は何考えてんだ?
一番最悪の連中はゲルマン民族なんだよ。

差別のない同時代のイスラム圏の方がよっぽどいいよ。

22 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 13:13
>>20
激しく同意

23 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 13:46
>>7
男は殺せー女は犯せー
・・・つい最近までやってたぞ。

童話での悪役と言えば継母だけど、中世は継母が本当に多かった。
6割ぐらいだったかな?ヘンゼルとグレーテルは実母だけど。

平均寿命は20才とか30才なので、15才程度だった古代文明
よりは進歩してたのかな。暗い時代とはいえ。

24 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 13:47
中世ヨーロッパって暗黒時代って言われてる時代じゃん・・

25 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 15:59
中世ヨーロッパに2ちゃんねるは無いよ

26 ::2001/02/04(日) 12:48
はあああ。。。
中世ヨーロッパのイメエジ壊れまくり・・・
ずーっと憧れてたのにナー
それでも、あの時代の庶民の暮らしを知りたいです。
おトイレはどうしたんだろうとか、どんなもの食べてたんだろうとか。
今日は白水社の「中世ヨーロッパの生活」探しに行くぞー
大きな図書館いけばあるかな???


27 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 15:13
飯は手掴み、食器は無くて、テーブルにくぼみを作って
そこにスープを流し込んだり、肉を盛ったり。

28 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 16:12
スレイヤーズなどの、ライトファンタジーの世界
「アニヲタの妄想」+「ゲームヲタの妄想」

29 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 16:14
本当に中世ヨーロッパがヲタのような世界だったら、
モンゴル帝国がほっとくわけないっつーの。

30 :ラジオネーム名無しさん:2001/02/04(日) 16:50
>>21
糞はあった

31 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 16:54
妄想

32 :花と名無しさん。:2001/02/04(日) 17:15
ベネチアの生活は憧れます。
といってもルネサンス以降の時代が好きだから
厳密には中世じゃないのかな。

33 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 17:37
児童虐待、幼女に対する性的虐待・・・・ハアハア(;´Д`)




34 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 18:46
>>32
ベネチアはイスラム世界やコンスタンチノープルと交流してたおかげで、中世ヨーロッパとしては珍しく文化的な生活をしていたようです。っていうか当時のベネチアはヨーロッパのうちに入らないかもしれませんね。文化的孤島。孤高の存在。

強力な海軍を持っていたようだし。


35 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 18:51
オレも傭兵にでもなって婦女暴行はたらきたかった
あの時代は、何でもありっぽいしな。

36 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:01
>>25
がっかりさせてしまってすみませんです。
私もDQとかRPGは大好きで、その手の世界の原型としての中世にも憧れはあるのですが、やはり中世の世界に住みたいとは思えませんねえ。もし同じ時代に生まれるなら、迷わず長安かバグダード、コルドバ、コンスタンチノープルになど生まれることを選びます。間違っても当時のヨーロッパには生まれたくない。

戦争、暴力、略奪が日常的な世界という点ではRPGの世界そのものって感じですね。

15で指摘されてますが、唯一よかった点は労働時間が短くて暇がたっぷりあったこと。この点だけは現代の日本人から見ればうらやましいかもしれません。でも、労働時間が短かったのは、あまりにも貧しかったから働こうにもやることが無かったということなので慢性的な半失業状態というのが実態でした。暇だからってうかつに出歩いてたりすると誰に襲われるかわからなくて危険なので、結局ヒッキーみたいな生活するだけだし。


37 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:07
当時のヨーロッパ人は暇すぎたので、女とセックスばかりしてました
そのため、性病患者が今とは比べ物にならないくらい多かったんだよ。

38 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:08
>>33>>35
風呂にも入ってない不潔な少女なんか犯したくない(;´Д`) オエー
庶民だけでなくお姫様でも庶民と大して変わらない不潔な生活してんだし。
萎え萎え(;´Д`)


39 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:11
「大聖堂」っていうアメリカ人の書いた中世ものの歴史小説読んだ。
さすがに建国200年余のアメリカ!もろアメリカナイズされたヨーロッパ。
繊細さのかけらもないむき出しの攻撃的な内容や、もろヌメヌメのハードコア
なエロさはまいった・・・・あんなのなら、アメリカ開拓史の歴史小説を書けば
よかったのに!
中世ヨーロッパはもっとロマンがあったはずだぞ!
それにしても、××した後の×××が彼女の××××からぬるりと・・は
参ったな・・・・・。

40 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:16
>>38
そんなの、平安時代のお姫様だって同じじゃん。
髪の毛なんか、月に一回ぐらいしか洗わなかったし。

41 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:18
ヤッパ、中世の女ってマンカスたまりまくりだったのかな。
だったらめちゃめちゃ臭かっただろうね、白人だし。


42 :名無しさん@1周年:2001/02/04(日) 19:21
>>41
そのニホイを嗅いで興奮するという記述が残っているらしい。

43 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:30
いや、ヨーロッパ人も根の部分は変わらないって。
綺麗なドレスや優雅な貴族生活で隠してるだけ
むしろアメリカ人より陰湿で根の深い差別や暴力があった。
>39

44 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:35
欧米人て、エログロ趣味なんだな。
日本人の感覚で言ったら理解できんな、一部を除いて。


45 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:50
当時のヨーロッパ人はイスラム、インド、中国などのすぐれた文明に憧れて
いたんだよ。
レコンキスタを達成したスペインやポルトガルが強国になれたのはそれまで
イベリア半島を支配していたイスラム世界の影響が大きいと思うよ。


46 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 19:57
もともとルネッサンス自体、イスラム文化がモデルになった
らしいね。当時のヨーロッパ人はイスラムに強いコンプレックス
を持ってたし。

47 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 20:54
シモネタになるとレスが速いなあ。
コロンブス以前だから梅毒は無かったよ。

ルネッサンスは復興。革命とか発明ではない。
復興と名づけたって事は、分を弁えてたんですね。当時は。
俺達はドキュンだ!という開き直り?

48 :1さんへ:2001/02/04(日) 21:58
結局風呂に入らなかったから臭くてたまらない。だから、香水の文化が発達しま
した。日本でも平安時代に香の文化があったのも同じ理由です。まあ、ヨーロッパ
人は今でも風呂にあまり入りませんね。
トイレはおまるでしていました。これも最近までそうで、ヴェルサイユ宮殿にト
イレがないのは有名です。長さ50cmくらい・高さ30cmくらいの楕円の陶器でできた
きれいなつぼがあったら、それがおまるの可能性が高いですね。知らない人は花な
どをいけていることがあります(笑 で、それがいっぱいになったら窓から捨てる。
排泄物だけでなくごみも全部窓から。町中には豚が放してあって、それを食べて大
きくなり、またそれを人間が食べる。ヨーロッパ人が帽子やマントをする習慣も、窓か
らの排泄物から身を守るためだそうです。もちろん、男女が並んで歩くときには建物
側を男が歩いて、女性を排泄物から守ったそうです。
病気はすさまじく、伝染病の巣でした。ペストはヨーロッパの人口を数分の一にした
くらいで、町外れには伝染病になった患者を押し込める小屋があったそうです。だから、
外部の人間はものすごく警戒されたそうです。
魔女狩りは、金持ちなどに目をつけ、魔女と認定して殺し、財産をみんなで分け合う
実もふたもない行為でした。勿論男もありです。いろいろな調べ方があり、その一つに
石をつけて水の中に沈める。浮いてきたら魔女と認定され、死刑。なぜかというと魔女は
ほうきで飛ぶので軽いと思われていました。浮いてこなかったら勿論死にますが、魔女で
はないので天国で神に祝福されます。まあ、どっちにしろ魔女と疑われたら死ぬだけでし
た。
当時の農業は、モミを撒いたらあとはほったらかし。日本と違って雑草も生えない
ので、特にすることはありませんでした。収穫量もほとんど撒いた分にちょびっと上
乗せするくらいなので、ものすごい貧乏だったと思います。
ルネッサンスは文芸復興。イスラムの先進文化を取り入れたが、その技術の一部のが
ギリシア・ローマをもとにしていたので、自分たちの祖先の文化はすばらしい、とヨー
ロッパ人が思ったから。でも、ヨーロッパ人はギリシア・ローマ人の子孫とは違うと思
います。イタリアが比較的文化度が高かったのも、海を通じてイスラムや中国の文化が
手に入ったからでしょう。東方へのコンプレックスとあこがれは、かなり強かったそう
です。十字軍がエルサレムで無茶をしたのも、コンスタンチノープルを襲撃したのも、
金目のものに目が眩んだから。
コンスタンチノープルは当時は光り輝く大都会。ロンドンやパリは汚い小さな集落。
それ以前に都市と呼べるところはほとんどありませんでした。
夢も希望もありませんが、中世ヨーロッパを日本人が大きく意識しているのも、ゲーム
と学校の世界史の授業が中世史を大きく取り上げているからでしょう。当時のヨーロッパ
は本当にただの田舎で、大きく取り上げる意味はほとんどないと思います。それよりも、
皆さんがいわれているイスラム、インド、中国の方がはるかにハイレベルでした。
学校の授業なんて、こういったことはしませんからね。また、生活史は記録に残りにくい
ので、難しい面もあると思います。当時の生活をよくあらわした本としては、有名なチョ
ーサーの「カンタベリー物語」や、ボッカチオの「デカメロン」がお勧めです。両方とも
難しい本のイメージがありますが、内容は面白い話をつなげたもので、読みやすいですね。

49 :49:2001/02/04(日) 22:02
そういえば、中世かどうか自信はありませんが、ヨーロッパには自分の
奥さんをみんなに見せる習慣がありました。当時は裸で眠っていたので、
裸で寝入っている奥さんの寝室に夫がみんなを入れ、みんなに見せて自
慢していたそうです。ろくな話じゃあないですね。
もうひとつ、ヨーロッパにはしらみを食べると健康になる、という考
え方があって、トーストにしらみをたっぷりかけて食べていたそうです。
そりゃあ、伝染病が蔓延するのは当たり前。ちなみに、この健康法、19
世紀ごろまで続いていたそうです。

50 :名無しさん@オーストリア:2001/02/04(日) 22:10
突然ですがスレ見付けたので書き込みさせて頂きます。

↑のスレ読んで思い出したのですが、フランスの
ヴェルサイユ宮殿には、いつから始まったのか?知りませんが
王妃の出産は「公開出産」だったそうです。
ベルバラでお馴染みのマリー・アントワネットも
泣く泣くこの慣わしに従ったそうですが
ものすごい難産だったそうです。
おかしな慣わしですが、当時は「当たり前」だった
のでしょうかね?
男尊女卑もいいかげんにせぃ!と言いたくもなりますが。

51 :名無しさん@1周年:2001/02/04(日) 22:22
>50
本当に王妃が生んだことをみんなが確認できるようにするため。
血統を重んじ陰謀が渦巻いていた時代の産物。
男尊女卑とかいう問題ではない。

52 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 22:25
日本にはこれぐらい臭い事ってあったんだろうか?

53 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 22:31
コンスタンティノープルなどの少数の例外を除けば、ヨーロッパには17世紀まで人口十万人以上の都市が無かった、と聞いたことが有ります。
 ちなみに9世紀頃の平安京の人口は10万人程度、プトレマイオス朝エジプトの首都、アレキサンドリアの人口は『最盛期の紀元前1世紀頃』で30万以上だそうです。合掌。

54 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 23:11
日本製ハイファンタジーだとグインサーガが1番当時のヨーロッパを反映してる気がするけど、違うのか。
最初のころは中世の香りを感じられた。

55 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 23:32
>>54
77巻はまだか!
じゃなかった、グインサーガの世界は浄化されすぎですね。
食事のシーンにせよ、シモの話にせよ、臭くて汚いというのが、ヨーロッパ
中世の実態でしょう。

56 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 00:43
青池保子のほうがええもの描いとるわい。和製中世マンガ。

あとモンティパイソンの「ホーリーグレイル」とか「ジャバーウォッキー」
もアンチ騎士道系列でいい。
あとなんだ。キャン・ジャック・アノーの「薔薇の名前」とか、か

57 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 00:57
マリー・アントワネットで思い出したのだが、彼女が
ルイの王太子妃としてフランスに入国する時、全裸で
フランス王国への忠誠を誓約させられたとかいう話が
ありますが、これって本当ですか?

58 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 01:03
>>57
お。なんかその羞恥プレイ、萌えるな。
エロゲーみたいで

59 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 01:34
>>50
本当です。
出産時まで部屋に入ったかは多少疑問ですが、出産直後、招かれてきた
農民代表だか名主連中に赤ん坊をみせたらしいです。
で、
「おらがマリーが可愛いコロッケを生んだだよう♪」
と合唱すると、ルイ16世は大喜びして、
「もっと歌ってくれ」
と頼んだそうです。

たしかベルサイユ宮殿って、疱瘡さえなけりゃ帯剣(借り物でOK)して
誰でも木戸ごめんで入れた・・・ときいております。

・・・・ほんとうかなあ

60 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 02:02
絶対君主の威光が強ければそれもまた成り立つでしょうな。
病は君主では取り除けぬ故、立ち入り禁止ってことで。

61 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 02:17
夏目漱石もイギリス留学時に
ロンドンの町が馬糞の臭いで立ち込めていたと書いてたな。


62 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 02:28
カルマの塊!中世〜近世のヨーロッパ人どもめら。
それにしても、ほんと汚いよな。
1が月に1度、風呂入る程度で、「あなた清潔ね〜」と
言われてたくらいだったそうな。
くっさ〜

63 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 02:34
昔のお姫様はクソするときはドレス着たまま直接脱糞してたからな

香水がなったら、かなりツ〜ンときただろうな。

64 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 02:38
空気が乾いてるんだな、あっちは。
だから、まあ・・・

いや、やはり不潔か。
さすがラブレーの尾篭文学の国だ

65 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 02:43
ウンコの臭いってかなりきついからなー
実際赤ちゃんのオムツなんかも冬場だろうとめちゃくさだからね


66 :00:2001/02/05(月) 03:45
先日見た「宮廷料理人ヴァテ−ル」という映画に
ちらっとお姫様のそういうシーンが写りました。
ほんとに一瞬だったけど足を踏ん張って立ったまま上体を45度前傾させて
ドレスはお尻の上まで端折って前で手で押さえ
後ろには女官が箱のようなものを持ってひざまづいていた。

67 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 03:57
>>51
なんか、うそ臭い。私の読んだ本では、王権の絶対性を誇示する
ため、あらゆる日常の些事が儀式化された、とある。


68 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 04:11
66>で、ケツはちゃんと拭いてたか?(藁

69 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 07:09
糞スレと化してますな(w

70 :中世史はまた・・・:2001/02/05(月) 07:20
糞尿談の一面をもっておるのです。うん。

「紙に見放されたものは自らの手でそのウンをつかめ」
(聖パウロ)

トイレットペーパーのない時代の悲痛な叫びがきこえます

71 :名無しさん@1周年:2001/02/05(月) 07:25
中世ヨーロッパといえばンコを抜きにしては語れないでせう(謎

72 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 08:31
やっぱ人間自体もウンコ臭かったんかな?
あんな臭い環境にいたら体や髪に臭いがこびりついてそうだけど。

73 :名無しさん@1周年:2001/02/05(月) 09:42
ヨーロッパの人ってなんで風呂はいんないんだろうね。
イギリスでも18世紀くらいに公衆浴場つくって入浴を奨励したことが
あったらしいけど、はやんないんだよね。

74 :日本@名無史さん:2001/02/05(月) 10:06
寒いからじゃないの?

75 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 10:13
72>
だから、香水が発達したんだよな。
シャネルとかグッチつったって元をたどれば
糞臭誤魔化し屋。

76 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 11:32
>>70
それ、嘘でしょ。
だって、中世以前のヨーロッパに紙なんて、ないでしょ。
パピルスですらないと思うけど。
羊皮紙でケツはふかんでしょ。

77 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 12:03
>75
こないだマドリッド行ったけど
あっちのトイレ掃除はすごかったよ。
トイレが臭くなってもヨゴレの元を落とすのではなくて
香水を撒いてごまかすだけ。
だから、トイレがアンモニア+香水の香りで毒ガスになってる。
思い出しただけで吐きそうだ・・・・

そうそう、気軽に中世ヨーロッパの生活を知りたいなら
マンガ「ベルセルク」がおすすめ。
高校時代、世界史の先生から薦められたほど
中世ヨーロッパの文化描写がなされてる。
架空の世界の話なんだけどね。

78 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 12:47
>>75
ヨーロッパの香水は今でもにおいがきついですよね。日本人には
合わない気がする。そういえば、ヨーロッパ人は服をあまり洗わ
ないと聞いたことがある。きったねー。

でも、ついに1さんは来なくなっちゃいました。もしかして、夢
を壊されて、すんごい傷ついちゃったのでしょうか? ごめんな
さいね。

79 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 14:02
中世といえば、エリザベート・バートリーの話知ってる人いる?

80 :名も無き冒険者:2001/02/05(月) 14:43
>>75
グッチは馬具屋だろ。
シャネルは新興だし、中世とは全然関係ないだろ。

81 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 15:07
>>2
ケン・フォレットの「大聖堂」?
さすがに建国200年余のアメリカ!もろアメリカナイズされたヨーロッパ。
繊細さのかけらもないむき出しの攻撃的な内容や、もろヌメヌメのハードコア
なエロさはまいった・・・・あんなのなら、アメリカ開拓史の歴史小説を書けば
よかったのに!
中世ヨーロッパはもっとロマンがあったはずだぞ!
それにしても、××した後の×××が彼女の××××からぬるりと・・は
参ったな・・・・・。


82 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 18:58
髪の毛をおしっこで洗っていたと聞いたことがある。アンモニアで
きれいになると思うが、どうも自分はしようと思わない。どうして
もしろと言われれば、自分のならする。今だったら、「○子のおし
っこ」なんて写真入りで売られて、一部のマニアに人気が出ていた
かも。

尻は拭かなかったんじゃないの? 日本みたいに湿気ていないから、
ほっておいたらぽろぽろになって落ちると思う。あるいは、へらの
ような物で取っていたかも。

1は今頃絶対グレているぞ。だれか、ヨーロッパ中世はこんなにす
ばらしい、というのを書けないか? こう言っておきながら、私は
何一つ浮かばない。

83 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 20:04
中世の建物って廊下が無かったんですよね?

84 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 20:38
中世の良いところで思いつくのはお城かな、とことん実戦に拘った
シンプルで機能美がある形がかっこいい。
まあ、中に住んでた貴族達はめちゃ住みにくいだろうけど。
後は、プレートメイルとかかな。

85 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 21:10
しかし、なんであんな所が世界を牛耳ったのかわからん。


86 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 21:35
ヨーロッパは寒くて穀物の生産性悪いから、不作になったらあっという間に餓死。人食いももちろんあり。
ヘンゼルとグレーテルがリアリティたっぷりの世界だ。当時はジャガイモが無いことも忘れてはならない。

1に関係した話題だけど、指輪物語系統のエルフはイスラムを反映してるらしいね。
ヨーロッパ中世で素晴らしかったのは…音楽はどう?

87 :口火を切ってしまった6ですが:2001/02/05(月) 21:46
>>82
責任をとって俺が書いてみましょうか。
でもここで言う中世ヨーロッパって、
・(キリスト教の影響を受けながらも)ギリシア文明を守ってきた東ローマ帝国
・ローマ時代の遺産を抱え、交易を通してイスラム圏と交流のあったイタリア諸都市
・ムスリムに征服され、その文明に浴したイベリア半島
を除いた地域ですよね。しかも庶民。ちょっと苦しいですが…

中世ヨーロッパの美点は、「周辺としてのたくましさ」にあると思います。
ローマ時代に整備されたインフラはゲルマン人が自ら破壊し、教会の専制的支配によ
って自立的発展も阻害されるなど、中世ヨーロッパはあらゆる意味で“文明”からかけ
離れた状態にありました。
だからこそ、庶民の文明を求めるエネルギーが強く育っていったのだと言えます。
十字軍の遠征は庶民や騎士階級の自発的な行動によるものが大きいですし、バイキング
がバルト海からロシア平原を縦断して東方文明の産物を得ていた事などは、もはや執念
と言えるでしょう。
こういった諸々があって初めて大航海時代以降の大発展があるわけです。
ま、つまり、ヨーロッパにとって中世というのは後の飛躍のための長い長い助走であっ
たと、、、(あんまり誉めてないな)

88 :口火を切ってしまった6ですが:2001/02/05(月) 21:49
>>86
教会というパトロンのおかげで、音楽・絵画・彫刻といったものは
他地域と比べても大きく発展しましたね。

89 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 22:16
あと、中世ヨーロッパで忘れてはならないのが略奪、強姦、虐殺だな

90 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 22:22
暗黒時代じゃなくて汚物時代だな。

91 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 22:33
中国人は人権無視とか言ってるけど

自分らの過去を忘れてしまったのかね〜。

92 :名無しさん@1周年:2001/02/05(月) 23:50
いや、いまのヨーロッパの人権意識っていうのは過去の反省というか反動で
でてきたものだから・・・

93 ::2001/02/06(火) 00:27
はい、ちゃんといますよ。(グレてないって・・・)
中世ヨーロッパの真実がわかるだけでうれしいです。
ベルセルクはリアルだなーと思ってましたが、やっぱり中世ヨーロッパを忠実に再現してるんですね。
ああいう漫画や小説、もっと増えてほしいな。


94 :集え全国のトルケマダ・ファン:2001/02/06(火) 01:31
フランコ総統って、後継ぎのカレロ・ブランコ副首相が
バスク民族独立派に暗殺されたとき、犯人の<中世の拷問器具>をつかった
処刑をおこなったらしいね。

ローマ法王から非難くらったくらいの。
過去の遺産を現代につたえる精神が素晴らしいです。

我輩、あまり大声じゃ言えないが、グリューネワルトやボッシュの例の
残酷絵図大好きじゃ。

中世ってのは、神と人と教会が一体になって<個人>がいないぶん、
<個人の死>もまた点景となる無情さが好き

95 :集え全国のトルケマダ・ファン:2001/02/06(火) 01:34
>1殿
失礼。別に興味本意の残酷噺を煽ってるわけじゃないです。
我輩、「中世の秋」の<美しい生活>という中世史の美的心象風景にも
じゅうぶん敬意をはらわせていただきますぞ

96 :名無しさん@1周年:2001/02/06(火) 01:49
ボッシュって、絵から判断してかなりイカレタひとなのかと長年思いこんでいたけど、
当人は至ってまっとうな社会人だったみたいですね。
でもいいなー、フランドルの冬。
毛織物で栄えたころのあのあたりはすこしはましな暮らしだったんだろうか。

97 :氏名トルアキ:2001/02/06(火) 02:14
>>94
それはガロッテのことですか?
カルメンを殺したホセがガロッテにかけられましたね。

98 :世界@名無史さん:2001/02/06(火) 22:56
清潔で平和な中世ヨーロッパの街並みならいうことなしですが・・・。


99 :世界@名無史さん:2001/02/06(火) 23:29
>>97
ガロッテって何ですか?「鉄の処女」みたいなもの?

100 :絵の話しが出てきたので:2001/02/06(火) 23:32
ブリューゲルなんか中世の生活を知る資料としてよいのでは?

牧歌的に美化されてるけど、当時の服装とか建物とかよく分かってよいと思う。


101 :世界@名無史さん:2001/02/06(火) 23:35
>>98
ドイツの古い小都市ならまさにそんな感じでは?


102 :世界@名無史さん:2001/02/07(水) 05:09
ガロッテってのは絞首具の一種で、ピアノ線同様、窒息死の苦しみを
長引かせるものです。

まさか20世紀のスペインで火あぶり、車裂きもないでしょうから、ガロッテ
でしょうな。断頭台ってのは、まだどこかつかってますし、ローマ法王までは
でてこないでしょう

103 :世界@名無史さん:2001/02/07(水) 06:34
>>98
そりゃ78000円でいく「6泊7日グリム童話・ハンザの古都ツアー」
になっちゃいますなあ。(好きだけど)

やはり現実は、臭くて陰惨で、夜盗や精霊や人狼の
恐怖におぼえる都市生活だったのでしょう

104 :名無しさん@1周年:2001/02/07(水) 12:04
ヨーロッパで一番拷問器具が発達したのはスペインだからね。
そのなかでも、トルケマダって人物が数千人単位で処刑した
人物。
石を抱えて井戸か池に沈めて、浮かんできたら魔女浮かんで
こなかったら無罪とかやってたらしい。



105 :ネブラスカ:2001/02/07(水) 14:36
>>104
つまり浮かんでも沈んでも要するに死ぬ、ト。

トルケマダが処刑した人数というのは正確にわかっているのでしょうか。
聖バーソロミューの虐殺の場合、資料によってやたらに数字が違ってたんですけど。

私個人としては異端審問の結果処刑された人数なんてのはまさに闇の中で、
正確な数字はわかんないんじゃないかとは思います。

106 :あげときます:2001/02/08(木) 03:31
浮いたり沈んだり、豚一頭を食材に、厳しい冬を耐えぬいて、お隣のバーサ婆さんにに密告され、
浮いたり沈んだり。
そんなボウフラみたいな人生はいやです。

・・・・こりゃ、1000年王国運動がはやるわけです。うむ

107 :世界@名無史さん:2001/02/08(木) 06:02
ハイヒールが「発明」されたのも道に堆積した人糞や豚の糞でスカートの
裾が汚れないようにするためだったらしいですね。積もったクソの上を馬車
が通るものだから轍ができていたとか。


108 :名無しさん@1周年:2001/02/08(木) 06:27
政略結婚で結ばれたカップルが初夜を迎えた後、
新婦にちゃんと中田氏したかどうかまむこおっぴろげて
両家の人間が確認したんだってね。

109 :国道774号線:2001/02/08(木) 08:27
>>73
キリスト教の影響。
ローマ時代はよく入浴していが、浴場での猥褻なサービスや
人前で裸を見せることにキリスト教徒が非難をして、
次第にヨーロッパから入浴の習慣は消えていった。
今でも彼らはシャワーで済ますことが多く、湯船には
あまり浸かりたがらないので、カラカラ浴場のような
ローマ時代を超える公衆浴場サービスはこれからも無いだろう。
それからヨーロッパ人は猫舌猫肌で熱いのは苦手。

110 :世界@名無史さん:2001/02/08(木) 20:41
>>102
ガロッテの解説ありがとう!

>>108
マジですか?????そんなこと、確認可能???(汗)

111 :世界@名無史さん:2001/02/08(木) 20:53
そりゃ、いわゆる「処女膜」の損傷を見ればよいわけだからして。
昔は、性交すればほぼ100%破れたから、確実に判定できた。

112 :世界@名無史さん:2001/02/08(木) 21:15
>108

そこまで見て居たのかは判らんけど、
貴族社会では初夜のときに見届け人がいて最初から最後まで見ているそうな。

>111

甘いです、昔のヨーロッパ?では性モラル(貞操観念)が非常に弱い為、
結婚時に処女というのは比率的にはかなり少ないです。
ちなみに農村部などでは男女共12歳くらいで未経験だと異常者扱いだったとか・・

113 :世界@名無史さん:2001/02/08(木) 21:31
ホウ! 中世ヨーロッパはエロエロクサクサ大国だったのねん♪

114 :世界@名無史さん:2001/02/08(木) 22:13
ま、農村で108の言う政略結婚がどの程度あったんかは疑問だが。

115 :世界@名無史さん:2001/02/08(木) 22:25
そのころは避妊手段がほとんどなかったから、性交→妊娠コースまっしぐら。

116 :世界@名無史さん:2001/02/09(金) 00:13
>>115
その理由で、婚前交渉が実際に抑制されていたというのを人口史の本で読んだ
ことがあるぞ。



117 :名無しさん@HOME:2001/02/09(金) 00:52
本で読んだんだけど中世ヨーロッパの未婚の男女は、直接妊娠するようなこと
をしなければ何をしてもいいって記載されていたんだけど、そんなのありですか?

118 :世界@名無史さん:2001/02/09(金) 01:30
イキそうになったら顔射したらいいんでない?

119 :名無しさん@1周年:2001/02/09(金) 03:05
近代的な避妊法の導入以前は、膣外射精がメインの方法だったってのは
読んだことあるけど、プロテスタント以前は(ってかカトリック的な価
値観だと)避妊行為自体が悪なんではないかと。その辺、モルモンとか
ハッタライトとかって、いまだに多産だよね。イタリアとかスペインは
そうじゃないとこが不思議。

120 :世界@名無史さん:2001/02/09(金) 08:34
鉄の処女は殆ど使わなかったらしいね。今あるのはレプリカ。

121 :世界@名無史さん:2001/02/09(金) 10:26
>115・117

私生児は一杯居たとか・・・
なにも貴族の男が種をまいただけではなく、貴族の娘が生む事も多かったそうな・・

ちなみに中世ヨーロッパ、両刀使いの男は一般的だったみたいです。

122 :世界@名無史さん:2001/02/10(土) 00:38
>>108
結婚初夜の翌朝に、シーツに精液がついているかどうかで
ちゃんとヤッたかが確認されるというのを
なんかの本で読んだ覚えがあるのですが、どうでしょうか?

123 :世界@名無史さん:2001/02/10(土) 04:26
シーツの女性のあそこの位置にだけスリットが入れてあったってどこかで読んだ
つまんないセクースだなや。。。

124 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 01:06
いいんじゃん。どっかの風俗みたいで燃えるじゃん

125 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 02:08
今様の風俗女よりかなり不潔で性病の危険が高いにょ。
マンカスも溜まりまくりだにょ。
命がけのセクースだにょ。

126 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 02:20
いつの間にか、とってもお上品な話題になってるのね。
このスレが立った時に、こういう話が展開されると
予想した人間が何人いただろう。。。

127 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 05:52
くさいヨーロッパage

128 :名無しさん@1周年:2001/02/13(火) 01:20
そろそろネタが出尽くしたかな?

129 :名無しさん@1周年:2001/02/13(火) 01:58
ヨーロッパ中世は○ンコと死刑と匂うせーくす、
ということか・ ・・

130 :世界@名無史さん:2001/02/13(火) 02:42
熱い肉弾戦、それが中世の戦いだぁ!!

131 :「中世の森の中で」(河出書房新社):2001/02/13(火) 03:57
※中世は身構えた社会である※

・・・中世で戦ったのは、あるいは戦わざるを得なかったのは、騎士だけではない。

機に臨んでは商人も農民も、長剣や長槍という「高貴な武器」を

手にすることこそ稀であったものの、斧、混紡、短剣、そして何よりも大小の

飛び道具を使って戦闘に参加していた。

貴重な荷を駄馬につけて遠く旅する商人が武装し、その荒々しい気性がほとんど

戦士のそれに変わらなかったことは言う迄もない。職人に至っては、彼等の組織する

同胞団や仲間がそのまま軍事力の単位であって、都市の防衛体系に組込まれている例は少ない。


132 :つづき:2001/02/13(火) 03:58
・・・・司教殺害のあと、虐殺、報復、略奪、放火が荒れ狂う。市外に逃亡するものが続出し、

「昼も夜も、ランの丘の二つの崖の間のぶどう畑が、僧や女たちの逃走路となった。

男は女の衣をまとうことを意に介せず、女は男の服を着ることを躊躇わなかった。」

「町が空になりかけているとの噂が、ペガサスの速さで拡がり、近隣の村人、町人を興奮させた。

農民たちは誰彼を問わず打ち捨てられたこの町に殺到し、守り手もなく財貨の残されている

町家を襲った。町民は、富める者も敢えて襤褸をまとい、貧民に扮した。力あるものたちの目を引くことを恐

れたからである。」


133 :つづき:2001/02/13(火) 03:59
運び去る手段のない穀物や酒の類いも、ただ奪わんがために奪われてまき散らされた。その次は、略奪者相互

間の喧嘩である。

「獲物は、弱いものの手から強いものの手に渡った。二人組の男が一人の男に出会えば、確実にこれを襲撃し

た。」

しかし略奪にかけて貴族にかなう者はいない。

最後にアンゲラン・ド・ク−シイが乗り込んで、徹底的な略奪と虐殺を展開する。

134 :世界@名無史さん:2001/02/13(火) 04:01
行間が変でした、スマソ

135 :世界@名無史さん:2001/02/13(火) 04:26
132の司教殺害ってどういう経緯でそうなったの?
町を守る市民軍は存在して無いということ?

136 :名無し象は鼻がウナギだ!:2001/02/13(火) 04:26
>>100
>ブリューゲルなんか中世の生活を知る資料としてよいのでは?

ブリューゲルは16世紀も後半、中世が終わってるころの
画家でしょ。(そういえば、阿部謹也は「子供」という概念
がなかったという例証で挙げているが)


137 :134:2001/02/13(火) 14:50
司教殺害が、暴動の発端だったようです。
>>135
歴代司教の利権あさりと市内外有力者の確執の果ての謀殺事件、だそうです。
といってもその確執の切っ掛けは殺されたラン市の聖職者の愛人だったシビル
という女が、アンゲラン・ド・ク−シイの妻になったことだそう(^^;
その後の暴動は、コミュ−ヌ(市民自治団)結成事件とかかれていますね。
結構歴史的事件だったのかな。

138 ::2001/02/13(火) 22:06
スレ経てておきながら一周間もご無沙汰しちゃってすいません。
レス全部読んだんですが・・・・・はあ(ため息)
『指輪物語』のような美しい世界では全然なかったのね。
ていうか、ちょっとお下品すぎ!(涙)
ある意味、「悲惨な1スレ」かも。これ。

シモ系の話は一休みして、当時の食生活の話なんてどうでしょう?
今でいうハンバーガーのようなファーストフードはあったのかなあ。
お手軽におやつとして食べれるもの。


139 :世界@名無史さん:2001/02/13(火) 22:18
すくなくとも、某伯爵がトランプにうつつをぬかすまでは、サンドイッチ
はなかったと思うが。

140 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 02:53
ハンバーガーはアメリカ人が発明。こりゃ言うまでも無いか。
てゆーか、連中は肉ばっか食ってるから生産効率が低かったんだよ!
ローマ人のようにパンと野菜と魚食ってりゃ、もうちっと豊かに暮らせただろうに。
ま、肉食のせいで胡椒を求めての大航海時代が始まったわけだが。

141 :名無し→しりとり:2001/02/14(水) 08:00
>>140
いや、彼らの肉食を贅沢というのは当たらない。
むしろ貧しかったからこその肉食という面もあった。
耕地として利用できない森で豚に木の実を食わせる。
耕地にはならないが草は生えてる土地で牛に草を食わせる。

142 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 09:26
 パンの材料は小麦で、これは土地が肥えていないとできない。だから、ドイツなど
北の方はいわゆるパンは食べられない。そういうところではライ麦を作って、黒パン
を作って食べる。黒パンは、普通のパンよりもまずいもので、「アルプスの少女ハイ
ジ」で黒パンがすごくおいしそうに描かれているけれども、実際はまずいもの。日本
で売っている黒パンは、白パンにカラメルで色を付けたもので、別物。日本人だと
まずくて食べられないそうです。
 ライ麦も作れない所はそばを作り、それを粉に引きクレープを作る。今でこそクレ
ープはおしゃれな食べ物だけれども、本来は貧乏で悲惨な食べ物。なお、クレープは
あの皮に果物を挟んだもので、野菜や肉を挟んだものはガレットという。
 あるいは大麦を作りそれを粥にして食べる。オートミールといい、これもおいしく
ない。大きな食料品店に売っているので、一度食べてみるのも一興だと思う。

 ヨーロッパは料理がかなり発展しているが、この理由として、ろくに食べるものが
なく、新鮮なものも手に入りにくかったため、半腐りの食べられそうにないものをい
かに食べるか、という要求によるもの。だから、原形をとどめないほど手を加えたり、
非常に味の濃いものが多い。シチューなどが典型的。ソースが発展したのも同様の理
由。
 中世は新大陸発見以前なので、当然新大陸原産のトマト・トウモロコシ・チリペッ
パー・じゃがいも・サツマイモはない。ヨーロッパの食生活からこれらを抜くと、い
ったい何を食べていたのか想像がつくだろう。すなわち、ほとんど食べるものがない
ということ。せいぜい、野菜はキャベツやカブ・人参などくらいだった。新大陸発見
でヨーロッパにやせた土地でもできるジャガイモが伝わり、ヨーロッパ人の多くが救
われた。

 農業形態は三圃式という。土地がやせているので、土地を三つに分け、一つで穀
物を作り、もう一つではカブを作る。もう一つでは土地を休ませ、そこに牛などを
放し地力の回復を行う。穀物は、北では大麦やえん麦、南では小麦などをつくる。
で、このパターンを一年で一つずつずらし、三年で一回りする。なぜ、こんなめん
どくさいことをするかというと、緯度が北なので太陽光線が弱く生物の死骸が分解
しにくいことと、氷河期の影響で表面の豊かな土壌が削り取られたため、土地が
やせているから。
 食べるものがないので、今でいうファーストフードどうこう以前に、食べるもの
がなかったと言った方がいい。

 食べ物についても、かなり悲惨です。ますます『指輪物語』から離れていく。やはり、
1さんは非行に走るかもしれない(涙

143 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 13:21
142>
お疲れさん。

144 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 13:34
日本でも、そばやうどんが名産な所は、貧乏だった土地柄です。

145 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 15:23
>>57
古い話で恐縮ですが…
「ベルばら」で見た感じでは、オーストリア人からフランス人に
なるんだから、糸くず一本でもオーストリア製のものは持ち込むな、
みたいな感じで全部フランス製のものに着替えさせられた…とかなんとかでした。

146 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 20:33
中世の戦争

147 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 21:26
>>145
寧ろ自分から積極的に変えようとしたと聞いた覚えがあるのですが。
「私は今日からフランスに嫁ぐのだからフランス語しか使いません」って感じで。
だから名前もオーストリア系のマリア・アントニアから
フランス系のマリー・アントワネットに変えた、とか。

148 :137:2001/02/14(水) 21:50
河出書房新社の
「生活の世界歴史シリーズ」6巻
『中世の森の中で』
コレは面白いです。
文章がくだけてて楽に読めました。
同じシリーズで9巻
『ヨーロッパ中世』もありますが
これはより記述が学術的。
このスレの>>131〜133>>137
コレから引用しました。
1さんにもお薦めです。

食べ物については貴族のそれなら
原書房「中世の饗宴」は、図版も豊富、
料理以外の生活や詳しいレシピも載っててすごく楽しめますよ。
もっと手頃なのだと創元社「美食の歴史」文より図版が多いムック。

お城については「中世への旅−騎士と城−」
(白水社)。貴族といっても未だ中世では
いかに不便な暮らしをしていたか窺えて面白い。

また着る物に関しては、パルコ出版「ファッションの歴史」上巻
に中世の貴族を初めとして豊富な図版が載っています。
しかしコレは絶版かも知れません。

ほかにちょっと変わった切り口で「夜の中世史」(原書房)
幻想的な魔女や狼男や幽霊について一章を割いて書いてます。
ええと、それから(笑)これも変わってる。中世というより
近代以前のヨーロッパ人の入浴の習慣はどのようなものであったかについての本、
「自由・平等・清潔」(河出書房新社)これも図版豊富で、ちょっと長いですが
一見の価値があるのでは。

白水社「中世ヨーロッパ生活誌」上下巻
しかしコレは私も買ってきたモノの翻訳文がよみづらく
挫折している状態です。


長々と、失礼しました>>皆様

149 :名無しさん@1周年:2001/02/14(水) 23:30
中世ヨーロッパがらみでの質問があるんですけど、
あの時代の修道士の頭って、河童みたいに
てっぺんだけ剃り上げているのですか?
なんで全部剃りあげないで、輪っか状に髪の毛を残しているのですか?


