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大阪の児童殺傷事件@宗教板

1 :名無したん:2001/06/08(金) 18:02
大阪教育大附属小学校で起きた惨劇ですが、宗教的な視
点から、この事件をどう捉え、捕まった犯人をどのよう
に処すれば良いのか。皆様のお考えを聞かせて下さい。

136 :会員:2001/06/19(火) 18:55
え?
私のどこが悪感情なのですか?
皆さん、どう思います?

137 :名無しさん@1周年:2001/06/19(火) 19:03
良感情ではないだろう、少なくとも


138 :名無しさん@1周年:2001/06/19(火) 19:05
死刑とは法律によってのみ成立するもの。
それを感情で語ること自体がそもそも無意味。

死刑制度は感情の満足ためにあるのではない。

139 :アム・ハーアーレツ:2001/06/19(火) 21:28
宗教的に言えば、特定の人の死を熱望することは殺人行為を実行するのと
同じくらいわるいことだとおもいます。たとえ、相手が悪い人であっても
です。

140 :会員:2001/06/19(火) 21:43
その言葉、被害者の人に言えますか?
ありとあらゆる犯罪被害者の人に言えるのですね?

別に犯罪者が死んだほうがいい、と思ったっていいじゃないですか
実行しなければ
被害者の人が犯罪者に対して復讐したとしても、誰が責められるのですか?

141 :名無しさん@1周年:2001/06/19(火) 21:44
あんた何の会員なのさ

142 :名無しさん@1周年:2001/06/19(火) 21:44
140の死をどこかで誰かが熱望してるかもね

143 :会員:2001/06/19(火) 21:45
被害者の方々の心情からかけ離れた論説などは、
結局、「あなた達に何がわかるのですか」と言われて終わりでは
ないでしょうか?

144 :名無しさん@1周年:2001/06/19(火) 21:45
>被害者の人が犯罪者に対して復讐したとしても、誰が責められるのですか?

そうならないために宗教が必要なんじゃねえのか?

145 :名無しさん@1周年:2001/06/19(火) 21:47
>>143
じゃあ、あんただったらなんて言うんだ?

146 :会員:2001/06/19(火) 21:50
復讐抑止力の一助に宗教がなったとしても、
宗教が全ての犯罪被害者の心の救いに、なっているんですか?

147 :会員:2001/06/19(火) 21:52
>>145
もう、こんな犯罪被害者の心情からかけはなれた議論はやめましょう,
と言います

148 :名無しさん@1周年:2001/06/19(火) 22:21
>>147
それなら被害者にはなんて言うんだよ

149 :会員:2001/06/19(火) 23:06
>>148
私には何も言えません
言葉が無い

150 :会員:2001/06/19(火) 23:10
犯罪被害者の方々に慰めの言葉をかけてあげられるのは、
同じ苦しみを経験した人じゃないと、言えない、と思いますよ

151 :会員:2001/06/19(火) 23:33
148さんも、犯罪被害者の方々に対しては、
何も言えないでしょ?

152 :みず:2001/06/20(水) 00:40
もうすこし冷静に話をすすめましょう。>>150で言っていることはたしかにそう
かもしれないので、誰も慰めとかの言葉を言う資格はないかもしれません。
ですから、ここでは、多くの方々はそこから話し合いをはじめてはいないと思
います。ですが、再びおこるかもしれないおなじような事件を作り出さない為
あるいは、犯人と呼ばれるような人をつくらない為に、人と人とが話し合う事
は大切かもしれません。もし同じ苦しみを経験した人でなければ無力であるな
らば、もうこの議論に意味はないかもしれませんが、逆に多くの人は、この同
じ苦しみというものを味わうことは出来ないのです。


153 ::2001/06/20(水) 05:52
会員さんの被害者をいたわる気持ちはよくわかります。
たぶん優しい方なのでしょう。
しかし近親のものならばなにかできるかもしれませんが、
我々はこのスレでなにもできません。

我々がこのスレで議論できることは、如何にしてこのような
悲惨な事件を今後起こさないようにするか?ということだと
おもうのです。
被害者の親族にしても二度とこのような事件は起こって
ほしくないはずです
そこで論点が二つに分かれているのです。
会員さんには二つ目の論点をご理解いただき
なにか提案があればおねがいします。

