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生長の家について語り合いましょう

1 :アクエリアン:2000/12/17(日) 05:08
私は生長の家の教えに多大の影響を受けました。
教祖である谷口雅春師の「生命の実相」は、いま現在の私の生きる原動力になっています。
私は、現在は、信徒ではありません。
最も影響を受けた教えというのは、万教帰一という教えでしょうか。
すべての宗教は、本来、同一の真理を説いているのであり、表面的に異なって見えるのは、
教祖の時代的制約によるのであり、その根源の教えは、みんな同じなのだ、という大らかな
教えです。この非常に宗教に対する柔軟な姿勢を教わったことは、その後、宗教を学ぶ際に、
大変有益だったことはいうまでもありません。
文明の対決が懸念される21世紀に、この生長の家の教えが果たす役割は大きいものが
あるのではないでしょうか。

信徒の方、元信徒の方、あるいは、谷口師の愛国の思想に影響を受けられた方、
様々な方の、生長の家や谷口師の印象、影響、現在の生長の家についての感想など、
いろいろと書き込んでいただけたらと願っています。

生長の家から、さらに他の宗教へと移られたかたの投稿も大歓迎です。
生長の家のどこに不満を感じられて、他の宗教に移られたのか、そういうご意見も
お聞きしたですね。それを読まれた生長の家の信徒の方の反論をお待ちしています。

私が、最近最も印象に残ったことと言えば、生長の家の布教活動をしながら、
オウムの信徒に出会われて、オウムの教義に感銘を受けられて、そのままオウムに
入信されたという方です(笑)。
生長の家からオウムというケースは、非常に稀なのではないかと思い、強く印象に残って
います。

711 ::2001/06/20(水) 15:00
それちがさんwrote:
>>ただ、ロボットのようにただ、「生命に實相」を読みなさいという信者
>>ばかりでは、確かに貴方のように反感を持つ方がでてくるのも仕方あり
>>ません。
まひもひさんのご質問は、よく読ませていただくとかなり重複していま
 すし、むもんさんが引用されているはてなさんの質問に言い尽くされて
 いるように思います。ただ、それちがさんのおっしゃるように生命の實
 相を読みなさいでは、せっかく1時間以上もかけて考えられアップされ
 たまひもひさんに失礼ですので、時間の許す限りお答えさせていただき
 たいと思いました。
 できれば、まひもひ語というかまひもひ団がどういう団体かお聞かせ願
 いますか?仏教系なのかキリスト教系なのかわかるだけでも、貴方の理
 解しやすいようにお答えするよう努力致したいと存じます。>まひもひ
 団の会員さん 今日は、ちゃんとダウンロードしてゆっくりまひもひさ
 んの質問を読ませていただきます。


712 :会員:2001/06/20(水) 15:04
「まひもひ団」の活動内容は・・・
昼寝したり、枝豆食べたり・・・あと、30メートルぐらいの
カエルの上で寝転がるイメージをする事ぐらいですかね・・・・

713 :ROM8号:2001/06/20(水) 22:05
僕は平成元年さんに答えてほしい。

714 :求道者:2001/06/21(木) 00:44
久しぶりに皆様の書き込みを拝見して
核心に触れた素晴らしい疑問と解答にただ感心しています。

 私はいつも思うのですが、清超先生は講習会のご指導は
すでにされていませんが、現在は練成会にてご指導されています。
その、内容は一時間のご講話、一時間の質疑応答、一時間の体験
発表という構成になっているようです。
圧巻は、質疑応答の時間で、どんな質問にも(会員であろうとなかろうと)
答えていただけることが驚きです。
これは、他の宗教団体ではなかなかあり得ない事だと思います。
質問の後に献金を要求されることも勿論ありません(笑)
関東近辺の皆様に・・・
京王線の飛田給の駅から3分のところに道場がありますが
7月8日の九時より、総裁先生の直接ご指導の時間があるそうです。
このスレッドで、様々な疑問・質問がある方もこの機会に
直接質問をされてみてはいかがでしょうか。勿論質問者が多いと
すべてにお答えする時間はありませんが、
批判を目的にするオバカな質問以外には、率直に答えてくださいます。
さあ、
飛田給に行って、本物の答えを探してみてください。

715 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

716 :生長の家解散しろ!:2001/06/21(木) 01:43
生長の家では障害を持って生まれてくるのは、
過去世で悪業を詰んだからだと教えている。
こういう所から障害者に対する差別が起こるんだね。
こんな差別を助長する生長の家って宗教なの?
こんなアホ集団とっとと解散しろ!

717 :生長の家解散しろ!:2001/06/21(木) 01:45
生長の家では障害を持って生まれてくるのは、
過去世で悪業を詰んだからだと教えている。
こういう所から障害者に対する差別が起こるんだね。
こんな差別を助長する生長の家って宗教なの?
こんなアホ集団とっとと解散しろ!

718 :生長の家解散しろ!:2001/06/21(木) 01:45
生長の家では障害を持って生まれてくるのは、
過去世で悪業を詰んだからだと教えている。
こういう所から障害者に対する差別が起こるんだね。
こんな差別を助長する生長の家って宗教なの?
こんなアホ集団とっとと解散しろ!

719 :生長の家解散しろ!:2001/06/21(木) 01:46
生長の家では障害を持って生まれてくるのは、
過去世で悪業を詰んだからだと教えている。
こういう所から障害者に対する差別が起こるんだね。
こんな差別を助長する生長の家って宗教なの?
こんなアホ集団とっとと解散しろ!

720 :生長の家解散しろ!:2001/06/21(木) 01:47
生長の家では障害を持って生まれてくるのは、
過去世で悪業を詰んだからだと教えている。
こういう所から障害者に対する差別が起こるんだね。
こんな差別を助長する生長の家って宗教なの?
こんなアホ集団とっとと解散しろ!

721 :アクエリアン:2001/06/21(木) 02:04
会員様、あなたの生長の家の教義に対する疑問、ご意見というのは、核心をついたものだと思いますし、
真理探求のために非常に貴重なものだと私は思っています。ありがとうございます。

>谷口氏は日本神道の真髄をわかりやすく説いたのは認めますが、
>西洋光明思想の影響を受けすぎて、「完全」とか「成功」とか
>そういった方向へ流れすぎてしまったと私は思います。

こういう批判はよく目にします。
最近出た「古神道入門 」(たちばな出版)で、吾郷清彦・松本道弘・深見東州の三氏が鼎談していますが、
その中でコスモメイトの深見青山氏が生長の家の教えの問題点を深見氏の視点から批判しています。
心で思うことは何でも実現するという錯覚に陥り易いというのですね、生長の家の光明思想は。これで失敗した
実業家を何人も見てきたとおしゃっています。現実はもっと複雑なんだから、あまりにも意識、心の力に頼り
過ぎると現実は失敗する、仏教の唯識の思想が強すぎる・・・というものです。傾聴に価するのではないかな
と思っています。とはいうものの私は信徒ではないので、本当の生長の家の教えが分かっていないのだ、と
いう現役の信徒さんからのご批判は当然返ってくるとは思います。

唯識と言うと、最近、「日本人のための宗教原論」(徳間書店)という非常に面白く、かつ、世界の主要宗教
の教えのエッセンスを教示してくれている価値ある本を出された小室直樹氏は、本書で、唯識とクリスチャン
サイエンスの教えの類似性について述べられていますが、生長の家はクリスチャンサイエンスからも多大の
影響を受けたことを考えると、上記の深見氏の批判は、なるほどと思えるところが私にはありますね。

722 :アクエリアン:2001/06/21(木) 02:33
生長の家解散しろ! さん、

>生長の家では障害を持って生まれてくるのは、
>過去世で悪業を詰んだからだと教えている。
>こういう所から障害者に対する差別が起こるんだね。

生長の家はこういうことは説いていないと私は思いますが。
むろん、業、カルマの法則というのは、仏教で説いていることであり、仏教の教えも包含している
生長の家の本の中に上記のような記述があるのかも知れませんが、それはカルマの法則だから
仕方がない一面があるのでは。とはいうものの、それは、障害者の方への差別意識から出たもの
ではないし、差別を助長しようという意図は毛頭ないと私は断言します。
むしろ、障害を持って生まれて来る人の魂は、高級霊だと生長の家では考えています。
生命の実相の霊界篇には、次のように書かれています。

「彼らはかなり高き階級の霊魂であるのだ。この世に出生せんとする瞬間、彼らは自分の
前途にいかなる運命が横たわっているかを察知する。が、彼らはこの苦痛多き運命を甘受する。
時としてはみずから進んでこの苦痛な運命を選んで受ける---それはいっそう高き進化になお
いっそうすみやかに到達せんと欲するからなのだ。」

723 :平成元年:2001/06/21(木) 07:34
報告スレすみません。

会員さん、返事が遅れて申し訳ありません。
必ずあなたの真剣な問いに対しお答えするようにします。しばらくおまち
ください。

風さん御配慮有り難うございます。

724 :会員:2001/06/21(木) 08:48
おお、アクエリアスさん、素晴らしいご意見ですね
しかも皆さん私の質問に対して非常に誠意を持ってお答えいただける
ようなので、私はそれだけでも嬉しいですよ

「完全」というと、今すぐにでも、自分の思うがままに、何事でも、
実現できる、という意味合いが持たれやすいと思うんです
でもね、そういう意味では私は「完全」じゃない、と思うんです
やっぱり、多分「完全円満」なんだろう神の子の本質を、この世の全て、個人だけじゃなくて
全世界に顕現させるためには、やっぱりね、この世的なある程度の時間の経過、というものを
経ないと無理なんじゃないかな、と思うわけですよ。そう思いたい考えというのも確かに私にはあります
しかし、どうして「本来完全円満神の子」が、この物質世界においては
「不完全善悪混交肉体人間」の様相を呈しているのか、このギャップはですね、
ただ単に「物質本来無し、肉体本来無し、罪無し、病無し」と言われても、現実に存在している
ように見えたり感じたりするのはこれもう凡夫である肉体人間にとってはどうしようも
ない事なんであって、肉体人間の立場を一向に考慮しない実相論も確かに真理かもしれないけれども、
それだけじゃ、現実人間の苦しみとの差異を埋める事が出来ないと私は思うのですよ

725 :会員:2001/06/21(木) 08:54
そこで、仏教では、まず自分の普段の想念を一切「空」にしてしまえ、
そうすれば本来の自分「真我・神我・実相」が現れる、という考え方がありますが、
生長の家の理論では、この世は「三界唯一心」の法則で成り立つ世界であるから、
「私は神の子である」と信じ、思い続ければ「神の子」があらわれる、
という風に説いていると思うんですよ。でも、それだと、「私は神の子じゃない」と否定する
想念も、そのまま三界の心の法則によって実現してしまうようになる危険性もあるのでは
ないでしょうか?