150 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 00:52
 時代をそろえて比べると日本の食生活もどっこいどっこいだと思う。
味噌汁が鎌倉時代に出るのが唯一心強い材料だけど、たいていの日本食
の起源は室町であり、普及は江戸時代であって、それ以前の庶民の日常
食は雑穀と野菜を粥にして腹に流し込むものだった。オートミールと大
差ない。


151 :アーサー王:2001/02/15(木) 01:06
中世ヨーロッパの美点を探すのはよいとしても、一般庶民でないと1
のスレ趣旨からはずれる。世界史板の騎士たちよ。ヨーロッパ中世で
いちばん幸せな一般庶民を探索するという使命を授けよう。行け。


152 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 03:00
中世は戦争が多かったからな
住環境なんて顧みる余裕も無かったんだろうな
中世の戦争様式ってどんなんだったんだろ、、、スレ違いか、、

153 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 04:43
醤油が普及したのは徳川時代に入ってからなので、それ以前の料理は今の我々が考える日本料理とはかなり違うものだったはず。現代の日本料理は醤油が命。醤油無しでは考えられない。
醤油が普及する前には、酒を煮詰めてアルコールを飛ばしたものに塩で味付けをした調味料を使ってたそうです。
あと、魚醤。

154 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 04:46
戦争暴力略奪が日常的な世の中では快適さよりも身を守ることの方が優先。支配階級は城に住まざるを得ない。

155 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 07:53
魚醤というか本物のしょっつるなら、慣れれば醤油より美味いよ。生臭いけど。ナムプラーなら結構スーパーで売ってないか?
中世日本には酢はあったし、味噌もあったし、醤油が無くても(痛いが)我慢できないこともないかも。少なくとも中世ヨーロッパよりはずっと良い。
でも清酒は無いんだよね。濁酒を料理に使うと甘くなりそうだ。
昆布とか鰹節とか煮干とかダシはあったんだろうか?素材から出るダシだけかな?
ひとまず絶対に存在した日本料理↓

新米の白飯
鮎の塩焼き
山菜の塩漬け

中世ヨーロッパはこの中世日本の至高のメニューを超えられるか!
芥川龍之介の小説に出てくる芋粥が食ってみたい。

156 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 08:02
芋粥タン(;´Д`)ハァハァ

157 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 08:08
清潔不潔ランキング

清潔派
古代ローマ人 大浴場が社交場
江戸時代の日本人 銭湯が社交場
どの民族に限らず、海に素潜りする漁民

不潔
中世ヨーロッパ 一生風呂に入らない
イヌイット(エスキモー) 防寒のため体に獣脂を塗る。風呂に入ると死んでしまう

158 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 08:59
>>157

追加

清潔派
ムスリム ローマと同様に浴場(ハンマーム)が社交場。礼拝時に身を清めることが義務付けられている。
アメリカ人 風呂には入らないけど毎日何度もシャワーで身体を洗う。


159 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 09:04
醤油は味噌を置いておくだけでにじみでてきた。もちろん両方とも原
型の話だが味が極端に違うわけじゃないだろう。たま〜には醤油味も
あったってことだ。

昔の庶民でいちばんうまいものを食ってたのは、世界共通に漁民だと
思う。塩に不足はない。魚が腹いっぱい。焼いてもいいし、ごっつい
鍋もできる。うお、幸せじゃん。


160 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 09:10
>>159

>うお、幸せじゃん。

これは掛詞か?


161 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 13:37
中世の騎士は、キリスト教を守り
国王に忠誠を誓い
女性を敬う
と中学校のとき習ったが、アりゃ嘘か。

162 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 13:41
タイムスリップ 観光旅行ツアー

OL向け 中世ヨーロッパツアー
安全で華やかなベネチアが一番人気 しかしアルプス以北は「臭い」「汚い」「食い物が黒パンしかない」「レイプされた」と非常に評判が悪い

三国志オタ向け 中国ツアー
「思っていたより曹操がカッコ悪い」「関羽が実はドキュンだった」「友達が食べられた。どうしてくれる」と非常に評判が悪い

オヤジ向け 古代イタリアツアー
「大競技場での戦車競争が競馬より面白い」「剣闘賭博はもっと燃える」「大浴場がついてて最高」「魚料理もなかなか美味い」「夜は色んな人種の女がよりどりみどり、物凄く安く買える」と大評判。予約殺到中

163 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 18:12
>>162
退屈なネタだね。

164 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 21:13
>>161
 忠誠を誓うと言っても、ヨーロッパの封建制は契約だから、自分の果たすべき
義務が終われば、戦争中でも帰ったそうだ。結構ドライ。

165 ::2001/02/15(木) 21:14
(しゃがみこんで、タバコをふかしながら)皆さん、レスどーもー。
↑ウソですよ!ほんとにグレてませんって!

>142さん
詳しい説明ありがとうございます。たしかに『指輪〜』からかけ離れていきますが、中世の真実を知れたのでうれしいです。
『指輪〜』で、エルフ族がつくっていた、クッキーみたいなのも、あの時代には存在しなかったわけですね。
『グインサーガ』で、穀物をこねて作った食べ物があったけど、アレだったら中世にも存在したのかな。

>148さん
ふむふむ。色んな本があるんだ。でも、普通の書店じゃ売ってなさそー。
知れば知るほど、驚くコトが書いてそうですね。

>アーサー王様!
そうですよ!もっと幸せに暮らしてた庶民だっていたはずじゃないですか!
皆さん、知ってたらお願いしまーす。

中世ヨーロッパで暮らしたいって夢は消えつつあるけど、まだドラクエとかFFみたいなすっきりした雰囲気の世界で暮らしてみたいなあとは思ってます。
現代の日本って、なんか退屈。(贅沢な悩みではございますが・・・・)


166 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 21:28
>>165
グインサーガって・・・・結構イタイのな、お前。

167 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 22:10
>>157
ヨーロッパが一番不潔だったのは中世よりあとだよ。
15世紀から17世紀くらいと聞いた記憶が。
宗教的な理由だったらしいけどやっぱり
イヌイットじゃないけどおふろに入ると病気になるとか
性器を洗うなんて淫売のすることだとか
本気で思ってたようだよ

昔のヨーロッパは遠くにありて想うもの、だな(藁



168 :世界@名無史さん:2001/02/16(金) 00:02
欧州人が風呂に入らなくなったのは、
黒死病の大流行によるものという説を聞いたことが有る。

169 :世界@名無史さん:2001/02/16(金) 00:23
公衆衛生の観念ってもともとオカルト的なもんだったんだよね
ペストが流行って流行ってどうしようもなくて
同じ空気吸ってるとヤバイいとか
とにかく手洗いしないと死ぬみたいな

170 :世界@名無史さん:2001/02/16(金) 02:35
>142
お疲れさま。いまさらだけど、ちょい訂正。

> あるいは大麦を作りそれを粥にして食べる。オートミールといい、これも
> おいしくない。

オートミールにするのは、オーツ麦(燕麦)ではないかと。あと、three field
では、春蒔き穀物(大麦・燕麦、場合によって小麦)と秋蒔き穀物(小麦・ライ麦)
と休閑地、だったと思います。大麦がとれるところでは、エールやビールもたぶん
重要な栄養源だったでしょうね。

171 :世界@名無史さん:2001/02/16(金) 03:25
中世の騎士団てどれだけあったんだろう、有名な奴で三つ位しか思いつかない
戦の兵士は全て間に合わせの傭兵だけだったのか
それとも常備のお抱え騎士団みたいなのも存在してたんだろうか?


172 :142:2001/02/16(金) 10:19
>>170
オートミールの件は、ご指摘の通りです。
三圃式の件は、時期によって多少違いがあるようですが、どうでしょうか。また、
場所による差もあるような気がします。
ビール・エールについては、比較的最近まで食事はビールを飲んであとパンとスー
プ、といった話を聞きますので、重要な栄養源だったでしょう。
ご指摘、ありがとうございます。

>>1
おそらくクッキーのようなものはあったと思います。穀物を水で練ってオーブンで
焼くとできますので、手短な食べ物として食べられていた可能性は高いでしょう。
ただ、今のようにバターやミルクたっぷり、といったものではなかったと思われま
す。

1さんがぐれてなくて良かったです(笑

173 :パルジファル:2001/02/17(土) 21:41
>151
おお、My Load King Arthur!!
聖杯探しのついでに庶民の生活を探ってきました。
中世で幸せな庶民…それは16世紀までのバイエルン王国の国民だったようです。
ドナウ川の橋をことごとく落として、ミュンヘンに塩(岩塩)の権益が集中する
ように仕向け、またバイエルン自体は戦争していたが、首都ミュンヘンはのんびりと
したものだったそうです。
私もすっかりビールに酔ってしまって…うぃっく!失礼。
では聖杯探しに再び…はいよぉ〜!(パカラッパカラッ…パカラッ…)

174 :名無しさん:2001/02/18(日) 00:44
英国のバースで古代ローマの風呂を見た。
構造が立派で驚いたが、400年もつかわれたと聞いてまた驚いた。
たしかにふちの歩くところの石は、摩滅してへこんでいた。
ローマ人の風呂好きは、欧州人には受け継がれなかったのかな。

175 :日本と西欧の入浴の違い:2001/02/18(日) 11:59
数ヶ月前、夫にこんな話をしましたが、信じてもらえませんでした。話というのは
、18世紀末のフランスのやや奇妙なヘア・ファッションの事。
その頃上流階級の女性は髪を1メートル近い高さまで結い上げていたのでした。

 入念に結われ得た髪は、リボンや鳥、有名な英雄達を描いた絵画などで飾られ
ていました。フランスの海戦勝利を祝って船の模型をあしらったものもあったとか。
結い上げるのも大変だし、解くのも一苦労。そこで、女性達は何週間も同じ髪型
で通したのでした。(勿論、その間、飾りははずしたでしょうが)クモやねずみまで
もが、髪の中に巣を作ったものでした。

「おいおい、騙されないぞ。そんな事あるわけないだろう」と夫は言いました。

トコロが、西ヨーロッパや米国では、極めてありうる話なのです。私の先祖が
どれほど汚かったか、またその理由は何だったのか。周りの知り合いに尋ねて
みても大抵の人は知りませんでした。そこで、自分で調べてみる事にしました。
なぜ欧米人は19世紀になるまで定期的にお風呂に入らなかったのか、日本人は
2000年近くの間、ずっとお風呂を崇拝続けてきたというのに?



176 :175の続き。その1:2001/02/18(日) 12:14
私と夫の祖先の違いが生じた一因に自然環境が挙げられます。湿気の多い日本の夏
を過ごすには、定期的に体を洗わなければなりません。さいわい、場所には事欠き
ません。多くの川のほとりとか、澄んで冷たい涌き水に加えて、日本は温泉で
あふれかえっています。最新の統計(1996年度)によると、環境庁に登録された
温泉の数は、25,455箇所もあります。

しかし、1番の理由は宗教の影響だと言われています。Peter Grilli著
Pleasesure of the Japanese Bath によると、日本の伝説には、神々が国生みの
最中、そしてそれを成し遂げた後に、水浴びするという故事があります。また、多く
の神は、男神イザナギ(キリスト教の神とアダムを合わせたような神様)が水浴びする
際に脱ぎ捨てた衣服の中から生まれています。神道はシャーマニズム的宗教ですから
自然の営みをなによりも重んじます。動物が温泉で傷を癒す場面に遭遇する木こり
や猟師の話なども各地に残っています。キリスト教ならそんな話を「下等な獣の行為」
と片付けてしまうでしょう。


まだまだ、続きがあるのですが、あまり良くなさそうなので止めます。



177 :ネブラスカ:2001/02/20(火) 23:51
>>175-176
既出のような気もするが、内容的に特に異論はない。

確認したいのだが、175さんとその夫の方はどのような文化に属する人物なのか。
直截な表現で言えば、あなたはどちらの出身ですか。
文面からは日本以外の出身であるように推測されるだが。

178 :世界@名無史さん:2001/02/21(水) 06:42
1がいい性格してるから、意外に長く続く良いスレに。
でも悲惨な1のいるスレ。

ヨーロッパは何故貧しかった?干ばつは無い、肥沃な森があった(過去形
地中海文明の遺産、他。何が拙かったんだ?
それだけキリスト教と戦争が酷かったのか?
なにより、あの収穫率の低さは?紀元前より大幅に後退してる。

「貧乏ほど料理を工夫する」ってことは、世界一旨い中華料理は…
4本足で食えないのは椅子と机だけ…

>>176
「禊が済んだ」なんて、犯罪がばれた政治家しか使わなくなりましたね。
ヨーロッパにも温泉あるよね。あと、マルセイユ石鹸は有名だけど、
彼等は石鹸使ってたのか?

179 :江戸時代だが:2001/02/21(水) 07:57
石鹸代わりに米ぬかつかってた江戸町民は、衛生観念にかんしては
世界トップレベル。

ヒエ粟の田舎は知らぬ

180 :世界@名無史さん:2001/02/21(水) 11:31
>>178
 収穫率が下がった一因に、キリスト教による科学技術の制約があっ
たと思う。また、ローマ帝国末期の混乱と伝染病の蔓延で、欧州の
活力が下がった部分もあるでしょう。途中からは旧教と新教の争いも
始まるし。

 石鹸は使っていたのか疑問ですねぇ。おしっこで髪を洗うのは知っ
ているけれど。


181 :名無し象は鼻がウナギだ!:2001/02/21(水) 11:36
>>173
どうでもいいが、「パルジファル Parsifal」はヴァーグナーの楽劇上
の人物。この人のいい加減な語源の解釈によって生まれたもの。君が
言いたいのはペルツィファルParzival、或いはペルスヴァルPerceval
でしょ。


182 :世界@名無史さん:2001/02/21(水) 12:00
シリアの特産品にオリーブから作った石鹸があります。ローマ時代には現地で消費するだけではなくローマ全域でつかわれていたそうです。
中世にヨーロッパ向けに輸出していたかどうかは知りませんが、輸出があったとしても少量だったでしょうね。


183 :考える名無しさん:2001/02/21(水) 12:16
>178
 最大の理由は、穀物の収穫比率の相違。もともと、麦は米に比べて
生産効率の悪い穀物で、現在でも一粒から、米は120粒ほどとり得る
のに、麦は30粒程度。これが中世になると、奈良朝日本で米40粒程
だったのに対し、西欧での麦は2〜3粒。とすると、領主に半分出して、
教会に1/10払ったと仮にしたら、豊作傾向の年でも、0.2粒しか
自分たちの食料にならない。(残りの1粒は来年用)。どうやってもこ
れでは裕福になれようが無い。それどころか、0.2粒分凶作の年が来た
ら(というか平年?)、一粒も麦は食べられない計算。どんぐりだの豚
肉だのを食べて暮らすしか無くなってしまう。(コンスタンティヌスが
ユダヤ教に改宗していなくて良かったね。)

184 :世界@名無史さん:2001/02/21(水) 20:36
ルイ14世の命により作られたのが
マルセイユ石鹸の始まりだそうです。
実は私今使っていますが、ものすごく、いいです(本当)。

それにしてもルイ14せの時代といえば
ヨーロッパが最も不潔だった時代では?
その時代に石鹸が発明されたというのはちょっと不思議です。
詳しい背景知ってる人居ませんか?

185 :世界@名無史さん:2001/02/21(水) 20:52
>>184
石鹸はもっと昔からありましたよ。
182参照。


186 :パルちゃん:2001/02/22(木) 14:46
>181
その通りだが、ただ単に世間的に通りの良い方を使っただけの事。
映画「エクスカリバー」でもパルジファルだったしね。



187 :世界@名無史さん:2001/02/22(木) 22:38
>アーサー王陛下
もうモンティパイソンが頭から離れません。
ファーストコンタクトがNHKでやってた「ホーリーグレイル」で、
あまりの下品さに「何故こんなものが国営放送で?」と頭がクラクラ
したものですが、今や中毒状態に・・・BBC&NHKマンセー。
吹き替え版を見れなかったのが悔やまれます。

食事の話題関連で、テーブルマナー・食器は?
現代のマナーはルイ14世が自分の味方を見分けるために
でっちあげたものが殆どだそうですが。
自分で流行を作り出して、それについていけるのが味方だと。

188 :パルちゃん:2001/02/23(金) 02:01
↑ををををを!
同士よ!わしもモンティファンじゃ!
そんじゃあなた、SPAMをご一緒に…

189 ::2001/02/25(日) 00:26
ああ、悲惨な1スレに登録されちゃいましたか・・・・・。
がっくり。
まあ、スレ全部読んだら納得ですが(自分で納得するな!)
皆さん、レスありがとうございます。色々ためになりますよ。

190 :世界@名無史さん:2001/02/25(日) 11:06
>>1
まあ、確かにここって荒らされてるわけでもないし、叩きも煽りもないし、みんな真面目にレス付けてるのにね。
荒らしも叩きも煽りもないのにここまで1ががっかりさせられたスレって珍しいだろうな。


191 :世界@名無史さん:2001/02/28(水) 12:11
豚と共存〜中世ヨーロッパ

192 :世界@名無史さん:2001/02/28(水) 12:48
中世のヨーロッパ人はかなり貧乏くさくて飢えてたかも知れないけど、
そのかわり夢はいっぱいあったんじゃないの?
妖精さんに囲まれててさ。(?)

193 :世界@名無史さん:2001/02/28(水) 13:00
妖精さんなら日本にも腐るほどいたぞ。世の中皆是神。
かまどにも井戸にも納戸にも便所にも。

人は死ねば神になるのが日本の神道だからなあ・・・。

194 :世界@名無史さん:2001/02/28(水) 13:07
中世はヨーロッパ人の本質がありありと見て取れて大変興味深い。

195 :世界@名無史さん:2001/02/28(水) 13:13
妖怪は現代でも存在します。
最近は、妖怪脱糞小僧のせいでうんこをもらしそうになりました(w

196 :世界@名無史さん:2001/02/28(水) 16:08
>192

>そのかわり夢はいっぱいあったんじゃないの?
妖精さんに囲まれててさ。(?)

あの・・・伝承上の妖精は益よりも害を与える存在なのですが・・・
最近のファンタジー物の影響を受け過ぎ・・

197 :いちご姫:2001/02/28(水) 19:24
>187
 私の記憶では、第2代だかのブルゴーニュ公がフランス王位を継げな
い腹いせに、やたら複雑な食事慣習を作ったのが始まり、と読んだので
すが。


198 :世界@名無史さん:2001/03/01(木) 16:08
>>192
チェンジリングなんて……子殺しの正当化だしね。

199 :世界@名無史さん:2001/03/05(月) 00:21
ほうき星がとおると疫病がはやるんだよね。



200 :世界@名無史さん:2001/03/05(月) 00:33
インフルエンザって文字通り「(星の)影響」って意味だしね。

201 :世界@名無史さん:2001/03/23(金) 09:39
age

202 :世界@名無史さん:2001/03/23(金) 10:52
キリスト教徒は、水で洗礼をするというのに、体を洗わないとは、、、
中世は、火で洗礼をしていたのか(藁)。

203 :世界@名無史さん:2001/04/02(月) 06:05
質問よろしいでしょうか。
この時代、町の治安はどのようにして守られていたんでしょうか?
騎士とは別に町ごとに警察がいたんでしょうか? そういう治安組織はあったので?
また上級貴族階級ではない下級騎士ないし兵士というのは有事ではない時は普段どの
ような生活を送ってたんでしょうか?
ちょっとスレ違いになるような気もしますが・・・・。

204 :世界@名無史さん:2001/04/02(月) 23:16
167,168でも指摘されてるがヨ−ロッパ人が
風呂に入らなくなるのは16世紀以降の事だそうですな。
(阿部謹也「中世の星の下で」ちくま文庫参照)
それ以前はヨ−ロッパでも風呂屋は社交場だったとある。

205 :世界@名無史さん:2001/04/03(火) 00:49
聞いた説。
肉体のことにかまけるなんぞ悪魔の所行、キリスト教徒にあるまじき行為。
で、風呂に入らなくなった。

206 :世界@名無史さん:2001/04/03(火) 03:22
>>203
治安は裁判権を持ってた領主が担当したということで
良いのでは?自治都市なら独自の治安組織があったのだと思う。
それと下級でも騎士なら封建領主のハズだよな?
兵士は農民を徴収したんだから農民で良かろうと。
以上特に根拠があって書いてる訳ではないので悪しからず。

まぁ一口にヨ−ロッパ中世というが、長い期間だから
初期と末期ではかなり様子が違うよね?
指輪物語の雰囲気ならア〜サ〜王が活躍したあたりの時代
(伝説じゃなくて実在のな)
ならけっこう近いと思うんだがどうよ?
すくなくとも騎士道ってのは騎士が戦場では無用の長物になってきた時期に
出て来たもんだから1の目的からはあんまし気にしない方が良いであろう。


207 :206:2001/04/03(火) 04:45
資料をちょっと見てみると
騎士道の成立って11世紀ごろだったんですな。
騎士が役に立たなくなってくるのは15世紀ごろだから
それよりぜんぜん前の話だな。
やっぱし素人の知ったかぶりはいかん、って事でsageとこ。


208 :名無しさん@1周年:2001/04/03(火) 08:49
1はドラクエのやりすぎ


209 :203:2001/04/08(日) 02:14
レスどうも。
という事は騎士=貴族と完全に括っていいって事になるのかな?
その中でも平時には地位の高い人はお役人をやって下の人は警察の代わりを
果たしていたという事でしょうか。
話は逸れるけど傭兵とかってやっぱり税金払ってなかったのかな・・・・。
あ、ちなみに私は1さんではないです。

210 :世界@名無史さん:2001/04/08(日) 03:04
>>203
文庫クセジュ「中世フランスの騎士」によれば、
騎士階級と貴族階級は互いに利益を享受する関係にありながらも、
決して完全に混交することはない。

よって騎士=貴族という理解はよくない、と思う。

あくまで上記の本によれば、だが。
騎士階級/個人の平時の活動についても触れているので、
目を通してみてはいかが。

211 :世界@名無史さん:2001/04/10(火) 17:45
ホイジンガ「中世の秋」が中公新書で復刊してるよ♪
気になる人は読んでみよう。


212 :世界@名無史さん:2001/04/10(火) 18:07
>203

都市の治安については民兵団が門番や夜警を担当してたそうです。
村なんかは領主である騎士が警備してたんでしょうが……。

>206

騎士の中には領地を持たず
俸給をもらうだけという騎士もいたようです。

「騎士(シュヴァリエ)」というものを作ったのは
シャルルマーニュみたいですね。
ローマ教皇のイメージ戦略に引っ掛かったような
部分が大きいような。

213 :世界@名無史さん:2001/04/11(水) 09:52
中世で最もよくわからないのは、非キリスト教徒のヨーロッパのこと。
キリスト教徒たちの記録に書かれているほどには野蛮じゃなかったと思うけどね。
エルベ川以東・北欧・大ブリテン島・イベリア半島など、どんな暮らしを
していたんだろうね。

214 :世界@名無史さん:2001/04/13(金) 14:28
「北の十字軍」はおもしろかったけど。あれもどんな暮らしをしていたかまでは
書いていなかったなあ。略奪は権利だ、的なことを公言・実践したものの、団結
したキリスト教徒に略奪されまくって泣く泣く改宗、しかるのち力をあわせて隣
の異教徒の略奪に向かう、というなんとも論評しにくい展開だった。


215 :世界@名無史さん:2001/04/13(金) 14:45
ペストの大流行で人口が1/3になりました。

ヨーロッパは一度氷河に埋まっているので、アジアなどに比べて植物の
バラエティーが著しく乏しい。だから王侯の食卓でも、アジアの王侯に
比べるとかなり貧相でした。

戦があると兵として駆り出され、隣国に攻め込まれると、略奪、強姦、
奴隷として売り払われる。田畑は荒らされ、家には火を掛けられる。

不道徳な行いがあると、異端審問にかけられたり、魔女として処刑される。


216 :世界@名無史さん:2001/04/13(金) 14:52
ここは糞スレだが優良スレという珍しいスレだ。

217 :世界@名無史さん:2001/04/18(水) 12:39
「欧米人は一週間に一度しか風呂に入らない。くせー!」
とのことだが、向こうに言わせりゃ
「日本人は毎日ふろに入らないといけない。(それだけ体が汚れる)くせー!」

218 :世界@名無史さん:2001/04/18(水) 16:08
>>203
遅いが。>>212のように、都市の場合は市民団が結成され、成人男子はそれに
参加する義務があった。「都市の空気は自由にする」という言葉は額面とおりに
受け取れないが、市民という言葉が生まれたように、彼らは自治が基本であって
領主などに守ってもらうという考え方は強くなかった。

全般的に見て、どうも16世紀以降の話が混じってる気が……魔女狩りなんて大掛かり
になったのは16-17世紀で中世の話じゃないし、風呂も田舎などではともかく、都市
では木桶などで営業され、社交場として成立していたよ。
まあうんこは二階から捨ててましたが。

219 :世界@名無史さん:2001/04/18(水) 16:11
あと中世ヨーロッパを「暗黒時代」と呼ぶのは認識が古いというのが
昨今の潮流。
貧しくはあるものの、次の大航海時代への躍進の準備が着々と行われて
いたという認識になりつつある。そうでなきゃあんな風に爆発しないよ。

音楽に溢れた街ってのは体験してみたい気がするな。
職人達がギルドごとに定められた歌を歌いつつ作業する、そんな街の光景。

220 :212:2001/04/18(水) 16:30
おや?
俗に言う「暗黒時代」とは、
西ローマの滅亡からシャルルマーニュあたりまでの時代を
指す用語と記憶していますが。
中世初期に限った言い方だと思います。

この時期は教会すら影響力を失い、つまり統一された秩序体系がなく
文字通り暗黒の時代だったからこう呼ばれるのでしょう。
シャルルマーニュが教会と結びつき、ヨーロッパにある種の
秩序体系を生み出した事で暗黒時代とは呼ばれなくなるはずです。

221 :世界@名無史さん:2001/04/18(水) 19:00
219>>220
うん、だから中世後期をもひっくるめて「暗黒時代」とか言ってる人が上にいる
から違和感を感じたの。ちょっと古い認識だと13-15世紀すらそう呼称していた
みたいだし。
(さらに近世の内容まで入ってるし……前述したように魔女狩りとか)

222 :219:2001/04/18(水) 19:02
確かに魔女狩りは13世紀頃から始まっているが、本格的に始まったのは
ルネサンスや宗教改革の煽りを受けて。
ことさら中世の特徴に入れることではないと認識してるぞ。

223 :世界@名無史さん:2001/04/22(日) 21:51
角川(スニーカー)文庫 王領時静(藤本ひとみの別PN)著「黄金拍車」
についてなのですが、ひょっとして、臭い汚い飯がまずいを除けば、意外と
正確だったりします?ジャンヌダルク付近の時代の話で、上のレスで出てき
たことがいくつか書いてあった気がするので、覚えている限り列挙します。

・少なくとも男は両刀使いが普通。美形を拒むとむしろ基地外扱いされる。
・獣姦も普通。山羊だか羊だかが人間に近くて良いらしい。
・メイドの役目の中には押し倒されるというのもある。
・ワインはそのままでは飲めない。生姜や砂糖で埋めて飲む。
・風呂にはちゃんと入っていた。
・ベッドは今のようなものではなく、むしろ上半身分が45度くらいに傾い
 た椅子に近い(主人公は騎士になります)。しらみも多い。
・初夜は立会人の下による。その他に、事の後に女達は直接寝室の中の花嫁
 を見て確認し、男達はシーツの上にもう一枚引かれた白い布が窓から投げ
 出されるので、それに破瓜の血が付いているかを確認する。
・騎士になる前日は聖堂の中で一晩お祈り。
・剣を習い始めるのは8歳前後。
・シャルル8(?)世(即位前)は貧乏。パーティー扱いの晩餐ではパンば
 かりが百花繚乱していた。
・シャルル8世よりもお金持ちな貴族もいる(システムを考えれば当たり前
 ですが)。
・その上彼はなにやら血統的に三重苦らしい。
・貴婦人(特に上官の)を敬わなければならない。プラトニックなら恋愛も
 OK。
・騎士号は世襲制ではなく個人に与えられるもの。
・血統では先に血を流した方が負け。同じ聖書に口付けて誓いを立てて行う。
・戦争(都市を落とす場合)における皆殺しは本当に皆殺し。女、赤ん坊に
 至るまで徹底的に皆殺す。
・逆に騎士同士の戦いはのんびりとしたもの。馬から落としたら槍なり剣な
 りを突きつけて身代金の相談を行う。

224 :223:2001/04/22(日) 21:53
続きとして、この他にローマ編(ロゥマ共和国らしい)になると、貴族生活
として

・風呂に入った後はオイルを塗ってもらう。
・食事はベッドに寝転がって、手づかみで延々と食べる。
・奴隷の扱いはそんなにひどくはない。剣闘奴隷やガレイ船の漕ぎ手等は例
 外的にひどい。ただし、剣闘奴隷は生活自体は悪くはない。が、人として
 の尊厳を根こそぎ持っていかれる。

 こんなところです。その他に、シリーズ中の別の話では私掠船の上前をは
ねる海軍軍人が出てきたりします。

225 :世界@名無史さん:2001/04/23(月) 02:06
すごく参考になるスレですわ。
あげてみます。

226 :世界@名無史さん:2001/04/24(火) 02:50
中世の城って、やっぱり石(レンガ?)で出来てるんですよね。
そしたら冬は冷えて仕方がないだろうし、陽も城内にはあまり入りませんよね。
なんとも健康に悪そう……って、これは城ばっかりに言えた事じゃないか。

227 :世界@名無史さん:2001/04/24(火) 03:12
中世の城っていうと例えばロンドン塔みたいなものを想定するといいんでしょうかね

228 :世界@名無史さん:2001/04/24(火) 03:19
>>223決闘って死ぬまでやるもんじゃなかったのか
中世ってやたら決闘するけどそのたびに殺しちゃうのかと思ってたよ
考えてみればこんな不都合な事は無いんだよなあ。

229 :世界@名無史さん:2001/04/24(火) 11:15
>>227
ポーランドのマルボルクにあるチュートン騎士団の城が典型的レンガ建築。

230 :世界@名無史さん:2001/04/24(火) 12:01
>>228
死ぬまでやるなんてそんな馬鹿なことはありません。
騎士は基本的にびんぼーです。相手を生け捕って身代金をがっぽがっぽもらわなきゃ
やってられませんよ。……逆に身代金破産もよくあるんだよ。

231 :世界@名無史さん:2001/04/24(火) 16:51
騎士はならず者だったのか・・・


232 :nanashisan:2001/04/24(火) 22:56
>>231
源平時代の日本の武士と大差なし。
シマアラソイをしているヤクザみたいなもの。

233 :世界@名無史さん:2001/04/27(金) 04:49


234 :名無しさんの主張:2001/04/27(金) 10:04
>>226
寒さについては、薪や石炭やドンドン焚けば暖は取れるから問題なかったが、
問題だったのは照明だったらしい。
城に限らず、中世〜近世ヨーロッパの建物は石か煉瓦造りで、
壁で建物を支える構造だから、窓が少ない。(窓を大きく取ると建物が弱くなる)
例え窓が大きく取れても、冬は寒いから窓なんか開けられない。
もちろんガラスなどないから、木の窓を閉めれば中は真っ暗。
昼間でも松明などの照明は欠かせなかった。
絶えず暗いので、暗いところを好むのネズミなどの繁殖には適していたため、
城や教会などの大きな建物ではネズミが大繁殖し、ペスト大流行の原因にも
なった。

一方、日本の家屋は柱構造で、必ずしも壁は必要としない。
また、障子という建具があったため、室内は明るいのが普通。

現在でも欧米の家庭やホテルのどの部屋は白熱灯の薄暗い部屋が多い。
日本の家庭では蛍光燈の明るい部屋を好む。
(ホテルなどでは欧米風にしているから日本でも白熱灯の薄暗い照明になっている)
これは建築文化の違いから来ているらしい。

俺も、出張でホテルに長期滞在することが多いのだが、ホテルの暗い照明には
耐えられない。本を読んでいても目が疲れる。しかし、欧米人はあれの方が
落ち着くらしい。


235 :T・S:2001/04/27(金) 10:49
 決闘は時として「神明裁判」であったと言う話を聞いたことがある。
 正邪の判定がつけにくい場合、決闘をさせて勝った方に神のご加護があったとする
・・・・・・ほとんどクガタチやヌレギヌと同レベルの裁判。ただし、実力があきらかに差
がある場合、片腕を使わないようにしたりいろいろと制限をつけるのだとか。これを
「ハンデをつける」と言い、西洋スポーツマンシップの原型とみなす(個人的に)。

 参考文献・原書房『拷問全書』

236 :7:2001/04/27(金) 12:15
>>235
「ハンデ」だと日本語では?
元は英語のハンディキャップ(スペルが判らん)で、そのまた語源は
英国で競馬を行う時に馬の強い・弱いをランダムにするために馬に乗せる
重りの大きさをくじで決めた。
で、そのくじのやり方が乗馬帽子に重さを書いた紙切れを入れて,
かき混ぜてから一人ずつ取り出す方法だったので、「帽子に手を入れる
(Hand-In-Cap)」と呼んだのがはじまり。
だから、近代競馬以前に遡ることはないので、せいぜい18世紀以降
では?


237 :T・S:2001/04/28(土) 12:46
 >236
 ご指摘ありがとうございます。
「ハンデ」云々に関してはあいまいな記憶を埋める形で書いたので、間違ってるとは思って
ました(無責任)。

 決闘の際に力の差を鑑みて制限をつけると言う制度は確かにあったようなんですが、手元
に資料が無いのでいつ頃からとか何処でとかはちょっと解りません。いくらなんでも、こん
な裁判を近世にやっていたとは思えませんが。

 かなり遅レスだけど、ハンバーガーはひょっとしたらドイツ生まれかも知れない。
「第二次世界大戦の時、フランクフルトソーセージの名前を(アメリカでは)変えたのに、
ハンバーガーは何故かそのままだった」とか言う文章を何かでよんだことがある。
 そりゃ確かに「ハンブルグ」と読めないこともない・・・・・・かな。

238 :もも:2001/04/28(土) 13:09
ドイツにはひき肉料理が多いよね。
ハンバーグ、ソーセージ、タルタルステーキ。
モンゴルにもひき肉料理が多いんだよね。
それに、タルタルステーキのタルタルって「タタール」
のことだし。
タリタルステーキを焼けばハンバーグ、茹でたりスモーク
すればソーセージ。やっぱモンゴルの影響がありそうだ。
と俺には思える。

239 :花咲か名無しさん:2001/04/28(土) 13:11
>>237
ハンブルグが語源なのはハンバーグでしょ。
ハンバーグを使った料理だから「ハンバーガー」だと思う。

240 :もも:2001/04/28(土) 13:23
ハンバークステーキだよね。正式名称は。


241 :もも:2001/04/28(土) 13:24
ハンバー「グ」ステーキでした。

242 :非公開@個人情報保護のため:2001/04/29(日) 02:38
>>236
ハンディキャップは、
条件を決める者が持つ帽子に二人のジョッキーが金を入れ、条件を述べる。
その条件で勝負するなら金を掴み、降りるなら金をつかまない。
一方だけが金を掴んだら掴んだ者の勝ち、両方とも掴んだら競走、
両方とも掴まなかったら、条件を決めた者が取る。
だったとか。
また、実力通りにいくとは限らない近代競馬
(スイープステークス、6歳以下程度の若い馬による競走、
2マイル以下中心の短距離戦)で行われたと考えるより、
強いと相手してくれなくなる時代でハンディキャップが出たようです。
それと、距離によるハンディキャップというのも、初期の頃はあったようです
(オートレースみたい)。

出典は忘れました(大学時代に図書館で借りただけなので)。
19世紀末のイギリス人による競馬解説書の和訳と、
レーシングカレンダーの一部を紹介している本でした。

中世ではないので、さげときます。

243 :世界@名無史さん:2001/05/08(火) 15:18
>>230
あっちにも首代引取人はいそうだ。

244 :世界@名無史さん:2001/05/09(水) 00:52
あの、ホントに初心者的質問なんですけど、
中世ヨーロッパには、穀物は何が食されていたのでしょうか。
麦は大麦とか、黒麦とか、細かい所まで教えてもらえるとありがたいです。
何かの小説(中世ヨーロッパ背景?)ではイモが登場していたんですが、
この時代にイモは食されてなかった…ですよね??

