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☆† キリスト教@質問箱 3 †☆

1 :名無しさん@1周年 :2001/08/01(水) 18:06

■キリスト教のことなら、誰でも、なんでも、質問してね!(どんな小さな質問でも大歓迎)
                
■どこのスレッドに行ったら詳しく話し合えるか、教えてくれます!(よね)
■新スレッドを立てても大丈夫かどうか、相談に乗ってくれます!(よね)
■わかる人(ボランティアさん)は、回答してあげてね!お願いしま〜す。
■回答してもらったら、確認のためにも、お礼をひとことお願いね。
■議論が本格的になりそうなときは、スレを立てて移動してね。
                                                
■2chのことをもっと知りたい方、初めての方はこちらへどうぞ!
  【2ちゃんねるガイド】http://www.2ch.net/guide/(クリック)
■付録
   ・ >>2 2chで分からないことあるとき キリスト教@質問箱の過去ログ
   ・ >>3 【800】でのスレッド更新と、旧スレを倉庫送りにする方法
   ・ >>4 削除依頼の方法

     ∧_∧____
    /(*゚ー゚) ./\
  /| ̄∪∪ ̄|\/   みんなの質問箱を、これからも、よろしくお願いします!
    |____|/
     ,,,,∪∪,,,,,


2 :【2chの疑問はこのページ 過去ログ】:2001/08/01(水) 18:07

「にわとり板」
http://green.jbbs.net/computer/1034/niwatori.html  

☆ その他の疑問はこのページ                        
http://www.skipup.com/~niwatori/ (2ch初心者FAQ) でほとんど解決しますが、
このページの作者 にわとり さんが専用の掲示板をJBBSに設られています。
2chのことについて、正確な情報が得られるところですので、
分からないことがあれば、是非、利用してみてください。



「キリスト教@質問箱の過去ログ」

☆† キリスト教@質問箱 †☆
http://mentai.2ch.net/psy/kako/988/988042938.html
☆† キリスト教@質問箱 †☆U(2)
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psy&key=993377056

3 :【スレッドの更新と倉庫送りの方法】 :2001/08/01(水) 18:08

800レス、容量でなら480kbぐらいで(512KBがスレの限界です)、
スレッドをお引越し(更新)させましょう。
http://www.skipup.com/~niwatori/#kokoroe
(容量の確認方法) 「全部読む」>右クリック>プロパティ>サイズ

更新した旧スレッドは、
  ・間違いによるレスが付けられたり、
  ・age 荒らしにあったり、
  ・板への負荷から板飛びの原因となったりします。
お引越し済みのスレッドは優先的に倉庫送りにしてもらえますので、
下記スレッドで倉庫送り願いを出しましょう。
☆ 心と宗教板@【倉庫関係】 ☆
http://teri.2ch.net/test/read.cgi?bbs=saku&key=991222239&ls=50
  ・依頼するスレには新スレのURLを貼付し、誘導してください。(更新誘導必須)
  ・1000で自動スレストが掛かれば、依頼しても放置されます。(早めに更新してね)
______________________________________
【依頼例】
下記スレッドの倉庫送りをお願いします。

タイトル(例:☆ キリスト教@質問箱 ☆)
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psy&key=993377056&ls=30 (&ls=30 を付けてね)
______________________________________

倉庫送りになったとき、容量オーバーになったときの閲覧は、
http://www.skipup.com/~niwatori/index3.htm#dat

4 :【"削除"依頼の方法】:2001/08/01(水) 18:09

まず、次の4つには必ず目を通してください。
http://www.2ch.net/guide/faq.html#D2
http://www.2ch.net/guide/adv.html#saku_request
http://www.2ch.net/guide/adv.html#saku_guide
http://teri.2ch.net/test/read.cgi?bbs=saku&key=994630862&to=8
削除依頼板のTOPにもね。http://teri.2ch.net/saku/index2.html

A.スレッドを削除して欲しいとき
このスレッドで【sage】て削除依頼をしてください。
http://teri.2ch.net/test/read.cgi?bbs=saku&key=982941903&ls=100
・依頼内容(削除、停止措置、板移動、倉庫送り、分からない場合は削除でOK)
・スレッドタイトル(二重依頼防止のため。電話番号など削除対象なら書かない!)
・スレッドのURL(「全部読む」をクリックした時のURLです)
・削除理由(削除ガイドラインから、書き出してください)

B.レスを削除して欲しいとき
このスレッドで削除依頼をしてください。
http://teri.2ch.net/test/read.cgi?bbs=saku&key=984405665&ls=100
・依頼内容(通常は「あぼーん」です。「透明あぼーん」ならその旨を特記すること)
・スレッドタイトル(二重依頼防止のため)
・スレッドのURL(「全部読む」をクリックした時のURLです)
・削除して欲しいレス番号の指定(1〜2個なら流しましょうね)
・削除理由(削除ガイドラインから書き出してください)

レス削除依頼で1週間以上、スレ削除依頼で2週間以上放置されてるときは、
下記スレッドで、1をよく読み、報告してみてください。
★放置依頼報告スレッド★
http://teri.2ch.net/test/read.cgi?bbs=saku&key=994631454&ls=100

* 最近は遅延気味ですので、1ヶ月ぐらいのつもりで気長に待ちましょう。

5 :名無しさん@1周年:2001/08/01(水) 18:53
旧スレの「代理1」さん。
ご苦労様でした。ありがとうございます。

6 :名無したん:2001/08/01(水) 21:27
>>1
新スレ立ち上げ、お疲れ様でした。

私も、8月末までは暇なので、初心者さんは、どしどし質問
して下さい。

7 :名無しさん@1周年:2001/08/01(水) 22:29
質問。石川ってウンコするの?

8 :名無しさん@1周年:2001/08/01(水) 22:31
ikiteireba suruyo.

9 :名無したん:2001/08/02(木) 10:16
>>7
つうか、石川って誰よ?

10 :名無しさん@1周年:2001/08/02(木) 12:14
リンク待ちあげ

11 :服屋さん:2001/08/02(木) 12:17
カトリックの神父さんは、一目みてわかるような服(学生服みたいな)着てるけど、
プロテスタントの牧師はどうなの?

12 :山菜:2001/08/02(木) 13:16
カトリックの神父さんも、日頃は「一目みてわかるような服(学生服みたいな)」着てないです
プロテスタントも教派によってはカラー(首輪)してる人がいる。ルーテル派スレッド参照。

13 :名無しさん@1周年:2001/08/02(木) 13:29
>>12
神父さんが普段着来てみんなの中に混じってたらしばらく誰だか
気づかなかった。その神父さんの送別会だったのに。
あれはウケタもといショックだったなー。

14 :名無しさん@1周年:2001/08/02(木) 15:26
リンク変更されました。。

15 :名無したん:2001/08/02(木) 17:08
>>11
カトリックではローマンカラーといって、公職在任中は常時、身に付
けていないといけません。白柳枢機卿が引退なさったとき、これでカ
ラーを外して、好きな散歩を楽しめると語っておられました。
ルーテル派は、建前は「カトリック改革派」だから、ローマンカラー
を付けていてもおかしくないと思われ。

逆に、正教会の方に質問しますが、正教会の神品の皆さんは常時、ラ
スプーチンみたいな服と帽子なんでしょうか?

16 :服屋さん:2001/08/02(木) 17:15
いろいろありがとう。
でもって、あの服、町の服屋さんで作って販売しても、
差し支えないのかな?

17 :ふらんちぇすこ:2001/08/02(木) 17:16
>>15 名無したん
久しぶりだな。

修道司祭は、教会関係敷地内での公務の時、修道服着てたりする。
教会外に行く場合は修道服じゃなくてローマンカラーつけてるね。
一般空間ではなんで修道服着ないんだろうな?
イタリアだと修道服来て外歩いてるけど。

あと、公務じゃない時は、普通の服来てる人もいるね。

18 :ふらんちぇすこ:2001/08/02(木) 17:20
>>16 服屋さん
え?売りたいの?
コスプレ?

19 :服屋さん:2001/08/02(木) 17:23
>>18
あ、いや、そうではなくて、例えばあの服も「聖なるもの」であって、
普通の服屋ではなく、特別なところで作っているのかな、なんて、
思ったものだから (^^;

20 :ふらんちぇすこ:2001/08/02(木) 17:31
>>19
うちの教会にそういう服のカタログがおいてあったな。
外国のだったよ。
特別なとこで造ってるかどうか知らないけど、
需要は少ないから、教会がまとめてどこかで造らせているのかもね。
聖なるものか?というとローマンカラーなんかは別に聖なるものじゃ
ないだろうね。

修道服なんかの場合は、着衣式というのがあって、
修道服をまとうことに意義があったりするのかも。
だから、修道会が特別に受注してるのかもね。

ほんというと良くワカンナイな。今度神父に聞いてみよう。

21 :服屋さん:2001/08/02(木) 17:53
変な質問で、すみませんでした(汗
でも、やっぱり気になったものだから。

確かに、需要はないだろうな。
だから、作って販売しても、儲からないだろうな。
あ、いや、冗談 (^^

でも、需要がないということは、
教会関係者にしてみれば、寂しいことでもあるんでしょうね。

22 :名無したん:2001/08/02(木) 18:13
>>19
誰が作っても良いと思うけど、実際に袖を通すには、たぶん司祭
による聖別が必要。聖別によって、初めて特別なものになります。

>ふらんちぇすこさん
お久しぶり。
無教会主義に戻ることと相成りましたが、ミサを自分で捧げるこ
とにしました。こんど上京したら、携帯用聖餐セットを買ってき
ます。
教会法の破門条項に該当するから、もうカトリックには戻れなく
なるけれど、いいんです。自分の神学的帰結に殉じます。

23 :名無したん:2001/08/02(木) 18:17
>>21
ストラという"たすき"を専門に作っている職人さんが日本に
もいますよ。何でも、洗礼を受けた人が、お礼にストラを司
祭様に贈るんだそうで。

ま、普通の洋服屋さんが新規参入するのは難しいでしょうね。

24 :名無しさん@1周年:2001/08/02(木) 19:30
服談義が一息ついたので。
>>15
神父さんが引退すると、どうなるんですか?
ただのおじいちゃんになってしまうのですか?
カラーをはずした、ということは、そういうことなのですか?

25 :ふらんちぇすこ:2001/08/02(木) 20:25
>>22 名無したん
>無教会主義に戻ることと相成りましたが、
>ミサを自分で捧げることにしました。
そうか。頑張れよ。
独りミサだと、分かち合う事が出来ないのは寂しいかもね。

>携帯用聖餐セットを買ってきます。
教文館の上のプロショップか、サンパウロに売ってるのかな?

>教会法の破門条項に該当するから、もうカトリックには
>戻れなくなるけれど、いいんです。
>自分の神学的帰結に殉じます。

神学的真実は、神が天の国で教えてくれるから委ねるのがいい。
それが正しいと思うなら、それが名無したんに与えられた神からの
課題なのかもね。

教会の門はいつでも開かれてるから、ふたたびカトリックの教義に戻り
たいとか、兄弟が欲しいなら何時でもまた来るといいよ。

26 :山菜=他教派:2001/08/03(金) 08:05
>神父さんが引退すると、どうなるんですか?
カトリック司祭に引退はありません。
洗礼同様、叙階は一生ものです。

ただし、制度としての主任司祭は引退しますから、その事を指していると思います。

27 :名無したん:2001/08/03(金) 09:44
>>25
ありがとう。みんな、ふらんちぇすこさんみたいならいいんだけど、そうも
いかんね。トホホ
にしても、叙階も受けてないのに、聖変化説に基づくミサをたてようなんて、
漏れはとんでもないことをしようとしているのかもしれない。神学的にはOK
なはずだけど、ちょと怖くなってきたよ。

>>26
パウロ六世の改革で、結婚を望む司祭は、司祭職を続けることはできるけど、
一切の司祭職(ミサや説教)を禁じられることになりました。
日本では例が無いみたいだからわからないけど、望むなら、格上の終身助祭み
たいな仕事が与えられるんじゃないかと思われ。
CJMLに、何か自発的に司祭を辞めた方がおられたね。ご自分でたずねてみて下
さい。

28 :名無したん:2001/08/04(土) 08:43
漏れがヤバイことを書いたせいか、下がりぎみで申し訳ないです。

今日は逆に質問。式服は自作するからいいとして、どこかで聖餐用
具一式と十字架を安く売っているところをご存じないですか?
2万円くらいで、携帯用のカリスとパテナと十字架をセットで売っ
ていると、どこかで聞いたんだけど、検索しきれなかった。

29 :若林春樹:2001/08/04(土) 10:12
28へ
御茶ノ水のライフセンターへ行くと、いろいろなものを売っているよ。
ただ、一番いいのは、韓国へ行くといい。
安く色々なものが売っているよ。
日本のライフセンターよりずっといいよ。
行ってらっしゃーい

30 :名無したん:2001/08/04(土) 12:59
>>28ありがとう。ライフセンターね。いのちのことば社系か。
良いものが見つかるよう祈って下さい。

31 :名無しさん@1周年:2001/08/04(土) 13:23
カトリックのアホは 便所掃除でもしてろ ピカピカに磨けば 聖母マリヤが ウンコしに来るぞ

32 :名無しさん@1周年:2001/08/04(土) 14:52
>>28
銀座の教文館にも、いいものがありますよ。
それから、韓国の製品は、名古屋にある「聖愛聖具社」で、扱ってます。
連絡先は、今ちょっと不明。必要だったら、捜しておきますが?

33 :32:2001/08/04(土) 14:57
一応捜しておきました。

http://www.sungae.com

です。ご参考までに。

34 :名無したん:2001/08/04(土) 18:51
>>32-33
本当にありがとう。助かります。

にしても、万人司祭説だからって、自らミサを挙行する無教会主義者
ってのは、やっぱり異端でしょうね? もう正統教会にはもどれない
な…。

35 :32:2001/08/04(土) 19:06
>>34
>万人司祭説だからって、自らミサを挙行する無教会主義者
>ってのは、やっぱり異端でしょうね?
私は名無したんの事情は、全く分かりませんが、
プロテスタントなら、異端でもなんでもない、と思いますね。
(プロを異端と呼ぶなら、異端でしょうけど)
自ら聖礼典(プロ手スタントの言い方)を挙行する教会の礼拝に、一度出席したことがありますよ。
それは、キリスト同信会、という教派です。
ここは、礼拝に集まった一人一人が、自分のためだけに、聖餐式を執行していました。
もちろん、司祭はいません。
礼拝に集まった全ての人が、自分だけの司祭のようでした。

今回も、ご参考までに。

36 :名無したん:2001/08/04(土) 19:19
>>35
わたくしは、人間嫌いとカトリック教会への絶望から、とうとう無教会
主義に帰り着きましたが、内村鑑三先生や矢内原忠雄先生との違いは、
最低限2つの秘跡、つまり聖霊による洗礼と、聖餐は継承すべきだとい
うことです。
信仰は個人的に。秘跡の執行も個人的に。教会は持たず、気の合う兄弟
が何人か集まれば、たまに研究会でも開く。これが現在のわたくしの理
想です。

>それは、キリスト同信会、という教派です。
そこは、無教会の流れを汲んでいるのかも知れません。「生命の光」を
出している原始福音という、神道とキリスト教を混ぜたような教派も、
無教会の一種の分派だと聞いています。

>今回も、ご参考までに。
本当にありがとうございます。

37 :35:2001/08/04(土) 19:24
>>36
キリスト同信会は、アメリカのブレザレン系の教派です。
実際には、個人の家庭集会を開いて、そこで聖書を読み、愛餐の時をもったりします。
教会と言うのは、一応ありますが、そこに行かない人も多いですね。
自分の家で、集まりを開いて、そこで兄弟姉妹の交わりをなし、
御言葉を分かち合い、洗礼も聖餐も、そこでする、ということをしているようです。

あ、別にそこをお奨めするわけではないので。
ただ、名無したんさんのお考えは、必ずしも、間違ってはいない、と私は思います。
私も、その集会で、大いに刺激を受け、今の自分のあり方を育ててもらいましたから。

38 :名無しさん@1周年:2001/08/05(日) 05:10
「名無したん」さん。

 あなたの考えは「心を尽くし、精神を尽くして主なる神を愛する」
という動機から純粋に導かれていて、とっても尊いことです。あまり悩んで
苦しむ必要なんかないですよ。あなたのために聖母さまにお祈りしてます。

> 教会法の破門条項に該当するから、もうカトリックには戻れなく
> なるけれどいいんです。自分の神学的帰結に殉じます。

 そんなことはないです。なに言ってるんですか。戻りたくなったら、
全部ちゃんと告解してゆるしの秘蹟を受ければいいだけのことです。
仮にウチの神父さまなら、大笑いしてゆるしを与えてくださるでしょう。

 寂しくなったら、いつでもカトリックに戻ってきて下さいね。

39 :ゆるしの秘蹟:2001/08/05(日) 08:44
すみません。カトリック歴1年のものです。
実は赦しの秘蹟を受けたことがありません。最低年に一回とあったように思うのですが。
どこまで告白すべきかわからないし、告白したいほどのことがないと言えばない。
(婚前交渉もないし)。ないですと告白するのでしょうか?
みなさんどういう風にしてますか?参考までに教えていただければ幸いです。

40 :名無したん:2001/08/05(日) 08:51
>>37
ブレザレンというと、たしか再洗礼派ですか。
無教会の個人主義に対して、おそらく集団主義だと思われるので、わた
くしには、ちとあわないかと思われ。せっかく教えていただき、申し訳
ないのですが。

>>38
今日は主日ですが、まだ大それた計画を実行するには至っていません。
自分で大それたって自覚しているのが何とも(藁

いまは、新無教会設立案を模索中です。といっても、内村鑑三の無教会
論を、さらにラジカルな個人主義に修正し、秘跡の維持と、万人司祭説
の再確認を加えただけなんですが。

41 :名無したん:2001/08/05(日) 08:54
>>39
もうカトリックじゃないけど、ついでだから。

>どこまで告白すべきかわからないし、
全てです。自分が罪だと思うものは全て。

>告白したいほどのことがないと言えばない。
そりゃ傲慢というものですよ。義人なんて一人もいない。
パウロだったっけ? 良く思い返しましょう。

42 :名無しさん@1周年:2001/08/05(日) 11:49
確かに人の告白なんて見ないから、どーしていいか良くわかんないかもネ。
挙げればきりがないほどあるだろうし、じゃー大罪って言われると少ないかも。
神父さんが忙しそうだと気が引けたりするときもあるしねぇ。
もし機会が来たら「すいません、告白を怠ってしまいました」から始めれば?
そんとき神父さんに「どんなもんでしょう」と聞いてみる。とか。

自分の所属教会以外でわざわざ告白だけに行くとか言う信徒さん、いたよ。
所属教会だと親しくなりすぎて、できなくなっちゃったとかで。

43 :35:2001/08/05(日) 15:50
>>40
少なくとも、日本のキリスト同信会は、再洗礼派ではありません。
ま、そこにお誘いしているわけではありませんので…
私も、そこの信徒ではありませんし。
ただ、何かのご参考にでもなれば、と思って(^^

44 :名無しさん@1周年:2001/08/05(日) 16:57
>>39

まぁ、俺だったら、主日のミサを怠ってしまったとか、
人を少し憎んでしまったとか、ワイセツな物を見てしまったとか、
自慰をしてしまったとか、色々昔は、あったが・・・・。
ゆるしの秘跡を受ける時は、紙に罪を書いて告白する。
俺は、バカだから、すぐ忘れるので。

45 :名無したん:2001/08/05(日) 19:03
>>43
微妙に間違えてしまって、申し訳ないです。

46 :聖具の通販:2001/08/05(日) 23:58
http://www.almy.com/

47 :名無したん:2001/08/06(月) 09:10
>>46
漏れは英語がさっぱりなので、せっかく教えてもらったのに訳わか
らんです(泣藁 やっぱり直に、教文館かライフセンターまで逝く
かな。交通費もったいないけど。

48 :名無しさん@1周年:2001/08/06(月) 09:20
ではせめて四谷のピエタにもお越しください

49 :43:2001/08/06(月) 10:33
どちらか、というのなら、教文館の方が、そろっていると思います。
ライフセンターは、こういうと何ですが…安っぽくて、私は嫌い。
教文館ビルの中にある「ナオミ」というお店は、結構高いけど、いいものがあります。

これもまた、ご参考までに。(^^

50 :名無しさん:2001/08/07(火) 05:08
質問させてください。

私の家の近所には、東京カテドラル聖マリア教会(カソリック)と、日本キリスト教団早稲田教会(プロテスタント)があります。

キリスト教に興味があるので、どちらかの教会に所属(というのでしょうか?)してみたいのです。
私は、最近聖書の解説本とともに聖書を読み始めた初心者で、キリスト教には興味がありますが、カソリックとプロテスタントの違いが観念的には分かったつもりではいるのですが、実際的なことは何も知りません。

今のところ、カソリックの方が自分に向いているかな、となんとなく思っていますが、↑の聖マリア教会はとても大きな教会で、なんとなくその(人的・物的な)雰囲気が冷たい感じがしました(その建築物はとても魅力的ですが)。
日本キリスト教団早稲田教会の方は、アットホームな感じがして、雰囲気も私に合いそうでした。

このように、教義はカソリックに惹かれるが、個別的な教会の雰囲気はプロテスタントのそれが自分に合うと思った場合、どのように考えてみるのがいいでしょうか?
家から遠くても、カソリックの、雰囲気の良い教会に行ったってみた方が良いでしょうか。
どちらにせよ、もっと勉強してみた方が良いですね…

51 :名無しさん@1周年:2001/08/07(火) 05:27
>>50
>家から遠くても、カソリックの、雰囲気の良い教会に
>行ったってみた方が良いでしょうか。

教義に惹かれるなら、カトリックが良いかと。
小さな教会であれば、家庭的です。
うちのカトリック教会は、そのタイプです。

東京カテドラルは、司教座大聖堂だから、
大きいし、信徒数も多いから、家庭的な雰囲気は、
やはり味わえませんね。

ここで、http://homepage2.nifty.com/tokyokyoku2/shokyoku.htm
お近くの教会をお調べくださいね。

52 :名無しさん@1周年:2001/08/07(火) 06:45
両方何回かいってみて気にいったほうにすればいいじゃん

53 :名無しさん@1周年:2001/08/07(火) 06:49
↓これは本当ですか?

■プロテスタント=北欧・北米先進国=金持ち父さん
■カトリック=南欧・南米後進国=貧乏父さん
■ギリシャ正教=東欧・ロシア旧社会主義諸国=倒産

54 :名無したん:2001/08/07(火) 10:11
>>50
一度、麹町のイグナチオ教会にでも行ってごらんなさい。たぶん、あな
たの求めるイメージがあると思われ。
あるいは、郊外の小さい教会をたずねて、主任司祭様とじっくりお話し
てみるとか。

日本キリスト教団は、アットホームかもしれないけど、信徒の義務とか
人付き合いとか面倒そうで、漏れはパス。

人付き合いが面倒なら、無教会主義をお勧めします(ワラ

>>53
激しくワラタ。特に倒産。
■東京キリストの教会=いじわるばあさん
■カトリック高松教区=いじわるじいさん

55 :名無しさん@1周年:2001/08/07(火) 10:14
>>50
日本キリスト教団の教会は、たくさんの教派が合同してできています。
ですから、教会ごとに個性があります。
いくつかの教会をご覧になったら、よろしいのでは?
礼拝も、典礼を重視した、荘重なものから、軽いノリの教会まで、
さまざまです。

56 :名無しさん@1周年:2001/08/07(火) 10:32
http://www.inori-no-sono.com/index.html

57 :名無しさん@1周年:2001/08/07(火) 10:34
56です 間違えました すいません
56の団体はカトリックでしょうかプロテスタントでしょうか
何派なのか教えてください ペテロ神父さんらしいのですが。

58 :56:2001/08/07(火) 10:38
56のHPには粕谷甲一師 コーナーというのがあります 何派ですか?

59 :名無しさん@1周年:2001/08/07(火) 10:42
>>57 >>58
カトリックです。
神父→カトリック
牧師→プロテスタント

60 :名無しさん:2001/08/08(水) 00:22
50です。みなさんレスをありがとう!いいスレだ(;_;)

>>51
やっぱりそうですか。調べてみたところ、所属信徒数は数千人いるようでした。>聖マリア教会
しかし、やはり家から近いのが魅力的(^^;)

>>52
そうですね。
何回か行ってみたのですが、なかなかどちらに決めることが出来なくて。
しばらくもうちょっと聖書の勉強をしつつ、他の教会にも行ってみます。

>>54
麹町教会は、数年前に建て直されたところですよね。
結構大きい印象が合ったので意外です。
たしかに、過剰な人付き合いはちょっとアレですよね(^^;)

ところで、「無教会主義」とは何でしょう?
内村鑑三の唱えていた主義でしょうか。

>>55
なるほど。
礼拝の雰囲気とかは重要ですよね。
賛美歌歌いまくりなのは個人的に困りますし…(超オンチ

61 :名無しさん:2001/08/08(水) 00:27
つづき

皆さんにとって、カソリックとプロテスタント各宗派に入信するにあたって、入信する宗派を決めた基準、というのはどういうものでしょう?
差し支えなければ教えてください。

私は、今まで読んでいた本がたまたまカソリックのものが多かったので、今のところカソリックに親近感があるのですが。
つまり、その程度のものです。
皆さんは、確固たる信念をもって該宗派に入信されたのでしょうか。

62 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 01:04
>>61

映画「ブラザーサン・シスタームーン」の影響大。
ビデオ屋にあるから一度見られるといいかも。
でも、感動的だったのは、「マルセリーノ・パーネ・ヴィーノ」
これには、はまった。泣いた。(ビデオ・DVDあり)
http://www.ne.jp/asahi/momose/akira/movie/marucelino.htm

あと、嘘っぽいと言われそうだが、キリストの夢がカトリックへ・・・。
でも事実。

63 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 01:27
>>44


         ヽ::::                 ヽ'´      `'ー、''"    υ     ノ:::::
    ,、-‐‐‐--ヽ:::::::                   υ     ヽ、      ;;;;   ::::::
 _、-''´ _,,,,、--、,,,,;、::::::::::                       :::::::::`''ー    ;;;;;;;;  ::::   :::
-'  、-''"      ヽ:::::::::::::                        :::::::::::  ;;;; ノ丶;;  :::   ::::
´ /         `,::::::::::::::::::                       ::::::::::: / λヽ  ::::  :::
..,;'´           ヽ::::::::::::::::::::                      :::::;::: i;:;:/ ヽ;:i ,'::::
、i             ヽ::::::::::::::::::::::                      :'、';:::ヽ`i/;ノ; ノ:::::::
 ヽ            `、、:::::::::::::::::::::                    :::::::ヽ'、;ヽノ:,;'::: ::::::::
  ヽ             ヽヽ、:::::::::::::::::::::::                  :::::::::::`、'、;;;'/::::::: ::::::::::::
    ヽ           ヽ  ヽ、::::::::::::::::::::::::                 ::::::::'`、:;;:: ::`' ::::::::::::::::::
     ヽ            ヽ  ヽ、::::::::::::::::::::::::::              ;ノ::::::υ;ii;:::`;::: ::::::::::::::::::::::::::   _、
      ヽ           ヽ    ヽ、::::::::::::::::::::::::::::           :::::::::: :::::,i::::::、,ヽ:: :::::::::::::::::::::::_、-''"
       ヽ         -'''"ヽ、   `' 、::::::::::::::::::::::::::::::   υ   :::::::::ノ':::/'-、,,::::::' ::::::::_,,、-‐'''"´
         ヽ        '"´~ `"~^~^''ー`'ー、,,_::::::::::::::::::::::::::   ::::::::::::::_、-'"    ~^'''''''"´
          ヽ              ::::::::ヽ ~`''''ー

64 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 01:33
たまたま大学の社会学の講義で、
CGユングとピーター・L・バーガーを勉強して
いろいろありましたが、カトリックに入りました。

65 :プロテスタント:2001/08/08(水) 02:06
>>64
た、、たまたま大学!?

66 :ふらんちぇすこ:2001/08/08(水) 02:51
>>65
ワラタ

>>61
ヨーロッパ中世史に興味あったからな。
知り合いには牧師しかいなかったんだが、
相談したら「君はカトリック向きだ」といわれたよ。
どこでも一緒だと思ってたんだが、違うらしいと其の時教えられたよ。
で、結局、カトリックに行く事にした。
本は、プロテスタントの学者の新約学の本とか色々読んだ。
カトリックのは、中世以前の神学者のしか読んでなかったな。

67 :名無しさん@1周年 :2001/08/08(水) 03:42
キリスト教信者って避妊してはいけないんですか?

68 :名無したん:2001/08/08(水) 05:25
>>60
無教会主義は、ごく簡単に言えば、教会の司教・司祭・司牧の権能を個
人が有する、一人一教会主義です。
個人で聖書を研究し、祈り、建物としての教会(礼拝堂)とサクラメン
トは廃止しました。
わたしは、無教会主義に、万人司祭によるサクラメントを加えた、新し
い無教会主義をつくろうと考えています。

何で無教会を選んだかと言えば、人付き合いが面倒だから。
日本の教会は、つうか日本人には、人の都合も考えずに奉仕を押し付け、
司牧権も無いのに生活や内面に干渉してくるドキュソが多いでしょ。
わたしはそういうのが嫌で、聖書と註解があれば自己完結できる無教会。

>>67
原則はね。でも、コソーリする分には、神様も赦してくれると思われ。だっ
て、堕胎したり、捨て子したりするよりはましだから。

69 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 05:28
>>68
コソーリでも、許されず。

70 :55:2001/08/08(水) 09:22
>>60
私のバアイ、プロテスタントなんですが、祖父母の代からプロテスタントだったもので、
今でもプロテスタント。日本キリスト教団です。
でも、多くの場合、その程度の理由で選ばれているのではないでしょうか。
どちらにするかで悩んでいる人は、あまり見かけませんね。
直感でもいいのではないかと思います。

ただ、これは個人的な体験なのですが、
日本キリスト教団の人で、カトリックを批判する人は、あまりいませんが
(少なくとも私は会った事がない)、
カトリックの人で、プロテスタントを批判する人は、星の数ほどいました。
洗礼を受けて20年以上経ちますが、これは本当に残念なことだと思います。

71 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 12:45
個人的に知り合いだった人がプロテスタントだとわかり、そのひとにカト洗礼の前にいろいろ相談をしていた。
最初は良かったが、宗派が違うということで洗礼後は信仰上の話はやめることにした。その人もカト批判はしませんでした。

が・・・
とにかく話になるとやたら理論的に説教をする人に思えてきていやになっちゃって電話を取らなくなりました。
その人悪くないんだけど、なんか疲れて。。。電話に出なくなってからも相当掛かってきてますますいやになり、着信拒否。
これは告白してこようと思ってるひとつ。

せっかく助けてもらったのに、なぜか疎ましかった。悪いとは思うが。。。

72 :ふらんちぇすこ:2001/08/08(水) 13:16
>>70
僕の場合逆だったな。カトリックって言うだけ悪し様に言う奴に良く
であったな。こりゃひでえなというのが感想だった。
で、プロテスタントは今もプロテストしてるんだなと思ってたよ。

こういう出会いって、それぞれ違うみたいだが、もしかして
お前はこの教派にいくといいよっていう神のメッセージだったのかもね。
カトリック教会で酷い目に遭ったという人の話も聞くし、
プロテスタント教会で酷い目に遭ったという人の話も聞く。
最初の出会いで、どっちにするか結局決まったりするな。
蓋を開ければ、どっちも同じ。あとは考え方に馴染むか、
教会の人間に馴染むか、で、決まっていくんだろうね。

73 :名無したん:2001/08/08(水) 14:20
>>69
許しなよ。つうか、あんた神様か?(ワラ
フマネウィテの回勅は正論だと思うけど、実際にはストリートチルドレ
ンだのチャイルドポルノだの赤毛のアンだの。現実を見ようよ。
教皇様が使徒座において、一定の避妊を認めてくれるなら、多くの子供
たちが現実に救われると思われ。これが社会的司牧ってもんだろ。
でも、スウェーデンみたいに、中学生にコンドームを配るようなのは逝
き過ぎと思われ。

このネタは、別スレに逝った方が良さそうだね。

74 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 14:29
あげ

75 :55:2001/08/08(水) 14:32
>>72
私も出会いだと思いますよ。
だから、自分が出会ったところで、真剣に神様と向き合って行くことが大切だと思います。
要は、自分と神との関係なのだから。
このことを忘れると、人間に簡単に躓いてしまいますね。
それから、よその教会、教派の悪口は言わないことが、大切だと思います。

76 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 15:06
カトリックはおすすめ、
 
なぜなら告解があるから、神のゆるしにより何度でも再スタート出来るのや、

私がプロテスタントなら教会から離れていたでしょう。

77 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 15:13
かとりっくのミサってお通夜みたい。暗い。
聖公会はくだけすぎ。
プロテスタントの方が礼拝よかった。

78 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 15:16
>>77
プロテスタントもいろいろあるよ。俺は、福音派系の教会は、大嫌い。

79 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 15:27
>77
ミサは礼拝だけでは無いのだ、
キリストの御体と御血を父なる神に捧げる儀式でも有るのだ、
だから敬虔に行うのは当然なのだ。

80 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 15:37
>>73

ダメです。100%許されません。
教会に従いしっかりと道徳と節制を守っていれば、
数々の問題も、性病などの蔓延も起きません。
自由を乱用している人間の方に問題があります。
そしてそれらの問題を起こしているのは、神でも教会でもなく
人間です。

81 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 15:38
>>79
プロテスタントの礼拝でも、聖礼典を執行するよ。
その仕方が、教派によってさまざまだということ。
荘重なところもあるし、軽いのりみたいなところもある、と。

82 :名無したん:2001/08/08(水) 17:37
>>80
>そしてそれらの問題を起こしているのは、神でも教会でもなく

で、シスターをレイプして放り出した腐れ外道は、教会を破門の上、
適法に処罰されたのかね?

>ダメです。100%許されません。

あなたは100パーセント守ってるのかね。それじゃ神の子だ(ワラ

83 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 18:25
>>82

はい100%避妊は、しておりません。
でも別にカトリックの教えをあなたに押し付ける
つもりは、毛頭ございません。この件につきましては、
あなたのお好きなようにしてくださいませ。

>教会を破門の上、適法に処罰されたのかね?

これらの事件が本当かどうかしりませんが、
事実だとしても、まさしく神と教会の教えに
従っていない例ですね。
しかし教会破門がどうのより、事実であれば、
警察に逮捕されるべきでは、ないでしょうか?

84 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 18:33
>>82

>シスターをレイプして放り出した腐れ外道は、教会を破門の上、
>適法に処罰されたのかね?

ところで、こんな事実本当にあるのですか?
あるのでしたら、具体的に教えてくださいな。
よろしく。

85 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 19:08
>あなたは100パーセント守ってるのかね。それじゃ神の子だ(ワラ

>はい100%避妊は、しておりません。

>>83 のレスは何かズレてるんじゃない?

カテキズムに書いてあることを、
あなたは100%守っているのか?
だったら神の子だ。

>>82 さんは、そう言ってるんじゃないの。

シスターをレイプした話は、少し前にこの板で
ずいぶん話題になったよ。あんた新参者だな。

86 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 19:25
>>85
>>83 のレスは何かズレてるんじゃない?

ずれてなんてないよ。
元の話は、>>67なんだから。
さかのぼれば、わかる事。

87 :名無しさん@1周年:2001/08/08(水) 19:52
憶測じゃないの?
決め付けてから、話を待っているんじゃないの?
神父様はシスターの親みたいなもの。
シスターは神父様の子供みたいなもの。
そんな破廉恥があるわけないじゃないか?
互いに弱さを打ち明けあって、互いのために
祈りあっているくらいのことはあるだろうけど。

88 :86:2001/08/08(水) 19:56
>>87

俺もそう思うね。
よくそう言う風に大騒ぎしたあと
実は、そんな事実は、ありませんでしたって事あるしね。
司祭の個人的な過ちならあるだろうけどさ。

89 :名無したん:2001/08/08(水) 19:59
>>84
カトリック新聞に載っていました。事実と思われ。
ヴァチカンが、この問題を知りつつ放置していたらしいことに腹を立て、
何がペテロの後継じゃゴルァと、カトリックを辞めた次第。

>>85
激しく同意。道徳と節制という単語を持ち出したから、カテキズム全体を
十全に守っているか?という意味と解釈した次第。
聖書に基づき、ナマでセクースしてますと威張っても、じゃあ、ルーマニ
アなんかの現実、避妊さえ認めれば苦しむこともなかった子供たちに何か
してやってるのか、ゴルァ? 彼らを救おうと思ったら、セクースなんて
している暇は無いと思われ。そんなことできるのは、キリストであるイエ
ス様しかいない。

90 :名無したん:2001/08/08(水) 20:01
>>86-88
カトリック信徒ならカトリック新聞とって読めやゴルァ。
部数さばけなくて大変なんだってよ。

91 :86:2001/08/08(水) 20:03
>>89

>じゃあ、ルーマニアなんかの現実、避妊さえ認めれば
>苦しむこともなかった子供

なにゆえに苦しんでいるのかね?

92 :名無したん:2001/08/08(水) 20:06
ストリートチルドレンとか幼児虐待とか。
カトリックというよりチャウシェスクが悪いんだが、あく
まで一例。南米とか、ひどいらしいじゃないか。

93 :86:2001/08/08(水) 20:12
>>92

それと避妊なんてまったく関係ないよ。

ルーマニアの場合、エイズの子供がたくさんいる。
ここは、正教だから、どう言う教えか知らないけれど、
少なくとも、性の乱用さえなかったら、エイズも
広まらないし、子供が苦しむ事もなかった。

94 :ふらんちぇすこ:2001/08/08(水) 21:58
シスターレイプ事件は残念ながら事実。
アフリカの修道院で起きた事件だったと思う。アメリカの新聞かなにかに
すっぱ抜かれて、ヴァチカンはその事実を認めた。神父達の処罰が如何に
為されたかは不明。だが、おそらく厳格に処罰されたとは思う。
結果として秘匿したかたちになったかもしれないが、身内の罪を声高に
喧伝するような組織も愛がないとも言えるけどね。ただ事が事だけに
評価は難しいな。

ルーマニアの問題のほかにボスニアへルツェゴビナで起きた事件で
敵対する兵士達に陵辱されたシスターの妊娠問題があったな。

95 :86:2001/08/08(水) 22:50
こう言う例もある。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~caspar/daily-j.htm
彼は、立派な神父だ。カト新聞の1面に載ったこともある。

96 :85:2001/08/09(木) 04:17
>>86
避妊の是非に関して

>ダメです。100%許されません。
>教会に従いしっかりと道徳と節制を守っていれば、

うんぬんと言ってる人に、

>カテキズムに書いてあることを、あなたは100%守っているのですか?

と質問しています。答えて下さい。100%守っているのですか?

97 :名無しさん@1周年:2001/08/09(木) 04:43
つーか、レイプだとかはなかったと思うほうが不自然では?
社会が存在するところには必ず犯罪があるのだし。
単に、レイプが密室で行われる(目撃者がいない)ことが多いこと、修道院などの閉鎖性などから表ざたにならないだけでは。
特に、レイプとかは、親告罪だから、被害者の告訴がなければ検察が公訴が出来ない。
ふつーの強盗だとか殺人などに比べて、法律上も、表ざたにならない確立は非常に高いのだし。

とはいえ」、一般社会よりは犯罪の発生率が低いとは思いますが。

98 :名無したん:2001/08/09(木) 05:12
>>93
ルーマニアは正教会だったか。誤爆。カトリック圏だと思ってた。
逝ってきます。

ならば、どこかの大司教がペドで告発された例があったけど、あれも
事件発生の第一報で終わってしまった。本当に、きっちり処分されて
いるのか、どうも疑わしく思われ。
ミリンゴの時なんて、大々的に破門を報じたくせに、ヴァチカン、恭
順の意を示す限りは、身内に甘くね? それと男尊女卑。

99 :トラウマさん :2001/08/09(木) 05:37
ムキムキー(怒
男尊女卑!!!
キリスト教隣人愛が男尊女卑の女卑であること?

バカじゃん ソレガリンジンアイ? バカじゃん

100 :プロテスタント:2001/08/09(木) 05:40
100っと

101 :名無しさん@1周年:2001/08/09(木) 06:02

あーあ、ここは、アホばっか。

102 :名無しさん@1周年:2001/08/09(木) 06:18

            ∩
            | |
      ∧_∧  .| |
     ( ´Д`)//
     /     /
    / /|    /            /■\
 __| | .|    | _         ( ´∀`) ガヤガヤ。
 \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  \     _(つ   つ_     ガヤガヤ。
  ||\           \    \ ̄ ̄ ̄ ̄  \
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄    ||\        \
  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||      ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
    .||          ||      ||  || ̄ ̄ ̄ ̄||
_____∧_________ ||      ||
             
先生! 隣のプロテスタント君が 異端のくせにガヤガヤって
                       うるさいです!

103 :名無しさん@1周年:2001/08/09(木) 06:56

やはり、レイプ事件、かなりの歪曲されて報道されてますね。

http://hvri.catholic.ac/kyoto.htm

104 :名無しさん@1周年:2001/08/09(木) 08:07
つか高位聖職者には甘い

105 :名無しさん@1周年:2001/08/09(木) 08:28
つか、修女を下女扱いするの止めて欲しい。
見てて嫌になる。

106 :名無したん:2001/08/09(木) 12:43
身内が知らないと言ったからって、かばってるだけかもしれないじゃな
いか。歪曲の証拠とは言えないと思われ。

つうか、何十年か前、たしかカトリックの宣教師が、女性に対する暴行
殺人の嫌疑をかけられたとき、逮捕寸前に、命令でよその国にに行って
しまうという事件があるんだな。
やってないなら、堂々と主張すればよかったんだよ。やったなら、聖職
者らしく裁かれるべし。
あれ以来、ヴァチカンに対する評価は、確実に厳しくなったと思われ。

107 :よいこ ◆48DQ.Prk:2001/08/09(木) 17:43
>成りすましでゲンナリしていた固定HNさん

新スクリプトの機能で、簡単にキャップもどきをつけることが
できるようになりましたのでご報告。

名前欄に、#パスワード です。
例えば、
名前欄  よいこ#123456
で今回の名前欄となります。

ひとり用キャップ、略してトリップ
http://teri.2ch.net/test/read.cgi?bbs=accuse&key=997341975&ls=50

108 :名無したん:2001/08/09(木) 21:09
二大サクラメントを認める無教会を考えているんだけど「自由無教会」
と「新無教会」と「無教会復古派」と「個人主義キリスト者の会」のど
れが良いと思う?
つうか、一人でやっていく訳だから、名前なんてどうでもいいんだけど、
同調してくる物好きも否定できず(藁
だから、せめてカコイイ名前だけはつけてみようと思ったので。

109 :ふらんちぇすこ:2001/08/09(木) 21:22
>>名無したん
そのネーミングは、日本の政党の名前を考える時のみたいだね。
かといって僕も思い付かないね。
フランチェスコ会的ネーミングを考えると
キリスト教会@名無したん会とかね。。。。。ちと、ださださかな。

110 :名無しさん@1周年:2001/08/09(木) 21:31
無教会の場合、よってたつ権威がないので、逆に「だれだれ先生門下」が強調されているような気がするのは私だけでしょうか?

111 :毛唐の宗教にうつつをぬかす奴は最低ダ!!:2001/08/09(木) 21:35
さげ

112 :名無しさん@1周年:2001/08/09(木) 21:37

            ∩
            | |
      ∧_∧  .| |
     ( ´Д`)//
     /     /
    / /|    /            /■\
 __| | .|    | _         ( ´∀`) ガヤガヤ。
 \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  \     _(つ   つ_     ガヤガヤ。
  ||\           \    \ ̄ ̄ ̄ ̄  \
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄    ||\        \
  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||      ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
    .||          ||      ||  || ̄ ̄ ̄ ̄||
_____∧_________ ||      ||
            
頭なるイエズス様! 隣のプロテスタント君が 異端のくせに
あなたの体である聖なるローマカトリック教会を侮辱しています。
                    何とかしてください!

113 :コゼット:2001/08/09(木) 21:38
キリスト教では
@友達は一人もいず、
Aもちろん恋人などいず、
B目上の人からは礼儀知らずの傲慢な者と呼ばれ
C目下の者からは馬鹿にされ
D思いやりや優しさの欠落した人間だと言われ
E学校でもバイト先でもつまはじきにされ
F何の取り柄もなく
Gかといって努力して人並みに追いつこうともせず
H就職活動は全部落ち
Iプータローをしている
ような堕落した人間は、神から地獄に行くことが宿命づけられている
ということになるんですか?

例えばカルヴァニズムの予定説って、元々天国に行くものが「神によって
選ばれている」という教えなんでしょう?だからカルヴァニスト達は
神から選ばれた者だという確証を得るために他人や社会にとって必要と
される人間になろうと努力し、結果として高度に発達した資本主義社会を
産み出したと、ウェーバーは言っていますよね。

だとすれば@〜Iの全部に当てはまる俺なんて、地獄に行くことになるのか……
鬱だ氏脳。

114 :名無しさん@1周年:2001/08/09(木) 21:48
予定説なんて、異端だから、気にする事もないよ。>>113

115 :名無したん:2001/08/10(金) 06:15
>>109
>キリスト教会@名無したん会
ちょと鬱な名前ですね。内村先生に習えば、集会の最初に、威厳ある姿で
「名無したんであります」と言わなくちゃいけないのか(ワラ 集会なんざ
開くつもりなんてないんですが。
でも、無教会@有典礼派でも、わかり易くて良いかも。ますますダサさが
ひどくなってるような(ワラ

>>114
安心しなさい。最も小さい人は天国ご優待だ。
漏れなんて、人格障害の上に、今年末付で完全無職だぜ。

116 :名無しさん@1周年:2001/08/10(金) 07:25
>>115
漏れなんて病気で、10年以上無職だぞ。どうだ!!
でも漏れは、神を信じてるし愛してるん。
マリア様も愛してるん。最近体調よくなってきたん。
早く働きてぇ〜。

117 :山菜:2001/08/10(金) 10:18
真の正統は俺だと言うことであれば、
「リアルカトリック」「正統派カトリック」「カトリックななしたん会」などを名乗られてもいいのでは?
二つ目は外国語に訳すと変ですけど。。。

118 :ふらんちぇすこ:2001/08/10(金) 11:09
>名無したん、山菜、

「無教会@有典礼派」ダサイというより、ぁゃιぃ。

「正統派カトリック」=オーソドキシーカトリカン???

ネオカトリクスサクラメントスとかな。ネオがつくとぁゃιぃけどな。
ディスエクレシアサクラメントスも良いぞ。なんとなくのネーミングだ。

119 :名無したん:2001/08/10(金) 12:19
>オーソドキシーカトリカン

それじゃミミ荻原だよ(藁 確か、オーソドクスカトリックチャーチだっけ?

やっぱり、新無教会派か、自由キリスト者協会あたりが無難と思われ。教会
じゃなく協会なのがミソ。

120 :山菜:2001/08/10(金) 12:38
わかっていただけましたか。(わら

121 :名無しさん@1周年:2001/08/10(金) 13:35
だからよ 以下がおまえらの本音なんだろ
見解を示せ 回答待つ

135 名前:警察逝ってよし 投稿日:2001/07/28(土) 22:56
職業は何でもいいよ。でも神社の神主や寺の住職がキリスト教の洗礼は受けられないだろ。
警察官は天皇制国家を護持する存在だから、広い意味で神道の一部なんだよ。
単なる公務員ならいいよ。人のために働いてるわけだからね。
でも警察は駄目だ。

122 :名無しさん@1周年:2001/08/10(金) 13:37
粘着煽り ごくろうさん

123 :名無しさん@1周年:2001/08/10(金) 13:38
>自由キリスト者協会あたりが無難と思われ。
大体において賛同。

124 :名無しさん@1周年:2001/08/10(金) 13:39
キリストカトリック教会なんていうのもいいねえ

125 :笑点:2001/08/10(金) 21:03
@@@聖母マリアと諸聖人@@@
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psy&key=990705057&ls=50
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psy&key=990705057&st=401&to=401&nofirst=true

126 :名無しさん@1周年:2001/08/10(金) 21:57
名無したんさま、ぜひ文語かラテン語での典礼をお願いします。

127 :名無したん:2001/08/11(土) 07:07
書き上げたぞ。長文だけど、ちょと読んで評価して下さい。

自由主義キリスト者宣言(第1版 01年8月11日)

自由主義キリスト者とは、ルター師の万人司祭説ならびに典礼改革と、内村
鑑三師の無教会主義を、発展的かつ批判的に継承し、ラジカルな個人主義を
加味した信仰です。
わたくしたちは、建物としての教会と、職業的聖職者を持ちません。なぜな
ら、自由主義キリスト者は、個々人がキリストの教会であり、司祭であるか
らです。
無教会主義との大きな違いは、自由主義キリスト者は、主であるイエスの定
めた「聖霊による洗礼」と「聖餐式」の二大サクラメントを維持することで
す。わたくしたちは皆、キリストの司祭職なのですから、自由にサクラメン
トを執行することができます。
典礼は、聖書の定めに反しない限り、東方教会式であろうと、西方教会式で
あろうと、または自分の心の命ずるままに行なおうと、各人の自由です。
わたくしたちは、特定の集会を行ないません。各人が自由に聖書を研究し、
たまたま気の遇った者が揃えば、自由に聖書研究会を開催し、また自由に解
散すればよろしいのです。また、独りで聖餐式を行なうのも、気の遇うもの
同士が集まって、共同聖餐式を行なうのも、全て自由です。
わたくしたちは、特定の祈祷書を持ちません。既成教会の祈祷書を流用しよ
うと、自分の言葉で祈ろうと、全て自由です。
わたくしたちは、自由に神学を受け入れ、批判する権利を有します。ただし、
明らかに反キリスト的でない限り、否定することは許されません。

128 :名無したん:2001/08/11(土) 07:13
>>126
ヨハネ23世マニアの漏れとしては、ラテン語はどうも嫌なの
で、あなたが自分で書いて下さい。でも、せっかくだから、ギ
リシャ語とかアラム語でいきましょうよ(藁
文語のものは、正教会の主日奉事式と聖公会祈祷書を参考に書
いている最中です。マジで。

129 :名無しさん@1周年:2001/08/11(土) 07:59
>>127-128 名無したん

大丈夫か?
三島由紀夫が『反革命宣言』で天皇を絶賛した雰囲気ににてるぞ。。

130 :名無したん:2001/08/11(土) 13:22
大丈夫。これこそ、名無したんが『反教会宣言』でイエスキリストを
絶賛した雰囲気なのだ(w

131 :名無しさん@1周年:2001/08/11(土) 13:51
>>127
「自由主義キリスト者」っていうと、
プロテスタントのリベラリズムと紛らわしいと思うのは、
私だけだろうか...?

132 :どしろうと:2001/08/11(土) 14:49
既出なら陳謝。
1.ユダヤ教アラビア起源説はどの程度信憑性がありうるんでしょうか?
 何年か前にそんな本を読んで吃驚した記憶があるもので。
 ヘブライ語とかアラビア語とか中東歴史に詳しい方ご教授お願い。
 もしかして源義経ジンギスカン説位のトンデモなんだろうか。

2.これもまたトンデモかもしれませんけども、かつてバチカンが
 「天使の破門」なる珍妙な事をした事あるって本当ですか?
 また、本当ならそれは何故で、その破門によってどんな効果があった
 んでしょう?

3.僕が幼い頃、近所のおばさんに連れられて物珍しさから教会のバザー
 に逝ったら、後ろからガイジンの巨漢に思い切り後頭部を張られた
 んですが、あれには何か意味があったんですか。もしかして
 野球帽を被ったままだったからですか?それともその野球帽が広島
 カープのものだったからですか?

4.僕の実家の菩提寺(曹洞宗)では年末に子供達を集めた親睦パーティを
 毎年開催しており、至ってほのぼのしたものなんですが、問題はそれが
 クリスマスパーティと題されている事です。しかもパーティ中
 管長さん(住職)がサンタの扮装をしてプレゼントを配るという
 倒錯っぷり。「仮想敵の教祖の誕生日を祝ってどうする」と突っ込まれると
 「クリスマスはサンタの誕生日だ!」と言い張るのみ。
 近隣住民と子供達は楽しんでいる行事なんで水を差すのもなんなんですが
 これってキリスト教プロバーな人達から見ると大問題ですか?
 それとも笑って見過ごすレベルでしょうか。ご回答待つ。

133 :ポンキッキ1:2001/08/11(土) 16:18
キリスト教は世界征服が目的と聞いてます。そう納得もしてます。

巨大宗教なので"作り事を人に信じ込ませる事"には他の宗教よりも随分と長けているよう
で、天地創造とか、人間を作ったとか、何でも知っているとか、それを聞いてると
キリスト教自体の信頼性と安全性が私にとって欠落しているような・・・

仏教徒を小馬鹿にして無視する態度が大体のキリスト教信者の印象です

悲惨な国への何かにつけての援助はあるのだが、弱い人々に対して必ず布教が付いて
周り、相手の足元を見て勢力を伸ばす方法は新興宗教の強引な勧誘とはまた違った
やり方で、支配を完了した欧米諸国をバックにした行動を考えれば大変怖い宗教では?

