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”「知」の欺瞞”感想文スレッド・・・・・サイエンス・ウォーズ

1 :名無しさん:2000/05/20(土) 21:16
5/24発売とか。感想お待ちしています。

既に原書で読んでる人もおねがいします。


2 :名無しさん:2000/05/26(金) 16:22
いまさっき買ってきたのであげ。これから読む。

3 :名無しさん:2000/05/26(金) 21:09
 そっこ読め、そして語れ。

4 :名無しさん:2000/05/26(金) 21:37
いま2章を読みおえました。このラカンってひとはどーしようもない
アホだとおもいました。

5 :名無しさん:2000/05/27(土) 00:14
はよ読め。そしてもっと語れ。
 俺は図書館で借りて読むつもり。

6 :名無しさん:2000/05/30(火) 00:31
私は付録のパロディ論文から読んでます。
週末には感想書きます。

この手の話で、日本でアホ思想家のランクを
作るなら、
1位 柄谷行人

名誉鉄人 栗本慎一郎ですかね。


まあ、ゲーデルの部分を読んでから、また。

7 :名無しさん:2000/05/30(火) 00:35
おお、はよ読め、はよ読め。
 んで、いっぱい語れ。

 柄谷のゲーデル理解についても、いろいろ語ってくれ。

8 :名無しさん:2000/05/30(火) 11:27
柄谷その他がゲーデルの不完全性定理を
どのように理解(誤解)しているかについては
またあとで書きますが、もっと単純なことを先にちょっと。

ゲーデルは、自然数論の不完全性定理の証明の
前に、述語論理の完全性定理も証明してるの。
殻谷が自然言語による思考の問題を追及したい
のなら、むしろこっちに依拠しないとおかしい気が
するのは私だけか?




9 :>8:2000/05/30(火) 12:43
「述語論理の完全性」の完全と「自然数論の不完全性」の完全は意味が違うよ。

10 :名無しさん:2000/05/30(火) 12:44
そういえば。現代思想系の人でゲーデルの完全性定理に言及している人ってほとんどいませんね。
もしかして知らないのかな。

11 :名無しさん:2000/05/30(火) 14:25
>10
おおっ!
ゲーデルの不完全性定理知りたいぞ!
おせーておせーて!

12 :名無しさん:2000/05/30(火) 14:32
 いやいや、10が言っているのは述語論理の完全性定理のこと
でしょう。
 でも、そっちの方は初めて聞きました。
どういうものなんでしょうね。


 

13 :名無しさん:2000/05/30(火) 14:41
>12
ほんとだほんとだ。
どっちもおせーて!

14 :名無しさん:2000/05/30(火) 16:13
述語論理の完全性定理って、

全てのモデルで真⇔証明可能

ってことでしょ。

「Aかnot Aのいずれかが証明可能」って意味じゃないよ。

15 :名無しさん:2000/05/31(水) 07:33
専門外なので、今のところはこれで勘弁して!

不完全制定理

自然数論を含む無矛盾な理論の形式的体系
では、その体系内で形式化出来る論法だけによっては
その体系自身の無矛盾性は証明できない。
(言いかえると、体系の外部に位置する論法の
助けを得て無矛盾性を証明するということか)


完全性定理

述語論理の恒真論理式は、論理の公理だけで
証明可能であるこう書いてみると、「外部」とかいいつつ同時に
「ゲーデル的問題」とも言ってる柄谷が、
自分で自分の首を絞めてる可能性が
けっこうありそうな気がしてきた。
読み終わる週末をまたれい!
あるいはだれかよろしく


16 :名無しさん:2000/05/31(水) 07:47
 いや〜ん、週末まで、まてないよ〜。
 あと、「知の欺瞞」で取り上げられた人たちの反応・反論
とかも知ってたら教えてくれ〜。


17 :>15:2000/05/31(水) 07:58
なんかヘンな事、言ってるぞ。
一度、公理論とか基本をやってからのほうが
誤解が防げると思うが。


18 :1,6,8,15:2000/05/31(水) 07:58
>16

http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fn/

とりあえず、ここからいろんなとこに
いってみといてください


19 :>18:2000/05/31(水) 08:05
サンキュー

20 :15、18:2000/05/31(水) 08:13
>17

え??手元にある参考文献から引っ張った
だけなんですけど・・・・・・・・・
どこが変か教えて下さい。ちゃんと
勉強したいから


21 :>8:2000/05/31(水) 08:53
8の言う通りにして、殻谷が変な引用を
全部やめたら、ウィトゲンシュタインの
前期哲学から後期哲学への移行プロセスの
縮小再生産みたいな、地味〜な、こじんまりした
作品にならないですか?

あ、だから柄谷は、自著に「探求」という
タイトルをつけてるのか。納得(笑)


22 :20:2000/05/31(水) 10:01
柄谷その他がゲーデルの不完全性定理を
引用するとき、わかりやすくするために、クレタ人の
パラドックスとかいうのも引き合いに出す。
つまり、「この文は偽である」という文の真偽値とか、
「クレタ人はうそつきだとクレタ人が言った」場合、
クレタ人はうそつきなのかどうか?てなやつです。

これが不完全性定理を象徴しているかと言うと、
確かにそんなところもあるけど、それだけで済むほど
単純ではないんですね。


・大体、自分で発見したわけでもなく、何年も前から
いわれてきたようなパラドックスの話を喜んで
振り回すのが間違いのもと。だって、学者さんたちは、
発見されたパラドックスの解消をいろんな形で
続けてきてるわけだから。それなのに、自分の
言説の錦の御旗にし続けるのが愚かしいでしょう。

クレタ人のパラドックスも、スタンフォード大学の
CSLIという研究所で研究されている「状況理論」
とかいう論理数学やらの中で、決定不能命題からの
回避がなされています。日本でも「うそつき ・・・・
・・・真理と循環をめぐる論考」とかいうタイトルの
本が翻訳されて出てます。

よって、相対主義の補強材にゲーデルを
使うのは、もう無効ではないでしょうか。


23 :>15:2000/05/31(水) 11:00
>不完全性定理

>自然数論を含む無矛盾な理論の形式的体系では、
>その体系内で形式化出来る論法だけによっては
>その体系自身の無矛盾性は証明できない。

それは「第二」だよね。
普通よく言われるのは「第一」のほうじゃない?
すなわち

自然数論を含む無矛盾な理論の形式的体系では、
その体系内で形式化出来る論法だけによっては
証明も反証もできない命題が存在する。

>完全性定理

>述語論理の恒真論理式は、論理の公理だけで証明可能である

大抵の人が気づいていないことだけれども
述語論理の場合
「恒真論理式」(いつでも正しい)
「恒偽論理式」(いつでも誤り)
「恒真でも恒偽でもない論理式」(状況によって正しかったり誤りだったりする)
の3つがあるんだよ。

だから論理として「完全」でも、理論としてはまったく「不完全」なわけ。
全くこれじゃ柄谷以前だな。(笑)


24 :>22:2000/05/31(水) 11:07
>クレタ人のパラドックスも、スタンフォード大学の
>CSLIという研究所で研究されている「状況理論」
>とかいう論理数学やらの中で、決定不能命題からの
>回避がなされています。

まず
(誤りその1)
「状況理論」ではなく「ZFC-AFA」でしょう。
(誤りその2)
 回避ではなく、パラドックスを受け入れたというべきです。
 なぜなら、「真」とか「偽」とか値付けしたわけではないからです。

>日本でも
>「うそつき ・・・・ ・・・真理と循環をめぐる論考」
>とかいうタイトルの本が翻訳されて出てます。

これは正しい(笑)
上のことは、みな本に出てますから読んでください。
パラドックスの解釈については、Kripkeの真偽値ギャップが
有名らしいですが、Barwiseのアプローチはそれとは別のもの
らしいです。

25 :15:2000/05/31(水) 11:08
ひゃはは、面倒だから端折って引用したから、突っ込まれても
仕方ないですー(笑)。全部目は通してたけどね。

で、>23さん、「だから」以下の文意が
掴みにくい。再度説明を


26 ::2000/05/31(水) 11:17
23、24に多大なる感謝を!!


マジ助かりました。自分が理数系プロパーでないだけに、
反省と自戒の意味をこめて気を付けましょう
という意図があったのに、結局、スレッド立てた
責任感で無理な引用をしたら、元の木阿弥だもんな。



27 :名無しさん:2000/05/31(水) 12:30
で、要するに結論としては、理数系ではない我々はゲーデルとか「不完
全性定理」とか話に出されるとなんとなくありがたがって信じ込んでし
まうが、柄谷レベルでゲーデルをちゃんと理解しているわけはないのだ
から、眉に唾をつけたほうがいい、ということかな。

そういえば、かなり昔のことだけど「現代思想」だったかで柄谷行人、
大森荘蔵、野家啓一の鼎談があって、天下の大森荘蔵相手に柄谷行人が
張り切っていろいろしゃべるけど全部否定されてしまっていて、なかな
か笑えた。
のちに野家氏は「あのときは困ったよ。大森先生と柄谷さんとじゃ全然
話が通じないんだから」と言ったとか。

28 :名無しさん:2000/05/31(水) 12:40
大森荘蔵そんなに凄い人なのか。あと、'我々'と柄谷一緒にしてよいものだろうか。

29 :27:2000/05/31(水) 12:54
「我々」というのは柄谷行人を含まないよ。
柄谷行人……我々を煙に巻く人
我々……柄谷の言うことをうのみにしがちな一般人

あと、大森荘蔵は相当凄い人だったらしい。
じかに講義に出た人はみな口をそろえてそう言っている。
で、さらに凄いのは、大森荘蔵の弟子はことごとく師匠の考えに反発
しているということだ。『哲学の迷路』なんか読むと、「おいおい、
恩師に対してここまで言っていいのか?」と突っ込みを入れたくなる
ほど。
まあ、信者引き連れて悦に入るような小物じゃなかったんだろうね。
私も一度講義を受けてみたかった……。

30 :23:2000/05/31(水) 13:13
理論として「完全」というのは、理論の中の命題が
全て証明可能か反証可能であるということである。

論理の「完全」はそうではなくて、全ての可能性に
おいて「真」である命題が証明可能であることを指す。

>柄谷レベルでゲーデルをちゃんと理解しているわけはない

もっとも、「ゲーデルと数学基礎論の歴史」HPの林晋氏は
柄谷氏を評価しているようだよ。僕は柄谷の本は読んでない
からコメントは差し控えます。だれか柄谷の本で、ゲーデル
がよく出てくる本を知ってたら教えて(^^;)

31 :名無しさん:2000/05/31(水) 13:20
形式化の諸問題と、内省と遡行
でしょう。
 でも、柄谷はゲーデルの不完全性定理について直接書いているわ
けじゃないよ。
 

32 ::2000/05/31(水) 13:35
>30(23)
重ね重ねありがとうございます。

>27
アホでスノップでミーハーな私としては、
「現代思想」で、あるジャンルの特集において
別のジャンルの人が原稿を書いてたり、そういう
組み合わせの対談があったら、面白がってたんだけど、
ちょっとは冷静に生産性のなさを嘆くべきなんです
かねえ?

私は放送大学で、なぜか大森先生が神経生理学者
たちと対談してるのを見たことがありますが、
「しかし、私と私の脳は違うでしょう!」
と、ずっと言い張ってて、科学の進歩に毒された
私も大森先生カッコイイ!と思いました。
愚直なまでに、そういうのはこっちとは関係ないです、
という態度も悪いことばかりではないんでないかい?なんて。


むしろ私は、それなりに優秀な知的水準で、
プロパーにも評価されるようなかたちで
ゲーデルを吸収するほうが危険な気がしてきた。
なんせ、そうなると、王様が裸であっても
誰も指摘できなくなるから。

理数系プロパーは、柄谷が最終的に
どれだけゲーデルを捻じ曲げて自分の言説に
利用しようとしているか検証できないでしょうから。

同様に、”「知」の欺瞞”に書かれているような、
ラカンのトポロジー取り込み、ドルゥーズの
カオス理論取り込みが行われているのでしょう。


33 :30:2000/05/31(水) 15:09
>31

ありがとう、早速探してみます。

>32

>「私と私の脳は違うでしょう!」

違っても違いが露見しなければ「同じ」と見なせますよ(笑)

>大森先生カッコイイ!と思いました。

私はミットモナイと思いました(笑)

>むしろ私は、それなりに優秀な知的水準で、
>プロパーにも評価されるようなかたちで
>ゲーデルを吸収するほうが危険な気がしてきた。
>なんせ、そうなると、王様が裸であっても
>誰も指摘できなくなるから。

>理数系プロパーは、柄谷が最終的に
>どれだけゲーデルを捻じ曲げて自分の言説に
>利用しようとしているか検証できないでしょうから。

哲学プロパーは検証できないのですか?(笑)

「理数系プロパー」はメタファーが数理的に妥当かどうかは
判断できます。しかし、そのメタファーが適切かどうかは
判断できません。それは語られている対象の性質によるから
です。

例えば、ルネ=トムというフィールズ賞を受賞した有名な数学者
が居りましたが、この人が昔特異点の分類理論をメタファーとする
「カタストロフィー理論」を提唱しました。もちろん数理的には、
これはもっともなわけですが、さてそのメタファーが適切であった
かどうかについては、今からみれば大いに「?」だったわけです。
(もっとも、今は「複雑系」で、より大規模に「カタストロフィー」
の轍を踏みつつあるようですが)

34 :名無しさん:2000/05/31(水) 15:31
ちょっとした疑問ですが、クレタ人のパラドクスは決定不能を導くようなパラドクスではないんでないの?
「すべてのクレタ人はうそつきである」とクレタ人が言ったとして、
彼が本当のことを言っているとすると、矛盾を導く。しかし彼が嘘を言っているとすると、
本当は「すくなくとも一人、うそつきでないクレタ人がいる」。これは彼が嘘を言っているという出発点と矛盾しない、ような気がする、のですが。柄谷はなにかいってましたっけ?

35 :名無しさん:2000/05/31(水) 16:22
クレタ人のパラドクスは別にパラドクスではないですね。
ただ、それが有名なんで、便宜的にうそつきパラドクスの
代名詞になってるんでしょうね。

 柄谷はそれについては、特に言ってないでしょう。
パラドクスの一例として言及してる程度じゃないの。


36 :名無しさん:2000/05/31(水) 16:36

>「私と私の脳は違うでしょう!」

 どういう文脈で言ったのかわからないので
なんとも言えませんけど、「私」と「私の脳」の意味内容
は明らかに違いますね。



37 :33>30:2000/05/31(水) 17:07
自分で自分にレスしてしまおう(^^;)

>「ゲーデルと数学基礎論の歴史」HPの林晋氏は
>柄谷氏を評価しているようだよ。

ゲーデルBBS 1999年 12/28 02:12の
林晋氏の「Re:不完全性の隠喩、ゲーデルの誤読 」
を読むと、柄谷の文章を「暗喩」とした上で、
限定条件つきで認めていることが分ります。

以下、少々長いですが引用します。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
現代のゲーデルへの関心は、
”<B>不完全性定理とは「暗喩」である</B>”
という立場です。
柄谷行人さんも、そう書かれていたと記憶しています。
しかし、それをハッキリしないで、
<B>ゲーデルにより「証明された」</B>
とか、
<B>「客観的に示された」</B>
という人がいるので、それは困るのですが。
この点は確かに<B>「誤読」</B>です。

ゲーデルの定理が何を示すかということについて議論するには、
極めて慎重な態度が必要です。<B>数学的に証明されたものと、
暗喩として示されたものを、明確に切り分ける必要がある</B>
からです。これをごちゃ混ぜにしている人は多いですね。
柄谷さんの著作をみますと、<B>自分の議論の中では全面的に
暗喩であるという立場</B>のようです。こういうのならば、
どういう議論をされても、<B>「その他の専門家による誤読」
とは言えない</B>と思います。

(中略)

それは<B>「黙示録からの掲示」</B>として読まなくてはならず、
<B>読んだ結果はゲーデルの定理が保証してくれるのではなく</B>、
それはただの発想の切っ掛けであり、<B>それが正しいかどうかは、
全面的に自分の責任で議論しなおさなくてはいけない</B>のだと
思っております。

38 ::2000/05/31(水) 17:51
>33さん、レスありがとうございます、と、何故俺が言う?(笑)

”「知」の欺瞞”が、理数系プロパーによる
文系者へのツッコミなんだから、この
感想文スレッドも、同じ構図で展開した
方がいいよな、と考えていただけに、ほんと感謝です。

他のかたも、私のアホなネタ振りに乗っていただいて
ありがとうございます。

39 :37:2000/05/31(水) 21:27
ちょっと泣けてくる文章

「ゲーデルの定理や集合論の独立性定理のようなメタ定理は、
 通常の数学の定理とは少し異なった論理的な地位を占める。
 しかし、数学基礎論のようなあまり人の研究しない分野は
 数学研究の大部分にほとんどインパクトを与えていないし、
 自然科学にはほとんど何の影響も与えていないことを強調
 しておこう」
(p183の注(169))

なんか数学者や物理学者の「本心」が透けて見えるね(;;)
確かにカントルの対角線論法やラッセルのパラドックスも
含めて数学基礎論が数学にあたえた影響なんて実は無いような
ものです。(^^;)
しかしねえ、情報科学分野においては結構重要なんですよ。
チューリング機械の停止予測不可能性とか。(ああ、でも
これも実際のプログラミングにはあまり貢献しないか^^;)

そういう意味ではいわゆる「理数系プロパー」と私の間には
隔たりがある。いや、ほんとに(^^;)

40 :代理いぬ:2000/05/31(水) 23:47
>39
>しかしねえ、情報科学分野においては結構重要なんですよ。
人間的AI実現に向けた偉大なプロセスじゃないか。
もしかして後の世に大きく貢献するかもしれないぞ。
(でも今のまんまじゃ永遠に勝利の日は来ないね)

で、情報科学は理数系プロパーじゃないの?

41 ::2000/06/01(木) 01:29
実は文系出身のコンピュータ屋でして、
ちょこっとAIもかじったことがあるのですが、
「学際的研究」とかいうのは、眉に唾つけといた方が
いいのがほとんどでないかしら?


卒論では、チョムスキーの言語理論で
構文解析プログラムを作る・・・・みたいなことを
やったけど、これは学際でもなんでもなく、
本当にそこから出てきてるものだしね


42 :名無しさん:2000/06/01(木) 03:48
「科学」とか「厳密な学」という話になると、
フッサールに詳しい人の”「知」の欺瞞”を読んでの
感想が聞きたいですね。

ちょっとした思い・・・・物理出身の(科学)哲学者って、
バックボーンから期待されそうなことからすると、
ホントに役立たずなの?



43 :>40:2000/06/01(木) 06:37
>で、情報科学は理数系プロパーじゃないの?

それは学部の構成に思いっきり引きずられてる考え方だね。
ロジックや情報科学では、微積分なんてやらないわけだから
物理とか数学とかいう「プロパー」とは違うよ。


44 :名無しさん:2000/06/01(木) 10:48
「理数系」と「理工系」がまた違うような・・・・・・


モノづくり寄りのところで、物理や数学の
小難しいこといわれても邪魔なだけでしょ?


45 :>44:2000/06/01(木) 11:06
うーむ、それもまたステレオタイプだな。

従来の工学はアナログ、連続なものが主体だから
物理の延長線上だし、解析などの数学が有効だけど
情報関係はデジタル、離散だからむしろ文字情報
などとの相性が良い。ホントウは「計算機」と呼ぶ
のは適切でなくて「情報処理機」なんだから、その
意味では「文系」でも良いはずなんだ。

46 :ねびっち:2000/06/05(月) 00:28
半分ぐらい読んだのでとりあえず感想を。
日本語板への序文とはじめにを読むとかなり説得力のある主張だと感じた。
彼らは範囲を注意深く限定しているが、内心は「ポストモダンなど紙くず同然だ」と
思っているに違いない。<邪推(私も内心そう思っている。<邪推)

彼らは「科学用語がメタファーとして使われる妥当性」を一切説明して
いないことを科学用語濫用の証拠のひとつとしてあげているが、
メタファーの妥当性なんてものがあるとは思えない。
これは、科学用語には用いられるべき条件がちゃんと設定してあるのだから、
その条件を満たしていることを記述してから用語を使用しろ
といいたいのだと思う。

仮に「ゲーデルの不完全性定理をメタファーとして使用する」
とある哲学者が自分の著作で主張したとしよう。
しかし、合理的でないものは学問ではないとすると、
メタファーとして使用することには何の合理性もないのだから、
その哲学者は哲学者であることを否定されてもおかしくない。
そもそも、自分の理論の記述中に「これはメタファーだ」
などと書いてあることはおかしなことだ。
あとがきなどで、この理論のアイデアはこのようなアナロジーによって
得られたなどと書くのとはワケが違う。
クリステヴァは詩学を記述していたのではなく詩を記述していたのだろう。
柄谷の著作は読んだことはないが、もしそのような主張を
自分の論のなかに組み込んでいるのならば、あなたは学者ではなく
詩人だと言ってやろう。(みんなで)

47 :名無しさん:2000/06/05(月) 01:20
詩人が学者を導く。詩を解さぬ学者は干からびた抜け殻。

48 :>46:2000/06/05(月) 08:03
もっとも、ソーカルは、メタファーとしての使用そのものは
非難していない。非難しているのは、あきらかに説明なしに
用いられた無意味な専門用語の使用と誤りについてである。

例えばゲーデルの不完全性定理をメタファーとして使うのは
ホフスタッターやラッカーもやってることだ。しかしながら
あの本ではそれに対する批判はない。

49 :ねびっち:2000/06/05(月) 20:05
47>詩人が学者を導く。詩を解さぬ学者は干からびた抜け殻。
オモシロイ命題だ。ぜひ証明してもらいたい。
証明抜きのドグマにしておくのはもったいないのでな。

50 :名無しさん:2000/06/06(火) 02:36
>48さん
なるほどー。ところで勃ち読みしかしてないのですが
ラカンが使うメタファー(無理数とか虚数)の勘違いなんかは
ラカン応援派(なんじゃそら)からはどのような反論が
待ってるのでしょうか。知っている人いたら教えて下さい。

51 :名無しさん:2000/06/06(火) 07:50
>50
>ところで勃ち読みしかしてないのですが

ボクが勃ち読みするのは**系雑誌だけです。(笑)

ラカンですか・・・支持者はそういうヤバイ個所は
無視しちゃうんですよ。そうやって思想は無害化する。
陳腐化するともいうが(笑)

そういえばトムの「カタストロフィー」も過去のものに
なりましたなあ。学生のころだったか、アーノルドが
「カタストロフ理論」なんて本書いてるから、ちょっと
驚いて読んで見たけど・・・トムと違って、マジメな
特異点論の話だった。(オモシロかったけどね)

52 :名無しさん:2000/06/07(水) 17:48
> ラカン応援派(なんじゃそら)からはどのような反論
ここ参考
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/b.html

53 :名無しさん:2000/06/07(水) 18:02
ソ−カル事件ってアメリカの雑誌だろ。
アメリカの科学の寄生虫である分析哲学を叩かず、寄生していないフランスの哲学者にいちゃもん付けるってのはおかしいだろ
アメリカニズム帝国主義という名のグローバリズムで弱いものいじめしてるだけじゃん
とかいってもアメリカ崇拝の左翼の皆さんには通じないか。(上記の掲示板を見ても左翼性剥き出しだしだな)

54 :>53:2000/06/07(水) 18:43
ポストモダンは一見して明らかにナンセンスだから叩き易い。
分析哲学はそれに比べると屁のごときものでも根のはえは
リクツがあるからそう簡単にはいかない。

55 :名無しさん:2000/06/09(金) 06:10
>52さん
あれ?行けないんだけど・・・なんでだろ。

56 :名無しさん:2000/06/12(月) 12:49
>55

2chから来るのはお断りってなっているよう。
URLをコピーして、別のところから行くとつながると思われる。

57 :>56:2000/06/12(月) 13:58
えらい嫌われようだな

58 :名無しさん:2000/06/12(月) 17:18
>56
別のところからようやく行けました。
けど読むのだりいー。ソーカルの言いたかったこと
およびそれに対するフランス現代思想(でいいのかな?)
の反論をだれか要約してもらえないもんですかねー。

59 :名無しさん:2000/06/12(月) 18:20
ソーカルのいいたかったこと
「科学のカの字も知らね〜癖して、うだうだ寝言いってんじゃね〜よ」
フランス現代思想の反論
「これって、アメリカ帝国主義のフランス知識人世界に対する
 セクハラ・・・じゃなかった攻撃ですわ」(くりすてう”ぁ)


60 :名無しさん:2000/06/13(火) 14:34
>59さん
ありがとうございます。でも
フランス現代思想側の反論がよくわからないー。
てゆうかやっぱり言い返せないのかな??
浅田彰とかこの問題についてどんなふうに
考えてるのか知りたいな。案外ソーカルの言い分を
認めてたりして。

61 :>60:2000/06/13(火) 15:04
難しい言葉を使って偉そうに見せるな
と言う教訓だと批評空間で書いてましたね

62 :名無しさん:2000/06/13(火) 21:42
>難しい言葉を使って偉そうに見せるな
おお、いい言葉だ。
だが、フランス現代思想の用語の難しさは、翻訳にもその一因があるぞ。
「デコントラクション(←もとの綴り忘れたので片仮名で勘弁して)」は否定の接頭辞「デ」が構築という意味の「コントラクション」についているから「脱ー構築」などと訳しているが、こんなの日本語じゃない(今となっては日本語として認知されているかもしれないが……)。素直に「解体」となぜ訳せないのだろうか?
まあ、私はデリダなんか読まないから別にいいがね。


63 :ニブン:2000/06/14(水) 03:47
解体だけでなく、構築→脱構築だから。。
解体だけだと構築する、って感じでないじゃん。
「ちょっと」は読んでからじゃないと恥ずかしいよん。。。

64 :名無しさん:2000/06/14(水) 05:12
>解体だけでなく、構築→脱構築だから。。
>解体だけだと構築する、って感じでないじゃん。
よくわからない。
「解体」という言葉は当然、構築→解体という流れを前提としている(構築しないものを解体することはあるまい?)。
私は日本語としての自然さを問題にしたつもりだったのだが、なんか「脱構築だから脱構築なのだ」と言われたような気分だ。


65 :64:2000/06/14(水) 05:13
あ、私は62だよ。もちろん。

66 :ニブン:2000/06/14(水) 05:26
元々ディコンストラクションという言葉が、
ディストラクション(解体)とコンストラクション(構築)をくっつけて、
接頭辞deの否定性も残そうとした造語なんだから、しょうがないよ。
だから、「解体」って訳せないし、脱構築なんて変な訳語になる。
元が元だけに、おかしくなるのは当たり前。
「解体構築」って訳せば良い?