245 :世界@名無史さん:2001/05/09(水) 00:56
ヨーロッパが発展したのはジャガイモのおかげ。

246 :世界@名無史さん:2001/05/09(水) 01:32
ジャガイモは中世ヨーロッパにはないぞ。
あれは新大陸原産。
サツマイモやその他のイモに関しては知らない。

247 :世界@名無史さん:2001/05/09(水) 10:58
>>244
主食は黒パンなのでライ麦でしょう。

248 :名無し三等兵:2001/05/09(水) 11:59
サツマイモも新大陸原産。
しかもジャガイモよりも先にヨーロッパに入った。
もともと「ポテト」はサツマイモを指していたらしいが、
ジャガイモが入ってくるとヨーロッパの食習慣により
マッチしているため(バターやチーズなんかの乳製品
とも相性いいしね)ジャガイモの方が普及した。
それ以降「ポテト」はジャガイモを指す言葉となり、
サツマイモはスイートポテトと呼ばれるようになった。

日本では逆にジャガイモが先に入って来たが、後から
入ってきたサツマイモの方が甘味がありそれ単独でも
けっこうおいしく食べられるためサツマイモの方が普及した。


249 :世界@名無史さん:2001/05/09(水) 20:35
>>239
ハンバーガーの方が先と言う説もあり。
ドイツからアメリカへ渡る船内で、アメリカ人コックが保存用の肉(腐敗対策のため
香辛料と混ぜたひき肉)を焼いてパンに挟んで食べたのが始まり。
その時の船がハンブルグ発だったためにハンバーガーと名づけられた。
まぁ、そう云う説もあるってことで。

250 ::2001/05/10(木) 00:20
うあー。スレたてといてこんなに間を空けちゃってすいません。。。
皆さん熱く議論されてるようでなによりです。
今じゃハイファンタジー世界観=たんなる幻想
と判明したんで中世ヨーロッパにたいする魅力もすっかりなくなっちゃいました。このスレのおかげで・・・。


251 :244:2001/05/11(金) 02:09
御親切に御教授いただきサンクスです!
やっぱりイモは無かったのですね。
そんでもって、麦はライ麦、と。
2ちゃんで教えてもらえると有り難み倍増です。

252 :世界@名無史さん:2001/05/11(金) 10:03
>>250
ご愁傷様。
まぁ、ハイ・ファンタジー書くのは作家なわけだから、
自作のワールド設定には、オリヂナリティって奴も盛り込みたくもなるでしょ。

たんなる幻想って言えば幻想なんだけど。
ファンタジーは幻想物語なわけだし。

まぁ、いいんでないか。

253 :世界@名無史さん:2001/05/11(金) 17:23
>>244
「中世のパン」を読め。面白いぞ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4560028664/qid=989569345/sr=1-6/249-6395461-4237964

254 :244:2001/05/12(土) 00:04
>>244
うわ!興味そそられる本ですね。サンクシュ。
お金入ったら買いたいなぁ。
クロワッサンは何処発祥だったっけ??
ヨーロッパじゃないよなぁ…
この疑問もきっと載ってるといいな。

255 :世界@名無史さん:2001/05/12(土) 00:14
黒パンの原料であるライ麦には麦角というものが
時々発生したそうです。
これは脳を犯すかなり危険な物質だったらしく、時々
中世ヨーロッパではこれが原因で狂い死にする患者がいたようです。
LSDはこの麦角の分子構造から作られたという話です。

256 :名無しチェケラッチョ♪:2001/05/12(土) 00:17
>>255
ライ麦病ってのを聞いたことがあるけど、別物ですか?
大航海時代、食料として持ち込んだライ麦パンで
航海士が中毒死して幽霊船伝説ができた、とか・・・

257 :名無しチェケラッチョ♪:2001/05/12(土) 00:20
>>254
たしかべーグルはイスラエル発なんですよね。
クロワッサンは、
オスマン朝のシンボルである三日月を象ったものと聞きましたが・・・
その本に載ってるかな?

258 :255:2001/05/12(土) 00:55
>>256
同じかもしれませんね。
狂った船員達が海に次々飛び込んで無人船になったとか?

259 :ハンバーグについて:2001/05/12(土) 04:01
独逸・ハンブルグは「ハーンの町」という意味。
もちろんチンギスハーン・フビライハーンのハーン。彼等の支配下にあった。

当時ハンブルグに駐屯していたのはハーン配下のタタール人達。
彼等遊牧民は朝、馬に乗る時生肉を鞍の下に挟んでおき、夜ぐちゃぐちゃに
つぶれたその生肉を食べていた。それが今のタルタルステーキ。

それを見ていた独逸人だが彼等は生肉を食べないので生のひき肉を丸めて
焼いて食べた。それが今のハンバーグステーキ。

260 :汗burgか・・:2001/05/12(土) 04:07
おお!いわれてみれば、ぴったり辻褄があう・・・

261 :のーやん:2001/05/12(土) 04:52
         
高校生の頃、世界史の実習で中世ヨーロッパの農民の食文化とやらでオートミールや
パン(もちろんライ麦の)を喰わされた。
その結果、吐いた人1名・体調崩した人20数名・最後まで食った人1名。
あれは喰いものじゃないです。

262 :実習生さん:2001/05/12(土) 10:52
>>261
中世日本の精進料理のほうがまともに感じられますな。
ライ麦パン・・・今売ってるのとは製法が違うのでしょうか?

263 :世界@名無史さん:2001/05/12(土) 11:16
>>259-260
ま、825年にはHammaburg城が出来てたしリーグニツ(ワールシュタット)
の戦は1241年、おまけにオゴタイハーン死去でバトゥはすぐ引き返しちゃったし。

>>255
ずっと前に病院の待合の医療雑誌の広告で見たわー。昔は仰山死んだとか
今は麦角アルカロイド作ってるとか。


264 :名無しさん@1周年:2001/05/12(土) 12:19
>>261
>最後まで食った人1名

この人どんな人?

265 :世界@名無史さん:2001/05/12(土) 12:24
>>257
クロワッサンは、1683のウィーン包囲の時にできたんですよね。

ちなみに包囲を解いて退却したトルコ軍の忘れ物にコーヒー豆があり
それがウィンナーコーヒーの初め

266 :世界@名無史さん:2001/05/12(土) 12:33
>>261
中世のといって食されたライ麦パンは、今でも作ってるホントに真っ黒な黒パン?
酸味があってしっとりとしててボロボロしてるやつ。
あれ、日本人の口には合わないかもしれないけど、チーズとかのっけて食べると
そこそこイケルとおもうけどなぁ。
(歴史と関係ないけど)


267 :おサル:2001/05/12(土) 14:00
日本のご飯の炊き方だって、現代と中世とでは違うでしょう。
確か「強飯(こわいい」といって、米を煮てから蒸したものが
主流だったはず。不味いと思いますよ。

ところでライ麦パンで思い出したのですが、ライ麦につくカビから
起きる麦角中毒という病気が、「聖アントニウスの火」と呼ばれて
流行していたんだそうです。
確かそれを鎮めるための祭壇画もあったはず。
ご存知の方、いらっしゃいますか?

268 :おサル:2001/05/12(土) 14:01
すみません!麦角中毒については>>255で、
すでに「がいしゅつ」でした。

269 :名無しさん :2001/05/13(日) 01:16
司法
これは疑われたら最後、魔女狩り以前から拷問だけ。
容疑者は拷問に耐えられずに自白、車輪に楔(くさび)で
止められて、建物に吊るされて見せしめ、白骨化するまで放置される。
ヨーロッパの建物に有る金具は、馬止めではなくて、拷問の見せしめ用。
自白しても自白しなくても拷問で死亡する。

拷問の種類
上の磔が一般的、その他に手足を引っ張る。
火を点ける、切り刻む、腹を裂いて内臓を引っ張り出す。

270 :名無しさん :2001/05/13(日) 01:33
鉄製の籠(かご)に入れて、壁に吊るすのも一般的。

貞操帯……これって勘違いしている人が殆ど、実際は必殺の女性用拷問用具。
 性器・下腹部に糞が溜まって、生きながら腐って死にます。

玉抜き……男性用拷問道具。
 鉄製のボール掴みを真っ赤に赤熱させて、男性性器を焼き取る。

271 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 01:45
ウンコを詰まらせるって・・・考えると吐きそうだが
最終的に腸閉塞になって腹膜炎起して苦しみながらってとこか
あ、その前に自殺すればいいか。

272 :名無しさん :2001/05/13(日) 01:55
>>271
貞操帯の現物を見れば判るけど、
ちゃんと糞を出るように作られている。
ただ、その糞が性器の方に溜まるようにね。

自殺は監視の拷問係が居てダメ、
病気になったら医者が治療して、
また最初からやり直しの拷問。
病死では処刑にならないからね。

切る、煮る、焼く……殆ど料理の世界だよ。
絵画に当時の拷問風景が残っているよ。

273 :名無的発言者:2001/05/13(日) 01:59
>>269-272
1はこの事実にさぞかしびびっていることだろう

274 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 02:14
ヨーロッパ人て皆どことなく影があるけど
こういう裏世界の残酷史がそうさせているのか・・・

275 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 02:21
パリはうんこ臭かった
ちなみに京都もうんこ臭かった

276 :名無しさん :2001/05/13(日) 02:28
>>275
うんこに加えて、魔女狩り前から死体・白骨がゴロゴロ。
ペスト流行時代、魔女狩り時代、さらに死体の山。
現実は厳しいよ。
良くペストで全滅しなかったね。

277 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 02:29
先週ベニスに行って来たけどうんこ臭かった
毎週50万人観光で来て全てのうんこ・オシッコが水路に
TVだと美しい町なのに

278 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 02:40
日本も平安時代までは死体を焼いたり埋めたりせずに
路上に放置してたな、案の定疫病発生で平安京は阿鼻叫喚の地獄絵図だったそうだ
その後は民間にも仏教思想の影響でちゃんと処理する様になったそうだが。

279 :名無しさん :2001/05/13(日) 02:51
後は熔けた鉛を穴と言う穴に流し込む。
男は口と肛門から、女はさらに性器からも。
この時代の拷問=処刑=死刑だからね。


280 :名無しさん :2001/05/13(日) 03:01
車輪&鉄製の籠(かご)の見せしめ
苦しみを長引かせるために、最低限度の食事、
ワインと黒パン程度は与えていたそうです。

建物の壁に付けられた金具の高さ
人の手が届く高さで、領民のストレス解消に殴る蹴る。
通行人がナイフで刺す程度は当たり前、
イベントも兼ねていたそうです。

本当に現実は厳しい。

281 :名無しさん :2001/05/13(日) 03:14
梯子……普通の梯子が拷問用にも。
手または足の一方を縛って、反対側を引っ張って。
身長が2倍にまで延ばされても生きていた人も居るとか。

四つ裂き……4肢に牛・馬をロープで縛って暴走させる。

282 :のーやん:2001/05/13(日) 04:03
半日ぶりでスマソ。PCの調子が悪くて直していました。

>262>266
殆んど今の製法と同じだと思う。
パンよりオートミールでみな体調を崩した。
パンはみんな食べれたはず。

>264
それはここに書きこんでいる人です。
自分の場合はカラス麦だったか黒麦のパンも喰ったし、オートミールは3・4杯食わされた
けど大丈夫でした。

50代の先生達にも食わせたらなんともなく、逆に美味かったと言ったらしい。
ということは、昭和20年代の子供とレベルが同じなの?


283 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 09:56
>>272
貞操帯の造りを考えれば、どう見ても拷問具だとしか思えないよね。
(排泄穴部分には小さい穴しか開いていない)特に説明がなくても
だいたい想像つくとは思うんだけど。
TRPGやドラクエ、ライトノベルファンタジーの罪は大きいなあ。
ヲタは丸ごと信じてるのか、あの世界を

284 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 10:26
たしかファミ痛でやってた「ファミ通のアレ(仮題)」で
RPGの世界を考証するってのがあって、
中世ヨーロッパを健太郎が斬ってました・・・
内容的にはココのスレとほぼ一緒。
衛生概念とかペストとか。

285 :世界@名無史さん :2001/05/13(日) 16:34
日本のライトファンタジー:
・封建制
・妙に清潔
・高い文化
……江戸時代に西洋の服を着せたもの、と思うのは俺だけ?

286 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 17:03
江戸時代というより、結局、現代日本に封建制かぶせただけでしょう。
特に、人々のメンタリティーは現代人そのもの。

287 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 22:00
>>286
そりゃしょうがないけどな。
ちゃんとキリスト教の基礎を知ってる人すらどれだけいることやら。
とある漫画でシスターが水晶占いを教会でやっていてぶったまげたよ。
(それはライトファンタジーではなく、現代が舞台だが)

288 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 22:04
裸に近い姉ちゃんが戦場飛びまわるようなのは、現実世界には
どこを探してもないし…。


289 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 22:26
日本人のヨーロッパ感て「ハイジ」の世界だからね
あのアニメがヒットしなければここまで誤解される事も無かったのに。

290 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 22:41
ちょんまげ結ってカメラぶらさげて亀にのってる日本観もどうか。

291 :世界@名無史さん :2001/05/13(日) 23:20
魔女狩り時代でも消毒とか、ペストの原因は知られてなかったよね。
そうすると、当時の医療技術は患者の体力任せかな?

292 :世界@名無史さん:2001/05/13(日) 23:50
>>287
キリスト教の基礎を言い出すと、
「神の名をみだりに唱える」新約聖書以降の宗教観って既にファンタジーだろ。
現実はちゃんと神学論争を経て聖人崇拝が出てきたわけだが、
フィクションの世界では旧約から何からすっとばすからおかしな話になる。

新興宗教みたいなうすっぺらな教義か、
現物支給な奇跡降臨ものしか見ないよ。

293 :T・S:2001/05/14(月) 13:37
 1さんのために幻想的なネタを書こうと思ったんだけど、適当なのを思いつかないや・・・・・・。

 >291
 基本的にそうだと思う。確か外科手術とかはギリシャ時代からあったけど、中世から近世の
欧州ではメスを洗うことすらしなかったとか。手術用の服が赤黒く染まり、メスは血と膿にま
みれて固まるまで使うのを誇りとしてたとか。
 盲腸に対する治療法も聞いたことがあるけど、アヘンと下剤の投与しかしなかったんだそう
な。開腹手術による現在の形が成立するのは十九世紀も後半になってからたか。

 ああ、そういえばルネッサンス期のイタリアでは「% % % % の解剖ショー」が流行った時期があ
るとか聞いたことがある。ダ・ヴィンチがそれの名手で、皆の前で見事にバラして見せたとか。
人間のを使ったのか動物のを使ったのかは覚えていないけど、「% % % % はモノ」って考えがあった
そうだから、別に人間のを使っていても不思議じゃないか。ヴィンチの作った解剖図の素描は、
ちゃんと世間に発表されていたら解剖学の進歩を二十年は早めたかもとか言われてるそうだし、
% % % % を弄くって作った芸術品とかも(ヴィンチのじゃないけど)かなり現存してるそうだし。

 夢のような世界だ。中世ヨーロッパ・・・・・・。

294 :古代ローマオタ:2001/05/14(月) 22:04
1さん。

中世よりも古代ローマの方が平民にはまずまずの生活に思えるけど。どう?
皇帝がドキュンの場合もあるけど、そういう皇帝のターゲットは金持ちや名
声を得た人物に向けられるので平民はけっこうのらりくらりと生き延びるこ
とができたのでは?
広大な帝国領土各地かは資源と産物がガンガン入ってくるし。ただし、都市
部の平民用中層住居は環境が劣悪だし、鉛管での給水がちょと怖いので、
郊外に住む金持ちの所で住み込みで雇ってもらいましょうね。
奴隷でも収入をこつこつ貯めればその金で解放奴隷になれる制度もあったの
で、中世よりはマシかな。

軍隊には行かない方がいいよ。ドキュンだらけのガリアで25年の軍務は
つらい・・・。25年勤めればローマ市民権を得るけどそれまで生きてい
られるかな(結局は老兵ばっかになって兵力を維持するためにドキュン
のガリア人傭兵だらけになっちゃったッス)。

295 :世界@名無史さん:2001/05/18(金) 20:18
>>280
江戸時代の日本も同じでは?市中引き回しの上獄門なんて、一種のイベントだったらしいし、庶民にとって。

296 :食いだおれさん:2001/05/19(土) 01:21
江戸時代の刑罰:「鋸挽き」
戦国時代には実際に囚人を鋸で斬っていたが、江戸時代には形骸化。
街道筋などにさらし者にした囚人のそばに、「斬りましたよ」という申し訳として血のついた
鋸を置いておいた。
ところが・・・その囚人を「本当に鋸挽きにした」通行人が現れ、結局廃止になったそうな

297 :世界@名無史さん:2001/06/01(金) 00:17
1「被疑者はいるか」
↓はい
2「お前は魔女か?」
↓いいえ
3「なら、水に沈めてみよう(魔女は浮かぶ)」<ヲイ
↓浮かばない            ↓浮かんだ
「魔女ではなかった」(シンドル)  「やはり魔女だ」
                  ↓拷問火刑コンボ
    4全員死ぬまで1に戻る

こんなチャートが法学の本に乗ってた。
舐めてるのか?死ね>キ○○○教高位聖職者

298 :世界@名無史さん:2001/06/01(金) 04:53
行ってみるよろし
http://www.ff.iij4u.or.jp/~yeelen/

299 :世界@名無史さん:2001/06/07(木) 00:30
1じゃないけど、ずっと疑問だった。
スープはどうやって食ってたんだろうか。
テーブルのくぼみに盛ったのだと、犬食いもできまいに。
スプーンは相当時代が下がってからの代物だったよね?

300 :アマノウヅメ:2001/06/07(木) 07:11
>>299
食器は中世でもありますよ。
フォークは17世紀になって普及したけどスプーンはあります。

301 :世界@名無史さん:2001/06/07(木) 07:45
騎士の話が出ててましたけど、シャルルマーニと騎士を直接結びつけ
るのはちょっとどうかと。
本質的には全アンシャンレジームは封建制そのものともいえますが、
実際は初期からじょじょにその骨格が固まっていったと考える方がよい
みたいです。
騎士というのを僕ぁ講義では聞いた記憶がないんですが、貴族というの
は初期中世においてはほとんど概念がはっきりしなかったようで、当然
後期における候公伯子男のような貴族のヒエラルキーもなく、ただコー
メスと呼んでいたみたいです。
騎士という概念が初期中世にあったのかというのは記憶にないんです
がベネフィス制(いわゆる恩貸地制)によって雇われた形となった人た
ちが後に騎士となっていったのだろうとは思われます。
封建制が確立していく要因としてはこのベネフィス制とヴァッサルと呼
ばれる彼らが最終的には深くリンクしていくという過程そのものにある
と考えられているようです。

つづく

302 :世界@名無史さん:2001/06/07(木) 10:12
>>297
>舐めてるのか?死ね>キ○○○教高位聖職者

魔女裁判を執行したのは高位聖職者ではないよ。
それを言ったら、いわゆる魔女裁判は中世のできごとではなく、中世にあった蛮行は異端審問や十字軍なんだけどね。
もちろんキリスト教会の監督権が免罪されるわけでもない。

でも神判の習慣は、古代〜中世の世界中にあったのも事実。
日本の神官だって、村百姓だって、神判はやってた。

乏しい知識で偏見を撒き散らさないように、恥ずかしいから。

303 :299:2001/06/07(木) 23:29
>>300
教えてくれてありがとう。
でも、>>27の言うことと矛盾するんだけど……

304 :田中洸人:2001/06/08(金) 02:25
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/3422/mat11.htm
ここを見てください。夏は冬よりも太陽から遠いことがわかります。

305 :世界@名無史さん:2001/06/08(金) 02:30
>>302

高位聖職者も積極的にかかわっていますよ。
異端審問からつらなる魔女裁判は各地方で行われていたのですが、
魔女に関する法令や教義には高位聖職者も少なからず関わっていました。
ちなみに魔女裁判は世俗権力者も行っていましたよ。
(むしろこっちの方が多いかも)

聖職者は直接は「死刑」判決を下さない。
「世俗の手に委ねる」という言い方をしていました。
聖職者が殺生してはいけないという論理だと思われます。

302さん、あなたも「乏しい知識」の部類ですね。




306 :世界@名無史さん:2001/06/08(金) 09:31
age

307 :302:2001/06/08(金) 10:08
>>305
まず「魔女裁判」と「異端審問」一般は別の歴史カテゴリとして整理されるべきです。
「魔女裁判」が異端審問の延長上に派生したことは事実ですが、12世紀以降の異端審問が沈静化した後15世紀に生まれたのが魔女裁判です。

次に
>聖職者は直接は「死刑」判決を下さない。
>「世俗の手に委ねる」という言い方をしていました。

これこそ、私が言おうとしていたことです。
>もちろんキリスト教会の監督権が免罪されるわけでもない。(>>302
とお断りを入れていますね。

さらに言うならば、魔女裁判の中には、教会裁判所機構が止めようとしたにも関らず、審問官が世俗権力と結託して断行した事例もあります。
また世俗権力が止めようとしたにも関らず、都市部の世論(マス・ヒステリー?)におされるかのように断行されたものもあります。

背景として考えられるべきなのは、旧教・新教の対立と、社会構造の変動です。

何にしても「魔女裁判の責任を高位聖職者」に帰するのは法学的には正しい観方なのかもしれませんが、歴史学的には偏った観方です。
要するに、そうゆう事を指摘しているにすぎません。


308 :世界@名無史さん:2001/06/08(金) 15:09
>>303
300ではないですが。地方や文化程度・身分にもよりますが、まったく食器がないなんて
そんな馬鹿な話があるはずもありません。
博物館に行ってみてください。銀器や陶器などたくさんありますよ。(庶民が使っていた
木製のものは残ってはいないでしょうけど)
スプーンもありますが、一般的なスープの食べ方は、パンを浸して食べるものだったと
思われます。パンも今のように(というか日本のように)柔らかいものではないですから。

309 :世界@名無史さん:2001/06/08(金) 17:01
まあ教皇も魔女ですから…

310 :世界@名無史さん:2001/06/08(金) 18:20
魔女裁判と宗教改革の関わりの話をよく聞く。宗教的な自己のアイデンティティを守るための物だった、という説明を聞くが、そのへんに詳しい方お願いします。

311 :世界@名無史さん:2001/06/08(金) 18:49
>>310
>宗教的な自己のアイデンティティを守るための物だった、という説明

うーん。私の理解では、そんなにもっともらしいものではないと思います。

歴史背景として、宗教改革の頃の社会変動があります。
特に都市部で、急激に成り上がる人物(家)や、急激に没落する家が増えます。
宗教改革自体、こうした社会・経済変動の新興層に支持されて教線を伸ばした面があります。

ルターは農民との結びつきが強かった、など一概にも言えないのですが。後から過去を振り返ると結果的に歴史はそのように推移しました。

で、魔女裁判なんですけど、旧教の信者と新教の信者がせめぎあう地域の、発展と社会変動が共に激しかったと思われる都市部を中心に激しかった、とする整理があります。

もちろん、ここに、教会権威や世俗権力などの要因が加わるので、うえも一つの歴史解釈なのですが。私は説得力がある解釈だと思います。

うえの歴史整理を踏まえると、「魔女裁判」は、宗教改革で宗教的世界観が揺らいでいた時期に、社会変動に対するマス・ヒステリーが噴出し、異端審問官が演出した事象、とでも整理できると思います。
極端な事例(事例数は少ないですが)だと、都市で成り上がった人物が、「あれは悪魔と契約した力で成り上がれたのだ」的噂と、噂に基づいた密告で告発される、などですね。
この類が、マス・ヒステリーと呼んでいる事態の典型例です。

312 :衣食住:2001/06/09(土) 00:37
(衣)
パジャマが存在しない。寝るときは裸(>>12)。

(食)
食器がなかった(>>27)(異説あり>>308)
肉食は盛んだった(>>140-141)
食べ物はマズかった(>>142)

(住)
城よりはマシかも(>>8)
トイレはなかった(多数:つーか常識)
廊下がなかった?(>>83)
風呂は入らない(>>73)(異説あり>>167-168 >>204)
石造りが一般的で、照明は暗い(>>234)

313 :世界@名無史さん:2001/06/14(木) 10:35
やっぱり領主の初夜先取特権はすげ〜

314 :名無しさん@1周年:2001/06/14(木) 13:18
明治以来欧米マンセーな日本人には到底受け入れ難い事だろうが、
大航海時代到来以前は
文化的、道徳的に
東アジア>西アジア>モンゴル>>>>インド>アフリカ>>>>>>>>>>>>>>>>ヨーロッパ
だった訳で

315 :名無しさん@1周年:2001/06/14(木) 13:19
>>314
北アフリカは西アジアと同程度ね。

316 :名無しさん@1周年:2001/06/14(木) 14:21
東アジア>アラビア・イスラム>モンゴル>>>>インド>アフリカ>>>>>>>>>>>>>>>>ヨーロッパ


317 :世界@名無史さん:2001/06/14(木) 16:17
>>314おーい一つ抜けてるぞー
東アジア>アラビア・イスラム>モンゴル>>>>インド>アフリカ>>>>>>>>>>>>>>>>ヨーロッパ>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>ジャパンだろ?




318 :世界@名無史さん:2001/06/14(木) 16:22
どうせネタで言ってるんでしょ?>>317
ジャパンは東アジアです
「俺達はヨーロッパ人じゃない!」とお高く留まるイギリス人と
「俺達は東アジア人じゃない!」と吠える日本人って似てるね

319 :世界@名無史さん:2001/06/14(木) 17:24
>>313
日本でも中世にはあったみたいですよ、初夜権。
中国とかはどうだったのかな?


320 :世界@名無史さん:2001/06/14(木) 17:26
という事は日本や朝鮮も東アジアの一員として
イスラムやモンゴルより優れてたのか。
やっぱり中国と分けないと。

321 :世界@名無史さん:2001/06/14(木) 20:10
分け方が大雑把すぎる(w
何をもって東アジアが西アジアやインドより優れた物としているの?
ヨーロッパと一括してしまうとしても大公開時代以前のヨーロッパにあった
ビザンティン帝国やベネチア共和国の水準はかなりの物だったし
イベリアのイスラム諸王朝もあり、こちらの水準もかなり高い。

東アジアでも朝鮮半島の生活水準はかなり低い物だし
日本も時代によってまちまち。

アフリカのソンガイ、ガーナ、モノモタパは高い文化をもっていたし
モンゴルは無数の部族の集合体であって一様ではない。

322 ::2001/06/14(木) 22:59
みなさんネタつくりがおじょうずですね
この板に書き込まれていることのほとんどがネタですよね
みんなでよってたかって私をからかっているんですね
一ヶ月も風呂に入らないだの、トイレはたれ流しだの
そんなワケねーだろつーの ヴォケどもが 氏ね

323 :bgf:2001/06/14(木) 23:00
あげ

324 ::2001/06/14(木) 23:01
晒しあで

325 :123:2001/06/14(木) 23:01
曝しあげ

326 :もう寝ようよ:2001/06/14(木) 23:02
沙良氏

327 :1234:2001/06/14(木) 23:12
あご

328 :12345:2001/06/14(木) 23:13
あめ

329 :世界@名無史さん:2001/06/15(金) 02:00
>>322が真のネタレスに軽く一票

330 :世界@名無史さん:2001/06/15(金) 03:00
一気に糞スレに成り下がった感がありますな。
原因は文化に価値観を持ち込んだことでしょうか。
ここで一つ、日本についておもしろい話を(本当におもしろいかは皆さんの判断に委ねます)。

日本の文化レベルが高いようなことをいわれていますが、
こと「道徳」に関する限り、江戸時代まではヨーロッパとほとんど変わらないと言っていいでしょう。
刃傷沙汰は一般的だし、捨て子は野犬に食われるし。行き倒れた人は、めんどくさいので宿の外に捨てに行くし。
これを変えて下さったのが、5代将軍徳川綱吉。
あれですよ。かの悪名高き「生類憐れみの令」。
あの法律は、実際には「穢れ」を忌避したものでした。
「蚊を殺したら罰せられる」というのも、蚊を殺して出た血の「穢れ」をお上に報告しなかったためだそうです。
よって、あの法律は人間にも適用されました。
このために、刃傷沙汰や行き倒れなどが減ったそうです。

結局、文化レベルなんてどこもこんなものです。
日本も綱吉様がいなかったらどうなってたことか。
確かに東アジアは多くの優れた点を持っていましたが、
そこまで威張れるものではなかったと思います。

331 :世界@名無史さん:2001/06/15(金) 03:25
秀吉は洛中でくしゃみ禁止令出してたらしいしね。

332 ::2001/06/15(金) 05:28
みなさんネタつくりがおじょうずですね
この板に書き込まれていることのほとんどがネタですよね
みんなでよってたかって私をからかっているんですね
一ヶ月も風呂に入らないだの、トイレはたれ流しだの
そんなワケねーだろつーの ヴォケどもが 氏ね



333 :世界@名無史さん:2001/06/15(金) 15:16
トイレがないから香水が普及したのさ

334 :世界@名無史さん:2001/06/15(金) 17:21
騎士については、かっこよかったよ。
だって、ファンタジーとかで出てくる「騎士」って、
だいたい貴族の子弟(次男とか三男とか)がなったやつがモデルだろうから。
相続権がない流れ者なのね。
こいつらが出世する一番の秘訣、そう、それは逆玉。
もうわかったね。何で騎士がかっこいいか。
まあ、騎士団にはいるという手もあるけどね。



335 ::2001/06/16(土) 22:41
みなさんネタつくりがおじょうずですね
この板に書き込まれていることのほとんどがネタですよね
みんなでよってたかって私をからかっているんですね
一ヶ月も風呂に入らないだの、トイレはたれ流しだの
そんなワケねーだろつーの ヴォケどもが 氏ね




336 :世界@名無史さん:2001/06/16(土) 23:02
結局、ヨーロッパ人なんていうのは、タダの自称文明人。
世界一ドキュンで野蛮な部族がキリスト教を換骨奪胎して取り入れていく過程が、ヨーロッパの歴史。
「ローマ帝国マンセー、EC萌えー」って、おまえらローマとはつながってないって。
ましてや、アメリカなんて歴史自体が存在しない。
こんなやつらクソ!

それにまして、ファンタジーにひたって、中世萌えだった俺はもっと糞・・・

337 :そう?:2001/06/16(土) 23:42
中世って、調べると心楽しいよ。

昔は「退屈な硬直した時代」のとおりいっぺんの認識しかないけど、
時間が止まっているなら止まっているなりの<衣装>やら<騎士道>やら
<宇宙観>やら<遍歴商人>やら、もはやこの世にない細部があって楽しいです。

中世史バンザイ!!

338 :337:2001/06/16(土) 23:44
ちなみに、ぼくは剣と魔法の類がしぬほど嫌いのハードSF主義者だったから
それで中世史って嫌いだった。

なんで好きになったんだろ?
PKディックのナチズム調べているうちに、反ユダヤ主義の源流である
マルチンルターとか、錬金術的宇宙とか、そっち経由だったかな?

339 :世界@名無史さん:2001/06/17(日) 00:05
>この板に書き込まれていることのほとんどがネタですよね

たとえば、332や335なんか、ネタだね。

340 :世界@名無史さん:2001/06/17(日) 09:42
ところでさ。中世ヨーロッパにニワトリっていた? 今ファンタジー系の小説を書いてて、
結構気になっておるのです。イモがなかったってことは知ってたが。

341 :世界@名無史さん:2001/06/17(日) 23:05
鶏はいたよ。ガチョウもね。
でも、意外なことに七面鳥は新大陸由来で、中世ヨーロッパにはいなかった。

342 :日本@名無史さん:2001/06/17(日) 23:11
>>341
そうなの?
知らなかった。んじゃー、七面鳥を食う習慣は聖書には載っていないんだね。

343 :アマノウヅメ:2001/06/17(日) 23:49
>>342
七面鳥は、アメリカに移住したヨーロッパ人が、
鵞鳥の代用食として食べ始めたものです。
今も食べ続けているのは先祖の面影をしのぶため。

日本人がお正月にまずい(今風のは結構おいしいが、本来は
タヅクリやらクロマメやら3日食べるのはとんだ災難だった)
お節料理を食べたのと同じでしょう。

344 :世界@名無史さん:2001/06/18(月) 20:50
中世ヨーロッパ(キリスト教の教え)では、
Hはオフィシャルには正常位しか認められてなく、
うっかり違う体位でしたことを神父様に告解すると、
かなり厳しい贖罪を科せられたとききました。 ほんとうですか?

345 :世界@名無史さん:2001/06/18(月) 21:22
>>344
ほんとうです。

長い中世を通じて常に、ではありあませんし、ヨーロッパの全域ででも
ありませんが、そうしたことが行なわれた地域があったのは本当です。

もっと極端な事例では、セックスするときに、男も女も局部に穴を空けた
シーツを被ってしなくちゃいけなかった、なんて話も伝わってます。
さすがにここまで神経質なのは永続きしなかったと思いますけど。

346 :世界@名無史さん:2001/06/18(月) 21:50
検索したら、こんなんでたよ。
鬱だ・・

http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/otakusemi/No12.html

347 :世界@名無史さん:2001/06/18(月) 22:37
>345さん、ありがとうございます。
やっぱり本当なんですね。
薔薇物語をちらほらと読んでると
皆さん結構 恋愛を楽しんでいてそんなに悪い時代ではないな、
と思いましたが最後がそれだとちょっとね・・


348 :アマノウヅメ:2001/06/18(月) 23:46
>>347
坊さんに告解したら罰を与えられたのは、事実です。
しかし、黙ってれば解りはしませんからね。
実態は、相当乱れていたようです。

でなければ、ルネサンスになった途端、アレツィーノや
チェリーニが流行り出すはずはないでしょう。

349 :アマノウヅメ:2001/06/19(火) 22:15
>>319
遅レスですみません。

中国では農民は地主のところの奴隷を買って妻にしていた例が多く
その場合はお手つきは覚悟のうえです。
ただし初夜権は特になかったようです。

チベットではラマ僧が初夜権をもっていました。
なぜ僧侶に初夜権があったのかまでは知りませんが。

350 :世界@名無史さん:2001/06/19(火) 23:55
>>349
チベット密教の修行の中で最高峰とされる「秘密集会派タントラ」では
「性的ヨーガ」を実践してマンダラを生成せよと説く。
なにせ「秘密」と銘打たれているだけに詳しくはわからないけど
どうも女性の生命エネルギーを使って空性に近づくという考えらしい。
で、このときの行者の性的パートナーになる女性は
16歳の処女がもっとも最適であるとされるんだそうな。
おそらくその「修行」のためでは?