日本では政教分離を激しく主張して地方役場の玉串料にも訴訟などがありますが、
征服した国では信徒でないと大統領に立候補もできないようですが、違いますかね?

134 :名無しさん@1周年:2001/08/11(土) 16:22
>>133
それで、キリスト教が広がって困ってる人がいるの?

135 :名無しさん@1周年:2001/08/11(土) 16:47
鯛を売る猿さん さんにご提供いただいてる
2ch『心と宗教板』過去ログ倉庫総めにゅーの 【2001年8月10日作成】が
たいへん便利になりました。
感謝しつつ、使わせていただきましょう。

http://tirekick.virtualave.net/up/tmp/037.htm

2ch宗教板の過去ログ倉庫内の全て(3030個)のスレッドの一覧です。
#7月23日版と収録スレッド数は同じですが、検索エンジンに改良を加えています。
#検索結果をクリップボードへコピーするボタンを追加しました。(IEのみ)

136 :ポンキッキ1:2001/08/11(土) 16:48
>>134
親子間の冠婚葬祭ズレ/入信時のテスト/自覚の無い乳児の洗礼/宗教差別/欧米式近代化
の流入による伝統文化の衰弱/妊娠中絶禁止/地動説(もうないか)/パレスチナ難民/
魔女狩り(これもないか)/宗教対立(大抵は後から入った方がキリスト教)/聖地エルサレム
奪還(代理)/クリスマスイブ翌日の欠勤叉は休暇/自然破壊(欧米式開発・建設)

これらは一方的に欠点とは言えませんね、良い場合もあり、解釈は受け取り方にもより
まして・・

他に教えて頂ければ子供に教えます。

137 :あずみ:2001/08/11(土) 17:26
可能性はあると思います。ヘブライ語聖書はもともと子音のみの表記
で、母音符号は後世のマソラ学者による付加なので、正しく読まれた
という保証はどこにもありません。著者のサリービーも書いている
ように、ヘブライ語聖書は未だ解読されていない未知の言語によって
書かれているのかもしれません。>132

138 :名無しさん@1周年:2001/08/11(土) 17:29
>>136
ふ〜ん。
だから、それで困ってる人は信者さん?信者じゃない人?
嫌なら、あなたのように自己防衛したらいいんじゃない?

139 :名無しさん@1周年:2001/08/11(土) 19:09
age

140 :名無したん:2001/08/11(土) 20:39
>1.ユダヤ教アラビア起源説
創世記で、アブラハムの息子がアラブ人の祖となったとある以上、ユダヤ・
キリスト教徒には容認できない説です。
ただし、聖書は宗教改革時代まで、イスラムでは公に閲覧されながら、カト
リックでは平信徒への閲覧を事実上認めませんでした。
今の聖書は、イスラム教徒の間で保存されてきたものを流用して完成したも
のですから、聖書アラビア起源説という意味なら、当たらずとも遠からずで
す。

>2.「天使の破門」なる珍妙な事をした事あるって本当ですか?
知りません。

>その破門によってどんな効果があったんでしょう?
カトリックでは、破門されると、最期の審判を待たず、地獄に直行すると
されています。

>3.ガイジンの巨漢に思い切り後頭部を張られた
ヘイ、ジャパニーズボーイ、ディスイズ アメリカンコミュニケーション。

>4.管長さん(住職)がサンタの扮装をしてプレゼントを配るという倒錯っ
>ぷり。
喝! イエスキリストは、衆生を救うために悟りを開き、衆生を救いへと導
く、仏の中の仏である。これが判らんとは、頓悟はまだまだじゃのお。
仏教徒から見れば、福音書は仏法のエッセンスなのだよ。

141 :名無しさん@1周年:2001/08/11(土) 21:36
どうかなあ

142 :名無しさん@1周年:2001/08/13(月) 17:08
プロテスタントは禁酒なのでしょうか?

143 :名無したん:2001/08/13(月) 18:19
>>142
聖書の使徒書簡に、飲んでもいいけど醜態はさらすなと書いてある。
人間そうそう酔わずに飲める訳も無いから、厳格なプロテスタントは
禁酒を勧めている。メソジストとか救世軍とか。
でも、イエス様ご自身は大酒飲み。醜態は晒さなかったみたいだけど。

こういう質問キボンヌ。

144 :名無しさん@1周年:2001/08/13(月) 18:22
質問

1:聖書は声を出して読むものか

2:神父さんとか牧師さんなどの聖職者の人は、自慰行為をしないのか(しない方が望ましいのか)


アホな質問だけど、教えて、、、(もちろんマジレス求む)

145 :堕靡泥の星:2001/08/13(月) 18:31
質問

善きサマリア人は救われるのか。

146 :名無しさん@1周年:2001/08/13(月) 19:54
何でカソリックは避妊しないんですか

147 :名無しさん@1周年:2001/08/14(火) 00:04
>>146
してますよ

148 :名無しさん@1周年:2001/08/14(火) 04:38
家族計画よりも家族無計画のほうが罪かもしれないと思う今日この頃。
よって、罪といわれても避妊します、多分。

149 :名無しさん@1周年:2001/08/14(火) 06:06
144
2は良いから(一応マジメに質問したつもりだったのですが…)、せめて1でも答えてくらはい…

あまりにもアフォな質問だったですか…

150 :名無しさん@1周年:2001/08/14(火) 09:01
>>144
なんだなんだ、だれも答えてくれんのか。
仕方がない連中だなあ…

1)別に、黙読でもかまわないと思う。声を出して読んだ方が、集中しやすいし、心に残るのだろうけど、
現代の日本では、声に出して本を読む環境を整えることは、難しかろう。
それから、聖書は「お経」とは違うので、声に出さないといけない、ということはないよ。
2)人によるでしょうけど、神父さん(つまりカトリック)は、そのあたりが厳しいようなので
(そう、誰もが知っているカトのオナ論争)、よく分かりませんが、
プロテスタントの場合、(教派にもよりますが)そこまでうるさいことは言わないのが普通だと思います。

151 :名無したん:2001/08/14(火) 09:30
>>149
>1
ヘブライ語は、それ自体が神聖なものとされ、それで編まれた旧約聖書は
(こういうトンデモな言い方は嫌だけど)まさに神の霊的パワーのかたま
りと言えるものと思われ。だから、それを引き出すためにも音読する。
イスラム教のコーラン朗読なんて、まさにこれでしょう。

そういう意味では、アラム語をギリシャ語に、さらに英訳して日本語訳し
た新約聖書を音読したって、霊的パワーなんて出ないと思われ(w

だから、音読黙読は個人の趣味で、好きな方でやればよろし。個人的には
新共同訳は黙読、文語訳は音読向きに思われ。
アブラハムに顕れた神様のように、ささやくような声で音読するがよろし。

>2
漏れは神父様じゃないからシラネーヨ。

>>145
あの人が救われなきゃ、誰が救われるのよ?

152 :名無しさん@1周年:2001/08/14(火) 10:39
ワタシも1だけ・・・
どちらでもいいのではないでしょうか<音読・黙読
ミサでは朗読ありますし。
黙って読んでると眠くなるときもあるし。
ちょっとそれますけど
実は最初からまじめに読んでる人は少ないと思います。
知人に「その時、えいっ!と開いたところを読むと、結構ドンピシャな事が
かいてあったりするよー」と言われて試したところ、結構いいですよ。

153 :名無しさん@1周年:2001/08/14(火) 10:44
>>152
むうう…
こういう話を聞いたことあるぞ。

ある人が、事業に行き詰まった。そこで、聖書に解決を求め、
えいっ!と気合一発、聖書を開いたら、出てきたところが
「首をつって死んだ」(マタイ27,5)
そ、、、そんなハズはないっ! ってんで、
もう一度、やあっ!とばかりに聖書を開いたら、今度は
「行って、同じようにしなさい」(どこかの福音書)

かういふのを、「おみくじ読み」と言ふらしい。

154 :名無しさん@1周年:2001/08/14(火) 17:21
144=149

皆さん、本質的でない、アフォな質問に付き合ってくれてありがとう…(T^T)

クリスチャンでもなんでもないんですが、聖書を読み出して、ふと気になったものですから(質問1

なんとなく、音読してたんですけど、
音読、普段してないと、結構疲れるんですよね。
これからは黙読でやろうかと思います。

155 :名無したん:2001/08/15(水) 09:33
うーん。聖書協会が2001年記念に出した、イエスの言葉インデックス
付新共同訳聖書なんて、楽で良いですよ。1800円+Tax。
イエス様じきじきの発言(み言葉ともいう)だけに、赤いマーカーが入っ
ているので、素人さんが初めに読むには一番だと思われ。
何から読めば分からない人は、マーカの部分だけ黙読すればよろし。

敗戦日にあたり、全世界の戦死者に対し敬礼。皆さんに主の救いがあるよ
うに祈ります。

156 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 10:05
すいません、質問なのですが靖国神社に行くのはまずいでしょうか?

戦死者の方のためにお祈りはしたのですが
どうにももやもやして悩んでおります。

157 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 11:48
え〜意見をする資格も無い新参者です。
ほかのスレで質問したんですが、
反応が芳しくなくて...。
コピペします。

というか質問です。
中学生の頃にドストエフスキーを読んで以来、妙にキリスト教には
惹かれて来ました。
今も旧約聖書を再読してる最中です。おもろいです。
とはいえ聖書と遠藤周作の著書を読んだくらいで、まったくキリスト教については
分かりません。
ロシア正教とローマカトリックの違いも分かりません。
カトリックとプロテスタントの違いも分かりません。
こういったキリスト教の複雑な歴史や体系を、
分かりやすく解説した本ってあります?

あと、キリスト教を理解するのに、もう最低限、
「これ読んでないとはじまんね〜よ!!」
という本ってありますか?
信者さんでもアンチさんでもどちらの推奨でも構いません。
両方のほうが客観的でよいのかな。
お願いします。

158 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 11:48
>>156
もやもやしてるんなら、行った方がいいのでは?
故人の冥福を個人的に思うだけでしょう。
まっさか、そこに神がいるからとは言わないのだし。

しかし小泉さん、中途半端。。。余計こじれた気がするな。

終戦記念日にあたり、合掌。
&聖母の被昇天ですね。今日くらいはロザリオしてみよう。

159 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 12:29
>>158
「よくわかるキリスト教の教派」キリスト新聞社
ISBN4−87395−276−X
教派のことが、簡単に書かれています。
ついでに、教会の歴史も大雑把につかめるでしょう。

>あと、キリスト教を理解するのに、もう最低限、
>「これ読んでないとはじまんね〜よ!!」
>という本ってありますか?

いろいろ考えられますが、
独学するにはかなり大変かも。

それにしても、2チャンにいるクリスチャンは、
くだらない厨房議論ばかりしているくせに、
こういう初心者の質問には答えようとしないのかね?

160 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 13:31
>>159
ありがとうございました。
独学は大変だと思いますが、まあ、のんびりやっていこうと
思ってますので。
最低限、3冊選ぶとしたら何でしょう?

161 :名無したん:2001/08/15(水) 14:13
>>157
旧約にはまったというのも珍しいですね。普通は出エジプト記後半くらい
から嫌になって、新約聖書に移るもんなんです。で、新約の奇蹟と旧約の
(奇蹟の)予形のリンクに気付き、注解書を片手に旧約聖書にまた戻る。

キリスト教(新約)を学ぶ基本書としては
・中公新書「聖書神話の解読」(新約聖書に隠された旧約聖書とのリンク
を知るために)
・キリスト新聞社「よくわかるキリスト教の教派」(教派とは何かを知る
ために)
・PHP文庫「キリスト教がよくわかる本」井上洋治神父著(一般的なキ
リスト教会の、大まかなしきたりを知るために)
くらいです。

新約聖書を初めて読むとっかかりとしては、角川文庫「イエス伝」矢内原
忠雄著を一推しします。福音書を物語仕立てに再構成し、立派な注解を交
えた名著で、値段も600円くらいとお得です。

162 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 14:30
結局詩編とダニエルが一番面白い。

163 :157:2001/08/15(水) 16:12
>>161
ありがとうございます。
三冊、早速購入してみようと思います。
実は、新約より旧約のほうがずっと好きです。
新約はキリストの行動や言動の原理がいまひとつ分からなくて...。
そんなわけで勉強しようかな、と思い立ちました。
まだ新約とのリンクに気付くほどの深い読みは出来てないですが、
シャガールの絵によく出てくる美しい牛や羊や鶏が、「ここからきたのね〜」
と感心してます。

個人的には、律法はもちろんのこと、ヨブ記やコレヘトの言葉、
アブサロムの話なんかが好きです。
全てを象徴表現として読み解く愉楽があって、なんか刺激的なんです。
これからも「これもいいぞ」というのがあったらお教えください。
それでは。

164 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 16:18
「キリストとお釈迦さん、どっちが偉い?」「キリスト教に文句がある人、おいで」
などのスレを読みますと、言葉ではうまく説明できませんが、キリスト教は本当に深い
なあ、と思わざるを得ませんでした。ここに来られる方々は、どうお考えなのでしょうか。

165 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 16:52
丸5年以上、モルモン教会に行っていません。
黙って引っ越ししたので、教会側から連絡はありません。
自然に除名になることはありますか?
除名してもらうために連絡をとればまた誘われるので・・・
今キリスト教会に通っていますが、受洗のためには他教団から籍を抜くことは必要ですよね。
勇気をださんと!

166 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 16:57
>>165
普通のキリスト教の教会では、
モルモン教はキリスト教とは考えていません。
ですから、教会籍については、何の問題もないはずです。
あなたが現在行っておられる教会の牧師に相談してみることが、
一番いいですよ。

167 :名無しさん@1周年:2001/08/15(水) 18:04
削除ガイドラインがかなり変更されました。
各自チェックをお願いします。

http://www.2ch.net/guide/adv.html#saku_guide

168 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 03:14
クリスチャンの特徴
@傲慢
A権威主義
B慇懃無礼
C差別主義者
D偽善者
E排他的
Fコンプレックスの塊
G独善的
H人をナメている
I根っこの部分はいじめっ子

169 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 06:42
>>168
私はキリスト教徒ですが、それらのことを否定しません。

ただ、それらはどんな人も持ち合わせている人間の弱さですから・・・。

170 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 07:16
>>168
私もほとんどこれ、当てはまるね。
ときどき自分がイヤになるけど、
諦めてる。こんな自分でも精一杯に
生きるしかないだんもんね。

168さん、
あなたは今日もお元気ですか??

171 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 08:38
>>168
私も、三代目のクリスチャンだけど、確かにそのとおり。
でも、これらのことは、クリスチャン以外の人たちにも、
そのまま当てはまるんじゃあないかな?
それとも、クリスチャン以外の人たちって、
そんなに立派なのかなあ?

みんな同じだと思うけど。

172 :非神学院系:2001/08/16(木) 08:46
根っこがいじめられっ子以外全部あたってるわ。
でもさ、これにんげんぜんぶにあてはまるんでねえかい?

173 :こうも言えるのでは:2001/08/16(木) 10:48
つまり、人間の心理を嘘偽りなく暴き立てれば、168のような結果になる。これを
このまま放置して、キリストの贖罪に身を任そうというのがキリスト教徒。
これを徹底的に自己分析して、その原因を「我への執着」と特定し、いろいろな
手段を使って「我」を滅することによって、168のような現状を改めて行こうと
するのが仏教徒。「念仏」なんかは、阿弥陀如来に救済を求める面からは、キリスト
教と発想がよく似ているんだけど、「念仏」を繰り返し唱えることで「我」を捨てる
という解釈もできる。

結論を言えば、人間の力では168のような現状は改めることができないと諦めたのが
キリスト教徒で、いや、人間の力で何とか克服できるのだ、と「我」を捨てる修行を
するのが仏教徒。一口で言うとこうなると思う。ご参考になれば幸いです。>ALL

174 :173:2001/08/16(木) 10:55
ちょっと補足すると、仏教徒がイエスの言葉を読むと、ピンと来るもの
があるのです。イエスが説いているのは、ほとんど「我」の否定です
からね。「汝の敵を愛せ」も、「明日のことを思い煩うな」も、「盗ま
れたり錆びたりするこの世の宝を求めるな」も、結局は「我」の否定。
だから、イエスが仏教修行をしたことがある、と主張する学者が現れて
も全然おかしくないと思う。福音書は仏典としても読めるから。

キリスト教の人は、救世主としてのキリストを信仰する一方で、仏教徒
的な知恵を説くイエスの言葉にも耳を傾けるべきじゃないかと思います。
それは決して信仰にマイナスにはならないはず。いや、むしろ信仰を深め
るのに役立つと私は信じます。

175 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 10:59
>>173
まあ、細かい点にはあえて目をつぶって、
菜の花と桜とを一緒に議論するくらいの大胆さをもって結論付ければ、
そういうことになると思う。

176 :175:2001/08/16(木) 11:03
>>174
この考え方には大いに疑問が生じる。
これでは、旧新約聖書全体を通して語られていることから、
はなはだしく逸脱している。

しかしまあ、いわゆる「仏教」の人から見れば、
このようにも見えるんだろうな。

177 :173:2001/08/16(木) 11:53
>176

ある書物がこう読める、というのと、ある書物はこう読むべきである、
というのは別問題ですので、私としては後者の判断については保留さ
せていただきます。

178 :175:2001/08/16(木) 11:57
>>177

読み手の問題ではなく、
「この書物はこのように書かれた」という、
書き手の問題でした。

179 :173:2001/08/16(木) 14:11
>178

個人的には、「この書物はこのように書かれた」という問題を論じるのなら、
まず正文批判から入るべきだと考えます。良書としては、田川建三の
『書物としての新約聖書』があります。

無批判に「聖書は聖霊の導きによって書かれた」と信じておられるのなら、私は
それを否定しない代わりに、あなたとこれ以上議論を続けたいとは思いません。

180 :175:2001/08/16(木) 14:39
>>179
な〜んだ、そうなんだ。
あなたも、よくある「田川礼賛」の人なんだ。

私が>>178 で書いたのは、「聖霊云々」のことではありません。
古代イスラエル史のことです。
そこを抑えなくて、聖書も何もあったものではない、と思うからです。
つまり、少なくとも、紀元前1003年のダビデ王即位あたりから、
しっかり抑えておかないと、だめなのではないでしょうか?
なぜかというと、いわゆるJ資料の誕生が、この頃ではないかといわれているからです。
それから、時代がうんと新しくなるが、70年のエルサレム陥落とヤブネ会議、
少なくともそのあたりまで抑えないと。

そういう意味で書いたことです。

もし、あなたが緒論的な知識をお持ちで、コイネー・ギリシャ語にも通じておられ、
しかも、ある程度ご自分で本文批評をなさる力をお持ちでないなら、
新約聖書の釈義をめぐって、田川健三云々というのは、
お寒い限りではないかと思いますが、いかがですか?

もし、それだけの実力がおありの方でしたら、失礼をお許しください。

181 :173:2001/08/16(木) 16:02
悪いけど、全く議論が見えないんだけど。

私は、174でイエスの言葉を問題にしているのです。旧約聖書を持ち出してきた
のはあなたの方でしょう?それなら、イエスの言葉と「旧約聖書の書き手」との
問題提起(178)をされたあなたが説明義務を負っていると思うけど。

そもそも、私の問題提起とは、174で書いたように、イエスの言葉は仏教者の言葉
として読むことができる、ということだけです。それに対して、あなたは176で
それには大いに無理がある、と反論した。その根拠をあなたが説明するのを私は
待っているのです。バトンはあなたの方にある。

182 :SS親衛隊:2001/08/16(木) 16:06
>>1カトリックはナチスを支援したって本当ですか?

183 :175:2001/08/16(木) 16:30
>>181
だ〜か〜ら〜!

イエスの言葉だけを、新約聖書の中から取り出してきて、
それで云々というのは、釈義上問題あり、ということです。
イエスの言葉の釈義的裏づけは、全て旧約聖書に求められるべき。
新約聖書そのものが、旧約聖書の存在を前提としているのだから。

ということで、>>174 に書かれてあるような、
イエスの言葉の釈義は、旧約聖書に根拠を持たない。
これでは、よく言う「読み込み」に過ぎない。
…と、言いたいわけ。

旧約聖書をきちんと釈義できなくては、新約聖書(ここではイエスの言葉)の
釈義は、できないのでは、というのが、私の主張。

で、あなたはそこまでできて初めて、田川を評価しているのですか、というのが、
私の質問。

しかしこのスレ、こういう議論をするスレかなあ?
迷惑だったら止めるぞ >ALL

184 :173:2001/08/16(木) 17:21
>183

>イエスの言葉の釈義的裏づけは、全て旧約聖書に求められるべき。

それは、イエスの救世主としての出現は、旧約聖書にちゃんと予言してあった、
とする護教的偏見から来るものですよ。マタイに見るように、ユダヤ教からの
信者のこじつけの苦心の跡にすぎない。

185 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 17:23
>>183
スレ立てれば?
質問箱からの延長なら、誰も文句いわないって。

186 :175:2001/08/16(木) 18:19
>>185
スレたてるほどのことでもない、と思うぞ。
私は何だかばかばかしくなってきたんだ。

ま、ここはキリスト教に対する質問の場だから、
私はこのくらいで止めますが。

いずれにせよ、173さんは、失礼ながら、きちんと勉強なさった方ではなさそうだ。
なぜかというと、>>184 の書き込みで、それがわかります。
イエスの言葉(あるいは、福音書に記されたイエスの思想)の多くは、
旧約聖書の思想(広い意味での)の上に構築されているということは、
別にキリスト教の信仰をもたずとも、きちんと勉強すれば、分かることです。
あるいは、通俗書の類と、田川とを読まれただけなのかもしれない。
しかしそれでは、オーストラリアとニュージーランドを旅行しただけで、
「外国というのは、日本とは季節が逆だ」という説を主張するようなもの。

私はあなたとの議論を止めます。
他の初心者の方にも、迷惑だろうし。

187 :名無しさん:2001/08/16(木) 18:44
>>183
>イエスの言葉の釈義的裏づけは、全て旧約聖書に求められるべき。
一(ヘレニズム期)ユダヤ教徒であったイエスの従ってまた彼の言葉の背景に旧約
聖書があるのは疑い得ないことだが、だからといって、彼の思想・信仰・発言・行動
が全て旧約に典拠を持つわけでは(おそらく)ないだろう。
なぜなら、如何に先行する神学思想や宗教の厳格な継承者を自認する人でも、大抵
そこからの(悪く言えば)歪曲(よく言えば)発展といったオリジナリティがいつの
まにか入り込んでいるものだから。まして、イエスは(従来の多数派の理解では)ド
ラスティックにオリジナルな思想家であったとされる(もちろん、新約学はその理解
から次第に古代ユダヤ教との連続性を見る方向に動いてきてはいるが、そのままだな
ど考えている人はわずかのはず)以上、かなりの相違がイエス自身の思想と旧約思想
との間にあったはず。また、イエスが触れたヘレニズム期ユダヤ教と旧約思想そのも
のにも少なからぬ乖離があることは、ラビ文献などからも想定できることだ。

184に書かれた救世主としてのイエス、という観念にしても、イエスが果たしてメシ
アとしての自認を持っていたか否かは新約上の論争の対象(証拠不十分でおそら
く定説は定まらないだろう)なので186氏が言われるほど簡単に旧約思想をイエ
スに読み込むわけには行かない。(もちろん、非常に強い影響を前者が後者に与え
ているのは疑い得ないが、例えば現代思想が日本人に強い影響を与えているからと
いってウヨもサヨもクリスチャンも仏教徒も科学万能論者もでてきえるように、一義
的には読み込めない。)

188 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 18:44
ぼくの、最近読んだ(読む予定で手に入れた)キリスト教関連の本 (ちなみに非クリスチャン

近代日本のカトリシズム(半沢孝麿 みすず書房)
カトリック神学入門(クセジュ)
漫画キリスト教入門(笑)
図説キリスト教文化史T
カテドラルのある風景(尚樹着啓太郎 東海大学出版会)
ローマ教皇(SGシリーズ 創元社)
イエスの生涯(同上)
聖書入門(同上)
聖母マリア(同上)
新約聖書がわかる(朝日ムック)
聖書をどう読むか(佐古純一郎 大和出版)


適当に、購入したり図書館で借りたりしていますが、偏ってますか?
多分偏ってそうな気がします。
とにかく聖書を読まないとはじまらなそうですね(^^;)

189 :175:2001/08/16(木) 18:50
ひとことだけ。
>>187
それでは、イエスの思想とは、一体どういうものだったのか、分かりますか?
いわゆる「史的イエス(私は、この言葉自体が、ものすごく嫌い)」は、
あなたが議論なさるほど、明確にされているでしょうか?
むしろ私達は、史的イエスではなく、ケリュグマのキリストを通してしか、
イエスを知ることはできないことを、肝に銘じるべきです。
そして、ケリュグマのキリストでは意味がない、というのであるなら、
新約聖書自体、何の意味もなさなくなります。
そうなると、福音書のイエスが云々、パウロが云々、という議論自体、
何の意味もなくなってしまう。

190 :175:2001/08/16(木) 18:53
>>188
こんな通俗書の類ばかりを読んでいると、
このスレに書き込んでいるような阿呆になるぞ!

そうだなあ…なんか捜しといてやるか。

とにかく、もう、議論はやめようぜ…
大昔にやった議論を、蒸し返しているみたいで、
くたびれて仕方がない。

191 :名無しさん:2001/08/16(木) 19:10
>>189
>それでは、イエスの思想とは、一体どういうものだったのか、分かりますか?
いやおそらくわからないでしょうね。(187でも「証拠不十分でおそら
く定説は定まらないだろう」と書きました。)

>むしろ私達は、史的イエスではなく、ケリュグマのキリストを通してしか、
>イエスを知ることはできないことを、肝に銘じるべきです。
これは信仰者の立場です。 キリスト教徒(であるだれそれ)はイエスをしか
じかの者と信じます、といっているうちはそれほど議論にならないと思いますよ。
信仰のキリスト像が歴史的実像でも同時にあるかのように言い出すときに、
批判が排出するのです。

「歴史的にはイエスの実像はほとんどわからない」といえばいいことではないですか?

>そして、ケリュグマのキリストでは意味がない、というのであるなら、
>新約聖書自体、何の意味もなさなくなります。
新約聖書は古代イスラエル思想史上の貴重な資料として大いに意味があります。

192 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 19:35
>>191
イエスチャン、いやここが間違い君よ、

君、あっちこっちのキリスト教スレを荒らしまくってるようだな。
君が常識のない人間であることは、こちらもよ〜く承知している。
だからけっして無理は言わない。
ただひとつ、せめてキリスト教徒に話しかけるときくらいは、
相手の信仰を否定するような語り方だけはやめなさい。
さもなければ、警告する。
君をキリスト教スレ全域立ち入り禁止とするからな。

193 :175:2001/08/16(木) 19:42
話がこじれてきていると感じるのは、私だけか?
>>191
それだから、私達にはケリュグマのキリスト像しか、手がかりはないのですよ。
それを否定してしまったのでは、何もなくなってしまう。
そうでなければ、誰かが勝手に想像した「イエス像」になってしまう。
そして、誰もが読むような通俗書の類には、
このような「勝手気ままなイエス像」が、横行している。

少なくともケリュグマのキリストは、
史的イエスの目撃者の証言が、元になっています。
キリスト教にとっては、それで十分です。
もし、非クリスチャンがそれに不満だと言うのであれば、
それはどうぞご自由に研究してみてください、
としかいえないでしょうね。
ですが、新約聖書にしろ、あるいは「信条」にしろ、
全てはクリスチャン達が残してきたものです。
そこを忘れてはいけない、と思います。

194 :イエスチャン:2001/08/16(木) 20:02
>187,191さんの名誉にかけて断っておきますが、私にはこんな知識
などありませんよ。読ませていただき、感服しました。しかし、既に
お気づきとは思いますが、あなたの相手は護教で頭が一杯の人物で、
何をおっしゃっても無駄です。

>192

そうやって、都合の悪い存在を消すのが、キリスト教のお決まりの
パターンなのね〜ん。

>193

あなたがどういう信仰しようと、あなたの勝手ですよ。それは私に
ついても同じことでしょう?私が少し「脱線した」意見を出しただけ
で、信者さんたちの信仰が揺らいで困る、というのなら、そんな心細い
信仰で本当に大丈夫?といらぬ心配をしてしまう。仮に私が沈黙を守っ
たとしても、自然崩壊すると思いますよ。

195 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 20:18
>>194
イエスチャンよ。
おまえなぁ、悪いことは言わない。
うそをつくな。
それじゃ187以前のスレをよく読んでみろ。
さすがに、見覚えがないとは言えないだろうなぁ。
何が自然崩壊だ、侮辱するのもいいかげんにしろ。

196 :175:2001/08/16(木) 20:21
>>194
イエスチャンさん。
私は、そういうことは一言も言っていませんよ。
私が言いたいことは、このことだけです。
「史的イエスを福音書から再生するのは、不可能に近い。
福音書、そして新約聖書から再生できるのは、ケリュグマのキリスト以外にない。
クリスチャンにとっては、それで十分だが、非クリスチャンにとっては、
我慢ができないこともあろう。
だから、自由に研究していただいて差し支えないが、それは、キリスト教とは関係のないこと。
それを、さも「自分がよりイエスのことを知っている」かのように吹聴するのは、よくない。」
そして、193で言いたいことは、「聖書はクリスチャンの信仰の遺産である」ということ。

自然崩壊するなら、とっくにしているでしょうね。
中世の終わり、近代の初めに、キリスト教は崩壊していますよ。
あるいは、そこで崩壊していなくても、20世紀初頭には、
消滅しているはず。
でも、消滅しませんでしたね。これからも、消滅しませんよ。

197 :175:2001/08/16(木) 20:23
>>195
マアマアオチツイテ。
ああ、くたびれたあああああああああああ!!!!!!!!
他のスレでも、ここと似たような論争してるし。
似たようなことまくし立ててる奴がいる、と思ったら、
皆さん、私だと思ってください。

198 :名無しさん=191:2001/08/16(木) 20:35
少なくともケリュグマのキリストは、
史的イエスの目撃者の証言が、元になっています。
キリスト教にとっては、それで十分です。

199 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 20:34
イエスチャンは、田川健三が大好きみたい。
他のスレでも田川健三持ち出して「史的イエス」を語ってるみたいだし。
本当に馬鹿なのかしら。

200 :イエスチャン:2001/08/16(木) 20:35
>195

うん。173あたりなら見覚えがあるかもしれんな(塩ジイモード)。

>196

>「聖書はクリスチャンの信仰の遺産である」

もちろんそうですが、非クリスチャンが例えば文学作品として読むこと
も許されると思います。聖書は全人類の遺産でしょう。

>自然崩壊するなら、とっくにしているでしょうね。

これは私見ですが、キリスト教は政治や社会風習と密着することで生き
長らえたのです。政治権力の保護がなかったら、恐らく自然消滅して
いた。確かに、キリスト教の中にイエスという、人類史上稀な賢人の
思想が盛り込まれている限り、キリスト教は消滅しないでしょう。
ただし、今の形態がこのまま続くとは限らない。すでに欧米では、冠
婚葬祭の形での教会の「しばり」が効かなくなりつつあります。フラ
ンス人の友人の話では、教会で式を挙げるのが全体の2割以下、あと
は同棲だそうです。経営難から、副業に手を出す教会も増えていると
言います。

私としては、教会を頂点とするキリスト教の信仰形式は、だんだんと
崩れつつあるし、多くの信者もまた、その必要性に疑問を持ち出して
いると思います。2chのいろいろなところで、そういう話(何の
ために教会へ行くのか、などなど)を目にしますのでね。それはそれで
いいのではないでしょうか。21世紀型のキリスト教としてやっていけ
ばいいのです。「史的イエス」の問題もちゃんと捉え直した上で。

201 :名無しさん=191:2001/08/16(木) 20:41
>>198
ミスリました。失礼

で193さん。
ケーリュグマのキリストの聖書における宣教内容だけで信仰には十分で
ある、という立場もバルト=ブルトマン的な(ここでは二人は接近して
いるといっていいでしょう)聖書のケーリュグマ内容至上主義からいえ
ばOKでしょう。
しかし、キリスト教のなかでも、原イエス像にのみ信仰のあり方の規範
を求める立場や、いわゆる12使徒たちのケーリュグマにそれを求める
立場にとっては「キリスト教にとっては、それで十分」ではないでしょう
ね。

>ですが、新約聖書にしろ、あるいは「信条」にしろ、 全てはクリスチ
>ャン達が残してきたものです。
>そこを忘れてはいけない、と思います。
残してきたのがクリスチャンであることを否定する人はまずいないと思い
ますが、だからどうしろと?

なお、私もキリスト教徒です。

202 :名無しさん=191:2001/08/16(木) 20:47
>>196
>だから、自由に研究していただいて差し支えないが、それは、キリスト教とは関係のないこと。
>それを、さも「自分がよりイエスのことを知っている」かのように吹聴するのは、よくない。」
史的イエスが学的に再構成困難であり、従って書かれ流布されているいかなるイエス
像も確かにおそらく誤っている。だが、キリスト教におけるイエス像もケーリュグマのキリスト
像でしかないなら史的にはほぼ誤っているのだから、それを否定する(否定の限りはおそらく
正しい、あくまで積極的に何らかのイエス像を出す時点で初めて大きく誤るのだから)人は、
そのかぎりでは、ケーリュグマのキリストをイエスだと主張する人よりは、「より正しい」
ことを主張している、と思うのだが。

203 :イエスチャン:2001/08/16(木) 20:47
>201

>キリスト教のなかでも、原イエス像にのみ信仰のあり方の規範
>を求める立場

私はこの範疇に入るんでしょうね。

204 :175:2001/08/16(木) 20:48
>>199
田川のいわゆる「史的イエス」は、むしろ「私的イエス」であって、
それ以外の何ものでも無い。
詳しく言うと、あれもまた、数あるイエス像の一つにしか過ぎない、ということ。
それを聖典のように持ち出すのは、クリスチャンが聖書を聖典として読んでいるのと
同じような姿勢に見える。批判対象との間に矛盾を感じないのだろうか。

>>200
あなたも疲れてませんか?
>非クリスチャンが例えば文学作品として読むこと
>も許されると思います。聖書は全人類の遺産でしょう。
だれが、そのことを否定しましたか?
そういうことを議論しているのではないでしょう?(続く)

205 :175:2001/08/16(木) 20:56
>>202
>キリスト教におけるイエス像もケーリュグマのキリスト
>像でしかないなら史的にはほぼ誤っているのだから、

いや、そこまで言い切ることはできない。
少なくとも、「正しいかどうかは分からない」くらいにしないと。
大切なことは、ケリュグマのキリストこそ、使徒たちが命を張って
伝えようとしたイエス・キリストであった、ということ。
それは、なんと言っても、イエスの復活の出来事に端を発している、ということです。
ですから、復活を信じることによって初めて、
福音書が伝えようとしているキリストが、分かると思います。
復活を信じなければ、ケリュグマのキリストは、
使徒達の勝手な創作物になってしまう。
そこから、どれほどの研究を重ねても、
「昔々のお話」で終わってしまいます。

それで、「聖書はクリスチャン達の信仰の遺産」と言ったのです。

206 :イエスチャン:2001/08/16(木) 20:58
>204

>田川のいわゆる「史的イエス」は、....数あるイエス像の一つにしか
>過ぎない

もちろんですが、彼の場合には、詳細かつ精緻な裏付けがされているの
です。それらが有機的に結びついて、「もっともらしいシナリオ」と
思えてならないのです。いわゆる「状況証拠」から判断して、おそらく
提案されているイエス像の中でも、最も確かなイエス像だと思います。
これは私の読後の感想ですけど。

>だれが、そのことを否定しましたか?

文学作品云々、というのは、単なる一般論ですよ。気になさらないで
ください。

207 :175:2001/08/16(木) 21:01
さらに、>>200 の「私見」は、やはり「私見」ですね。
特に、原始教会、初代教会、そして、現代教会史を、
もう一度学ばれたらいかがですか?

208 :イエスチャン:2001/08/16(木) 21:03
>207

それも単なる「私見」ですので、お気になさらないでください。

私も、そろそろ疲れたので退散します。では、また。

209 :175:2001/08/16(木) 21:04
>>206
状況証拠から、どんなことでもいえますよ。
史的イエスに関しては、物的証拠はほとんど皆無です。
最も確かなイエス像、と判断されるくらい、
他のものも学ばれたのですか?
(別のスレで、同じ事を書いた気がするなあ…)

210 :175:2001/08/16(木) 21:07
夕べは、暴走族がうるさくて、ほとんど眠れず、
今日は頭の回転が、いつもの半分以下…
よって、もう寝ます。
おやすみ〜 (--)zzzz

あとは任せた。   ダレニ?

211 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 21:08
>>206
ここであなたの感想をお聞きしてもしかたがないわ。
具体的にどのような「状況証拠」から「もっともらしいシナリオ」だと感じられたのかしら。
その詳細かつ精緻な裏付けやらとかいう、その中味について
感想ではないあなた自身の見解を知ってみたいわね。

212 :名無しさん=191:2001/08/16(木) 21:13
>>206
>>209
この点では私も175氏に賛成ですね。
ただ、田川氏のイエス像は割にオリジナリティが高い上に、その著書のなかで「リア
ルでヴィヴィッド」(ただしこれが史的現実性を意味しないのは、よくできた小説の
人物像がリアルなのと同様)なので面白いとは思いますが。
歴史的実像の話とは切り離しておいたほうが無難です。

213 :名無しさん@1周年:2001/08/16(木) 21:38
188(非信者かつ初心者

うぉ、すごいことになってますね。
つい最近までは、書き込みの数もマターリと進んでたのに…

ところで、皆さん勉強してらっしゃいますね。

175さん、やっぱり聖職者の人が書いた本(が、通俗本でない本、ということですよね?)も、もっと読んだ方がいい、というご趣旨でしょうか?
それとも、原典にあたった方がいい?ということ?
ギリシャ語などが出来ないので、それはちょっと無理かも…

勉強をはじめて、周りに友達もいない(大学が社会科学系学部)ので、なかなか難しい。
注意してないと、このまま勉強を続けていくうちに、あさっての方向に突き進んで言っちゃうかもしれませんね(^^;)

かといって、教会の講座とかに行くのはちょい恥ずかしいし…

214 :名無しさん=191:2001/08/16(木) 21:58
>>213
175氏ではないですが。

聖書やキリスト教というもののイメージが一応形成されてきたら、著者が聖職者であ
るか否かはおくとして、しっかりした研究者が一般向けに書いた本や概説書にもめを
通されたらいかがですか。
188であげられているもののうち、最初の二冊を除いてはほんとうに初等の入門書
ですから

あと、少しカトリックにウェイトがかかりすぎかな?という気はします

215 :牧師:2001/08/16(木) 23:41
>188
まず、あなたがお読みした本のなかから、参考文献を追ったらいかがでしょうか?
あるいは牧師は大概は神学校くらいならば出てますから、一度話を聞いてみたら?

216 :名無しさん@1周年:2001/08/17(金) 04:38
カトと、プロでは、カトの方が信者の思考停止(というか、主体性のなさ?)がより顕著なイメージがありますが、そうなのでしょうか?

そう思った理由)カトリックの伝統重視、教会の権威、内部での上下主従の関係

217 :名無しさん@1周年:2001/08/17(金) 07:10
「名無したん」が司式するミサ(礼拝)、行ってみたい。
無教会派というのに心ひかれてみたり。

さて質問なのですが、よろしければどなたか教えて下さい。
祈祷会って何ですか?何のためのもの?
私はいちおープロテスタントなんですが、祈祷会なんてウチの教会ではやってない。
別スレで「祈祷会は基本」と言われたけど、どこの教派でもそうなの?

218 :イエスチャン:2001/08/17(金) 08:34
>>209,>>211

そうですね。私は『イエスという男』を読んで、目からウロコという体験をした
のですが、一度お読みいただくのがベストという気がします。田川氏はあの本を
1冊書くために8年を要しており、その間に経済的に困窮することもあったよう
です。それが「密度の濃さ」となって、文章の随所に感じ取れるのです。

私があの本で得た知見は、「史的イエス」像よりも、むしろ「人間は自分の先入観
によっていとも簡単に騙される存在である」という事実です。真に客観的にものを
見るとは、これほどまでに厳密な考証が必要だったのだ、と感嘆せざるを得ません
でした。

>>212

これは「お願い」なのですが、田川の主張に対して、具体的な反論をお持ちならば
お聞かせいただきたいのです。私自身、田川の「史的イエス」像を全面的に受け入
れているわけではなく、(田川が著作で批判しているにも関わらず)八木誠一の
「史的イエス」により信憑性を感じる部分もあります。こういう内容について議論
をしたいのは山々なのですが、ほとんどの場合が「総スカン」に終わり、まともな
反論が出たためしがありません。

219 :名無しさん@1周年:2001/08/17(金) 14:26
私は前から思ってました、この世を神が創ったとしても
神でも創るという作業をしている訳で、では神はだれが創造したのか
全知全能の神といえど、無の世界から存在できる訳ないでしょう
誰かの手によって造られた、ま自然発生だとしても
その発生した場所さえも何故存在してるのか
思ってることがうまく表現できないな、
なにもない所で存在が発生するのはおかしいでしょう
うまく表現できない。誰か代りに私が言いたい事のフォローお願い。

220 :175:2001/08/17(金) 14:40
昨日の175です。
昨日、ここにかかわりすぎたおかげで、今日はやたらと忙しい (^^;
>>214
ありがとうございました。188さん、そのようになさったら、いかがですか?
私は、例えばNHKの講座に登場するような先生のものなら、いいと思います。
ほら、あったでしょ?「何とかかんとか」ってので、福音書を読んでたのが。
…忘れてしまった、誰かフォローお願い。

>>219
このような問いかけは、すでに提出されています。
何せ、2000年近くの歴史を持つのが、キリスト教ですから。
神は「創造主である」というのが、一つの答えだと思います。
つまり、「神は創造されたのではない。初めから存在していた」という考え方。
これは、旧約聖書にも記されている考え方です。
神は創造主であり、人は被造物、つまり創られたもの。
だから、被造物から創造主の「あり方」は、想像できない。
人は有限であるのに対し、神は永遠なのです。

ただし、このような考え方は、信仰上のことでしょうね。
信仰をもって受け取るしかないもの。

221 :イエスチャン:2001/08/17(金) 17:32
>220

>人は有限であるのに対し、神は永遠なのです。

ふと考えたんですが、確かに人間の肉体は有限だけど、人間の精神は無限かも
しれませんよ。想像の世界では、宇宙の端から端までひとっ飛び。光さえ何億年
もかかる距離を、精神は一瞬の内に移動してしまう。歴史の本を読めば、過去へ
遡るのも自由自在。形なきものに価値を認める働きも精神の無限性を示している
ように思えるし、その最大のものが信仰でしょ?

そもそも、人間が抱える苦しみとは、無限の精神が有限の肉体に閉じ込められて
いることから来るんじゃないか、と思えるところがあるよね。死ぬのが怖いのは、
有限の肉体と無限の精神との葛藤だと見ることができるし、精神が抱く「理想」に
肉体の「現実」がついていけないから「不満」や「罪の意識」が生まれてくる。

もし、人間の精神が肉体と同じく有限で、神の被造物のひとつにすぎなかったら、
自主的に人間の方から神を求めることなんかありうるだろうか?有限のものが無限
のものを想像して、それを求めるなんておかしい論理だと思う。有限のものにいく
ら有限のものを足しても無限にはならないし、「無限」という概念さえ理解できな
いに違いない。ところが、数学者の頭の中にはちゃんと「無限」という概念がある。
それは、もともと人間の精神が無限だからと言うしかないでしょう。

人間の精神が無限だからこそ、無限である神を求めるのではないでしょうか?

222 :考える名無しさん@1周年:2001/08/17(金) 21:01
>有限のものにいくら有限のものを足しても無限にはならないし、「無限」という概
>念さえ理解できないに違いない。
これって無限=実無限って前提が入ってないか?
可能無限だったら有限なあるものの否定のオペレーションの継起として理解できる
(正確にいえば無限の理解ではなくある点が限界でない事の理解)はずだが

223 :名無したん:2001/08/17(金) 21:53
>>217
福音書の「最後の晩餐」を朗読しながら、個々でパンとワインを分け合
い、祝祷か主の祈りで締めるという典礼を考えています。

>>222
>■議論が本格的になりそうなときは、スレを立てて移動してね。
に該当すると思われ。

なお、個人的には、ショオペンハウエルが言っているように、無限と
実在を使い分ける従来の神義論には、欠陥があるように思われ。
つうか、無限って何よ?というところから始めないといけないと思わ
れ。下手にこれを語ると、数理神学の教授みたいに叩かれまくり(藁

224 :イエスチャン:2001/08/18(土) 09:21
>222-223

レスをどうもありがとうございます。
そうですね。「無限」の定義から始めないとだめでしょうね。しかし、この問題を
本格的に扱うとなれば、哲学スレッドへ移動すべきでしょうね。

私の問題提起はもっと、素人的なのです。人間が「真善美」にあこがれるのはなぜ
か、自由を求めるのはなぜか、と考えると、人間の精神の中に「真善美」や「自由」
がもともとあるからだと思うのです。キリスト教の原罪とは、「神への背き」だと
言いますが、それを実感するには、本来人間は神に属するべきものだという「自覚」
がないといけない。神は絶対者だから、人間は隷属すべき、という頭で考えた結論
じゃなくて、肌で感じるような「自覚」があるからこそ、神に背くことに罪の意識
が生まれてくるのだと思います。

もちろん、神が「真善美」や「神に属するという自覚」をプログラムの形で人間の
脳にインプットした可能性はありますが、その場合には神はとんでもない独裁者と
いう風にしか見えないのです。自分のまわりに自分に絶対服従するロボットをはべ
らせて、悦にいるのが造物主が人間を作った目的とは思えない。

結局、人間の中に「神性」のかけら、といったものを認めないと、自主的に神を
求めたり、あるものを特別に神聖とみなすことはありえないと思います。もちろん、
聖書を読んで信仰心を起こすこともないでしょう。

225 :名無しさん@1周年:2001/08/18(土) 09:37
何故そこに、そこにと言うのも変なんだけど
神が存在してるのか、その存在してる場所さえも
何故存在してるのか分からない。

226 :イエスチャン:2001/08/18(土) 10:15
>225

そうですね。「何故そこに」、「何故存在するか」というのも、人間の
持つ「神性」の現れだと言う気がする。犬なら、道端に落ちている骨を
見たら、しゃぶりつくだけで「何故ここに」とは考えない。

「何故」の連続によって、人間は自分の理性を満足させる世界観を
手にいれます。そして人間の苦しみは、2つの原因によって発生する
と思います。

一つ目は、「何故」をそのまま放置しておくこと。
二つ目は、自分の「何故」から築き上げた世界観と実生活とのギャップ
に出くわし、それが解決できない場合。口で「人間の生命は地球よりも
重い」と唱えつつ、保険金殺人で大金を手にする。そういう矛盾を黙認
できず、苦しむのが人間の本質だと思います。

「何故」によって、人間は「自分のあるべき姿」をつかみ、同時にそこ
から逸脱することによって苦しみ、罪の意識を持つのだと思います。

227 :名無しさん@1周年:2001/08/18(土) 11:41
>口で「人間の生命は地球よりも 重い」と唱えつつ、保険金殺人で大金を手にする。そういう矛盾を黙認
できず、苦しむのが人間の本質だと思います。

イエスチャンって苦しんでいるんだね

228 :名無しさん@1周年:2001/08/18(土) 11:50
私はそんなに深い意味で言ってるつもりはない、
神が存在出来るならその発生地点というか、最初に
有った物はどのようにしてその形?を成せたのか知りたいだけ!
ああ言葉がうまく表現できない。

229 :堕靡泥の星:2001/08/18(土) 11:52
人間が「偽悪醜」を行うのはなぜか、不自由を求めるのはなぜか、
と考えると、人間の精神の中に「偽悪醜」や「不自由」 がもと
もとあるからだと思うのです。

ただの言葉遊びのような気もする。「真」も「善」も「美」も所詮
相対的なもので、それ自体として(例えばイデアとして)存在して
いるわけではない。

230 :イエスチャン:2001/08/18(土) 12:01
>227

もちろんです。私も人間ですからね。私が苦しむ限りにおいて、私
は生きる意味がある。

もちろん、苦しみから逃れる方法はある。苦しみの原因をなくせばいい
のです。

一つ目は、「何故」と考えるのをよすこと。
二つ目は、自分の「何故」を打ち消すような既成の価値観を使って、
実生活を正当化すること。

一番有効なのは、既成の宗教概念に身を投じて、それに盲目的に従う
ことです。一石二鳥になる。しかし、その人は人間であることをやめ
る。

231 :(−−):2001/08/18(土) 12:04
>>230
>しかし、その人は人間であることをやめる。

言葉に注意しましょう。
あなたは、既成の宗教にかかわっている人の人間性までも、否定している。

232 :イエスチャン:2001/08/18(土) 12:12
>229

「真善美」と「偽悪醜」を一緒のレベルで論じるのはどうかと思います
けど。「美術館」は至るところにあるが、「醜術館」はない。わざわざ
大金をはたいて、「醜術品」を買い求める人を私は知りません。人は
「醜」よりも「美」を求める先天的な性質を持つと思います。

自由にしても同様で、生まれつき奴隷になりたい人間などいない。赤子
の手を縛り上げてごらんなさい。開放されたいと思って泣き喚くでしょ
う。奴隷でよいと考える人は、「自由、不自由」の二者択一で「不自由」
を選んだのではなくて、例えば食っていくにはその方が楽だ、とか、2次
的な動機による場合が多いような気がします。多くのサラリーマンは、
組織に隷属して働くこと=不自由さを好んでいるのでなく、自立すると
自由は手にはいるが、生活上のリスクが大きくなるなどの理由で、不自
由に甘んじているのだと思います。

233 :堕靡泥の星:2001/08/18(土) 12:31
>>232
>人は「醜」よりも「美」を求める先天的な性質を持つと思います。

「真善美」と「偽悪醜」はコインの裏表の関係だろう。例えば、子供
の好きなマンガを読んでみるといい。子供達に受けている作品の多くは
どこかグロテスクで、直接「真善美」とは結びついてはいない。今
「千と千尋の神隠し」という映画が大ヒッとしているようだが、これ
も相当グロテスクな作品だよ。

>くのサラリーマンは、組織に隷属して働くこと=不自由さを好んで
>いるのでなく、自立すると自由は手にはいるが、生活上のリスクが
>大きくなるなどの理由で、不自由に甘んじているのだと思います。

一面的な見方だな。束縛の中にこそ自由があり、価値があり、安楽
があるという考えだって存在する。脚本を書くことよりも、それを
演じることに価値を見いだす(あるいは演じることしかできない)
人間の方が、現実では多い。

234 :イエスチャン:2001/08/18(土) 12:58
>231

誤解されたらごめんなさい。人間をやめて動物になる、という見下した
意味じゃなくて、人間でないものになる(例えば天使も含めて)という
意味です。

>233

グロテスクの美、というのは「美」の定義を拡張したものだと思います
けど。それまでの価値観では「醜」にランクされていたものに、新たな
美の要素が発見されることで、「美」の範囲が膨らんでいく。大方の日本
人はブルーチーズが苦手のようですが、私はその「美」味に目覚めて
以来、私の「美」のリストに加えられました。

>束縛の中にこそ自由があり

つまりは、「自由」のひとつの形を望んでいるということです。詩文
よりも散文に価値があるとされるのは、韻律などの不自由な制約が多い
からですが、そういう不自由の中でこそ、想像力の「自由」が引き立つ
のです。人が詩を愛するのは、その韻律などの制限にも関わらず、自由
が制限をものともせずに、それを突き破り、作品の中に息づいているか
らです。純粋に不自由に価値があるのなら、自由度ゼロが理想的という
ことになる。創作には必ず自由がある。自由を否定した創作などないと
私は思いますが。

235 :イエスチャン:2001/08/18(土) 13:00
234の訂正:

詩文よりも散文に価値がある
--->散文よりも詩文に価値がある

236 :(−−):2001/08/18(土) 13:07
>>234
しつこくてごめんなさい。

今までのあなたのご発言の内容から考えると、
私には、このお返事は詭弁に聞こえます。
結局、それがあなたの本心だと感じました。

なお、この書き込みに対するレスは、不要です。

237 :名無しさん@1周年:2001/08/18(土) 13:27
>>236
イエスチャンはほっとけばいいんだよ。
彼自身が自らの奴隷になっていることに気づかない哀れな奴なんだよ。

238 :イエスチャン:2001/08/18(土) 14:32
>237

お言葉を返すようですが、人間に自由意志があることの喜びを理解できない
あなたの方が、私には憐れに思える。

239 :名無しさん@1周年:2001/08/18(土) 14:35
イエスチャンのあたまの回路

>しかし、その人は人間であることをやめる。 <イエスチャン

→>言葉に注意しましょう。 あなたは、既成の宗教にかかわっている人の人間性までも、否定している。<231

→という見下した 意味じゃなくて<再びイエスチャン

→一つ目は、「何故」と考えるのをよすこと。

イエスチャンは人のいうことがわからないらしい。なぜって? そんなことは考えちゃダメダメ

240 :名無しさん@1周年:2001/08/18(土) 14:51
>>239
ひょっとしてイエスチャンの頭の中って・・・。
いやいや、こんなおそろしいこと考えちゃダメですね。
きっと彼はね、ただ自分を信じていたいだけなの。
もっとも自分を疑ってみるだけの頭を
持ち合わせていないだけなのかもしれないけれど。
これもよく考えたらおそろしい考え。

241 :堕靡泥の星:2001/08/18(土) 15:29
>>234
>新たな美の要素が発見されることで、「美」の範囲が膨らんでいく。

ブルーチーズは何も変わっていない。あなたの認識が変わっただけだろう。
つまり「真善美」といえども、人間の主観を離れて存在するものではない
ということだ。むしろそれらは人間の側に属するのもである。と考えるこ
ともできる。(話がそれているのが、まあいいや)

>つまりは、「自由」のひとつの形を望んでいるということです。

不自由である自由というものも存在する。というより、不自由のない自由は
真の自由ではない。というのは屁理屈かな?

