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中国の正史と記紀

1 :世界@名無史さん:2000/12/07(木) 21:52
中国の正史と比べて、
記紀はとるにならないものですか?
記紀はよく正史どころか、小説にもならないと聞きますが。

2 :世界@名無史さん:2000/12/08(金) 15:15
小説にもならないとはお初出聞くが、国粋的ではアルと思う。
対中華思想のなかどうして隋の煬帝に対する有名なあの交渉は
載っていないのだろうか?あれこそ国威発揚にもってこいなの
に。

3 :日本@名無史さん:2000/12/08(金) 16:10
>2
いや、載ってる。隋書には、「日出処天子」から「日没処天子」なのが、
日本書紀では、「東天皇」から「西皇帝」と、日本書紀編纂当時の用語に変えてあるだけ。

逆に、隋からの使者は、隋書には裴清、日本書紀には裴世清と書いてあり、
こちらは唐皇帝の李世民の「世」を書かないと言う中国正史側の都合。

このように、史書編纂上の約束事を知っておく必要があります。

4 :世界@名無史さん:2000/12/08(金) 18:14
中国の正史も記紀もあまり
優劣つけれるものじゃないと思うが。
どっちも似たようなものだが。

5 :世界@名無史さん:2000/12/10(日) 12:09
age

6 :名無し@論議は論理的に:2000/12/10(日) 15:52
記紀は、編纂当時の日本の文化水準の低さを反映してより水準が低いのはしかたがない。正史も時代がたつにつれて記録になっていくが、史記や漢書などではまだ批判的精神に富んでいる点が評価できるだろう。


7 :>6:2000/12/10(日) 16:55
日本で中国のものに匹敵する
正史はなんですか?

8 :日本@名無史さん:2000/12/10(日) 17:33
>7
…その前に日本は王朝が交代していない。

記紀は神話時代直後に書かれたものだから、正史とはまた性質が違う。

9 :世界@名無史さん:2000/12/10(日) 18:59
即天武后は天皇を名乗ったんだったよな。五皇三帝の皇と帝から取った
皇帝という身分より上の天を持ってきている天皇は実質はともかく、
名前の上では皇帝よりエライらしい。

あと中国では前の王朝の資料を現王朝が歴史化するという慣習があった
そうので、批判精神一杯なのもうなずける。

10 :あやめ:2000/12/10(日) 19:35
日本の正史は一応「六國史」(りっこくし)ということになってます。
日本書紀(神代から〜持統)續日本紀(しょくにほんぎ、文武〜桓武-延暦
十年)日本後紀(桓武-延暦十一年〜淳和)續日本後紀(仁明)文徳實録(も
んとくじつろく)三代實録(清和・陽成・光孝)で、このうち日本後紀は実
際には桓武・平城・嵯峨の分が不完全に残っているだけです。
これらはいずれも紀伝体の本紀の部分に相当するものだけで、実質上は
通鑑のような編年体の史書です。ただ重臣の薨去記事に付してその人の
略伝を載せていることもあります。朝鮮の「高麗史」はちゃんと志・表・
列傳が具わっており、日本の正史の編纂は些か見劣りするようで残念で
す。後世になって水戸藩が「大日本史」を編纂したのは、やはり正式な
紀伝体の国史が無いことを遺憾としたためでしょう。
六國史の後は朝廷による史書編纂自体がなされなくなり、「大鏡」「増
鏡」などの物語的史書が著述されるようになりました。


11 :日本@名無史さん:2000/12/11(月) 00:12
>朝鮮の「高麗史」はちゃんと志・表・列傳が具わっており、
って、日本書紀より遙かに後のことじゃないか。(藁
そ中国の猿まねをすることを良いと思う辺りが、朝鮮のダメなところだな。

日本は、正倉院文書・東大寺文書のように、奈良時代の文書が伝世され現存したり、
法治国家だったので、多くの文書が残っており、正史のみに頼らずに、
歴史を復元できる利点がある。

12 :あやめ:2000/12/11(月) 11:14
おっしゃるとおり、史料的価値という点では朝鮮に伝存しているものは
日本の多彩なのには及ばないと言えます。ただ碑文は廣開土王や眞興王
のものなど日本より古いものが残っています。
スレッドの趣旨が日本には支那風の正史があったかという点にあるよう
だったので、日本の紀記や朝鮮の「三國史記」などはそのような体裁の
整備ができる修史能力がなかったが、猿真似にもせよ「高麗史」はそれ
を達成したものだという点を指摘したのです。朝鮮に限らず昔の東アジ
アでは「中國」のまねをすることが良いことと思われていたので、だか
ら「朝鮮はダメ」というのは些か不公平ではないかしら。
古代中世の日本レヴェルでなら朝鮮も一応「法治国家」でしたが、契丹
やモンゴルの侵略などの災厄が度重なり、古文書が大量に亡失したのは
不幸なことでした。

13 :日本@名無史さん:2000/12/11(月) 11:38
>12
中国はもっと動乱が激しかったと思うけど、春秋・史記と言った古典に始まり、
数多くの文献が現存している。日本に、中国の古い文献が残っている例も目立つ。
これは、古代ギリシア・ローマの文献が、アラビア語訳されて、かなり
残ったのと同じように、東アジアにおいては中国の文献が重用された現れでしょう。
日本も数多くの戦乱があったが、たくさんの文献が残っている。
朝鮮がそのように主張するのは、負け惜しみと見た方が良いと思う。

14 :日本@名無史さん:2000/12/11(月) 11:40
それと、日本では早くから国字が成立し、大衆の識字率も高かったこと。
一方、朝鮮は日本の室町時代になるまで国字は存在せず、庶民の残した記録は
事実上皆無だったことなど、文献の残存数が著しく違うのも、必然でしょう。

15 :世界@名無史さん:2000/12/11(月) 19:02
だから朝鮮叩きは止めようよ。
朝鮮と比べて優秀って主張してもなにもならんじゃない。
同レベルに堕してしまうだけじゃん

16 :奥さまは名無しさん:2000/12/11(月) 19:04
>15
それがどうした?

17 :日本@名無史さん:2000/12/11(月) 20:00
アホばっか。漢字に対して仮の言葉の仮名がそんなにうれしいか?
日本も漢字を正当な言葉、仮名を仮の言葉としたのよ。
朝鮮が出てくると妙に感情的になるところなんざ非常に朝鮮的。
やはり血は争えないか。

18 :日本@名無史さん:2000/12/11(月) 23:31
>日本も漢字を正当な言葉、仮名を仮の言葉としたのよ。

日本史板でも、これについては述べただろ。
真名序・仮名序と書いていたのは、古今和歌集だぞ。
中国文化の高さも認識しつつ、国文学も興隆したのが日本の特徴。
単なる事大主義で、独自文化不在なのとは大きく違う。

19 :名無しにゃーん:2000/12/12(火) 12:08
ベトナムも中国の強い影響を受けた古い国だが、漢文の正史があるのだろうか?