726 :会員:2001/06/21(木) 08:58
ですから、「私は神の子である」と思い続けると、どうしても神の子じゃない
自分に負けまいと強く思い込んでしまう様になりますし、そのように努力していて
いざ自分の生活で「神の子」を否定するような事柄や事件が起こると、
「こんなに思い続けていてもやっぱり駄目だ」と言う風に落胆したり、
「この悪い事柄や悪い想いは、一体、私のどのような想いの現れだろうか?」と自分自身を
責めさいなむようになってしまうと想いますよ。

727 :会員:2001/06/21(木) 09:03
そこで私が言いたいのは、いきなり「物質無し、不幸無し、病無し」
というのはあくまでも「本来完全円満神の子」の立場からのみ言える事
なのであって、現実不完全肉体人間の立場ではないのですから、その
全く違う2つの立場をいかようにつなげて、矛盾無いようにするか、
という事が大切なんじゃないですかね?
谷口氏は、そこの所がどうも説明し切れていないような気がしますよ、
今までの皆さんのご説明を拝見するとですね。

728 :会員:2001/06/21(木) 09:08
私の意見ですがね、心の法則なんてものは結局三界でしか通用しない
法則なんであって、実相界には通用しない法則なんじゃないかな、と
思いますよ。色んな宗教家の本を読むと、どうしても心の法則で「実相」を
あらわす事には無理があるんじゃないかな、と思わざるを得ないんですよ
しかも「本来完全円満神の子」と「現実不完全肉体人間」との矛盾を、誰にでも
わかるような説明が為されていないでしょう?
だって「本来完全円満」なものから「不完全」なものがどうして産まれるのですか?
それだけでもう矛盾しているんですよ
そこが生長の家の欠点だと思います

729 :会員:2001/06/21(木) 09:14
私もね、人間本来完全円満神の子、と説いた谷口氏は素晴らしいと
思うんですよ。
でもね、この現実を見せられたら、そんな理論が吹き飛んでしまうような
感じも受けてしまうんです
だからと言って、それでも「私は神の子だ、みんな神の子だ」と思い続けたって、
ちっとも自分の心の中でさえも神の子になんかなりゃしないですよ
これはね、真理(人間神の子)が正しくても、真理の現わし方(神想観・心の法則論)が
正しくないか、どちらも間違いか、だと思うんです。

しかし、私は一つのヒントを仏教に見ています。それは、自分の肉体想念を一度「空」に
しなさい、という教えです。

730 :むもん:2001/06/21(木) 09:20
>>生長の家の光明思想は。これで失敗した 実業家を何人も見てきたとおしゃっています。
>>現実はもっと複雑なんだから、あまりにも意識、心の力に頼り過ぎると現実は失敗する、

一般には金儲を目的として事業や商売を始めます。もうこの時点で生長の家から外れているのです。生長の家的に考えるならば、『私は今から人々のために働こう』という目的から事業や商売を始めなければ本物ではないのです。そして、事業を通じてお客様に喜んでもらい、従業員に十分な給料を払い、従業員が裕福に家族を養う。これが私(社長)の誇りである。このような考えの基に事業を行えば成功すると生長の家は言うのです。

今思い出しましたが、確か生命の実相のどこかに、旅館を経営しているのだが、どうもうまく行かないといって谷口雅春先生の所へ泣きついてきた人があったようです。先生はお客様を大切にしていますか。と聞かれた、すると経営者は「先生の言われたように、他の旅館お客様を大切にしています」と。そこで先生は「従業員を大切にしていますか」と聞かれた。「従業員の給料は出来るだけ削って、その分お客様へのサービスに回しております」と言った。

これでは経営がうまく行きませんね。人々を大切にすると言うことは、お客様、従業員、付近の人々すべてを大切にすることなのです。このように『生長の家の本心』から少しでも外れれば、失敗するのです。

731 :会員:2001/06/21(木) 09:21
それらの行法として「禅」と「念仏」があげられると思います。
私はそこで実験として、実相を自分の「肉体想念」でイメージし、
強く思い込む、信じる行法を捨てて、
「南無阿弥陀仏」の中に自分の肉体想念の全てを投げ入れる行法を
採用することにしました
「南無阿弥陀仏」といえども、私にとっては「宇宙大生命」が形を変えて
私達を救おうとされた変化身にすぎないと思いますので、その阿弥陀仏の
十八願を信じた上で、あとはひたすら心の中で「南無阿弥陀仏」と心の中で
唱え続けるのです。そうすると、いつのまにか雑念が少なくなってきます。
そのように、自分で実相を現わそうとするのではなくて、他力の神仏のお力で
実相を現わしていただいた方が無理が無いのではないか、と思います
もしくは徹底自力で「空観」を目指すのも有りかと思います。お勧めはしませんが

732 :会員:2001/06/21(木) 09:25
私が言いたいのは、私達の普段の「肉体想念」で「実相」を
イメージするのではなくて、「人間神の子」の真理は真理で知識として
横に置いといて、それを現わすためには、一度「肉体想念」を何らかの
方法で「空」にしないと駄目だと思いますよ。

733 :会員:2001/06/21(木) 09:48
むもんさん、それはちょと違うよ。
私はいささか社会経験がありますが、商売やっている人達が、みんなが
みんな「人々のために働こう」なんていう尊い考えを持ってやってるか、
といったら全然そんな事はありませんよ
「とにかくこれで身を立てるんだ」と一所懸命やってるうちに、発展したり、
駄目になったりしている、というのが真実で、「まず自分から」という考えの人が
ほとんどでしたよ
それに、お客様、従業員、付近の人々全てを大切にする、という精神を100%
発揮出来れば、ことさら「人間神の子」なんて言わなくても商売はうまく行くかも
しれませんね
現実世界で商売に成功している人達が、皆さん「生長の家」の信徒か?というと
そうじゃないでしょう

734 :会員:2001/06/21(木) 09:59
だから、今までの私の発言を整理すると、実相(人間神の子)を現実(肉体人間)の上に
現わす行法として、「私は神の子である〜神の子である〜すべては与えられているのである〜」
と思い続ける方法が、はたしてどれだけ効果的か?と言う事なんですよね
それよりももうそんな事つべこべ思わずに、ただただ、

「神様ありがとうございます、神様の御心のままになさしめたまえ」

という風に自分の心の中をそういう神様への祈りで満たす事の方が、
よほど内部神性開発に効果がありそうな気がいたしますよ
大体、自分が欲する物を「すでにあたえられた」と思い続けていれば
いずれ神様から与えられる、なんて、神様を一体何だと思ってるんだ?
と疑いたくもなりますよ。
大切なのは、自分が何を欲しいか、何を望むか、そういう思いはそれはそれでいいから、
それを思い込み信じ続ける事じゃなくて、それらも含めて、全部
「神様におまかせいたします」とそういう欲しがる思いも望みの思いも神様に投げ出して
しまう事なんじゃないかな、と思いますよ
大体全ての親である神様が私達に一番必要なものを知らないはずがないじゃありませんか
全てを神様におまかせして、自分はただ無心で一所懸命に仕事に従事する、
そういう姿勢が大切なんじゃないかな、と思いますけどね
必要なものは、必要な時に、神様が与えてくださる、と思います

735 :会員:2001/06/21(木) 10:10
「私は神の子である」という断定形な祈り方じゃなくて、
「神様、私の神の子の姿をあらわしてください、御心のままに為さしめ給え」という
祈願奏上形の祈り方の方が、無理無く、自分の想いで力む事無く、素直に
神様の中へ入りやすい気がいたしますがね、私の経験ですが
今、現在「私は神の子である」といくら思おうが言おうが、全然「神の子」になれるわけじゃ
ないし、心の中はどうせ雑念ばっかりなんだから、そういう現実離れした言い方なんて
やめて、「私は本来神の子であるけれども、将来この世界にその姿を完全に現わせるようになるのだ」
と思ったほうがどれだけ無理が無いかわかりませんよ
「神の子実相完全円満」をこの世に現わすには、時間的経過がどうしても必要なんです。
それは今までの人間の歴史を見れば明らかじゃないですか

だから私達は神様(実は実相そのままの私達)に対して、
「一日も早く私達の本来の姿を現わす事が出来ますように、よろしくお願いいたします」
と謙虚に祈る事が大切なんです
「私は神の子だ」と断定してしまうと、どうしてもそこで無駄な想念の力を使う事に
なってしまうだけだと思いますよ。だって本来神の子と、「私は今、神の子だ」では全然意味が
違うのですから