私が言いたいのは、自由は最高の価値ではないと言うことだ。自由を捨てて
安楽を取るという選択肢は常にあり得るし、実際ほとんどの人は後者を選ん
でいるだろう。また、自由を捨てることによって、真の自由を得るという方
法もある。例えば、「神の奴隷」を名乗る信仰者がいるが、これは自分が自
由であることの逆説的な表現でもある。

242 :イエスチャン:2001/08/18(土) 16:22
>241

>「真善美」といえども、人間の主観を離れて存在するものではない
>ということだ。

これについては異論なしです。

>不自由のない自由は真の自由ではない。というのは屁理屈かな?

いや、たいへん面白い問題提起だと思います。選択肢が増えるほど、人は選択に
苦しむことになるので(選択は自由だが、結果には責任が伴う)、自由とは呪い
でもあるという人もいる。サルトルでしたか?

>「神の奴隷」を名乗る信仰者がいるが、これは自分が自由であることの逆説的な
>表現でもある。

恐らく驚かれるでしょうが、私も同様に考えています。仏教用語を使うと、最後
には他力しか救われる道はない。ただ、それは自力を尽くしきって、もう自分には
何も残されていないという、せっぱ詰まった「諦観」が伴った他力でないと、本物
ではない。「奴隷根性」のない「神の奴隷」でなければならない。パウロもまた、
自分自身との格闘の結果、「諦観」に達してあのような他力に到達したので、
パウロ書簡を読むだけではパウロが経験した「諦観」は再現されない。所詮は
「神の奴隷のつもり」が関の山でしょう?

本当の「神の奴隷」なら、全財産はおろか、命まで投げ捨てて平気のはずです。
実際には、命も財産も惜しくてしょうがない自称「神の奴隷」が主流ですね。

243 :イエスチャン:2001/08/18(土) 16:32
自由意志の行使については、いつも「放蕩息子」の聖句を思い出します。

「放蕩息子」は、自由意志を行使して世界中を歩き回り、もうどこにも自分が求める
ものはなかった、と「諦観」に達したから、父の元に戻ってきたのです。

では、最初から自由意志を使わずに、家の近くをブラブラしていたら、父はあれほど
の歓迎をなしたでしょうか?「もう、父の元に帰ろう」と言っても、「そろそろ、
日が暮れる」という軽いものから、「もう、帰るしか自分には残されていない」と
いう深刻なものまで千差万別。これを同じ「父の元に帰る」という行為にひっくる
めるのはおかしいと思います。

244 :名無しさん@1周年:2001/08/18(土) 18:49
お前ら馬鹿だななに難しそうな言葉を並べて遊んでんだよ
用は神なんていないんだよ、宗教なんて互助会だと思うし
それならばと割り切つて利用し利用されてるだけなんだよ
それは始めを考えるととても不思議だけどそれは誰かが
理屈を考えて統一された結論を出すまで待てばいいでしょう
その間は宗教も生き長らえるんだから

245 : :2001/08/18(土) 22:52
耶蘇のくせに・

246 :名無しさん@1周年:2001/08/19(日) 07:30
天にまします我らが神よ
人は神に似して創られたといいます
?何ゆえ神は自分の姿を自覚されたので
ありましょうか?

247 ::2001/08/19(日) 18:10
三位一体だから互いに相手の姿が見えたんだよ、きっと
これだけでも三一を否定する異端の愚かさがわかるね(w

創造した水の表に自らの姿を映したんだよ
こんなことがわからないだけでも三位一体論者の愚かさがわかるね(w

248 :名無しさん@1周年:2001/08/19(日) 19:29
三位一体だかなんだか知らないけれど、お互いの存在を
姿として自覚したのかな?形として見えたのならばモデルとしての
なんらかの・・・・がある筈じゃないですか?

249 :名無したん:2001/08/19(日) 21:14
>>247-248
三一論は、内村鑑三のキリスト教問答を参照キボン。
いや、読んでも良く分からんのだけど、いかにも合理的で正しそうなユニテ
リアン(三位一体を否定)の誤りが、何となく見えてくる。
つうか、アウグスチヌスが「三位一体って何よ?」と頭を抱えていたら、天
使が来て「下手な考え休むに似たり」と言ったという伝説があるから、漏れ
らのような凡人が悩むだけ無駄のように思われ。思考停止という非難を浴び
てもなおだ。

つうか。専門的な話は「史的イエススレ」「神の無限性スレ」「田川建三っ
てどうよ?」なんかを立てて、本来の初心者向け質問箱スレに戻しませんか?
今のやり取りだと、初心者さん入ってこれないよ。

250 :名無しさん@1周年:2001/08/19(日) 22:19
三位一体とは?

要するにイエスは神だ。
パウロや聖書記者に宿った聖霊も神だ。

それだけ分かってればよろしい。

251 :名無しさん@1周年:2001/08/19(日) 22:33
キリスト教における、
サターンとデーモンってどう違うの?
教えて下さい。

252 :堕靡泥の星:2001/08/19(日) 22:38
前の方で書いたが、もう一度。

善きサマリア人は救われるのか?
救われるとしたら、その聖書的根拠はなにか?

253 :名無しさん@1周年:2001/08/19(日) 22:50
「あなたも行って同じようにしなさい」
というイエスの言葉じゃない?

254 :堕靡泥の星:2001/08/19(日) 22:53
>>253
なるほど。ではもう一つ聞きたい。善きサマリア人は信仰によって
ではなく、その行為によって救われたわけか?

255 :名無しさん@1周年:2001/08/19(日) 23:40
別に旅人を救って売名行為にしようと考えたわけじゃない。
純粋に「隣人愛」で助けたんだろうな。

その、純粋に隣人を愛する心が、神様に評価されたと思うよ。

256 :251:2001/08/19(日) 23:55
>>251
誰か答えてよー。
レスがないなら、新しいスレ立てちゃうよ。

257 :名無しさん@1周年:2001/08/20(月) 00:44
 サタンは「反対者」という意味、だからイエススは弟子のペトロが
自分の死を使徒たちに予告するときに「主よ、そんなことがあっては
なりません」と進言するときにも「サタン、去れ!」ということを仰る。
[マタイ16:23 マルコ8:33参照]
 「サタン」は、神に逆らう者という意味を持って悪魔を指し示す言葉
として使われる。特に悪魔のうちでも直接神でに逆らう親分肌の悪魔を
指し示すことが多い。
 これに対して、「デーモン」は、霊的、神秘的ななにか力がある霊を指す。
サタンに仕える立場のものを指すことが多い。また人間の持っている神秘的な
側面、性質を、神への信仰を忖度せず表現する場合に「デモーニッシュ」な
ものと形容することがある。現実に影響を与えたり、天才的なインスピレー
ションを与えたりする「何者か」をそう表現する。
            これらが、自分の場合の言葉から受ける印象。舌足らずごめん

258 :名無しさん@1周年:2001/08/20(月) 13:24
神は何故ヘビなど使って自分で生み出した物を試したんだろう
そもそも試すという行為じたいが自分を信じていない
つまりは何かしらの存在を感じた上での不安の表われなんじゃないか
自分以外のなにか、それを不定したくてやる自分の中の心の葛藤。

259 :名無しさん@1周年:2001/08/20(月) 14:02
蛇が、エワを神に背くようにそそのかしたんだよ。
神様がアダムとエワを試したんじゃないよ。
神と人との関係は自由な交わりを前提とする、神の問いかけに
対する答えだよ。神よりも蛇を信じちゃだめだよ、
まず、蛇の言った事を神の言葉を確認して確かめないと。
神が問いかけに答えられなかった時には、蛇が神になっちゃうな。
そういう人も世の中にはいるのかな?
その辺はわからないね。

260 :名無しさん@1周年:2001/08/20(月) 14:24
あずみさんってかなりイスラムになびいていらっしゃるようですが、キリスト教は彼女のような人もクリスチャンとして受け入れるんですか。

261 :名無しさん@1周年:2001/08/20(月) 14:54
1996年にもゴッビ神父は来日いたしました。
10月7日の秋田聖体奉仕会から始まり
17日の長崎のカトリックセンターまで全国7箇所で、
私も13日(ファチマ太陽の奇跡の日)に
東京の下井草教会のチェナクルムに行ってきました。
わたしは、ビデオで撮影しました。
ゴッビ神父の説教のところをビデオで再生して見てみますと、
日本についてのメッセージがありました。
それは、「私たち日本人のほとんどが信者ではありませんが、
私たちの生きているうちに大きな奇跡があり、日本人の大部分が回心し、
カトリック信者になり、マリア様を愛するようになります。」
というようなメッセージであります。
近い将来にメッセージのとおりになりますように、
ますます信心業に励み、日本人全員のために神に祈りましょう。

262 :名無しさん@1周年:2001/08/20(月) 17:30
カソリックを中心にキリスト教を勉強し始めて、疑問点が出てきたので質問させてください。

1:カソリックは、プロテスタントに比べて、教義に、信者が関与する主体性がより少ないように思います。
そして、ホセ・ヨンパルト先生の本を読んでみると、なんだかその点が信者にとって良いことのように書いていたのですが、このことの意味が良くわかりません。
なんとなく、主体性がないことは、マイナスの評価のような気がするのですが、それは主体性という言葉にとらわれすぎでしょうか。
また、(他の本で読んだのですが、)吉満(「よしまん」って読むのですか?)義彦や、田中耕太郎などは、元熱心なプロテスタントだったようですが、カソリックに転宗したのは、↑の問題と関係あるっぽいのですが、そうなのでしょうか。

263 :名無しさん@1周年:2001/08/20(月) 17:33
つづき

2:カソリックは、ローマ教皇を敬慕しますが、それになんだか抵抗感がぼくにはあります。
例えば今のヨハネ・パウロ2世様だったら問題ないのですが、昔は教皇位をお金で買ったりしたふとどきな(?)人がいたんですよね(グレゴリウス6世とか)。
将来にわたって、卑しい人が、教皇位につかないことは絶対にないとはいえません。
その時、カソリック信徒の方は、どういう態度をとられるのでしょうか。
そのような教皇であっても敬慕するのがベターなのか、そうでないのか、という事なんです。


まだ勉強し始めたばかりで、的外れな質問かもしれませんが、よろしくお願いしますm(__)m

264 :傍観者:2001/08/20(月) 18:08
>>254の切り口は鋭い。

最も大切な律法とは何か--->それは心を尽くして神と隣人を愛することである
--->では、隣人とは誰か--->困っている人を助けた時、その人は隣人になるのだ

つまりは、「よきサマリア人のようにふるまうこと=最も大切な律法を守ること」
である。

もし、サマリア人の行為によって救われたのなら、サマリア人がキリストを信じよ
うが信じまいが、彼は天国へ迎えられる、と言っていることになる。つまり、信仰
義認の正当性がイエスの言葉によって打ち破られる。

265 :考える名無しさん:2001/08/20(月) 18:46
>>263
職位としての教皇ならびに、教皇が職権として下した諸教勅に対しては敬慕し尊重する。
個人としての教皇は蔑視しまくり。
これが事効説からも類推される適切な態度。

どんなアホがわが国の天皇になっても(例:大正天皇)、天皇の国事行為は有効なのとおなじ。

266 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 03:02
259答えになつてない、神がためしたんじゃなくて、
とか,ヘビが・・・、違うんだな、誰が言ったか、じゃなくて
いずれも神?が創造物だろう、自分の創造物を何故試すような
行為をしなければならないのか、ヘビでさえも自分で創った物だろ
それをアレは神が・・・ヘビが・・・そうじゃないでしょう。
よく読み込んでくれよな!

267 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 04:26
>>251 エンカルタからの引用ね

キリスト教ではデーモンは、
旧約聖書の中の「けがれた霊」にふれた記事を基に、
異教的なものとして排斥された。

中世のキリスト教神学では、
神にゆかりをもつ天使とサタンのひきいる堕天使(デーモン)の
複雑な位階ができあがり、サタン自身は堕天使の元祖とされた。

デーモンという語は、
英訳聖書ではたいていdevil(悪魔)という言葉におきかえられ、
新約聖書では悪霊と同一視されている。

"デーモン" Microsoft(R) Encarta(R) Encyclopedia 2001.
(C) 1993-2000 Microsoft Corporation. All rights reserved.

268 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 04:33
>>248
神の霊魂に似せられて、人間の霊魂が作られたと
するのが伝統的な解釈だよ。

まあ、いろいろな宗派というか、いろいろいな人がいますから、
いろいろな発想があるようです。

269 :>258さん:2001/08/21(火) 07:15
神がためしたんじゃなくて、
とか,ヘビが・・・、違うんだな、誰が言ったか、じゃなくて
>いずれも神?が創造物だろう、自分の創造物を何故試すような
>行為をしなければならないのか、ヘビでさえも自分で創った物だろ
>それをアレは神が・・・ヘビが・・・そうじゃないでしょう。
>よく読み込んでくれよな!

 蛇は賢いものの象徴であったり、エジプトの神々のトップを暗示するもの。
もう一つの「秩序や合理性」を主体にして法則に生きる立場を意味している。
 一方、神はイスラエルの民をエジプトの奴隷状態から解放して導く、人格的
交わりと信頼を重視する天地を造られた神が、アダムとエワの側にいてご自身が
まったく彼らを信頼するように彼らも自由の中で神を信頼し神に向かって応える
ことを要求している。

 蛇は神が創造されたものだから、神に逆らってアダムとエワのような弱い
人間をそそのかすわけがない、というのがあなたの理解だが、物語のあらすじに
含まれる内容理解が少しおかしい。
 創世記から申命記までの5つの書は、モーセ5書とよばれていて、その内容を
読み解くのに、イスラエルの民族への歴史や神の直接のモーセを介した導き
への背景、経緯を知る必要がある。
 もうひとつは、それぞれの動物なり人間の存在は基本的に神様の一部ではなく
それぞれの存在の内面、外的環境に固有の性質をめぐらせる各々なんだよ。
神に造られたといってそのままでは神の手足でもない自由に動き回れる個々に
性格、性質を持ち合わせた存在だ。神に自由に応えるということを第一義にしないと
神から離れる愚かしくも「知恵」と呼ばれる偽りに人間は翻弄されてしまう。
 知恵の代表者として「蛇」すなわちエジプトのファラオがかむる王冠にある
蛇が神に逆らい、自分たちを惑わす象徴として初めの物語に出てくるんだよ。
つまり、天地を造られた主はひとたび自分たちをエジプトの支配から逃れさせ、
導いておられるのだから、神への逆らいをいざなうそういう蛇がいたら気を付けろ!
という意味合いがあるんだよ、この話の中には。

270 :269:2001/08/21(火) 07:20
 ちょっと文がおかしすぎた。
これは読まなくていいからね、頭の中がおかしくなるかもしれないからね。
また、機会を見て、258の投稿に答えるよ。ごめんね、乱文のままで。>258

271 :律法学者:2001/08/21(火) 09:32
>269
難解な言葉を駆使して相手を説き伏せようとしている内に
自分自身が混乱してしまったようですね。
クリスチャンにありがちなパターンだ。
258の疑問はもっと単純なものだし、もっと簡単な言葉で答えられるはずだよ。

272 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 09:37
>271

その通り。何でもかんでも聖書の引用で説明しないと気がすまないの
は、自分の頭で理解できていない証拠だよ。

小学校の作文を見るとよくわかる。自分の言葉で生き生きと文章を書く
子もいれば、どこかの本か両親の言葉を丸写しにしてきた、味気のない
文章書く子もいる。269は明らかに後者のパターンだね。

273 :律法学者:2001/08/21(火) 09:52
神は人間も蛇も創造したが、同時に自由意志も与えている。
蛇が人間をそそのかすのもそそのかさないのも蛇の意志による。
人間が蛇を信じるのも神を信じるのも人間の意志による。
だから、神は蛇をそそのかしたわけではなく、人間を試したわけでもない。
蛇と人間の行為を傍観していたのです。

274 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 10:07
分からないかな、自由意志だろうがなんだろうが、
それが神の創造物である限り,神の意志なんだよ
初めからそうなるのは分かるはずだし(全知全能なんだから)
それなのに、試しをやるのは、自分が創造した物に対しての
不安感、つまりは自分(神)自身が誰かしれない存在物に
試験をうけて提出まえに自己採点してるようなものじゃないですか。

275 :律法学者:2001/08/21(火) 10:45
258=274ですか?
>初めからそうなるのは分かるはずだし
とご自分で書いてるではないですか。
初めから分かっているんだから試しているのではないですよ。
また、試す必要もない。
人間と蛇がそれぞれ自由意志で行動することを許していることが
神の意志なのです。

276 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 11:04
分からないんですね?試されたからこそ、アダムとイブは
楽園?から追放されてんじゃないですか私が分かるはずとかいたのは
神が何故自分の創造物に対してヘビを使ってまでして
その結果に対して責任を負ってない・・・うまく表現できない。、

277 :律法学者:2001/08/21(火) 11:23
1.神が自分でではなく蛇を使って試した。
2.神が人間を試した。
3.人間が楽園を追放されるようなことをするのを傍観していた。
 (または、神が人間を管理して、蛇にそそのかされないようにしなかった)
など、どの点に疑問を感じてるのでしょうか?

278 :答え:2001/08/21(火) 11:27
神は確信犯

279 :答え:2001/08/21(火) 11:29
わざと楽園から追放されるように仕向けて
人間が下界で苦労して転げのたうちまわって
ヒイヒイ言ってる喜劇(悲劇?)を天上から見て
腹を抱えて笑ってるのが神。

280 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 11:37
まあ、本当はそんなには、深刻には考えてはいないけどね
所詮互助会、教義は必要だよね、
嘘も長い間には本当?になるし
あの,東スポでさえ・・・どうなるのか・・。

281 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 11:39
>280
意味不明

282 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 12:01
>>276
神はどうしても人間と天使に自由意志を与えたかった。
特に霊と物質からなる人間に自由意志を与えることが
天地創造の一つの大きな意義であった。

それがどういう事態を招くかを知っていたので、
自分自信を創造するもの、贖い裁くもの、聖化するもの
の三つとして存在させた。

自由意志という、本来は神自身にしかふさわしくない
とてつもなく貴重かつ危険なものを被造物、
特に人間に与えるということに、
神が人間と自分に対して、その責任を果たすことが
キリストの贖いである。

まあ、こんな考え方もあるということでご参考までに・・・

283 :名無しさん@1周年 :2001/08/21(火) 12:39
>282

しかし、神様は一体何のために、そんな「自作自演」のひとり芝居をなすった
のでしょうか?

284 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 12:54
そうしないと原罪が存在しなくなるからです。
神は原罪を創造することで将来キリスト教が成立することを
見越していたのです。
おお、なんとすばらしき神のお力!!

285 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 13:06
>>284
馬鹿みたい

286 :のらくろ:2001/08/21(火) 13:11
>>285
マアさう言ふな。みんなかうして遊んでゐるんだから。

287 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 13:13
>>283
人間を最初から造らないとか、
アダムとイブの二人の時点で人類の歴史を終了させるのなら、
三位が存在する必要はなかったのかもしれない。

だけど哀れみ深い神は、人類を存続させることを決めていた。

堕落した人類を救うためには、三つの独立した完全な存在として、
それぞれの役目を完全に果たす必要がある。

伝統的な解釈は、だいたいこんな感じです。
まあ、キリスト教徒にもいろいろな人がいて、
いろいろな考え方があるんですけどね。

288 :283:2001/08/21(火) 14:15
>287

「堕落」という概念そのものに無理があるような気がします。
これは、神が見て「堕落」だと決めることでしょう?人間にとっては「堕落」と
感じられない場合もある。たとえば、田舎の電柱などに張ってある「悔い改めよ」
と書いた看板を見て、「一体、何を唐突なことを」と感じる人の方が多いでしょう。
「悔い改めよ」と言われて、図星を指されたと冷や汗を流す人はほとんどいない。

もし、人間の側に「堕落」の意識がなくて、神が一方的に「堕落」を宣言し、一度
は人間を滅ぼうとまで決心し、考え直して自分の「分身」を犠牲にして、「堕落」
を帳消しにしたとしても、すべては人間の蚊帳の外の話であって、人間には何ら
有り難味が沸いてこない。結局は、神様のひとり芝居で、芝居のネタにされた人間
は、それを醒めた目で見ている、という構図になる。

人間の側が理解できないひとり芝居に対して、(いくら全権力を持つ神様に対して
といえども)「いやあ、私は心から神様のお芝居に感動しました」と愛想よく拍手
を振りまくというのは、神様に対する媚び、ないしは自己欺瞞にすぎない。

289 :律法学者:2001/08/21(火) 14:21
>288
>人間の側が理解できないひとり芝居に対して、(いくら全権力を持つ神様に対して
>といえども)「いやあ、私は心から神様のお芝居に感動しました」と愛想よく拍手
>を振りまくというのは、神様に対する媚び、ないしは自己欺瞞にすぎない。

そのひとり芝居を信じることからクリスチャンの道は始まっているのですよ。

290 :283:2001/08/21(火) 14:35
>289

そういう風に肯定されると、「それなら、お好きにどうぞ」としか
言えなくなっちゃう(^^;)。

結局のところ、信仰とは「そういう」ものなんですかね?何だか空しい
気がするなあ。原罪が単なる神話上の産物だとしたら、それこそ自らの
手で一生を灰色に染めて暮らすことになる。もちろん、その逆の仮定も
ありでしょうけど。そのペシミズムが私には理解できない。

291 :律法学者:2001/08/21(火) 14:58
信じない側から見ると空しいのですが、信じる側から見ると喜びなんですよ。
ただ、原罪は決してペシミズムではないんです。
自分は原罪を持つ咎人だというところで止まってしまうと悲惨ですが、
その罪から解放されたいという意欲が信仰につながっていると思います。
実際は、自分自身の罪の意識や心の傷を原罪に投影している人も少なくないと思われます。

292 :283:2001/08/21(火) 15:09
>291

>信じない側から見ると空しいのですが、信じる側から見ると喜びなんですよ。

その感覚は、私にも理解できる気がします。

イエスも宣言しているとおり、「病人(あるいはそう思い込んでいる人)
のために私は来た」ので、本来は罪の意識に苦しむ人が、心を癒すため
にキリスト教はあると思います。だからこそ、罪人や売春婦の方が義人
よりも先に天国へはいる。

しかし、自分は健康だと思っている人(義人)は、いくら説得しても
病人にはなってくれないし、自分が病人だからと言って、相手にまで
それを押し付けるのは如何なものかと思います。世の人がキリスト教
を「押し付けがましい」とか「偽善的だ」とか感じるのは、相手に
「人間は例外なく罪人だ」という価値観を押し付ける姿に、「自分も
また罪人だ」という意識から来る謙虚さが欠けているからだと私は
思います。

実際に「自分が罪人だ」という事実を、本当に自覚しているキリスト
教徒というのはごく少数だという気がしていますが、如何でしょうか。

293 :けんじ:2001/08/21(火) 18:11
「原罪」を原語では「的を外した事」だと何かに書いて
ありました。
 もしそうだとして、「的」とは何を意味しているので
しょうか。

294 :287:2001/08/21(火) 18:17
>>288
最初に世界が造られたときには、全てのものは完全であり、
人間は被造物ながらも神の子にふさわしい完全さを備えていたとされます。

その上、人間には、その完全な世界において、全てのものが与えられ、
ただ一つのことを除いた他は全てのことが許されていました。

その一つのこととは、罪を犯して神の子の資格を失うことです。
それは、神が禁止した木の実にだけは決して触れてはいけない、
食べてはいけないという、ごく単純で簡単なことでした。

このように、どんな小さな罪を犯す必要もなく、
またどんな小さな罪を犯すはずもなかったにも関わらず、

人間は神の言いつけに背いて無邪気ともいえる罪を犯してしまいますが、
素直に自分の罪を認めて神に許しを求めようとはしないで、
その責任を女は蛇に、また男は女に押しつけようとしました。

このようにして人間は自分の罪を増大させ、
ついには神の子としての資格を失い、楽園から追放されてしまいます。
このようにして人間の堕落が始まり、世界に罪が入り込んだとされます。

そして、その責任はサタンと人間にあるのにも関わらず、神は人間を哀れみ、
人間を初めにあった完全な状態に戻して楽園に連れ戻そうと、
救いの手を一方的に差し伸べ続け、それに応じた人間を救おうとする。

人の堕落と神の救いに関する伝統的なキリスト教の考え方は、
だいたいこんな感じです。長くなってごめんなさいね。

295 :考える名無しさん:2001/08/21(火) 18:21
>>293
「神を思い、神の御心にかなうべき言動を心から行う」事が、的にささった
状態だ、というのが、平均的なキリスト者の解釈ではないでしょうか?

296 :考える名無しさん:2001/08/21(火) 18:23
付記、
その状態は、神が人を創造されたとき、人をかくあるべしと希望し・意図して
お造りになられたその状態・原人間態と同一です。
その原人間態こそ、人間の本来的(堕落前的)本質であり、その回復こそが
神が望まれ、人が求める所のものだ、と多くによって考えられている、と思います。

297 :283:2001/08/21(火) 18:35
>294

解説をありがとう。

アダムとイブが、神様の言いつけを破ったのは悪いでしょうが、それは
彼らが「神の言いつけに背くことは悪いことだ」と知っていたにも関わ
らず、強行した「確信犯」だからです。

ところが、聖書を読んで、私が「う〜む。アダムもイブも楽園追放され
て当然だな」位の感想を持つとしても、その罪が自分の血の中に入って
いるのだ、と言われたら「うっそー!」と叫ぶしかない。

結局は、「身に覚えなき罪」にすぎないのですよ。現代人にとっては。
こうなると、「罪の意識なしに為したことは罪になるか」という、
>>288の問いかけに戻ってしまう。

いい喩えが見つからないのだけど。闘牛場で、牛が「誤って」闘牛士を
殺してしまったとすると、牛は人間によって「処刑」されます。しかし、
牛にとっては正当防衛でしょう?牛がモノを言ったら、人間の身勝手さ
を罵ると思う。たとえ牛が人間よりも「下」の存在だとしても、これは
牛の方に「理」がある。牛は、のんびり草を食べて余生を過ごそうと
していたのを、人間の勝手な都合で利用され、最後には処刑される。
これではたまったものじゃない。

このことは、人間と神の関係についても言えると思います。たとえ神で
あっても、人間の「理」に合わないものは断固、糾弾すべきです。「その
罪は、私には覚えがない」と最後まで叫び続けるべきです。なぜなら、
それは本当のことだから。

298 :283:2001/08/21(火) 18:51
>297

牛の喩えはやっぱりよくなかった。

ちょっと生々しいのを(^^)。最近、今まで仕事上でお世話になって
いたある人と仲たがいになってしまった。彼曰く、長い間、お前に目
をかけてやったのに、飼い犬に手をかまれた、と。私は弁解しなかった
けど、本心は全く違うのです。むしろ、彼の非道な行いを諌めただけ。

ふと、人間が神に背を向けたときのことを考えました。きっと、神様
なら、こんなわからないことを言わないだろう。私の本心は全部ご存知
のはずだから。

アダムとイブが神を裏切ったのは、心の中においてです。「あ、悪いこと
を俺達はやっちまった」という意識が罪なのです。神はそれを見抜いて
居られた。天国になっている知恵の実のひとつやふたつ、神にとっては
どうでもよかったと思う。人間がほしけりゃ、きっと木丸ごとくれて
やったでしょう。むしろ、「ぬすっと心」でそれを口にした彼らの心が
悲しかった。

もし、この推測が正しいのなら、「ぬすっと心」で知恵の実を口にした
ことがない現代のわれわれには罪など存在しないのです。罪は、それを
罪と知りつつ犯したとき、犯した人に科せられるものです。

299 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 19:27
何故俺を避けるんだ不思議俺なにか変な事した?
理由が分からない、このくらい誰でもしてるじゃないか
自由じゃないんですね、このスレ。

300 :ふらんちぇすこ:2001/08/21(火) 19:32
>>299
あ?どうしたんだ?

301 :294:2001/08/21(火) 20:13
>>298
とりあえず、善悪の知識の実について・・・、

神の計画は完全なものであるという考えから
聖書では、それが行われるべき「時」を重要視します。

また、楽園には人間にとって不利になるものは何一つ無く
全ては人間に与えられるはずのものであったとすれば、
神が二人の人間に知恵を食べるなと命じたのは
人間がまだ善悪の知識を得るべき時ではなかったからだとも考えられます。

いずれ神が計画していた時が来て、人間に善悪の知識の実が与えられ
最もふさわしい時に人間が善悪の知識を得るようになったならば、
人間はますますその完全さを高め
被造物ながら、まことに神の子にふさわしい存在になるはずであった、

と解釈することもできます。

302 :294:2001/08/21(火) 20:22
>>301
「被造物ながら、まことに神の子にふさわしい存在」と書くと
何かとトラブルを招きそうだから、
「被造物ながら、まことに神の子と呼ばれるにふさわしい存在」
に訂正します。

303 :名無したん:2001/08/21(火) 20:57
>>258
「サクッと6日で組んでみたけど、このプログラムどうよ? 俺の最高
傑作だぜ」なんて、その時は自画自賛していたんだ。
でも、気がついたら、サタンが勝手なことしてやがる。消去だ消去。で
も、プログラム全部消去するのもったいねーしな。
その時ひらめいたんだ。何千年かしたら、一人息子をつかわして、パッ
チあてさせようってな。
(『元祖ハッカーの自叙伝』、ヤハウェ著、山形浩生訳、翔A社刊)

本当の神様はこんなに単純じゃないだろうけど、ハックとライフゲーム
の元祖には違いないと思われ。

304 :名無しさん@1周年:2001/08/21(火) 21:39
「キリスト教に文句のある人、おいで」スレに来てなんとかしてください。
ブルトマンを狂信して滅茶苦茶なことを言って惑わせている人がいます。

305 :名無しさん@1周年:2001/08/22(水) 01:35
>304
キミは何を恐れているんだい?

306 :名無しさん@1周年:2001/08/22(水) 01:55
唐突な質問で申し訳ありません。

フィリピンであったホテルの火災、
被害者の多数はキリスト教系の団体さんだったようなのですが、
どちらの団体さんかご存じの方いらっしゃいますか?
そこまで追った記事がどこにもないもので。

確かな情報をお待ちしています。

307 :名無しさん@1周年:2001/08/22(水) 06:57
299です、私がアクセスしょうとしたら、mentai・・・てでるんです
変な事書いた覚えはないし、どうして?
ただ、アダムとイブのことをかいただけなのにね
274.276.も私ですけれど。

308 :>299さん:2001/08/22(水) 07:11
http://mentai.2ch.net/psy/index2.html
のページを開こうとするとメッセージが出るんですか?
それとも[書き込む]を押して投稿しようとすること
メッセージが出てリロードや書き込みの拒否を受けるんですか?

 仰っていることが、読んでもよくわかりません。
『mentai・・・てでるんです 』とお書きになっていますが、
この心と宗教の板はmentaiという名前がサーバ名のようですよ。
エラーメッセージの内容を書き込まないと何があなたに起こって
困られているのか何にもわかりませんが。。。

309 :けんじ:2001/08/22(水) 08:05
>>295
>>296
早速のレス有難うございました。たいへん参考にになりました。
ところで時間軸の中で客観的に有りうべき原人間態の的をどう射
止めるのか ?
そして、神が志向された状態についての認識をどうやって純化さ
せるのか ? 一般道徳その他の知識があまりにも多すぎて、す
べてが雑然としています。
このあたりよく分かりませんが、自分で考えたいと思います。

310 :>299:2001/08/22(水) 08:15
アクセスしたとき、書きこみしたときのエラーメッセージをコピペできる?

>>299のアクセス時間なら、mentai鯖のread.cgiを止めて
リブートしてた時間の直後かもしれないから、そのことかも。。

311 :>299:2001/08/22(水) 08:19
お馬鹿の立てたスレだけど、参考になるかも。

心と宗教読めない&書きこめない
http://teri.2ch.net/test/read.cgi?bbs=accuse&key=998380292&ls=50

312 :名無しさん@1周年:2001/08/22(水) 10:03
299です、初心者な者であわててしまいました。
わたしがキリスト教にこだわるのは、実はもうすこしで洗礼を
受ける寸前までいつたからです、幼心に懸命に神の言葉を覚え
そしてカードをもらいとても嬉かつた、そのころは何の疑問さえなかった、
けれど、様々な知識が?を産み疑心暗鬼を呼び覚ました。
神なんているのか、困り果てた時、救いが?運がよかった時は神様のおかげ
え マジーそれは都合良すぎるよね、ま 逆もまた真なんだけれどね

313 :名無しさん@1周年 :2001/08/22(水) 10:35
>312

>神なんているのか、困り果てた時、救いが?運がよかった時は神様のおかげ
>え マジーそれは都合良すぎるよね、ま 逆もまた真なんだけれどね

これは、信仰者なら誰でも一度は通る関門だと思うよ。299さんは早めに
気づかれてよかったと思う。?を放置していては碌な結果にならないから。

314 :律法学者:2001/08/22(水) 13:17
>312
>幼心に懸命に神の言葉を覚え
>そしてカードをもらいとても嬉かつた、そのころは何の疑問さえなかった、
>けれど、様々な知識が?を産み疑心暗鬼を呼び覚ました。
それは
アダムとエバが知恵の実を食べ、知識を得て神と断絶したのと同じ。
断絶した神との仲を取り持ったのがイエス。
これにより、神はあなたに手を差し伸べている。
その手をつかんで救われたいと思ったら洗礼を受ければいいし、
思わないなら洗礼を受ける必要はない。

315 :313:2001/08/22(水) 13:24
>314

>アダムとエバが知恵の実を食べ、知識を得て神と断絶したのと同じ。

結果的には同じかもしれないけど、一旦自分の心に沸いた疑問は、絶対
に消え去らないと思うよ。疑問を持たないで無批判に受け入れる、という
ことと、自分の疑問を乗り越えて、納得した上で受け入れる、というのは
天地ほども違う。

モルヒネを大量に注射して、疑問が一切出ないようにすれば、人間は神に
忠実か、と言えば、それは誤魔化しにすぎないと思う。

>その手をつかんで救われたいと思ったら洗礼を受ければいいし、
>思わないなら洗礼を受ける必要はない。

私は、この脅迫的なセリフが全く気に入らない。

316 :名無しさん@1周年:2001/08/22(水) 14:05
キリストって何者なんだ,(神の子?)
自分一人で人々の罪を背負い死んでいく、
(彼らは何をしてるか分からないのです)
お前(キリスト)が何をしてるか分からないんだよ、
じゃ何かい、人々の罪は許されたのか
もともと罪なんかある筈ないけれ。、
第一何故キリスト教は旧約聖書と新約聖書を同一してるのも
分からないね,同一してなければ、キリスト教が存在しないけど
キリストが予言されてた救い主と位置ずけたのは、
結局は弟子達でしょう、
どこにも新と旧を繋ぐ根拠なんってないんだよね。

317 :律法学者:2001/08/22(水) 14:08
>315
実際は、疑問とか納得とかではなく、何かにすがりたいという気持ちで
入信する人が多いのではないかと思う。
>私は、この脅迫的なセリフが全く気に入らない
脅迫的とはどういう意味でしょうか?
神を信じないまま入信したら後が大変ですよ。
信じる人だけが入ればよいと思うんですけど、脅迫に聞こえるのでしょうか?

318 :313:2001/08/22(水) 14:28
>317

>脅迫的とはどういう意味でしょうか?

読み方にもよるんでしょうけど、「神は救いの手を差し伸べているのに、
それが本物かどうかを考えてばかりで手を出さないあなたは、救われ
ませんよ、どうぞ御勝手に」という風に読めたもので。

>信じる人だけが入ればよいと思うんですけど、脅迫に聞こえるのでしょうか?

そういう意味でなら、確かに脅迫ではありませんね。失礼しました。

319 :律法学者:2001/08/22(水) 14:42
>318
「入信しないと酷い目にあう」系の脅し文句は
キリスト教を含めて、入信を促すときに言う人は確かに多い。
恐怖&救いのコンビネーションは宗教の基本パターンですからね。
キリスト教は現在「救い」中心になっているんで、信者は救われた選民と
して、人を見下す傾向になりがち。反省せねば...

320 :名無しさん@1周年:2001/08/22(水) 17:50
>>306 USAトゥデイ紙のホムペによると
http://www.usatoday.com/news/world/2001/08/18/phillippines-fire.htm

The hotel had 236 registered guests ? 172 taking part in a Christian crusade
sponsored by the Irving, Texas-based Don Clowers Ministries, police said.
Several Americans came for the "Destiny Conference," but no foreigners were
believed to be among the casualties.
  だそうです。

321 :日本人:2001/08/22(水) 17:55
>>320
Thanks a lot.
I would like to get some information about Don Clowers Ministries.
Could you tell me more?

322 :kato:2001/08/22(水) 18:51
どうしてプロテスタントの人は神社仏閣に入らないんですか?

323 :律法学者:2001/08/22(水) 19:03
敷地内に入らないってこと?
人によるんじゃないかな。
穢れた地だとか言うヤツもいるし

324 :名無しさん@1周年:2001/08/22(水) 19:06
>>322
自分は寺社建築に興味あるのでよく行きますよ。

325 :(−−):2001/08/22(水) 19:16
>>322
プロテスタントには、いろいろあるからね。
十把一絡げにはできないよ。
そういう立場の人もいるだろうし、
そうでない人もいる。
そういうことだよ。
私は、別に気にしていないけどね。

326 :kato:2001/08/22(水) 21:17
そうですか。ありがとうございました。

門前の土産物屋でプロの友達が、神道のご神体(っていうんですか?鏡。)を
指差して「偶像崇拝だよね〜、バっカみたい」なんて大声で言っちゃて、
びっくりしました。そういう人ばっかりなのかと思ったので。。。(汗

327 :名無しさん@1周年:2001/08/22(水) 23:36
326の友達?君達だつて、一度見たことない神の姿を
人の形として偶像化してるじゃない、神は自分の姿に似して
人を創造したというけれど、鏡でも見たのか?
どうやれば自分の姿を認識出来たんでしょう、
全知全能だからなんて、逃げ口上だよ。

328 :名無しさん@1周年:2001/08/23(木) 12:36

誰に言ってんの?

329 :名無しさん@1周年:2001/08/23(木) 13:37
クリスチャン女性のセックスの処理ってどうしてるんですか同じ教会の信者とですか?
オナニーですか?それとも牧師さんと?

330 :名無しさん@1周年:2001/08/23(木) 13:38
>329
夫以外とはしません

331 :名無しさん@1周年:2001/08/23(木) 17:11
326に言ってるんじゃい、
神社仏閣にある造形物にたいして偶像崇拝というなら、
何故天使に羽があるんじゃ、頭に輪っかがあるんじゃい、
そしてそれが何故教会のあちらこちらに置いてあるんじゃい、
誰が天使をみたのかね、誰が神を見たのかね、
すべて伝聞だろう、
もつともそれがキリスト教のより所だものね
そういうの、偶像崇拝て言わないんですか、
神社仏閣をなめるなよ、。

332 :律法学者:2001/08/23(木) 18:00
>331
ごもっともです
カトリックにそういう傾向多いですね。プロにもありますが。
教会には十字架やらマリア像やらいろいろあります。
私は、カトの人にあれは偶像じゃないかって聞いたことがあります。
答えは「信仰を強める道具であって偶像ではない」とのこと。
物は言い様ですよ。 

333 :ひろ:2001/08/23(木) 19:16
私は聖書だけの教えを信じます。
この世の腐った道徳心を聖書は教えてくれます。

334 :名無しさん@1周年:2001/08/23(木) 19:22
訪問された方と1時間ほど話してどうしても
話がかみ合わなかった事があります。

良いこと書いてあるのは分かるけど
なんでそれが「〜だから、主を信じましょう」となるのでしょう?

煽りではありません。

335 :名無しさん@1周年:2001/08/23(木) 19:49
>>334
ちょっと気になったんだけど、
それって「ものみの塔」じゃありませんでした?
二人組で来ませんでしたか?気を付けてくださいね?
あれはキリスト教じゃなくて本物のカルトですよ。

336 :名無しさん@1周年:2001/08/23(木) 20:00
>>335
いえ、違いましたが、2人の方でした。
薄めの冊子で説明していただいて結構親切でいろいろ
納得もできたし感じが良い方だったんだけど、

最後にどうしても、
「というのも、主がいらっしゃるからなんです。主の御姿からまず〜」
「この様なことがあるけどこういう方もいらっしゃいます。
だからあなたも主に触れてみませんか」
などとつくので疑問に思ったんです。

337 :名無しさん@1周年:2001/08/23(木) 20:58
333視野の狭い人、
聖書なんて、都合の良い事しか書いてないのに、
それを盲信するなんて、
何故を持てない人哀れなり、
自分自身を見つける事が出来ない、
ただ人が言う事のみでしか生きていけない。

338 :A:2001/08/24(金) 00:02
キリスト教徒のかたは共産党を支持しているものなのですか?

339 :名無しさん:2001/08/24(金) 00:19
日本のキリスト教徒はよく左翼とつるんでるね。敵の敵は味方って
やつですか。欧米のキリスト教はほとんどが反共だけどネ。

340 :A:2001/08/24(金) 00:34
同じ宗教なのになんで欧米だと反共なのに日本だと共産支持になるの?

共産とキリスト教は思想的に共鳴してるわけではないんですか?

341 :名無しさん@1周年:2001/08/24(金) 00:46
靖国神社に参詣するのを反対してるのもキリスト教徒だろ、
神社でなく教会だったら多分反対はしてないよな。

342 :名無しさん:2001/08/24(金) 00:51
>>340
>同じ宗教なのになんで欧米だと反共なのに日本だと共産支持になるの?

日本ではキリスト教はマイノリティーだからでしょう。戦前、戦中に政府
から弾圧されたところが、共産主義と共通している。戦後もマイノリティー
同士で共闘していたりする。もちろん右翼のキリスト教徒もわんさかいる
けどね。

>共産とキリスト教は思想的に共鳴してるわけではないんですか?

思想的親和性は確かにある。原始キリスト教は原始共産主義的な
共同体であった、なんてことをいう人もいるし。でも、欧米では
溝の方が大きい。共産主義は基本的に宗教を否定しているからね。

343 :名無しさん@1周年:2001/08/24(金) 01:02
質問なんですが、この前ニューヨークに行ってきて興味本位でセントパトリック
教会のミサに参加したんですが、この教会はカトリックの何派?なんですか?それと
聖書ってカトリックだったら万国共通なんですか?観光客の人達は聖書をみないで
いのってたので。変な質問でごめんなさい。

344 :%:2001/08/24(金) 01:04
皆さんの行っている教会の礼拝、もしくはミサの出席者ってだいたい何人くらいですか?
よろしければ教派も書いて頂けると助かります。

他のスレでも聞いたのですが、あまりレスがないのでここで。
おねがいします。

345 :A:2001/08/24(金) 01:08
わたしが行ったところは10人くらいでしたよ。

346 :ぷちとまと:2001/08/24(金) 01:18
>>344
200〜300人位かな?@正教会

347 :%:2001/08/24(金) 01:22
>>345 346 ありがとうございます。
200〜300って多いですね。
普通どれくらい集まるものなんでしょうか?
一概には言えないとはおもいますが。

348 :使徒信条:2001/08/24(金) 01:24
スレ読んで質問にきましたー。キリスト教初心者質問なので
カトスレよりこっちがいいと思って。

使徒信条はカトさんも告白するものですよね。
カトさんに聞きたいんですが、よみがえり、の部分、
これはイエスのよみがえりというより、一般的人の救いを指すって
ホントですか?イエスの肉体の復活を意味する宣言ではないんですか?

よろしくお願いしまーす。

349 :名無しさん@1周年:2001/08/24(金) 02:43
>>340
みんなきれいな事だけ言ってるけど、本当はこんな理由もある。

プロテスタントは、社会の最底辺層の人々への宣教に力を入れたんだ。
これは凄く賢くて、しかもキリスト教らしい素晴らしいやり方なのだが、
そうすれば当然、貧困だったり差別されている人たちの構成員が多くな
るから反体制的色彩が強くならざるを得ない。

それとは対象に、カトリックはあまり宣教に熱心ではないこともあって、
キリスト教に自分から興味を持つような生活に余裕のある人を中心に広
がったから比較的穏健派が多い。

350 :名無しさん@1周年:2001/08/24(金) 09:03
それと、日本の共産党などが共産主義を表に出さないという理由もあるね。
本当は共産主義って「武力革命による現体制転覆」が目的だし
宗教は全て廃絶って立場を取ってるんだけど
日本の共産党は「弱き者、虐げられた者、一般市民の見方です」ってポーズばかり宣伝して
そもそも共産党の理念とは何なのかって所はいっさい隠し通してる。

351 :統計家:2001/08/24(金) 09:15
>>347
プロテスタントに限って言いますと、
教会の合計数が(いわゆる伝道所も含めて)7,751。
礼拝出席者総数が172,499。(2000年6月末日の数字)
単純計算でいきますと、一つの教会あたりの平均は、
約22名前後、ということになりますでしょうか。
日本で最大手の日本キリスト教団の教会では、
一つの教会あたり、37名という数字が出ています。

ご参考になりましたか?

352 :%:2001/08/24(金) 19:31
>>351 ありがとうございます。

カトリックはどうなんでしょう?

353 :統計家:2001/08/24(金) 19:44
>>352
カトリックに関しては…
教会数1045(集会所等含む)、ミサの出席者数不詳。
ただし、信徒総数は434286名となっております。
これ以上はワカリマセン。

354 :かと:2001/08/24(金) 19:51
>>348
>よみがえり、の部分
文語では「肉身のよみがえり」の部分は、口語訳では、「体の復活」となっています。
「裁きの日における死者の復活」(=人々の救い)ってことなんじゃないですか?

355 :かと:2001/08/24(金) 19:54
>>353
東京教区では、一番信徒数の少ない離島の教会が28名(巡回教会)、
一番信徒数の多い都心の教会で10488名(!)所属しているようです。
信徒数が少ない教会は運営がたいへんですよね。

356 :名無しさん@1周年:2001/08/24(金) 19:55
>>352
2000年の統計で
 信徒数   445240
 教会数     1034
になります。
詳細は下記にをご覧ください。
ttp://www02.so-net.ne.jp/~catholic/Data/00STATIC.HTM

357 :356:2001/08/24(金) 19:59
重複だし、誤字まである。ウツダシノウ。

358 :かと:2001/08/24(金) 20:01
>>357
元気出して。

359 :考える名無しさん:2001/08/24(金) 21:00
>>348
使徒信条は
(1)父なる神「天地の創り主・・・・」
(2)子なる神キリスト「その一人子・・・・生ける人と死せる人とを裁き給わん」
(3)聖霊なる神「聖霊を信ず」
ここまでが神についてのべられたぶぶんで、その先は違います
(4)教会「聖なる公同の教会」
(5)死せる信者「聖徒の交わり」
(6)贖罪「罪の許し」

(7)「体の蘇り」
(7)’「とこしえの命を信ず」
でおわります。
(4)以下が人と、(神の働きの元での)人々の交わりについてのべられ
ている以上、また、直後の「永遠の生命」もキリストについてでなく信者
についてであるのが自然ないじょう、(7)の「身体のよみがえり」は
イエスについてでなく信者についてでしょう。

ほかのスレでかかれているように、イエスの復活はこの個所については
「初穂」としての参照事例ではあっても言及されている当該事例ではあ
りません。(もしイエスについていいたいなら、「三日目に死人のうち
より<<身体により>>よみがえり」とすればよいのですから。

360 :%:2001/08/25(土) 00:34
>>353 355 356 ありがとうございます

 皆さんの行っている教会は何人くらい集まるのですか?

361 :ヌマツダ:2001/08/25(土) 00:35
一度、お誕生日の聖人や祝日を探しにいらしてください。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psy&key=990705057&st=404&to=410
コメントはこちらへどうぞ。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psy&key=990705057&ls=50

362 :ふらんちぇすこ:2001/08/25(土) 04:01
>>360
数えた事ないから判らんよ。
ミサも何回かに分けるから、どの時間にどれぐらい出てるのか把握出来ないしな。

363 :ふらんちぇすこ:2001/08/25(土) 04:07
>>343
>この教会はカトリックの何派?なんですか?

聖パトリック教会ならアイルランド系移民が造った教会かもな。
カトリックだろう。

>聖書ってカトリックだったら万国共通なんですか?

国語は違うがな。共通だよ。プロとも共通だよ。
ヴルガタを定本とした訳なら違うかもな。
でも現代は、共通の使ってるよ。(新共同訳)訳が良くないって、
プロ、カト問わず批判は出てるけどな。

>観光客の人達は聖書をみないで いのってたので。

ミサに出たんだね。ミサでとなえる典文は聖書とは違うよ。

364 :かと:01/08/26 19:18 ID:sG61EaHw
ちなみにミサの典礼文は、国の言葉が違うだけで
内容は世界共通です。だから、パパ様のミサでも安心して与れる(嬉

365 :名無しさん@1周年:01/08/26 20:07 ID:EPAxd3Vw
age

366 :名無したん:01/08/26 20:53 ID:byVeshco
>>349-350
ユダヤ教とマルキシズム(共産主義)の親和性について知りたい人は、初心
者なら橋爪大三郎教授か、お師匠の小室直樹教授の入門書を。基礎知識のあ
る人なら、マクス=ウェーバーの「資本主義の精神とプロテスタンティズム
の論理」を読むのが良いと思われ。

それと、349さんのカキコは、日本だけで言えることであって、北南米あ
たりなら、立場は逆になると思われ。ハイソサエティのプロテスタントと、
貧乏人で(避妊禁止のために)子沢山のカトリック。
こんなのエクレシアじゃねえよ、鬱だ。無教会の伝道に逝ってきますか。

367 :名無しさん@1周年:01/08/27 09:46 ID:yCQoZhPo
クリスチャンの友人が、信仰と倫理は違うと言いきっていました。モーゼの十戒を
かなり犯して平然としており、告解もしていないようなのですが、それでも天国に
行けると信じています。それでいいのでしょうか。

368 :名無しさん@1周年:01/08/27 10:12 ID:C2mTyg4I
>>367
それでいいのかどうか、なぜあなたが心配するのですか?
逆に、十戒を守ったり告解すれば救われる、としたら、
キリストは要らない。違いますか?