20 :東京kitty:2000/12/12(火) 12:56
所詮強さは弱さであり、弱さは強さだ。
全ての列強は自らの重みで潰れてゆく。
遺伝子技術を進め、国家の指導によって
自らの国に
寿命120歳、IQ200以上の天才を人為的に
大量に生産できるようになる国が
高度の科学技術を発達させ、国力を増大させて
21世紀にアメリカに勝利するだろう。
そのとき、自由主義と民主主義は命脈を絶たれる。
アメリカは、キリスト教と民主主義に自縛されているから、
それができない。
可能な国は、
日本、北朝鮮、中国等、
アブラハムの宗教に汚染されていない国だけだろう。



21 :東京kitty:2000/12/12(火) 12:58
北朝鮮は、この時点でも実は21世紀最も優位な地位を占める国家の一つだ。
国家の最大の資源である高知能の人材を人為的に大量生産ができる
思想的風土を享有する国の一つだからである。
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の国家ではそれができない。

22 :東京kitty:2000/12/12(火) 13:00
日本も、本当ならば欧米の催眠術に惑わされず、
遺伝子技術を突出させて人為的に天才を大量生産することに邁進すれば、
未だに合衆国を叩くことは可能だ。
思想的風土が問題なのである。

23 :東京kitty:2000/12/12(火) 13:01
人権とは、一神教の胎内で生み出された、神の代用物だ。

24 :東京kitty:2000/12/12(火) 13:02
なんだよ、スレちがってるじゃん。

25 :名無しは無慈悲な夜の女王:2000/12/12(火) 17:03
>19
あるぞ。
大越史記が

26 :あやめ:2000/12/12(火) 17:47
>19
ヴェトナムの正史は「大越史記全書」です。陳朝から黎朝まで代々書き
接いできたもので、太古から黎の喜宗までの編年体で全25巻のの史書
です。この本は以前は日本の引田利章の校本しか通行してなかったので、
昔あやめが神田の山本書店で見かけた際は何と20万円で出ていました。
その後に支那で別系統の翻刻本が出て一遍に半値になったそうです。ま
た「欽定越史通鑑綱目」というのもヴェトナム官撰の史書で阮の嗣徳帝
の時に撰述されました。これも太古から黎朝の末年までの編年史です。
こちらは台湾の復刻本があります。阮朝の正史としては「大南寔録」が
あります。廣南國時代から同慶帝までの実録で列傳も付いています。こ
れは横浜の大型書店の有隣堂が20年か30年くらい前に影印出版していま
す。「越史略」は李朝時代に著されたもので先年たしか創価大学だった
かから翻刻出版されています。

27 :あやめ:2000/12/12(火) 19:32
>13
支那には多くの古書が伝存していますが皆な撰述書で唐以前の原史料は出土文物だ
けです。日本の奈良時代の古文書のようなものは敦煌文書のようなケース以外は悉
く泯滅しました。撰述書も「春秋」などは儒家の経典なので大事に保存され始皇帝
の焚書からも助かったもので、こうした学派の伝世手段などに保護されなかった先
秦各国の書籍は相当数が亡佚してしまったと思われます。春秋以前はもとより以後
の戦国時代の年代や史実などは今も諸説紛々状態です。秦漢以後も動乱の度に大量
の書物が失われました。晋代に戦国時代の墓から折角出てきた「竹書紀年」が再び
亡失し、「今本紀年」のような素性の怪しいものが出現したため清朝考証学者によ
る輯佚作業が必要となりました。「十六國春秋」や「舊唐書」などのようにこのよ
うな輯佚補修により復元保全された書物も相当多いのです。支那では早くから書物
の抄写が盛んで官僚貴族や民間の蔵書はかなりの数があったので、戦乱を免れて後
世まで残ったものも少なからず存在したというのが実情でしょう。
朝鮮も高麗の初期まではかなり前代からの古文書も伝えられていたのですが、顕宗
の二年に契丹の侵寇に遭い首都が劫掠され古文書も全面的に絶滅してしまったので
す。古文書は首都の朝廷や高官の家に集中していたことが不運を呼んでしまったの
でした。
日本も戦乱はあったが古文書は保存されたではないかということですが、意外と宮
廷や縉紳の家に対する乱妨や放火などは少なかったようで、殊に寺社などは概ね保
全されています。最も激烈な合戦が行われた應仁の乱には多々そのような状況もあ
り、一條兼良は蔵にしまっておいた大量の文書が足軽どもによって往来にぶちまけ
られてしまったと嘆いています。それでも冷泉家の文書などが今日まで無事に伝世
しています。人口が何割というオーダーで減少する大陸の動乱に比較して、日本の
それは端的に言ってしまえばナマヌルイものだったということです。

28 :世界@名無史さん:2000/12/13(水) 04:40
あやめさんにひとつ聞きたいんですけど、


>人口が何割というオーダーで減少する大陸の動乱

という話はよく聞くのですが、これは本当に大虐殺や飢餓や食糧不足下の産児制限などが重なって人口の何割かが文字通り地上から死滅してしまうのでしょうか?
それとも、行政システムの大混乱の結果、人口の何割かが国家の管理外になってしまったということなのでしょうか?
今までこれがよく分からなかったのですけど何かご存知ですか?
文化大革命や大躍進といった大混乱でも、あるいは日中戦争のような大規模な戦乱でも死亡した中国人は全体の一割に満たないというのがだいたい信用できる統計だと思うんですけど、人口の数割が死亡する凄まじいカオスというのは想像しにくいのです。
ましてや清末の動乱から文化大革命の終わりまで続く混乱期におそらく数千万人を超える死者は出たのでしょうが、全体として見れば中国の人口は激増しています。
これは近世の農薬や品種改良など、近世の農業技術の大発展がたまたまもたらした結果に過ぎないのでしょうか?
「緑の革命」が無ければ、やはり中国の人口は何割か減少していたのでしょうか?