736 :会員:2001/06/21(木) 10:19
神様といえども、この世の物質法則に沿って実相世界そのままの世界を
この世にあらわそうとなされているのですから、「物質無し」なんて
言わないで、「変化進展していくんだ」と思ったほうが、私はいいと思います
自分の想念の力を使えば、実相だろうとお金だろうと成功だろうと何でも実現
出来ると思っていたらそれは大きな間違いです
そんな事を宗教だと勘違いしてはいけません
大切なのは、神様に全ての思いを全託してしまう事です
神様の愛と完全性を信じておまかせしてしまうことです
「神様のみこころのままになさしめたまえ」と
肉体が無し、と言いきれるのであれば、自分が不幸になろうと
何がどうなろうとも、「私は神様の御心のままに進みます」と言い切る事です
「これはどのような思いの現れだろうか」などという泣き言など言わないことです
この世だけの思いが現実に現れているわけではないのです
前世前々世からの想いの積み重ねが、今、現実になって現れているのです
その事を忘れて、今、現実に思う事だけを前提として、人を注意したり、責める事は
トンデモ無い事です

737 :会員:2001/06/21(木) 10:24
「あなたが今、そのようになっているのは、あなたに間違った想いがあるからだ」
そういう事を言う事で相手を責め裁くのであれば、宗教なんて一切やめたほうが
いい、そんな奴に人の苦しみがわかるわけがないのだから
自分ではどうする事も出来ない想いが湧いて来て苦しんだり、悩んだりして、
やっちゃだめだとわかっているのにやっちゃったりして苦悩しているのが
現実世界の人間なんです、そんな人達を心の法則論で責め裁いて、一体何になるか!!
と言いたいのですよ!!!

738 :会員:2001/06/21(木) 10:31
あなた方の現在の苦しみは、過去の長い間に積み重ねてきた想いや行為が、
今、現れて消えてゆくんですよ、ですから、これからあなた達の本当の姿が
より一層現れるんですよ、だから、後悔してもいい、恐れても泣いても、
そんな事も全て全て現れて消えてゆく姿なのですから、ひたすら
神様ありがとうございます、これからもっとよくなりますように、と祈りましょう、
私達で一緒いお祈りいたしましょうね、
という風に言われた方がどれだけ言われた方は救われ、心が安らぐかわからない
人間本来神の子という教えは、人間を責め裁き苦しめる教えではなく、
あくまでも人間を赦し、解放するための「愛と赦し」の教えである事を
忘れてはならないと思います

739 :会員:2001/06/21(木) 10:37
私達の実相は、神様に私達がひたすら
お任せしていれば、自然と無理無くこの世に現わしていただけると
私は信じています。
それが、神様の愛と完全性を信じる、という事であると想います。
自分の我で実相をあらわそうとするのではなく、
「神様お願いいたします。御心のままになさしめたまえ」という
全託の祈りの中に、自分の全想念を投げ入れてしまう事です

祈りましょう

「神様お願いします。御心のままになさしめたまえ」

これをいつもいつも心の中で唱えるようにするのです。どんな想いが
湧いて来ようと、どんな事が起きようとも、おかまいなしに心の中で
唱え続けるのです
そうすれば、何かがわかってきます

740 :会員:2001/06/21(木) 10:40
形の事はどうでもいいのです
仕事しながら、家事をしながら、自分が何かに集中している時以外は、
この祈りを心の中で唱え続けるようにするのです

朝起きてから夜寝るまで、心の中で常に常にこの祈りを唱え続けるのです
真剣にやれば、三週間足らずで何かがわかります
それはやってみないとわかりません
やればわかります
やる気がある人は是非今すぐにでも実行してください

741 :会員:2001/06/21(木) 11:15
個人差はあります。人によっては早い人、遅い人いるかもしれない、しかし、かまわず
心の中でひたすら
「神様お願いします、私達の実相があらわれますように」
「神様お願いします、御心のままになさしめ給え」
と真っ向勝負で祈り続けるのです
この祈りの効用は、自分で思い続ける様に見えて、「お願いします、なさしめ給え、〜ように」
という祈願奏上形の語尾になっていますので、自分の想いが神様に渡ってしまうのです
自分で思い込む事で、現実とのギャップを感じて落胆する危険性が少ないのです
「今は神の子を現わせていないが、本来は神の子として実相世界では自由自在なのだから、
いずれ現れるんだ、私は思い込む必要は無いんだ、神様にお任せしよう」という風に
思った上で、「神様お願いします、御心のままになさしめたまえ」と祈る方がよっぽど
内部神性開発の最善の方法であると思います。
大体不完全そのままの私達の肉体想念で、「私は神である神の子である」と思い続けたら、
私達の自分勝手な歪んだイメージによって、どんな「神の子」が私達の上に実現するかも
わかりません。それよりも、神様の大愛の祈りの中に全想念を投げ入れて、そこから新たに神様から
生命を頂きなおす、という事を一瞬一瞬続けていくほうが、よっぽどいいと
思います。
今まで狂信的な問題ある教祖が、みんな「私は神である」と発言していた事を忘れてはなりません
「私は神である」だけでは、この不完全そのままの肉体想念や、欲望や、不調和な感情すらも神から来たものと
勘違いしてしまい、「私は神だから私の思いや欲望はいいんだ、正しいんだ」となってしまう
危険性が大きすぎるのです。
我々の肉体想念、欲望、感情の全てを、湧いて来たら湧いて来たらでいいから、それをいったん我慢して、そのまま表に
出さないで、「神様お願いします、これらの想いが浄まりますように」と神様への祈りに転換して
しまう事が大切なんです

742 :会員:2001/06/21(木) 11:20
これは法然・親鸞の「南無阿弥陀仏」と一瞬一瞬心の中で唱え続けて
そこから新たに自分の思いや行動を行っていたのと原理的には同じです

自我欲望や、自己中心的になりがちな私達の肉体想念を、神(仏)への
全託の祈りの中で浄化していただきましょう。
実相顕現は、そういう生活の中から自然法爾になされる事と私は信じております。

「神様ありがとうございます、神様の御心のままになさしめたまえ」

このような感謝形の祈りでもいいと思います。あとは実行あるのみです。

743 :会員:2001/06/21(木) 11:23
ただし、あまりにも現実生活に不満がある人は、無理して感謝形の祈りを
するのではなくて、

「神様お願いします、私達の生活に神様の御心があらわれますように」
という祈願奏上形の祈りをすればいいと思います。
そうすれば、自然と祈願形の祈りが感謝形の祈りへと転換されるように
なるものです。

あとは、ただただ祈り続けるのみ

744 :名無しさん@1周年:2001/06/21(木) 11:24

生長の家を信仰されている菩薩の皆さんへ

沈黙していないで参加してください。
言論には言論で応えていくべきだと思います。
自らの信仰が正しいと思うならば、自信をもって
話せれるはずです。

745 :むもん:2001/06/21(木) 12:07
>>欲望や様々な感情などで満たされているのは一体なんなの?
>>それらは一体、どこから出てくるの?
>>それに、性欲は本来神の子完全円満な部分から出て来るものなの?
>>だとしたら、強姦魔とかはどうなの?
>>強姦魔の性欲と、私達の性欲のどこにどう違いがあるの?
>>それとも性欲は悪なの?

生長の家の「現象は唯心の所現」「悪は本来無い」というのは大乗的な真理であり、根本ではありますが、もし、性欲について知りたいのであれば、阿含経を理解しなければなりません。
阿含経は「実在しないものがなぜ有るように見えるか」という法則の教えなのです。
この質問には「なぜ人間が生まれるのか」「何をしに来たのか」という質問と同じです。
生長の家からは少し外れますが、人間がこの世に生まれる原因は「人間の基本的な一生」を観察することによって解ります。

人は生まれ生長すると「淫欲」が起きます。そんなわけで結婚するわけです。そして、子供が生まれ、子供のために一生懸命に働き、家を建て、財産を得ることが出来ます。そして、年老いて死んで行くのです。これだけ観ると「何をしに来たのかの解答になっていない」と言われるでしょうが、実は解答になっているのです。

人はこの世に「淫欲、妻への愛着、子への愛着、家への愛着、財産への愛着」という欲望の成就のために生まれたのです。特に生まれる直接の原因は「淫欲」です。過去の記憶(過去世)から淫欲の経験が意識の表面に現れ、そう言ったストーリーの幻覚を見るのです。これは夢とよく似ています。

それを発見されたお釈迦様は王位、家族、財産、王国を捨て、出家をされ、「一切の欲望」を捨てる修行をされたのです。なぜかというと、このような地上の幻覚を二度と見たくなかったからです。この修行をすると輪廻から逃れられ、いわゆる「実相の世界」に目覚めることが出来るからです。これが解脱、あるいは涅槃なのです。

お釈迦様は「輪廻の罪」といい、輪廻することは罪なのです。すなわちご指摘のように「性欲」は悪なのです。

746 :会員:2001/06/21(木) 12:42
むもんさん、お答え頂きありがとうございます
ただし、一概に性欲は「悪である」と言い切ってしまったのでは、この世の
全ての人達が存在する事が「悪」になってしまいます
神様が私達に性欲を与えて生存させたのには大きな意味があるはずです
私達はこの世で実相世界を建設していく、という使命があるのではありませんか?
そのためには生殖活動によって、人類が維持されていく事は、「悪」では有りません
ただ、行きすぎた欲望のために今まで多くの人々が苦しんできた事は確かです
それもこれも欲望を神様への全託の祈りの中で浄化する方法があまり説かれていなかったからです
だから欲望を全肯定してみたり、全否定してみたり、それに振り回される歴史が繰り返されてきたのです
大切なのは、性欲だろうが権勢欲だろうが、全て全ていったん「これは過去の想念の陰絵が消えてゆく姿である、と否定して」
性欲やその他諸々の欲望の想いや感情を神様への全託の祈りの中に投げ入れてしまう事が大切なのです。
「神様お願いします、これらの想いが神様の御心に叶うものへと浄化せしめたまえ」
という風に祈り続けていれば、余計な想いや感情は神様のお力で浄化されるはずです
残るべきものは残してくださり、消えるべきものは神様が消してくださるに違いないのです