369 :名無しさん@1周年 :01/08/27 10:17 ID:XJmI0tpY
日本におけるキリスト教の特異性について、こういう意見もあるよ。

有名な禅の師家の方の体験談を読んでいたら、その人が経歴を語っていた。
もともとは大学でカトリック神学の勉強をして、実際に教会で指導する立場にあった
そうだが、自分自身のある体験を通じて、どうしても教義を信じきれなくなって、
教会を後にし、禅寺にこもって修行してようやく安心を得た。

その人が、日本のキリスト教とはカレーライスと同じで、本場のものとは似ても
似つかぬものだ、と証言していた。

370 :369:01/08/27 10:36 ID:XJmI0tpY
>>367

私の友人のイギリス人は、国教会ですけど、一旦犯した罪は告解しても
消え去ることはなく、一生その罪を背負って生きていかねばならない、
と説明していました。

これは昔に聞いた話で、担がれただけなのかもしれませんが....。
カトリック国のスペインは、かなり性的な問題について厳格らしいの
ですが、ご存知のように、女性は胸が大きく開いたドレスを公式の場
で着ます。あれは、社会的な縛りがきついから、女性が安心して肌を
見せられるのだそうです。

言いたいのは、同じ宗派であっても、お国柄によって随分違うのでは
ないか、ということです。369で書いたように、それこそ和風カレー
ライスになっているのに気がついていないのではないか?>>368さんの
意見がそうだとは言いませんけど、教義にはない「縛り」が実際には
働いているのではないかと思いました。

371 :名無しさん@1周年:01/08/27 10:43 ID:kurF6wfk
>>369
とりあえず
本場ってどこなんだよ?って、ツッコミ入れたくなるなー。

キリスト教から仏教に行く人もいれば、その逆もいる。
ただそれだけの話でしょ?
で、そんな人に限って、悟ったかのように元いた宗教を批判する。

372 :名無しさん@1周年:01/08/27 12:42 ID:GYJWotOU
>>368
と言うことは、信仰と倫理は別物で、キリストが聖母マリアから生まれたこと、
人類の罪を救う存在であることを信じれば天国へ行けるということなのでしょうか。
門外漢の私にはわからないのでうかがいたいのです。

373 :369:01/08/27 13:20 ID:XJmI0tpY
>>371

いや、逆はないと思うよ。なぜその人がキリスト教を去ったかという理由がある
のです。今手元に本がないから、正確な引用はできないが....
「キリスト教は不合理を信じないと救われないが、仏教(禅)は自分なりに合理的
に納得することができる教えだ」ということです。キリストによる原罪からの救い、
というのには理屈で説明できないものです。理屈はどうでもよくて、ただ信じるか
信じないか。その人は、理屈ぬきに信じられなかった。それで、自分の体験するも
のだけを手がかりにする禅に惹かれ、そこで救われたのです。

理屈なしに信じられる人は、キリスト教に満足してしまうし、仏教にも浄土宗の
ように、阿弥陀如来によって救われる教えがあるから、やはり満足してしまう。
問題を感じて宗派を移動せねばならないのは、理屈ぬきで信じられない人に限られる。

374 :368じゃないけど:01/08/27 14:22 ID:9b2I2Bhk
>>372
聖書の信仰は倫理とは別物ではなくて、密接不可分な関係に立つと思います。
聖書の神の意志は旧約では十戒に、新約では山上の説教に示されていますが、
いずれの内容も読めばわかるようにきわめて倫理的です。
だから信仰と倫理とは別物、というのは正しくないと思います。
ただ倫理(掟)をどう遵守すべきかという点については、色々意見が分かれてきます。
そしてそのように意見が分かれるのは聖書解釈(聖書観)の相違が主要な理由です。

あなたの友人はカトリックみたいですが、カトリックでは地獄に行くかどうかは、
神の意志ではなくて、人間の意志次第とされます。だからあなたの友人が神の掟を
破っても悔改めれば赦されます。ただカトリックでは悔改めただけでは充分ではなく、
相応の償いが必要です。償いを済ませずに死ぬと、死後に償いを済ませるべく
煉獄における浄化が必要とされています。

カトリックにおいて倫理が重視されるのは、善行を積むことにより、罪に陥ることから
身を守ることができると考えられているからです。ただ罪に陥ることから身を守る
ことばかりに思いが行ってしまうと、人間を活かす信仰から離れて行ってしまう
危険が高いので、そういう側面ばかりを強調する信仰にはわたしは賛成しませんが。

375 :371:01/08/27 14:35 ID:JKb3.5Gw
>>373=369
おいおい、あるっちゅーねん。憶測で物言うたらアカンって。
「仏教からキリストへ」で検索してみ。
渡辺暢雄っちゅう先生は仏教系の大学で仏教学んだ後に神学部行ってるし。
おれの近所の寺の娘はクリスチャンやし
元尼さんでクリスチャンになった人も知ってるぞ。

キリスト教は「絶対的」なものの存在を信じる宗教やから
自分の存在を中心にした相対的なものの考え方とは違うってこと。

376 :369:01/08/27 15:31 ID:XJmI0tpY
>>371

なるほどね〜。確かにそういう方がおられるんですな〜。
私が挙例として出したのは、曹洞宗の内山興正師という、大きな本屋へ行けば
著書が2,3冊見つかるくらい有名な高僧なのですが、仏教からキリスト教へ転向
された人で、大神学者になられたような方は居られますか?

377 :名無しさん@1周年:01/08/27 15:36 ID:Zxmcq02o
>>368
>逆に、十戒を守ったり告解すれば救われる、としたら、キリストは要らない。違いますか?
必ずしも救済のために行為が必要な(十戒の遵守や告解)ことは、キリストの不要性を
意味しないでしょう。
例えば、行為で救われるための根拠としてキリストが必要である、というように、両者とも
に必要である、という可能性も考えられるのですから。

378 :名無しさん@1周年:01/08/27 15:56 ID:pdYRqsi6
>>374
丁寧なお答えありがとうございました。このところ信仰について
ずっと考えておりました。信仰と倫理は密接な関係ということで、
納得がいきました。ただ、友人のことはそっとしておきます。
罪のないものだけが石を投げてよいのですよね。

今、簡単な入門書のようなものを読んでいます。
またわからないことがあったら質問させて下さい。

379 :ふらんちぇすこ:01/08/27 16:35 ID:in7ZzRew
>>369
>仏教からキリスト教へ転向
>された人で、大神学者になられたような方は居られますか?
なんだ?権威主義者か?
日本人で成人洗礼なら、大半は仏教からキリスト教への転向者だろう。
俺はそれこそ自分自身のある体験から、マジに色んな事考えた。
結局、仏教で説く教えにピンと来ないからキリスト教に行ったよ。
曹洞宗の坊さんとも色んな話はしたんだがな。
どっちがどっちというより、
単に自分に馴染むか馴染まないかだけだとは思うけどな。

380 :369:01/08/27 16:48 ID:XJmI0tpY
>>379

いや、興味本位で聞いただけなのですよ。私自身も、どちらかと言う
とキリスト教から仏教へ移っていったもので。

>どっちがどっちというより、
>単に自分に馴染むか馴染まないかだけだとは思うけどな。

その通りだと思います。

381 :(−−):01/08/27 16:55 ID:sAqcP1Qw
369氏へ
>仏教からキリスト教へ転向
>された人で、大神学者になられたような方は居られますか?

高野山で護摩を焚いていた僧侶が、
僧侶を辞めて、神学部へ行って牧師になって、
現在英国に留学中、という人がいる。
ご参考までに。

382 :ふらんちぇすこ:01/08/27 17:01 ID:in7ZzRew
>>369
ま、日本の場合、あらゆる宗教概念が渾然としてるからね。
自分がどの宗教に一番影響を受けたかってのは、実のところ
すごく曖昧なのかもね。
色んな要素をガキのころにつめこまれて、
いざ真面目に考えようと思った時そのガキの頃の無意識によって
造られた自我がどれに馴染むかで道を決めるのかもな。

383 :369:01/08/27 17:20 ID:XJmI0tpY
>381

情報、サンクスです。

>382

>いざ真面目に考えようと思った時そのガキの頃の無意識によって
>造られた自我がどれに馴染むかで道を決めるのかもな。

そうですね。私は、現在いろいろな宗教に関わっているのですが、この
前にピンチに見舞われて、思わず合掌して出た言葉は「南無観世音菩薩」
でした。小さい頃に家の近くに大きな観音さんの寺がありましてね。
その頃の刷り込みの影響らしいので、本当にびっくりしました(^^)。

384 :ふらんちぇすこ:01/08/27 17:27 ID:in7ZzRew
>>383
>ピンチに見舞われて、思わず合掌して出た言葉は「南無観世音菩薩」
>でした。
ははは。いいなあこういうの。
俺はガキの頃からばあさんに「神様が見てますよ」って言われて、
育ったからな。自分は仏教徒だと思ってたし、ピンチになると
般若心経唱えてたんだが、思考や死生観がまったくキリスト教徒
だって気付いて実は愕然としたよ。ばあさんの威力は大きかった
ってこった。で、今は般若心経の代わりに天使祝詞だな。

385 :369:01/08/27 17:44 ID:XJmI0tpY
>>384

「困ったときの神頼み」などと、軽蔑の意味を込めてよく言われます
けど、人間が持つ宗教の原体験とは、そういうものだという気がします。

要は、ガキの頃の刷り込みでも何でもいいから、その「神様」に心の底
から助けを求められるかどうか。ピンチの時に、『神学大全』を朗読
する人は多分いないでしょうね。万巻の神学書よりも、決定的な心の
「ひと叫び」というものが存在すると思うし、宗教の真髄はむしろ、
その「ひと叫び」に宿っているのではないでしょうか。

386 :名無しさん@1周年:01/08/27 19:27 ID:iZl6xXf6
私は罪人です、助けたクモよりも
多くのアリさんを殺してました
知らぬこととは言え、なんて愚かなんだろう
もう神様に合わす顔がありません
私は,私はどうすれば救われるんでしょうか?

387 :名無しさん@1周年:01/08/27 20:06 ID:RC.PVu9Q
カトリックの人に質問です。


「教皇の不可謬性」について、どう思われますか?
教皇様も、1人のキリスト者であるのに、絶対「あやまらない、迷わない、嘘をつかない」(ヴィクトル・ユゴーから)というのはどうも、胡散臭いと考えてしまいます。

当方、カトリック(と、他には正教会)に強く惹かれますが、いくつかの躓きの石?が↑の疑問なのです。

建前と本音に分けてもらっても良いです。レスをお願いします。

388 :名無しさん2:01/08/27 20:10 ID:xp2bCbbk
sage

389 :ふらんちぇすこ:01/08/27 20:29 ID:KD4jN6p2
>>387
もともと、王権が強くなってきて、教会に対する世俗権力の圧力
による影響が懸念されるような時代に出て来たものだからね。

今は教皇といえど、不可謬を前提とする宣言には慎重で、
そういったものは、すごく練られた状態で出されるもんだろうよ。
それに過去の幾つか出されたものに関しては「誤謬」とする
反省も出したりするからね、批判能力はあるだろうて。
色々最近は謝罪なんかもしてるよ。

あと、教皇自身は、私的な部分としては間違いを犯すだろうし、
嘘だってつくかもな。ぐらいに思ってるよ。第一、俺なんかと同じ
人間なんだから。

390 :ふらんちぇすこ:01/08/27 20:37 ID:KD4jN6p2
>>385
そうなんだよな。
本当に困った時、答えを探して辿り付いたのが君にとっては仏教で、
僕にとってはキリスト教だったんだよね。宗教なんてどれでもいい
と思ってたんだが、そうでもないんだって気付いたんだな。
確かに「神学大全」なんかより、なんらかのすがるものに対する
叫びがまずありきかも。そういうのってきちんとしてなかったり
するんだよ。俺なんか般若心経唱えてる癖に、神を意識してたって、
変なやつだったな。
ただ本当に問題にぶち当たった時、答えを探すためにさ迷った中で、
トマス神学なんかが腑に落ちたりしたこともあったから、あながち
無駄とも思えないよ。

391 :名無しさん@1周年:01/08/27 21:39 ID:c0rojF8U
>>342

>思想的親和性は確かにある。原始キリスト教は原始共産主義的な
>共同体であった、なんてことをいう人もいるし。でも、欧米では
>溝の方が大きい。共産主義は基本的に宗教を否定しているからね。

"共産主義は基本的に宗教を否定"しているといっても、共産主義も
一つの宗教なんだよね〜。共産主義は宗教だからこそ他の宗教に対
して戦闘的になるのだと思う。共産主義とキリスト教の対立なんか、
似たもの同士(兄弟宗教)の近親憎悪に思えてならないね。

もっとも、日本では共産主義もキリスト教も弱小勢力だから、暫定的
に同盟を結んでいるけど。

392 :null:01/08/28 06:15 ID:B99k8PCs
こんな時間にこんばんは。
初心者な質問で申し訳ありませんが、
ずっと疑問に思っていることがひとつ。

『キリストはユダをゆるさなかったのか?』

393 :名無しさん@1周年:01/08/28 06:46 ID:imYGoMos
もちろん赦したはずですが、本人が悔い改めないことには・・・。
自殺したのは、神の前に自己中心の罪を悔い改めたわけでなく
彼自身の失望と後悔の結果だから。

394 :null:01/08/28 08:03 ID:B99k8PCs
お答えありがとうございます。
では、ユダはそのまま悔い改められなかったのですね。

彼がキリストを売り飛ばす前に改心していたら、
キリストの磔は成就しなかったのではないか?
にも拘わらず「おまえは生まれてこなければ良かったのだ」って、
それじゃあんまりではないか と思ったのですが。

キリストのために命を落とす巡り合わせで、結局は魂も救済されないんでしょうか。

395 :イエスチャン:01/08/28 09:38 ID:51NwsfuE
個人的には、ユダに同情してしまいます。もともと、悪霊にそそのかされただけ
だし、ユダがイエスに接吻しないまでも、イエスの逮捕は時間の問題だったはず。
最後に、銀貨3千枚をそっくり神殿に投げ込んで、縊死する。ユダは悔い改めて
いたと思う。そうでなければ、外国へ高飛びして、悠悠自適の生活を送っていた
でしょう。

彼ほどの罪人はいなかっただろうけど、彼ほど罪を後悔した者もなく(自らの命
を絶った位。世間には、もっと酷い大罪を犯してノウノウと生きている連中はいく
らでもいる)、したがって、彼ほど天国に入るべき人も他にはいなかったでしょう。

私は、ユダの最後の記述を通じて、マタイ福音書を書いた連中のどす黒い「裁き」
の心を感じてしまう。いかにもユダヤ教の負の遺産を引きずっている感じ。

396 :名無しさん@1周年:01/08/28 12:14 ID:y.nFTGyM
>イエスチャン
あんた言っちゃ悪いけどここにふさわしくない。
正統派のクリスチャンが出てきてきちんと教義・立場・考え方を
説明すれば、他宗教の人間もそれなりに納得できる。だがあんた
のようにいい加減なのがしゃしゃり出てきてクリスチャン代表み
たいな顔をして知ったかぶりをかますからおかしくなるの。

397 :イエスチャン:01/08/28 12:36 ID:51NwsfuE
>396

そうだね。最初に宣言しとかなきゃね。

私は、正統のキリスト教徒ではありません。正真正銘の「異端」です。

それよりも、あなたから「正統派のクリスチャンからの、他宗教の
人間にもそれなりに納得できる」説明を聞きたいのだけど。

398 :Sylvius:01/08/28 13:11 ID:g7T0vGaA
>>387さん
不可謬権の範囲を理解なさっておられないようです。
「カトリック誤謬告発スレッド」で紹介している以下のサイトに
カトリック百科事典がありますのでご確認下さい。
http://www.newadvent.org/

399 :名無しさん@1周年:01/08/28 13:17 ID:NxXg0RoY
近くの教会に物凄く色っぽいクリスチャンがいるんだけど
口説いてHしたいです。出来ますか?

400 :名無しさん@1周年:01/08/28 18:06 ID:QHrOU0TU
ロザリオって十字架のことぢゃナイんですか???

401 :名無したん:01/08/28 18:20 ID:WQHHYxg6
>>394
>「おまえは生まれてこなければ良かったのだ」

イエス様に油を注いだマグダラのマリアに、福音とともに名前が伝えら
れると告げたように、裏切り者として永遠に名前の残るユダを憐れみ、
こんなことになるなら逝って良し!とおっしゃったのだと思われ。

なお、ユダは崖から落ちて死んだという説と、自責の念に耐え兼ねて首
を吊ったという二つの伝承があります。漏れは後者の説に同意。

>>399
>「おまえは生まれてこなければ良かったのだ」(藁

402 :イエスチャン:01/08/28 18:37 ID:51NwsfuE
>401

いわゆる「予定説」とのからみをどう考えられます?

ユダが自由意志で裏切りをなす以前から、神はユダの裏切りを察知
していた。キリスト教の教えの中心は、キリストの死による全人類の
贖罪で、それが成就するには誰かがイエスを十字架にかけねばなかった。

ユダもまた、神に「使われた」ひとり、ということになる。言葉は悪い
が、ユダは神にもイエスにも「はめられた」。おまけに「生まれてこな
ければ良かった」なんてね。ユダが生まれてこなくて、しかも代役が
見つからなければ、困るのはイエスの方じゃない。あまりにも酷い言い
草だと思う。

403 :名無しさん@1周年:01/08/28 18:39 ID:QHrOU0TU
ロザリオを紡ぐってどういうことですか?

404 :ふらんちぇすこ:01/08/28 19:49 ID:dK6JxE4Y
>>400 >>403
ロザリオスレに行ってみるといいよ。

405 :ふらんちぇすこ:01/08/28 19:54 ID:dK6JxE4Y
ユダの問題は色んな神学者の頭を悩ませたらしいね。
ユダを聖人の列に入れようなんて考えた人もいたみたいだ。

僕はユダはダンテが書くように地獄の底にいるとは思っていない。

406 :400:01/08/28 20:09 ID:MRDbIMiM
>404ありがとうです。ロザリオスレって「ロザリオってホントに悪霊除けになるの? 」
のとこですよね。いってきまっす!

407 :名無しさん@1周年:01/08/28 20:38 ID:PGh0QLpw
387
>ふらんちぇすこさん
なるほど、そのように考えると納得できそうです。

>sylviusさん
あ、ぼくの不可謬生についての基本的知識に問題がある可能性について忘れていました(^^;)
教えてくださったサイトは英語のページのようなので、学校の図書館で調べてみます(英語が不得意

ありがとうございます

408 :名無したん:01/08/28 21:30 ID:RgfQyI5I
>>402
ユダヤ人の多くが裏切ると分かっていても、それでもなお彼らを救うた
めに、十字架にかかりに行ったのがイエス様であり、三位一体の神なわ
けだから、仮にユダが『神にもイエスにも「はめられた」』のだとして
も、きっと救いはあると思われ。
「おまえは生まれてこなければ良かったのだ」は、純粋に、ユダの行く
末と不名誉を憐れんでの言葉だと思われ。

409 :Sylvius:01/08/28 22:06 ID:n0h8NMsA
>>407さん
日本語であれば富山房の「カトリック大事典」と、「デンツィンガー教会文書資料集」の
第一バチカン公会議の項をご参照下さい。あと岩下壮一「カトリックの信仰」(講談社学術文庫)の教会論の部分も。

410 :393:01/08/28 23:25 ID:2qrcTxn6
>>394
聖書の中に「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」って言葉があります。
この人達は親・子・孫ですが、神という存在はそれぞれ個々人との関係において
神であるってことで、それからすると「ユダの神」でもあるわけです。
しかしユダは弟子として選ばれた者、イエスに従いますと誓った者でありながら
イエスにも他の弟子にも心を開くことなく、皆から献げられたお金を自分の為に
使い込んでいました。悔い改めるチャンスはいくらでもありましたが、ついに
最後まで放蕩息子の様な悔い改める言葉は無く、永遠に逃避してしまいました。
そんな彼に対して愛の人イエスは「生まれなかったほうが彼のために良かった」
という言葉しか言えませんでした。それは彼を愛するが故の言葉だったのです。

411 :393:01/08/28 23:34 ID:2qrcTxn6
>>394
ユダは決して神様のマリオネットだったわけではなく
私たちと同じように、普通の血の通った人間であり
その時代を自分の意思で自分で決断して生きた人です。
イエスの最も近くで改心のチャンスは何度もありながら
そうしなかったのは彼自身の意思に他なりません。
決して神様がそのように導いた「運命」ではありません。

412 :393:01/08/28 23:42 ID:2qrcTxn6
>>394
しかしペテロの手紙には、キリストが十字架の後に
ノアの時代に従わなかった霊たちにみことばを宣べられたって
箇所もあって、そこから死後の改心による赦しがあるとすれば
ユダが悔い改める可能性は無いとはいえません。

天国で逢えるかも。

413 :名無しさん@1周年:01/08/29 01:51 ID:46dYsy8U
どうもキリスト教の言っていること、
行ってきたことに納得いかないので、
新約聖書を読んでみました。
自分なりの考えでは、パウロを必要以上に認めている点が、
キリスト教の根本的な問題のように思われました。

パウロって本当に偉いんですか?
ユダと対をなす反面教師のようにしか読めないんですが。

414 :考える名無しさん:01/08/29 02:39 ID:lksyRyoM
>>413
パウロスは、現行キリスト教の開祖ですから、本当にえらいです。

415 :null:01/08/29 06:18 ID:UuHsedQ2
沢山のレスをありがとうございます。
私の理解が間違っていたら指摘してくださいね。

●キリストを裏切ったのはユダの自由意志である
●しかし贖罪=磔は成就されなければならなかった
●万一ユダがやらなくても、他の誰かが裏切り者になる必要があった
●キリストは彼が改心「しない」のを知っていた、そして彼を憐れんだ

考えれば考えるほど、ユダという人の背負ったものの重さを思わずにいられません。

>天国で逢えるかも。
私が彼のために祈ることはできますか?(変な質問ですね)

また、聖書を読み直してみます。

416 :イエスチャン:01/08/29 08:41 ID:pqoWz4ig
>415

私の主張は、そのまとめの中に十分に盛り込まれていると思います。

細かい話ですが、>>410の「ユダは.....皆から献げられたお金を自分の為に使い
込んでいました」というのは、どこが出典なんでしょうか。ユダが手にした銀
三十枚は、イエスを裏切った代価として、祭祀長から受け取ったものです。

しつこいようだけど、ユダは悔い改めていた。
「そのころ、裏切り者のユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って、後悔し、
銀貨三十枚を祭祀長たちや長老たちに返そうとして、『わたしは罪のない人の血を
売り渡し、罪を犯しました』と言った。」(マタイ27:3)

これは、現代のキリスト教徒がやる告解と何ら、変わりがありません。つまり、ユダ
は皆さんと同じように悔い改めたということです。だから、410さんの「ついに最後
まで放蕩息子の様な悔い改める言葉は無く」というのは事実と反します。

417 :名無しさん@1周年:01/08/29 09:08 ID:am883r6I
>414
キリスト教というよりパウロ教ですね。
パウロはイエスの直弟子ではなく、イエスの教え自体は知らなかった。
だから、十字架の贖罪と蘇りを教義の中心に据えた。
そして、自分も使徒のひとりであるがごとくふるまった。
教義がローマに都合よかったため、ローマの侵攻とともにパウロ教も拡大していった。
そして、本当のイエスの教えは置き去りにされた。

418 :名無しさん@1周年:01/08/29 09:40 ID:aieUY2fc
イエスの教えってなんですか
聖書の言葉?え だって聖書って弟子達の聞き語りじゃないの
福音書?どちらも弟子達の聞き語りじゃないの
自分達(ヨハネならヨハネに都合よくパウロなら・・・)
に都合よく伝聞してるんじゃない
まあすこしはイエスの言葉もあるのかな
聖書はだれが書いたのかな?

419 :名無しさん@1周年:01/08/29 09:50 ID:tbaSmSRw
>416
>わたしは罪のない人の血を
>売り渡し、罪を犯しました』と言った。」(マタイ27:3)
そしてみずから首をくくったと有るように、神からの救いを失望し
自殺しました。悔い改めず、失望したのですから救いはありません。
>417
しかしイエスがパウロに現れパウロを選び宣教につかわしたのに、
イエスが自分の教えと違う者を宣教に遣わす事は無いと思う。

420 :名無しさん@1周年:01/08/29 11:59 ID:.SUwDZ76
>419
>イエスがパウロに現れパウロを選び宣教につかわしたのに
こんなこと言ってる教祖はいくらでもいますよ。
神の啓示ってヤツね。
パウロは11使徒に後れをとっていて、それを挽回したい気持ちが強いばかりに
幻を見たのでしょう。または、見たと言い張ったのでしょう

421 :イエスチャン:01/08/29 11:59 ID:8Lu/CKq.
>419

>しかしイエスがパウロに現れパウロを選び宣教につかわしたのに、
>イエスが自分の教えと違う者を宣教に遣わす事は無いと思う。

それは、パウロの自己申告を文字通り信じれば、という前提の話です。それを
裏付ける並行資料がない現状では、真相は不明。仮に、パウロがイエスの姿を
見たとしても、彼は生前のイエスの姿は知らなかったはず。

422 :イエスチャン:01/08/29 12:22 ID:8Lu/CKq.
>418

福音書から、イエスの言葉の原形を再現しようという試みがなされて
います。ガイシュツですが、以下を参照ください。
http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/qsiryou.html

423 :名無したん:01/08/29 12:23 ID:I05euYAI
>>418
その通り。聞き語りだけど、何か?
つうか、教祖自ら筆を取って書いた聖典なんて、(ムハンマドはアラー
が書かせたと言っているけど)コーランがまともなくらいで、あとは、
足裏診断だの幸福の科学だの、そんなのばっかりじゃないか。

福音書は、原福音書(いわゆるQ資料)があって、福音記者の思想や、
当時の時代背景に影響されて、四大福音書は、少しづつ違っていると考
えられる。それでも、聖霊の臨在のもとで書かれたのだから、聖書は真
理の書であると、聖霊の賜物を受けたキリスト者は信じる。キリスト者
は「考える」じゃないのがポイント。考えてちゃ宗教じゃないと思われ。

つうか、聖公会出版の「キリスト教資料集」くらいは買って読め。

424 :名無しさん@1周年:01/08/29 12:42 ID:Cxfa7O7E
>420.421
ペテロは第2の手紙の後半で、私の愛する兄弟パウロも、
自分に与えられた知恵によって、かつてあなたに書き
送ったとうりである、無学な者や心の定まらない者は、
その意味を曲げ自分自身の滅びを招いてしまう。と書いていて、
パウロの教えの正真を証ししていうが、どうなのか?

425 :イエスチャン:01/08/29 12:47 ID:8Lu/CKq.
>424

ペテロ第1書、第2書ともに、ペテロの直筆ではないことが明らか
になっています。成立年代は第1書が90年ごろ、第2書がさらにその
数十年後?422で引用したHPの記事をご覧ください。

426 :名無しさん@1周年:01/08/29 13:02 ID:Cxfa7O7E
>425
>成立年代は第1書が90年ごろ
しかし同じ頃、ローマのクレメンスはペトロの手紙として
引用しているよ、又ニ世紀にはイレネウスがこれがペトロのものだと
指摘し、アレクサンドリアのクレメンスもオリゲネスも同様だよ。

427 :イエスチャン:01/08/29 13:14 ID:8Lu/CKq.
>426

その話は読んだことがありますけど、結局は身内同士の確認事項で、
現代聖書学のような観点からの厳密な批判はなかったと思うのです。

今は半数が別の人物が書いたものと判明しているパウロ書簡にしても、
彼らはそれがパウロの直筆だと信じていたのだし。私は、古〜い
バルバロ訳を持っているのですが、そこにはパウロ書簡がすべて直筆
とされている上、ご丁寧に書かれた年代まで明記してあったのを見て
仰天した記憶があります。

428 :名無しさん@1周年:01/08/29 13:28 ID:Cxfa7O7E
>427
では、キリストは私によらなければ誰も救われないといっているが、
あなたの聖書から理解している人の救いとは何なんですか?

429 :イエスチャン:01/08/29 13:35 ID:8Lu/CKq.
>428

イエスが説いた、「神を愛し、隣人を愛せよ」を神聖なる人間の使命
として生活に実践することが、人の救いであると信じています。しか
も、それを「戒律」としてやるのではなくて、それを自ら望んで行う
ような人間になること、です。

極論すれば、死後天国へ行くのに役立とうと役立たなかろうと、
自ら好んで「神を愛し、隣人を愛せよ」を実践する、ということです。

430 :名無しさん@1周年:01/08/29 13:46 ID:k69k1aFQ
413です。
アカデミックなことはよく判りませんが、
単純に、聖書を読むとパウロの言っていることは、
イエスの言っていることと違うところがあると思ったのですが、
何故キリスト教の方はパウロの言葉をイエスの言葉に優先させるのですか?

例えば、結婚について、イエスはするもしないも人それぞれ、
と明言しているのに、パウロは、出来ればしない方が良い、というように、
明らかに未婚であることに信仰上の価値を付加しているようなことなんですが。

431 :名無しさん@1周年:01/08/29 14:41 ID:.SUwDZ76
というより、キリスト教自体がパウロ教とも言うべきものだと思いますよ。
イエスチャン氏のようなイエスに倣う考えは、早々に異端として排除されたのです。
だから、イエス教(仮称)とキリスト教とは別物と言っても過言ではないのです。

432 :イエスチャン:01/08/29 15:33 ID:8Lu/CKq.
>431

きっと、弟子達が混乱したのでしょうね。私見の解釈だから、間違いがあったら
指摘して欲しいんだけど。

イエスは、「心の底から神を愛し、隣人を愛せよ」と説き、神に媚びて自分の後生
の安からんことを願って「善行」に励む律法主義者を「偽善者」と非難した。

弟子達の内、パウロ達はイエスの行動をこのように解釈した。「人が善行を積むのは
所詮、自分の後生のためだ。人は元々善行などできないのだ。あるがままの罪深い
状態のままで、キリストに救いを求めればいいんだ」

一方、マタイ派の連中は、こう解釈した。「いや、律法学者が善行を行うのはうわべ
だけで、そこの甘さをイエスは非難したんだ。もっと徹底的に律法を守らねば。人は
目で見ただけで姦淫になるんだ。」

433 :393改め412:01/08/29 15:36 ID:nlTmkAKU
>>415
>●しかし贖罪=磔は成就されなければならなかった
>●万一ユダがやらなくても、他の誰かが裏切り者になる必要があった

もし祭司長はじめ律法学者達が、イエスをキリストとして信じ受け入れていれば
その後の展開は大きく異なっていたはずで、それが望ましい結果であるからこそ
神によってイスラエル民族が選ばれ、それを指導する彼らが存在していました。
しかし彼らは、自らの指導的立場、既得権益の存続を第一に願っていました。
その結果、彼らはイエスを十字架刑に処したわけです。ですから、神様にとって
十字架は予想されていた事ではあっても、望ましい結果ではありませんでした。

ユダのエピソードにしてもそうですが、現代の自分の存在を中心に解釈をすると
不思議に思えることが多々起こってきます。特にヒューマニズム的な考え方が
当たり前になっていると、聖書の絶対的な世界観の理解が難しくなります。

434 :イエスチャン:01/08/29 15:44 ID:8Lu/CKq.
(続き)この後、教団はパウロ派とマタイ派のせめぎあいが続き、最後
には恐らく、「人が善行をいくら積んでも、とうてい罪はぬぐいきれる
ものではない(なんせ、女を見ただけで姦淫になるんだから)。よって
キリストの贖罪に頼るほか仕方がない」という結論で、一致団結したの
でしょう。皆が罪人、しかも善行をなそうとしない「居直り強盗」に
鞍替えしちまったんですよ。

しかし、実は「第3の道」がちゃんと存在した。イエスの指示とおりに、
自分の後生のためでもなく、自分を誇りに思う材料としてでもなく、心
から隣人に愛を注ぎ、お互いの過ちを許しあいながら生きる道が。

これを力説したのは、近代ではトルストイで、彼が陶酔するガンジーも
また、ある意味では「真のキリスト教徒」だった。マザーテレサもそう
かもしれない。でも、トルストイは正教会から破門されたし、マザー
テレサは一般人に尊敬されている割に、カトリックでは扱いが冷淡だと
私には思えてならない。彼女は、神の使命があったから、それをなした
ので、自分たちには使命がないからやらなくてもいい、という理屈らしい。

435 :412:01/08/29 15:47 ID:nlTmkAKU
>>415
>>天国で逢えるかも。
>私が彼のために祈ることはできますか?

もちろんそれはできますが
前に申し上げた「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」の後に
「神は死んだ者の神でなく、生きている者の神である」って言葉があって
これは、死んだ人は関係ないって意味ではなく、仮定の話や過去の事より
今現在生きているあなた自身と神様との関係を、まず第一に考えなさい
という事です。私も昔、ザビエル渡来以前の日本人の救いについて悩んだ
ことがありますが、私などよりも天の父である神様のほうが、もっと彼ら
の事を愛しておられることに思いが至り、心配するのを止めました。

ユダのことを誰よりも愛し、誰よりも心配しておられるのも神様ですから。

436 :名無しさん@1周年:01/08/29 15:48 ID:xdkIIaME
>>432
431じゃないけど。

パウロは善行について、そういうふうな否定的評価はしていなかったというのが
最近の有力説ですよ。

イエスチャンさんはE.P.サンダースの『パウロ』(教文館)を読みましたか?
最近の聖書神学の基本書には、このサンダースの説がよく目にします。
是非ご一読を。

437 :イエスチャン:01/08/29 15:59 ID:8Lu/CKq.
>433

>それが望ましい結果であるからこそ神によってイスラエル民族が選ば
>れ、それを指導する彼らが存在していました。

私もその通りだと思います。生けるイエスの教えこそが、キリスト教
なので、イエスは死ぬ必要などなかったんだ。あれはユダヤ教徒が神
の意志に反して、勝手にやったことだ。その通り。

だけど、その時点で「イエスが神の子羊として、全人類のために血を
流された」という論理は、結果からでっちあげた作り話です、という
ことになる。今のキリスト教=パウロ教の教義は、まずイエスの死あり
き、であって、「生けるイエスには、全く何の興味もない」はずだから
です。

438 :イエスチャン:01/08/29 16:00 ID:8Lu/CKq.
>436

情報をありがとう。さっそく探して読んでみます。

439 :名無しさん@1周年:01/08/29 16:16 ID:.SUwDZ76
そもそも、ユダが自殺したのかどうかも怪しいもんだ。
あれは、旧約の「血の土地」に話を合わせてあるだけでしょ。
自殺したと明記してあるのはマタイだけだし。

440 :あぶ:01/08/29 16:39 ID:xIPoAYUA
>430
「イエスかパウロか」という次元の話しが多いようですが、現代キリスト教がパウロを
そのまま継承しているわけではありません。結婚問題にしても、パウロのような独身
主義は、そのひとの生き方としては認められますが、キリスト教の教えではないとさ
れています。カトリックでさえも、修道院制は維持されていますが、結婚を否定
しているわけではありません。

パウロ神学は、キリスト教の重要な一要素ですが、凡てではないことは明らかです。

430さんや、イエスチャンは贖罪論が気に入らないのでしょうね。しかし、
贖罪論は全人類的に影響力を持つ考え方です。その点を理解すれば、イエスご自身が
贖罪意識を持っていたかどうかに関わらず、宗教としては認めざるを得ないことが
おわかりになるのではないかと思います。

贖罪論のないキリスト教は気の抜けたビールのようなものですよ。贖罪論を毛嫌い
するのはなぜなのでしょう?

441 :名無しさん@1周年:01/08/29 16:46 ID:.SUwDZ76
>440
ユダに限らず、12使徒全員がイエスを裏切ったと言ってもよいだろう。
それによりイエスは死んだ。
これを見て悔い改めた使徒達は、イエスの教えを一生懸命宣教した。
こうした話を旧約と絡めてイエスの12使徒に対する贖罪と考える分には
理解しやすい。
しかし、これをアダムとエバまで遡り、さらに現代人の罪にまで適用しようとするには
かなり無理があると思う。
毛嫌いというよりあまりに浮世離れした話ではないか

442 :イエスチャン:01/08/29 16:54 ID:8Lu/CKq.
>440

別に嫌っているわけでもないけど。もし、仮に贖罪があるとしても、それは最後の
最後の「切り札」でしょう?それも、神から人間に対してオファーがあるべきもの
で、パウロのように人間の側から要求するものではない。

もうひとつの理由は、仏教における「自力」と「他力」の問題に関することです。
私見ですが、「他力」によって救われる人は、恐らく「自力」でも救われるだけの
熱心さを持った人です。私はパウロは嫌いですが、彼の熱心さだけは尊敬している。
彼が「自分は罪人であって、善は何ひとつなすことができない」と告白したとき、
それは「万策尽きたあとの血を吐くような叫び」だったのです。彼はそこまで自分
を追い込んで、宗教的な「他力」の世界に目覚めたのです。「自力」を尽くして
こそ、「他力」が姿を表わす。「自力」なき「他力」など、気の抜けたビール
どころか、卵のない目玉焼きですよ。

パウロの血の叫びと、現代キリスト教会の牧師の口から出る言葉は、たとえ同じ
文句であっても、その重みは天地ほどに違う。そんな贖罪など子供だましですよ。

443 :名無しさん@1周年:01/08/29 17:37 ID:W8nVhnrc
>442
あっ、そう。
キリスト教徒は「自力」を尽くさないのか?
「自力」でも救われるだけの熱心さを持った人?

444 :考える名無しさん@1周年:01/08/29 18:58 ID:oTyd6JCo
>443
>キリスト教徒は「自力」を尽くさないのか?
少なくともプロテスタントのかなり多くの人々(特にカルヴィニスト)にとって、
救済の「為の」(すなわちそれによって救済という結果を得ようという意図をもって
しての)「自力」での善行は行ってはいけない、と考えている、と思います。

それが、善行がなくとも救済されるのだから善行に不熱心である、という態度に転化
した人も時には(少数ですが)目にすることがあります。

445 :名無しさん@1周年:01/08/29 21:02 ID:Hwh.Jd.I
>442イエスチャン さんへ
このように、人の子が来たのも、仕えられる為ではなく、かえって、仕える為
又多くの人のあがないとして自分の生命を与える為である。マタイ10.28
又最後の晩餐では、
汝らと多くの人の為に、罪のゆるしを得させんとして流す新約の私の血である。
と説明されました、これは贖罪の事を話しているのではないのですか。
又あなたは、イエスは死ぬ必要などなかったんだ。あれはユダヤ教徒が神
の意志に反して、勝手にやったことだ。その通り。
とおっしゃいましたが、イエズスはゲッセマニで、父よ御旨ならこの杯を
取り除いて下さい、しかし私の思いではなくあなたの御旨が行われます
ように。と祈ったのですから十字架が、父なる神の御旨ではないですか。

446 :名無しさん:01/08/29 21:14 ID:V30Y1MF.
>>440
>パウロのような独身主義は、そのひとの生き方としては認められます
>が、キリスト教の教えではないとされています。

そりゃあ、いつまでたっても終末が来ないからでないの?終末がもうそ
こまで来てるなら、確かに結婚どころではないわな。ところが、2000年
たっても終末はまだこない。現実問題として、教会を維持していくため
には信者には結婚してもらわないと困る。でなけりゃ、キリスト教は先
細りでそのうち信者がいなくなっちまうからな。

447 :考える名無しさん@1周年:01/08/29 21:19 ID:JLjz.j9c
>>440
>贖罪論は全人類的に影響力を持つ考え方です。その点を理解すれば、イエスご自身が
>贖罪意識を持っていたかどうかに関わらず、宗教としては認めざるを得ないことが
>おわかりになるのではないかと思います。
「影響力をもつ」とはどういう意味でしょうか。少なくとも全人類が信じているわけ
でもそれを知っているわけでもありません。もし、贖罪論が言及する対象に全人類が
含まれている、ということだけなら、さまざまな宗教のさまざまな教理が全人類を対
象にしているとおもいますよ。(例えば、仏教で人間には成仏できる、できない、不定
の種類がある、とか、マニ教で人類には光の神の断片がやどっている、とか)
そして、「宗教として認めざるを得ない」という発言も意味不明です。おそらく、
キリスト教の贖罪論が宗教と関係ない、と主張する人はほとんどいないのでは?
批判者は、適切な宗教教理ではないと主張しているのでしょう。
そして、教理が人類全体について述べていることだけが「宗教として認める」事の
根拠であるなら、仏教もゾロアスター教もマニ教もマルクシズムも「宗教として認
め」ざるをえませんね。その程度の「認め」られかたでよいのですか?

>贖罪論を毛嫌いするのはなぜなのでしょう?
私の場合
(1)贖罪論の前提である、人間の堕罪という考えを承認できない
(2)(これは代表的とはいえアル一つの贖罪論についてですが、犠牲が罪の許しを
生むという考えにも、一人の人なり神なりのあること(犠牲)が他の人々の罪をも許
す、という考えにも納得できないからです)

448 :名無しさん:01/08/29 21:33 ID:V30Y1MF.
>>447
>(1)贖罪論の前提である、人間の堕罪という考えを承認できない

人間は墜ちた天使ではない。舞い上がった猿なのである。

>(2)(略)

借りた覚えのない借金を棒引きにしてやったのだから感謝しろ、と言われても
(゚Д゚)ハァ?ってな感じですわな。日本人にとっての、この贖罪って思想は理解し
がたいものがある。日本でキリスト教が流行らない理由の一つでしょーな。
ちなみに仏教では人間存在は「苦」であるとされているが、こちらの方が私に
は遙かにわかりやすい。多くの日本人にとってもそうでないのかね。

449 :名無しさん@1周年:01/08/29 21:37 ID:C6mbne2g
イエスチャンさんって、自分から異端と言いながら、
あたかもキリスト教や聖書、あるいはパウロについて
自分こそが正しく説明しているような口ぶりだね。
自ら「異端」と名のるのはレトリックなのか、逃げなのか?
歴史上、自分から異端を認めて発言するような異端なんてイタン?(スマソ)

>パウロの血の叫びと、現代キリスト教会の牧師の口から出る言葉は、たとえ同じ
>文句であっても、その重みは天地ほどに違う。そんな贖罪など子供だましですよ。

誰がどのような状況で語ったとしても、
もしそれが客観的事実ならその事実に変わりはないよね。
イエスチャンさんは「自分」の主観に基準を置くからそこが判らない。
「自力」を尽くしてこそ「他力」が姿を現す、なんて言い方も同じこと。
ホントの「他」力があるところには、自力があろうが無かろうが関係ないのさ。

450 :考える名無しさん@1周年=447:01/08/29 21:52 ID:JLjz.j9c
>>448

>借りた覚えのない借金を棒引きにしてやったのだから感謝しろ、と言わ
>れても(゚Д゚)ハァ?ってな感じですわな。

そうそう。規範を設定できる神、神との契約条項としての規範、もしく
は自然法としての規範、といった、現在の我々各個にとっては退けえな
い超社会的理法の存在を信じていないと、それに対応する原的な罪とい
う観念を抱き得ない。従って前者を持たない日本人の大半にとって、後
者を信じることは難しい。
 クリスチャンでも、実は、少なからぬ者は自己の下劣性等の負の諸性
質を持っていることへの苦悩感を原罪信仰と取り違えているのではない
でしょうか?

451 :名無しさん@1周年:01/08/29 22:11 ID:C6mbne2g
>>450
日本人だろうがなんだろうが、神と出会うこと無しには「罪」は判らない。
罪意識というのは、神と出会い神を知ることによって
「罪から救われている」という意識として生じるものだから。

そうでない「罪意識」は仰るとおり
「自己の下劣性等の負の諸性質を持っていることへの苦悩感」だったり、
自己憐憫や自己卑下だったりすると思うが。

452 :名無しさん@1周年:01/08/29 22:57 ID:k69k1aFQ
>>440
イエスチャンさん、あぶさん、その他のみなさん、
いろいろお教えいただきありがとうございます。
いままで個人的にお尋ねしたクリスチャンの方は、
みなさん熱狂的なパウリスタ!でしたが、それだけではないのですね。
欧米でもパウロに対する疑義があることは、
(ローマのスパイだとか?)どこかで読んだ記憶があります。
ここでみなさんの言われていることも様々ですが、
パウロに対する評価は現代のキリスト教信仰を考える上では、
重要なポイントなのかもしれませんね。
別スレででも、もっと多くの意見を聞いてみたい気がします。
「パウロはホンマはなんぼのもんじゃい!?」とか?

贖罪に関しては、客観的にはむしろ抵抗はありませんでした。
ただ自分が受け入れるか、と言われれば、
やはり日本人には縁遠い感覚だとは思っていました。
その点は、451さんを初め、みなさんの仰ることをもう少し考えてみますね。

453 :あぶ:01/08/30 00:11 ID:UNkSRhxY
>447
>キリスト教の贖罪論が宗教と関係ない、と主張する人はほとんどいないのでは?
>批判者は、適切な宗教教理ではないと主張しているのでしょう。

贖罪論についてはキリスト教内部で微妙に意見の違いがありますので、私としても
曖昧な表現で書かざるを得ないのです。掲示板でキリスト教徒どうしが論争するのも
かっこわるいですからね。

>(1)贖罪論の前提である、人間の堕罪という考えを承認できない

堕罪(原罪)は贖罪論の前提ではありません。原罪は罪の歴史的根拠を問いかける
理論で、贖罪は、個人の内面の罪意識を対象にしています。この誤解を解くと少し
前進するのではないですか。

人間だれであれ、完璧な人はいませんから、何かしらの罪意識を持っているのではない
でしょうか。罪意識と無縁の人がいるなら、それはお幸せなことだと言っておきましょう。

>(2)(これは代表的とはいえアル一つの贖罪論についてですが、犠牲が罪の許しを
生むという考えにも、一人の人なり神なりのあること(犠牲)が他の人々の罪をも許
す、という考えにも納得できないからです)

贖罪論にも幅がありまして、広い意味での贖罪論と言うのがあります。この広い意味での
贖罪論は日本文化との一致点もあり、すでに受け入れられているのではないでしょうか。
仏教では身代わり地蔵というのがあります。もし、身代わり地蔵の信仰が可能なら、
キリストの贖罪も可能であるのはおわかりいただけると思います。神道のほうは
さらに贖罪論と親和性があります。いずれは、日本人も贖罪論を受け入れるようになると
私が判断するのも根拠のあることなのです。

454 :名無しさん:01/08/30 00:39 ID:SFlW9pow
>>453
>人間だれであれ、完璧な人はいませんから、何かしらの罪意識を持っているの
>ではないでしょうか。

完璧でないことが、なぜ罪なのかわからない。人間が完全でないのは当たり前の
ことであって、なぜその当たり前の状態を罪と呼ぶのだろうか。

>キリストの贖罪も可能であるのはおわかりいただけると思います。

生け贄を要求するような神は日本では悪役では?少なくとも、慈悲深い神さま
仏さまなら生け贄なんてものは要求しない、ってのが日本人一般の認識では。

455 :名無しさん@1周年 :01/08/30 01:04 ID:o.QxbwGU
>>454
キリスト教の「罪」と「完全でないこと」や「罪意識」とは区別しなくちゃ。

敢えて言うけど、
あぶさんが「罪」が曖昧なままにしておくから、こういう議論になるんじゃないかな。
これならキリスト教徒どうしがかっこ悪く論争する方がまだましかもね。
すっかり変質した贖罪信仰が日本に根づいたところで意味無いでしょ。

456 :名無しさん@1周年:01/08/30 01:14 ID:4c5Ye2DE
1.地動説を認めなかったのはなぜですか?
2.地球外知的生命体が存在した場合、キリスト教に
  都合が悪いことがありますか?

457 :名無しさん:01/08/30 01:17 ID:SFlW9pow
>>455
キリスト教における罪とは、神に背くことでしょう?
旧約では律法に背くことが罪であるとされ、新約では律法を完全に
守ることが出来ない人間性そのものに罪の根元を見る。

で、その罪によって断絶していた神と人とが、キリストの贖罪死に
よって結ばれると。

458 :455:01/08/30 01:45 ID:o.QxbwGU
>>457
判ってるんじゃない。それでどうして454のカキコになったの?

459 :名無しさん@1周年:01/08/30 06:13 ID:.Lk83OaE
>>456
1.当時の指導者層が、聖書を天文学の教科書でもあると思っていたため
2.特になし

460 :名無しさん:01/08/30 06:22 ID:PegG7J5Q
イエスキリストはユダヤ人なんでしょうか?