よろしければご存知のことを教えて下さい。

29 :世界@名無史さん:2000/12/14(木) 09:19
age

30 :世界@名無史さん:2000/12/15(金) 09:36
age

31 :世界@名無史さん:2000/12/15(金) 14:12
文化大革命や大躍進も被害のあったのはピーク時の数年くらいだと思う。
だから内戦が10年以上続けばやっぱりかなり減るんじゃないかしら。


32 :世界@名無史さん:2000/12/16(土) 14:34
age

33 :28:2000/12/16(土) 15:13
アゲテ下さってありがたい気もしますが、あやめさんがお暇ならお答え下されば結構です。

>文化大革命や大躍進も被害のあったのはピーク時の数年くらいだと思う。

「文化大革命十年史」なんて本もあるくらいですが、確かに色々読んで見ても大規模な人的被害のあったのはピーク時のみかも知れませんね。
ですが大躍進や文化大革命で数千万人の死者が出たのはほぼ確実なはずですし、この数字は激戦が続いた日中戦争や国共内戦を明らかに超える数字なのではないでしょうか?
時代が重なるインドシナ半島の状況と比較すると、日中戦争と国共内戦はベトナム戦争に、文化大革命と大躍進はカンボジア大虐殺にそれぞれ比較できるのではないかと考えていますが、どうも中国大陸での状況というのは情報ソースが常に怪しげで、あまりにも規模が大きいので想像しにくいのです。
文字通り人口の数割が死滅してしまったカンボジア大虐殺と、激戦下でも5パーセントの割合で人口が急増していたベトナム戦争というのがインドシナ半島での実態らしいですが、こういう比較的信用できる統計から、文化的・経済的に似たような中国大陸での混乱を想像しているというのが私の今の状況です。

34 :>:2000/12/18(月) 14:09
age

35 :中国史のお約束:2000/12/18(月) 14:27
初めの大飢餓、終わの不敗と革命。劉邦のとき全く同じ。

36 :世界@名無史さん:2000/12/18(月) 21:35
中国史に詳しいわけではないので一般的なことしかいえないけど…。

日本も明治から昭和初期にかけて人口が3倍になってるから、農業技術の進歩は
大きいんじゃないですかね。

あと中国は寒い地域が多いので、それだけ飢饉になりがちなのでは。


37 :世界@名無史さん:2000/12/18(月) 23:15
結局
>人口が何割というオーダーで減少する大陸の動乱
って、何? 駄ボラ?

38 :パシャパシャ:2000/12/18(月) 23:45
西洋なら、30年戦争だろうけど、中国では、何でしょうかね?

39 :世界@名無史さん:2000/12/19(火) 09:48
元の議題にもどろうよ

40 :「人口崩壊」:2000/12/19(火) 11:44
http://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/jinkou996.html

41 :世界@名無史さん:2000/12/19(火) 21:44
>>28
戦争や飢饉が起こって生活が苦しくなると、
本籍地から人間が逃散して統計上の人口が減る。
逆に平和になって生活が豊かになると、
人が一所に定着して統計上の人口が増える。
ひとことで言えばそういうこと。
戦争での人死にも多いとは思うが、
それがすべてと考えるのはさすがに無理があると思う。

42 :世界@名無史さん:2000/12/20(水) 16:45
元の議題にもどろうよ



43 :あやめ:2000/12/20(水) 18:32
>28,33
御免なさい、暇がないですゥ、暮なんだもの、お尋ねの件は難しい問題です。今のとこ
ろ調べたり考えたりが要るレスはチョットです。
一応41の名無史さんが書いておられるのが妥当と思いますが、実質的人口減も相当あっ
たのも否定できないところでしょう。殺戮のみならず飢饉や自然災害の規模がダンチで
日本人の想像を絶してるようです。
37>人口が何割というオーダーで減少する大陸の動乱って、何? 駄ボラ?
という声もあるので数字を並べることにします。
漢平帝 元始  二年 2A.D. 59594978人
漢明帝 永平 十八年 75A.D. 34125021人
漢桓帝 永壽  二年 156A.D. 56486856人
晋武帝 太康  元年 280A.D. 16163863人
宋孝武 大明  八年 464A.D. 4685501人
隋煬帝 大業  二年 606A.D. 46010000人
唐玄宗 天寶 十三載 754A.D. 52880488人
唐代宗 廣徳  二年 764A.D. 16920386人
宋眞宗 景徳  三年 1006A.D. 16280254人
宋神宗 元豊  三年 1080A.D. 23830781人
宋徽宗 崇寧  元年 1102A.D. 45324154人
元世祖 至元二十七年 1290A.D. 58834711人
明太祖 洪武二十六年 1393A.D. 60545812人
明孝宗 弘治  四年 1491A.D. 53281158人
明神宗 萬暦  六年 1576A.D. 60692856人
清聖祖 康煕 五十年 1717A.D. 24621334人
清高宗 乾隆 十四年 1749A.D. 177495039人
清高宗 乾隆五十七年 1792A.D. 307467279人
清文宗 咸豊  元年 1851A.D. 432164047人


44 :あやめ:2000/12/20(水) 18:39
桁を揃えたつもりなんだけど書き込むとガチャガチャ(泣)
やっぱりカンマを入れるべきだった、見にくくて御免。

45 :あやめ:2000/12/20(水) 19:33
単位100万として
前漢59が新から後漢初の乱で34
後漢末56が三国の騒乱で晋が統一を達成した時点で16
南朝宋の4は版図が半減したにもせよ大幅の減
それが隋の統一で一挙に46と桁上がり、これには戸籍制度の整備も与かる
安史の乱の直前の52が乱後は16と激減
北宋代に16から23、45と増加したのは生産力の向上による実増と
調査の改善にもよる
元の58が元末の乱にもかかわらず明初に60と微増、それが安定期の弘治年間に却って減少したのは、当局のやる気の後退の外に
豪門に投寄する人民の増加が一因で、実人口は1億超であったと見られる
明末から清初に60から24と大幅に減少、それが177と大躍進
この原因は康煕五十年の丁数で人頭税額を固定してしまい、その後更に
人頭税を廃して地租に繰り入れ、人口調査と徴税とが無関係になったため
戸口の把握は専ら治安上の必要からと性格が変化
以上は青山定雄さんの書かれたものを参考しました。

46 :世界@名無史さん:2000/12/20(水) 19:36
無理に「本籍地」とか「人口」とか書いてますけど、
曖昧であっても概念としてこれらを把握出来るのは、
明代の『魚鱗図冊』からだと故宮崎先生は言ってましたけど。


47 :世界@名無史さん:2000/12/21(木) 09:32
元の議題にもどろうよ

48 :名無的発言者:2000/12/21(木) 11:52
元のフビライと元寇はナウな話題だね>>47

49 :世界@名無史さん:2000/12/21(木) 12:14
「中国」「人口史」で検索してみそ….
http://www.google.com/search?q=%92%86%8D%91+%90l%8C%FB%8Ej&hl=ja&lr=

50 :世界@名無史さん:2000/12/21(木) 21:16
1の議題に帰ってやれ

51 :あやめ:2000/12/22(金) 12:09
>46
「魚鱗圖册」は土地台帳で人口の把握を直接の目的にしたものではありません。所
有者や耕作者も登載されていますから人口の推定にも役立つでしょうが、戸口の把
握は基本的には「戸口册」(黄册)の役割です。いずれにせよ租税の賦課対象が明の
太祖の手腕で確実に捕捉されるようになったのは事実です。
あなたの読まれた宮崎さんの説ではどのように述べられていますか。