それよりも、64さんは脱構築自体を知らない節がある(俺も詳しくは無いけど)。
思考の形態を考慮に入れずに用語だけに文句をつけるというのは無し、っしょ。

67 :名無しさん:2000/06/14(水) 12:59
>接頭辞deの否定性も残そうとした造語なんだから、しょうがないよ。
造語じゃないよ。ふつうのフランス語や英語だよ。

68 :名無しさん:2000/06/14(水) 15:01
クリステヴァってすごく知能が高いと思っていたの
だけど、実は理系オンチの学生レベルだったんだ

69 :ニブン:2000/06/15(木) 00:12
>67
普通の英語にdeconstructionってあったか?
destruction⇔construction
この相反する言葉を無理矢理くっつけてるんだと思います。
デリダ専門でやってる訳じゃないから正確な所は分からないが。

>67
そういう風にソーカル達は書いてないっしょ。
『知の欺瞞』P68より:
クリステヴァは、使っている用語の正確な意味をいつも理解しているわけではないことは明白だが、
一般的に言って、持ち出してくる数学についての漠然としたアイディアはもっている。
しかし、彼女のテクストの真の問題点は、様々な数学の概念が、
言語学、文芸批評、政治哲学、精神分析学といった
彼女が研究しているはずの分野と「適切に関係している」ことを
示すための努力がまったくみられないことだ。

何の関連も無く、意味も無いのに引用するな、ってことだと思う。

70 :ニブン:2000/06/15(木) 00:13
>67
普通の英語にdeconstructionってあったか?
destruction⇔construction
この相反する言葉を無理矢理くっつけてるんだと思います。
デリダ専門でやってる訳じゃないから正確な所は分からないが。

>68
そういう風にソーカル達は書いてないっしょ。

『知の欺瞞』P68より:
クリステヴァは、使っている用語の正確な意味をいつも理解しているわけではないことは明白だが、
一般的に言って、持ち出してくる数学についての漠然としたアイディアはもっている。
しかし、彼女のテクストの真の問題点は、様々な数学の概念が、
言語学、文芸批評、政治哲学、精神分析学といった
彼女が研究しているはずの分野と「適切に関係している」ことを
示すための努力がまったくみられないことだ。

何の関連も無く、意味も無いのに引用するな、ってことだと思う。

71 :ニブン:2000/06/15(木) 00:36
二重カキコすまん。。。

72 :名無しさん:2000/06/15(木) 19:49
hage

73 :>70:2000/06/16(金) 03:50
あるよ>ディコンストラクション
もともと建築用語

74 :ニブン:2000/06/16(金) 04:48
>73
あるんだー。

ところで、デリダはそのことに言及している?
分からないけど(スマン)、そういう風に元からある用語と違った用い方をしている場合に
説明を加えずに用いる、ってことがソーカル達の批判している事じゃないかな。
ただ、この場合はデリダが意識していたのかどうか分からないけど。

脱構築という言葉は適切だと思う(解体構築と比べて、ではなく)。
そういった哲学用語、使うなとか言うけれど、
専門の間で使っている間は無害だと思う。

……これって哲学板の流れに反しているのかな。。。
にしても、自分の自信のないことに答えるのは心が痛む(w

75 :名無しさん:2000/06/16(金) 05:06
違う違う! デコンストラクションを始めに造語したのはデリダだよ。
美術や建築と、現代思想が密接な関係にあるのは分かるよね。

で、フランス語の国語辞典にも今では載ってるけど、もともとはデリダ
が作った言葉なんだよ。(たしか高橋哲哉の本に書いてある)

76 :ニブン:2000/06/16(金) 05:14
>75
さんきゅです^^


はぁ、、やっぱ専門外には首突っ込まない方がいいねーw

77 :名無しさん:2000/06/16(金) 12:08
1930年代のオックスフォード英語辞典を参照>デコン

78 :>70:2000/06/16(金) 14:10
>一般的に言って、持ち出してくる数学についての
>漠然としたアイディアはもっている。

「漠然としたアイディア」=シロウト的あて推量

の意味で、68のいってることは妥当。


79 :名無しさん:2000/06/17(土) 06:36
ソーカル風のイタズラ投稿って、他にどんなんがある?

http://www.medicalplaza2000.com/legend/column/urbanleg3.html#Anchor12030497
↑によると、「膣痙攣でカップルが離れなくなった」
という症状は医学的にはまずありえないことで、
実は昔の学者のイタズラ投稿から生まれた都市伝説らしい。
「学術誌へのイタズラ投稿」の例を他に知ってたら教えてね。



80 :>79:2000/06/17(土) 08:15
M.Gardnerが"Scientific American"の自分のコラムに
「四色で塗り分けられない地図」を載せたとか。
(エイプリルフール用のジョークとして。読者からは「四色で塗れたぞ」
という抗議の手紙が殺到)
これは学術誌というより一般向けの雑誌ですが。


81 :名無しさん:2000/06/17(土) 08:32
昨日買ってきた。読んだら参加しまーす。

82 :名無しさん:2000/06/17(土) 08:36
「知の欺瞞」、本の売れ行きはどうなのでしょうか?
書店からの発表とかある?


83 :名無しさん:2000/06/17(土) 12:29
浅田彰の新刊とどっちが売れてるかな?

84 :名無しさん:2000/06/18(日) 21:43
「知の欺瞞」・・・すごい本だと思いました。
チクショー!私にテキトーなことをどえらそうに
ふきやがったあのクソ教授め〜!!
人間の主体性についての議論と
量子力学なんかカンケーないだろうが!!

85 :名無しさん:2000/06/19(月) 01:24
ちょっと目を通しただけの印象ではポパー/クーン周辺に言及したところは
この本の弱い部分という感じがします。
ちゃんと読んだらもっと書くかも。

86 :名無しさん:2000/06/19(月) 02:22
85番さん!期待してますよ!

87 :疑似ソーカル風ナンセンス:2000/06/19(月) 17:03
文化的表象論としての記号学への見解

http://www.logico-philosophicus.net/bbs/bbs15.cgi?

88 :文化的表象論としての記号学への見解:2000/06/19(月) 17:04
私は、言語理論としてはテクニカルに多次元(複素?)ベクトル空間の束論=論理としての
双安定性ネットワーク・定常的確率過程サイバネッティクス・自動制御学習オートマトンに
おける結合価的or概念依存的でタイプ・ロジカルなカテゴリー言語文法を想定したほうが
良いと思っていますので、言語以外の表示(私はできうれば記号ゃ表象といった用語を
使用したくないので表示あるいは表現、表意を用います。)もそれに準じます。
なを、音韻論ゃ意味論的立場を個別に問われればあえて音韻論ではラムベの成層理論を、
意味論的立場ではフレーゲ、ウィトゲンシュタイン、オースチン、クリプキ的立場を
基本的に援用したいと思っています。また、言説に於ける制度的問題は直接的には語用論的な
状況意味論のレヴェルに基づく所の私が圏論的立場として解釈したところのフーコーの言説の
変換ー使用(編成)規則論を採用したいと思っており、なをかつプラグマティックスな行列論的
解釈論とカタストロフィー理論的評価論をそこに付加したら良いと思います。

89 :名無しさん:2000/06/19(月) 17:51
↑ぎゃああああああ!
何を言ってるんだぁああああ!
をひ!最後の「良いと思います」てなんだよぉ?
誰にとってどう「良い」んだ!
うわぁぁぁぁぁぁ!

90 :>89:2000/06/19(月) 21:03
ワザとだろうが(本人がやったのかな?)


91 :名無しさん:2000/06/19(月) 23:51
ただね,翻訳の田崎さんも心配してるのは,,,

浅田の本をまくらにしただけでポストモダン思想家になれた人が
ソーカル本をまくらにして反ポストモダン思想家にくら替え
するだけで終わってしまう話なんだよね。

92 :名無しさん:2000/06/20(火) 02:59
つうかフランス現代思想嫌いの人って
ここぞとばかりいきり立ってるよね。


93 :名無しさん:2000/06/20(火) 03:01
つうかフランス現代思想嫌いの人って
ここぞとばかりいきり立ってるよね。
ソーカルの言ったことによって
例えばラカンの全部が全部否定されるわけじゃ
ないはずですよね。


94 ::2000/06/20(火) 03:37
フランス現代思想好きな人こそ読んでほしい>知の欺瞞
それを土台にして自分の知識・思想を洗練してほしいから。

95 :名無しさん:2000/06/20(火) 05:30
紀伊国屋書店に行ったんだが、思想コーナーにおいてあるのは良いとし
て、科学コーナーにおくのはやめて欲しいと思った。
我々の受容の仕方では、現代思想の解毒として自己批判的に受容される
のだが、理系の受け止め方では、「文系はやはり駄目だな」という凡庸
なクリシエに行きついてしまう。

96 :>95:2000/06/20(火) 07:34
>「文系はやはり駄目だな」

正しい!(爆)

97 :名無しさん:2000/06/20(火) 17:34
哲学が社会科学に口出ししなけりゃ
ここまで叩かれないさ。
恨みを買うようなことしてきたんだよ。自業自得。

98 :名無しさん:2000/06/20(火) 18:32
社会科学って何ですか?

99 :名無しさん:2000/06/20(火) 18:58
つまり「哲学知の傲慢」に対する警鐘なわけね。

100 :>64 素朴な疑問:2000/06/20(火) 20:25
まったく時期遅れだけど、今ここまで読んで・・
”脱””構築”って”構築”に関して著者の考える概念とか方向性に対する
”構築”以外のものもいいたかったんじゃないの?
解体なら”解体”ってかかないんだろうか。
一般的じゃないんだろうか?


101 :ジーモン@ケーニヒスベルク:2000/06/21(水) 12:29
>88
一つ一つ説明しろ!
こんぬぉマセガキЯ(ヤ)―――――

102 :名無しさん:2000/06/21(水) 13:08
>>2


103 :名無しさん:2000/06/26(月) 01:13
オナニーばっかしてる哲学者は氏ね。
でもケツの穴の小さい科学者も氏ね。

104 :名無しさん@1周年:2000/06/26(月) 01:14
>>88

105 :ねびっち:2000/06/29(木) 00:06
ひさびさに来てみました。

ソーカルの議論の前提には、やはり理系、文系、人文科学、社会科学、自然科学etc
すべての学問は合理的であるべきだということがある。
ここでいう合理性は、その学問における論証が論理的に妥当で、論証の前提がすべて
事実に一致しているということだ。
だから、科学用語として一意的な意味を持つ言葉を、哲学者がその論証において、
そのまま使い、かつその論証が意味不明なものになっていることが非難される。
なんのことわりもなくその言葉を使った場合、
その言葉の意味を解釈する際に、科学で使われている意味として解釈される
ことが期待されている。なのに、科学での意味を適用すると、
論証全体が意味不明になる。科学での使用以外の意味に解釈しようとしても
なんの定義もされていないので、ここでも論証全体が意味不明になる。
このような状況がポストモダニズムとよばれる哲学において、少なくともあった。

メタファー、アナロジーの使用ということに関しては、理論創造の際は多いに用いられて結構だが、
理論記述の際のメタファーは使用禁止であろう。
なぜなら、メタファーは意味を一意に定めない、つまり意味が曖昧になるからだ。
それに合理的な記述であれば、メタファーを使っていえることは
メタファーを使用しなくてもいえる。(命名:「学問システムにおけるメタファー消去定理」)

私はソーカルの主要な議論はとても説得的だと思う。
「間奏」で述べられている事については、やはりビミョウな問題だとおもうが、
理性的、合理的でないものを学問、すくなくとも科学とは呼びたくない。
私はすべての学問は合理的であるべきだと思う。


106 :読んだけど:2000/06/29(木) 09:52
結局この本で取り上げられてるラカン、ドゥルーズ、イリラガイ等は
何も意味のあることを言っていない単なる大ばか者なんでしょうか?
彼らの名声っていうのは衒学趣味が衒学趣味を呼んだ王様は裸状態だったんでしょうか?
だれか擁護してくれませんか?

107 :>106:2000/06/29(木) 11:07
おまえが大ばか者だ。

108 :>107:2000/06/29(木) 11:11
おまえもな。

109 :名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 11:30
おまえらがな>all

110 :名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 11:49
ソクラテスって偉大だよな。
無知の知。

111 :sas>106:2000/06/29(木) 11:50
それはソーカルが批判の根拠にしている数学についてよく勉強し、
自分でその方々(ラカンなど)の著作を読んで初めて分かる事では??
誰か(えらい人)に聞いて納得するでは宗教と変わらない。
この本は数学によく精通した人が読めばよく分かるのだろうが、
数学を良く知らない人がこの本を読んでも、ソーカルが間違っていると指摘する
数学の箇所が本当に間違っているのかどうか判断できない。
結局、素人は「ソーカルは数理物理学者だから数学を良く知っており
ラカンは(おそらく)知らないんだろう
(何せ数学を良く知っているソーカルが言っているのだから)。」
こんな事しか言えない。これでは、ただの知ったかぶりになってしまう。
この本を読むにはまず解析学(ベクトル解析、複素解析、微分方程式)、
線形代数学、集合論、などを知った上で、トポロジー、幾何学などの理解
をしなければ判断が下せない問題だと思います。大変言いにくいのですが、
この本を読むには基礎学力が必要だと思います(まして判断するには)。
ちなみに僕は数学をよく知らないので判断できません(残念)。
これだけの数学を本当に理解するには湯水のように時間がかかるので、
数学を知らない人は、よっぽどこの問題に関心を持って数学を1から学んでいこう
と言う気構え(2〜3年程度勉強し関心を持ちつづける)が無い限り、
関わらない方がいいと思います(というか関わりようが無いのでは?)。

112 :106:2000/06/29(木) 13:13
>111
一応数学は学部レベルでは知っているつもりです。
でもこの本で俎上に挙げられている数学の事ってまあ半分くらいは
正否を判断するのにかなりの知識が要求されると思いますが,
かなり基本的な間違いを指摘されているところも半分くらい有ります。
特にラカンの虚数iなんてラカンの学説の中核を占めるところだと思いますが,
(哲学、精神分析は素人なんでここは聞きかじりです。ちがったら御指摘下さい。)
おそらく高校程度の数学知識で間違いが分かってしまうんじゃないでしょうか?

用いる数学に間違いがあっても言ってる事に意味があればソーカル達も
ここまでやらなかったでしょうが,彼らの分析どうり,
彼らの言説って、過激なように聞こえるが間違っている、正しいがひどく凡庸、
という二通りの読み方が出来て,素人には前者が新鮮に響き
間違いを指摘されると後者に逃げる、というパターンが多いと思います。

この本を読んで全ての人文科学,社会科学は無意味であると判断するのは
間違っているとソーカル達も言ってますが、僕は哲学、精神分析の真髄は
全く知らないので、現代のこの2分野については懐疑を拭えません。
その懐疑を振り払ってもらえるかなという淡い希望で上の文を書きました。

その道に精通している方の見解を聞きたいです。

113 :名無しさん@1周年:2000/06/29(木) 15:15
http://www.utp.or.jp/shelf/200006/010085.html
金森修「サイエンス・ウォーズ」 6/29発売

この本の感想も聞きたい。(私も買いはしないが立ち読みはする予定)


114 :sas>112:2000/06/29(木) 17:06
なるほど、106さんは数学を知ってらっしゃるのですね(羨ましい)。
しかし僕も高校程度の数学は知ってるはずだけど彼らの数学用語の
誤使用はよく分からんかった(反省)。

ところで、例えばどの辺が
>過激なように聞こえるが間違っている、正しいがひどく凡庸、
なのかを具体的に(どうして(高校)数学的に間違っているかを)
教えてくださると幸いです。
(せめてその部分だけでも僕も理解したいので)

115 :>111:2000/06/29(木) 22:29
っていうか、専門家どころか、学部レベル以下の数学の話だと思うんだけどなぁ...。
数学が苦手で、わかんないから、と判断を保留する人がいるのはわかるが、いくらなんでも、文科系にだってこのくらいの数学のわかる人はたくさんいるだろうに、なんで今まで問題にならなかったのか不思議なんだよね...。やっぱり、王様は裸だと言うのには勇気がいるってことなんだろうか...。


116 :115:2000/06/29(木) 22:36
追伸
もしかして、いかにもわかりにくい文章であることが良しとされる風潮ってのが、日本に限らず、文科系の学問分野には根強く残ってるのかもしれませんね。明快な論理の対極にあるような、陰喩をたくさん使った晦渋な文章を真っ向から批判するっていうのは、結構勇気がいるよね。数学に限った話じゃなくて、そういうわけのわからん文章を「わけがわからん」と指摘することは、理解力が欠けていると言われかねない危険を孕んでるわけで、おいそれとはできんのだろうな...。


117 :名無しさん@1周年:2000/06/30(金) 07:33
すくなくとも言えるのは、日本語で読める、というよりフランス語でも、そもそも公刊されているラカンのテキストがまだまだ一部だということですな(30年ちかいセミネールの記録があり、今公刊されているのは三分の一)。文系の人間も、判断留保というか、まだなにかあるんじゃないかと思っている。


118 :名無しさん@1周年:2000/06/30(金) 07:38
そもそもラカンが評価されるに至った経緯ってどうなってるの?

119 :代理いぬ:2000/06/30(金) 07:41
はーあ、これ読んでみようかな、わし。
おもしろいのかー?

120 :名無しさん@1周年:2000/06/30(金) 07:51
> 本物の代理いぬ

君はもう有名固定ハンドルだ。キャップを申請しろ。

121 :代理いぬ:2000/06/30(金) 07:56
>120
めんどい。

122 :名無しさん@1周年:2000/06/30(金) 12:34
  

123 :>122:2000/06/30(金) 13:26


124 :sas>115 :2000/06/30(金) 13:43
っていうか、専門家どころか、学部レベル以下の数学の話だと思うんだけどなぁ...。


125 :sas>115 :2000/06/30(金) 13:49
>っていうか、専門家どころか、学部レベル以下の数学の話だと思うんだけどなぁ...。
なるほどそうなんですか・・・。
あのどなたでも良いので、どの辺が数学の使用が間違っているかを具体的に
示してくださると幸いです(簡単な数学の部分で(トポロジーとかじゃなくて))。
「数学的にはこれこれが真だが、この部分はそれと比べるとこういう理由で明らかに偽である。」
という感じで示して下さると分りやすいのですが・・・。

126 :>125:2000/06/30(金) 15:19
ソーカルの引用部は数学や物理の用語をデタラメに組み合わせてるのが多くて、
数学的に読むと「間違ってる」以前に「支離滅裂」です。
p32の「そのトポロジーは数についての・・・」以下の文章なんて、
「二等辺三角形に5を加えた方程式の座標の対偶をとって・・・」と
言ってるようなものです。解説不能。
p35の「ゼロがirrationalであるような微積分学」はirrational number(無理数)
のirrationalのことだと解釈すれば数学的に意味を成さないということは
高校生でも分かりますよね。


127 :sas>126 :2000/06/30(金) 17:08
ありがとうございます。確かに
>ゼロがirrationalであるような微積分学
は意味不明ですね。だって、『0』の定義は有理数ですものね♪
この部分は自分でも分ります。
確かにこの部分はラカンは明らかに間違っていますね。


128 :名無しさん@1周年:2000/06/30(金) 18:21
>127
=ラカンはどうしようもない、というものではない。
ソーカルもその点は指摘していた筈だし、
ポストモダン全てを糾弾しようとしている奴が一番ドキュソ。

129 :名無しさん@1周年:2000/06/30(金) 22:03
>>127
>=ラカンはどうしようもない、というものではない。

? 127氏は別にそこまで言ってはいないのでは?
ただ、引用文内の科学用語の使い方があまりにデタラメで
どれも電波な人が書いた文章としか思えないのも確か。
ポストモダン側はこれらの指摘に真面目に対応する必要がありますね。


130 :名無しさん@1周年:2000/07/01(土) 01:22
過剰反応が多いのは確か。
「ほら見ろ。ポストモダンなんて全部デタラメだ!」

ド外道が・・・。

131 :名無しさん@1周年:2000/07/01(土) 01:34
ラカンを生真面目に,まるで論理として読む姿勢が
すでに間違っている(笑)批判も肯定もされるような
文章をあまり書いていないから。
(ラカンは弟子やファンによる速記録書き起こしの類が
矢鱈に出版されている。刊行されている自著が引用
されるわりには少ない)

ソーカルのラカン批判もあれはあれで気狂いな視線ですよ。
物理学者はラカンもソーカルもドキュソ扱いだってことに
早く気付こうな。

132 :なんだかなー:2000/07/01(土) 02:31
で、あれをどう読めばラカンの真価がわかるというのよ?>131
槍玉にあがった文章の趣旨についてロクな説明もなしにただ
「読めてない」と断ずるのは一番楽な反論方法ですね。参考になります。


133 :名無しさん@1周年:2000/07/01(土) 13:09
流し読み(笑)>132
力んで読む程のものじゃぁない>ラカン,ソーカルetブリックモン

134 :>132:2000/07/01(土) 16:40
「王様は裸だ」って言ったら、「そんなのみんなとっくにわかってるさ。まともに指摘するのがドキュソなだけ。」とかのたまう131みたいなやつが出てくるんだろうな...。(ワラ


135 :初心者:2000/07/01(土) 17:38
なるほど!
要するに、まともに取り上げるに値しない言説を延々と生産し続けたのが
ポストモダンというやつだったのですね!


136 :名無しさん:2000/07/01(土) 17:41
↑ほら、こういうドキュソが出てくる。

137 :名無しさん@1周年:2000/07/01(土) 18:22
そうかー。ラカンの文章は流し読みでテキトーに済ますのが最善で、
「こいつ何が言いたいの?」なんて考えちゃいけないのかー。
宇多田ヒカルの曲の歌詞程度に考えておけということ?
ドゥルーズやイリガライはどうですか?>131


138 :名無しさん:2000/07/02(日) 00:43
ドゥルーズやイリガライは科学つーよりアジテーション。ラカンもそう。

139 :名無しさん@1周年:2000/07/02(日) 00:54
ドゥルーズは古今亭志ん朝みたいだ,
と吉本隆明がいっていたけどね(笑)

でも物性屋からみれば量子屋なんて税金ドロボーの
ドキュンで科学じゃない,ラカンを笑えるのかよ?お前ら!
っつうカンジで,マトモな科学者も
極めて少ないということを憶えておきなよ(笑)
>>邦訳でてから騒ぐバカども

140 :ねびっち:2000/07/02(日) 01:40
数学者サイドの人達に限って言うと、定義のない言葉をいきなり使用したり、
なんの定理も証明していない学術論文、(つまり、分析哲学の一部以外のすべての哲学論文も含まれる)
はホント紙屑に見えているはず。(「記述スタイルが違うから」という穏健派は少ないはず。)
そして、合理的でないものは学問でないという前提に立つと、この視点は正しいものになる。
数学者の中には、実際「すべての学問が数学のような記述スタイルをとるべきだ」
と考えている人がいる。

ソーカル組は、ラカンの論文中に意味不明な個所があることを指摘したわけだが、
もしラカンがその個所で述べたことを前提としてさらに論を進めているとすると、
すくなくともラカンのその論文は、紙屑ということになる。
(偽命題からはなんでも結論できる。そんなものに学術的価値はない。)
確かに、ラカンがある論文で部分的に間違っていることから
ラカンが書いたすべての論文が間違っていることは結論できないが、
ラカンのすべての論文が間違っていることはまだ肯定も否定もされていない。
つまり、ラカンが少なくとも正しい主張をしたということはまだ肯定されていない。
誰かがラカンの仕事は全部クズだと証明するかもしれないのだ。ラカンの仕事を逐一チェックして。

現に、ラカンの論文はテキトーに読むべきだという主張がある。(何個か前のカキコに)
これはラカンの仕事は学問的に価値がない、すなわち紙屑かあるいは前衛詩かなにか
だと主張しているに等しい。



141 :名無しさん@1周年:2000/07/02(日) 01:49
象徴界に空いた穴、対象aが虚数でも無理数でも
いいじゃん。そこにツッコミいれてもいいとは思うけど。

142 :ねびっち:2000/07/02(日) 02:23
最近出た『サイエンス・ウォーズ』by金森修の記述スタイル
と『知の欺瞞』におけるソーカル組の記述スタイルの違いになんだか歴然とした差を感じた。

ソーカルはとてもロジカルに書いている。結論がなんなのかはっきり冒頭に書いてあるし。
そして“間奏”に書いてあることはビミョウな主張だと前置きしてある。
このビミョウというのは論拠がそれほど確実ではないということだ。
一方、『サイエンス・ウォーズ』のほうはなにがいいたいのか、
はっきりわからない。冒頭、妙な例え話ではじまって、
サイエンス・ウォーズ史の概説になる。単なる概説書なのかと思うと、
そうではないらしく、筆者の主張、主に科学者サイドへの反論がはじまったりする。
そしてこの主張はソーカルのビミョウな主張よりもビミョウに聞こえる。
反論のつもりで書いているのだが、反論になっていない個所もある。
(つまり、反論のつもりなんだけど、まったく違った主張への反論になっている。)

学部の科学論の授業で前期は丸々、論理学の初歩に費やす大学もあるのに、
この科学論の専門家はぜんぜんロジカルに話さない。
論理学を学んだ人は論証の妥当性を判別できるはずなんだけど。




143 :ねびっち:2000/07/02(日) 02:45
けっこう前の『現代思想』がサイエンス・ウォーズ特集してたけど、
あれもヒドかった。
ソーカルの学者としての倫理規範逸脱にまで話が飛ぶんだもの。
そして、論証もせずただ許せないとのたまう科学論の専門家。
(パロディ論文投稿がそんなに許せない理由とはなんなのだ?)


144 :名無しさん@1周年:2000/07/02(日) 02:59
>ポストモダンはゴミではないと主張する人(136もか?)

ゴミではないのなら何なのだ?きちんと説明してくれ。
ラカンやドゥルーズやイリガライは腐ったリンゴにすぎないという主張なのか?だとしたら、腐ってないリンゴってのはどんなもの?


145 :>139:2000/07/02(日) 03:02
>でも物性屋からみれば量子屋なんて税金ドロボーの
>ドキュンで科学じゃない,ラカンを笑えるのかよ?お前ら!

解説希望。(つーか、これもただの無意味な文章の例でしょうか?)


146 :ねびっち:2000/07/02(日) 03:07
『現代思想』サイエンスウォーズ特集にも寄稿してたんだけど、
“澤野雅樹”って知ってる人いる?
この男は『数の怪物・記号の魔』とかいう本をだして、
数学用語を濫用しておまけに数学批判までしているトンデモなんだけど、
この本のオビに「有害な試論」と書いてある。
まるで、「マズイらーめん、あります」の看板にひかれて、
そこのらーめん食ってみたら本当にマズかったという話にそっくり。


147 :>142:2000/07/02(日) 04:01
良い意味でも悪い意味でもクズですよ。
だからフラクタル(ごみくず)も理論にまで昇華した。

カントールやゲーデル以後に「キチンと定義つけられた
論証」とは何か?という問題をやっている現代数学の人も
少ない。ラカンだけでなく,アフォリズム(断章)を多用した
ヴィトゲンシュタインをやっつけることが出来るのなら
ソーカルは偉かった。

ようするに
ひろゆきを潰せないから2編ちゃん潰しをやっとこう(笑)
みたいなものさ

148 :名無しさん:2000/07/02(日) 20:41
>147
定義付けた論証の一部に誤解があったということじゃなくて?
なんかレス見てるとソーカル達がそう書いてるように思える.
ソーカルはポスコロ潰ししたかったんじゃなくて、
ポスコロに含まれるオカシイ点を取り出しただけじゃないの?