461 :イエスチャン:01/08/30 08:38 ID:R89MM0dg
>>449

それは、贖罪を自分の外のものとして考えるから、そういう理屈になるのですよ。
贖罪には悔い改めが不可欠ですよね。ところが、悔い改めは少なくとも、個人の
心の中にしかないのです。Aさんの悔い改めとBさんの悔い改めは、内容といい、
その深刻さといい、全く別のものです。>>450さんの問題提起も、そこを指摘して
いるのです。果たして、罪の自覚のない者(一般の日本人)に悔い改めはありえる
か?同様に、>>451さんのご指摘のとおり、罪の自覚は個人の心の中に自発的に
芽生えるものでなければ意味がない。外から言われて持つ自覚は、単なる「洗脳」
です。

イエスはそういう意味で、ちゃんとこのことを理解していた。だからこそ、「天国
はあなたがたの(心の)中にある」と言ったのです。罪も、悔い改めも、罪の赦し
も、心の中で生じるのです。だからこそ、畑に働いている二人のクリスチャンが、
ひとりは連れ去られ、もうひとりは畑に残される、ということがありえるのです。
罪の赦しが歴史的事実なら、こんなことは考えられない。

462 :イエスチャン:01/08/30 08:58 ID:R89MM0dg
>>445

マタイ20:28だけでは、全人類の罪の贖いのためにイエスが十字架にかかったと
いう意味にはならないと思います。「私は命をかけて真理を説くぞ」という意志
表明とも見える。文脈から見ても、その方が自然な解釈に思えます。「お前達も
他人さまに仕える人間になるのだぞ」の後に「私だって、こうして命をマトにして
真理を説いて廻っているんだからな」は続いても、いきなり「実を言うとな、私は
罪の償いのためにこの世に来たんだぜ」というセンセーショナルな宣言が来るとは
思えない。そんな重要な内容が、「ついでの話」として文章の最後に置かれますか
ね?マタイとほぼ同時期に書かれたルカはその部分を取っ払ってしまっているし。

ゲッセマネの園での記述については、イエスの他に目撃者がいたとは思えない。
弟子達は皆、眠り込んでいたのだから。

463 :名無しさん@1周年:01/08/30 09:11 ID:ESwQiu3A
>文脈から見ても、その方が自然な解釈に思えます。
この句は元来独立に伝承されていたと考えるのは普通ではないですか?
だから文脈うんぬんを論じない解釈も可能だと思いますが。

464 :イエスチャン:01/08/30 09:31 ID:R89MM0dg
>>452

自分の知力を総動員して、真理は何かを考えて、自分が納得できる答え
を見つけることが大事なんだと思います。たとえ、間違った答えに踏み
迷ったとしても、最初から答えをカンニングして澄ましている人よりも
「実力」がつくと思います。最後の最後に頼りになるのは、カンニング
ペーパーではなくて、自分の「実力」のみです。

>>454

日本の神道的発想は、本人が悔い改めれば罪を禊で洗い流す、という
考えだと思います。過去の罪にはあまりネチネチとこだわらない。

イエスは「人が犯す罪や冒涜は、どんなものでもゆるされる...」
(マタイ12:31)と語っていますが、これはむしろ日本人の心に素直に
入ると思います。ところが、イエスが相手にしていたのは、「罪は償い
をしなくては消えない」とネチネチこだわる人間ではチャンピオンの
ユダヤ人だったので、パウロが後に考えたような「身代わりの死」と
いうお膳立てが必要になった。この文化的な違いがそのまま、日本人
とキリスト教のギャップにつながっているのだと思います。

465 :名無しさん@1周年:01/08/30 09:38 ID:o.QxbwGU
>>461
「天国」って言葉の一般的な誤解を利用して言ってるなら質が悪い発言だな。
「天国=天の支配=神の支配」があなたがたの中にある、ということだろう。
ひとりは連れ去られ、もうひとりは畑に残される、ということも神が支配するから起こる。
救いとは、神がそのように我々を支配し裁くところで行われる。
あと「二人のクリスチャン」なんてどこにも書いてないよ。
あなたの心の中では「クリスチャン」の方が都合が良いのかも知れないけど、
あなたの外にもある聖書の言葉をそんな風に言い換えちゃまずいよ。

完全な「悔い改め」はイエス・キリストの十字架の死にしか無く、
神がその悔い改めをもってすべての人間の悔い改めとした、
というところに罪からの救いがある、という教会の理解をあげておくから、
読んでる人は、それと対比させてイエスチャンさんの自説を読んで欲しい。
彼の発言は、信仰とか悔い改めとかを個人の心の問題にしながら、
自分が「外から」そのレベルを判断できると言わんばかりなのが怖い。

466 :イエスチャン:01/08/30 09:41 ID:R89MM0dg
>463

ええ。もちろん、いろいろな解釈は成り立ちます。しかし、どれを
取ってみても決定的な証拠ではないと思います。昨日引用したHPに
Q文書の全文が入っていますが、それを一気に読んでみてから、今度
は「イエスは全人類の贖罪のためにこの世に現れた」ということを
前提にして、再度通読してみると、「イエスはなぜこんな無駄なこと
ばかり言ったのだろうか」と疑問を感じられると思います。

イエスは推理作家ではありません。真犯人の手がかりを、わかりにくい
比喩や旧約聖書の引用の形で「隠す」必要はなかった。正々堂々、一言
でよいのです。「私はすべての人の罪を贖うためにここへ来た。私を
救世主と認め、信じる者はすべて天国に迎えられる」と。イエスはそう
は言わなかった。なぜなら、事実はそんな単純なものではなかったから
です。

467 :イエスチャン:01/08/30 09:48 ID:R89MM0dg
>465

どうもありがとう。おかげで、今のキリスト教会が、悔い改めですら
イエスに押し付ける、「自力なき他力」であることが確認できた。

468 :名無しさん@1周年:01/08/30 10:10 ID:o.QxbwGU
>>466
わかりにくい比喩や聖書(当時は「旧約」という概念はまだない)の引用の形で
隠されていたことが、イエスが十字架の死を通して弟子たちに開示され、
彼らによって伝えられた。その文書がまとめられたのが新訳聖書でしょ。

イエスチャンさんの自説は、敢えて聖書やQ文書を持ち出さなくても展開可能。
むしろその方が行き詰まりがハッキリ見えてきていいと思うよ。
聖書は自信を保つための道具にはならん。
むしろ「自信」そのものが要らなくなるような書物ではあるが。

469 :名無しさん@1周年:01/08/30 10:22 ID:o.QxbwGU
>>467
だれも悔い改めをイエスに押しつけることなんかしなかった。
そう出来れば良かったのにね。
ユダヤ人指導者たちなんか、自力で悔い改めることが出来ると思ったから、
イエスを救い主とは受け止められなかった。
イエスチャンさんの主張は、私なんか、ユダヤ人指導者たちに近く思えてしまう。

470 :名無しさん@1周年:01/08/30 10:43 ID:0ibaMMyI
イエスチャンさんへ
>イエスの他に目撃者がいたとは思えない。
>弟子達は皆、眠り込んでいたのだから。
しかし復活したイエスにゲッセマニで何を祈ったか聞いたかもしれないではないか。
私は福音記者が事実無根の作り話を書いたとは思えないが。
聖書の言葉を確証できないなら信用できないなら、あなたの反対意見は
確証できる聖書の言葉があるのですか、それが無いなら
それは確かではないと言うべきで、
違うとも言えないし、反対意見も言えないと思うが。

471 :イエスチャン:01/08/30 11:02 ID:R89MM0dg
>468

それはまた偏った新約聖書解釈ですな。

>469

いや、ユダヤ人指導者は自力で悔い改めたつもりになっていただけ
だったのです。律法もかなり形骸化していたようで、隣人愛という
律法の心を忘れたものを形式的に守るだけでよし、とカン違いして
いたのです。イエスは、「そんなもの、隣人愛が抜けているんだから
無効だよ」と「質の問題」について言ったので、「お前ら、そんな
律法の守り方で足りると思っているのか」という「量の問題」について
言ったわけではない。イエスは、神殿の寄付金でもこの「質」と「量」
の違いについて教えています。

これについては、エックハルトがいい事を言っています。救われたい、
という心こそが神に逆らうもので、救われたい、と思って善行を積もう
とした律法学者もダメなら、救われたい、と思ってキリストの救いを求
めるキリスト教徒もまたダメなのです。両者は五十歩百歩、心の中は
「われよし」です。むしろ、「われ」の救済に関係なく、神の意図=
隣人を愛しつつ生きること、を歓びにする者だけが天国にはいるのです。

「われ」を捨てられた者のみが「われ」を拾う。「私のために命を失う
者は、永遠の生命を得る」ということです。

472 :名無しさん@1周年:01/08/30 11:17 ID:0ibaMMyI
>471
しかしイエズスは天の国と天の義とを求めよ、といってるよ。

473 :イエスチャン:01/08/30 11:19 ID:R89MM0dg
>470

私はどっちでもいいのです。むしろ困るのはキリストの贖罪を事実だ
とするキリスト教会の方でしょう?がんばって発掘でもして、事実で
ある証明をしてくださいな。私は茶菓子でもほおばりながら、高見の
見物をさせてもらいますよ。

そんな歴史的事実に左右されるような宗教など、21世紀に生き残れる
とは私には思えませんがね。

474 :イエスチャン:01/08/30 11:25 ID:R89MM0dg
>472

ですから、イエスの言う「天の国と天の義」とは、人間ひとりひとり
が神の意図に歓んで従い、隣人を愛し、隣人を通じて神を愛するという
ことです。人間が楽園追放にあったのは、神の意図と人間の意図が別
ものになったからです。別ものになったからこそ、罪という概念ができ、
神から罰せられるという恐怖が出てきて、罪から逃れて救われたい、
という心が出てくるのです。

いわば「救われたい」もまた、神との分離のひとつの姿にすぎないの
です。

475 :名無しさん@1周年:01/08/30 11:25 ID:HGo.X8vQ
新参者(男)です。
キリスト教(プロテスタント)では、男女恋愛は厳禁ですか?
以前、韓国に本部があるUBFという教会にいました。
親しくなった姉妹に手紙を出し、その中で「神様にあって愛している」と書いただけなのに、
夜中に先輩格の信者(韓国人)に呼び出され、「情欲に汚れている」だとか罵倒されました。
反省文を書けと命令され、全員の前で告白させられそうになりました。
こちらの話も聞かずに延々と説教する先輩も、密告した彼女も赦せませんでした。
その後、彼女はぼくを避けまくり、半年ぐらいして韓国人と結婚しました。
その教会では、いつも礼拝で男女の席をはっきり区別するし、
教会に数人しかいない日本人は、会ったことのない本部から来る韓国人と結婚させられます。
ぼくも結婚させられそうだったし、他にも訳があって教会を離れました。
それ以来、教会もクリスチャンも女性も信じられなくなりました。
つまらないことばかり書いてすみません。。。

476 :名無しさん@1周年:01/08/30 11:38 ID:o.QxbwGU
>>471
「それはまた偏った新約聖書解釈ですな」って言うけど、特別偏ってなんていないって。
「解釈」ということでは、ある立場に立った解釈しかあり得ないんだから、
様々な立場の解釈があるからねぇ、と言っておけば偏らないなんてのもウソで、
単にその人の立場を曖昧に見せるだけ。

律法実践の質を問題にする新手の「律法主義」かな?
自力で、律法の実質を確保し、
「われ」を捨てて隣人愛に生きることによって永遠の生命に生きる。
イエスはそれを実践した。だからイエスに倣って、我々も実践しよう。
そんな感じなのかな?イエスチャンさんの立場って。

477 :イエスチャン:01/08/30 11:47 ID:R89MM0dg
>475

初めにお断りしておきますが、私はいわゆる異端ですので、正統のキリスト
教の考え方については別の方にうかがってください。

男女の愛が「清らか」か、「情欲に汚れている」か、どうやって第3者が
判断するのでしょうね。千里眼を備えた、まるで神様みたいな人たちだ
と思う。むしろ、その人達の心の中に「情欲に汚れた愛」があって、
それを感じただけなんではないでしょうか。

私としては、あなたの愛が教会のならず者たちに踏みにじられたこと
を悲しく思いますが、仮にあなたが教会の言いなりになって、そのまま
教会にとどまっていたとしたら、その百倍も後悔されただろうと思い
ます。私は、仏教系や神道系の教団も見て歩いた経験がありますが、
どこも同じようなものです。たいていは「魂の牢獄」ですね。

不幸転じて、幸いになったのですから、元気を出して、前よりもずっと
いい彼女を見つけて、幸せになってください。あの世でなくて、この
世でね(^^)。

478 :名無しさん@1周年:01/08/30 11:52 ID:o.QxbwGU
>>474
イエスチャンさんが言う
「救われたい」(=自分だけが罪を免れたい)という人間の思いと
教会が言う「イエス・キリストによる救い」は別ものだろう。
イエスチャンさん、それ判ってわざと言ってるんじゃないの?
だとすると、自説に都合良くその辺を曖昧にしておく確信犯だな。

479 :イエスチャン:01/08/30 11:58 ID:R89MM0dg
>476

うん、近い。それにもう少し仏教的な見方が加わるのです。全体の中で
の個人。指は一本一本分かれているけど、手の一部でもある。小指が
独立したがって、ドスで詰めてもらったら、その途端に自分の存在が
失われる。全体があっての個人、個人があっての全体。

これを全宇宙に拡大すると、神の支配とは、隣人あっての自分、自分
あっての隣人、という関係と同じになります。隣人を憎んだり、困窮
するのを無視する人は、独立したいと願った小指と同じです。もっと
悪質なのになると、親指が「俺達は一生懸命働いているのに、小指の
奴はなんだ、いっそのこと切っちまえ」と言い出す奴が出てくる。
小指を切り落とすということは、手(=神の支配)を否定することでも
あります。

そういう教えをひっくるめると、「汝の隣人を愛せ、汝の敵を許せ、
他人を裁くな」ということになる、と私は解釈しています。

480 :イエスチャン:01/08/30 12:01 ID:R89MM0dg
>478

いや、正直言って、区別できないんだよ。こう問い直してもいいと
思う。「あなたは何のためにキリスト教に入信するのですか」
ここから答えてもらえると、議論がしやすくなるんですが。

481 :名無しさん@1周年:01/08/30 12:20 ID:o.QxbwGU
>>479
それって仏教的なだけでなく聖書的な人間観でもあるね。
神が人を男と女に創ったというのも、一体のものとして創ったわけで、
その創り主に背くところから一体性を失ってしまう、という表現になってる。
イエスチャン さんの小指の喩えもかなりパウロっぽいし。

>>480
何か目的があって「キリスト教に入信した」という自覚はないなぁ。
旨味があるんじゃないか、と思って教会の礼拝に出て説教聴いてたという
洗礼受ける前の「過去」はあるが。
今じゃそんな旨味は無いと気づいた。

ちょっと議論しにくいかも知れないけど、よろしく。

482 :463:01/08/30 12:31 ID:OAI3rcZU
>>466
>「隠す」必要はなかった。正々堂々、一言でよいのです。
隠す必要がなかったといっても、例えばイエスは隠喩なんかを使って
語りかけたりしていますよ。

イエスは父なる神については結構はっきりした言葉で発言していますが、
こと自らの使命については、はっきりとしたメッセージを残していない。
先の人の子伝承なんかもそうでしょう。だからイエスが自分の使命を
どう把握していたかは、イエスの言葉だけでなく、イエスの行動をも
考え合わせなくてはわからない。そしてイエスの行動から考えてゆくと
イエスが自らの死を贖罪死に近い感じでとらえていたともいえると思いますよ。
受難物語伝承の重要な骨格部分は原始教会の創作ではなく、イエスに帰る
とも解釈できますからね。

それに贖罪死思想はパウロ以前にペトロなどのエルサレム教会にすでに
存在していたとも考えることができるから、生前のイエスを知り、さらに
キリストの復活を体験した使徒であるペトロらが贖罪死思想を持っていた
としたら、贖罪死思想は馬鹿にできませんよ。イエスの言葉と行動から
だけでははっきりしない点については、イエスの一番身近にいた弟子
である使徒であるペトロらに聞くのが順当だと思いますがね。

483 :イエスチャン:01/08/30 12:32 ID:R89MM0dg
>481

>イエスチャン さんの小指の喩えもかなりパウロっぽいし。

げっ。パウロだけは一緒にしないでくれ〜。あいつ、大嫌い。

>何か目的があって「キリスト教に入信した」という自覚はないなぁ。

げげっ。これは想定していない答えだった。
しかし、正直な答えなんじゃないかな。日本のクリスチャンもまた、
一般の日本人と同じく、「罪の意識」に対する具体的な自覚はない。
かえって安心したよ(^^)。

ところで、481さんにとっての
>教会が言う「イエス・キリストによる救い」
は、どういうことになるのでしょう。罪意識がないのに救いとは?

484 :イエスチャン:01/08/30 12:45 ID:R89MM0dg
>482

確かに、イエスが贖罪思想を持っていなかった、と証明できる証拠は
ないし、実際にイエスは殉死を遂げたわけですからね。

>イエスの一番身近にいた弟子である使徒であるペトロらに聞くのが順当だと思いますがね。

それをしたいのは山々ですが、ペテロが書き残したものは一切残されていない。
ペテロ書が書かれたのは紀元後90年〜100年だとされている(もちろん、
本人の手で書かれたものではない)。

不勉強で、その根拠までは把握していませんが、根も葉もないでっちあげだ
とは決めつけられないでしょう。根拠を記した本は、多分簡単に入手できる
はずですから、ご自分でお確かめください。

ついでに、使徒行伝が書かれたのも同時期のことで、パウロ、ペテロ
が殉死してから30年近くも後になってのことです。これも「回想記」と
しか呼べない代物です(「○○社創立30周年記念」の回想録のように
美化されまくっていると考えるのが常識)。

485 :名無しさん@1周年:01/08/30 12:50 ID:o.QxbwGU
>>475
あなたの書き込みでは「神様にあって愛している」とお書きになったとのこと。
それって、文脈にもよりますが、それだけだと恋愛感情の表明ですらありませんよね。
もしその中に恋愛感情か込められていたなら、
明いての女性がそれを神様にあってどう受け止めるか、という話ですよね。
教会がそれを祝福すべきでないという判断を下すとすれば、
一方がすでに結婚している場合とかに限られるのが普通でしょうね。
UBFの教会についての知識は皆無ですが、
少なくてもその出来事についていえば、異常であり、
キリスト教会からの逸脱の結果起こっているとしか思えません。
後半部分を見るとほとんど「統一教会」とやってることは同じですね。
危なかったですね。
彼女は取り込まれ、あなたは逃げられたということだったのかな。

486 :431:01/08/30 13:01 ID:o.QxbwGU
>>483
「入信によって救われる」とも思ってなかったってことさ。
「イエス・キリストによって罪から救われた」ということを受け入れたってことなんだよ。
救いの現実に触れて初めて罪の自覚が可能になる。逆はあり得ない。

おっと、もう行かなきゃ。また後でね。

487 :イエスチャン:01/08/30 13:15 ID:R89MM0dg
>486

>救いの現実に触れて初めて罪の自覚が可能になる。逆はあり得ない。

うむ。少し考えさせてくれ。また後でな。

488 :462:01/08/30 13:44 ID:XK9YlKAs
>>484
>イエスの一番身近にいた弟子である使徒であるペトロらに聞くのが順当だと思いますがね。
>それをしたいのは山々ですが、ペテロが書き残したものは一切残されていない。
「聞く」といったのはそういう意味ではないのですが。
私もペトロ書簡が真正のものだとは思っていないし、使徒言行録のペトロ像は
ルカの神学で色濃く肉付けされているので、信憑性という点については
かなり疑っています。
私が言いたかったのは、エルサレム教会の最初期はペトロらが主要な担い手であったこと、
そしてその最初期のエルサレム教会にすでに贖罪死思想があった可能性があること、
この2つの点から、ペトロは贖罪死思想を持っていた可能性があるということです。

489 :名無しさん@1周年:01/08/30 14:55 ID:PM.ToWlY
>488
>最初期のエルサレム教会にすでに贖罪死思想があった可能性があること
贖罪死思想ってユダヤ教にもあるんでしょ?

490 :488:01/08/30 16:23 ID:aJ89HU0s
>>489
>贖罪死思想ってユダヤ教にもあるんでしょ?
古代のユダヤ人は、個人と集団の関係について現代人とは異なった理解を持っていたと
いわれています。ひとりの罪が全体に影響を及ぼしたり、逆にひとりに対する祝福が
全体に及ぶと考えたりしていたそうです。だからひとりの義人の死が全体に贖いとして
効力を及ぼすという発想をユダヤ人イエスやペトロが持っていたとしても別に不思議はありません。
このような贖罪死的発想はイザヤ書53章にみられますが、この箇所はマルコ10章45節の形成に
影響を及ぼしているというのが有力です。

491 :名無しさん:01/08/30 16:33 ID:1R2ZzvAU
贖罪思想は本質的に後付の理論でしょう。

492 :(−−):01/08/30 17:22 ID:p8ZwUJZo
キリスト教@質問箱にしては、かなりハードな議論がなされていますね。
贖罪思想は、旧約聖書にすでに見られます。
一つだけ例を挙げますと、祭儀律法において、本来神にささげるべきものの代わりに、
別のものを捧げる、という事例が、あります。
ですから、必ずしも「後付けの理論」ではありません。>491

493 :名無しさん:01/08/30 17:48 ID:1R2ZzvAU
>>492
生け贄を捧げる習慣は確かにありましたが、それが即十字架の贖い
には繋がらないと思いますよ。生け贄が死んだ後、その肉体が復活
するという考えは旧約には全く見られません。そもそも、やがて現
れるであろうキリストが、神の子であるという預言は旧約の中には
ありません。

494 :(−−):01/08/30 17:54 ID:p8ZwUJZo
>>492
そういう意味での「贖罪思想」なら、おっしゃる通りでしょうね。
ただ、「贖罪思想」というだけなら、旧約聖書にも見られる、という話。

…あ、そうか。>>490 さんは、贖罪「死」思想と、いっておられる。
それに対し、491さんは「贖罪思想」といっておられる。
そこのところで、私は混乱してしまったんだな。
失礼仕った。

495 :356:01/08/30 21:09 ID:vDhPC6ck
>>493
キリストの生け贄は、出エジプト記の「主の過ぎ越し」の小羊に
対応していると考えられています。

復活に関しては、ヨナが鯨の腹の中に三日間閉じこめられていたことに
対応していると考えられています。

メシアが神であるという考え方は、父なる神がメシアを自分の子と呼び、
メシアに与えられる権限があまりにも絶大なことに由来します。

伝統的には、このように考えられていますので、ご参考までに・・・

496 :名無しさん@1周年:01/08/30 22:31 ID:QMRYka4g
アイルランド共和軍(IRA)を支援したいと思っていますが、
募金などを受け付けているのでしょうか?
また日本国内に窓口みたいなものがあるのでしょうか?
詳しい方、ご教示下さいますようお願いします。

497 :名無しさん@1周年:01/08/31 10:53 ID:AbtWXbt6
☆超初心者的質問☆

ペットとかが死んだ時、キリスト教は祈れますか?
例)うちのポチが昨日死んじゃったんで天国にいけるように祈りたい

なんとなく、人間だけを救うのがキリスト教、と言うイメージなのですが
他の宗教だとどうなのでしょう

498 :名無しさん@1周年:01/08/31 12:25 ID:sBfppV6A
>>497
確かに「人間だけを救う」感じがすると思いますが、
それは人間がその罪から救われることが問題になっているからです。
人間が神に背いたこと(罪)によって自然も苦しめられている、ということなので、
聖書は人間以外のものに「罪」を見ていません。
その意味では「あえて救われなくてもそのままで祝福されている」と言えるし、
「まず人間が罪から解放されないことには救われない」とも言えますね。

ポチもあなたも神の正しい支配の中にいる、つまり天国にいる、
というのがキリスト教のメッセージですよ!

499 :dendo.:01/08/31 14:51 ID:DmmtEfbg
>ポチもあなたも神の正しい支配の中にいる、つまり天国にいる、
>というのがキリスト教のメッセージですよ!

あ、それ同意。すごく同意。
でもそれはそれとして、動物魂自体には不死性認めるの?
それとも動物にも anima rationes を認めるという話?
教えてちゃんでスマソ。

神ご自身の思いのうちにイデアとしてある、という限りでは
ポチも我々も、すべてのものは神ご自身のうちに永遠にあるんだけどね……

500 :dendo.:01/08/31 14:54 ID:DmmtEfbg
◎2chに何かあったらここへ移動。各自いまのうちにブックマークしておきませう。
精神世界・宗教・心理学@京都板
http://kyoto1.ceo-jp.com/shiso/psy/index.html

※マターリ系スレ限定。荒れたスレ・論争系のスレにはコピペしないでください。
逆にあなたのよく読むマターリ系スレに告知されていない場合、
積極的に誘導してあげてください。

501 :名無しさん@1周年:01/08/31 15:17 ID:yXNnXhsQ
>>497
キリスト教の救いとは人間に限られていません。
人間が罪に陥ったために神との正しい関係が損なわれ、
それが人間以外の自然界をも亡びへの道へと導いてしまった。
だから人間が神との正しい関係を取り戻すことが、
すべての被造物の救いにもつながる。
そういう考え方がベースにあるので、キリスト教において
人間の救いという話題が前面に出てしまうのであって、
決して動物は救われないなどと考えていません。

詳しくはローマ8章18節以下を読んでみて下さい。

502 :名無しさん@1周年:01/08/31 20:13 ID:dD5ZI0D.
497

レスをありがとうございます。ちょっと目からうろこ状態

「実に、『被創造物全体』が…知っている」とありました(^^)

聖書の引用をすぐにできると、すばらしいと思いますね。
信者の人の学習段階も様々でしょうが、皆さんはどれくらい聖書を勉強しているのか、びっくりすることがあります

503 :名無しさん@1周年:01/09/01 00:59 ID:5.I2atMI
指でピースサインをつくり、更に親指を立てると
どのような意味を持つのでしょうか?
誰か有名な方がやっていたのを見かけてので
とキリスト教と全く関係なかったらごめんなさい

504 :名無しさん@1周年:01/09/01 01:44 ID:KZM91DjA
ものみの塔はいわゆるプロテスタントと理解して
よいのですか??

505 :名無しさん@1周年:01/09/01 01:55 ID:zPl/mJ/M
>>504
私はクリスチャンではありませんが、
両者に同じ質問をしたところ、
両者ともとんでもない、とのことでした。
私見ですが、ものみの塔は、
現在のプロテスタントに対するプロテスタント、
のような位置付けに思えるのですが。
カトリックもプロテスタントも、
ものみの塔をキリスト教とは認めていません

506 :504:01/09/01 02:15 ID:KZM91DjA
>>505
そうでしたか。この前来たものみの塔の人が
自分のことをクリスチャンと表現していたので
どうなのかなと思った次第です。

507 ::01/09/01 02:35 ID:MY3CnFOU
キリストは、復活後、何歳まで生きられましたか?

508 ::01/09/01 02:40 ID:MY3CnFOU
キリストの容姿は、今なら、どこの国の人に近いでしょうか?

509 :キリスト教って:01/09/01 02:58 ID:xalIR/qM
本当にアダムとエバを信じているのでしょうか?
楽園で悪魔に騙されてざくろを食べた(知恵の実?)から追い出された
って、本当に信じているのでしょうか?
ずっと 気になっていたのです・・・。マジで信じてるのかなぁ?
比喩として?
それからキリスト様も本当に処女のマリアが妊娠してうんだって・・・
信じているのでしょうか?最初は処女の、じゃなくて乙女の、だったって
聞いたことありますが・・・。

510 :名無しさん@1周年:01/09/01 03:30 ID:rI36A5pk
>>509
イエス・キリストを「信じている」のがキリスト教。
その意味ではアダムとエバを信じてはいません。
もちろん質問の意図が違うのは分かってるつもりだけど。

アダムとエバの話は誰が見ても物語として書かれています。
それは大昔の人々にとっても現代人にとっても同じこと。
そこから真実のメッセージを受け取ることができるわけですから、
あの物語を敢えて合理的に解釈しようなんて無理はしないで、
物語は物語として素直に読むのが楽しいと思いますね。
しかし、そこから知らされたことは「マジで信じてる」。

「処女」についてはあなたが聞いたことは間違っていません。
聖書の表現では「聖霊によって身ごもった」ってところが要点になります。
そこから、マリアが処女だったのに身ごもった出来事が記されたんでしょう。
ウソやでっち上げが目的で書かれたと言う輩はいつでもいますが、
真実を伝える最もふさわしい表現なのでそのまま読まれてきました。
使徒信条なんかの「処女マリアより生まれ」は、
神の子キリストが「人間として生まれた」ことの方に強調が置かれている
と見ていいと思います。

511 :名無しさん@1周年:01/09/01 04:18 ID:dLONEE2A
「処女」という訳自体が誤訳なんだよ。
最低限の知識身につけてから人に聞こうや。

512 :名無しさん@1周年:01/09/01 09:47 ID:BlfS1DNE
>>509
キリスト教への興味じゃなくて
キリスト教を信じている人に興味があるってこと?

キリスト教そのものに興味が無いんだったら
いくら聖書を読んでも本当の意味は分からないと思いますよ。
聖書に限らず、本を読むのなら何でも同じですが。

513 :べる:01/09/01 12:38 ID:7LhTfYRU
質問があります。
聖霊のバプテスマって受けましたか?
自分はまだ受けてないのですがどんな感じなのでしょうか?

514 :名無しさん@1周年:01/09/01 13:36 ID:rI36A5pk
>>513
「聖霊のバプテスマ」とそうでないバプテスマがあるという意味での質問ですか?
教会が授けているバプテスマは、
新約でヨハネが言っている「水で授けている」バプテスマとは違うと思うが。
「父と子と聖霊の名によって」授けているんだからね。

515 :名無しさん@1周年:01/09/02 00:35 ID:5FXAwdgQ
シャーリー本や「神との対話」で、新聖書にあった輪廻転生の記述が、
後の宗教会議で削除されたとありましたが、その話の信憑性を具体的に
ご存知の方はいらっしゃいませんか?
それに関する情報なら何でも知りたいです。

516 :名無しさん@1周年:01/09/02 03:08 ID:Y69e4/2o
>>511
そんな話、初めて訊いたワ。。。

517 :dendo.:01/09/02 17:26 ID:7oWL013s
>516
そりゃーそーだろー……
ルカ1:27 に
"kai to onoma tes partenou Mariam"
「そしてその処女の名前はマリアムといった」とあるんすが……

partenos の意味は処女。他に訳しようがない。
(partenou は partenos の単数属格)。
511はセプトゥアギンタが「女」と訳すべきところを partenos を宛ててるって
はなしとごっちゃにしてると思われ。

518 :名無しさん@1周年:01/09/02 18:35 ID:VQ0JZJug
>>517
ルカの場合は文脈からいってマリアが処女として描かれていることは明らか。

使徒信条の「処女マリアより生まれ」の方はどう?

519 :余談ですが・・・:01/09/02 23:24 ID:/jGhsINc
処女懐胎は、
「不思議な事、奇跡→キリストの神秘性」「性は原罪→汚れなきキリストの善性」
どちらを表現していたのか?
また、当時、性は罪の一つと考えられていたのでしょうか?

520 :名無しさん@1周年:01/09/03 00:14 ID:WWyYWR1c
>>519
多くはそんな風に考えられているのかも知れませんが、どちらでもないでしょう。
強いて言えば前者ですが、ことさらに神秘化するということより、
むしろ、神の子であるのに「人として生まれた」というところに不思議を見ているのだと思います。
また、特に「性」を取り立てて「罪」とする、という考え方は聖書にありません。

521 :余談ですが・・・:01/09/03 00:30 ID:4uzcpPOA
>>520
ありがとうございました。続けて質問させて下さい。
キリスト教の信者が、性を断ち、教会に入るという習慣は何を根拠に
始まりましたか?
また、聖書には、性についてのあるべき姿をどう規定していますか?
自慰についてもよろしく。

522 :通りすがりだけんども:01/09/03 00:40 ID:G82JJA.E
>>521
たしかキリストさんの教えにも
母体にったユダヤ教にも
性に関してことさらタブー視するものはなかったと思うがの。

キリストさんに会った事も無い
のちの時代のパウロたらいうオッサンが
教えをねじ曲げたせいじゃろ。

523 :名無しさん@1周年:01/09/03 00:47 ID:G82JJA.E
>>517
それからあんた、
嘘いっちゃあいけんでよ。

パルテノスは乙女、若い女っちゅー意味じゃ。
処女じゃあないでよ。
パルテノスが処女なら
パルテノン神殿のアテナ・パルテノスも処女神ちゅー事になってまうがな。

524 :名無しさん@1周年:01/09/03 00:51 ID:4uzcpPOA
>>522
水瓶座の時代は、多夫多妻でしょうか?
歴史上、多夫多妻が許された時代とは?
原罪という表現もパウロからでしょうか?

525 :名無しさん@1周年:01/09/03 00:55 ID:G82JJA.E
>>524
すまんが
そこまで突っ込んだ話になると
わしじゃ役不足でよ。
夫婦制度やらの話になると
民俗学やらの範疇になるんと違うかの。

526 :524:01/09/03 01:03 ID:4uzcpPOA
>>525
どうも、ありがとうございました。
524は、もちろん、キリスト文化圏の歴史の中での質問です。
他に詳しい方がいらっしゃいましたら、ぜひ、よろしく。

527 :名無しさん@1周年:01/09/04 00:42 ID:mEPioQh6
キリストは男でしたか?

528 :名無しさん@1周年:01/09/04 03:01 ID:3yE5K.Yo
キリストの本名は?
キリストは大工だったと聞くが、当時の家って木造でしたか?
どんな大工だったのでしょうか?

529 :律法学者:01/09/04 09:16 ID:/x4omKK6
>519
性は原罪という考えはないが、人は母親の胎内にいるときから既に原罪を持っている。
イエスも通常の生まれ方をしたのであれば原罪は免れなくなってしまう。
しかし、贖罪のためにはイエスは罪無き人でなくてはならない。
そのため、通常の誕生とは違うシステムが必要となった。
神秘性というより罪無く誕生するシステムのために処女受胎は必要だった。

530 :名無しさん@1周年:01/09/04 09:23 ID:jpD9b2Z6
>528
おそらくイエススが本名です。
これは旧訳の「ヨシュア」(ヤシュア)のギリシャ風表記で、
当時はそんなに珍しくない名前だったと思われます。

531 :イエスチャン:01/09/04 10:33 ID:kdjz2.WA
>529

お釈迦さんもまた、マヤ夫人のわき腹から生まれた、とされているしね。
似たような神話はどこにでも転がっている。多分、もともとそういう種類の
神話が伝承されていたのを、教会の指導者達が渡りに船、とばかりに利用した
んでしょうね。ある本に、マリア信仰はエジプトのイシス信仰を継承した可能性
が高い、と書いてあった。マントの内側に三日月がついているのがその証拠だ
とか。

日本でも、キリシタンのマリア信仰は、白衣観音という形で融合されたわけで、
そういう例はめずらしいことじゃない。

532 :名無しさん@1周年:01/09/04 15:08 ID:BccQgPnY
>>528
木が少なかったので、建物は石やどろでつくりました。
(「なるほど!聖書百科」いのちのことば社)より

533 :名無しさん@1周年 :01/09/04 21:31 ID:mUd68j5w
>>529
イエスの誕生は「神の子」という割には、あまりに通常の誕生に近い。

ルカ福音書で言えば、洗礼者ヨハネの誕生とも近いわけだし、
そもそも、それらの記述はアブラハムの老妻サラが身ごもる物語を下敷きにしている。
聖書=旧約を読んでいる人ならそれと合わせて理解するだろうという前提があると思う。

突き詰めていくと、イエスの誕生物語は、それが神の救いの出来事だ、ということが
判るような表現を採っている、と見るのが妥当。

イエスにのみ特徴的な表現で言えば「聖霊によって身ごもった」という点だろう。
「処女から生まれた」ことはその帰結としての意味しかない。
「罪がない」というのもその帰結。
念のため言うと、「罪がない」とは「完全に神に従い得る」ということを表す。

534 :名無しさん@1周年:01/09/04 22:54 ID:DKdCUTLc
>533
要は通常の誕生(父親は不明だが)に神秘性を持たせただけなんでしょ?
不倫とか強姦とか、良くない理由で身ごもってしまったマリアを救う意味もあったのかも。
ヨセフは正しい人だったのでマリアと別れようとしたってところに深い理由があるのだろう

535 :533:01/09/04 23:40 ID:mUd68j5w
>>534
福音書であんなふうに書かれると、
常識では誰もが「不倫とか強姦とか」で身ごもったんだろう、と思うところですね。
イエスという人物がリアルな存在であった当時ではなおさら、とも言えます。

元々出自に疑問点があったのを誤魔化したという説もありますが、
ますますそう勘ぐられそうな表現をあえて採ったわけですから変な話です。

あえてそう表現して憚らない内実があった、と思わないと、理由わかりません。

536 :名無しさん@1周年:01/09/04 23:46 ID:GKPf/.92
>不倫とか強姦とか
古いラビの伝承にもそういうの、ありますよね。
多分パレスティナのユダヤ人にはよく知られていたのでしょうね。
イエスの出自について。

537 :535:01/09/04 23:53 ID:mUd68j5w
むしろ、世間からは、
単にヨセフとマリアの長男と思われていただけなのでは、
と思えて来るんですが・・・・・

538 :名無しさん@1周年:01/09/05 00:02 ID:vkIg2hJ6
イエスはマリアム・イエスと呼ばれていたのでしょうか?
それともヨゼフ・イエスと呼ばれていたのでしょうか?

539 :名無しさん@1周年:01/09/05 00:08 ID:s.XygKLA
正月にローマに行きます。
聖フランチェスカさんのアッシジ話で、
一番お勧めの本ってあります?
難しかろうが優しかろうが構いませんが。
あと、ローマで「ここだけは行っとけ」というキリスト教関連の場所ってありますか?
情報キボンヌ

540 :名無しさん@1周年:01/09/05 01:27 ID:4in2U0OU
このスレ、親切で感激。僕の新婚旅行はローマでした。
ローマ教皇庁って言うんでしょうか。メインの所。
ミケのピエタが置いてあった。なかなかでした。
細い迷路のような長〜い階段登って、屋上まで行きました。ローマが一望できた。
フェリーニの映画「白い酋長」によると、イタリアでは、
新婚旅行でそこに行くのが、半習慣的みたいですねえ。
また、映画史上、最もリアルなキリストを描いた「奇跡の丘」のパゾリーニが撲殺
されたローマにほど近いオスティア海岸、数々の映画の舞台にもなったカプリ島。
以上、僕からのお薦めというか、僕の行ったところでした。良かったよ。

541 :539:01/09/05 02:46 ID:cuvQ3GKM
↑パゾが撲殺された現場ってわかります?
あと、カプリ島を舞台にした映画は?
詳細乞う!

542 :540:01/09/05 04:33 ID:jwHFy7CM
↓パゾリーニ研究トップ(僕の愛するサイトです。イタリア史の勉強になりました。)
http://www2.justnet.ne.jp/~guillo/pppstudy/pslntop0001.htm
ここのマスターも、新婚旅行がローマだったそうで、微笑ましいエピソードが興味深かった。
撲殺現場は、オスティアの水上機基地で、今ではパゾリーニの碑も立ってるのではないかな。
( http://www2.justnet.ne.jp/~guillo/pppstudy/ppp/pvita04.htm )
僕は、残念ながら、「ここが撲殺されたオスティア海岸かあ。」と、感慨しただけで、
そのスポットは、確認できませんでした。
もし、そのスポットを確認できましたら、ぜひ、このスレで教えて欲しいですな。
アドバイスとしては、「ボッタクリのタクシーに気をつけて!」と
「ローマからオスティアまで、電車なら、数十円か数百円と、超安いぞ!」
カプリ島映画には、ソフィアローレンの「島の女」があります。青い洞窟とかあるぞ。
また、ゴダールの「軽蔑」の舞台もカプリ島。他にもいっぱいあるでしょうな。
ローマから日帰りバス船ツアーがあります。
宗教がらみの逸話も多い地でしょう。島については、「穴場の案内書を読まれたし!」
あと、オノボリサンとしては、他に、コロシアムや「ローマの休日」に出る観光スポットですね。
宗教がらみなら、ミイラ教会や、ローマ駅まん前の美術館とか・・・
小さな街ですから、自転車で回るのが、ほんとうはベスト。僕はバスを使いましたが。
ヨーロッパ最大というチネチタスタジオは、僕が行ったときは、中に入れませんでした。
チネチタには大きなショッピングモールがあり、買い物には、便利しましたよ。

543 :dendo.:01/09/05 11:07 ID:QLTLPYE.
え、ローマの坂は自転車だときついですよ……

宗教がらみいっぱいあるしなあ。駅前ってことはムゼオ・ナツィオナーレ
ですね。古代美術ならあとはヴァティカンやムゼオ・カピトリーノがおすすめ。

でも時間がないんだったら、美術館はヴァティカンとボルケーゼだけに
しておいて、教会めぐりのほうがいいかも。
ボルケーゼは予約が必要なので日本から直接か、ホテルに代行してもらってか、
予約を取ってください。

544 :539:01/09/05 11:20 ID:kvtoh4qo
>>542,>>543
沢山の情報ありがとうございます!!
『軽蔑』ってカプリ島なのか…。行くしかないみたいですね…。
あと、パゾサイトもどうも。凄い充実してますね、ここ。
タルコフスキーの『ノスタルジア』に出てきた聖カテリーナっていうのは遠いのかな?

545 :539:01/09/05 16:01 ID:byR1b566
あ、あと聖フランチェスカのお勧め本も…。すいませんねえ、一人でグダグダと。

546 :dendo.:01/09/05 16:28 ID:vOgGXdTk
タルコフスキー関連では『ノスタルジアへの旅』という
『ノスタルジア』ロケ現場を訪ねた本がありますよ。
すでにチェック済でしたら失礼をば。

547 :539:01/09/05 17:08 ID:.TcGoYXM
↑まじすか。
チェックします!

548 :dendo.:01/09/05 17:32 ID:vOgGXdTk
あ、ごめん。記憶に錯誤が。
「ノスタルジアへの旅」は『タルコフスキー・アット・ワーク』(芳賀書店)の
なかの一章です。

いましらべたら某電子本屋では「取り寄せ不可」でした。
図書館の相互取り寄せサーヴィスを利用したほうがよいかもしれません。
……なんか見たくなってきちゃった。ヴィデオ屋へ行ってこよ。

549 :名無しさん@1周年:01/09/05 21:02 ID:WEI8JQx6
初心者や未信者でも気軽に書き込みができる掲示板が他にありませんか?
探してみたのですが、やっぱりここが一番栄えてるのですね。

550 :539:01/09/05 22:09 ID:LIA6SZ5Y
>>548
なるほど。
漏れも探してみます。
『ノスタルジア』、意味不明だけど泣けます。

551 :名無しさん@1周年 :01/09/06 01:11 ID:y7UMM8Hw
タルコフスキー萌え〜

552 :ななしこ:01/09/06 06:51 ID:RsGgPJDw
最近、キリスト系の方々が
「悔い改めよ!」と行進しているのを見ました。

あーゆーのって、信者さんのつとめなんですか?

553 :名無しさん@1周年:01/09/06 08:56 ID:mvoy3BCg
伝道は信者のつとめです。
ただ、どう伝道するかは教派によって違いがあり、また個人の選択にもよりますので、
誰もが行進する義務を負っている訳ではありません。

554 :ななしこ:01/09/07 01:25
>>553さん
お返事ありがとうございます。

ボーイスカウトからの関連でキリスト教には興味あったのですが
あの伝道活動を見て、「ちょっと・・・」と思ってしまいました。

あ、でも、よく考えると、そうやって考えてる時点で
もう信者になれないのかな・・・・うーん。

555 :NANASI:01/09/07 01:46
>>554
わかる〜。おいら、カトリックなんだけどさ。
お正月に○○大社のまえで拡張マイクのボリュームガンガンにして
あちこちでノボリとコブシをふりあげて
「真の神はイエス・キリストです!!神の裁きを恐れなさい!!!!」
って、やめて欲しい。どこのプロテスタントなんだろね。
傍から見てたらかなり恥かしいよ。いっちゃってるとしか思えなかった。
あんなので回心する人なんていないだろうに・・・。

556 :名無しさん@1周年:01/09/07 01:49
>>555
すいません、それカトリックの異端です・・・
以前、この宗教板でも話題になりました。

557 :名無しさん@1周年:01/09/07 04:51
すいません、それ福音派の害基地異端とカトリックの害基地異端
で構成する害基地エキュメニカル連合らしいです・・・
以前、この宗教板でも話題になりました。

558 :名無しさん@1周年:01/09/07 04:58
>>557>>556の訂正です。

559 :名無しさん@1周年:01/09/07 08:39
>>555
日本人がキリスト教なんてやると、すぐそれだ。
ダサすぎる。西洋文化の片鱗も理解できないやつは、
キリスト教なんかに入るなよ。幸福の科学くらいに入れや、といいたい。

560 :dendo.:01/09/07 10:06
うわぁお……>557
でも過去ログ倉庫読めないんだよなあ。もうちょっと詳しい説明きぼんぬ。

561 :名無しさん@1周年:01/09/07 10:41
教義とは関係ないことですが・・・・・・
「イエス」が固有名詞で「キリスト」というのは「救世主」という普通名詞なのでしょうか?
だとしたら、「イエス」の名字はなんと言うのでしょうか?

562 :名無しさん@1周年:01/09/07 10:43

「ベツレヘム」「ナザレ」はどこの国にあるのでしょうか?

563 :名無しさん@1周年:01/09/07 10:53
>>561
昔の人は名字がありません

>>562
イスラエル

564 :名無しさん@1周年:01/09/07 11:11
>>563
サンクス!

565 :名無しさん@1周年:01/09/07 12:27
>>560福音派を名乗る害基地派が起こしている運動らしいけど
これに毒された数名の害基地カトリック信者も
エキュメニカル運動としてやってるとかいう話だった。
確かカトリックの神父が害基地信者を説得したらしいが聞き入れずに
現在もいっしょにやっているという話だったと思う。
カトリックの司教が神社の神主と地鎮祭をやっていたのを
新聞かテレビで見た記憶があるからカトリックは馬鹿な運動はしないはず。

566 :名無しさん@1周年:01/09/07 13:01
既出だったらゴメンナサイ。
教会のミサは、未信者で、1回も教会に行った事が無い人が
いきなり行ってもいいものなんですか?
カトリックの教会に通ってみようかな〜と思っているのですが
新参者がいきなり行ってもいいものかどうか…

567 :名無しさん@1周年:01/09/07 13:02
是非来て下さい。誰も勧誘をしない可能性はありますが。

568 :名無しさん@1周年:01/09/07 13:04
ただ聖体拝領は受けられません。
そこのところだけ覚悟してください。

569 :dendo.:01/09/07 13:13
>565
ありがとうです。さすがに信者レベルで済んでるんですね……

なお現在は mentai.2ch.net/psy/kako が見えるようになっています。
過去ログが必要な方はセーブなりしてくだされ。

570 :名無しさん@1周年:01/09/07 17:52
クリスチャンになりたいと思っています。
どういう手順を踏まえれば洗礼を受けられますか?
プロテスタントかカトリックかはこれから勉強して決めようと思っています。
ガイシュツだったらすみません。過去スレで探しきれなくて・・・。

571 :名無しさん@1周年:01/09/07 18:25
フランチェスカ情報…。

572 :NANASI:01/09/08 09:53
>>565
げ〜。まじっすか?
おいら、ああゆー屋台がでてるお祭り好きなもん
だから、お賽銭とかはやったりしないが見物に
いってたんだよ。カトリックってばれてたら
恐ろしいことになってたな。
知った顔がなくってよかった。

573 :名無しさん@1周年:01/09/08 12:08
>570
私の場合、カトリックだけど、
神父に公教要理を半年ならったら
洗礼授けてくれたよ。
神父に、信者になりたいと言うのが手っ取り早いよ、
それから神父もいろいろだから、
最初の神父が合わないなら他の神父と、
カトリック教会は、あちらこちらに有るから
2つ3つまわってもいいと思うよ。

574 :名無しさん@1周年:01/09/08 19:40
「聖書普及友の会」というところが
無料で解説つき聖書をくれるというDMを入れていきました。
写真を見ると「回復訳」という聖書のようです。
「無料聖書通信講座のご案内」というものも入っています。
「統一教会・モルモン教・エホバの証人とは一切無関係です」と書いてあるのですが、
このような活動の経費は莫大なものになるはずだと思うのです。
聖書のモノ自体には興味はあるのですが
カルトのにおいがするのではがき出すのを躊躇しています。
どなたかご存知の方はありませんでしょうか。

575 :名無しさん@1周年:01/09/08 21:45
「使徒の働き」のパウロによって開拓されて
諸教会を教えて下さい。

576 :575:01/09/08 21:47
↑すみません・・・誤字がありました。
正しくは「開拓された・・・」です。
宜しくお願い致します。

577 :dendo.:01/09/08 23:07
回復訳すか。聞いたことないな……
……て Google で引くと 882件ひっかかるですよ。あなたも http://www.google.com をブックマーク。
ってのはおいといて、
http://www.geocities.co.jp/Bookend/7933/
が参考になるかと思います。

なお、このサイトによると回復訳は中国語からの重訳だそうですので、
翻訳聖書を蒐集しているというのでなければ、
新共同訳などの、原文から直接翻訳された聖書をおもとめになることをお勧めします。

578 :こんどみにあむ:01/09/09 05:00
クリスチャンの女はイエス様がいるから、貞操を守るんでしょ?
アナルなら戒律に触れないのかな?

579 :小林よしのり:01/09/09 05:21
あ〜なるへそ

580 :ソドミー:01/09/09 05:29
そ〜だみ〜

581 :イエス:01/09/09 05:40
なめんなよ

582 :クリスチャンの女:01/09/09 05:42
クリ好きじゃん

583 ::01/09/09 05:43
操!操!

584 :間カンペイ:01/09/09 05:45
アナル戒〜の

585 :bitch:01/09/09 05:47
最近の謎↓。
そもそも何で神はこの世を創ったかね。

586 :名無しさん@1周年:01/09/09 07:05
つくりたかったから。
ちなみに人はGn1によれば支配者として、Gn2によれば管理者として、造られました。

587 :574:01/09/09 23:07
>>577
レスありがとうございます。
やはりカルト的な団体のようですね。
とりあえず葉書出すのはやめることにしました。
自分の身元が知られずに入手できるチャンスを待ちます。

588 :名無しさん@1周年 :01/09/09 23:10
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psy&key=999457682

上記スレでカトリック過激派のシルヴィウスが異端殺戮宣言を
名言

589 :イエス:01/09/10 02:30
「私」はキリストではない。
キリストは「あなた」だ。

590 :イエス:01/09/10 02:56
人に迷わされないように気をつけよ。
いまに多くの人があらわれて、
「キリストは私だ」と言って私の名を騙り、
多くの人を迷わすにちがいないから。
だが、「私」はキリストではない。
キリストは「あなた」だ。

591 :中川君:01/09/10 03:03
590へ

はい?何勘違いしてんの?

592 :イエス:01/09/10 03:04
585 bitchさんにお答えします。
>そもそも何で神はこの世を創ったかね。

神は天であり、地であるからです。

593 :イエス:01/09/10 03:12
591 中川様へ
何? はい!

594 :名無しさん@1周年:01/09/10 03:16
あ、イエスさん、ちょうど良かった。
ほら、あなたの信奉者たるフランチェ(ガスッ!

595 :イエス:01/09/10 03:24
591 中川様へ
>はい?何勘違いしてんの?

あなたこそ、いったい何を勘違いしてこれまで生きてこられたのです?
キリストは、あなたにとっての「私」ではありません。
あなたにとっての「あなた」なのです。
さあ、新しい一日が始まろうとしています。
精一杯、生きなさい。

596 :イエス:01/09/10 03:29
あ、名無しさん、ほんとにちょうど良かった。
ほれ、あなたの崇拝者たる低脳スカシッ(屁?

597 :名無しさん@1周年:01/09/10 03:44
>595
それって、60年代のR&Bとかの歌詞の基本だよね。
You are the reason I've been waiting for so long. とかさ。
悪いんだけど、ちょっと遅れ過ぎって感じ。
だってもうあったりまえじゃん?

598 :イエス:01/09/10 04:03
>597
いいえ、60年代ではありません。それは、もっと、もっと、遅れ過ぎです。
それに、永遠に、あたりまえにはならないでしょう。
ところで、名無しさんにお尋ねします。
遅れ過ぎというのは、どのような罪なのでしょうか?
私には、たとえばあなたのようなかたがいだいておられる
強迫観念というものが、まったく理解できないのです。

599 :名無しさん@1周年:01/09/10 05:02
ちっちゃいころ教会学校に通っていたんですが
今は、通ってません。

最近いろいろ疲れることとかあって教会に行ってお祈りをしたいなって
思うことが多くなって そこで質問です。

周りに教会に連れていってくれるような人がいなくて
一人でも行くのもやっぱりいきずらいし・・電話かけたら
優しくお待ちしてますって言われたんだけど
どうしてもドキドキしていけないんです

ひとりでこっそり行っても大丈夫なような教会を是非紹介してください!
ほんと。。なにげに さっと入れるような・・・
教会に行ってパイプオルガンを聞くだけでも構いません!!
そういう心安まる教会ってどこなんでしょうか?
東京に住んでます。

600 :名無しさん@1周年:01/09/10 05:15
    /_      |
    /. \ ̄ ̄ ̄ ̄|
  /  /  ― ― |
  |  /    -  - |
  ||| (6      > |
 | | |     ┏━┓|   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| | | |     ┃─┃|  < 正直、600
|| | | |  \ ┃  ┃/    \________
| || | |    ̄  ̄|

601 :597:01/09/10 05:38
>>598
>いいえ、60年代ではありません。
じゃあ、いつなの?

>それは、もっと、もっと、遅れ過ぎです。
すみません、意味がわかりません。ご説明くださいな。

>それに、永遠に、あたりまえにはならないでしょう。
だから、もうなってるって。

>ところで、名無しさんにお尋ねします。
>遅れ過ぎというのは、どのような罪なのでしょうか?
別に罪とは思っていませんYO。
みんな知っていることを今更言われても、
だから? それで? になるだけだと思うのだ。
あなたも「遅れすぎ」という言葉を使っていますが、
では、それはどんな罪のつもりなの?

>私には、たとえばあなたのようなかたがいだいておられる
>強迫観念というものが、まったく理解できないのです。
これも2つの点で、私には理解できない質問だす。ゴメン。
よろしければ、以下ご説明いただければ回答しますYO。
1.「あなたのような方」って、どういうくくり方でしょう?
2.598さんの言う強迫観念がどんなものを指しているのか不明です。
特に思い当たるフシはないので、ご指摘いただければ考えますけど。

602 :名無しさん@1周年:01/09/10 06:50
お〜参りました。

603 :質問:01/09/10 09:08
最近、旧約聖書の創世記〜申命記あたりを読みました。
読み進めていくうちに、途中からあることに気づきました。
それはいわゆるバビロン捕囚(ていうのですよね?)についてなのですが、
まず、旧約聖書はユダヤ人が書いたっていうことは間違いありませんよね?
だとすれば、奴隷として扱われた民族の当人たちが書いたっていうことに
なるわけですが、それにしては文章が客観的過ぎないですか?
そのなかでも特に違和感を覚えたのが、自分達を奴隷として扱った
エジプト人に対する批判やそれに値する文章が1文も見つからない
ということです。自分達の民族のアイデンティティを奪い、破滅の
危機に追いやった人々に対して憎しみの念を持つ事は当然のことです。
そういった感情がその当時の事を書いている文章の中に現れてこない
というのは、少し出来すぎた話だと思いませんか?
たとえば、日韓併合という歴史の中でユダヤ人と同じような立場を
味わった朝鮮の人々は50年以上経った今でもなお日本人を憎んでいます。
(全ての人がそうではないでしょうが。)
そのことを考えてもこのバビロン捕囚の一連の話は不自然な気がします。

私は聖書に関する学術的な本などは殆ど読んだ事がないので、
そういった知識はありません。

・そのような学術的見地からはどういった解釈がなされるのでしょうか?
・また一般のキリスト教徒の方はどの様にそのことを考えているのでしょうか?

以上の事についてみなさん、ご意見・アドバイスをください。お願いします。

604 :質問(続き):01/09/10 09:12
・そのような学術的見地からはどういった解釈がなされるのでしょうか?
・また一般のキリスト教徒の方はどの様にそのことを考えているのでしょうか?