52 :あやめ:2000/12/22(金) 12:41
上記の人口統計は概ね支那歴代の正史から得られたものです。殊に各時
代の制度や社会を知るために役立つのが「志」の部分です。また支那で
は「通典」「文獻通考」などの「政書」も編纂され、近現代の学者が経
済や社会の変遷を研究するに当たっては、こうした書物を資料とすると
ころから出発できたのは有利であったと言えます。
ところが日本にはこのように体系的に資料を整理した著述が乏しく、そ
のため研究者は資料の発見や蒐集からスタートしなくてはなりませんで
した。記述内容の信憑性という問題もさることながらパラダイムの貧弱
という点で、記紀は支那の正史にとても太刀打ちできるようなものでは
ないのです。
なお朝鮮では李朝時代に「東國文獻備考」というものが官撰されており、
人口というテーマについても専門の1章がたてられています。「支那の
猿真似」に関する限り朝鮮が先輩であることを認めざるを得ません。

>39、47、50
元の議題に戻すためには「戻そう」と呼びかけるより、御自分がスレ
の趣旨に沿った疑問や知識や見解を書き込むのが、そこから新しい展
開が期待できる最も効果的な方法ではないかと思います。

53 :世界@名無史さん:2000/12/22(金) 17:01
 正史の人口数って扱いが難しいよね。


54 :世界@名無史さん:2000/12/23(土) 16:46
1の議題に帰ってやれ



55 :世界@名無史さん:2000/12/23(土) 21:09
>>52
>元の議題に戻すためには「戻そう」と呼びかけるより、御自分がスレ
>の趣旨に沿った疑問や知識や見解を書き込むのが、そこから新しい展
>開が期待できる最も効果的な方法ではないかと思います。

あやめファンから叩かれるのを承知で書くが、
この発言から見るに、
スレ本来の話題から外れていることをわかってて
大量の書きこみをやってるん?
ちょいと酷くない?

オレは39でも47でも50でもないよ。

56 :世界@名無史さん:2000/12/24(日) 06:50
あげてみる

57 :名無しさん@1周年:2000/12/24(日) 10:15
なんかある意味コピペよりひどいなぁ。

58 :あやめ:2000/12/24(日) 12:04
>55
このスレッドにおけるレスの流れをよく通覧してください。
日本の正史が支那のそれに対してどのように評価さるべきか?というスレッドの趣旨
に対して、修史の資料の伝存というテーマが語られ更にその背景事情としての動乱の
程度という疑問が提起されることになりました。その指標として人口問題に移ったわ
けですが問題の追及が精密化されていったということで、決して本来の主題を逸脱さ
せたつもりはありません。そしてレス52において修史の見識において記紀には用意が
欠けているという点を指摘し、迂回しながらも本来の主題に回帰したつもりです。
>スレ本来の話題から外れていることをわかってて大量の書きこみをやってるん?
という批判は当たらないものと思っています。

このスレッドの趣旨からして多岐なレスの可能性が想定できるのに、さっぱり提出さ
れないのが歯がゆくて、単純な呼び掛けより具体的行動が重要であることについて注
意を喚起したまでです。

59 :世界@名無史さん:2000/12/24(日) 12:19
は?

>日本の正史が支那のそれに対してどのように評価さるべきか?

1には

>中国の正史と比べて、
>記紀はとるにならないものですか?

て書いてあるが

60 :59:2000/12/24(日) 12:20
あ、ごめん、間違い きにせんといて

61 :世界@名無史さん:2000/12/24(日) 12:35
>中国の正史と比べて、
>記紀はとるにならないものですか?
という問いかけから少しかけ離れているのではないかと思います。
人口の話は新スレ立てるべきでは。

62 :世界@名無史さん:2000/12/24(日) 15:45
なんか時々いるよな。
物知りなんだけど、おたんじょう会には呼ばれない人。

63 :世界@名無史さん:2000/12/24(日) 18:22
あやめさんは神聖不可侵・無誤謬です。

64 :世界@名無史さん:2000/12/24(日) 19:49
じゃあ「あやめ板」にしたらどうでしょ

65 :世界@名無史さん:2000/12/25(月) 05:33
あやめは「支那」という用語を使っている時点で、歴史認識に根本的な欠落があるよね。
どれだけ専門知識があるのか知らないけどよしりん信者と同じ用語を使ってドキュン丸だし(爆笑)
いくら偏差値が高くても駄目だね。

66 :世界@名無史さん:2000/12/25(月) 05:43
支那を使うか使わないかで判断するような奴こそ

67 :世界@名無史さん:2000/12/25(月) 07:02
↑よしりん信者発見!
どうせ「支那」という用語の正統性についてウヨ本の受け売りのデタラメを言うしか能が無いんだろ?


68 :世界@名無史さん:2000/12/25(月) 07:09
世界史板って日本史板なみにレベルが高いのですね

69 :世界@名無史さん:2000/12/25(月) 12:09
ここに来て下さい、笑えます

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=history&key=975120172



70 :世界@名無史さん:2000/12/25(月) 13:20
俺は支那は使わず中国/中共、台湾を使います。
あやめ氏がどう使おうと関係ないですね。

71 :やれやれ:2000/12/25(月) 21:29
>>65
困ったお人だの。
右翼だ左翼だのという前に、支那を「中国」などと呼んでおる国が、世
界中のどことどこにあるのかを少しは考えてから発言したらどうです?
中国という呼称のほうが政治的なものであることくらい、気づきなされ。


72 :世界@名無史さん:2000/12/25(月) 22:13
当時のことを語るのに当時の呼称を用いるのは単純にOKだと思うが…
つーかウヨだのサヨだのシナだのの話はsageてやれよ

73 :世界@名無史さん:2000/12/26(火) 02:20
 中国という呼称って、中華民国以前には無かったのでは ?
日本の古代を語る時に「倭」と呼ぶようなもんじゃないの。
倭も、侮蔑語だよね。

74 :名無しさん@1周年:2000/12/26(火) 02:56
何だかんだいって嘘八百を書いてる日本の記紀は中国の正史の
比ではないと言うことだろう
漢書から600年近く経って作られたとは思えないファンタジー本だよ


75 :世界@名無史さん:2000/12/26(火) 03:23
本当に昔の中国は偉大だったよね

76 :名無しさん@1周年:2000/12/26(火) 10:13
どう使おうと個人の勝手です。下手な煽りは無視して早く本題に移りましょう。

77 :世界@名無史さん:2000/12/26(火) 23:02
 中華民国以前にも、中華、中国という呼称はあったよ。
 日本を含めて、中華思想を持ってたくにはどこだってかつては自称してる。

78 :世界@名無史さん:2000/12/27(水) 13:08
昔は、「中国」とは「自分の国」という意味だった。

79 :世界@名無史さん:2000/12/27(水) 21:53
中国 = 中にあって華やかな国
日本 = 日のもとの国
朝鮮 = 朝の鮮やかな国
コイサンマン = 人の中の人