なぜなら、私がそうだからです

どのような想いが湧いて来ても、それを自分の肉体想念で肯定せずに、
「神様、これらの想いを清めてください、お願いします」という祈りの中に
投げ入れ続ける事が大切なのです
「悪」ではなくて「実相が現れるまでの消えてゆく姿である」と思えばよいと思います

747 :会員:2001/06/21(木) 12:49
そのように神様へ、ただひたすらに
「神様お願いします、御心のままになさしめたまえ」
と全ての想念をお返ししてしまうことが大切なのです

全ての人生を「神様にお任せいたします」と投げ出してしまうのです
それが、神への全託というのです
自分の願望や欲望が湧いたら「神様におまかせします」湧いたら「神様にお任せいたします」
と何度も何度も投げ入れつづけるのです
そして、自分は人事を尽くすのです
それが、一番大事な事であると思います

748 :むもん:2001/06/21(木) 15:51
>>全ての人生を「神様にお任せいたします」と投げ出してしまうのです
>>それが、神への全託というのです

私はあなたの行っている『他力本願』は非常に良い修行法だと思っています。それどころか、あなたの言われる「神に全託」という方法で不治の病と言われる「肝硬変」が治った例を知っております。

>>ただし、一概に性欲は「悪である」と言い切ってしまったのでは、この世の
>>全ての人達が存在する事が「悪」になってしまいます

これは私の意見ではなく阿含経に説かれている『法則』なのです。
お釈迦様は輪廻の対象となっている六道(欲天・阿修羅・人間・餓鬼・畜生・地獄)を「六悪道」といい悪い世界だと言うのです。衆生はこの六道を転々と生まれ変わっているといいます。欲天(たぶん幽界)というのは天界で寿命が非常に長いのですが、それでも性欲があり、戦争もあると言うのです。

では、一体、本当の天界(天国)はどういうところだ。ということになりますが、それは色界(たぶん霊界)といわれ「梵天界(寿命は一劫)」以上の上層世界だというのです。「そこでは食べることもなく大小便もなく、身体の中の不浄な臓器もなく、天女はいるが、目配せする者は誰もいない」と説いてあります。

生長の家からは外れましたが、「万教帰一」ですからいいでしょう。

749 ::2001/06/21(木) 18:07
まひもひ団の会員さんへ
お答えが順不同になってしまいますが、お許しください。
ログがどんどん流れていきますので、逆走レスも追いつきそうにないのですぐ
に書けるところから、お答えなりコメントなりをさせていただきます。

貴方も何冊かは生長の家のご本を読まれたと文章のはしはしのお言葉から想像
する事ができます。また、ある程度ご自分ですでにお答えを持っていらっしゃ
いますし、ご自分で気付いていらっしゃらないかもしれませんが、ご自分で答
えていらっしゃる場面もある事に気付きました。
平成元年さんがすべてお答えされるようですが、あまり気張らずに答えられる
処だけご発表されますことを希望いたします。
というか、神、実相と現象を鍵としないと矛盾してしまいますし、非常に大事
な点を会員さんがご指摘くださっていると思います。
悟っても悟らなくても貴方は神の子ですし、
実相世界は造る(創る)ものではなく、既に成れる世界です。
神は不幸を創り給わないし、実相世界は秩序整然とした光明世界であって、
貴方がご自分でおっしゃっているように、見えるようにある世界はナイのです。
ただ、ナイと言ってもROMの方にはさっぱりわからないかもしれないので、
この点を谷口雅春大聖師の聖典をひもときながら、ご紹介さしあげたいと存じ
ます。勿論、貴方の疑問を解消されますように。

750 ::2001/06/21(木) 18:08
また、70年ほど前にまひもひ団の初期会員がいらっしゃったようで、
生命の実相にも登場されておられますので、貴方の先輩もご紹介差し上げたい
と存じます。
枝葉の部分かもしれませんが、もっともなようであっても生長の家では微妙に
違う個所もありますので、少しご指摘させていただきます。
貴方が間違っているというのではなく、生長の家ではこのように祈るという感
じに受け止めていただければ幸いです。尚、祈りにつきましては、祈りの科学
または神想観をご存知ようですから、詳説神想観を読まれることをお勧めいた
します。(信徒さん)
引用開始
信仰深き人々は「みこころならばこれを實現せしめたまへ」と祈ります。これ
は實に一見信仰深くして信念のない祈りであります。吾らは自分に与えられた
力、自分に与えられた希望を信ぜねばなりません。吾々は神の子であり、神は
父でありますから、神の希望は常にわが希望となって現はれるのであります。
自己を信じないのは神を信じないからであります。「神、われと偕にあり、わ
が欲する、神これを欲し給ふなり。」この信念を強く強くするとき、吾々は確
信に満ちた態度で如何なる難事にも突進して行くことが出来るのであります。
引用終了 

751 :名無しさん@1周年:2001/06/21(木) 20:02
風さん、ありがとうございます。

752 :会員:2001/06/22(金) 01:33
私も初めて生長の家の教えを知った時は、毎日のように「私は神の子だ、神そのものである」
と思い続けていました。しかし、全然続かなかった。いくら「私は神の子である」と思い続けていても、
性欲はあるし、他人に対するうらやみの思いもあるし、むかつく事をされたら腹わ立つわで全然神の子どころでは
なかったのです。神の子神の子と思い込めば思い込むほど、それを否定する想念もそれと同じ位かそれ以上に湧いて来て
しまうのでありました。
ですから、私はその方法をさらりと捨てたのです。ある宗教家の本を読んだ事もその大きな原因になりましたが、
それからは自分の実相が現れるか現れないか、そういうぐたぐた想う心を、すべてすべて「神様お任せします」の
祈りの中に入れてしまう事にしたのです。
そうすると、不思議な事に自分の中の様々な想念にとらわれなくなりました。
そうなると、自然と「ああ、私は真実神の子だったのだ、神様ありがとうございます」
と想う事が自発的に出来る様になるでしょうし、自然と「人間神の子」の信念も持つ事が出来る様に
なるでありましょう。そのように確信する次第です。

753 :会員:2001/06/22(金) 02:31
要するに最初から断定形の祈り方である「私は神の子である」では現在との差異に
無理が出てしまうので、そうではなくて、最初は祈願奏上形である
「私達の神の子の姿があらわれますように、神様お願い致します」
というように祈る方が無理無く安心立命の境地へと進む事が出来るのではないかな?
と思うのです。その境地が進めば、自然と「私は神の子なんだ」という確信と信念が
自発的に湧いて来ると思われます。祈願奏上形の祈りが断定形の祈りへと転換される
のであると思うのです。私の体験からも、言えると思います。

754 ::2001/06/22(金) 03:31
言い尽くされていることですが、人それぞれで、色々な経験を経て悟る者もい
れば、そうでない者もおられると思います。会員さんの場合は、一例ではあり
ますけれど、神の子の信念を持つことができたのなら、それはそれで大変結構
なことと思います。体験から言えることは強みですね。個人的な意見ですが、
私の場合、幸い、生まれた時から生長の家でいわゆる2世でして、小さい時か
ら「貴方は神の子さんですよ」と育てられてきましたので、何の抵抗もなく、
意味もわからずまま、なんとなくの自覚でしたが、貴方のような体験を経ての
自覚をうらやましく思っていました。その方が悟りが深いのではと。。。
神の子の自覚を得るには、神想観しかないのでは?というメールもいただいて
おりますが、私はそうは思っていません。何故なら、神想観でしか神の子の自
覚、信念を得られないのであれば、生長の家信徒以外は神の子でなくなってし
まうからです。これもまたよく、言われることですが、生長の家の信徒だけが
生長の家の信徒でなく、無限生長の道を歩んでいる方が生長の家家族であると
いうことですね。
話が飛びますが、会員さんの問いに対し、平成元年さんが一言「そうだよ。」
とおっしゃっている場面がございました。売り言葉に買い言葉にも聞こえまし
たが、実はその勇気はすごいと感嘆しておりました。生長の家で説く、神の子
の自覚とは、「一切者の自覚」であるとはわかっていても、なかなか素直に言
葉でいい表すことは至難のわざです。

755 ::2001/06/22(金) 03:37
第4条 生長の家の各員は「人間神の子」の自覚とは、そもそもど
の様な自覚を根本とするかを明らかにしなければならない。
 神の無限当体と云い、神の最高実現であるという云う自覚は、
「一切はすべて自分の責任であり、自分以外の他のなにものの責任
ではないのだ」と云う覚悟に徹しその覚悟を徹頭徹尾生き切る事で
ある。諸悪不幸のすべては責任を他に転嫁するところから始まる。
(以下、略)

756 ::2001/06/22(金) 03:45
厳しい一面として、谷口雅春先生は、各員とは、、、
「各員」と書かれてあるのは、幹部も新しい人も、総(す)べての
メンバーという意味であります。だから信徒というようなハッキリ
した信者じゃなくても、誌友と云う人たちも今日初めて新たに道場
に座って光明思想を聞く人も皆、「各員」であります。 とその前
の方の条項の説明に書かれておりまして、これには非常に私もびつ
くりしたのです。この通りですと、この掲示板をご覧になれれてお
られる方も含めてというようにも解釈できるからです。
そんな自覚いらんと言って、生長の家を去ってしまう方もおられる
かもしれませんが、それでもやっぱり私はこれは書かずにいられま
せんでした。愛を他人に施すこと愛他(にんべんいらず)行は簡単
なようで難しいとも感じていた私です。