以上の事についてみなさん、ご意見・アドバイスをください。お願いします。

605 :dendo.:01/09/10 09:46
バビロン捕囚はダニエル書等に出てくる話です。お読みの箇所から
すると、かなり未来の話です。なにかお間違えでは。

606 :あずみ:01/09/10 10:02
 「出エジプト」と「バビロン捕囚」を勘違いしておられるようです。

607 :603:01/09/10 11:00
私はどうやら見当違いで支離滅裂なことを言っている様ですね。
もう一度読み返してまた質問しなおしに来ます。
申し訳ありませんでした。

608 :名無しさん@1周年:01/09/10 12:10
>>603

>そのなかでも特に違和感を覚えたのが、自分達を奴隷として扱った
>エジプト人に対する批判やそれに値する文章が1文も見つからない
>ということです。
出エジプト関連のお話しは、史実をそのまま伝える部分もありますが、
かなりの部分は後の時代になって信仰の観点から行われた解釈です。
解釈部分ではエジプト人への怨嗟の声は、奴隷状態から解放してくれた神への
感謝の声にかわってしまっています。

それから日韓併合とはちょっと違うでしょう。
エジプト人が「ユダヤ人」を強制連行したわけではなく、
食うのに困っていた「ユダヤ人」がエジプトに押し掛けてきたのです。
それにエジプトでの生活は最初から最後まで奴隷扱いであったわけではありません。
さらに「ユダヤ人」も長い間奴隷制度を活用しており、現代人の奴隷制度
に対する感覚とは違うものを持っていたことも関係しているでしょう。

609 :570:01/09/10 14:44
>573さん、
レス有難うございます。勉強をしてからでないと洗礼を受けられないのですね。
近くの教会を探して、
とにかく行ってみたいと思います。
(これがなかなか大変なんですけども・・・)

610 :名無しさん@1周年:01/09/10 15:33
>599
カトリックの大きい教会ならどこでも、気がねなく入れるよ。
日中は、だいたい祈るために教会を開放しているし、
大きい教会では、信者数が多いので、初めてミサや祈りに教会に入っても
気にもかけられないし、声もかけられません。

611 :名無しさん@1周年:01/09/10 16:51
>599
東京に住んでいるんだったら、カテドラル。
あそこなら、599さんの好みにぴったりです。

http://www.city.bunkyo.tokyo.jp/cgi-bin/kview.cgi?ID=25

612 :名無しさん:01/09/10 17:39
>>599
 オルガンがすきならICU教会もいいですよ。
 オルガン自体大きいし、オルガニストも一流だし。
 月1回くらい、日曜の午後にオルガンコンサートもあるし

(中央線三鷹もしくは武蔵境下車南口から国際基督教大学行きバス終点他)

613 :名無しさん@1周年:01/09/10 17:48
>>599
日本キリスト教団阿佐ヶ谷教会。
パイプオルガンもあるし(もちろん弾き手はプロ並)、
第一、トテモ大きな教会だから、
そっと行ってそっと帰ってくるには、ちょうどいいかも。
あるいは、日本キリスト教団銀座教会も、いいですよ。
こちらも大きなパイプオルガンが聞けます。
もちろん大きな教会ですので、目立たないで行けます。
阿佐ヶ谷と銀座、どちらも数百名の礼拝。

614 :名無しさん@1周年:01/09/10 18:02
>>610
大嘘だな。
カトリックほどおせっかいでわずらわしく、
人のプライベートにズカズカ踏み込んでくる教会は無いよ。

以前、基督教の礼拝という物を見学してみたいと思い、
博多のカトリック教会の日曜ミサにお邪魔したことがある。
ミサの前から教会中の人に二重三重に取り囲まれ、
どこに住んでいるのか、何の仕事をしているのか、
収入はいくらか、休みは何曜日か、
年はいくつか、どこの学校を出たのか、
結婚しているのか、恋人はいるのか、
家の宗教は何か、なぜ基督教に興味を持ったのか、
他の基督教の礼拝に参加した事があるか、
ミサが始まるまで無礼な質問責めが続いた。

ミサが始まるとまっさきに一人だけ起立させられ、
大声で「みなさん、今日は新しい方がミサに参加されます!」
「○○にお住まいの○○さんです!」と全員の前で紹介された。

ミサの後もお茶会のような物に出席させられ、
何曜日にこれこれこういう集まりがあるから来いとか、
近々バザーをやるから手伝えとか、
今後の予定まで勝手に決められてしまった。

もちろん二度とその教会へは行かなかったが、
最初に住所と電話番号を書かされていたせいで
しつこく何度も何度も電話攻撃が続いた。
電話番号を変えると、直接マンションにやってきて、
電話番号を変えたのなら連絡してくださいと文句を言われた。
たまりかねて「プロテスタントの教会で洗礼を受ける事になったので、
申し訳ないがカトリック教会にはもう行かない」と言い切ったら、
ものすごい目で睨んで何も言わずに去っていった。

615 :名無しさん@1周年:01/09/10 18:06
>>614
補足。
親の職業や家系についてもしつこく聞かれた。
自分本人の事ならまだしも、
親の職業や家系にまでなぜそんなに興味を持つのか
いまだにわからない。気味が悪い。

616 :名無しさん@1周年:01/09/10 18:10
>>615 >>616
カトリックって、まるで新興のカルト宗教じゃん。

617 :名無しさん@1周年:01/09/10 18:17
>>615
>博多のカトリック教会の日曜ミサにお邪魔したことがある。
どのくらいの規模の教会だったの?
611にあるカテドラルなら、先ずそんなことはありえない。

おれは小さなカトリック教会に通っているが、新人の身元を
根掘り葉掘り聞いたことはない。周りの信者もちょっとクールな
くらいに距離を置く。
まあカトリック教会っていっても色々あるさ。
そんなことカトリック誤謬スレみれば、明らかじゃん。

618 :名無しさん@1周年:01/09/10 18:21
>>617
カトリックって、一枚岩じゃあないんだ。
一応カトリックでも、中身はプロテスタントみたいに分裂している、とか?

619 :名無しさん@1周年:01/09/10 18:44
>>618
違うな。わしの偏見かもしれんが、九州、
特に五島列島付近のカトリックが異質。
村社会。村というより邑だな。
ミサも終わったらばたばたとさっさと帰る。
ミサ後の祈りの雰囲気がぶち壊し。静かに帰れ、といいたい。
理由は「○○さん、熱心じゃね。修道院にはいるんかね。」
と陰口をたたかれるからだとか。
そのくせ、先祖が隠れだったことに優越感をもっている。
前の小教区は何故か九州特に、五島出身の人が異様に多かった。
「あなた、ご出身は五島列島?」「埼玉。」って会話実際に
交わした。
教区変わって、ほっとしている。分裂じゃなくて、田舎的か
都会的かの違いだと思う。

620 :名無しさん@1周年:01/09/10 18:47
>>619
じゃあ、両親や家系の事についてしつこく聞くのは
先祖が隠れキリシタンか、ただの一般人かを調べるため?

621 :名無しさん@1周年:01/09/10 19:10
>>620
さにあらず。あなたは残念ながら閉鎖的な田舎人にとって
「謎の南蛮人」だったわけで、興味津々、「新しい人を与えられた
のは何年ぶりじゃろう。これは、厚く、熱く、もてなそうぞ!」
と柄にもなくハリキッテ見事に失敗した一例でしょう。
悪気はなかったの。
度量がなかっただけで。温かく見守ってやってちょうだい。

622 :名無しさん@1周年:01/09/10 19:14
追加
「何故カトリック教会に来たの?」
意味:あなたの回心談を教えて。

「家の宗教」
意味:反対はされないの?えらいわねぇ、うちの息子(娘)なんて
   教会にすら来ないのに。どうしたら教会に来るのかしら。

623 :名無しさん:01/09/10 21:39
>>614
 そういう、よく言えば伝道に信徒達までが熱心な、悪く言えばおせっかいなのは、
多くはプロテスタントでカトリックでは珍しいです。(多分、小さな教会なのじゃな
いかな?)
 いままで、日本のカトリック教会は記憶にあるだけで6ヶ所は訪れているけれど、
そういう経験は、私は一度もなかったです。(プロテスタント教会ではそれに近い
経験は複数回ありますが。)

624 :名無しさん@1周年:01/09/10 21:42
田舎の小さい教会。入りづらい。
都会の大きな教会。誰でもOK。
そういうこと。

625 :名無しさん@1周年:01/09/10 21:46
>>624
言えてるね。
だから、大きな教会には、ますます人が集まって来て、大きくなるし
小さな教会には、ますます人が来なくなって、小さいまま。
でも、小さな教会の人は、そのことが分からず、つい熱心になってしまう。
ついでに福音派の教会は、押し付けがましいくらいに熱心になってしまう。
だから、せっかく来た人に逃げられてしまう。
その繰り返しだne。

626 :名無しさん@1周年:01/09/10 22:53
>>623
> そういう、よく言えば伝道に信徒達までが熱心な、悪く言えばおせっかいなのは、
> 多くはプロテスタントでカトリックでは珍しいです。

勝手な事言ってくれてるなぁ。

なぜカトリックを自己弁護するのに
プロテスタントを引き合いに出す?
「そういう教会はまれで、カトリックはおおむねクールですよ」でいいじゃない。
なぜそこでプロテスタントの悪口を付け加える必要がある?
そんなにプロテスタントを蹴落としたいの?

プロテスタントの名誉の為に言っておくけど、
プロテスタントとは多くの教派を総称した呼び方で、
いい所もあれば少し変な所もある。
だけどそんな人のプライベートにずかずか踏み込んでくるような所はまれで、
少なくとも自分は見たこと無い。

627 :名無しさん@1周年:01/09/10 22:57
そーやって
カトリックとプロテスタントで
いがみ合ってればいいさ
はたから見てれば滑稽だね

628 :名無しさん@1周年:01/09/10 23:15
>>599
心安まる教会探しも、楽ではないようですね?!
でも>614以前に紹介されていたところなら多分大丈夫だと思いますよ。
まあ、ここは2チャンネルですから、あまり細かい?ことに惑わされず、
あなたにとって良い教会が見つかりますように。

629 :名無しさん@1周年 :01/09/11 05:23
>>621 さんへ
大爆笑!よくわかっていらっしゃる!
621さんのような方がいる教会へ行きたい。

630 :名無しさん@1周年:01/09/11 05:35
とりあえず、近くの教会に自分で出向いて、様子を肌で感じるのが良いよいとおもいます>>599

631 :名無しさん@1周年:01/09/11 05:53
カトリック教会で、根掘り葉掘り聞かれるなんて、まず有り得ないね。
むしろ恐いくらいに無関心だ。
教会が大きくなれば大きいほど、それは顕著だよ。
カテドラルとなれば、まず信者同士でも知らない人が多いね。
その分、神との親密度が増すからいいねぇ。心置きなく祈れる。
他人に気を使う事も無い。

元プロテスタントだから言うが、家庭的な分、プロテスタントの方が、
色々聞かれる。つまり親密度が増すだろうけど、俺は、この雰囲気が、
嫌い。どっちが良いかは、その人しだいだろう。
まぁカトリックでも、小さければ、親密度は増すだろけど。
つまり、色々行ってみる事だな。

632 :名無しさん@1周年:01/09/11 06:32
関口教会で洗礼を受けるのは、神父さんやシスターさんとかに積極的にアタック!(笑)しなければいけない、ということですか?

633 :名無しさん@1周年:01/09/11 07:37
教会音楽のお勧めありますか?
JSバッハのカンタータ147番とかマタイ受難曲の出だしなどのような、ベタベタなのが好きです

ところで、バッハはルーテル派だそうですが、他の宗派の教会も、バッハの曲を教会で演奏したりするのでしょうか?
つまり、宗派にこだわらずに音楽は使われるのですか

634 :(−−):01/09/11 09:00
>>633
>バッハはルーテル派だそうですが、他の宗派の教会も、バッハの曲を教会で演奏したりするのでしょうか?

もちろん、教派に関係なく、バッハは演奏されます。
礼拝の前奏などに、よく使われているようですよ。
バッハがお好きなのですか?

635 :603:01/09/11 09:16
>>608さん
稚拙で知識不足な私の質問にも拘らず、レスいただいて感謝しています。

>出エジプト関連のお話しは、史実をそのまま伝える部分もありますが、
>かなりの部分は後の時代になって信仰の観点から行われた解釈です。
なるほど、そういうことだと私にも納得できます。
ということは、つまり元来の物語に後の時代のユダヤの方々が
内容に改良を重ねて今ある形になった、という事なのですね?
キリスト教徒の方々もそういう解釈をしておられるのですか?

636 :608:01/09/11 10:16
>>635
>内容に改良を重ねて今ある形になった、という事なのですね?
ちょっと違います。
出エジプトのお話しを言い伝えてきた人達の関心は、
歴史学的意味での史実を伝えることにあったのではなくて、
出エジプトという歴史的出来事が自分達の信仰にとって持つ意味を
伝えることにあったということです。内容の改良ではありません。
旧約聖書とは歴史書として編纂されたのではなく、信仰の書として
編纂されたということに留意してみてください。


>キリスト教徒の方々もそういう解釈をしておられるのですか?
キリスト教徒の間でも聖書の解釈のしかたは色々違いがあります。
出エジプトのお話しはすべて史実だと解釈する人達もいます。
私が逆にかなりの部分は史実ではないと解釈する立場を支持しています。

もう少し突っ込んで知りたいのであれば、メッツガーの「古代イスラエル史」が
手ごろでいいのですが、残念ながら絶版です。図書館にでも置いてあったら
読んでみてください。

637 :dendo.:01/09/11 10:25
オルガン入ってなくていいなら、
モンテヴェルディ「聖母マリアのための夕べの祈り」
Monteverdi, Vespro della Beata Vergine
はいかがでしょうか。

638 :(−−):01/09/11 10:28
横から失礼します。

>>603
例えば、火事をレポートする時に、現代人なら、
「二丁目で火事があったが、消防車が駆けつけてきて、無事鎮火した。」
と、書くでしょう。
ところが、旧約聖書の中では、
「悪魔の舌が全てをなめ尽そうとした時、赤い衣を身にまとった御使いの軍勢が、悪魔に勝利した。」
等と、書くことがあるわけです。
ですから、書いてあることをそのままに読むのではなく、
その背後にある出来事は何か、ということを、
考えなければならないと思います。

横から失礼しました。>608さん

639 :夢幻泡影:01/09/11 12:16
どうして学校の門の前の半分を塞いで聖書を強引に押し付けるんですか?
何で毎年やるんですか?

640 :名無しさん@1周年 :01/09/11 12:30
>>639
要らないのなら断って受け取らなければ済むこと。
学校には許可もらってんだろう。

641 :名無しさん@1周年:01/09/11 13:34
すみません。
初歩的な質問なんですが、
米国人はすぐに聖書に誓いますよね。
あれは他の国ではやらないんでしょうか?
また、聖書には、
「あなた方は何も誓ってはいけない」
と書いてあったのに、おかしくはないんでしょうか?

映画とかでそういうシーンを見るたび気になってしまうので、
どなたかお教えいただければありがたいです。
よろしくお願いします。

642 :名無しさん@1周年:01/09/11 13:41
聖書はシュメールとかギルガメシュとかの神話からのパクリが多いのってどうよ。

643 :名無しさん@1周年:01/09/11 13:50
>>642
そもそも聖書やシュメールとかギルガメシュとかの神話の
原型があって、そこから枝分かれしたってことでどーよ?

644 :名無しさん@1周年:01/09/11 14:04
>>641
他の国の事は分かりませんが
神の意思の象徴である聖書に手をおいて
神に誓っているのであって
聖書そのものに誓っているのではないと思います。

「誓ってはいけない」というのは、
たとえば、日本の子供が「命かけるか?」「かける!」
と簡単に口にするのと同じように、当時のユダヤでは
誓いが頻繁に行われていたのを戒めた言葉です。

645 :641:01/09/11 15:56
>>644
レスありがとうございます。
おかげでだいぶスッキリしてきました。

日本で一番良く見かける誓いは結婚式でのものですが、
どうも最近はあまり守られることはないみたいですね!?

646 :(−−):01/09/11 16:10
>>645
結婚式では、少なくともまともな教会では、誓わせません。
誓うのではなく、「約束させる」のです。
この違いは大きいですよ。
実際、いくつかの「式文」を見ても、「誓う」とはなっていません。
「約束」となっています。
だから、ホテルなどで「誓わせる」結婚式は、「本物」ではないような気がします。
聞いた話では、偽物の牧師がやっている式場もあるらしい。

647 :641:01/09/11 16:48
>>646
えーっ、そうなんですか?
確かにその違いは大きいと思います。
ご指摘ありがとうございます。

648 :名無しさん@1周年:01/09/11 20:13
633
書き込みをしたのに、なぜか反映されていない(T^T)
(--)さんとdendo.さんへのレスをしたのですが…

>(--)さん
なるほど。カトリック(正教会は音楽あまりなさそうですよね)とかでも使われるんですか。
実は、(--)さんには、他の質問でもお世話になったことがあり、感謝です。

バッハは、小さい時に、となりの父の部屋から良く聞こえてきたので、親しみがあるのです(父は大のバッハファン)。
教会音楽とかクラシックは普段聞かないので、↑の事情から曲の旋律は知ってても、曲の名前を知らないから、なかなか入門しずらい(^^;)
曲の名前が、番号で表されたりして


>dendo.さん
オルガンは、むしろ好きなんです。
早速、教えていただいた曲を何とか聴いてみたいと思います。
近くの図書館が、そっち関係のCDが充実してるので、借りてみようと思います。

649 :名無しさん@1周年:01/09/11 20:26
>>638
そういう解釈はプロテスタントでは受け容れられないんじゃないですか?
特に創造論そのまんま信じているような人達には。。

650 :649:01/09/11 20:27
そういう話をその人達としたら、平行線のまま、話がかみあいませんでした。

651 :名無しさん@1周年:01/09/11 20:30
638さんの考え方は、カトリック的だということですか?>649さん

652 :(−−):01/09/11 20:35
(−−)← このハンドル名(?)、ややこしいかなあ?>648さん

>>649
解釈と言うよりも、事実なんです。
つまり、これは昔のユダヤ人の、文学形式なんです。
だから、ああだこうだと議論することも、本当はできないはずなんですよ。

で、どうしてそれが議論になるかと言うと、
嫌われるのを恐れず、あえて率直に言うと、
極端な逐語霊感説に立つ人たちの勉強不足、ということだと思います。

つまり、
>そういう解釈はプロテスタントでは受け容れられないんじゃないですか?

とありますが、プロテスタントと言うよりも、
その中でも、極端な形で「逐語霊感説」を信奉する人たちの問題だと思います。

653 :名無しさん@1周年:01/09/11 20:39
>>649
プロテスタントを誤解していますね。
『プロテスタント』とはカテゴリーであって
特定の教派を指す言葉ではありません。

確かにプロテスタントの中でも一部の福音派ならば
逐語的に聖書は真実であると取るかもしれません。
しかしプロテスタント中ほとんどの教派ではそんな解釈はしませんね。

654 :(−−):01/09/11 20:44
>>653
そういう誤解は、この板のいたるところに見受けられますね。
あるいは、日本人一般に共通の誤解かもしれませんね。
これもまた、偏った歴史教育(世界史の中の、宗教改革の部)の結果かも。
…第一、「宗教改革」なる日本語自体、変だと思ふ。

655 :名無しさん@1周年:01/09/11 20:44
『アジア人』といっても
日本人もいれば韓国人もいるし、
中国人もモンゴル人もベトナム人もマレーシア人も
インド人もタイ人もカンボジア人もいますよね。

欧米人がアジア人を全部いっしょくたにして
「アジア人は挨拶をする時に手を合わせて相手を拝む」
と思い込んで日本人に手を合わせて拝むようなもんですね。

656 :名無しさん@1周年:01/09/11 20:50
>654
実は「カトリック改革」だった、という事ですか?

657 :名無しさん@1周年:01/09/11 21:01
>>656
キリスト教改革

あるいはキリスト教原点回帰運動

あるいはキリスト教お家騒動

あるいはキリスト教分裂抗争

あるいはルター事変

あるいはカルバンの乱

・・・・・(失笑)

658 :(−−):01/09/11 21:05
>>654
日本語の宗教改革は、英語ではThe Reformationです。
要するに、「改革」と言う単語に、定冠詞がついているわけです。
で、何を改革したのかと言うと、当時の教会でしょうね。
だから、「教会改革」の方がいいのでは、と思うのですが…

ただ、日本の世界史の教科書で扱われているのは、
せいぜいルター、カルバン、そのくらいではないかと思います。
(ウイクリフやフスも、出てたっけ?)
しかし、国別で言っても、ドイツ、スイス、イングランド(この三つが有名どころ)、
オランダ、スコットランド、フランス、ポーランド、スウェーデン、
デンマーク、ノルウェー、
ざっと思いつくだけでも、これだけありますからね。
一言で言うのも難しいような…考えすぎかな?

659 :(−−):01/09/11 21:10
>>657
なーる。こいつぁおもしれえ。(^^
この方が、宗教改革よりも分かりよくないかい?>皆の衆

660 :名無しさん:01/09/11 21:13
>>658
ボヘミアでもフス派がでてるし

661 :名無しさん:01/09/11 21:17
>>658
ルター,カルヴァン,フス,ウィクリフと並んで必ず教科書にでてくる
大物,ディフェンダー・オヴ・ザ・(カトリック)フェイス,にしてイン
グランド王兼アイルラアンド王ヘンリー8世チュードルがいるぞよ

(クランマーなんぞ間違っても出てこんけど)

662 :(・ ・):01/09/11 21:18
>>660
おお!そうだそうだ!これはうかつだった。
…おかげで目が覚めた。ハンドル名も変わってしまった。
ご指摘ありがとう。

663 :(・ ・):01/09/11 21:22
>>661
そうそう、それもあるな。
こうしてみると、意外と教科書にも出てくるな。
もういっぺん勉強しなおさんといかんな。
…目も覚めたことだし。

664 :名無しさん@1周年:01/09/12 03:21
ってか、プロテスタントって西ヨーロッパの話なので、
カトリック内部の運動なんだよね。
近世までの西ヨーロッパ人はともすると「教会」=カトリック教会だけど
東方教会だってあるわけだし。

えっと音楽話ですが、バッハがお好きだというのでオルガンがお好き
なんだろうなあ、と思ったのです。
モンテヴェルディの Vespro は成立事情もあり、オルガンではなく
通奏低音付(たいていハープシコード)の合唱曲です。
あと正教会にも音楽ありますよ。
伝統的なロシアの無伴奏男声合唱曲の大半は宗教曲です。

665 :名無しさん@1周年:01/09/13 07:38
アメリカのキリスト教の過激な原理主義は、プロテスタントだと
ニュースで聞きました。本当ですか?

666 :649:01/09/13 08:16
>プロテスタントを誤解していますね。
>『プロテスタント』とはカテゴリーであって
>特定の教派を指す言葉ではありません。
それは知っています。

>確かにプロテスタントの中でも一部の福音派ならば
>逐語的に聖書は真実であると取るかもしれません。
>しかしプロテスタント中ほとんどの教派ではそんな解釈はしませんね。
そうなんですか?
私が「福音派の知り合い」(←ココ重要)に聞いたところによると、
プロテスタント=福音派と考えて差し支えない、ということだったので。。。
誤解してます?私。。

667 :603:01/09/13 08:22
608さん638さんレスありがとうございます。
>>635

>旧約聖書とは歴史書として編纂されたのではなく、信仰の書として
>編纂されたということに留意してみてください。
ということは、私が元来問題にしていた「捕囚に関する批判の記事がない」
ということに関しても「信仰の書として編纂するにあたってそのような
記事を含める必要なかった」ということが考えられるのでしょうか?

>キリスト教徒の間でも聖書の解釈のしかたは色々違いがあります。
>出エジプトのお話しはすべて史実だと解釈する人達もいます。
>私が逆にかなりの部分は史実ではないと解釈する立場を支持しています。
私は608さんのような立場の人が何故キリスト教徒なのか理解できません。
キリスト教で唯一の聖典であるはずの聖書に偽りが書かれてあると解釈
されているのになぜキリスト教を信仰していらっしゃるのですか?

>もう少し突っ込んで知りたいのであれば、メッツガーの「古代イスラエル史」が
>手ごろでいいのですが、残念ながら絶版です。図書館にでも置いてあったら
>読んでみてください。
良い情報ありがとうございます。図書館で探して読んでみたいと思います。

668 :名無しさん@1周年 :01/09/13 09:48
>>667
「史実と違う」ということを即「偽り」とするならば、
間違いなく聖書は偽りにまみれた書物ということになるでしょう。
しかし、書物が表す真実というものは史実がそのまま記録されるというところにはありません。
それに「史実をそのまま記録する」などということは不可能なことです。
すべての歴史的記録も、そこに取捨選択があるという点では「偽り」でしょう。

669 :(−−):01/09/13 10:56
>>666

>私が「福音派の知り合い」(←ココ重要)に聞いたところによると、
>プロテスタント=福音派と考えて差し支えない、ということだったので。。。

「福音派」と「福音主義」とを混同しているみたいですよ。
プロテスタントは「福音主義」です。
でも、「福音派」とは限りません。

670 :608:01/09/13 12:14
>>667
>「捕囚に関する批判の記事がない」
いや捕囚の場合については、怨嗟の声は結構ありますよ。
例えば詩篇137篇を読んでみてください。
バビロン人の幼子を捕らえて岩に叩きつける者は、幸い、とあります。

一度旧約聖書を最後まで読んでみたらよろしいかと思います。


>聖書に偽りが書かれてあると解釈
>されているのになぜキリスト教を信仰していらっしゃるのですか?
エジプトにおいて奴隷状態にあったことやエジプトから無事に救い出された
ことまで偽りであるとは言っておりませんよ。

逆にどうして出エジプトに関する記事を一字一句まで史実として
受け入れられなければ信仰を持つことが出来ないとお考えになるのか、
私には理解できません。

671 :名無しさん@1周年:01/09/13 12:34
日本人の多くは神道の信者。

何かにつけてお守りを買い、
正月には初詣に行き、
受験の時は絵馬を奉納し、
車を買えばお払いしてもらい、
神前で結婚式をし、
妊娠すれば安産祈願、
子供が生まれれば七五三。

さて、日本人のいったい何パーセントが
古事記・日本書紀にある神話を丸々信じ、
八百万の神々を一点の疑いも無く信じていると言うのでしょうか。

672 :名無しさん@1周年:01/09/13 18:02
聖書は神による預言書でもある。死海写本についての研究書を読まれたい。預言が
史実といくつも重なり、イエスに関する預言は350すべて実現している。しかも
それらが書かれたのは、間違いなく紀元前であることが科学的に証明されている。

673 :名無しさん:01/09/13 18:12
>>672
預言が当たったと主張しているのはキリスト教徒だけ。
誰が見ても明らかにほんまものの預言ってわけじゃない。
どうとでも解釈できるシロモノ、所詮後付解釈だろう?
ノストラダムスの預言詩と同じさ。

674 :名無しさん@1周年:01/09/13 19:07
>>637「キリスト教徒だけ」

ということは、世界の3分の1近くの人が信じてることになるような…
実は、あんたが極少数派だったりして

675 :名無しさん@1周年:01/09/13 19:38
>673 メリル・F・アンガー博士やE・J・ヤング博士等の世界的な考古学者、聖書
学者たちによって検証されている。また多くの学者・識者が聖書の特異性を指摘し、
今なお研究している。あなたは何か論文を読んだのかい? なぜ否定したがる?
漠然とした恐怖・不安があるからだろう? だからこそ聖書を読むべきなんだよ。

676 :名無しさん:01/09/13 20:53
>>675
あんたの愛読書は聖書ではなくムーだろう?

677 :>675 :01/09/13 21:03

事後予言てしってる?
ま、「信じられた歴史」そのものは否定しないけど。

678 :名無しさん:01/09/13 21:13
>>674
(゚Д゚)ハァ? 宗教人口なんてだすなよ。あほくさい。
信仰がなければ信じることができない預言に、どんな客観性が
あるというのだ。それともあんたの頭の中では客観=多数派、
なのか?なら、年々その客観性(キリスト教徒の割合)は減っ
ていくことになるが、それでいいのか?

679 :名無したん:01/09/14 21:23
久しぶりにカキコするのでAge。
最近は、スウェデンボリとかシュタイナーとか、正統派からみれば
あっちの世界の観点から、キリスト教を再構築しているところです。

680 :名無しさん@1周年:01/09/14 21:39
>>679
スウェデンボリは、かつて「アメリカの先住民の祖先は、
イスラエルの12部族の一部である」という考えを抱いて、
ある物語を書いた。
けれども、そんな物語、誰も本気で取り上げようとしない。
ところが、ある青年が、この原稿をスウェデンボリから安く買い取って、
その原稿発見についてのストーリーをでっち上げ、売り出した。
この青年の名は、ジョセフ・スミス。

かくて、「モルモン経」の誕生!なんです。
知る人ぞ知る話。

681 :名無しさん@1周年:01/09/15 03:00
私の場合は、聖書に書かれた記事は
全て事実だと思っています。
天地創造と進化論、とか、出エジプトで海が割れた、とか
理解に苦しむ部分はたくさんありますが、
それでも事実だと思っています。

聖書は歴史的に重要な資料ではありますが、
歴史を記録するための書物ではなく、
神の言葉を記録したもの、神の霊感によるものです。
各書物の記者によって、言葉遣い、文章の癖などありますが、
記者が自分で記事を選んだのではなく、神に示されるままに
記録していった物です。
だから聖書が記されるにあたって、人間の意志の介入する余地は
なかったと、私は思っています。
聖書の本質が「歴史の教科書」ではなく「神の言葉」であるかぎり、
神を信じていない人が聖書を読んで理解する、
というのは難しいのではないでしょうか。
クリスチャンですら難解な箇所もありますし。

神を信じている人間が、
聖書を「正しい」として、内容を信じるのは
自然なことだと思います。
ただ、聖書の文字をとばしとばしに読んだり
並べ変えたりして「今度の事件は聖書に預言されていた!」
とかいうのは信じません。

論点がずれていたらごめんなさい。

682 :603:01/09/15 07:41
みなさん、レスありがとうございます。
>>670
>例えば詩篇137篇を読んでみてください。
>バビロン人の幼子を捕らえて岩に叩きつける者は、幸い、とあります。
>一度旧約聖書を最後まで読んでみたらよろしいかと思います。
具体的にご指摘いただけると本当にありがたいです。
一度注意深く旧約聖書を読み返したいと思います。

>逆にどうして出エジプトに関する記事を一字一句まで史実として
>受け入れられなければ信仰を持つことが出来ないとお考えになるのか、
>私には理解できません。
もし私の言葉で気分を害されたなら申し訳ありません。
私は只キリスト教徒であるあなたが聖書をどういう風に解釈しているか
を知りたかったのです。
キリスト教をあまり知らない人間にとって、キリスト教徒の方が
「聖書の内容に偽りがある」と考えるのは不思議に感ずるものです。

>>671
>日本人の多くは神道の信者。
>何かにつけてお守りを買い、正月には初詣に行き、・・・。
>さて、日本人のいったい何パーセントが
>古事記・日本書紀にある神話を丸々信じ、
>八百万の神々を一点の疑いも無く信じていると言うのでしょうか。
私はそのように初詣や七五三に行く日本人のほとんどは神道の信者だとは
思いません。クリスチャンでないのにキリスト教式の結婚式を挙げる人が
多いのも同じような向きではないですか。
私の中ではそのような人々と、608さんの様なキリスト教徒の方々を
同じように考えることはできません。

683 :名無しさん@1周年:01/09/15 07:50
>>682
> 私はそのように初詣や七五三に行く日本人のほとんどは神道の信者だとは思いません。

> 私の中ではそのような人々と、608さんの様なキリスト教徒の方々を同じように考えることはできません。

それは貴方の勝手な思い込み。
全てのクリスチャンは必ず日曜礼拝も祈祷会も欠かす事無く出席し、
聖書を一言一句暗記しているとでも?
特にクリスチャンホームに生まれた子やカトリックの幼児洗礼組は
「いざという時は神様に祈ってしまうけど、もう何年も教会にも行ってないなあ」
という人が多いですよ。

684 :名無しさん@1周年:01/09/15 09:56
>>683
そのほうが貴方の思い込みかも。
だからこそ、682さんは「608さんの様なキリスト教徒」と限って書いてるんじゃないの?

685 :名無したん:01/09/15 10:35
>>680
それは初耳。でも、年代が合わないのと違う?
モルモン教に詳しい人、お出ましキボンヌ。

686 :680:01/09/15 15:44
>>685
そうなんだ、年代的におかしいんだ。
だから、もしかしたら、スウェデンボリ(もしくはスウェーデンボルグ)の草稿を、
ジョセフ・スミスが発見して…かなにかだったかもしれない。
頭の片隅に残照として残っている記憶によると、
古本屋で見つけたとか何だとか、だった様な気もするし。
とにかく、モルモン経の大元の草稿は、スウェデンボリであることは、間違いが無いらしい。
そのあたりの事情を知っている人がいないかな?

687 :名無したん:01/09/15 17:10
>>686
内村鑑三や矢内原忠雄の無教会派から、原始福音みたいなグループがで
てきたようなもんですか(藁
たしかに重婚の教えなんかは、スウェデンボリの思想を曲解すれば出て
くる考え方だけど、スウェデンボリ本人が聞いたら、霊界で怒ると思わ
れ。

688 :680:01/09/15 17:34
>>687
どうも、誤解されてしまったらしい。

そういうことではありません。
私が、以前読んだ資料の中に、次のようなことが書いてありました。

「モルモン経」という、ジョセフ・スミスがクモラの丘で発見したとされる書物は、
実は、スウェデンボリが書いたものなのだけど、日の目を見ずに終わった。
その草稿を、ジョセフ・スミスが発見して、
「天使モロナイが、私をクモラの丘に導いて、発見させた」などといって、
出版したものだ。

このことについて、詳しい事情を知っている人はいないかな?
と言うことなのです。

689 :dendo.:01/09/15 17:41
ジョゼフ・スミスはラテン語が出来るの?
スウェデンボリの著作のほとんどはラテン語なんだけど……

690 :680:01/09/15 17:50
>>689
ジョセフ・スミスは、ほとんど教育が無かったらしい。
それを補ったのが、ブリガム・ヤングと言う人物だったらしい。
彼は、相当教養のある人物だったようだ。
だから、もしかしたら、彼の手になるのかもしれないな。
モルモン経の出版には、ブリガム・ヤングがかなり尽力したそうだから。
誰か、そのあたりの詳しい事情を、ご存知ないかなあ?

691 :余白:01/09/15 20:31
日本人の心の琴線にふれるイエスの福音の風
井上洋治神父の「風の家」の機関誌『風(プネウマ)』第58号(2001年夏・秋号)が出ました。
内容;
・「風の家」十五周年記念講演──南無アッバまで=井上洋治
・井上神父の言葉に出会う(1)=平田栄一
・遠藤周作と母郁(3)=山根道公

私たちは、日本人の心情で正直にとらえたイエス像を求めています。興味のあるかたはメールをください。



692 :かと:01/09/15 21:03
>私はそのように初詣や七五三に行く日本人のほとんどは神道の信者だとは
>思いません。

ううむ。私も個人的な意見としては賛成だが、宗教白書によると、
神道の信徒は9000万人以上ってことになってるよ。

693 :名無しさん@1周年:01/09/15 21:07
俺クリスチャンだけど氏子にされてるしな。>神道の信徒は9000万人以上

694 :名無しさん@1周年:01/09/15 21:14
>>693
氏同士の繋がりは薄いの?

695 :693:01/09/15 21:16
引っ越してきたらとたんに氏子なんだから。これが大都市の話だから怖い。

696 :名無しさん@1周年:01/09/15 21:30
>>695
びっくりだね。。(笑)
神道は強欲だから…(ぼそっ
できたら、大都市の名前を教えていただけませんか?

697 :名無しさん@1周年:01/09/15 21:38
エホバってキリスト教でしょ? 彼ら柔道はやらないのにドッヂボールやるのはなぜ?

698 :695:01/09/15 21:42
>>696
「大」がつく関西最大の都市。

699 :名無しさん@1周年:01/09/15 21:45
>>697
エホバはキリスト教ではなく、アメリカ生まれの新興宗教なの。
アメリカで生まれたから、キリスト教の体裁をしているけど、
中身はキリスト教でもなんでもないの。

さて、明日は日曜日。
クリスチャンのみんな、ちゃんと教会に行きましょう。

700 :氏子:01/09/15 21:47
強欲だと!! (`Д´)アア

701 :かと:01/09/15 21:49
町内会費から神社へ支出が。。。許せん。

702 :名無しさん@1周年:01/09/15 22:15
>698

わかった!「大洲」や!せやろ?

703 :698:01/09/15 22:19
>>702
ぼけっ!

704 :氏子:01/09/15 22:22
強欲でした。∈(゚◎゚)∋ウナー

705 :名無しさん@1周年:01/09/16 13:21
>>698
ありがとさんです。
関西つーか、地方なら納得。

>氏子
ワラタ…

706 :名無しさん:01/09/16 15:34
>>699

「エホバの証人」はキリスト教だって!!


その証拠にキリスト教界から異端扱いされているでしょ!?
別な宗教なら異教であって、異端にはならないの。

707 :名無しさん@1周年:01/09/16 15:55
>>706
「エホバの証人」
キリスト教の異端ってことで承認。

708 :名無しさん@1周年:01/09/16 19:42
>>706
それは、エホバの証人の方が、自分達はキリスト教だと主張しているから、
対外的に、「異端です」と説明しているだけの事だと思います。
キリスト教界では、「エホバの証人はキリスト教ではない」ということで、一致していると思いますが。
事実、イエローページの「キリスト教会」のところに、エホバの証人が出ていますが、
キリスト教の側からは、時折「あれはキリスト教ではないから、キリスト教の欄に掲載しないでください」という
申し入れが、なされています。

709 :名無しさん@1周年:01/09/16 19:48
>>708
エホバは、キリスト教から派生した新興宗教、ということだろ?
日本人のノンクリから見れば、キリスト教なんて、みそもくそも一緒に見えるけど。

710 :名無しさん:01/09/16 19:54
じゃあ、(異端も含めた)キリスト教と、それ以外とを分ける線はどこ?

 ヴァレンティノス派やボゴミル派なんて、エホバなんか目じゃないほど
主流派キリスト教と異なっていると思うけど。

 それに、ユニテリアンも三位一体を否定するけど、キリスト教でしょ。

711 :名無しさん@1周年:01/09/16 20:00
>>709
そんなこといったら、創価学会、Ω=仏教
統一協会=キリスト教
になってしまう

712 :名無しさん@1周年:01/09/16 20:01
>>706-709
カトリックがプロテスタントを同じ「キリスト教」として認めて、
エホバを認めないのは、ノンクリから見ると理解できないよ。
単なる「政治的判断」としか見えないんすけど。
実際、ドグマの比較では、三位一体論の違いしかないんじゃないの?
それが重要な相違なのはわかるが、じゃあ偶像崇拝は重要じゃないのか?
「統一」や「モルモン」に関しては、他の預言を認めているのなら、
これがキリスト教とは違うものになるのは判るんだけどさ。

713 :名無しさん@1周年:01/09/16 21:51
質問です。
勉強不足というご意見、重々承知の上です。
自分なりに聖書を始め沢山の書物を読み、勉強したつもりですが
色んな関係書物を読むにつれ、疑問が深まるばかりです。
それで、カルトと言われる物も含め、各宗派の方々に
それぞれの意見を直接聞きたいと思うようになったのですが
そんな方々の意見を聞くには、各教会に行くしか方法はないのでしょうか?
ちなみに、私はどこにも所属しておりません。

714 :名無しさん:01/09/16 22:10
>>711
創価学会は、大乗仏教や如来蔵思想が仏教である限り、仏教でしょう。
天台や真言が非仏教というなら、創価学会も非仏教ですが。

統一教会は、教義上明確にキリストの上にムーン氏を置いている。そこで、キリスト
教ではなくキリスト教系新宗教といえる。

エホバの証人は、ジョゼフ・スミスがキリストより偉い、とかは(少なくとも公然と
は)言っていない。その限り、キリスト教だと思う。

715 :名無しさん@1周年:01/09/16 22:56
>>710
>じゃあ、(異端も含めた)キリスト教と、それ以外とを分ける線はどこ?

とりあえず、被害者のサイトの有無ってことで。

716 :( `.∀´):01/09/16 23:01
>>712
聖書以外の聖典を持っているところは基本的に異端。

717 : :01/09/16 23:33
私はエホバの証人は
「キリスト教と自称する他宗教」だと思ってます。
私が通う教会の牧師も
「あれはキリスト教じゃないよ。」と言ってました。

あと他スレで、カトリックの方々が
「プロテスタントは異端だ。」とおっしゃってますが、
多くのカトリックの方々がそう認識していらっしゃるんですか?
ローマ法王がそう決めたんですか?
カトリックには疎い物で。
どなたか教えてください。

718 :dendo.:01/09/17 00:13
>714
ジョゼフ・スミスはモルモン教だよう。
エホ証とは関係ないよう。
エホ証の創始者はC.T.ラッセルだよう。

716だと「改竄された聖書」(今のエホ証がそうだよね)を持っている
宗派をどうするのかってのが問題になる。コンマ・ヨハンネスとかだって
改竄だったわけだし。

個人的には

1.旧約と新約聖書の両方を聖典とし、それと同等の地位を他の文書に認めない
2.ニカイア信経を受けいれている

の二点を満たすものを狭義のキリスト教として認め、

1. を満たすが 2. を満たさないものを異端
1.と2. の両方を満たさないものはキリスト教を自称するかしないかを問わず
キリスト教から派生した宗教とみなすのがいいんじゃないかと思ってます。

JWについてはアレイオス(アリウス)派がキリスト教であるくらいには
キリスト教だと思う。アレイオス派と違うのは「養子」ではなくて天地
創造のときからキリストが神の子であるとする点かな。

719 :名無しさん@1周年:01/09/17 00:20
きち街狂団の掲示板
http://www80.tcup.com/cgi-localbin/8012/jzs.cgi

プロテスタントはていのう
しねや

720 :名無しさん@1周年:01/09/17 00:21
>>717確かに。カトリックから見ればプロテスタント教義と教会は異端です。

同じようにプロテスタント神学から見たカトリック教義と教会は異端です。
しかし、カトリックの場合は、悪教令と多くの日本の信者の
反発を招いているといわれるドミヌス・イエズスでも
異端という文字は既にどこにも見当たりません。

現在の教会の認識は異端ではないといったところですが、
正統な教義・教会とは認められないということです。
保守派はかなりの勢力を持っているので反発が凄まじいのです。
まさに、教皇庁の勢力図を表している教令ですね。

同様にオーソドックスから見ればプロテスタントの教義と教会は異端です。
ですが、カトリックの教義は異端ですがローマ教会は異端とはいえません。
ローマ教会は今でも「名誉上」の首位を持つ司教座のある教会です。
異端にやられて機能していないだけと見なされていたと思います。
コンスタンチノープルのみですが、司教座への破門は無効となりました。

逆に、カトリックはオーソドックスの教会も教義は異端と見なせません。
なぜならば彼らは7回の公会議の決定事項に忠実だからです。
しかし、「キリストの代理人」である教皇の不可謬首位権を認めない
彼らの教会は不完全という認識です。

注意:記憶がいい加減です。
皆さん訂正ぎぼーん。

721 :名無しさん@1周年:01/09/17 00:35
カトリック・オーソドックス両教会は典礼様式の違いもありますが、
聖体と聖血の問題と捉えを解決できるなら、
オーソドックスも典礼面に限っては異端と認めません。
以前は他の典礼も認められてきた経緯があります。

証拠にラテン式典礼に聖体・聖血の拝領をプラスした教会や
やネストリウス派の典礼様式を保持する正教会もあったと記憶します。

722 :名無しさん@1周年:01/09/17 00:38
かなりの数のキリスト教会の掲示板に以下のカキコがされているのを発見

> 主の御名を賛美します。

> ホームページ「四大聖人の霊界セミナー 神は人類の父母」をUPしました。

> 霊界から啓示されたイエス様、聖アウグスティヌス様のメッセージを拝読して下さい。

> イエス様、聖アウグスティヌス様の切実な心情を汲み取って頂ければ幸いです。

> http://hukuin.hoops.ne.jp/
> http://hukuin.hoops.ne.jp/

で、誰も統一教会の仕業と気づかず放置しているのに驚いた
ただカトリック系の人は感づいていたみたい
プロテスタント、本当にアホだなあ
それとも統一教会となかよしだからあえて放置しているのか?

723 :名無しさん@1周年:01/09/17 00:39
キリスト及び弟子たちは、文が書けたのか?
書けなかったとしたら、誰が、聞き書きしたのか?
また、弟子の弟子としての仕事は?

724 :教えてさん:01/09/17 01:03
>>218 ニカイア信経受け入れ

受け入れたーて、付けたり減ったりしたら受け入れたと言えんのかね。ニケアコンスタンチノープルそのまま告白してるのて、オーソドクスだけじゃないの?他にあるんすか。シロウトだで、詳細キボンヌ。

725 :教えてさん:01/09/17 01:07
上は>>718

726 :名無しさん@1周年:01/09/17 02:11
ロザリオは自分で作っていいもんなんでしょうか?

727 :名無しさん@1周年:01/09/17 03:24
いいけど、作れないだろ!
ロザリオの意味しってんの?

728 :dendo.:01/09/17 03:37
個人的な意見だけど、付け加えるのはあり。削るのは除外。
あんまり狭くすると分類用範疇として機能しないので、便宜的ですが。

個人的には正教会に魅かれるんだけど、専門がドイツ思想なんで
とりあえずルター派とローマカトリックが両方入るような線引き
を考えたいってのが根本動機にはあったりします。不純かも :-)

729 :名無しさん@1周年:01/09/17 08:08
ということは、ギリシャ正教から見れば、カトリックもプロテスタントも両方異端ということになる?
そして、カトリックもプロテスタントもそれに反論できないと。

730 :名無しさん@1周年:01/09/17 10:47
「カウンセリング室」 と称する部屋のある教派はどこですか?
コッカイ室ならば知ってるんですが。。

731 :dendo.:01/09/17 14:30
オーソドクスの神学史には詳しくないので誤解してるかもしれないけど、
オーソドクスからみればプロはカトの分派でカトの内部問題。
なので介入せず。
ゆえにオーソドクスがプロの教義に対して公けに何かいったことはない……と記憶している。

この辺の詳しいことは正教会スレのほうがいいんじゃないの?

732 :通りすがりの者:01/09/17 15:28
>>691

ご苦労様です(_"_)

733 :名無しさん@1周年:01/09/17 16:01
>>731確かにそうとも私も記憶しています。
しかし、どちらにしろ異端とされていますね。
「東方正教会」というホムペに福音派との対話というものがあります。
参考にして下さい。

734 :考える名無しさん:01/09/17 16:05
>>716

 諸信条や カトリックの教令・回勅、カトリック・オーソドクスにとっての公会議
決定や諸教父の文書は聖典ではないの?

 それらの尊重は当該宗派において謳われているし、聖書の解釈もそれらに基づいて
(制約の基に)行われている。

 いっぽう、エホバだって彼らの派祖の啓示や、モルモン教だってモルモン教を聖書
より重要な書だ、とは公言していないと思うのですが。

 とすると、あなたの基準からすれば、プロテスタント・カトリック・オーソドクス
とも非キリスト教という事になるか、あるいは、モルモンもエホバもキリスト教という
事かになる。

735 :考える名無しさん:01/09/17 16:26
>>718
>ジョゼフ・スミスはモルモン教だよう。
>エホ証とは関係ないよう。
>エホ証の創始者はC.T.ラッセルだよう。
ゴメン。ケアレス・ミスです。

>1.旧約と新約聖書の両方を聖典とし、それと同等の地位を他の文書に認めない
>2.ニカイア信経を受けいれている
>の二点を満たすものを狭義のキリスト教として認め、
>1. を満たすが 2. を満たさないものを異端
>1.と2. の両方を満たさないものはキリスト教を自称するかしないかを問わず
>キリスト教から派生した宗教とみなすのがいいんじゃないかと思ってます。
ほぼさんせい。
 気になるのはニカェア信条もしくはニカェア・コンスタンティノポリス信条を認め
る中でも伝統的に異端とされてきたOriental Orthodoxが教義での正統に入ること
かな。エキュメニズムの対象としては当然交わりを持つべき、尊貴なる諸教会ではあ
るけど、歴史的な「異端」という語の使われ方からすると、これらを排除する中間概念
がほしい。

 ということで、
3.古代の七回の全地公会議による諸信条を信奉している。
4.古代の七回の全地公会議による諸決定を信奉している。
5.古代の諸慣習・諸教父の教えを信奉している

0.イエス・キリストより、優越な救済者の存在を主張している。(イエス・キリス
 トが救済者である、と認めていなくても良い点に注意)
を入れ
最狭義の正統キリスト教――0〜5全てを満たす――カトリック・オーソドクス
狭義の正統キリスト教 ――0〜3を満たす ――アングリカンのハイチャーチ?
広義の正統キリスト教 ――0〜2を満たす  ――大部分のプロテスタント
狭義の異端キリスト教 ――0・1・5を満たす――オリエンタル・オーソドクス
広義の異端キリスト教 ――0・1を満たす  ――エホバ、モルモン
異教的異端      ――1のみを満たす   ――
キリスト教系異宗教  ――どれも満たさない  ――統一教会・イスラム教
ってことでいかがでしょうか?

736 :dendo.:01/09/17 18:59
うん、綺麗な分類だと思う。キリスト教史を考える上で有効そう。
一方でこの際、歴史的な異端概念と訣別するのも一つの手じゃないかな。
そのほうがエキュメニカル運動などの現代の「キリスト教」を考える
上で有効だと思うので。

異端概念自体には歴史的な揺れを認めれば御指摘の東方諸教会を
どう扱うかの問題も解決できると思われ。

……とすみません、0. に補足説明を希望。いささか文意を取れなかった。

737 :(−−):01/09/17 19:40
>>735
お疲れ様でした。
ただ、>>736 dendoさんのご指摘どおり、0が問題。
ヲイラの勘では、例えば
>最狭義の正統キリスト教――0〜5全てを満たす――カトリック・オーソドクス
は、1〜5全てを満たす、の間違いではないですかね?
以下、狭義の正統キリスト教、広義の正統キリスト教も同じ。

738 :考える名無しさん:01/09/17 20:51
>>736
2のキリストが「神の独生子」であるを認めても、(他に聖霊が発出するような論
法を使って)「われらの救いのため天よりくだ」ったがその救いは不十分で、別な
もう一人の救世主が出産?されねばならず、それが××氏だ、などという論法が、
1・2だけからなら可能でしょう。

 現にムスリムは(1・2を認めないが)イエスも偉大な預言者【だが】ムハンマド
がより偉大な、同様にマニ教も【だが】マニこそより偉大な預言者だ、といいます。
1・2の基準がなくとも、これだけで、ムハンマド教やマニ教がキリスト教ではない
事を断じる基準として 0 を考えました。
 (これがないと、1・2を(形式上)認めていながら解釈を駆使して、結局イエス以上の救世
主なり預言者なり仲介者なりを産み出す「異端」を排除できなくなりますから。)

739 :考える名無しさん:01/09/17 20:52
確か中世ヨーロッパには現にそういう主張をした異端があった記憶があります。

740 :考える名無しさん:01/09/17 20:54
>>724
あー、そうだ(笑)

filioqueはあっても一応可ね

741 :(−−):01/09/17 21:19
>>738
>キリストが「神の独生子」
この用語から察するに、考える名無しさんは、もしかして、正教会?

742 :かと:01/09/17 21:31
>>730
SDAかな

743 :考える名無しさん:01/09/17 21:36
>>741
そうです。
不勉強なので典礼文でないと信経がでてこなくて(笑)。

>>736
>(イエス・キリストが救済者である、と認めていなくても良い点に注意)
この部分にウェイトがあったのを自分で忘れていました(爆)

 イエスは単なる模範であった、道徳の教師であった、預言者であった、等の主張であっ
ても、イエスより偉大な模範や救世主を別に掲げない限り、キリスト教の最小限の特質を
維持している、といってよいのではないか、という事です。
 聖書も単にイエスについて知る参考文献の一つとして(例えばトマス福音書なんかと
)同等に或いはそれ以下に扱う人々でも、イエスより大なる者は人になし、といっている
間はキリスト教の枠内ではないか、というのです。
 そして、近代人キリスト教思潮のもとにある人の少なからずはこのタイプではないで
しょうか?

744 :(−−):01/09/17 21:47
>>743
やはりそうでしたか。
書き込まれた内容から、
何となく、そうではないか、という気がしていました。

私は、西方教会と東方教会とを、先ずきちんと位置付けた上で、
異端等の議論をすべきだと思います。
フィリオクェーの問題一つをとっても、
未だ解決されていない問題がありますし。

745 :考える名無しさん:01/09/17 21:54
>>744
  あなたのおっしゃることは正論ではあるのだけれど、そういいだす
と本論(異端の定義)にいつになっても入れない、と思います。

 それに「どうせ「異端」って言葉なんて、多数派が少数派に用いる歴史
社会学的用語か、さもなくば、「おまえのばーか」的な罵言以上のもの
ではない」と私は考えていますので、上記程度のラフ・スケッチで個別議
論に入った方が有益じゃないかな?って考えているんです。

746 :名無しさん@1周年:01/09/17 21:56
>多数派が少数派に用いる
さよう。正統と異端はちからかんけいできまる。

747 :名無しさん@1周年 :01/09/18 18:10
議論の最中に申し訳御座いません。

1955年改訳、日本聖書協会の
新、旧約聖書を持っています。
これは現在でも使えるのでしょうか?
ご存知の方、どうか教えて下さい。

エホバの証人という方から頂いた新世界訳
1985年発行と読み較べますと、
表記の違いがあるように思えるのですが、
宗派によって、聖書は違うのですか?

748 :dendo.:01/09/18 18:30
どうぞお気兼ねなく。

新世界訳は英語からの重訳で、訳文にも意図的な変更(解釈)が加えられている
ので、よい翻訳とはいえません。新世界訳でもギリシャ語との interlinear (英文のみ)
ならもう少しましなんですけけど、とにかく日本語聖書としては使えない部類に属しますね。

改訳にも同時期の英訳聖書の影響があるけど、基本的にはいい翻訳ですよ。
典礼で使っているところがあるかどうかは各教派の方におまかせ。
ほとんどのところは新共同訳を使っているとは思いますが……

749 :ヨハナン・ベン・ザッカイ:01/09/18 19:30
(−−)改め、ヨハナン・ベン・ザッカイ

>>747
1955年訳、いわゆる「口語訳聖書」ですが、
まだ使っている教会もあるようです。
ですが、大方の教会では、新共同訳を使用しています。

>>745
そういうお考えなら、それもまた面白いかと思います。
ただ、書き込みをする人が、「考える名無しさんは東方教会の方」だと、
はっきり認識しておく方が、いいと思いますね。
特に、用語の点でわからない部分が出てくるかもしれませんしね。

ところで、「独生子」って、何て読むの?

