5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

同名を名乗る事について〜

1 :七氏:2000/08/05(土) 12:04
「なりきって下さい再び」より作ってみました。

どうしてヨーロッパに代表されるカール5世などの
**世などのような先祖と同名を名乗るのか?
そして何故日本や中国、朝鮮にはないのか?
詳しい方お願いします。

2 :名無しさん@1周年:2000/08/05(土) 19:02
キリスト教、イスラム教などの習慣では
過去の聖人・偉人の名前を付け、
東アジア(儒教圏)では漢字を組み合わせて命名するから。
遊牧文化圏(と言い方があるのか知らないけど)は
古代日本のように縁起のいい単語から名前を付けるみたいですね、今も。

ヒンドゥー文化圏ではどうだろう?
チャンドラグプタ2世とか居るけど。

3 :2:2000/08/05(土) 19:05
補足・・・
東アジア文化では実名で呼び合うことを避けるように
名に呪術的意味(言霊思想)があるから、
そのことも同じ名前を付けることを
(ほぼ)全くしないことに関係するかも。

4 :もとすれ263:2000/08/05(土) 21:33
>>2
で思い出したけど、「ダミアン」という名前の可否を巡って
裁判ざたになり、結局「ダミアヌス」と言う聖人がいたので
めでたくダミアン君もオッケーになった、と言うのを聞いたことがあるが、
これってホントのことだろうか?

5 ::2000/08/05(土) 21:35
これだけでは何なので、、、

たとえば、二代目水谷八重子、とか言うのは、やっぱり例外として、
このスレッドでは扱うべき対象から外れてしまうのでしょうか?

名前というより、屋号?

6 :パシャパシャ:2000/08/05(土) 23:06
芸能界や歌舞伎界などの名前を売るような職業は、同名を名乗ることにすごいメリットがありますよね(市川団十郎など)あと選挙で選ばれる二世政治家も有利ですよね日本では、二世議員の名前は、非常に分かりやすい 例 河野 一郎 洋平 太郎

7 :あやめ:2000/08/06(日) 00:31
家を相続した時点で父の通称を名乗ることは、江戸時代には普通に行わ
れていたことで今でも老舗などでみられます。例えば三井家(越後屋)は
「八郎右衛門」、伊藤家(松坂屋)は「次郎左衛門」などです。
しかしこれでは代々同名で区別がつきません。そこで諱(いみな、名乗)
を併用します。そしてその1字は代々共通のものを用います。三井家は
「高」伊藤家は「祐」です。最近の三井家当主は「高陽(たかはる)」、
伊藤家当主は「祐基(すけもと)」だったと思います(多少あやふや)。
徳川家のばあいは宗家の相続人のみが「家」字を用いる慣例でした。そ
れ以外の子達は原則として時の将軍から諱の下の1字を貰い、自分の諱
の上の1字として用いました。例えば8代将軍吉宗は5代将軍綱吉から
紀伊家当主時代に「吉」の字を賜ったのです。彼は宗家を相続した時点
で「家」字を用いてもよかったのですが、相続するについて尾張家など
と色々いきさつがあったので遠慮したのでしょう。
この「家」字のようなものを「通諱」といいます。このような併用シス
テムだったので何代目とか特に付ける必要がなかったのだと思います。

8 :名無しさん@1周年:2000/08/06(日) 10:05
中国の場合で言うと、名前に先祖と同じ字を使うのは
儒教の倫理に反するので避けられたと聞いたことがある。
逆に日本の場合はむしろ、先祖の一字を頂いて名前を
つけることが多いので東アジアといっても色々だと思う。

9 :あやめ:2000/08/06(日) 17:16
支那では基本的に人の諱を呼ぶことのできるのは君父のみです。子たる
もの父の諱に出会ったら極力これを口にしないように気を遣います。そ
のため色んな笑い話が伝えられています。五代の歴朝宰相として有名な
馮道の子が塾で老子の道徳経を習いました。最初の「道の道とす可きは
常の道に非らず」のとこで早くも躓く、道は父の諱でそのまま読むわけ
にはいきません。このような場合は「不敢説」(口にするわけにいかな
い)と言っておきます。塾の先生は親の名と同じ字なんだなと気づき咎
めないことになっています。そこで馮道の子は「不敢説の不敢説とす可
きは常の不敢説に非らず」(言えませんの言えませんとすべきは、いつ
もの言えませんではありません)
まして父(先祖も含め)の名の字を自分も使うなどというのは不孝の極
みです。必ず別の字を選ばなければなりません。
しかしこのような縦系列と異なり横系列では、通常は1字を共にし他
の1字は文字構成部分を共にするのが慣例になっています。
例えばラストエンペラー溥儀の実弟は溥傑でいとこは溥任、またいと
こが溥佐と溥セン(フォントなし、人偏に全)溥仲と、上1字は溥字を
共にし下1字は人偏を共にします。少し遠くなると溥エイ(フォントな
し、金偏に榮)というように下1字の偏が異なるといった按配です。こ
の横1列を「溥字輩」と称します。
このような各代で使用する名の上1字は康煕帝のとき子に胤、孫に弘
の字を用いるよう定めたのを始め、以後各代の用字は永綿奕載溥毓恒
Zガイ(フォントなし、門構に豈)増祺と溥儀の6代の子孫の分まで決
まっているのです。下の字についても皇帝の系統の親疎により細かく
規定されています。
こうした制度は明の皇帝についても行われています。また皇帝の家に
限らず宗族制度と共に広く行われています。