どこの国でも民族でも、自称は尊称さね。

80 :日本@名無史さん:2000/12/27(水) 21:59
朝恩を受けた鮮卑の国

81 :世界@名無史さん:2000/12/28(木) 11:37
age

82 :世界@名無史さん:2000/12/31(日) 17:53
age

83 :世界@名無史さん:2001/01/01(月) 11:31
age

84 :世界@名無史さん:2001/01/01(月) 12:47
前々から思っていたことがあるので、教えて下さい。

 中国の正史は「史記」から「明史」までだったと思います。以前、清については
「清史稿」と言うのがあって、現在製作中だと聞いたことがあります。では、その
あとの中華民国についてはどうなっているのでしょうか。台湾に国民政府があるた
め中華民国は滅んでいないから「民国史」は着手していないとも考えられますが、
どうなのでしょうか。また、偽満・満州帝国の取り扱いにも興味があります。

 また、この部分とも関わりますが、明から清に移行した後、台湾に明の亡命政府
(鄭氏台湾)が出来ましたが、明史編纂作業に取りかかったのは、鄭氏台湾滅亡後な
のか前なのか、教えていただければ幸いです。

85 :世界@名無史さん:2001/01/02(火) 12:15
age

86 :あやめ:2001/01/02(火) 13:44
「清史稿」は一応できあがって印行されています。民國三年に清史館が
置かれ編纂事業が開始されましたが、その後しばしば停頓を重ねた末に
民國十七年に出版されました。この時点で公刊されたテキストを「関内
本」と呼び、その後に編纂の実権者であった金梁が一部を2次に亘り変
改したものを「関外本」と呼んでいます。現在普及している北京の中華
書局刊本は第2次関外本をベースとしたものです。これは色々と問題が
あり何と言っても「稿本」ですから、その後も定本の編纂事業は継続し
ています。そして台湾では既に30年くらい前に「清史」を完成し、正
史として総統令により認定されています。しかし何故か学者は依然とし
て「清史稿」の方を引用するのが普通です。人民共和国でも編纂事業を
続行しており、ネイティヴな満洲語を保存している少数民族の人に満文
史料を読ませているそうです。
なお「資治通鑑」の体裁による「清通鑑」も人民共和国の国家事業とし
て、一昨年末に5000ページほどのものが完成出版されています。これで
「資治通鑑」「續資治通鑑」「明通鑑」に続く歴代の編年史が揃ったわ
けになります。

87 :あやめ:2001/01/02(火) 14:02
「明史」の編纂が開始されたのは北京占領直後の順治二年ですが、まだ
支配の確立もしてない時点なので間もなく中止されてしまいました。再
開されたのは康煕十八年で台湾攻略の4年前になります。その後にまた
頓挫し雍正元年になって3度目の出発で完成は雍正十三年でした。

88 :84:2001/01/02(火) 17:07
 清史稿の件、明史の件、ありがとうございました。清史稿が「一応」
完成したのが民国十七年と非常に早い時期だと言うことは驚きです。も
う少し遅いと思っていました。

 文面から推察するに、北京政府と台湾政府が別々に清史編纂を続けて
いる(いた)と判断してよろしいのでしょうか。となると、北京政府・清
史稿と台湾政府・清史とは内容にずれがあると予測できます。中国の正
当な政府が国民政府崩壊後どちらに引き継がれるかで、「正式」な清史
がどうなるか変わってくると推測できます。

 明史については、鄭氏台湾滅亡以前に編纂が始まったということで、
清王朝は鄭氏台湾を明が依然として継続しているという形にはしていな
かった、と考えていたのでしょう。

 民国史については、触れられていませんが、清の鄭氏台湾の扱いから、
北京政府は中華民国は滅亡したと捉えていてもおかしくないような気が
します。あやめ氏はご存じではないようですから、民国史編纂は行われ
ていないと判断して良いのでしょうか?

89 :あやめ:2001/01/02(火) 19:46
清は李自成政権によって明は打倒されたものとして、これを討伐し北京
に定鼎した大清こそ中華に君臨すべき正統天子という認識で、南方に蠢
動している残明勢力などは無視にしか値いしないものだったでしょう。
台湾の「清史」では鄭氏政権や太平天国や満洲國などは、それぞれ「載
記」に纏めていたように記憶します。つまり五胡十六国みたいな扱いで
す。また民國になって清朝の復辟を企てた張勲や清末に死んだ革命党人
についても「列傳」を立てています。
人民共和国でも「中華民國史」の編纂意図を持っているようで、「國史
館」というものを置いて史料の収集に努めています。これが「明史館」
「清史館」に相当するものでしょう。また各地の大学や研究機関も清代
の史料の整理刊行を行っています。「国史館」からは「国民政府委員会
会議記録彙編」「中華民國史事紀要」「民初時期文献」なんてのが陸続
と刊行されています。また「中華民國史トウ(木偏に當)案資料彙編」(江
蘇古籍出版社刊)「中華民國実録」(全10冊5713ページ、吉林人民出版社
刊)など近現代史の資料や研究がたくさん出ています。なお最後の「実録」
は中華人民共和国の成立で打ち切っています。
いずれにせよこうした正史の編纂は本来時間をかけて行なわるべきもの
で、中共当局もじっくりと実施するつもりでいるんでしょう。

90 :世界@名無史さん:2001/01/03(水) 11:30
1の元の議題に戻りましょう

91 :84:2001/01/03(水) 11:50
 あやめさん、民国史について教えていただきありがとうございます。
いずれは民国史をみることもあるのですね。

 流れを変えてしまい、すみませんでした。

92 :世界@名無史さん:2001/01/04(木) 11:57
age

93 :世界@名無史さん:2001/01/05(金) 16:15
age

94 :世界@名無史さん:2001/01/06(土) 11:21
age

95 :名無しさん@1周年:2001/01/06(土) 11:45
あやめ独走しすぎ・・・

96 :いいんじゃない?:2001/01/06(土) 13:39
>>95
たしかに量質ともに、他の人が圧倒されてしまうという傾向はないと
はいえないけど、アバウトな知識としては知っているつもりの事項で
も、あやめさんにまとめて示されると、あ、そうだったのか!とか、
え、そうだったけ?っていうここも多いよ。
話題に広がりと奥行きがでるから、問題ないと思うけどね。
もともとのスレのテーマだけだと、せいぜいが「日本史に占める記紀
の役割と支那の歴史における正史の意義を比較しても意味はない」な
んていうような、面白くもない常識論に収斂してしまいそうだから。

97 :世界@名無史さん:2001/01/07(日) 12:04
age

98 :世界@名無史さん:2001/01/07(日) 14:57
age

99 :世界@名無史さん:2001/01/08(月) 14:44
age

100 :えへ!:2001/01/08(月) 19:23
100 GET!