154 ::2001/06/20(水) 06:01
ではなぜ事件が起こったか?ということを考えるとき
加害者の環境や内面を考えるのがまず行うべき事だと
おもうのです。我々社会人はこのような加害者を出さない
ように考えることが第一です。
罰を設定する事で小さな犯罪は抑止できるかもしれませんが
今回のような事件はそれでは防げないのです。
事の本質を語ることが重要だとおもわれます。

155 :ぱふ:2001/06/20(水) 13:22
>人ごとだとおもわず、日常生活で、”人のせいにする”
>という個々人の小さな芽を摘んでいってください。

いいこというね。
ついでに「霊のせいにする」「先祖のせいにする」「親のせいにする」
「因縁のせいにする」「あたらしく移った家の自縛霊のせい」ってのもやめたほうがいい。
起った事にたいして自分に納得できるような理由付けをしているにすぎない。
それが本当かどうかなんてことは別として。


156 :ぱふ:2001/06/20(水) 13:23
>つづき
加害者ってさ、怖いことにそいつの頭のなかでその行為はちゃんと辻褄があってんだよね。
自分らからみたら「それ、ぜんぜん辻褄あってないじゃん。どしてそういう
行動になるかなあ?」っていうことでも加害者には理由がある。
回路が壊れてるとしかいいようがないけど
それってさ、宗教やってる、やってないっていうので議論してるとこでも
でてるよね。
非信者「そんな見えもしない霊のしわざだってどうしていえるのさ」
信者「いや、教祖に近い霊力を持つ人がそういったからそうなの。わたしの今の
この現象は霊のせいなの。あなたは仏や神を信じないの?それはぜったい在るもの
なのに」
非信者「じゃ、どうして理由も無く殺される小学生がいるの?」

・・・・・・・っていうよくある議論。

157 :ぱふ:2001/06/20(水) 13:23
>つづき
非信者にとっては辻褄があわないことも信者には辻褄があってる。
どうしたらこういう宅間のような人間を生み出さないようにするか、、
ってのは事の大小にかかわらず、そいつの「思考のつじつま」を
どうこうするってことだ。それってマインドコントロールを解くのと似てる。
これは今の社会や人間が宅間のような人間の思考をつくりだした、とするなら
こいつの思考の辻褄を修正する、ってことになる。
宗教だって「道徳」やなんかを基本におくのはそれをメインに思考の辻褄を
つくることだからね。

158 :ぱふ:2001/06/20(水) 13:25
>つづきただ、生物的に完全に回路が壊れた「キチガイ」ってのもほんとに
何百万人に1人の割合でいるそうだ。
そういうやつは何度でも犯罪を犯すと聞いた。
でもそれが「精神的に虚弱で責任能力がない」と法律に保護されてしまったら?
宗教団体はそいつを隔離できるのか?
被害者は被害者だ。これは現実。
だけど加害者も被害者だと綺麗なことをいうのはどうかとおもう。
加害者は今、現実的に、あの事件が起こったときから加害者だよ。
それを忘れて「加害者も被害者」だなんて簡単にいうものじゃない。
目に見えないものばかり追いすぎ。
まず目に見えるものを踏まえてからだろ、社会のせいだと言うのは。



159 :名無しさん:2001/06/20(水) 14:15
>>155の意見には賛成。

>>156以下の意見には異論有り。人間ってのはそこまで自分自身に
嘘がつけるものじゃない、と私は思っている。

本人の中でも辻褄あってないんじゃないのかね。だから証言に一貫
性がない。そのことを指摘されると、なんとかごまかそうと別の言
い訳を考える。言い訳を考えるってことは、自分の言っていること
に一貫性が無く、辻褄があっていないと自覚している証拠だ。もし、
辻褄があっていると本気で考えているのなら、矛盾を指摘されてもそ
れが矛盾であるとは気がつかないはずだ。

160 :名無しさん:2001/06/20(水) 14:23
なんで誰かを慰めるのに資格が必要なんだよ。


161 :名無しさん:2001/06/20(水) 15:14
なんで誰かを慰めるのに国家資格が必要なんだよ。
犯罪被害者資格でも作れ!!

162 :名無しさん:2001/06/20(水) 15:21
自分の愛する者を殺された人同士でしか、慰める事が出来ないのならば、
そういう人を慰めたい俺の気持ちはどうなるの?
慰めてもいいだろ?

あ、でも、そういう人達の気持ちを本当に理解出来ないから、
いくら慰めても、無視されるか、心から受けとめてもらえるかは
わかんないよね、超愚問〜

163 :名無し@いってらっしゃい:2001/06/20(水) 17:02
>ぱふさん
ところで、渡海 難って知ってたら…彼をどう思う?