757 ::2001/06/22(金) 06:52
風さんの書き込み、楽しみにしています。

758 :会員:2001/06/22(金) 08:21
風さん、お答えいただいた事誠にありがとうございます。

本心開発の方法は、何も「神想観」だけが唯一行ではなく、
実に本人の機根に応じて、それに合う様々な行法があると思います。
何はともあれ、私の乱暴な発言をお許し下さい。

私達は「本来完全円満神の子」である、と私も信じております。
ただ、それを言い続け、思い続ける事では、私は「人間神の子」の
自覚を得る事は出来ませんでした。

759 :会員:2001/06/22(金) 10:12
人間『本来』神の子、は真理であるとは思いますが、真理を言い続け、
信念を強める事で人間『現在』神の子の姿をこの肉体にあらわせるか
どうか?となると疑問です。
人間『本来』神の子をこの世に現わすには、それを信じた上で、あとは
それは横に置いといて、ひたすら神への全託の祈りの中に、全想念を
投げ入れる方法が、真理を現わすための近い方法であると思われます。
なぜならば、私はこれで急速に感情や諸々の想念にとらわれなくなったからです。
「神様ありがとうございます。神さまにおまかせいたします。」
この祈りは、祈り続ける事で、必ずや「人間神の子」の自発的確信を
自然と抱かせてくれる祈り方であると私の経験からも言えます。

いつか「神想観」に疲れた時は、私の祈り方を御試しください。
失礼致しました。

760 :むもん:2001/06/22(金) 11:14
「人間神の子」とは。

今私たち人間は唯一実在の『実相の世界』に住んでいるのです。そこは神の国であり、そこに住む
人々を『神の子』と言うのです。そこでは永遠に生き続け、生老病死は無く、事故・病気・災害な
ど一切の苦はありません。しかし、私たち人間はこの大安楽の所に住んでいながら「人間界」とい
う「夢」を見ているのです。この地上世界は夢であるから、実相の世界では存在しない生老病死が
あります。これが「現象は唯心の所現」「この世は心の影」「物質は無い」と言われている理由です。
これが真実であり、原則です。

そこで、「本来神の子だったのか」と実在を思い出すことによって『人間界の夢』を造っている心
が善に変化し当然「人間界の夢」は「善」に変化するのです。生長の家では「病気は無い」と言い
ますのは実相の世界には病気は無いからです。イエスキリストでも例外ではありません。「神の子」
を確信しているイエスキリストが病気を一瞬にして治したのも、実相の世界では病気は存在しない
からです。このように実相の世界の映しであるこの地上世界で、実相の世界を確信することによって、
「人間界の夢」はどうにでも変化するのです。

そんなわけで『自分を神の子と観、人々を神の子と観る』これが生長の家の真髄ですが、会員さんの
「神に全託」というのも方法は違うが「人間神の子」を実現しているのと同じ事なのです。なぜなら、
自分の意志を神に全託すればおのずと「神の子」の想念になるからです。もし、悪を行うのであれば
「神の子」を実現していないのであり、「全託」を実現していないということになります。

761 :会員:2001/06/22(金) 11:34
そこなんですよ、むもんさん。
自分の中にある全ての想念を全託の祈りの中に投げ入れ続けないと、
少しでも自分の欲望や不調和な感情を「これぐらい人間だからしかたが無い」
なんて肯定したら一気に妄念の泥沼に引きずり込まれます。
神様に全託すると言う事は、全ての肉体想念を全部、生命丸ごと神様にお返ししてしまう
ぐらいの決意が必要なのです。自分の幸福や不幸や、そういう事も全て全て神様の中に
「お任せ致します!!」と投げ入れ続ける努力は最低限必要です。
そうしなければ、「全託したんだから、あとは何やったっていいんだ。」などと自己の妄念へ妥協してしまい
かねません。それでは外道そのものです。
全ての肉体想念は「消えてゆく姿」であると見て、あとはただひたすらに
「神様ありがとうございます、神様お願い致します、神様に私の全てをお任せ致します」と
一瞬たりとも絶える事無く祈り続けるのです。
なぜならば、神様といえども私達の内部神性の本体であり、大根元であるからです。
私達は私達の本体に向かって祈り続けているだけなのです!!
全ての肉体想念が真実に無我真空の境地へとなった時、初めて私達の実相の大光明が私達の肉体の上へ
輝きを放つのであります!!それこそ真の色即是空(肉体想念を空にして)空即是色(空の境地から神我・実相が現れる)
の理論の体現であります。
三界唯一心也の理論を遥かに越えた境地こそが、色即是空・空即是色の境地なのであると言う事を、
ご理解頂けますよう願ってやみません。

762 :会員:2001/06/22(金) 11:39
肉体想念で実相を思う事は、かなり上根(悟りがある程度開けている素質が優れた人・菩薩)
でなければ難しき事この上ないのです。
私のような下根(素質下劣な者)は、神への全託の祈りの中に、肉体想念を常に常に投げ入れ続ける事、
こそが、実相顕現への近道かと思います。
私は肉体人間の姿としては不完全そのものでありますが、これからもそれらを全て神への全託の祈りの中に
投げ入れ続けるつもりです。

763 :会員:2001/06/22(金) 11:43
自分が下根であると思う方々は、「人間は本来神の子なり」の真理を
知ったあとで、あとは神への全託の祈りの中に、自分の全想念を投げ入れ続ける
事が、実相顕現への無理無く、行いやすく、自分を偽る事無く、進む事が出来る
最善の方法であると私は確信致します!

764 :会員:2001/06/22(金) 11:46
これをやり続けていれば、すぐに神の子の行動や想念を実行出来なくても、
そういう自分をも全て過去の誤った想念行為の集積が消えてゆく姿なのでありますから、
これからより一層自分の実相の光が現れるのだ、と信じて、祈り続けて行けば、
必ずやいつかは「人間神の子」の実観を得る事が出来る様になると私は信じております。

765 :三上クニ:2001/06/22(金) 12:01
生長の家が発展していくためにもこの教えに興味の有る方の意見交換は素晴らしいことです。
今は廃刊になりましたが生長の家の月刊誌に「精神科学」という本がありました。これは
フロイトなどから発達した心理学的な面から心の力を解明しようとした試みでした。こんな所からも
谷口雅春師の造詣の深さが伺われます。私も精神分析を受けてみましたがその結果、思っていたことが実現しました。

766 :プチ会員:2001/06/22(金) 15:16
>>761
あんまり、自分を責めるのもどうかと思います。人間である以上邪心も生まれますし、憎悪も生まれます。それを無理に押さえようとすると、ストレスの原因になります。よって神の子と人間のアイの子、つまり中道をいくべきでしょう。

767 :鼻チョーク:2001/06/22(金) 15:28
生長の家って政治活動やめたんでしょ、創価とは大違い。エライネ

768 :会員:2001/06/22(金) 16:03
>>766
ところがね、そう思いつつ、「神様ありがとうございます」と心の中で唱え続けていると、
自然とね、自分の中のあらゆる感情や欲望に振り回されなくなるんです。
これは私の経験からはっきり言えます。
自分を責めるのではなくて、何か湧いてきた時には、「ああ、これは消えてゆく姿だ、神様浄めて下さい、お願いします」
という風に軽く祈りの中に投げ入れてしまえばいいのです。
それが、人間としての感情を理解しつつも、感情にとらわれない境地に近いのではないか、と思います。
「いや、こんな感情はもともと無いんだ!無だ!幻だ!夢のような物なんだ!私は神の子である、神神神・・・」
とやるほうが、無理が多いし、疲れ果ててしまいやすいし、「どうして自分は神の子なのに、こんな悪い感情ばかり湧いて来ちゃうんだろう?自分は駄目だ・・・」
という風になりやすいんです。私はそういう思いを何度も何度も経験したんです。
「私は神の子である」と思わせる行法というものは、よほど自分の肉体に実相の光が強く出ている上根の人か、産まれながらに
「私は神の子なんだ」と思いやすい環境に産まれ育ち、潜在意識に強く強く「人間神の子」が刻まれた幸運な人しか難しいんです。
だから、そのような行法で悟れない人のために、私は私の体験を語っているわけです。
あらゆる感情を持ちながらも、それにとらわれる事無く、神への全託の祈りの中に投げ込む、
または神への全感謝の祈りの中に投げ込む事を、是非、御試しにやって頂きたいと思います。
本人の素質次第では、私より早く、しかも何かを掴む可能性もあります。

769 ::2001/06/22(金) 16:32
>>761 NYのクニさん?
 