ただし、ダライ・ラマの属する最大の宗派ゲルク派では、
戒律を破ることになる性修行はしてはならないに説いているので
現在ではほとんど観想によるヨガ行しかなされていないと思う…。

351 :世界@名無史さん:2001/06/20(水) 10:44
ゲームのファンタジーから中世ヨーロッパに興味を持つ人が多いようだが、
殆どが180度美化された世界観をちらつかせてるのに対して、
テクモの『刻命館』『影牢』『蒼魔灯』のシリーズは
中世ヨーロッパの本当の姿に近いものを表現することに成功している

1などや他のファンタジー好きの人たちは、是非これをやってもらいたい。

352 :345:2001/06/20(水) 11:14
>>347
>薔薇物語をちらほらと読んでると
>皆さん結構 恋愛を楽しんでいてそんなに悪い時代ではないな、
>と思いましたが最後がそれだとちょっとね・・

あぁ。それは多分認識が逆になってると思いますよ。
男女交際一般ではなくて、西欧的な恋愛のスタイルが形成されたのは
中世の後半からです。

よく画期として挙げられるのは『アヴェラールとエロイーズ』とかですよね。
それから、西欧的恋愛を準備した者としては中世の吟遊詩人(トゥルバドール)の
活動などが考えられています。

この分野での歴史研究には、ミッシェル・フーコーの『性の歴史』とか
阿部欣也の『西洋中世の愛と人格』などがあります。

よーするに、古代ローマ時代の広域交易網がズタズタになっちゃって、
食量供給とかもままならなくなっちゃったヨーロッパ内陸部都市に
ゲルマンの蛮族どもが大挙してやってきて、フン族に防戦するんだ
ってことで居座ちゃった。

贅沢なローマの風習を続けるインフラも生活物資供給もないし、
新来蛮族と先住者の生活習慣を一からつくりなおすのにキリスト教会も
いろいろ苦労して、最初の内は変なこと(極端に禁欲的なこと)も
やっちゃったこともある。ってとこでしょう(笑)。

もちろん、ヨーロッパキリスト教がもともと禁欲的な傾向を強く持っていた
のも確かなんですけど。

「ヨーロッパ的恋愛」は中世の後半になって西欧社会に確立してくスタイルなんです。


353 :age世界@名無史さん:2001/06/21(木) 13:15
age

354 :アマノウヅメ:2001/06/22(金) 05:16
また汚い話を蒸し返してすみませんが…

中世にはトイレが無かったわけではないようです。
うちには建築関係の本がいやになるほどありますが、
調べてみると民家は解りませんが、お城にはトイレが
あります。

城壁をくりぬいて小部屋を作り、上に丸い穴を空けた
石のベンチを取り付けたものです。
ガードローブと呼ぶそうです。

お城の廃墟には、必ずあるものなので、トイレはあった
と考えた方がいいんじゃないでしょうか。

355 :世界@名無史さん:2001/06/22(金) 05:45
>>354
おおっ。中世ヨーロッパの印象が100倍よくなったよー。

356 :世界@名無史さん:2001/06/22(金) 07:42
>>354
しかし出されたものの処理はどのように?
下に排出用の穴があいていて外に垂れ流すとかですかね

357 :アマノウヅメ:2001/06/22(金) 08:54
>>356
外壁のは外にせり出す形になっていて、堀の中に垂れ流しです。

内壁の分は居室とつながっていて、下の汚水層にたまるように
なっていました。
こちらは、定期的にくみ上げて掃除していたようです。

358 :アマノウヅメ:2001/06/22(金) 13:21
>>357
訂正します。

外城壁と内城壁です。
中世の城は城郭の外にさらに城壁をめぐらした二重構造に
なっていました。
外城壁は平時は見張りのために使うだけで生活するところではありません。

こちらのトイレは余り使用しなかったはずなので、
垂れ流しでもさほど問題なかったのでは。

ついでに、風呂についても書いておきます。

15世紀半ばの「すみれ物語」という絵物語があって
ヒロインらしき女性が(断片なので詳細は不明)
風呂に入っている場面があります。

その風呂というのが楕円形のただの桶で
両端に取っ手のようなものが付いているので
持ち運びしたようです。

登場人物の服装や部屋の様子からみると
王侯貴族ですが、どれくらいの頻度で入浴
していたかは別にしても、設備はお粗末なものです。

359 :世界@名無史さん:2001/06/25(月) 14:18
あげ

360 :T・S:2001/06/25(月) 15:11
 司馬遼太郎が昔韓国の先生に言われてたけど、他の国が不潔なんじゃなくて、
日本が異常にキレイ好きなんだとか。

361 :世界@名無史さん:2001/06/25(月) 23:20
ちょっと場所はズレるけど、フィンランドなんかはサウナが有名だね。
葉のついた白樺の枝を太量に保存しておいて、それで背中をぺしぺしと。

湯殿は出産にも使われたそうで、聖所としての意味合いもあったそうだ。

362 :1(本物):2001/06/28(木) 01:57
スレ立てといてすっかり忘れてしまってました(爆
なんか、にせものも出てるようで・・・・(汗
影牢はやったことあります。最近のファンタジーものの中じゃ、かなりしっかりした世界観の作りこみがされてましたね。
古代ローマのほうが清潔なんだ。ふむふむ。
なんか、現代に近づくほど清潔になってくって思ってたけど、そうでもないんですね。おもしろい。

363 :世界@名無史さん:2001/06/28(木) 02:39
忘れてた自分のスレがサルベージされてるのを発見したときの、中途半端
な驚愕といったらねえ、1さん。
って、私も今日驚いた人なんでね。

364 :世界@名無史さん:2001/06/28(木) 16:14
>1
てっぺんから爪先までプレートアーマーで固めたファイターが
はらっと馬に飛び乗ったりするファンタジー作品を見て、
「おまえ総重量いくつよ?」などと思えるようになれば
まあなにかと面白いのでは。

もしかしたら「冬の狼」(エリザベス・リン、ハヤカワ文庫FT72)
が1さんの気に入るかもしれないなあ。
「神」の設定がないところが中世ヨーロッパと決定的に異なっていたり、
アメリカ人らしく武術の点で東洋趣味に走っていたり、
女の人らしく「男と男の恋」をにおわせたり(w
いろんな面でここで紹介するには問題のある作品だけど、
おおむね中世ヨーロッパの技術レベルで登場人物の生活が営まれているので参考になるかも。

注)あくまで創作ですので、混同しないように(w

365 :世界@名無史さん:2001/06/29(金) 01:26
面白くなってきたのであげ

366 :世界@名無史さん:2001/06/29(金) 01:31
東南アジアの人は一日に何度もシャワー(水浴び)する習慣があるから、
日に1度しか入浴しない日本人を不潔と言う。

367 :世界@名無史さん:2001/06/29(金) 13:01
でもガンジス川は汚いね。

368 :世界@名無史さん:2001/06/29(金) 13:03
ガンジス川はインドじゃなかったっけ?

369 :世界@名無史さん:2001/06/29(金) 14:26
インドは南アジア
東南アジアと言うなら、せめてメコンとか例にダセ

370 :世界@名無史さん :2001/06/29(金) 16:00
>古代ローマのほうが清潔

これの他にも、古代ヨーロッパのほうが中世ヨーロッパより
科学も進んでたと思うけど。
地動説は、そもそも古代ギリシャのポリス学者達が発見したことで、
古代ヨーロッパでは、
地球が太陽の周りを回っている、が常識だった。
地球の大きさも正確に測られ、
宗教的世界観とは全く違う、正確な科学実証主義が主流だった。

371 :世界@名無史さん:2001/06/29(金) 20:03
>>370
中世ヨーロッパは、古代の遺産をイスラム文明に取っておいてもらってたんだよね。
しかも返してもらったらグレードアップ済。
欧米人はイスラム文明に対して感謝が足りないね(w

372 :世界@名無史さん:2001/06/29(金) 20:06
>>371
それを言ったら、ルネサンスの三大発明は全て中国起源なのに、
中国に対しての感謝も足りない:-)

373 :世界@名無史さん:2001/06/29(金) 20:09
1の幻想を壊すという使命を担った糞尿潭(w はもう充分に堪能したから、
そろそろ食べ物とか仕事、お祭りの話をしよう。
別に下ネタでひっぱってもいいけど

374 :アマノウヅメ:2001/06/29(金) 20:18
>>373
私は民家のトイレについて調べていたところなんですが、本は見つからないし、
仕事は忙しいし、やめてもらったほうが有難い。
見つかればまた蒸し返しますけど。

375 :T・S:2001/06/29(金) 22:05
 じゃあ、死体ネタはダメかな。293は変に文字化けしちゃってるけど、あそこにはいる
のは全部「死体」です。

 近世か中世かは忘れたけど、スペインだかイタリアで鳩パックと言うのが流行った時期
があるそうです。鳩の開いたのを直接顔に貼りつける美容法・・・・・・。

376 :makiko:2001/06/30(土) 00:16
薔薇の名前はぼくのすきな映画だけど
あの民衆も教会に搾取されて
つらそうな生活みたいだったな。

377 :世界@名無史さん:2001/06/30(土) 00:42
ほーっほっほ。
世界のトイレに関しては私にまかせてくれたまえ。
広く浅くお答えできるでしょう。

中世の街が確かに〇〇まみれであったことは確かです。
しかしトイレがなかったというのはちょっと違いまして、
トイレはあったんですね。
何故かといいますと、排泄という行為を恥じるようになったからなんです。

古代ローマにおいては、清潔ではありましたが、
排泄が恥ずべき行為であるという意識は全くなく、
排泄することを通じてコミュニケーションしすらとられていましたけどね。
(水洗式公衆トイレ、クロアキナなどが良い例)

十字軍による東方との接触に刺激され、
ヨーロッパの中世文化が花開いてくるに従い、
食事の前に手を洗うといった観念が意識されるようになり、
トイレも私的なものであり、人に見られると恥ずかしいものだという
考え方がうまれてくるのです。
生活文化の発達の中で身体を清潔にし、
快適な環境をつくりだそうと考えられるようにはなりましたが、
宗教的な問題から身体の清潔さ、快適さが快楽にならないように
抑制されていたのです。
以上、なんかからの孫引き。

修道院なんかではトイレで一人勉強したりするのがはやっていたりした。
じゃあ民家はどうかっていうと、
共同住宅なんかの家と家の間にちゃんと孤立したトイレがあったのです。
まあ、水洗じゃないですが。
あと他にちっちゃいおまるとかあったし。
肥溜めも一応あったよ、でもみんな窓から捨ててたけどね(笑)

これからも何かトイレについて知りたいことがあったら呼んで下さい。
ではさようなら。

378 :世界@名無史さん:2001/06/30(土) 00:45
すいません、補足。
おまるがあったのは、室内のことです。
つまり、独立した便所のほかに、
お手軽な排泄用具としておまるも用意されてたってこと。

トイレ文化史はまじでおもしろいです。
みなさん。

379 :1(本物):2001/06/30(土) 01:57
もうおトイレネタはやめて・・・・ツライよー!
それとも皆さん、トイレ好き?(爆)
中世ヨーロッパへの幻想はこのスレで見事にぶっこわれましたよー。
これ以上何をする気ですかー!(笑)
それにしても、T・Sさんやアマノウズメさん、すごい詳しいですね。
社会の先生とか!?

380 :世界@名無史さん:2001/06/30(土) 02:22
>>372
中国起源ねえ・・・ウソダロ

381 :T・S:2001/06/30(土) 02:38
 わたしは元古本屋。だけどうろ覚えが多いし、この板では詳しくない方
だと思う。

 詳しいと言えば、最近あやめ様みてないようなきがする・・・・・・。

 虱の死骸を皿いっぱい食べる健康法があったとか。中世かどうかわ忘れたけど。

382 :世界@名無史さん:2001/06/30(土) 02:39
お、でたな1。

よく昔の人はすごく早婚で、20歳なんかもうおばはんだったというイメージがありますが、
実際は意外に晩婚だったという話を聞きました。
王侯貴族は一般に早婚なので、これと民衆を混同していたと言う事なのでしょうか。

どうせ晩婚ったって、15歳ぐらいにはヤルことはヤっちゃってたんでしょうがね(w

383 :世界@名無史さん:2001/06/30(土) 02:41
>>379
いや、第二次五ヵ年計画に従って勉学に励む院生とか・・・スンマセン

384 :世界@名無史さん:2001/06/30(土) 03:26
未来の白人のトイレは日本人自身(ヤプー)です。

我々日本人の未来の肉体は、白人のおしっこからウンコ、はたまたザーメンからマン汁まで
飲む携帯用器具と改良されます。 沼正三が「家畜人ヤプー」で書いてますね。
(読んだのが10年以上前なので詳細は失念ですが)

385 :世界@名無史さん:2001/06/30(土) 04:31
>>384
すみませんが話がズレまくりです

386 :アマノウヅメ:2001/06/30(土) 08:28
>>384
このスレに裁判沙汰になった変態本もちだすのやめてください。
これ以上話が落ちると困ります。

387 :世界@名無史さん:2001/07/01(日) 13:42
age

388 :世界@名無史さん:2001/07/03(火) 03:22
イギリスでは公開処刑が民衆の最大の娯楽であり、また街道筋の木には罪人の死体が
朽ち果てるまで何年もつるされており、その臭気さえごく当たり前のことで誰も気に
しなかったらしいですけど、これって大陸でも同じですか?
現代人の感覚ではとっとと片づけちゃった方がどう感がえても楽しく暮らせそうなんですが。

389 :世界@名無史さん:2001/07/03(火) 03:33
>388
処刑に関しては中国が一番でしょう。
 

390 :世界@名無史さん:2001/07/03(火) 08:54
中世の農民とかは晩婚だったらしいけど。
小さい頃によそのわりとでかい農家に丁稚(ちょっと日本的な言い方だけど)
に行って(男女問わず)、技術を身に付けるんだか、丁稚に行った先の土地を
ちょっと借りるのか貰うのかよく覚えてないけど、とにかく一人立ちできる
ようになってから、お嫁さんをもらったり、お嫁にいったりするそうな。
それだもんだから、20代後半から30代にかけてが、結婚平均年齢だった
そうだ。by「世界風俗史」

391 :名無しさん@1周年:2001/07/03(火) 10:32
>>388.>>399
中世ヨーロッパと中世中国は処刑に関しては同レベルです。

392 :世界@名無史さん :2001/07/03(火) 10:33
ただ中国の方がバリエーションが少ない分マシ

393 :アマノウヅメ:2001/07/03(火) 13:49
よくもあんなに色々考え付いたもんだと思います。
今度は処刑シリーズですか?

よそとダブリそうなんですが。

394 :世界@名無史さん:2001/07/03(火) 19:15
社会史ですね。ところで先日「薔薇の名前」という映画をみたのですが、あそこに
描かれていた民衆こそ当時のヨーロッパの人々の生活に一番近いイメージがするの
ですが、いかがですかね。

395 :世界@名無史さん:2001/07/03(火) 20:42
>>394
『薔薇の名前』は観ていないのですが、
“Snow White”と比べてどうでしたでしょうか?
“Snow White”で描かれた民衆、かなりリアルに中世風でしたが。

396 :世界@名無史さん:2001/07/09(月) 18:24
汚い世界を浄化するためにあげ。

397 :世界@名無史さん:2001/07/09(月) 20:51
「薔薇の名前」の最後で、
農民に馬車をひっくり返されたベルナール・ギイが崖からおっこって
農具らしきものの鉄のハリ(イタタタ)にぶっささる場面があったよねえ。

あの農具いったいなんなんだ?
脱殼機?
鉄の歯を持った脱殼機なんて、あの貧しい北イタリアの農村にあったのか?
しかも野ざらしで。

398 :世界@名無史さん:2001/07/10(火) 20:30
中世ヨーロッパが遅れた地域であったことは疑いないのですが、その中で
イングランドだけは例外的に富裕で発展していたという主張があります。
(アラン・マクファーレン「イギリス個人主義の起源」)
これは相対的に豊かであった低地諸邦と比しても目を見張る状態であったらしく、
同時代の仏・伊・蘭などの旅行者が15世紀頃書いたイギリス旅行記には

住人は二階建てのガラスの家(ガラス窓があること)に住み、農民さえも小奇麗な
衣装に身を包んで外出し、どんな安宿にも銀の食器を備えてある。
また言論の自由も法的権利も、大陸とは異なり完全に自由である。

などと異口同音に書かれています。
この豊かさと自由は、コモン・ロー、貿易、ゲルマンの個人制度、個人主義的
市場社会、高い地域・社会的流動性、貨幣経済、羊毛、などにより構成されており、
早ければ12世紀後半から連続していた可能性があるらしいです。
そうなると中世におけるフランスとイギリスは、当時最も格差のある
隣国同士であったことになるのでしょうか。

にわかには信じがたい話ですが、本当だとすれば700年も先進国をやっている
計算になるのだから驚きです。

399 :世界@名無史さん:2001/07/10(火) 22:13
>>398
やっぱり農民が自分の土地を持てたのが大きいね。

400 :世界@名無史さん:2001/07/11(水) 19:36
時間はどうやって決めてたのでしょうか?
時計はあったのでしょうか?

401 :歴史好き:2001/07/12(木) 02:31
教会における鐘の音により、普通の市民生活は成り立っていました。

また教会においては、蜜鑞のも得る時間によって時間が計られるのが一般的でしょう。
日時計や、水によるものも用いられましたようですけど。

機械仕掛けの時計ができるまではそんなものでしょう。

402 :あらら:2001/07/13(金) 00:50
「大聖堂」は悪いデキではなかったと思うが

403 :世界@名無史さん:2001/07/13(金) 11:18
有意義あげ

404 :アマノウヅメ:2001/07/13(金) 23:57
シェイクスピアが「ジュリアス・シーザー」の中でうっかり懐中時計を
出してしまったんだから16世紀には一般的に普及してたはずです。
教会や役所なんかは、もっと早くから大型の時計を持ってたんじゃ。

日本でも16世紀中ごろの金持ち町人は家に時計のあるのは
そう珍しくなかったらしい。

405 :世界@名無史さん:2001/07/14(土) 02:47
「レディファースト」というモノは、剣による暗殺が主流だった頃、扉を開けて
中に入った瞬間バッサリやられる事が多かったから女性を先に通して暗殺者が居ないか
確認するためだったり、車道側を歩いたのは、馬車より上から落ちてくるモノを
警戒していたとかは既出?

406 :世界@名無史さん:2001/07/14(土) 04:55
中世の3大発明は
紙、火薬、羅針盤でいいよね?
紙、火薬は中国だったけど
羅針盤はイスラム?

407 :世界@名無史さん:2001/07/14(土) 05:34
>>406
ルネサンス三大発明
・火薬 ・羅針盤 ・活版印刷
前二つ中国、最後朝鮮起源

紙は漢代に既にあり

408 :世界@名無史さん:2001/07/14(土) 13:54
活版印刷は8世紀の唐起源だと思ったけど。金属活字にしたのは朝鮮だが。
で、本当に意味で活用したのが印刷機を発明したグーテンベルグじゃないっすか?

409 :アマノウヅメ:2001/07/14(土) 15:50
朝鮮は木活字だったんじゃないですか?
自信ないけど。

410 :世界@名無史さん:2001/07/14(土) 18:29
鐘といえば、鐘の音が聞こえるところまでがその領主の支配地域だった。
緊急の用事・裁判などの収集は鐘の音で行われた。

日本と同じように、勝手に鐘を鳴らすことは重罪だった。

411 :Krt:2001/07/14(土) 20:14
活版(活字を使う)印刷術は中国起源ではあるけれど、時代的には11世紀の北宋時代の発明。
それ以前の印刷物は(我が国の百万ダラニ経)等も含め木版(一枚板を彫った整版)による印刷物。
なお、沈括「夢渓筆談」第十八巻には、この中国における最初の活字は陶製だったと記録されている
そうである。中国における木活字の発明と活用は14世紀初頭の元代になってからのことらしい。
そして明代には木活字のみならず銅活字を用いた印刷も行われるようになったという。

最初に金属活字が用いられたのは朝鮮で、高麗王朝末期の十四世紀後半に始まったという記録があるが、
歴代の国王による金属活字での開版が行われるようになったのは李朝になってから(十五世紀初頭)で、
我が国はこれを秀吉による朝鮮戦役の時にぶんどって来たわけだ。

ただしこの「金属活字による印刷」というのは、木盤に溶かした膠や粘土をおいて活字を植え付け、
それを平らにしてから墨を塗り紙を載せ、上から馬連でこすって印刷するという原始的なシステムで、
葡萄絞り機の技術を応用してプレスをかけ印刷するグーテンベルク印刷機のような普遍性と発展性を
もった技術ではなかった。それにアルファベットとは違って膨大な種類の活字を必要とする漢字文化圏
においては、ちょっと足りない字がある度に苦労させられるため(前に組んだ活字面をバラバラにして
まにあわせるなど)金属活字そのものの鋳造技術が無かったであろう我が国には向かない方法だった。
だから略奪した活字と印刷器具を秀吉からもらいうけ、これ使って印刷を行おうとした後陽成天皇も
実際に金属活字を用いて印刷したのは「古文孝経」(現存せず)ぐらいで、彼の主導による有名な
慶長勅版といわれる印刷物はみな木活字による印刷物である。

412 :世界@名無史さん:2001/07/14(土) 20:45
勉強になるな

413 :アマノウヅメ:2001/07/14(土) 23:17
>>411
昔、教わった記憶があるんですが、大方すっ飛んでいました。
ありがとうございます。

414 :小倉:2001/07/15(日) 03:16
ロマネスクも中世に入りますよね?
(西暦700から1200年ぐらいを中世と思ってよいのでしょうか・・・)

ちょっとロマネスク時代の絵画(イコン?)に最近魅力を感じるのですが、
作者名とか全然記されてないですよね。
ゴシック時代とかでは画僧と呼ばれるイコン製作専門の僧侶が祭壇画なんかを
手掛けていた様なのですが、ロマネスク時代にもすでに画家のような専門職が存在
していたと考えて良いんでしょうか・・・

誰かご存知の方いらっしゃいませんかーー??

415 :アマノウヅメ:2001/07/15(日) 06:28
>>414
中世は、普通西ローマ帝国の滅亡からルネサンスまでですね。
イコンは聖画像ですが、カトリックではルネサンス以降のものはイコンとは
いいません。
画僧としてはフラ・アンジェリコの名が伝わっていますが、それ以降は
俗人の画家しかいませんね。フラ・アンジェリコは例外的な天才です。

ギリシャ正教(現在は色々な呼び方がありますが)では、今でもイコンと
呼びます。ビザンチン様式の画きかた、形式が決まっています。
作者は修道士、修道女と考えるのが適当でしょう。

日本人の画僧(尼僧ですが)で、山下りんという人がいます。
美術学校でイタリア人の教師について学び、ペテルブルグでも修行しました。
エルミタージュ美術館でラファエロやボッティツェリの絵を見て、影響を
受けたため、ギリシャ正教会と対立したこともあります。
この人のイコンは日本国内に多数残っていますが、すべて無記名です。

416 :小倉:2001/07/15(日) 14:47
おーっ、専門的な回答が!
アマノさんありがとうございます(^^

ルネサンスまでが中世と考えてよいのでしたら、つまりゴシックも中世の中に
入るわけですね。
と言う事は、ジョットやチマブーエも中世の画家だったんですね。
いったいいつから僧侶が聖像画を描くようになったのでしょうか。
ロマネスク、ビザンチン以降にも聖像画を描く職業の人は存在しましたっけ?

417 :アマノウヅメ:2001/07/15(日) 15:26
>>416
ルネサンスは境目なんですよ。
政治面から見ると、ジョット―やチマブエは中世人ですね。

キリスト教は偶像禁止なんですが、ローマの彫刻やフレスコ画の
技術は辺境の布教には、ものすごく効くんですね。
なんて立派な神様だろう、さぞかしご利益があるに違いないというわけで。

カトリック教会が確立するまでに、偶像崇拝は度々問題になってますから
分派闘争の激しかった頃、教会の内部の人が画くことになったんじゃ。

ルネサンス期のカトリックは偶像ではなく、神や聖人を偲ぶための
手段だといっています。現在も同じ意見です。

418 :Krt:2001/07/15(日) 20:54
ロマネスクの教会美術、特に絵画の作者が誰であったかという問題はなかなか難しい。
ただ一般にはエミール・マールが「ヨーロッパのキリスト教美術」で指摘しているように、
「つまり、十二世紀の美術はとりわけ修道院の美術なのである。おそらく当時の工人は、
すべてが修道士だったわけではないであろうが、彼らに主題を指示したのは、ほとんど
常に修道士なのであっ」たと考えられている。これは当時の絵画の多くがその主題、いや
絵画表現の絵柄そのものを、前時代までの装飾(挿し絵入り)写本に負っているからだ。
(もちろんこのほかにもキリスト教の典礼や典礼劇も有力なソースであるけれど)
それゆえ実際に手でもって作品を製造したのが誰だったかという問題はさておき、
テーマ、構成、その他あらゆる面で作品制作上の指導権を握ったのは修道僧達だった。
そしてこういった美術監督兼プロテューサーとして大活躍し、後のフランス美術に大きな
影響を与えたのがサン・ドニ修道院長スゲリウス(シュジェール)のような人物である。

ただしそれでは聖俗の工人達全てが無名の存在であったかというと決してそうではない。
十二世紀においても、これはむしろ工芸分野に属する人物だがスゲリウスの下で大いに
腕を振るったゴドフロワ・ド・クレール(というか彼の工房)の名は知られているし、
その他にもケルンのフリデリスク、ニコラ・ド・ヴェルダンなど、美術工芸史上に
名を残しているロマネスク/ゴシック時代の職人芸術家はたしかに存在するからだ。
さらにこれが教会建築そのものともなると、ゴシック時代以後の建造物の多くには
建築家の署名が彫り込まれるようになる。彼らは既に十分な自己顕示欲をもった芸術家
であり、後にロダンだの、開高健だのといった、近代芸術の毒に疲れたふりをしたかった
無知な人物が夢想したような素朴な心情の持ち主ではなかったのである(笑)。

なお、この問題に興味があるなら、とりあえず手軽なところで以下の本を読むことを勧める。
馬杉宗夫:大聖堂のコスモロジー:講談社現代新書
馬杉宗夫:黒い聖母と悪魔の謎:講談社現代新書
エミール・マール:ヨーロッパのキリスト教美術(上下):岩波文庫

最後のものは、マール自身による彼のいくつかの著作のダイジェスト的な著書なので、
このテーマについてもっと知りたければ、国書刊行会から出ているマールの
「ロマネスクの図像学」「ゴシックの図像学」「中世末期の図像学」(すべて上下本)
を図書館で借りて読むといいと思う(古書店で買っても結構高かったので)。

419 :小倉:2001/07/16(月) 03:27
アマノさん、Krtさん、ご回答ありがとうございます!
2ちゃんねる・・・結構勉強になるなあ(喜)

ジョット、チマブエは中世の画家だったんですね。
よく、ゴシックと初期ルネサンスの境目がわかりづらくて「どっちだろー?」
と、悩んだりしてましたから、すっきりしました。

偶像崇拝の問題上、内部の僧侶が描く事になったというのが面白いですね。

>なんて立派な神様だろう、さぞかしご利益があるに違いない

↑ なんかかわいいですね。この時代、一般庶民が絵を鑑賞できる機会はこのぐらいしかなかったのだとすれば、
  『なんて美しいんだ!』なんて心から感動してたのかも。


修道士があれこれと美術監督してたなんて、それでは半分は修道士のお手柄ですね。
中世だろうとなんだろうと、製作する側に自己顕示欲があるのは、時代など関係なく
有ってあたりまえですよね。今さらそんな事に気づかされました。
ロマネスク時代の作者もホントは自分の名前記しておきたかったのかも・・・

マール社の図像本、マジで欲しい・・・
コスチューム大全なんかは持っていたのですが、ロマネスクやゴシックに的を絞った物が
有ったなんて知りませんでしたーー
ああ、欲しい!でも高いんじゃ手も出ませんねぇ(哀)
最寄の図書館でも、それらは有りませんでした。ぐすん。

420 :アマノウヅメ:2001/07/17(火) 13:24
>>419
大学の図書館は?
私は母校が近所なのでそこの図書館使ってますが、一般人にも開放されてます。
大正以前に創立された大学はいい本ありますよ。
近所にないか調べてみては。

421 :Krt:2001/07/17(火) 22:09
>>419
あ、マールというのは著者名で、出版社じゃないよ。出版社は国書刊行会です。
でもマールからすぐマール社を連想しちゃうっていうのは、美術系の人なのかな。

422 :小倉:2001/07/19(木) 15:04
>420 アマノさん

大学ですかあ・・・
大学に進学しなかった私にとって、未知の領域なもんで、
なんだか入りづらいというか、実際一歩も入ったこと無いです。(オソロシや)
若くないのが入っていって怪しまれないだろうかとか考えたりして・・・

>421 Krtさん

あ・・マール社の事じゃなかったんですね(汗)。
元美術系というか、美術系崩れもどき←(もとをとどめてない)です。お恥ずかしい。

423 :世界@名無史さん:2001/07/19(木) 15:38
>>415
313年のミラノ勅令の年を中世の始まりとみるほうが妥当です。

424 :アマノウヅメ:2001/07/19(木) 17:16
>>423
そうなんですか。
専門家じゃないものでどうも。

425 ::2001/07/20(金) 02:03
ども、1です。
なんにもしてない自分がいうのもなんだけど、名スレに成長してきましたね(^^)
アマノウヅメさん他、皆さんありがとうございますm(__)m
今「魔法物語」ってファンタジー小説読んでるんですけど、情景の描写がうまくておもしろいです。
・・・でも、このスレのおかげで主人公や他のキャラがどうやって用を足したりしてるんだろうとか想像しちゃって、鬱(涙)

426 :歴史好き:2001/07/20(金) 02:42
少し横レスになりそうなので先に謝っておきます。
m(__)m

中世の始め及び終わりに関しては、
非常に解釈の難しい問題だと思います。(皆さんもご存知のこととは思いますが)
要するに、アプローチの仕方から種種に解釈ができるてしまうからです。

ただ、単純に中世という時代区分を考えたルネサンス期の人間的な発想なら、
ローマと、ルネサンス期の間に横たわる時代と言うことになるのでしょうけど。

結局、いいかげんではありますでしょうけど、
この辺に関しては、
皆様が何に関して関心をお持ちなのかにより変動するとしか、
現在の史学の現状からはいえないと思うのですけど。

皆様はどうお考えでしょうか?

427 :世界@名無史さん:2001/07/20(金) 14:39
中世ヨーロッパに生まれていたら、殆どの2ちゃんねらーは
異端審問で拷問された上、グリルされている事であろうよ。

428 :世界@名無史さん:2001/07/20(金) 14:43
思うんだが、昔の人と現代人とでは、知能に差はあるのだろうか?

429 :世界@名無史さん:2001/07/20(金) 15:00
>>428
差は無いでしょう。
現代人は過去の知識が積もった小山に立っているから、
物事を遠くまで見ることが出来るだけで、知能は5000年ぐらい前の人変わらないと思う。

タイムマシンで、アリストテレスとかダビンチを現代に連れてきても、
やはりすごい結果を残しそう。
特に政治家なんかは、時代に関係無く通用すること間違い無し(w

430 :世界@名無史さん:2001/07/20(金) 18:27
昔の人を現代に連れてきた時に問題になるのは、知能や知識よりも、
むしろ倫理観でしょう。
テレビの原理なんかわからなくても、テレビのある生活に適応させる
のは比較的簡単です。(現に多くの人は、原理なんか知らずにテレビ
を観ています。)
しかし、人を平気で殺していた時代の人に、人を殺してはいけないこ
とを納得させるのは容易ではありません。

431 :世界@名無史さん:2001/07/20(金) 18:31
>>430
今の「キレる子供達」と同じですね。
やはり根気強く教育するしかないのでしょうね。

432 :歴史好き:2001/07/21(土) 02:37
>>429さんへ。

中世の掲示板らしくシャルトル学派的な意見、ナイスですね。

433 :世界@名無史さん:2001/07/21(土) 03:15
>>428
シェイクスピアとかエリザベス朝演劇をリアルタイムでみて
やんややんやしていたロンドンっ子から貴族たちって!
最近思って鳥肌たった。

434 :歴史好き:2001/07/21(土) 03:28
先ほど書き込みしたばかりなのにすいません。
>>433さんへ

あまりそこまで考えられなくても。
だって、当時において記録が残っているのは、
文字の書ける中層以上のこと。

最近の社会史の研究などの成果からもわかるとおり、
エールハウス(パブ)やジンショップに通うような、
当時の庶民に関してはおいそれと行ける場所ではなかったはずです。

上層の人々は、
今みたいに何でも情報があふれているわけではないけど、
でているものについて、
そしてでてきたものには貪欲な知識欲を持っていたようですけど。

435 :世界@名無史さん:2001/07/21(土) 03:38
>>433

いや、例えば、ビートたけしのお笑いや映画をリアルタイムで享受してるのって
100年後の視点からすると結構すごいことなのかも。

436 :世界@名無史さん:2001/07/21(土) 04:04
我々は巨人の肩にのった小人の
さらにその肩にのったキツネリスである

437 :世界@名無史さん:2001/07/21(土) 06:56
>434
書き方悪かったね、ロンドンっ子=下層民=文盲?記録?

自分は貴族以外はみな庶民と言う考えで、ロンドンっ子=物見高い人達
当然、郷紳や新興階級も含むと言うことです。

>最近の社会史の研究などの成果からもわかるとおり、
研究者なの?論文ですか?
市販されている本なら教えて。

438 :アマノウヅメ:2001/07/21(土) 10:53
>>434
シェイクスピアなら庶民も見てますよ。
元々芝居は庶民のもので、広場や市場で興行するのが普通でした。
シェイクスピアの時代には劇場ができますが。

エリザベス時代に女王の趣味で演劇が流行し、作者や俳優にも人材が
集まってマーロウ、シェイクススピア、ベン・ジョンソン等が出たわけです。
シェイクスピアの時代の版画類も残ってますが見物人は一般庶民です。


それ以前でも旅役者が、お城に招かれて芝居をしたり、お祭りの芝居を
王侯貴族が見物に来る事はありましたが。

439 :世界@名無史さん:2001/07/21(土) 22:59
さっきディスカバリーチャンネルで、ロンドンで発掘された二人の遺体の話をしてた。
一人はローマの貴人の女性で、一人は500年前の足に障害のある貧民だったそうな。
シェークスピア見たのかな?

440 :アマノウヅメ:2001/07/21(土) 23:14
>>439
500年前だと無理かな。
シェイクスピア見ていたらいいなと思いますけどね。

441 :歴史好き:2001/07/22(日) 01:49
アマノウヅメさま

私は専門がエリザベス朝期(チュ−ダー朝期でもないです)が専門ではありません。
ただ、大学の授業でやったったことからの印象では、
(正直言って、史料とかその時に使ったノートは実家にあるのですけど)
全人口の70%近くが下層に位置する社会において、
下の上の人はいける機会があったでしょうけど、
それ以下はどうかと思われるのですけど。
まあ、私のうろ覚えと典拠が今はないのですけれど。

特に、シェークスピア初期のものならまだしも、
後期の貴族や女王がパトロンになり出したら、
治安の問題から、差別化が図られるのではないでしょうか。

この辺ご存知でしたら教えていただけないでしょうか。

ちなみに専門はノルマン朝。

442 :世界@名無史さん:2001/07/22(日) 03:19
>>441
いやだから庶民=下層は違うでしょ、貴族が極端に少ない英において
99%は庶民でしょ。

治安問題含めて疫病が原因としてグローブ閉鎖されたのは事実だな。

443 :世界@名無史さん:2001/07/22(日) 03:23
座が抜けたて。

444 :世界@名無史さん:2001/07/22(日) 03:25
てた。
ごめん逝くは。

445 :世界@名無史さん:2001/07/22(日) 06:21
>>441
若干時代が違うかもしれんが
専門家から見て「大聖堂」ってどお?

446 :アマノウヅメ:2001/07/22(日) 11:25
>>441
女王や大貴族は御前興行で見ていたようですよ。

日本の歌舞伎も明治初期まで上流階級は見に行きません。
陸軍ご用達の豪商三谷家では、別邸に歌舞伎役者を呼んで興行させ
政府高官の夫人達を招待したところ大盛況だったとのことです。

447 :世界@名無史さん:2001/07/23(月) 08:48
age

448 :世界@名無史さん:2001/07/23(月) 16:14
中世の演劇(とくに背徳的なもの)は特に宿屋の中庭で行われた。
皆は宿屋の窓からこれを見物した訳である。
そして劇もたけなわ、良い感じになってきたら側にはベッド……
つー訳で、不道徳なものでもあったわけですな、演劇(聖人劇は除いて)

リージェンツパークの野外劇場で「真夏の夜の夢」を観たら、学校で観劇にきて
いたらしきガキどもは下ネタのところ(パックの押し倒し)で大受けしてたな(余談)

449 :歴史好き:2001/07/24(火) 03:04
皆様、色々Resありがとうございます。

442>>さん
おしゃることは分かるのですけど、ヨーマン層などの農場や工場経営者、
商店の経営者(特に奢侈品などの)などを、通常の庶民とくくるのは。
ついでに、有名なピープス氏などの高級官僚も。
彼らは、生活以外にかなりのお金を使えたのでしょうから。
それに、ジェントリーやバロネットも貴族ではありませんし。
うーん、これはまとえたコメントなのか分からないですけど。
この時期を専門にしている方がどう考えていらっしゃるのか?