149 :名無しさん@1周年:2000/07/03(月) 00:01
だいたい、ラカンやドゥルーズが「ポストモダン」だと
思ってる時点で大きな間違い。

150 :名無しさん@1周年:2000/07/03(月) 00:20
つうか「万歳ソーカル組」に限ってそーゆー
間違いを平気でするんだよね。


151 :>149:2000/07/03(月) 00:23
ドルーズ
 Gilles Deleuze (1925― ) ポスト構造主義を代表する現代フランスの哲学者。スピノザ、カント、ニーチェ、ベルクソンなどの手堅い個別研究から出発し、『差異と反復』(1969)、『意味の論理学』(1969)で独自の境地を開く。さらにフェリックス・ガタリとの共著『資本主義と精神病』(第一巻『アンチ・オイディプス』1962、第二巻『千の高原(ミル・プラトー)』1980)においては現代社会への痛烈な批判を展開(反ファシズム、反教条主義)、定住的、国家体制的な思考に対して、遊牧的、流動的な思考を対置。われわれの生きている現実を、秩序によって諸領域に分節された固定的なものとしてではなく、さまざまな異質な流れの線が複雑に絡み合い接合し合う多数多様体の相互的組込み(アジヤンスマン)(リゾーム、プラトー)としてとらえ返し、現代の定住的都会人が、強権的秩序から絶えず逃走しつつ、無定形な空間のなかに自由に動き回り遊び回りうる可能性を、アナーキーなまでに徹底的に追求している。〈足立和浩〉
【本】宇波彰訳『プルーストとシーニュ』(1974・法政大学出版局) ▽足立和浩訳『ニーチェと哲学』(1962・国文社) ▽ドゥールーズ、ガタリ著、市倉宏祐訳『アンチ・オイディプス』(1986・河出書房新社)
ドルスス

152 :名無しさん@1周年:2000/07/03(月) 00:29
ラカン
 Jacques Lacan (1901―81) フランスの精神病理学者。パリで生まれる。高等師範学校(エコール・ノルマル・シユペリユール)で初め哲学を、のちに医学・精神病理学を学ぶ。1932年学位取得後、サンタンヌ病院の学部臨床を中心に研究、52年国際精神分析学会より除名されると、翌年パリ精神分析学会を組織し自ら指導者となる。しかも、死の前年にはこの学会を自ら解散して話題をよぶ。66年論集『エクリ』の刊行によりにわかに著名となり、構造主義の代表者の一人とされる。1953年より始められたそのセミナールは、64年より高等師範学校、69年バンセンヌ・パリ大学へ移って続けられ、79年まで多くの聴衆を集めた。フロイト以後の精神分析学に、ことばの忘却を指摘、フロイトへの還帰を提唱する。フロイトの「エディプス状態」に、「鏡像段階」が先だつことを主張し、また、患者のことばの基底となっている無意識は「言語と同様構造化され」ているという。そのことば(パロール)が所記(シニフィエ)でなく能記(シニフィアン)の連鎖を示していることに着目、連鎖の方式として比喩(ヒユ)、とくに隠喩(メタフォール=抑圧)と換喩(メトニミー=置きかえ)の区別を重視する。またパロールを導くのは要求ではなく、「他者」の欲望であるとし、「ファルス」がその対象、中心的な能記であるとした。〈池長 澄〉
【本】宮本忠雄・佐々木孝次他訳『エクリ』全三巻(1972〜81・弘文堂) ▽宮本忠雄・関忠盛訳『二人であることの病い』(1984・朝日出版社) ▽小出浩之他訳『精神病』全二巻(1987・岩波書店) ▽宮本忠雄他訳『パラノイア性精神病』(1987・朝日出版社) ▽同訳『家族複合』(1987・哲学書房)

153 :代理いぬ:2000/07/03(月) 03:00
本を買ったぞー。

しっかし、批判を受けたからにはきちんと返答せねばなるまい?
世のがんばり屋さんたちが、ソーカルに何と返事したかは知らんが、
少なくともココのスレの擁護派たちは、まともな反論を一言もしていないぞ。
ドキュンドキュンゆってないで、なんか語ってみ?
ん?
ん?

154 :名無しさん@1周年:2000/07/03(月) 06:16
151、152の出典はなんなの?

155 :名無しさん:2000/07/04(火) 05:16
日曜日の朝日で「知の欺瞞」の書評がでてたけど
ポストモダン全部あほやって感じだったなぁ。

156 :>155:2000/07/04(火) 10:04
長谷川真理子が書いてたやつかな。
フツーの人(門外漢)がそう思っちゃうのもいたしかたないよね。

ポストモダンの研究者による批評も聞いてみたいよね。っていうか、そういう受け止め方をされることに不満があるのなら、代理いぬが指摘してるようにキチンとした応答をすべきだよね。アカウンタビリティとかいうことか?

157 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 10:10
テスト

158 :代理いぬ:2000/07/04(火) 12:42
>156
>ポストモダンの研究者による批評も聞いてみたいよね。
>っていうか、そういう受け止め方をされることに不満があるのなら、
>代理いぬが指摘してるようにキチンとした応答をすべきだよね。
あー、しかし序文によると、
問題を提起した当の本人達を納得させるような反論は無かったらしい。
ソーカル・ブリクモン組は、自分たちに対する反論を四つに分類し、
そのどれもがロクでもないものだったと語っている。
それどころか、ポストモダン側が、
自分たちに対する真っ当な論駁を展開出来ないということは、
自分たちの主張の正しさを、間接的に証明するとまで宣言している。

#挙証責任を反転してはならない。
#表現に理解可能な意味を与えることの責任は、著者の側にあるのだ。
#読者には、表現の意味を発見や発明を強要される責任はない。(p18)

ごく当たり前であるにもかかわらず、
ある種の学問では全く守られていないルールだね。

159 :名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 15:38
「ポストモダン側」て。(ワラ

160 :クリステヴァ:2000/07/07(金) 02:46
P7
われわれの目的は、まさしく、王様は裸だ(そして、女王様も)と指摘することだ

せくはら( ´∀`)


161 :名無しさん@1周年:2000/07/07(金) 03:16
クリステヴァ超きれいー。

162 :名無しさん@1周年:2000/07/09(日) 13:41
あげあげ

163 :クリトリステヴァ:2000/07/09(日) 14:27
>クリステヴァ

それではまだセクハラとは言えないわよ。

「しかもその裸体たるや、たれ乳の三段腹である。」

くらいまで言わなくっちゃ。

164 :栗捨て場:2000/07/09(日) 17:17
考えてみると、と学会はソーカルの先駆者のようなものか。大物に先に目をつけることに失敗したが。。。

今頃、ポストモダン特集を企画していたりして


165 :>164:2000/07/09(日) 17:36
時代を遡れば、十数年前に起きた、中沢新一の東大教養部不採用の
騒動にもその芽はあったんだよね。

当時、不採用側の弁を述べた杉本大一郎(天体物理学)は、中沢の著作内容に関して、Sokal同様の鋭い批判をしていたな。それに対して、不採用批判側(例えば佐伯啓思(漢字?))の議論は全然説得力なかったな。

166 :名無しさん@1周年:2000/07/09(日) 20:53
痴の格闘技ですか


167 :名無しさん@1周年:2000/07/09(日) 21:10
つまらん>166

168 :名無しさん@1周年:2000/07/09(日) 23:36
このスレッド最近低調ぎみってゆうかぁー

169 :栗捨て場:2000/07/10(月) 00:07
>165
成る程。その件については詳しい経緯をしらなかったけど、採用反対側に物理学者が加勢していたのか。
今となっては、当時の東大教養学部の見識を評価すべきところですなあ。
今なら中沢のような人間でも、新設の研究科あたりで推薦されたらすっと入ってしまうかもね。

170 :名無しさん@1周年:2000/07/10(月) 01:06
ていうか、今ってものすごい貧困なのな、文化的学問的に、
歴史的には大学なんて、学問なんて、怪しいことこの上ないもん てな位置付けだよ
で、その不名誉を片付けようとしてか?一応、「優等生」がいて、ある対象、自然なら自然の認識で
普遍的なものを「知識」と呼ぶ、そして分野ごとのオーソドキシーが成立してるかに見える、。
各分野のオーソドックスな理解を、優等生がリードする、劣等生が追いつこうとする。優等生は、自らの殻を破らんと欲する。
(これがポストモダンの問題圏であるとしたら)
各分野にもはやオーソドックスな理解というものが成立してない、破片が散乱してるだけ
したがって優等生も劣等生も威張っているかしゃがみこんでいる。その傍らで、従来の優等生がひとり威張っている。
優等生は威張っておればいいとなるので、その殻を自覚できないし、殻を破る必要も感じず、ただ「みんな、これくらいは押させておこうよ」
というにとどまっている。
いずれの状況も、わあるくない。ただ、私としては、殻を破った優等生のやけくその認識がもっと読みたい。
ある分野のオーソドックスな理解も大切だけど、それ以上に読みたいです。(ポストモダン派がんばれ!)

171 :>170:2000/07/10(月) 03:04
>ていうか、今ってものすごい貧困なのな、文化的学問的に、

っていうのがホントだとしたら、それは、170みたいな馬鹿が
増えたからというのが主因だろうね。
貧困なのは君の文章だよ。読みなおしてミソ。(^_^)



172 :名無しさん@1周年:2000/07/10(月) 04:38
中沢問題のときは
「キミの本には注釈がないから論文じゃない!
我々の本は(たとえ自分が書かない場合でも)注釈が
あるから学術的である」
ってことばっかりで学問的な広がりは持ちえなかった(笑)

173 :170>171:2000/07/10(月) 04:39
恥ずかしながら、読み返してはみたものの、どこかどう、
気に障ったのかわかりません。
もしお時間その他お許しなれば
ご指摘願えませんでしょうか?

174 :マルクス・イキマクリクス:2000/07/10(月) 04:45
>173
 君の言いことは分かる。象牙の塔の閉塞状況を肌で感じているのだろう。
 171はただのバカだから、気にせんほうがよい。

175 :名無しさん@1周年:2000/07/10(月) 04:49
君たち全員一から哲学をやりなおしなさい。



176 :栗須手羽:2000/07/10(月) 05:09
先ほど見つけて読んだけど、165氏の言うように、中沢が自然科学の用語の濫用を正しく指摘されたのは本当のようよ。>172
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/a0016.html

ちなみに中沢のこの手の話はいろいろあって、彼のフランス語の訳の支離滅裂さを京大の中川久定さん(仏文)が具体的に指摘してたのを、授業で直接聞いたこともあります。(だいぶ昔の話)

注釈がないからうんぬんという話は、正確ではないと思うよ。西屁あたりがいいそうなことだね。


177 :栗捨て場:2000/07/10(月) 05:36
話は変わるが、ソーカルらも危惧しているように、ポストモダニズム(の毒の部分)が人文社会科学にもたらす(教育上の)悪影響は、目を覆いたくなるものがある。

哲学や社会学ならもう免疫ができてきた頃だろうが、実証主義を旨としてきた私の所属する某研究室では、一から十までナンセンスな院生の発表に教授連中が正しく対処することもできずに、裸の院生の着ている(と信じられている)服についてあれこれと無意味な論評をしていたりする。

こういう事態はうちの研究室以外にもあるのかな?


178 :名無しさん@1周年:2000/07/10(月) 06:57
言葉のオリジナルな意味など存在しないと主張するポストモダンの思想家に対して、オリジナルな意味をちゃんと理解しないで概念を乱用すると批判するソーカルの指摘は、あまり筋が良いものとは言えない。故意にミスリーディングをおかし、実証主義者を挑発するのが、彼等の戦略だからだ。ソーカルは彼等の仕掛けた罠に、見事にはまってしまっている。


179 :>178:2000/07/10(月) 11:15
ソーカルが言ってるように、それは「あたりまえ」の話であり、
ことさら学術の場で意味不明な言辞を弄してデモする必要など
ないってことだろ。
ソーカルが取り上げたポストモダン思想から読み取れるのは、
「きわめて当たり前」な話か、「とんでもないデタラメ」の
どちらかでしかない、ということですべて言い尽くされてる
と思うよ。要するにクズ。

ポストモダン思想家のワナにはまってるのは、彼らの著作を
持ち上げてきた、まじめな研究者や学生達でしょ。もちろん、
研究者のほとんどはそれに気づいて、騙す側にまったんでしょ
うけどね。インチキ宗教と同じだね。熱心な信徒として入信し
てきた奴が、いつのまにか別の宗派を起こして騙す側になるよ
うなもんだな。ワラ



180 :名無しさん@1周年:2000/07/10(月) 13:39
ポストモダンとかってよく照れずにいえるよな

181 :>180:2000/07/10(月) 21:19
ああ、ポストモダンの奴等はクズだからね。照れるわけない。(藁

182 :名無しさん@1周年:2000/07/12(水) 05:06
ある言説について、当たり前/デタラメという判定が可能と考えているところに、
彼の「ポストモダン」理解の浅薄さが現れている。


183 :フーコー「知の考古学」より転載:2000/07/12(水) 06:58
「・・・すなわち、この言表の総体は、およそ、決定的なものとして形作られた唯一の対象にかかわるものでもなければ、
それをその尽きざる理念性の地平として限りなく保持するものでもない。[・・・]問題になっているのは決して同一の狂人たちではない。
 このような対象の多様性から『狂気に関する諸言説』を、言表の一総体を構成するために有効な統一性として、容認することは
不可能であると人々は結論しうるだろうし、たぶんそう結論すべきだろう。一つの同じ対象を持つ言表群だけにとどめておくべきなのかもしれない。
憂鬱病あるいは神経症についての諸言説といったような。だが、すぐに、今度はこれらの言説の一つ一つがその対象を模倣し、
それを完全に変形させるまで働きかけることがわかるだろう。」


184 :んで、53ページより:2000/07/12(水) 07:08
「狂気についての言説の統一性は、『狂気』という対象の存在、あるいは客観性の
唯一の地平の構成の上に基づいてはいないだろう。それは、ある一定の期間に、諸対象が立ち現れることを
可能にする諸規則の働きであろう。ここで対象とは、識別と抑圧の尺度によって截(切)り抜かれた対象であり、
日常的実践、法律、宗教的決議論、医者の診断などのうちで相互に区別される対象であり、
病理学的記述のうちで明白にされる対象であり、投薬、治療、手当てなどの規準あるいは処方によって取り囲まれた対象である。
その上、狂気についての諸言説の統一とは、これら相異なった対象の変形、それらの時代を通じての非同一性、
それらの間に生ずる切断、それらの永続性を不確かなものにする内的非連続性、などを明確化する諸規則の働きだろう。




185 :んでつづき:2000/07/12(水) 07:14
逆説的な仕方になるが、諸言表の一つの総体を、個別的なものにかかわる何かのうちで(として)規定する
ことは、これらの対象の分散を記述し、それらを分離する間隙(かんげき)のすべてを捕らえ、それらのあいだを支配するさまざまな隔たりを測ることに
--換言すれば、それらの配分の法則を定式化することに--あるだろう」

186 :名無しさん@1周年:2000/07/12(水) 08:51
http://saki.2ch.net/test/read.cgi?bbs=lobby&key=963309758&ls=50

187 :名無しさん@1周年:2000/07/12(水) 09:46
>1〜185

おい!、今「構造と力」読み終わった厨房だ!なんだコノスレ!バカ!
俺が読んだのはなんだった?のけ?

188 :通りすがり:2000/07/12(水) 11:25
フーコーとラカンを同レベルあつかいすんなよ
聞く所によるとフーコーは彼らの文章を「難解さによるテロリズム」と呼んでいたらしい。

189 :名無しさん@1周年:2000/07/12(水) 17:44
ソーカルって、対象が「識別と抑圧の尺度によって截(切)り抜かれた」ものであるっていう基本的な論点が、全然理解できてないのよ。
だからあんな単純な批判を、臆面もなく主張する。
ふつう現代思想がどういうことを言ってるか、おぼろげながらも掴んでいれば、あんなこと恥ずかしくて言えないよ。


190 :名無しさん@1周年:2000/07/12(水) 20:12
誰しもおぼろげにしかつかめないところが問題なんじゃないの(ワラ

191 :>189:2000/07/12(水) 22:13
ほんと、おぼろげすぎ。

まさに、「王様は裸だ」と言う人間に、「お前は馬鹿だから服が
見えないんだ」と言ってる下僕の発言だな。

「精妙に空気の層と一体化した繊維の質感」が朧げながらも感じられていれば、王様が裸だなどと恥ずかしくて言えないよ。
ってか?ワラ

192 :>182:2000/07/12(水) 22:20
>ある言説について、当たり前/デタラメという判定が
(以下略)
そういう君の発言こそデタラメの典型例だな。少なくとも、理性ある
人間はそう判定するわな。(ワラ


193 :>189:2000/07/12(水) 22:47
単純明瞭なソーカルの主張(「無関係の科学用語を手前勝手に使わないでくれ」)を読みとれないのに、
>対象が「識別と抑圧の尺度によって截(切)り抜かれた」ものである
というような文章をよく理解できるな。
不思議だ。


194 :おでん屋:2000/07/12(水) 23:12
>183〜185
そうか、なんだかよくわからねえが、
よーするに、
「アタマがおかしい」っていうのは、見方によって違ってくるから、
単に「アタマがおかしい」の一言では簡単には片付かねえぞ、ってことか?


195 :ほへえ:2000/07/13(木) 00:46
この本の感想を書くためには、
まず言葉のねじれを解きほぐさないといけない。
何かめんどうくさいなあ。

著者が真面目に論評してるラカンとかラトゥールとかって、
本来はフランスの〈と〉学会にマンガで笑いものにされたり、
フランスの2チャンネルで「電波発見!!」とか、
「お前、自分で書いてること理解してないだろ(藁」とか、
煽られてるのが相応しい程度の内容でしかないんだよな。

また、ポストモダニズムというのは、知のヒエラルキーを廃して、
「ラディカルな知の民主主義」を目指したわけだから、
野次飛ばされながら知識芸人として芸を売る覚悟をもってこそ、
真のポストモダニストなわけだ。

ところが、初めて物理学者に批判されて逆上したってのは、
自分が哲学という知の体系のヒエラルキー的権威に隠れていたこと、
つまり、軽やかなポストモダンのアナーキストじゃなく、
むしろプレモダンの権威主義者だと暴露しちゃったことになる。

縦割りの知の領域を横断してジョークという戦術で批判した
ソーカルの方が、むしろポストモダニスト的だね。
揚げ足取りを避ける予防線をはりまくって
うっとうしいくらい緻密な議論をしてる本の方は、
モダニズムの啓蒙主義者のスタイルということになるけど。

そういうねじれを解いてから議論したいんだけど、やる気が出ない。
「電波発見!!」で充分な、つまらない問題に対してはね。
そういう野次を飛ばす場がフランスには無かったのかな?
まあ、日米に較べたら大学生の人口比も社会的意味も違う
非大衆社会だから、学者様の発言には権威があったんだろうね。
そういう所でポストモダニズムが唱えられたっていう
最初のねじれが、そもそもの間違いだとも言える。

「吉田戦車をヴィトゲンシュタイン的に読む楽しみ」が共有される
本当の大衆社会では、大声で言う必要が無いことではあるけど、
最初に日本なりアメリカなりでポストモダニズムが始まってれば、
議論がもっとすっきりしたものにはなったろうね。
「むしろ批判者の方がポストモダニスト的だ」
なんていうねじれは無かっただろう。


196 :>190:2000/07/13(木) 02:41
お前みたいに、おぼろげにも掴めないやつが多いのが問題なんだよ(ワラ

197 :マルクス・イキマクリクス:2000/07/13(木) 06:07
>194
 あっ!おでん屋!

198 :おでん屋:2000/07/13(木) 17:35
呼んだか?
「アタマがおかしい」ってのはそういうことだってフーコー明媚とやらは言ってるんだってことでいいのか?


199 :>198:2000/07/13(木) 17:41


200 :電波猫:2000/07/13(木) 19:59
どうでもいい話しだが
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/a0026.html#a19981107045447
てなこともあったらしい
当たり前だけど、これがソーカルの議論を無効化するわけじゃない

201 :>195:2000/07/13(木) 21:16
よくでけた文章だ。花まるをあげよう。
次回もこの調子で頼むぞ。

202 :$B!d#2#0#0(B:2000/07/13(木) 21:21
$B2J3XE/3X$NO"Cf$O%P%+$@$C$F$3$H$@`$h$/$o$+$C$?!#(B
$B$"$j$@`$H$&!#(B

$B!J$C$F$$$&$+!"%=!<%+%k$N$*$+$2$G%a%7$N<o$@`8:$C$?$H(B
$B!!$$$&J0$j$@`$"$k$N$+$b$M!#Ep$C?M$?$1$@$1$7$$$H$$$&(B
$B!!$Y$-$+(B...$B!#!K(B


203 :名無しさん@1周年:2000/07/13(木) 23:54
200のリンク先に「ソーカルってほんとうに 左翼系の元気なにいちゃんという感じの人です)」とあった

これを読んで、私は浅田彰発言を日本で批判してやまない左翼系の元気な兄ちゃんという感じの人がたくさんいるのを
思い出させました。たぶん、にたところあるでしょう。
たぶん、ソーカルのした仕事は、フーコーやドゥルーズの後輩格に当たる
むしろ左翼人権運動家といっていいタイプの連中、
あのテレビにでまくったメディアスターで日本における全共闘世代
に相当するヌーヴォー・フィロゾフと重なる気がします。実用主義、好戦的、管理職的といったところです。
べつに、それでもいいわけですよ。ニーチェはあほだ、と。すてすて、と。立場の一つです。でも、おもしろくない。
親孝行、堅実な家庭にやさしいサラリーマンの実践哲学、といったところです。わるくない。

204 :>203:2000/07/14(金) 00:24
なんか意味あんのそれ?
俺は共産党嫌いの中道保守だが、ソーカルの言うことはよく
理解できるし、ポストモダン批判には強く共感できる。
政治的思想とは関係ないよ。
そういうのって、馬鹿丸出しの論評だと思うよ。読んでて
情けない。


205 :>200:2000/07/14(金) 00:27
科学哲学者はアホだっちゅーことがよくわかった。ありがとさん。
ソーカルのせいで飯のタネが減らされるんじゃないかという危機感
を持ったんだろうな。あーあ、って感じ。


206 :ほへえ:2000/07/14(金) 01:00
ありがとう>201

話を続けてみよう。

『知の欺瞞』は良い本だけど、これって、
「未消化の科学ジャーゴンを混ぜた悪文」の批判ではあっても、
ポストモダニズムとか相対主義自体の批判にはなってないね。
本の中で「極端な懐疑主義」と表記してるドキュン説と、
「ポストモダニズム」「相対主義」をほぼ同義に使ってるけど、
それは、普通に理解されてる語義とは相当ずれた用法でしょ。

穏健な説Aを論証するだけで極端な説Bまで論証したように
錯覚させるレトリックについてソーカルは警告してるけど、
『知の欺瞞』自体にもそういうレトリックがあると思うな。


207 :名無しさん@1周年:2000/07/14(金) 01:08
>穏健な説Aを論証するだけで極端な説Bまで論証したように
>錯覚させるレトリックについてソーカルは警告してるけど、
>『知の欺瞞』自体にもそういうレトリックがあると思うな。

同感。

208 :>206:2000/07/14(金) 02:45
極めて真っ当な読み方だと思う。
変に穿って見なければ、
ソーカルの批判=ポストモダニズム批判
なんて言えやしない。
このスレッドの他のレスも、多かれ少なかれ感情を含んだ読みをした上での反応に見える。
ソーカルはポストモダニズムの言説の誤謬を指摘したに過ぎない。
(意義のあるものではあったけれど)
そのテクストから得られる様々な事象への言及を敢えて避けている面もあるし。

209 :名無しさん@1周年:2000/07/14(金) 04:22
わかったか?代理犬。

210 :201:2000/07/14(金) 11:56
>206

で、普通に理解されてるポストモダニズムの語義って何なの?
そもそも、ソーカルが冒頭で「ここで適当な言葉がないのでポスト
モダニズムと呼ぶ哲学は、...」と規定しているように、独自の規定
であることを明確にしているように思えるのだが...。

ソーカルを批判しようとする文章は、何故かしらそういう明晰さ
を欠いたものになるから不思議です。具体性を欠いた一般論とか
例え話で漠然と批判するとかね。

あなたがいみじくも指摘したように、揚げ足取りができないよう
周到に書かれているからなんだろうけどね。良く言えば、それが
知的に誠実な態度なんじゃないかな。悪く言えば、こざかしいと
もとれるわけだけど。

211 :201:2000/07/14(金) 12:02
追伸>206

相対主義についてもはっきり批判してるはず。
ただし、それは「用語の濫用」に対する批判とは次元が異る
ことはソーカルも序言で明確に述べている。


212 :>205:2000/07/14(金) 13:42
なんでそうなるかな?
というか君みたいなのが出てくるんじゃないかという危惧からの批判だろ

213 :ポストモダン:2000/07/14(金) 14:44
ポストモダンという語は1970年代にアメリカの建築やデザイン批評の領域で用いられ始めました。
その後、ダニエル・ベル、ユルゲン・ハーバーマスらによって議論は進められていった訳ですが、
ジャン=フランソワ・リオタールによって概念を改めて検討されるに至りました。

<ここから先は『現代思想を読む事典』からの引用です>
高度に発達した社会における知の条件の分析をめざす『ポスト・モダンの条件』で、
リオタールは、「19世紀末に端を発する、科学、文学、芸術の活動規則に影響を与えた
種々の変化以後の文化の状態」とポストモダンを定義し、この変化を近代の信念を形成した
「大きな物語」の危機との関係で分析する。つまり、近代の認識の言説が、
人間主体の解放といった種々の大きな物語によって合法化されたのに対して、
ポストモダンの知はこの種の大きな物語の無効性、ないし大きな物語への不信によって定義される。

このように、ポストモダンと言う語は、その語の成り立ち、意味からして、
ソーカルが批判している対象に相応しくない語なのだと思います。
皮肉な話ですが、ソーカル自身も人文科学の用語については不案内だったのです。
(アメリカでそういった用法があるのかもしれませんが)

214 :>213:2000/07/14(金) 15:33
???

215 :名無しさん@1周年:2000/07/14(金) 16:32
>213
あなたのカキコを読む限り
適切なような気がするんすけど。。。

216 :名無しさん@1周年:2000/07/14(金) 17:51
で、結局ポストモダニズムの最良の部分ってのは何なんですか?
ポストモダニズムの最良な部分まで否定されかねないという
危惧は一応妥当な線らしいですが。

哲学的な成果でも政治的な成果でもなんでもいいから
誰かマトモに書いて下さい。
それともマトモに書くと
「正しいがほとんど自明」なことになってしまうんですか?

217 :>216:2000/07/14(金) 17:58
哲学ってのは当たり前のことを細かく考えてくもんでしょ

218 :201:2000/07/14(金) 21:37
>216
君の想像通りだと思う。
このスレ延々続いてるけど、結局、あいまいで意味不明な反論しか
見当たらないもんね。

>217

細かく考えた結果、当たり前でないことがみえてこなきゃ、やってる
意味ないと思うよ。違う?