770 :名無しさん@1周年:2001/06/22(金) 16:36
発言練習

771 :会員:2001/06/22(金) 16:44
もっと言うとですね、今私達が「これが人間の感情だ」と思っている憎悪や邪心なんてものは、神様が創造されたものではないんです。
私達が肉体を持ってこの世に降り立って生活し始めた時から、今までの生まれ変わりの中で、「人間なんて神の子なんかじゃない」という内部神性否定の想いや、そこから産まれた様々な行動が積み重なり、私達の幽体に記録されたものが、神様の光に照らし出されて表に出てきて消えてゆく時に起こる姿なんです。
だから、私達が自分の想いを神様の中に入れて置けば、それらはスーッと消えてゆくのです。その神様の中に入るための良い方法が、

「神様お願い致します。神の子の姿を一日も早く現わせしめ給え」
「神様に私の全てをお任せいたします」
「神様ありがとうございます」

という神様への全託、全感謝の祈りをする事なんです。神様は愛であって、絶対なる善なのであるし、私達の大御親なのであるから、
私達を悪くするはずがないんです。「いや、それは違うかも・・・」という神様を疑う想いは全て過去の想いの消えてゆく姿なのですから、
そういう想いを丸ごと祈りの中に入れてしまうか、私の話なんて無視して、ご自身のお考えのままに精一杯お進みになれば良いのです。
私は神様の大愛と、最大善なる事を信じる立場ですので、それを信じないとなかなか神様への全託は出来がたいものであります。
それがどうしても出来ない人は、それでまた違う道も必ずありますので、無理して神様へ全託しようとせずに、お進みになられれば良いのです。
私も、神様が真実愛であって、最高善の存在ならば、どうして私の心の中は矛盾極まりない姿なのだろうか?
神様は善ではないのか?と苦悩した事も数え切れません。しかし、そのような事は所詮神様の愛善を疑う「消えてゆく姿」と見なして、ひたすら神様への祈りに終始する事に
決めたのであります。
私はあなたのお考えももっともだ、と思いますので、あなたが心底そのようにお感じになるのであれば、そのままお進みになられれば良いと思います。
もしも、私の言う事に少しでも感じられる所があったならば、一日少しずつでも結構ですから、
神様への全託の祈りをされる事をお勧め致します。

772 ::2001/06/22(金) 16:46
>>714
 求道者さま
 インフォメーションありがとうございます。
 宇治の板にいらっしゃる大先輩に頼れば、一喝でおわってしまう話題かも
 しれませんが、信徒、非信徒、元信徒の集いの場所としてはここは最適で
 はないかと思いはじめています。嵐にもめげず、道を求めるものたちに
 共通する思いの部分で語り合えればと思っております。
 貴殿のインフォありがたく、再掲させていただきます。
 私のようなつたない文章で、大事な情報が埋もれてしまいますので
 引用開始
 関東近辺の皆様に・・・
 京王線の飛田給の駅から3分のところに道場がありますが
 7月8日の九時より、総裁先生の直接ご指導の時間があるそうです。
 このスレッドで、様々な疑問・質問がある方もこの機会に
 直接質問をされてみてはいかがでしょうか。勿論質問者が多いと
 すべてにお答えする時間はありませんが、
 批判を目的にするオバカな質問以外には、率直に答えてくださいます。
 さあ、
 飛田給に行って、本物の答えを探してみてください。
 引用終了
 連絡先不明の為、無断引用になってしまった失礼をお許しください。

773 :会員:2001/06/22(金) 16:47
>>769
スイマセン、ちがいます。
私は「まひもひ団」の会員デス!!

774 :名無し:2001/06/22(金) 17:13
生長の家の講師や信徒の方で「生命の実相」に書かれている教えを
見事に、完璧に体現している方っていますか?
神や真理を求めて訪れる人をちゃんと導ける人、いたら教えて欲しい。

775 :会員:2001/06/22(金) 17:31
>プチ会員さんへ
私の、>>768,>>771,の意見を読んでいただければわかると思いますが、私は神様が絶対なる愛であり、絶対なる善であって、その神の子である私達も、実相世界では最高善の存在であるという事を信じる立場なのであります。
決して神様は「悪魔」や「邪神」などという存在を創造してはいない、というのが私の立場なのであります。では、どうして現実世界に善悪対立する様相が現れているのか?自分の心の中でさえも、善と悪が責めぎ合っているこの現実を、
どのように理解すればいいのであろうか?という事になってきます。
そこで私は最初から「物質無し、肉体無し、罪無し」という「神の子」の立場を肉体人間に押し付けるのではなくて、かといって肉体人間の感情や欲望を全肯定するのではなく、過去の数え切れない生まれ変わりの中で積み重ねてきた想念行為の集積が、今、神様の光に
照らされて消えてゆく時に起こる姿なのであるから、「ああ、これで消えてゆくんだ、これで私の実相の光がより強く発現されるのだ、神様ありがとうございます。」という風にして、煩悩が現れる事をそのまま実相の光が強く現れる事として好意的にとらえ、明るい方向へ思いを向けさせる事を主目的として
いるのです。そしてそのまま神様への全託・全感謝の祈りを祈る事で、更に神様の大光明を多くいただく事が出来るのではないか、と思うのであります。

776 :会員:2001/06/22(金) 17:37
だから、いきなり私達は「神の子」の姿を現わす事はよほどの聖者か神人でないかぎり不可能なのであると思います。
そうではなくて、これから神様への全託・全感謝の祈りを祈り続けてゆく事で、自然と、実相の不可思議力によって、自然と「神の子」の想念行為を
この肉体行為の上に表現させていただけるようになると私は信じております。

不完全極まりない肉体想念で、完全円満なる「実相」を顕現させる事は、よほど素質が恵まれていないと難しいと思います。
私は「神想観」では「神の子」を現わすどころか、自分の感情すら制御出来ませんでした。

777 :プッチモニ:2001/06/22(金) 18:17
心と宗教の板に「谷口雅春」を徹底検証する!っていうスレが立ってます。

778 :名無しさん@1周年:2001/06/22(金) 18:53
素朴な疑問です。

万教帰一を説きながら何故、住吉大神を祀っておられるのでしょうか?

779 :むもん:2001/06/22(金) 19:33

【人間は実相の世界に住む神の子である。しかし、人間は妄想に囚われ人間界の幻覚を見ている。
だから自分は「神の子」であり、自分を取り巻くすべての人々は神の子である。これを自覚しなさい。】

もしこれだけがやればいいのであれば、数行で済んでしまいます。
では当時私がワクワクしながら読んだ谷口雅春先生の150冊ほどの著書には何が書いてあったのだろう
と言うことになります。すなわち、人間は神の子であるという証明をあらゆる角度から説明されている
のであります。この前置きが重要なのです。

たしか先生の著書に黒住教の教祖、黒住宗忠の詩が載っていました「立ち向かう人の心は鏡なり、おの
が姿を移してや見ん」と言うものです。これはまさに「これは自分に対する外からの仕打ちは、自分の
過去の業である」と言っているのです。これを「真理」として受け止めるなら、暗闇でいきなりゴツン
とやられても「これは私は過去に誰かをゴツンとやったな」と考え、やった人に対して少しの怒りも起
きません。これは極端な話ですが、この真理を本当に確信すれば、一切の怒りは消滅するはづです。

また、甘露の法雨のはじめの「七つの灯台の点灯者の神示」にあるように「汝ら天地一切のものと和解
せよ」を実行しなければならないのです。すなわち自分を取り巻く一切の人々は「自分の業をかぶった
神である」ことを自覚しなければいけないのです。

神想観を行う前に、このような世界観を確信し実行しなければなりません。心に怒りや不満を持って
「神想観」を行うことは出来ません。会員さんは「菩薩でもなければ」というのは、このことを言って
おられるのではないでしょうか。その通り、これらの真理を理解して菩薩のようになっておかなければ
ならないでしょう。

780 :会員:2001/06/22(金) 19:51
むもんさん、あなたが言う事が出来る人はそれでいいでしょう。
しかし、私は出来なかった。「私は神の子である」と思い、他人を
「神の子」と思って拝もうとしても、私にはとうてい無理です。
むかつく事をされたら、それが不条理なものであればあるほど、
腹も立つし、怒りもわくわけです。とても相手を神の子なんて拝む事は
出来ませんでした。しかし、実相としては相手も私も神の子である事は真理であると
思います。その真理を根底に置いた上で、相手と私の間にあった過去の想念の集積が消えてゆく姿なのだ、と
思えば、その時腹が立ったとしても、すぐに「神様!お願いします!この想いを浄化してください!!」と瞬時に
祈る事が出来るようになります。怒りや様々な感情を、祈りにすぐ転換出来るようになるのです。

781 :KONY:2001/06/22(金) 19:54
全ては、私のインターネットTV出演模様を見て
いただければわかるように、皆さんが本当の
ことに目覚めて愛を出し合わねばなりません。

782 :プチ会員:2001/06/23(土) 05:01
>>775会員さん
私はあなたの意見に90%同意です。ただ私の場合自分自信の心の叫びを無視する事が出来ず
どうしても我が現れて来ます。
したがって自分の思いと神の思いを同時進行する事で、ある意味自分の罪を
浄化、中和しております。
これでも曇りは消えていると信じております。

783 :むもん:2001/06/23(土) 07:58

・・始めに憶えておかなければならない「空の真理」・・
始めに憶えなければならないのは「空」の真理です。
この世界は自分自身の幻影で出来ているので「夢」で例えることが出来ます。まさに「夢」は幻影その
ものだからです。

例えばある人があまりにも不条理なことを言う同僚と大喧嘩した夢を見たとします。朝起きて会社へ行
き夢に出てきた同僚と喧嘩する人はいません。目覚めた瞬間には同僚からの不条理な仕打ちはまったく
自分の責任であることが解るからです。むしろこんな夢を見たことを同僚に謝らなければいけないほど
です。このように夢の中では怒りはおさまらないが、目を覚ました瞬間に腹を立てたことが馬鹿馬鹿し
かったとさえ思うのです。

この世でもまったく同様に、自分に身に起きるすべての現象を自分自身の責任であると自覚し「自分の
心から出た映像」であることを理解しなければならないのです。このような方法で自分の心の中から
「悪」を徹底的に追い出さなければなりません。どのような修行法もこれを飛び越しては出来ないはづ
です。この「空」の修行は最も最初に行わなければならない修行なのです。