アマノウヅメさんありがとうございます。
御前興業ですと、一定の管理の元に行ったことでしょうし。
一般論的ですけど、
時代によって上層の人間の好む趣向も変遷するし、
庶民文化が洗練されて上昇化することもあり得るわけですよね。
江戸時代くらいまでは、能、狂言が貴族武家社会の楽しみでよかったんでしたっけ。

448>>さん
徐々にそこにも当局の統制が介入するようになって、
Innでのそのようなものは下火になっていくと聞いたことがある気がします。
あとは、祭日における、旅芸人の劇などは大衆向けといえますよね。
アルルカン(ハーレクィーン)とかの登場も、
そこからだった気がします。

445>>さん
すいません、まだ未見です。
話題のものなので読んでみたいとは思うのですけど。
カドフェルものは、何こか読みましたけど。

450 :世界@名無史さん:2001/07/24(火) 17:20
知能の差は中世紀の人間と現在では間違いなく違いはあるでしょうね。
もちろんこれは能力(潜在力?)の差ではなく、
生活における頭の使われ方の違いによるものによるものでしょう。
現に、都会の人間と田舎の人では、平均知能指数にも結構差が出てます。
これは、様々な情報の処理を日常としている都会生活者の頭脳が鍛えられているのが原因です。

その為、現在の発達した教育と様々な物がある現在とある意味停滞した日常を繰り広げている中世紀の人間では
平均的な知能には違いがあるのは当然です。(もちろんキャパシティーの問題ではない)

451 :Krt:2001/07/24(火) 23:14
もともとイギリスの演劇は常設の小屋ではなく、劇の性格に合わせて、
宗教的なものは教会、世俗(卑俗?)的なものは宿屋の中庭などで上演されていた。
シェイクスピアの生涯の友であり優れた俳優でもあったチャード・バベッジの父
ジェイムズ・バベッジの手によってロンドン北西の郊外に英国最初の専用劇場
(一つしかないので The Theatre と呼ばれた)が作られたのは1576年のことで、
彼がわざわざ市中を避けてこれを建てたのは、市当局の検閲を避けるためだった。
ここからして当初彼がどういう芝居の上演をもくろんでいたかは明らかだろう(笑)。

「間違い続き」「ヴェロナの二紳士」「じゃじゃ馬馴らし」「ヘンリー六世」等の
シェイクスピアの初期作品を上演したこの劇場の正確な建築構造は不明なのだが、
少し後に建てられ図面の残っているThe Swan Theatre などの形態から推して、
上記の宿屋の中庭(Inn yard)とほぼ同一の構造を持っていたと考えられている。
一説によるとこの劇場は八角形の構造と、三千人程の収容力を有していたらしく、
また観客の多くは木製のギャラリー部分に座ったが、より少数の富裕層は
(これには一部の繁盛しているギルドの徒弟人たちを含まれるという)
舞台正面のyard 部分に陣取ったそうである。
このことからわかるように当初の観客は決して上流階級に属する人々ではなく、
Inn yard で行われたような類の芝居を愛する庶民達が足を運んだのだった。
そしてこのような一般庶民に向けにシェイクスピアはあの豊富な語彙で飾られた
芝居を書き続け人気を取ったのだから、これはやはり驚くべき事だろうと思う。
だが不幸なことに英国演劇史は清教徒革命を迎えたことにより一時中断してしまう。
従って王政復古以後の劇場の観客層が当時と全く同一ではないことも確かだろう。

あと、一つ誤解を指摘しておくと、ジンの発明は十七世紀中頃になってからで、
このオランダ生まれの蒸留酒がイギリスで流行し、庶民の酒浸りが社会問題化
したのは更に遅く、十八世紀(特に1720〜50年代)の出来事である。

452 :歴史好き:2001/07/25(水) 01:30
Krtさん。
Resありがとうございます。
Ginについてはうろ覚えの先走り、
訂正ありがとうございます。

また、演劇史について、正直詳しくないので参考になりました。
質問があるのですが、
一応、InnはAlehouseよりはリスペクタビリティの高いもの。
演劇の時の観衆は普段利用できないようなものも、
気軽に見に行けたのでしょうか?

453 :Krt:2001/07/26(木) 00:06
(1)16世紀後半においてインとエールハウスが、同一階級の人間が両方を利用する
ことなどあり得ないほど「リスペクタビリティ」の点で差があったのか、逆方向から言えば、
インとエールハウスの双方を利用するのが不自然でない階級が存在したのか。
(2)貧者も演劇の時は普段利用できない場所に行けたか。という二つの問題を考えてみる。
川北稔氏は週間朝日百科世界の歴史94「居酒屋・旅籠・茶館」において18世紀のロンドン
におけるインを、地方都市と首都とを繋ぐ幹線有料道路(ターンパイク)のターミナルとして、
多くの駅伝馬車が行き交う要所、今日のステーション・ホテルに当たるものとしている。
さらに氏はロンドン子が酒を飲む場所としてタヴァーンとエールハウスを挙げ、これらの間には、
イン:豊かな上層市民、タヴァーン:下層民はあまり出入りせず、エールハウス:庶民、という
棲み分けが為されていたと論じている。だがこれは16世紀においては必ずしも当てはまらない。
まずインはこの時代それほど御大層なものではなかった。ラスロー「馬車の歴史」平凡社、や、
シュライバー「道の文化史」岩波書店によると、イギリスは陸上交通面では後進国で同時代の
フランス等と比べ交通インフラ整備が遅れており、都市と都市とを繋ぐ道路はろくに補修
もされず、ローマ時代以来のものを使っていたらしいし、また馬車も後に交通の主力となる
「コーチ型」がオランダ人によって導入されたのは1564年になってからだったという。
従って、この時代のインも機能的に18世紀のものとは大分違ったものだと想像がつく。
また酒場としての上記三者の業態の区別も曖昧だった。春山行夫の「ビールの歴史」によると
タヴァーンは16世紀後半にインの酒場が独立したものだったのだが、17世紀においてすら
エールハウスとこれが建物のそれぞれ二階と一階を占めている店はごく普通だったらしいし、
シェイクスピアが常連だったハヤブサ亭はインの中にあるタヴァーンだったという。
ようするにこの時代は、16世紀のヨーロッパに起こった人口増化に伴うインフレによって
都市の中下層民の貧富の差が激しくなりつつある時だったとはいえ、それ以後の時代ほどには
この身分層内部での階級格差は大きくなかったのではないだろうか。1613年にグローブ座
が焼けて観客の一人が火傷した時、彼がとっさに持っていたエールでズボンの火を消したため
事なきを得たという逸話はグローブ座の観客とエールハウスの常連とがまだ重複していたこと
を示している(ヒバート「ロンドン」朝日選書)。ましてや16世紀においておや、であろう。
さらに言うなら、古代ギリシャやローマ時代は言うに及ばず、15、16世紀においてすら
芝居の上演は君主や教会による庶民への教化手段を兼ねたサービスとしての性格があったし、
こういう社会において、当時は庶民の侵入を階級的に排除するほどの場所ではなかったインが
中庭での立ち見(料金)で劇だけ見たいという庶民を排除することが可能だったとは思えない。

454 :歴史好き:2001/07/27(金) 01:01
Krtさん丁寧にありがとうございます。
馬車の歴史などは読んだことはあるのでおおむね内容はまだ覚えています。
確かに、この時代においては、さほど飲み屋(というのも変ですが)が、
機能分化していず、階級を誇示するようなものでないと言うことですね。

ちなみに、Innなどでやる芝居の料金は何 d.位だったのでしょうか?
それとも、飲食に対する顧客サービス的なものだったのでしょうか?

ご存知でしたら教えて下さい。

455 :世界@名無史さん:2001/07/27(金) 05:33
奴隷の話題がでてましたが
インドはドキュソですね
ご存じの通りカースト制度の国です
自分より、格上の村にいく時は、靴を脱ぎお辞儀をしながらあるかなくてはいけませんし
村の水飲み場も決まっていて、カーストの低いものは
野良犬でも飲まないような、泥水を飲まなくてはいけません
公共のトイレの汚物を布で鼻と口を多い、手袋もなしで片付けさせられ
うまい棒一本も買えない賃金で働かせられます

そんなインド人と、うちの従兄弟が結婚しましたが
その父親は共産党員・・・
今でも仲悪いみたいです

尚、ソースはCBSドキュメントなので、誇張されてるかも

456 :世界@名無史さん:2001/07/27(金) 08:45
>>455
日本にだって部落問題あるでしょ。
CBSなんかよりいとこの奥さんに聞けば?

457 :世界@名無史さん:2001/07/28(土) 07:42
>>455
たとえ我々の目から奇異に見えようとも、
それは彼らの問題です。変えるも、変えないも。

外の人間がとやかく言うことではないかと。

458 :Krt:2001/07/28(土) 19:04
>>454
>ちなみに、Innなどでやる芝居の料金は何 d.位だったのでしょうか?
>それとも、飲食に対する顧客サービス的なものだったのでしょうか?

>ご存知でしたら教えて下さい。

イン・シアターの料金について調べてみたんだけど、これが意外と難問で、
結局わからなかった。専門家の教示を待ちたいと思う。
それでもイン・シアターの形態を忠実に模したと言われるグローブ座に関しては
一応のことがわかる。アンドレ・モロワ「英国史」によると、ここでは木戸銭が
1ペニー、立ち見でなく座席(これは舞台そばと中庭を取り囲む廊下の中にあった)
を取るには6ペンスから1シリングが必要だったらしい。この外廊下の方の席は
イン・シアターの伝統を引きずって互いに分かれた部屋の中にあり、これが後に、
現在でいう「桟敷席」になっていったんだそうである。

ただこれは既に17世紀初頭の話で、とにかく16世紀というのは強烈な物価上昇期
(価格革命期)だったから(イギリスでは大体一世紀で物価が5倍になったという)
16世紀における本物のイン・シアターの時代なら、料金もこの二分の一とか四分の一
とかではなかったかと愚考する次第。恐らく木戸銭など、ペニー単位じゃなくて、
ファージング単位だったのではないだろうか。

459 :世界@名無史さん:2001/07/31(火) 04:00
age

460 :Memento Mori:2001/08/01(水) 02:52
すごいスレ発見!面白かったので全部読んじゃった。
なんか入りにくい雰囲気だけど書かせて下さい。

中世ヨーロッパの音楽ってビザンツから輸入されたんですよね。
古代ギリシャ・ローマの音楽っていうCD持ってるんだけど、
中世ヨーロッパの音楽との間は隔絶している感じがする。
僕は中世ヨーロッパ音楽が好きで中学生の時からCD店の古楽コーナーに通ってました。
初期に買った
The Early Music Consort of London (David Munrow) "MUSIC OF THE GOTHIC ERA"
とか
Ensemble Gilles Binchois "LE BANQUET DU VOEU 1454"
(↑これは大英博物館で買った「中性の饗宴」の英語版と一緒に)
とか、あとギョーム・ド・マショーの楽曲とか今でもたまに聞きます。

どうでもいいけどサッカー選手のジダンって中世の修道士にぴたりとはまりません?
モーホーっぽいし・・・屍姦してそうだし・・・

461 :世界@名無史さん:2001/08/01(水) 05:22
中世ヨーロッパで思い出すのは、パリが豚の町だったということです。
町じゅう豚がうようよいて、ひとが街路に平気でまいた排泄物やごみをあさっていました。

462 :アマノウヅメ:2001/08/01(水) 06:37
王子で乗っていた馬が豚につまずいて、そのため落馬して
お亡くなりになったという人がいたんじゃないですか?

463 :世界@名無史さん:2001/08/01(水) 08:21
その豚は死刑になったんでしょうか。気になる・・・

464 :アマノウヅメ:2001/08/01(水) 08:33
馬に蹴られてますから瀕死の重傷のはずでおそらく食べられたんでは?

私は中世ヨーロッパの法律には疎いんですが王族に危害を与えると
動物でも死刑なんですか?

465 :世界@名無史さん:2001/08/01(水) 10:07
>>460
おほう!!
あんた筋金はいってるね。

「ウプサラの歌曲集」ではどれが好みかい?

466 :Krt:2001/08/01(水) 16:36
>>463 >>464
>私は中世ヨーロッパの法律には疎いんですが王族に危害を与えると
>動物でも死刑なんですか?

死刑です。別に被害者が王族でなくとも、そういう事例はあった。
もともと、ヨーロッパの中世法において動物に対する訴訟手続きの明記は
稀ではないそうで、例えばフランスの古法においては、動物が人を殺した場合、
飼い主がその動物の危険な性質を知っていたなら飼い主と動物とを併せ死刑に処し、
飼い主が知らないか、飼い主がいない場合、その動物のみを死刑にするという
規定があったそうである。
実際に、1314年にはヴァロアにおいて、人を突き殺した牛が被告として公訴され、
通常の裁判手続きをすべて踏んだ上で絞首刑に処されたし、ブルゴーニュなどでも
子供を食い殺した豚が法廷での審問の後、絞首刑になっているそうである。

より珍しい例としては、1584年のヴァランスで毛虫が大発生したときの例がある。
この時、毛虫達は不当にも盛んに家宅侵入を行い、人々の生活と安眠を妨げたので
村民の苦痛を見かねた牧師が毛虫追放の訴訟を起こし、法廷弁論の上でめでたく
被告である毛虫の追放処分が宣告されたものの、当の被告達はなかなか裁判所の
命令に服従しようとせず、そのうち残らず蝶となって飛び去ってしまったという。

467 :世界@名無史さん:2001/08/01(水) 16:51
>460さん。
「古代ギリシャ・ローマの音楽」って、、、。
たしか、かなり少ない資料で、無理やり再現されたやつですか?
あれ聞いて当時のまんまだと思ったらヴァカをみます。
その頃の音楽は、いまのところ再現不可能だといわれていますが?
信用のおけるCDなら、ぜひぜひきいてみたいです。

コアな中世ではないが、
私はクレマン・ジャヌカン・アンサンブルの、ラブレー的な世界が好き。
ミハイル・バフチンの影響で。
ミーハーでスマソ。

468 :460:2001/08/02(木) 05:56
>>465
>>467

うわっ!レス有難うございます。
これからまもなく中国に出かけるので細かくレス出来ませんが、今度改めて書かせていただきます。
では、また!

469 :アマノウヅメ:2001/08/02(木) 12:01
>>466
Krtさん、ありがとうございました。

470 :世界@名無史さん:2001/08/03(金) 11:34
>>465
「ウプサラの歌曲集」といえば、
スペイン音楽なのに何故ウプサラ?
という疑問を抱いたのは私だけでしょうか?
その後、印刷譜と知って納得しましたが。

471 :トルバドゥール:2001/08/03(金) 21:20
 中世ヨーロッパの女性は
 月経時の処置はどうしていたんでしょうか?
 

472 :世界@名無史さん:2001/08/04(土) 00:17
かなり前の話題に対するレス。
「中世」ならば、都市部、特にローマ時代から
残っているような町では貧乏人でも風呂に入ってた。
ヨーロッパ人が風呂に入らなくなったのは中世の後の大航海時代から。
香水が発達したのも大航海時代以降。

>471
家を一歩も出ない(スペイン)
赤い服を着る(イタリアの北部都市の一部・しかも一時的な流行)
一部の金持ちはおむつ
ほとんどの場合は垂れ流し

473 :_:2001/08/04(土) 01:19
旧約聖書のほうでさ、ユダヤ人の娘が家宝を隠している箱の上に
座って、父親がその箱の中身を調べたいからどけっていうんだけど、
「お父さん、私は今、例の女のものの最中ですので、この箱の上から
立つことはできません」
っていう場面があったな。
時代はずれるがやはり垂れ流しやったんだな。

474 :世界@名無史さん:2001/08/04(土) 03:03
>472
そういや、ここの人達って大航海時代を中世と考えているヤツ多いな。
まあ、少しはだぶってるかもしれんが、普通は分けて考えるぞ。

475 :トルバドゥール:2001/08/04(土) 15:19
>>472,473さま
レスありがとう。
垂れ流しとなると、にほひもさぞかし物凄かったことでしょう。
現代は便利になったんだねぇー^б^

476 :世界@名無史さん:2001/08/05(日) 04:46
中世のお城には本当に罠とか仕掛けてあったんですか?

477 :世界@名無史さん:2001/08/08(水) 00:07
罠っつーか、そりゃ油落としとかはあったよ。

478 :世界@名無史さん:2001/08/08(水) 03:13
476の発言でレゴのお城シリーズを思い出した(w

479 :世界@名無史さん:2001/08/08(水) 08:42
扉を開けたら矢さんがこんちは!ってのは?

480 :アマノウヅメ:2001/08/08(水) 12:05
先を尖らせた格子が落ちてくるというのがあったそうです。

481 :世界@名無史さん:2001/08/09(木) 02:42
>>478
あれは夢があるよ。本物のお城は結構ドス黒いんじゃないかな?子供は引くかも?
拷問の部屋とかあるしね。

482 :フニャフニャディ:2001/08/10(金) 16:04
>>481
ただ、
マンゴネルなどの攻城兵器があったり、
ハルバルドみたいな長物の種類も豊富なので、
中世への入口としては優れてますよね。
でも、普通の農民とか聖職者のレゴが少ないなあ。

483 :世界@名無史さん:2001/08/13(月) 11:27
>>482
レゴ農家を発見
ttp://www.05fun.net/~kaki/gallery_f0101.htm

484 :アマノウヅメ:2001/08/13(月) 12:55
中世の商人の家の図面を幾つか見つけました。
大商人の家は殆どお城と同じです。
塔にあたるところが金庫室や書類室になってます。

農家ははとんど残っていないようですね。

485 :金田一京介:2001/08/17(金) 01:25
エレミア哀歌あげじゃ

486 :世界@名無史さん:2001/08/23(木) 02:35
貴族の屋敷も隙間風が吹き込んで来て、かなり寒かったと何かで読んだけど。
腐りかけの肉を食べていた。

487 :世界@名無史さん:01/08/27 12:18 ID:PBJCKDiM
>>485
じゃ、私はカルミナ・ブラーナあげ!

488 :世界@名無史さん:01/09/04 11:26 ID:C4pERpyA
age

489 :世界@名無史さん:01/09/07 13:02
age

490 :アマノウヅメ:01/09/07 13:33
同じようなスレ立ってるけど、こちらは庶民中心ということで
続けますか?

491 :世界@名無史さん:01/09/07 17:56
>>490
あっちもそれなりに面白い展開になってますけど、スレの主がチョット電波
入ってそうな人なんで、引いちゃうんですよね。

492 :世界@名無史さん:01/09/08 13:15
>>491
電波が嫌なら、こういうスレも在りまっせ。

中世貴族の猟奇的残虐な風習
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=whis&key=994270576&ls=50

493 :世界@名無史さん:01/09/11 01:05
age

494 :世界@名無史さん:01/09/11 19:28
映像としては(既出だけど)

「モンティパイソン&ホーリーグレイル」
コメディだけど、中世の騎士の描写とか城の描写
(キャメロット城のダンスシーンや結婚式のシーン)とか描写がかなり正確。

「薔薇の名前」
は、修道院の描写で有名。ギーの最期はやりすぎだけど。
(実在の人物で、原作では死にません)

「ロビンとマリアン」(ショーン・コネリー主演ね)
だと、中世の戦闘が描かれている。これもかなり正確。

他には、NHKで放映していた海外ドラマ「修道士カドフェル」が
かなり頑張ってたと思う。
中世の庶民生活を見たい、という意味ではこれが一番かも。
再放送を待とう。

あと舞台が近世になっちゃうけど、深夜枠で放映してた
傭兵が主人公のポルノ映画があった。
これが時代考証も(多少無茶してるけど)割としっかりしてて
聖人崇拝や城での生活の不潔さ、医療のいいかげんさ、
みたいなのが上手く描写されてた。

ポルノなんで、女性は見ないほうがいいと思うけど。
(金髪ロリータで、かなり積極的なお姫様がヒロイン)

495 :世界@名無史さん:01/09/11 19:36
あとまあ今更だけど、平安時代の日本の貴族も
風呂は殆ど入らないよ。
だから香が発達した。これは近世ヨーロッパと理屈は同じ。

京の夏は暑いから、重ね着してる貴族は
あせもや皮膚病に悩まされてたし、
貴族女性のやたら長い髪は水洗いなんか滅多にできないから、
フケは櫛で梳ることで落としてた。

ヨーロッパのベルサイユ宮殿は極端だけど、
他人のことは笑えないやね。

496 :世界@名無史さん:01/09/11 20:32
>>495
江戸時代になっても、京都の公家階級の人たちは月に数回程度しか
風呂に入らなかったそうですね。江戸の庶民が一日何回も風呂に
入っていたのとは好対照。

497 :世界@名無史さん:01/09/11 21:33
>494
「修道士カドフェル」はスカパーのミステリチャンネルでよく再放送してますよ。
最後に挙げられていた映画はひょっとしたらポール・バンホーベン監督の?
邦題知らないけど原題はFresh and Bloodだった。
お姫さまが逞しかったよね。みんなペストで死んじゃったけど、最後にひとり
だけ生き残ったんじゃなかったっけ?

498 :おサル:01/09/13 10:44
意外かも知れませんが、中世の版画では、頭に布を巻いた
女性が大きな木桶の浴槽で入浴している図をよく見かけます。
大きさはまちまちですが、かならずバケツのように取っ手を
引っかけるための2つの穴が開いているのが特徴です。
お湯を運ぶ時は取っ手をつけ、使用する際にはずしたのでしょう。

わたしが印象的だったのは、フランドルの画家メームリンクが
描いた「バテシバの入浴」です。
その絵では大型の浴槽が、白い天幕でスッポリ覆われていて、
布で髪と体を隠したバテシバが今まさに出てこようとしています。
当時の富裕層の風呂はこのような形式だったと思われます。
しかし庶民は前述のように決まった浴室が無く、寝室に桶を持ち込んで
行水したようです。公衆浴場もあったようですし、我々が想像している
ほど不潔ではありませんでした。
15世紀末の版画で、母親が袖をまくりあげて子供を行水させている姿
は微笑ましいものです。
しかし16世紀に入り、宗教改革の影響でカトリックの締め付けが厳しく
なると、不潔こそ信心深い行為と見なされ、清潔好きは異端と見なされる
ようになります。また、公衆浴場は売春の温床でもあったことから、
フェリペ2世のように公衆浴場を廃止した君主もいます。

499 :アマノウヅメ:01/09/13 11:34
16世紀以降風呂屋が廃れたのは、梅毒のせいだとも言われてますね。
風呂屋が売春と結びつくのは江戸時代の日本と同じですが、日本では
入浴が目的だけの湯屋は現在の銭湯まで続いています。
(湯屋の2階に休憩所があって、お茶や菓子が出るけど酒はダメ)
ヨーロッパで入浴の習慣が無くなったのは、キリスト教の力が大きい
でしょう。
修道会には、一生着替えないなんてところもありましたから。
イサベル女王は、グラナダ包囲の時、陥落させるまで下着を着替えないと
誓い、実行したそうです。
イサベルはフランシスコ第三会(在俗修道会)に属していた人ですが
何かカトリックには清潔を贅沢とみなす傾向があるようです。

500 :世界@名無史さん:01/09/13 15:59
>カトリックには清潔を贅沢とみなす
地方によっては水が不足気味で貴重だったからでは?
水の豊富な日本とはその点で差が出たのかと。

501 :世界@名無史さん:01/09/13 16:20
ローマ時代にせっせと造った水道設備を、技術後退で使えなくしたから。
あまつさえ、教会経てる為の石材として水道橋を切り出して持っていっ
たりしているからね。

502 :世界@名無史さん:01/09/13 17:49
ユダヤは元々砂漠の宗教だしね。

503 :世界@名無史さん:01/09/14 20:29
ゴシック建築について概要を知りたいです。
いくつか本を読んだのですが次の疑問が残りました。
ゴシック建築は実際にゴート人の手によるものなのか。
なぜ後に歴史学者達から「未熟だ」と揶揄されたのか。

504 :世界@名無史さん:01/09/19 18:14
>503
ルネサンスを賛美するために、
それ以前の文化や技術を否定していたのが昔の欧州歴史文化論。

今はそんなことないんだけど(「中世の秋」を読んでおくれ)
日本だと、世界史授業でもヨーロッパ中世史をはしょる傾向があるんで、
未だに上記のような傾向が残ってる。

「ゴシック」という呼び方自体、ルネサンス以後の後付けの呼び方なんで、別に
ゴート人がオリジナルなわけじゃない。

一応、参考までに
http://www.ishikawa-nct.ac.jp/lab/C/ktani/www/h11www/H12Hp_4c/words/words.htm

505 :世界@名無史さん:01/09/22 14:14
現在のアフガニスタンのような感じだったんでしょうかねえ…。

506 :世界@名無史さん:01/10/02 18:48
大司教牢獄あげじゃ

507 :アマノウヅメ:01/10/02 19:18
日曜の朝、テレビでモロッコのフェズの番組をやってました。
旧市街は中世のままで、煉瓦造りの家が密集し道路は殆どなくて家の間の
2メートルばかりの空きが通路です。
外見はボロッちいけど家の中は中央に中庭があって大広間の役目をしていて快適そうです。
下水道は見えなかったけど(多分あるはず)上水道は確かにあって蛇口から水が出てました。
中世のイスラムの都市は結構住みやすそうです。

508 :世界@名無史さん:01/10/02 19:31
バーデンバーデンの湯治場と草津の湯では、やはり祖国のほうが衛生観念が
発達してますなあ

509 :世界@名無史さん:01/10/02 19:32
すまん。誤爆。

510 :世界@名無史さん:01/10/15 18:23
優良スレ保護あげ

511 :1:01/10/16 23:54
帰ってきました、1です。長期間放置すまそー。
相変わらず皆さん知識が豊富で勉強になります!
(昔私が思い描いてた中世ヨーロッパはどこぞに吹っ飛んでしまいましたが・…)
他の人の役にも立ってるみたいで、スレを立てた張本人としてはうれしいかぎりです。(って、なんにもやってませんが)

512 :アマノウヅメ:01/10/17 11:09
>>1さん
お帰りなさい。
でも放置してたため、電波だの馬鹿スレだのと芳しからぬ噂が立ってますよ。
ちゃんと来て下さいね。

513 :世界@名無史さん:01/10/28 13:13
ありゃま

514 :世界@名無史さん:01/10/29 16:42
ごめんなさい、
「中世ヨーロッパってドラクエみたいな世界だと思ってるだろ?」
って煽ったら「スレイヤーズみたいな世界だ!」
とネタ返しされてしまいました。

http://ton.2ch.net/test/read.cgi?bbs=geo&key=1003462752

515 :世界@名無史さん:01/10/29 20:47
>512
良くわからんが、1が責任とらなきゃいかんのか、スレって……。
外部から責任とらされるのって珍しいぞ……。(自分のスレだと主張するの
ならたくさんいるが)

516 :世界@名無史さん:01/10/29 21:09
いや、その辺が1の人徳では?
ここが意外と良いスレになったのも1の好感度の高いボケっぷりが
受けたせいもあると思うよ。

517 :世界@名無史さん:01/10/30 09:20
街路に面してごちゃごちゃ家が並んでいるようにみえて、通り抜けると
共同の中庭があり、近所つきあいの場になってるというのがスペイン
の古い町並みなんだ。507もそういうことかな。
イスラムの文化遺産なのか。

518 :世界@名無史さん:01/11/01 16:34
>1さんへ。
内容がすごく前にもどってしまうようですみませんが、
中世に文化・庶民の生活に関する書物は今百花繚乱といった感じです。
日本語に訳されている物でも結構読めると思います。
そのうち読み物として面白く、かつトンデモ系でないものをいくつか。
アイリーン・バウアーの「中世の人々」:一番読みやすい
ハンス・ヴェルナー・ゲッツの「中世の生活」:学術書寄りですが、庶民の生活が克明に描かれているという点で必見。
阿部謹也の書籍多数。
ジョージ・ハッパートの「中世の男と女」は近世までカバーされています。
また、あべきんと重なりますがアンドリュー・マッコールの「中世の裏社会」
も、庶民の生活のさらに裏の部分にまで光をあてています。エーディット・エ
ンネンの「中世の女たち」を読むと、ドイツ都市における意外な女性の法的・
経済的自立性に驚かれるかも。どうぞ読み比べて下さい。いずれも
11世紀の都市社会成立頃から16世紀初頭までの、いわゆる中世盛期・後期
の本です。

519 :世界@名無史さん:01/11/01 16:44
すごーく前の方につっこみ。
ケン・フォレットはアメリカ在住ですが、イギリス人です。新潮文庫の背表紙が、ジェフリー・アーチャーと似ているのは、2大メジャー・イギリス人作家?と思ったものです。いや、新潮の思惑は知りませんが。

520 :世界@名無史さん:01/11/01 20:54
最近出た「中世の家族」フランシス・ギース 朝日新聞社
も読み始めだけど面白い(・∀・)

521 :1改め中世ちゃん:01/11/15 00:59
長いスパンで続いてますね・・・これも皆さんのおかげ!
ROMってる人たちにもお役にたてたら嬉しいです。
>アマノウヅメさん
私がここにきても、ただ感心するばかりでなんにも知識ないしな〜(涙)
>516さん
そういってくれると嬉しいです〜。
たんなる天然ぼけなんだけどね!(爆)
>518さん
ふむふむ。参考にしますね。田舎なんで、図書館にあるかどうか……

522 :518:01/11/15 16:29
すみません。romってるってどういう意味でしょうか?教えて下さい。こういうスレッド特有
の省略、用語に疎くてすみません。
ところで、修正があります。ジョージ・ハッパートの著作の邦題は「西洋近代を作った
男と女」で、「中世の男と女」はあべきんでした・・。ごめんなさい。
titleですでに、中世じゃない!と思われるかもしれませんが描かれているのは、
後期中世から、近世初期なのでご興味の射程にはいっていると思います。
中世といっても、時代区分は人それぞれで、おそらく「中世ちゃん」さんが
想定なさっているのは、
都市成立期から宗教改革前までの、盛期、後期中世あたりと思われますが
昨今の西洋史学会でさえ、ここら辺の区分がわりとあいまいです。
特に、16世紀前半を研究している人は自分が中世のつもりでもしばしば
「近世史部会」での発表になることもあるようです。
なので、まぁ、ハッパートもいいかなぁと。(すべて言い訳です。すみません)

523 :世界@名無史さん:01/11/15 19:12
>>522
Rom = Read only member
書かないで読むだけのギャラリーのこと。
これは別に2ちゃんねる専用語じゃなくて、
ネット界一般で通用する言葉だと思うよん。

524 :世界@名無史さん:01/11/16 00:50
そういえば、何でヨーロッパは高緯度適応した穀物を栽培しなかったんだろ。
わざわざ麦にこだわって食糧事情を自ら悪くしているような…。

525 :世界@名無史さん:01/11/16 13:05
>>524
高緯度適応した穀物って具体的に何なの。
米はもっとだめだし、芋もトウモロコシもない。
かといって豆は煮るのに時間がかかって不便。
麦以外ないんじゃないの?

526 :世界@名無史さん:01/11/16 23:09
>524
romるを教えていただきありがとうございました。

527 :ライアル・ワトソン:01/11/16 23:43
18世紀のヨーロッパに蕎麦を植えたら良かったのに。
浅間山の大噴火で、成層圏まで舞い上がった信州の蕎麦の実が、めぐりめぐって
欧州まで漂着してないとも限らないでしょう?

528 :世界@名無史さん:01/11/16 23:58
あんとわねっと:パンがないならクレープを食べればいいのに。
民衆:そういやそうですね王妃様。
って、めでたしめでたし、か?

529 :ライアル・ワトソン:01/11/17 00:02
蕎麦の実ひとつでフランスの農業を発展させ、ひいてはフランス革命を
阻止できるなら万万歳

530 :Krt:01/11/17 13:16
残念ながら527=529氏の言うような形で歴史が進む可能性は乏しかっただろう。
というのは、ドゥ・カンドル「栽培植物の起源」によると、ソバは既にダッタン及び
ロシアを通して、少なくとも1436年にはドイツに入っており、16世紀には欧州中央
(フランスでは特にブルターニュのような痩せ地地帯)に広まっていたからである。
さらにこの点に関しては岩波文庫本の訳者である加茂儀一も「十六世紀の末にはソバは、
フランスの多くの地方では貧乏人の一般的な食料であり、十八世紀に全ヨーロッパを
通して栽培され、十九世紀以来北アメリカでも栽培された」という訳注を追加している。

だからヨーロッパ人が麦、しかもその中においてはどちらかというと気候に対する適応性
の面からいって栽培しにくく、収量も多いとは言えない(いずれも大麦との比較)小麦に
執着したのは、あくまでその味に対する嗜好のなせる技であり、その点はもともと熱帯性の
植物である米をなんとか寒冷地でも栽培しようと努力し続けた日本人と同様なのだ。
(古代以来の伝統食である粥にして食べる分には大麦も良いのだが、パン、それも発酵パン
にすると、粘りけの足りない大麦パンは味の面で小麦パンの敵ではなかった)

なお、ソバをフランス語でサラザン(Sarrasin)というのは、特にサラセン起源を示すもの
ではないらしい。フランスより先にソバが入ったドイツでは Buchweisen というサラセン
とは無縁な名前だし、著者によると、当時シリア、ペルシャ、アラビアといった地方では
ソバは栽培されていなかったらしいのである。語源に関する俗説の一つは、ソバの実の色が
浅黒いためサラザンと名付けられたというものなのだが、フランス語におけるソバの別名が
Ble noir(黒い小麦:アクサンテギュ省略)であり、最初に入ってきた時に Ble Sarrasin
とも呼ばれていたことを考えると、この俗説、案外当たっているのかもしれない。

531 :ライアル・ワトソン:01/11/17 13:58
まあ、僕の場合は「風の博物誌」読んでの冗談ですが、なるほどですねえ。
テュイルリー宮殿で香りたつ新蕎麦をすすりこむルイ16世なんて絵を夢想したのですが
イロモノの宿命で、正統な歴史には勝てぬと思い知りました(^^:;)

そういえば別スレでパスタの起源論争いうのありましたが、古代ローマの成立以前
エトルリア(紀元前5-6世紀)の古墳にはラザニアをこさえる道具のレリーフがあるとか
「パスタ宝典」で有名なブオッシナージ氏の著作の隅っこにあったと記憶します。

ラザニアの語源は、古代ギリシア語のラガノン(綴り不明)に由来し、古代ローマではラガヌムと
呼ばれたとか。アピキウスの著作のどこかにも出てくるそうですが、僕はまだ読んでいません。

日本でも蕎麦粉を麺状にして食す風習は15世紀以降だったと思いますが、北イタリアのアルプス地方には
やはり小麦がそだたず蕎麦をつかった麺料理があります。バルテリーナ地方の蕎麦料理ですが、こちらでは
ファリナ・ディ・グラノ・サラチェーノいってますねえ。
蕎麦のサラセン起源については諸説あって、僕もよくわかりません。
ムーア麦呼ばれたのは知ってますが、仰ってる黒い小麦の色を見て、
アラブ系の褐色の肌を揶揄するために、後世で形成された俗説の可能性は
たしかにあり得ますネエ

532 :世界@名無史さん:01/11/17 13:59
麦の中でも小麦にこだわったのは結局「味」だったわけね。
そういえば、米は粉にしても煮ても炊いても食べられる、しかもうまい穀物だ。
ヨーロッパでは「パンが食べたい」という欲求が先にあり、
それに応じるために収量の少ない小麦を栽培する結果になったわけか。

533 :Krt:01/11/17 22:49
>>531
「歴史のとんでもない珍説」スレでのパスタ起源論(136,157,164)で私が主張したのは以下の点。
古代ローマにおいて現代と同じパスタ、特に茹でて食べるようなタイプのものがあったかどうか
というのは疑問である。なぜかというと、
(1)現在出回っている本において「古代ローマに現代のようなパスタがあった」という説の根拠
となっている元ネタは1958年に出たアピキウスの料理書の重大な誤訳に基づくものが多い。
(2)ただし、これは紀元一世紀の料理書であって、この時点において茹でて食べるようなパスタが
無かったからといってその後もずっとそうだったと決まった訳ではない。なぜなら古代から中世
前半(12世紀以前)における料理法を明らかにする文献は極めて乏しいからだ。
(3)もっとも最近の研究によると、これまで古代世界においても麺製造に適したデュラム小麦が
広まっていた(今でも大抵の本にそう書いてある)というのは、遺跡などに残存している小麦の
DNA鑑定の結果疑わしいことがわかった。デュラム系の小麦はDNAが脆くて残りにくい為に
決定的なことは言えないのだが、ほとんど出土しないんだそうである。
(これらの説の根拠となった諸論文については当該のスレでの私の発言を参照して欲しい)

なおラガヌムというのは練り粉を細切りにして焼いたり、揚げたりしてスープに入れたもの、
あるいは揚げたパン菓子のようなものらしくラザニアの直接の先祖とは言い難いと思う。
またギリシャのラガノンはたぶん(λαγανον)なのだろうが家にあるオックスフォードの
中型辞典には出てない。でも英語の大きな辞書を引くとラザニアのラテン語源は lasania 即ち
cooking pot の意味で、転じてその中身になったんだろうとあるし、これなら(λασανα)
つまり pot というギリシャ語の語源とも一致する。要するにラガヌムあるいはラガノンなる
パスタ類が古代世界にあってそれがラザニアの先祖かつ語源である、というのは語源俗解に
基づくインチキ説だといっていいのではないかな。
 しかし、北イタリアのソバ料理ってなんか美味しそうだね。

>>532
そうだね、人間というのは同じような食べ物が二つあってしかも味がかなり違うと、不味い方
のやつには耐えられないんじゃないんだろうか。何年か前、米が取れずにタイ米が入ってきた
ことがあったが、最初の内はヤキメシにしたりして食べていたものの結局我慢できず、半年ほど
米を食わずに麺類とパンだけで過ごした覚えがある。(こっちの方がまだマシだったな)

534 :世界@名無史さん:01/11/17 23:40
>>531
日本でそばを麺状にしたのを食べることが一般的になったのは、
15世紀どころか18世紀以降なんていう話があったような。

それ以前の日本の麺類はうどんだけだったはずですが、それでも
15世紀にまでは遡らないかもしれません。日本における麺類って
意外と歴史が新しいはずです。

そばの栄養価をいちばん損なわない形で食べられるのはそばがき
ですが、ヨーロッパでもパン以外にはそばがきにして食べていた
のかなぁ?

535 :ライアル・ワトソン:01/11/18 01:01
うーむ。成るほど成るほど。無性にラザニア食いたくなってきたぞ。アゲ!