219 :名無しさん@1周年:2000/07/14(金) 22:49
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?&key=958666072&bbs=gengo&st=25

220 :名無しさん@1周年:2000/07/14(金) 23:25
煙りにまかれる印象を持つのも仕方ない>ポストモダン

ソーカルとは別に主体、主観を明確にした批判もされている
-つまり第二次大戦時に戦犯協力の秘匿、
単純な反ユダヤ主義への愛慕、、、を裏テーマに
したドイツ哲学の継承としてのポストモダン、、

ユダヤ人ではない思想家の業績を一瞥すれば露骨な
政治性が出ていることが分かる。
フッサールではなくハイデガーを選び、フロイトではなく
ユングやラカンを選び、デリダでなくリオタールを選び、
ナチスによってユダヤ系知識人が一掃されたあとの
ブンデスドイチュにそそりたつハバーマス、、、


221 :ほへえ:2000/07/14(金) 23:34
>201

ソーカルが使ってるのとは別の意味のポストモダニズムがある、
という前提自体は195でも206でも同じなんだけどね。
で、それが味方に見えたときは問い返さないで褒めるのに、
敵に見えたときは定義を要求するわけね。
あんまり党派的なんで呆れちゃうなあ。

なお、わたし自身は啓蒙主義・進歩主義etcを支持する側のつもりで、
ポストモダニズムを弁護する義理は無いんだけど、
議論を建設的にするための前提確認のために、
気が向いたらポストモダニズムの常識的理解を説明しよう。

222 :ほへえ:2000/07/15(土) 00:09
第一義的には、「ポストモダニズム」は建築・都市論の用語で、
他の分野への適用は比喩だということを確認しよう。

建築用語としての「モダニズム」というのは、要するに
ユークリッド幾何学的な直方体を理想とするミニマリズムのことで、
「ポストモダニズム」はそのアンチテーゼとして提唱された。
「美は乱調にあり」主義、ボトムアップな秩序の構想、
多様性指向……とでもパラフレーズできるような美学だね。

幾何学的形態vs不規則形態っていう美学上の対立は珍しくない。
陶器の様式だって、そういう対立があるくらいだ。
でも、特にこの建築用語が比喩として広く通用したのは、
建築上のモダニズムと共産主義やファシズムが連想でつながり、
「ポストモダニズム」が「共産主義以後」の意味をもったから。

ユートピア構想は、結局は都市景観としてイメージされる。
数十年前まで、未来都市の図像は「超モダニズム都市」だった。
ル コルビュジエの「輝く都市」みたいな幾何学的形態の都市を、
銀色のカバーオールを着た人々が歩いてる絵を、
誰でも見たことがあると思う。
スクエアな都市に暮らすスクエアな人々。
進歩というのは、つまりそういうことだと思われていた。

それに対して、ポストモダニズムの都市論では、
もっと混沌として猥雑な自然の都市が理想とされた。
筑波vs渋谷、平壌vsソウル、みたいな対立を思い浮かべるといい。


223 :ほへえ:2000/07/15(土) 00:33
で、そういう本来の意味のポストモダニズム自体は
合理主義や機能主義と矛盾しない。

「輝く都市」の建物はみんな同じ形だから、道に迷いやすいはず。
それを避けるためには、建物の色や形にバリエーションを持たせ、
それぞれの場所で景観が違うようにすればいい。
それでいいなら、一人の超越的設計家が全体構想を描く必要は無い。
全体構想は大雑把な枠だけに留め、それぞれの場所で建築家が
腕を振るいさえすれば、個性のある町並みが自ずと出来るはず
――と、まあそういう理屈がポストモダニズムだね。

これは合理主義の反対じゃなく、合理主義の高度化だね。
材料節約という程度の意味の合理主義に対して
もっと人間工学的な配慮を含めた合理主義を対置しているわけだ。
高速道路を造るのに直線だと人が眠くなって事故が増えるから、
適度に曲線的にする――というのと似た意味の合理主義だね。

224 :ねた提供:2000/07/15(土) 00:47
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/a0043.html

225 :ほへえ:2000/07/15(土) 00:48
キャンベラ・ブラジリアみたいなモダニズムの計画都市は住み難い、
というのが昔よく言われたこと。
飲み屋だの何だのみたいな混沌とした都市要素が、
超越的設計者の許可した狭い専用地域の中に閉じこめられている、
ないし、むしろ意図的に排除されてるから、暮らしにくいわけ。

もしも仮に、予定されている日本の新首都が本当に建設され、
その町が御清潔すぎず暮らしやすいということになったら、
そこの住民はポストモダニズムに感謝しないといけない。

226 :名無しさん@1周年:2000/07/15(土) 03:00
得意技披露のコーナー終了。

227 :名無しさん@1周年:2000/07/15(土) 07:31
>ほへえさん

なんでポストモダニズムに感謝しなきゃいけないんですか?
ポストモダニズム様にすがらなくても
日本の都市はぐちゃぐちゃしてるじゃん?
虫瞰的っつーか。

我々、日本人がモダニズムに苦しめられたことなんかあるの?
ポストモダニズムってもん自体が
西洋の文脈に拘束されてるんじゃないですかね、とか思ったりします。
ワシ、ズレてる?

228 :227:2000/07/15(土) 07:44
あと、ほへえさんのおっしゃる通りだとすると
「ポストモダニズム」なんて何の独自性もないじゃん?
近代的思考の枠内で充分に対応可能なんじゃないですか?

229 :227:2000/07/15(土) 07:49
そいで、「ポストモダニズム」が
ほへえさんのおっしゃる「合理主義の高度化」であるならば
その部分については
ソーカルらは批判しないんじゃないですか?

でも、これが「ポストモダニズムの最良の部分」だというなら
「なるほど。それで?」というしかないっす。

230 :201:2000/07/15(土) 14:37
>221(ほへえ)

敵とか味方ってなんの話だ?

ソーカルの周到な伏線に気づいたところまでは良いのだが、
なんのことはない、その伏線にひっかかるような内容でしか
批判できないところが君の限界だな。

情緒的なレベルでの反感を、理性的な議論に無理矢理押し込め
ようとしても馬脚が現れるんだな。

素質はあるんだから、もうちょっと才能を磨けよ。

231 :名無しさん@1周年:2000/07/16(日) 19:04
平安京や平城京は
区画整理された計画都市だったと思うけど
これはモダニズムなんでせうか?
じゃあ長安もそうだったのかなぁ?

いかに計画都市でも実際に住んで
都市を機能させるのは
その地域の住民なわけで。。。

モダン、ポストモダンなんていう時代区分ばっか考えてると
「国民性や文化」の問題を軽視することにならないでしょうか?

232 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 00:31
>231
構築性という面から考えればねそういうこともいえる。
日本だとポストモダン派が保守反動勢力として嫌悪している
唯脳論とかの新京都学派バイオ系が231の疑問のようなことを
実際に主張している。

>中国の計画された都市、漢字や漢詩の再評価、
>風水が導入されながら自然破壊が続いた
 中国数千年のインフラ政策(運河ネットワーク)の問題

>>計画があっても実際に住む〜〜

この下りも、やはりポストモダン派が嫌悪する吉本隆明の
影響を受けた人類学者、民俗学者たちが主張している。

>本来の都市とは山であり川原の区画整理されない地域
 =差別されている/忌避されている/宗教的な聖地
  /芸能や工芸(木工、金属加工)のメッカ
  /価値観の違う文化の衝突する場所
  /なんらかの貨幣価値が誕生する場所
  /戦争の原因/商業の誕生

233 :名無しさん:2000/07/17(月) 01:01
自分で「近代の超克」をしてると勝手に思っている人は沢山いるからやっかい。
それこそ第二次大戦前の日本の京都あたりにも沢山いて
「大東亜戦争は欧米の作った近代の概念を超克する為の戦争だ」なんて
本気でいってた。

個人的に60年代以降のポストモダニズムと呼ばれている現象で面白かった部分は
ありとあらゆる学問には「政治性」「イデオロギー」が存在する。
むしろ「政治性」「イデオロギー」こそが、ある学問を成立させる、ことをちゃんと立証したことだと思う。
(フーコーとかサイードとか…) ↑合理主義の高度化

234 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 01:19
モダンはともかくポストモダンは時代区分じゃないよー

235 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 01:29
たとえ、政治性やイデオロギー性を高度に操作することで
恣意的に学問的価値を形成することを実行する現象が
各種学派や集団でしばしば見いだされたとしても、
それが学問の本来的な正当性の源泉や本質ではないと思うし、
そういうのに乗っかって自分たちの学問が成立している
と居直る方向もなんかやだな・・

学問の芯はやっぱり、根本的な洞察や思考の可能性等々
であって「政治性」「イデオロギー」ではないね。
後者は前者があって初めて可能なのでは?


236 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 01:52
逆だよ

237 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 01:56
自分の思考を信じられない奴がそう思いたがるのさ。
政治性やイデオロギーに乗っかっていたら自分が
正当化されるなんて、ただの「怠惰」な頭脳だね。

238 :名無しさん:2000/07/17(月) 02:26
>>235
ポストモダニストと呼ばれていた人たちは
学問や思考が「政治性」「イデオロギー」から簡単には抜け出られないこと
知っていたから、其処から出ましょう、でなければ学問、思考しているとはいえません。
と2ch風に言えば盛んに煽りまくっていた訳です。…ほとんどの人は煽りに乗りませんでしたが。
(ドゥールーズの言う、強権的秩序からの逃走、遊牧的、流動的な思考、狂人の思考)
ですからポストモダニストと呼ばれていた人達は基本的にロマンチストなんですよ。(ベルクソンの「方法としての直観」!)
でも「常識的判断」を遙かに越えた理論とかあるので―「常識的判断」とはある種の「政治性」「イデオロギー」です。―
一歩間違えばトンデモになります。
きちんと合理的な裏付けがあれば良いんだけど、そうじゃない場合が多い。(ラカンの著作の一部とか)
そこが問題な訳です。
ですからソーカルの ”「知」の欺瞞” をポストモダニズムと呼ばれている現象全体への批判と読むのはちょっと違うと思います。
常に「誰か」や「何か」への批判です。
ポストモダニズムと呼ばれている現象全体と「誰か」や「何か」が巧妙に交錯するように思えますが厳密には違います。

ついでに言うなら安易なイメージ戦略や、ある「物語」に基づいた思考や問題提起、例えば「今のフランス哲学、現代思想は停滞している」(笑)
こうしたものをもっとも批判していました。
安易なイメージ戦略や、ある「物語」にそった思考は「政治性」「イデオロギー」ほかなりませんからね。

239 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 02:46
「政治性」「イデオロギー」の拡大解釈でしのいだ訳?
「われわれは論理的にしか思考できない。」とかいったのは
ウィトゲンシュタインだったっけ?
まあ、その程度の話だな。(笑)

240 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 02:58
例えば、相対性理論がどういう「政治性」や「イデオロギー」
で学問たりえたのかを説明するとどうなるの?

その作用の仕組みが分かれば、同じような効果を持つ理論
構造を恣意的に機械的に構築して、投げ込めば何か新しくて
可能性に満ちた学問が成立するわけ?


241 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 03:25
恣意的、機械的。

242 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 03:27
>238

デリダ「(ソーカルの本を一瞥して)下らん!」
とコメントの残し

ソーカル「だから、お前の文句はいっていない(笑)」

au.1996

243 :名無しさん:2000/07/17(月) 04:21
>>240
19世紀における欧米の東洋研究→植民地政策
というかなり限定された時代と場所においてのものでさえ
多くの学者達の研究と論文、かなりの時間が必要とされました。
相対性理論については一つだけではなく様々な時代や場所が
交錯しているので、難しいというか、今では不可能かもしれません。
まあ、新しい可能性とまでは言えないかもしれませんが
一応今の文化人類学は「オリエンタリズム」の反省を生かしているでしょう。

>>239
「政治性」「イデオロギー」の拡大解釈については
「性の政治学」なんていうジョークみたいな本もありますし。(笑)

244 :231:2000/07/17(月) 04:37
>232

コメントどうもっす。
ナイーブな質問すると叩かれるかと心配だったす。

>唯脳論とかの新京都学派バイオ系

申し訳ないですが、
そう主張している代表的な論者について
教えていただけないでしょうか?

>吉本隆明の影響を受けた人類学者、民俗学者

なるほど。よくわかりませんが調べてみます。

>234

時代精神といえばいいですか?

245 :231:2000/07/17(月) 04:50
「政治性」「イデオロギー性」って何なのでしょう?
人間、生きてる限り何やっても
「政治的」「イデオロギー的」になってしまうですよね?
(そういう意味では
どんな行為でも「政治的」だと立証できるんじゃない?)

経験的事実に基づいた議論をすることが
唯一の公正さのように思うんですけど。
それも一つのイデオロギーだって言うのは言えるだろうけど。。。
「だから何?」って答えるしかないんじゃない?
「イデオロギー」とかって単語は
使われる度に言葉の意味が変わってるような気がする。


246 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 04:58
そいで、批判されるべき「誰か」や「何か」じゃない
ポストモダニズムの最良の部分ってのは結局は何なんだい?
誰のどういった主張がそれに相当するんだ?
それも「誰か」や「何か」に対するものなのかい?
だとしたら随分小さな話になってきたなぁ。

247 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 05:02
>243
>相対性理論

へぇ。
ポストモダニストってのは
誰も説明できないことを信じるのかー?
頭使ってない人たちなんだね!

248 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 05:07
>243
>「政治性」「イデオロギー」の拡大解釈については
>「性の政治学」なんていうジョークみたいな本もありますし。(笑)

ポストモダニストはジョークとしては面白いってことですか?

249 :名無しさん@1周年:2000/07/17(月) 11:54
ケイト・ミレットはポストモダニストじゃないだろ?

250 :ほへえ:2000/07/17(月) 23:28
建築・都市論の専門用語だった「ポストモダニズム」という語が、
文化全般に適用されるようになったのはリオタールに責任がある。

「ギリシャ・ローマはモダンで、キリスト教ヨーロッパはポストモダンだ」
とリオタールは何かで書いてるけど、「一元的体系性がきついかゆるいか」
という基準に照らし合わせて言えば、確かにそういうことになる。
建築用語としてのポストモダニズムを拡張した語義として自然ではあるな。

でも、そういう風に建築から離れて一般的な意味で使うとしたら、
「ポストモダニズム」という表現自体は内容に対して不適切になってるね。
内容的に、それは特定の発展段階を意味する歴史的概念じゃなくて、
文化の基本的類型を意味する地理的・人類学的概念なんだから。
「一元的体系性がきついかゆるいか」で判断すると、
イスラムは「モダン」で日本は「ポストモダン」なんてことになり、
普通に使われる modern という語とは意味が無関係になってしまう(^^;

だから、文化一般に関して使われる「ポストモダニズム」も、
いちいち建築用語としての中心的語義を参照しないと、
「ポストモダニズム」は、意味が決まらなくなってしまう。
そもそも「モダニズム」という対義語にしても、
建築用語としては曖昧さがないのに、他分野では文脈で意味が違うからね。



251 :ほへえ:2000/07/17(月) 23:34
あ、しまった。根本的なところで書き間違えた(T_T)

「ギリシャ・ローマはモダンで、キリスト教ヨーロッパはポストモダンだ」
じゃなくて、
「ギリシャ・ローマはポストモダンで、キリスト教ヨーロッパはモダンだ」
じゃないと意味が通らないね。
そういう風に修正して読んでくださいm(_ _)m




252 :ほへえ:2000/07/18(火) 00:06
そういう風に意味を整理すると、普通の日本人というのは
「自分がポストモダニストだと知らないポストモダニスト」
ということになる。
キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝う日本人の姿は、
「純粋性・整合性へのオブセッションから解放されたら、
 人間というのはこんなにもお気楽に生きられるものなんだよ」
と教える最高の見本だから、こういう「ポストモダニズム」は、
「モダン」なキリスト教やイスラム教の原理主義に対して、
解毒剤の意味を持ちうるかもしれない。

つまり、「ポストモダニズム」なんていうよりも
「世界ジャパン化運動」とでも命名しておいた方が、
内容に対してまだしも正確な表現になっただろうね。
混合文化社会の代表として名前を挙げるわけだから、
「日本」じゃなく「ジャパン」――翻訳できない区別だけど。

というわけで、「日本人にとってポストモダニズムの意味は無い」
というのはその通りでしょう。
それは、ここでは平凡な社会通念でしかないので。
建築・都市に限定しても、日本の大都市の混沌の度合いは、
ポストモダニストの想定する「最適混沌度」を上回ってると思う。

ただ、そういう日本人がポストモダニズム批判をする
という逆説について、自覚はしてないとまずいね。
言葉でポストモダニズムを唱える欧米人よりも、
ポストモダニズムを批判している日本人の方が、
現実にはよっぽどポストモダンな生き方をしてる可能性が高い。
教会で結婚式挙げてお寺で葬式して元旦には神社に行くような人が
ポストモダニズムを批判してる――というのもありそうな話(^^;


253 :>252:2000/07/18(火) 00:22
省略されてないっすよ。

254 :おっと:2000/07/18(火) 00:24
252は省略されてないっすよ。>all

と書くべきでした。

255 :ほへえ:2000/07/18(火) 00:30
「ポストモダニズム」というと思い浮かぶ
難解ポエムな文体がどこから出てきたのか、というのは謎だね。
建築の場合の、歴史的脈絡を無視した様式コラージュに相当する
コラージュ文体が、あれということなのかな?

でも、難解ポエムな文体は、ポストモダニズム系に限らないね。
ハイデガーや広松渉も難解ポエムの趣味があるけど、
別にポストモダニズムの影響でそうなったわけじゃないし。
また、ポストモダニズムの中核論理から
難解ポエムの趣味が必然的に導き出されるわけでもない。

むしろ、人文アカデミズムの特権性みたいなものを全廃して、
「ラディカルな知の民主主義」を本当にネット上で実現したら、
難解ポエムな文章は一般大衆から嫌われまくって消えると思う。
要するに論壇の2チャンネル化をイメージすればいい。
(理系の)一流知識人が(文系の)三流知識人を啓蒙するという、
知のヒエラルキー強化の「モダン」な解決方法よりも
そういう「ポストモダン」な解決法の方が簡単だと思う。


256 :名無しさん@1周年:2000/07/18(火) 01:15
モダン的なはずの西洋人から
ポストモダン的主張がでるのと同じなんじゃない?
日本人がモダン的主張をするのも。

257 :きわめてまともな:2000/07/18(火) 19:49
えっと蒸し返しになるかもしれませんが、、。
とりあえず私はソーカルに親近感を持っております。
みなさんもう少し冷静になられた方が良いと思います。
冷静というか、”哲学”だからって肩を張らずに常識的に考えるのです。

まず第一に理系と文系の問題ですが、これは本に書いてあった通り
一つの目安として現在の論文しか読まなくても勉強ができるのか、
それとも20−30年前ぐらいの本でも勉強になるのかということに
あると思います。つまり簡単に言えば、哲学といいましてもやはり
文系の範疇にあるはずです。それは現在でもヴィットゲンシュタインや
ハイデッガーやさらにギリシア時代の著作が読まれることが学問として
成り立っているからです。
私は文系なのですが、恐らく理系ではこれは不可能でしょう。理系の
研究者は過去の偉大な人や研究者の本などは読まないでしょうし、
端的に研究にとっては無意味でしょう。理系の学問は常に新しい
研究であり、そこでは理論や実証が意味のあることなのです。
なぜなら中学生や高校生の数学や理科の教科者で、ある人の
業績や研究についての体系的な解釈などないのですから。
科学について我々の時代は、ギリシアの時代よりも発展している
ことを誰が否定できるでしょうか?


258 :名無しさん@1周年:2000/07/18(火) 20:08
>257

別にからんでるわけじゃないんだが
君の文章の意図がよくわからない。
とりあえず感情的になるなというのが君の論点かい?

ここ10個ほどのカキコはそれなりに冷静だと思うがね。

259 :258:2000/07/18(火) 20:10
つけたし

>257

理系と文系の問題って何ですか?
「知の欺瞞」とはかなり論点ズレてません?

260 :きわめてまともな:2000/07/18(火) 21:03
しかしソーカルは決して文系の学問を否定してません。
文系の学問のモデルはいまだに、歴史学に求められる
のではないでしょうか?歴史学を無意味な学問だといい切れる
理論があればまた話しは変わってきますが。
つまり歴史学はつねに、過去の事実の探求とそれをどのように
解釈するかという問題があるはずです。これをお互いに補い
ながら学問を奨めて行きます。これが今までの文系の学問の
モデルになっているし、未だに有効なのではないでしょうか。
だから哲学という学問の分野においても、かなり昔の著作を
解釈する作業があるのでしょう。

哲学は”人間の”思考を学問としますが、理系は人間では
なく物理的な世界を対象としているはずです。もし哲学が
理系の学問から何かを享受しようとするなら、まずは医学系
が一番妥当ではないのかと、冗談ながらに思います。なぜなら
”人間の”身体についての学問だから。


今回のことで問題なのは、ポストモダニストが自分が理解を
していない数学や物理の理論を、勝手に引用したことです。
これは個々の学問内での話ではなく、学者として倫理的に
してはならないことではないでしょうか?もしそのことに何か
成果があったのなら、数学や物理プロパーの人から議論され
ているはずです。

文系と理系の学問を結び付けるのは、安易にはできない
はずです。日本では立花隆さんがいわゆる学際的なことを
やっていますが、おそらく彼の仕事のようなのが成功している
モデルではないでしょうか。立花さんは理系の理論をつくりだす
のではなく、それが社会でどのように機能していくかを明確に
示すことをしています。
恐らく立花さんも文系の学問を否定はしていないはずです。
彼は学者ではありませんが、知識人ということは誰もが認める
はずです。

話がそれてしまいましたが、冷静になって高校や中学での
勉強を思い出してみるのも有意義なはずです。



261 :258:2000/07/18(火) 21:17
真ん中に挟まってるオレはチトマヌケだな。

262 :きわめてまともな:2000/07/18(火) 21:30
>258
すみません。論点がはっきりしていないで伝わらなかった
ようです。『知の欺瞞』の内容の大きな問題として、フランスの文系哲学者
たちが理系の理論を理解してもいずに勝手に引用しているか、という
ふうに読みました。
その点に関しては、ポストモダニストは有効な反論を著者もしくは
理系の人達にできないでしょう。
日本でもポストモダンといわれる流行を享受したのは、おそらく
文系の学部だけなはずです。だから文系の人が、勉強もせずに
理系の理論などを駆使しして、疑似学際的なことをやろうとする
危険があったはずです。
そのようなことを、念頭に置いて上のことを書きました。

>とりあえず感情的になるなというのが君の論点かい?
おっしゃる通りですね。そうではないでしょうか。

> ここ10個ほどのカキコはそれなりに冷静だと思うがね。
確かにそうだと思います。ただ10個ほどの議論はポストモダンという
文化事象について書かれているので、学問としてどうかという
ことを書こうと思いました。 ずっと以前にも書かれているようですが。

263 :ほへえ:2000/07/18(火) 23:35
ところで、ポストモダニストを自称している学者は、
ウェブサイトを開いてるのかな?
学者は自分のサイトで文書を公開し、サイトにBBSなんかも設置して、
しかもそのBBSは管理を緩くして自分が批評されるのを耐えるべきだ――
ポストモダニズムの価値観から言うと、そういうことになるはずなんだけど。

ヒエラルキー的でないボトムアップ型の秩序という点では、
インターネットはポストモダニズムの主張そのものだよね。
でも、インターネットの構築にポストモダニストは何も貢献できなかった、
というのが、運動としてのポストモダニズムの根本的敗北だと思う。
それとも、間接的影響くらいはあったのかな?

264 :まともな:2000/07/18(火) 23:55
ほへえさんと同感ですね。
私もインターネットはそうだと思うのですが、おそらく何も
貢献していないでしょう。

そいうふうに考えると、普通の一般人からみて例えば
昨今はやっているバイオテクノロジーの企業などは
きわめてポストモダン的なものでしょう。ただお金になるという
価値にしか左右されずに、今までの倫理を科学の力でどんどん
変えていくはずですから。

実はいわゆるポストモダニストって保守的だったりする
はずです。芸術分野では、映画などが彼らに人気がある
はずですが、”ポストモダン的な人物”ならば間違いなく
映画からはいち早く身を引いて、コンピュータによる
アートの研究や実践をすすめているはずですよね。

こういう、言ってることとやっていることが違う人は
もはや学問のレベルではなく倫理の問題ですよね。

265 :名無しさん@1周年:2000/07/19(水) 00:02
> 263
ネットの普及とポストモダニズムは連動しているのだと思いますよ。
原因と結果という関係ではなく、同じ力動の二つの側面としての
ネット社会とポストモダニズム、と考えるべきなのでは?

だから、ポストモダニズムが貢献していないというの筋違いで、
蓋然的に生まれるべくして生まれた思想ではないかと…。

266 :名無しさん@1周年:2000/07/19(水) 02:41
>264
ポストモダン的な人物はコンピュータによるアートの
研究や実践をすすめている・・・んじゃないの?実際。
人気あるのかないのか分からない東浩紀とか。


267 :文学部学生:2000/07/19(水) 02:45
今日初めて、”「知」の欺瞞”を読みましたが、日本語版に対しての序文が
なんとも言えない感じです。
ドゥールーズ、ガタリ、ラカン、ラトゥールといった具体的な名前が
「ポストモダニズムの思想家達」といった言葉に言い換えられていることも
彼らの発表した、問題のあるそれぞれの論文の具体名が
「ポストモダニズムの思想」に置き換わっていたとしても
「ポストモダニズムの思想家達」「ポストモダニズムの思想」という言葉が
「ポストモダニズム」という言葉で代用されていたとしても
決してソーカル達自身が厳密さを欠いているのでは無く
それは本を読ませる上で使われるありきたりなレトリックであり
この本をポストモダニズムと呼ばれる現象全体への批判と錯覚するのは
読者が厳密な読みをしていないというだけのことで
ソーカル達にはまったく関係が無いそうです。(笑)
まあ、いいんですけどね。

268 :名無しさん@1周年:2000/07/19(水) 06:46
>267

>読者が厳密な読みをしていないというだけのことで
>ソーカル達にはまったく関係が無いそうです。(笑)

はぁ?何が言いたいわけ?
これだから文学部(の一部の奴は)はバカなんだよな。
重要なことはソーカルらはその本の中で
独自の使い方をした単語の定義をほぼ明確にしていることだ。
読者の側から明らかに不明瞭な著者の意図を
積極的に理解するようつとめるべきと言う意味と
「読者が厳密な読み方をしていない」というのは全然別のこと。

269 :名無しさん@1周年:2000/07/19(水) 06:50
で、結局ポストモダニズムの最良の部分ってのは何なんだ?

270 :名無しさん@1周年:2000/07/19(水) 07:02
ヒエラルキー的でないボトムアップ型の秩序=ポストモダン的
というだけなら単なる技術用語の1つじゃないですか
全然、エラくないぞ、ポストモダノズム!

271 :名無しさん@1周年:2000/07/19(水) 07:06
>247

違うって。
243は自分の発言はジョークでしたって
言ってるんだよ。

>243

学問を政治化しようとしてるのはポストモダンでしょう。
「政治性」「イデオロギー性」を捨てることはできないから
積極的に「政治的」「イデオロギー的」であるべきだと言ってるのでは?
「短所を長所と主張している」と言われても仕方がないね。



272 :名無しさん@1周年:2000/07/19(水) 07:26
>264
>『知の欺瞞』の内容の大きな問題として、フランスの文系哲学者
>たちが理系の理論を理解してもいずに勝手に引用しているか、という
>ふうに読みました。

ソーカルらの主張はそれだけではないでしょう。

1,引用されている概念の使い方が明らかに不適切であるが、
独自の定義はどこにもない。
2,難解な数学や物理の概念を(しかも間違って)彼自身の主張に援用することの妥当性を
示す努力が行われていない。
3,定義の不明瞭な表現が乱発されている。読者はどんなに努力しても著者の意図を絞ることができない。
4,好機のような行為は徒に読者を混乱させており、ハロー効果で読者を威圧しようとする行為であって不誠実である。そして、知的に誠実な学生の多くを無意味に消耗させている。
5,ポッストモダニストたちは自らの主張を明快にすることもなければその具体的成果を示すこともないにもかかわらず、彼らの与えているよくない影響についてはほおっかむりである。

273 :272:2000/07/19(水) 07:27
訂正

好機→上記

274 :>272:2000/07/19(水) 10:18
要約するとそんなもんだろうね。

で、ソーカル批判をする人たちも、彼の主張に具体的な反論はでき
なくて、からめてから批判してるとしか思えないです。
いわく、「ポストモダンの定義が変」、「動機がおかしい」、「政治的だ」etc.@` etc... こんなんじゃ、話にならん。


275 :まともな:2000/07/19(水) 11:09
271の後半。
全くそのとおり。

276 :名無しさん@1周年:2000/07/19(水) 18:18
>ほへえさん

む!なんとなくわかってきたぞ!
ポストモダニズムの最良の部分っていうのは
権威や常識にとらわれず自由に議論しましょう
っていうことなんですね!
なるほど。
ポストモダニストが誰1人として
実行していない(する意志もない)コトが
最良の部分だったのか!
あれ?でもそれってフツーの啓蒙主義の主張なのでわ?

277 :名無しさん@1周年:2000/07/21(金) 01:18
>例えば、相対性理論がどういう「政治性」や「イデオロギー」
>で学問たりえたのかを説明するとどうなるの?

エルンスト・マッハらの相対論は、レーニンなんかがクソミソに
批判していたワケ、唯物論とは対極にあると考えられていた。
そこへアインシュタインが
>E=M*C^2(cの自乗)
によって唯物論的救済を行ったが、
1920年代になって早くもシュレディンガーによって
早くも乗り越えられてしまった。
レーニンも病床に伏した。

278 :啓蒙:2000/07/21(金) 07:53
啓蒙主義は「蒙を啓く主義」だぜ。
このスレッドに書き込みしてるお前らみたいな、
蒙を啓かれる側の馬鹿に発言権は存在せん。

279 :>278:2000/07/21(金) 08:51

    Λ_Λ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ( ´∀`)< 自己言及!
    (    )  \ _______
    | | |
    (__)_)


280 :>277:2000/07/21(金) 10:37

そりゃ、レーニンがアホだったということやろね。
でもって、量子論が唯物論的でないと思ってるあんたもアホや。
ポストモダンのボケかまし軍団と似たり寄ったりやね。

281 :名無しさん@1周年:2000/07/21(金) 12:06
>280

277はボケかまし軍団のメンバーそのものでしょう。
それとも確信犯でしょうかね。

282 :名無しさん@1周年:2000/07/21(金) 19:45
>280

物性屋からすれば量子屋なんて
土器ュんよ(笑)

283 :>139=282:2000/07/22(土) 13:38
なにか事あるごとに文脈と無関係に量子屋を叩くあなたって一体何者?
量子屋がどうドキュンなのかもう少しくわしく書いてね。
(あなたがどんな個人的経緯で量子屋に屈折した感情を持つようになったかなんて
ツッコミはしませんから、そこは安心していいですよ)


284 :名無しさん@1周年:2000/07/23(日) 01:05
すごーい。哲学も理系もマスターしてるみなさんって
すごーい。学者さん?まさかね。所詮、塾講あたり?