750 :747:01/09/18 20:18
新共同訳の聖書を読みこなしていくのが
よい様ですね。

独学な上に教会が近くにないもので
本当に助かりました。
dendoさん、ヨハナン・ベン・ザッカイさん、
ご教示ありがとう御座いました。

751 :>747:01/09/18 21:09
カトリック、ハリストス、日本キリスト教団、聖公会あたりならまあ安心ですし
大概近くにありますよ。
インターネットで検索掛けるか電話帳でご覧ください。

聞いたことない教派で不安でしたらここで聞くのもいいかもしれません。

752 :通りすがりの者:01/09/18 21:35
あのぉ、ナザレのイエスって一人っ子でしたっけ?
んと、宗派によって意見が分かれるのですよね。
そこいらを図式化してもらえると有り難いかも(^^;)

753 :名無しさん@1周年:01/09/18 22:39
>>752
一人っ子???
弟や姉妹もいたと書かれてなかった?

754 : :01/09/18 22:54
イエスが一人っ子だという宗派ってどこ?

755 :名無しさん@1周年:01/09/18 22:56
神の「ひとりご」という言い回しからきた勘違いか?

756 :考える名無しさん=745:01/09/18 23:00
>>749
>ただ、書き込みをする人が、「考える名無しさんは東方教会の方」だと、はっきり
>認識しておく方が、いいと思いますね。
>特に、用語の点でわからない部分が出てくるかもしれませんしね。
用語の点では特にそうかもしれません。教理論争になると、東方正教会の信徒、とい
う前提で人がわたしの書き込みを解釈すると、時にはよりわかりやすくなるかもしれませ
んが、時にはかえって彼/女は困惑なさるかも。
いう

>ところで、「独生子」って、何て読むの?
「どくせいし」じゃなかったかしら?
聖体礼儀では「独生の子」と書いて「どくせいのこ」と発音していたはずです。

757 :考える名無しさん:01/09/18 23:06
>>752
>>753
>>754
 ローマ・カトリックでは、イェスは一人っ子で聖母マリアは終生童貞をお守りになら
れた、としているはずです。

 福音で言う「兄弟」「主の兄弟ヤコボス」などは、アラマイズム(当時の日常言語だ
ったアラム語に特徴的な言い回し)で、「兄弟」という単語が「いとこ」をも含みうる
ところから、そのように説いています。
 (英語では「ウォッチ」と「クロック」が整然と分かたれるところが日本語では
「時計」でまとめられるような事例と、やや類似した事情です。)

758 :名無しさん@1周年:01/09/18 23:18
マリアが童貞を守ったなんて福音書からは言えないだろうに。
夫ヨセフがイエスが生まれるまでひかえたという話ならマタイにあるが、
むしろ、その後についてはそうではなかったというふうにしか読めないな。

759 :考える名無しさん:01/09/18 23:23
>>758
 カトリックにはオーソドクス同様、<聖伝>という強力な味方がついて
いるのですよ。
 だから、聖書からはこう読むほうが自然、という論法くらいではどうにも
ならないの。

760 :名無しさん@1周年:01/09/18 23:28
>>759
<聖伝>ってそんなに強力な悪霊だったのか。

761 :名無しさん@1周年:01/09/18 23:38
>>759
聖書を解釈する権威の問題とかになるのかね。

ギリシア語でも兄弟といとこが同じなら多少の説得力はあるが。

762 :名無しさん@1周年:01/09/19 00:01
ギリシャ語にはそういう用法はない。
だが聖書のギリシャ語は「アラマイズム」「ヘブライズム」といわれる
アラム語/ヘブライ語の用法に引きづられた用法が多いのも確かだ。
アラム語には詳しくないので 757 には反論しないけど、
純正ギリシャ語にはそういう用法はないのでいささか苦しい観もいなめず。

まだ正教会の異母兄弟説のほうが自然。
といいつつ個人的にはプロのマリアの子説を支持しています。

763 :名無しさん@1周年:01/09/19 00:18
マリアが童貞でないとなんかまずいことでもあるんでしょうか?
ただ単に童貞だったという事実を伝えているだけなのでしょうか?

764 :名無しさん:01/09/19 00:48
>>763
無原罪の聖母マリアから産まれた子供なら、何らかの地位や権威を与えなければ
ならなくなる。しかし、キリスト教は一神教であるので、兄弟の存在は即イエス
の特権的地位を脅かすことにもなりかねない。よって、イエスには兄弟がいない
ほうがいい。半分でも血の繋がった兄弟がいたとなると、話がややこしくなる。

765 : :01/09/19 13:01
私は普通にイエスに兄弟がいたと思ってました。

カトリックについての質問ですが、
ミサの時とか神にではなく
聖母マリアに祈りを捧げる、
というようなイメージが強いです。
あれは聖母マリアを通して神にということですか?
あと、神、キリスト、聖霊より聖母マリアや聖人
悔い改め、十字架、裁き、罪のゆるし、復活といったことより
奉仕と愛を強く押し出しているようなイメージもあるのですが、
メディアやなんかのイメージどおり受け取って良いのでしょうか。

766 :通りすがりの者:01/09/19 14:04
>>764

イエスの血縁者が兄弟を名乗っていたとも、聞いたことあったなぁ(^^;)
どこでだったかなぁ(^^?)

767 :名無しさん@1周年:01/09/19 14:19
>>765
>私は普通にイエスに兄弟がいたと思ってました。

そう考える方が、普通ではないでしょうか。
聖書を読んでも、そう考える方が素直に読める個所がありますし。
マリアを聖母として奉るのは、カトリック教会が創り上げた教理だと思います。
宗教的教理なのだから、部外者が文句をいう筋合いではないのですが、
マリアを特別な存在にするためには、
かなり無理して聖書を解釈しなくてはなりませんね。
ですから、カトリックの教理を受け入れる気がないのであれば、
マリアも普通のお母さんだった、と考えてもよろしいのではないでしょうか。

768 :名無しさん@1周年:01/09/19 20:20
『新約聖書中の一篇を参考にしつつ、「キリスト教信仰の特質」を考察せよ』

↑こういう宿題でたんですけど、わかりやすい本とかあったら教えてください。
お願いします

769 :名無したん:01/09/19 21:50
>>768
設問者が求めている程度によるけど、ガエタノ・コンプリ「人間を考え
る」ドンボスコ社とか。高校生向けの倫理+キリスト教の教科書。

比較宗教学の観点なら、「小室直樹の宗教原論」か、橋爪大三郎の「宗
教社会学講義」あたりが良いと思われ。

770 :名無したん:01/09/19 21:55
追加。
>新約聖書中の一篇を参考にしつつ
という時点で、設問者はキリスト教の「神の愛=隣人愛=叩かれたら
反対の頬を差出せ」について尋ねているのだと思われ。これこそ、キ
リスト教の最重要にして独特の教え。

771 :15:01/09/19 22:08
もうすぐ割り当てなんですけど、
資料を見たら、こんなこと言ってる人いないだろーっていう
感じの内容だったので、ほんとに、そんなこと言ってる人
いるかな〜と思って、ネットをさまよっていたら、
ここにきてしまった。
なんだか、みなさん、難しいお話をしているようですねー。

772 :名無しさん:01/09/19 22:20
創価よ!これが仏教信仰者の発言か!?(採取場所:創価板)


「関わりあいたくないならば関わらなければいいだけの事
我々も不浄なあなた方とは正直関わりあいたくないです。
他の方達を救ってもあなた方のような不浄な生き物は抹殺されるべきです。」
「肉体労働しかできない無能な自分に気づいてね。
せいぜい、警備員がお似合いだよ。」
「野良仕事してるって本当かい?○○よ、低学歴は大変だな(藁)」
「所詮、百姓しかできないノータリン。」
「百姓なら、百姓らしく、野良仕事やってろ!」
「○○○○君よ、情けないな。一生農民やってろ」
「田んぼの草は抜いたか?それしかできないんだから、 一生懸命励めよ〜。野良犬!」

773 :考える名無しさん=757:01/09/19 23:13
>>762
 私はカトリックではないし、マリアさまに他に子供がいたってかまわない、と思う
けど。
 マルコスによる福音が、どうにもぎこちないアラマイックなギリシァ語なのは確か
らしい(現に読みにくかった)から、ギリシァ語で書くとき、もしくは
それに先立つ民衆伝承においてギリシァ語化されていた段階(があるとすればその段
階)で、「いとこ」を「兄弟」の意のギリシァ語単語で置き換えた可能性は絶無とは
言えない、と思います。

>まだ正教会の異母兄弟説のほうが自然。
あー「生神゛女、永貞童女マリア」なんだから、とうぜん、東方正教会でもマリア様
は一生エッチなしだったんだよね。

774 :名無しさん@1周年:01/09/20 00:27
>>773
東京周辺ではいとこのことをお兄ちゃんとかお姉ちゃんとか呼ぶよね。

775 :名無しさん@1周年:01/09/20 00:28
>>774
呼びません

776 :名無しさん@1周年:01/09/20 00:35
>>775
あら、田舎もん見ーつけ。

777 :名無しさん@1周年:01/09/20 00:51
今後の展開予想

田舎者と指摘された775は自分も東京者だと主張する

じゃあ東京のどこに住んでいると質問される

775は東京のことを知らないのでとりあえず新宿と答える。

だったら田舎から出てきて新宿のぼろアパートに住んでいるんだ言われる。

775は大きな屋敷街に先祖代々住んでいると答える

だったら新宿○丁目だねと禁断の質問が入る

775はそうだと答える。

田舎者が填められる典型的なパターンですな、わっはっはっ

778 :775:01/09/20 00:56
ば、ばかいってんなよ!
オラァ・・・おお僕は東京人ですぅ
え・・・えっとし・・・新宿に住んでますぅ
江戸っ子だってぇ!
厚生年金会館の裏だってぇ!

突っ込みお待ちしております

779 :775:01/09/20 01:22
厚生年金会館は5丁目、靖国通りを挟んで斜め向かいが2丁目です
もういいかい?
東京ではいとこをお兄ちゃんとかお姉ちゃんとかいう風習は御座いません
千葉も埼玉も神奈川でもそんな話しは聞きません
じゃぁね

780 :名無しさん:01/09/20 01:55
>>778
>え・・・えっとし・・・新宿に住んでますぅ
>江戸っ子だってぇ!

新宿は内藤新宿だから御府内じゃない。
江戸じゃないです。
四ツ谷大木戸までが江戸の西端。
「江戸っ子」というとさらに限定されて武家地区は排除
北は駿河台下、西は八重洲、東は銀座の西、南は有楽町南端くらいまでに挟まれた
僅かな地区で生まれたひとだけですよ。

あなたは、東京人ではあっても、江戸っ子じゃない。

781 :いいですか:01/09/20 02:54
今は江戸時代ではないので、江戸っ子なんていないよ。

782 :名無しさん@1周年:01/09/20 02:57
江戸的には八丁堀がかっこいいと思う。

783 :名無しさん@1周年:01/09/20 03:14
今でも自分たちのことを江戸っ子と呼んで誇りに思っている人は多いよ。

784 :名無しさん@1周年:01/09/20 03:16
自分より年上のいとこをお兄ちゃんとかお姉ちゃんと呼ぶのは
日本の全国的な傾向じゃないのかなあ。
もしかして775って(以下自粛)

785 :名無したん:01/09/20 08:43
>>784
従兄弟もだけど、年上のおばさんをお姉さんと呼ばないか?
おらが家だけの風習じゃなくて、マンガなんかで「おばさんじゃ
ないでしょ、お姉さんでしょ」ってよくあるじゃねーか。
これから病院に面会に逝ってきまーす。

786 :名無しさん@1周年:01/09/20 10:44
歳の離れた兄弟姉妹が多い親戚では
いとこでもはとこでも年齢順で「兄さん」「姉さん」。
「兄さん」というからせいぜい従兄かと思っていると叔父だったり。

対外的には(混乱するので)「○○叔父」といっているようだが。

787 :768:01/09/20 12:23
>>769
ありがとうございました
読んでみます

788 :牛頭天皇:01/09/21 20:26
新日本国は米国を支持しない。
新日本国は、真に神を信じる者のために戦う。

789 :名無しさん@1周年:01/09/21 23:46
中国に古くから伝わっていたというネストリウス派について、教義、中国での理解度、歴史、その他の派はどのくらいの時期に伝わったのかなどご存じの方教えてください。
あと参考資料や書籍でよいものがありましたら教えてください。

790 :dendo.:01/09/22 02:06
ネストリウス派を含む東方諸派についての専門スレがあります。
ネストリウス派についての述べられていますので、御参照ください。

非メルキト派について
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psy&key=988698759&ls=50

791 :名無しさん@1周年:01/09/22 05:38
どうしてプロテスタントは人種差別をするのでしょうか?

792 :名無しさん@1周年:01/09/22 08:36
どうしてユダヤ人はあんなでっかい鼻をしているの?

793 :名無しさん@1周年:01/09/22 12:00
超基本的な質問で恐縮です。

イスラム教、ユダヤ教、キリスト教では崇める神は同一という話しを
聞いたのですが本当でしょうか?

また、その神がイスラム教のアラーと呼ぶものだとしたらキリスト教では
なんと呼ぶのでしょうか?

(板違いかも知れませんが)その神の預言を伝えたのが、マホメッド、
イエスだとして、ユダヤ教の預言者は誰になるのでしょうか?

よろしくお願い致します。

794 :名無しさん@1周年:01/09/22 13:37
>793

>イスラム教、ユダヤ教、キリスト教では崇める神は同一という話しを
>聞いたのですが本当でしょうか?
本当です。
いずれも唯一の神による啓示を信じる宗教だからです。
だからこの3つの宗教は兄弟関係に立ち、あわせて「啓典の民」と呼ばれています。

>また、その神がイスラム教のアラーと呼ぶものだとしたらキリスト教では
>なんと呼ぶのでしょうか?
キリスト教(とユダヤ教)では、ヤーウェと呼びます。

>(板違いかも知れませんが)その神の預言を伝えたのが、マホメッド、
>イエスだとして、ユダヤ教の預言者は誰になるのでしょうか?
ユダヤ教の場合沢山の預言者が出てきますが、第一の預言者はモーゼです。

イスラム教でも「コーラン」の中に沢山の預言者の名が挙げられていますが、
最初の預言者はアダム、最後の預言者はムハンマド(モハメッド)とされています。

キリスト教ではイエスは単なる預言者ではありません。
預言者とは神の啓示を民に伝えることをその役割としますが、
イエスは神にして人とされているので、預言者以上のかたとされています。

795 :名無しさん@1周年:01/09/22 13:43
http://tarot.or.nu/

しゅーきょーについてあつくかたりあおうぜー

796 :名無しさん@1周年:01/09/22 13:45
質問します。今から旧約聖書(新共同訳)を読もうと
しているのですが、注解書なしで読んで、内容を本当に
理解できるものなのでしょうか?注解書は必要ですか?

797 :793:01/09/22 13:49
>>794さんありがとうございました。
理解を深めることができました。

798 :名無したん:01/09/23 10:18
>>796
岩波文庫の関口訳「創世記」「出エジプト記」「ヨブ記」から始め
る事をお勧めします。定評ある訳で、注解付きで、安い。イントロ
ダクションとして、新共同訳に取り組む前に一読すべきと思われ。

それ以降の、ややこしい歴史書や預言書は、注解無しじゃ理解でき
ないから(つうか、注解書を持っていてもなお、完全に理解できて
いない>漏れ)、日キ教団出版局から出た、8千円くらいの新共同
訳旧約聖書略解が良いんじゃないかと。

799 ::01/09/23 11:19
初めまして、忍と申します。
アメリカの精神の支柱である基督教の神であるヤーベ(八百重)は、
日本にいる事をアメリカの人達に伝えて欲しいのです。
以下の文書を真剣に考えて読んで下さい。そして、国際都市である
ニューヨーク市にある国際連合の地下に核爆弾情報が流れているの
です。爆発する前に友人や知り合いに伝え、引っ越すか警察に真剣に
取り扱う様に伝えて欲しいです。この事件はイスラム教徒の自主性の
「神の殉死」だと考えています。何故ならばこの機会で国際連合の
地下の核爆弾を取り除く機会が得られるからです。
神の言葉
http://page.freett.com/syouhou/kaminokotoba1.html
最後の審判の理由
http://page.freett.com/syouhou/reason_of_last_judgement.html
正しい性道徳とは
http://www.musesworld.co.jp/web2/syouhou/index.html
この侭だと本当に地球が崩壊する
http://page.freett.com/syouhou/index.htm
神が推薦するパソコンPC9821
http://page.freett.com/syouhou/suisennPC.htm
              

800 :名無しさん@1周年:01/09/23 12:11
>>796

798さんが紹介されている注解書はコンパクトで私もいいと思います。

さらに旧約各書のあらすじや歴史的背景などを頭にインプットしておくと
旧約聖書がより身近なものになります。学問的に信頼できる薄手の本として
3つ紹介しておきます。

○「聖書の世界 総解説」(自由国民社)
○ヘルマン、クライバー著「聖書ガイドブック」(教文館)
○ヴォルフ「旧約聖書」(新教出版社)

特に「聖書の世界」はお薦めです。日本を代表する聖書学者が
聖書を読む上で必要な最低限度の基礎知識を要領よくまとめています。
値段も2500円と手ごろです。

801 :名無したん:01/09/23 12:12
八百万の神は、純国産のB-TRONをご推薦だぞ、ゴルア。
PC-98なんて、鬼畜米帝のOSしか乗らないようなマシンは、
国民機の名を返上せよ!

802 :名無しさん@1周年:01/09/23 14:01
>>793
>>794
>>また、その神がイスラム教のアラーと呼ぶものだとしたらキリスト教では
>>なんと呼ぶのでしょうか?
>キリスト教(とユダヤ教)では、ヤーウェと呼びます。

 キリスト教でいう旧約聖書(ユダヤ教徒にとってはタナハ)において,神のほぼ純
粋な固有名である「ヤハウェ」の他に,神,神々という一般名詞が固有名化された
もの(cityが the Cityになると,ロンドン旧市という固有名になるような種の用
法です)として「エル」「エロヒーム」も使われています。

 このヘブライ語「エル」のアラビア語形「イッラーフ」に定冠詞(英語のtheに
相当する)「アル」がついたものが「アル・イッラーフ」で,その音便形がムハンマ
ド教徒にとっての最も一般的な神名「アッラー(フ)」だ,とする有力説があります。

803 :名無しさん@1周年:01/09/23 19:03
>>802
たしかに旧約聖書にはエルという呼び名は出てきますが、
固有名化された使われ方は旧約聖書の中には存在しない
のではないでしょうか。イザヤ14章13節などに、そのような
使われ方がかつてされていた微かな痕跡があるといわれていますが、
実質的に正典が結集される段階では、もはやエルは特別な神格を
あらわす名詞としては使われなくなっていた筈です。
エルとは元来はセム族に共通する神で特に遊牧民の間で
崇拝されていたといわれていますが、旧約聖書の世界においては
唯一神の観念が形成されるに伴い、固有名詞的な使われ方は姿を消し、
もっぱらヤーウェの呼称になっていったのではないでしょうか。

804 :名無しさん@1周年:01/09/23 19:46
それから井筒先生によると、イッラーフはエロヒームと同じ語源ですが、
定冠詞アルが普通名詞イッラーフに付いてアッラーになると、
それはエル、エロヒームといった普通名詞ではなくて、固有名詞
ヤーウェに当る概念になるそうです。ヤーウェ(YHWH)は
よく知られているように本来どのように発音されていたかすら
わかっていませんが、イスラム教の場合にはユダヤ教とは逆に
神の名を口にすることに対するタブーがないそうです。

805 :796です。:01/09/24 15:34
798、800さん。お答えいただきありがとうございました!

806 :名無しさん@1周年:01/09/24 17:15
質問です。無教会やクェ−カ−派など「聖餐式」を放棄したところは、
正統キリスト教と呼べるのでしょうか?

807 :802:01/09/24 20:10
>>803
>たしかに旧約聖書にはエルという呼び名は出てきますが、固有名化された使われ方
>は旧約聖書の中には存在しないのではないでしょうか。

 確かに厳密に言えばあなたのおっしゃるとおりです。
 ただ,私の言いたかったことを弁明するならば,古代ユダヤ教の発展の中で,拝一
神教から唯一神教へと移行した結果,後代のユダヤ教徒にとって,タナハにおける
(ヤハウェを指している,と解される)「エル」「エロヒム」が事実上固有名の様に
解されるようになった,という事です。
 (ま,793さんのわりに初歩的な質問への初歩的な応答であった,という点で
不正確さについては御寛恕願います。)

808 :名無しさん@1周年:01/09/24 20:16
>>806
 厳密な意味での聖書でも註解書でもないですが,講談社から出ていた
『聖書の世界』旧約4巻・新約2巻・外典・使徒教父文書などの別巻4
巻は,本文も敷衍された訳で読みやすく,巻末に長い解説もあるので,
初心者の方にはお勧めだ,と思います。

(但し,敷衍訳であるだけに,翻訳者個人の解釈や思い入れが通常の聖書
翻訳以上に強く出ていることには留意されないとまずいでしょうが。)

809 :名無したん:01/09/24 20:20
>>806
個人的には、明らかに主イエスが制定した二大秘跡(洗礼と聖餐)まで
やらないのは、いささかやり過ぎに思われ。

でも、正統とは何かという問題になると、使徒継承を放棄したルーテル
派や改革派も、カトリックや正教会から見れば、非正統だな。
逆に、無教会派などが、カトリックや正教会を見れば、儀式主義にはし
って、キリスト教の真髄を放棄したパリサイ派だー!ということになる
と思われ。難しいねえ。

810 :名無しさん@1周年 :01/09/24 22:06
はじめまして、現在カトリックの教会に行ったり、聖書を読んだりしています。
神様は信じられるのですが、イエスがどうしても信じられません。
信じられないというより、なじめないのです。
最大の原因は聖書の中にあるイエスの命令口調だと思います。あとイエスの態度。
イエスがどうしても性格のきつい人に思えてきて、この人についていくことは厳しいなと素直に感じてしまうのです。
同じようなことを書いている人もいましたね。
皆さんはどう考えていますか?

811 :名無しさん@1周年:01/09/24 22:08
すみません、どう考えていらっしゃいますか?の誤りです。

812 :名無しさん@1周年:01/09/25 01:16
790 dendoさんありがとうございます。拝見させてもらいましたがシロートにはレベルの高いレスでした。<涙
資料のオススメもあったので、そちらも見てみたいと思います。

813 :イエスはどんな人:01/09/25 01:48
すみません、ある人からどうしても登録してくれとの依頼が
ありましたので、Web登録およびEーmailの連絡先を
のせておきます。webは
http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus
です、15年ほど前に日本イスラム協会で宣誓してムスリム
になった人間ですが、同時にカーマイケル氏のキリストの死
を読んでから、歴史検証派の聖書読みになりまして、田川健三
や荒井献氏の本を読みあさっています、聖書では特にルカ文書
が好きで、恥ずかしながら使徒言行録とルカ福音書の解読書
をHPにUPLOADしています。
最近は旧約聖書の方も読み出していまして、ダニエル書やエゼキエル書
や創世記はちょくちょく読んでいます。
クリスチャンではないのでくだらない説明しかできないでしょうが
少しは参考になるかもしれません

814 :名無しさん@1周年:01/09/25 03:17
>810
>神様は信じられるのですが、イエスがどうしても信じられません。

私も。神は信じられてもイエスがどうしても信じられない。
イエス=神であるから問題ないのかも知れないけど、
福音書のイエスの発言は読んでてなんか違和感を感じるときがあるよ。
神を冒涜しているというユダヤ人の言い分にむしろ納得したりして。

神の愛だけでは駄目なのかなあ。
キリスト教って難しいなあ。

815 :名無しさん@1周年:01/09/25 09:21
>>814
イエス・キリストは、三位一体(の神)の第二位格。神と等しいお方。
まことの神であられると同時に、まことの人でもあられた。

816 :名無しさん@1周年:01/09/25 10:03
810です。同じことを感じていらっしゃる方がいてうれしいです。
イエスは神の代弁者なので、おっしゃっていることは神様がおっしゃっていることと同じと理解すれば、命令口調もわかる気がします。
どうしても、ブッダのような「〜よ」というやさしい口調の人が理想だと思っていたんです。
他のクリスチャンの人は同じ疑問を抱かなかったのでしょうか?
もし抱いたとすればそのへんをどう克服されたのでしょうか?
イエスをもっと知りたいです。

817 :815:01/09/25 10:23
三位一体の教理は、ニケア信条より。(325年開催のニケア公会議)
その後、イロイロな論争があったが、
381年、コンスタンティノープルで開催された公会議で、
ニケア信条が確認され、ニケア・コンスタンティノポリス信条が
普及するようになる。

一方、451年のカルケドン信条で、まことの神であると同時にまことの人であるという信仰が、
次のように言い表されました。
「この唯一のキリスト、御子、主、独り子は、二つの性(つまり、神性と人性)において
混じることなく、かけることなく、分けられることもできず、話すこともできぬお方として
認められなければならないのである。
合一によって両性の区別が取り除かれるのではなく、かえって、各々の性の特質は救われ、
一つの人格一つの本質にともに入り、二つの人格に分かたれ割かれることなく、
唯一の御子、独り子、言葉なる神、主イエス・キリストである。」

818 :806:01/09/25 14:23
名無したん、さん。ありがとうございます。

819 :ぷちとまと:01/09/25 14:39
>>810
>最大の原因は聖書の中にあるイエスの命令口調だと思います。

 イエスが(彼自身はアラマイ語で語ったはずなので,現行福音書に
おけるイエスの言葉は翻訳になる)ギリシャ語訳においてはしばしば命
令法を用いているのは事実です。

 しかし,その命令法はどの程度の強さ,居丈高さだったのでしょうか?
同じ命令法を日本語訳においては,「〜しろ」「〜しなさい」「〜してく
ださい」等と多様に訳しえます。(最後の「〜してください」は依願で命
令では無い,というのは統辞論文法水準の議論で語用論的的には,欧米に
おいて命令法が使用されるまさにその場合に,しばしば日本では依願が用
いられるので,ギリシァ語から日本語への翻訳としては必ずしも間違いで
はありません。)

 さて,ここで在来の(特に聖書教会訳を中心としたプロテスタント系の
)翻訳では,概ね生硬で無機質な直訳スタイルをその文体として採用して
きました。従って,イエスの言葉も「〜しなさい」調で訳されていました。
しかし,イエスに対する他者との会話を見ても,あのような不自然な言葉
のやり取りを,私たちは日常においてしていません。という事は,文体に
関する限り,現行の聖書翻訳を信頼し・それを前提とした理解をする事は
不適切だ,という事です。

 現実のイエスがどうであったかはわかりませんが,厳しい命令口調をと
るときもあれば,やさしく諭されたこともあったのではないでしょうか?

820 :名無しさん@1周年:01/09/25 14:40
イエスを信じられないけど神は信じられる、と言う人は、
ユダヤ教に改宗すれば良いんじゃないでしょうか。
私も教会には通ってますが、内心では自分はユダヤ教徒だなぁ
と感じています。

821 :名無しさん@1周年:01/09/25 14:52
ユダヤ教の神は厳しいから…

822 :名無しさん@1周年:01/09/25 15:29
キリストの性格がきついのではなくて、信仰を成長させるには
厳しい神の顔も必要であるということでしょう。
これは何もキリスト教に限ったことではなくて、
仏教でもほとけさまには慈悲深い相もあるけれど、
明王のような忿怒の相もありますね。

823 :今のところ未信者:01/09/25 16:37
質問しま−す!最近、「祈りへの道」(教文館)という本を読んで
大変感動しました。この本の著者、日基教団の加藤常昭牧師は
日本のキリスト教界では大変有名な方だと聞きましたが、この
方について教えて下さい。

824 :名無しさん@1周年:01/09/25 16:43
>>823
東京神学大学という、牧師を養成する大学で、実践神学の教授をつとめられた方。
説教学には定評がある。FEBCという、キリスト教ラジオ放送で、
レギュラーをつとめておられる。
あと、何が知りたい?

825 :今のところ未信者:01/09/25 16:48
824さん。ありがとうございます。あとこの方の本で、これは
必読という本がありましたら教えていただけますか?

826 :イエスはどんな人:01/09/25 16:52
>最大の原因は聖書の中にあるイエスの命令口調だと思います。あとイエスの態度。
>イエスがどうしても性格のきつい人に思えてきて、この人についていくことは厳
>しいなと素直に感じてしまうのです。

福音書の成立理由の問題ではないでしょうか、ナザレ出身のイエスは
どなたかの説明の様にアラム語を喋っていたと思いますし、イエスを継承
したエルサレムの原始キリスト教会(ペテロ・ヤコブ等)もアラム語だと
思いますが、パレスチナを離れシリアからギリシャに成立したキリスト教会
はギリシャ語でしょうし、イエスの残像を宣教したのではなくパウロの
人類の罪の購いとしてのイエス・キリスト像を宣教してるので、その環境下
で信者への教科書として作られた福音書はイエスを指導者として扱うので、
命令調の言葉になるのでしょう、福音書はギリシャ語と言ってもカントや
ヘーゲルの使った高級言語ではなく、一般大衆向けに開発されたコナン語
(文字が読めない人も言葉を聞けば理解できる言葉)だと言うことも、福音書
が一般信者の為の教科書としての役割が大きかったのだと思います。

827 :名無しさん@1周年:01/09/25 16:55
すいません。質問させて。キリスト教には「修行」が存在しないと
何かで読んだのですが、本当ですか?
「行」が全く伴わない宗教なんて自分にはイメ−ジしにくいんですが。
日曜に教会に礼拝逝って、それでおしまいなんですか?

828 :824:01/09/25 16:57
>>825
この先生、信じられないくらいたくさん本を書いてます。
ですから、これは必読、というのがあるのかどうか。
神学生向きなら、ありますけどね。

そういえば昔、ヨルダン社という出版社から、「加藤常昭説教全集」というのが出ましたが、
そりゃあ、あなた、もう…

829 :今のところ未信者:01/09/25 17:07
ありがとうございました。たくさん出てるなら、あとは自分で手当たりしだい
あたってみます!

830 :イエスはどんな人:01/09/25 17:11
>827
>キリスト教には「修行」が存在しないと何かで読んだのですが、本当ですか?

イエスは福音書の中で、ユダヤ教や洗礼者ヨハネの共同体が修行(断食)をして
いることを批判しており、飲み食いにふけったとしています。
マタイ福音書9/14−17(マルコやルカにも同様の文書あり)
厳しい修行を課すると信者が集まりにくい事から、この聖書の引用を
盾にとって修行をしない教会が多いのではないでしょうか

僕は信者ではないので理由はよくわかりませんが

831 :名無しさん@1周年:01/09/25 17:12
>>827
仏教にあるような修行は、プロテスタントの多くの教会にはありません。
プロテスタントといっても、幅が広いので、中には修行のようなことをする
教派・教会もあるようですし、また、カトリックには、そういうような行為も
あるのかもしれません。
しかしいずれにせよ、修行という言葉は、あまり使わないのではないでしょうか。

832 :名無しさん@1周年:01/09/25 17:12
d

833 :イエスはどんな人:01/09/25 23:51
>825さんへ
今のところ未信者さんでしたら、教会や神学の先生の本では
なくて、聖書学者の本もおもしろいはずですが。
とりあえずおすすめするのは、ICUを追放された田川健三氏
の「イエスと言う男」なんかおすすめです。
あるいロバート・L・マック氏の「失われた福音書」も非常に
読み応えのある本でした。

834 :名無しさん@1周年:01/09/26 00:01
826はドキュソ。ぷちとまとさんの説明は穏当。
「〜しなさい」と「〜してください」との間にギリシャ語では区別がない。
翻訳の問題に過ぎない。
明治以来聖書翻訳の基調に漢文書き下しがあったことが原因の一つ。
漢文書き下しでは、原文では明らかにくだけた文脈でも命令形(〜せよ/〜するべし)
で訳すので、硬いのはその影響もあると思われ。

835 :名無しさん@1周年:01/09/26 00:12
>825
高校生の頃、FEBCで加藤恒昭先生の放送を聞いていたのを思い出す。
とてもわかりやすかった。
テープになって販売されているかもしれないから、探してみたら。

836 :ぷちとまと:01/09/26 00:27
>>827
>キリスト教には「修行」が存在しないと何かで読んだのですが、本当ですか?

 先ず,仏教における意味での修行は,セム系宗教(ユダヤ・キリスト・ムスリム教)に
は本来存在しません。この仏教における修行とは,救済(悟りを得る)為の因果的原因す
なわち手段として行われる行為です。

 対して,セム系宗教においては※,仮令ある種の行為が定められている場合でも,
それはあくまで神に命じられたなすべき事や神との契約内容の実行です。ここでは,
結果的にはその行の実行が救済を齎すとしても,その行為をなす<意図>は救済を
得ることでは無く,倫理的なものなのです。

※ここの宗派・分派においては勿論逸脱事例は多々あります。その典型はキリスト教の
修道手法の一部でしょう。

 要するに,好ましい行為について,仏教は実践的・功利的な発想であるのに対し,
セム系諸宗教においては倫理的・当為的なものだ,ということです。

 第二に,ユダヤ教とムスリム教が信者が守るべき戒律を厳格に定めているのに対し,
キリスト教には戒律・規範の内面化が生じました。その為,キリスト教,特に聖書の
記述に復古することを目指したプロテスタントにおいては,守るべき戒律自体が極めて
少なく(十戒など)しかも非常に一般的・抽象的なのでいかなる時にいかに実行すべき
か,という事は信徒の自主的解釈に多分に委ねられています。

 対して,カトリックにはさまざまな為すべき・為さざるべき事の規定が多々ある様です。

 第三に,何故,キリスト教においては行の発想がかくも希薄なのか,という点について
は,キリスト教においては救済は行によるのでなく神からの恩恵によるものだ,という
救済論が基調であるからです。同様の発想をする,浄土真宗や一遍宗などの極限まで突き詰め
られた浄土思想において,行が(結果を求めるものとしての限り)否定されるか少なくと
も重視されない事から,事情は御想像できないでしょうか?

837 :名無しさん@1周年:01/09/26 01:06
810さんへ 実は、わたしも 以前カトリックの洗礼を受けて、教会に通って
いましたが、神さまは信じられても、イエスが信じられないのです。それで、今は
自分で信者だとは、思っていません。時々お付き合い程度に、教会に出入りする
だけになりました。 わたしの疑問は、神に何故、父と子があるのか?
又、処女のまま神の子を受胎するのも、ちょっとおかしな話じゃないですか?
 そんなめんどくさいプロセスを踏まなく
ても、必要とあらば いきなり神がこの世に降りてくればいいじゃん。

どこかの本に、書いてあったがイエスは、実はマリアとローマ人との間に出来た
私生児で、カリスマ性のある人間で、当時のユダヤ教から新しい宗教を起こした。
イエスの弟子達は、当時の社会では名もなく貧しい人達であった。
イエスは その当時の革命家ではなかったか? やがてイエスは捕らえられて
十字架にかけられて殺されてしまう。 よみがえったというのは、後世に弟子達
が、神の御子にするために作った話。聖書は弟子達がキリストが言ったとされる
ことをまとめた書物。

なにか この話の方が信じやすいのだけど・・・・ 

838 :名無しさん@1周年:01/09/26 01:21
>>837
そのお気持ち、分かる気がします。でも、正直、
だんだん合理的な解釈がつまらなくなってくるんですよね。

ああ、ウソっぽくて信じられないなと思っていた
神話的なお話が 実はものすごく意味を持っていたんだって。
今はそう思います。

839 :イエスはどんな人:01/09/26 02:01
>837
>どこかの本に、書いてあったがイエスは、実はマリアとローマ人
>との間に出来た私生児で

この話は別にライバルのユダヤ教徒がでっち上げた話ではありません
マタイ福音書の処女降誕の話があまりにも生臭い側面をもっている事
をキリスト教団が無視してて、ルカ福音書の処女降誕の話しかしない
事によります。マタイ福音書では、イエスを懐妊したことが憂慮すべき
事でヨゼフは離婚を決意した様子が描かれているのですが、どこの教会
も不都合な話なので深く追求しません。神話として綺麗なルカ福音書
ばっかり説明します。
ローマ人にレイプされてできた子と言うのは、流言卑語のような気がし
ますが、聖書を注意深く読むと伝統的にキリスト教団が説明してきた
事が180度ひっくり返る事があるので聖書研究は面白くてしょうが
ないのです

840 :イエスはどんな人:01/09/26 02:23
>839補足
長年キリスト教団が採用していたマタイ福音書の嘘
イエスを裏切って後悔の念から自殺したとされるイスカリオテ・ユダ
もちろんマタイ福音書にはその様に描かれているし、特にカトリック
等ではこの文章から自殺を御法度にしていますが、実は4つの福音書
でユダが首吊り自殺したというのはマタイ福音書だけです。
マルコやヨハネ福音書ではユダは死んだとも書いていないし、ルカは
福音書ではなく使徒言行録に崖から転落して内蔵破裂して死んだと
書いてるだけです。ルカはその前でユダが不動産取得したことを記録
してて、ユダの精神的な描写は全くしてないので、後悔の念を持ったと
するのはマタイの編者の想像でしょう。ユダは後悔するほどのヤワな
人間とは思えません、その辺の分析をしていくとマタイの文章から
自殺を御法度しているカトリックのくだらなさは筆舌に耐え難い物が
あります

841 :イエスはどんな人:01/09/26 02:49
>826補足
新約聖書は確かにギリシャ語のコナン語で書かれたらしいのですが
今見つかっているのは残念ながら3世紀以降の写本だけです、聖書
学者はいろいろな方法で原本を推測していますが、多分原マルコ(
使徒言行録に登場するヨハネ・マルコの執筆巻物)が福音書の始ま
りだと思うし、1970頃から研究されているQ資料もあったでし
ょうし、マタイQ資料・ルカQ資料もあったと思われます、さらに
それよりも原本としての信憑性の高いパウロ書簡のテサロニケ書簡
やガラティア書簡からの追跡の方が原始キリスト教の研究は確かか
もしれませんし、僕は最近コリント書簡の研究でグノーシスの根を
確認できたので、コリント書簡とガラティア書簡の違いを研究する
のも勉強になるだろうし、コリント書簡と原マルコを比較するのも
いいかもしれません。聖書研究ほど面白いものはありません

842 :名無しさん@1周年:01/09/26 06:13
>>841
>ギリシャ語のコナン語で書かれたらしいのですが
コナン語って何?コイネーのこと?

843 :名無しさん@1周年:01/09/26 08:09
マリア像が涙を流す意味は?

844 :名無しさん@1周年:01/09/26 15:17
「イエスはどんな人」って、どんな人?
一見博識に見えて、書いている内容は、実はトンデモ内容だよ。
>>826 コナン語?コイネー・ギリシャ語の事かい?
当時、地中海世界で使用されていた、簡易ギリシャ語のこと。
この言葉は、コイネーとか、コイネー・ギリシャ語というのが、普通。
コナン語なんて言い方、普通の研究者はしない。
>福音書が一般信者の為の教科書
共観福音書と第四福音書、同じように論じることができるのかい?
>>830
ヨハネの共同体(エッセネ派のことかな?)が、「修行」をするわけがない。
いわゆる「修行」という概念は、聖書の宗教にはない。
>>833
田川建三氏の著書は、学問的というよりもむしろ、文学的だと思うがいかがか?
というのは、厳密な神学的作業をしているとは思えない。
同じような立場でも、ブルトマンの方が良心的だと思うがね。

845 :827:01/09/26 15:26
皆さん、ありがとうございました!

846 :続き:01/09/26 15:26
>>839
教会ではなく、神学大学、大学の神学部等できちんと話を聞いた方がいいと思うよ。
2000年の歴史の中で、どのような議論がなされてきたのか、全部を検証したのかい?
>>840
前にも書いたが、共観福音書と第四福音書を一緒にして議論しない方がいいと思うけどね。
>>841
>後悔の念を持ったとするのはマタイの編者の想像でしょう。ユダは後悔するほどのヤワな
人間とは思えません、
どうでもいいようなことだけど、マタイの想像だと批判する根拠は、君の想像か?
もっとちゃんとした根拠を示してくれ。

…くたびれたから、書くの止めるよ。
それより何より、君はどういう釈義的手順を踏んで、聖書研究をしたのかい?
まさか、新共同訳聖書と、田川氏の著作だけじゃあないだろうね?

847 :求道君:01/09/26 17:10
教えて下さい。キリスト教の成立の歴史(初代教会からニケア会議やカルゲドン会議や宗教改革)
を勉強したいんですが、どんな本を読んだらよろしいでしょうか?当方、大学生です。

848 :名無しさん@1周年:01/09/26 17:42
>>847
「古代教会史」N・ブロックス著 関川訳 教文館
「キリスト教思想史入門」金子春勇著 日本基督教団出版局(ただし、絶版かも)
「現代人のための教理史ガイド」棚村重行著 教文館(ちょっと面倒な書き方)
安価で、気軽で、素人でも読めるのは、このくらいかな?
あとは、専門的になるけど、それでもよければ、紹介します。

849 :求道君:01/09/26 17:50
ありがとうございます。とりあえずはこの三冊を探してみます。
ありがとうございました。

850 :名無しさん:01/09/26 17:54
>>844
学問的=神学的なのかい?

851 :常識人:01/09/26 18:56
>850

神学に忠実ということは、過去に蓄積した「護教用のいい訳」を鵜呑みにすること
と等しいから、何も新しいものは期待できない。自らの頭をコンクリート詰めに
する暴挙に等しい。思想的なロボトミー手術だよ。犠牲者は2chにわんさか見られる。

まあ、田川の本ばかり読んでも同じことだけどね。いろいろな観点から批判的に
読まないと、自分を見失う。

852 :名無しさん@1周年:01/09/26 19:25
>>850
>>851

呵呵。

853 :名無しさん@1周年:01/09/26 20:53
イエスは御自分の全能の力によって
病人を癒し、
死者を生き返らせ、
水の上を歩き、
パンを増やし、
三日目に復活し、
昇天したのだ。
イエスは神なのだから
出来ない事は何も無いのだ。

854 :名無しさん@1周年:01/09/26 21:46
>いろいろな観点から批判的に読まないと
批判的=独創的な読み方って、そんな簡単か?
独創的な批判は既成の学説の要諦をよく弁えてなければ出てこないよ、普通。

855 :名無しさん:01/09/26 22:34
>>853
ぶっちゃけた話、たいした奇跡じゃないよね。スケールが小さい。

856 :名無し:01/09/27 02:21
クリスチャンってのはどう考えても
ただの馬鹿にしか思えない。

クリスチャンといって思いつくのは……新島襄(国禁を破って
アメリカに逃亡したキチガイ)遠藤周作(三浪のあげく、家出
したアホ)三浦綾子(「自分のしたウンコは汚いと思わないのに、
他人のだと汚いと思ってしまうのが人間の自己中心性だ」などと
くだらん理屈をのたまってキリスト教を正当化する偽善者)
土井たか子(何に対してでも「ハンターイ」としか言えない低脳)
ろくなのがいないな……。

俺はミッション・スクールなんてところに幼稚園から大学まで通ってきたが、
クリスチャンの教師などにろくなのはいなかったぞ。
ミッション・スクールなど生徒に偽善性を植え付けているだけ。

唯一神信仰ってのは、自分達の道理にそぐわない人間や社会は
すべて悪だとみなす考え方。こういう考え方がどれほど、多くの
人間や民族を傷つけてきたか。キリスト教も反省するべきだ。

タリバン政権によるニューヨークのテロ事件は、何よりも
唯一神信仰がどれほどの惨事をもたらすかということを
私達に教えてくれた。

キリスト教など早くなくなってくれ。俺の一生のお願いだ。
マックス・ウェーバーみたいに、キリスト教のせいで鬱病になった
自分の体験を生かして本を書くことが出来ればどんなによいだろうか。

857 :名無しさん@1周年:01/09/27 02:31
出版されることになったら教えてね

858 :質問させて。:01/09/27 11:11
キリスト教関係の雑誌で一番面白くてタメになるの教えて下さい。
カト、プロ問いません。

859 :名無しさん@1周年:01/09/27 11:16
>>856
それはそれはお気の毒。
>キリスト教など早くなくなってくれ。俺の一生のお願いだ。
というくらいだから、そのための行動をしておられるのだろう。
どういう行動をしておられるのですか?
まさか、言葉だけではないでしょうね。
もしそうなら、それこそあなたが毛嫌いしている「クリスチャン」の偽善と同じだからね。
本を書くつもりなら、実際に書かないとね。

860 :名無しさん@1周年:01/09/27 20:24
>858
レムナント。面白い。笑える。

861 :名無しさん@1周年:01/09/27 22:01
土井たか子さんって、クリスチャンだったのですか?

862 :名無しさん@1周年:01/09/27 22:23
土井たか子議員=日本教キリスト派 だと思うなあ

863 :名無しさん@1周年:01/09/27 23:25
そんな事よりお前ら、ちょいと聞いてくれよ。
スレとあんま関係ないけどさ。
このあいだ、心と宗教板行ったんです。心と宗教板
そしたらなんか宗教ヲタがめちゃくちゃいっぱいで重いんです。
で、よく見たらなんか新スレが出来てて、誰か、ありがたい壷はいりませんか?
とか書いてあるんです。 もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、ありがたい壷如きで普段来てない宗教板に来てんじゃねーよ、ボケが。
ありがたい壷だよ、ありがたい壷。
なんか親子連れとかもいるし。2チャンで布教活動か。おめでてーな。
よーし壷に加えて印鑑も買っちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、俺のお茶碗やるからこの板から失せろと。
宗教板ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
異教徒と分かった瞬間、向かい合った奴といつ祈り合いが始まってもおかしくない、
祈るか祈られるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。チンケな壷は、すっこんでろ。
で、やっと軽くなったかと思ったら、キリスト教徒が、アメーンとか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、キリスト教なんて、きょうび流行らねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、アメーン、だ。
お前は本当にアメーンの意味を知っているのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、アメーンって言いたいだけちゃうんかと。
宗教通の俺から言わせてもらえば今、宗教通の間での最新流行はやっぱり、
クリスチャンは処女、これだね。
処女膜マンセー。これが通の口癖。
君処女?ってのは膜ヲタが多めに言う。そん代わり膜ヲタは短小包茎。これ。
で、処女でもないのに生理の日をねらって処女を演じる。これ最強。
しかし、多い日だと挿入前に血が出てしまう危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前らは、印鑑でも突っ込んでなさいってこった。

864 :名無しさん@1周年:01/09/27 23:29
>>862
その心は?

865 :イエスはどんな人:01/09/28 01:47
すみません、とんでもない事を勉強して20年ほどになるいかがわしい人間です、本籍を言えばムスリムですが礼拝は3回しかしていない
ナマグサムスリムです。

>どうでもいいようなことだけど、マタイの想像だと批判する根拠は、君の
>想像か?もっとちゃんとした根拠を示してくれ。

これだけでは十分な説明になるとは思えませんが
http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus/cr_yuda.html
に僕のまとめた文章があります。コイネ語をコナン語と書いてしまったのは、完璧なミスタイプ
です、酒を2合程飲んでタイプしたので申し訳ありませんでした諸処の疑問に個々に答えてもしょうがないし、神学信望者に
僕の文章はショックが大きいのでしょうが、僕が考えている4つの福音書の成立過程をちょっとだけ披露しておきます。

福音書の原本は恐らく原マルコでしょう。原マルコは使徒言行録の12章あたりに登場するヨハネ・マルコ
がAD56−66年頃にまとめたのだと思います、この辺は
http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus/cr_marko.html
にまとめてみたましたので、暇な人は覗いてねここから先が一筋縄ではありません、原マルコはこの後改訂
改訂の連続で、恐らくマタイ教団やもしかしたらルカ教会の人たちによって改訂され2−3世紀頃に今のマルコ福音書になったと思います。

マタイ教会とルカ異邦人教会は、原マルコの写本を入手したと思いますおおよそのイエス物語のあらすじは原マルコに従ったと思いますが
それ以外にエルサレム教団からの伝承物語(Q資料)があったのは間違えなくて1950年頃からの定説になっていますが、最近は
それ以外にも、マタイスリップ・ルカスリップか゜あったとされています、(これは個人的にはスリップではなくおのおのが個人的に
エルサレムの使徒や長老から聞いた話だと思いますが)マタイ・ルカともAD70−80頃に編纂したと思います。

問題のヨハネ福音書ですが、字数オーバーの為あしからずですが、グノーシスを調べないで何でヨハネ福音書が研究
できるのか僕にはわかりません

866 :イエスはどんな人:01/09/28 02:22
書き足し

問題のヨハネ福音書ですが、草案はやはり原マルコだと思いますが

マタイ・ルカ・原マルコ・改筆マルコ福音書・トマス言行録・Q資料
旧約聖書の外伝・死海文書のいくつかを2−3世紀頃に睨んで、ヨハネ
福音書編集グループは収集がつかなくなったんではありませぬか...

 ともかく編集グループに
  後に正当派と呼ばれる人たち
  後にグノーシスで分派した人たち
  穏健派でローマ政府と義巳を持っていた人たち
 がいて、文章がとぎれとぎれになっているのは、ヨハネ福音書を
 何回か読めばわかるよねぇ...

867 :名無しさん@1周年:01/09/28 02:23
自殺はしないほうがいいような気がするがどうか?

868 :名無しさん@1周年:01/09/28 18:02
ムスリムだから、死ぬのは恐くないらしい。
新約聖書好きのムスリムって、多いのかな。

869 :名無しさん@1周年:01/09/28 23:36
ロザリオってなに?
ちなみにどこでかえます?
素人ですまない。

870 :名無しさん@1周年:01/09/28 23:40
数珠に似たカウンター。ローマ教会のおおきなところに逝くか、確か銀座キョウブンカンにもあったかな??
四谷界隈にもピエタ以外にも何件かあったような。。

871 :名無しさん@1周年:01/09/28 23:42
ロザリオならよつやのサンパウロが一番種類多いんじゃないかな

872 :名無しさん@1周年:01/09/29 00:09
キリスト教社会主義って世界にあるんですか?
日本だけ??

873 :名無したん:01/09/29 11:08
>>872
おいおい。共産主義の母体こそ、ユダヤ・キリスト教だぞ。
ちなみに、バチカンのあるイタリアは、世界有数の共産党国家
です。

>>871
女子パウロ会の通販が良いと思われ。

874 :質問なのですが:01/09/29 12:46
カトリック教徒は、ひれ・うろこのない水中の生物
(たこ、いか、えびなど)を食べることはできないのですか?
どこかで誰かと重複してたらごめんなさい。

875 :名無しさん@1周年:01/09/29 14:08
>カトリック教徒は、ひれ・うろこのない水中の生物
>(たこ、いか、えびなど)を食べることはできないのですか?
そんなことはありません。

ユダヤ教の食タブーは旧約聖書(レビ記)や聖書を解釈した口伝を根拠にしています。
そこでは、そういう食べ物は人を汚すとされています。しかし、キリストはいっています。
外から人の体に入るもので人を汚すことができるものはない(マルコ7章15節)と。
このキリストの言葉のもとの意味はおくとして、カトリック教会はこの言葉を根拠に
ユダヤ教の食タブーを克服しています。

876 :名無しさん@1周年:01/09/29 16:13
イエス・キリストの奇跡が信じられません。みなさん、証拠もない伝聞だけで、何故
信じることができるんですか????私は今バプテスト派の単立教会に通っている
非教会員です。だれか教えてください。お願いします。

877 :名無しさん@1周年:01/09/29 16:37
>876
カトリックの者ですが、私も「奇跡」は信じていません。
「奇跡」は別に重要ではないと思います。
イエスが病者や貧乏人の真の友であった、ということが
重要なのだと思います。

878 :通りすがりの者:01/09/29 16:42
さう言えば、「ユダヤ人は奇跡を求め、ギリシャ人は真理を求める」てなことが
聖書のどっかに書いてあったよね(^^?)

879 :名無しさん@1周年:01/09/29 16:46
>>878
コリントの信徒への手紙一 1章22節。新共同訳聖書300ページ。
それにしても、よく知ってるね!

880 :874:01/09/29 17:06
>>875さん
なるほど!
教えてくださってありがとうございました。
食べられるということで安心しました。
そして勉強になりました。

881 :通りすがりの者:01/09/29 17:13
>>879
どもども(^^;)/
一応、某有名神父の不肖の弟子でした(^_^;)

882 :名無しさん@1周年:01/09/29 17:17
>876さん
>877さん

神様は信じているの?

883 :名無しさん@1周年:01/09/29 20:58
みんなあ!

明日は日曜日だぞ!

今日はもう早く寝て、明日は教会へ行こう!

884 :聖劇の羊飼いののりで:01/09/29 23:24
行こう!行こう! ベツレヘムへ行こう!


行こう!行こう! 教会へ行こう! 

885 :オナン:01/09/30 01:03
三つ質問があります。

1・キリスト者が十字架を掲げるのは、偶像崇拝にあたらないんですか?
  聖書にはいかなるモノも作ってはならないとあるんですが。
  聖書によれば、十字架って一人一人が自分の中に罪の意識として
  持っているべきもので、クビにかけてクリスチャン自慢したり、
  ましてや悪霊退散に使うグッズではないように思うんですが。
2・聖書によれば、聖書には一言一句「足すことも引くこともならず」
  とあるんですが、翻訳の都合で、足したり引いたりせざる負えないと
  思うんですが、そうなるとその聖書は、本物ではない、異端本ってことに
  なると思うんですが・・・。どうでしょう?
  それとも、それは異端にならないと聖書のどこかに書いてありますか?
3・聖書には神は、間違うこともないし、後悔もしないしとあるのに、
  「人間を創造したことを悔いた」とあるのはいかがなもんでしょうか?
4・誰かがどこかで質問してると思うんですが、神様って全能ですよね、
  じゃあ、自分より全能な存在って作れるんですかね?