仏教にもこれと同様のことが説かれています。ある人が仏の説法を聞いて、私も是非弟子にして下さい
と何度もお願いしたのですが、仏はあなたはまず「不善行」の修行をしてきなさい。それから、私の弟
子になりなさいと言って、弟子にしてはもらえなかったという話が載っています。

仏教で悪と言えば、皆さんよくご存じの「貪・瞋・癡」の三つですが、別名「婬・怒・癡」とも言い
ます。色々な修行を行う前に「性欲・怒り・無知(空の理解)」の三つを取り除く修行を行えという
ものです。

784 :会員:2001/06/23(土) 09:41
プチ会員さんへ

あなたのおっしゃられる事はよく理解できる気がいたします。
私の説をもっと詳しく言わせていただきますと、今湧いて来ている感情や想いや、様々な欲望を、「自分の意志力で押え付けたり」、「最初から無だ」と想い込むのではなくて、
「ああ、これは自分の感情のように感じたりするけれども、一度神様の中に投げ入れてしまおう」と思った上で、「神様お願い致します。これらの思いを神様の御心に叶うものに浄化してください」
とお願いすればいいだけなのですよ。それを少しづつでも続けていけば、必ず何かが感じられるようになります。

また、神様の想い、愛の想いと同じ想いと一つにさせていただく祈り方も、私の経験からいけばすごく効果があります。
「神様は愛だ、だから神の子である私も愛だ」と思うやり方は効果がありそうで私には効果がありませんでした。

だから、神様が願う思いを祈りにすればいいんじゃないか?と思ったわけです。
神様は愛であるし、私達全ての幸福と完成を願っておられるに違いない。実相世界が完成されているように、肉体世界も完成されるように、と思われている事と思いますし、私達の本体もそのように願っているに違いない、と思ったわけです。
だから、このように祈りました。

「神様お願いします。私もみんなも全てが幸福でありますように。」
「神様お願いします。全ての物に実相が現れますように。」
「神様の御心が天に成るごとく、この世界にも現れますように。」

と祈るわけです。普段の自分の思いが「消えてゆく姿」と見なすことが出来ない人達とか、「これは肉体想念だ」と思えない。どうしても自分の思いをごまかす感じがして出来ない、次から次へと自我の想いが湧いて来てしまう方々は、「これは神様の想いではない自我の思いなのだよなー」と認識出来ているわけですから、無理して否定せずに、
そういう想いが過ぎ去った後でもいいですから、先ほどの祈りをやっていただければ、その祈り自体が神様の大光明なので、次々に自我の想いが浄められ、純化されてゆくのです。
ただ普通に暮らす中で、一日一度でもいいですから先ほどの祈りをやっていただくようになれば、色んな事をお感じになられるかも知れません。
というわけで、そういう祈り方をお勧めする次第です。

785 :名無しさん@1周年:2001/06/23(土) 16:00
「風」さんは如何したのだろう?

786 :名無し:2001/06/23(土) 19:58
私が勤めていた教化部はノルマがきつくて、
講習会の頃必ず自律神経失調症になる人がいました。

787 :アクエリアン:2001/06/23(土) 22:07
みなさん、書き込みありがとうございます。
会員さんの書き込みはなるほどと感心するところや教えられるところが多いです。
人生の達人というのでしょうか、なるほどそういうふうに人生の問題に対処していけばいいのか、
と唸るところが多く、勉強になります。
風さんやむもんさんの会員さんとのやりとりも、ハイレヴェルであり、真理というものを
多次元的に多角的に、より深く考察できるように思います。
むもんさんの仏教論も非常に参考になっています。
毎日ここを覗くのが楽しみになりました。

三上クニさん、書き込みありがとうございます。

>生長の家が発展していくためにもこの教えに興味の有る方の意見交換は素晴らしいことです。

そうなんです。こういう一般に広く公開された場所で、自由に闊達に思うところを語り合うことは
非常に意義のあることではないかと思っています。

風さんは、

>信徒、非信徒、元信徒の集いの場所としてはここは最適で
>はないかと思いはじめています。嵐にもめげず、道を求めるものたちに
>共通する思いの部分で語り合えればと思っております。

とおっしゃっておられますが、そういう評価をしていただいて非常にうれしいです。
ここで色んな方とやりとりすることによって、自分の教義の理解や人生論のあいまいなところが分かってくる
のではないかと思います。それが今後の課題だと認識できて、それをもっと深く、明確に理解しようという動機
づけになるのではないかと考えています。
ですから、ロムの人も含めて、みなさまの積極的な書き込みを期待しています。

788 :アクエリアン:2001/06/23(土) 22:09

786さん書き込みありがとうございます。

>私が勤めていた教化部はノルマがきつくて、 講習会の頃必ず自律神経失調症になる人がいました。

組織を運営していくことはなかなか大変ですね。
人類光明化という使命に燃えて、一人でも多くの人に生長の家の真理を伝えたいという情熱がノルマと
いうことになってくるのでしょうが、そのノルマが目的化してしまっては本末転倒になるのではないかと
思います。理想世界百万部運動というのもありましたが、やはりあれは、生長の家の教えのレヴェルを
考えれば無理があったのではないか、そんなに高貴なことを考えている人は、まだまだ日本には少なかった
のではという思いがします。数を追うのではなく、小数精鋭を目指していくべきではなかったのか、
そんな思いがします。

789 :786:2001/06/23(土) 23:56
アクエリアンさん、レスありがとう。
わたしは生長の家の教化部に勤めているあいだに、
組織の嫌な部分にばかり心をフォーカスしてしまい、
勤めを辞めたあと、長い間生長の家アレルギーでした。

教化部長や役員の方が教化部の成績のために、
講習会の受講券や動員の数を影で調整する姿、醜かった。
動員の数がとても多かった年なんて、
翌年の動員が大変になるからという理由で
受講券を処分したりしてました。
信徒さんたちが一所懸命努力して集めてくださったのに。
今思い出しても泣けてくる。

790 ::2001/06/24(日) 07:00
>>786
 それは大変残念な話です。アップしてくれてありがとう。

 風は生きていますが、時期的に自分の仕事がいそがしいので
 落ち着いたらまたアップしますね。読むことは読んでいます。
 

791 :むもん:2001/06/24(日) 12:05
私は会員さんの修行法に反対する者ではありません。むしろ行っている者です。ただし、会員さんのよ
うにそれを主眼として取り入れているのではなく、「日常の想念」として行っているのです。この方法
は今抱えている問題や不安を解消させるには実に素晴らしい効果を発揮するからです。会員さんがこの
ように熱心に説明して下さるからには「神からのメッセージ」かも知れませんので、もっと大きく取り
入れたいと考えています。

748で私は「神に全託」の方法で不治と言われる「肝硬変」が治った例があると申しましたが、これは
「紫雲荘」の主宰者で橋本徹馬という先生の体験です。先生は百才でお亡くなりになりましたが、この
先生は多くの人の病を「病気の心的な原因の解明」によって治しておられた方です。後は息子さんが継
いでおられるようです。そこでこの肝硬変の治癒の例を簡単に紹介させていただきたいと思います。

ある人が肝硬変で入院したのですが、医者からは手遅れだと言われたそうです。そこでご主人の代わり
に夫人が紫雲荘に相談されました。そこで先生は肝硬変であるからには「何かくよくよしていませんか」
と尋ねられたのです。すると「今三千万円ばかりの借金があり、八千万円ほどの土地があるので、それ
を売って返したいのですが、その土地がなかなか売れないので困っているのです」という返答でした。
そこで先生は「そんなことは心配にはおよびません。神様に実はこれこれで困っています。私は土地が
売れるといいと思うのですが、すべてを神様にお任せしますのでよろしくお願いします。といって重荷
を神様にふりかけてしまって楽な気持ちになるのです。」ご主人が言われたようにすると肝硬変が治っ
たばかりではなく、在庫の商品がどんどん売れ出して三千万円が土地を売ることなく返済できたという
話です。「生命の医学大事典より」※このお話はかなり縮めて要点だけを抜粋してあります。

792 :三上クニ:2001/06/24(日) 12:08
黒住教祖を始めとする「相手は自分の心の状態を写し出す鏡である」という言葉は
心理学で言う「投影」という事でしょう。「笑いは健康に良い」「瞑想は必要である」と最近の
全然宗教と関係無い本にも書かれています。現代の科学は昔から伝わっている真理を
再確認しているようで面白いです。

793 :会員:2001/06/24(日) 12:11
神への全託の祈りとは、無限供給の源である宇宙大生命に自分の想念を
「お任せ致します」の想いと共にお返しする事により、宇宙大生命と
一つになる事なのです。

肉体想念を神様にお返ししてしまい、「ただ神様の光を通す器とならしめたまえ」
となり切ったとき、神様の無限供給の大光明が、私達に流れ入るのです。
自我で物事を引き寄せる事は、神への全託と比べたら、天地以上の差があるのです。

794 :三上クニ:2001/06/24(日) 13:31
これだけ多くの宗教関係の書きこみが有るというのもすごい事ですね!以前の生長の家関係の
書きこみ文を読むと、愛国主義の事を問題とする人も多いようです。自分の国が戦争の無い平和で良い国でいて欲しいという気持は
自然な愛国心でしょう。各国の生長の家ではブラジルではブラジルを愛し、米国では米国を愛するようにと教えているはずです。
日本だけを愛せよ、ということではありません。自分の住む国を愛することから世界を愛することへ広がっていくという訳です。