10 :名無しさん@1周年:2000/08/06(日) 18:08
あやめさんすげーよ

11 :あやめ:2000/08/06(日) 19:20
朝鮮も大体は支那と同じと思いますが、越南(ヴェトナム)はまた違い
ます。
越南の場合には氏名3字のうち最初の1字が姓で最後の1字が名であ
るのは確かですが、中間の1字の性格はやや曖昧です。通常サブファ
ミリーネームと理解されており、それが間違いとも言えませんが名と
別物とも言いきれない側面もあります。ヴェトナムは姓の数が少ない
ので同姓内の細別を要したものでしょう。
例として阮朝の大南皇帝についてみると、最後の皇帝のバオダイの氏
名は阮福テン(フォントなし、日偏に典)で字(あざな)は永瑞です。
因みにバオダイ(保大)は1945A.D.まで行われていた大南帝国の元号
で、バオダイ帝は永楽帝とか乾隆帝とかいうような通称です。
阮氏は鄭氏と共に黎朝の重臣で、ヴェトナム南部を根拠として北部の
鄭氏と抗争していた一族ですが、最初は阮淦や阮コウ(三水に黄)など
1字の諱を用いていましたが、3代目の阮源から阮福源と称するよう
になりました。「大南寔録前編」には「国姓を定めて阮福氏と曰う」
とありますので、福字が副次的な姓というのも一応肯認できるようで
す。その後数代を経て阮福映が西山党の乱を平らげ越南を統一しまし
た。バオダイの先祖です。阮福映の前までは名の中に三水を使ってい
ましたが、皇帝を称したためか日偏を使うようになりました。
しかし清朝に対しては冊封を受け安南国王阮映と称していました。
阮朝の前の黎朝後期の皇帝は代々維字を姓と名の間に用いています。
これらは皇帝の場合ですが一般庶民もこの副姓を名乗っています。
ゴー・ディン・ジェム(呉廷エン、玉偏+炎)のディンとかファン・
ヴァン・ドン(范文同?)のヴァンがそれです。
しかし例えばホー・チ・ミン(胡志明)が一時名乗っていた阮愛国と
いう名の愛国は、明らかに2字連ねて名として用いていたように思
われます。
なお女性の名の真中のチ(グェン・チ・ビンのように)は「氏」字を
ヴェトナム音で読んだもので、固有名詞的部分ではありません。


12 :七氏:2000/08/06(日) 21:12
なるほどねえ〜。あやめさんありがとうございます。
しかし結局日中朝ではなぜ使われないのかね?やはり中国の
諱にしてもなにか根底の意識みたいなものが働くのであろうか?
言霊説は説得力ありそうだが、言霊は大陸の影響によらず成立し
たのかどうか怪しいところがあるのでそれも気になりますね。
屋号や芸名は日本人的感覚では名前として考えないのだな。
いやはや、あやめさんの御教授勉強になりました。



13 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 02:18
諱は忌み名の意でもある。

14 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 09:36
北朝鮮の金日成と金正日の関係はどうなんでしょうか?
どちらも本名ではないという説もありますが。

あと、ちょっと世界史じゃないので申し訳ないのですが、
徳川幕府の将軍は、代々、幕府開祖の家康にちなんで
「家」という字を付けた将軍が多いのですが、
室町幕府の将軍は、どうして開祖の尊氏(高氏)ではなく、
義○という人が多いのでしょうか?

15 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 09:56
源氏系の一族一般の傾向として、八幡太郎義家にあやかって「義」の字
を諱によく用います。

16 :七氏:2000/08/07(月) 09:56
忌み名で変換されないぞ・・・、畜生。諱。

>14
やはり逆賊ってイメージがあるのかな?
しかし、北朝側にそんなイメージはないだろうから
南朝=賊朝、「尊」=賊朝の名って思ってたのかも
ね。詳しくはやはり日本史板で聞いてみたらどうです?