285 :名無しさん@1周年:2000/07/23(日) 01:12
つうかここでいまさらソーカル読んで喜んでる
バカが理系なワケねぇだろ(笑)

286 :剣豪:2000/07/23(日) 01:29
ふぅ、久しぶりだぎゃ。
誰か276君の質問に答えなさい。

287 :剣豪:2000/07/23(日) 01:34
ありゃ、このスレッドは初めててでしたかな。失礼をば。
誰か276君の質問に答えてみて下さい。

288 :>276=剣豪(?):2000/07/23(日) 11:22
答えがないってのは、yesってことなんでないの?

ね?>ほへえさん


289 :>284:2000/07/23(日) 11:26
哲学なんか誰でもできるよ。訓練いらないし。
ソーカルも言ってるように、
「あたりまえのことか、とんでもなく間違ってること」
を書けば哲学になるらしいし。(^_^)
理系の人の老後の楽しみとして、哲学は最適だと思うよ。

290 :>289:2000/07/23(日) 13:19
ソーカルはんな事言ってねーって

291 :剣豪:2000/07/25(火) 00:31
>288
 違いまふ。

292 :276:2000/07/25(火) 02:18
>288

違いますよ。

293 :剣豪:2000/07/25(火) 04:53
違うよね〜

294 :名無しさん@1周年:2000/07/25(火) 17:44
>272

ワタシが思うに、ポストモダニストなんて所詮ハエのごとき
存在であるが、科学社会学のストロング=プログラムなどは、
それに比べるとスジガネ入りの確信犯ぽい。

295 :名無しさん@1周年 :2000/07/26(水) 01:40
あげ

296 :名無しさん@1周年:2000/07/27(木) 02:42
ポストモダン・アレルギーの哲学オタ共全員逝ってよし!

297 :名無しさん@1周年:2000/07/27(木) 13:02
296>
オマエがイけ!(爆笑)

298 :名無しさん@1周年:2000/07/27(木) 13:32
「ポストモダン」とゆー語になんとかついていこうとしてた
80年代→結局フランス語読めないもんで挫折→ニヒル化
→ソーカル登場→狂喜乱舞、積年の恨み爆発→「ポストモダン
なんて全部でたらめだ!→大爆笑。

299 :seymour:2000/07/27(木) 23:41
みなさん,いろいろむずかしいこと考えているようですが,
要するにソーカルらが言いたいのは,
「ポストモダニズム」と呼ばれる,思想界にとどまらず,
さまざまな分野に影響を与えている思想の
一部の人たちが
# ラカン,クリステヴァ,…
その正確な意味も知らずにおしゃれ感覚で使う
科学用語(とくに数学用語)の濫用に我慢ならなかったって
ことでしょう.

そして,その空虚さ,インチキさを暴く使命感につき動かされて
いるのでしょう.
すごく真っ当なことを言ってるじゃないですか.
揚げ足とりとか,文科系学問全体への攻撃だとかいう反論は,
ソーカルらの意図を勝手に誤解しているのでしょう.

もちろん,アナロジーとして適確に使うことは否定していません.
ただ,彼らの用法はどうみても「知ったかぶり」ととられても,
仕方ないものです.

そして,それはソーシャル・テクスト誌に採用された
パロディ論文である意味,実証されたわけです.
あまりフェアなやり方とは言えませんが,説得力はありますね.

その逆,つまり,ポストモダンの方々が数学のパロディ論文を書いて,
数学の専門誌に採用されることはまず,ありえないでしょう.

300 :名無しさん@1周年:2000/07/28(金) 13:18
>298

あなたの仮説が正しいとすると
ここでポストモダンを叩いてる人たちは
相当の年令ということになりますね。
30代半ば以上ぐらいの計算になるんじゃないですか?

私は今、大学生ですが
「観察の理論負荷性」
「理論の非決定性」などを
オウムのようにくりかえすだけで
なにも提案できない方々は
一昔前の遺物であると思っております。
あなたがそういう方ではないことを願ってやみません。

ポストモダンを養護される方々が
どんなに御立派な言説を披露なされても
人間のできることには限界があり
我々は今できることをやるしかありません。

301 :名無しさん@1周年:2000/07/28(金) 13:35
>300
あんたは正論を吐いているつもりらしいが、注意した方がイイな。

>我々は今できることをやるしかありません。

とかいって結局モダンなお勉強に先祖返りしたって何も生みだせないぞ。

302 : :2000/07/28(金) 13:36
>「観察の理論負荷性」
>「理論の非決定性」などを
>オウムのようにくりかえすだけで
それポストモダンじゃない…

303 :新事週:2000/07/28(金) 15:37
今週号のニューズウィークにシンガポールの新政策が紹介されてる。
創造性のある人材の流出を食い止めるために、
管理社会の統制を緩めて、香港の方向を目指すんだそうな。
ポストモダニズムって、本来はそういうことだよ。

304 :名無しさん@1周年:2000/07/28(金) 15:40
ちがう。

305 :名無しさん@1周年:2000/07/28(金) 16:00
>303

ほう。自由主義政策を押し進めていくことが
ポストモダニズムなのか。こりゃすげえ。

それ以前にポストモダニズムってのは
政策の分類を表わす単語なのか?

政府の大小を巡る問題は
古典的な議論のように思えますがねぇ。

306 :303:2000/07/28(金) 18:06
いや、政府の大小という国家論じゃなくて、
混沌の必要性という都市論の文脈での話。
シンガポールの特殊性で、この場合はたまたま
都市論が国家論になってしまうけど。

307 :305:2000/07/28(金) 20:14
>303

都市の混沌性?

「創造性のある人材の流出を食い止めるために、
管理社会の統制を緩めて」

というのは、建築物や営業形態についての
規制緩和を意味するのかい?

都市計画と人材の流出の直接的関係を
示唆するような文脈には読みとりがたいのだが。

いずれにせよ単なる自由主義政策にしか見えないが?

308 :名無しさん@1周年:2000/08/03(木) 00:13
>301

またこのパターンだな。
詳しいことは書かずに書き逃げ。

>とかいって結局モダンなお勉強に先祖返りしたって何も生みだせないぞ。

「先祖返り」とは驚いたね。
なるほど、あなたのよるとポストモダンっていうのは
モダンの進化したものってわけだ。元左翼ですか?
ポストモダンの方こそプレモダンに先祖返りしたんじゃないの?
このあたりは言葉の定義にもよるんだろうが。

>300

あと15年もすれば答えがでると思うね。
誰がマヌケかってのが心ある人にはわかってくるでしょう。
今はまだムリだけど。
PMにいかれた30代後半〜は我々の世代には有害だよ。
ソーカルも危惧してるけど。
やつらにはそのへんがわからないんだよねー。


309 :名無しさん@1周年:2000/08/04(金) 07:03
で、ポストモダンの最良の部分ってなんですか?
>ドキュソとはセンスの違う方

310 :名無しさん@1周年:2000/08/04(金) 18:19
>で、ポストモダンの最良の部分ってなんですか?

マイノリティにやさしい。

311 :名無しさん@1周年:2000/08/04(金) 20:13
>310

うそつけ
しかも権威主義者なのが証明された

312 :310:2000/08/05(土) 01:49
>311

信じないんなら最初っから聞くなよ〜。

313 :名無しさん@1周年:2000/08/05(土) 01:53
いや、309=311 とは限るまい。

314 :名無しさん@1周年:2000/08/05(土) 18:12
>310

部外者だけど信じられないというよりは事実ではありません。

315 :名無しさん@1周年:2000/08/05(土) 18:31
じゃ、実際はどうなのよ

316 :名無しさん@1周年:2000/08/06(日) 04:57
>で、ポストモダンの最良の部分ってなんですか?

郵便物を回収しやすい。


317 :名無しさん@1周年:2000/08/06(日) 20:36
アプリオリな合理主義に対して、
「合理主義自体も経験から有効性を試される必要があるんだ」
という修正を施したのが、建築におけるポストモダニズムの功績だろう。
この場合の「合理主義」というのは、日本語での普通の用法の合理主義、
つまり合理主義≒実用主義のことを言ってるわけじゃないのに注意ね。

318 :名無しさん@1周年:2000/08/06(日) 21:02
じゃあポストモダニズムっていうのは
経験主義と仲良しなのですか?
そんなふうには見えないんですけど。

319 :317:2000/08/06(日) 23:09
「アプリオリな合理主義」という表現で例えば何を指したのか、
イメージできるかどうかが、一番の問題だと思う。
『輝く都市』的なイメージが未来で進歩だった時代を知らない人には
317の発言は意味不明だろうと思うよ。
ある時期に起こった未来イメージの切り替えについては、
ウィリアム ギブスン『ガーンズバック連続体』が必読文献かな。

320 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 01:18
ポストモダニズムは経験主義と仲良しです。

321 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 01:49
やっぱ?ポストモダニズム万歳!

322 :318:2000/08/07(月) 04:25
飽くまで「未来のイメージ」が問題なのですか?
だったら哲学的な議論とはまるで無関係に思えます。

それは将来に対して人々が
「楽観的か」「悲観的か」
「理想主義的か」「現実主義的か」
というような種類の問題であって、
哲学あるいは科学哲学とは異なる話のように思えます。
なぜなら伝統的な科学の世界では
理論を経験的に検証しようとするのはあたりまえのことだからです。
「理論を経験的に検証する必要がある」というのは
いったいどこが目新しい考え方なのでしょうか?

そうではなくてポストモダン論者は
我々の「認識」や「価値」についての
ほとんど全てを相対化するべきである
というような主張をすることが多い。
彼らは第一に、自分たちはどうなのか?
ということを棚上げにしているし
第二に、現実を本当に言い表しているか?
について検証することを放棄している。

323 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 07:47
>322
>彼らは第一に、自分たちはどうなのか?
>ということを棚上げにしているし
ポストモダン論者が 「相対主義」を絶対化している、という意味
なら上の意見に賛成。

>第二に、現実を本当に言い表しているか?
>について検証することを放棄している。
まさにラカン理論などには当てはまりますな。

324 :310:2000/08/07(月) 10:12
うーん、いちおう単純な用語の整理だけしておきましょうか。
このままだとあまりに不毛なので。
俺は別に専門家でもポストモダニストでもないんだけど。

ラカンは、どんな意味においても「ポストモダン」の論者ではなくって、
あえて言うなら「構造主義」に属する人です。
クリステヴァもそう。
ドゥルーズやデリダとかは、「ポスト構造主義」ってことに
いちおうなってる。この呼び名には問題もあるんだけど、
あえてそう呼ぶことにします。

で、ポスト構造主義は、構造主義への批判的意味合いが強いんですね。
だから、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』は、
主にラカン批判の書として書かれたし、そう読まれてるはず。

いっぽう、「ポストモダニズム」っていうのは、哲学の世界では
リオタールが『ポストモダンの条件』っていう本を書いたとこから
だいたいはじまっているはず。

ポストモダンとポスト構造主義はイコールではないんだけど、
同じようなものとして世間に受け止められているのは、
ポストモダンの論者が、さっき言ったドゥルーズやフーコーとかの
言説に影響されてよく使っているからです。

だから、ラカンをポストモダンというのは端的に誤りで、
ドゥルーズだったらかなりグレーゾーンなわけ。
ということは、ラカンを批判することでポストモダンの批判は
できないし、その逆もまたしかり。

ということで、また議論を続けてください。


325 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 11:50
ん、ということは、ソーカルは自分の本で真っ先にラカンや
クリステヴァを批判しているけど、それはポストモダン批判には
つながらないって言いたいわけね? >324

326 :名無しさん@1周年:2000/08/07(月) 12:13
だって文句がいいやすいだもん笑>取り上げられている連中

だからデリダとベイトソンのヤバイところをつかないと駄目。

327 :310:2000/08/07(月) 12:34
>324

うん。
でも、ラカン批判やクリステヴァ批判にはなってるからいいんだけど。
そこから、ポストモダン一般にその批判を適用できるかはまた別の話。

328 :310:2000/08/07(月) 12:35
誤:>324
正:>325

329 :提案:2000/08/07(月) 14:29
ソーカルの本の内容は、要するに
1.衒学批判
2.反科学主義批判
でしょう?
「衒学+反科学主義」という思想傾向を
「ポストモダニズム」と呼んではいるけど、
他に適当な言葉がないから暫定的にそう呼んだだけで、
内容自体に較べると用語法は些末な論点だと思います。
用語法で引っかかると議論が先に進まないから、
「衒学」「反科学主義」という言葉を
このスレッドでは使うことにしませんか?

他分野では見かけない程の意味不明難解表現とか、
科学に関する単なる事実誤認とか、
理科系に対するルサンチマンとかが、
確かに哲学関係の文献にはたくさんあると思います。
そういうのを報告して議論しあうこと、つまり、
哲学版と学会(て学会?)みたいなことをやるのが、
ソーカルの意図を理解した、
ということだと思うんですが、どうでしょうか?

そのうち、そういう展開になるだろうと思って、
話の流れを追ってきましたが、
いつまで待っても本題が始まらないので、
正直に言うと少し呆れています。



330 :>329:2000/08/07(月) 17:15
まったく同感。
ポストモダンっていう言葉が一人歩きしてるみたいでね。
それに過剰に反応してる一部馬鹿の発言には辟易ですわ、ほんまに。

で、日本でソーカル流の批判対象になりそうな人はというと、やはり
中沢新一中央大学教授が筆頭に上がるのではないかと思うが、いかが?

乞うご意見。



331 :>329:2000/08/07(月) 17:27
同じ反科学主義でも、フランス的衒学と社会構築主義とは
色合いが全然違うなあ。前者は単なるオチョクリであるが
後者は科学者が抱いている「素朴実在論」に対するマジメな
異議申立てだからなあ。

332 :上にも出てる:2000/08/07(月) 19:10
レーニンの相対論批判って、あちこちで言及されてますが、
そもそも何という文献でそれを語ってるんでしょうか?
今出てる邦訳書で読めますか?


333 :>321:2000/08/07(月) 20:41
「単なるオチョクリ」というのは、いかにも言い訳じみてるよな。
しかも、書いた本人はそんなこと絶対言わなくて、周りで持ち上げ
てた連中が照れ隠しにそう言い訳するんだよね。こっぱずかしい
話だこと。


334 :厨房:2000/08/09(水) 00:11
つまりよー、自称パンクスがモーニング娘。を批判してるようなイタさが
ポストモダンにはあるわけね?

それとも俺がイタイ!?
ゲハハ!

335 :名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 01:03
>329

2chでそんなことを期待してはいけない、
ここは本を鵜のみにする連中、
ポス構本鵜のみ派とソーカル鵜のみ派が
教科書的、学級委員会的に不毛なケンカをする場所です。
哲学的議論なんかは他所でやってくれ。

336 :名無しさん@1周年:2000/08/09(水) 01:28
レニン『唯物論と経験批判論』

入手は、100円50円でできるでしょう。

337 :名無しさん@1周年:2000/08/11(金) 10:15
329に対して330が同感なようには見えないんですけど。

338 :>329:2000/08/11(金) 16:11
ソーカルは「政治的正しさ」も問題にしてるね。
「相対主義」「フェミニズム」の問題として言及してるけど、
用語法でもめないように
「政治的正しさ」の問題として議論した方がいい。


339 :330:2000/08/12(土) 13:38
どこが違うんだ?説明してみて。>337

で、どうなのよ。哲学版「と」についてはさー?
中沢の「雪片曲線論」なんか、勘違いのオンパレードで、まさに
ソーカルが槍玉にあげそうなトンデモ本だけど、どうよ。古すぎ?



340 :名無しさん@1周年:2000/08/12(土) 13:42
>中沢の「雪片曲線論」

この本、まだ売られていますか? 一度読んでみたい。

341 :名無しさん:2000/08/12(土) 14:23
>で、どうなのよ。哲学版「と」についてはさー?

って、まず自分から『雪片曲線論』にでもついて語ってみてわ?
読んだ人の方が少ないわけだから、他の人は語れないでしょう。

語っていいかどうか許可を求めてるように読めるけど、
そんな許可を求める筋のもんじゃないし、
どうしても誰かが許可する必要があるなら、おれが許すからさ。

342 :名無しさん@1周年:2000/08/16(水) 15:49
あげ

343 :名無しさん:2000/08/16(水) 16:18
基本的に〈善〉の次元の思想のはずの社会主義や、
〈美〉の次元の思想のはずのポストモダニズムが、
〈真〉の次元の問題たる科学にコメントしたのは何でだろう?

「社会主義的科学論」なり「ポストモダニズム科学論」なりは、
本当にその主義の中核論理と何らか関係があったのか、
それとも個々の思想家の個人的関心にすぎなかったのか、
という点が吟味されるべきだと思う。

つまり、「社会主義的科学論」「ポストモダニズム科学論」を
仮に本当に賢い人が語ったとしたら、どんなものになるのか?
それとも、そんなのは単に語義矛盾で、ありないのか?

344 :39歳の医師です:2000/08/17(木) 22:32
>298
>「ポストモダン」とゆー語になんとかついていこうとしてた
>80年代→結局フランス語読めないもんで挫折→ニヒル化
>→ソーカル登場→狂喜乱舞、積年の恨み爆発→「ポストモダン
>なんて全部でたらめだ!→大爆笑。

これ冗談でなくわたしにぴたりとあてはまる
80年代の学生時代にフーコーから始めていわゆる「ポストモダン」に狂って
ニューエージの医学はどのようにあるべきかなんて考えていたわたしだった
でもその当時からガタリは読んでもよくわからず
ラカンやクリステヴァについては何となくうさんくさく思ってたんだけど
いざ医者になって必死に一人前になろうとしていたら
いつのまにかわたしの中から「ポストモダン」はどこかにいってしまった
むしろ素朴実在論に立たなければ外科手術なんかはできないからね
目の前で出血してるのにそれが社会構成的だと言われてもねえ
それでソーカルの「知の欺瞞」がでて本当に興奮した(3月出版予定が伸びて待ち遠しかったこと)
一晩で読んでこの20年近くの逡巡がすべて消え去った思いだった
狂喜乱舞、積年の恨み爆発→「ポストモダン」なんて全部でたらめだというのは
冗談でなく正直なところ本心です


345 :298:2000/08/18(金) 00:23
うーむ、「一晩で読んでこの20年近くの逡巡がすべて消え去っ」ちゃっても
いいのかな、ってのが「→大爆笑」という意味だったのですが。
理系的言説の出鱈目な応用の曝露!たったそれだけ(?)でポストモダンが
すべて否定されてもいいものかどうか・・・。

346 :344:2000/08/18(金) 10:11
もちろん「「→大爆笑」という意味」はわかってあえて書き込んだんだけどね.
これは一晩で考えが180度変わったということではなく
むしろわたしの中では
「とんぼ返り=命がけの跳躍」のために背中をそっと押してもらったという感覚かな.


347 :電波猫:2000/08/18(金) 14:45
サイードを少し読んだのと、解説書を少々読んだ事があるだけですが
そこまでゴミですかね?限定的な問題を大げさに騒ぎすぎている様には見えますが…

348 :名無しさん@1周年:2000/08/18(金) 17:15
ポストモダニズムを爆砕せよ!
http://2ch.server.ne.jp/2ch/test/read.cgi?bbs=sisou&key=953629510&ls=50

349 :切断:2000/08/18(金) 18:22
ざっと目を通してみましたが、まとめると批評空間で
言われてたように、用語は正しく使うべきだってそれだけでしょう。
厳密に考えると実際に正しく使われているなんてことはほとんど
ありえないことだと思うけど。
端的に言えば他人の領域を知ったかぶりするなってことですね。

議論を建設的にするために
第一のラインとして厨房やドキュンなどの言葉は使わない。
ちゃかしやあおりも禁止。これ最低限。
人を見下したり、都合が悪くなるとキレたり消えたり、自作自演したり
すぐ人の尻馬にのったりする、これを2ch的と呼びます。
これが嫌だというなら好きにやってください。
最低こういうものを排除しないとだめでしょう。2chそのものを
批判してるのではないです。「2ch的なもの」こそ批判されるべきでしょう。
少なくとも哲学板においては。

第二のラインとして
知らない思想家、哲学者のことを頭からポストモダンだときめつけるのもなし。
同じくポストモダン擁護派もちゃんと意味分かってない人多い。
その意味をちゃんと定義しないことには何も始まらないし。
人物とか用語に振り回されてヒステリックになるのは権威主義的だと思いますし、
ドゥルーズやラカンをバカにしている人だってソーカルに笑われるんじゃないですか。
背伸びして感情的になってるけど。プライドの防戦でしょう。
これがいやしくも哲学かじってる人たちの議論だとは思えない。
端から見たらアホ集団です。冷静に冷静に。

でも、議論しても実りはないように思います。(笑)
副産物はあるかもしれなませんが。

350 :>341:2000/08/18(金) 23:19
誰も読んでないんなら議論にならんよ。俺的には中沢が哲学系「と」
の代表であるとだけ指摘しておこう。

他に、ソーカルの指摘にあてはまるような「と」な日本人学者の
こころあたりはないかね?リストアップして、晒してみてはどうよ。


351 :名無しさん@1周年:2000/08/19(土) 01:49
>349
「逝ってよし」。(大爆笑)

352 :名無しさん@1周年:2000/08/19(土) 04:36
漫画板がある意味一番まともか......。
みんなテクスト読みこなしてるし(笑)

353 :名無しさん@1周年:2000/08/19(土) 07:35
『雪片曲線論』が文庫棚の片隅にあったんで読み返してみた。
表題のエッセーは、大意こういう内容。

――複雑な系を取り扱えるようになった現代科学の視点で見ると、
理性をユークリッド幾何学でシンボライズした19世紀の科学観は、
自然から乖離した一種の神秘主義だったと言える。
そうではなく、自然自体の豊穣なる混沌を捨象しない超理性こそが、
われわれの目指すべき精神なのだ――

ポストモダニズムの図式そのままではあるけど、
主張自体は分りにくいものではないから、
ソーカルが取り上げた例のような、ポストモダニズムですらない
「何を主張しているのか分らない単なる悪文」よりはマシだな。

でも、義務教育レベルで突っ込める勘違いがたくさんある(^^;
1.溜め池を作ったのは行基。
2.堤防と違って溜め池作りには乱流制御の知識は別に要らない。
3.渦は必然的にフラクタルな乱流というわけではない。
などなど。

と、ここまで書いたんだから、4.以降を続けてね>350
一般に、何かを誉めるときは根拠を示す必要はないけど、
何かをけなすときは「ここがダメ」と例示するのが作法だよ。

354 :>353:2000/08/19(土) 09:58
その「大意」って、まさにソーカルによる批判がまんまあてはまる内容
じゃん。
そんなものが「ポストモダニズムの図式そのまま」なら、やっぱ、
ポストモダニズムって、全然ダメじゃん。
馬脚が現われたね。


355 :名無しさん@1周年:2000/08/19(土) 20:44
>354
「どう」ダメなのか説明しなさい。
それからダメといいなさい。

356 :>355:2000/08/20(日) 00:01
20世紀も半ばをとうに過ぎてる(当時)のに、19世紀の科学観
なんてもの持ちだしてどーすんの?全然ダメじゃん。
「理性をユークリッド幾何学でシンボライズ」って、なんのこっちゃ?
アホちゃうか?そんなの17世紀の科学だろ。全然ダメじゃん。
「渾沌を捨象しない超理性」って何よ。「超」なんかいらねーだろ。
こけおどしもいいとこで、全然ダメじゃん。

357 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 00:05
>355
 そりゃそうだ。

358 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 02:06
>356
おいおい、それ本気で書いてるのか?

359 :>358:2000/08/20(日) 09:21
おいおい、おまえこそ本気で書いてるのか?(ワラ

360 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 10:09
>349
 議論の進め方についてはおおむね賛成です。付け加えると「(笑)」という
 台本用語も自分の意見として付けるのも妙ですね。
 「アホ集団」もルール違反になっていませんか?
>350
>「と」って何ですか?最近の流行を知らないので教えて下さい。
>351
>「逝ってよし」。(大爆笑)
 意味不明?何故「逝ってよし」そして「(大爆笑)」なのか説明をして下さい。



361 :よん:2000/08/20(日) 11:27
もし中沢の主張を受け入れて「ユークリッド幾何学でシンボライズした
19世紀の科学観」が駄目で、
「自然自体の豊穣なる混沌を捨象しない超理性こそが、
われわれの目指すべき精神なのだ」として、じゃあ、その目指すべき「超理性」
って具体的に何なの? 説明してごらん、出来ないでしょ、
というのがポストモダン的言説に対する常套的な批判です。
いわくいいがたいものが、修辞的表現を用いてのみその存在を暗示される。
つまり中沢のいう「超理性」とはハイデガーでいえば「存在」であり、
はっきりいえば「神」のことです。でも、そんなの、ポストモダンどころか
プレモダンの話だと思います。


362 :>361:2000/08/20(日) 13:24
中沢の場合、密教なんだよ(笑)
で、「曼陀羅はフラクタル」という話になる。
中沢はポストモダニストである以上にオカルティストなんだな。


363 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 14:02
最近はまともな思想家、学者が少なくなった。
大体、中沢新一はオウム真理教が起こした事件に対して
少しも道義的責任を感じている様子もなく、かと言って
世論に抗してまで弁護的な主張をするでもなく、
大学教師の安全な地位にあぐらをかいて無意味な主張を続けて
世の若者を惑わしている。反動的な似非インテリだろう。

364 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 14:56
中沢を擁護する気は全くないことを断っておくと、
ポストモダンを嘲笑している人が本当にその意味を
分かっているのか疑問。
なぜなら今もその状態は続いているといえるから。
349がうるさく言ってるので、一応かいておくけど
東君の言葉を借りると、ポストモダンとは「社会や主体を
基礎づける絶対的物語の不在」を意味する。

それから他人の思想を借りて他人をバカにしてるやつは
それが悪しきポストモダニズムだということを
認識するべきだと思うな。それこそ「知の欺瞞」だよ。
あと、中沢のいってる超理性というのは361がなぜか
断定しちゃってるけど、「存在」とか神ではないとおもう。
読んでないからなんともいえないけど、少なくとも混沌を
捨象しないのなら。そうでなければ浅田が一刀のもとに
切り捨ててるはずでしょうが。

365 :整理:2000/08/20(日) 16:29
「ポストモダン」という命名が論点を判りにくくしているね。
postmodern-ism(近代以後を準備する思想運動)じゃなくて、
post-modernism(近代化運動が成功裏に終わった時期の思想)
という意味なんだということは確認しておく必要があるだろう。
それはむしろ近代の超克を断念する思想なのに、名前から
「近代を超克する新たな変革思想」という誤解を招いてしまう。

「大きな物語の喪失」というリオタールの言説は、
「変革なんてありえない」という宮台の主張や、
「歴史は終わった」というフクヤマの主張を先取りしたもので、
実のところ常識的生活者多数の実感を言葉にしたにすぎない。
「過渡的な近代」「成熟した近代」という
宮台信司の用語法の方が、誤解の余地が少ないと思う。
で、そうなってしまったら変革の大事業は不可能なんだから、
退屈しのぎのスノビズム競争やるしかないだろう、
それは江戸時代の日本みたいな感じの社会になるはずだ、
というのがフクヤマの引用するコジェーヴの予測で、
宮台式に言えば「まったり生きる」ということだな。

そう整理してみるとポストモダニズム自体は反論しにくい認識なのに、
この認識のどこから、お馬鹿な衒学的悪文が出て来るのか謎だな。
誰か説明してほしいもんだ。
邪推すると、あれこそが江戸時代風スノビズム芸なんすかね?