536 :Krt:01/11/19 12:49
>>534
一般的になる、という言葉の定義が今一つ曖昧だが、週刊朝日百科世界の食べ物99によると
元禄三年(1690)に菱川師宣が画いた「東海道分間絵図」に登場する麺類を売る茶屋をカウント
してみると「うどん。蕎切り」が六軒、「蕎切り」が二十一軒、「うどん」及び「そうめん」
各一軒、と既に蕎がうどんを圧倒しているそうである。ただ534の言う通り「蕎切り」の方が
うどんより登場は遅く、1733年に成った「本朝世事談綺」という本には「蕎切り」について
「中古二百年以前の書、もろもろの食物を詳に記せるにも、そば切りの事見えず」とあるから、
十五世紀に蕎切りがあったという531の説は怪しいんだけれどね。

あと付け加えると、「それ(蕎)以前の日本の麺類はうどんだけ」ではない。実は日本で
一番古い麺類は「素麺(索麺)」なのだ。これは「索餅ないし麦縄」と言われる米の粉が
25%混じったやや太い形状のものは既に奈良時代に(*)、また現代の素麺の直接の先祖である
麦粉100%で伸ばすのに油を使う細いタイプのものも鎌倉時代に禅宗とともに、それぞれ中国
から入ってきており、室町初期には現在と全く同じ手延べ素麺が完成していたのである。

(*)例えば十二世紀初めの平安後期に成立したとされる今昔物語十九巻の「寺別当許麦縄成蛇語」
に、ごく一般的な食べ物としての麦縄に関する話が出てくる。

さらに言うと「(うどんは)15世紀にまでは遡らない」ということもない。たしかに鎌倉時代の
「厨事類記」などに記された「饂飩」はまだワンタンのような物だったが、十五世紀に成立した
古本節用集の一つである「易林本節用集」と呼ばれる辞書には「斬麦」の語が見え、これは後の
「麦切り」即ち現代のうどんと同じ物と理解されている。なおこの辞書には「冷麦」も登場する。

まあこの手の話題は「中世ヨーロッパ人の暮らし」とは関係ないからこれぐらいにして、
「食い物の歴史スレッド」http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/999273985/l50
か「世界史板〜世界の料理〜」http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/1000559888/l50
のどちらかで、ということにしようよ。(続きをやるのなら)

537 :世界@名無史さん:01/11/19 13:37
手前で初めて手前で退去を指図するな(笑)

538 :世界@名無史さん:01/11/20 00:35
>>536

あんた最高だよ(藁

539 :世界@名無史さん:01/11/20 00:55
なんかネジがはずれているところがいいよねえ・・・・

540 :世界@名無史さん:01/11/20 21:03
ガイシュツネタかもしれんが、貴婦人が股間にオマルをぶら下げていたって本当ですか?
わざわざトイレに行かずに人前で平気でブリブリいわしてたんでしょうか?
それに動いた時、たまった汚物がこぼれたりしなかったんでしょうか?
座る時も座りにくそう。
しかも、当時の貴婦人はノーパン?排便したあと、お尻拭かなかったの?
なんつーかもう、オムツしてるのと変わらん気がする。

541 :世界@名無史さん:01/11/20 23:12
>>540
そ、そんな話いったいどこから?
いくらなんでも信じがたいッス。
それとも貞操帯か何かの話?

542 :世界@名無史さん:01/11/21 00:33
……聞いたことないぞ……そんな話……
パンツはどうだろう。日本はノーパンだったけど。

543 :世界@名無史さん:01/11/25 20:44
>>540
もうちょっと時代が下ると陶製のおまるを使ったそうです。
だいたいおまるつけて歩けないって(笑)。
お城に住んでいたらトイレもあったみたい(ポットン式)。
で、拭くものは藁とかボロ布とかだったらしい。
トイレットペーパーはまだなかった時代・・・。

544 : :01/11/25 21:10
ヨーロッパ人は17世紀になっても
手で鷲掴みにして食事してたと新聞にのってた

545 :世界@名無史さん:01/11/25 22:21
>544
個人用のフォークは中世の頃からたまに出現していたが、17世紀初頭の
イタリアからの伝播まで、定着しなかったのは事実。
ただ、鷲掴みといっても、上流階級では結構ややこしいマナーがあった。

546 :世界@名無史さん:01/11/26 10:25
スプーン、ナイフも16世紀からだし。(ふぃりっぷ・ありえす)
新たなテーブルの器具が登場するたびに、テーブルマナーが作りかえられていったそうです。
当然ちゃ当然か。
以上フランス事情。

547 :世界@名無史さん:01/11/26 11:37
カトリーヌ・ド・メディシスマンセーだね。

548 :世界@名無史さん:01/11/28 10:26
フランスでは17世紀までワインは薄めて飲むのがより上品とされていたようです。
ただ、薄めて飲み始めたのがいつかは言及されておりませんでしたが。
そのままで飲むドイツ人は、なんて下品なのぉ。と思われていたということです。
17世紀にはいって貴族から、薄めず飲むことがはやり、次第に社会全体に流行していった
そうです。

549 :ななし:01/11/28 11:28
中世のワインは香料をドカドカ入れて飲んでたりする。
皮袋などにワインを入れる事が多く、臭いがかなり染み込んだらしい。

550 :世界@名無史さん:01/11/28 20:58
ショウガや蜂蜜が定番ですね、ワイン。質も悪かったし。
というか飲み物=ワイン、もしくはエールビールの時代だし。

551 :通りすがり。:01/11/29 03:47
以前読んだ本によると、
ワインは古代ローマの頃は薄めて飲むのが普通だったそうな。
私が読んだものは、共和制末の頃のものですけど。
それだけです。

また、中世の飲料ですけど、
蜂蜜酒や、
修道院を中心に徐々にリキュールなども作られ始められていたと思いますが。

552 :世界@名無史さん:01/11/29 04:07
>>551
薄めて飲むのはワインの濃度が高かったのではないですか?

553 :後の名無しさん:01/12/03 23:26
中世のワインは、保存状態が悪くすぐに酢に近い状態になってしまう。
そのせいか、蜂蜜や香辛料を信じられないくらい入れて飲むのが良しとされた。
ただ、大量の香辛料を入れたワインは食後に腹痛をともなうこととなった。
これが災いし、ワインに毒を入れられても気付かず命取りとなった例も多々あるという。

というのをどっかで読んだ気がしたんだけど。

554 :世界@名無史さん:01/12/19 22:21
hozenn

555 :世界@名無史さん:01/12/25 08:35
もうおしまい?

556 :世界@名無史さん:01/12/25 13:00
このサイト終わらないで欲しいです。

557 :世界@名無史さん:01/12/25 13:12
>>551
蜂蜜酒は古代から続くスラブ人の飲み物です。
現在のベラルーシからポーランドにかけての地方が原産と言われる。

558 :世界@名無史さん:01/12/26 13:09
ヘンルーダが飲んでいたなぁ。蜂蜜酒。あしべゆうほがちゃんと調べて書いたのであれば、ケルト人も1世紀には飲んでいたって事かなぁ。

559 :世界@名無史さん:01/12/28 22:26
>>558
あれは1世紀じゃないよん。うろ覚えだけど5世紀くらいじゃなかったけ。
いずれにしても中世ではないのでsage。

ミードって北欧神話とかにも出てくるから相当古い飲み物ではないかと思われ。

560 :世界@名無史さん:01/12/29 08:19
はちみつ酒、11なんたらというバイキングを描いた映画で
飲まれてたそうです。北のほうなんですかね。

561 :ルナ:01/12/29 08:57
はちみつ酒って、hydromelとかいうやつかな?
ワインに蜂蜜と香料いれたものの残骸が
フランス以北の遺跡からみつかってるよ。

562 :世界@名無史さん:01/12/29 11:47
子供のころに買ってもらった「グリム童話集」では、
大人も子供も、お出かけのおべんとうメニューは
パン、チーズ、ワイン、だった。
外人は子供のころから水がわりにワイン飲むんだ・・・と、
何やらわけのわからん恐怖心が植え付けられたのでございます。

563 :世界@名無史さん:01/12/29 12:15
ミード(蜂蜜酒)って文字通り蜂蜜を発酵させて作ったアルコール飲料の事だよ。

564 :世界@名無史さん:01/12/29 14:32
>>526
そお?私は逆においしそう〜って興味がわいたよ。
ワインじゃなくぶどう酒っていう表現のせいかもしれないけど
日本にはない珍しい飲み物?って感じで。

565 :562:01/12/29 15:04
>564
そうそう。「ぶどう酒」でした。ワインじゃなかった。
たしかにおいしそうだと思ったような気がする。
もしかして、母にねだったのかもしれない。
私が子供のころ、ある年に母はぶどう酒を作ってくれた(違法!)
ぶどうを潰して保存すれば、勝手に酒になってくれる。
発酵があまり進まない軽いうちに飲むと、子供もよろこぶ甘いお酒に。
・・・しかし、酒の密造をして、それを子供に与えるうちの母・・・ビバ!

566 :中世ちゃん:02/01/06 01:58
あけましておめでとうございまーす。
もうじきスレ立て一周念わっしょ〜い♪

567 :世界@名無史さん:02/01/07 03:28
www.geocities.co.jp/Playtown-Denei/6804/index.html
入門サイトかな……?

568 :世界@名無史さん:02/01/07 09:34
アルコール分解酵素がまったくないって体質は黄色人種だけだからね。
飲み物がアルコールだけでも問題なし。
www2.ttcn.ne.jp/~ginjo/sake/ginjo20.htm

569 :世界@名無史さん:02/01/07 09:45
私も童話にでてくるぶどう酒にあこがれました。
ところで「クリ・ドラ」は一世紀の話でしょう。ネロも出てくるんだし。

570 :世界@名無史さん:02/01/07 12:49
>>569
「グリとグラ」は、いつの時代の話ですか?

571 :世界@名無史さん:02/01/07 18:55
中世には修道院がブドウ栽培も行っていた。

572 :世界@名無史さん:02/01/09 17:45
何しろ免税特権があったので。VIVA免税特権!(アジールもついでに)

573 :八頭身:02/01/09 20:28
>>1さんじゃないけど、このスレ見て自分の考えの浅はかさが良く分かったよ。

574 :世界@名無史さん:02/01/10 12:44
酒の話が出たついでに質問ですが、現在のヨーロッパでは
人前で酔っ払うのは非常にみっともない事とされているようですが、
中世ではどうだったのですか?

575 :世界@名無史さん:02/01/15 19:01
観光地で出くわすドイツ人とかオランダ人のオヤヂは
大体酔っぱらいだったよーな気がスルが…。(笑)

ローマ教会に派遣された気の毒な司教なんかが、
フランク人の酒盛りで面白半分に撲殺されたりしたハナシが
非常に実感されましたぞ。

イタリア人も酔っぱらって騒ぐし、すぐ大声でケンカするけど
徒党を組んだドイツ人の酔っぱらいの方が今も昔もはるかに
凶悪かつ不潔な印象。

別に酔っぱらいに詳しいわけじゃないんで救援タノム。

576 :ベルセルクスレから流れてきました:02/01/17 15:31
いや〜面白い。為になった、勉強になった。
良レスに恵まれて、1さん(中世ちゃん)は運がよかったですね。
んで、ここまで一気に読んだので激しく遅レス&無知のため阿保レスですが、
>>70 本当に聖パウロの言葉なんでしょうか?紙→神、ウン→運、の当て字は日本語でないと…
翻訳者に座布団10枚ですかね?
>>540おまるぶら下げについては、自分も聞いた事があります。
ただ歴史については詳しく無いので、果たして中世に当たるのか定かではありませんが、
スカートをドーム状に膨らませるコルセットを着けていた女性は、その中におまるをセットしていたとか…。
あれを着けている状態ではドアを通るのも一苦労だったそうですから信憑性アリかとも思います。
しかし、1mを越えるかつらで不自由ないように、門の方を高くしたりと
あの時代の人は、発想が天才的ですね。

577 :世界@名無史さん:02/01/17 15:48
>575
観光地ででくわすドイツ人とかオランダ人のオヤヂ

以前オランダ人のカレル・ヴァン・ウォルフレンという評論家が
「公式の場で酔っぱらうかどうかでその国の文明度がわかる」
とか書いていた。
インテリはともかく、庶民はどこの国でも似たようなもんだろう。

578 :世界@名無史さん :02/01/18 10:03
北方の連中は大柄で野蛮で不潔というのが今日でも立派に通用する
ジョーシキでは?

オランダ人も親切だけど不潔なんだよなー。(困)
とうてい似たようなもんとは思わんかったがなー。

579 :世界@名無史さん:02/01/20 15:21
中世の西ヨーロッパにおいて、日本の下級武士に当たる身分の人々は、
いたのですか?
騎士に仕える従者が、それに当たるのですか?

580 :バキャベッリ:02/01/20 16:22
 そうでしょう、初期の頃は騎士の子弟が見習いとして付いていたらしいですが、
後期では生涯従者というのが増えております。騎士に成るだけの財産が無い為、
折角の騎士叙勲を断った者さえ居たそうです。

581 :中世ヨーロッパの会:02/01/20 18:03
中世の暮らし、文化、芸術などを おこなう会です。
掲示板ログ マルタ騎士団のところにも書いてあります。
会員募集いたしますので
書き込みよろしくお願いいたします。

582 :世界@名無史さん:02/01/21 13:05
イタリアの自由都市と言っても
やつらは奴隷貿易に手を染めていた。
キリスト教徒がそんなことしてもいいのか?
相手がキリスト教とでなけりゃ奴隷にしても良いのか?

583 :山野野衾:02/01/21 13:40
>582
16、17世紀には南米や東南アジア等に(宣教師も絡んで)日本人奴
隷を売り飛ばしてましたから、確かにそうかも。
それにラテン帝国や少年十字軍の例の様にキリスト教徒もお構いないだ
った様な。(こちらはただ悪党がいただけか。)
植民地時代の虐待など言えたものじゃありませんし。

584 :世界@名無史さん:02/01/21 17:52
>582,583
確かキリスト教徒でもローマ・カトリックから異端とされた人々
(例えば東方正教徒など)は奴隷にしてもいいことになっていたと
思います。


585 :世界@名無史さん:02/01/23 12:08
イタリアなど南欧は奴隷で、アルプス以北は農奴

586 :山野野衾:02/01/23 12:21
>584
スレイブの語源はスラブでしたね。あれはローマ時代からだそうですが、何
やら因縁めいた話・・・。

587 :世界@名無史さん:02/01/24 12:31
西欧では郷士にあたる人間居なかったのですか?
ドンキホーテの場合(イダルゴ?)、
イベリア半島はイスラム世界との前線だから、例外?

588 :アマノウヅメ:02/01/24 15:54
>>587
イギリスのジェントルマンは本来郷士身分のはずですが。
貴族に相当するのは男爵以上でナイトは貴族ではないとのことです。

589 :世界@名無史さん:02/01/24 20:40
博学な皆さんにお聞きしたいのですが、
この頃の化粧について、ご存知のこと教えていただけませんでしょうか?
また、化粧を非難していた作家や、
説教師などもご存知でしたら教えてください。
お願いします。

590 :世界@名無史さん:02/01/25 01:06
ファンタジー小説の好きな中世ちゃん(1)は
とりあえず雰囲気から慣れると言う意味で
漫画「ベルセルク」でも読んでみては如何かね?
魔女狩り、異端審問、拷問、戦争、略奪、強姦、黒魔術、妖精、お化け等
中世のドロドログチョネチョ感は十分満喫できるはずですよ
純粋に話としても超面白いし

591 :世界@名無史さん:02/01/25 22:36
中世ヨーロッパって錬金術が盛んでしたよね?
錬金術師の生活など、わかる方おられませんか?
また、錬金術師の扱いって一般から見たらどうだったんでしょうか?

592 :世界@名無史さん:02/01/25 22:44
わーい。ベルセルクだぁ!!
あれのクシャーンってオスマン?

593 :世界@名無史さん:02/01/25 23:37
>591
普通の学者と変わらなかったと思う
ニュートンだってやってたしね

594 :世界@名無史さん:02/01/26 20:21
17世紀末にデカルトが出現して啓蒙の世紀がはじまると、錬金術その他の神秘/陰秘哲学
(グノーシス風の世界の陰に真理がかくれているというアレですな)

デカルト学派は「神によって完璧に作られた世界においては終末の日まで金属は変成しない」
として錬金術派は後退。
でもニュートンとかライプニッツは、さいごまで金属変成(錬金)を信じてましたけどね。

ま、18世紀に化学に道を譲ります

595 :世界@名無史さん:02/01/26 23:21
ベルゼルクって読んだことないけど、なんか鉄腕ゲッツとか、わりと中世精神史もふくめた
良質のファンタジー漫画らしいですね

596 :世界@名無史さん:02/01/26 23:29
>>595
良質ですが類型的ではないです。
ファンタジー漫画では今のところ最高レベルだと思われ。

597 :世界@名無史さん:02/01/27 00:55
錬金術師のひつような道具。
蒸留機。

コニャックも一緒にこさえた

598 :世界@名無史さん:02/01/27 01:53
薬品蒸留用の部屋はイギリス貴族の屋敷には普通にあったようですね。
19世紀になっても、スチールルーム(蒸留器部屋)というのがありました。
何を作っていたかというと、専属のメイドさん(スチールルームメイド)が、
香料を抽出したりお菓子を作ったりしていたそうです。
お茶の習慣を持つイギリス人には無くてはならない仕事だとか。

599 :世界@名無史さん:02/01/27 09:08
>>576
遅レスになりますがスマソ
コルセットはだいぶ時代が下ってから使われたと記憶しています。
ドーム上のスカートはブルボン朝とかの頃じゃなかったでしょうか。
おまるを取り付けではなく、庭で用を足すときしているように見えないように
使われたとなにかで読みました。
>>586
スラブ人という名称は正にスレイブ(奴隷)として使役される者達という意味で
使われていた言葉で、漠然と東ヨーロッパ一帯の人々を指すある意味あいまい
な言葉です。現実には、様々な民族、部族が存在していました。
東ヨーロッパのいわゆるゲルマン人に比べ、ローマやキリスト教への傾倒が弱
くそのため、国家としての成立や技術の発展が遅れたようです。

スレ違いかも知れませんが、いわゆるユダヤ人は中世期に今のロシア付近にい
た民族が、ユダヤ教に帰依し、その後ヨーロッパ全域に散らばったのだそうで
す。だから、本来のユダヤ十二部族と、"世界の経済を握っている"と言われた
りするユダヤ人は民族的に別物なんだそうです。
今のイスラエルでは元からのユダヤ人といわゆるユダヤ人との経済力のギャッ
プが問題になったりするそうです。(ヨーロッパのユダヤ人の方が基本的に金
がある。)
後から流入したため、不浄のものとされた商業を生業にしたのだそうです。

600 :山野野衾:02/01/27 11:28
>594
ラプラス(数学者)は無神論者でしたね。しかし山海経の注釈をつけた郭ハクが「
世に異常が有るのでは無く、(実在するものに)我見をたてるところに異常が生じ
るのである」と述べていた様に、どこから非科学かといった事は言いにくい様な。
当時の「科学」も今の「科学」も後世にどう評価されるか分かりませんし。
>599
有難う御座いました。

601 :世界@名無史さん:02/01/28 10:29
>スレ違いかも知れませんが、いわゆるユダヤ人は中世期に今のロシア付近にい
た民族が、ユダヤ教に帰依し、その後ヨーロッパ全域に散らばったのだそうで
す。だから、本来のユダヤ十二部族と、"世界の経済を握っている"と言われた
りするユダヤ人は民族的に別物なんだそうです。

知りませんでした。むちゃくちゃ勉強になります。出来れば出典を教えて下さい。

602 :世界@名無史さん:02/01/28 11:28
>>601
俺、その話を↓で知ったけど、この作者DQNなんでしょうか?

ユダヤ問題特集
http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA2F3/a2f1000.html

603 :世界@名無史さん:02/01/28 14:03
スレ違いなので sage。

アシュケナジーの発祥については、ハザールだけをメインに考えるのは
DQN 扱いされてしまうでしょう。また、当時唯一のユダヤ教国家だった
ハザールには各地からユダヤ人が集まってきたことはいえるでしょうから、
ハザールのユダヤ人がまるで血縁がないものとも考えにくいでしょう。

604 :世界@名無史さん:02/01/29 00:36
いろいろありがとうございました。

605 :世界@名無史さん:02/01/29 10:10
中世史スレッドでこんなに盛り上がっているところは、
なかなかないからついつい中世史関係ということで、
民衆史でなくても書いちゃうのですよね。
でもすごく勉強になっております。

606 :世界@名無史さん:02/02/01 15:41
中世ヨーロッパの一般家庭の台所ってどんなだったんですか?

607 :世界@名無史さん:02/02/01 17:50
gage

608 :世界@名無史さん:02/02/01 18:10
>>599
スラブ人については間違い。スラブとはもともと栄光とか名誉とか言う意味。
10世紀以前スラブ人がマグデブルグでフランクのユダヤ人と交易していたときの
主要な輸出品が東方奥地からの奴隷で、彼らは優秀でイベリア半島の
イスラム教徒に高値で売られた。
スレイブ(奴隷)とは「スラブ人地方の名産品」という意味からの転訛で、
英語で陶磁器のことをチャイナとか漆器のことをジャパンというのと同じ。

609 :世界@名無史さん:02/02/01 18:17
>>579
ポーランドの士族制度が日本のと似ています。
近世では全人口に対する割合も10%程度と殆ど同じ。
大名のようなものから郷士や庄屋のようなものまでいたことも同じ。
政治体制が、日本がより中央集権的だったのに対してポーランドは基本的に士族民主制でしたが。

610 :中世ちゃん:02/02/03 02:24
みなさんほんとにありがとう〜〜〜〜〜(号泣)



611 :とおりすがりですが:02/02/03 03:12
本当に良スレですね。思わず見入ってしまいました。
高校の世界史の先生が生徒に『ベルセルク』を薦めるなんて、
すごい時代になったな〜と思いました。
(数年前、『日出処の天子』にも驚いてたけど)
でもこの本、細かい描写が本当に「正確」なんで、読んだ当時は
驚かされたんですよね。タイトル自体、十分コアだと思います。
こんな単語が日本語でメジャーになるなんて、信じられない…(^^


612 :世界@名無史さん:02/02/03 10:16
でもベルセルクって歴史や人間の汚い部分が
渦巻いてるから、気を悪くする人も居るだろうね。
そういう人には一概に進めたくはない。

613 :世界@名無史さん:02/02/03 11:49
中世って聞くと、ロビン・フッドを
連想する。

614 :世界@名無史さん:02/02/03 22:08
中世ちゃん(1)よ、
良心的かつ正確なレスにより夢破れた真に珍しい(1)よ。
今では、こう思っているだろう。
”男尊女卑で、女性はモノとしてしか扱われず、衛生概念は少なく、
宗教の圧力が色濃く、ペストの流行や傭兵の略奪に日々怖れなければ
ならない舞台で、女性の胸をキュンとさせる物語は不可能”と。

しかし、日ノ本の国には、それに果敢に挑戦して、完璧なまでに成功している
作品があるのだ。

それは、鬼畜王ラン・・・もとい、”傭兵ピエール”(佐藤賢一 集英社文庫)

悪魔の傭兵隊長の強姦シーンから始まる物語は、
最後に、うちの村のほら吹き隊長の大恋愛物語となって成就する。
ぜひご一読を。

615 :世界@名無史さん:02/02/03 22:15
ああ〜かまどで焼いたパンが食べたいなあ〜。

616 :世界@名無史さん:02/02/03 22:24
1980年代にショーンコネリーが出演している
中世の教会を舞台にした映画を沖縄の嘉手納基地で見た。
「薔薇の名前」とかいう映画。西洋人の心の底を見たような気がする。



617 :世界@名無史さん:02/02/03 22:29
既出でしたね。スマソ。
でもあの映画のイメージがあしには中世ヨーロッパの
イメージになってるのです。教会から捨てられる残飯に
貧者が群がるシーンとかね。

618 :20XX年:02/02/03 22:32
鬼畜王ラン・

619 :20XX年:02/02/03 22:33
前途有望な若者に道をあやまらせてはイカン!
我々はもはや手遅れだが・・・


620 :世界@名無史さん:02/02/03 22:36
>>614
何でラOスを薦めるのかな?(笑
確かに面白かったけどね、海O王Oのほうが・・・
ただ・・・大航海時代もかろうじて中世でしょうかねえ?

621 :世界@名無史さん:02/02/03 22:43
「よ、お前一緒に巡礼にいかないか?お、いいね!いこうぜいこうぜ。」
巡礼の旅に出かけたまま二度と帰ってこない二人。のたれ死んだのかもわからない。
これが私の中世のイメージです。

622 :生徒君主:02/02/03 22:48
デジログの2月号に体験版が収録されていた奴です。
買おうかな・・・と
http://www2.tky.3web.ne.jp/~archon/game/sh/stronghold.htm
結構面白かったです。だから皆さんにもお薦めしたいです。

623 :世界@名無史さん:02/02/03 22:52
>>611
ベルセルクって何か特別な意味がある言葉なんですか?

624 :世界@名無史さん:02/02/03 22:56
>>623
berserkを英語の辞書で引くべし。

625 :山野野衾:02/02/03 22:57
>623
バーサーカーの事じゃなかったかと(手元に資料無い為うろ覚え)
熊の毛皮を身に着け、ベニテングダケを食べて興奮状態になり同士討ちや海
へ勝手に飛び込む様な事をやりながら戦闘をやってた連中。

626 :世界@名無史さん:02/02/03 22:58
>>634-625
お二人とも素早いレスありがとうございました。
読み方がちと違うんですね。

627 :世界@名無史さん:02/02/03 23:43
中世において戦士の着るプレーメイル一式とノーマルソード、カイトシールドで現代の日本円に換算していくらくらいでしょうか? 
三百万くらいですか?軍馬は自家用車一台分くらいでしょうか?いや、家一件分くらいあるのかも。

628 :世界@名無史さん:02/02/04 00:43
ノーマルソードって…?

629 :世界@名無史さん:02/02/04 05:26
>627
こんなスレも立ってるが、レスなしですな。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/1011754570/l50

630 :世界@名無史さん:02/02/04 06:58
旧朝香宮邸のアールデコ(白金台)に今日行って見ようと思ってるんだけど
ヨーロッパの生活ってあんな感じかな

631 :世界@名無史さん:02/02/04 10:32
”男尊女卑で、女性はモノとしてしか扱われず、衛生概念は少なく、
宗教の圧力が色濃く、ペストの流行や傭兵の略奪に日々怖れなければ
ならない舞台で、女性の胸をキュンとさせる物語は不可能”

いや、そんなことはない・・・とはいわないけど、
中世はとにかく地域差が結構あるのだ。
ドイツ史、イタリア史、イギリス史などと区別しているのは、
近世以降の各国史感覚に毒された日本だけではなく、ヨーロッパの
中世史研究者もだ。
そしてそれは、現代における研究方法の違いだけが理由なのではなく、
やはり、アルプス以南と以北の地域差、ドイツでいえば、帝国都市と
その他の都市、また、都市と農村の間に様々なレベルでの
文化、社会のあり方の温度差があるからだ。

たとえば、教会史一つ挙げてみても、ドイツ都市では、都市と司教の争い、
都市民による教会の財産管理権、教区司祭任命権の獲得などがあげられる。
また、例えば女性の親方の存在や、「市長の娘」などにみられるような、
女性にも完全な法が適用される法治国家としての都市の存在を
看過することは出来ない。

やはり、一般のイメージとしては、それこそベルセルクではないけど、
領邦君主制下の農奴や、修道院、騎士や庸兵ということになるし、
それも間違いではないけど。ま、一元化は出来ないということやね。

長文失礼。




632 :中世ちゃん:02/02/05 03:31
結局中世ヨーロッパは、ライトノベルで描かれてるような世界ではなかった、てことでOKね?
なにはともあれ名スレになったようで、立てた本人も嬉しいですよ〜〜〜。
ベルセルク、読んでみます。
あ、もう参時半じゃん!!おやすみなさい。


633 :世界@名無史さん:02/02/05 19:31
                 ______
                _iロ:ロ=ミ
             o、_,o (゚−゚*リ
             o○o⊇ ⊂ } 〜
            (゚∀゚ )(⌒/ ノ┳ コo 〜
            /,-/::| | U'// :┌||┐ 〜     ブロロロ…
            |: |(),|_| |/二)(└-┘    (⌒;;;
            ゝ_ノ ̄┴─ ̄ゝ::ノ ≡(⌒;;(⌒;;;;
'''''""゛'''''''''""'''''''""゛'''''''""゛''''''"""""''''""゛''''''''''""""゛゛"''''""゛''''''''''"""'''"'
    _________∧________________
           この国はどんな国かな、エルメス?

634 :世界@名無史さん:02/02/05 19:44
>>633
(・∀・)イイ!!

635 :世界@名無史さん:02/02/06 06:29
コメディ映画ですが、ジャン・レノの「おかしなおかしな訪問者」
に出てくる中世の描写ってここでいう中世の世界観に合ってますか?
酒盛りのシーンで歌が歌われてますが、あの時代の
歌は形として残ってるんでしょうか?
糸巻きの糸を紡ぎなさい〜♪

636 :世界@名無史さん:02/02/06 06:40
このスレ、1年間続いたんだね。
なんつうか、おめでとう>>1さん。

637 :通りすがり:02/02/06 14:25
berserkですが、英語ならバーサーク、独語ならベルゼルグになるからでは。

それと装備一式の価格は時と共に推移するのですけど、
12世紀後半から13世紀にかけて高騰していくようです。

普通ナイトは3頭の馬が必要で、
内訳は戦闘用、移動用、予備及び荷役用。
もちろん戦闘に使うものが一番高価です。

手元にはイングランドの史料しかないのですが、
エドワード3世などは馬一頭に£168余りのお金を使ってますから。
最も、同時代の普通の騎士層の馬は戦後の保証などで見ると、
£20から30位のようです。

鎧一式も同時代あたりだと、国王のもので£20〜113。
ナイトで、10s.〜10marks.前後だそうです
参考になるのでしょうか?



638 :世界@名無史さん:02/02/06 14:53
>>614
同じ作家の「赤目のジャック」もなかなか鬼畜王・・・

639 :世界@名無史さん:02/02/06 18:51
>>614
鬼畜王ラン・・・
にかなり大爆笑。

やっぱ毎日風呂はいってる古代ローマ時代が最高。

640 :世界@名無史さん:02/02/07 21:58
ヨーロッパの「中世」は
何年から何年までを指すのですか?

641 :世界@名無史さん:02/02/07 23:52
>637
むっちゃ高いね。168ポンドもあったら何年かは
遊んで暮らせそうだ。

642 :世界@名無史さん:02/02/08 01:47
>640
確かに真剣に考えたことなかった。

西ローマ帝國の崩壊から宗教改革までかなあ。


643 :世界@名無史さん:02/02/08 01:50
終りに関しては地域差があんまりにもありすぎるのもな〜。
始まりも西ローマ帝国の滅亡なのか、カール大帝の即位なのかで意見が
わかれるところ。

644 :世界@名無史さん:02/02/08 02:28
ある事件とか年をもって始まりと終わりを決めるなんて無理
まあ9世紀頃―14世紀頃は中世と呼んで間違いないだろうけど

645 :世界@名無史さん:02/02/08 12:01
学問的にはミラノ勅令の年から中世だそうです。
終わりは知らない。

646 :世界@名無史さん:02/02/09 06:15
個人的には、「西ローマ滅亡の476年から東ローマ滅亡の1453年まで」
というのが分かり易かったんで、これを採用してます。
大分問題ありそうな分け方ですが。

647 :世界@名無史さん:02/02/09 07:28
>>646
どう考えても1453年頃に中世が終わったとは思えないけどね(中東欧辺りとかアイルランドとか)。
逆にイタリアは14世紀前半辺りから近代に入り始めているような。

648 :世界@名無史さん:02/02/09 11:39
現代(近代)を除く、どの時代の何処に住みたいかと問われれば、江戸時代の後期(末期ではない)
蕎麦好きだから、当時の蕎麦がどれだけ美味かったか食って見たい。あと鰻、寿司、てんぷら・・・(エンドレスに食い物妄想続く)

649 :これがワシのゼロ戦じゃあ:02/02/09 11:43
 ∩     ∩
 ヽ彡 ⌒ ミ/   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ( ´∀`) <  わ〜い、わ〜い、わ〜い♪
   |    |    \____________
  ⊂______ |   
      ∪
ミカタン カワイイ モエ- ミカタン カワイイ モエ- ミカタン カワイイ モエ-
http://hpcgi1.nifty.com/thama/resbbs/resbbs3.cgi

650 :世界@名無史さん:02/02/09 12:39
中世ってルネサンス期の用語だろ。
「もはや中世にあらず」みたいな雰囲気で使われた。

651 :これがワシのゼロ戦じゃあ:02/02/09 17:18


http://hpcgi1.nifty.com/thama/resbbs/resbbs3.cgi

━(゚∀゚)━ カンリニン ノ オンナ-ノコガ チョウ カワイインダヨ ━(゚∀゚)━

 ∩     ∩
 ヽ彡 ⌒ ミ/   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ( ´∀`) <  わ〜い、わ〜い、わ〜い♪
   |    |    \____________
  ⊂______ |   
      ∪
ミカタン カワイイ モエ- ミカタン カワイイ モエ- ミカタン カワイイ モエ-



652 :世界@名無史さん:02/02/09 17:22
中世の人は髭とかどうしてたんでしょうね?
剃ってた? 生やしてた?

653 :世界@名無史さん:02/02/10 07:55
>>652
日本だと剃ってなかったみたいですね。
剃られるのは恥じだったとか。

654 :世界@名無史さん:02/02/10 10:53
結構前にガイドライン板の<悲惨な1がいるのに、名スレッド>というスレからここに来て
ちょこちょこ読み進めていたんですが、やっと今最後まで読めました〜。
とても面白くて、自分も高校の時以来放置していた世界史をやり直し始めてしまいました。
ついでに「ベルセルク」も読んでみようかと思います。

良スレ万歳!
>>1さんにはちょっと気の毒ですが(w

655 :アマノウヅメ:02/02/10 10:59
>>652
中世ヨーロッパでは、老人や世捨て人を除くと髭ははやしていなかったようです。
髭が流行し始めたのは1500年頃からのようですね。

日本では江戸時代を除くと、身分のある人は原則として髭は生やすものだったから
鎌倉・室町の頃は庶民でも髭はあります。

656 :通りすがり:02/02/11 02:45
おそらくですが、
あまり東欧圏については詳しくないのですけど、
正教会の地域だと、中世においても髭を生やしていたのではないでしょうか?