101 :世界@名無史さん:2001/01/09(火) 09:58
age

102 :世界@名無史さん:2001/01/09(火) 16:22
http://www.megabbs.com/sisou/index.html

103 :名無しのオプ:2001/01/10(水) 03:19
なぜ研究者が『清史稿』を使うのかというと、
『清史稿』編纂の根本資料に、多くの清朝の行政文書が
取り入れられているからです。台湾の保有する文書は
圧倒的に少なく、利用できるのは実録などの編纂史料が中心です。
よって、膨大な文書資料をもとに編纂された『清史稿』は、
決定版ではないとはいえ、編纂史料にない情報を往々にして含みます。

104 :日本@名無史さん:2001/01/10(水) 16:34
age

105 :世界@名無史さん:2001/01/11(木) 09:25
age

106 :日本@名無史さん:2001/01/11(木) 19:44
阿哥。

107 :世界@名無史さん:2001/01/12(金) 09:20
age

108 :日本@名無史さん:2001/01/13(土) 15:32
age

109 :名無しのオプ:2001/01/14(日) 06:56
age35

110 :世界@名無史さん:2001/01/15(月) 19:17
age

111 :名無しさん@1周年:2001/01/15(月) 22:47
正史があるのは中国に影響受けた国だけなんじゃ?
西洋は詳しくないが・・・

112 :世界@名無史さん:2001/01/16(火) 06:54
中国だけなのでは。

113 :世界@名無史さん:2001/01/16(火) 11:39
>>104-110

少しはバランス考えろよな。ageばっかじゃ他の奴が書く気失せるぞ。

114 :世界@名無史さん:2001/01/17(水) 03:10
唐突でスマンが、残党勢力の話のついでに・・・。
北元の記録って『元史』には載ってるんでしょうか?

115 :日本@名無史さん:2001/01/17(水) 10:14
age

116 :あやめ:2001/01/17(水) 13:04
「元史」は明が出来たばかりの洪武三年に早かろう悪かろうで成書した
ものですから、当然ながら北元の詳細な情報などは盛り込めませんでし
た。正史の中で漠北の元裔政権について一応詳述しているのは「明史」
の「韃靼傳」ですが、それでも甚だ不完全で重要な史実で漏れているも
のが少なくありません。例えば北元諸帝の廟号や年号などは「高麗史」
に載っているので判明したのです。そしてこのような当時は参照できな
かった史料を広く採用してできたのが、民國になって柯劭サが独力で撰
述した「新元史」で、ヨーロッパや日本に対するモンゴルの遠征につい
ても詳記しています。そして北帰以後の恵宗や昭宗の事跡も「本紀」の
末尾に載っています。ただし極めて記載量は少なく素材の情報自体が貧
弱でやむを得ないところでしょう。

117 :世界@名無史さん:2001/01/17(水) 14:54
「元史」って元は大都を捨てたことで明に天下を譲ったのであって、
「北元」は元の継続と認められない、っていう政治的意図のために
慌てて作ったんですよね。

118 :日本@名無史さん:2001/01/18(木) 09:26
だから、1の議題に沿えよ!

119 :世界@名無史さん:2001/01/18(木) 09:28
だからage荒らしするな

120 :世界@名無史さん:2001/01/18(木) 12:15
そりゃ史書としては中国の正史の方が優秀だわな。
でも取るに足らない、小説にもならないっつーのはちょっとな。
一度古事記とか読んでみろよ。
滅茶苦茶面白いし、文学的には史記並みの評価を与えていいんじゃないか?

121 :世界@名無史さん:2001/01/19(金) 09:24
age

122 :世界@名無史さん:2001/01/20(土) 10:23
age

123 :日本@名無史さん:2001/01/21(日) 14:21
age

124 :世界@名無史さん:2001/01/22(月) 13:19
age

125 :イラストに騙された名無しさん:2001/01/23(火) 10:18
今香港から買ってきた「晋書」を調べています。まあ正史としてレベルが
低いのは承知なんですが…

晋書にある一尺って晋代のでしょうか、それとも編纂された唐代のもの
なんでしょうか?晋代の一尺=24.3センチと言うのは別の調べで
分かりましたが、どうしても唐代が分かりません。

126 :世界@名無史さん:2001/01/24(水) 14:20
だから、1の議題に沿えよ!


127 :世界@名無史さん:2001/01/24(水) 16:57
みんな、正史をあまり知らないと思う。

128 :世界@名無史さん:2001/01/25(木) 00:13
たしか翻訳が出てるのは後漢書の一部までだしな(苦笑)

129 :イラストに騙された名無しさん:2001/01/25(木) 11:42
>>126
ムキになるなよ。「!」は下手に使うとアレっぽいぞ。125は「なんとなく
正史の話してるな〜」って書き込んだんだから、126 が解説した後に
「スレ違いだ」って突っ込めばいいだけだろう。


130 :日本@名無史さん:2001/01/25(木) 13:26
天皇記・国記が読みたいよ・・・
帝紀・旧辞もな〜

131 :世界@名無史さん:2001/01/25(木) 14:28
>>130
あ、読みたいですね。
中国は前王朝を否定する。日本(倭)は抹消する。ってか

132 :世界@名無史さん:2001/01/25(木) 17:32
抹消したんじゃなくて失われただけだろ。

133 :失礼:2001/01/25(木) 19:34
というか、遠慮がちな日本書紀も武烈と継体間の断絶は
かなりしっかり告白してるよね。あ、ここは世界史。

134 :世界@名無史さん:2001/01/26(金) 13:26
age

135 :世界@名無史さん:2001/01/27(土) 17:25
age

136 :世界@名無史さん:2001/01/28(日) 18:52
age

137 :世界@名無史さん:2001/01/29(月) 10:32
age

138 :世界@名無史さん:2001/01/30(火) 11:58
age

139 :世界@名無史さん:2001/01/30(火) 15:37
/∵∴∵∴\
     /∵∴∵∴∵∴\
    /∵∴∴,(・)(・)∴|
    |∵∵/   ○ \|
    |∵ /  三 | 三 |  / ̄ ̄ ̄ ̄
    |∵ |   __|__  | < ちんちん立てたよ〜ん
     \|   \_/ /  \____
   シコ \____/   /|
      /    \  //
 シコ  ||  ゚ ゚   /⊂//
      \\_  /⊂//
        \_⊃/
      (  // |
       | |○○\\
       | |     \\
       | /       | |
      //        | |
     //         U
     U
せめてこれぐらいやってくれ。あげあげだけじゃうざい

140 :世界@名無史さん:2001/01/31(水) 16:00
age

141 :世界@名無史さん:2001/02/01(木) 14:02
age

142 :世界@名無史さん:2001/02/02(金) 16:16
age

143 :世界@名無史さん:2001/02/03(土) 14:47
age

144 :ひとつおぼえ:2001/02/04(日) 12:08
だから、1の議題に沿えよ!

145 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 14:51
だから、1の議題に沿えよ!