366 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 19:39
ポストモダンとニューアカを区別する必要もあるんでないかい?
ポストモダンと呼ぼうが呼ぶまいが、名称はどうであれ、
モダニティ(あるいはその乗り越え、乗り越えの不可能性)に関して
の真摯な議論がけっして無駄だとは思わない。
けれども、浅田・中沢コンビに象徴される
ニューアカは間違いなくクズである。

367 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 20:19
>間違いなく

間違いなら、間違いないんだろう。
よかったよかった。カンパーい

368 :名無しさん@1周年:2000/08/20(日) 20:48
>365
>post-modernism(近代化運動が成功裏に終わった時期の思想)
 「近代化運動」? どういう運動のこと?
 「成功裏に終わった」? 冗談ですか。今が成功裏の世の中?
>そう整理してみるとポストモダニズム自体は反論しにくい認識
 前提が認められない以上、「反論しにくい認識」とはとても言えません。
 近代化運動=世界資本主義イデオロギーの洗脳運動 かな?
 「人間は皆個人として絶対的主体であり、科学によって人間は自然を征服し、
  歴史は不断に進歩する。等々」
 20世紀冒頭に掲げられた標語「進歩!!」が成功裏に終わったと言うのかな?

369 :>363:2000/08/21(月) 00:21
>反動的な似非インテリだろう。

中沢新一って、外大の助手にひっぱってくれた山口昌男の部屋に
入る時は最敬礼していたという噂だぞ。世渡りのコツを心得てるね。
似非インテリの面目躍如だね。

370 :>364:2000/08/21(月) 00:30
スレッド読み直してみ。
ポストモダニズムの「本当の意味」なんか問題じゃないの。
嗤われてるのは、頻出する衒学的ナンセンスの羅列だよ。
勘違いするな。



371 :366:2000/08/21(月) 06:54
>367
おくればせながら、カンパーイ。おいおい、朝だぜ。

372 :名無しさん@1周年:2000/08/21(月) 12:31
364>

>ポストモダニズム自体は反論しにくい認識なのに、
>この認識のどこから、お馬鹿な衒学的悪文が
>出て来るのか謎だな。
>誰か説明してほしいもんだ。
>邪推すると、あれこそが江戸時代風スノビズム芸なんすかね?

アホか、君は。

「大きな物語の喪失」、「変革なんてありえない」、「歴史は終わった」
だけども、学者はなんか語らなくちゃ、おマンマの食い上げなんだよ。

だから、ウソ八百のホラ話をさもホントウかのごとく語る衒学バトル(笑)
になるのは当然なんだ。ホントウのマトモな大発見が語れるなら、それこそ
「大きな物語」「変革」「新たな歴史の始まり」だろ。

ところで

>宮台式に言えば「まったり生きる」ということだな。

おれは「モッコリ」生きたいね(^^;)


373 :>368:2000/08/21(月) 12:33
横レスです(365ではありません)。

>「近代化運動」? どういう運動のこと?
>「成功裏に終わった」? 冗談ですか。今が成功裏の世の中?
ヨーロッパ中心の合理主義社会という思想=近代とするならば、
その思想が世界中に広がった、という事実が、
近代「化」運動の成功を表していると思います。
あくまで近代「化」の成功です。近代という思想それ自体の成功ではありません。

言い方の違いはあれ、365さんと368さんの近代に対する認識は似通ったものだと思います。

374 :名無しさん@1周年:2000/08/21(月) 13:06
デリダスレの、16番「難解バカボン」
無意味な言葉の羅列すぎて
スノビッシュで衒学的文体のパロディにすらなってない。

誰かもっとうまいパロディやってくれ。

375 :名無しさん@1周年:2000/08/21(月) 20:54
要するに、わかりやすくいえば、
準拠枠(フレーム・オヴ・レファレンス)
の違いの問題だろ。
ポストモダンの準拠枠に照らして公然とまかりとおる言説が、
サイエンス・プロパーの準拠枠に照らすとチャンチャラおかしい。
で、このソーカルの批判に対する有効な応答は、ポストモダンの言説
をサイエンス・プロパーの準拠枠に照らしても通用するように
論理的に再構築すればいい。簡単じゃん。たぶん。もしかして。
ははは・・・。


376 :>375:2000/08/21(月) 20:59
いや、ソーカルの批判した例は、
ポストモダニズムの準拠枠でも変だよ。
そういうのを内部批判できなかったイタサが問題だろう。

377 :>376 :2000/08/21(月) 22:11
そうそう。で、そういう内部批判さえできないポストモダンの
自己充足性が、東浩紀のデリダ論を生んだわけやね。
ほとんど意味不明なテクストを、延々と4年間も解読し続け、
博士号までとってしまった男。
やっぱり、アニメの世界でしょう(笑)。


378 :名無しさん@1周年:2000/08/21(月) 22:21
>意味不明なテクストを、延々と解読

研究ってこういうものだよ。
分野にもよるが。

379 :名無しさん@1周年:2000/08/21(月) 22:24
それ以前にポストモダンを自称してる人ってどれくらいいんのよ?
フーコーもヴィトゲンシュタイン(彼をそう呼ぶ人もいる)も自称してないっしょ
デリダは?

380 :名無しさん@1周年:2000/08/21(月) 23:24
>研究ってこういうものだよ。
>分野にもよるが。

これもすごく違うような気がするが・・・

381 :名無しさん@1周年:2000/08/22(火) 01:00
>それ以前にポストモダンを自称してる人ってどれくらいいんのよ?
>フーコーもヴィトゲンシュタイン(彼をそう呼ぶ人もいる)も自称してないっしょ
>デリダは?

デリダもちがうでよ。
ジャン・フランソワ・リオタールとか、フレデリック・ジェイムソンとかじゃないかなあ。
ボードリヤールはどうなんだろ?

でも、また「ポストモダンっていう言葉に過剰反応してる馬鹿」とか
言われちゃうんだろうなー。

議論する対象の前提だけはちゃんとおさえようとしてるだけなのに。
これは、ソーカルも言ってる。大事。

382 :>381:2000/08/22(火) 06:45
>議論する対象の前提だけはちゃんとおさえようとしてるだけなのに。
そのとおり。だから、別にバカにしないから、
次のことをちゃんとおさえてくれ。
議論の前提はポストモダンの思想内容や、その有効性・無効性や、
本人がポストモダニストと自称しているか否か、ではなく、
ポストモダンと総称される記述のスタイル、
その数学的・物理学的メタファーを多用した衒学的文章の
あいまいさ・いいかげんさに対する批判である。

383 :名無しさん@1周年:2000/08/22(火) 08:11
>381

>議論する対象の前提だけはちゃんとおさえようとしてるだけなのに。

名誉毀損で裁判に訴えられたときのための用心だろ。
ソーカルの場合(笑)

384 :>383:2000/08/22(火) 09:49
名誉毀損までは考えてないだろうけど、まさにいまここに出てるような、
「ソーカルの批判はポストモダニズム全体にはあてはまらん」という類いの
揚げ足取り的な反論をかわすために、批判の対象を明確にしてるというの
が本音だと思うよ。にもかかわらず、やっぱり勘違いした反論が出てくる
から情けないわけだが...。

でもさー、ソーカルに批判されたような内容のテキストを綴ってきた
人達の言説をまともに議論する気が起きるかなぁ...。そこんとこがよう
わからんよ。

385 :しかしさ:2000/08/22(火) 11:17
「この本の中ではこういう用語法で行くんだ」と断り書きしたら、
どんな私的な定義も許される――ってわけじゃないと思うな。
それに、このスレッドで「ポストモダニズム」の説明してる人って、
必ずしもポストモダニズムを肯定してるわけじゃないと思う。

例えば、北朝鮮みたいな世襲独裁制≒社会主義
という理解と用語法で「社会主義批判」する厨房がいたら、
やっぱり「その言葉の使い方は変だ」と批判したくなると思うよ。
社会主義を肯定するしないに関わらず、本来の語義を知ってればね。
社会主義自体の批判はなされるべきだし、その中には
世襲制への変質を防げなかったことも含まれるだろうけど、
ルーマニアなり北朝鮮なりみたいな世襲独裁制固有の問題を
「社会主義」の名の下に議論しちゃまずいだろう。

そういう話だと思うんだが。



386 :>382:2000/08/22(火) 15:00
つまり、デリダやフーコーやウィトゲンシュタイン?は
それをしているから問題ないってことですよね

387 :>386:2000/08/22(火) 21:33
うーん、あなたの質問の意味がよくつかめないけど、
要するに、ソーカルは科学者だから数学なり物理学なりの
メタフォリカルな応用に限定して批判している。
だから、その手のメタファーを使わないデリダは、
あの本の中では取り上げられていない。もちろん、だからといって、
ソーカルがデリダの記述のスタイルを賞賛しているわけではない。
それどころか、「なぜデリダはかくも奇妙なテクストを書いたのか」
という東浩紀の問題設定が端的に示しているように、
デリダこそまさに奇妙な意味不明のテクストを量産し続けた
張本人である。で、その東の問いに対するひとつの答えは
「知の欺瞞」の日本語版の序文の中で明晰に与えられているわけ。
いわく「挙証責任を反転してはならない。用いられている
表現に理解可能な意味を与えることに成功していることを
示す責任は、まず第一に、異議を唱えられた著者の側にあるのだ。
読者には、髪をかきむしってまで、意味を発見したり発明したり
する責任はない」と。
たぶん、このワン・フレーズは東の論文の300ページよりも
冴えている。で、結局、この程度の認識すらモノにできないで
前衛気取ってる奴って何なのかと思うわけよ。
ある種の自己批判をこめてね。



388 :>387:2000/08/22(火) 23:16
パチパチ。いいこと言うねぇ。
まったく同感だよ。


389 :名無しさん@1周年:2000/08/22(火) 23:21
しかし、それにしても、ソーカル達も間違いを指摘するだけに
しておけばよかったものを、なまじ間違いに対する価値判断にまで
話を進めてしまうもんだから、妙なことになる
(しかも超文切り型の凡庸な判断)。


390 :389:2000/08/22(火) 23:25
判断っていうのは、例えば、「詐欺」とか「博学ぶりのひけらかし」
とか。しかも、前書きでは本当のところ、どうなのか、
判断する材料はない、とか言っておきながらだ。
どうして誰も、ソーカル達のこの矛盾ぶりを指摘しないのだろう?
今は風向きが悪いと思ってるのかな?


391 :389:2000/08/22(火) 23:31
ついでに言えば、僕は387さんとは反対で、東の問題の立て方は
正しいと思う(東自身は途中で放棄した形になったが)。
387さんの「知の欺瞞」からの引用は、東の立てた問題に対する
正面からの答えにはなっていないと思う。


392 :389:2000/08/22(火) 23:34
この問題に対して真っ当に考えようとしなければ、「詐欺」だの
「博学ぶりのひけらかし」だのという、一般受けしそうな「中傷」に
飛びついてしまうことになると思う(それこそソーカル達のように)。

393 :名無しさん@1周年:2000/08/22(火) 23:36
>389
正直ウザイよ、あんた。

394 :名無しさん@1周年:2000/08/22(火) 23:42
いや、389いいよ。
だけどもうちょっとまとめろよ・・・。

395 :389:2000/08/23(水) 00:06
>393
どの辺が「ウザイ」んでしょうか?

>394
おっしゃるとおりですね。
ソーカル派に「中傷」されてしまいそうな文章ですね。


396 :名無しさん@1周年:2000/08/23(水) 14:47
大庭健は?

397 :>389:2000/08/23(水) 18:12
あんたまだ分かってないんだなぁ。
「凡庸な判断」を否定するってのは、まさに、王様は裸に見えるけど、
ほんとは凡庸な目には見えない素晴らしい服を纏ってるんだと言うのと
同じことだろ。しかし、どこにもそんな服はないんだということを指弾
したのがソーカルなんじゃないか。とんちんかんなことを言うなよ。


398 :397>389:2000/08/23(水) 18:22
ソーカルが「本当のところどうなのか判断する材料はない」というのは、
まさに387が言ってる挙証責任に絡む話だろ。
ポストモダンの著者たちが思わせぶりに書いてるだけで、具体的な内容を
なにも提示してないことに関して、それを否定することはできんというだけ。
「俺は相対論を越える物理法則を発見した」と言いながら、その内容を示さない
著者がいるとして、その発見を否定する材料はないだろ。それと同じだよ。
いい加減目を覚ませ。


399 :389:2000/08/23(水) 19:26
>393=397
誤解を招いた(?)ようなので、正確な文章への参照を示します。
「知の欺瞞」邦訳9ページの冒頭7行分の文章、読んで見てください。
これは、挙証責任に絡む話ではありません。
「内容」が正しいかどうかの話ではありません。
「詐欺」と指摘することができるかどうかの話です。
9ページではできないように言っておきながら、
各章では、対象とされた各著者の意図を勝手に判断しているように見える、
ということが問題なのです。
もちろん、巧妙にも、はっきりと断定している箇所は無さそうではありますが。

400 :外野:2000/08/23(水) 20:57
>389

なるほど、相対主義者はこういう反論をするわけか。
どんな判断も「主観的」なのだから、
あんたの判断も「主観的」なもので充分な根拠はない、と。
じゃ、議論するのやめたら?

>もちろん、巧妙にも、はっきりと断定している箇所は無さそうではありますが

巧妙も何も正確な記述を心がけてるだけでしょう。
「巧妙」というのはあなたの主観的な判断ですか?
彼らが「巧妙」であることの根拠は何ですか?
仮に「巧妙」だとして何がどういけなかったのですか?

401 :389:2000/08/23(水) 21:47
>400
本当に「外野」さんなんですか? まあ、どうでもいいですが...

僕の書き込みのどこら辺が、「どんな判断も『主観的』」と読み取れたのか、
わかりません。どこですか?

まあ、僕の言いたいことは、かなり単純なことで、「知の欺瞞」という
本の中で、先ほど(399)指摘した点について矛盾があると思うということです。
(ちなみに、それが東の放棄した問題と絡むとも言いましたが)

それをどうやって「主観的」などと読み替えられたのか、ぜひとも、
伺いたいものです。

402 :397:2000/08/23(水) 22:23
>389

おいおい、俺は393じゃないよ。もちろん400でもないよ。君、思い込みが
強すぎるんじゃないか?

ま、俺も君の言い分を読み違えたんだから大きなことは言えないがね。(嗤
しかしだね、ソーカルは、詐欺の意図があったかどうかという疑問に「それ
ほど意味があるとは考えていない」のだよ。だから、この断り書きがある
ことで、詐欺だと断言さえしなければ、彼の心証の通りに筆を進めることは
可能なわけでしょ。で、実際、
>巧妙にも、はっきりと断定している箇所は無さそうではありますが
と君も認めてるわけだしね。
首尾一貫してると思うよ。




403 :389:2000/08/23(水) 23:09
>397=402
うーん。
まあ、詐欺だとはっきり断言しなければ、心証通り進めても、
それで OK と言われてしまえば、それまでなんですが。
しかし、ソーカル側(あえてソーカル派とは言いませんが)としては、
それでいいんでしょうか?

いずれにせよ、9ページの文章が、ソーカル達の態度のえらくはっきりとした
表明であることに変わりはありません。特に最後の一文...
まあ、「盛り立てて」っていうより、「煽って」と言った方が...
あんまり、科学者面してほしくないですね、ソーカル達には。
運動家っていう感じかなあ(すいません、この辺は全くの個人的な感想でした)。

404 :389:2000/08/23(水) 23:26
もひとつ付け加えておくと、
Intellectual Impostures を「知の欺瞞」って訳してるけど、
ほんとは「知的な詐欺」とか「知的なペテン」とかってニュアンスだと思う。

405 :397>403:2000/08/23(水) 23:33
いいんでないの。ほんとに詐欺かどうかなんてことは本質ではないんだから。
どうでもいいことなんだから、さほど厳密に心証を排除して議論する必要も
ないわけでしょ。
「ソーカルが詐欺だと思ってる」ようにあなたには読めたとしても、ソーカル
自身ははっきり「わからない」と釘を刺してるわけだしね。まあ、「巧妙な言
い逃れ」とも受け取れるけど、決して矛盾などはしてないわけよ。

科学者が運動家(であってもなんの問題もないでしょ。君の感性はようわからんわ。
科学者が政治運動や社会運動に参加しちゃいかんわけ?なぜ?


406 :389=403:2000/08/24(木) 00:07
>397
そこで東が放棄した問題が絡んでくると思います。

東はデリダがなぜあのような難解で無意味そうな文章を書いたのか、
その理由を問うわけです。もちろん、東はデリダが知的な詐欺を行った
とは考えていないようですが、その可能性も当然含まれてしまうような
問題の立て方だったと思います。そして、東は途中で放棄したとはいえ、
途中まではかなり誠実にデリダの理論自体をデリダの文章に適用しながら、
その問題の解決の糸口を探っていたのだと思います。

ところが、ソーカル達は、最初からそのような問題、つまり、なぜ、
ポストモダニスト(と呼ばれもする人)達が、あんな無意味な文章を
書いたのか、詐欺なのか、混乱していたのか、というような問題は、
意味が無いといって考えること自体を放棄することを宣言しておきながら、
そのくせ、自分達の文章の端々でキワドイ判断をして見せるわけでしょう。

まあ、僕が怒ってもしょうがないんですが、東の方が誠実に見えるんですよ、
学者としてね。まあ、古い(というか青臭い)感性かもしれませんが...

407 :ポストモダニスト:2000/08/24(木) 00:28
で、東の結論では、何でデリダはわざわざ悪文を書いたの?

408 :397>406:2000/08/24(木) 00:38
ソーカルは本業じゃないからよく分かるんじゃないの。岡目八目って
いうじゃん。その点、すでに名声の確立したデリダやラカンをネタに
飯を喰おうっていう人は、とりあえず彼らのテキストから何かを読み
とらねばという方向性で行くしかないわけでしょ。学問的誠実さとは
関係ないんじゃない?いやー、もしかしたら、デタラメと思いつつも、
業績のために無理やり的解釈をでっちあげる自分の学問的不誠実さに
嫌気がさして途中放棄したのかもね(これこそ憶測だけど)。

ソーカルだって、いちおう文章の内容を理解しようとして読んでるわ
けで、その点での知的誠実さは彼らの本の中に十分に示されてると思
うよ。

前にも書いたように、でっちあげみたいな解釈をひねりだすよりも、
ストレートに持論としての思想をぶち上げるほうが誠実なんじゃな
いの?


409 :ところで:2000/08/24(木) 00:56
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=philo&key=966704692&ls=50
デリダスレッドのソフト生成文への反応を見ると、
どんな変な文でも何か意味が含まれていると人は想定するんだね。
「少なくとも書いた本人は何かを主張しようとしてるんだろう」と。
ノストラダムス解釈学なんてのもそういうことだろうし。
ランダムなノイズに人の顔が見えてしまうみたいなもんかな。


410 :389=403=406:2000/08/24(木) 00:57
東の結論は...
問題の立て方、変えちゃいます!
みたいな感じで(笑)
別の方向に走っていってしまった競走馬みたいな感じです(笑)
東萌えの方々には怒られそうですが...

411 :名無しさん@1周年:2000/08/24(木) 01:27
なんだ、これでおわりか。
397の勝利という感じですな。

412 :名無しさん@1周年:2000/08/24(木) 02:06
>389

仮に「詐欺」だと言われても
まともな反論が帰ってこないから
「やっぱ詐欺なのか」とみんなが思うのは当然でしょ?

「私には解らないがきっと何か深淵な意味がある」ていうのは無意味。
それ宗教信者。考えることを放棄してますよ。

ソーカルらの書き方は
「私にはこれらの表現は単に読者を威圧するためだけのものに思えるが、
知識の不充分もあって断定はできない。実際の所はどうなのだろうか?」
という感じのスタイルでしょ?

違うというならそれに答えればいいのさ。

ま、デリダが好きで好きでたまらない人は
デリダの生い立ちから家族構成から何から何まで調べて
なぜあのような論を展開したのか、とか研究すると面白いかもね。
でもそれ、哲学とは違う。

413 :そう言えば:2000/08/24(木) 02:29
ノストラダムス解釈学では、適当な詩句に対して、
日本の芸能界のゴシップなんかをこじつけ解読する
という遊びがあったな。
哲学系悪文でもそういう遊びはできそうな気がする。



414 :名無しさん@1周年:2000/08/24(木) 06:41
>413
リンクおしえて。

415 :サイトは知らない:2000/08/24(木) 07:27
すごいぜ!ノストラダムス―恐怖の大王とゆかいな仲間たち
ISBN:4889918868
187p 19cm(B6)
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416 :>412:2000/08/24(木) 10:46
「詐欺だと思うけど、断言はできないよ」って言われても、
「あ、そう」としか答えられないでしょう。本人でもないんだし。

もともと詐欺ってことにしたほうが都合のいい人たちが、
「うんうん」ってうなずくだけ。

417 :397:2000/08/24(木) 11:02
>416

君はよく理解してないようだが、「断言はできない」とソーカルが言ってるのは、
「本当に騙そうという意図があったのかどうか」という犯意についてだよ。
無意味な言葉の羅列であること、したがって、詐欺だと思われても仕方の
ない文章であるというのがソーカルの判断であり、主張の核心なわけよ。

しかし、409の言う、ノストラダムス解釈学ってのは的を射てるね。そんなのは趣味で
やってくれ。もはや学問じゃないよ。(藁

418 :416:2000/08/24(木) 20:49
じゃあ、どういう根拠をもってソーカルは自分が引用している文献が
「無意味な言葉の羅列」だって断言できるってのよ?

419 :名無しさん@1周年:2000/08/24(木) 21:50
つまり
デリダ=ノストラダムス=オカルト、ですかな。

420 :名無しさん@1周年:2000/08/24(木) 22:23
どうも議論が硬直化している。
ソーカルやラカンが本当は何を言っているかなど、大した事ではないだろうに。
どうして日本人はいつも外国人が言う事を主張の根拠にしようとするのかな。
自分がポストモダニズムをどう評価するのかを簡単に表現してみては?



421 :397:2000/08/24(木) 23:33
>418

君、ほんとにソーカルの本読んだの?びっくりするようなこと言うね。(藁

>420

おいおい、これは「知の『欺瞞』」感想文っていうスレでしょ。
ソーカルの言い分がメインテーマでいいんだよ。
まあ、独自のポストモダニズム礼賛/批判を書くのも結構だけど、
少なくともソーカルの言い分をわきまえた上でやんなきゃオオボケ
でしょ。


422 :名無しさん@1周年:2000/08/24(木) 23:38
>420
馬体を見る限り、この馬は絶対にマイラーなどではないですな。
明らかにクラシックディスタンス向きです。
今までに見たサンデーサイレンス産駒の中でも最高級の馬体。
スペシャルウィークとフジキセキを足して二で割った感じですかね。
万が一この後の成績がさっぱりでも、
絶対に種牡馬にすべき逸材です。
これだけの馬体の持ち主には滅多に逢えません。
あとは、母馬の詳しい血統が知りたい・・・。

423 :名無しさん@1周年:2000/08/24(木) 23:40
>420
化学調味料さー、使いたくなけりゃあ使わなきゃ良いじゃんよー。
使いたきゃ使えよー。

424 :416:2000/08/24(木) 23:59
>421

むかついたので、ちょっと引用。

「われわれはラカンの精神分析学、ドゥルーズの哲学、あるいは、
ラトゥールの社会学での具体的な業績の正しさを判定しようなどとは
いっていない。われわれが問題にするのは、あくまでも、数理科学、
物理科学、あるいは、科学哲学の基本的な問題に関連する主張だけなのだ。」
(邦訳p.16)

これはどういうことよ?
そっちこそ、ほんとうに読んでるの?
あと、なんでそんなにえらそうなのよ?

425 :外野:2000/08/25(金) 01:02
>416

それは君がオオボケかましてるからでしょう。
なんで、帰ってくる反論て
論点ずらしまくるやつばっかりなんだろうね。

426 :名無しさん@1周年 :2000/08/25(金) 06:38
>425
それは頭の悪い奴が一人いて、ラカン・ソーカル・スレッド
でカキコしまくっているからだろう。
あんたが相手にしているのは、おそらくその一人。
ああ、世の中はむなしい。サムイネ。


427 :名無しさん@1周年 :2000/08/25(金) 07:41
ここの426とラカンスレッドの287は同一人物。

キミ、政治思想版とかに行ったらどう?
仲間がたくさんいるよ!

(まさか、おまえ未来の他者?)

428 :名無しさん@1周年 :2000/08/25(金) 09:03
いやいや、俺のいい方が悪かった。あやまる。
しかし、416のいうことは正直よくわからんよ。
未来の他者? だれそれ?

429 :397 :2000/08/25(金) 09:35
>424

偉そうな語り口は2ch用だよ。気にするな。マナーなんてややこしい
もの抜きで本音を語れるから楽しいんだろ。君もやってみろよ。(藁

で、どういうことよ、ってどういうことよ。なんにも問題ないじゃない。よく読め。
さらに言えば、哲学や社会学という分野内部での「業績」について、門外漢のソーカル
が判定を保留するのは当然だろ。しかし、その「業績」なるものが、彼らの科学や
科学哲学に関連する(ソーカルの判定では)ナンセンスな発言に大きく依存するもの
であるとすれば、その「業績」のほうも怪しいことになるのは、私には当然のことと
思われるがね。




430 :名無しさん@1周年 :2000/08/25(金) 11:55
偉そうな口をきくのは、他人をいつも低く見積もっていなければ
自分のプライドを保てないタイプだからでしょう。
なさけない奴。

そんなのは俗流精神分析では常識のこと。

431 :( ̄ー ̄) :2000/08/25(金) 12:51
430>

君は、他人を自分より上か下かで判断するタイプのようだね。
だいたいプライドなんてものはコレステロールと同じで、
蓄積されてよいことは一つもなく、普段から破砕しつづける
必要のあるものである。プライドにこだわるヒトはそれだけで
精神的に「死んでいる」のである。(決まった(笑))

432 :名無しさん@1周年 :2000/08/25(金) 12:56
>431
アホか

433 :名無しさん@1周年 :2000/08/25(金) 13:42
>432
431のそいつはアホだ
かわいそうであるが かんばせを拝んでやれ
ゴミ箱へようこそ
http://tako.2ch.net/test/read.cgi?bbs=takotr&key=956630696

434 :名無しさん@1周年 :2000/08/25(金) 14:37

    Λ_Λ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ( ´∀`)< ( ̄ー ̄)はゴミ箱へ逝け!
    (    )  \ _______
    | | |
    (__)_)

435 :名無しさん@1周年 :2000/08/25(金) 15:48
>430@`431@`432@`433@`434

お前らまとめて逝ってよし。
ていうか逝け。オレも逝くから。

436 :397 :2000/08/25(金) 20:34
>430

俺にはプライドなんて邪魔臭いものはないよ。
君が「カチン」と来るのは、君のプライドが傷つけられたような気が
するからだろう。どうだ、図星だろ?プライドなんかかなぐり捨てろ。楽になるぞ。

それとも、俗流精神分析程度じゃ自分自身のことは分からんかね?(藁


437 :名無しさん@1周年 :2000/08/25(金) 21:53
>436
男らしくて、ス・テ・キ。

438 :430 :2000/08/25(金) 22:39
>436
なんで俺のプライドが傷つくねん!! 誰しも人から偉そーな口
きかれたらムカツクやろーが。436の君の言ってることの意味が
分からんぞ。大体発端は俺が君から偉そうな口をきかれたわけ
じゃないし。それよか何故君は相手だれかれ構わず偉そうな口が
きけるのかがよー分からん。よっぽど自信過剰なのか、あるいは
コンプレックスの固まりなんだね。

439 :397 :2000/08/25(金) 23:56
>438

そうか。君のプライドの問題ではないのか。それは悪かった。

では、なぜムカツクのかね?君の言う、俗流精神分析にはどういう
答えが用意されてるのかな?(藁

何故私がだれかれ構わず偉そうな口をきくのかって?それは、平等
の精神から来てるのだよ。君も偉そうな口をきけばいいのだよ。
まったく対等ではないか。実際、君もそうしてるようだが...。(藁
それとも君は相手を値踏みして口のききかたを変えるほうを好む
のかね?俺はそういう人間は嫌いだな。
まあ、だれかれ構わず下手に出て話すという方法もあるが、敬語は
面倒だからね。そもそも、2chの雰囲気にそぐわないしさ。(藁


440 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 00:03
     / ̄ ̄ ̄
・e・ < ぷぷっ、2ちゃんの雰囲気って! 平等の精神を取り違えるバカ発見!
     \___


441 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 00:36
?? まあいいや。
なんかスレとはまったく関係のない主題で議論続行中。

>439
>それとも君は相手を値踏みして口のききかたを変えるほう
>を好むのかね?
つーかさぁ、俺は“敬意”っていう感情を大切にしたいんだよね。
俺もほんとうに尊敬できる相手ならば敬語をつかって話すわけよ。
だいたい相手がどんな人間かわからない匿名掲示板では、
相手がわからない分だけ、ある程度“敬意”を払って
接する必要があると俺は思うわけ。
無論、敬意を払う必要のないレスもあるよ。厨房くんの
書き込みとか。あと親しみを込めたレスでも敬語は使わない。

だけどいきなり高飛車な突っ込みとか、あざけりの
カキコに対して、こちらが敬意を含んだ反応をする
必要があると思うかい?(藁

442 :名無しさん :2000/08/26(土) 03:09
単なる煽りに反応してスレッドの話題から離れていっては、
煽りやの思うつぼじゃないか。くだらない奴は黙殺しなさい。

443 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 03:13
駄スレに成り下がった「知の欺瞞」スレッド。
理性的な発言の出来ない全ての人達のために、下げ。

444 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 03:38
はなから駄スレ。
猿真似の見本市。

ソーカルの旬はすぎました。

445 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 03:43
おいしゅうございました!