また、西欧カトリック圏でも、
国王を中心とする領主層は髭を生やしていたのではないでしょうか?
これは、うちにあります本に掲載されている肖像画から伺えるのですけど。

657 :世界@名無史さん:02/02/13 00:40
>656
露助が髭剃り出したのは、ピョートル大帝以降ですのねたしか。
本人自ら鋏をもってチョッキン・チョキン・チョッキンツアーだよねえ。
・・・・・・・(サムー 逝ってきます。


658 :世界@名無史さん:02/02/13 13:40
ちょううろおぼえですが、以前HISTORY TODAYという雑誌に、中世の髪や髭
についての特集がありました。その中で、中世の聖職者がトンスラ(頭の真ん中を剃ること)をしたり、髭をのばしていなかったのは、男(=力)を失うこと
だったという意味のことが書かれていたような気が・・。サムソンの話にも言及
していましたけど。髭はむしろ中世の貴族では普通にあったような。王様でも美
髭王って名前の人いましたよね。


659 :世界@名無史さん:02/02/17 00:07
中世ちゃんのふぁんです。
同じように夢破れた一人として親近感age


660 :世界@名無史さん:02/02/17 02:10
衣装がファンタジーなだけで中世欧州にあこがれるのは、あまりに当時の
日常生活についての知識なさすぎ。衛生状態は最悪。調味料が限られた
食事はゲキマズ。絶対に生まれたくもないし生活したくもない。
しかも、日本人より体臭の強い欧州人なのに風呂に張る習慣がなかった
わけだから、身の毛もよだつよ。

661 :世界@名無史さん:02/02/17 02:16
>>660
でもね、生活状況は中世日本もそう変わらなかったんだよ。

662 :世界@名無史さん:02/02/17 02:20
>>653
ひげが薄いのを馬鹿にされた侍が
馬鹿にした人を斬り殺したという記事がある。
ひげの濃さは一種のステータスだったようで。

663 :世界@名無史さん:02/02/17 02:50
>660
風呂に入らなくなったのはむしろ近世に入ってからだって
どっかで読んだよ。

664 :山野野衾:02/02/17 09:42
>663
中世までは大衆も含めて入浴していたものの、近世以降「健康に悪い」と言われる
様になってほとんど行われなくなったそうです。
ルイ14世時代のある貴婦人の若い女性に対する訓戒では洗髪が月に一度、入浴が
年に一度くらいしか許されていませんでした。
いくら比較的乾燥した土地だからといってもかなりのものだった筈です。

665 :世界@名無史さん:02/02/17 09:51
>>662平安時代だとひげの濃いのは「むさくるしい」事だったのです。
源氏物語に「髭黒の大将」という人が出てくる。
貴族社会で彼のような体育会系は必要な「武士」ではあるけれど
認知度は低い。
やっぱ「髭」を重んじるという社会は体力が重んじられる実力の世界なんでしょう。
武士の月代にしても「怒髪天をつく」という言葉にもあるように「髪」のもつ力の
封印・表現の制限なのかもしれない。
・・・世界史に戻ってください。しつれいしました。

666 :アマノウヅメ:02/02/18 21:58
>>663
ヨーロッパで、公衆浴場がなくなったのは梅毒のせいといわれています。
どうもいかがわしい事やってたようですね。

江戸時代の日本人はほぼ毎日入浴していましたが、洗髪はせいぜい月に1度だったらしい。
目の荒い櫛や紙で髪の汚れを取ってたそうです。


667 :世界@名無史さん:02/02/18 22:01
昔の日本は蒸し風呂で垢すりだったと聞いたが、何時頃から入浴に変わったんだろ。


668 :山野野衾:02/02/18 22:10
>667
江戸初期には水風呂とも呼ばれた湯を汲み取って浸かる風呂が登場したそう
です。
なお、所謂「五右衛門風呂」はやじきたで知られる様に関西に多かったとか。
ちなみに「風呂屋」は西日本、「銭湯」は東日本に多いそうです。

669 :世界@名無史さん:02/02/18 22:15
>>668
ありがと。

670 :アマノウヅメ:02/02/20 00:44
>>668
九州では「風呂屋」で「銭湯」という言葉は「スーパー銭湯」なんてのが流行りだしてからです。

江戸では「風呂屋」は接客用の女性を置いた風俗店で、銭湯は「湯屋」と呼んでました。
銭湯ってのは割りに新しい言葉じゃないでしょうか。

671 :山野野衾:02/02/20 01:04
>670
西で風呂屋、東で銭湯や湯屋というのが一般的な説明の様ですね。
ところで「祇園執行日記」に鎌倉末期の元享年間の部分に銭湯の字が出て来
るのが「銭湯」という語の初出だそうです。

672 :世界@名無史さん:02/02/20 21:02
既出ゴメン
>>18 に答えるよ。おっぱいとおっぱいの間に顔を挟んで両手で「パフパフ」
するから「パフパフ」

673 :世界@名無史さん:02/02/21 03:14
>1=中世ちゃん

SF板の指輪物語スレッドから来ました。
スレを立ててからもう1年もたちましたし、現在はご存じかもしれませんが
一言。
「指輪物語」は中世の世界観を元にした話じゃないですよ。
そもそも指輪の世界は何千年、何万年も前の地球ですからね。
「指輪物語」を書いたトールキン教授は神話を創造したかったようです。
ファンタジー=中世という定義付けは出来ません。
確かにファンタジー世界を描いたものにはヨーロッパの中世を下敷きに
したものが多いと思いますが。

話は変わりますがこのスレは大変面白いです。
皆さまの知識には感心します。
あと、少し気になるのですが、>1さんは性の話やトイレの話になると
拒否反応を示されるようですが、大変興味深いと思って読んでいる
私のような者もいますので、個人的な好悪の感情のみで話を中断
するよう呼びかけるのは止めていただきたいです。
ここでは行きすぎたネタや嘘を書き込む人はいらっしゃらないようですし
御一考お願いいたします。

674 :世界@名無史さん:02/02/21 04:12
>70の元ネタ

http://www2.justnet.ne.jp/~badtake/OTHER.HTM

675 :世界@名無史さん:02/02/21 04:24

   | \
   |Д`) コソーリ・・・
   |⊂
   |
age

676 :アマノウヅメ:02/02/21 12:37
>>671
それは初めて聞きました。
ありがとうございます。
「群書類従」あたりに収録されていそうなので、暇があったら探してみます。


677 :世界@名無史さん:02/02/21 19:34
「パフパフ」てオパーイにちんこを挟んでシコシコするんかと思うたよ。

678 :世界@名無史さん:02/02/21 21:04
 のんき、ルーズ、だらしない人々。そして迷信深い。が、それなりに内面の幸福はあったらしい。
 カトリック教会は、ゲルマン・ケルト古文化・迷信と妥協しまくっていたので、一般庶民は
聖書原理主義にほど遠い生活。本当にキリスト教が底辺に行き渡るのは18世紀らしい。
 修道院の論理的合理的聖書原理主義が宗教改革と共に広まり、近代が明けていく。
 

679 :世界@名無史さん:02/02/21 21:11
>>678
聖書に出てくるような名前が一般に広まるのも近代になってからなのでしょうか?

680 :世界@名無史さん:02/02/21 21:31
>>678
原理主義(ファンダメンタリズム)はもともとプロテスタントから
出てきた言葉ですよね。
カトリックだと教条主義(エゾテリズム)というらしいですけど。

681 :世界@名無史さん:02/02/22 01:33
>673
タバコもジャガイモも新大陸産だからねー>指輪物語

682 :世界@名無史さん:02/02/22 02:43
>673

実際に中世の時代の話かは関係なくて、ファンタジーの舞台設定としての
中世なんでは。
ドラクエは中世の上澄みだけとった世界ですが、あれは地球の話ではない
ですからねぇ。

>681
数千年前のユーラシア大陸の西が舞台で、神々すら出てくる指輪物語
に今の時代の常識を持ち込むのも何かと。
あの世界のタバコやジャガイモと我々が思っているものは、実は全然
違うものである可能性すらあります。


それにしても、(特に日本で)ファンタジーの舞台に中世が選ばれるの
は何故でしょうか。
領主がいたり絶対的に服従している人たちなんかが道具として使い
やすいからでしょうか。
その割には男女同権だったり、下水道完備で清潔だったり、市民の
権利がきちんと守られてたり、信教の自由が認められてたり、
食い物の種類が多かったり矛盾だらけだったりするのですが。
(考えられる答え:フィクションだから)
不潔で人が氏にまくるリアールな話が読みたひ。
映画ドラゴン・ハートなんかはリアールな中世だったので好感度高いです。

683 :世界@名無史さん:02/02/22 10:01
>682
>それにしても、(特に日本で)ファンタジーの舞台に中世が選ばれるの
は何故でしょうか。(以下省略)

禿同。
ただ、これは日本に限らない現象だと思います。
ヨーロッパで19世紀以降、やはり、中世美術や、中世の歴史
(しかしこれは烈しく色眼鏡の入った中世史)がもてはやされ、
イギリスを中心としたファンタジー物語の多くは多かれ少なかれ、
中世的色彩が強いですよね。
中世という時代設定にこだわっているというより、
近代(この言葉の定義も諸説ありますがとりあえず)以前、工業化以前、
にこだわっている気がします。いかがでしょうか?


684 :世界@名無史さん:02/02/22 16:39
>>683
「アーサー王伝説」「トリスタン物語」「ニーベルンゲンの歌」など、
19世紀以降のロマン主義の流れで人気を博した作品がありますね。
近代化以前の時代に対するノスタルジーかな?
実際に中世やキリスト教以前の時代に現代人が逆戻りしたら
とても生活していけないと思いますけど。


685 :世界@名無史さん:02/02/22 16:45
>>684
>ロマン主義の流れで人気を博した作品

ふと思ったんだけど、
スラブ系社会にその現象が無かったからスラブ文化って一般には魅力が薄いのかな?

686 :世界@名無史さん  改め 脱税三国志:02/02/22 18:04
 聖母信仰なんてのは本来の一神教のキリスト教ではなく、ヨーロッパ古文化の
地母神信仰がカトリックに組み入れられたものだそうです。このような、古文化
や迷信が中世ヨーロッパの信仰です。しかし、宗教改革以降は、カトリックも純
キリスト教的な要素が強くなったそうです。中世のカトリックは、現代のカトリック
よりもずっと、古文化・迷信が多かったそうです。
 なお、聖書の論理的解釈による原理主義と、規範の厳しさの教条主義は、一致しない
点も多いと思います。カトリックの教条主義は因果論に近く、原理主義は予定論ですし。

687 :世界@名無史さん:02/02/23 00:25
>>685
近代ヨーロッパの「民族」成立期の動乱は東欧の方が大変だったといえるからね。

688 :世界@名無史さん:02/02/23 20:09
ドラクエとかの世界ではみんな読み書きできて当然だと思ってやがる。

689 :世界@名無史さん:02/02/25 01:06
あげ

690 :世界@名無史さん:02/02/26 17:53
798 名前:日本@名無史さん :02/02/26 17:21

691 :世界@名無史さん:02/02/26 19:47
宮崎駿は空襲を免れかつ未だ高度成長開発の及んでいなかった頃の、
第2次世界大戦の数年後の田舎町・郊外農村らしき所を
理想の原風景にしているみたい。

692 :山野野衾:02/02/26 19:54
>691
「隣のトトロ」の風景にしたところで、実際にはモデルとなった土地にはあ
りえない水田風景が広がっていたそうですし、悪くいえば理想化されたパチ
モンの様ですね。・・・スレ違い臭いですね。失礼。

693 :世界@名無史さん:02/02/26 23:43
>692
モデルとなった土地が有るのですか?
パチモンとはどういう意味の語ですか?


694 :山野野衾:02/02/26 23:57
>693
多摩丘陵の辺りが中心だそうですが、あの辺りでは土壌の関係からああいっ
た水田の広がる風景は見られないのだとか。
「もののけ姫」も東北や出雲、屋久島など日本各地の「自然」のいいとこど
りでしたね。実際には無い風景・光景がありました。
たたら製鉄=自然破壊の始まりという視点に反発なさった先生もおられまし
たし、どうも素直に感動出来ません。
あと パチモン=価値の無い偽者。一例としてロッチ
   バッタモン=それなりに価値のある紛い物
だったと思うのですが、うろ覚えです。板違い故下げさせて戴きますね。

695 :世界@名無史さん:02/02/26 23:59
>>693
692氏の言うパチモンってのは、ここではニセモノぐらいの意味と思ってください。
厳密に言うと、たとえば、「ゴジラ」という怪獣の玩具が商標登録されてるとして
「ゴヅラ」というようなまぎらわしい商品名で売られるような玩具、こういうのを
「パチモン」と言います。

696 :693 :02/02/27 00:02
どうもありがとうございました。
いろいろ勉強になりました。

697 :世界@名無史さん:02/02/28 15:35
銘菓ゴヅラくんのはなくそくん

698 :世界@名無史さん:02/03/01 14:58
中世ヨーロッパの裁判て、真赤に焼けた鉄の上を歩かせたり、
水の中に沈めたり、決闘で決着をつけたりと凄いのが揃ってるね。
もっとも日本にも「くがだち」というのがあったけど。

699 :山野野衾:02/03/01 15:15
>698
中世日本では熱湯の中の小石を拾い上げたり(湯起請)、証文の灰を飲み込
んだり出来るかで判断されたました。
東アフリカでは毒性の豆を飲んだりするそうです。
ただ意外とこれも信用出来るところがあります。何故かといいますとやまし
いところの無い人間程一気に手を入れたり飲みこんだりするものですから、
そういった人々の方が成功する確率が高かった訳です。
一方的な見方で笑う人が多いですが、案外それはそれでうまく纏まるように
出来ているのですから、嘲笑はこの場合偏見の産物でしか無いでしょう。

700 :世界@名無史さん:02/03/01 17:04
無実なのに,・・・ てのがあるからかな。

701 :世界@名無史さん:02/03/01 19:24
>698
当時の裁判記録なんかではどうなっているんだろう?
例えばクガタチのような方法は,犯罪と関係なく熱湯ではやけどをするという一般的な経験則があるから無実でも躊躇する人は多そう。
当時の人はそれでは真偽の判別は困難と思いつつ建前に基づいてやっていたのか,それとも実際には熱湯に手を入れる前段にいろいろ手続があって
そこでの心証で判断しているとか。
教会法なんかのローマ法以来の精緻な法理論(衒学的,根拠のない抽象化が過ぎるという気はするけど)を見ると,
単に熱湯に手を入れるなどというのが実質上も真正な裁判方法として定着していたとは思いにくいのが正直なところ。
これはそもそも「中世ヨーロッパ」がどのへんを指すかはっきりしないからか。藁小屋の部族生活からゴシック建築のある都市生活まで全部中世ヨーロッパだもんなあ…
この話もフランク王国成立前後までの田舎部族のゲルマン法とかに限定すればそう不自然でもないか。
だれかザクセンシュピーゲルとかに詳しい人ご教示キボーン。

702 :山野野衾:02/03/01 19:36
>700
その「無実」というのはあくまでも我々がそうだと認識しているだけ、物理
的にそうであっただけであり、その社会では無実とは「クガタチ」の承認を
得る事でありそれにより社会の安定が保たれた、という見方は出来ないでし
ょうか。(分かり難い言い方かも知れませんが。)

703 :世界@名無史さん:02/03/01 20:22
イングランドだと
アングロ・サクソン時代=神明裁判
ノルマンコンクエスト=決闘裁判が持ち込まれる(但し貴族の間)
ヘンリー2世朝=神明裁判から陪審制度へ
という流れじゃなかったかな。


704 :世界@名無史さん:02/03/01 20:50
>>703
英国で決闘裁判が正式に廃止されたのは、驚くべきことに1818年
のことだった。

705 :山野野衾:02/03/01 20:57
>704
それを言っていたら魔女狩り関連の法案が英・独などで廃止されたのは二十
世紀になってから。

706 :世界@名無史さん:02/03/01 21:35
>>702
それは納得できませんねえ。
例えば窃盗犯だったら,犯罪構成要件としての窃盗の事実の有無,というのが有罪か否かを左右するでしょうから。
クガタチ式は,その事実の有無は誰も見ていないが神は知っている,それがやけどの有無として現れる,というロジックで,究極的には事実の有無を判断するんでしょうから,
やはり窃盗の事実がないのにクガタチで有罪とされればそれは冤罪と呼ばれるべきではないでしょうか…

707 :山野野衾:02/03/01 21:51
>706
それがその時代、その場所にとってとるべき最良の解決方法であった場合、
現代人が「非科学的」という理由から非難する事は出来ず、たとえ冤罪の人
間が殺されていたとしてもそれは「悪い事」にはならないと考えられる、と
いうのが私の考えです。言葉足らずで申し訳ありませんでした。
また何をもって「犯罪」とするかは社会によるものであり、「冤罪」という
観念もまた一律では無いのでは無いかと。




708 :世界@名無史さん:02/03/02 00:56
>>704
『決闘裁判』面白かったよねー
手袋を投げるのにあーゆー意味があったとわ。。。


709 :世界@名無史さん:02/03/02 01:07
あまりこのネタでひっぱるとROMってる他の人にしばかれるかな…
>>707
その意見には賛成です。ただ,善悪とかではなくて当時の人がどう考えていたのかというのが気になって。
私が706でいっているのは,現在でいうと手続法と実体法の区別のような話で,こういう思考法があったのかどうか。
(手続上適法に有罪になればもちろんそれは有罪ではあるが,もし犯人が実際には犯罪構成要件を満たしてなかったとすれば=犯罪を犯していなかったとすれば,
本来は無罪と扱われるべきという発想。この場合には手続法上の手続がどれだけ犯罪の事実の有無を正しく判断できるかという議論につながる)。
707さんがいっておられるのはこの区別がない状況で,つまり手続的に要件を満たせば判決は決まるんだし当時はそれで十分だと考えられたんじゃないか,
という感じですよね。
これはわかりやすく確実に判決が出るという意味で法の安定性にはすぐれているから当時はそれはそれで有益だったんじゃないかというのは確かにそうだと思います。
(目撃者もおらず本人以外事実を知らない場合にも何らかの方法で有罪無罪を判断しないといけないのだから)。
それにクガタチが(現代から見て)方法として不適当じゃないかなどという話には私もあまり意味がないと思います。


710 :世界@名無史さん:02/03/02 01:08
>すみませんが続きです。
ただここで私が興味を持ったのは,彼らの裁判制度は @容疑者が事実犯罪を犯したのかどうかには関心はなくて,手続を満たすことそのものが有罪の根拠だと考えたのか,
(つまり,いうなればクガタチは犯罪構成要件の有無を判断する道具ではなくて,クガタチでのやけどそのものが有罪を構成すると考えるような。でも感覚的にそれはちょっと不自然という気がする)
それとも A真剣にクガタチで犯罪構成要件の有無を知ることができると信じてこのような方法をとっていたのか,
あるいは B技術的にはこんな方法では事実の有無は判断できないんじゃないかと思いつつも,判決を出す必要上建前としてやけどでわかると擬制して行っていたのか,
いったいどれなのか(どれでもないのか)という疑問です。
というのも,例えば魔女裁判なんかを思い浮かべたときに,@であれば現在の法的思考とは異質の発想ということになりますし,Aであれば「現在から見れば狂信的な裁判だった」と認識するでしょうし,
Bだと,スターリン時代の粛正裁判のような「参加者はインチキと知りつつ法的正統性の論理の元に冷徹に行われた恐怖の裁判」となるんじゃないかと。
…長レススマソ。


711 :山野野衾:02/03/02 01:12
>709,710
長文ご苦労様です。仰りたい事は良く分かりました。私めも今後一層調べ、
考えて行く所存です。
今の時点ではうまく結論が口に出せませんので。

712 :世界@名無史さん:02/03/02 12:17
@ABCD

713 :世界@名無史さん:02/03/02 17:21
>>708
山内進氏の著作には『北の十字軍』(講談社選書メチエ)といい、面白い内容のが
多いですね。
これからも期待したいです。

714 :通りすがり:02/03/03 04:11
>679 亀レスでですが、聖書にでてくるような人物、
そして、諸聖人の名前は、暦にされていますし、
また、教会や修道院における聖人画の存在、
そして、日曜説教などにより知っていたと思われます。
確かに教会制度の発展は中世においては完全では無かったですが、
教区教会の発展に伴い、ある程度の情報は浸透していたと考えられてます。

いわゆる、神明裁判については、
最近色々な研究がでていますよね。
私は、最近は当時の裁判手続きを考える上で、
ある程度有効に機能していたものと考えるようになってきました。
実際には、その前段階における、
宣誓手続きが重要であり、
実際に裁判へと進む確率はかなり少なかったようだからでもあります。
教会は、確か正式に神明裁判を禁止したのは、
第4回ラテラノ公会議でだったと思います。
手続き上、聖職者の関与が必要であったので、
決闘裁判をのぞいては、
13世紀以降は下火になったようですよね。
でも、上で、かなり法的に説明されているの、
こんな程度では申し訳ないですね。






715 :世界@名無史さん:02/03/04 02:21
=完全無料ダウンロード特集=
-遠◇秋葉が脱いだ!
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/erodoujin/1012676316/l50
-吸血のフェチの総合サイト
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/erodoujin/1012676316/l50
-埋葬機関は恐ろしい世界。
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/erodoujin/1012676316/l50
-今週は瀬○晶チャン特集でーす。
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/erodoujin/1012676316/l50
-路地裏でナンパに成功,血を吸いまくる娘で首投げシーンは一番の抜きどころ。
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/erodoujin/1012676316/l50
-カメラに向かって指チュパ,かなり目がエロい。
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/erodoujin/1012676316/l50  

716 :世界@名無史さん:02/03/04 13:01
DQVIIのCMの撮影でイギリスかどこかの城を借りたのだけど、
そもそも城の中庭というのは土の地面。
が、「ドラクエの城は芝生だから」とわざわざ芝生マットを敷き詰めて撮影したそうな。

717 :世界@名無史さん:02/03/06 09:57
harry potterの映画で使われていたchrist churchは、
世界でただ一つの大学内のcathedralだと小谷真理が書いていた。




718 :世界@名無史さん:02/03/06 16:00
>717
映画観てないんだけど、oxfordのあそこ使われたんか。
食事のシーンかなんか?
昼食時、ちょうど入れなくなるぎりぎりに見学したら、肖像画に長テーブル、
給仕さんたちが食器やらナプキンやらを用意してたよ。昼ごはんだなー。
(しばらくしたら追い出された)

719 :補佐官:02/03/09 14:07
既出かもしれんが
「修道士カドフェル」という洋画ドラマが
中世のことを映像化していると思う。
カドフェルはもと十字軍にいて、今はとある町の修道士。
修道館には修道士がたくさんいてもちろん男ばっか。
内容は、いまでいる推理小説なのだが
生活様式などの描写はけっこうできてると思う。

720 :世界@名無史さん:02/03/09 15:21
このスレ興味深く読みましたが、どうして中世ヨーロッパの人々は自らの不潔性にもっと早く気が付かなかったんでしょうか。


721 :世界@名無史さん:02/03/09 15:36
昔は病気とか細菌とか医療とかが認識されてなかったから・・・

722 :世界@名無史さん:02/03/09 15:51
それとこれは既出だと思うけど、ヨーロッパ人が一番不潔だったのは
中世というよりむしろ近世。中世後期はむしろ公衆浴場も栄えていて、
入浴の習慣なんかもあったはず。

723 :親切な人:02/03/09 15:53

ヤフーオークションで、凄い人気商品、発見!!!

「高性能ビデオスタビライザー」↓
http://user.auctions.yahoo.co.jp/jp/user/NEO_UURONNTYA

ヤフーオークション内では、現在、このオークション
の話題で、持ちきりです。

724 :世界@名無史さん:02/03/09 16:27
>722
そう言えば、中世のイギリスはヨーロッパで一番環境がよかったそうですが、
産業革命の頃のイギリスの労働者の生活が悲惨という話もありましたね。


725 :世界@名無史さん:02/03/09 18:05
>724
NHKで放送したBBCの番組中に100年くらい前の生活を体験するちゅうのがあったけど
シャンプーだけはドーにもこうにも辛抱たまらず、規則やぶって買いにいってました。
捨てられてたけど・・・


726 :世界@名無史さん:02/03/09 20:10
>>719
私も何作か見ました。
スティーブン王の紋章が王冠(か城)3つだったのが印象的でした。
あの辺の考証ってどうなんでしょう。
決闘の最後の方で取っ組み合いになっていたのもなるほどという
印象を受けました。


727 :世界@名無史さん:02/03/09 21:45
>>724
十六世紀末ぐらいの外国人の旅行記なんかには、
大陸と比べたイギリスの豊かさに感心しているものが多いとか。
これが Merry England(愉しき英国) の意味なんでしょうね。

728 :世界@名無史さん:02/03/09 23:44
>826
スティーヴン王の紋章はウソっぽい。
在位が1135-1154年だから、紋章がぎりぎり生まれたか
どうかの頃だし、仮に紋章を持っていたとしても
残っているとは思えない。


729 :728:02/03/09 23:44
>826じゃなくて>726の間違い

730 :世界@名無史さん:02/03/10 17:24
>>1 あの時代に生まれて暮らしたいなと昔から思って...
とは、貴族・一般民に拘らず、中世ヨーロッパ生活史の無知さかげんに驚きです。
「中世ヨーロッパ」とは、西ローマ帝国滅亡〜文芸復興&宗教改革期を指すとの前提で。
>>6中世ヨーロッパは、ほとんど最悪の時代だと思う…自由は無いし...不衛生で病気多いし
>>45当時のヨーロッパ人はイスラム、インド、中国などのすぐれた文明に憧れていたんだよ。
の見方に集約されてますよ。古代と近世と比較しても、一言で言えば「暗黒時代」ですね。
現代ヨーロッパ諸国が、他地域と比較して先進文明国と扱われているのは一重に、西洋科学文明の発明と
東洋文明・文化への憧憬(=侵略)の遺産の恩恵に過ぎぬのですよ。


731 :世界@名無史さん:02/03/10 18:14
ヨーロッパに直接的な影響を与えたのはイスラムだけでは?
多分中国やインドについては直接的には知らないと思うんですが。

私の感覚(あくまでも感覚です!)だと5世紀から16世紀までって
すんごい長いくくりだと思うのですけど、これが定説なんですね。
定説なんだろうけど何かしっくりこないなあ(^_^;。

732 :世界@名無史さん:02/03/10 19:31
結局、最悪なのは中世?近世?
大まかな年代も加えて要点を解説してくれると嬉しいです。

733 :世界@名無史さん:02/03/10 20:05
>>731 多分中国やインドについては直接的には知らない...
マルコポーロやコロンブスの行動の動機に思い至ってください。黄金郷(先進富裕文明王国)空想は、自己
文化圏を先進視していない事の裏返しですよ。>>730東洋文明・文化への憧憬...は、その趣旨ですよ。



734 :世界@名無史さん:02/03/10 20:58
単に金が欲しかっただけじゃねーの?>マルコポーロ・コロンブス
「憧憬」なんてもんが直接的動機だったとは思えんが・・・

735 :世界@名無史さん:02/03/10 23:07
>>>1 あの時代に生まれて暮らしたいなと昔から思って...
>とは、貴族・一般民に拘らず、中世ヨーロッパ生活史の無知さかげんに驚きです。

そんなに怒らないで。1じゃないけど。
かなり偏った情報ではあると思うけど。
(みんな公衆衛生の話好きだね・・・)
私も勉強になった。

>「中世ヨーロッパ」とは、西ローマ帝国滅亡〜文芸復興&宗教改革期を指すとの前提で。
中世のくくりについては諸説あるけど、1が想定していた時代設定は、都市成立後の
一般に、中世盛期、後期といわれる時代だと思うけど。
それ以前の時代なんて、一次史料も少ないから、研究はともかくとして、
映画や、小説ではほとんど取り上げられてないじゃない。

あの時代に暮らしたいは行き過ぎだけど、
こういう人が中世生活史に興味を持つほど、生活史、日常史の類の人気
の裾野が広がっているといえるのでは?

736 :世界@名無史さん:02/03/11 00:30
>>732
最悪というのが不潔さの事であれば、風呂に入らなくなる近世だろう。
漠然と社会の豊かさとういうような意味なら、ヨーロッパはもともと
森に囲まれ農耕に適した土地が少なかったのと農法が未発達だったのとで
農耕民が住むにはなかなか厳しい土地だった。
蒔いた小麦の種の3倍程度しか収穫がなかったと言う話だね。
(米は20倍ぐらいになるんだっけ?)
材木以外目立った資源もない訳だし。
だからイスラムもビザンツも格別ヨーロッパを征服しようとはしなかった。
征服してもなんの利益もないからね。
それが10世紀あたりから農法の改良やら森の耕地化が進んできてちょっとずつ
農業生産力が上がっていく。
ある程度豊かになってくると人間が余りだしてくる。
「文化的活動」とか「よーしパパ、十字軍にいって異教徒退治しちゃうぞー」
なんて事にかまける人間も増えてくる。
ヨーロッパ勢力同士の争いもはげしくなってくる。

まぁだから基本的にだんだんと良くなっていってるんではないかと。
ローマ帝国崩直後とかバイキングが跳梁跋扈した9世紀あたりは
社会的な混乱のせいで暮しにくそうとは思うけど。


737 :世界@名無史さん:02/03/11 00:37
>>730
「古代ヨーロッパ」で豊かなのってせいぜい古代ローマ期の地中海沿岸部だけでは?
それも北アフリカ〜中東の豊かな土地を支配した上のものと思うのだけど。

>>735
というか、1の読んだ小説というのが是非しりたいもんです。
中世ヨーロッパを舞台にした小説ってそんなにあるかな?
中世ヨーロッパをモデルにしたらしきファンタジー小説ならいっぱい
溢れてるけどね…

そいやちょっと前に出てた「千年医師物語:ペルシャの彼方へ」と言うのは
なかなか興味深かった。11世紀のイギリスからイスラムに医学の勉強しに行く
医者の話。


738 :世界@名無史さん:02/03/11 01:03
>>725
その番組見ました。ボイラーの調子が悪くてバスタブにお湯が溜まらない
とか、服が窮屈で大変。冷蔵庫なしなので料理も限られる。
見てる分には面白かったが実際あの生活はしんどいとオモタヨ。
日本なら多分100年前でも結構生活できるような気がするが
どうでしょうね。着物とボットン便所に我慢すればお風呂はあるしね。
食べ物は和風になるだけだし・・・特段に不便は無いと思うんだけど?

739 :725:02/03/11 01:48
>738
なかなか面白かったですよね。録画しときゃよかった。
100年前の日本生活なら、お風呂は石鹸&シャンプーではなく、
米ぬかだと思いますが、耐えられるでしょうか?
食事も白米じゃなく玄米でしょうしねえ(粟・稗も混ざってるかも)


740 :世界@名無史さん:02/03/11 09:56
>日本なら多分100年前でも結構生活できるような気がするが
>どうでしょうね。

そうかな。うーん。
100年前ってことは、明治末期、大正?
裕福な商家だったらいいかな・・・。

741 :世界@名無史さん:02/03/11 10:02
>740
家父長制の重圧が厳しいと思うぞ

742 :世界@名無史さん:02/03/11 10:51
>>741
没落名家の長男とか、貧乏人の嫁は辛いかもしれないが
裕福な商家の3男だったら、実家の金で東京で遊び放題。

743 :世界@名無史さん:02/03/11 11:08
>741
いや、日常生活の話よ。煮炊きしなくていいしさ。
洋食もうあるし。商家だったら、いち早く色々取り入れるから
わりと生活の他の側面でも、不自由しないかなっと。
ところで、氷冷蔵庫(木の箱に氷が入っている冷蔵庫)ってもうこの時代あるっけ?

>裕福な商家の3男だったら、実家の金で東京で遊び放題。ってことで。
いずれにしろ、ちょっと話題がずれてきたのでさげ。

744 :アマノウヅメ :02/03/11 12:26
>>741
私の母は博多の裕福な商家の出身ですが。
昭和初期の生まれなんで100年前のことはわかりません。
しかし、伯母たちに聞くと80年くらい前はいい生活だったそうです。

女中さんが3人と子守りが1人いて、家事は縫い物とか冠婚葬祭の時に
ご馳走造る位で普段は指図してりゃよかったとか。

氷冷蔵庫については今度法事かなんかあったときに聞いときます。

740さんの言われる家父長制の重圧は、3代続いて婿養子だったんで
なかったそうです。バア様が1番偉かった。


745 :741:02/03/11 13:00
いいっすね。じゃ、100年前の生活シリーズ。商家でGO!


746 :世界@名無史さん:02/03/11 14:05
つーか100年前は中世じゃない。よってスレ違い。

747 :741:02/03/11 15:23
>746
いや全くその通り。

では、ヨーロッパ中世の生活で、GO!
どの地方、どの身分、どの職業、どの宗教(キリスト教だけじゃないぜ。イスラム教徒、ユダヤ教徒。結構生活習慣違うし。ゲットーもうあるしな)、どの時代(中世って長いだろ)が良か?
1の思惑に知らずにはまった感じ。



748 :世界@名無史さん:02/03/12 01:06
>>735 映画や、小説ではほとんど取り上げられてないじゃない。
>>737 中世ヨーロッパを舞台にした小説ってそんなにあるかな?
英国だけでも、アーサー王と騎士ランスロット、リチャード獅子王に代表される十字軍騎士、ロビンフッドと
ロマンに溢れてます、一見は。仏国では、むろんジャンヌダルク、バイキング。勇猛な英雄好きには魅惑的な
世界ですね。かくいう私も小学生時代にNHKの「タイムトンネル」にわくわくした口です。
しかし騎士と宮城の物語や映像に、日常生活は描かれませんから、>>1さんのような空想もむべなるかなですね。
日常生活の視点では、貴族でさえあのうすら寒げで採光の考慮されぬ暗い石造の城暮らしだったのですよ。食事も
かちかちのパンと塩漬けの臭い肉の味気ないものだったはずです。食事用のフォークとナイフさえなかった(近世から
広まった)。東洋への憧憬の一因は、肉料理の臭みを消す香辛料の渇望にあったのです。

>>736 イスラムもビザンツも格別ヨーロッパを征服しようとはしなかった...なんの利益もないからね。
イスラムは、ツールドポアチエ戦だったかピレネー山脈手前で勝てなかったから止めた。
ビザンツは東方からの異教徒の侵入に悩まされて、西方侵略どころじゃなかった。
バツ率いるモンゴル軍が、中部ヨーロッパまで押し寄せたし、オスマントルコも。
もともとゲルマン系自体が中西部ヨーロッパへの侵入者(先住系にとっては征服者)だしね。
これらの侵入者達は、近世・近代の西洋列強の搾取とは違う利益追求で、侵攻してきた。
19世紀の西洋列強のような経済的資源の収奪利益は目的とせぬ侵攻征服行為も在るわけです。



749 :世界@名無史さん:02/03/12 02:26
>>720 中世ヨーロッパの人々は自らの不潔性に...気が付かなかったんでしょうか
>>722 ヨーロッパ人が一番不潔だったのは中世というよりむしろ近世...
あのう、体表の洗浄頻度を基にした不潔・清潔っていうのは、工業文明下で成立した現代の概念に過ぎぬのですよ。しかも現代でも西洋科学文明の
影響下にある人々の間でだけの。現代の特に日本の都市住民が当然視している毎日入浴は、歴史的には異常性癖です。
別段文化的でも衛生的でもありません、ただの流行です。衛生的には、退行とさえ言えます。というのは、伝染病予防面では手洗いの励行で十分、
アトピー等のアレルギー疾患に対しては、逆効果だから。清潔=人体の抵抗力削除なのです。体臭による対人面の快不快の対処策として、西洋人が
採用した香水策と現代文明人の体表洗浄策を比べると、衛生的には前者が優れているわけです。
したがって、当時の人々は、別段自分の肉体を不潔とは思っていなかった。現代人に比べ、伝染病発病原因とその治療知識未知が、不幸だった
わけです。

なお、当時は食事の際、肉料理の食べかすや骨は、床に放り捨てるのが食事のマナー?だった。清潔好きな貴方には、耐えられるかな?


750 :一面的だね:02/03/12 05:45
現代人の入浴は衛生もさることながら、ストレス解消等のメンタル面、血行促進等の面も大きいね。
入浴と言うより、豊かな時代の家庭板温泉浴の発想に近い面もあるね。
入浴一つをとってもなかなか地域や時代が違うと比較が難しいと言うことかな。


751 :そうそう:02/03/12 05:54
日本は活火山が多い山国で温泉も出易いいしね。
自然環境も随分違うね。

752 :735:02/03/12 09:51
いろいろ勉強になるな。
特に衛生面の話については、ようやく、史学科スレらしいレス。

>748さん、
私が「中世ヨーロッパを舞台にした小説ってそんなにあるかな?」と書いたのは、
中世といっても、時代、地域ともに幅のありすぎる設定といった意見に対して、
いわゆる、11世紀の都市成立期、農業技術の発展以前の、
メロヴィング朝、カロリング朝、とそれ以降の1,2世紀ぐらいの話は
一般に少ないので、1が想定している時代は、
11,2世紀以降じゃない?といいたかったのです。
超説明ベタですみません。

しかし、アーサー王伝説は、もっと前か・・・。


753 :通りすがり:02/03/12 12:01
アーサー王伝説自体は古いは古いですけど、
物語成立と世界観で考えるなら、
12世紀のものと考えていいのではないでしょうか。

754 :アマノウヅメ :02/03/12 13:15
中世の物語なら『トリスタンとイズ―』あたりもいいのでは。

王宮なのに王も王妃もその甥もベッド並べて一室で寝ていたのには驚いた。

755 :世界@名無史さん:02/03/12 19:19
ある程度高温多湿のほうが健康に気を使うというわけですな。
沖縄は好例だし。地中海地方のほうが温暖だから食事はおい
しいし。


756 :1の読んだ本を推理してみた:02/03/12 22:04
まず>>1は「歴史物小説」と書いているのだからアーサー王やカール大帝の伝説や
ローランの歌やニーベルングの歌やエルシドの歌といった叙事詩の類は除外して
よろしいかと。史書の類も除外。
中世ヨーロッパを舞台にした小説で今もっとも有名なのは「薔薇の名前」と思うの
だけど、これは修道士の話だから王族や貴族の話が多くて」という>>1の発言からすると
ちっと傾向が違う。
「修道士カドフェル」のシリーズはわたしは良く知らないのだけども一度だけ見た
TVシリーズではけっこう下層民の話をやっていた。というか、これも修道士の話。
堀田善衛に「路上の人」という13世紀ヨーロッパを舞台にした小説があるのだけど
しかしこの主人公はTPOに応じて貴族の従者やったり追いはぎになったりする
路上生活者=下層民。
ジャンヌ・ダルクももともとは農村の小娘。
>>737にあげてる「千年医師物語」は>>1がこのスレを立てた時まだ未刊行。
あとわたしが思い付くのは「アイバンホー」と「ジハード」ぐらいしかないなぁ…


757 :世界@名無史さん:02/03/12 23:41
ケン・フォレット『大聖堂』
誰だったかの『北人伝説』
ドイル『白衣の騎士』、『ナイジェル卿の冒険』
スチーヴンソン(?)『二つの薔薇』
ジャンヌ・ダルクものとかまだまだあると思うが

758 :世界@名無史さん:02/03/13 01:52
北人伝説はマイケル・クライントンですね。
ジャンヌ・ダルク物、今だと佐藤賢一の「傭兵ピエール」あたりでしょうか。
漫画でも安彦良和とか酒見賢一原作のものがあったな。


759 :735:02/03/13 10:15
北西ヨーロッパに限らず、
イタリアの都市貴族の物語なんかも調べれば結構あるんじゃない?
題名忘れたけど、ユダヤ人の高利貸しの話があったな。
中世後期、近世初期ってところだけど。

>758
そう、漫画は結構ありそうですね。

イギリスの作家で、もう、翻訳されてるかわからないけど、
アベラールとエロイーズの書簡みつけましたみたいな話もあったよね。最近。
(アベラールとエロイーズではないんだけど)


760 :世界@名無史さん:02/03/14 00:50
>>755 高温多湿のほうが健康に気を使う...
使わざるを得ないでしょう。菌類には好都合な環境だから。
蚤・虱の類は多湿低湿に関係ないか。中世人はどうやって蚤・虱を排除してたのかな?