 あっ、質問4つになってしまいましたね、お答え期待します。

886 :名無しさん@1周年:01/09/30 01:40
>>885
質問読ませてもらったけど、これ自分で真剣に考えたことある?
とても期待に応える気になれんかった。
少しでも自分で考えれば敢えて人に訊くようなことではないと判りそうなもんだ。

887 ::01/09/30 01:53
ごめん。初歩的な質問を再び。
旧約聖書は誰がいつ頃書いたの?

888 :オナン:01/09/30 02:14
>>886
おやおや?
誰でも何でも(どんな小さな質問でも)って書いてあるのは嘘?
嘘なの? あなたはクリスチャンじゃないの?
だって、クリスチャン嘘つかないんでしょ?
違ったっけ? クリスチャンも嘘つくんだ。
じゃあ、誰を信じればいいの?
も〜ぼくちゃん、頭パニック〜。

こんなことにもちゃんとした答えが出せないくせに、えらうに
こんなとこで質問コーナー作ってんじゃねーよ!!
似非クリスチャン!!
わからないんなら、わからないって認めりゃいいものを、
さも、知ってるけど教えてあげないよって態度しやがって。
それとも、俺と同じ答えにたどり着いてて、答えようがないってか?
それで、よく信者って面してるよな〜。
自分が確信を持てないものを、信じていると信じこみたいだけだろうが
おまえは。このコーナーを続ける資格はおまえにはないね。

889 :名無しさん@1周年:01/09/30 02:18
>>888
そうなんだよね!

890 :>885:01/09/30 08:56
私見を
>1・キリスト者が十字架を掲げるのは、偶像崇拝にあたらないんですか?
あたらない。ただし、
>クビにかけてクリスチャン自慢したり、ましてや悪霊退散に使うグッズではないように思うんですが。
そう思う。

>2・聖書によれば、・・翻訳の都合で、足したり引いたりせざる負えないと
ギリシャ語で読まない限り無理でしょうね。しかも写本によって異読があるのでどうしたもんでしょうね。

3.4.わかりませんね。あなたはどうおかんがえでしょうか?

891 :名無しさん@1周年:01/09/30 15:57
>887

旧約聖書はひとりの作者によって一挙に出来あがったものではありません。
今のようなかたちにまとめられたのは紀元後1〜2世紀にかけてです。
さらにそれ以前に3つの文書群(五書、預言者、諸書)のかたちでまとめられていました。
五書(創世記〜申命記)は紀元前5〜4世紀に、預言者(ヨシュア記〜列王記、ルツ記は除く、預言文学)は
紀元前3世紀に、諸書(それ以外の文書)は紀元後100年頃にまとめられたものです。
しかし各文書は、さらに古い資料を収集・編纂したものであり、成立には複雑な過程を経ています。
文書化された最古の資料としては紀元前10〜9世紀頃に存在したと想定されているヤハウィスト資料や
ダビデ王位継承史があります(実在しているわけではありません、仮説です)が、これらの資料もさらに古い
(口頭ないしは記述化された)伝承素材が下敷きになっていると考えられています。

旧約聖書はこのような複雑な過程を経て成立したと考えられていますから、
例えば五書はモーゼが作者であるといった古い言い伝えは、今日学問的には受け入れられていません。
預言者、諸書についても同様に、単一の作者の想定が困難な文書がほとんどです。

なおここでいう旧約聖書には続編(/外典/第二正典)は含まれていません。

892 :886:01/09/30 22:01
>>888
結局そういう罵声を浴びせたかったんだろ。
質問しているというより「試して」いるんじゃないの?
ホントに答えて欲しいんならそれなりの言い方があるんだよ。
よく自分がした「質問」を読み返してごらんよ。
はなから相手をバカにしてなけりゃ、ああいう言い方にはならんと思うね。

893 :名無しさん@1周年:01/09/30 23:27
>>892
そんなわかりきったをいちいち書かなくても(^^;)

彼は、最初から対話をするつもりがなかったのは明らか。
ここは2ちゃんなんだし、ほっとくのが一番っしょ。

894 :名無しさん@1周年:01/09/30 23:29
>>892
そんなわかりきったをいちいち書かなくても(^^;)

彼は、最初から対話をするつもりがなかったのは明らか。
ここは2ちゃんなんだし、ほっとくのが一番っしょ。

895 :名無しさん@1周年:01/10/01 01:53
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=psy&key=1000886093&ls=50

666に詳しい方募集中。

896 :ジョン:01/10/01 02:43
土居たか子さんは「一応」に本キリスト教団体だそうです。
あと、資生堂の社長はクリスチャンで、東京神学大卒業しているそうですよ。
あと、現日銀総裁もバリバリのクリスチャンだそうです。

897 :名無しさん@1周年:01/10/01 04:00
名前:名無しさん@1周年 :01/10/01 03:46
まんこマクロだよ
ずびび


12 名前:名無しさん@1周年 :01/10/01 03:47
ゲツセマネ!!


13 名前:名無しさん@1周年 :01/10/01 03:47
ネ申「¥¥―――――


14 名前:名無しさん@1周年 :01/10/01 03:48
ゲバゲバ90分

ゲバゲバ万個


15 名前:名無しさん@1周年 :01/10/01 03:49
万個マクロけダヨ


16 名前:名無しさん@1周年 :01/10/01 03:52
ヘレニズム!!

898 :名無しさん@1周年:01/10/01 08:55
>>894
まじめな質問には、いつも誰かがきちんと答えてるよ。
過去スレ見てみなよ。
その方面に詳しい人とか、場合によっては牧師と思しき人(891さんなど)が、
とても丁寧に答えているよ。

899 :名無しさん@1周年:01/10/01 17:12
900近い!ゲーットすっかな。

900 :ゼウス:01/10/01 17:14
900!

901 :オナン:01/10/01 23:43
>>890の885さんまじスレありがとう。あなたがどちら側の人か知らないが、
3と4のもちゃんと答えてほしかったね。
1と2は肯定されちゃうと、こっちもつっこみネタがなくてつらいじゃん(笑)。
ときに、キリストってギリシャ語を話したのか?
>>892の886さん。そのとおりです。罵声を浴びせたかったわけです。
まあいわゆる、パリサイ人か律法学者の罵声とでも思ってくだされ。
でも、イエスは答えてたよな。・・・無視するってのは聖書に反してないか?
それと、その物言いは、「裁くな」ってのに反してないのか?
聖書、ちゃんと読んでるか?
牧師か神父の進める個所を読んで、自分の気に入ったとこだけ
覚えてるってたぐいだろ。神もイエスも「愛」だけ説いてるわけじゃ
ないんだぜ。
イエスが律法学者をへこませたみたいに俺をへこませることのできるやつ
はここにはいないてことか?
それで、このコーナーのある意味があるのか?

902 :イエスはどんな人:01/10/02 03:29
>891
ナマグサムスリムですが、その程度の勉学では旧約聖書を読むのは
困難です。例えば一時モーセ5書とされた古書は今はJPDEの
伝承を切り刻みながら再編したのは僕の友達関係を含めて常識事
ですし、いわゆる黙視文章は死海文章まで視界にいれて別途研究が
必要です(エゼキエルは別、対象はダニエル・マカバイ・カトリック
が外伝にしている諸処)で、旧約聖書にはそれ以外にも詩篇とかイザヤ
書とか何世紀にも渡って何十人もの人が関与したものもあるし

903 :イエスはどんな人:01/10/02 03:50
>885さんへ
ぼくはクリスチャンではないのですが可能なかぎり答えたく思います

1・キリスト者が十字架を掲げるのは、偶像崇拝にあたらないんですか?
  聖書にはいかなるモノも作ってはならないとあるんですが。
  聖書によれば、十字架って一人一人が自分の中に罪の意識として
  持っているべきもので、クビにかけてクリスチャン自慢したり、
  ましてや悪霊退散に使うグッズではないように思うんですが。

十字架は間違えなく偶像です、僕も含めてイエスがどんな姿の人であったか
は聖書からは想像できません、間接的にはパウロ書簡から短髪だっただろう
と言う事や当時のユダヤ人の一般的な風貌から想像はしますが、ミケランジェリ
や美術家が描いた物は情報不足のような...

2・聖書によれば、聖書には一言一句「足すことも引くこともならず」
  とあるんですが、翻訳の都合で、足したり引いたりせざる負えないと
  思うんですが、そうなるとその聖書は、本物ではない、異端本ってことに
  なると思うんですが・・・。どうでしょう?
  それとも、それは異端にならないと聖書のどこかに書いてありますか?

それかいてあんのヨハネ黙示録の最後の方でしよう、当時の状況考えたら
ヨハネは自分の巻物(ヨハネ黙示録)に何も書き足すなと言っただけです
書き足すなじゃなくて、僕は捨てるないいたいんだよ、グノーシスだと
いって30巻程の聖書を闇に葬った今のカトリックに対してね


3・聖書には神は、間違うこともないし、後悔もしないしとあるのに、
  「人間を創造したことを悔いた」とあるのはいかがなもんでしょうか?
4・誰かがどこかで質問してると思うんですが、神様って全能ですよね、
  じゃあ、自分より全能な存在って作れるんですかね?

宗教屋に聞いても答えを求めるのは困難だと思うよ、ぼくは聖書読んでちょ
いいたいんだけど




 あっ、質問4つになってしまいましたね、お答え期待します。

904 :名無しさん@1周年:01/10/02 06:03
なんで、キリスト教の教会は像だらけなんですか?
像とかホントは、いけないんでしょう。
やってる事が矛盾してんじゃないの?

905 :名無しさん@1周年:01/10/02 07:06
>>904
そんなのプロテスタントには無いよ

906 :名無しさん@1周年:01/10/02 07:08
>>904
全然矛盾してないよ。

907 :名無しさん@1周年:01/10/02 07:12
>>904
906は嘘だぞ
気を付けろ
騙されんな!

908 :名無しさん@1周年:01/10/02 07:15
ニューヨークの自由の女神って?
聖書に出てくる人?

909 :名無しさん@1周年:01/10/02 07:55
>>861
クリスチャンの意味わかってるの?

910 :名無しさん@1周年:01/10/02 08:28
アメリカって国民の85%以上がクリスチャンなのに
日本より治安悪いじゃん。

911 :名無しさん@1周年:01/10/02 12:49
「クリスチャンイコールイエス様を信じる人」であって、
「クリスチャンイコール聖書のこと何でも知ってる人」じゃ
ないと思うんだけどねえ。

912 :ヨハネ・マリア:01/10/02 13:23
>911
賛成です。私は、主イエス・キリストは実は父なる神だった
のだと信じます。
「私を見た者は父を見たのだ。」(ヨハネ伝)

913 :名無したん:01/10/02 13:28
>>896
>に本キリスト教団体

わざとなんだろうけど、ものすごくワラタ。

914 :名無しさん@1周年:01/10/02 14:27
>912
古代教会の頃にあった、サベリウス主義という異端、ご存知?
え?知らない?それなら、教えてあげましょう。
「主イエス・キリストは実は父なる神だった。」

915 :名無しさん@1周年:01/10/02 14:45
>>908
聖書には、女神なんて出てこないよ。
第一、自由の女神という翻訳は、大きな間違いだよ。
Statue of Liberty
つまり、自由の彫刻、自由の彫像が、正しい訳。

916 :名無しさん@1周年:01/10/02 17:01
>912
わたしも信じます

917 :名無しさん@1周年:01/10/02 17:30
一般のキリスト教の方々から見て、エホバの証人とはどの辺が違う
んですか?又、エホバの証人はキリスト教なんですか?

918 :891:01/10/02 18:35
>902

>モーセ5書とされた古書は今はJPDEの伝承を切り刻みながら
>再編したのは僕の友達関係を含めて常識事です
別に資料説を否定していませんよ。基本的に認めています。
ただ資料説に対しては近年批判が相次いでおり、未決着な問題が多いのです。
例えば五書研究を専門にしている木幡藤子先生の論文でも読んでみて下さい。
資料説に関する問題点と学会の動向を知ることができます。


>いわゆる黙視文章は死海文章まで視界にいれて別途研究が
>必要です(エゼキエルは別、対象はダニエル・マカバイ・カトリック
>が外伝にしている諸処)で、旧約聖書にはそれ以外にも詩篇とかイザヤ
>書とか何世紀にも渡って何十人もの人が関与したものもあるし
「黙視文章」「死海文章」「外伝」、、、用語がデタラメですね。
コイネーをコナンと間違えてしまうし初歩の初歩の知識に問題があるようですね。
マックの「失われた福音書」や田川の「イエスという男」に手を出す前に、
入門書を読むことをお薦めします。きちんと勉強するつもりならば。

919 :名無しさん@1周年:01/10/02 18:43
>918の891さん
イエスはどんな人さんについては、少し前のレスでも、どなたかがかなり激しく指摘しておられました。
おっしゃる通り、初歩の段階でのミスが目立ちます。
しかも、ご自分がそういう入門の手前にいる、ということがお分かりでないようです。

というわけで、イエスはどんな人さん。
891さんが言われるように、もしきちんと学びたいのであれば、
最初から手順を踏んで勉強されることをおすすめします。

920 :☆☆:01/10/02 18:47
日本語で、ローマ法王のお言葉を伝えているHPってある?
バチカン放送のインターネット版ってある?

921 :常識人:01/10/02 18:57
>914

ふと感じたんだけど、一度すべてのクリスチャンを一堂に会して、一切
ドグマ抜きに自由に語らせてみたら、グノーシスあり、アリウス派あり、
ペラギウス派あり、カタリ派にバルド派ありの、異端のデパートみたい
になるんだろうね。

それが実情じゃないの?今どき何が正統かで争う時代じゃないでしょ。
異端って、自分の心に自然に沸きあがってきた疑問から生まれたので、
そういう疑問を「ドグマに合わないから」という理由で飲み下す連中
よりも、神の御前において誠実だと私は思うよ。死を賭して、自ら信じ
る真理に殉じた魔女たちにこそ、神の祝福がありますように。

922 : :01/10/02 19:05
921
日本のいわゆるクリスチャンは教義のことなんか
ほとんど気にしてないと思います。
ちょっとおしゃれなサロンか公民館のりで来てるだけだし。
礼拝もろくに出ずにじゃれあってるだけでしょ。
十字架があればなんだっていいんですよ。

923 :名無しさん@1周年:01/10/02 19:12
>921,922
へえ?私の周囲には、その手のクリスチャンは、ほとんどいませんが?
特に、922さんがおっしゃるようなノリのクリスチャンなんて、
一人もいませんよ?
おかしいなあ…うちんとこの教会、プロテスタントにしては大きくて、
200名以上もいるのになあ?
どこの教会のこと言っておられるのですか?
(目一杯の皮肉)

924 :常識人:01/10/02 19:17
>922

まあ、「結構な」時代になったってことでしょうね。
私はテロリストを賛美するつもりはありませんけど、聖戦という名目で
ビルに突っ込んだ犯人達のことが気にかかりましてね。ああいった真面目
な人にこそ神は救いの手を差し伸べられるんじゃないかと。私のような
グータラ人間なんぞよりずっと天国に近いと思ってしまう。イエスなら
どう評価するでしょうね。

少なくとも、突っ込めと命令だけ下して、逃げ回っているラディン氏に
比べると、百万倍「あっぱれ」な生き方だと思う。生き方の善悪は別と
して、生き方の真剣さにおいてね。

925 :ヨハネ・マリア:01/10/02 19:31
>914
「ものの見えない案内人、あなたたちはぶよ一匹さえも漉して除くが、
らくだは飲み込んでいる」マタイ伝23

>916
「言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる
資格を与えた」ヨハネ伝1

926 : :01/10/02 19:32

名古屋の長老派の教会、でかいところ。
金城学院とかと関係あるところ。名前忘れた。
そんな感じだった。
牧師は無教養。信者は礼拝に出ないで、裏でおしゃべり
してるだけ。

どっちにしろ、日本のクリスチャンって聖書もあんまり
読んでないんじゃない? エホバ以外(笑)

927 :名無しさん@1周年:01/10/02 21:41
どこか、クリスチャンネームの一覧がわかるようなサイトがあったら教えてください。
カトリックの洗礼を受けようと思っています。

928 :ぷちとまと:01/10/02 23:50
>>885
>1・キリスト者が十字架を掲げるのは、偶像崇拝にあたらないんですか?
>  聖書にはいかなるモノも作ってはならないとあるんですが。
 先ず,偶像の作成と偶像(の)崇拝と,という二つの異なる概念を再確認しまし
ょう。十字架であれ,イエス・キリストの画であれ,マリアの彫像であれ,それを
創るだけなら,上記の意味では偶像の作成ではあり得ても,偶像の崇拝ではありま
せんね。

 次に,十字架やイエス画やマリア像が,それ自身として確実に偶像であらざるを
得ないのか否か,です。これについては,旧約聖書の規定「あなたは刻まない,あ
なたは描かない・・・・」をそのまま援用するならば,神による命令違反である,とと
る事は可能です。

 但し,この刻んだり描いたりしてはならないその対象は,真なる神ヤハウェと偽
なるその他の神々に関してだ,という解釈が存在します。
この解釈によれば,偽なる神々(バアル・アシュタロテ等々)を或いは描き或いは
刻んではならないのは,それらが偽の従って描かれる対象が実在しない画(いわば
写像において定義域の存在しない値域のようないかがわしい・存在し得ないもの)
だからです。

 他方,真なる神ヤハウェを或いは描き或いは刻んではならないのは,偽なる神々
についての場合とは理由が異なります。ヤハウェの場合は,確かに存在するのです。但し,真なる神は,創造者であって被造物ではない為,被造物と決定的に存在の仕方(本質)が異なる,とされます。
ところが,描かれた作品と描かれる対象,刻まれた作品と刻まれる対象,一般的に
は写像された像と写像されるところの定義域の要素,は,何らかの性質を共有して
いなければなりません。この共有する性質が,神と,それでもって神を写そうとする被造物(画や像など)との間に,何ら存在しないが故に,神を或いは描き或いは刻んではならない,とされているのだ,という解釈が存在します。
(旧約におけるモーゼの登山中に造られたヤハウェを象徴する仔牛の像が禁令に触れ
た,というのはそれ故だ,とこの解釈は理解します。)

<つづく>

929 :ぷちとまと:01/10/02 23:53
 さて,旧約における禁令についての上記の解釈からすれば,第二の理
由をもって十字架像やマリア像を造り描く事は問題ありません。何故な
ら,それら描かれるものは,それ自身被造物であり,従って被造物によ
って描き刻む(写像する)事の可能なものだからです。

 それ故,それらを作り刻む事がいけないとすれば,それは第一の理由
に基づかざるを得ません。しかしながら,十字架もマリアも実在する被
造物です。従って,(それが神であれ被造物であれ)存在しないところ
の何ものをも或いは創り或いは刻んではならない,という禁令に,十字
架やマリア像・画は触れないことになります。

 問題は,神であるキリストを描き・刻む事が可能であるか否か,です。
キリストもその第二位格(ペルソナ)として神だ,とキリスト教主流派
は考えていますから,先の第二の理由に基づいてキリストを描くことは
不可能である,という結論が出てきそうです。

 事実,古代教会の主流派も,旧約時代に到るまでの間はキリストを描
くことが出来なかった,という方向の解釈に近づいています(厳格には
私の知らない部分があります。)しかし,彼らによれば,天上のロゴス
なるキリストは<受肉>し,神のまま人として――即ち被造物として――
地上に降誕した,と考えられています。とすれば,先ず人としてのイエ
ス・キリストを描くことは,彼が被造物でもあった,歴史的にこの世界
に実在した事からして,十字架やマリア像・画の場合と同様に,可能です。

 しかも,カルケドン信条によれば,受肉した彼において彼の神として
の性と人としての性とは「変化せず・分離されず」一体に存在していま
した。そうすると,人として被造物としての彼の姿(人としての性)を
或いは描き或いは刻むことは,即ち,彼の神の性を或いは描き或いは刻
むことに他ならない,と彼らは解釈します。

 こうして,神としてのキリストもまた描き・刻む事が現在の人には可能
なのだ,とされます。

<続く>

930 :ぷちとまと:01/10/02 23:54
 更には,(これには異論もある様ですが)父なる神と聖霊なる神も現
代では描かれ・刻まれ得る,と考える人も少なくないようです。

 その理由の第一は,イエスにおいて彼の神の性もまた描かれ・刻まれ
得るようになったところで,父と子と聖霊は「一体で分かれざる」「同
一本質」の存在です。
 従って,同一本質のうちの一者が描かれ・刻まれ得るようになったか
らには,残りの父と聖霊ともまた,描かれ・刻まれ得るようになったの
でなければならない(そうでないと両者の間で本質が異なる事になって
しまうから)からです。

 その理由の第二は,イエスの受洗の時には「鳩のような」,ペンテコ
ステには「炎のような」姿で聖霊はこの現実世界に現れている事です。
従って,その現れた姿である限り,聖霊は描かれえる,という結論に到
るからです。

<続く>

931 :ぷちとまと:01/10/02 23:56
 寧ろ問題は,私の投稿の最初になした概念上の区別の第二「偶像の崇
拝」に関するものでしょう。

 先ず,プロテスタント教会などでは,十字架像ですら,単なる象徴で
しかありません。共同礼拝の際にも個人的な祈祷の時にも,十字架像に
対して祈るという事は(教理上は)あり得ません。
(現実にはしている信者もいるかもしれませんが,それはその人個人が
無知であるかその教派にとって異端的であるか,何れかです。)

 正教では(そしておそらくカトリックも),十字架像やマリア像など
に(広い意味での)祈りを捧げはします。 但し,ここで「ライトレイ
ア(礼拝)」と「プロスキュネーシス(崇敬)」という区別が厳格にな
されます。

 ライトレイアは本来的な祈りであり神に向けてのみなされ得る・なさ
れる可きもので,これは父・子・聖霊なる神ご自身にのみ捧げられます。

 それに対して,プロスキュネーシスは,神の写し(神を題材としたイ
コン)であったり,神の恩寵に満たされた方(マリア及び諸聖人),そ
の方々の写し(諸聖人を題材にしたイコン)に対してなされます。
 彼/女ら・それ等へのプロスキュネーシスによって・を通じて,人は同
時に神にライトレイアを奉げるのだ,また,彼/女らに自分を始めとす
るもの達の神へのとりなしをお願いするのだ,というのが正教・カトリ
ックのほぼ共通理解だ,と思います。

(カトリックには「諸聖人の通効」論という遠大なものが他に存在するらしいですが・・・・)

932 :ぷちとまと:01/10/02 23:57
最近の2chは長文を受け付けなくなっているので,細かく切るので疲れた〜

残りの三つの質問への私なりの解答は明日以降・・・・(の予定)

933 :オナン:01/10/03 00:29
ホントに無視されてるな〜。すごい。

>>911
>「クリスチャンイコールイエス様を信じる人」であって、
>「クリスチャンイコール聖書のこと何でも知ってる人」じゃ
>ないと思うんだけどねえ。

それは聖書否定ですか? 聖書に書かれてあることによって、
キリストを信じるのであって、聖書のないところでどうやって
キリストを信じるのか教えてください。
聖書は信じないけど、聖書にあるキリストは信じるでは、話が見えませんが。
あっ、信じないとは言ってませんね。
でも、聖書を知らないのに、聖書にあるキリストは信じれるってのも、
読んだことのない推理小説のネタを
知ってると言ってるくらいちんぷんかんぷんです。
あなたは超能力者ですか?
神父や牧師がそう言うから、ってのもいただけません。
それでは、朝原しょうこうでも信じてしまえるってことですよ。
あの事件をしらなければ。
優しい言葉や立派な言葉は、聖職者だけの専売特許じゃありませんよ。
貴方が聖職者の言葉を聞いて信じたというなら、それはキリストを
信じたのじゃなく、話してるその人を信じているのです。
それは、神に造反することですよ。

934 :オナン:01/10/03 00:44
ぷちとまとさん
貴方の情報量のすごさに敬服します。
もしかして、聖書研究家かなにかですか?
ところで、あなたが、ここにかいてあることの、どれくらいが
聖書に記述されてありますか?
聖書には、聖書に書いてない教えは、異端だとあったと思いますが。
それに、色々理由をこじつけて、
あれはだめだけどこれはいいなんていってますが、
聖書のどこにそんなことがかいてありますか。
聖書には「いかなるモノ」も作ってはならない刻んではならないとあるんですが
でも、あれはいいよこれはいいよなんてあるんですか?
聖書の拡大解釈は聖書の捏造になりませんか?
神は完全であってあやまりがないのに、
人間にかばってもらわないといけないんですか?
反論は聖書の言葉を使うべきでしょ。
真のクリスチャンであり聖書を最初から最後までなめるように
見たんでしょ。貴方。

もしかして、わたしのスレネームの意味にも気付いてなかったりして。
・・・さすがに、それはないか。しっけいしっけい。

それと、マリアはイエスご自身が「わたしの母とは誰のことか?」といい
さらに「おんなよ、あなたはわたしとなんのかかわりがあるか?」とまで
言った人ですよ。それの像を作るんですか? それが偶像じゃなかったら
何が偶像なんどぇしょうねぇ。
返す返すも聖書しっかり読んでね。

935 :dendo.:01/10/03 03:58
>>920
ヴァティカンのサイトの日本語版にときどき出てますよ。
日本語放送おわっちゃいましたね。インターネット放送の予定は当分ないみたい。

>>917
外部からの印象は他の人にまかせるとして

「使徒信経」などを受けいれていることをキリスト教の条件とするなら
キリスト教ではない。というわけでかなりの教団がエホバの証人はキリスト教ではない
としている。
一方、宗教学者など中立的な立場からはキリスト教の変種として認める場合もある。
公的機関(UNESCOなど)の統計データではキリスト教諸派として分類されることが多い。
なお後者の場合モルモン教徒や統一協会もキリスト教に分類されることになる。
>>921
今年初めの南仏の水害のニュースをテレビで見てたら、地元のおばちゃんが
「わたしらカタリ派ですから、つらいのには慣れてるんです」とか
いってたよ……少なくともフランスには、カタリ派は現存するみたい。

936 :名無しさん@1周年:01/10/03 05:53
>フランスには、カタリ派は現存するみたい。
まじすか!!

937 :名無しさん@1周年:01/10/03 09:26
>934

>ぷちとまとさん
>貴方の情報量のすごさに敬服します。
>もしかして、聖書研究家かなにかですか?

どうやらぷちとまとさんは、Rev.だと思います。
おなんさんは、福音派のクリスチャンでしょ?

938 :ヨハネ・サベリウス:01/10/03 09:28
「偶像」「偶像崇拝」とは、神以外の(神を愛し、人を愛す以外の)
価値観・欲望のこと。金銭欲、名誉欲、支配欲、快楽等々。
それらを崇めてはいけないという意味です。

939 :名無しさん@1周年:01/10/03 10:20
本(宗教本じゃない)読んでてわからなかったこと

 カトリック→合理的・実践的
 ギリシャ正教→哲学的・神秘的

とありましたが、具体的にどういうことなんでしょ?
いまいちイメージが湧きません・・

940 :名無しさん@1周年:01/10/03 10:26
>>934
聖書がまだ無かった時代の人はどないやねん?
原始キリスト教会の人間が、どうやってキリスト
を信じたのか考えてみ。

941 :☆☆:01/10/03 11:00
>>dendo

ありがとうございます。
早速、チェックしてみます。

942 :名無しさん@1周年:01/10/03 12:31
遅レス、板チガイですが。
>>603
>>608
日韓併合の認識に誤りがあるように思います。
朝鮮人が強制連行された事実はありません。ズバリ嘘です。

朝鮮人は強制的に連れて来られたのではなく、募集に応じたり(徴用)、或いは密入国
であったり、いずれにしろ自ら選択して日本に渡ってきました。
ちなみに徴用で来日した人は戦後無料船で殆ど帰国しています。帰国後また日本に
密入国したり、日本に住むことを選んだのが在日です。その中には戦後の密入国・不法滞在者
も相当数います。

「強制連行」という言葉は昭和40年朝鮮人が「朝鮮人強制連行の記録」という本で、自身の
経験を誇張して書いた本で作られた言葉で、この後朝鮮人の間で使われるようになりました。
日本人は人を疑わず信じやすく歴史を知らず、騙されやすいのです。
朝鮮人は「差別」「強制連行」と言えば日本人が黙ることを良く知っています。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/6199/

943 :常識人:01/10/03 13:22
>オナンさん(933)

うっかりして、横道そらしてしまったね。ごめんよ。悪気はなかったんだ。
ついでに一言だけ。オナンさんが提示した4つの問いかけは、結局のところは
一般的な神学論争にすぎず、信仰者の個々の姿が現れてこないんじゃないか。
「○○教会として、このように解釈する」という答えしか考えられないし、
「ぷちとまと」さんの答えもまた、「正統派○○教会として」の解釈に留まって
しまう。ところが、信仰上の問題とは、その解釈を自分は心から受け入れるのか、
受け入れることによって自分の行き様がどう変わるか、でしょう?「正しい教義」
(聖書に書いていること)をいくら積み上げていっても、それは信仰にはならない
よ。もしそれが信仰になるのなら、神学辞典が信者よりも先に天国にはいるでしょう。
>>911さんの問いかけは非常に重要だと思う。

どこの教会も、信仰には直接関係ないことについて、あまりにも多くの時間と勢力
を浪費しすぎてきたと思えてならない。

944 :911:01/10/03 14:41
>>933 オナンさん
私は>>911
>「クリスチャンイコール聖書のことを何でも知ってる人」じゃ
>ないと思うんだけどねえ
と言ったんですよ。
「クリスチャンイコール聖書の矛盾を何でもペラペラ答えられる
聖書の物知り人間」じゃないという意味です。

しかしあなたは、まるで私が
>「クリスチャンイコール聖書のことを知ってる人」じゃないと思うんだけどねえ
とでも言ったかのように、つまり「聖書なんて知らないけどイエス様は信じる」
「知らなくても信じられる」とでも言って聖書を否定したかのように曲解して
レスを書いてましたね。
証拠は>>933のこれ

>それは聖書否定ですか? 聖書に書かれてあることによって、
>キリストを信じるのであって、聖書のないところでどうやって
>キリストを信じるのか教えてください。

>でも、聖書を知らないのに、聖書にあるキリストは信じれるってのも、
>読んだことのない推理小説のネタを
>知ってると言ってるくらいちんぷんかんぷんです
>あなたは超能力者ですか?

私が911のどこで聖書を否定し、聖書を知らないなんて言いました?

911 :名無しさん@1周年 :01/10/02 12:49
「クリスチャンイコールイエス様を信じる人」であって、
「クリスチャンイコール聖書のこと何でも知ってる人」じゃ
ないと思うんだけどねえ。


オナンさんのしたことは、論点ずらしと言います。
私のなにか思い違いでしょうか?

945 : ◆ptrkZmYk :01/10/03 17:37
John the Baptist, John the Evangelist and John the Divineという場合
初めは洗礼者のヨハネ、2番目は福音書著者のヨハネ、3番目はなんて訳すんですか?
ヨハネの福音書書いた人と黙示録書いたヨハネは同一ですよね?(2番目)

946 :名無しさん@1周年:01/10/03 18:23

偶像崇拝はね、とにかくダメなんですよ。
ヤ−ヴェの宗教ではね。
ユダヤ教徒もキリスト教のは偶像崇拝だって
言ってます。フランクフルトのユダヤ博物館で
説明板にしっかりそう書いてありました。

947 :( `.∀´):01/10/03 18:44
>>945
( ^▽^)<違うよ。

948 :名無しさん@1周年:01/10/03 19:37
バイブルスタディーに参加し始めた者です。
なんでも質問していいといことなので。

なんでキリスト教信者じゃないと
天国にいけないんですか?
世界中にいーぱいキリスト教の存在自体すらしらない人いっぱいいるのに。
まず、これがどーしても気になる。
土着的な宗教にもいっぱい素敵なのあるとおもうんですけど。
(その土地にフィットしてるという点で)

949 :常識人:01/10/03 20:12
>948

それはね、人が死ぬと天国の門のところへ連れて行かれる。そこに
鬚もじゃの肖像が12枚並べられている。その中の一枚だけが本物の
イエスで、あとは全部贋物。それを、ひとつひとつ確かめながら、一枚
一枚踏んでいくんだよ。イエスの「ジョーカー」を踏んだらドボン。
即、地獄行きの高速バスに乗せられてしまう....さあ、あなたはどれを
選ぶ?ファイナル・アンサー?

というような、ナンセンスを信じているクリスチャンは、まさか独りも
いないとは思うけど、それと同等のことを疑問にも思わずに、平気で
口にしているクリスチャンは驚く程多い。

私は、イエスの教え(神と隣人への愛と献身)を「真理」と信じて、
それを一生かけて実現しようと努力する人ならば、たとえそれを説いた
人の名が「イエス」だということを知らない人でも、ちゃんと天国に行
けると確信しています。大体、天国へ行って誰が「イエス」だとわかる
んだい?間違って、選んだのがオ○ム真理教の教祖だったとしたら....

950 :名無しさん@1周年:01/10/03 20:59
>>948
なんでキリスト教信者じゃないと天国にいけないと思うようになったんですか?

951 :名無しさん@1周年:01/10/03 21:17

キリスト教徒じゃないとキリスト教徒の天国にはいけないに
きまってるじゃん。

島根県人じゃないと東京島根会館に宿泊できないようなものさ。

952 :名無しさん@1周年:01/10/03 21:20
終末はくるんでしょうか?
以前、いっていたペンテコステ教会では
6000年目の終わりが近づいているので
もうすぐ終末だから悔い改めろと言っていた。
わたし自信は半信半疑というところ。

953 :サベリウス:01/10/03 21:59
>948さんへ

私も949「常識人」さんと同じで、キリスト教信者でなくとも
神を信じて、行いがよければ皆天国へ行けると思います。
逆に、キリスト信者と口では言っても、悔い改めず、行いも
悪ければ地獄へゆくでしょう。
スウェーデンボルグによれば、純真なアフリカの人たちが
一番天国に行くそうです。

954 : ◆RbZL6NeQ :01/10/03 22:01
絶対的な善・悪の基準がない以上、天国も地獄もない。
キリストは単なる人間であり、彼は十字架の上で死ぬこともなく、
結婚し、子供まで作った。バチカンだって知ってて隠してる。

955 :ぷちとまと:01/10/03 22:29
>>855

>2・聖書によれば、聖書には一言一句「足すことも引くこともならず」
  とあるんですが、翻訳の都合で、足したり引いたりせざる負えないと
  思うんですが、そうなるとその聖書は、本物ではない、異端本ってことに
  なると思うんですが・・・。どうでしょう?

 本音を言えば,おそらくあなたが御指摘になった事柄については教会や歴代の翻
訳者は我々の言語観から見ればかなり問題点に鈍感だったのだ,と私は推測してい
ます。

 但し,まず,仮に「翻訳の都合で足したり引いたりした」訳本があるとして(現実
にはどれもそうでしょう),それが本物ではない事と異端本である事とは区別されて
しかるべきです。

 ムスリム教においては,『クルァーン』は文の一語にあたるまでそのとおりに,ム
ハンマドが神アッラーからアラビア語で授かったものであり,従って,翻訳したらば
歪みがでるので,翻訳をしてはならない,仮に翻訳された『クルァーン』は,『クル
ァーン』そのものではなく,高々その註解書でしかない,と解釈されてきました。

956 :ぷちとまと:01/10/03 22:31
 対して,歴史的事実として,キリスト教は聖書の翻訳にかなり寛容で
した。

 その理由として,第一には,ムスリムが初期にアラビア語世界を武力
で制圧しえた強者の伝道方法をとったのに対し,
キリスト教はその初期には西方ローマ世界にはラティン語を話す,東方
ではシリア語やアラマイ語やコプト語を話す,そういった人々にも伝道
せざるを得ず,
しかも,政治的権力から弾圧される弱者の伝道的立場であったため,ヘ
ブライ語やギリシァ語を強制的に推し付け得なかった事が推測されます。

 しかし,それと同時により決定的な理由として,既に旧約聖書につい
て『七十人訳』というギリシァ語翻訳の決定版があったことがあげられ
るでしょう。

 しかも,この訳は,それぞれ自室に隔離された72二人のユダヤ人学
者がそれぞれ別個に約した訳文が完全に一致した,そして,それは神の
働きによるものだったからだ,という来歴とともに伝えられています。

そこで,恐らくは,真に望ましい翻訳が正しい人によってなされるなら
ば,神の働きによって過不足なく翻訳されるに違いない,という翻訳に
ついての確信が長年キリスト教教会・信者に共有されていたのでしょう。

957 :名無しさん@1周年:01/10/03 22:32
>955

それリンクが違いますよ。あと聖書が今の形になるのが
遅かったのも理由のひとつじゃないですか。

958 :ぷちとまと:01/10/03 22:33
それだからこそ,中世初期のカトリック教会がヘブライ語旧約やギリシァ語新約を読む必要性を感じず,専らヒエロニムスに
よるラティン語訳に頼ったり,近代イングランドの信者が欽定訳無謬を信
じていたりしたのでしょう。

かくして,「正統な」翻訳には過不足すら無い,というのが伝統的な教
会・信徒の暗黙の前提であった,と私は推測します。

しかし,そのような「過不足の無い翻訳」というものがあり得ないこと
は,現代人の言語翻訳理論からすれば,当然の事です。

では,過不足のある聖書は,聖書自身の命令に反しているが故を以って,
「本物でない」あるいは「異端本」である,のでしょうか。

959 :ぷちとまと:01/10/03 22:35
だからといって,直ちにそれが「異端」だ,と結論されるべきではあり
ません。

それには,少なくとも二つの理由が考えられます。

第一には,キリスト教界において,他にも聖書の文言と異なる・あい矛
盾する(例えば「あなたは誓うな」を守っているのはクェーカー教徒位
とか等々)実践を行っている事例は多々あります。

それ故,その中で,翻訳に関する一箇所だけが特段に異端であるか否か
を決定する鍵だ,と考えることには無理があることです
(少なくとも,そのように特別に扱うべきだ,という証拠はありません。)

しかし,上記の理由に対しては,それら聖書の文言と異なる実践は,そ
の何れもが異端の証拠なのだ,という主張の余地が残されています。

960 :ぷちとまと:01/10/03 22:37
それに対する議論が,教会の聖伝・信条や慣行です。

正教やカトリックでは,堂々と,聖書と並んで聖伝(という聖なる言い
伝えや決め事)というものが,教会の教理や指導の最終根拠として,定
められています。

プロテスタントにおいても,(「一応聖書に規定された限りでの規定す
るもの」といういいわけめいたものが付加されますが)事実上聖書をも
解釈するその指針としてすら信条や幾つかの教理は保持されています。

更には,教会の慣行一般が,教会が聖霊の導きのもとにある以上,それ
らは神の意志に沿うものなのだ,という考えも存在します。

これら,聖伝や信条,教会慣行を考えるならば,その教会によって受け入れ
られた翻訳は,原文と過不足があったとしても,教会において依然として
「聖なる書」として扱われる価値がある,と考えることが出来ます。

(但し,立場によっては,「聖なる」ものとして扱われえる,という事
は,この場合礼拝等に用いられて然る可きである,という事であって,
その過不足が誤りだという事を否定するものではない

――従って,司祭・牧師の説教のための聖書釈義や信徒の個人の学びは可
能な限り原文に従うべきである――

という考えもあり得るでしょう。)

961 :ぷちとまと:01/10/03 23:26
>>937

 なるほど,

 オナン氏の何かというと「聖書・聖書」という反応は,一部の福音派の人とも似て
いますが・・・・
 でも,福音派の方で聖書翻訳を手ひどく拒絶する人を私はほとんど知らないのです
が・・・・

962 :名無しさん@1周年:01/10/03 23:42
聖書にいちゃもんつけたい「自分教」の信者でしょ

963 :dendo.:01/10/03 23:45
>>945
古い伝承だと同じだと考えられていました。
しかし今日の新約聖書学では違う筆者によると考えます。
(それらしいことを匂わせてはいるが、本文中にも明確に同一人物であるとの
主張はない)
John the Divine は黙示録筆者のヨハネを指す言葉のはず。
間違ってたら指摘きぼん。

964 :名無しさん@1周年:01/10/04 00:18
権威のあるものを批判すると、自分が偉くなったように錯覚できるからね。
実は批判にもなってない場合がほとんどだが。

965 :オナン:01/10/04 00:29
>>962さん。ある意味、当たっています。結局みんな自分信じたいものを
信じているに過ぎない。それが、結論です。私の出した。

ぷちとまとさん。あなたは私が信者か信者もどきだと思ってます?
もしそうなら、そう感じてしまう文章があったなら、ごめんなさい。
私は、私の父が、牧師をやっている以上、キリスト教とは
無関係だとは言えません。聖書も小さいころから何度も読んでいます。
しかし、情報過多の時代に生まれた不幸か、立派な信者でくわせなかった
結果か、とうとう信仰には縁遠い思考を持ち主となってしまいました。
って、人の責にしてはいけませんね。
いずれにしても、信者ではありません。

966 :名無しさん@1周年:01/10/04 00:38
>>オナン

父君の影響で、信者にならなかったと言うこと?

その生い立ちに興味あり(下世話でスマン、

967 :オナン:01/10/04 00:41
>>940
聖書の出きる前というなら、いろいろ言えることがあります。
キリストが生まれる以前は、キリスト教ではありません。ユダヤ教か、
もっと原始的な信仰だったはずです。
キリストのいた時代の人間でキリストを信じるのは、
当人がいるのだから、無茶じゃないでしょ(ホントにいたらの話)。

私が言ってるのは聖書の記述です。
現在のキリスト教は聖書抜きでは考えられないはずです。
聖書をを否定することはそこに書かれているキリストを否定することに
なるからです。聖書は否定できてもキリストは否定できない。
と、おっしゃる方もいるようですが、では、その人は何を根拠に
キリストを信じているのでしょか? 不思議です。

968 :オナン:01/10/04 00:53
>>966さん
それも当たらずとも遠からずでしょうが、
実際、疑問は、説教に出てくる神の愛からは到底、創造し得ない世間の状況を
目の当たりに見ることができる現実をいかに信者が
無視しているかってことですから。
生まれる前から死んでいる赤ちゃん
彼が行くのは天国でしょうか?地獄でしょうか?
生まれながらに、身体的不自由をしいられている人々を神は何の
目的で作ってるんでっすか? 人に見せるため?
旧約時代の虐殺の系譜を
牧師や神父が語りたがらないのはなぜ?(親父は語ってたけど)。
聖書にはこんな言葉もありますよ、
「神の許しがなければ、鳥も地に落ちることはない」ってね。
何が言いたいかわかります?

969 :オナン:01/10/04 01:03
ぷちとまとさん
あなたはいったい何物でしょう?
クリスチャン? たんなる聖書学者?
すべてに確信のない文章ですね。
こんな考え方もある。こんな宗派もある。こうではないかな?
あなたがもし信者だというなら、自分が確証のもてないものを
信じていることになりませんか?
自分が確証を持てないものを人に勧めたりなんかはしてませんよね。
「聖書・聖書」というのは私の意見ではありません。
貴方方信者自身です。聖書を確証もしないで、なっとくもしないで、
中に書いてある美辞に心引かれている自分を正当化するっための
詭弁が、聖書を必ずしも確証していないというレトリックに
陥らせているんじゃないですか?

970 :名無しさん@1周年:01/10/04 01:09
966>オナン

なるほど、くだらない質問に答えてくれてありがとう

うーん、でも、創世記の最初の方とか、のあの箱舟とかの話などなどの話は神話に過ぎないって、知り合いの聖職者は言ってましたが。。
聖書の例え話は良くわかりません(信者ではないので引用された文脈すらわからない
でも、あなたの言いたい事はなんとなくわかるような気がします。

971 :オナン:01/10/04 01:11
>>964さん
私は聖書に権威があるなんてこれッぽっちも思っていません。
でも>>962は言えてます。
聖書が世界のベストセラーになってるから、権威があるとバカなことを
言った人もいましたが、
只で配って歩きゃ、そりゃ冊数も増えるってもんでしょう。
財布を明けて金出して買ってこそ自慢できることをと思ってましよねみんな〜。

972 :オナン:01/10/04 01:18
971日本語が変になってますね。
ちょっと興奮しすぎ・・・。落ち着け俺!!!

>>970さん
私は、聖書の物語に含まれる奇跡や、アブラハム家の軌跡(笑・すまぬ)には
興味ありません。だって、あったかなかったかなんて、その時代に行って
目の当たりに見ない限り確証持てませんから。
私がここで大事にしたいのは教義です。

973 :オナン:01/10/04 01:27
>>953
の人は絶対聖書を読んだことがありません。格言できます。
聖書には妬む神嫉妬する神とあるのに、キリスト教じゃなくても神を信じてれば
なんて、書くんだもん。
キリストも行ってますよ
「行いで天国に行くんじゃない。神を信じ神が遣わした私を信じることが」
天国への道だと。
天国で、思い出したけど、黙示禄に出てくる1000年天国って、
城壁にかこまれてるんだよね。城壁って、
敵から国を守るためにあるもののはずなんだけど、
1000年天国も安泰とは言えないんだね。

974 :名無しさん@1周年:01/10/04 01:33
黙示録ってローマの迫害に対するものとして書かれたんじゃないっけ。

975 :名無しさん@1周年:01/10/04 01:58
>973
不信仰者や悔い改めない者は中に入れないと言う、
象徴的な意味じゃないの。

976 :名無しさん@1周年:01/10/04 03:12
天国にことを聞いた者>>948です。
みなさん、色々ありがとうございます。
今アメリカにいるのですが、時差の関係で寝てしまいました。すみません。
私はアメリカに来てクリスチャンの人に助けてもらうことが多かったので
初めて、ちょっとキリスト教のことを
真剣に考えてみようと思ったのですが、ますます
他の宗教との本質的な違いが見えなくなってきました。
教会では、キリスト教信者ってのが前提で話されてるので
しかたがないですが
なんか、信者は遅かれ早かれ救われるとか
天国にいけるってのは、私のような信者でないものは
救われない、天国に行けないって脅迫されているようにしか
感じなかったのです。
どのような宗教を信じていようとも
また、全くの無神論者でも
完璧ではなくとも人格者はいるし
やさしい、思いやりのある人はいる。
ますます、宗教ってのはその土地に住む学のある人格者が
他に人を教育(良い生き方へ導く為の)をするための
手段だったような気がしてきました。
みなさんの論議を無視してすみません。
ちょっとむずかしすぎるので参加できません....

977 :常識人:01/10/04 08:42
>973

>聖書には妬む神嫉妬する神とあるのに、キリスト教じゃなくても神を信じてれば
>なんて、書くんだもん。

それはその通りだが、イスラム教もまた同じ神(アッラーという別の名前になって
はいるが)を信仰しており、彼らは「ユダヤ教徒であれ、キリスト教徒であれ、
アッラーの神の教えにかなった生活を送る者は皆、天国へ行ける」とコーランには
書かれているのです。たとえば、キリスト教では「イエスを信じよ」と言う。この
「信じる」という意味が曲者だと思う。「イエスを信じる」とは、イエスが処女懐妊
によって生まれたとか、悪霊を追い出したり病人を治すという奇蹟を行ったとか、
最後に十字架にかけられたが3日後に復活したとか、そういう「歴史的事実」を知って
いるということではないと思う。もし、「歴史的事実」を受け入れることが「信じる」
ということと等しいなら、>>949で書いたようなクイズ王選手権のような話になって
しまう。

「嫉妬深い神」にしても、Aさんが信じる「唯一絶対のエホバの神」と、Bさんが信じる
「唯一絶対のアッラーの神」が、果たして同じなのか違うのか、誰がどう見分けると
いうのでしょう。結局のところ、人の信仰の内容とは、コーランで説いているように、
その人がどうふるまうかに集約されてしまうのです。神が「嫉妬する」のは、神以外の
一切の被造物(聖人、教会、秘蹟、神学などを含む)を崇拝する場合に限られると思い
ます。

978 :名無しさん:01/10/04 09:42
こんにちは、私はキリスト教に
入信をしようと思っている者なのですが、
それまでに何ヵ月もかかるのですか?
それと、立ちあう人がいないのですが
(同じキリスト教の人が立ちあうと聞いて)一体私はどうしたらいいのでしょうか?
教えてくださる方がいましたら、
アドバイスをお願いします。

979 :名無しさん@1周年:01/10/04 09:46
>978
近くの教会にいって牧師か神父に話を聞いて貰ってください。
それが一番着実です。
事前に電話して、平日に伺ったほうがいいです。
時間は案外夜遅くでも合わせて貰える場合があるので、まずは連絡してみましょう。

そこが何となくアレだったら別を探しましょう。

980 :名無しさん@1周年:01/10/04 11:15
教会にいきなりいって人生相談とかしてもいいのかな?
すなり精神的にやばいんだけど

981 :名無しさん@1周年:01/10/04 11:28
いいんじゃないですか。
相談の内容にもよると思うけれど。

982 :名無しさん@1周年:01/10/04 11:45
>>981
教会にもよると思われ。
事前に確かめてから行った方がよりベター。

983 :979:01/10/04 12:48
そこらへんを探るためにもまず電話。

984 :名無しさん@1周年:01/10/04 12:49
 教会に行くことは、別に神父様と直接話しにいくことばかりではありません。
教会によっては何とか書院とか何とかセンターといって本屋さんや売店があります。
そこの人はシスターや信者さんの一人なので、入門にふさわしい書籍などを
尋ねて見るのも手です。これは、ふさわしい良い本や資料が手に入り、教会の人と
顔見知りになるチャンスでもあるでしょう。
 四谷には大きな教会がありますし、周辺にはサン・パウロ、ドン・ボスコ、ピエタなど
の売店が点在しています。教会にも売店があり、そこではやさしいシスターが
初心者には手ほどきをしています。
 ですから、勇気が無ければ四谷などのキリスト教系売店から、ちょっと勇気を出して
教会の売店で本を買ってついでにお御堂を見学して帰ってくる。なんてコースを
めぐってみたらいいと思いますが、どうですか?

985 :名無しさん@1周年:01/10/04 12:52
私は銀座の教文館をおすすめします。
カトリックからプロテスタントまで、幅広く置いてありますし、
お店の人も、確か両方いると思います。

986 :名無しさん@1周年:01/10/04 12:55
>>985
カトもいるの?

御茶ノ水のCLCも駅から近くて便利

987 :985:01/10/04 13:40
>986
ええとね。。。
確か、書店のほうではなくて、キリスト教用品の方だったかな?
いたような気がします。

CLCは、便利だよね。

988 :名無しさん@1周年:01/10/04 14:00
関西だとどこがおすすめ?
当方関西者ゆえご教示願いたく。

989 :名無しさん@1周年:01/10/04 14:04
>>954ってほんとなんですか?
バチカンが隠してるというのは

990 :名無しさん@1周年:01/10/04 14:05
教会に行きたいと思っている者ですが、私は関西に
住んでいます。関西でそういった本屋さんなんかは
ありますか。大阪と兵庫県で教えて下さい。
よろしくお願いします。

991 :名無しさん@1周年:01/10/04 14:07
>989
トンデモ。気にすんな。

992 :954:01/10/04 14:20
>>991
トンデモではありません。
では、なぜロンカリ枢機卿はヨハネス23世の名を選んだのか?
カトリックはフリーメーソンで構わないと宣言したのか?
を考えましょう。

993 :991:01/10/04 14:26
>992
だったら、その根拠を示すがよろしい。

んなことよりも、どうする?もうすぐ1000になるぞ。秒読み始まってるぞ。

994 :名無しさん@1周年:01/10/04 14:26
>>992
よくわからないんですが
それってキリストが十字架の上で死ななかったっていってる事と関係
あるんですか?

995 :名無しさん@1周年:01/10/04 14:28
>>993
>>992さんがいってる事がよくわからないのですが
ヨハネス23世の名を選んだのが
キリストが普通の人間で十字架の上で死ななかった事と
関係あるんですか?

996 :名無しさん@1周年:01/10/04 14:43
関西は曽根崎新地の大阪キリスト教書店が充実。ちょっと分りにくいんで、旭やとか紀伊国屋とかでかたならししてからでもいいかも

997 :名無しさん@1周年:01/10/04 14:43
阪急の上のほうにもあったな

998 :954:01/10/04 14:44
ヨハネスという名は対立教皇の名。
では、何に対立するものか?正教だわなぁ。
異端はなぜ根絶させられた?

999 :997:01/10/04 14:48
3が一杯になったので、4を立てました。
4はここ↓
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1002174431/

1000 :991:01/10/04 14:49
おお、もう最後!
>998
そういうことではなくて、文献だよ、文献。
出来れば、一次文献。

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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