164 :みず:2001/06/20(水) 23:43
.>>128
人間をそういう方向から見るのは新しいかもしれませんが少々乱暴かもしれま
せん。なぜなら、人殺しを犯罪としたら、戦争やナチスなどの殺戮などに関わ
った人はすべて遺伝子がおかしかったのか?という問いがうまれます。どう考
えても、そうは思えないのです。国家的或いは集団的な狂気というのはどの様
に説明されるのでしょう。戦争のなかでは多くの人は、正しい行為をしている
と思っていたかもしれません。狂気のなかで私が狂気のなかに在ると認識する
のは容易なことではないとおもいます。わたしたちもまた、静かな狂気の中に
いるかもしれないと思います。ですから、今所有していると思っている立場や
位置というものから疑ってみるというのは必要かとおもいます。もしこのよう
な遺伝子レベルの話を、人間自身が受け入れるなら、途方もない結果や誤解、
新しい階級社会にもなるかもしれません。それもやはり人間自身が選択する事
だと思いますが。あのハンセン病にたいしてのような誤解や理解できないもの
の排除というものを考えてみなくてはならないかもしれません。一人一人が、
考えること、ありのままを見ることを放棄しない事はたいせつだとおもいます。
考える事を放棄して、力や権威、専門家に依存する事は、自分自身をおいこむ
ことになるかもしれないと思います。

165 :みず:2001/06/21(木) 00:22
>>160
資格という表現は適切ではなかったとおもいます。何とも表現しずらいことだ
と思いました。しかし読んでいただけばわかるとおもいますが、資格はないか
もしれません、と書きました。正直なところよくわからないのです。
もし>>150の方が言われていることが正しいのならば、自分には慰めるという
事はできないし、また150の方自身もできないと言いたかったのです。
今の僕は、意味は少し違うと思いますが、同じ方が149で書いている事に近
いように思います。
>慰めてもいいだろ?
これはだれに求めているのですか?僕にはわかりませんが、あなた自身がその
必要を感じているならば、慰めの言葉をかけてもいいのではないですか。
しかし、よくご自分で考える事をした方がよろしいと、
心からおもいます。他の人に自分の事を委ねるべきではないと思います。

166 :名無しさん:2001/06/23(土) 14:40
いじめっこよりいじめられっ子が悪いて言っているようなもんだ

167 :みず:2001/06/29(金) 02:12
いじめっこは一貫していじめっこなのでしょうか?いじめられっこは、いじめ
っこには決してならないのでしょうか?
そもそもいじめっ子やいじめられっ子という立場のようなものが、なぜ、また
はどのようにしてできあがるのでしょう。また>>124で言われている甘えとは
何でしょうか?すこし考えてみました。
人はもともと甘えというものを所有して生まれてはこないと思います。その、
甘えというのは現行の競争的な社会が持っている、気がついたときには刷り込
まれている、努力しなければならないという、強迫観念、罪悪感という観念か
ら派生した二次的な、影のさらに影のような観念ではないでしょうか?
いじめる人、いじめられる人という立場が出来るにはどんな背景が必要でしょ
うか?甘えが生じるにはどんな背景が必要でしょうか?それはやはり競争や比
較が必然的に生み出す階級的な立場ではないでしょうか。上または下のような。
では、いったい誰がこのような苦しい社会を作っているのでしょうか?
それは人間=私たちに他ならないとおもいます。このような競争のなかでは
憎しみや怨恨、怒りが絶え間なく繰り返されるとおもいます。憎しみは憎しみ
をうみ、恨みは新たに恨みを生み出して堂々巡りを繰り返してしまうと思いま
す。ある人のありのままをだれも受け入れなかったかもしれません。
だれも彼を愛そうと、理解しようとしなかったかもしれません。
甘えるな、もっと努力しろと鞭をうつか、あなたは駄目な人だと諦められるか。
人がありのままを見るのを、阻むのは、権威の自動的な受け入れ、頑なさなど
あるとおもいます。盲信、狂信は宗教だけの専売特許ではなく、他の多くの面
に見られるとおもいます。自らが作り上げた憎しみのなかで自らを傷つけて行
くのか、憎しみの輪を断ち切って協力と幸せの中で生きるかは、人自身、私自
身が選ぶ事だとおもいます。