446 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 06:14
↑蓼食う虫も好きずき。

447 :397 :2000/08/26(土) 11:27
>441

敬意だって?んなもん、言葉で表現しても虚しいだけだろ。敬語使うの
うざいしさ。せめて、2chくらい、そんな面倒なもん省けよ。世渡り
の講習やってるわけじゃないだろ。
そもそも、2chに書き込むなんかするやつに、尊敬できる奴がいる
のかね。(藁
良識のある人間はこんな匿名板なんかに関わらないよ。勘違いもはな
はだしいよ。君こそ、厨房君じゃないのか?

誰も、君の敬意なんか期待してないよ。勘違いするな、馬鹿。

>442

すまん。つい煽りに乗ってしまったな。もうやめとく。
反省して中沢たたきでもやるわ。


448 :416 :2000/08/26(土) 15:50
うわー、荒れたねー。
やっぱり、不用意な発言は控えるべきでした。

で、本題に戻って、
>429

>さらに言えば、哲学や社会学という分野内部での「業績」について、門外漢のソーカル
>が判定を保留するのは当然だろ。しかし、その「業績」なるものが、彼らの科学や
>科学哲学に関連する(ソーカルの判定では)ナンセンスな発言に大きく依存するもの
>であるとすれば、その「業績」のほうも怪しいことになるのは、私には当然のことと
>思われるがね。

その「業績」が科学や科学哲学に関連する発言に大きく依存する、
っていう仮定はどこから来たものなの?
それと、その仮定を満足させるだけの客観的な根拠を示さなければ、
言っていることはあなたの主観でしかないと思うんだけど。

正直な感想では、こういう誤読についてはソーカル自身が言ったことと
切り離して考えなきゃいけないような気はしてるんだけどね。


449 :397 :2000/08/26(土) 16:17
とりあず答えとくわ>448

その仮定は、単なる仮定。だから、判定を保留してるわけよ。

紛らわしい書き方をして悪かったが、「であるとすれば」であって、「であるから」
ではないことに留意せよ。
したがって、ラカンやデリダを擁護したい人は、その仮定が否定できることを示せば、
少なくとも分野内での「業績」について無価値でない可能性が示せるわけだよ。
そこんとこ、どうよ?

450 :389 :2000/08/26(土) 17:27
ちょっと論点がズレますが...

ソーカル達は本のなかで、しきりと「ナンセンス」という言葉を使って、その言葉
を否定的な価値とともに使うわけです。そして、最後には本のタイトルを
「ファッショナブル・ナンセンス」とまで変更するに至るわけです。

ところが、それで不思議に思うのは、本の中で批判されるドゥルーズの本に
「意味の論理学」というのがありますが(ソーカル達は、意味も論理も無い、と
批判してますが)、この本、実は、「ナンセンスの論理学」と言ってもいい本です。
フランス語では「サンス=センス、感覚、意味、方向」で、「ノンサンス=ナンセンス、
無感覚、無意味、無方向」ですが、ドゥルーズは前者が後者から産出されることを
しきりと言いまくっている、という感じなんです(しかも、その例の一つとして、
ラカンの「盗まれた手紙」があげられたりもしています)。つまり、ある文脈では、
ドゥルーズやラカンは、ナンセンスを肯定する、というか、ほとんど「存在」と同じ
ほどの意味で世界を産出する構成原理(この辺のまとめ方、批判されそうですが)
くらいに考えているわけです。

だから、ドゥルーズやラカンを否定しようとして、「ナンセンス」という価値判断を
持ち出す人は、ドゥルーズやラカンの「ナンセンス」に対する考え方をも同時に否定しないと、
つまり、批判者(例えばソーカル達)の「ナンセンス」は被批判者(ドゥルーズやラカン)
の「ナンセンス」を「ナンセンス」以外の方法で否定しないとおかしなことになると思います。

おかしなことというのは、ようするに、ソーカル達の批判は、ドゥルーズ達の理論の中で、
既に十分肯定的な価値を与えられているので、批判にならない、ということです。

しかし、ソーカル達は、科学的な部分以外の内容には踏み込まないと宣言します。
だから、ドゥルーズの「ナンセンス」には触れようともしません。
それでも、「ナンセンス」という言葉を使って価値判断するので、少なくとも、
ドゥルーズやラカンの「ナンセンス」をかじったものには、奇妙な違和感が生じる、
そう思えたりもします。
(すいません、駄文です、ソーカル達の言うように、読む方に理解する義務はありません(笑))


451 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 17:35
431番のヤツは松本真吾なのだ.
過去のネット悪行・かんばせ・エトセトラはゴミ箱のスレッドにて.
興味ある2ch諸氏はゴミ箱へ来てちょ.

ゴミ箱のスレッド>
http://tako.2ch.net/test/read.cgi?bbs=takotr&key=956630696

452 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 17:42
>450
ドゥルーズ・スレッドが似たようなこといってたよ。


453 :389 :2000/08/26(土) 18:21
>452
見てきました。スレッド立てた1さんの発言でしょうか?
すいません、どの辺が似ているのか、わかりませんでした。

454 :外野 :2000/08/26(土) 18:24
>397

ご苦労なことで。
からんでくるやつ多くてタイヘンだねぇ。

>416
>その「業績」が科学や科学哲学に関連する発言に大きく依存する、
>っていう仮定はどこから来たものなの?
>それと、その仮定を満足させるだけの客観的な根拠を示さなければ、
>言っていることはあなたの主観でしかないと思うんだけど。

全然ズレてんだよ。
「知の欺瞞」で言われていることは
「もしこれらの発言が彼らの主張の重要な部分で
あるとしたら。彼らの業績そのものにもある種の疑念を感じざるをえない」
てなことを言っているわけで、
違うんなら違うことを説得力をつけてわかりやすく主張すればいいんだよ。
それは価値があると主張する側の責任でしょう。
いったい何回おなじやりとりすれば気が済むのよ。
このスレ読み返してみって。



455 :外野 :2000/08/26(土) 18:46
>389

あなたは「知の欺瞞」でとりあげられている文章は
基本的にその文章を書いた人の確信犯的なものだという立場をとるわけですね。
ではわざわざ「ナンセンス」な文章を書いたことによって
著者らが意図する目的は達成されたのでしょうか?
このスレで何度もきかれていることは
彼らが、どのような意図で
それらの意味をなさない文章を書いたのか、
そして、その意図は成功したのか、ということ。

>フランス語では「サンス=センス、感覚、意味、方向」で、「ノンサンス=ナンセンス、
>無感覚、無意味、無方向」ですが、ドゥルーズは前者が後者から産出されることを
>しきりと言いまくっている、という感じなんです

このような考え方が上手く適用できるような場合
というのは非常に限定された範囲においてではないか?
「ナンセンス」から「センス」が構成されるという点を
極端なまでに強調して
それが全てであるかのような論調がむしろ問題にされている。
少なくともそのような表現を安易に受け容れる態度は
知的に誠実な人間を摩耗させることになるはずだ。

456 :389 :2000/08/26(土) 19:13
>外野さん

>あなたは「知の欺瞞」でとりあげられている文章は
>基本的にその文章を書いた人の確信犯的なものだという立場をとるわけですね。

そうではありません。その問題は解かれ得るか否かはわかりませんが、
立てられるべき問題であるというのが、東を絡めての僕の考えです。

>このような考え方が上手く適用できるような場合
>というのは非常に限定された範囲においてではないか?

そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。それを判断するためには、
ドゥルーズやラカンの該当箇所を吟味して見なければわからないと思います。
しかし、ソーカル達はそれを行わないと宣言しています。
それでは、議論の進めようがありません。

まあ、ソーカル側の人は、説明義務はポストモダニスト側にあり、と言って
おしまいにしてしまうのだと思います。
でも、この「ナンセンス」に関する部分をソーカル達はうまくクリアにしないと、
都合のいい部分だけを取り上げて批判していると言われても批判できないのでは?
と思ったものですから、ちょっと取り上げて見ました。

457 :389寄り外野 :2000/08/26(土) 20:01
ソーカルの批判が、論理的にドゥルーズ批判になりえないというという意見はなかなかおもしろいね。
ドゥルーズが「意味の論理学」のなかでなぜあれほどルイスキャロルを重要視して書いてるかを考えても当然の読み方だ。
ソーカル擁護派はどうこたえるのよ?ソーカルの批判が論理的に自己矛盾をおかしているという話だから「説明義務はポストモダニスト側にあり」とかいってる場合じゃないぞ。



458 :>457 :2000/08/26(土) 20:44
ルイスキャロルからどんな意味のある哲学的思想が生まれたのですか?
いろんな仕掛けのある楽しいお話だけど、それだけでしょ。
それとも、ポストモダンの人って、ナンセンス小説でも書いてるつもりだったわけ?おちょくりだな、そりゃ。(藁

ドゥルーズたら読んだことないので教えてけれ。


459 :397 :2000/08/26(土) 21:08
>456=389

じゃーさぁ、俺がドゥルーズの思想に共鳴すると明言して、わざとナンセンスな
文章をでっちあげたとして、君はそれが意図的な出鱈目か、それともそこから意味が
構築できる文章なのか判定できる自信があるかね?
どう詳細に検討すれば分かるのかね?それ以前に、詳細に検討する価値があるかどう
かをどうやって判定するのかね?


460 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 21:18
(横入りレス)
そういえば、ちょっと前にデリダ・スレッドに意味不明の
難解レスがあったけど、あれはどう扱う?

(以下、再録)
16 名前:難解バカボン投稿日:2000/08/21(月) 01:07
理論は歴史的意識を黙殺しているとしても
人間中心主義は結合価を担うし、依然として排除され、
なおかつマルクス教条主義を異化するらしいが、
堕落するとしか言いようがない。
それこそ聖なるものは一方において自壊するべきであり
蕩尽の概念が成立しないのであれば
暴力的に同一性を保持し得ないからには容易に推察され、
当為性によって表現される。
いわば差異だけが滅亡する事もあり現代では圧殺され、
形相すらこの点について説明できないように
ある程度まで常に隠蔽されており、
空想的社会主義を脱構築するとされる。
自動的に知の系譜学もしたがって主観を暗示する必要がある。
ファシズムは明確な暴力性である。
唯物史観がキリスト教的な良心と癒着し、
いかにも啓蒙の弁証法の所産である場合、
魔術から解放され、失意と絶望にまみれて死ぬのだろう。
自然がおしなべて消滅し、
本質的なるものでさえディオニュソス的な祝祭の中で恐ろしいなど
パラドクスであるとしか言いようがないが
個別具体的に言語と名付けられるとは言えず
楽園から追放されると言えよう。
人間諸科学は驚愕に値するのと同様に目を背けたくなるほどに
近代的自我はタクシノミー的に構造を与えられるのである。

461 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 21:53
>460
これはジョークなんだよ!! さも意味が深そうなフリを装った
ジョークなの! ソーカルが批判しているのもこれでしょ!

ただソーカルは用心深いから、人文科学の分野からの批判は避け、
自分たちの専門の理系的な記述の部分だけを問題にするわけだ。
理系分野での方が実証的に間違いを指摘しやすいし。
このソーカルたちの指摘はかなり正当だと思うが?
ただ惜しむらくは、彼らには文系的な意味でもポストモダンが
無意味だった、ということを指摘して欲しかった。

462 :416 :2000/08/26(土) 22:04

>449
>紛らわしい書き方をして悪かったが、「であるとすれば」であって、「であるから」
>ではないことに留意せよ。
>したがって、ラカンやデリダを擁護したい人は、その仮定が否定できることを示せば、
>少なくとも分野内での「業績」について無価値でない可能性が示せるわけだよ。

だいたい賛成。
でも、ここで批判している人たちは、その「であるとすれば」を「であるから」と
取り違えてるような気がする。

たとえばデリダの業績について、
「デリダの業績の中で、科学や科学哲学に言及したものはほとんどない」
「したがって、デリダの業績は彼の科学や科学哲学に関する発言には影響されない」
「よって、デリダの業績は無意味ではない」

この証明って、めちゃめちゃ簡単なんですけど。

>454
>全然ズレてんだよ。
>「知の欺瞞」で言われていることは
>「もしこれらの発言が彼らの主張の重要な部分で
>あるとしたら。彼らの業績そのものにもある種の疑念を感じざるをえない」
>てなことを言っているわけで、
>違うんなら違うことを説得力をつけてわかりやすく主張すればいいんだよ。
>それは価値があると主張する側の責任でしょう。

ズレてるのはそっち。
批判をするほうが、批判の根拠を示さなければいけない。
なぜなら上に示したようにソーカルは、自分の批判が彼らの言説の
有効性そのものにまで適用できるとは言っていないから。

397のひともそうだけど、これで「ソーカルがラカンやドゥルーズの業績がまったく無意味だ」と
断言した箇所はないことがはっきりしたわけだから、自説の根拠をあきらかにするべきだと思う。
そうじゃなければ、「尻馬に乗った」だけでしょう?


463 :389 :2000/08/26(土) 22:13
>397=459

ある文章がある体系の中でどのような価値を持ち得るか、ということを
判断するための、一般的な規則というものがあるのかどうか、
僕にはわかりません。ソーカルの偽論文でさえ、そのインチキ性(?)
を証明するためには、科学の体系の中で文章の各部分を個別に検討する
しかないわけでしょう?
(具体的には、その個別の検討が、ソーカル達の、あの膨大な注です)

>460

460の文章は、ポストモダニスト(とも呼ばれる人)達の文章と
同じ文脈で意味を持ちうるようには、僕には見えませんが、
確か、この文章って、プログラムを使って自動生成したか、
あるいは、翻訳プログラムの直訳か何かだったんですよね。
その場合は、別の考え方もあるわけで、それは、この文章は、
入力データからプログラムの演算を経て結果を出力しているからには、
あるアルゴリズムの存在が証明され、そのロジックの表現としてある、
というようなものです(情報工学系の人から突っ込まれそうですが)。
そういう意味では、ロジカルな文章かも...
それ以上のことは言えませんが。詳しい方、お願いします。

464 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 22:35
>463
いや、この文章がどうやって作成されたかは大して問題じゃないでしょ。
実際に学術論文をこういうやり方で作っている人もいるかも
しれないし(ワラ
要はこの文章を先入見なしに見た人が、「学術的な価値がある!」
と思ってしまうところが問題なんでしょ。
実際、ソーカルの偽論文は価値を認められて雑誌に掲載されて
しまった!!
要は学術的価値を測る基準が、あまりに寛容主義的になり、
なんでもあり状態になってしまっている、というのが
ソーカルの批判の要旨なんでしょ。

465 :389 :2000/08/26(土) 23:01
>464

そうですね。そういう意味でなら、やはり、個別の文章に対して、
それが置かれようとしている体系の文脈中で、妥当かどうかの判断を、
いちいち行っては注を付けて行く、ということくらいしか、
思いつきませんね。注釈というものですが、面倒ですけどね。
ソーカル達は、部分的に抜き出してるところはともかく、まあ、
注釈者達でもあるわけです。

そう考えると、しかし、あの「難解バカボン」の文章の妥当性の無さを
注釈するのは...結構面倒ですね、もっとヒマじゃないと(笑)。
単に、ナンセンス、ナンセンス、ナンセンス、と繰り返したくなります(笑)。

466 :名無しさん@1周年 :2000/08/26(土) 23:17
こういうことって結構あると思うよ。
ナンセンスなものが高く評価されたりすること。
ただ書いている人間がなまじ著名なポストモダニストだったり
すると、話がおかしくなってしまうんだよ。
だから検証作業は常に必要でしょう。
ソーカルが「詐欺だ」と言ったのは言い過ぎかもしれない
けど、こういう検証作業の一環ならば異議提示として
有効だったと思うが?

467 :397 :2000/08/27(日) 01:17
>465
だから、ソーカルが引用したラカンらの文章も、我々から見ると、単に、
ナンセンス、ナンセンスと繰り返すしかないシロモノなのよ。
そういうナンセンスの羅列を書いてる人が、他の著作ではまともな
内容のある文章を書いてると想定するのはなかなか困難だよね。
ありえないとは言わないまでも...。


468 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 01:22
>467
まあそこに多少の論理的飛躍があるわけだが・・・

469 :397 :2000/08/27(日) 01:33
>462=416
:「デリダの業績の中で、科学や科学哲学に言及したものはほとんどない」
ふーん、そうなの。
ところで、厳密には
:「よって、デリダの業績は無意味ではない」
ではなくて、無意味とは言い切れないでしょ。
実際、科学や科学哲学に関連してナンセンスなことを平気で書ける
人なら、他の分野の問題でもナンセンスを並べてる可能性は高い
わけで...。(その分野の人が判断することだけど、両方の意見が
あるのなら、ナンセンスとするほうに共感しちゃうな。)

>463=389

一見ナンセンスとしか思えない文章を、そうではないはずと判断する根拠は
どこにあるのかってことなんですけどね。ソーカルの偽論文だって、吟味
するまでもなくナンセンスだという印象を持つけどね、私は。
それでもなおかつそんなチンケな形式の論文にしがみつきたいのは何故なのか、納得がいかんのよね。ま、もの好きが執着して勝手にやるって
いうのなら大いに結構なことだと思うけど、システマティックに多数の研究者
がおおっぴらに研究するようなものじゃないと思う。

470 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 01:44
>469
>それでもなおかつそんなチンケな形式の論文にしがみ
>つきたいのは何故なのか、...

編集者や読者に受けがよくなる(=なんだか知的に見える)から
に決まっているじゃないですか。著者だけじゃなく、読者の
側の責任もあるでしょ。

471 :453 :2000/08/27(日) 09:04
>389
実は、そのとおりです。オレもあなたと同じように、
あの本の中で取り上げられているラカン、クリステヴァ、その他のなかで
唯一ドゥルーズに関しては、ソーカルの批判はあてはまらないと思った。
アートの比喩を持ち出したのでわかりにくかったのかもしれないけれど、
あなたのいう「センス」「ナンセンス」の違いは
『哲学とは何か?』で議論されている「科学」と「哲学」の違いであり、
それぞれの準拠枠の違いをドゥルーズは解説している。だから
「ナンセンス=哲学」を正当化する文脈そのものに踏みこんで議論しないかぎり、
ソーカルの批判は部分的にしかあてはまらない、と。
でも、その議論はできればドゥルーズ・スレッドでしませんか(笑)?




472 :453 :2000/08/27(日) 09:15
補足すると、そのような準拠枠の違いを明示していない
デリダ、ラカン、クリ捨てヴァ、などなどに関しては
ソーカルの批判はおおむね当たっていると思います。

473 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 10:20
20世紀哲学全体が「意味」を巡って不毛な議論を続けてきた。
あと数ヶ月で新世紀だと言うのに、未だナンセンスばやり・・・。
「意味の意味」こそ意味ない意味。

474 :397 :2000/08/27(日) 10:37
>470

専門誌の編集者や読者が、「なんだか知的に見える」から、って
いうだけの理由で意味不明な内容の論文を高く評価しちゃうなんて、
とっても情けなくない状況だと思うのですが....。

475 :397 :2000/08/27(日) 10:39
      ↑
「情けなくない」じゃなくて、「情けない」ね。


476 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 13:34
真木悠介(見田宗介)、笠井潔、柄谷行人、浅田彰、中沢新一等々という、
70年代後半から続いた「マルクス葬送」→「ニューアカデミズム」
→「ポストモダニズム」の流れは、商業主義ジャーナリズムと行方を
見失った新左翼転向派との結合によって形成され、軽薄短小のバブル期
の浮かれ騒ぎの中で、思想が単なるファッションとなる過程であった。
バブル崩壊後10年、新世紀に向けた今の流行は何?「J回帰」?
いずれにせよ、日本人(2ch住人を除く)の知性は驚くべき速度で
低下している。
「意味とは所詮戯れなのさ。」「円周率=3でもイイジャン。」
エトセトラ、エトセトラ。

477 :453 :2000/08/27(日) 15:55
>476
昼寝してすっきりしたので、もっと書いてしまおう。
あなたの話の前半部に大賛成。ニューアカはクズ。
たぶんマルクス好きな人だろうけど、それも部分的に賛成(笑)。
しかし、オレのいいたいことはそういうことではない。
意味・無意味の二項対立と非・意味は違う。準拠枠が違う。
それは喩えていえば、二乗してマイナスになる数が
実数クラスでは矛盾するが虚数クラスでは矛盾しないのと同じ
である。つまり異なる前提から出発すると、まったく別の体系
が築けてしまう。で、ドゥルーズの議論のポイントは
実数(科学)と虚数(哲学)の違いは優劣の問題ではなく、
出発する前提の違いの問題であり、彼の著作は虚数(哲学)
に属しているゆえに、一見不可解なスタイルが採用されたのだ、
ということ。ソーカルはこの点を押さえていない。
とはいえ、じゃあ、その虚数(哲学)とは何かを
具体的に説明してみろ、といわれると、確かに?????です。




478 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 17:24
虚数(哲学)の権威は日本では誰ですか?

479 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 17:29
・e・<数学上の虚数は中学生でも分かる共有可能なものだが、哲学上のそれが共有可能なものであるという保証がなければ
    いくら「前提が違うだけ」なんて言い張っても言い訳にはならないんだぎゃ!

480 :つまり :2000/08/27(日) 17:49
例えば、仏教の戒律を基準にして
「あいつは肉とワインが大好きな生臭坊主だ」
と批判したつもりになっても、
相手がキリスト教の牧師だった場合は批判にならない、
みたいな話ですか?

481 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 18:20
>いずれにせよ、日本人(2ch住人を除く)の知性は驚くべき速度で
>低下している。
この裏の意味は?

482 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 18:21
・e・<それもちょっと違う。批判てのは異なった価値観の間を横断するものでもあるからね。

483 :389 :2000/08/27(日) 18:22
>471=452(453 は僕の書き込みですね)

>あなたのいう「センス」「ナンセンス」の違いは
>『哲学とは何か?』で議論されている「科学」と「哲学」の違いであり、

僕は、そうではないと思います。「科学」も「哲学」も「センス」の側
にあると思います。「ナンセンス」の側に「ある」という言い方で示せるのは、
「科学」や「哲学」の平面が切り取ろうとする「カオス」だというような、
そんな言い方になると思います。

484 :389 :2000/08/27(日) 18:25
483の続きですが、
ですから、単純に「ナンセンス=哲学」としてしまっては、
かえって誤解を招いてしまうような気がします。

485 :452 :2000/08/27(日) 20:21
>389
いや、オレの説明不足かもしれんが、『意味の論理学』
と『哲学とは何か』を綜合して判断すれば、
非・意味=カオスをあつかうのが「哲学」である。
そしてそれは意味と無意味の二項対立をあつかう「科学」とは
準拠枠が違う。だから
>仏教の戒律を基準にして
>「あいつは肉とワインが大好きな生臭坊主だ」
>と批判したつもりになっても、
>相手がキリスト教の牧師だった場合は批判にならない
ということではないか?
480の説明は抜群です(笑)。

486 :397 :2000/08/27(日) 21:24
ちょっと見ない間にずいぶん話しが進んだね。
それにしても、ルイスキャロルのお話にどんな哲学的な意義があったんだろう...。
誰も答えてくれないなぁ。(藁

>480
哲学も科学も論理的整合性を重んじる学問体系だと思ってたんだが、違うの
かなー。坊主の比喩を借りるなら、「戒律も守らず、教義も知らないのに
坊さんヅラできる宗教もあるんかいな?」って感じですわ。

>453

:とはいえ、じゃあ、その虚数(哲学)とは何かを
:具体的に説明してみろ、といわれると、確かに?????です。

この2行にすべてが集約されてるんじゃないでしょうか?
準拠枠が違うんだから、という相対主義者的な言い訳の限界が
見えた思いです。


487 :名無しさん@1周年 :2000/08/27(日) 21:44
ところで虚数、あるいは虚数単位 i というのは、例えば数学
基礎論ではどういう扱いなんでしょうか?
実数とはちがって「ありえない数」ということで、イデアール
な意味連関を構成する意味の単位となるのでしょうか?

488 :389 :2000/08/27(日) 21:52
>452=485

わかりました。非・意味は「意味の論理学」邦訳 p.117の19行目にある
insens の訳でしょうか。ドゥルーズが、
「表層のナン=センスとは区別されなくてはならない」
と言う、深層のナンセンスです。
ただ、「哲学とは何か」の方では、「科学」もカオスを切り取るわけですから、
「科学」がカオスを扱わないわけではないと思います。
ただ、その扱い方が違うとドゥルーズとガタリは言っています。

しかし、カオスについては、ソーカルに最も突っ込まれたところでもあり、
なかなか難しい問題をはらんでいるとは思います。

489 :>487 :2000/08/27(日) 23:35
虚数なんか持ちださなくても、負の数あるいは(−1)はどうよ。

自然数とはちがって「ありえない数」ということで、イデアール
な意味連関を構成する意味の単位になるの?(藁

分数でも、無理数でもいいぞ。よく考えてみ。




490 :476=473 :2000/08/28(月) 03:45
(また目が覚めてしまった)
>486=397
>それにしても、ルイスキャロルのお話にどんな哲学的な意義があったんだろう...。
『意味の論理学』の中でも引用されていて私が気に入っているのは、
 @アリスが自分の流した涙に溺れてしまう、というお話し
  確かドゥールーズは「『大きい』とは『より大きく』の事、『小さい』とは
  『より小さく』の事・・・」(引用者注:本を探すのは面倒なので、うろ覚え
  のまま。多分殆どでたらめ或いは引用者のこじつけ。以下同じ)と書いていた。
  これは、「大きい」という形容詞の意味は「大きくなる」という動詞であり、
  「言葉の意味は増殖する」的な事を言いたかったのかな、と解釈できる。
  (ドゥールーズの童話解釈は正しいとしても、形容詞−動詞の関係の真理はより
   弁証法的な内容を含んでいると思うが)
 Aチェルシー・キャットの笑い声、のお話し
  「立ち去った後にそこに笑い声だけが残る。言葉の意味だけが残る。」
  これも好きだ。
 Bトランプの兵隊と女王様、のお話し
  「意味の次元を一つ失ったトランプの兵隊は役立たずだし、トランプの女王は
  やたら短気。」
  ・・・等々。
 ルイス・キャロルは数学者で言語学者だから、とてもナイスな童話ができた。
 (もっとも、『不思議の国のアリス』を読むと、あとがきを書いていた女性
  も書いていたように、1人ぼっちで変な国を冒険するアリスに同情を誘わ
  れるという印象の方が強かったな。中に出てくる詩もうら悲しいし・・。)   

491 :397 :2000/08/28(月) 10:45
>490

そいうのが哲学なの?単に、哲学的な「連想」が可能だというだけ
のように見えるが、それならどんな童話や小説にでもあるよ。
やっぱり、ドゥールーズの言ってることは、変じゃない?