146 :世界@名無史さん:2001/02/04(日) 15:41
age

147 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 20:33
age

148 :日本@名無史さん:2001/02/05(月) 20:41
だれが何の目的で上げておるのだ?

149 :世界@名無史さん:2001/02/05(月) 22:30
1には悪いが148に同感。

150 :世界@名無史さん:2001/02/06(火) 11:13
47 名前:世界@名無史さん投稿日:2000/12/21(木) 09:32
元の議題にもどろうよ
50 名前:世界@名無史さん投稿日:2000/12/21(木) 21:16
1の議題に帰ってやれ
54 名前:世界@名無史さん投稿日:2000/12/23(土) 16:46
1の議題に帰ってやれ
90 名前:世界@名無史さん投稿日:2001/01/03(水) 11:30
1の元の議題に戻りましょう
126 名前:世界@名無史さん投稿日:2001/01/24(水) 14:20
だから、1の議題に沿えよ!

151 :世界@名無史さん:2001/02/07(水) 12:56
age

152 :世界@名無史さん:2001/02/07(水) 17:04
age

153 :世界@名無史さん:2001/02/08(木) 15:54
age

154 :世界@名無史さん:2001/02/09(金) 11:51
age

155 :世界@名無史さん:2001/02/10(土) 15:42
age

156 :ど〜でもいいけど:2001/02/10(土) 18:04
定期的にあげているのは、1なのだろうか。
資料的には、あやめ氏の提示した支那の人口変動データには興味深いもの
があるし、確かに、なかなか読み応えのある分析もあった。
議論の過程で、支那の呼称をめぐり、阿呆サヨが撃沈されているが、それ
以外は特筆すべき点は見当たらないのだが...
単純に元スレの主旨だけからは、96氏が言っているように、大した議論が
成り立つようなテーマではない。
特に定期的にあげておくべきスレッドとも思えないのだが。
この定期ageの意味がわからないのだが。

157 :日本@名無史さん:2001/02/10(土) 18:37
定期あげ野郎は、日本史板から出張している奴で、
幾つかのスレを、毎日のように定期的にあげ続けています。
何らコメントも書かないので、その趣旨は不明です。

158 :世界@名無史さん:2001/02/10(土) 18:51
>157
おまえ、本人だろ

159 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 14:50
age

160 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 15:41
age

161 :世界@名無史さん:2001/02/11(日) 21:07
 

162 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 14:08
age

163 :もりもりさん(´∀` 襲来:2001/02/12(月) 14:23
きっきうきっききっきー。

164 :世界@名無史さん:2001/02/12(月) 21:04
なにゆえ記紀は魏朝とのつきあいを書かなかったのかな。
神功皇后記にちょっとだけ出てくるが、あとは半島との
つきあいの話ばかりだ。

165 :世界@名無史さん:2001/02/13(火) 10:55
age

166 :日本@名無史さん:2001/02/13(火) 11:26
日本書紀には、呉との交流は多く書いてあるし、唐との交流も多く書いてあります。

日本書紀の用語で注意すべきなのは、古い用語は編纂当時の用語に変えてあることが多いこと。
かつて、大宝律令以前の金石文では評と書いてあるのに、日本書紀では郡なのを巡って、
郡評論争が起こりましたが、その後の膨大な木簡の出土で、日本書紀が編纂当時の用語に
書き換えてあることで決着しました。

呉は中国南朝の総称で、東晋・宋時代等の記事が含まれています。
唐は統一中国の総称で、隋も含んでいます。
高句麗は、後期に高麗と改名していたので、日本書紀では高麗で統一されています。

なお、朝鮮半島の記事が多く、百済王の薨去まで一々書いているのは、
日韓併合後の戦前の教科書と同様の概念で、朝鮮史も国史として扱っているからです。

167 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 14:52
age

168 :世界@名無史さん:2001/02/14(水) 19:14
あげんな。

169 :世界@名無史さん:2001/02/15(木) 13:16
age

170 :世界@名無史さん:2001/02/16(金) 11:56
age

171 :世界@名無史さん:2001/02/17(土) 03:11
南朝を「呉」とよぶのは、
当時の北朝が江南の歴代王朝を認めずたんに地名で「呉」と呼んだのに
日本書紀もならったもの。
なにしろ南朝が日本に朝貢してたことになってるんだからね。

三国時代に魏や呉が劉備の建てた「漢」を認めずたんに地名で「蜀」と呼んだのと同じ。

172 :世界@名無史さん:2001/02/17(土) 17:06
age

173 :世界@名無史さん:2001/02/18(日) 13:33
age

174 :世界@名無史さん:2001/02/19(月) 14:22
age

175 :世界@名無史さん:2001/02/20(火) 16:08
age

176 :世界@名無史さん:2001/02/21(水) 06:03
意味もなくあげるな。なんか書け。

177 :世界@名無史さん:2001/02/21(水) 14:22
age

178 :世界@名無史さん:2001/02/22(木) 15:11
age

179 :世界@名無史さん:2001/02/22(木) 15:33
age荒らしめ。

180 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 14:40
age

181 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 15:13
なんだここは?
ひたすらあげ続けるのが議題のスレなのか?