17 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 11:28
>14
金正日の兄弟は「○一」という名前なので、偽名とわかる。


18 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 13:00
>14,15
家康の「家」は源義家に因んでいます。
家康の晩年の子で、御三家の開祖である尾張義直、
紀伊頼宣、水戸頼房はそれぞれ「義」「頼」と源氏に因んだ
文字を使っています。

19 :14:2000/08/08(火) 02:29
>15@`16@`17@`18
レス、どうもありがとうございます。
よく分かりました。

20 :ベルリン帰り:2000/08/08(火) 05:36
日本にないということはない。
現に、我が家の家系図では、
江戸時代から明治にかけて、「○」が二人、「○賢」が二人います。(私は「○郎」です)
いたおう初代は「実○」さんで、以来長男は「○某」を名乗ってます。(○は珍しい漢字なので伏字)
区別は、通称(官名?)(トウベエ、グンダユウ、サエモン)で付けます。
そもそも名前の記録が残っている家は限られているけど。

フランス王など、ほとんど「ルイ」だけど、「太陽王」とか、ニックネームで区別したりするよね。


21 :名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 07:16
>しかしこのような縦系列と異なり横系列では、通常は1字を共にし他
>の1字は文字構成部分を共にするのが慣例になっています。

この部分は、今でもかなり中国人の命名のし方に残ってますね。


22 :名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 14:01
たしか孔子の子孫の家では、その世代により共通で使用する文字が
何百代かあとの分まで決まっている。

23 :七氏:2000/08/08(火) 15:51
使用する文字を指定する事に意義があったのかな?
漢人の考えは複雑ですなあ。

24 :名無しさん@1周年:2000/08/08(火) 15:59
疑問、"ラー"がにごって"ルイ"になったのかな?・・・。

25 :名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 02:33
>23
同族の同世代の者の名前に使う漢字を固定すること、「輩行字」(行列字)は
朱子学から出てきた考え方で、同族の横の繋がりを強化する意味があるみたい。
韓国では今も族譜を同じくする同族集団の間で守られてるそうです。

>24
ルイってのはルドヴィクってゲルマン人の名前(だったっけ)の
フランス語訛りでは?

26 :名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 21:14
副総統ルドルフ・ヘスとアウシュヴィツ司令官SS将校のルドルフ・ヘス。

ゴメンね。

27 :七氏:2000/08/09(水) 23:34
結局有力な説は不明かな?
>20さん
所でかなり特殊ですが、いったいどういう背景で同名
を名乗ってるのですか?

28 :名無しさん@1周年:2000/08/10(木) 00:10
私の家はただの百姓です。
初代(最初に村に住み着いた人)の名前は「○右衛門」と言ったそうです。菩提寺にある過去帳に書いてあります。
その後、9代目と11代目も同じく「○右衛門」という名前でした。
私は初代を「○右衛門1世」、9代目を「○右衛門2世」、11代目を「○右衛門3世」と呼んでいます。

それから3代目と5代目が、やはり「×右衛門」という同じ名前でした。これも3代目を1世、5代目を2世と呼んでいます。


29 :思うに:2000/08/10(木) 01:30
キリスト教圏に較べて日本は名前のバリエーションが多い、
というのが、基本的な差じゃないかな?


30 :名無しさん@1周年:2000/08/10(木) 01:36
少なくともカソリック圏では、聖人の数くらいしか
名前のヴァリエーションはありませんね。

31 :名無しさん@1周年:2000/08/10(木) 13:58
日本で子孫が先祖と同名を名乗ることは不思議でもないし、例もありますね。

理由は
直系尊属の名と同じ字を使うことが不孝だとする儒教の形式的束縛がない。
それと
漢字圈では珍しいほど男性実名のバリエーションに乏しかった。
頼、光、長、行といった名乗り字と俗称される限られた文字の組み合わせが
名づけの主流なので、組み合わせ如何によっては先祖と同名になる。

意図的に同名にした節のある実例もありますが、断言はできません。

32 :七氏U世:2000/08/10(木) 15:10
>元発

気分はどう?

33 :名無しさん@1周年:2000/08/22(火) 14:29
>27
特殊ではありません。
14、18にもありように「通字」といって日本ではポピュラーな命名です。


34 :名無しさん@1周年:2000/08/22(火) 14:53
明治以前の日本では、「通称(官職名含む)」と「実名」の2種類があったので、
区別する必要があります。

35 :あやめ :2000/08/27(日) 17:47
>22
これは乾隆帝が孔子の直系子孫である衍聖公の家族に賜ったもので30字あります
 希言公彦承宏聞貞尚衍興毓傳継廣昭憲慶繁祥令徳維垂佑欽紹念顕揚
その後また第21字輩の孔令貽が20字を加増しました
 建道敦安定懋修肇益常裕文煥景瑞永錫世緒昌
これで当分は間に合います
現在の孔家の当主は孔令貽の子の孔徳成で台湾在住の人です、徳成の子は維益とい
う名だそうです、孔子から数えると徳成は77代目の嫡孫ということになるというこ
とです

13 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.02 2018/11/22 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)