168 :みず:2001/06/29(金) 02:22
この事件でなくなった方のご両親の追悼文の一部を引用させていた
だきます。
>どうして君たちが犠牲になったのでしょう?お父さんやお母さん
 たちは君たちを助けてあげることが出来ませんでした。
>これからお父さんやお母さんは二度とこのような恐ろしい事が
 起きないように考えて行きます。
 どうか、みんなでほかのお友達を守ってあげてください。

169 :名無しさん@1周年:2001/06/29(金) 10:51
宗教者の方達はもし自分の大切な人が殺されたらその犯人を恨む?
>>157
同意
加害者は加害者

170 :名無しさん@1周年:2001/06/29(金) 10:52
あげ

171 :名無しさん@1周年:2001/06/29(金) 17:11
恨むかどうかが何の基準になると言うのだろう・・・

恨まれようが恨まれなかろうが罪は罪。加害者は加害者。

172 :名無しさん@1周年:2001/06/29(金) 21:00
宗教者は自分の家族が殺されたらどーしますか

173 :名無しさん@1周年:2001/07/01(日) 02:26
age

174 :名無しさん@1周年:2001/07/01(日) 14:22
宗教者は心が冷たい

175 :名無しさん@1周年:2001/07/01(日) 14:22
あげ

176 :名無しさん@1周年:2001/07/01(日) 14:59
新しい校舎作ろうとしていることについてどう思う?

要するに、亡くなった児童が化けて出たら怖いってことでしょ。
この間まで友達だったのにもう化け物扱いか?

177 :名無しさん@1周年:2001/07/01(日) 19:36
>>176

違うだろ。

事件現場見たら事件のことがフラッシュバックするからだろ。
想像を絶するトラウマだからな。

178 :名無しさん@1周年:2001/07/01(日) 19:37
>>172
あんたはどうするのがいいと思ってるんだ?

そもそもこの板にまともな宗教家はいないと思うが。

179 :みず:2001/07/01(日) 23:30
>>172
その問いをご自分にも向けてみて下さい。
そしてこの問いの前提からは、自分が殺す、または殺したらどうなのか?
ということも問うことができると思います。
もしも、ある人を、生まれながらの殺人者だったんだ、でかたずけてしまえば
殺された人も、殺されるべくして生まれてきたと言えることにもなりかねませ
ん。
善悪だけを(固定された立場)、早々に決めて、自分を納得させることは出来
ても、同じようなことを作り出さないようにすることにはならないとおもいま
す。問題に蓋をせずに、自分の中にも同じようなものが隠されてはいないか?
と考えることは、自己の欺瞞にも気づくことにつながるかもしれないと思いま
す。僕は容疑者の行為自体には、勿論同情のようなものは、持ちませんが。
この行為以前については、考えるべきことは多くあると思います。
もしもこの事に、真剣に向かい合うのならば、考えることを投げ出さない事は
重要だと思います。それが私たちが出来る事の一つであると思います。

180 :名無しさん@1周年:2001/07/02(月) 15:37
>>178
この板にはまともな宗教者はいない同意

181 :名無しさん@1周年:2001/07/02(月) 15:42
この板にはまともな者はいない同意

182 :名無しさん@1周年:2001/07/02(月) 19:24
>>179
人間は毎日牛や豚なんかを殺してたべてるよね。
これについてはどう思うの?

183 :名無しさん:2001/07/02(月) 20:19
「宅間守容疑者は学会員」の中傷ビラと部屋にあった旧ご本尊
http://www.nihonjournal.com/jituwa/jituwa_3.htm

184 :みず:2001/07/03(火) 21:01
>>182
僕自身は実際に肉や魚を食べています。
これに関してどう思うかは、この事件などに関連させて、少し書けると思いま
す。追々書けることは、書きたいと思います。
ところで182さんは、どうしているのか、またはどう思うのかを、差し支え
なければ、書いていただきたいと思うのですが。また、この問いの意図がある
ならば、それも教えていただきたいですが。

185 :みず:2001/07/14(土) 23:56
もうこれらの事柄に対して、多くの方々は関心がなくなったのでしょうか?
こういう事件を教訓にそれぞれの生活の中で、人間というもの、或いは自己
というものを理解して行ければ、良いとおもうのですが。
事件そのものが風化し埋没して行くのは、仕方のない事かもしれませんが、
人間存在そのものへの認識は、苦しみも悲しみも、喜びのなかでもつづいて
行くものだと思います。

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