182 :日本@名無史さん:2001/02/23(金) 15:23
こいつは、日本史板でも毎日のように、いくつかのスレを単にageている
良く分からないやつ。

183 :世界@名無史さん:2001/02/23(金) 16:38
お前もあげんな。

184 :世界@名無史さん:2001/02/24(土) 21:33
age

185 :世界@名無史さん:2001/02/25(日) 17:02
age

186 :世界@名無史さん:2001/02/26(月) 14:45
age

187 :世界@名無史さん:2001/02/26(月) 19:06
次、ageた奴に呪いを。

188 :世界@名無史さん:2001/02/26(月) 21:36



189 :世界@名無史さん:2001/02/26(月) 21:37
188はのろわれてしまった。
デロデロデロデロリン♪

190 :世界@名無史さん:2001/02/27(火) 15:53
age

191 :世界@名無史さん:2001/02/28(水) 14:58
age

192 :世界@名無史さん:2001/02/28(水) 22:44
AGE35
寂しい夜はごめんだ〜

193 :世界@名無史さん:2001/03/01(木) 14:55
age

194 :世界@名無史さん:2001/03/02(金) 15:53
age

195 :名無しのオプ:2001/03/02(金) 17:46
>192 ワラタ。

196 :世界@名無史さん:2001/03/03(土) 14:36
age

197 :世界@名無史さん:2001/03/04(日) 10:33
age

198 :世界@名無史さん:2001/03/05(月) 15:52
age

199 :世界@名無史さん:2001/03/06(火) 15:10
age

200 :世界@名無史さん:2001/03/07(水) 11:14
age

201 :世界@名無史さん:2001/03/09(金) 16:09
age

202 :世界@名無史さん:2001/03/10(土) 14:33
age

203 :世界@名無史さん:2001/03/11(日) 18:58
age

204 :世界@名無史さん:2001/03/11(日) 19:21
age職人逝ってよし


205 :世界@名無史さん:2001/03/12(月) 11:47
omaegaitteyoshiage

206 :世界@名無史さん:2001/03/13(火) 11:00
age

207 :世界@名無史さん:2001/03/14(水) 13:13
age

208 :世界@名無史さん:2001/03/15(木) 13:29
age

209 :世界@名無史さん:2001/03/16(金) 15:47
age

210 :世界@名無史さん:2001/03/17(土) 10:40
age

211 :世界@名無史さん:2001/03/18(日) 21:21
age

212 :名無し:2001/03/19(月) 01:21
さげてやる。

213 :sage:2001/03/19(月) 01:21
sage


214 :世界@名無史さん:2001/03/19(月) 15:50
ageteyaru

215 :世界@名無史さん:2001/03/20(火) 16:16
age

216 :世界@名無史さん:2001/03/21(水) 05:36
age

217 :世界@名無史さん:2001/03/21(水) 21:47
age

218 :世界@名無史さん:2001/03/22(木) 06:59
age

219 :名無しの骨を拾うものなし!:2001/03/22(木) 08:46
現政府が「清史」を編纂するとのこと。

220 :世界@名無史さん:2001/03/22(木) 15:04
age

221 :名無しのオプ:2001/03/22(木) 22:16
>>219
いつ完成するのやら。

222 :世界@名無史さん:2001/03/23(金) 09:13
age

223 :世界@名無史さん:2001/03/24(土) 05:46
age

224 :世界@名無史さん:2001/03/25(日) 17:30
age

225 :世界@名無史さん:2001/03/25(日) 18:27
221 名前: 名無しのオプ
>>219
いつ完成するのやら

なりものいりで刊行をはじめた「中華民国史」も中断。


226 :世界@名無史さん:2001/03/26(月) 04:44
age

227 :世界@名無史さん:2001/03/26(月) 05:01
南北朝や五代などの短命王朝や地方政権でない限り、前王朝の
正史編纂は中華の正統王朝の証であり義務だ。
せめて清史は完成してもらわにゃ。

228 :世界@名無史さん:2001/03/26(月) 11:14
え?
台湾側の「清史稿」も大陸側の「清史」も、
どっちも存在してるだろ?
まだなのは共産党による「民国史」だったと思うが?

229 :世界@名無史さん:2001/03/27(火) 13:59
age

230 :世界@名無史さん:2001/03/27(火) 14:02
>台湾側の「清史稿」も大陸側の「清史」も
ぼけ?

231 :世界@名無史さん:2001/03/28(水) 07:01
age

232 :世界@名無史さん:2001/03/29(木) 20:32
age

233 :世界@名無史さん:2001/03/30(金) 15:36
age

234 :世界@名無史さん:2001/03/31(土) 02:07
age

235 :世界@名無史さん:2001/03/31(土) 13:28
ag e

236 :世界@名無史さん:2001/04/01(日) 14:05
age

237 :世界@名無史さん:2001/04/02(月) 09:39
age

238 :世界@名無史さん:2001/04/03(火) 03:01
age

239 :世界@名無史さん :2001/04/04(水) 09:40
age

240 :世界@名無史さん :2001/04/05(木) 12:08
age

241 :日本@名無史さん:2001/04/05(木) 22:26
聞かないで読めよ。

242 :世界@名無史さん :2001/04/06(金) 09:44
age

243 :世界@名無史さん :2001/04/07(土) 01:32
age

244 :世界@名無史さん:2001/04/08(日) 14:59
age

245 :世界@名無史さん :2001/04/09(月) 17:10
age

246 :世界@名無史さん :2001/04/10(火) 08:57
age

247 :世界@名無史さん :2001/04/11(水) 13:14
age

248 :世界@名無史さん :2001/04/12(木) 09:03
age

249 :世界@名無史さん :2001/04/13(金) 00:54
age

250 :世界@名無史さん:2001/04/14(土) 22:22
age

251 :世界@名無史さん:2001/04/14(土) 22:30
ageばっかやらないで内容書けよ、ヴォケが!

252 :IBM:2001/04/15(日) 20:03
「民国史」って、事実上初めての世襲制王朝以外の中国正史なんだよなあ。
それが「正史」として扱われるかどうかは別だけど。

253 :世界@名無史さん :2001/04/16(月) 09:05
age

254 :世界@名無史さん :2001/04/17(火) 09:33
age

255 :世界@名無史さん :2001/04/18(水) 17:29
age

256 :世界@名無史さん:2001/04/18(水) 20:48
岡田英弘によると、古事記はほんとは9Cに書かれたそうですが、そうなんですか?

257 :世界@名無史さん :2001/04/19(木) 08:58
age

258 :世界@名無史さん :2001/04/20(金) 08:37
age

259 :名無したちの午後:2001/04/20(金) 09:00
このスレももう終わりだな
世の中99%がクズだって良く分かったよ
砂場で城作ってたら奇声発しながら走ってきた
頭のおかしい餓鬼に蹴り壊された気分だ

260 :世界@名無史さん :2001/04/22(日) 06:27
age

261 :世界@名無史さん :2001/04/23(月) 08:39
age

262 :世界@名無史さん :2001/04/24(火) 09:13
age

263 :世界@名無史さん :2001/04/25(水) 08:51
age

264 :世界@名無史さん :2001/04/26(木) 09:11
age

265 :世界@名無史さん :2001/04/27(金) 10:03
age

266 :世界@名無史さん :2001/04/28(土) 19:57
age

267 :世界@名無史さん :2001/05/01(火) 18:44
age

268 :世界@名無史さん :2001/05/07(月) 13:56
age

269 :世界@名無史さん :2001/05/11(金) 08:28
age

270 :世界@名無史さん:2001/05/11(金) 10:00
なんだ? なんだ??
この話題、まともに議論されると困るヤツがage続けてるのか??

271 :世界@名無史さん:2001/05/11(金) 10:28
ただ単に誰も書きこまないからageだけ目だってるだけでしょ

272 :世界@名無史さん :2001/05/12(土) 06:05
age

273 :世界@名無史さん:2001/06/12(火) 05:18
>>256
古事記偽書説は少数派で、通説とは、とても言いがたいよ。
日本史板の類似スレ見れ。

274 :世界@名無史さん:2001/06/13(水) 03:34
>>252
「民国史」だって、紀伝体なら正史だよ。

275 :世界@名無史さん:2001/06/13(水) 08:07
「清史」は正式に出されたのですか?

276 :世界@名無史さん:2001/06/20(水) 23:47
正式って? いちよう出版はされてるが・・・

277 :世界@名無史さん:2001/07/08(日) 20:57
age

278 :世界@名無史さん :2001/07/10(火) 13:23
age

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