761 :世界@名無史さん:02/03/14 08:51
>>760
>>49だそうです・・・

762 :世界@名無史さん:02/03/14 14:45
>>761
しかし、あんなちっこい虱をトーストに山盛りになるほど集めるとは・・・

763 :世界@名無史さん:02/03/14 16:12
ヨーロッパ中世を舞台にした小説で「黒死病で死んだ人間をまとめて焼却〜」という記述を目にして気になっているのですが
当時一般的な慣習としては土葬で、キリスト教の「最後の審判後の復活」もあって、
火葬にする事は、あるにしてもかなりの抵抗があるのではないかな?とおもったのですが・・
どなたか詳しい方おられません?
北欧の9〜11世紀なら多少勉強したんですがキリスト教徒じゃないし、奴ら。

764 :世界@名無史さん:02/03/14 17:11
>763
やっぱりペストの場合、パニック状態になってたのが原因じゃないですかね。
ペストを根絶するための方法が見つからないので、やみくもにいろんな
方法を試したようです。
なにしろ、親がぺストにかかった子供を捨てた例もあるらしいですから。

765 :世界@名無史さん:02/03/15 01:03
柏書房の『レンヌ=ル=シャトーの謎』
この本はオカルトでしょうか?

766 :ヨーロッパでは:02/03/15 02:33
音楽が発達したというけれど、中世ヨーロッパ音楽を聞いていると
まぁグイドだのマショーだのの頃が特によく聴くのだが、単純だがのんびり
している感じだね。時間の観念にも頓着が薄かったらしいが、
世俗音楽の歌の台詞なんかもかなりキワドイ野卑な言葉も出てくる。
あまり豊かな時代ではない頃のヨーロッパがなんとんく彷彿とされる。
キリスト教的建前のない生のヨーロッパが感じられる気がする。
多神教的な猥雑さ感じられて面白い。
現代の解釈による演奏とはいえ、古典古代だのキリスト教文化だのに汚染されていない
野蛮かもしれないが生き生きとした面が感じ取れて聴いていて面白い。
ある意味ヨーロッパの多くの民族のルーツかな。


767 :735:02/03/15 11:09
>766
あんまり音楽はくわしくないけど、教会側もキリスト教布教の際、
既存の世俗歌謡に、キリスト教の歌詞をくっつけて聖歌にすることが
少なくなかったはず。
今でこそ、キリスト教=ヨーロッパ
の構図が当たり前になっているけど、
今の、ラテン・アメリカや東南アジアのキリスト教ぐらい、
地中海の人たちにとっては、
当時の北西ヨーロッパのキリスト教文化って違和感があったんじゃないかな。
ヨーロッパは、キリスト教化したけど、キリスト教も同時に、ヨーロッパ化
したんだなって思う。

768 :世界@名無史さん:02/03/15 14:23
>>767
キリスト教のゲルマン化というと地母神信仰からきたマリア信仰が
いちばん顕著だね。

769 :世界@名無史さん:02/03/15 15:12
クリスマスもね。

770 :世界@名無史さん:02/03/16 20:29
>>767 キリスト教も同時に、ヨーロッパ化したんだ...
っていうより、ヨーロッパ教と呼ぶのが的確なんじゃないだろうか。
イエスの教説に、マリア信仰に顕著な偶像崇拝はむろんヨーロッパ人の大好きな悪魔もなかったのでは。
南方へ伝播したコプト教なんかでは、どうなってるのだろう。

>>768 
マリア信仰は東方正教でも同じだから、ゲルマン化以上に、ラテン・ゲルマン・スラブ共通の古来信仰に
に根ざしている、即ちこの各族は、最近分岐した同族なんだろう。




771 :世界@名無史さん:02/03/17 01:37
中世ヨーロッパには食器がなく、料理は食卓に作られたくぼみに
盛られていたと言うが、「洗うとき」はどうしたのだ?
テーブルごと洗うわけにもいくまいに。

772 :世界@名無史さん:02/03/17 01:55
とりあえず中性ヨーロッパは最低レベルの生活水準ということで・・

では中世イスラム諸国はどうなんでしょ?
具体的な衛生、治安、環境状況などおしえれ

773 :通りすがり:02/03/17 02:41
>>770
一般に、地母神信仰と呼ばれるものが、
マリア信仰のベースとされてますね。
ですから、広がり的にはかなりあるかと。


774 :世界@名無史さん:02/03/17 10:14
とりあえず衛生面に関しては中世イスラムが格段に上でしたよ。
公衆浴場「ハンマーム」が何処の町にもありましたからね。
科学技術に関しても上でしたし。
そんな彼らにとって、「フランク人」(ヨーロッパ人)は
ただの野蛮人でしかなかったそうな。

775 :世界@名無史さん:02/03/17 20:59
また、衛生面の優劣の話か・・・。

776 :世界@名無史さん:02/03/17 22:29
水のない地方ではお風呂なんてとんでもない!でしょうね。
イスラムでも都市部と地方では違っていたのではと思います。
川のあるところだったら、お風呂には入らなくても水浴びくらい
してたのではないでしょうか。

イギリスにいた時、本当に冷涼で乾燥した気候なんだな〜と
実感しました。じとーっと汗が流れるなんて、運動でもしない限り
なかったです。

777 :世界@名無史さん:02/03/18 00:12
食べ物は中世ヨーロッパよりイスラムのほうがうまそう。
胡椒とか色んなスパイスが使われてて。

778 :アマノウヅメ:02/03/18 00:20
>>777
確かにそうです。
しかし、酒飲めんし、やたら甘い物多いし、辛党にはつらい。

779 :世界@名無史さん:02/03/18 01:55
>777
そういえば、やたら辛いものを好むのはアジアに多いような?
イスラム圏でジュースとかでやたらと糖分を採るのは何でだろう。

780 :世界@名無史さん:02/03/18 02:03
>>779
辛い料理の多いところは甘いものも多いって聞いたことがあります。
タイは甘いものもすさまじく甘いらしいです。

781 :世界@名無史さん:02/03/18 07:00
アラビアと言えば千夜一夜物語。
食事シーンがやたらと美味そうだ。

782 :世界@名無史さん:02/03/18 22:11
>>777,>>779
スパイスの探求民族なら、イスラム=セム諸族より、インド民族でしょう。
カレー料理には、ナツメグ等の数十種の香辛料が使われているとか。ヨーロッパには、
新大陸から唐辛子が伝来するまで、香辛料などはなかったんじゃあ。


783 :世界@名無史さん:02/03/18 23:04
>782
だから中東から輸入してたんでしょ?
それとも栽培していたかってこと?

784 :世界@名無史さん:02/03/18 23:59
唐辛子については「食い物の歴史スレッド」にもレスがありましたね。
ヨーロッパじゃなくてアジアの話でしたけど。
ジンジャーはどのくらい昔からヨーロッパにあったんでしょう。

785 :おしえてじぇねらる:02/03/19 01:11
エーコの『薔薇の名前』読了。中世の生活に関する本をいろいろ読んだけど、
この小説のリアリティに驚愕。饗宴の場面は、本当においしそう。
寒くてひもじくて不自由だと神の救いも欲しくなるだろうなぁ、と思う。

同時代だったらビザンティンやイタリアの都市あたりが快適そう。

786 :世界@名無史さん:02/03/19 05:47
食べ物なんて,保存食が殆どだ。
あとは御粥ばっかし。ジャガイモの前は,何食ってたんだと思うほど貧しい。
ゲルマン圏の飯は,だから今でも不味いね。
それに,ドレスを着た姫様なんて,いないぜ。

787 :そうそう:02/03/19 06:16
根菜類なんて原始人の食いもんだしな。
イギリスなんて冬は午後3時ごろから暗い。8月でも冷夏では20度切る。
北欧なんかでも涼しい8月はセーターの上に薄いコートがないと寒い。
なるほどメキシコ湾流がなかったら人間の住む島では無いといわれるはずだ。
不味い食物しかないはずだよな。変な病気多いしな。
ありゃ俺に言わせれば流刑地だよ。
あんだけ植民地で稼いでも気候ばっかはどうにもならんしな。
昔っからあんななんだろうなー。
ドレスっていったってエプロンのできそこないみたいな
木綿か麻かなんかの民族衣装だろ。

788 :世界@名無史さん:02/03/22 00:38
イギリス中世の生活は
「ブレイブハート」を見ると良いね。
不潔さや文化的な後進性が良く分かる。

789 :世界@名無史さん:02/03/22 21:43
>>781
別スレでも似たような話が出てたけど、
「千夜一夜物語」の舞台(つーか、シェヘラザードのいるところ)は
”インドからシナにまたがる大帝国”というわけわからんちんなところじゃないですか?

790 :世界@名無史さん:02/03/22 22:01
そういえばアラジンは「シナ人」だったよね。

791 :山野野衾:02/03/22 22:06
ワークワーク国(倭国倭国)も出ていた筈です。当時の地図にも出て来ますし。

792 :世界@名無史さん:02/03/23 00:41
やっぱり中世ヨーロッパと同時代のイスラム圏の方が服とかもきれいなんかな。
女性はチャドルとか着て人前で肌を出さないんかな。

793 :世界@名無史さん:02/03/23 00:44
中世ヨーロッパの生活ランク
中南部スペイン(アル・アンダルス)≧東ローマ≧シチリア≧ナポリ>ブルゴーニュ>南フランス>北部スペイン>アルプス以北>ルーシ>サーメランド



794 :マルクス:02/03/23 01:45
中世ヨーロッパの歴史をみてみると、歴史は一直線に進歩してきたわけじゃないんだなあ。
君たちのレスを読んでそう思ったよ。
古代ローマのが、中世ヨーロッパよりも下部構造がマシみたいだし。

795 :世界@名無史さん:02/03/27 07:05
あげときます

796 :世界@名無史さん:02/03/31 07:37
豚が少年を食い殺す時代、中世ヨーロッパ。

797 :世界@名無史さん:02/03/31 10:03
>>794
そりゃそうだよ。ヨーロッパの社会構造が古代ローマに追いついたのは、
ルネッサンス以降でしょ。

798 :アマノウヅメ:02/03/31 17:40
>>794
上下水道なんて古代ローマに追いついたのは19世紀も後半でしょ。
ローマじゃ今でも帝政どころか共和制ローマ時代の下水道使ってるそうだし。

799 :世界@名無史さん:02/03/31 21:43
しかし読み応えのあるスレですね。
軽い気持ちで読み始めたのですが
3〜4時間位はかかったでしょうか。

厨房的な書き込みをし辛いオーラが
このスレ(世界史板)には在りますね。

800 :世界@名無史さん:02/04/01 12:43
中世って衣料用繊維が乏しいんじゃないかなあ。
絹は中国圏、綿は寒いところでは採れない。

ヨーロッパやイスラムの衣服って毛織物中心ですか?

801 :世界@名無史さん:02/04/01 12:53
>>800
麻もメジャー。
つか麻にとってかわったのが綿。

802 :世界@名無史さん:02/04/01 13:00
>797、798

本当ですか?

803 :通りすがり:02/04/01 13:28
ローマ貴族の生活という点で考えるのなら、
ヨーロッパがローマ時代の生活水準を越えるというのは、
近世以降でしょうね。

シルクは、ビサンティン帝国内、
そして中近東においても生産されていたはずだと思うのですが。


804 :世界@名無史さん:02/04/01 13:58
ローマの方が優れていたのは大国ならではのスムーズな流通のせい?


805 :世界@名無史さん:02/04/01 14:00
>>798
>ローマじゃ今でも帝政どころか共和制ローマ時代の下水道使ってるそうだし

上水の方も、
水道水はさすがに消毒してあるけど市内に湧き出してる泉の水は
当時の水道がそのまま使われてるって本に書いてあった。


806 :世界@名無史さん:02/04/01 16:23
未亡人は子供がいなければ糸つむぎなどで生計を立てた、
(それでも生活は貧しい)子供がいると命を削る重労働の洗濯女に
なるか絹のドレスをきた売春婦になるかしかなかった・・・
(女性の職業がとぼしかった)
よって女性はできることなら再婚をしたがったので
子持ちの中年男性でもすぐに若い後妻をもらうことができた

昔読んだヨーロッパの中世についての本でこんなようなことが
書いてあった、
いつ頃のどの国のことか細かいことは忘れちゃったけど


807 :世界@名無史さん:02/04/01 21:45
>>806
中世じゃなく、近代西欧の都市生活での話では。女性の職業がとぼしかったどころか、
近代以前では、娼婦以外の職業などなかったのでは。

808 :世界@名無史さん:02/04/01 23:10
>807
そんなことない。中世でも女性の職人はけっこういたよ。
親方が死んだらその奥さんが親方になることもあったしね。

809 :世界@名無史さん:02/04/02 00:33
>中世でも女性の職人はけっこういたよ

地域差はあるらしいけど。ケルンの女性親方についてドイツの女性研究者
(超有名な人だけど今度忘れ)が言及している。

しかし、これらの事実が、当時の再婚率の高さの原因とどう関係してくるかは
慎重になっておきたい。



810 :世界@名無史さん:02/04/10 06:09
保守上げ

811 :世界@名無史さん:02/04/13 09:33
http://ebi.2ch.net/test/read.cgi/21oversea/1015176193/
住人は違えど中世ヨーロッパはこんな雰囲気だったのでしょうか

812 :世界@名無史さん:02/04/14 12:29
アナルセックス。まじ。


813 :アマノウヅメ:02/04/14 19:20
度々トイレの話を蒸し返して申し訳ありませんが、昨日青池保子の『アルカサル』を
読み返していたら、第五巻の巻末に中世のトイレの図がありました。

お城のトイレは、建築史の本でも見たことがありますが、市民のトイレがなんともおかしい。
トイレから落っこちた男が×××まみれになって世にも情けなさそうな顔をして、窓から皆
のぞいてるところ。
家やみなりからすると相当な町人のようですが。
トイレは共同だったもようです。

814 :世界@名無史さん:02/04/15 17:35
誰かわかりやすく書き直して…

815 :世界@名無史さん:02/04/15 19:49
何を?
とっても面白いじゃん。

816 :世界@名無史さん:02/04/15 23:43
洗濯女ってそんな重労働なの?

817 :世界@名無史さん:02/04/16 06:40
>816
君は自力で洗濯したことがないな(w

818 :世界@名無史さん:02/04/16 14:59
エーコの小説がとても好きです。
似たような作品でお奨めはありますか?

819 :七生ウィング:02/04/16 18:36
>>813
初めまして。
俺も、中世史が好きで数冊の本を読んでいるが、トイレの記述って少ないよね
え。トイレに注目した歴史本があれば面白そうなのだが...
中世都市について、こんな記述があるが。

「不衛生といえば、上、下水道の設備も不完全で、一般市民は水をほとんど井
戸にたよっている。」便所にいたっては、あるのがまれなくらいだから、病気
が流行らない方が不思議というもの」
 世界の歴史3 中世ヨーロッパ(中公文庫 p348-あらたな原動力より)

「疾病は、また衛生の欠如の結果生じることもあった。確かに中世にはすでに
風呂、暖房、便所があるにはあった。しかし、これらはごく少数の人々しか享
受できない贅沢だったのである。」
 中世の日常生活(中央公論社 p30-第一章 人間、自然、文化より)

 ベネチアあたりは、豊富な水資源を利用して当時としては衛生的な便所が普
及していたようであるが...

 あとブリューゲルの「ネーデルランドの諺」という絵画も面白いね。川沿い
の建物に出っ張った部分がありそこから人間の尻が出ている部分が。

 水資源の貧弱な地域では、野糞や空き地、街路などで用をたしていたんだろ
うか?

>>816
洗濯機普及前の、「タライ」と「洗濯板」を使った洗濯の大変さを、貴方のおばあ
さんあたりから聞くといいんじゃないかな。

820 :世界@名無史さん:02/04/17 09:19
>819
下が豚小屋で豚に食わせます。
もしくは桶に貯めておいて二階から街路にぶちまけます。

城ではブツが城壁を伝って外の堀などに落ちるようなトイレになってます。
(ロンドン塔、Mediaval Palaceにもトイレ跡残ってますね)

821 :世界@名無史さん:02/04/17 14:32
メイドさんの話題は出たっけか? まだなら誰か中世ヨーロッパの
メイドさんについて語って――。


822 :世界@名無史さん:02/04/17 14:57
>>821
メイド・オブ・オルレアンとか?
メイド・オブ・ケントとか?
メイド・オブ・ノルウェイとか?

823 :世界@名無史さん:02/04/17 16:23
>>822
( ゚д゚)ポカーン

824 :世界@名無史さん:02/04/17 18:34
>>794
古代史みると、ローマでさえ結構新しいという見方もできる。

>>798
しかしローマの水道は鉛製のため市民は慢性の鉛中毒に陥っていたという罠

825 :アマノウヅメ:02/04/17 19:18
>>319
初めまして。新顔さんですか?
だったら頑張ってこのスレを盛り立ててください。
結構きついんですよ。ここに書き込むの。



826 :824:02/04/17 22:12
>>824
中途半端な知識ですまん。鉛製水道管はポンペイだけだったかも・・
いずれにせよローマ人は鉛製の食器とかつかってたんで鉛中毒者が多かったみたい。

>>819
トイレの話というより一般生活そのものはあたりまえのことなのであまり書物として残りませんから・・・
一部の小説や日記等の記述から読み解いていくしかないのでしょうけど、
これもまた、限られた一部の人の一時の生活でしかありませんから実像がどうだったかは難しい問題だと思います。

>>804
いやだからだれかがいってるように歴史は一直線ではないのですよ。
経済や流通、科学も同じく。
だいたい、ルネサンスってのはギリシア、ローマ時代を復活させようという運動だったのですから。
それに中世ヨーロッパもローマ法王を頂点とした1つの国という見方もできる。
ちょうど中国の春秋戦国時代とかみたいに。
それに現代だって世界を見渡せばいまだ古代とかわらないような生活の人達や
中世のような生活のひとだってかなりいるのですから。

>>825
あ、俺もはじめましてです。

827 :世界@名無史さん:02/04/17 22:58
ローマ人の鉛中毒はよく言われる話だけど、「ローマ人の物語」10巻には
その話は疑わしいって書いてあるよ。
 ローマ人は鉛が有毒って知ってて極力鉛管を使わないようにし、使っても
水は蛇口すらなく常に流しっぱなしだから、ほとんど水に溶けなかった。また、
水に含まれる石灰分が管に付着し、水と鉛を隔てる役目を果たした、んだそうな。

828 :824:02/04/17 23:29
>>827
そうだったのですか・・・すいません
それって最初からわかっててって事ですか?それともある時期から使わないようにしたとかですか?

「ローマ人の物語」俺も読んでるけどまだ10巻までいってないです。

829 :七生ウィング:02/04/18 00:49
>>820
 やはりね。街路を歩いていたら上からブツが飛んできて...(ゾッ
>>819
 宜しくお願いします。
>>826
 マア、ドラマや映画なんかでも、主人公がトイレに入ってふんばるシ
ーンなんてあまり見かけませんしね(藁 的外れな例えでスマソ。
 帝政期のローマでは、建設業も発展し、木こり・鉛管工・ガラス工に
至る分業が行われていたようですね。

830 :七生ウィング:02/04/18 00:52
>>819

>>825
の誤りです。失礼しました。

831 :世界@名無史さん:02/04/23 10:26
>>699
カラバル豆。別名裁きの豆。西アフリカ原産。使っていたのも東ではなく、西アフリカと思われ。

飲んで、死ななければ無罪。致死量は意外と多く、かつ嘔吐作用があるため自分は無罪だと信じていれば、一気に飲み致死量が吸収される前に吐き出して無罪となる。
有罪の場合、吐いたときには致死量を吸収。動悸も速くなっていて毒の回りが良いために死亡(有罪)。

ただ、実際に豆を飲むところまでいくことは、あまりなかったそうだ。
疑う相手に「一緒に豆を飲んで裁いてもらおう」と言った時点で「そこまで言うなら無罪だな」か「私が悪うございました」となり、決着ということらしい。

石をつけて水に沈められるより数倍マシかな?

832 :世界@名無史さん:02/04/23 11:26
このスレ最初から全部読んじゃったよ。
世界史板は2ちゃんの宝だね。

833 :世界@名無史さん:02/04/23 12:45
>>820
琉球のトイレみたいだ>豚に食わせる

834 :世界@名無史さん:02/04/23 12:46
>>819
ベネチアではどこに出したものが流れていたのかが気になる。

835 :世界@名無史さん:02/04/23 19:20
出したものはそのまま運河に流すのです。当然です。
垂れ流し状態ですが、堀に流す城と違ってヴェネツィアは海につながる運河の都市。
潮の干満が水洗の役割を果たし、そのまま外海に流れていって終わりです。
まあ海は広いしヴェネツィアは小さいので、さほど汚れることもなかったでしょう。
ヴェネツィアの運河は、洪水を起こさないように、なおかつ潮の流れを
止めることがないようにきちんと考えられてつくられていたそうです。

836 :世界@名無史さん:02/04/23 21:52
あんのう・・・

ルクレツィア・ボルジアの兄、ホアンがチェーザレに暗殺されたとき
どぶ川のようだったと記録にあるようですが・・・
運河は。
事実上の排水溝だったそうですよ。
人の排泄量が上回ると、メカニズムもねえ・・・

837 :七生ウィング:02/04/23 22:13
>>835
 分かり易い説明によるフォロー有難うございます。
>>834
 835さんの説明する通り潮の干満が水洗の役割をはたしておりました。(下水
は現在でも運河にたらしっぱなしにされています。)
 飲み水については広場、小広場、空地を利用して雨水を貯水槽に貯めて、砂の
層を利用してろ過した地下水を利用しない独特の井戸(ポッツォ)を利用して
いました。(地下水を多様すると地盤沈下を招きますので)
 洗濯、台所、身体を洗う水の確保については建物ごとに、外部からは見えない
かけいを通して、屋根に降る雨水を家の中に引いており、この水を貯める桶は、
台所のそばに置かれているのが普通であった。
 さて、トイレにあたる設備(あるいは桶に貯めて排水溝に流す?)がどのよう
になっているかについての質問と思いますが、手元の資料では説明できません。
私にも興味があり調べようと思います。750年程前のある商人の建物の排水口
は現在では水面上30cm程度ですが沈下している現在から逆算すると当時結構
上にあったようです。(100年に10〜15cm程沈下しておりますので)。その建物の
1Fは倉庫に利用され、2F以上が居住空間であったようです。
知識不足ですみません、わかり次第報告します。

838 :中世ちゃん:02/05/04 00:45
こんばんは。1です。(汗
中世ヨーロッパにたいする憧れは木っ端微塵に砕かれたのですが、「ロードオブザリング」を観て、やっぱりいいなーって思ってしまったです。(w
でも、あれも中世ヨーロッパをすごく美化した世界での物語なのだなあと思うと、なんともいえない気分。
一緒に観に行った友人が「ああいう世界で暮らしてみたい」なんていうもんだから、昔の自分を思い出して苦笑しました。


839 :世界@名無史さん:02/05/04 01:07
>>838
このスレは他板でも絶賛の嵐。
トーナメントでもかなり役立ってる。
これも君がこのスレをたてたおかげだよ!

世界史板トーナメント用スレ
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/1018615377/l50


840 :五烏明神:02/05/04 10:00
>831
今になって反応が(藁。結構聞く話ですが中島らも原作「ガダラの豚」に出て来た
んですよ。あれの舞台はケニアでした。

841 :山野野衾:02/05/04 10:01
間違えた、840は私です。

842 :世界@名無史さん:02/05/05 16:48
>>794
マシどころかローマの足元にも及ばん。まさに暗黒時代。

843 :マルクス:02/05/05 22:39
>>842
すると、私の史的唯物論は机上の空論か?

844 :世界@名無史さん:02/05/05 23:08
>840、840
おやおや、山野さんが実はあのスレの五烏明神様だったのですか・・・
私はあのスレでアイヌ班、マヤアステカ班、犬が好きな神などとして
登場させてもらっています。
スサノオ君の家庭の事情、オオゲツヒメ主催のパーティー、
イエス君はててなし子、などのじけん、あと時たま学校に侵入する
インスマス人、究極生物も私です。
ついにココマートさんが首くくってしまいました。
マヤアステカ班としては新鮮な心臓がいただけなくて実に残念。

845 :通りすがり:02/05/06 03:15
>>842
失礼ですが、あなたは中世史プロパーの方ですか?
だとしたら、そんな乱暴な結論はしないと思うのですけど。
というか、最近の研究動向によっぽど無関心なのですね。


846 :世界@名無史さん:02/05/07 09:24
>845
そうそう。暗黒時代だなんて何十年前の研究書読んだよ……って感じだ。
簡単な入門書の冒頭とかでいきなり否定されてるレベルだぞ>暗黒時代認識

847 :アマノウヅメ:02/05/07 12:56
とにかく中世ヨーロッパは面白いので続けましょう。
私は素人ですが。

848 :世界@名無史さん:02/05/07 14:32
中世の中期ぐらいまでは、民衆の生活は逆に黄金時代だよね。
ただ、芸術・科学に関しては暗黒時代といってもいいとは思う。

849 :世界@名無史さん:02/05/07 20:39
古代ローマの鉛中毒は食器が原因ですな。
特にワインを鉛の杯や器に入れておくと甘くなりおいしいとされ、
大量に食事を摂っては吐き出す習慣ともあいまって鉛の多量摂取。

850 :世界@名無史さん:02/05/08 21:59
>>838
指輪の世界観は古代と思われ。
ファンタジー=中世と思わない方がいいです。
むしろファンタジーの元ネタは古代神話世界だから・・・
なんで中世ってことになってんだろう・・・

ところでひとことで民衆の生活といっても場所や状況、経済レベルで相当変わってきますから
たとえば長年穀物がよく実り、戦争や異民族の襲撃とも無縁な小さな村等なら
映画のような美しい牧歌的な状況であってもおかしくないと思いますから・・・。
つかまあホビット庄の状況はこんな感じかと・・・

851 :850:02/05/08 22:14
・・・といってもビルボは大金持ちだしピピンやメリーは良家の坊ちゃんですから・・
その視点でみてるってこともお忘れなく。

板違いすいません。

852 :世界@名無史さん:02/05/10 22:14
ところで実際に生活するなら中世ヨーロッパと平安日本、どちらがいい?
庶民に生まれるか貴族に生まれるかで見方は異なるだろうが

853 :世界@名無史さん:02/05/10 22:19
>>848
当時のイギリスやドイツは、天国とは思えないけどさ・・・。



854 ::02/05/11 00:27
中世ヨーロッパの女性は月経は垂れ流しと
ききましたが、にほひの対策はしたのでしょうか?

855 :世界@名無史さん:02/05/11 15:37
>>852
黒死病(ペスト)大流行の頃の中世ヨーロッパだけは
パスしたいね。治安が良さそうな平安時代の日本の方が、
俺的にはマシだと思う。当時の最先進国ともいえる中国の
影響で、日本の文化レベルも相対的にかなり高かったであ
ろうし。カール大帝の頃の中世ヨーロッパはある程度治安が
行き届いていたようだけど、他は小国分立の上、前半はノル
マン人やらマジャール人やらに悩まされ、後半は疾病やら戦
争やらで、王侯貴族問わず大変な時代であったと思う。

856 :世界@名無史さん:02/05/11 16:02
>>855
平安時代が治安がいいと言えるかなあ? 末法思想が広まる時代だよ?w
流行り病の流行やら貴族や天皇の意向で都は何度も遷都して落ち着かないうえに
国司の圧政で農民に対する課税もきつかったから浮浪人になる人間も多かったことを考えると
とても暮らしやすいとは

857 :世界@名無史さん:02/05/11 16:05
明治以前に日本で暮らしやすい時代なんかあったっけ?
農民にさえ生まれなければ江戸時代ぐらいか
板違いだからsage

858 :855だけど:02/05/11 17:35
>>856
正法−僧法−末法ですか?
ちょっと言葉足らずだったね。スマソ。
(当時のヨーロッパと比較して)治安が良さそうなと言いたかったの。
詳しく調べたわけでないんで、印象を述べただけ。
何せ理系の上、日本史は苦手で。難しい古文の資料と漢字のオンパレードに
嫌気が差しちまったんだ。当時
あと、>>857 さんにも言っておくけど、
中世ヨーロッパと比べて平安時代の日本の方が「マシ」であると印象を言った
のであって「暮らしやすい」などとは到底思っていませんYo!

859 :世界@名無史さん:02/05/11 17:56
>>858
ペスがないだけマシかも・・・・。
というのは単純だな
天然痘やら結核やら赤痢やらほかの
病気もあるな

860 :855だけど:02/05/11 18:31
>>859
中世ヨーロッパのペスト流行による死者は
当時の推定人口に対してどれほどであったか
知っているのか?
6世紀の中国からヨーロッパにひろまったとさ
れるビザンチン帝国などを中心としたペストの
死者は全体で1億人を超えると言われているし
、14世紀(こちらの方が有名だが)の流行では
明らかにヨーロッパの人口は減っており、人口が
回復したのは17世紀前後と言われているぞ。
病気による死者で全てを語るつもりはないが、
日本でも「はやて?」とかいう名前でペストがあっ
たことは何かで読んだことがある。
あと、ひとこと言っておくが漏れは中世暗黒史観
の人間ではないからな。「単純」とは失礼だぞお前

861 :世界@名無史さん:02/05/11 18:32
でもペストではヨーロッパの人口のうち四分の一が死んだという話。
日本ではそこまでひどい疫病は無かったはず。

ところで、食い物はどちらが良かったのだろうか?

862 :855だけど:02/05/11 18:38
860での、漏れの表現はちょっと乱暴であった。
他スレではそのままにしておくが、ここでは不適切
な表現があったかも知れない。謝罪しておく。

863 :世界@名無史さん:02/05/11 18:38
食い物はどうしても嗜好性が入るからなぁ(W

栄養事情とかで言ったら日本の方が上ではないかな。
栄養価配分の社会比率は……、わからんが山勘で似たり寄ったりかな?
てことはトータルで多分日本の方がマシかと。

864 :世界@名無史さん:02/05/11 18:40
一日二食、肉は食わない。マシ?

865 :世界@名無史さん:02/05/11 18:44
大多数はフスマみたいなパンを豆のスープに浸し、バター塗りたくって食ってた。
てか、バターでパンを絡めないとポロポロこぼれて食いづらかった。
後は牛乳とか山羊乳とか。チーズですら贅沢品。
白いパンは御伽噺の世界。

農奴が肉なんて口にできるは祝祭のときくらい。

866 :世界@名無史さん:02/05/11 18:46
大多数はアワ・ヒエなどを食ってましたが、なにか?

867 :世界@名無史さん:02/05/11 19:03
つまり西洋の黒パンは日本の粟飯稗飯と同じ感覚なのね。

盆と正月には白い飯が食える!

868 :世界@名無史さん:02/05/11 19:34
>>857
農民に生まれても江戸時代なら良いかと。奴隷レベルの貧民は除いてだけど・・
一揆なんか頻繁に起きてるけどあれって実は要求が通る(鎮圧できるだけの武力が地方にない)
ためだと聞いたことあります。
実際には年貢なんかほとんど規則どおりには取れてなかったそうです。
代官だって土地の農民とあんま問題起こすと自分の経歴に傷がついて出世の道が閉ざされますから
ほとんどなあなあだったみたい。

勘違いだったらすまん

869 :世界@名無史さん:02/05/11 19:57
>>868
江戸時代は17世紀、その頃だとヨーロッパも何度かの農業革命を経てるよ。

870 :世界@名無史さん:02/05/11 20:17
中世フランス(1413〜1416頃)のゴシック様式の傑作絵画
といわれる「ペリー公のいとも華麗なる時祷書」を紹介いたします。

http://humanities.uchicago.edu/images/heures/heures.html

1月から12月までご覧下さい。
かなり理想化されていますが、当時の王侯や民衆の生活が生き生きと
描かれています。

871 :世界@名無史さん:02/05/11 21:27
宗教裁判や魔女狩りが無かっただけ平安日本がマシ。

872 :通りすがり:02/05/12 02:04
>>871
ここはヨーロッパ中世がメインなので簡単に、
蝦夷征伐は、事実上、
アルビジョワ十字軍とかとそうは変わるものでないと思うのですけど。
ただ、確かに言えることは、
小麦の単位あたりの生産性よりも、米で水耕ならかなり高く、
1粒あたりの生産高は高かったのは確かでしょうね。

でも、ヨーロッパも、相当な貧農でなければ、
豚やチーズ、エールによりカロリー摂取は出来たでしょうけど。

873 :世界@名無史さん:02/05/12 02:10
>>872
主にビールでカロリー摂取をおこなっていますが何か?

って産業革命期の英国の労働者みたいだ・・・欝

874 :世界@名無史さん:02/05/12 03:29
>日本でも「はやて?」とかいう名前でペストがあっ
>たことは何かで読んだことがある。

それか!
いやね、JR東の新しい新幹線の名前が「はやて」になるっていう噂があって、
あまりいい意味じゃなかったので国鉄も使わなかった「はやて」を使うとは
JR東もやるというか何も考えていないというか・・・という話があったので「?」だったのですよ。

ペストの和名か。それはちょっとヤバいぞ(w

875 :ウサギ:02/05/12 04:56
>>860
 んーとね“はやて(早手)”はね、確か“疫痢”だったと思うピョン。

876 :855だけど:02/05/12 18:36
どうやら、漏れの勘違いであったようだ。
 ウサギさんご指摘のように、はやて(疾風)は「疫痢」のことをさすらしい。
以下広辞苑より引用しておく。

はや‐て【疾風・早手】
 (「て」は風の意) 急に激しく吹き起る風。寒冷前線に付随することが多く、
降雨・降雹などを伴うことがある。急風。陣風。しっぷう。はやち。竹取「―も
竜の吹かするなり」 (昔はかかるとすぐに死んだからいう) 疫痢(エキリ)の異称。
えき‐り【疫痢】
子供、特に幼児の急性伝染病。激烈な中毒症状、粘液下痢を主症状とし、
高熱・痙攣(ケイレン)・嘔吐・昏睡などを起す。赤痢菌によることが多く、死亡
率が高い。小児赤痢。颶風病(ハヤテ)。早手。えきりん‐ぼん【易林本】

 さて、漏れの勘違いの原因は以下の文の自分の曖昧な記憶によるもので
あると判明した。(かなり前に読んだものでね)
中公文庫 世界の歴史(中世ヨーロッパ−苦難の時代-黒い死相)より
 「わが国では疫痢のことを、死に方が早いところから疾風(はやて)と呼んだ
けれども、このペストこそまさに疾風であり、人々はいま病気にかかったと思
うと、あっというまに死んでしまった。」

 以降、曖昧な記憶によるアップは控えたいと思う。

877 :世界@名無史さん:02/05/12 20:27
>>876
広辞苑で引いたらそんな記述が出てくるような名前の新幹線やだなー(ワラ

878 :世界@名無史さん:02/05/13 00:03
>845
>そうそう。暗黒時代だなんて何十年前の研究書読んだよ……って感じだ。
>簡単な入門書の冒頭とかでいきなり否定されてるレベルだぞ>暗黒時代認識

本当?そう最近いわれているのは知っているけど.
最近ヨーロッパに盛んに出ているリヴィジョニスト(修正主義者)の
影響じゃあないの?やっぱり,↓が正直なところでショ.



>>855
>黒死病(ペスト)大流行の頃の中世ヨーロッパだけは
>パスしたいね。治安が良さそうな平安時代の日本の方が、
>俺的にはマシだと思う。当時の最先進国ともいえる中国の
>影響で、日本の文化レベルも相対的にかなり高かったであ
>ろうし。カール大帝の頃の中世ヨーロッパはある程度治安が
>行き届いていたようだけど、他は小国分立の上、前半はノル
>マン人やらマジャール人やらに悩まされ、後半は疾病やら戦
>争やらで、王侯貴族問わず大変な時代であったと思う。





879 :世界@名無史さん:02/05/13 01:04
黒死病が流行った頃のヨーロッパってミニ氷河期だったそうですね。
昔はブリテン島南部でワインが造れたくらい暖かかったらしいですし。

中世とひとくくりに言っても、時間的にも空間的にも広すぎて全体像が
掴みきれないでいます。10世紀と15世紀じゃ同じ中世でも随分違うし、
大陸と島、北方と地中海世界でも随分と違うように思われるのですが。
皆さんの考える中世像はどの時代のどの地域でしょうか?

880 :世界史@名無史さん:02/05/13 01:25
古代、中世、近代の区分けが、ぼんやりしているけど誰か説明リクエスト。

881 :世界@名無史さん:02/05/13 01:27
中世の本といえば
ソドムの百二十日 とかどないでしょ

882 :世界@名無史さん:02/05/13 01:28
>>880
そういうのにくっきり区別ついてるほうが不自然ですが

883 :世界@名無史さん:02/05/13 09:19
>>880
古代、中世、(近世)、近代、などなどの区別は
後代の研究家が研究の便宜のために整理する区分。

当時の人たちが改暦のように「今日から中世、おめでとうございます」とか言ってたわけじゃない(W
だから実態を細かくめればみるほど、境界がぼんやりしてるのはあたりまえ。

884 :世界@名無史さん:02/05/13 09:24
>>879
>皆さんの考える中世像はどの時代のどの地域でしょうか?

私は、盛期中世(10〜13世紀)を中世西欧と考えがちですね。
初期中世は古代社会の残滓が多いし、末期中世は近世への移行期を見た方が分かり易いと思います。

もちろん、主題によって多少ブレはしますが。


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