795 :むもん:2001/06/25(月) 11:24
>>430
>>善が「実在」であり、悪は「非実在」である、という考え方は、プラトンの「イデア論」と同種の思考型ですね。
>>しかし、現実に悪はあります。不当な殺人・虐殺、虐待、差別、強奪、悪口等々。「実在(イデア)」と「非実
>>在」という概念は、結局空想的な理想論に過ぎません。そもそも善を実在で、悪を非実在であるとすること自体、
>>何ら論理的・実証的根拠がありません。全く逆の命題、すなわち「悪が実在であり、善は非実在である」という
>>命題もまた論理的に成り立つからです。私個人としては、「善」と「悪」というのは、人間自身が選ぶ相対的な
>>概念(価値)にしか過ぎないと思っています。

この問題もまず最初にこの世が「幻覚によって造られている」という「空の論理」を理解しなければなりま
せん。私たちはこの世を幻覚とは知らず、実在だと思っているのです。人間はこの世に生まれる前から記憶
(識)があったのです。それは輪廻を繰り返して出来た記憶なのです。この記憶が表面化し、思考となって
この世と自分を造り出すのです。殺人・虐殺、虐待、差別、強奪、悪口等々。したがってこれらも幻覚の世
界の記憶によって造られているのです。幻覚でない目覚めた世界を「実相の世界」といいます。これが本来
の世界であってここでは一切の悪は存在しないのです。

796 :むもん:2001/06/25(月) 11:26
(つづき)
しかし、この世が幻覚といえども実相世界の感情は少しは残っているのです。それは「絶対の愛」という善
です。そこで、実験的に「絶対の愛」と「殺人」を比較してみましょう。まず、殺人はこの世(幻覚)の中
のいざこざによって起きます。だから殺人はこの世のものです。

例えば乳児がまさに井戸の中に真っさかさまに落ちようとしています。親が見ていようがいまいが助けるで
しょう。たとえ親がよけいなことするなと言っても助けるでしょう。親に一つや二つなぐられても助けるで
しょう。これが絶対の愛です。ではこれは何のためだったのでしょう。その理由はこの世(幻覚)の中には
ありません。他人の子が井戸に落ちようが落ちまいが知ったことではないでしょう。それでもなぜ助けたの
か。これが元来持っている人間の性質なのです。

「いや違う。助けなければ一生悩み続けるからだ」という人もいるでしょう。その一生悩み続けるという現
象こそ絶対の愛が強く作用している証拠と言えるでしょう。そんなわけで、人間の本性は善なのです。
2543さんこれは生長の家の悪口でも何でもありません。

797 :むもん:2001/06/25(月) 16:42
796の訂正!!
「生長の家の悪口」ではなく「生長の家の批判」でした。
お詫びして訂正します。2543さん、失礼しました。

798 :名無しさん@1周年:2001/06/26(火) 01:05
age

799 :kkkk:2001/06/26(火) 06:09
こんな教えは気休めですよ。
観念宗教です。奇跡なんて何一つない!!
だまされてはいけませんよ。
生長の家などクソです!!!!!!!!!
今すぐ脱会しましょう!!!!!!!!!!!!!!!!!

800 :プチ会員:2001/06/26(火) 19:12
>>784-793
>>会員さん
あなたのおっしゃる事も大変良く理解出来ます。私もある時期までは
あなたのやうな理論に萌えていた事もあったのです。大宇宙の神と
一体化、全てを託すというような事ですね。それは某手かざし教団に
入信していた高校生の頃です。若いというのもあり、すんなり
協議を受け入れられたという感じです。

今のやうな我も少なかったから結果は良く人間関係や異性関係も
抜群の時期でした。がしかし、協議に矛盾を感じ脱会、現在
生長の家とご縁があったわけです。

話しを戻しますが、私は神に託すうんぬんより、自分の心の叫びを
重視します。そして怒りやうっぷんが溜まってきたら小出しに
出すようにしております。なぜならば、我慢する事によってそれが
蓄積し大きな犯罪をする恐れがあるからです。

まあ、多少の悪事くらい人生のこやしになるじゃありませんか(苦笑
日本人は人に迷惑をかけないやうにするというのが基盤の民族ですが
そこが矛盾なのです。所詮、人間は大なり小なり迷惑を掛け合いながら
生きる動物なのです。たとえば車に乗るだけで排気ガスを撒き散らす
わけですがそれだって地球さんからすればdだ迷惑ですしね。

また霊の曇りが多い少ないは千差万別ですのでケースバイケースで
祈り、行動をする必要ありなのです。私もけっこう曇り多き人間ですので
自分にうそはつきたくないという事と重なり、自己の思いを神に全托とまでは
いかないのが現状ですね。
あなたのやうな心境になるのはいつのことやら(笑

801 :会員:2001/06/26(火) 19:44
プチ会員さんへ
私も昔は煩悩だらけでした。少しづつ、少しづつ、全託出来るように「させていただいた」
のであると今では思っています。結局、自力では煩悩を滅却出来ないと言う事を、
嫌というほど味あわされた気がします。
現在へ至るまでの、煩悩滅却の時期であり、全託へ至るまでの求道の日々でありました・・・。

802 :信者の下劣な人間性を晒す:2001/06/26(火) 21:32
572 名前:一読者 投稿日:2001/06/07(木) 19:56
>567
「日本企業に自国への積極的な投資を呼びかけ、
都市の近代化・大型開発等に協力させるだけさ
せて、目的を達成し必要なくなったとたん手の
ひらを返す。」
これが中国人の常套手段ですね。
随分、姑息ですよね。
ヤオハンの上海での百貨店の開業にあたっては、
中国側はそれに併せて地下鉄を開通させ、近隣
に高層マンションを建設するという計画だった
にも拘らず、工事の遅れを理由に一方的に計画
を事実上、意図的に凍結させていました。
周辺人口の増加を前提に採算計算していたヤオ
ハンは大変な目に遭いました。
経営困難に陥るのは当然ですよね。
自分たちには中国政府がついていると自惚れて
いたのに。
結局、和田一夫氏の撤退後、中国側は共同出資
会社であるヤオハンの持株を全部買い叩いて、ま
んまと自分たちの手に入れてました。
呆れますね。
これが華僑(中国人)のやり方なんですよ。
日本人との民族性の違いが明らかですね。
中国残留孤児にしても、彼らは親切心も多少あっ
たでしょうが、あくまで子供たちを労働させ道具
の一つとしてこき使うために面倒を見ていたんだ
と思います。

803 :信者の下劣な人間性を晒す:2001/06/26(火) 21:35
578 名前:一読者 投稿日:2001/06/08(金) 19:18
>573〜577

よくご存知ですね。
ヤオハンの和田一夫氏は確かに、「日本の侵略戦争によって中国の方々に
大変な苦痛と犠牲を与えてしまった。そのお詫びの意味も含めて、中国の
発展に寄与したい。」といったような事柄を語られていましたね。
美談に聞こえますが、これって実にリベラルで朝日新聞的な自虐史観なん
ですよね。護憲派の左翼連中喜びそうなこと言っていたものですね。
和田氏個人が日中間の不幸な歴史に対する償いとして、自らの私財で寄付
等の経済支援なんかをするのは本人の勝手です。
自分のお小遣いを何に使おうが自由ですものね。
ところが、和田一夫氏は何を血迷っていたのか、国際流通グループ・ヤオ
ハンという大企業のトップであるにもかかわらず、
「仮にヤオハンが中国進出に失敗しても、自分は元々、熱海の八百屋から
出発したんだからスタート地点に戻っただけと思えばいい。
 ゼロになっただけで、決してマイナスではない。」などと力説されてい
らっしゃいました。

光明思想を実践されていたんでしょうが・・・(笑)

804 :信者の下劣な人間性を晒す:2001/06/26(火) 21:38
結論

生長の家信者は差別主義者の偏狭保守(右翼)

805 :会員:2001/06/26(火) 22:42
う〜む・・・・・

806 :三上クニ:2001/06/27(水) 10:54
ヤオハンの和田氏は「ベスト1になろうとして失敗した」「これからは(あの年齢でこの意気込み!)Only One
を目指す」とフジTVのワイドショーでちょっとだけ放映されたとき言っていました。
彼が失敗から学んだ言葉です。しかしいつから右翼は悪くて左翼は良い、という風潮になったのでしょうね。戦後占領教育のおかげで定着した「世間の常識」のようですが。

807 :会員:2001/06/27(水) 11:18
私は「右翼」でも「左翼」でもないし、そんなものどっちでもいいね。
しいて言うなら「なかよく」だ。みんな人間じゃないか。
そんなに人に「右翼」だの「左翼」だのレッテルをつけて争いたいのかね?

808 :他スレより勝手に出張:2001/06/27(水) 15:10
>>804
そういう人はいまや少数派でしょう。かつては結構いたのかもしれないが。
しかし愛国心を他民族への敵意や反感に結び付けてほしくないもんだね。

右翼だのなんだのという以前の問題だ。

809 :名無しさん@1周年:2001/06/27(水) 19:22
>ALL

このスレは、スレの限界容量をはるかに超えています。
スレの容量は【510KB】と言われてますが、
このスレは、562.241Kbです。

直ちに更新してください。

尚、過去ログ倉庫に入れば、記事が圧縮消滅する可能性があります。
記事が足切りされるかもしれないということです。

●各自、ログをファイルとして保存しておくことをお勧めします。●

810 :アクエリアン:2001/06/28(木) 00:15
809さん、ご指摘ありがとうございます。

>このスレは、スレの限界容量をはるかに超えています。
>スレの容量は【510KB】と言われてますが、
>このスレは、562.241Kbです。
>直ちに更新してください。

下記のスレッドに移動しますので、今後↓の新しいスレッドに書き込みをお願いします。

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