「数学者で言語学者だからとてもナイスな童話ができた」ということには
同意できる。それはあくまでも、感性の問題でしょ。
なんらかの目新しい合理的主張がこの童話に込められてるとはとても
思えない。

492 :>487 :2000/08/28(月) 13:18
>実数とはちがって「ありえない数」ということで

というのが「おいおい……」という感じです。
こういうことを知りたければ、とりあえず哲学なんぞにうつつを抜かさずに
大学の標準的な数学をきちんと習得しましょう。ひょっとして高校数学しか
知らないのでは?というレベルで哲学的に「数」を論じている文系を
ネット上でよく見かけるので、そうはならないように……


493 :>487 :2000/08/28(月) 14:47
そもそも「実数」だって「自然数」だって「ある」のか?猫や机や海なんかと同じように?
大学の標準的な数学と同時に、大学の標準的な哲学もやりなおしてきてください。せめてフッサールの最初の方くらいは。


494 :名無しさん@1周年 :2000/08/28(月) 18:02
もったいぶらずにもすこし書いてん

495 :487 :2000/08/28(月) 18:21
だからさー、俺も書きながらみんなの知識をためすために
カマかけてたんだよー

俺にはよくわからんから教えてくれー >虚数、フッサール哲学(特に『論理学研究』)
単に「本読め」、じゃなくてさー

496 :490=473 :2000/08/28(月) 21:04
 「チェルシー・キャット」は「チェシー・キャット」(黒猫)の誤り
 (大分寝ぼけていた)
>491=397
 『意味の論理学』は少し長すぎるけれど、「哲学的な」思索としては優れて
 いると思う。
 そこでもう少し「アリスが自分の涙に溺れてしまう話」について補足説明を
 しよう。
 「『小さい』の意味は『より小さい』である。」と言うのは通常の判断(凡庸
 な判断)でも少し考えれば分かる。大小とは相対的な概念だから、他のなにも
 のかに対してのみ意味を持つ。つまり「それ自体で小さいもの」など存在しな
 い、と。ところで、もし他のなにものか=基準となる存在が失われたとしたら、
 「より小さい」は支えをなくし、更により小さいものになる、つまり「より小
 さくなる」しかない。つまりそれ自体で小さいと言われることは、より小さく
 なることであり、止まることができない。これは弁証法的には「量の自己超出」
 と呼ばれる。形容詞の真理は動詞である。
 ルイス・キャロルはこれを童話の寓意(アレゴリー)として示し、ドゥールーズ
 はそれを正しく解釈したが、それを暗喩的に語ったため、非意味と言う「意味の
 反弁証法」に陥った。(フランス人はどうも弁証法が苦手のようだ。)
 蛇足ながら、『不思議の国のアリス』の「フラミンゴのクロケット」については
 G.ベイトソンも精神(人工物)と自然(有機物)の違いを寓意するものとして
 言及している。
 童話、感性(想像的・喩的思考)を馬鹿にしてはいけない。

497 :397 :2000/08/28(月) 23:03
>「チェルシー・キャット」は「チェシー・キャット」(黒猫)の誤り

あ、突っ込みそこなった。よく読んでない証拠だな>自分(藁

量の自己超出?なにそれ?Mad Hatterを演じてるつもり?(藁
基準を失うと、さらにより小さいものになるってのは、論理が
飛躍してないか?単に、小さいという形容が無意味になるという
だけで終わりだろ。

498 :名無しさん@1周年 :2000/08/29(火) 01:15
やっぱドゥルーズはおもしろいんだな>496

499 :名無しさん@1周年 :2000/08/29(火) 01:20
文脈から離れてしまってすみませんが、ルイス・キャロルは言語学者ではありません。


500 :名無しさん@1周年 :2000/08/29(火) 01:33
アイザック・アシモフなんてどう?

501 :ついでに :2000/08/29(火) 01:48
永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み』より
――ハイデガーは例えばこんなことを言ったらしい。
「存在するものは存在するけど存在は存在しない。だから存在は無だ」
これを存在論的差異って言うらしいけど、
インサイトはこの言い方は少しおかしいって言っていた。
そういう言い方をするなら、
「明るいものは明るいけど明るさは明るくない。だから明るさは暗い」
なんてことも言えるって。
ハイデガーはすぐれた哲学的直観を持っていたけど、
それを表現するときの周到さや厳密さが不足している、っていうか、
周到緻密に表現しようとする意欲が不足しているって。
それは哲学にとっては大きな欠点なんだって言っていたな――

上記の表現上の欠陥を指摘しながらも、永井均は、
ハイデガーの語った内容自体については高く評価しているようだ。

ハイデガーを読もうとして何度も表現上の矛盾に引っかかり、
「自分が頭悪いから理解できないんだろう」
と鬱になりながら、読むのを放棄したわたしからすると、
上のような指摘ほどありがたいものはなかった。
要するに、ハイデガーは「良いことも言ってる電波おじさん」
だと思って気楽に読むべきで、
言葉の選択の一々について深い意味を読みとる
精読には向かない人だと思っていいみたいだ。

うっとうしいのは「ハイデガー信者」の発言で、
解説書でも、「どうしてあんな電波文体で書いたのか」
という一番肝心な点についてはお茶を濁しながら、
ハイデガーの(内容自体は通俗的な)主張を誉めていたりする。

ハイデガーが平易な(≒正しい)表現で主張を述べていたら、
「二十世紀で最も重要な哲学者」に名前を挙げられただろうか、
というのは興味深い問題だと思う。


502 :397 :2000/08/29(火) 02:06
>501

:要するに、ハイデガーは「良いことも言ってる電波おじさん」
:だと思って気楽に読むべきで、、、精読には向かない人だと
:思っていいみたいだ。

これ、ポストモダニストにもろ当てはまる記述かもね。
問題は、はたしてホントに「良いことも言ってる」のかどうか
だけどさー。(藁

主張の内容が重要なものであれば、文体がどうあれ、重要な
哲学者として評価されたんじゃないの?
文体で煙幕を張っておいて、他の哲学者に重要な意味を探し
だしてもらうという方法論もあるにはあるが....。


503 :>500 :2000/08/29(火) 04:07
スレッドを間違えたんでなければ、
どういう問題意識でアシモフの名を出したのか、
もっと詳しく書いてくれ。

504 :473 :2000/08/29(火) 05:47
>497=397
 「量の自己超出」を説明するのは面倒臭いので省略(ヘーゲル弁証法
用語)。「量の概念とは限度を知らない質である。」とでも言える
かな。詳しい説明をするためには、別にスレッドを作る必要がある。
>499
 そうですね。訂正を忘れてしまった。ありがとう。
>501
>ハイデガーはすぐれた哲学的直観を持っていたけど、
>それを表現するときの周到さや厳密さが不足している、っていうか、
>周到緻密に表現しようとする意欲が不足しているって。
 永井均氏の言う事は半分合っているが、ちょっと平板ですね。
 「存在は存在しない」に対して「そんなの当たり前ジャン」
 だという言い方と、「深い存在論だ」という言い方に分かれるが、
 ハイデガーは単に周到さに欠ける訳ではない。もっと深い根拠に
 基づいている(西欧哲学史全体を踏まえている)。
 (これまた説明を始めたら、別のスレッドが必要になる。)

505 :名無しさん@1周年 :2000/08/29(火) 06:19
『知の欺瞞』?
右手でラカンの著作を、左手でラカン批判を出版する岩波書店的マッチポンプ。(ワラ

506 :>501 :2000/08/29(火) 14:59
サルトルも小説ではマトモな文章を書いてるのに、
哲学的著作『存在と無』の文章は電波ってる。
これはむしろヨーロッパ大陸の哲学文化の問題なんじゃないか?
昔の左翼系セクトが看板やビラに独自の字体を使っていたみたいに、
哲学的文書を書くための文体という「文化」があって、
それじゃないと感じが出ないと思ってるんだよ、たぶん。

507 :名無しさん@1周年 :2000/08/29(火) 20:40
>all

元Dr.G 関連にゃ話題にゃお使いくだちゃい
御尊名や会社名にゃカキコはお止めくだちゃい

場所>http://tako.2ch.net/test/read.cgi?bbs=takotr&key=967509320

508 :473 :2000/08/29(火) 21:45
>501(続き)
>ハイデガーはすぐれた哲学的直観を持っていたけど、
>それを表現するときの周到さや厳密さが不足している、っていうか、
>周到緻密に表現しようとする意欲が不足しているって。
 永井均はハイデガーの何を評価しているのでしょう?
 「存在は無だ」の主張は殆どハイデガー哲学の全内容(少なくとも
 その中核)のようなもので、「言い方は悪いが内容は良い」とは
 何の事かよく分からない。

509 :501 :2000/08/29(火) 23:32
上の引用の後にはこういう文章がある。

――でも、ハイデガーが言わんとすることを、
彼とは独立に漠然と感じていた人にとっては、彼の表現は、
「ああ、あのことだな」って思わせる力があるんだって。
だから、ロジックじゃなくレトリックなんだって。
ハイデガーは「無」っていう言葉で
「無根拠」ということが言いたかったみたいだな。
論里的なつながりはないけどね。
存在それ自体を存在するものの仲間に入れちゃうと、
存在に対する驚きが消え去っちゃうってことが、
ハイデガーの言いたかったことなんだ。そうなると、存在に、
存在する物の中で一段高い意味を与えることで終わっちゃうからね。
神秘的に輝いていたはずの存在が、いつのまにか
存在する物の仲間に入ってきて、くすんじゃうんだな――

――だから、存在は存在する物じゃないから無だって話は、
決して馬鹿げた話じゃなくて、すごく重要な話なんだ。
明るさは明るくないって話にくらべるのは間違っているけど、
空間は空間的なものじゃないとか、時間は時間的な物じゃない
って話と較べてみるのは、必ずしも間違ってないらしいよ――


510 :397 :2000/08/30(水) 00:12
>504
ヘーゲル用語なら、ルイス・キャロル以前からある概念ってこと?
じゃ、何が目新しいんだ?
言い換えの内容も意味不明だしなぁ...。ダメだこりゃ。(藁

あの手の文章は肥大化したレトリックの塊っていう気がするなぁ...。
もはや、そこからまともに意味を読み取ることはできず、ただ
漠然とした連想を喚起させることにおいてのみ意義があるだけ。
散文に対する詩のようなもんだね。
まあ、それならそれでもかまわんような気もするが、はっきり
そういうもんだと断っておくべきだろうね。少なくとも、哲学的
議論の論拠とはなりえないシロモノなのは確かなような...。


511 :473 :2000/08/30(水) 06:11
>509
 ども。引用サンキュ。(2ch風)
>存在それ自体を存在するものの仲間に入れちゃうと、
>存在に対する驚きが消え去っちゃうってことが、
>ハイデガーの言いたかったことなんだ。
 ちょっと違うなと言いたい。永井氏は「ハイデガーの言う『無』とは
 無根拠のこと」と言っているから、「存在は無だ。」とは「存在それ
 自体は無根拠である。」と解釈される事になるが、何故それで「存在
 に対する驚き」が消えなくなるのかな。「『存在それ自体』という
 言葉が無意味だと言うならまだ分かるが。一度良く読んでみます。
>510=397
 今詳しく反論する気にはならないが、あなたは要するにドゥルーズの
 全否定をしたいのでしょう。しかし、ルイス・キャロルの原典の内容
 に対する反論と、それに対するドゥールーズ解釈に対する反論と、
 更にそれに対する私の解釈に対する反論とがごちゃ混ぜになっており、
 更にヘーゲル哲学に対する反論まで感じてきて、自分の考えをもう
 少し整理して見たら。でないと、単なる揚げ足取りに過ぎなくなるよ。
 批判は良いが、事柄に即して行うのが「哲学的議論」なのです。

512 :名無しさん@1周年 :2000/09/02(土) 08:51
>450
おれはドゥルーズ割と好きだけど、やっぱり哲学的議論そのものは意味的であるべきだと思うよ。
いくらナンセンスを肯定するからといって、当の論文がナンセンスじゃしょうもないよ。


513 :397 :2000/09/02(土) 10:27
>511
まあ、そうムキになるな。全否定なんかしたくてもできんよ。
全部知ってるわけじゃないんだから。
キャロルの原典に反論って何よ。文学作品に批判はできても、
反論なんて聞いたことないぞ。もちろん、批判の意図も毛頭ない。
ヘーゲル哲学についてもニュートラルだしな。よく読め。
単に、キャロルのナンセンスな童話に、そのような手法でしか
表現できない哲学的主張など読み取れんだろ、って言ってるだけ。

>512
切り番ゲットだね。(藁
結局、行き着くところはそこかもね。
哲学的議論そのものがナンセンスな文体でも善しとできるかどうか
という...。

514 :>ALL :2000/09/02(土) 14:14
遠い番号へのレス、
またはどうしても参照してほしい引用の元レスの場合、
>>レス番号←を半角で打つと、そこへの直リンクが出来ます。
是非活用して下さい。
例:>>500
って感じです。

515 :そうか :2000/09/03(日) 11:17
ご親切にありがとう。>>514

516 :名無しさん@1周年 :2000/09/03(日) 12:18
512>どのへんがナンセンスなのか説明きぼーん。
読みせず印象で批判しちゃいかんよ。
キャロルに哲学的主張など読み取っているのではなく
キャロルという作家の表現の形式について論じているのだよ。
ナンセンスの効果について本書は前半部において論じられる。
別のスレッドたてようぜ。



517 :>516 :2000/09/03(日) 13:22
っちゅうことは文学論か?哲学はそんなこともやるんだね。
文学と同違うの?


518 :512 :2000/09/04(月) 01:29
>516
ドゥルーズがナンセンスだと思わない。
オレがドゥルーズ読んでないってどうしてわかる?(笑)

519 :名無しさん@1周年 :2000/09/04(月) 14:16
>オレがドゥルーズ読んでないってどうしてわかる?(笑)
実はね、516は「エスパー伊藤」なんだよ。



520 :カンガルー名無しさん :2000/09/09(土) 03:12
結局、このスレッドでは何か結論(めいたもの)は出たのかな?

521 :>520 :2000/09/10(日) 12:53
結論をくだそう。

囲気だけ楽しめばよい文学的な著作を哲学だと思っちゃいかんという
ことだね。そのへんがあいまいだから無用な論争が起きるのだっちゅこと。


522 :521 :2000/09/10(日) 12:56
ありゃ、「囲気」→「雰囲気」ね。

で、文学を哲学と勘違いしちゃいかんというのは、批判する側にも
肯定する側にも両方言えることなんだけど、哲学的意義があると
いいだす奴がいなきゃ、批判する者も出ないわけだから、一般的
には悪いのは肯定派だね。

523 :考える名無しさん :2000/09/10(日) 13:01
フーコ−入門とかありゃなんだったんだろうね(藁

524 :考える名無しさん :2000/09/11(月) 02:50
>521
>雰囲気だけ楽しめばよい文学的な著作

すっごくあきれたのでsage

525 :考える名無しさん :2000/09/11(月) 13:02
蓮実センセ最近叩かれてますけど、関係あるんすかね。かれは「物理学は19世紀の学問」とか「物理のポストがカルスタに押されて減ったから」とか確か言ってた。「映画も19世紀の産物」ともいってるけど。表象文化論てポストモダニズムそのものだと思うんですけど。

526 :考える名無しさん :2000/09/11(月) 16:36
定年延長の話?

527 :考える名無しさん :2000/09/11(月) 16:50
東大の教官の定年が60歳→65歳に引き上げられるって話?

あんなジジイばかり残してどーすんだよ。これで若手の採用の機会はさらに遅れるだろうし、いったい何をかんがえてるんだろうねえ。
どうせ学部長会議とかで決まったんだろ。高齢化で再就職が難しくなったとかで、要するにエラソーなこと言ってるけど、ジジイたちも結局自分たちの都合のいいことしか考えてないっていう証拠じゃねえか。

528 :>527 :2000/09/11(月) 19:33
君もジジイになったら彼らの気持ちが分かると思うぞ。(藁

ま、東大もフツーの大学になるっちゅうことで、大学間格差を
悪とする似非文化人的な正義感とは合致する方向かもしらんね。

529 : :2000/09/26(火) 22:27


530 :ふごがが :2000/09/27(水) 06:23
キャロルの哲学的意味?そんなの読み込んだのは分析哲学に幾らでもあるよん。
さすがにロジシャンだけあって、キャロルの比喩やらは含蓄あるからね。

Russell や Quine の論文で、結構言及されてるじゃんか。

531 :考える名無しさん :2000/09/27(水) 09:33
>>530
そりゃ、分析哲学の対象としてのテキストになってるだけだろ。


532 :微熱症患者 :2000/09/27(水) 23:32
キャロルの文章は非常に示唆的で含蓄があるので、さまざまな哲学的考察
を引き出すことができますが、一つの問題にとことん取り組んで考えると
いう構えがないので、私はキャロル自身を哲学者に数え入れる気にはなり
ません。
ただ「亀がアキレスに言ったこと」を読むと、単に「こんな解釈もできる」
というレベルではなく、彼自身が論理の哲学の重要問題に気付いていたこ
とがわかります。

533 :考える名無しさん :2000/10/02(月) 22:02
 

534 : :2000/10/23(月) 20:12


535 :考える名無しさん:2000/10/25(水) 19:20
じゃあ、あげますか

536 :考える名無しさん:2000/11/06(月) 20:44
http://member.nifty.ne.jp:80/myoshi/27.htm

cf.2000/10/2

537 ::2000/11/09(木) 23:01
a

538 :考える名無しさん:2000/11/11(土) 22:51
平行線で終わり?

539 :ハイデガーの尻尾:2000/11/12(日) 04:56
 竹田青嗣は『ハイデガー入門』の中で、デリダや周辺の人物がハイデガーの思考の形式をなぞっていることを指摘している。
 やや長くなるが以下に引用する。



540 :ハイデガーの尻尾:2000/11/12(日) 04:58
 ――つまりそこではまず、主体性、秩序、意思、理性、意識、同一といった概念で象徴されるような、ヨーロッパ近代思想が築き上げてきた近代的な理念こそが、ヨーロッパの帝国主義戦争やそれへの対抗としての「ファシズム」や「スターリニズム」なども生み出した元凶である、という強い反省がある。そしてそこから、これらの観念にいかに“対抗”しうるか、またいかにこれを“解体”できるか、というモチーフが圧倒的に強くなっている。


541 :ハイデガーの尻尾:2000/11/12(日) 04:59
 そこで、彼らは総じて「反-理性」、「反-意識」、「反-ヨーロッパ」、「反-秩序」、「反-主体性」の観念を強調し、そのことで前者の観念の系列を相対化しようとするのである。だが、いま見たように、この思考は、しばしば「ヨーロッパ的近代」に対抗する“打ち消し”の側面が強く現れすぎ、その内在的な乗り超えの原理を見出すという方向に向いていないように思える。


542 :ハイデガーの尻尾:2000/11/12(日) 05:00
 彼らは、いずれもハイデガーの内在的な乗り超えをめざす。しかし、むしろその思考は基本的に「ハイデガー的なもの」の圏内にあるように感じられる。その理由はいくつかある。ひとつは、いま見たように、「ヨーロッパ的なるもの」に「反ヨーロッパ的なもの」を対置することでこれを“解体”(=脱構築)するという基本図式だが、わたしの考えでは、まさしくそのような発想が、「ハイデガー的な思考」に内属的なものだからである。

 もうひとつ。彼らの論述のスタイルが、ハイデガーによって“創始”された論述のスタイルをほとんど無意識のうちに踏襲しているということ。たとえば、ハイデガーの(とくに後期の)論述のスタイルの特質を列記するとこんなふうになる。


543 :ハイデガーの尻尾:2000/11/12(日) 05:02
@ 新しい術語群を、できるだけ多くそれまでの支配的観念に対抗するかたちで立てる。

A これをさまざまな過去の哲学的な文脈と横断的に(つまり恣意的に)結びつけることで、いわばその歴史的傍証性を最大限に動員する。

B たとえば、「存在-存在者」、「真理-隠蔽」、「本来-非本来」といった具合に、これらの術語の
抽象性を生かして、議論をできるだけ二項対立的枠組みとして組み上げ、一方を批判すべきもの、もう一方を価値あるものとして描き、この作業を膨大な量に積み上げる。

C そのことによって、諸観念が二つの陣営に大別されるような「世界」の表象を作り上げ、読者の脳裏にそれを(ほとんど無意識的力として)刻印すること等々。


544 :ハイデガーの尻尾:2000/11/12(日) 05:04
 現在、ラカン、デリダ、ドゥルーズ、リオタールなど、その他大勢のフランス思想の基本の“文法”がじつはこれとほぼ近似したものになっている。それはつまり、彼らが「ハイデガー的な思考」にわれ知らず「ハイデガー的な思考」で対抗してしまっているということであり、そのことで、それは「ハイデガー的なるもの」に敗北していると言えなくない――竹田青嗣『ハイデガー入門』


545 :ハイデガーの尻尾:2000/11/12(日) 05:05
 以上のように、フランス現代思想家たちを〈ハイデガーの尻尾〉として位置付ければ、「どうして彼らはあんな悪文を書くのか」という基本的疑問に説明が付く。彼らを「ポストモダニスト」とするよりも、そういう分類の方が特性を良く表すと思う。

 ポストモダニズムがモダニズムと違った文体を持つことはありうる。しかし、ポストモダニズム自体の理念からすると、それは〈より口語的な文体〉になるはずなのであり、センテンスの長い晦渋な文体は、ポストモダニズム自体の価値観に反しているのだ。
 口頭で話される言語は、話し手と聞き手の短期記憶に負担がかからないよう数秒ごとに意味上の切れ目があって、構文が単純である。しかし、書かれた文書というのは一種の外部記憶だから、統語的多義性のある長いセンテンスでも読み返して意味をとることができる。そこで、書き言葉に固有のスタイルとして息の長い晦渋な文体が生まれたわけだが、これは書物が文化の中心となった時代に特有の言語形式であり、普遍的なものではない。


546 :ハイデガーの尻尾:2000/11/12(日) 05:06
 書き言葉には話し言葉に優越する権威があったので、書き言葉固有の文体は一種の合言葉の意味を持つようにもなった。つまり、活字文化を共有するインテリが互いを認識しあい、話し言葉の世界しか知らない非インテリを疎外するための合言葉である。そういう権威の感覚は、書物の時代以前には存在しなかったし、メディアの発達によって書物の相対的地位が下がった現代、また次第に薄れつつある。あと何十年かしたら、音声入力の普及のために書き言葉は話し言葉に再吸収されるだろうから、そういう感覚は完全に忘れられることになるだろう。つまり、センテンスの長い晦渋な文体は近代を特徴付けるもの――それこそ批判されるべき「モダニズム」であり、ポストモダニズムとは決定的に相反するはずなのである。


547 :考える名無しさん:2000/11/12(日) 05:32
>センテンスの長い晦渋な文体は、ポストモダニズム自体の価値観に反しているのだ。
>これは書物が文化の中心となった時代に特有の言語形式であり、普遍的なものではない。
>つまり、センテンスの長い晦渋な文体は近代を特徴付けるもの
>――それこそ批判されるべき「モダニズム」であり、
>ポストモダニズムとは決定的に相反するはずなのである。
転載どうもね

ちょと、同じところだけ引用したんだけどね。
ええと、たとえば、ジョイス「ある芸術家の肖像」なんて小説があり
あるいは、水村み苗「私小説ーfrom left to right]でもいいけど
英米での学校教育での書き物読み物教育では
どんどんわんセンテンスを長くするようになっていくわけだね。
勉強すればするほどその傾向は顕著になっていく。長さが勉強したことの証として
機能するというか。
英語文法でいえば はじめは第一文型第二文型しか使えない子どもが
いずれは第五文型を使うようになり、関係詞節を含む長い文を
書くようになる。
日本語ではひらがなばかりのぶんをかいているこどもが
何れ漢字が増え四字熟語をも含む文章を、遂には「〜〜ところの●●はーーであった」
といった文章を書くことになる。

だから、学問はなんだかんだいっても詰め込み学習でいくとこまでいけ!
とする立場からいえばこれでいいのだ!となるし
生身の他人との会話なんぞ、TVみたりカフェに行けば話題に追いつけるし
いずれ慣れもする簡単なもんだから、そんなことはほっといて学問というか
暗記しまくるくらい本を読め!となる。

おれはこれでいいと思うよ。どんなにこれを強調しても
これができるやつなんて金持ちのどら息子やご令嬢くらいが大多数で
日本の全大学生それも学部生の中でも1%いるかいないかだろ。
ほとんどいないんだからさ。
余興だがいっとくと、ほとんどいない連中を攻撃する多数派が醜いと思う。



548 :ハイデガーの先っぽ:2000/11/12(日) 05:49
>>544 〜546
>つまり、センテンスの長い晦渋な文体は近代を特徴付けるもの――それ
>こそ批判されるべき「モダニズム」であり、ポストモダニズムとは決定
>的に相反するはずなのである。

そうやって「センテンスの長い晦渋な文体」で書いてるあなたも
「批判されるべき「モダニズム」」になるわけね(藁)

549 :考える名無しさん:2000/11/12(日) 05:56
でもセンテンスの短い口語に限ってジャルゴン化するじゃん。
ある意味晦渋とも言えるぜ。

550 :考える名無しさん:2000/11/20(月) 19:11
あげ

551 :いるす:2000/11/21(火) 03:30
ちょっと前に読んだけど、、感想は>>105のような感じかな。

あと、少し見ただけだけど、ここなんかも面白いかも。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5298/tilogic.html
"確証バイアス、権威に訴える、その場しのぎの仮説、選択的思考、実用性の誤り、、、"
など、少なからず当てはまる部分があるようにも思った。

552 :名無し:2000/11/23(木) 15:10
う〜ん、懐かしい香り(笑)ニューアカ流行った頃よくこんな議論したな〜。久しぶりに哲学論議読んで、自分が当時いかに理解せず議論していたか再確認できた(藁)
だって、やっぱいまも、理解できなかったもん。
雰囲気のみ味わっておこう

553 :読後感想文:2000/11/25(土) 19:44
人類学をかじっている者ですが、ソーカルの議論を読んでいて、「文化唯物論」を標榜するマーヴィン・ハリスという人類学者を思い出しました。
ハリスも以前から人類学における相対主義の隆盛を厳しく批判する一人だけど、注目度は低い。日本でも10年前くらいに翻訳ブームがちょっとあったけど、あまり相手にする人もいない。無論理論的限界もあると思うが、マテリアリストを標榜していることが、嫌われているんですね。私は、もっと注目してもいいと思うんだけど。。。
ギアツやクリフォードを賞賛する声に消されてしまったような感じです。


554 :考える名無しさん:2000/11/27(月) 16:49
知の欺瞞と言えば人権真理教大庭健を忘れるな
ポストモダン思想家は実は自分の知りもしない自然科学や数学
を濫用し、自分のテクストを権威付けしていた『裸の王様』ではないか!

>教えない
どう答える?




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